葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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シュタルクとフェルンの本編後の物語を描いたアフターオレオールからのスピンオフ作品であり、シュタルクとフェルンの間に生まれた少年「シュタアル」が主役の話となります。

キャラクターの成長と信念の継承、人々との絆を重点的に描いた物語であるため、ショートラブストーリーなどの需要には合わないかもしれません(ラブストーリー的な要素が皆無というわけではありません)。

本質的に、本作は書き手の好きな要素を全部盛り込んだものであり、独自設定とオリジナルキャラクター成分が多いストーリーとなります。
それでも良いという方向けの作品です。


【第1部】狂人ヴェノム編
追憶の英雄譚と鋼 (1) 【第1部】


■英雄譚の始まり


 

魔王城の鎮座する北の最果ての地エンデ。ここには人類の魔法の始祖フランメの手記によって記された魂の眠る地(オレオール)がある。

 

元勇者パーティの魔法使いフリーレン、その弟子のフェルン、戦士アイゼンの弟子のシュタルク、彼らは長い旅路の末その地にたどり着きそれぞれの目的を果たしたと言われている。

 

それから十数年の時が過ぎた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

中央諸国 クレ地方

元は魔族の手によって滅ぼされた戦士の村と呼ばれた場所。

今はその地には小さな集落と、少しだけ街道沿いに移動した場所に交易を行う街がある。

 

現在この地は戦士の村の直系の血筋であるシュタルクと、彼の妻であるフェルンが領主として治めている。

 

そして、交易街の少し離れにある学舎から飛び出て家の方向に走る一人の青年。

外ハネの多いクセの多い青紫の髪。少し朱い三白眼の瞳。歳にすると16歳。

ここの学舎からすると既に卒業生だが、当人立っての希望で自習のために施設は使わせてもらっている。

 

そんな彼は人を探してひた走る。

集落にある、最も大きい家……と言っても屋敷というほどもない普通の家だが。

自宅の正面。花壇の整備をしていた壮年の女性は彼に声を掛ける。

 

「シュタアル様。どうかなされたのですか?」

「ライニさん、母さんは!?」

「フェルン様は領主館で執務室にいらっしゃいます」

 

そのお手伝い然とした女性のライニにシュタアルと呼ばれた青年は「分かった!」と言って街の方へと駆け出した。

 

「お仕事中ですから、あまりご迷惑をおかけしてはいけませんよー」

 

そう声をかけられると「分かったー!」と言いながら彼は手を振る。

 

この物語は1つの英雄譚である。

そんな一人の青年が、時の英雄と名高き父と母の背を追い……

師の語る勇者の姿に思いを馳せ、大切な人たちを守れる英雄を目指す――

 

―― これはそんな、彼の長い道のりの物語だ

 

■英雄の不在と魔法使いの憂鬱


 

クレ地方 街道中継街 領主執務室

 

「シュタルク様が不在の時に届いたこれは不幸と言うべきか、幸運と見るべきか」

 

ここ最近何通か届いている嘆願書に頭を抱えているのはこの領地の代表の一人であるフェルン。

嘆願書に書かれている内容はいずれも概ね同じことだ。

 

山道に現れる賊の討伐

 

数ヶ月前からこの街を中継している隣接した街とは協力体制を組んで極力防衛網を引いているが徐々に被害が増えてきた。

 

報告書によると

曰く、魔物が襲ってきて護衛の疲弊を狙って襲ってくる。曰く、魔物に騎乗した兵士がいる。曰く……魔物の体の一部を持った奇妙な者がいる……など

 

「こんなときに居たら居たで、真っ先に武器を持って出ていってしまう人ですからね……」

 

彼女の夫でもあり、とある大魔族を討った現在では大陸でも名のある英雄の一柱と数えられるシュタルク。

現在は聖都に出ているため不在だが誰かが苦しんでいると知ると己が身を顧みずに戦う人だ。

それ故に様々な人から愛されてはいるのだが、フェルンからすると感情は複雑だ。

 

それにしても、そのシュタルクが少々不在となったことで動きが騒がしくなるとは……

 

「ほんとうに、ずいぶんと舐めてくれたものです」

 

