ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 作:空を飛ぶジンベエザメ
一夜に渡る救出作戦は、カズサ達が訓練を終えた砲兵隊と共に学校へと帰還したことで無事に終了した。朝日を背に帰って来たカズサ達はナギサとセイアの計らいにより、熱いシャワーを浴びて汚れと塩分を落とした後、その日は放課後スイーツ部限定の公欠日という体で特別休暇を与えられた。
正義実現委員会によりそれぞれの家へと送り届けられたカズサ達は、玄関に足を踏み入れたその時に全ての気力と体力を使い果たし、ティーパーティーから借りた制服のままベッドに飛びこみ、そのまま泥のように眠った。
そんな彼女達とは異なり、ミカはシャワーを浴びた後、休暇を与えるというナギサからの厚意を断り、不眠不休で後処理に当たった。無理をしているのは分かっていたけど、さっき後輩に思う存分甘えた手前、ナギサにも甘えるというのは自分のメンツが立たない気がしてならなかった。
ただ幸運なことに、今回の一連の事件はアリウス側には一切伝わっておらず、ちょうど昨日自治区の一時譲渡が正式に決まっていたこともあり、ナギサ達はアリウスの生徒会に事の次第を伝え、両校の友好を乱す不穏分子に対しこれからより一層の警戒を行うことを誓い合うだけで済んだ。
砲撃により発生した地下水脈の噴出に関してはその後、両校の合同で詳細な調査が行われ、結果として大聖堂周辺の地下には大量の岩塩が埋没していることが明らかになった。今後大規模な発掘施設が建設され、アリウスの経済を潤す要素の一つになる予定だ。尚、建設が決まったその施設には当初、発掘に多大な貢献をした一人の生徒の名が刻まれる予定だったが、シャイなその生徒自身による猛烈な反対により、あえなく没になった。
そして最後に、ティーパーティーと放課後スイーツ部について。今回の事件によりその関係が外部に漏れた両者ではあったが、その情報が伝わったと思われる団体や組織に対しミカが中心となって必死に「干渉」を行ったことが功を奏し、おばあちゃんのお店で行っていた秘密のパーティーは継続して行われることになった。そして―
「ミカ、先に降りていてくれ」
「うん」
ミカは頷いて、セイアの車から降りた。事件の後初めて行われるピザパーティー。その会場であるおばあちゃんのお店に訪れたセイア達が乗っていたのはいつもの白いオープンカーでは無く、中古で買ったコンパクトなサイズのSUVだった。これも、自分達の関係が悪意ある他者に漏れない為の配慮である。
(ナギちゃん抜きでパーティーするの初めてだな...)
そんなことを考えながら、ミカは放課後スイーツ部とおばあちゃんが待つお店へと歩いていく。時刻は夕暮れ。既に閉店時間を過ぎた店内では、カズサ達がパーティー用のピザ生地を捏ねているはずだ。仕事の関係で残念ながらナギサは来れなかったけど、彼女の分も久しぶりのパーティーを楽しまないと。
ミカはお店の裏に回り、いつも開いている勝手口のドアノブに手をかけた。しかし
「あれ...?閉まってる...?」
常に開いているその扉が、今日だけは閉まっていた。不思議に思い、もう一度ノブを捻ろうとする。しかしその時
「こんばんは、ミカさん」
『ミカ様こんばんは!』
扉が急に開き、そこからおばあちゃん、アイリ、ナツ、ヨシミ、そしてレイサがひょこっと顔を出した。更に彼女達がいる厨房は暗く、調理をしている気配が一切見られない。その上、彼女達の中にはいつもそこにいるカズサの姿がなかった。
「み、皆こんばんは...。な、なんかパーティーの準備全然できてないみたいだけど、どうしたの...?それに皆制服だし...」
彼女達が身に着けていたのは仕事中に着ている作業用の私服ではなく、パリッとした真新しい学校の制服だった。これもまた、ティーパーティーが特別に無償で提供したものである。
「えへへ、実はねミカ様!今日のパーティー会場はここじゃないんです!今日のパーティー会場はズバリ、ティーパーティーのテラスなんです!」
アイリの言葉に、ミカは目をぱちくりさせる。彼女の言ってる意味が、全く分からなかった。
