間桐慎二のGrand Order   作:見てみたかった小説

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藤丸立香の運用

翌朝、慎二は酷い寝不足と苛立ちの中で目を覚ました。

 

昨夜、空き部屋に立香を押し込み、「絶対に出るな」と厳命したはずだった。彼女が食べ終わった食器を深夜にこっそり片付け、完璧な隠蔽工作を終えて眠りについたはずだったのだ。

 

しかし、リビングのドアを開けた慎二の目に飛び込んできたのは、最悪の光景だった。

 

「あ、慎二くん! おはよー。桜ちゃんの作るお味噌汁、絶品だよ!」

「あ……兄さん、おはようございます」

 

エプロン姿の桜の隣で、当たり前のように菜箸を握る立香。二人はまるで何年も前からの友人のように、和やかに朝食を準備していた。

 

「お……おいッ!!」

 

慎二の怒声が響く。「お前、何やってるんだよ! 出るなと言っただろ!」

 

立香は全く動じず、むしろ「いやー、まいったまいった」と頭を掻いた。

 

「ごめんごめん。朝起きたらどうしても我慢できなくなっちゃって。トイレを探して廊下に出たら、そこで彼女……桜ちゃんと鉢合わせしちゃったんだ。あ、これ、謝罪ね。えへへ」

 

そう言って味噌汁を食卓に出す立香。

 

「えへへ、じゃない! おい待てトイレ……? そうか、お前、トイレに行かなきゃならないのか……」

 

慎二はガクッと膝をついた。霊体化できないどころか、生理現象まで完璧に存在するサーヴァント? これから始まる聖杯戦争の間、自分はこの女の排泄まで管理しなければならないのか。あまりに生々しい現実に、慎二のプライドが音を立てて削れていく。

 

ふと、慎二は立香の両手を見た。彼女は朝食の席だというのに、両手に手袋をはめていた。

 

「おい、なんで手袋なんてしてるんだ」

 

桜が味噌汁を運び、一旦席を外した隙に慎二は小声で尋ねた。

 

「え? ああ、これ。……バレたらまずいんでしょ、赤いアザ。昨夜家に入る前からずっと隠してるよ。君の家がどんな人なのかもわからないから。やっぱりおじいさんにバレたらマズいんじゃないの?」

 

「……ッ」

 

慎二は絶句した。確かに、臓硯に令呪を見られれば何をされるかわからない。自分より適性が高いと思われている桜に知られるのも癪だ。

 

(……へぇ。少しは気が利くじゃないか。僕が気づかなかったのを、こいつは最初からやってたっていうのか)

 

不本意ながらも立香の危機管理能力を認めた慎二だったが、同時に自分の右手が剥き出しであることに気づき、顔が引き攣った。

 

「……ま、まあ妥当な判断だな。僕のサーヴァントならそれくらい出来て当然だ。ちょっと待ってろ」

 

慎二は平静を装って二階の自室へ駆け上がった。クローゼットをひっくり返し、以前買ったきり使っていなかった黒い革手袋を引っ張り出す。それを右手にはめ、鏡の前で不敵に笑った。

 

(あはは。いい気分だ。これで僕も本物の魔術師の仲間入りだ。他の連中にはない、選ばれた者の証……!)

 

優越感に浸りながら、慎二はリビングへ戻った。

 

「…………」

 

席に着くなり、桜が慎二の右手をじっと見つめてきた。

その瞳は、兄が隠しているものが何であるかを完全に理解していた。

 

(……令呪。兄さんも、選ばれたんだ……)

 

桜の心に冷たいさざ波が立つ。そして、その視線は隣で呑気にトーストを齧る立香へと向けられた。

最初は、この女性が兄さんのサーヴァントではないかと疑った。けれど、彼女は朝一番に「トイレはどこですか?」と尋ねてきたのだ。食事を作り、味見をし、人間と何ら変わらない生活臭を漂わせている。

 

(サーヴァントがトイレに行くなんて、あり得ない。……じゃあ、彼女は何? 兄さんが連れてきた、ただの協力者……?)

 

桜の疑念は、立香の放つ「あまりにも人間らしい」ノイズによって、わずかに逸らされていた。

 

「……っ、なんだよ!」

 

慎二は桜の視線に気づき、露骨に嫌な顔をした。

 

「ジロジロ見るなよ、桜! 鬱陶しいんだよ。お前は黙って、朝食を運んでいればいいんだ!」

 

「……あ、すみません、兄さん。つい……」

 

桜は慌てて視線を落とし、いつもの大人しい妹を演じる。

 

立香はその様子を、咀嚼を止めずに観察していた。

怒鳴り散らす慎二。

その右手の令呪を確信を持って見つめる桜。

そして、二人の間を流れる、修復不可能なほどに歪んだ家族の空気と時折聞こえる虫のような声。

 

 

(……この家、本当にいろいろと底が知れないや)

 

立香は心の中で呟きながらも、努めて明るく声を上げた。

 

「あ、桜ちゃん! おかわりある? 慎二くんが全部食べちゃう前に確保しときたいな!」

 

「えっ、あ、はい! まだあります、藤丸さん」

 

「よしっ! 慎二くん、私の分まで取らないでよ?」

 

「誰が取るかよ、そんな貧乏臭いものッ!」

 

立香の強引な話題転換に、食卓の空気は一瞬だけ弛緩する。慎二は自分が場を支配しているという錯覚に浸り、再び傲慢な態度で食事を再開した。

 

それが、かつて人類史の終焉を何度も回避してきた「最後にして最強のマスター」による、生存のための心理操作であることにも気づかずに。

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