どうしてくれようか……とも思う。自惚れではなく、シュタルクと並び大陸屈指の魔法使いとして存在しているフェルンもまた相応に名のある時代の英雄の一角である。

しかし、この街の防衛の要でもある自身が討伐隊に出向いてはこの街が危うい。フェルン自身がここにいることで守れるモノも多い。

 

「はあ……」

 

実際困ったものである。あまりシュタルクにこの手のことで手を煩わせたくはない。

やり始めると際限がないのだ。そして優しい彼は決して止まらない。

 

ならば、シュタルクが不在のうちに自分でなんとか解決してしまうのが最善手でもある。

街の警備兵だけでは対応が困難であり、フェルン自身が撃って出る訳にも行かずとなると打てる手は自ずと狭まってくる。

 

シュタルク以上の最強の一手はあるにはあるが、このような話に対してあまり気は進まない。

これは人同士の争いであり、そして領地の近くで発生した問題はこの領主の立場として対処したい。

 

どうしたものか……思案しながら書類を手にしたフェルンは窓の外を眺める。

そうしていると見慣れた髪色が領主館に走ってくる様子が見えた。

 

■英雄への焦がれ


 

「よっ!っと……」

 

母の所在を聞いたシュタアルは館内の階段を駆け上がる。

学舎の中で気になる話を聞いた彼はその脚で走って領主館までやって来た。

 

息切れすることも無く階段を駆け上がったその勢いでたどり着いた控室では紅茶を沸かしている黒髪の女性と目があった。

 

「シュタアル様。廊下は走らないように。書類や物を持った人とぶつかったときに責任が持てるのですか?」

 

と、ストレートで正論で責められたシュタアルと呼ばれた青年は祖父である戦士アイゼンから「(アイゼン)を超える鋼」を意味する名前をもらったシュタルクとフェルンの実子。

 

「ごめん、ルーエ姉さん。母さんは?」

「フェルン先生は執務室です。少々難しい案件を抱えているため、あまり迷惑をかけないように」

 

シュタアルからルーエと呼ばれたのはこの大陸では少し珍しい黒髪と黒い目の印象的な女性。

フェルンの教え子に当たる人物であり、この地の管理をするフェルにとっては仕事上の秘書に当たる。

 

彼女はシュタアルが幼い頃、両親が魔族被害地から連れ帰ってきた兄妹の片割れだ。

彼女の兄はシュタルクに師事しつつも実務面で頼れる片腕となっている。無論今もシュタルクに同行中である。

2人ともシュタアルにとっては幼い頃から面倒を見てもらっており実質兄と姉のような存在となっている。

 

「いや、遊びに来たわけじゃないんだけど……」

 

そう、遊びに来た訳ではない。街中で色々話を聞いた。おそらく母のフェルンは困っている。そうであれば……今の自分には何かが出来るはずだ。

 

そう覚悟を決めて

 

「母さん!」

 

と、勢いよくドアを開けた瞬間。

 

――ドンッ!!

 

空気を叩くような鈍いが鳴り、何かがシュタアルの額にぶつかった

 

「……痛てぇッッ!」

 

執務室に入り母を呼んだと同時に感じた額を貫通するかのような痛撃に思わず声が出た。

正面にはやや不機嫌な顔をみせる母のフェルン。

 

「ノックをしなさい!」

 

と入室早々にシュタアルに向けて指さした彼女からの叱責を受けることになった。

どうやらドアを開いた瞬間になにか魔法で衝撃を起こしたようだ。

渾身のデコピンをされたかのような痛みに額を抑えたシュタアルは「すいませんでした……」と小さい声でぼやく。

 

「上品にしなさい、とまでは言いませんけど。せめて礼儀を逸するのはやめなさい。

 今は身内だけですけど、ここはまがりなりにも領主館ですよ。来賓の方がいらっしゃっていた時どうするのですか」

 

以後気をつけます……と答える前にシュタアルの頭上から手が伸び、頭を押さえつけて強制的にお辞儀状態にされる。つい先程、シュタアルに声をかけたルーエだ。

 

「フェルン先生。申し訳ありません。私が慌てて入るなと注意することを怠りました。以後は徹底させます」

 

