―数日後 ハジメの借家
スーツ姿ながらもいつもとは違い、大きなスーツケースを手に持ちながらも玄関へと繰り出すハジメ。靴に履き替えて伸縮する持ち手部分をシャキッと伸ばし切ったときに奥の方からタッタッタッという軽く小走りして駆け寄ってくるような足音が聞こえてきた...あかねだ。
「もうマレーシアに行くんだね...」
「まあ...ちょっと寂しいけど、6月末にはまた帰ってくるから。日本から見守ってて?」
「うん...気をつけてね?」
互いの体温を感じ取ろうと抱き合う二人...そっと唇を重ね合わせて名残惜しそうにするあかねに対し、ハジメは小さく微笑みながらもそっと頭に手を伸ばして撫でるようにした。
「大丈夫だって、また6月末に帰ってくるから...」
「うん、わかってるけど...」
「寂しがりやだなー...もう一回ハグする?」
ハジメの問いに口では答えないものの俯きながらもコクリと頷いて答えるあかね。そんな彼女を再びそっと抱き寄せていく...2回目ながらも最初よりも長い時間。互いに熱どころか鼓動のようなものを感じ取るようにしていくとあかねの方はスゥ...と静かにその場の空気やニオイを感じ取るように深く息を吸い込んだ。
チクタク...と掛け時計の動く音だけが聞こえる中で二人だけの時間が過ぎていく。しばらくすると名残惜しいながらもハジメの方からそっと離れてあかねの顔を軽く覗き込むようにしてこう問いかけた。
「もう、大丈夫?」
まるで泣いている子供を慰める大人のように問いかけるハジメに対し、あかねは再び口では答えないものの静かにコクリと頷いて答えてからこう続けて話し始めた。
「...連絡、待ってるよ?」
「ああ、必ずする。そっちも日本で頑張って...月9主演の大女優さん?」
「...もう、こんな時でもからかってるの?」
「まあ、俺ってそういう人間だから。キライ?」
「...スキ」
そうこうやり取りしてると外からピッピッ!と軽快にクラクションを鳴らす音が聞こえてきた。送迎に来た吉住が家の前に車を停めて待っているのだ。そろそろ本当に行かないといけないと互いに察すると軽く見つめ合うようにして出国前の最後の挨拶を交わした。
「行ってくる、お土産楽しみにしてて」
「うん、いってらっしゃい...気をつけてね?」
もう一度軽く口付けを交わしてから離れるとハジメはスーツケースの持ち手部分を握り、ガラガラ...とプラ製の車輪が転がる特有の音を響かせながらも家を出ていった。
別の部屋の窓からコッソリと彼が車に乗り込んで去っていくのを見送ってから「...よし」と気を引き締めるように声を出してから部屋を出ていく...それから彼女が手にしたのはコードレスタイプの掃除機。仕事がオフなこともあり、今日は家中をお掃除だ。
ウィィン!という掃除機の吸引音と共に廊下から居間、寝室に至るまで念入りに掃除。床の掃除が終われば小型のモップでテーブルの上や物置などをキュッキュッと掃除...
しばらくするとある一部屋以外は清掃がキッチリ終わり、ピカピカの状態に。しかし、あかねはまだ物足りない様子だ。
お昼時ということもあって簡単な昼食をとってから再び彼女は動き始めた。
「(うーん...綺麗にはなったけれど、なんだかモヤッとするなぁ)」
腕を組みそう思いながらも唯一掃除していない部屋の入り口のドアへと恐る恐る視線を移す...
シミュレーターやトレーニング器具が置いてあるハジメの仕事部屋だ。
元々は物置部屋になっていたそうだが、あかねと同棲を始めてからは整理して仕事部屋になっている。そんな部屋だが、あかねは一度も足を踏み入れたことがない...別に"入るな"とも言われていないが、なんだか気が引けるのだ。
「(今日は...いいよね?お掃除するだけだし)」
恐る恐る近づいてドアノブを動かすと鍵は掛かっていない様だ。そのままキュイィィ...とドアが小さく軋むような音を響かせながらも開けていく。中はダンベルやランニングマシーン、ベンチプレス等を備えた簡易的なトレーニング器具とレーシングシミュレーターがギュッと凝縮するように纏った部屋。壁には小さいホワイトボードが掛けてあり、一ヶ月のスケジュールが簡易的な書かれ方ながらもズラリと綴られていた。
「(ここでがんばってるんだ...)」
そう感心しつつも辺りを見回した彼女が目を付けたのはレーシングシュミレーターのバケットシート。無骨な鉄骨のようなもので囲われた見た目で毎日のようにハジメが座っているものだ。
どんなに仕事が忙しくてもここに座っての練習を欠かさない...