「えっと、アイリちゃん何言ってるの...?あのテラスは今ナギちゃんが...」
「あのテラスでは今、ナギサ様が仕事をしているから使えない。そう言いたいんだね、ミカ様?だけどそれは、ナギサ様の真っ赤な嘘だよ」
気持ちいい位のしたり顔で、ナツはミカの言葉を見事に言い当てた。それに続き、最後にヨシミが、頭の上に大量のはてなを浮かべるミカに、全ての事情を話してくれた。
「ネタバラシするね、ミカ様!実は一昨日、ナギサ様とセイア様がこの前のお詫びにって、ティーパーティーのテラスでお菓子パーティーをしないかって言ってくれたの!だけどそれだけじゃつまらないから、いつものピザパーティーに見せかけてミカ様を驚かせようって!だからここまで先輩を連れて来たセイア様も実はグル!今頃学校ではナギサ様がパーティーの支度をして待ってるはずだよ!」
「サプライズは楽しんでくれたかな、ミカ?」
「も~う!私をびっくりさせる為だけにわざわざここまで連れて来たの!?信じらんない!」
サングラスの奥で細められたセイアの瞳を見て、ミカは嬉しいやら悔しいやら、良く分からない気持ちになっていた。
「私のお店でのパーティーはやろうと思えばいつだってできますからね。今日は学校のほうで楽しんで来て下さい」
「私はおばあちゃんのピザが久しぶりに食べたかったんだけどな~?」
不満気に頬を膨らますミカに、おばあちゃんは「まぁ、嬉しいお言葉ありがとうございます!ですがそれはまたの機会に!」と言いながら上品に笑った。本当、傍から見たらただの仲のいい祖母と孫娘にしか見えない。
「そういえば、カズサちゃんは何処行ったの?さっきから姿が見えないけど...」
ミカはそう呟いた瞬間
「私はここだよ、ミカ先輩!!」
重低音のエンジンサウンドが響き、店の横にあるガレージから、おばあちゃんのバイクに乗ったカズサが出て来た。低速でミカ達の前に来たカズサは一度エンジンを止め、バイクからひらりと降りる。
「セイア先輩の車じゃここにいる全員は乗れないからね!だから学校まで、先輩は私の後ろ!」
カズサはスクーターの後部座席をポンポンと叩いた。
「え、それじゃ私、また空を飛ぶの...?」
カズサはにやりと笑った。
「私の後ろじゃ、不満?」
実に意地悪な聞き方だった。そんなこと言われたら、ミカはこう答えるしかない。
「もうっ!そんな訳ないでしょ!?カズサちゃんと一緒だったら、そこは私にとってファーストクラスのシートだよッ!!」
ミカは顔を赤く染めながら言い放った。
「おやおやミカ、もうすっかりカズサにお熱だね。まさかミカが年下が好みだったとは、この私の慧眼を以てしても見抜けなかったよ」
『ヒューヒュー!!』
セイア達からの冷やかしをこれでもかと浴びながら、ミカはカズサと共にバイクに乗る。
「...ねぇ、カズサちゃん」
カズサの腰に腕を回した時、ミカの声が背中越しに聞こえた。
「ん、なに?」
カズサはゆっくりと振り返った。
「これからもよろしくね、カズサちゃん」
ミカはそう言って、子供のように笑った。
「こちらこそよろしくね、ミカ先輩」
そう返して、カズサも笑った。彼女達の間にそれ以上の言葉は、不要だった。
二人がそんなやり取りをしている間に、レイサ達はセイアの車に乗り込む。
「よろしくお願いしますね、セイア様!」
セイアの呼びかけで助手席に座ったレイサは、セイアに対し無邪気に頭を下げた。そんな彼女に、セイアは横目で視線を送る。
「私を前にして物怖じしないとは流石、ミカ達の窮地を救った自警団の精鋭だね」
「はいッ!!あの窮地を乗り越えた私に、怖いものなどありませんッ!!セイア様!キャスパリーグが駆るバイクなんて置いてけぼりにしちゃって下さいッ!!」
その言葉に、後ろに座った三人組の顔が青くなる。
「ま、待ってレイサちゃん...!そんなこと言っちゃったらセイア様...」
しかし、手遅れだった。セイアの瞳に、走り屋としての熱い闘志が満ち始める。
「そう言われては、仕方ないね...。この車の内なる獣を解き放つとしよう...!」