そんなふうに我が子と共にルーエも頭を下げてくると流石にフェルンも小言を続けづらい。

苦笑と嘆息にかえて「気をつけてね」と言うに収まった。

 

助け舟を出してくれたルーエの顔を見ると表情には「急ぎの用があるのでしょう」と書いてある。

なんやかんや弟分には甘い姉。

 

「そうだ、母さん!賊の騒ぎが、被害者も出てるって」

 

父シュタルクが不在であり、今この場を動けない母はきっと困っていて、自分が何らかの助けになれるはずだと意気込んだ青年は

 

「シュタアル……あなたが出来ることは何もありません。今日は帰りなさい」

 

母親の冷静な一言のもとに一刀両断で崩された。

 

「でも、魔物も出てるって。だったら俺が……魔物ならッッ」

「関係ありません。魔物が居たとしても、相手は人です。あなたの戦う相手ではありません」

「でも……」

 

抵抗するも、尻すぼみに小さくなるシュタアルの声。後ろでルーエも何かを言いたげだが言葉を紡げずにいる。

母がここまで拒む理由は、なんとなく分かっている。きっと父シュタルクも反対するだろう。人を斬らせたくないのだ。

 

人を斬れば、血と魂がこぼれ出る。刃にどんな正義があったとしても、その返り血は……決して洗っても消えることがない汚れになる。昔、戦わなくて済むなら、戦わないほうがいいと常々言っている兄弟子が漏らした言葉だ。

 

「それでも、このままじゃ……」

 

良い訳がない。大勢の人が困っている。道中の護衛に関してはすでに数名の被害者が出ている。

 

「――行かせてあげなよ、フェルン」

 

そう、話に割って入ってきたのは美しい銀髪をたなびかせ、部屋に入ってきたエルフであり母の魔法使いの師であり、シュタアルにとっては冒険者としての師であるフリーレンだった。

 

■領主の決断


 

今や大陸に名を馳せる屈指の実践派の一級魔法使いフェルン。それを育て上げた伝説の魔法使いフリーレン。

魔法使いとして彼女を圧倒できるのは大陸内でも数えるほどしかいない。

 

「相手の命を奪うことなく賊の捕縛になるように私が監督する。もちろん本人の命に関わるような事態も回避しよう。

 これでどうかな、フェルン?」

 

かつかつとシュタアルの後ろまで歩いてきたフリーレンは彼の肩を叩いて説明する。

 

「……フリーレン様」

 

こちらはやや抗議するような瞳で返すフェルン。

正直フリーレンはこの大陸で最も安全性の高いボディーガードだ。

 

賊の相手に切るには強力すぎるジョーカーのカード。彼女を向かわせるのを是とすれば最初からそうしていた。

しかし、フェルンはそうはさせたくはなかった、彼女と共に歩むこの地と人々には彼女を守れる強さを……地力を持って欲しいと常々思っている。

 

守りたいものが増えるたびに、悩みのタネは増えていく。

 

「フェルン、私やシュタアルを行かせたくない気持ちは分かるよ。

 特に魔物と違って人間が相手だと綺麗事では済まない。

 けれど、フェルンを助けたい私やシュタアルの気持ちも分かって欲しいな」

「……」

 

フェルンは黙り込む。悩んでいるようだった。

 

「私も同行しましょう」

「……ルーエ」

 

「シュタアル様、フリーレン様が無理はせぬよう私が監督します。

 いざという場合は私が力ずくで、なんとかします」

 

フェルンは諦めたように深くため息をついた。

これ以上は議論したところで意味はない。実際打てる手など最初から決まっていたのだ。

ただ、他の方法の模索に諦めきれず、決心がつかなかっただけ。

 

「判りました。許可します……

 でも、ルーエ……履き違えないでください。貴方も無事に帰還することも大事なのです」

 

シュタアルが顔を挙げてフェルンの方を見る。

同時にフリーレンはシュタアルの頭に手を乗せて「よかったね」 と呟いた。

 

「領主命令です。可能な限り賊共を捕縛しなさい。殺すことはまかりなりません。

しかし、自身の命を危険に晒すことだけは容認出来ません。これは賊の捕縛より優先されます」

 

フェルンが告げた言葉にフリーレンはうなづく。

 

「承ったよ。フェルン領主代理殿」

 

