葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ 独自キャラクター
葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- エアフォルク(Erfolg): シュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。25歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。斧技を学んでいる。
■ あらすじ
ヴェノムとの戦いでしばらくの療養を余儀なくされたルーエ。
二人はそこで、同じく妹の様子を見に来ていたエアフォルクと出会う。
しばらく賑やかに過ごしていたが、エアフォルクはシュタアルに問いかける。
「聞きたいことがあるのだろう?」と……
そう、シュタアルはずっとエアフォルクから聞きたかったことがあった。
それは、シュタルクとフェルンの過去。エアフォルクとルーエが故郷を奪われた惨劇。
そしてルーエが魔族により呪われ、人ではないものにされたその真相を。
鮮血の月と廃城の夢 ~Crimson Moon over Ruins Nightmare~ 01【第2部】
■終りと始まり
「さて、何処から話したものかな」
ティアフォートが入れてくれた紅茶をソーサーに置いたエアフォルク。
「ありがとう、ティアフォート。君は紅茶をいれるのも上手いのだね」
彼が微笑むと、ティアフォートは腰に手を当てて嘆息する。
「エアフォルク様……私、そういうの要りません。
そういうキラキラ笑顔作れるなら、さっさと貴族の娘でも口説き落として後ろ盾にしてください」
「君は、いつも言いようが辛辣だなぁ。まだ家庭は持てないよ」
ティアフォートの言い様を笑いながら受け流すエアフォルク。
シュタアルはその様子を微妙な顔をして見ている。妹の兄弟子への言いようがキツい。自分の時よりキツイ。
そしてルーエも別の意味で微妙な顔をしている。
おそらく「まだ家庭は持てないよ」という言葉を気にしている様子だった。
「ははは、その話は後にしようか。
さて、初手から酷い話に鳴るが、まずはここから語ろう。すべての終わりであり始まりはここだった」
エアフォルクは、瞳を閉じ。当時の情景を思い出しながらも語り始める。
✧ ✧ ✧ ✧
「父上!!」
辺り一面が火の海となった屋敷の一角。
一人の男と……巨大な魔物のようなものが対峙している。
「来るな!エアフォルク!!」
「しかしっ!!」
年齢10代半ばの少年エアフォルク。この大陸では珍しい黒髪と黒の瞳の少年は必死に父を呼びかける。
壮年に差し掛かっているが、精悍な顔つきの男は、髪色こそこの大陸ではよく見るブラウン。
しかし髪型や容姿はどこか二人の親子関係を感じさせるもの。
「おや……、もう一人いたのですね伯爵……」
巨大なヘビの様な、それでいて身体は巨大なヤギのような……。
魔物の頭の上から人の形の上半身が現れた。
「はじめまして。少年。私はナハト。鮮血公のナハトと申します」
その男は、化け物の頭から生えた上半身のみ。
まるで舞踏会の会場にでもいるかのような姿で、優雅に挨拶をする。
その頭には角が生えている。この大陸で魔族と呼ばれる人とは異なる、人を食う存在。
「そしてさようなら」
「な……っ!!」
巨大な蛇の口から、小さな蛇の頭が飛び出し、エアフォルクへと向かう。
「させぬ!!」
その瞬間、エアフォルクの父は手にしたサーベルでそれを斬り払った。
「おや……残念。目の前で失えば、良い味付けになったのですが……」
「貴様……一体何処まで、我らを侮辱すれば……」
「父上……、これは一体。何なのですか!?
どうして、燃えて……!! 母上は!? ルーエは!?」
遠方に出ていたエアフォルクが、自身の領地に戻り、目にしたもの。
魔物に襲われた後の領地。燃え落ちる屋敷。そして、対峙する父と魔物。
何もわからない。どうして。優しい母。可愛い妹。誇らしい父。
豊かに暮らす領民たち。
「なん……で……」
受け入れられない。受け止められない。理解できない。
何故こんな事になったのだ。
「エアフォルク。落ち着け。まずは、ここから離れるんだ。お前だけでも生き残れ」
その様子を見ていた、ナハトは腕を組み「ふむ」と呟く。
「少年……いい眼です。極上の味の予感がする」
ナハトの言葉を聞いたエアフォルクの父は、怒りに満ちた表情で睨みつける。
「下衆な魔物め……」
「父上……答えてください……母上は!? ルーエは!?」
父に縋りながら問いかけるエアフォルク。
「あそこだ」と父は震える指で指し示した。それはありえない場所。
「嘘……だ……」
そうありえない。考えたくはない。だが、ここにいない事実が突き刺さる。
「ふふふ……」
見下すように笑うナハト。下半身となる巨大なヘビとヤギの胴体。
父が指さしたのはそのヤギの胴体の膨らんだ腹。
「あ……ああ……ああああ……母上!ルーエ!!」
「エアフォルク!!お前だけでも逃げてくれ!!」
✧ ✧ ✧ ✧
「お館様!!若!!」
「ソーマ!お前も無事だったか!!」
燃え盛る廊下の炎。かき分けながら駆けつけてきたのはエアフォルクの父と同年代の男。
此方はエアフォルク同様の黒い髪をしている。
「これは……」
「説明している暇はない……ソーマ。主として……いや、友として……頼む」
「お館様……」
エアフォルクの父はサーベルを構え二人の前に出る。
「エアフォルクを連れて逃げろ。ここではない何処かへ。逃げ抜け!」
「しかし……お館様は……」
ナハトはそのやり取りをまるで演劇でも見るかのようにニヤニヤと眺めている。
その顔を見た父は、忌々しそうに「くっ」と息を吐いた。
「ここで食い止める!!我が家名を汚した罪を思い知らせる!」
「お館様……」
そんなおり、ダンっ!!と地面を叩きつける音。
エアフォルクだ。両手を地面につきながら泣いている。
「何故だ……何故だ……答えろ魔族! 何でこんな事をした?!」
観客気分で待っていたナハトは「ほう」と面白そうに眉を動かした。
「面白いことを聞きますね、少年。
さしたる理由なんてありません。久々に目覚めて見れば魔王様は不在。
活動を再開しようにも腹が減りましたし……これから研究をするための資材も必要」
ああ、こまりました。と、天を仰ぐような仕草でナハトは告げる。
「で、偶々、この街が目の前にありました。それだけです」
「そんな……理由で……」
怒りに打ち震えるエアフォルク。ナハトはそれを嬉しそうに見つめながらも続ける。
「人間は、今夜の糧を得るために狩りに出るとき……道端に猪や鹿が通りかかったらどうします?