頑張っている彼の様子が容易にイメージ出来てしまうと、小さく笑みを溢しながらも吸い寄せられるようにシートに腰掛けてしまった。
身体を包み込むようなバケットシートのホールド感。
出掛ける前に実際に彼が座っていたわけでもないが、微かに温もりのようなものを感じる。まるで後ろからそっと抱かれているような感覚に思わず身を委ねるようにウトウト...お昼寝時ということや窓から差し込んでくるポカポカ陽気の日差し...日頃の仕事や先ほどまでの掃除の疲れも相まっていつの間にかスヤスヤと寝てしまった。
少し昼寝のつもりが、グッスリと眠りについてしまう...
気づけば日が傾き始めるような時間帯。それも自分で起きたのではなくスマホのピロンッというメッセージの通知音で目が覚めたのだ。
身体をクイッと伸ばしながらも「ふわぁ....」と力が抜けるように大欠伸。目頭を軽く擦りつつもスマホをチェック...その間にチラリと窓越しに空を確認すると日の傾き加減も相まって自分がどれだけ寝てしまったのか察した。
「(もうこんな時間、か...最近お仕事も忙しかったからついつい寝ちゃったなぁ)」
そう思いながらもメッセージをタップして内容を確認...マネージャーから明日の仕事についての確認だ。仕事の内容は番宣で出るバラエティ番組...幸せ気分だったのに一気に普段の平日に戻されたような気分になり、思わずため息をつきそうな表情になりつつもピッピッと操作して返信。そこからスマホをしまうと共に「よしっ」と気合いをいれるように小さく呟きながらもバケットシートから立ち上がった。
「(明日からまたお仕事だし、今日中にこの部屋片付けちゃお。ハジメくん、帰ってきたら喜んでくれるかな?)」
脳裏に帰ってきて部屋を見て驚く彼の姿を浮かべては思わクスッと笑ってしまうあかね。再びハンディタイプの掃除機を手にしてウィィン!と作動音を辺りに響かせながらも掃除を進めていくとベンチプレスの下にクッション代わりに敷かれていたマットを踏みつければ、何か違和感を感じた。
「...ここの部分だけちょっと出っ張ってる?」
まるで何かを隠すようにあったそれに興味を抱きながらも恐る恐るマットをペランッと捲ってその下を確認...
そこにあったのは床の収納スペース、わざわざマットまで敷いていたから何かあるのだろうか?
そう考えると恐る恐る取っ手に手を伸ばし、パチンッと起こしてはギギィィッ...と鈍い音を響かせるようにゆっくり開けた。
暗くてよく分からない中身をスマホを手に持ってライト機能で照らしていくと、床下にあったものが見えた。数機の古びたラジコン飛行機とダンボールだ。まず手を伸ばしたのは手前の方に鎮座されていたラジコン飛行機だ。
「(こういうの好きなんだ...彼のこと全部知ってたつもりだったけど、知らなかったなぁ)」
手に取ったラジコン飛行機を色々な角度から眺めるようにみながらも「へぇー...」と思わず小さく呟くあかね。ラジコン飛行機を傷つけないように出していき、遂に奥にあったダンボールに手を伸ばす。しっかりガムテープまで貼って封印されていた重ためのそれを「ヨイショッ」と手にして持ち上げ、床の上に出す...
