葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ 独自キャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの長男。このお話では10歳。素直な性格で青紫の髪と三白眼が特徴。魔力出力控えめで身体能力と創意工夫で補う。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの一人娘。9歳。魔法協会屈指の両親を持つ少女。生真面目な性格だが、それ故に思い悩みやすい。誕生日が近いが我儘で困らせたくはないと欲しいぬいぐるみを父に言えずにいる。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。10歳。挑戦的な性格で、身近に自分に合わせられる子が居ない特異性に退屈さと孤独を感じている少女。シュタアルの偏った能力に興味を持つ。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。8歳。姉のへリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋でちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。
- 千里眼のヴィゾール(Visor): 魔族。全身が包帯で包まれた不気味な見た目。何かを探す目的で協会に恨みのある魔法使いを集めて騒ぎを起こそうとしている。
■ あらすじ
魔法協会からある日届いた召集令。これに応じたのはクレ地方のフェルンと付き添いでシュタルク。帝国領近郊からユーベルとラント。オイサースト内からはゲナウとメトーデ。
また、協会のトップであるゼーリエからは、次世代の魔法使い達を見たいと彼らの子供も同伴することになる。
オイサーストの地でシュタルクとフェルンの子のシュタアルは、ゲナウとメトーデの娘で生真面目で内気なエイルと出会う。また、ラントとユーベルの娘で大胆で自由奔放なヘリヤとも出会う。
出会いのトラブルや彼女たちの個性に翻弄されたものの、向き合い、前向きに少しずつ歩み寄っていくシュタアル。
しかし、一方で魔法協会へと害意のある者たちにより、彼らは一級魔法使いの子供達という立場で誘拐されてしまう。
彼らの両親達は子供達を救うために立ち上がる一方、捕まった子供達は……
■プロローグ~思い出の中の~
書斎に本を取りに来た少女は、机の上にあった書類を目にしてそれを手に取る。
「『代償性を利用した魔法の高度化に関する考察』……お母さん、難しい研究をしているんですね……」
生真面目な少女は昔から家の中の書斎にある本を読み、その知識を積み重ねるのはある種の趣味のようなものだった。
彼女の両親である一級魔法使いゲナウとメトーデ。この二人は魔法協会の中でも代表的な魔法使いであり彼女の誇りだ。
早く追いつき、二人の娘であることに何一つ恥じることなく立派な魔法使いになりたい。それが彼女の夢でもあった。
「
この字は母の書いたもので、難しい論文だ。
魔法は自身の中にあるイメージに魔力と呼ばれる力を注ぎ込むことで形をなす特殊な現象。
当然ながらイメージの作用する現象に対して等価の魔力を必要とする。
これが不足する場合に……代替となるものは……
「こーら、エイル。お母さんの書きかけの書類だから勝手に見ちゃ駄目ですよ」
「お母さん」
母のメトーデの声とともに手にしていた書類を取り上げられた。
「ごめんなさい、机の上にあって気になったから……」
「私も不注意だったわ、ごめんなさいね。これは少し危ない方法だから……だからこそ使い方をちゃんとしておきたかったの」
「そうなんですか?」
不思議そうに見つめるエイルの頭をメトーデは優しく撫でながら告げる。
「記憶、いわゆる思い出は大切なものなの。お母さんにとってもお父さんと過ごした日々、エイルと一緒にいた毎日のこと。
お母さんにとって明日を生きる原動力よ。エイルもたくさんの人と出会い、積み重ね、繋がっていくことで、素敵な女の子になれるわ」
「私は、立派な魔法使いになりたいです」
「そうだったわね。でも……いつかわかるわ」
人との出会いと思い出は己を成長させる大切なものだと母は言っていた――
■知らない場所、最初の一歩
北側諸国 魔法都市オイサースト 近隣の何処か
「ここは……」
少し、夢を見ていたらしい。見慣れない天井が映る空間で少女は目を覚ました。
確か……妙な男たちに襲われて、見覚えのない魔法で私達は……?
「あ、起きた?大丈夫?」
「ッッ!!」
覗き込むように唐突に視界に入ったのは 青紫の髪と三白眼の少年の顔。
危うく驚いて飛び起き、顔面をぶつけるところだった……
ゆっくり後ずさりながら少年と距離を取ると
「……」
―― 『私と……お友達に――』
捕まる直前、彼に言いかけた言葉をふと思い出す。
少年はなんとも言えない表情をしてから気まずそうに「……ごめんね」と謝ってきた。
「いえ、ちょっと、顔が近くて……貴方……シュタアル……は悪くない」
「あ~やっぱりそうだよね……そう思うよね」
名前を読んでくれたことが嬉しかったのか、少年シュタアルは少し朱くなりつつも別の方向を見ながらそう言った。
シュタアルの向いた方向からは別の少女の声が聞こえる。
「なにか私に言いたいの?」
「距離感……いや」
その言葉に悪戯げに笑う少女ヘリヤは、ずずいとシュタアルの真横までやって来て彼を追い詰める。
「私、家ではパパとママにおはようのちゅーをするのが日課なの」
「今朝、魔法を使ってまでそんなことしようとしてたの!?
それはご自宅でお父さんとお母さんに限定してやってくれるかな!?」
「冗談よ」
「心臓に悪いから急に変なことしないで!」
そんなやり取りの中でもヘリヤはグイグイとシュタアルに顔を近づけていく。
彼はそれを両手で遮りながらも彼女に抗うが……傍目には照れているのが分かる。
「宣言したらしていいの?」
「良くないよ!」
そこまでやっていたところで、ヘリヤは一度シュタアルから離れてからエイルに向き直った。
「それぐらいの顔をしていてくれたほうが、面白いわ」
そう言いながら彼女はポケットから出した鏡のようなアクセサリを此方に向けた。
不服そうな不機嫌顔をしている。いつも冷静にいるように心がけていたのに。
「何が気に入らないの?言ってよ」
「うわぁ!やめてよ!しがみつかないで!」
ヘリヤはエイルの方向を向いたまま、隣りにいたシュタアルを再び捕まえた。
そこまで来てついに無心で体が動いた。シュタアルの体を掴んで彼女から引き剥がす。
「……そうそう。そういうの出してよ。じゃないとろくに会話もできないじゃない」
「……!!」
なんだかよくわからない状況でヘリヤはエイルに挑発するし、ここがどこかもわからないし……
シュタアルは見覚えのない天井を眺めながら「勘弁してよ……」と呟いた。
✧ ✧ ✧ ✧
「私達、捕まって……閉じ込められているってこと?」
「そう……みたいだね。妙な建物みたいで、外が透過できないんだ。それに魔法もちょっと使いづらい」
シュタアルは手のひらに魔力の球体を収束させようとするが、徐々にそれが分散していくさまをエイルに見せた。
たしかに、外の様子が魔力的に全く見えない。部屋も囲われていて光も入らない。松明の光のようなもので薄っすらと視界は確保できる程度。
「私はさっさと出るべきだって言ってるんだけど、シュタアルがあなたの意見聞くべきだって」
「俺達で強行突破したら危ないでしょ……相手大人だよ……」
「嘘つき。シュタアル……君は何か獲物を持って本気になれば、街で襲ってきた程度の連中なら制圧できたでしょ」
街中で襲ってきたローブの男二人について、エイルでは戦士視点では評価できない。しかし両親と比べると戦闘慣れしていないように見えた。
もちろん、それでも彼女にとっては脅威だったが。
「買いかぶりすぎだ。俺達の手に余る。父さんや母さん達を信じるべきだ」
「場所がわかってもらえればだけどね」
二人の言い分は最もだ。ひとまず状況を整理しなければ。
「この部屋からは出られないの?」
「一応……密室かな?」
と、シュタアルは答えるが不敵に笑うヘリヤは否定する。
「出られるわ」
「え……?」
彼は「聞いてないけど?」という顔で声の主を見る。
「あの……壁を透過する魔法をヘリヤも使えるの?」
「あれは弟のヴィダルしか無理。部屋から出るのは出来ると思うわ」
分かるような分からないような、という微妙な顔をするシュタアル。
「ま、まあ、どんな行動をするにしても、エ……エイルの意思を聞きたくて」
名前を言うことに若干の抵抗があるのか、少しだけ言葉に詰まっていたようだ。
「私は……」
自ら脱出するのが良いか、父と母を信じて座して待つのが正しいか。
簡単に決心がつかない。
「……」
そんな様子を見て気を使ったのか「ところで」とシュタアルがエイルに声をかけてきた。
「エイルはどうして……あの店にいたの? あの大きいぬいぐるみが欲しかったの?」
突然の質問にエイルがキョトンとすると、シュタアルは「いや、なんか……」と言葉を濁し、頭を掻いた。
たどたどしさに怪訝な顔を返すとシュタアルは聞き方を間違えたとばかりに頭を掻いた。
「ごめん、妙な聞き方だった。実はメトーデさんから誕生日が近いって聞いて。
あれをお願いしたかったのかなって」
思わずエイルは息を飲む。
どうにも……目の前の少年におおよその事情が察せられている。
ぬいぐるみ屋の前にいた事実が今更恥ずかしくなってくる。
「あれは……その……」
「お誕生日プレゼントにお願いしていたの?」
彼の言葉にそんなお願いはしていないとふるふる首を振り否定した。
その様子を見たシュタアルはニッコリと笑う。
「そっか、じゃあ、早く、お父さんとお母さんにお願いしに行かないとだね……
ヘリヤ。開けよう。一刻も早く出るための努力をしよう。きっと、その方が良い」
それを聞いたヘリヤは「そう言うと思った」と嬉しげに立ち上がる。
「シュタアル……なんで?」
「俺がそうしたいと思った。行こう」
立ち上がった彼はそう言ってエイルに手を差し伸べてくる。
「……」
少年の手を取るのを少しためらっていると
「うちに素直じゃない妹がいてさ……ティアフォートっていうんだけど。普段はわがまま放題なやつなんだけど……
本当は何かが欲しいけど、俺に迷惑がかかるんじゃないかって迷っている時は何も言ってくれないんだよ」
いったい、こんな時に何を……?という表情を返すと
「でも、顔を見たら分かるんだ。我慢しているなって……店の前で見たエイルもそんな顔をしていた。だから行こう」
「……シュタアル」
「言いにくいなら、俺も一緒に……お願いに行けるかわからないけど……まあ、とにかく、さっさとこんな所を出てお願いしに行こう」
ぐっと、彼は手を差し伸べてくる。
―― 今なのかもしれない。
エイルは彼の手を取りながら
―― 今言えなかったらずっと言えない。
「……あの、シュタアル!」
―― だから……
「私と……お友達に……なってくれませんか?」
あの時言えなかった言葉が……やっと、言えた……
けどそれは、あまりに唐突で、たどたどしくて、不自然な言い方になってしまった。少し恥ずかしくて顔が紅潮する。
その言葉を聞いたシュタアルは目を丸くして驚いた様子で……
―― それでも
「もちろんだ!」
満面の笑みを返してくれた彼はエイルが立ち上がるためにその手を優しく引き上げてくれた。
■潜入者
先だって、ユーベルとラント、シュタルクによる突然街内に湧いた ”魔物” の討伐騒ぎ。
また、協会周辺にばらまかれた脅迫文が広がり、一級魔法使い達は捜索に出ている。
「さて……」
包帯姿のヴィゾールは協会の床から顔を出した。ここまで侵入した魔族は他にいないだろう。
今回の目的は太古の獣達の遺骸やそれに類するアーティファクトの有無の確認。
魔法協会で集めていれば回収せねばならない。
「……ゼーリエに気づかれる可能性はあるが……」
いずれにしろ建物レベルで魔法防壁が張ってあるため、外からは全く中の様子が見られない。また、本来は中に入ることも出来なかったであろう。
故に今は魔族とも検知できぬほどに力を制限した状態で活動している。戦闘をすれば平均的魔族を遥かに下回る戦闘力となっている。
「まあ、私一人が……ここで力を開放したとて瞬時に消し飛ばされるだろうが」
自嘲しつつヴィゾールは腕の包帯を解くと、多数の閉じられた瞳が現れた。
「――
瞳が一斉に目を開いた。眼球の奥底は赤く光っている。
「ふむ……」
腕についた眼球どれもが忙しなく動き、周囲を見渡すように何かを見ている。
「持っていないか……もしくはここに保管していない……?