彼らにも明日があるだろうと見逃すのですか?」
「それとこれとは……話が違うだろう! 住民も何もかも、お前は薙ぎ払うのか!」
「そうですね。人間の狩りと同じです。必要な分採りました。私や眷属たちはそれぐらい腹が減っていました」
ナハトはさも当然という表情。
父は拳を握りしめて震えている。
「母上も、ルーエも……」
エアフォルクの反応にナハトは瞳に歓喜の色が見えた。
「ああ、あなたは縁者ですものね。伝えておきましょう」
蛇の頭をズズズとおろし、彼らに近づきながらナハトは言う。
――「ご 馳 走 様 で し た 。」
「とても美味でしたよ。ああ、妹さんは、まるまる飲んでしまったので運が良ければ生きているかもしれません」
その言葉を聞いたエアフォルクは、怒りで思考が真っ白になった。
「貴様ああああああああああああああああ!!」
近くに落ちていた棒きれを持って飛びかかろうとしたとき。
「御免!!」
「ご……ふ……」
ソーマの声と共に腹部に痛みが走り。視界が暗転した。
薄れゆく意識の中、わずかに見聞きしたのは
「ソーマ……頼んだぞ……」
「お館様……申し分けございません」
という短い会話。そして遠のいていく意識。
遠い視界の先、父は……鋭い何かに貫かれ……空高くほうり投げられ、巨大な口に飲まれた。
そんなことだけは判った。
✧ ✧ ✧ ✧
「……」
「そこがすべての始まりだった」
エアフォルクは瞳を開いて、シュタアルとティアフォートを見つめる。
「……」
「二人共、どうした? 話の本体はこれからだぞ」
いきなり始まった壮絶な話に絶句するシュタアル。いつも余裕顔のティアフォートすら顔色が悪い。
「……あの、エアフォルク兄さん。えっと、その……」
受け取った情報が多すぎて、何と声をかけたらいいのかわからない。
父の最期を、遠くから見守るしか無い状態。目の前の兄弟子は一体どう受け取ったのだ。
「俺……、その。何ていうかごめんなさい!そんなにエアフォルク兄さんにとって――」
「――シュタアル。落ち着け。いいんだ」
「シュタアル様」
割って入ったのはベッドの上でその話を聞いていたルーエ。
「私達は過去の出来事を忘れはしません。行った者たちを許しはしません。ですが――」
ルーエの言葉にエアフォルクは頷く。
「――俺達は何一つ悔いることはしない。明日生きるためだ。繋いだもの達の想いを無駄にしないためだ。
それは、君のご両親であるシュタルク様とフェルン様から受け取ったことでもある」
エアフォルクの瞳には確かな力が宿っている。そんな気がした。
絶望的な状況を超えて、今はシュタルクと共に街を支えている。
父シュタルク。母フェルン。兄弟子と姉弟子。一体どれほどの覚悟で……
「……わかった。ありがとう。エアフォルク兄さん。ルーエ姉さん」
何が待っていても最後まで聞き遂げなければならない。そんな気がする。
■逃走と焦燥
「さて、話を続けようか。後からシュタルク様から聞いた話も混じるが……」
「あの……質問が」
「ん? 何だいシュタアル?」
おずおずと手を上げるシュタアル。
「その……さっきの話だとルーエ姉さんが……食い殺されてない?」
というと、後ろでティアフォートがプッと吹き出した。
当人は口元に手を当ててコロコロと笑っている。
何だよ二人して!とシュタアルは憮然な顔をした。
「まあ……そうだな。俺もその時はそう思った。
だが、結果は見ての通りだ。ネタバラシはよくはない。
ゆっくりと聞いてくれ」
「……わかった」
当人の顔を覗くと……
「ありがとうございます。心配してくれたんですよね」
と小さく呟いて微笑んでいた。
✧ ✧ ✧ ✧
ソーマはエアフォルク同様に黒髪と黒い瞳を持つ男。母の兄に当たる、いわゆる叔父だ。
「ソーマ。行ってくる」
「行ってらっしゃいませ。若」
何もかもを奪われて2年の月日が過ぎた。逃げ延びた隣町。
ソーマは残っていた財産を使い、街の中に小さな住処を確保した。
「夕刻には一度帰って来る。その後は調査だ……」
「かしこまりました」
身分の違いが明らかな態度にエアフォルクはため息をついた。
「ソーマ……もう家は潰れてしまった。父の名は失われた。
ここには親子の対面で暮らしている。……もう少し、崩してくれないか?」
「いえ……しかし、この身は大した武術も収めておらず……
若の身の回りのお世話をするぐらいしか出来ません。ですから」
「父さんとよぼうか?これからは」
そう言うと、ソーマは大きく目を見開いていから
「……滅相もございません……そうですね。
行ってらっしゃい。頑張っておいで、エアフォルク」
「――ああ、行ってくる」
✧ ✧ ✧ ✧
逃げ延びたエアフォルクが誓ったこと。
―― 父と母を妹を奪ったあの魔族へ報復する。必ず。
武術は幼い頃から学んでいた。体力には自信がある。
だが、魔族は人間の常識を超えた存在。
領地で無敵を誇っていた父も、魔族の前では無力だった。
「強くならなくては……」
隣町に、警備兵隊へと入隊したエアフォルク。
勇者や英雄が魔王や大魔族を倒したという話も聞いた。
しかし、北側諸国は何かと魔物被害や魔族の被害はすくなくはない。
腕前を披露したエアフォルクは、部隊の中でも最前線を希望した。
―― 力を蓄えるためだ。あの化け物に一矢でも報いる!