封してからしばらく経つようなベタベタとしたガムテープの感触を感じつつも恐る恐る剥がしていく...中から出てきたのは無数のファイルだ。新しめの物もあれば、クセがついて変色し始めた年季が入ったようなものまでズラリと...だが、この時にあかねは一冊のファイルに思わず注視した。
「(他のファイルは青色なのに、これだけ黒...しかも、留め具のタイプも多分違う。なんでこれだけ違うのかな?)」
ゆっくりとファイルを引き抜き、表紙を確認。
何も書かれていない...が、表紙を捲るとそこには予想出来ないあることが綴られていた。
【鑑定調査】
対象者:星野愛久愛海
...その表記の下には目次のように様々な事柄が綴られていた。精神鑑定調査結果、身辺調査結果...まるで当該人物を丸裸にするような情報ばかりだ。そして、調査の日付けに目を向けると大体3年前ぐらいの話だと判明。
3年前...今ガチ収録であかねの存在を巡ってハジメがアクアと争っていた時期だ。
「(な、なんで...どうして、こんなのが...?)」
誠実で真っすぐな生き方をする彼が持っているとは思えないようなもの...だが、彼の部屋から出てきた。
どうしてこんなものがあるのか、そして何のために持っているのか...あかねの中に疑念のような何かが生まれた。
・
―同時刻 チューニングショップ・スパイラル
事務所のデスクに座り、ノートPCと向き合ってデータ確認していた奥山。まじまじと確認する彼に最近雇ったばかりの整備士の男が歩み寄った。
「奥山さん、どうしたんですか?そんな注視して」
「いや、我ながらいい車に仕上がったなぁってな」
そう言いながらもノートPCを整備士の方にスッと向けて内容を見せる奥山...見せたデータはダイナパックで計測された2台の車両のデータ、片方は馬力・トルク共にエンジン回転数に比例するように上昇していく最大300馬力近くのエンジンデータ。もう片方は中回転域に差し掛かったところで急激な上昇を見せる最大450馬力のエンジンデータだ。これを見せながら奥山は整備士に質問を投げかけた。
「2台ともボアアッププラスで過給器を付けた86でうちの客のデータだ、お前から見てどっちが美しいと感じる?」
投げかけられた質問を聞きながらも顎に手を当てる形でPCを前のめり気味に見る整備士。少し間を空けるように考えてからチラリと奥山を見てはこう問い返した。
「走るステージによって答えが変わるかと思いますが...」
「そういうのを考えずに、だ。直感的にどっちがいいと思う?」
「そうですね...普通に考えれば450馬力の方を指差しますが、社長がそう問いかけるなら何か裏があるんですよね?」
整備士の言葉に見抜かれたと若干苦笑いの表情を浮かべる奥山。「その通り」と包み隠さずに答えながらも立ち上がると2台のグラフを指差してこう説明した。
「450馬力の方は大型タービンを装着した仕様だ。ブーストを掛ければ500オーバーも狙えるが、その分タービンブローなどのリスクがある。何よりも、ネックなのはここの中間辺りのトルクだ。ドカンと跳ね上がるようなこの感じ...これは個人的には美しくない」
「所謂、タービンが回り始めるまでのターボラグ...ですよね」
「そう、昔のドッカンターボみたいな特性だ。俺ぐらいの年齢のやつだとこういう昔のターボの方が速かったなんていうヤツもいるが、実際にはラグが少ない今のターボの方が圧倒的に速い。昔のターボの方が速いって言うのはこの跳ね上がりの部分で急激な加速Gが出て体感的に速いと感じるだけ...実際にはこの領域まで回さないと速くないから、総合的な戦力は今のターボには劣る。富士や鈴鹿みたいな大型サーキットならまだしも、群サイやミニサーキットなんかのストリート寄りのステージじゃ美味しい部分だけが封印されちまう」
そう説明しながらもタバコに手を伸ばして口に咥える奥山。ジッポライターをポケットから取り出してチャッと火をつけてスゥー....とタバコ吹かし始める彼に対し、整備士が質問を投げかけた。
「では、300馬力仕様の方が良いというのは....?」
「回転数に綺麗に比例するように上がってる、癖のないフラットな仕上がりだ。コイツはスーパーチャージャー仕様...組む前からそれなりのチューニングはされていたが...正直な話、ここまで綺麗なグラフで300馬力行くとは思っていなかった。行ったら良いなが実現出来たんだ、我ながらいい仕事をしたと思う」
「でも、鈴鹿や富士辺りだと450馬力の方が有利ですよね?それどころか筑波みたいな中規模なサーキットでも...」
整備士の指摘を聞きながらも"分かってる"と言わないばかりに遠くを見据えるような目でふぅー...とタバコの煙を吐く奥山。そこから灰皿を引き寄せてタバコの灰をトントンと落として再び咥えると両手をポケットに突っ込むようにしてこう問いかけた。
「お前...俺が昔走り屋だったって話したの覚えてるか?」
「え、えぇ...まあ。富士の走行会とかよく行かれてたんですよね?」