まあ、ないことが分かっただけでも情報としては ――」
「――
先ほどまで魔族のいた場所に打ち込まれた一般攻撃魔法は背後の壁を撃ち抜いた。
跳んで躱したのかその後にすとっとヴィゾールは降り立つ。
「誰かに気づかれるとは思っていたが……捨てたつもりでいてもプライドは存外に傷つくものだな」
ヴィゾールに魔法を打って牽制したのは
「僕も潜伏の魔法や隠蔽系の魔法は得意でね……何となく分かるんだよ。似たような不自然な空間の歪みとか」
そう言ってヴィダルはメガネの位置を治すように右手の中指で押す。
流石にやれやれという様子でヴィゾールも肩を落とす。
「子供が一人で来て殺されると思わないのか?」
「子供一人で行かせるわけないでしょ」
「ッッ!!」
気配なく現れた父ラントが手刀でヴィゾールの胴を薙ぐと、彼は二つに割れて灰になった。
「見え透いた偽装だ」ラントは背後に杖で魔法を放つ。
「おっと……、そうか、一級魔法使いともなるとそう簡単にもかからないな」
「洗いざらい吐くか、ここで消滅するか、どっちが良い?
ヴィダル。僕の背後から離れないように」
「わかった」
あわよくば、子供を人質にと思ったが、それも許さぬらしい。
「持ち帰らねばならない情報もあるのでね……」
そう言いながらヴィゾールは顔以外の包帯をするすると外していく。
腕と足と腹部は生身をさらした女のような体。だが、その体の各所には閉じられた瞳が散りばめられている。
「―― 押し通らせてもらおう ――」
瞬間、ヴィゾールの全身の目が一気に開き強い輝きを放った。
光にたじろいだラントは顔を覆いながら叫ぶ。
「くっ! ゼーリエ!!逃げられるぞ」
おそらく観測しているであろう、この建物の主へと声を掛ける。いつまで様子見をしているつもりだと。
『ふん、まあ良いだろう。よく見つけてくれた』
そんな声が脳裏に響いたと同時に
―― カッ!! ――
という音が鳴り響き、先ほどまでヴィゾールがいた場所に強い光が天井を貫いて落ちてきた。
位置を特定した上でのゼーリエによる、上空から降り注ぐピンポイント狙撃。
当たって無事でいられる魔族もそうそういないだろう。
プスプスと焼け残った腕の一部がボトリとその場に落ちて灰になって消えていった。
「……父さん、倒したの?」
「……いや……狡猾なやつだ。体の一部だけを蜥蜴の尻尾切りのように残して、本体は逃げている。
ゼーリエ……大口を叩いてしくじったな」
『……』
主は答える様子はないが……
「ありきたりの魔族とは少しタイプの違う相手のようだ。ヴィダル、ヘリヤの捜索をしているユーベルのところへ行くよ」
「判った」
そう言って二人はその場から走って外へ出る。
✧ ✧ ✧ ✧
オイサーストの外壁外、地面からゆっくりと出てきたヴィゾールはそのまま膝をついた。
「見てましたよ」
背後からヴェノムが現れ、笑いをこらえている。
「手ひどくヤラれたようで」
「目的は果たした。問題はない」
「お互い次の活動までには時間かかりそうだねぇ」
「黙れ」
人間のくせに魔族に対しても軽々しい口調の腹立たしい男だ。
「さて、我々は幕引きにしましょうか。
準備物は全部彼らに渡しましたので、適当に場を荒らし処理されるでしょう。
誰か犠牲になれば儲けものだ」
「ふん……」
そう言ってヴィゾールが開けた空間に二人は入っていく。
「あの小僧……次会うことがあれば殺す」
隠蔽を見破る類の魔法使いは厄介だ。まだ子供で、さらに成長するならそれこそ自身の活動の妨げになる。
そう漏らしながら、ヴェノムとヴィゾールはオイサーストから去っていった。
■扉を開く魔法
シュタアルとエイルは、目の前で部屋の扉を手で触りながら確認しているヘリヤを見ている。
扉はおそらく外側からの施錠と……魔法の付与でもしてあるのか開きそうな気配もない。
事前にざっと部屋を観察していた3人の情報をあわせた結果外部からもアクセスする場所がなさそうなこの部屋に
『人質って無事に生きてるから価値があって……餓死でもしたら自分たちの身が危ういのに、作戦指揮しているやつ馬鹿なのかしら?』
そうぼやいたヘリヤの言葉に少々驚いたのかエイルはシュタアルの背中にくっついてきた。
その後も、エイルはシュタアルの服の裾をずっと掴んでくるのでシュタアルはなんだか落ち着かない。
ヘリヤとはまた違った距離感で何かを詰められている感じがしてちょっと汗ばむ。
「結局、この部屋を出る方法って?」
「ママの受け売りなんだけどさ」
「うん……?」
「魔法ってその人の深層意識に根付いた魔法が魂に深く浸透しているものなの」
「そう……なの?」
魔法はイメージの世界だという母とフリーレンに使える手段は何でも使うライニ。
そういう概念はあまり耳にしていないシュタアル。
斜め後ろにいるエイルに確認してみると
「うん……そういう傾向はある、かも」
と頷いた。優等生二人が認めるのならそうなんだろう。となんとなく納得する。
「えっと、この部屋から出るという話とどういう関係が?」
「ふふ、それはね」
そう言いながらヘリヤはシュタアルの右手を取る。
「??」
それをそのままシュタアルの右手を引き、ヘリヤの左胸に当てて、彼女は宣言する。
「私の信念は『目の前に閉ざされて隠されたものを、こじ開けてでも真理を見る』こと」
「……ちょっ!!?なんで胸触らせたぁぁぁ!!」
「こういう感じ。伝わったでしょ?」と彼女はシュタアルの反応に満足気に笑う。
後ろでムスっと頬を膨らませたエイルはシュタアルを引っ張って胸から手を引き剥がした。
その後、両手を地面についたシュタアルは
「もう、なんなの、俺がむっつりだって言いたいの?!
俺達は10歳そこいらだけどやって良いことと悪いこともあるんだよ」
すぐ隣で屈みながらヘリヤは聞いてくる。
「その場合誰が悪いの?」
「触ったことで10対0で俺が悪いことになるよ!! もう良いから、話進めてよ!!」
「まあ要するに……」と言いながら立ち上がったヘリヤは扉に手を当て
「――
そう言って彼女が手を当てた扉。おそらく掛けられていた閉鎖系の魔法がメリメリと音を立てて破れるのと
同時に向う側にあるであろう鍵が壊れる破裂音が聞こえた。
「な……」
理屈も何もあったものではない。完全閉鎖されていた扉をこじ開けた。しかも魔法と物理の両方で閉鎖されていたのに。
「開く扉と認識したものは、私が触れると ”なんでも” こじ開けられる。昔から何となく使える魔法」
どう?とばかりに挑戦的な笑みを浮かべるヘリヤにシュタアルは言葉もでない。
扉の接合面に掛けられていたと思われる魔法痕を調べているエイルは
「一瞬で、ここにかかっている閉鎖魔法のカウンター術式を構築したの?」
とヘリヤに問うと
「そんなのいる? 扉は開くものだなーって考えたら開くわ。
あくまで私が開くものだとイメージできることが大事だけどね」
と彼女は答えた。それを聞いたエイルは小さな溜息をつく。
「そう……強い認識が他の魔法も侵食して壊してしまうのね……」
と言いながらも扉の縁を興味深げに眺めていた。
優等生怖い。何言ってるかわからない。あと、しれっと『なんでも』と言っていたので……
たぶん開くと思ったら扉である必要はないんだろう……応用方法によってはすごく怖い。
✧ ✧ ✧ ✧
一方、フェルンと、シュタルクは他の1級魔法使い達と共に我が子シュタアルやエイルとヘリヤの捜索を必死に行っていた。
「シュタアル……無事でいて」
フェルンが珍しく弱気に呟いていたのを見てシュタルクはその肩を抱く。
「あいつはフェルンに似て、いざという時こそ毅然としてくれるから大丈夫だ。」
「でも……あの子はシュタルク様の血を色濃く……」
「そこ心配要素っていうの止めてよ……」
シュタルクがしょんぼり顔でそう言うとフェルンは薄く苦笑いしながら答える。
「違いますよ。二人も魔法使いの女の子がいるのなら、おそらくあの子は守るために前に出ます。
それが間違っているとは言いません。その精神は母として誇らしくもあります。でも、だからこそ心配です。」
「そこは、俺達がなんとかして早く助けに行こう」
そう言ってくれるシュタルクの存在に安心したのかフェルンはシュタルクの方にもたれかかる。
これから我が子を探すためには勇気と覚悟が必要なのだ。それをシュタルクから分けてもらう。そのための夫婦の小さな儀式。
逃亡者の気配や痕跡をトレースすれば、容易に追跡ができるはず。そう思ったものの何故か簡単には見つけられない。
「……妙ですね」
メトーデは周辺地図を眺めながら腕を組んで考える。
地図を眺めながら、ラントとユーベルは先の戦闘や町中の調査状況を説明する。
「どういうことですか?」
「ヴィダル君の証言、ラントさんやユーベルさんの説明、そして誘拐犯の消えた痕跡……
実行犯たちの行動や作戦、そもそもの練度はお世辞にも良いとは言えません。
だと言うのに、我々は翻弄されている。これは……」
テーブルに腕をついて地図を見ていたユーベルが、上体を起こして腕を組んで答えた。
「実行体制は二重だね。もっと頭の切れるやつが別の目的で行動していて、これは蜥蜴の尻尾切りのような作戦を配置した。
動いているやつは自分たちがやっていることのリスクにも気づいていない可能性もあるんじゃないかな?」
「とすると……厄介だな。何をしだすか分からない」
先の戦闘で魔物のような姿になった人間を叩き切ったシュタルクも、ユーベルの言っていることの可能性に同意した。
あんな自爆作戦を打てるのは、操られた愚か者か、極端な思想家だ。後者の可能性は捨てきれないが……だとするなら、もっとうまくやるだろう。
「魔族が絡んでいる。たぶん誘拐犯は踊らされている連中だ」
そう言って、ヴィダルを連れてきたのはユーベルの夫のラント。
「おかえり、さっき建物に落ちた光はそのせい?」
「……あれはゼーリエの癇癪みたいなものかな。外したけど」
「ゼーリエも迂闊ね」
