葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ 独自キャラクター
葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ。過去回想では10歳ぐらい。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- エアフォルク(Erfolg): シュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。25歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。斧技を学んでいる。過去回想では15歳ぐらい。
- ソーマ(soma): エアフォルクの従者。叔父に当たる人物。襲撃のあった日。エアフォルクを連れて共に逃げ延びる。
■ あらすじ
兄弟子エアフォルクから語られる彼らと父シュタルクと母フェルンの出会いの話 ――
10年近く前、魔族「鮮血公ナハト」に襲撃され、幼い彼は全ての領民と家族(父・母・妹ルーエ)を失う。
叔父ソーマに救われて逃亡したエアフォルクは、隣街へに逃げ込み復讐のため修練を積み続けていた。
2年ほど経過した頃、魔法協会の依頼で現地に向かったシュタルクとフェルンと魔法使いギルドで出会う。
遅すぎた英雄の到来に憤慨するエアフォルクはシュタルクに決闘を申し込んだ。
だが、決闘の中、エアフォルクの拒絶に対して、シュタルクは彼の復讐と研鑽を否定しない。
一方で、復讐に燃え尽きることなく、エアフォルクの生存を望むシュタルク。
彼はエアフォルクに刃ではなく「この手を取れ」と救いの手を差し伸べるのだった。
物語はまだ終わらない。「二人だけの救済」の真相。未だ不明なルーエの呪い。現在に存在しない叔父ソーマ。
復讐から救済へと導かれた青年の物語が次の局面を迎える。
■ソーマ~継ぎ手~
『この手を取れ、エアフォルク!』
シュタルクの言葉に、エアフォルクは涙を流した目を見開き ––
「……ありがとうございます。シュタルク様」
「ちょっと……止めてください。頭上げて」
頭を地面に擦り付ける様に平伏するソーマ。
シュタルクは慌ててそれを制止する。
シュタルクの手を取ったエアフォルクはそのまま気を失ってしまった。
訓練試合とはいえ、シュタルクもそれなりに反撃を加えた。
直接斬ったわけではないが、柄で殴った箇所は赤々と腫れている。
「ずっと……気を張っておられました。眠れない日々も多かったと思います。
体力の限界にならなければ……寝ることすら叶わなかったのです」
気を失ったというより、疲れが一気にきて眠ってしまった。
そういうのが正しいのかもしれない。
「そっか……。よっ……と。
お、シュタアルに比べるとやっぱり重いな」
シュタルクは脱力したエアフォルクを背負いながら、そうコメントした。
「シュタルク様。鎧を着た、長身の男性とまだ7歳のシュタアルを比べないでください」
「ははは、確かに、そうだな。あの子は今からが育ち盛りだ。
さて、ソーマさん……だったか。エアフォルクを寝かせられる場所。案内してくれるか?」
優しい笑顔で声をかけてくるシュタルクにソーマはただただ恐縮する。
「いえ、そこまでして頂かずとも!私が運びますゆえ!!」
「いいよ。こうなったのは半分俺のせいだし。最後まで付き合うさ」
「……しかし」
そこまで遠慮する必要もないのだが。そんな表情でシュタルクは考え込む。
「そうだ」と何かを思いついた彼はソーマに一つの提案をした。
「俺達、今日泊まる場所をこれから探さないといけないんだ。
ギルドに宿泊施設は無かったみたいだし。泊まる場所があるなら借りていいか?
なんなら納屋とか馬屋とかでもいいよ」
「ええ……」とためらうソーマはフェルンの方向を見る。
しかし、特に問題ありませんと言う顔。
美談や英雄譚というものは広がるのが早い。
しかし、その裏の泥臭い冒険生活は案外知られていないものである。
さらに恐縮したソーマと色々押し問答はあったが……
彼らが住む小さな民家にある客間を提供してもらう形で話は決着した。
✧ ✧ ✧ ✧
「お茶をどうぞ」
「……ありがとうございます」
たどり着いたソーマとエアフォルクの家は、一般的な平屋の民家だった。
2年間という時間はなんとなくその場所に生活感を感じさせる。
「改めて、エアフォルク様を受け止めていただいたこと。
深くお礼申し上げます」
地面に頭を擦り付ける勢いでまた頭を下げるソーマを、シュタルクとフェルンは慌てて止める。
「ソーマ様。差し支えなければお二人の事情を。
……夫がここまで関わると、流石に他人事というわけにもいきません」
「そう……でございますね……」
―― 了承した彼は、エアフォルクの自領での出来事を淡々と説明してくれた。
「……なるほど。エアフォルク様は滅んだ領地の子息であり。
鮮血公のナハトに領地を奪われた当人であると」
「はい」
ソーマは片隅で未だ眠るエアフォルクを見つめてうなずく。
「決闘中に家族の事を叫んでいたのはそのせいか……」
シュタルクは先の試合中の事を思い出しながら考え込む。
いや、予想できていたことで、今答え合わせがされただけだ。
―― 『逃げろ、シュタルク。お前は生きるんだ』
不意に思い出される。燃え盛る戦士の村を背に告げられた兄の遺言。
「背負うのは……辛いよな……」
思わず強く握り込んだ拳に優しく触れたのはフェルンの掌。
握った掌を解くように指が差し込まれた。
「つかぬことをお伺いします。ソーマ様。お二人共あまり見ない髪色とお見受けします。
文献で聞いた限りでは……東国の島国の者の特徴に一致します。私も初めて見ましたが」
切り替えられた話題は二人の出自に関する話。
ソーマとエアフォルクは黒い髪と黒い瞳をしている。
瞳の色はともかく、大陸内ではあまり見ない髪色だ。
「そう……ですね。
実は私は……正確には私と、若の母に当たる妹のルリは……東国からの難民です。
あちらの国は魔族被害が少ない分、島の領土を複数の豪族が取り合う地でした」
「なるほど」
聞いたことはある。独自の文化はあるものの、国土を巡って戦が絶えない地だとも。
「私は幼い妹を抱え、島を抜け出し……時折来る輸送船に密航して大陸へと渡りました。
それ自体はうまくいき大陸にたどり着きましたが、当時は行く宛もなく……」
ソーマの話をまとめると、物乞いとスリの様な活動でギリギリの生活をしていたらしい。
しかし、ある日。訪れていた辺境伯の後継ぎの青年とその家臣たちに捕らえられる。
その青年は二人を罰することなく、自身の家臣にしたということだ。
『私から財布を奪い、その場から逃げおおせたその手並み、見事である』
という青年の言葉には盗った当人も閉口したという話を懐かしげに語っていた。
「成長した、妹のルリ様と……その青年がエアフォルク様のご両親という訳ですね」
「はい……仕えた主と……妹の……遺した形見でございます」」
ソーマの物悲しげな顔を見たとき。
この男がなぜここまでエアフォルクを大切に扱うのか、二人に痛いほど伝わった気がした。
世界で唯一残った。彼の家族が生きてきた証なのだ……
人生そのものなのであろう。
✧ ✧ ✧ ✧
どうしてこんなにも心がざわつくのだろう?
