間桐慎二のGrand Order   作:見てみたかった小説

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居候

夜の闇に沈む間桐の屋敷。

その重苦しい門の前に辿り着いた時、慎二の胃のあたりは不快な重苦しさで満たされていた。

 

「へー、大きい家に住んでるんだね。慎二くんってお金持ち? 庭も広いし、なんか……歴史を感じるっていうか、ちょっと重たい感じ」

 

立香は緊張感もなく、屋敷を見上げて感心したように声を漏らす。彼女にしてみれば、移動要塞や神々の神殿に比べれば単なる「古い日本家屋」に過ぎないのかもしれないが、慎二にとってはここはずっと逃げ出したくても逃げ出せない檻だった。

 

「……黙れ。いいか、余計なことは喋るなよ」

 

慎二は歯ぎしりしながら門をくぐり、玄関の扉を引く。

渋々と、けれど彼女を外に放っておくわけにもいかず、立香を中に招き入れた。

 

「お邪魔しまーす……」

立香が小さく、けれどしっかりと挨拶をして靴を脱ぐ。

 

「本当に邪魔だよ! お前は僕の部屋のクローゼットにでも押し込んでおくつもりなんだからな!」

「たはは、それはちょっと狭そうかな……」

 

立香が申し訳なさそうに頭を掻いた、その時だった。

 

廊下の奥、光の届かない闇の中から、カサカサという不快な音と共に、その「声」が響いた。

 

「……ほう。夜遊びにしては、妙な連れを連れておるな。慎二よ」

 

心臓が跳ね上がった。

そこにいたのは、杖をつき、死人のような肌をした老人――間桐臓硯だった。

その濁った瞳が、慎二の隣に立つ立香を、品定めするように、あるいは獲物を見るようにじろじろと眺める。

 

「……っ、じ、お爺様……」

「聞かせてもらおうか。その娘は誰じゃ? 魔術師でもなく、かといって、英霊の気配も希薄……。お主、何を持ち帰った?」

 

臓硯の圧迫感に、慎二は呼吸が止まりそうになる。

だが、今の慎二には「武器」があった。右手の甲に刻まれた、紛れもない聖杯の証。

 

(……そうだ。見せてやる。僕だってできるんだってところを!)

 

慎二は震える膝を突き出し、強がりの笑みを浮かべて口を開こうとした。

 

『お爺様、驚くなよ。こいつは――僕が、自力で召喚したサーヴァントだッ!』

 

そう、堂々と言い放つはずだった。

 

「はじめまして! 慎二くんに召喚されてやってきました、藤丸立香です!」

 

慎二の言葉を完全に被せる形で、立香が快活な声を上げた。

あろうことか、彼女はあの「怪物」である臓硯に対して、一歩も引かずにぺこりと頭を下げたのだ。

 

「ええと、私が彼のサーヴァント……でいいのかな? さっき契約したばっかりなんですけど、よろしくお願いします、おじいさん!」

 

「…………なっ!?」

 

慎二の顔が、驚愕と屈辱で一瞬にして真っ赤に染まる。

自分が、一番格好良く、一番誇らしく「成果」を報告しようとしていた、その一番美味しいところを――。

 

「お前ッ! 何勝手に喋ってるんだよ!!」

 

慎二は、臓硯の前であることも忘れて立香に向かって怒鳴りつけた。

 

「僕が! 僕が今から説明するところだっただろ! なんでお前が先に言うんだよ! 黙ってろって言ったじゃないか、この役立たずッ!!」

 

慎二の怒声が廊下に響き渡る。

せっかく「無能な孫」から「サーヴァントを召喚した魔術師」へと、劇的な脱皮を見せる瞬間だったのに。主導権を奪われ、自分のセリフを横取りされたことが、慎二には何よりも耐えられなかった。

 

立香は「あちゃー」という顔をしながら、慎二の怒鳴り声にひるむ様子もなく笑っている。

 

「あはは、ごめんごめん。つい、自分から挨拶しなきゃと思って」

 

「うるさいッ! 僕に恥をかかせるな! 死にたいのか、お前は!」

 

臓硯は、そんな二人のやり取りを、意外そうな、そして酷く不気味な笑みを浮かべて見つめていた。

 

「……ク、カカカ……。面白い。面白いではないか、慎二。お主がこれほどまでに感情を剥き出しにする相手を……それも、サーヴァントとして連れてくるとはな……」

 

臓硯の目が、立香の奥底にある「何か」を覗き込もうと細められる。

だが、慎二はそれどころではなかった。彼はただ、目の前の、自分の言うことを聞かない「史上最悪のサーヴァント(自称)」への苛立ちで、頭がいっぱいになっていた。

 