そのためだけに必死に生きていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ゼーリエ様。ご無沙汰しております」
場所は移り変わり、北側諸国の魔法使いの最大の拠点。オイサースト。
そして魔法協会の本部最奥。謁見の間。
「フェルン。久しいな。元気そうで何よりだ。
シュタルクも、招集に応じてくれたこと感謝しよう」
「いえ。クレ地方は協会から支援をいただいておりますので」
「少し前に会ったときは、道理も弁えない子供と思っていたが中々どうして成長したじゃないか」
ゼーリエの言い様にシュタルクは苦笑いする。少し前とはいつのことか。
何にしても、身に覚えがありすぎるからだ。なんだかんだとグラナト伯爵やオルデン卿から礼儀は叩き込まれた。
「褒め言葉と受け取っておきますよ、ゼーリエ様」
そう答えると、ゼーリエは満足したように頷いた。どうやら問答は合格なようだ。
一拍をおいて、フェルンはゼーリエに問い直す。
「今日はどの様なご要件でしょう?
かなり緊急だと伺いましたが……」
そうだな……とゼーリエは言葉を選ぶように口を開く。
「……面倒な事案が発生した」
「面倒な事案?」
ゼーリエの様な人物が面倒ということ。
フリーレンと関わりの深いフェルン。相当な事態だと察する。
「2年ほど前、北部高原のある領地が魔族に襲われ廃墟となった。
協会や帝国からも調査を派遣したが……実態がつかめずにいる」
「随分と……時間が経っていますね」
「許せ。これでも、お前たちを頼るまいと何とかしようとしていたのだ。
ゲナウとメトーデとも相談したが、1級魔法使いの総力で追い詰めれば……ということだった。
しかし、相手の特性上。下手をすると全滅が免れないということだ」
「一級魔法使いが全滅……ですか?」
それは、大魔族クラスでもなければ……
「単独でリヴァーレやマハトを超える力。トートを超える魔法を生み出す存在。
そういう物を想像しているならもっと別のものだ」
「ゼーリエ様。あまり回りくどいと、シュタルク様が混乱します」
「俺を、ダシにしないでくれる? いや、ストレートに説明してほしいけど」
フェルンの苦言にゼーリエは苦笑いする。
そうだな。結論から説明するべきだった。
「古い魔族が復活した。数百年前の英雄が倒した魔族が復活したのだ」
「数百年前の? それは、どのような存在なのですか?」
「鮮血公ナハト。魔族の中でも、比較的下賤なやつだ」
「下賤……ですか?」
フェルンはゼーリエの言い様に眉を寄せる。
「偏食家だ。絶望した人間を好んで食べる。更に厄介な魔法を持っている。
当時、人類の存在を危ぶませた。当時英雄がでなければ私が駆除に出ていた」
「……」
だったらゼーリエ様がやってくれよと思わなくもないシュタルクだったが……
そんな事口走れば後ろで見ている監視役からつまみ出されるだろう。
「それはどの様な能力なのですか?」
フェルンからの当然の質問にゼーリエは答える。
「
✧ ✧ ✧ ✧
ゼーリエとの話の後、装備品と物資を渡されたシュタルクとフェルン。
二人は現在現地に向かう馬車の中にいる。
「シュタルク様。ゼーリエ様の話……どう思いますか?」
「……どうだろ? 1級魔法使い達が対処出来ないなんて、にわかには信じがたい」
フェルンはため息をついた。自分が選ばれた理由。うぬぼれでなく自身の能力もあるだろう。
「拮抗するためには強い精神力だと言っていました」
「苦手なやつだな。俺は」
いつもの通りな夫の言葉にフェルンは微笑む。
「あの話を聞いた後。そんな事言いながら、いつもの調子で一緒に来てくれる。そんなシュタルク様だから……だと思いますよ」
「……どういう意味?」
「言葉通りです。でも……」
シュタルクは腕を組んでため息をついた。
「本当の話なら……酷いことになっているかもしれないな」
「……」
最悪。誰一人として人間がいない。そんな事態もあるかも知れない。
そんなケースを想像はできてしまう。大きく息を吐いたフェルンは、強く拳を握る。
「ライニ様がいるとはいえ、フリーレン様に子供たちを任せてきました。
無事に……そして、早く帰らなければなりません。そうでしょう?シュタルク様」
「……ああ。そうだな。全部片付けて。子供達の顔を見に……俺達の家に帰ろう。フェルン」
シュタルクは通り過ぎる風景を眺めながらフェルンに告げた。
✧ ✧ ✧ ✧
「
シュタアルは呟いた。それとなくルーエから話は聞いていた。
「それは、どのような魔法なのですか?」
とティアフォートは尋ねる。
「魔族の考えた魔法だ。原理は、対象の人間の物理と精神、そして魔力の境界を曖昧にする魔法。
そして、奴らはそこに、己の理を混ぜ込む処置を始めた」
「理を……つまりは……?」
「簡単な話だ……最近流行り始めた珈琲という飲み物。苦いのでミルクを混ぜることが多いよな……」
そこまで聞いてティアフォートは納得したようだった。
「エアフォルク様……そのたとえはもう結構です。明日から珈琲ミルクが飲みにくくなります」
「……そうか、それはすまない。ティアフォートは理解が速いな」
その言葉を聞いたティアフォートは苦そうな表情をしていた。
ただ、今のたとえはシュタアルにも理解ができた。ルーエの状況がまさにそれなのだろう。
「エアフォルク兄さん。一つだけ……その珈琲ミルクは……珈琲とミルクに……分解は……?」
「……シュタアル……判っていて聞いているだろう。うまくやれば成分を分割はできる。
しかし、それはもう珈琲とミルクの2つの飲み物ではない」
ルーエの方を見ると……彼女は苦笑いをしていた。それは彼女の強さだろうか。
クソッ!と口走りたくなった気持ちを抑える。そんな口走りに何も意味はない。
「一級魔法使いが大挙しても……一人でもその術に掛かっては、意味がなかったということですね」
「そういうことだ。だから、魔法に拮抗する強靭な精神と強力な力を持つ最小戦力。それが必要となった」
なるほどとティアフォートは頷いた。
「それで、父様と母様が……」
■眷属化の魔法
「新人!そっちに行ったぞ!」
「わかりました!!」
都市防衛の最前線。ここ数年、定期的にやってくる魔物。
エアフォルクがどれだけ戦おうと、兵士たちの疲弊は目に見えていた。
「ふっ!!」
エアフォルクは剣を振り下ろし、追い詰めた魔物を斬り伏せる。
剣の刃は魔物の頭部を両断する形で突き刺さり、動かなくなる。
「はあ……はあ……今ので……最後か……」
剣を引き抜くと、魔物の体は崩れて消えていった。
「キツイな……」
力をつけるために最前線を希望した。しかし、こんなことで……あの魔族を討てるのか?