兄弟子エアフォルクの話を聞きながらシュタアルは思う。
いや、本当は判っている。心なしかエアフォルクが懐かしげに語るソーマという人物。
血縁者である叔父という人物は、故人なのであろう。だが、心がざわつく。
そして、エアフォルクは語りながら。どう説明したものかを迷っているようにも見えた。
隣の妹のティアフォートは表情を変えない。背後の姉弟子ルーエに視線を向けると彼女は微妙な表情で首を振った。
『兄の話を最期まで聞いてあげてください』
彼女の表情はそう告げているように見えた。
■変化の予兆
翌朝、目覚めた瞬間に飛び起きたエアフォルク。
「昨日は……。そうだ、魔法使いギルドに行って……それで……」
大魔族を何体も討ったという戦士シュタルクと魔法使いフェルン。二人の英雄と出会った……
そして……
――『この手を取れ、エアフォルク!』
盛大に負けて……
「ははは……くっ…… まいったな。2年ぶりに……笑えたのがこんなことだなんて」
自嘲気味にそんな事を言った瞬間、鼻腔をくすぐる匂いが漂ってきた。
―― 『エアフォルク。ルーエと一緒にシチューというものを学んだの。お料理って楽しいわ』
ふいに母のことを思い出す。辺境領の妻ゆえ、中央の貴族ほど小うるさく言われなかったせいか……
よく厨房に立ち寄っては料理などを学び……時々自分とルーエに何かを振る舞ってくれていた。
居なくなった今だから分かる。あれが母なりの愛の伝え方だったのだろう。
つややかな黒髪の、領主の妻として振る舞うのが苦手だった人。
立ち上がったエアフォルクは、いい匂いのするままに居間へと向かう。
扉を開き、その向こう側の光の先に見えたのは……
―― 『おきたかエアフォルク。見ろ、母さんが朝食を作ってくれたのだ。一緒に食べよう』
―― 『おはようエアフォルク。よく眠れましたか――』
「父……上……?母……上……?」
「エアフォルク様? おはようございます」
「お。おきたかエアフォルク。身体は大丈夫か?」
一瞬見えた光景が収束した先に居たのは。
昨日自分を完膚なきまでに打ち負かしたシュタルクと、その妻フェルンの姿だった。
「おはようございます。若」
テーブルの上に並ぶ、この2年の男所帯ではあまり見ない朝の食卓。
そんなものに気圧されているとソーマが声をかけてきた。どうやら呼び名を戻したようだ。
「ソーマ……お、おはよう。これは……?」
「フェルン様がご用意してくれました。一宿の礼だと」
視線をフェルンとシュタルクに向けると二人は笑顔を返してくれた。
「あの……ありがとう――ございます……。あと、おはようございます。身体は……大丈夫みたい……です」
エアフォルクが、たどたどしく畏まる様子を見てシュタルクが破顔する。
「エアフォルクはそんな顔するんだな。安心したよ」
「エアフォルク様。座ってください。お食事にしましょう」
「若。いただきましょう」
3人に促されるまま、テーブルに備えられた椅子に座る。
「……はい」
それ以外何も言えず。まるで拾われてきたばかりの子犬の様に。
エアフォルクはおずおずと食事を始める。
嬉しそうにその姿を眺めてくる英雄夫婦に、こそばゆいものを感じる一方。
エアフォルクは締め付けられる様な気持ちも感じていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「さて、俺達はもう一度魔法ギルドに行くよ。エアフォルクはどうする?」
「――俺……私は――防衛の仕事に出ます。まだ、妙な魔物が街に定期的に襲撃を掛けてきますので」
エアフォルクが遠慮がちに答えるとシュタルクは苦笑する。
「最初に会った時の勢いはどうしたんだよ。あれぐらいの口調でいいぞ」
「いえ……そういうわけには」
「エアフォルクは……身長は結構あるけど、15歳って聞いたぞ。もっと生意気でもいいと思うぞ」
ふいに隣から伸びてきた手がシュタルクの頬をつねる。
「シュタルク様。エアフォルク様も元は貴族の身です。
本来はご両親や周りのものに教えられた教養と礼節があるのですから。あまり無理を言わない」
「ふぁい……」
その家の教育者の一人であるソーマは、二人の言葉に苦笑いを返していたが。
「……考えて。おきます」
今二人から何を与えられているのかは感覚的に判る。
だが、エアフォルクには今はそれしか返せなかった。
「用事が済んだら、俺とフェルンも防衛の方にも行ってみるよ。魔物の調査もしないとだからな」
「わかりました」
「若。お気をつけて」
朝はそんな会話を交わして。概ね穏やかに過ぎていった。
✧ ✧ ✧ ✧
「エアフォルク。お前は今日は東口の防衛だ。すぐに行け」
「わかりました」
都市防衛の兵団の夜勤の見張りと交代で入る都市の門付近の見回り。
都市で防衛するべきは、基本的に門戸として開かれる場所が中心だ。
それ以外は城壁と結界により覆われており、魔物が入りこむことはほぼ無い。
北側諸国の大規模な街は基本的に大魔法使いフランメの施した結界が貼られている。
逆説的にはフランメの結界がある場所が街になっているという考えもある。
近年は、それを模した結界を作っている場所もある。しかし、フランメ謹製の結界に及ぶものは未だできていない。
もちろん、オイサーストのような例外中の例外の都市もあるが。
「そうだ、エアフォルク。昨晩東門では襲撃があったと聞いている。大怪我を負ったものもいる」
「……また、特異な魔物でもでたのですか?」
神妙に語る兵長の言葉にエアフォルクは耳を傾ける。
この街に襲いかかってくる魔物は大半が通常のものだが、時折……人の部位が混ざった魔物が現れる。
そしてそれは大抵において厄介だ。他の魔物を統率して動き、元いた種が使えないものでも確実に魔法を使う。
要するに手強く、被害者が出やすい。
『混じり物』と称されるそれは、一般向けには知らされていない。しかし、防衛兵団の中では警戒対象だ。
「暗かったから、正確には判らなかったそうだが……4~5m ぐらいの蜘蛛の魔物と思われる」
「そいつにはどの部位が?」
大型のクモは厄介だ……そう思いながらも『混じり物』の情報を確認する。
「……上半身だ」
「はい……?」
言いづらそうに兵長は答える。
「……報告によれば、歳幼い。少女の上半身が見えていたそうだ」
「大蜘蛛の魔物に……幼い少女が……?」
✧ ✧ ✧ ✧
一方、魔法ギルドにたどり着いたシュタルクとフェルン。
「プルデンスさん。昨日聞けなかった情報を教えてもらいにきたよ」