ユーベルとラントは相変わらず歯に絹着せぬ物言いで会話する。
「視界の外にあるものを狙撃すること自体が神業だ。たとえ、我々が屋外にいても魔族が入れば分かりそうなものだが……?」
「検知出来ないぐらいに魔力を抑えていたらしい。彼らにとってもリスクのある行動なんだろうね。随分とやりにくそうにしていた。
潜入と捜索に特化したタイプの魔族だったよ。この子が魔法の気配に気づいて探知できた。確証がなかったから二人で確認しに行ったのだけど、当たりだった」
そう言ってヴィダルの背中を押すと、彼は少し遠慮気味に頭を下げた。
「そうか、優秀な少年だ」
ゲナウは称賛の声をあげるが、あまりの淡白さに妻のメトーデは苦笑しつつ、屈んでヴィダルの視線に合わせた。
「今朝、お姉さんと一緒に着ていましたよね。ありがとうございます。あなたのおかげで状況は一つ進みました」
メトーデはそう言いながらヴィダルの頭を撫でると彼は「はい……」と言いながら少し顔を赤らめた。
「必ず、お姉さんは探してみせます。だからそんな顔しないで」
顔には出さないが、奥さんがそんなフォローをしている姿と、わずかに反省の色を見せるゲナウを見たラントは、家族で役割分担はそれぞれだなとしみじみ思う。
✧ ✧ ✧ ✧
ラントから聞いた情報からすると、おそらく狡猾な者が立てた作戦に踊らされた、実行犯の愚かな作戦。
本命と思われる行動はラントとヴィダルが潰したと思われる。
そうすると、あとは人質を捕まえた者たちが運び込んだ拠点のようなものを見つけ出すしかない。
「フェルンさん、私達で感知範囲を広げ、捜索部隊の人たちを案内します。集中してください」
メトーデの言葉にフェルンは頷き、意識を集中する。
「シュタアル……、待っていて……」
我が子の無事を祈りながらフェルンは検知魔法の範囲を広げた。
■檻の中の勇気
「なんだ、おま……ごふっ……はぁ……」
シュタアルが不意打ちを仕掛けると、見張りだった男は前かがみになり苦しみ呻いた。
その隙に足を払って転倒させる。
「おやすみなさい」
そのままエイルとヘリヤが昏倒の魔法をかけて気絶させた。
「……やっぱり出来たんじゃん」
ニヤニヤした顔でシュタアルの方を見てくるヘリヤ。
「いや、これは……」
――『自分の大きな体躯を持った大人に対して……でございます。
まず、逃げてください。……そうではなく……という状況であれば――』
の時に受けた教えの結果は、まあ……昏倒した男の壮絶な痛みの顔を見ると、同じ性別のシュタアルとしては苦い顔をせざるを得ない。
そう、鍛えようがない『あれ』。撃たれると体の芯に痛みが浸透し、お腹のあたりでそれが無限に蓄積して全身の力が抜ける『あれ』。
――『その場合は躊躇をしないでください』
いや、ライニさん。やっぱ辛いわ。
「そんなに……、痛いんですね……」
と、冷静に分析するのは昏倒した男の表情をまじまじと見るエイル。止めてあげて。本当に痛いの。
基本的に避けて通るようにしたが、通路上どうしても避けられない相手はそうして昏倒させながら、移動できる範囲を探索した。
✧ ✧ ✧ ✧
「出口が……ないわね。変な建物」
「……」
そうぼやいたヘリヤと、考え込むエイル。
普通に考えると迷路のようになっていて、見つけにくい出口があるというケース。
その場合は致し方なく、探し続けるしかない。
「……ここにいる人達、どこか変です。意識は普通なようで、意思のようなものが感じられません」
口元に手を当てながらエイルはそう漏らした。
「つまり……?」
「強烈な暗示で……常識を塗り替えられているみたいな感じかな?」
「確認する方法はある?」
というヘリヤの言葉にエイルは「女神の魔法で解析すれば……私が、出来るかもしれない」と答えた。
女神の魔法なら俺が少しだけ使える……と言い出す前にエイルが答えたので、上げかけた手をシュタアルは引っ込める。
「どうかした?」
「いや、さっき昏倒させた男のところに行くか」
肩を落としたシュタアルは前に進んだ。
「……」
✧ ✧ ✧ ✧
「……シュタアルは女神の魔法が使えるの?」
「ちょっとだけね……発動させられるやつだけ」
エイルの質問にちょっと気まずそうに答えるシュタアルだったが、エイルは嬉しそうに「私も」と答える。
「すごいじゃん。なんでそんな顔するの?」
シュタアルの様子を不思議そうに眺めながらヘリヤは問いかける。
「いや、適性があっても出力が足りなくてできないことのほうが多いから、大したことが……
俺からすると二人みたいな魔力出力は逆立ちしても出せない。
だから出来ることもぜんぜん違うよ」
「良いんじゃない? 私達、あんなに鮮やかに大人を転倒させるとか出来ないし」
隣でエイルがこくこくと頷いている。あれを平然とこの二人がやったら、かなり怖い。
教えてくれたライニさんが若かった頃、周りの男性陣はさぞ彼女を恐れたことだろう。
「でも、高い魔力が必要な時はエイルにお願いするよ」
苦笑いしながらそう声をかけると、彼女はためらいがちに「……うん」と答えた。
✧ ✧ ✧ ✧
「やっぱり、何か意識を乗っ取られていると思う。
ノイズが掛けられていてよく読み取れない……これを読み取るのはお母さんや高位の僧侶じゃないと駄目かも」
「そっか……」
「この施設は……ただ私達を確保して閉じ込めておくために用意されたもので……この人達もわからないみたい」
簡易の魔法陣の上に転倒させた男を乗せてエイルが意識を読み取った結果、わかったことはそれぐらい。
女神の魔法は人の意識を完全に読み取る方法ではないので、ぼんやりしたことぐらいしかわからない。
これ以上は精神操作系の専門性の魔法が必要になるようだった。
「最悪、出口のない建物に転送された可能性も考えたほうが良いかも」
「……扉を撃ち抜くのは無理そうだし、父さんや母さん達に外から破壊してもらったほうが良さそうだね。
結構時間が経つけど何も起きていないのは、まだここの場所が気づかれていないだけかも」
「じゃあ、気づいてもらうしかない。あのメンバーの中で探知に優れているのはメトーデ様でしょ?」
ヘリヤがそう言いながら二人の方向を見てくる。
「あなたが頑張るのが筋なんじゃない?」
✧ ✧ ✧ ✧
ヘリヤの案は、要するにこの中で最も魔力の通りが良さそうな場所で大きな魔法を発動させて、検知してもらうしかないという話。
最上階となる部屋で天井を撃ち抜く。これにより外部に知らせることで、脱出口が作成できる。
そして、それだけの魔力を捻出することができるのは
「私……?」
「そう、エイルだけ。私だとちょっと無理そう」
エイルが助けてほしそうにこちらを見てきたので、シュタアルはブンブンと首を振る。
20メートルの射撃も届かないシュタアルが天井をぶち破るのは、絶対無理だ。
「でも……」
不安そうだ。気持ちはわかる。でも……彼女の纏う魔力、先ほど見る彼女の魔法の精度。
どれを見てもシュタアルどころかヘリヤすら上回る。
そして、なんとなく彼女ならできるという感覚すら覚える。
『シュタアル、魔法はイメージの世界であり、出来ないと考えてしまうことはどうしても失敗する。
もし、成功のイメージを構築できない場合は、こういうこともできる――』
そうだ。この方法なら、あるいは……
っと思ったら、即行動の少年はエイルの肩に両手を置き、目を合わせて彼女に語りかける。
「エイル……!」
「う、うん……?」
エイルとしては突然シュタアルの顔が近付くとびっくりする。
「エイルの大好きな人は誰?」
シュタアルの言葉に目を丸くした二人の少女。
エイルは顔を赤くし、ヘリヤは表情を変えずにシュタアルの頬を掴んで捻った。
「何が言いたいの? わかりやすく、明確に、納得できるように説明して」
ヘリヤの指が頬に沈み、捻る力が少し強まってくる。
「いたたたたたた、何で!?」
「なんでエイルに聞いたの? 私は?
どうして私には聞かないの?」
彼女の言葉の端に、彼女らしくない棘が混ざる。
いつもの思わせぶりな笑顔だが、目が笑っていない。怖い。
✧ ✧ ✧ ✧
「強くイメージできる大切なもの……?」
キョトンとした顔のエイルの前で頬が赤く膨れ上がったシュタアルは先の言葉の理由を説明していた。
「……はい。そんな感じなんです……」
彼の後ろでは、杖を空いた掌にパシパシと叩きつけているヘリヤが監視している。さっきのは何が駄目だったのか?
疑問に思っても誰も答えてくれない。
「えっと、うちの長寿のエルフさんが、魔法の秘訣として自分の限界を超える魔力を出す方法の一つとして……
自分の大好きなもの、大切なもの、信じられるもの……それを強くイメージすることで、想定以上の力が出せるだろうと」
「で……?」
耳元で笑顔のヘリヤが言葉を続けるように促してくる。怖い。
「エイルはメトーデさんとか一級魔法使いのお父さんのこと大好きで、イメージしやすいと思うので……それを利用して天井を撃ち抜けないかなって」
そこまで説明したところで、ヘリヤはエイルの方を見て「どう?」という様子で彼女に確認する。
「なんの魔法も構成せずに……イメージだけで魔力を開放する……ということ?」
「なんか、そんな感じ……妹は一度、そんな方法で小さな山一個を焼け野原にしたことがある」
躊躇うエイル。彼女の魔法のルールと少し異なるのだろう。だが、それに助け舟を出したのはヘリヤだった。
「私の魔法にも方式が近いかも。やってみる価値はあるかもね」
「……」
「無理そうなら、他の方法考えるけど」
エイルの一助となればというアイディアだったが、無理なら無理で諦めるしかない。
しかし、ためらいながらもエイルは頷いた。
「……私、やってみる」
■飛び立つ翼
一階層上のフロア。構造上、ここが移動出来る最上階フロアだった。扉を締めて周囲を確かめる。
「ここでやるしかないな」
二人に確認を取ると、エイルとヘリヤは頷いた。
―― ガキどもがいないぞぉ!!