どんなに魔物を倒しても……そんな糸口すら掴めない。
そして……隣の領地を、一夜にして焼き払った魔族。あれから2年も動きがない。
「エアフォルク、今日はもうここまでだ。あとは交代の見張りでなんとかする。休め」
「わかりました……」
警備隊長からの言葉にエアフォルクは頷く。
「……あとは、おまかせします」
逃げ込んだ近領の大きな街。エアフォルクのいた辺境の街とは違い、人も多く警備力も確かだ。
しかし、凶悪な魔族が近隣にいる。そんな事実が醸し出す不安と言う名の陰気な空気が街を覆っている。
潜り込んだその日から日に日に街の活気が薄れていく。そんな気さえしていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「エアフォルク様。お疲れ様です」
現在の拠点……と言っても小さな民家だが。そこではソーマが出迎えてくれた。
「変わったことは?」
「いえ、特にはございませんでした。
しかし、魔法使いギルドで妙な噂を聞きました」
コートを脱いで壁にかけようとしたら横からソーマが受け取った。
彼はコートを丁寧に整えてからクローゼットに締まってくれた。
「妙な噂?」
「はい。凶悪な魔法を使う魔族が出たという……。『
「眷属……?」
ふと気になったキーワード。眷属という話。何処かで聞いた。
―― 『人間の狩りと同じです。必要な分採りました。私や眷属たちはそれぐらい腹が減っていました』
そうだ……あの忌々しい日。あの魔族が言っていた。『眷属たち』と……
「ソーマ!その情報、すぐに聞きに行こう!」
「わかりました。すぐに準備を」
『
魔法使いギルドは魔法協会にも名を連ねる大きな組織だ。魔族のことを感知したという可能性も確かに高い。
「必ず……尻尾を掴んで見せる」
報いは必ず受けさせなければならない。
✧ ✧ ✧ ✧
「ここか……」
馬車の窓から見える景色を見ながらシュタルクは呟いた。
最悪のケースの場合、馬車を降りて途中から徒歩のつもりだった。
しかし、道中に確認した情報によると、被害のあった辺境の隣町。
そこはまだ健在であり、協会への支援要請もそこから来ている。
大きな街なのに、妙に活気に薄い。
2年前被害にあったという辺境の領地は一面廃墟となっているそうだ。
残っているのは中央にある大きな屋敷の焼け跡のみ。
当面は土地の再編もままならないとも聞いた。
結果、近郊に魔物の数が妙に増えたという話だ。
「さて……まずは」
少し前まで、日常話をしていたが突然話が終わったと思ったら……
フェルンは隣でシュタルクの方に頭を乗せて眠っていた。
「長距離移動、まあまあ疲れるもんな」
とはいえ、もう馬車は止まる。まずは魔法使いギルドに行かねばならない。
シュタルク的には戦士ギルドでもいいのだが……ゼーリエの指示なので今回はそちらだ。
「フェルン。着いたよ」
「……ん、あと5分このままで」
と言いながらシュタルクの腕にしがみついてくるフェルン。
馴染みのある柔らかな感触が腕に伝わってくる。シュタルクとしても、このままで居たい気持ちはあるがそうは行かない。
「いや、もう5分もないから。フェルン起きて」
強く揺すると流石に目をこすりながら気付いたようだ。
「……おはようございます……シュタルク様……」
覚醒ままならぬフェルンはあたりを見回す。
シュタルクの腕を胸元の膨らみで挟むぐらいに強く掴んでいたことに気付いたらしい。
「……えっち」
「え!?ちょっと待って今の俺悪い?」
「……えっち」
「いやいやいやいや……待って。違うよ――」
そして、馬車はいよいよ停車する。
「ああ、もう。フェルン。着いたから。移動するぞ!」
「……。運んで……」
「起きて!!」
んっ、と小さく手を差し出すフェルン。
家にいる時にね!とそれを突っぱねるとぷくーと膨れてしまった
そんなやり取りをしていると、馬車の御者台から声がかかった。
「お二人さん、着いたからさっさと降りてくれませんかー?」
それは僅かに呆れ気味な色を含んでいた。……と、後にシュタルクは語る。
✧ ✧ ✧ ✧
街の魔法使いギルドは活気あるような賑い……とは言えなかった。
人はそれなりの数がいるのに、どこか陰気な空気が漂っている。
「……協会から派遣された、フェルン様とシュタルク様ですね」
受付の人物に尋ねると、一応話は通っているようだった。