「シュタルク様、フェルン様。はい、どうぞ此方へ」
昨日、エアフォルクとの試合で流れてしまったが、話の他に報告資料を見せてもらう予定だった。
場合によっては、ナハトの足取りなども追えるかもしれない。
「資料でしたね。いらっしゃる前にまとめてあります」
「ありがとうございます。助かります」
プルデンスの合図で入ってきた数名の係員達が、冊子状の束になった報告書を山盛りで持ってきた。
「此方でございます」
「……多いですね」
「はい、なにせここ2年の襲撃事例だと件数が多く……
とは言え、こんなことで日が暮れても仕方ないので、重要そうなものは此方に」
そう言ってプルデンスが渡してきたのは片手で持てそうな程度の量。……とは言え紙束なのだが、山に比べるとマシということだ。
「数度、ナハトらしき魔物を見た事例と、ナハト以外の魔族が率いた事があると記録が」
「……それは貴重な情報ですね。よくぞ持ち帰ってくれました」
「はい……」
フェルンの称賛の声に、沈んだ様子で答えるプルデンス。
なんとなく察していたフェルンは、小さくため息をついて渡された冊子を受け取った。
「シュタルク様、そちらの山お願いできますか?」
「え!?あの山って俺が読むの?」
と言うと、フェルンは眉間に手を当ててため息をついてから言い直す。
「……違います。運んでくださいという意味です」
「あ、そういう事……」
「いえ、いずれにしろ重要そうな情報の判別はしてもらいますが……私もやります。
ここ数年、慣れたものでしょう?」
諦めた様子で言ってくるフェルンに、シュタルクは渋々了承する。
確かに、クレ地方もそれなりに人が増えてきて、ここ数年は書類とにらめっこの日々が続いている。
冒険暮らしの頃に比べたら……多少はフェルンの助けになるだろう。
「……了解」
シュタルクは三名で持ってきた報告書を一人で抱える。
「ではプルデンス様。隣のお部屋をお借りします」
「どうぞお使いください。係の者にお茶も用意させましょう」
シュタルクもやれやれという様相でフェルンと共に隣の部屋に移動する。
まさか、救済と調査先でも書類仕事をすることになるとは……
こうして、それぞれに対策を始めた数時間後……シュタルクとフェルンのもとに届いたのは東門の部隊壊滅の報告だった。
■蜘蛛の糸
「大蜘蛛の『混じり物』って、つまり……」
「シュタアル。俺は良いが、会話する時の割り込みタイミングは気をつけるんだ。
特に女性相手にはね。もちろん、ルーエはそんなことでシュタアルを嫌ったりはしないけれど」
「兄さんっ!!」
気になった疑問が口を突いて出てしまったが、エアフォルクはそれをヒラリと躱す。
「いや、女性との会話術は聞いてないんだけど……」
「意外と大事なんだよ」
「兄さん、素直なシュタアル様に変なこと吹き込まないでください!」
その様子を横目に「ゴホン」ティアフォートが咳払いをする。
「『混じり物』ですか。今となってしまうと問題発言扱いされそうな名称ですね」
ティアフォートのその言葉に、シュタアルははっと気付きルーエの方を見た。
彼女はそれに薄く微笑み返してくれたが。
「姉さんっごめ――」
謝ろうとすると、首を振ったエアフォルクに制止された。
「注意しなかったのが悪い。シュタアルが謝ることじゃない」
そして、そのままティアフォートを見てニッコリ笑う。
「ティアフォートは利口だね。そう。その通りだ。
そんな呼び名、使う必要もなくなった。そう、思っていたのだが。そのうち考えなくてはね……」
言われたティアフォートは小さくため息を付いた。
シュタアルはかつて魔物化した腕で襲ってきたヴェノムの事を思い出す。
何かが……連鎖している。つながっている。きっと、終わってはいないのだ。
✧ ✧ ✧ ✧
「フェルン、どう思う?」
隣を飛行する妻に意見を乞うシュタルク。
現在、彼は東門に向かって疾走中だ。にもかかわらず、息もあげずに会話ができる体力は相変わらずだ。
「壊滅……というと、おそらく想定以上の戦力の魔物の襲撃があったか……」
「特異な個体が混じっていたか、ってところか」
フェルンは表情を変えずに肯定する。
「あるいは両方かもしれません。
ナハトは知恵のある魔族です。我々の到着を知り、戦略を変えてきた可能性もあります」
「………エアフォルクは?」
「不明です。警備計画は流石に魔法使いギルドの管轄外です。無事ならいいのですが」
フェルンの言葉に「そうか」と返したシュタルクは、正面を向き少しスピードを上げた。
東門までは距離がある。間に合えと祈りながら。
✧ ✧ ✧ ✧
「弓矢が使えるものは街門の上から迎撃しろ! 攻撃は結界の境界ラインを利用してうまく回避しろ!!」
部隊長の声が響く。
東門の防衛部隊の前方ラインが崩れた。中央に位置していたエアフォルク。
相手の戦力を見ることなく、東門正面まで撤退を余儀なくされている。
「いったい、何が起きている……」
襲撃の報告があってから前方部隊が壊滅したという報告が入るまで、ほんの数刻。
東門で防衛戦を張っているこの場所まで、敵がもうすぐ来るということだ。
「見えたぞ!!構えろ!」
遠方に見えた魔物の群れ。いずれも中型以上のサイズのものが並走している。
角のある重量のある魔物をぶつけてくるらしい。
その後ろには小物や飛行可能な魔物が控えている。
「くそっ!!」
街門の門戸が物理的に破られた場合、結界に歪が出来る。
さりとて、素通りできはしないが、長期的にみて良い状況とは言えない。
壁にぶつかったとしても、結界の影響で魔物は深刻なダメージを負う。
それゆえに通常そんな手段は取らない。魔物とは言え生物なのだ。
――だが……
「大盾を構えろ!門に傷をつけさせるな!」
経験上判る。この魔物たちは絶命してもやる。
こうして第一波の攻撃が始まった。
✧ ✧ ✧ ✧
「おのれ……、被害報告を」
土煙の上がる中防衛隊の部隊長は状況の報告を求める。
「突撃型の魔物の半数を討ち取りました。しかし残りは門に衝突し絶命したようです」
「門の状況は!?」
「無事……とはいい難いです……」
門が破られれば結界に影響する。
魔物は通れなくても高位の魔族は下手をすると入ってくる。
混乱する部隊。エアフォルクは東門の前で状況を把握しようと見回す。
かなりの数の仲間が倒れている。
(まずい……)
英雄シュタルクとフェルンを防衛につれてきていたら……こんなことにはならなかったのか?