ドアを閉じて破壊した鍵を再構成したが所詮は一時しのぎ。
異変に気づいた男たちが騒ぎ始めた。
エイルとヘリヤは部屋の中にある物でバリケードを作り魔法で固めた。
「エイルが魔法を展開したら一気にここに駆けつけてくるだろうねぇ」
「楽しそうに言わないで……
二人で迎撃しないと駄目なんだから……」
「そうね、私達二人の共同作業ね。楽しみだわ」
「……」
杖を出して構えた彼女は本当にウキウキしている辺り、彼女の弟のヴィダル少年の苦労が推し量られる。
困った顔でヘリヤを見ていると、後ろからエイルが走ってきた。
「シュタアル……これ……」
そう言ってエイルが木刀の形状を取った金属の模擬刀を渡してきた。
「こんなのあったの?」
「ここにあった金属を加工して……本物の剣はよく分からないから。こんなのでいいかな……?」
「えっ……すごい!こんな事出来るの?」
「うん……錬金魔法だけど。あと強化もしたから簡単には壊れないと思う……」
シュタアルはその金属の模擬刀を手に取り、軽く振ってみる。
重さもちょうどいい。少し重いが訓練で使っているような模擬刀とそこまで変わらない。
「うん、十分だ!」
「よかった」
エイルの華やいだ笑顔にたじろいでいると
「シュタアル!まだぁ!?」
ヘリヤが後ろから急かしてくる。
「すぐに行く!
エイルも準備できたら始めて。強いイメージこそが魔法の真髄だってフリーレンが言ってた」
「フリーレンって……あの伝説の魔法使いの?」
「あ……言ってなかったっけ?」
「そっか……じゃあ間違いないね。
……あと、あの……」
何かを言おうとしたエイルの目が泳ぎだした。
「あの、お誕生日のプレゼントのお願い、お父さんに言いに行くって話……これが終わったら……本当に来てくれる?」
上目遣いでシュタアルを見上げてくるエイル。
自分の発言をよく見直すと……確かに、そんなことを言ってしまっていた。
「えっ? あー、この街に滞在している間でなら……良いよ。でも……」
了承の返事に表情を明るくするエイル。
だが、「でも」というシュタアルの言葉に小首を傾げる。
「これからやることをやり遂げたエイルに……足りない勇気なんてないよ。伝えられるさ。きっとエイルは大丈夫だ」
「……うん」
エイルはシュタアルの言葉に頷き、少しだけ安心したような顔を見せた。
といったエイルとの会話の後、今度はヘリヤが頬を膨らませていた。
「お誕生日のプレゼントのお願いの付き添いを口実に、ご家族に挨拶しに行くって聞こえた」
拗ねた様子のヘリヤの言葉の意図が読めず今度はシュタアルが首を傾げる。
「わからないなら私も行くけど良い?」
「いい……んじゃないの? 友達でしょ?」
と、シュタアルが素直に答えるとやや機嫌悪そうな顔のままで詰めてくる。
「……本気で言ってる? じゃあその後、私とデートね」
「……死合じゃないんだ」
「デート!」
「……いや、デートって……」
シュタアルにはデートと言われても何をするのか全くわからないため良いよとも言えない。
躊躇しているとドアの方から「こっちだ!」という物音が聞こえてきた。
ついに攻め入ってくるらしい。エイルも準備が完了した様子だ。後ろを見ると頷いてくれた。
ヘリヤは杖を出しながら、シュタアルに向かって宣言する。
「あとで……『はい』か『Yes』で答えてもらうから」
「それ断る選択肢ないじゃん……」
シュタアルも渡された金属の模擬刀を構えつつ
二人でバリケードにしている障害物を魔法でドアに押し付け始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
エイルは集中して魔法の展開を始める。二人が押さえつけている間に決着をつけなければならない。
事前に閉鎖と強化を仕掛けているものの外から衝撃が加わっているので限界はあるだろう。
さらに言えば……ゲナウやメトーデが気づいて来てくれるまで耐えなければならないのだ。
「……」
イメージを広げる。魔法を拡散させる効果のあるこの壁を撃ち抜くイメージ……
感覚的にはすぐには構成できる感じがしない。
ならば、強くイメージ出来るもの……
―― 『エイル……エイルの大好きな人は誰?』
一瞬、少年の言葉と一緒に笑顔が浮かび、頬が赤くなるがそうではない。
―― 『自分の大好きなもの、大切なもの、信じられるもの……それを強くイメージすることで、想定以上の力が出せるだろうと』
父と母にまた会いたい。二人の期待に答える自分でありたい。
初めて出来た二人のお友達……ヘリヤとシュタアル。
ヘリヤは素直に話してくれないけど自分のことを見てくれている。魔法使いの競争相手として意識してくれている楽しい人。
シュタアルは、不躾で、変で、ちょっとエッチだけど……誰よりも真摯に向き合ってくれる。彼のできることで守ろうとしてくれる優しい人。
一緒に帰って……明日を迎えたい……
それを実現する力……大好きで、大切で、何よりも信じている強さ……
―― 真っ白なローブの似合う、ブロンドの髪の舞う母メトーデの姿
―― 力を象徴した漆黒の翼と羽の舞う、父ゲナウの背中
お願い……答えて……私の魔法の世界……
✧ ✧ ✧ ✧
背後から感じる高い魔力。
それこそ、自身の両親たちに引けを取らないぐらいの気配にヘリヤは背後を振り返った。
そこには、美しく舞い散る、魔力で編まれた白い羽。
ヘリヤの手のひらに落ちてきたそれは、その場で魔力の粒子となって消える。
「綺麗……」
他に何も言うことができず、ただそんな言葉が出てきてしまった。
本人は意識しているのかわからないけれども
意識しているのか無意識なのか……エイルの背中には
―― 真っ白な
まだ小さくて、幼さが残る……
―― 天使のような翼
「これは……」
ヘリヤの隣で、シュタアルは唖然としている。
「魔力の具現化だわ。パパの分身体も同じだけど……
精神の深層にあるイメージに深く紐づく特異性の高い現象……私には無理だわ」
「つまりは?」
「あの子の心の中にあるんでしょうね。純白の翼につながる何かが……天井ぶち抜くだけで済まないかも……」
その時、強烈な音と共に扉がこじ開けられた。
バリケードごと破ってきたので複数名で魔法を打ち込んできたようだ。
「ガキども!!大人しくしろ!! お前らを餌に!! 協会へ復讐をする!! おい、ガルムどもを連れてこい!!」
そんな風に叫びながら、他に何も言うことができずに部屋に押し入ってくる。
後ろに、犬……のような……魔物のようなものを2匹連れている。
「がるむ……? おとぎ話の冥界の番犬の? 毛の抜けた病気の犬にしか見えないけど……名前負けしてない?」
男たちは事前に調べた通り。自身が何をしているのかも分かっていないような雰囲気がある。
一緒に閉じ込められて協会に何をするというのだ。
妙な魔物のような生物を連れているのも気になるが、ここで気にしても仕方ない。
「後で首謀者とっ捕まえて、叩きのめさないと気がすまないかも……
もうママがやってるかもだけど」
「物騒なこと言ってないで構えて!」
抗議しながらもヘリヤの一歩正面に立って構えるシュタアル。
手元が震えているのを見ると少し笑ってしまう。それでもこの背中は自分を守ってくれるというのだ。
「本当に――っ」
ヘリヤはその背中に抱きつき……後ろから手に触れてからすぐに離れた
「えっ!ちょ!なに?」
「前向く!」
という言葉にビクッとしてシュタアルは振り向くのをやめた。
「私もそれに効果を付与したから……まあ、好きに戦って」
「えっ? 何を?」
「斬りつけてからのお楽しみ」
「何それ、怖い!!」
✧ ✧ ✧ ✧
「いけぇ!!」という男たちの言葉に従って魔物が飛びかかってくる。
どうやら男たちの言うことに従うらしい。
ヘリヤがかけた魔法は気になるが、彼女は普通に戦えという……震える腕を心で押さえながら
飛びかかってきた一体に向かって前進しつつ模擬刀で迎え撃つ。
爪と牙を紙一重で避けて胴体を打ち据えるように模擬刀を振るった。
―― ギャイン!! ――
という獣の叫び声と共に妙な感触が手に残った。斬れた?
「さすが私のシュタアル」
という背後の声と共に肩口に手を置いてヘリヤが跳んで、魔物に手を当てる。
「――
魔法の発動と共に、魔物は切断面を起点に真っ二つに裂けた。そのまま後転しながら、シュタアルのすぐ後ろまで戻ってきたヘリヤ。
「ええええええ、ちょっと、なんなの今の!?」
「その棒に切断の概念を付与したの。切れ味は……私のイメージ次第?」
舌を出しながらとんでもないことを可愛らしく言うヘリヤ。
「怖い!流石におじさんたちは斬れないよ!?」
「その時は、無効にするから。多分」
「お願いだから、絶対って言って!!」
即興コンビで、凸凹で、お互いにまだ考えの全て分かる訳ではない。
だが、こんな言い合いの中でも心に確信を覚える。
懸命に魔力をためているエイルを必ず守り切る。その想いを胸に二人で連携すれば、決して勝てない相手ではない。
■暗闇を打ち破る光
魔法使い崩れの男たちは魔法を唱え、撃ち放ってくる。
「―― 喰らえ!! ――」
男たちは、シュタアルとヘリヤ、エイルから見れば大人であり、単純な力比べであれば勝てないかもしれない。
だが、身の回りにいる一流と言える大人たちの所作、教え、様々なものを加味し、仲間を信じて戦う彼らは……
確かに、大人の魔法使い相手に拮抗していた。
本来、歳幼い3人の子供だけで為し得ることではない。
先に続いてもう2体目のガルムも真っ二つに引き裂くと、今度は遠隔の魔法で狙撃を試みてきた。
「―― それぐらい防ぐ!!――」
シュタアルは、対象を囲むほどの防御障壁を展開できない。
だからこそ、腕などに局所的に展開した防御障壁を使って―― 手で払って射線をそらす。
流石のヘリヤもそれには唖然としていた。最初は彼女が防ごうとしていたのだが、シュタアルの行動を見て諦めた。
彼の背後から打ち返す行動にすぐに切り替えた。こうしたほうが射線の上のエイルの防御も容易になる。
だが、人数差で現状は不利だ。防御を行うシュタアルの体力と精神力が相手の魔力を上回れるかの勝負となる。
「エイル!お願い、早く!!」
✧ ✧ ✧ ✧
眼の前でヘリヤとシュタアルが大人たちと撃ち合っている。
5人程を相手に、競り合っているのは奇跡なのだが、いずれは物量で押し切られてしまう。
魔力の蓄積は十分に行った。イメージも最大限に高めた。
母のような精度と練度で、父のごとく強大で高い出力の魔力を ―― この掌に!!