「はい。ゼーリエ様からの依頼で参りました」
「ゼーリエ様からの依頼……ですね。では、こちらへどうぞ」
案内に従い、奥へと進む。
「ギルド長、お客様です」と受付の人物が奥の執務室のドアをノックする。
「通してください」という声に従い入室した。
「お待ちしておりました。フェルン様、シュタルク様
私がこのギルドの管理をしているプルデンスと申します」
「はじめまして。一級魔法使いとして参りましたフェルンです。こちらは夫の英ゆ……戦士シュタルク」
フェルンはいつもの調子で英雄と付け加える。が、当人が咳払いをしてきたため渋々訂正する。
「戦士シュタルクです」とシュタルクも続いて会釈で挨拶をした。
「おかけください」
という案内に従い、二人は椅子に腰を下ろす。
「まずは、簡単に状況を説明します。
2年ほど前、隣接していた領地が魔族に襲われ廃墟となりました。これはご存知ですか?」
「はい。ゼーリエ様からお話は伺っております」
「そうですか。では、話は早いですね。
……次の襲撃がここになる可能性を憂慮し準備を進めておりました」
当然だろう。隣町が滅んで呑気に構えているわけがない。
プルデンスの話を要約すると。準備をしているが2年間、主だった魔族の襲撃はない。
しかし、周辺地の魔物の数は着実に増えている。それは、住民の生活をじわじわと圧迫している。
そして、魔物もじわじわと手強く……いや。頭が良くなってきている。というもの。
「そして、協会から持たされた情報――」
「『
「はい、そうです。
魔族はその魔法を使い、魔物を強化していると……聞きました。
獣とそう変わらないレベルの魔物が……戦略を持ち始めているということです」
「……」
「戦っている者たちの間で、こういう話が回っています。
―― まるで、人間と戦わされているようだ
……ということです」
表向きに言い表されない事。しかし、聞かされた情報を統合すれば言いたいことは判った。
人間のように思考する。戦略を持つ。組織的に動く。そんな魔物。
そして魔族の魔法。
「……人を、材料にしているのか……」
「……シュタルク様、あまり……」
「……あ、すまん」
目の前の夫婦の反応にプルデンスは頷いた。
「一般に情報を伏せてはおります。が、時折、部位がまるで……という魔物も――」
そこまで話したところで、受付の人物がドアをノックしてきた。
「まだ、話の最中だぞ。どうした?」
「失礼します。ギルド長。実は、件の魔法の名を知る人物が、話を聞きたいと……」
「……なに? どんな人物だ? 魔法使いか? 」
「いえ、若い戦士職の男性と、初老の男性です」
何故そんな人物が魔法ギルドに?
訝しむ3人だったが、まずはその人物の話を聞いてみるということで表に出ることにした。
✧ ✧ ✧ ✧
「そこで、初めてシュタルク様とフェルン様に出会った」
シュタルクとフェルンから後で聞いた話も織り交ぜ。説明してくれるエアフォルク。
「まあ、敵の魔法の情報が起因の出会いというのは皮肉なんだが……」
「……」
「それでも出会えてよかったと思っている。運命だったと」
シュタアルが言葉を紡ぎ出せずにいると、ティアフォートが質問を口にした。
「どの様な、出会いだったのですか?」
「……ああ、そうだな。お互い素晴らしい出会いだったと思った……とは言えないな」
「どういうことですか?」
「あのときの俺はまだ未熟で、あまりに焦っていた。とても失礼だったと思うよ」
そう、エアフォルクは自嘲気味に笑った。
その姿は、シュタアルとは違う大人としての責任のある態度。
だが、何処か……。『もっと違った出会い方だったなら』と。
ほんの僅かな後悔が見え隠れしているように思えた。
一方のエアフォルクは一瞬、歯を噛み締めてから続きを語り始めた。
■追跡者と英雄
「……ギルドの責任者はどこだ!話が聞きたい!」
「エアフォルク様。流石に無礼です。落ち着いてください」
受付のテーブルを叩きながら、エアフォルクは声を上げていた。
流石に、礼儀を逸しているその様子にソーマは苦言を述べるが応じる様子もない。
「ソーマ。ようやく手がかりが目の前にあるのだ。これが落ち着いていられるか」
喧々轟々としている中。ドアが開きギルド長のプルデンスが姿を現した。
「あなたが来客者ですか?」
「そうだ。 話が聞きたい!