いや、そんな後悔に意味はない。そもそも街の防衛隊に加えるために派遣された存在ではない。
彼らは大元を断つための銀の矢だ。
守れないのは自分たちの不出来だ。震える膝を抑えて、エアフォルクは立ち上がる。
自分は部隊長ではない。でも鼓舞して支えるぐらいは!
「怪我人は下がれ!戦えるものは俺とともに!残った雑魚を掃討する!」
背後では数名の者たちが応じる声を上げた。
武器を構え、残りの魔物の掃討に走るエアフォルク。
その刹那 ――
―― 「無駄」
聞き覚えのある声がエアフォルクの耳をかすめる。
上空から勢いよく降り立ったそれは、着地面の地面を割りながら現れた。
巨大な……蟲の脚と胴体だけがエアフォルクの視界を覆う。
「なっ!」
黒く長い毛のようなものを背後にたなびかせ、凄まじい勢いで東門の方へと向かう。
「止めろ!!」
誰かが叫んだが、人外の速度で動く巨大な魔物の足に間に合うはずもない。
東門に向かって再度飛んだその大蜘蛛。それは外壁中段程度の高さに張り付いた。
「馬鹿な!結界の影響は!!」
普通の魔物なら触れるだけで痛みとダメージを負う。だが、構わずに張り付いたままだ。
脚を門の木材に挿し込みながら上方へと登っていく。
結界に触れているからか脚の数本がボロボロと崩れているようだった。
「なん……だ……あれは?」
エアフォルクが唖然とするのは仕方ない。常軌を逸した行動を取る巨大な大蜘蛛。
そして、その頭部には……遠くてよく見えないが女の体のようなものが見える。
「新種の混じり物……!?」
東門の部隊長は登ってくるそれに矢をつがえよと兵士に命じている。
しかし、女の上半身のある巨大な蜘蛛の接近。
恐怖に気圧された弓兵は武器を捨てて逃げ去ってしまった。
「おのれ、ならば!!」
部隊長がそれを拾って弓をつがえようとした瞬間。
――「捕まえた」
「なん……だ!?」
光を遮り眼前に迫る大蜘蛛の巨体。
蜘蛛の少女の腕から放たれた糸が、呆然と見つめる部隊長を絡め取る。
――「さよなら」
「糸……だと!?何をっ―――うっ――うあああああぁぁ」
糸に絡められた部隊長は、そのまま空高く放り上げられる。
空中へ跳躍した大蜘蛛は、それを上空で脚で掴み、そのまま――
「ああああああああああああっ!!」
―― ズゥン!! ――
と、大地を揺らす音だけが街門前に響いた。
大蜘蛛の足元から赤い血が水たまりのように広がっていく。
しんと静まり返る。誰かが声を上げた
「隊長が……魔物に……討ち取られた……」
――全滅してしまう
――敗北してしまう
――この場で食い殺されてしまう
そんな、根源的な恐怖一色に染まっていく兵士たち。
「――うあああああああああ」
「まて、落ち着け! 逃げて背中を見せたら――」
そう。こんな所で……そんな態度を見せたら。
「いやだぁ!やめてく――ぐあああぁぁぁぁ!」
見逃されるはずもない。
受けたダメージの補填とばかりに、魔物たちは逃げ惑う兵士たちに襲いかかる。
そんな中。エアフォルクの正面に降り立った大蜘蛛はゆっくりと立ち上がる。
結界に接触し続け、相当のダメージを負っている。しかし、まだ活動が可能らしい。
「いくら人間に近い混じり物だとしても……」
覚悟を決めて構えるエアフォルク。
――しかし、彼はその剣を落としてしまった
「何故……だ……どうして……」
――それはありえないもの
――喪われたと覚悟を決めたもの
膝をついてエアフォルクは崩れ落ちる。
大蜘蛛の胴体の先。顔の当たる部分についていた人の体。
「ルーエ……なんで……こんな……」
そこには……彼女を失った日。城に帰れば出迎えてくれるいつもの姿。
―― 『おかえりなさい、兄さん』
……妹が気に入っていた純白の生地に朱色の装飾の入ったドレス。
そのままの姿でそこに鎮座していた。
妹の姿をしたそれは、絶望して動かないエアフォルクを怪訝な顔で見つめる。
やがて、もう動かないのだろうと察したのか、彼に手をかざす。
――「どいて」
少女の正面に現れた球体から糸が射出されエアフォルクを絡め取る。
そして、巨大な前脚で体を刺し貫こうとそれは大きく振り下ろされた。
✧ ✧ ✧ ✧
――こんなところで終わるのか
――妹が生きていた
――異形に姿を変えられ
――一矢報いるどころか成すすべもなく
巨大な前脚の爪で刺し貫かれる。そう覚悟をした瞬間に様々な事が頭をよぎった。
それは悔しさと後悔と……悲しみが入り混じって、言葉に出すこともできない。
だが――
―― 生きることだけは諦めるな!エアフォルク!――
耳に届いた呼び声と共に、辺りに響いた音。
硬質な物同士がぶつかり合う衝撃音。そして、その音を生み出した空気のうねりを肌に浴びる。
「――あ、ああ、ああ……」
「遅くなった。エアフォルク。すまない。もっと早く来ていれば」
目の前で巨大な脚を打ち払ったその姿は……
「―― 英雄……シュタルク……」
「戦士シュタルクだ」
赤い髪と大斧。背丈は自分とそこまで変わらないはずなのに大きく見える背中。
―― 「だれ?」
短い疑問を口にしたルーエは何かに気付いたように後ろに飛んだ。
その瞬間。先程までルーエの巨体があった場所に巨大な光が降り注ぐ。
「ッッ!!」
光の柱が消えると同時に舞い降りる紫色の影。
「避けられた……凄まじい勘ですね。あれだけの手傷で動きも速い。これがナハトの魔法の効果……」
「フェルン、あれ……やっぱり人……だよな……」
戦士シュタルクは蜘蛛の頭部に融合したルーエの姿を見てフェルンに問う。
「おそらくは……」
「……助けられると思うか?」
「わかりません。シュタルク様は、助けたいですか?」
二人の英雄の声に呆然自失の状態から我に帰ったエアフォルク。
彼は祈るのように、願うように、地面に手をついて叫ぶ。
「お願いだ!! あれは妹だ! 殺さないでくれ!」
