間桐慎二のGrand Order 作:見てみたかった小説
「あ……熱っ、つうううううう!?」
不意に、慎二は右手の甲を押さえてうずくまった。
皮膚の内側から焼きごてを押し当てられたような激痛。純粋な魔力の奔流が彼の腕を駆け抜ける。
「なんだ、これ……なんなんだよッ!」
痛みが引き、震える手を確認した慎二は、その目を見開いた。
そこには、鮮やかな赤。
三画から成る、禍々しくも美しい、聖杯の正統なる参加者の証――令呪が刻まれていた。
「令呪……。あは、あはははは! 見たかよ糞じじい! やっぱり僕は選ばれたんだ! 偽物なんかじゃない、本物のマスターなんだ!」
慎二は狂喜し、勝ち誇ったように笑う。
だが、その視線の先にいるのは、やはり相変わらずの「ただの少女」だった。
一方、立香もまた、自身の右手に走った奇妙な感覚に眉をひそめていた。
彼女の制服の袖に隠れた腕にも、カルデアで刻まれたものとはまた別の、新しい魔術回路の「接続」が生まれていた。
(なにこれ……。この人とパスが繋がってる? サーヴァントとの契約に似てるけど、もっと一方的で……それに、魔力の流れがめちゃくちゃ細い。……というか、私、召喚されたの? 人間なのに?)
立香は困惑した。
今まで何百という英霊と契約を交わし、数多の戦場を渡り歩いてきた彼女にとって、パスが繋がる感覚は馴染み深い。しかし、自分が「呼び出される側」になり、しかも相手がこれほどまでに未熟な少年であるという状況は、彼女の膨大な経験の中でも前例がなかった。
慎二は笑い声を止めると、不機嫌そうに鼻を鳴らし、立香を指差した。
「……はぁ? おい、お前。さっきから黙って見てれば、なんなんだそのツラは」
慎二は立香に歩み寄り、彼女の顔を覗き込む。
令呪が手に入ったことは最高に気分がいい。だが、その対価(サーヴァント)がこれでは、あの衛宮士郎にすら馬鹿にされて笑われかねない。
「令呪が出たってことは、お前は僕のサーヴァントなんだろ? だとしたら、お前は一体何のクラスなんだ? まさか『一般人』なんてクラスがあるわけないだろ。セイバーか? それともアサシンか何かか?」
立香は慎二の問いに、正直に答えるべきか一瞬迷った。
だが、この少年の瞳の奥にある、強烈なまでの劣等感と、それを隠すための傲慢さ。それは、彼女がカルデアで見てきた、多くの「持たざる者」たちが抱えていたものと似ていた。
「クラス、って言われても……。私はただの人間だよ。魔術師としても、たぶん君よりずっと素人だと思う」
「……はあぁぁぁぁ?」
慎二の声が一段と低くなる。
こめかみに青筋を浮かべ、彼は立香の胸ぐらを掴み上げようとした。
「ふざけるなよ! 人間が召喚されるわけないだろ! 知識はあるんだ、僕を担ごうなんて思うなッ! お前、名前は藤丸立香って言ったな。……能力は何だ? 何ができる? 宝具は!?」
立香は掴まれそうになった手を優しく、だが力強くかわすと、少しだけ困ったように笑って見せた。
「宝具なんて立派なものはないよ。……でも、そうだね」
彼女は自分の手を見つめる。
ここには、かつて命を懸けて共に戦った仲間たちの記憶がある。
神々を打ち倒し、人類の絶望を塗り替えてきた、あの日々の熱がある。
「『誰かの力に頼ること』と『諦めないこと』。……それから、どんなに性格が曲がったサーヴァントとも、なんとか仲良くなること。それくらいなら、誰にも負けない自信があるけど……不満かな?」
「不満なんてレベルじゃない! ゴミだ、そんなの何の役にも立たないゴミ能力だッ!」
慎二は頭を抱えて叫んだ。
「僕は……僕は最強のサーヴァントを手に入れて、桜を、じじいを、遠坂を見返してやるはずだったんだぞ! なのに、来たのが『友達作りが得意な一般人』だって!? ふざけるな、死ねよ、もう死んでくれよ!」
慎二の罵倒を、立香は真っ向から受け止める。
彼女にとって、この程度の怒声は「慣れっこ」だった。もっと恐ろしい神の怒りも、絶望の淵に沈む英霊の呪いも、彼女は聞いてきたのだから。
「……死なないよ。君が私を呼んだんだから」
立香は一歩、慎二に近づいた。
「ねえ、君。名前は?」
「……間桐、慎二……。触るな、汚らわしい」
「慎二くん、だね。……わかった。これも何かの縁だし、とりあえず、その『聖杯戦争』一緒に頑張ってみようよ」
「……あ?」
「君が勝ちたいなら、私も協力する。私は戦えないけど、戦い方は知ってるから。……主導権(オーダー)は君に預けるよ、マスター」
立香が浮かべたのは、あまりにも場違いな、戦場には不似合いなほどの澄んだ微笑だった。
慎二はその笑顔に、毒気を抜かれたような、あるいはもっと得体の知れない恐怖を感じたような顔をして、言葉を失った。
「な、なんだよお前……。変な女……ッ」
冬木の夜に、最弱の魔術師と、最強の「元」マスターの、歪な主従関係が誕生した。