「そう、当時はスゴい金掛けて組み上げたS15乗っててな...それこそ下手なショップが裸足で逃げるような仕様のやつ。富士の走行会でもかなりいいタイム出してる自慢の1台だ...けど、その時にちょっとしたカルチャーショックがあってな」
「カルチャーショック?」
整備士の確認するような復唱に小さく頷く奥山。そのまま天井を仰ぐようにしてみながらも過去を振り返ろうと物思いに更けるように軽く見つめながらもこう答えた。
「あれはもう、20年以上前になるか。俺はこの店の名前にもなってるスパイラルゼロっていうチームでナンバー2の座にいた。そんな中、群馬から連戦連勝で負けなしと言われているチームが神奈川に来てそいつらの相手をさせられることになった」
「20年近く前に群馬から来たって、それって...!?」
整備士の食いつくような反応に一瞬意外そうな表情を見せる奥山。しかし、改めるようにフッと小さく笑ってから続けてそのチームについて語り始めた。
「...プロジェクトD。関東最速と言われ、数多くの峠のレコードタイムを更新して解散した伝説のチーム。
上り担当の高橋啓介はストリート引退後にプロとしてサーキットレースで一時代を築き上げ、現在はTKマッハコーポレーションのトップ。そして、下り担当の藤原拓海はWRCでその名と実力を世界に轟かせた。不慮の事故で1年前に入院して現役から身を引いたって話だが...当時から異常とも言えるぐらいの化け物だった」
「しゃ、社長はそのどちらかと...?」
「ああ、藤原拓海とやり合った。さっき言ったS15でな」
顔を天井に向けたままタバコを口から離し、再びトントンと灰を落とす奥山。そこから口には戻さずに灰皿の端にタバコを置くようにしつつも語り続けた。
「俺の15はそれこそ富士で走るセッティングに合わせて組まれた1台だ。当日のセッティングは、峠用に足回りだけ調整してパワーとしては400馬力超え。一方、藤原拓海の方は当時から見ても10年以上前のAE86トレノ。エンジンこそグループAのレース用のエンジンに切り替わっていたが、馬力にしては220〜230馬力ほど。1.6リッターのNAから絞り出すパワーにしては上等なものだが、2リッターターボのシルビアと比較すればその差は月とすっぽんみたいなもんだ。余裕で勝てる、そう高を括ってた」
「でも、その語り方からしてそうはならなかったんですよね...」
整備士の問いに少し間を空けるようにしてから「ああ」と答える奥山。灰皿を少し寄せるようにして再びタバコを咥えると語り続けた。
「当日、あの時期のあの辺り一帯にしては珍しいと言えるぐらいの雨と霧に見舞われた。俺が走る頃には雨は止んでいたが、路面は乾き切っていない上に絶望的な視界の霧。
富士の走行会なら確実に走行禁止になるレベルの最悪のコンディションだ。いくら足回りのセッティングをストリート向けにしたとは言え、想定していないコンディション。俺のS15はハイパワー過ぎるが故にシビアなアクセルコントロールを強いられた。それに対し、藤原拓海のハチロクはまるで水を得た魚のようにスイスイと曲がって見せた...ドライバーの腕もあるが、後になって考えてみれば悪天候のダウンヒルという状況でNAの癖のないナチュラルな特性がかみ合ったんだろう」
長めにタバコをスゥ..と吸ってはフゥー...と全身の力を抜くように煙を吐き捨てる奥山。その姿は過去に抱えていた何かをガス抜きしているようにすら見える...そして一つ間を置いたかと思えば椅子の背もたれに大きく凭れるようにしつつもこう語り続ける。
「400馬力オーバーのセッティング、いくら腕の差があってもコーナーの立ち上がりで踏み込めば車が勝手に差を縮めてくれる。その俺の見立ては音もなく崩れ去り、敗北という現実を見せてきた...あの日は俺にとっての分岐点だ。あの日以来、俺の考えは全く別のものになった」
「全く別の...というと?」
「どんな状況下でも踏み抜けるいい塩梅のセッティングのチューニングが車種毎にあるという考えだ。例としてさっき見せたスーパーチャージャー仕様の86、あの86は俺にとっては86という車種の中でそのベストなセッティングに出来たと考えている。
癖のないフラットな仕上がりでパワーもしっかり300出ている...これならどんなステージでも、どんなコンディションでもドライバーの意のままに踏み抜くことが出来る」
そう答えながらも姿勢をグイッと起こす奥山。再びパソコンの画面に目を向けると思わず自然な笑みを浮かべながらもこう思いを脳裏に走らせた。
「(真奈美ちゃん、今回は今までやってきた俺の仕事の中でも指5本に入るレベルの仕事ができた。今までとは比にならないその戦闘力...それを自分のモノにしろ、他の奴らがどうであろうとしっかり蹴散らせ。期待してる)」
笑みを浮かべている奥山に気づいた整備士、すると彼はふとこんなことを問いかけてきた。
「そういえば社長、知ってます?