違う……そんなことじゃない。
今の最善は。たどり着く道は ――
「―― 助けて……助けてくれ! シュタルクさん……俺だけじゃ……妹には……ルーエには……届かない……」
エアフォルクの必死の訴えに答えたのか。フェルンへの回答だったのか。
「当然だっ!!」
あるいは、その両方への答えなのか。
決意の言葉と共に戦士シュタルクは戦斧を構える。
✧ ✧ ✧ ✧
ふう、というため息と共にエアフォルクは一拍を置いた。
「……」
どうコメントしていいのか判らずシュタアルは息を飲む。
当然父と母の活躍にも胸は打たれるが……まずは……
「姉さん……前から使っている糸を使った束縛の魔法……」
突然質問が来ると思っていなかったのか、ルーエはきょとんとしてから
「はい。これですね」
彼女は掌に白い球体を生み出す。そこから出てきた糸を操り花の形に形成する。
「それ……そういうことだったんだね……やっぱり」
以前彼女に『絶対にシュタアルには使えない魔法』と宣言されたことがある。
それ故の事情はあるとは察していたが。思ったより直球な理由。
とはいえ、いくらなんでもこれ以上聞くのはあまりに失礼だ。
――たとえ過去の事実がどうであれ
――それを咎めることも、同情することも意味がない
わかった……とそれ以上言及せず、退くシュタアルにルーエは口元を綻ばせる。
「シュタアル様は、お優しいのですね」
という一言に「ゔっ……」っと言葉をつまらせた。
二人の様子に安堵したように笑うエアフォルクは改めて話を続ける。
「まあ、ここでルーエを救出できていれば、という仮定に意味はないが……事態はそう簡単にも転がらなかった」
■侵蝕の時
大蜘蛛の頭部のあるべき場所に鎮座する、少女の姿の胴体。
人の下半身がもし、あるのならば蜘蛛の体の中にあるような状態。
「エアフォルク様。あれは間違いなく。あなたのご家族なのですね?」
「ッッ!、……はい」
フェルンの確認に、エアフォルクは苦しげに同意する。
いまだに、頭の中が混乱している。魔族に食われたと思っていた。だが生きていた。
いや、生きていると言っていいのか、これは?
「わかりました。
シュタルク様。可能な限り、傷を付けぬように捕縛しましょう」
「ああ」
「エアフォルク様。彼女は私達が抑えます。あなたは急ぎ、崩れた部隊の立ち上げ直しを。
このままでは犠牲者が増えるばかりです」
フェルンから伝えられたのはこの場からの撤退。手を出すなという宣告。
「……ですがッ!」
「あなたは彼女に剣を向けられますか?
よしんば向けたとして……彼女を救うだけの力が、今出せますか?
酷な話かもしれません。ですが、今の貴方の迷いは彼女を救いません」
迷いは妹を救わない。言葉が脊髄に響く。
だが、否定の言葉すら思いつかない。
「……はい」
奥歯を強く噛みしめる。己の無力さが、喉の奥で苦い塊となってつかえていた。
この停滞した2年。そして今、眼の前にある、拾えるかもしれない奇跡的な一縷の望み。
それを掴み取るのに必要なものは――
「―― 俺はッ!!……俺は、あなた達を信じます。
シュタルクさん。あなたが差し伸べてくれた掌を……信じます。
……だから、妹を……お願いします」
「ああ、任された」
エアフォルクは混乱収まらぬ襲撃の場に駆け出す。
――「行かせない」
呟いたルーエは背中を見せたエアフォルクに向かって糸を伸ばす。
しかし、それは彼に届く前に現れた炎によって燃やし尽くされた。
「あなたの相手は私達です」
感情のない瞳でルーエはフェルンを見下ろす。
――「……」
そのまま言葉もなく、二人に向けて手を広げる。
大蜘蛛の上の少女は鋭い鋼糸のようなものを振りかざし、戦いの火蓋は切って落とされた。
✧ ✧ ✧ ✧
その戦闘の現場を遠方から覗く者。
それは遠方の木の枝に逆さにぶら下がり、事態の流れを粛々と観察している。
「フランメの結界に歪みが出来た……ナハト。そろそろだぞ」
―― 頃合いですか。
額に見える角は魔族の証。
それは背中からマントのようなつばさを生やし空中に浮遊する。
飛行魔法を持っている魔族に翼は本来的には必要がない。
だが、それは飛行のイメージの補強となる。
「ようやく移動かフレーダ」
下方から低い声がかかる。
岩のような塊が動き、立ち上がる。角の生えた人型の巨体。
フレーダと呼ばれた者は下方を一瞥してから答える。
「”餌"にかかった。お前はタイミングを見て強襲を掛けて"道"を作り、”餌”を回収しろ。シュレガ」
「”餌”にかかったヤツを俺がやってもいいんだろ?」
「回収をしろと言っている」
「―― へいへい。お前は?」
「計画通りだ。"道"を通り、仕掛ける」
シュレガと呼ばれた魔族は「あーそう」と興味なさげに応えた。
「やってきた件の連中ごと街を中から焼き払う良いチャンスだ」
2体の魔族。動き始めたそれに呼応するように声が響く。
―― では、次のステージに移りましょう。
2体は静かに移動を始める。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタルクは糸を避けながら巨大な前脚の一撃を戦斧によって弾く。
その隙を縫うようにフェルンの
――「ッッ!」
撃ち抜かれ、胴体から切り離された脚の一本が宙を舞う。
苦悶の表情を浮かべる少女にフェルンはわずかに眉を寄せた。
「……痛みを感じる。ということですね。
これを仕掛けた魔族には同等以上の痛みをもって、償っていただきましょう」
捕えるにしても、この巨体をそのままというわけには行かない。
少女の上半身は手から生み出した球体から糸を繰り出し、蜘蛛の巨体の脚は単純に物理的な凶器だ。
「あの子には悪いが、自立できない程度には切り落とさせてもらうしかないな」
質量の大部分を持っている巨体の胴体と腹部を切り落としてしまえばあるいは。……だが。