セイアはサイドブレーキの横から、床をぶち抜くようにして伸びるハンドルを力強く引っ張っる。瞬間、おばあちゃんのバイクに負けず劣らずの爆音が空気を震わせた。更にその爆音に合わせて車体全体が激しく振動を始める。後部座席の三人と共に、怖いものなど無いと言い切ったレイサの顔がどんどん青くなる。そんな四人をよそに、セイアは窓から顔を出し、横に並ぶカズサとミカに語り掛けた。
「実はミレニアムのほうに親しい友人がいてね。V字型12気筒ギガトンターボエンジン、見た目こそごく一般的なコンパクトSUVだが、この車に載せられたエンジンは私の友人達の手になる鋼鉄の心臓だ。君達の乗る自転車とは比にならない馬力だが...」
その言葉を遮るように、カズサはエンジンをスタートさせた。ミレニアム謹製の変態エンジンが同時に動いているせいで、カズサは大声でセイアに声を返す。
「悪いね、セイア先輩!その車にどんなエンジンが乗ってようが、私は先輩にテールランプしか見せる気は無いから!」
清楚なその顔にまるで似つかわしくない笑みが、セイアに浮かぶ。
「言ってくれる...!ならば君の走り、しかと見せてもらうとしよう!この三つのバックミラー越しにね!」
その言葉が号令となり、両者は同時にアクセルを吹かした!爆音が、秋の夕空に木霊する。凄まじい加速で、瞬く間に丘を駆け下りていった二台を、おばあちゃんは満足そうな笑顔で見送った。
『きゃああぁぁぁぁ!?セイア様止めて下さい~ッ!!!』
ジェットコースターさながらの速度に、レイサ達はたまらず悲鳴を上げる。しかし残念ながら、セイアにその訴えはまるで届いていなかった。セイアとカズサはほぼ同時に、最初のカーブに突入する。
「ミカ先輩分かってるよね!?」
「勿論!セイアちゃんには負けられないよカズサちゃんッ!!」
二人は同時に体重を傾ける。鮮やかなドリフトを見せるセイアの車の少し先で、魔女とキャスパリーグが駆るエメラルドグリーンのバイクもまた、惚れ惚れするような横滑りで、パン屋まで続く数多のコーナーを攻略していった。
厳かなティーパーティーのテラス。今日の為に用意された長テーブルの上に所狭しと並べられた色とりどりのお菓子の前でナギサは、セイアの車に乗らずに済んだという事実を噛み締めながら、先程ミカが提出した修正済のレポートを読んでいた。
「全く...いつもこの位真面目に取り組んでくれれば、私も楽なのですが...」
指示した箇所が適切に修正されたレポートを読み終え、ナギサは何処か満足気な表情でレポートをテーブルの上に置いた。これで今日の仕事は終わり。あとはこれから訪れる友達と楽しい時間を過ごすだけだ。だがその時
「これは...?」
レポートの一番後ろに、小さな封筒がピン留めされているのにナギサは気付いた。白い封筒の隅に「ナギちゃんへ」と書かれているのを見つけて、ナギサは直ぐにその封を切る。
少し重みのあるそれから出てきたのは、淡い桃色の櫛と、それに添えられた手紙だった。
ナギちゃんへ
封筒に入ってる櫛は私からナギちゃんへのプレゼントだよ!バイト代で買ったんだ!セイアちゃんみたいに面と向かって渡す勇気が出なかったから、お手紙と一緒に渡すことにしちゃった!ごめんね、ナギちゃん!
こうやって誰かにお手紙を書くの、久しぶり。だから何を書けばいいか結構悩んだんだけど、やっぱりナギちゃんには、この言葉を一番に伝えたい。
ナギちゃん。こんな私をいつも傍で見守ってくれて、本当にありがとう。ちょっと不器用だけど思いやりに溢れてて、私の事をいつも想ってくれてるナギちゃんが、私は大好きです。ナギちゃんから貰ったものを返せるように、仕事を頑張るナギちゃんの横に立っても恥ずかしくないくらい、私も強くなります。
ミカより
手紙には、ミカからのそんな言葉が綴られていた。
それからナギサはミカ達がテラスの扉を開くまで、その手紙を何度も何度も読み返していた。秋の涼しい風が吹き込むティーパーティーのテラス。しかしナギサが一人座るそこには、そんな冷たい空気とは異なる、優しい温もりが、確かに宿っていた。
ミカとカズサがパン屋でアルバイトをするお話 おしまい
おまけエピソードと言いながらトゥルーエンドのようになってしまいましたが、これにて本作は完結となります!最後の最後まで読んで頂き、本当に本当にありがとうございました!