「お父さん!お母さん! お願い!! 気づいて!!」
集中していたので分からなかったが、自分の身の周りに雪のように白い羽が舞い踊っている。
これが自分のイメージが作り出す魔法なのだろうか?
エイルが空に向かって手を伸ばした時、彼女は無意識のうちに背中にあった翼を広げていた。白い羽がその勢いで舞い上がった。
✧ ✧ ✧ ✧
「――いまのは……」
森の奥オイサーストから5kmぐらい離れた地点に上がった大きな魔力の柱にその場にいた全員が気づいた。
「メトーデ!! 私は先行して向かう!!後方の指示を頼んだ!」
ゲナウはよほど娘が心配だったのか、メトーデにそう告げると黒い翼を広げた。彼の魔法は飛行魔法に加速の効果を付与する。
「わかりました」という言葉を聞いたゲナウは凄まじい勢いで飛び出した。
捜索拠点へと戻ったメトーデを待っていたのは悩ましげにしていたフェルンだった。
「……メトーデ様、シュタルク様とユーベル様もゲナウ様を追って出てしまいました。ラント様は此方に分身体を残しつつユーベル様を追うそうです」
「……連携がいいのだか、悪いのだか……」
メトーデは眉間に手を当ててから、フェルンに指示を出す。
「回復役は必要でしょう。少なくとも子供達の……私も向かいます。申し訳ありませんが、フェルンさん、後方の維持をお任せしてよいですか?」
「シュタアルを……お願いします」というフェルンの言葉に頷いたメトーデは移動を開始した。
✧ ✧ ✧ ✧
破壊された天井と撃ち放たれた魔法の光。
この規模なら少なくとも自分たちを探しているだろう両親たちは気づいてくれるだろう。
「や……った………?」
安堵で膝から崩れそうになった瞬間、誰かに支えられた。
「おつかれ。やるじゃない」
支えてくれたのはヘリヤだった。
「ありがとう……シュタアルは?」
集中していたため周囲の状況はぼんやりとしか認識できていない。
ヘリヤに聞くと視線を正面に移した。
「あっち」
その先にいる彼は ――
「せああああっ!!」
エイルの魔法に誰もが呆然とする中、一番近い正面にいた魔法使いの男の顎を模擬刀で打ち上げたところだった。
子供にそんなことをできると思っていなかったのであろう、全員がたじろいでいる。
「……すごい」
「ほんとに、魔法全然からっきしなのに。変な使い方ばっかり」
言葉は悪口を言っているようで、ヘリヤの横顔に真逆の意図を感じる。
本来、力の足りない子供が大人を圧倒している。
彼が模擬刀の逆の手に出しているのは魔力を圧縮した球体。
それを手に持ち、破裂させた勢いを身体の回転に乗せて威力に変える。足場にすることで跳躍力に変えている。
そうして力の差を埋めているのだ。
「意味分からないよね。どう考えても理にかなってないのに……シュタアルは戦ってる」
「うん……」
弱くても、届かなくても、折れることなく、諦めることなく突き進む。
仲間を信じて、その手にあるものを駆使して、それが彼の生きざまなのだろう。彼の中に宿る勇気と覚悟なのだろう。
そのまま、二人ほどを金属の模擬刀で打ち、倒していく。
「エイル、ヘリヤ、父さんと母さんは必ず気付いてここに来てくれる! それまで、持たせよう!」
振り向かず、シュタアルは叫ぶ。彼の声に肯定の声を返そうとした瞬間だった。
「―― くそっ、逃げられるぐらいなら構わん、あれを呼べ!」
そう言って男が懐から出した、アーティファクトに力を込めた時……
―― キィィィィイイイイ
大型の鳥のような、獣のような、そんな声が聞こえた。
✧ ✧ ✧ ✧
上空から何かが落ちてくる音が響く。
落下してくるポイントは当然天井に穴が空いているエイルとヘリヤがいる場所。
―― 危険だ、退かせろ!
シュタアルの脳裏に響く声が危険を告げる。
「ヘリヤ、エイルを抱えて背後にとべぇぇぇ!!」
彼女はその言葉を聞いた瞬間迷わずエイルを抱えて飛び退く。
「きゃあ!!」
突然の行動にエイルは叫ぶが、ヘリヤの行動は早かった。
それと同時に彼女たちのいた場所に何かが落ちてきた。
巨大……ではないが、人間より一回り大きい体躯。タカのような嘴と爪、肉食獣のような体、背中の翼……
「やばいわね……」
「グリ……フォン……」
魔物の中でも、魔力が高く、体躯に対して力も強く、何より速い……竜種と比肩する程度に危険視されるもの。
「グリフォンがなんで……」
「はは……はははは……死ね、死んでしまえ、協会に与するならもう、いなくなってしまえ!!」
洗脳主からの指示を受けぬまま操られている人間が限界を迎えた結果の暴走か、当初の目的もあやふやになっている。
だが、シュタアルにとっては関係ない。
「エイル、ヘリヤ!!」
―― クルルルルルルル
グリフォン型の魔物は二人の少女に目標を定めた。当然だろう。この中で若い肉体と高い魔力の二人の少女……狙わないわけがない。
魔術と翼を使い、浮き上がるグリフォン。その爪で二人の少女に襲いかかるのだろう。
子供の足で逃げたところで逃げ切れるものではない。一時的な魔力切れ状態のエイルを庇うようにヘリヤが魔法障壁を展開するが
―― 駄目だ……砕かれる
―― 掴まれたら終わる……
―― こんなところで、もう少しで助かるのに、エイルと、ヘリヤが……
「……そんなの、許せるはずがっ―― 」
天井より少し上まで上がったグリフォンは二人の少女に向けて降下による襲撃を掛けてくる。
シュタアルは駆け出しながら右手に魔力を集中させて、それを地面に叩きつける。反動で身体を斜め上空へと勢いよく押し返した。
「ねえだろぉぉぉぉぉぉ!!」
魔物と二人の間に割り込みその爪を模擬刀で弾く。
「シュタアルっっ!!」
女の子の声が聞こえる。エイルかヘリヤかそれとも二人共か、目の前の敵に集中しているせいで判断がつかない ――
―― 二人が助かるのなら……何でもいい ――
✧ ✧ ✧ ✧
魔物の硬質な爪と金属の模擬刀がぶつかり合う独特の音の後
エイルの目に写ったのは、少年の背中に咲く深紅の花ーー
いや、花のように鮮やかに吹き出した彼の血の色だったことが徐々に脳裏に響いていく………
「……あ、ああああ、いやあああああああああ!」
グリフォン型の魔物はシュタアルの腹部を貫いた爪で彼を掴み、上昇してから勢いを付けて下降を始める。
「止めて、止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
必死に手を伸ばそうとするエイルだったがそれでもヘリヤは離そうとしない。
「シュタアル、シュタアル、シュタアルっ!!」
魔物は動かない少年を掴んだまま下降を始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
激突による強い衝撃音の後、魔物の羽と、ホコリが舞う中
「ご……はああッッ……」
まだわずかに息があったのか少年の口から血が吹き出した。
「あ、ああああ、ああああああああ」
「くっ!!」
膝をついて崩れ落ちるエイル。表情を険しくして杖を取り出し立ち上がったヘリヤ。
「離せ! ―― シュタアルを離せぇぇぇ!―― 」
嘴を開き、少年の頭を噛み砕き、飲み込もうとする魔物に向かって、ヘリヤは魔法を放つ。
直撃した魔物は、全く動じる様子はない……ただ、ヘリヤにターゲットを変えたようだった。
「止めて……もう止めて……」
その場に座り込みながらエイルは涙を浮かべながら呟く。
「大切なお友達なの……奪わないで……」
「うあっ!!」
魔物は翼をはためかせると同時に風の魔法でヘリヤを吹き飛ばしそのままエイルを巻き込んで壁に叩きつけた。
ヘリヤは歯を食いしばりながらうなるような声を上げ、立ち上がろうとするが……
「ぐっ……!!」
「ヘリヤっ!!」
背中から魔物の爪が彼女を地面に叩きつける。
「ごめんね、ごめんねエイル……私じゃ……無理だ……シュタアルを助けることも……」
顔を地面に伏せたヘリヤの表情は読めない……
ただ……悔しくて、やるせなくて、泣いている。彼女は泣いていた。
―― 嫌だ、こんな結末は、嫌だ
―― 帰って、シュタアルと一緒に、お父さんへお誕生日のプレゼントのことを話して
―― ヘリヤも一緒に……街を案内して、ためていたお小遣いでお菓子を買って……
―― わずかな時間でもいい、そんな当たり前の……お友達と……
そうだ……あんな魔物に負けたくない。
震える膝を押さえて立ち上がり杖を構える。
ヘリヤを助けて、シュタアルにもすぐに……女神の魔法で回復をして……
そのためには ――
「お前なんか邪魔だああああああああああああ!!」
彼女の背中に現れた白い翼は、彼女の周囲に純白の羽を舞い散らせる。
グリフォン型の魔物はそれを嫌がり、ヘリヤを離して再び上空へ舞い上がった。
―― キィィィィイイイイ
魔物はしきりにエイルを警戒しつつ降下の準備を始めている。
エイルは手を魔物にかざして魔力を集中し始める。
攻撃に間に合うかも、当てられるかも分からない。それでも、もう一度あの一撃を……
迫りくる爪はエイルの前まで来ている。おそらくは間に合わない。でも……
「なにも……、諦めたくないッ!!」
✧ ✧ ✧ ✧
こちらの攻撃は間に合わず、爪に掴まれ自分もシュタアルのように掴まれ叩きつけられてしまう
そんな恐怖に一瞬目を閉じてしまった。
―― だが、いつまで経ってもそれは訪れない。
ゆっくりと目を開けた瞬間、目の前に広がっていたのは、舞い上がる黒い羽と広い背中。
見覚えがある。ずっと見てきた背中。
「お父……さん……?」
「すまないな、エイル……
お前は、すぐにあの子のもとへ。メトーデも後からくる。もたせるんだ」
一級魔法使いゲナウは漆黒の翼でグリフォンの突進を受け止め、エイルの前に立つ。
「はいっ……!!」