こめかみを押さえて、プルデンスはため息をつく。
エアフォルクはそれを見て何らかの情報はあると核心した。その勢いのまま、プルデンスに詰め寄る。
「……情報は出せないというのか! 公開できない情報なのか!」
「まず、落ち着いていただけませんか。それが何であれ、所在の知れぬ相手に魔法情報の公開は禁じられて――」
その応対にエアフォルクは苛立ちを隠せない。
「くそっ!!」
勢いよくテーブルを叩こうとしたその瞬間。
「大人気ねーぞ」
背後から腕を掴まれて止められた。
「ッ!!」
――逆上していたとは言え、全く気づかなかった
――取られた腕を振りほどけない
――いやむしろ全く動かすことが出来ない
「……お前。誰だ!?」
振り返った先、真っ赤な髪と瞳の男が立っていた。
その表情は……やんちゃなイタズラの叱り方を迷っていた父を思い出させる物。
「俺か? 俺はシュタルク。戦士シュタルクだ。
……まあ、ちょっと落ち着けよ」
何故そう思ったのか。わからない。全く父とは似ていない。なのに――
瞬間、エアフォルクは、我に返る。
「は、離せ!!」
「おっと……」
勢い任せに手を振り払ったその二人の隙間、素早い人影が割って入る。
「―― 度重なるご無礼!!申し訳ございません!!」
そんな瞬間に割って入ったのは従者のソーマだった。
「私はソーマと申します。
我らは、燃え落ちた隣接領より落ち延びた者たちです……故郷を焼いたモノの痕跡を。
必死に探しているのです。ご理解ください!!」
立礼ではあるが頭を深く下げて謝罪する。
「プルデンス様、シュタルク様……」
フェルンの目配せにシュタルクとプルデンスは頷いた。
「……そちらの御仁は、道理をわきまえているようだ。
伺いましょう。ご意見を。ここで騒がれて困ります。あちらの部屋へ」
プルデンスはそう言って二人を案内する。
ここで騒ぐより、奥でまとめて話したほうが速いと判断したようだ。
✧ ✧ ✧ ✧
伝え聞かされたことがある。
エアフォルクの幼い頃。血塗られし軍神リヴァーレを討ち果たした英雄が居ると。
「彼が……」
「おそらくは。つまり隣におられるのが、魔法使いフェルン様でしょう」
そんな、噂話に聞いた英雄が来た。
それは……きっとこの街の福音ではあるのだろう。
だが、エアフォルクは……唇を噛み締めずにはいられなかった。
「何故……今なんだ……」
「状況は大きく変わりました。今はそれを……喜びましょう」
ソーマはエアフォルクの肩に手を置いて、優しく諭すようにいう。
しかしエアフォルクはそれに応じることは無かった。
✧ ✧ ✧ ✧
「こちらです」と言われ案内された部屋に入った二人は、シュタルクとフェルンと向き合う形で椅子に座る。
「単刀直入に伺いましょう」
と言ったのはギルド長のプルデンスだった。
「隣接の辺境領から生き延びた……という話。私の推察が正しければその黒髪……領主の御子息……」
「……」
沈黙で応じた青年にシュタルクは反応した。
「復讐か?」
「……」
視線だけは鋭い目つきでシュタルクを見つめる。
「いや、その話は後にしようか。名前を聞かせてくれ。
さっきも言ったけど、俺は戦士シュタルク。隣は……俺の嫁さんの魔法使いフェルンだ」
夫の言い淀みに苦笑しながらフェルンは軽く会釈をした。
「……エアフォルク……」
「エアフォルク……か。いい名前だな」
親になったからこそわかることがある。
その名にどれ程の我が子の未来の希望を一心に込めたのだろうという事。
それが切なる程に……愛があった故に。
この青年がここまで心をすり減らした。その事情にも……
名前を告げたエアフォルクはプルデンスに向き直る。
「そんな話より、
「……私からも、お願いします。
逃げ延びるだけでは……迎えられぬ明日というものが……あるのでございます。どうか」
2人の訴えにプレデンスは頷いた。
「……わかりました。では、話を始めましょう」
✧ ✧ ✧ ✧
ギルド長のプルデンスからは簡潔に説明が為された。
現在それを使う魔族はたった1体という事実。
―― 鮮血公ナハト
「古き英雄が太古に倒した魔族の一体です。
近年力を取り戻し、活動を再開した……それが初めて観測されたのは――」
プルデンスが言いにくそうにしたのでフェルンが変わりに続いた。
「2年前の、辺境領の壊滅……ということなのですね」
「はい。そうです」
一方のエアフォルクは歯を噛み締めた。
「……いま。そいつは何処にいる」
「……わからない……のが事実です。どうして本格襲撃をせずにこんな月日を掛けて、人を疲弊させているのかも」
その結論に、エアフォルクは肩を落とした様に見えた。
「……くそっ!結局、肝心なことは何もわからないのか!」
「我々も情報を欲してるのが現状です」
エアフォルクは悔しげに噛み締めている。
その様を見た従者のソーマは「そういえば」と口を開いた。
「ナハトと呼ばれる魔族は……我らの領地の民を蹂躙しました。
更にはエアフォルク様のご家族を喰らっております。
我々が逃げおうせたのは……やつの気まぐれ……のように思えました」
フェルンはソーマの説明に引っかかるモノを覚えて問い直す。
「気まぐれ……で逃された?……と」
「はい。人間を襲うことを狩猟に例えるような魔族です。
怒りに打ち震えるエアフォルク様をみて。『極上の味の予感』とも」
「なるほど……」
ここに来る前のゼーリエの言葉を思いだす。
――『鮮血公ナハトは、偏食家だ。絶望した人間を好んで食べる』
「今は……魔族にとって、調理の一環なのかもしれません」
「調整……ですか」
「ゼーリエ様の情報からすると。偏食家だそうです。
おそらく、精神を追い詰めて感情の決壊を見て喰らう。そういうたぐいの魔族なのでしょう」
そこまで言われると、エアフォルクも理解する。
「……狙われているのは……俺か……。俺を狙って……街を襲い……疲弊を誘っているのか……」
シュタルクとプルデンスは顔を見合わせた。
当たらずも遠からず。だが……
「その可能性は否定できませんな。ですが……」
「エアフォルク。
例えそうだとしても、俺達がやることは何も変わらない」
何かを切り捨てても誰も救えはしない。
「街の人を守る。お前も守る。魔族を討つ。
だから、あまり……想い詰めるな。俺達がいる」
愚かな領主なら彼らを放逐するかもしれない。
だが、そんな行為。そんな愚行。戦士シュタルクには受け入れられない。
ーーしかし……その想いを伝えるには……
「俺達がいる……?街を守り……俺たちも守る……だと……」
遅かったのかもしれない。
「じゃあ……今の俺とソーマは一体何だ……?」
言葉は足りなかったのかもしれない。
「父上は……、母上は……、妹のルーエは……どうして……」
この青年の抱えた痛みは、焦燥は。
根深く突き刺さった毒の棘の様に彼の心を蝕んでいた。
「誰もがあんなものに食われる為に生きていたわけでは……ッッ!!」
伝わらぬ想いは空虚な怒りに飲まれていく。
「2年だ。街は襲われ、民は誰もが食い殺された!