その言葉を聞いたフェルンは表情を緩め、今度は心配そうな顔になる。

おそらく、領主ではなく家族を心配する顔なのだろう。

 

「フリーレン様、どうかご無事で。何度も近隣の警備兵を圧倒しており、兵には死者が出ています。

 今回はただの賊ではない可能性が高いです。くれぐれもご注意ください」

 

机の上で苦しげに握りしめるフェルンの手にフリーレンは優しくそっと手を添える。

 

「……わかった。無理はしないよ。

 だからシュタルクたちが帰ってくるまでこの街の人たちのことよろしくね」

 

フリーレンの当てた手に触れながらフェルンは祈るように

「ありがとうございます。フリーレン様……」と告げた。

 

■備える者と残る者


 

街から離れた街道の近くの峡谷、本来は人がいないはずの場所だが傍目には現在随分と賑わっている。

しかし、よくよく見ればあまり穏やかな様子ではなく随分と品性のない騒ぎ方をしているものが多い。

 

そう、賊の集団だ。

 

よくある機能も完全に停止した遺跡をねぐらにする盗賊は多く、彼らも多分に漏れずそのセオリーに則っている。

 

そんな、盗賊たちは

「「俺達の稼ぎに、かんぱーい」」

と景気の良い掛け声で商人から奪った荷物の中に入っていたエールを飲んでいる。

 

実に愚かしいことだ。大した学も職もなく、自ら何かを生み出すこともできずに奪うことでしか生計を立てられない。

そんな者たちは王都と聖都、帝国近辺でこんな居を構えれば一網打尽にされることは間違いないだろう。

 

さらって来た娘に手を出そうとする者、何かが気に入らなかったのか仲間内で殴り合いを始める者、それを取り囲んで煽る者。

少し力を見せつけ、面白いおもちゃを与えたら簡単にホイホイついて来てくれる愚か者たち。

 

魔王が撃たれ、更にはかなりの数の大魔族も撃たれて少し魔族被害が一時的に減った近年、そう言った連中が増えた。

いわゆる、食うに困った傭兵くずれ共。平和が訪れると一定数は出てきてしまう社会不適合者達。

 

ああ、実に嘆かわしい。嘆かわしく愉快だ。

魔族の脅威が激しかった頃はこんなごろつき共にも職のような物があったのに……訪れた平和が彼らをこうまで愚かにした。

 

そんな君達に仕事を与えよう。役割をやろう。

全てを果たせば後は自由だ。与えた力も好きに使えばいい。

 

そんな彼らにやらせているのはまさに眠れる竜の尾を踏む行為だ。

自分たちが何をしているのか理解していないであろう。ただ発展しつつある田舎街から甘い汁をすすり、愉快にやっていけるなどと愚かなことを考えているのであろう。

だから、存分に踏んでもらおう。自分の雇い主もそれをお望みだ。

 

「十分に仕掛けをしたんだ。上手く引きずり出してくれよ」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

かつて戦士の村のあった、現在は名も無い村。今はシュタルクとフェルンの関係者などの縁のあるものが住んでいる集落となっている。

シュタルクとフェルンが体裁上、領主として扱っているメインは街道沿いに作られた交易街の方で街としての機能はそちらに集約されている。

 

ここは、特殊な結界が貼られた地となっており一般の人達は入るどころか認知すらできない。 そういう場所となっている。

 

「ほれ、出来ているぞ。注文の品だ」

「ありがとう、ティシュレーさん」

 

ドワーフの工房の受付、年老いているが筋肉質なドワーフのティシュレーからシュタアルが受け取ったのは手甲となる装備だった。

 

「まったく、ようやく剣の借金が終わりそうな頃になってまた妙なものを頼みおって」

「感謝しているよ」

「注文通りの機能が使えるかテストするからこっちに来い」

 

そう言ってティシュレーが店の外に飾ってある木偶人形を指差す。

 

「人に向けて打つもんではないが、まあ、的にするにはちょうどいいだろ。

 手甲の手首にフック状の先端が入っとる。手の甲をあげて、ちょうど掌底を打つような姿勢をしてみろ」

「こう?」

 

彼の指示通りに腕を差し出すと、手首のあたりからフック状の返しがついた杭の先端が出てきた。

 

「おおっ!!」

「で、だ。腕を木偶に向けたまま魔法を放つ調子で腕に魔力を込めてみろ。その手甲が勝手に吸ってそれを燃料代わりに……」

 

実際に試してみると、手甲に魔力を吸われる感じがして……

 

――シュバッッ!