TKマッハ主体で自治体公認の公道レースが開催されるって話」
「ああ...薄らとは耳にしてる。それがどうした?」
「このスーチャー仕様の86のセッティング、社長にとって理想と聞いたのですが...もし86で出場する選手のセッティングをするとなったら、やはり同じ仕様に?」
整備士の質問に対して若干苦笑いの笑みを浮かべる奥山。それもそのはず、このスーパーチャージャー仕様を組めた仕事は彼の腕を持ってしても偶然というレベルだからだ。その為からか、「そうだな...」と腕を組んで少し考え込むようにしてからこう答えた。
「どれぐらいのレース規模でレギュレーションがどうなるのか、というのはあるが...86でやるなら小径タービンによるターボ化、イメージとしてはダウンサイジングターボみたいな感じでの300馬力ってところだ。とことんやるならサスも電子制御にしてエアロ組んで空力も...と行きたいな。
ま、86乗りの選手がそんな大盤振る舞い出来るような要望で来れるかどうかは疑問ではあるが」
「わかりませんよ、それこそ。将来、藤原拓海のようなスーパーエリート的な選手がそのレースで生まれれば、86でなんてことも...」
「さて、どうだかな。あの男の唯一無二とも言える肩書きを引き継げる存在、そいつが現れるかどうかは疑問だ。
だが...出てきたらそれはそれで盛り上がるだろうな」
フッと小さく笑みを浮かべながらも吸い終えたタバコを灰皿に捨てる奥山。そして、ノートパソコンの画面を静かに畳んだ。
・
―夜 都内、首都高速環状線
偶然近くを通り掛かったついでにと仕事を終えたケンゴを拾った真奈美。
周りの進行スピードに合わせるような速度で86を走らせていたが、助手席に座っていたケンゴは軽く運転席を覗き込むようにしながらもふとこう声を掛けた。
「このクルマ...なんか変わった?」
「よくわかったね」
「まあ...メーターの上に小さいメーターみたいなの付いてるし、ブレーキもなんかゴツくなってる。素人目に見ても分かる。
無茶するなよ?ホント」
「いや、多少の無茶はするよ。じゃないと、上目指すなんて到底無理だからさ」
真奈美の言葉に呆れたように小さくため息混じりに息をつくケンゴ...「あのな」と言って彼女に一言言ってやろうと目を向けるもその目は戯けたような感じも一切感じられない真剣な眼差しだった。
「なんで無茶するかって?
夢を追う当事者にならないと分からない話だよ」
「当事者って...」
「ケンちゃんさ、もし逆の立場だったらどう?」
「逆の立場って...」
「ケンちゃんがバンドの為に新しい機材を買ったところを私が物申したら。当事者が見ている世界と世間の一般的な常識な世界、その見え方は全くと言っていいほど違う。
例えるなら水の中と外みたいな感じ、同じモノをみたとしても当事者の目線と外からの目線では違うように見える」
その言葉にケンゴも反論出来ずに俯いて黙り込んでしまうケンゴ。思えば自分も売れ始めてからそのことをどこかに置き忘れたのかもしれない...そんなことを心の中で自問している彼に対し、真奈美はコンッとシフトアップしてからこう思考を巡らせた。
「(試運転の500kmは終わった、ここから詰めないと。
奥山さんから最高のモノをもらったというのは私にも充分伝わる。その期待に応えないといけない。
次の中間実技試験、爪跡を残さないと...もう後がない)」
ハンドルを握りながらも思考を巡らせていたその目は覚悟が決まったように据わっていたが、どこか危ない雰囲気すら醸し出されていた。