父の指差す方向に目を向けると、動かないシュタアルが倒れている。
そうだ、何があっても助けなければ
■明日を望む代償
「シュタアル!シュタアル!!」
エイルは倒れているシュタアルの元に駆けつけて、状態を確認する。
冷たい……でもわずかに息がある。だが……
「血が……止まらない……」
腹部を貫かれた上に、上空から地面に叩きつけられた彼は骨が数か所折れている。
涙を拭う暇もなく、エイルはシュタアルの傷を治そうと魔力を集中させる。
「なん……とかなるの……? 私に出来ることは……?」
腕をおさえながらもヘリヤがやってきた。
目に見えてシュタアルの体温が下がっていく。
魔力が……命を支える力が……血と共に身体から抜けている。
「お願い……手を握って、シュタアルに魔力を送って、私がバイパスする魔法を構築する」
「判った」
ヘリヤはエイルの言葉に頷くと、シュタアルの手を握り、魔力を集中させる。
「これでいい?」
「うん」
エイルはヘリヤが繋いだ手に女神の魔法をかける。魔力の流れを平準化する魔法。
これでほぼ抜け殻になりつつあるシュタアルにヘリヤの魔力が流れ込む。もちろんこのままで穴の空いたコップのように彼女の魔力もシュタアルと共に流れ出てしまう。
腹部に空いた大穴。これを防ぐにしても、エイルの使える女神の魔法は肉体を活性化させて回復を促進する魔法。
シュタアルの肉体には今現在その体力自体がない。それでも何もしないよりかはマシだ。メトーデが来れば打てる手があるはず。
「シュタアル死なないで!」
エイルは必死に女神の魔法を展開する。
✧ ✧ ✧ ✧
突然振ってきた一級魔法使いは現在グリフォンと戦っている。このままではグリフォンは程なく駆逐されるだろう。
しかし、逃げたところでおそらく他の魔法使いが近くまで来ているであろうこの状況で無意味に逃げれば捕まってしまう。
「クソ!! まだ今なら道連れに!!」
杖を構えて、子供三人に向けて魔法を放つ用意をし始めた。
しかし、それを放つ暇もなく、中断せざるを得なくなる。背後でインパクトのある衝撃音が鳴り響き壁が吹き飛んだ。
「ここか」という声とともに崩れた外壁の正面に立っていたのは紅いジャケットと戦斧を掲げた男とその背後に二人の魔法使い。
「俺はゲナウを援護する。二人はそいつらを頼んだ」そう言ってジャケットの男は部屋の奥で戦っているグリフォンのもとへと向かう。
「お前たちは――」
言い切る前に、女の魔法使いは表情を変えることなく男たちに距離を詰めて蹴りつけ、壁に叩きつけた
「ぐぁ、何を……」
そのまま魔法のようなもので壁に押し付けられた。
「私の娘を、誘拐して、痛めつけたのは誰……?」
彼女は少し離れた位置で、少年に魔力を送り続けているヘリヤの姿を一瞥してからまた向き直る。
表情は……口角を上げて笑っているようにも見えるが、その瞳は人を見る目ではない。
「聞こえないの? 私の娘に手を上げたのは誰? その腕から切り落とすから」
「ユーベル。落ち着け」
そう言いながら、メガネに指を当てた男が女の腕を止めた。
「然るべき機関に送り込む。男たちはそこで徹底的に調べ上げる。そのうえで行った行為に対しては償わせる」
「……ふん」
と言いながら女は拘束を解いて後ろを向いたが……
「ごあッッ!!」
そのまま一回転して男の顔に回し蹴りをぶち当てた。
衝撃で男は気絶する。様子を見ていた他の面々は腰を落とし戦々恐々としている。
女はそのまま壁に向かって杖を振る。すると外壁は彼女の魔法により飴細工のように斬れてしまった。
「逃げる素振り見せたら……何をするか分からないから」
女が斬った高さはちょうど男たちが直立した時の首の辺りだった。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタアルの体温はみるみるうちに下がっていく。
「お願い、お願い」
「エイル……大丈夫だよね?」
ヘリヤの流す魔力とエイルの魔法で命を繋いでいるが根本的な解決にはならない。
母のメトーデがここに駆けつける前にシュタアルの命が尽きる。
高位の回復魔法が必要になる。
失った血、腹部に空いた穴の修復、そして骨折の治療、失った体力の補填。
エイルではそこまで高位の女神の魔法は発動しないし、魔力も残りが少ない。
どうすれば……
『私も不注意だったわ、ごめんなさいね。これは少し危ない方法だから……だからこそ使い方をちゃんとしておきたかったの』
ふと母と交わした会話を思い出した。
そうだ、あの時に会話した時に見た母の論文。
「代償を伴う……魔法……」
『……代替となる物は……
「エイル……?」
「ヘリヤ……聞いて、もうこれしかない。そうしないとシュタアルが持たない」
無事では済まないかもしれない。それでも失いたくない……
✧ ✧ ✧ ✧
時間が無い中、エイルの説明は簡潔なものだった。
代償を支払うことで……大きな力の魔法が発動できる。それを使えば、今のエイルにも高位の女神の魔法も使えて、シュタアルを助けられる……はずというもの。
「代償って……」
「記憶……私とシュタアルの、相互の思い出とそれに関係するもの、だから……きっとシュタアルはヘリヤのことも……」
「私のことを……忘れちゃうの? シュタアルも……エイルも?」
彼女は目を伏せながら、回復魔法も切らすことなく首を縦に振る。
こんな状態で冗談を言う少女ではない。
「それしかないの? 本当にそれでいいの?」
ヘリヤの言葉にエイルは一瞬固まる。だが目を閉じ歯を食いしばりながらも答えた。
「うん……それしかない。それでいい……」
「エイル!」
おそらくどうにもならない。それでも、こんな時に嘘の言葉を聞きたくない、ヘリヤはそう言っている。
「……。良くない……良くないよ。忘れたくない。消したくない……よ」
「……」
心の奥にある、わがままと願い、望み……お友達と一緒にいたい。シュタアルの側にいたい。
彼の隣は、彼の掌は、暖かくて、優しくて、心地よくて……失いたくない―― だからこそ……
「でも、シュタアルが……死んじゃうのはもっと嫌。だから……」
唇を噛み締めるヘリヤは最後の抵抗とばかりにエイルの顔を見た。
「……私にできることは……無いの?少しでも軽減できないの?」
「ヘリヤはそのまま魔力を供給し続けて……止めたら、それこそ駄目になる」
「……ッッ!! ……判った……迷わせて、ゴメン……」
彼女には、言いたい言葉はたくさんある。伝えたい想いがある。
しかし、それを優先すればかろうじて残っている灯火が消えてしまう。
ヘリヤはエイルの言葉を受け入れ、シュタアルの手を握り続けて言葉を飲み込んでくれた。
✧ ✧ ✧ ✧
願う力をイメージすると脳裏に現れ、顕現する白い翼……
きっと、これも連動的に忘れてしまうだろう。
母の論文にあった内容を思い出し、イメージを構成する。
―― 「ああ、ごめっ!!」「きゃっ?!」
一瞬、彼と出会った時のことが脳裏をよぎった。そう、ゲートをくぐってきた彼とぶつかってそれで……
―― ピシッ ――
という、頭痛のようなものが走った。
それと同時に、ゲートをくぐったあと何か拗れた気がするのだけれど、何があったのかが思い出せない。
それと同時に彼から流れ出た血が……すこしずつシュタアルのもとに集まってくる。
――「ゲートを出たあとのこと。ずっと謝りたくて……」
協会で再会したときのこと
――「下がって!! 俺の後ろから前に出ないで!」
守ろうとしてくれたときのこと
――「大きなぬいぐるみだ……頼もしそうで格好良いね。これが欲しいの?」
ぬいぐるみ屋の前で会話したこと
――「そっか、じゃあ、早く、お父さんとお母さんにお願いしに行かないとだね…… ヘリヤ。開けよう。一刻も早く出るための努力をしよう。きっと、その方が良い」
迷う自分の背中を推してくれたこと
思い出すたびに音を立てて頭痛が走り……次の瞬間に何があったのかを思い出せなくなっていく。
背筋が凍るように感じた。必死に助けようとしているシュタアルのことを思い出す度に、何があったのかわからなくなる。
これが……記憶が代償となっていくということ……選択したことを後悔しそうになる。
「……嫌だよ、シュタアル……嫌だ……嫌だよ…忘れたくない……」
気がつけば泣いていた。でも涙を拭うこともできない。今止めたら全てが水の泡になる。
シュタアルの不自然に凹んでいた体の各所が少しずつ元に戻っている。折れた骨が修復されているのだ……
「エイル……」
ヘリヤもそれを止めることはできない。今シュタアルから手を離せば彼の魔力は枯渇して助からない。
自分にできることは終わるまでこの状態を維持するだけ……
「私が……どうしてシュタアルのことを、大好きだったのか……理由もわからない……こんなの……こんな……あんまりよ……」
彼女は両目から涙を流しながら選択した行動に対する後悔を口にしていた。
でも、止めることすらしない……これはどうにもならない心の叫びだ、幼い心で受け止めきれない悲しみに対するどうにもならない叫び。
もらった言葉が、積み上げた思い出がただ嬉しかったから……
心の小箱にしまい込んだ気持ちは……霞のごとく消えてなくなって、何を言われたのかも、忘れてしまった。
「どんな顔で笑っていたのかも……分からないよ……でも……死なないで……」
声色すら思い出せない。そんな記憶も捧げてしまった。目の前に横たわる彼と自分がどんな関係なのかもあやふやになっている……それでも助けたい……
「―― シュタアル!! 生きて!! ―― 」
大きく開いた翼は……まるで天使の羽のように大きく開いてから光を放つと同時に……
シュタアルに当てていた掌が強く輝いた。
―― ああ、この男の子の名前が思い出せない……何だったっけ?
