間桐慎二のGrand Order 作:見てみたかった小説
「おい、いつまでそうやってベタベタついてくるんだよ。少しは離れろ」
弓道場を後にし、夜の静まり返った帰り道を歩きながら、慎二は忌々しそうに吐き捨てた。
後ろを歩く藤丸立香は、物珍しそうに冬木の街並みを眺めている。彼女にとっては見覚えがあるような、ないような、微妙にズレた並行世界の景色なのだろう。
「ごめんごめん。でも、はぐれたら困るし。ここ、私の知ってる冬木とはちょっと違うみたいだから」
「ふん、田舎者かよ。……いいか、これから僕の家……間桐の屋敷に帰るんだ。そこにはあの糞じじいや、出来損ないの妹がいる。お前みたいな得体の知れない女を連れ歩いてるのを見られるのは癪なんだよ」
慎二は足を止め、右手の令呪を立香に突きつけるようにして命じた。
「ほら、さっさと霊体化しろ。サーヴァントの基本だろ? 僕の許可があるまで姿を消してろ。鬱陶しいんだよ」
サーヴァントは霊体。実体を持たない魂の格。
魔術師の常識として、慎二は当然のようにそれを要求した。姿を消してついてこさせれば、誰にも怪しまれずに自室へ連れ込める。
だが、立香は消えなかった。
それどころか、彼女は困ったように頬をポリポリと掻き、照れたような、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべた。
「えーっと……。ごめん、慎二くん。それ、できないんだ」
「…………は?」
慎二の動きが止まる。
夜風が二人の間を通り過ぎ、沈黙が流れる。
「できない? お前、今なんて言った? 聞こえなかったな。もう一度言ってみろ」
「だから、霊体化は無理。だって私、生身の人間だもん。物理的に体がそこにあるから、消えたり透けたりはできないんだよね。……あ、でも、隠れるのは得意だよ? 段ボールとかあれば」
「ふざけるなッ!!」
慎二の怒号が夜の住宅街に響き渡った。
「霊体化できないサーヴァントなんて、そんなのただの居候じゃないか! お前、魔力もほとんどない、宝具もない、おまけに隠れることもできないのか!? これじゃただの迷子を拾っただけだぞ!」
「う、うーん、そう言われると反論できないけど……。後、お願いなんだけどご飯は食べたいし、お風呂も入りたいかな」
「誰がそんなこと聞いた! お前……お前、本気で僕を馬鹿にしてるだろ! 聖杯戦争をなんだと思ってるんだ!」
慎二は頭を抱えてその場にうずくまりそうになった。
本来、サーヴァントはマスターから供給される魔力で現界し、戦わない時は霊体化して魔力を節約するものだ。
だが目の前の少女は、物理的にそこに存在している。つまり、彼女を維持するのに魔力はいらないかもしれないが、代わりに「衣食住」という、あまりにも生々しいコストが発生するのだ。
「……信じられない。信じられないぞ。よりによって、この僕が……。こんな、戦うどころか隠れることすらできない欠陥品を引くなんて……!」
「欠陥品って……ひどいなあ。一応、これでも人類最後のマスターなんだけど」
「黙れ! 人類が滅びる前に僕の神経が滅びるわ!」
慎二は立ち上がり、乱暴に髪をかき上げた。
連れて帰るしかない。だが、どうやって?
夜道で同年代の少女を連れて歩いているところを、もし遠坂凛にでも見られたら。あるいは、あの衛宮士郎に「慎二、その子は?」なんて能天気な顔で話しかけられたら。
屈辱で死にたくなる。
「……いいか、藤丸立香。お前は今日から僕の『親戚』だ。いいな? わけあって家出してきた遠い親戚。それ以外の口を利いたら、その瞬間に令呪で自害させるからな!」
「えっ、家出少女? ……まあ、あながち間違いじゃないか。わかった、従兄の慎二くん!」
「くんを付けるな! 馴れ馴れしいんだよ!」
激怒しながら歩き出す慎二。
その後ろを、立香は「はいはい」と楽しげに笑いながらついていく。
「(……でも、この子。魔術師としては未熟だけど、根は悪い人じゃなさそうかな)」
かつて、あまりにも多くの「完成された英雄」たちと過ごしてきた彼女にとって、この不器用で、プライドだけが高い少年は、どこか放っておけない「守るべき人間」の一人に映っていた。
それに何となくイアソンみたいな感じがした。
「……あ、慎二くん。お腹空いたんだけど、帰りにコンビニ寄ってもいい?」
「寄るわけないだろ! 歩け! さっさと歩けッ!」
冬木の街を、聖杯戦争史上最も「戦力にならない」主従が、騒がしく進んでいった。