間桐慎二のGrand Order 作:見てみたかった小説
「……アーチャーさん、結局会ってくれなかったよ。ちょっと寂しいな」
庭から戻ってきた立香は、障子を閉めながら少し残念そうに肩を落とした。
「当たり前だろ! 無視されて当然だよ。見えない相手に手を振るなんて、僕にまで恥をかかせやがって……!」
顔を真っ赤にして憤慨する慎二をよそに、凛はふっと視線を外に向け、黙り込んだ。彼女の脳裏には、契約したサーヴァント――アーチャーからの冷徹な念話が直接響いていた。
『……凛。忠告しておく。あの少女、藤丸立香はサーヴァントではない。英霊としての霊格もなければ、魔力の奔流も一切ない。ただの人間だ。極めて異質な「何か」ではあるが、少なくとも戦力としては数えるに値しない』
アーチャーの冷徹な分析に、凛は心の中でやっぱりねと頷いた。朝の時点で確信していたが、サーヴァントであるアーチャーの目は誤魔化せない、セイバーも疑問視していた。
立香がただの人間である事が確定した。
『同盟などという馬鹿げた話は、今すぐ白紙に戻すべきだ。足手纏いを抱え込むのは未熟者だけでいい、今の内に切り捨てこの場で処理してしまえばいい。それがマスターとしての正解だ』
『……もう遅いわよ、アーチャー』
凛は独り言のように呟き、アーチャーの「切り捨てろ」という進言を退けた。
『同盟の話はもう結んじゃったわ。遠坂の当主として、一度口にしたことを今さら翻すつもりはないわよ。それに……確かにあの二人は『へっぽこコンビ』かもしれないけど、バーサーカーとやり合うようなセイバーを連れている士郎は間違いなく手強いわ。それに比べて、あの二人なんて私一人でもいつでも簡単に倒せる』
凛は、お茶を啜っている慎二と、穏やかな表情の立香を冷徹に分析する。
『もしあいつらが裏切るっていうなら、その時は遠慮なく、容赦も慈悲もなく潰してあげるわよ。それだけの話でしょ?』
凛の自信に満ちた言葉に、アーチャーは呆れたような溜息を返してきた。
『……やれやれ。甘いな、凛。その「へっぽこ」が、君の想像もしない毒を盛る可能性を考えていない。まあいい、今は従っておこう』
念話が途切れる。凛は再びいつもの表情に戻り、パンと手を叩いた。
「さあ、話は終わり! 士郎、夕飯にしましょう。お腹が空いてると、ろくな作戦も立てられないしね」
「あ、ああ。わかった、すぐ準備するよ」
士郎が立ち上がり、立香も「私も手伝うね!」と元気よく後に続く。
その背中を見送りながら、立香は胸の内で、深く、深い安堵のため息をついていた。
(……よかった。本当に、よかった……)
レイシフトに失敗し、この冬木の地に降り立った瞬間から、立香は「それ」を肌で感じていた。繋がっているはずのカルデアからのバックアップが、何一つ届かない。通信も、魔力供給も、自分を支えていたあらゆるパスが完全に消失している。
今日の昼間、図書館の屋上で人気がない時を見計らって試した結果は、絶望的なものだった。
かつての縁を頼りに、一瞬だけでも英霊を呼び出そうとしただけで、体内の魔力が根こそぎ持っていかれるような凄まじい疲労感に襲われたのだ。バックアップのない今の彼女にとって、召喚はあまりにも重すぎる「対価」だった。
(……感覚でわかる。今の私には、サーヴァントを現界させ続ける魔力がどこにもない)
立香は、右腕の袖を少し捲り、そこに刻まれた三画の令呪をそっとなぞった。
この令呪の魔力という「使い捨ての燃料」を無理やり回さない限り、召喚の起動すらままならない。そして、たとえ召喚に成功したとしても、その英霊を現界させておけるのは、せいぜい5分が限界だ。
5分を過ぎれば、供給源のない英霊は魔力消費によって消滅するだろう。文字通りの「一発勝負、5分間の切り札」。それが今の彼女の全力だった。
(今の私の手持ちは……令呪と、これだけ)
立香は、魔術礼装のポケットに忍ばせた、三本の小さな注射器――魔力回復用のアンプルを指先で確認した。カルデアから持ち込めた数少ない、そして最後の予備物資。これを使えば一時的に魔力回路を強引に回せるが、それも三回きりだ。
慎二が持つ三画の令呪。それが使え、且つ使わせてもらえるなら、最高で合計六回のチャンスがある。だが、もし彼が協力してくれない、使えないならば、彼女自身の右腕にある三回分。
この聖杯戦争を、たった数回、それも数分間だけの召喚だけで乗り切らなければならない。しかも激しい戦闘となるともっと短くなるかもしれない。
そして、藤丸立香としての戦略上ではほぼ確実に後手となってしまう。相手を見て相性を考えて召喚する。カルデアのバックアップはあっても常時召喚をしてしまったら体に負担が掛かってしまう。故に必要なのだ友好的なサーヴァントが……最強の盾が。
(……まだ、慎二くんには言えないな。この状況を正直に話したら、パニックになって何しでかすかわからないし)
慎二のプライドの高さと、追い詰められた時の脆さを、立香はこの短い時間で見抜いていた。だから、今はまだ「頼りになるサーヴァント」のフリをしていなければならない。後で、本当に二人きりになって、彼の心をしっかりと掴んだその時まで。
「マスター、お箸並べてもいい?」
「……ああ、好きにしろ。あ、お前、僕の分は一番いい箸にしろよな」
「はいはい。わかってるよ、マスター」
慎二との軽口を叩きながら、立香はキッチンへと向かう。
彼女は「へっぽこ」に見えるように、弱く、無害に見えるように振る舞い続ける。それが今の彼女にできる、唯一の戦術なのだから。
夕闇の衛宮邸。
自分のサーヴァントが「5分限定の召喚士」だとは夢にも思っていない慎二と、三本のアンプルと六度の奇跡を握りしめて生き残りを図る少女。
異質な同盟の夜が、静かに、そして賑やかに幕を開けた。