構造がわからぬ以上、絶命のおそれのあるような攻撃はできない。
となると、まずはその脚を切り落とすしか無い。
しかし、攻撃に対して痛みを感じるということ。
これは魔物の頭部に少女が乗っているだけではない。その事実にシュタルクとフェルンは心を痛める。
―― あの子を真の意味で救うには時間を要するかもしれない。
シュタルクとフェルンは漠然と考えつつ、大蜘蛛の少女と打ち合う。
✧ ✧ ✧ ✧
東門前にたどり着いたエアフォルク。彼は、逃げる兵士に襲おうとしていた数匹の魔物を切り落として声を上げる。
「全員落ち着け! 部隊長を襲った魔物はここにはいない!落ち着いて体制を立て直し門を守るんだ!」
エアフォルクの言葉にヨロヨロと顔を上げる兵士たち。
戦線を崩壊させた巨大生物は街壁からは離れた位置にいる。現在それは赤い髪の戦士と紫の髪の魔法使いと撃ち合っていた。
まだ、勝利の目はある。助かるかもしれない。
膝を抱え立ち上がり、我に返った兵士たち。彼らは未だ仲間を襲おうとしている魔物へと攻撃を始める。
そんな中、エアフォルクは一つの違和感を覚える。
「……思っているより、魔物の数が……減っている」
反撃を始めたにしても想像より魔物数が少ない。なんならすぐに状況はひっくり返せる。
それは喜ばしい事だが、これほど追い詰められた状況と辻褄が合わない。
だがその理由はすぐに分かることになった。
兵士への攻撃をしない魔物は門へと攻撃を開始していた。
そして、結界の反発で焼け死んでいるのだ。門の足元はいくつもの焦げた塊が転がり、灰へ変わっていく。
「これが、目的なのか……」
東門は初回の襲撃と先のルーエの強襲により、かなりのダメージを受けていた。
そこへと継続的な攻撃が繰り返されていた。
エアフォルクは内心で焦りを覚える。次に何かあれば破壊されてしまう。
街壁にほころびがあれば街の結界にどう影響するかわからない。
いまだにフランメの結界は常人たちの手に余る魔法であり、一度綻べば修復の目処が立たないのだ。
「手が空いた者は俺についてきてくれ!門を守る!!」
✧ ✧ ✧ ✧
何度かの攻撃で判ったことがある。
大蜘蛛についている人の身体の部分。それも見た目通りではない。
強靭さはまさにその魔物の特性を引き継いでいる。
「硬かろうが!」
シュタルクが正面から大蜘蛛へと飛びかかる。
彼女は脚の半数を切り落とされ、移動が困難になっていた。残った前脚でそれを迎撃しようとする。
片方はシュタルクの戦斧により遂には破壊された。もう一方はフェルンに撃ち落とされる。
「シュタルク様!!」
「判ってる!」
中央のルーエの手が球体を出しシュタルクに向けられる。
が、これもフェルンの精密射撃により球体だけが焼き落とされた。
「かなり痛いだろうが、我慢しろ!」
少女の身体正面に向かって飛び込んだシュタルク。
戦斧を片手に持ち、空いた腕の先に握りしめた拳。
それを少女の腹と胸の間の中央に仕込むように打ち付けた。
硬質なものにハンマーを打ち付けたような鈍い音があたりに響く。
―― 「ぐっ………」
少女の表情が崩れ、苦悶に呻く。
「フェルン!!」
「承知しました」
拳を打ち付けたシュタルクが落下しないのは真後ろの彼女が支えているから。
シュタルクは瞬間的に鉄杭の如く筋肉を硬化させる。
フェルンはそのシュタルクの背中にそっと手を添え魔法を発動させた。
「これで最後」
その瞬間 ――
―― ”ドンッ” ――
と、鈍い衝撃音が周囲の空気を揺らした。
「最大出力の衝撃魔法です」
シュタルクの拳を起点に放たれた衝撃は、少女の外殻を透過し、内部で破壊的に反響する。
―― 「か……は……」
体内の芯を直接揺さぶる一撃。
その強烈な一撃に瞳孔の開いた少女の瞳からは光が消えていく。
ズンという音を鳴らし、脱力したその巨体は重力に引かれるまま横に倒れた。
無力化した相手を見届けた後。
フェルンはシュタルクをゆっくりと地面に下ろし、声を掛ける。
「シュタルク様、大丈夫ですか?」
「ちょっとまってね……、まだグラグラする」
「前から思ってましたけど。シュタルク様のダメージ大きすぎませんか、これ」
シュタルクが無事じゃないのは当然の話。最大出力の衝撃は彼の拳を通して相手の芯にぶつけられる。
つまりシュタルクの全身も衝撃の通り道となる。
衝撃を通す一瞬、体中の筋肉を硬質化させて自身も振動しているのだ。常人がやれる作戦ではない。
「……でも……無力化出来たろ」
「それは……そうですが……、今が危ないですよ」
「エアフォルクが、魔物を駆除してくれている。まずはこれで」
そう。ギリギリだ。ギリギリのラインで勝利といえる。
今の状況であれば。フェルンがそう思い胸をなでおろした瞬間だった。
✧ ✧ ✧ ✧
―― いえいえ、まだ続きますよ
ようやく終わったのだと思った瞬間。
上品なようで、不思議と心の奥底で感じる不快さ……そんな声が響いた。
それと同時に――
「はっはぁぁぁーーーーー!」
掛け声と同時に上空から落ちてきたのは大蜘蛛に負けない巨体の何か。
「本当に殺さず、無力化しやがった。狂ってやがるなっ!昂ぶるぜっ!!」
シュタルクとフェルン、そしてルーエの間に落ちてきたのは筋肉質な――
「悪いが、こいつはまだ使うから回収させてもらうぞ!後は――」
額に一本の角の生えた魔族。それが手元に召喚したのは鉄の塊のような棍。
ミシミシという筋肉を流動させてそのままそれを――
「ほらよぉぉーー!!」
――門に向けて投げつけた。
「しまった!間に合わない!」
フェルンが声を上げる。
あろうことか……シュタルクを庇う事を考慮して一手遅れてしまった。
撃ち落とすために魔法を放っても、角度的に自分の魔法も門に当たりかねない。
迷っている間にも空気を割って駆け抜けるそれは、遂に東門に突き刺さり大穴を開けた。