焦土となったあの地は、魔物がうろついて墓を作ることも出来ない」
だが決壊した感情は止まらない。
「ーー今更やってきたお前が! 一体何を守るとーーッッ!」
震える拳でーーエアフォルクは叩き割る勢いで机を叩き付けた。
立ち上がった青年は目の前の戦士を見つめる。
「俺と立ち合え!英雄シュタルク!!」
震える声で……
まるで救いを求めてる叫んでいる様に……
迷える青年が告げ、望んだのは英雄シュタルクとの決闘だった。
「……それが、お前の選択なんだな。エアフォルク」
ゆっくりと、顔を上げた戦士は……静かに立ち上がった。
✧ ✧ ✧ ✧
「なかなか生意気で笑えるだろ?」
病室の中で椅子に座りながら、はははと笑うエアフォルク。
「いや、今の話。一秒も笑えるシーン無かったよ!?」
隣りにいるティアフォートは気まずげに目を逸らした。
エアフォルクの語る当時の話。おそらく今のシュタアルと同じぐらいの年齢のことだ。
そんな事を抱えて生きる状況。父と母、妹や弟、兄弟子と姉弟子に囲まれているシュタアルには想像もできない。
「そうか、若気の至りの一番笑える話だったのだが。残念だ」
苦笑いをしている兄弟子におずおずと質問をしてみる。
「父さんと……試合ったの?」
「ああ」
「結果は?」
シュタアルの言いたいことを察したのか。エアフォルクはくすっと笑った。
「勝てたと思うか?」
「いや……」
まあ、そうだよね……とシュタアルは窓の外を見た。
父は、馬鹿みたいに優しい人だが。
――こういうときに、甘い人間ではない。
■復讐者の矜持
外へ出る途中でフェルンが声をかけてくる。
「シュタルク様、良いのですか?」
「いいよ。きっと、エアフォルクは戦士なんだろう。
何もかも奪われてから……この2年を必死に抗い続けてきた。
戦い続けてきた。すげぇやつだ」
シュタルクの言葉にクスっとフェルンは笑う。
「シュタルク様は3年もグズグズしてましたからね。紅鏡竜と戦わずに」
「……怖かったんだよ。仕方ないだろ」
「……そうですね。シュタルク様は意気地なしです」
フェルンがすっと腕を絡めてくっついて来た。
「どうしたの?」
「充填です。これから戦うシュタルク様に。
彼と戦うのは……紅鏡竜を討つ事ほど簡単な話ではありません。
私は戦士じゃないから流儀はわかりません。でもシュタルク様のことは誰よりわかります」
そう。エアフォルクの決闘を受けて勝てばいい戦いじゃない。
彼の想いを受け止める戦いなのだ。
「ありがとうフェルン。まったく、戦士ってのは脳筋でまいるな」
「シュタルク様が言わないでください」
そう言って彼女は頬を軽くつねってきた。
「はは。負けないように頑張るよ」
✧ ✧ ✧ ✧
魔法使いギルドの訓練広場。
射撃魔法に使うの木偶などが立っている。
目の前に立つの大陸で屈指の使い手とされる英雄シュタルク。
彼は肩幅より少し広めに脚を広げた。背中の戦斧を一回転させてからフリースタイルで構えている。
「俺はいつでもOKだ」
準備はできたらしい英雄を前に剣を両手で持って構える。
「ソーマ。合図を」
「承りました」
そう言って、ソーマは取り出した銅貨を親指で打ち上げる。
「地面への落下と同時に開始です」
くるくると回る銅貨。シュタルクとエアフォルクの腰を通り過ぎた辺りで腰をかがめる。
金属が地面にぶつかる独特の音。それと同時に二人の戦士は駆け出した。
「あああああ!!」
誤魔化しは不要。確実に格上。小手先の技で通じるはずもない。
何一つ加減をせずに全力で上段から肩口をめがけて打ち込む。
「フッ!!」
シュタルクが下から打ち上げてきた戦斧はその一撃を受け止めた。
「気合の入った一撃だ」
「舐めるな!」
そこから腰を落としながら剣を水平に寝かせる。
切り上げられる前に、戦斧の刃をすべらせるように横に薙いだ。
「っと!」
シュタルクは頭部をかすらせる前に上体を僅かに退いてそれを躱した。
退いたシュタルクを追い詰めるようにもう一歩踏み込む。
返す刃で横一線に斬りかかる。
が……
「甘い」
戦士シュタルクは引くことも、一撃を受け流す様子もない。
むしろ、半歩前に出てきた。
「ッ!!」
剣という凶器を凶器として見ていない。超至近距離まで迫られると剣と戦斧も意味をなさない。
振り抜こうとしたエアフォルクの刃は空いた手で柔らかく抑えられた。
「魂の籠もったいい剣筋だ。
積み上げられた確かな研鑽を感じる」
もう一方の腕は戦斧を振ることなく、肩口をエアフォルクの胸に叩きつける。
「ご……は………ッ」
ズンッと言う鈍い音はぶつかる音か。それとも地面を踏みしめる音か。
シュタルクの踏みしめた地面は割れるように形が歪んでいる。
「若ぁっ!!」
駆けつけようとするソーマをフェルンが手で制した。
ソーマが駆けつけようとしたのは当然だ。
エアフォルクは宙を浮き、5メートルは吹き飛んだのだ。
「決着はまだ着いていません。エアフォルク様の視線は、まだシュタルク様を捕らえています」
地面に叩きつけられたエアフォルクは顔をしかめて覚悟を改める。
そのまま後ろに転がって立ち上がり直した。
「ガハッ……ごほっ……、なん……だ」
「エアフォルク。来い。まだ終わってないだろう?」
✧ ✧ ✧ ✧
非殺の一撃とは言え、並の使い手で耐えられる攻撃ではない。
だが、目の前の青年はまだ此方を見つめている。瞳の奥底の炎は激しく揺らぎ燃えている。
―― 燃え盛ることがいいのか、消し去る事がいいのか。
―― この歳になってもまだ分からない。
その炎は今の彼の両足を立ち上がらせる原動力だ。
そしてその一方で、彼自身をゆっくりと灰に変えて行く。
「……どうしてだ。英雄……」
「ん?」
剣を地面突きながらもエアフォルクは立ち上がる。
「どうして。それほどの力を持つものがいて……
あんな化け物が人を蹂躙する世界がまだ存在する……」
「……」
「父は、母は、妹は、何故弄ばれ、喰われなければならなかった?