 

と空気を裂くような音がして手首の辺りにあったフックは木偶の喉元に突き刺さっていた。

そして、シュタアルの手甲と木偶の喉の間には光る糸のようなものが見える。

 

「お前……エグい狙い方をしよるな……、まあいい実際に撃つときは気をつけろ。

 そうやって強化ワイヤーを連れて先端のフックを何かに突き刺したり引っ掛けたりする道具だ」

 

「おお! すげえよティシュレーさん」

「射出したワイヤーの巻取りは、中に巻き取りの機構が入っとるから、そいつに魔力を込めろ。」

 

試してみると、ずりずりと木偶の方に引き寄せられる。

 

「おおおおおお」

「刺した相手に引きずられたらだいぶ間抜けだが、高所にあるものを撃って引っ掛けてみたらそのままお前を引き上げることも出来るだろう」

 

木偶からフックを引き抜いたシュタアルはそのままワイヤーを収納する。

 

「ワイヤーの長さは最大で10mってところだ。

 ワイヤーはミスリルの編み込まれた結構な上等品だ。お前の腕が引きちぎれてもそいつは全く切れねえぐらいの強度はあるが……安いもんじゃねえから大事に使え」

「分かったよ。ありがとう!」

 

声に出して嬉しそうに、満足気に、道具を掲げる青年の姿はいつ見ても職人の冥利に尽きる。

だから道具作りはやめられない。が、釘は挿しておく。

 

「儂のポケットマネーで誤魔化したがまた長い出世払いになるぞ」

「ああ、判ってるよ。絶対払う」

「判っとらんだろ……、ああ、なんだ。とにかく無事に帰ってこい。

 お前みたいなやつが居ないと張り合いがない」

 

いかつい顔のドワーフの老人はちょっと斜め横を見たままそう告げる。

柄にもなく照れているのだろうか。うーん、とシュタアルは頭を掻きながら答える。

 

「今回の件はたしかに危ないけど……ティシュレーさんにはまだまだこれからいろいろ世話になるつもりだよ。

 これの借金も返さないと。だから。絶対帰ってくる」

「ふん。精々気張ってこい」

 

ひらひらと手を振りながら工房の中に戻っていくドワーフの老人を眺めながらシュタアルは背中に向けて「ありがとう」と声をかけた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

再び舞台は領主の執務室に戻る。外では何やらルーエが騒がしい……がフェルンには心当たりがある。

 

「はあ」

 

とため息を吐くと同時にドアが激しめにノックされた。

強行して入ってこないだけまだましではある。

「どうぞ」と声をかけて入ってきたのは、燃えるような紅い髪と吸い込まれるような真紅の瞳の少女。

シュタアルの妹に当たるシュタルクとフェルンの娘のティアフォート。

 

「母様!どういう事ですか。兄様が件の盗賊の討伐隊に組み込まれるなんて。

 聞いておりません!」

「落ち着きなさい。ティア」

「いーえ、落ち着きません。あり得ない采配です。危険すぎます」

 

判っている。現状では腑に落ちない事も多く、情報も少ない。とても危険だ。

しかし、被害者も出ており、何なら荷馬車ごとさらわれた女性などもいる。

あまり時間も掛けられず。周辺の警備隊にも限界があるなら、切れるカードを切らねばならない。

 

「危険なことは百も承知です。魔族や大規模な魔物の関与がなくては協会は動けません。賊は領地の自衛団や騎士団で対応する事案です。

 ですがグラナト領など協力地からの救援もしばらく時間がかかり、他に討てる手が少ないのです」

 

「でも……、兄様になんて……」

 

兄の強さは知っている。父シュタルクの実力には遠く及ばないにしても普通の賊などには決して負けないだろう。

だが、聞いている限りでは嫌な予感がするのだ。

 

それに……勝つ事と、斃す事は問題が別だ。

あの気優しい兄が命の取り合いがあるような場で人と争う。聞くだけでも恐ろしい話に思う。

 