「おい、言われた通りにしたぞ。
あとはお前の仕事だぁ、フレーダ!」
巨体の魔族は上空に向かって叫ぶ。
瞬間、わずかに魔力の揺らぎを感じたが……瞬時に消えてしまった。
「門が……くそぉ!」
先のルーエを沈めた連携の結果、即応出来なかったシュタルクが地面を叩く。
「ナハト!! 回収しろぉ!」
―― やれやれ
その声は、他ならぬ倒れている大蜘蛛の中から聞こえた。
しかし少女の発した声ではない。
「……まさか!!」
フェルンがシュタルクを庇う様に位置取り、防壁魔法を張る。
―― 私の肉体の一部です。楽しませてもらいましたよ。最後の攻撃には驚きましたが。
声が響く中、大蜘蛛の背部の腹に当たる部分が膨れ上がり――
✧ ✧ ✧ ✧
エアフォルクは門に突き刺さった金属製の棍棒を絶望的な気持ちで見ていた。
シュタルクとフェルンが大蜘蛛を無力化したと同時に降ってきた別の魔族。
それが投げ込んだ鉄塊は門に大穴を開けてしまった。
「門が……」
そう呟いた瞬間、背部で爆発音がする。
地面が響くように揺れ、僅かな熱と爆風が顔に叩きつけられた。
―― ヒュッ ――
爆発音と同時にナニかが通り過ぎる気配がしたが、それに構う余裕もない。
エアフォルクが振り向いた先は、紫色の煙があたりを包んでいた。
「シュタルクさん!!フェルンさん!! ルーエッ!!」
煙はやがて1点に収束していく。やがてそれは一つの塊となって
「待てっ!!」
凄まじい勢いでその場を飛び去っていった。
紫の煙でかすれて中身は明確には分からなかった。
だが、僅かに分かったのは、鉄塊を投げた魔族が肩にドレス姿の少女を抱えていたことだ。
「ルーエぇぇぇぇ!!」
届かないとわかっていても伸ばした掌を、悔しげに握るエアフォルク。
英雄二人の力を借りてもこの有り様。
妹を盾に取られ、最強の戦力である二人の力を封じられた。
挙げ句、戦況を良いように操られた。東門被害は簡単には元には戻らない。
「ッッ!! ナハトぉぉぉぉぉ!!」
だが一つ判ったことはある。妹は生きている。まだ取り戻せる物がある。
まだ、膝をつくことは許されないのだ――
■滅びの前兆
爆発の後、紫の煙がこの場を去るとともに、残りの魔物は突然統率を失い、勢いをなくした。
エアフォルクはその場を残った兵士達に任せて爆心地へ駆けつけた。
「シュタルクさん!!フェルンさん!!」
あの二人がこんな事で死ぬわけがない。そうは思うが、あの至近距離での爆発は楽観視できない。
「エアフォルク……様……」
少しくぼんだ爆心地の近く、土が盛り上がった箇所から声が聞こえた。
「フェルンさん、シュタルクさん!!無事ですか!?」
「私は……なんとか……でも。シュタルク様が、防御魔法が消滅した後に私をかばって」
フェルンは片腕を抑えている。破片で傷を受けたようだ。
彼女がそう言って土を払うと、そこには背中に血を滲ませたシュタルクが倒れていた。
「シュタルクさん!!」
「悪い……エアフォルク……彼女は連れて行かれちまった。俺のミスだ」
何でも救える万能の英雄はいない。だが、あの絶望に満ちた状況を覆した。
それでも届かなかったのは相手の計画が上手だっただけ。
「……そんな、事は、お二人が来なければ、俺も死んで。東門は全滅していました」
「グッ……いてて」
シュタルクは手元の戦斧を伝って上半身を立ち上げる。
細かい破片が背中に突き刺さっているのは、愛する妻を身を呈して守ったから。
(……誰かを守るにはこれだけの覚悟が必要なのか)
「シュタルク様!!」
フェルンがシュタルクの腕を支える。
「ちょっとまってくれな……」
フェルンの手を優しく握ったシュタルクは彼女から少し離れ、背部の焼けた上着を脱いだ。
「ぐ………うっ……るああああああ!」
シュタルクは背中の筋肉に力を入れる。ミシミシという音と共に、背筋が膨張と収縮が繰り返される。
夫としてフェルンにも、大人としてエアフォルクにも……これ以上心配をかけさせるわけには行かない。
「いったい、何を……?」とエアフォルクが呟いた瞬間――
「があッ!」という声と同時に背中に突き刺さっていた破片がパラパラと飛び出す。
本来、こういう状況では刺さった破片を除去しなければ治療もできない。
治療が遅れれば化膿し、下手をすれば命を落とすことも多いのだが……自力でどうにかしたらしい。
破片を吐き出した背中は既に流血が止まっている。
「フェルン……ごめん……ちょっと休ませて」
「はい……」
脱力して倒れ込むシュタルクはそのままフェルンの胸元に倒れた。
フェルンはそのまま彼の顔を胸に埋めるように受け止める。
すぐさまに聞こえてきたのは寝息の音だった。
「ありがとうございます。シュタルク様……」
そんな彼を愛おしげに抱きしめる姿にエアフォルクは安堵する。
しかし……してやられた。
2年も追いかけてきたのに、彼らにこんな無理な状況を押し付けてしまった。
もう少しでも情報があれば……いや……
エアフォルクは立ち上がり、フェルンに頭を下げた。
「妹を……殺さずにいた事、ありがとうございます!!」
彼女は大きく目を開いて驚いたようだった。
そして何かを察したように微笑んだ。
「エアフォルク様、頭を上げてください。
まだです。私達はあの子を救えませんでした。だからもう一度。
あの子も、私達も、あなたも生きています。
つまり……まだチャンスは有るはずです。頑張りましょう」
「はい……」
眠ってしまった英雄に、フェルンに代わってエアフォルクが肩を貸す。
「俺も……諦めません」
奪われたものを取り戻すという覚悟を胸にようやく終わった東門を後にするのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「おかえりなさいませ……若!!
