間桐慎二のGrand Order 作:見てみたかった小説
衛宮邸の重厚な木造の門をくぐった先、静謐な空気が漂う玄関口で、一人の少女が待っていた。
白いブラウスに青のロングスカート。凛とした金色の髪を編み上げ、一点の曇りもない碧眼を向けてくるその姿は、この世のものとは思えないほど完成された美しさと、剣士としての鋭い気品を湛えていた。
「おかえりなさい、シロウ。それに、凛も」
鈴の音のような、けれど芯の通った声。彼女こそが、士郎が召喚した最強のサーヴァント――セイバーだった。
セイバーの視線が、主の背後に立つ慎二、そして見慣れぬ服を纏った赤髪の少女――立香へと向けられる。セイバーは、立香の立ち姿に困惑を覚えた。それはかつて彼女が王として守ってきた民のように、無垢で、けれどどこか芯の強い「人間」としての輝きだった。
「……シロウ。その者たちは? マスターのようですが、この少女は……」
セイバーの問いに対し、立香は一歩前に出ると、爽やかな笑みを浮かべて深々と頭を下げた。
「初めまして。私は藤丸立香といいます。……こっちが私のマスター、間桐慎二くんです。私は彼のサーヴァントとして、ここに来ました。よろしくお願いします」
その瞬間、空気が凍りついた。
士郎と凛は絶句し、セイバーは驚愕に目を見開いた。
「……今、なんと? 真名を……自ら名乗ったのですか?」
セイバーの声が震えている。聖杯戦争において、真名を明かすことは己の弱点や伝説という急所を敵にさらけ出す、最も愚かな禁忌だ。
その緊迫感に当てられ、慎二も慌てて声を荒らげた。
「……っ、ば、バカッ!! お前、何やってるんだよ! なんで自分の名前なんて言ってるんだ!」
慎二は顔を真っ赤にして、立香の肩を掴んで激しく揺さぶる。
「真名は魔術師にとっての切り札だろ! それを、よりによって敵の目の前で……! お前、わざと僕を負けさせるつもりか!?」
慎二が怒鳴り散らしていると、ふと、あることに思い至った。
……そういえば、こいつは昨日の夜から、ずっと自分を「藤丸立香」と名乗っていた。今朝、士郎や凛に会った時も、当たり前のように本名を口にしていた。
それを今この瞬間まで、慎二は「失態」だとも「真名の漏洩」だとも思っていなかった。
(……そうだ。こいつがあまりにも『普通』すぎて、スルーしてた……)
昨夜、屋敷で臓硯に挨拶した時も。今朝、食卓で桜と話していた時も。
こいつは常に「藤丸立香」という一人の人間としてそこにいた。英霊としての威圧感が皆無で、あまりにも「人間」として生活に溶け込んでいたから、慎二も無意識のうちにそれを「ただの名前」として受け入れてしまっていたのだ。
「……お前、今までも普通に名乗ってたよな。なんで僕も、今の今まで気づかなかったんだ……!」
慎二は自分の不覚に、そして立香の「毒気のなさ」に、言いようのない戦慄を覚えた。魔術師としての警戒心すら霧散させてしまう、恐ろしいほどの凡庸さ。
「まあまあ、慎二くん。落ち着いてってばどうせ誰も知らないから」
立香は慎二に揺さぶられながらも、ケロッとした顔で笑っていた。
「そういう問題じゃないんだよ、藤丸! セイバーがこんなに驚いてるんだ、やっぱりとんでもない失態じゃないか!」
「えー。でも、どうせ言ったところで、本当に誰も私のことなんて知らないから大丈夫だって。教科書にも載ってないし、どこかの王様みたいに有名人じゃないから。名乗っても名乗らなくても一緒だよ」
立香はまるで、今日のお昼ご飯のメニューを語るような気安さで言った。そのあまりの屈託のなさに、セイバーは深いため息を漏らした。
「……シロウ。真名を明かしてなお、この者の気配からは一切の敵意も、誇りすらも感じられません。ただ、あまりにも平然として……。英霊としての格が見えない一方で、人としての『器』が不可解なほど大きい」
「……俺も、初めて会うタイプだよ。でも、藤丸さんは悪い人じゃないと思う」
士郎は苦笑しながら、立香のあまりに「普通すぎる」振る舞いに、どこか親近感を覚えていた。
「とにかく、いつまでもここで立ち話もなんだし。……入ってくれ。夕飯、多めに作るからさ」
「わあ、やった! お腹空いてたんだ、ありがとう衛宮くん!」
立香は元気よく返事をすると、慎二の返事も待たずに、まるで自分の家のように玄関へと足を踏み入れた。
「おい、待て! 勝手に上がるなよ!」
慎二は、自分が「サーヴァント」の正体を軽視していたことへの苛立ちを紛らわすように、渋々とその後を追った。
門のそばに一人残されたセイバーは、立香の背中を、異世界の異物を見るような、あるいは遠い過去の民を見るような、複雑な眼差しで見送っていた。
「……藤丸立香。本当に、あなたは一体何者なのですか……」
かつての騎士王は、その不可解な存在に底知れぬ不気味さと、それ以上の「懐かしさ」という矛盾した感情を抱きながら、ゆっくりと扉を閉めた。