―― 力強くて、頼もしくて……でも、どこか優しいそんな名前だった気がする
―― いつかまた……名乗ってくれる日が来るだろうか……
「エイルっ!!」
「……よく……頑張りました……、ごめんなさい、私が間に合わなかったのね……」
彼女が倒れる寸前、エイルを抱いて止めたのは彼女の母のメトーデと、魔物を駆除した父のゲナウだった
「メトーデ、自分を攻めるな……それを言い出すと、私がいながらこんなことになってしまった」
メトーデの方に手を置いたゲナウ。メトーデはその手を優しく触れた。「大丈夫だ」ということだろうか。
「私達はチームで動いていた。あまりお前が抱えすぎるな……」
結果的に一部始終を見ていたヘリヤ。
「あの……」
「ヘリヤさん、この子のフォローありがとう。ここは私が引き継ぎます。あなたはユーベルさんやラントさんのもとに向かって」
「……はい。シュタアルとエイルのことお願いします」
ヘリヤは立ち上がり、メトーデに頭を下げて、両親の元へと向かった。
「メトーデさん!シュタアルは!!」
そう言いながらシュタルクが向かってくる。
「一命をとりとめました。しかし……まだ起き上がるほどの体力が残っていないようです。
もう少し、回復を掛けます。そうしたらシュタルクさんが運んであげてくれますか?」
「わかった」
そう言いながらシュタルクは我が子の頬に手を触れる。
「すぐに、母さんの……フェルンのところに行こうな」
シュタアルがわずかに反応したため、シュタルクは胸をなでおろした。
■私の欲しいもの
―― これから ―― に ―― 足りない勇気なんて―― きっと――大丈夫 ――
夢を見ていた。何者かに襲われて閉じ込められて。私はずっと色んな事に悩んで怯えて……
でも、誰かが私を助けてくれて……手を取ってくれた。立ち向かう勇気は自身の中にあるのだと背中を推してくれた。
だけど、どうしてだろう……顔がどうしても思い出せない ――
✧ ✧ ✧ ✧
「ここは……」
目の前に見えているのは見慣れた天井。自分の部屋だ。分かる。
わからないのは何故こんなところで寝ているのか。
「起きたか、エイル」
「お父さん……?私は……一体何故……」
「……エイル、落ち着いて聞け。お前はとある犯罪者連中に襲われて、一度誘拐されていた。
この街の警備体制にあぐらをかいてお前を危険にさらしてしまった。すまない」
父ゲナウは頭を下げて謝ってくる。
「謝らないで……お父さん……。お父さんが私を守ろうとしてくれたことなんとなく覚えている」
「……そうか」
顔を上げたゲナウにエイルは問う。
「私……どれぐらい寝ていたの?」
「まる一日程度だ。お前は魔力を随分消耗していたから、回復に手間取ったようだ。私達に場所を伝えるために苦労したようだ」
そう伝えるとエイルは急に「痛!」と声を上げて頭を抑えた。
「大丈夫か!?」
「うん……大丈夫。少し頭が痛いだけ
ところでお父さん、私、そこで誰かと一緒にいた?」
「どうしてそんなことを聞く……?」
エイルは少し困った顔をしながらも父の疑問に答えた。
「大切なことが……大切な人が……いた気がしたの……でも夢の中の出来事だったのかもしれない」
「そうか……」
父のゲナウは何も言わず、ただエイルの頭を撫でてくれた。
「エイル……何か欲しいものはあるか? 持ってこよう」
―― 早く、お父さんとお母さんにお願いしに行かないとだね ――
そうだ……夢の中で言われていたことだ。私は父に伝えなければ……夢の中の誰かに……約束を……約束?
ってなんだっけ?
でも、そうだ。伝えるべきだ。言える気がする。私は大丈夫。
「お父さん、今欲しいものお願いしていい? 食べたいものとか……そういうものじゃなくて……
私のお誕生日に欲しいもののお話――」
✧ ✧ ✧ ✧
魔法都市オイサーストの協会併設の医院
メトーデはシュタアルの様子を見に来ていた。
病室にはフェルンとシュタルクが、眠ったままのシュタアルのそばについていた。
「シュタアル君、まだ目覚めていませんか」
「はい……いつもは回復が早いんですけど、今回は少し時間がかかっています……」
「そうですか……」
さて、という形でメトーデはシュタルクとフェルンに向かい直った。
「あの場としては全員の連帯責任であり誰も責めるべきではないとはなりましたが……
やはり私はお二人に謝りたいのです」
「何故ですか?」
「娘が使った魔法の代償に関してです。命に関わるものではありませんが……少しお二人には注意をして欲しいのです」
メトーデの話を聞いてからフェルンはシュタアルを見てから向き直った。
命の危機すらあった。そう聞いている。事実を知った時はさすがに平常ではいられなかった。
もちろん、無事に帰ってきているからこそ言えることだが……
「娘が、代償にしたのは記憶……正確に言うと人と人のつながりを構成する絆です」
「……よくわからないけど、そんなものが魔力の代替となる力になるのか?」
これはシュタルクの疑問。
「魔力や戦士職でいう気力、というのはお二人には身近で分かりやすい力の根源だと思います。
他者とのつながりをその根源としている意識はないでしょう」
フェルンとシュタルクはお互いを見てから、メトーデの言葉に頷いた。
「ですが、お二人は感じたことがありませんか?
シュタルクさんが前衛で戦ってくれる背中を見ることで、普段ではありえないほどの魔力を感じることを。
フェルンさんが後衛で支えてくれることで、自分より遥かに強い強敵とも拮抗する力が湧いてくることを」
「……」
メトーデの言う言葉には身に覚えがありすぎる。だがこれは力と定義できるのか?
「かつてフリーレンさん達、勇者パーティーは他の勇者でなし得なかった偉業を成し遂げました。
もちろん彼らの個々の能力の高さもありますが、歴史をたどればもっと力を持っていた者が不在とは言いがたい。
ですが、彼らはやり遂げた。これは……」
「勇者パーティーが強い絆で信頼し合っていたから。とメトーデ様はおっしゃるのですね」
それはフリーレンが常々シュタルクとフェルンに言い聞かせてきた言葉だ。
パーティーは信頼し合うことで機能するものだと。その末に生まれるパーティーの力が重要だと。
「この世界の、時代を変えてきた、歴史の因果に関わっている勇者や英雄達……
彼らは単純な個々の強さだけではない何かを持っていたからこそ実現し得ていた……という仮定のもとに始めた研究です」
フェルンは隣で寝ているシュタアルの頬を撫でた。
「私達はこれを
これは魔力のような明確な力ではありません。ですが……何かを引き起こす鍵……と推察しています」
腕を組んだ状態のシュタルクはなおも疑問を漏らした。
「結局のところ、シュタアルの状態はその力を使ったから、ということか?」
「そうですね。危険なことにならないように理解するための研究でしたが、娘が実践してしまった……
というのが事実です……起きた現象はシュタルクさんも近くで見たと思います」
シュタアルの危機を察知しながらも最善はゲナウと共に魔物と戦って安全を確保することだと考えたシュタルクは
エイルとヘリヤの回復の方法は細かくは関与しなかった。しかし、大きな力が作用したというのは目に見えてわかる。
「娘は、自身とシュタアルくんの心にあった絆と思い出を『捧げ』て限界以上の女神の魔法の力を実践しました。
前後の状況を聞く限り……
更に娘は、魔力の具現化を実現していました。これは娘がどれほど努力を重ねたとしていても、今の年齢で実現しうる魔法ではありません」
メトーデは熟考してから、瞳を開きシュタルクとフェルンに慎重に語りかける。
「娘は、シュタアルくんに出会ってから大きく変化しました。ユーベルさんが言うにはヘリヤさんも随分と成長したと言っています。
彼は……シュタアルくんは、誰よりも強い
覚えがありませんか? シュタアルくんに影響され、周囲の人が変わっていく姿を……前を向き、心が救われる姿を」
シュタルクは今だ目覚めぬ我が子を見つめながら思い出す。
妹のティアフォートは生来の能力の高さにより、周囲の人に溶け込めずにいた。シュタアルと関わりの中でそれが緩和され、いつの間にか明るい子になった。難物だが。
彼らの教え子のエアフォルクやルーエも重い出自に苦しんでいた。しかし……子供達と出会ったことで随分と明るくなった。
「……お前の影響だったのかな?」
「……今は小さな事だとしても、多くの人の心に共鳴する彼は時代に一つの楔を打つ……可能性を持つのかもしれません」
✧ ✧ ✧ ✧
『目覚めた、シュタアルくんはおそらく、ここ数日の記憶の不足に混乱をすると思います。ですが……真相を無理に伝えないでください。
強引に欠けた記憶を埋めようとすると、逆に精神に影響を及しかねません。当人が時間をかけて齟齬を埋めていくものです』
メトーデはそう残し、謝罪して帰っていった。
「エイルちゃんのこと、誰よりも心配だろうにな……」
「そうですね、メトーデ様はお優しい人です。きっと……この子には、エイルさんのお友達に……なって欲しかったのだと思います」
シュタルクはフェルンの向かいに座りつつ、シュタアルの手を握った。
「シュタアルの力か……」
「私は、あまり特別な力と定義したくはありません。ただこの子が優しい子であり、周りの人も優しい人達だと、母として思うだけで十分だと思います。
それに……シュタルク様も、そう変わるものではありませんよ?」
「どういう事?」
「判らなければ良いのです。きっとその程度の事……ということです」
フェルンがそう言って、シュタアルの頭を撫でた時に
「……かあ……さん?」 という声と共にシュタアルがゆっくりと目を開き始めた。
「シュタアル!!」
「……あれ? 俺は……オイサースト……だよね……ここ?」
少し会話したところ、メトーデの言っていたようにシュタアルは数日の記憶が虫食いのように欠けている様子だった。
「あなたは謁見の翌日、巻き込まれたトラブルで大怪我をして……オイサーストの協会の医院で眠っていたのですよ」
フェルンは嘘のない範囲でシュタアルに状況を説明したら彼は静かに納得した様子ではあったが……
それでも、この子の心には確かに空虚に開いた穴があり、何かを思い出し、それを埋めようとしている様子だった
「なんかさ……夢かもしれないけど……泣いている女の子がいて……助けようとして、色々頑張ったんだけど……うまく行かなくて」
「シュタアル……」
「……あれ……なんで……泣いてるんだろ? 顔も……名前も……思い出せないや……夢の中で……聞いた気がするのに」
自身の涙の理由すら分からない我が子をフェルンは優しく抱きしめた。彼は少しためらってから母にしがみつきながら……僅かな嗚咽を漏らしていた。
「シュタアル、悲しい時、寂しい時あなたは泣いていいんです。まだあなたは10歳の子供なんですから」
「……嫌だよ、かっこ悪い……」
そんな言葉を漏らしつつもシュタアルはフェルンから離れず泣き続けていた。
✧ ✧ ✧ ✧
病室の外、ヘリヤはノックをするかどうか何度もためらった後に手を下ろして諦めてその場を去った。
らしくない姉の姿を見たヴィダルは少し驚いた様子で声を掛ける。
「いいの? 姉さん」
「いいよ……私のこともわからないだろうし」
「また、いつもの調子で全部最初からでもやればいいんじゃないの?いつもの姉さんならそうしてた」
そんなヴィダルの言葉にヘリヤは立ち止まってから答える。
「気が乗らない……気に入らない……だから、止めておく」
本当にらしくない。いつもなら、先手を打つために真っ先に乗り込んでまた関係を作り直しそうなのに……
特に……エイルという少女を出し抜くのならいい機会だ。
「……あいつのことどうでもよくなったの?」
そういうと、姉はキッとヴィダルを睨みつけてから、走っていった。おそらく待たせている母の元だろう。
見たこともない姉の表情に驚いて言葉も出なかった。
「姉さん……泣いて……」
✧ ✧ ✧ ✧
ヴィダルが姉を追って家に帰った時、彼が見たのはさらに珍しい姿だった。
「どうしたの? 珍しいわねヘリヤ」
姉が号泣している。父のラントが珍しくあわあわしている。
母のユーベルが椅子に座ってヘリヤを抱きしめたままあやしている姿は、普段からすると珍しい。
「……ヴィダル、何かあった? 帰ってくるなりユーベルに抱きついてずっとこの調子だけど」
「診察したあと、例の彼のお見舞いに行くかどうか迷い始めて。……部屋の前でずっと悩んでたんだけど。中から泣き声が聞こえて走って帰っちゃった」
件の彼の影響だというヴィダルの話を聞いたラントは微妙な顔をする。
うちの娘にはまだ早い。そういう顔だ。
「そう、その顔見たかったの」
それを見たユーベルはちょっと嬉しそうに笑った。
「どうする? この娘は選んだ。見つけてきちゃったわ」
「……今はその事にも問題あるから、こんな状態でしょ……」
「ヘリヤ、どうする? 特待生に行く話も、彼とのこととか全部どうする? あなたはどうしたい?」
ユーベルは胸の中で泣いているヘリヤに問いかけた。
「……」
ヘリヤはしばらく泣き腫らしたあと、ユーベルの胸から顔を離してから少しずつ言葉にし始めた。
「……特待生は……行くわ。……決めたの。……もっと、強くなるの。……全部取り戻す。
強くなった私は、こんなヘマはしない。こんな状態で終われない」
「……そう、それがあなたの選択なら、私も応援するわ」
姉は結局そのまま母のユーベルにしがみついていた。
「たまにはこういうのもいいかもね」
離れようとしないヘリヤの背に腕を回し、ユーベルは優しげに笑っていた。
✧ ✧ ✧ ✧
それから数日のが過ぎたゲナウとメトーデの家の玄関。
「誕生日おめでとう、エイル」
「……」
いつもの様子といつもの表情で、背中に大きなぬいぐるみを背負ったゲナウ。
メトーデは妙なシュールさにおかえりなさいという言葉を忘れてしまった。
「……おめでとう」
誰も反応を返さなかったためか、控えめの2回目の言葉が玄関んに響く。
その姿で、その表情で家まで歩いてきたのか? むしろどんな顔で注文したんだ?