「母様はいいのですか?」

「当主代行としては、フリーレン様とルーエが付いていくと言うならもうこれ以上の人選はありません」

 

毅然とした回答を返すフェルンにティアは拳を握りしめながら反論する。

 

「そんな事ッ!! 母様は本当にそれで――」

 

ティアのその一言が言い終わる前に

 

「――良い訳がありませんッッ!」

 

領主としての顔をかなぐり捨て母親としての叫びを上げた。

一瞬の癇癪によるものか、魔力の奔流の影響で背後においていた花瓶が『パアン』という破裂音とともに割れた。

 

「……母様」

 

高位の魔法使いが瞬間的な癇癪で魔力の制御を暴走させると起こり得る現象。

ティア自身も魔法使いであるため冷静にしている裏でどれ程の感情を抑えているかは容易に判る。

 

「良い訳がないでしょう……でもきっとあの子は止まりません……、なら信頼できるフリーレン様と共にいてくれる方がまだいいのです」

「母様……、だったら私も……」

「ティア、やめて。お願い、今はエリシア達と一緒にお母さんのそばにいて。

 あなたは妹達を守ってあげて」

 

そんな、母の口からでたのは、懇願の言葉だった。こうなっては娘のティアフォートにできる回答はもう少ない。

 

「ッッ!! ……ずるいです母様」

「ごめんなさい……、あと、ありがとう」

 

今は父が不在で、守るものの多い母をこれ以上は追い詰める訳には行かない……

 

■出立の朝


 

翌朝、物資などのある程度の準備はルーエの方で手配しておりほぼ完了していた。

 

「さすがフェルンの右腕。この短時間で万全の体制。頼りになる」

 

偽装用の荷馬車を前にフリーレンが感嘆の声をあげる。

 

「お褒めに預かり光栄です。フリーレン様。

 それで、これからの計画ですが。街道沿いにこの荷馬車で移動します。

 賊には一度襲撃していただき、私とシュタアル様を捕らえていただきます」

 

「私は?」

作戦内に自分の名前が上がらなかった事に疑問の声を上げるフリーレン。

 

「残念ながらフリーレン様はエルフということで、顔が割れておらずとも自ずと強力な魔法使いであることがバレますので、上空で待機を」

「なるほど……、つまりは捕らえられている人質達の救援を優先するということだね」

「そうなります。盾に取られることが最も厄介ですから。フリーレン様似は連れ出した人質の安全確保をお願いします。」

「判った。人質の数は?」

「聞き及んでいる行方不明者の数は十名程ですが……実際は」

「いいよ。生者を優先して助けられるだけ助けよう」

 

1点気になった点があったので、シュタアルが手をあげる。

 

「敵のアジトの中の構造がわからないし、人質と同じ場所に閉じ込められるかわからないのでは?」

「私が内部でエコーロケーションで調査しますので、概ね大丈夫でしょう」

「そんな魔法あったっけ?」

「……秘密です」

「そうなんだ……」

 

あまりに優秀すぎる姉弟子に言葉も出ない。

これで、美人で仕事もできる人だから手に負えない……

 

「最悪分断された場合は私が向かいます。シュタアル様は何があっても、暴れるのはそれからにしてください」

「はい……、いや、でも相手は割となんでもありの賊だよね?

 男の俺と分断って、それは…… 」

 

相手が人身売買道具として考えているならある程度丁重に拘束される可能性があるが……

そうでない場合は最悪何をされるかわからない。

 

「俺、心配だよ。そうなる前に俺がルーエ姉さんを助けに……」

「……」

 

そこまで言ったあたりで彼女はシュタアルの前に手をかざして彼の言葉を静止する。

若干視線を合わせてくれないのは気の所為だろうか?