答えろ!!英雄シュタルク!」
エアフォルクは叫びながらも切りかかってくる。
自暴自棄の様な叫びと裏腹。命懸けの研鑽は彼の動きを加速している。
(速くなっている)
シュタルクは自嘲気味に笑った。
力量を見誤っていた事を恥じる。
強い覚悟だ。おそらくまだまだ強くなる。
(今俺にやれる事がある。まだ伝えられる)
こんな所で燃やし尽くしていい筈がない。
明日を望まない心に決して日は登らない。
✧ ✧ ✧ ✧
刃同士がぶつかる音。擦れあって軋み、火花が散る色。
信念と魂が音と色になって視覚化されるかの様に感じる。
「エアフォルク。俺は英雄なんかじゃ無いよ……」
「何を!!」
シュタルクによって弾かれた剣。しかしエアフォルクは何度も切り返して斬りかかる。
「俺も幼い頃、故郷を魔族に焼かれた。
俺はそこから逃げたんだ。俺を逃がそうと立ち向かった兄貴の最期すら知らない」
その一瞬、エアフォルクの脳裏にあの夜の光景がよぎる。
―― エアフォルク!!お前だけでも逃げてくれ!!
「何がいいたい!」
「一人じゃ何も出来なかった。俺を救ってくれたのは一人のドワーフの戦士だ。今じゃ俺の師匠で父親代わりだよ」
―― ソーマ……頼んだぞ……
―― お館様……申し分けございません」
エアフォルクを生かすために魔族に立ち向かった父。
その遺言に従い、エアフォルクのを抱えて逃げ切った叔父。
「その師匠ともいっとき喧嘩別れして、3年もグズグズ悩んで。
限界が来たときに、後ろのフェルンと、もう一人のエルフに助けられた。
尻を叩かれた」
そんなフェルンは今じゃ俺の嫁さんだ。と小さく加えながらも反撃を返す。
「お前の事情など!!」
受け流され、弾かれても何度も斬り掛かった。
一瞬でも甘い攻撃を出せば熾烈な反撃が返る。否が応でも感じる力量差。
「関係がないっ!!」
そして、言葉とともに脳裏に染み渡る何か。
認めたくないが、何かを期待している。何かを求めてしまっている。
火花と共に散る水滴が見える。それは汗なのか……。
それとも、瞳から何故か溢れ出ている涙なのか。判別ができない。
「エアフォルク!俺はお前の故郷を救えなかった。ただの戦士だ。
世界に都合の良い英雄なんてない」
「うるさい!!」
「どんなに頑張っても、世界は俺達に厳しいよ。でもなんとかしようと誰もが頑張ってる」
「うるさい、うるさい!!」
エアフォルクの打ち下ろした剣の刃。シュタルクはそれを柄を絡めて、上空へと打ち上げた。
その勢いでエアフォルクは姿勢を崩され背後に倒される。
「なっ!」
「お前の故郷はもう救えない。俺にはそれが出来ない。でもお前に手を伸ばすことはできる」
獲物は奪われ、後ろに倒れて無防備をさらす……無事に済むはずもない状況。
「……っ!!」
「この手を取れ、エアフォルク!」
背後に落ちた剣と共にエアフォルクの顔に突きつけられたもの。
それは戦斧の刃ではなく ――
―― 大きく開かれた戦士の掌だった。
✧ ✧ ✧ ✧
「父さんらしいな……」
思わず漏れたのはシュタアルの言葉。
「変なたらしの語り口は本当に親子ですよね」
「なんか言った?」
「いえ、何も」
シュタアルの感想にボソッと呟いたティアフォート。
反応すると明後日の方を見つめた。
「まあ、そうだな。たらし込まれた。
それでも良かったよ思ってるよ。
こうしてお前たちに伝えることができる」
エアフォルクの苦笑と肯定の言葉。
聞いたティアフォートはどうですか?という表情。
「何が言いたい……」
「いえ、血は争えないっていう。
父様に女性相手でそんなことをやらせなかった母様は流石だなと」
後ろで苦笑いなルーエを見ながらのティアの一言。
「……ここで、めでたしめでたしと言えればよかったのだが」
少し口調を変えたエアフォルク。
シュタアルにもわかる。無事に終わる話ではないという違和感。
「ソーマさんっていう人。俺は会った事がない……。
姉さんこの事も……この時点だと」
エアフォルクの叔父、ソーマ。
聞いている限り、誠実で温かな人だ。
だけどシュタアルは会ったことがないどころか……名前すら今日初めて聞いた。
「ああ、ソーマは……俺の叔父は……」
エアフォルクの表情に翳りが見えた気がする。
―― 「シュタアル。これは救いのない悲劇だ。惨劇だ。唯一の救いは俺達二人が残ったこと。それだけだ」
直前のエアフォルクの言葉。そこから導かれる結論。それは……
「ルーエのことも含めて、これから順に語っていこう」
エアフォルクが父に救われた……そこから一体何があったのか。
一体何故ルーエは呪われてしまっているのか。
シュタアルは聞き遂げなければならない。
これからのルーエを救うために、父と母の想いを継ぐために、兄弟子の想いを受け取るために。
~ 鮮血の月と廃城の夢 - Crimson Moon over Ruins Nightmare - 01 to be continued ~