帰りをお待ちしておりました。ご無事で良かった……ッ!!」
エアフォルクの無事を確認したソーマ。だが、同行していたシュタルクとフェルンの様子に目を丸くする。
本来、冒険者は怪我をすると教会へ向かうが、現在は負傷者と犠牲者でごった返している。
「私はかすり傷で、シュタルク様はおそらく目が覚めたら全快されます」
というフェルンの言葉により、家に直帰したのだ。
―― 私たちが行けば、下手をすると重症者が後回しにされます。
そう言われては、エアフォルクに逆らう術はない。
「ソーマ、すまないが包帯はあるか?」
「はい……ある程度蓄えがあります」
「シュタルクさんとフェルンさんの手当を……」
ソーマはシュタルクとフェルンの様子を観察するように眺める。
「お二人がこのような傷を追うとは一体何が……
いえ、東門の騒動は相当な騒ぎとなっておりましたが……」
「離せば長くなる、まずは部屋で二人の手当をしよう」
「こちらへ」とソーマに案内されるままに家に入った。
✧ ✧ ✧ ✧
「ルーエ……様が……生きて……おられた……」
ボトっと音を立てて落ちて転がったのは包帯のロール。
フェルンはそれを言葉もなく拾った。
「エアフォルク様……シュタルク様の治療は私がやります。
一度お二人で話してみてはいかがですか?」
フェルンは包帯を片手に慣れた手つきで眠るシュタルクの上着を脱がせ始めた。
「すいません……ソーマ。座って話そう」
「わかりました……」
フェルンがシュタルクの身体に包帯を巻き始めたのを傍目にエアフォルクはソーマに説明を始めた。
「ルーエは……生きていた……だけど」
「なにかあったのですか?」
「ナハトに取り込まれ、精神も乗っ取られていた……」
眼の前のソーマは手を震わせて、何かを噛み締めている。
「アヤツの、ナハトが作り出した偽物の人形ということは……ないのですか?」
「……実際のところはわからない。だが、見間違えるとは言い難いほど……妹の姿をしていた。
それに、奴らは魔物の肉体を爆破した後、残ったルーエを連れ帰っていった。少なくとも、あれは奴自身の肉体ではない。
あのルーエは、ヤツにとって何か替えの効かない存在なのだろう」
「……そう……そうで……すか……」
ためらいがちに答えるソーマの手の上にはポタポタと涙が滴っていた。
「よう……ございました……」
そんな彼の姿を見たエアフォルクは苦笑いで答える。
「泣くな、ソーマ。まだだ。まだ終わってない。これからだ。
シュタルクさんとフェルンさんもいる。街の皆も一丸となれば……きっと勝てる。取り返せる!」
「はい……はい……!」
椅子から立ち上がり、エアフォルクは叔父ソーマの肩を叩く。
「俺はまだ諦めないよ。ソーマ、きっとナハトを撃ち、故郷の地を開放しよう」
ソーマは顔を伏せて、涙をこらえるように、小さな声で呟く。
「……御館様……ルリ……無駄ではなかった。まだここにある。
二人の気高い魂はまだ……こうして受け継がれている……私はそれが、嬉しい……」
奥のフェルンはただ黙って治療を終えたシュタルクに包帯を巻いている。
言葉は不要ということだろうか。
「ソーマ、食事にしよう」
✧ ✧ ✧ ✧
食事を終えた後。
フェルンは貸し与えられた部屋へシュタルクを運びいれ、本人も休むようだった。
「若は傷の治療は大丈夫ですか?」
「ああ……そこまで激しい怪我はなかったのでな……」
「細かい傷が残っております。せめて傷薬でも……おや切らしておりましたな」
そう言えば、シュタルクの治療に残り少なかったものを使って欲しいと渡してしまったのだ。
「いいよ、どれもかすり傷だ」
「いえ、教会に治療薬を分けてもらいに行ってまいります。
まだ、受け付けてくれると思います。若は先に休んでおいてください」
確かにまだ教会は受け付けてくれるが外は暗い。
無理に今日でなくとも……
「いや、いいよ。俺が明日――」
「若!駄目です。今日の戦いは、大変なものでした。……そして、ルーエ様のこともあります。
どうか、今夜は無理をなさらないでください」
珍しく真面目な表情で怒るソーマに、少し父と母に叱られたときを思い出した
「判った……。気をつけてくれよ」
「はい。では行ってまいります」
すぐに優しい笑顔になったソーマを送り出す。
そう言えば、と思い起こす。
がむしゃらだったこの2年。無鉄砲にすぐに行動に出ていた自分。
いつも支えてくれたソーマを自分が送り出す機会は今までなかったかもしれない。
小さな発見に苦笑いするエアフォルク。
扉が閉まる直前、ソーマが何かを言いかけてやめたような気がしたが、気のせいだろうか。
夜の闇に消えていく叔父の背中を見送りながら、エアフォルクは言いようのない胸騒ぎを覚えていた。
✧ ✧ ✧ ✧
街の上空。街壁の内側。結界の内部。
この街でも高い位置になる教会の尖塔の頂上の十字架。
そこにぶら下がる存在。
その手に持つのは歪で古い竜の骸の欠片。
「アートルムの断片。便利なものですね。
このようなサイズで分身体が丸ごと入るとは」
―― 貴重なものですからね。用事が済んだら必ず持ち帰りなさい
「言われずとも……それで、これからどうする?」
―― 晩餐のメインディッシュを前に、最高の味付けを。
「というと?」
―― この街の全てを
竜の骸の欠片から膨れ上がった魔力の塊はやがて形をなし――一体の魔族が尖塔の上に降り立つ。
そして、現れたそれは手のひらにある竜の骸を身体の中に取り込んだ。
「フフフハハハハハハッ!! ここからが。ここからこそが」
街を覆い尽くすような高笑いが、血のように紅い満月の下に響き渡る。
―― 覚めない夜と血の祝宴の始まりです!! ――
~ Crimson Moon over Ruins Nightmare 02 fin & Continued ~