間桐慎二のGrand Order 作:見てみたかった小説
朝食を終え、慎二は逃げるように学校へ行く準備を整えた。
制服の袖から覗く右手の黒い手袋。それが自分の特別な証であることを自分に言い聞かせ、玄関の扉を開ける。
しかし、その背後を当然のような顔で立香がついてきた。彼女は手ぶらで、ただ身一つで慎二の後に続く。
「おい、何を付いてくるつもりだ。お前は霊体化もできない役立たずなんだぞ。家で大人しくしてろって言っただろ!」
慎二が苛立ちを露わにして振り返るが、立香は困ったように笑うだけだった。
「いいから、少しだけ一緒に歩こうよ。慎二くんも、外の空気を吸いたいんでしょ?」
「……勝手にしろ! 誰かに見つかって不審者扱いされても僕は知らないからな!」
慎二は毒づきながらも、門を出て通学路を歩き始めた。
冬木の朝の空気は冷たく、街路樹の間を抜ける風が頬を刺す。慎二は周囲を警戒し、知り合い――特にあの遠坂凛や衛宮士郎がいないか、絶えず視線を走らせていた。
間桐の屋敷が建つ坂道を下り、街の喧騒がわずかに聞こえ始めたあたりで、慎二は再び足を止めて隣の少女を睨みつけた。
「おい、もう十分だろ。いい加減にしろよ。……なんでついてきた? お前みたいな素人が外に出るほうがよっぽど危険なんだぞ。屋敷にいたほうがまだ安全だろ」
すると、立香はそれまでの柔らかい表情を消した。
彼女は立ち止まり、慎二の背後――坂の上にある間桐の屋敷がある方角を、静かに見据えた。
「……あの家に一人でいたら、殺されそうだったから。だから外に出たんだよ」
「……は?」
慎二は呆気に取られた。
「何を言ってるんだ。あそこは僕の家だぞ。じじいがいたって、僕のサーヴァントのお前に手出しなんて――」
「それでも隙あらばやっちゃうみたいな雰囲気だったし、それに」
立香は言葉を遮った。その声には、かつて数々の絶望的な戦場を潜り抜けてきた者だけが持つ、生存本能に基づいた確信がこもっていた。
「あの場所……あの家の中に一人で残されるのは、酸素のない部屋に閉じ込められるのと同じくらい息苦しかった。あそこにいたら、私の『命』が削られていく感じがしたんだ。……ごめんね、慎二くん。でも、今の私にはあそこに留まるのは無理だよ。それにあのお爺さん人間じゃないでしょ?」
慎二は言葉を失った。
自分があの屋敷に対して抱いている、得体の知れない恐怖。それを「魔術師の家系なら当然の重圧だ」と自分に言い聞かせ、必死に蓋をしてきたものを、彼女は「命の危険」というあまりにも単純で鋭い言葉で指摘したのだ。
「……っ、知ったようなことを言うな! じじいが人間じゃないからなんだ! 間桐は歴史ある魔術師の家系なんだ。一般人のお前に何がわかる!」
慎二は震える声で言い返した。だが、立香を睨み返す彼の瞳には、自分の「家」という聖域を否定された怒りよりも、彼女の言葉が真実であると知っているがゆえの怯えが混じっていた。
立香は、そんな慎二を責めるようなことはせず、ただ前を向いた。
「行こう、マスター。学校、遅れちゃうんでしょ?」
彼女は再び歩き出し、慎二の横に並ぶ。その歩調は先ほどよりも少しだけ力強い。
「…………」
慎二は何も言い返せなかった。
自分のことを「優秀な魔術師だ」と誇りたいのに、その根城である屋敷を「死の気配がする」と言い当てられた屈辱。
それなのに、彼女の横を歩いている時だけは、あの屋敷の冷たさから少しだけ解き放たれているような、妙な安心感を感じている自分に、慎二はさらに苛立ちを募らせた。