「……ク、カカカ。まあ、せいぜい励むがよい、慎二。お主が呼び出したその『サーヴァント』とやらが、この冬木でどこまで踊れるものか……楽しみにさせてもらうぞ」

 

不気味な笑い声を残し、臓硯はカサカサという羽音のような足音と共に、屋敷のさらに深い闇へと消えていった。

 

「…………っ、はぁぁぁぁぁぁ……ッ!」

 

老人の気配が遠ざかったのを確認して、慎二は肺の空気をすべて吐き出すように大きく息をついた。心臓の鼓動がうるさい。冷や汗が背中を伝う。

そして、その溜まったストレスをぶつけるべく、隣の「能天気な女」を怒鳴りつけようと口を開いた。

 

「おい、お前! さっきのは――」

 

だが、慎二の言葉は続かなかった。

 

立香は、先ほどまでの明るい、どこか抜けたような表情を完全に消していた。

彼女の視線は、臓硯が消えていった暗い廊下の奥をじっと射抜いている。その瞳は険しく、鋭い。まるで、数えきれないほどの悪意や、目を背けたくなるような惨状を潜り抜けてきた「戦士」のような、冷徹な光を宿していた。

 

「…………」

 

その横顔に、慎二は思わず気圧される。

(なんだ……こいつ……?)

ただの人間のはずだ。魔力もほとんど感じない。なのに、彼女が醸し出す空気が英雄かと思うほどの重みだった。

 

「……おい」

 

慎二が少し怯えながら声をかけると、立香はハッとしたようにこちらを向いた。

その瞬間、彼女の顔からは先ほどの険しさが消え、いつもの「お人好しそうな少女」の表情に戻っていた。

 

「あ、ごめん。……あの、慎二くんのおじいさんだよね? 結構……なんていうか、悪い予感がするっていうか。大丈夫、あれ?」

 

立香が心配そうに尋ねてくる。あまりの豹変ぶりに、慎二は毒気を抜かれたような気分になった。

 

「だ、大丈夫なわけないだろ! お祖父様は怪物なんだよ! ……とにかく、余計な首を突っ込むな。いいか、もう一言も喋るなよ」

 

慎二は荒々しく階段を駆け上がる。

リビングや台所に立香を置いておくわけにはいかない。もし、家の中をうろついている桜に見つかったら?

 

「兄さん、その人は?」

 

なんて、あの憐れむような、馬鹿にしたような目で聞かれるに決まっている。そうなれば、自分のプライドは粉々だ。

 

慎二の自室。

重い扉を開け、立香を中に押し込むと、彼はぴしゃりとドアを閉めた。

 

「いいか、立香。ここでジッとしてろ。一歩も外に出るな。……これは命令だぞ!」

 

「わかったってば。……ねえ、慎二くん」

 

「なんだよ!」

 

「……ううん、なんでもない。わかった、ここで大人しくしてるよマスター」

 

立香は何か言いかけたが、それを飲み込んで慎二のベッドの端に腰を下ろした。

 

慎二はそのまま、バタンと音を立てて部屋を出た。

廊下を歩きながら、彼は再び頭を掻きむしる。

 

(クソッ……なんで僕が……。あんな、人間なんだかサーヴァントなんだかわからない女のために……!)

 

これからどうする。聖杯戦争はもう始まっている。他のマスターたちは強力な英霊を従えて殺し合っているはずだ。なのに自分は、ただの「飯を食う居候」を抱え込んでしまった。

 

(……そうだ、飯だ。こいつ、人間なんだから放っておいたら死ぬじゃないか)

 

もし死なれたり、弱ったりされたら、せっかく手に入れた僕の令呪が無駄になる。

慎二は舌打ちをしながら台所へ向かう。なるべく桜と鉢合わせないように気を配りながら。

 

(なんで僕が夜食の用意なんてしなきゃならないんだ! お前は召喚の灰を片付けろ、とか、戦術を立てろ、とか……そういうのを期待してたのに!)

 

冷蔵庫を開け、適当な食材を物色しながら、慎二は心の中で毒づき続ける。

本来なら、跪いた英雄に「食事を用意しろ」と命じているはずだった。それがどうだ。召喚したその日の夜に、主人がサーヴァントに夜食を運ぶ羽目になっている。

 

ブツブツと文句を言いながらも、慎二の手は止まらない。

彼は気づいていなかった。

あの一瞬、臓硯を睨んだ立香の瞳が、これまでのどんな魔術師よりも「戦場」を知る者のそれであったことに。

 

そして、間桐慎二の「史上最も屈辱的」な聖杯戦争の初夜は、調理器具のカチャカチャという虚しい音と共に更けていった。

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