とちょっと思ってしまったメトーデだが、娘を前にした夫の体裁のためにとりあえず言葉を飲み込んだ。
しかし……
「お父さん、ありがとう!!」
沈黙は単純に感激によるものだったのか、エイルはゲナウに飛びついた。
そう、あの日目覚めてから、エイルは随分明るくなった。
失ったものは確かにあったのだが、彼女はその記憶を埋めるように前向きに努力し始めた。
思ったことを父にも素直に伝えるようになった。日々起きた楽しかったこと、悩んでいること、嫌だったことを様々に
ゲナウも、それに不器用ながらに答えるようになった。頭を撫でて「そうか」と一言を添えるだけ。それでもエイルに伝わっている様子で。
「ケーキ、もあります。居間に行きましょう。エイルも手伝ってくれたんですよ」
「そうか……それは楽しみだな」
渡された大きなぬいぐるみを抱きしめて、エイルは嬉しそうに先を歩いていく。
「喜んでくれたようでよかった」
「あのぬいぐるみ、無愛想な表情が少しゲナウさんに似てますね」
「……、私はあんな無愛想じゃないだろう……」
と、無愛想に拗ねる夫を見てメトーデは笑う。
「さあ行きましょう」
「おい、待て。そんな……ことはないだろ?」
「どうでしょうね」
✧ ✧ ✧ ✧
ケーキを食べ終えたエイルはゲナウの隣で大きなぬいぐるみにしがみついている。
サイズ的にゲナウとぬいぐるみが隣り合って座っているように見える。傍目に見ているメトーデにはちょっと面白い。
「エイルはその子のどこが気に入っていたの?」
「うーん、大きなところと、なんとなく翼と顔が……お父さんに似てたところが」
先程の答えが娘の口から語られゲナウが表情を変えた。
「ぐっ……」
「やっぱり」
「でも、全体的に可愛いと思うんです。クマみたいな大きな体と、不思議な翼が生えたところとか。表情とか。
あと、不思議な青い……髪……あれ……?」
「エイル……?」
ぬいぐるみの青い髪を見た時。何かを思い出しそうになって、エイルの目から一筋の涙がこぼれた。
「おかしいな……今日は……お誕生日で……お父さんが……プレゼントをくれて……嬉しいはずなのに……
どうして……ごめんなさい、お父さん、お母さん……。私悲しくなんてない……悲しくなんてないはずなのに」
必死に目を拭って、嗚咽を耐えようとするエイルの肩をゲナウは抱き寄せた。
「エイル。大丈夫だ。わかっている。ここには私とメトーデしかいない。好きなだけ泣いて構わない」
「……うっ、ああ……」
エイルの正面に来たメトーデは膝をつき、エイルに話しかける。
「今はわからなくていい、きっと、いつかその涙の意味がわかります。だから心から湧き出る感情を否定せずに大切にしてあげて」
「――あああああああああっ」
エイルはそのままゲナウに抱きつき泣き続けた。
ゲナウは娘の背中を優しく撫でながらメトーデへと話しかけてくる。
「メトーデ……、私は決めたよ。必要な出会いだ。出会うべくして出会ったのだろう。
だから……もう一度だ。少し時間を要するだろうが……私はこの子が失ったものを……いつか必ず……」
「はい……」
それは、とても父親らしい姿だったように見えた。
■とある通過点
~Seven Years After~
7年後のオイサースト、これは少し、未来の話だ。
学園の教師をしてもそこそこ長くなってきたラヴィーネは半眼になりながらも目の前の光景を見ていた。
教職に就いて以来、こんな状態は初めて見る。
「やめてぇぇぇぇ!俺じゃないよ。信じて!」
中庭の大きな木に吊るされた青紫の外ハネした髪の青年は涙ながらに弁明している。
「うるさい!変態!現行犯が何を言っているの!」
しかし、それを囲う学園の女生徒達は彼の弁明に聞く耳を立てず非難の声をあげる。
「何やってんだアイツラ……」
ラヴィーネは呆れたように呟く。とは言えこの状況を放置する訳にも行かない。
ざっくりと事情を聞いたところ、教室の移動中、荷物が荒らされて生徒の着替えが盗まれるという事件が起きたらしい。
山盛りになった下着の山を見ると、どんな豪快な泥棒だよ……と思うがそれはそれとして対処しなければならない事案だ。
しかし、吊るされた彼は実はついさっきまで一緒にいたのだ。学園内を案内したあと、教室へ行くように指示したのが15分ほど前。
「お前らとりあえず、落ち着けー。箒で突くのもやめろー」
手を叩いて女生徒たちを静止させ、吊るされた少年の前まで行く。
「シュタアル……お前……どうしてそうなる?何があったら、15分でそうなれる……」
「なんだか判んないうちに女の子に囲まれて……捕まりました……」
吊るされた青年……シュタアルは括った後ろ髪と涙を逆さに垂らしながら語る。
「くれぐれもよろしくと頼まれているのに、フェルンになんて報告すりゃ良いんだ?
15分程目を離したらお前の息子は女生徒に吊るされてましたって報告して良いのか?」
「止めて……母さんどころか、ルーエ姉さんと妹の耳に入ったら何をされるか分かんないからぁ……!!」
「具体的にお前から見て何があった?」
「なんか荷物を抱えた猿みたいな爬虫類みたいなやつが突進してきて……魔物っぽかったからちょっと斬ったんだけど、取り返した荷物が舞って……」
少年の右手に下着の山が出来ている。おおよその事態は把握したが頭痛が痛い……
「本当に違うんだ!俺じゃない!助けてラヴィーネおばさん!!」
シュタアルの必死の叫びだったが、添えられた余計な一言でラヴィーネの眉間にピキッと筋が入る。
「……おい、みんな聞いてくれ。こいつが犯人で間違いない」
ラヴィーネの一言に周囲から「やっぱり!」「変態!」という心無い野次が飛ぶ。
「いやああ。ごめんなさい、ラヴィーネ先生!!お姉様!!お休みの日にグラシア君達の面倒見るからぁ!!」
半分冗談だったが、それでシュタアルが息子たちの面倒を1日見てくれるのは助かる。
「しゃーねーなー」という仕草でラヴィーネは生徒達の中央にいた、拘束魔法を使っている女生徒に声をかける。
「取り敢えずおろしてやれ。お前が怒る理由もわかる。だけどこいつは犯人じゃないし、そういうことするやつじゃねーよ」
ラヴィーネに声をかけられた女生徒は、腰に手を当て優雅で威風堂々とした立ち振舞で ――
「そうは行きません、学園内で起きたこととして由々しき事態です。
少なくとも学園に侵入した不審者兼重要参考人として捕らえるべきです」
魔法協会関係者では知らないものはいないという彼女の母にも華やかさ関しては引けを取らない姿で ――
「まあ、そう言うな……こいつはクレ地方からきた編入生のシュタアルだ。だから不審者じゃない。お前も学園首席の模範生なら寛大な態度を見せろ、エイル」
オイサースト高等魔法学校創立以来、屈指の成績を誇る学園内成績1位の模範生エイル。
「クレ地方、の、編入生の……シュタアル……?」
腰まで伸びた,、ブロンドの長い髪をたなびかせる優雅で美しい、その女生徒は
どこかで聞いたことがあるような、ないような、懐かしい響きのあるその名を聞いて目を丸くしつつ呆然とした。
✧ ✧ ✧ ✧
中庭の騒動の様子を校舎の屋上から見下ろし、眺めている人影が2つ。
「……やっと見つけた」
「姉さん……そんなところでスカートで立っていると下からパンツが見えるよ」
胸元で腕を組み、挑発的な表情で立っている女生徒は嬉しそうに振り返る。
「つまらないこと言わないでヴィダル。女の子しかいないから別にいいでしょ」
「ヘリヤ姉さん……そういう問題じゃ……っていうか編入生男じゃん!」
そう言われたヘリヤは口に人差し指を当てて少し考えてから「あいつは良いの」と答える。
その回答にヴィダルはうんざりした表情で「いいわけないでしょ」とぼやいた。
「それより、下着の盗難騒動って姉さん大丈夫なの?」
「盗られたよ? だって置いてた着替えを狙われたんだから防ぎようがないもの」
「駄目じゃん!」
「場所は分かっているから問題ない。ほら、あそこ」
相変わらず姉の感性は独特だ。やれやれという様子で指差す方向を見ると……
「編入生のポケットの中じゃないか!! 馬鹿なの!?」
「遠隔魔法で入れてみたら、うまくいった」
「ドヤァ、って顔止めてよ! なんでだよ?!」
今日の姉は最近見た中でも特別に変だ。やたらテンションが高い。
「いいの! さあ、シュタアル、エイル、7年も待ったわ。もう逃さない」
「割と気にしている割に、エイルさんに今まで声をかけなかったのも、成績が次点なのもこれのせい?」
ヴィダルの余計な一言でヘリヤは「うるさい!」と叫ぶ。
「戦闘訓練では負け無しだから良いの。
ねえ、シュタアル。あの時の約束も絶対に守ってもらうから」
学園の屋上の上、学園内成績2位、戦闘訓練序列1位の女生徒ヘリヤは不敵に笑うのだった。
~ 魔法都市と巡り合わせの燐舞曲 fin ~