 

「……。

 誰の血がそうさせるのかは判りきっているのでとやかくは言いませんが、

 シュタアル様は常日頃から、言葉を慎重に選んでください。

 誰彼構わずそんな事を言っていると将来、信頼してたはずの人物に後ろから刺されますよ」

「なにそれ、怖い!」

「そもそも、私に暴行を働くことの愚かしさはあなたも知っているでしょう」

「それはそうだけど……」

 

それはそうだが、身内でかつ女性を誰かが襲ってくるというのはあまりいい気はしない。

一応、父からは強くあれと、母からは紳士たれと言い聞かされてきたのだ。

 

「あと、その手の話は実はシュタアル様のほうが危険なのです。

 まだ若く、相応に整った顔立ち、いじめるといい声で――」

「……ルーエ、その辺にしておこう」

 

話の方向が怪しくなり始めたのでフリーレンが割って入って止める。

 

「シュタアル。その手の奴らの商売道具としては若ければ男女見境ない。

 君も同様に危険なんだ。だからちゃんとルーエの指示に従って」

「……わかった」

「よし、いい子だ」

 

そう言って頭を撫でてくるフリーレンに「子供扱いするなよ」とその手から逃れようとするシュタアルだったが結局いつも通り撫で回されることになる。

 

納得したのかどうかはさておき、話の決着がついたようなので

ルーエはパンと手をたたきながら笑って荷馬車へとフリーレンとシュタアルを案内する。

 

「では、あまり快適とは言い難い道中ですが向かいましょう」

 

■少年と荷馬車の思い出


 

揺れる荷馬車の御者台にはルーエが、すぐ後ろの荷台にはシュタアルとフリーレンが両サイドに座る。

荷物は囮のために程々に物資を入れている。

 

途中で馬車を降りて上空へ飛ぶフリーレンを除き、ルーエとシュタアルは装備品を大荷物の中に偽造して隠し

当人たちは商人の娘と弟で荷運び中といった設定の格好をしている。

 

とはいえ、魔法の使える面々であるためメインの得物は自身の魔法空間内に格納して基本的にはいつでも戦闘は可能だ。

格納中の装備品といえば、防刃のスーツや魔法効果のあるローブやマント、副兵装用の道具などなどとなる。

 

いつでも戦えるとは言え、敵の真っ只中に防御性能ゼロの服で向かうのはシュタアルにとってはちょっとした抵抗感を覚えるのだが彼の義姉はいつものとおりだ。

臆病なのは自分だけか……と少し凹むがこればかりは対人の実践は初めてであるため仕方ない。

 

そんな様子のシュタアルを見かねたのかフリーレンが声をかけてきた。

 

「思い出すね、シュタアルがまだ随分小さかった頃にシュタルクとフェルンで近隣の賊の討伐……っていうか捕縛をやったんだっけか」

 

「私がいない頃にもそのようなことがあったのですね…… シュタアル様?」

フリーレンの話に応答したのはシュタアルではなくルーエの方。

 

「……」

等のシュタアルはいたずらを見つけられた時の様な苦そうな表情をしている。

 

「……何かあったのですか?」

 

ルーエは1度視線だけをシュタアルに向けてからフリーレンに問う。

 

「あのときは随分叱っちゃったからね。後から」

「叱る? ああ……なんとなく想像ができました」

 

バツが悪そうにするシュタアルにルーエはくすくすと笑う。

 

「いいじゃないか、父さんと母さんが俺やティアには秘密で馬車に乗って何処かに行こうとするからあの時は気になったんだよ」

「ちなみに、私もフェルンから怒られたんだからね。おあいこだよ」

 

なるほど、納得がいった様子のルーエはその意味せんとしたところを説明する。

 

「つまり、フリーレン様と共に留守をする予定だったところを、隠れて荷馬車にのって任務地までついて行ってしまったのですね。

先ほどの言葉から推察するにティア様も一緒に」

「その通り。預かった2人がいつの間にか居なくて、魔力も本気で感知できなくて、ここ100年あまりの中で1,2位を争う焦った瞬間だったよ」

「それは随分と……」

 

ルーエがちらりと見たシュタアルはその視線に気付いた様子で「全力で謝ったじゃん……」と口を尖らせている。

様子からするに同時の行動自体は随分と反省はしているようなのでこれ以上いじるのは可哀想だ。

 

「まだ到着には時間があります。

 では、その当時のことフリーレン様も知らない、シュタルク様とフェルン先生の傍で見聞きし、感じた事。教えていただけますか?シュタアル様」

 

だから、彼の口から、その時の事を語ってもらうことにした。

 

~ to be continued ~




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