葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション

■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ。過去回想では10歳ぐらい。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- エアフォルク(Erfolg): シュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。25歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。斧技を学んでいる。過去回想では15歳ぐらい。
- ソーマ(soma): エアフォルクの従者。叔父に当たる人物。襲撃のあった日。エアフォルクを連れて共に逃げ延びる。

■ あらすじ

『この手を取れ、エアフォルク!』
というシュタルクの言葉に、復讐の執念から目を覚ますエアフォルク。
シュタルクとフェルンの優しさにつかの間の家庭的な日常を思い出すエアフォルクだったが
翌日、街の警備に出た彼の前に現れたのは、大蜘蛛と融合させられた異形のルーエだった。
惨たらしい妹との再会に、エアフォルクは絶望の淵に突き落とされる。

『生きることだけは諦めるな!エアフォルク!』

異形のルーエにとどめを刺される寸前、エアフォルクの前に駆けつけたシュタルクとフェルン。
彼らはルーエを助けるとエアフォルクに約束する。

シュタルクとフェルンは、ルーエを傷つけまいと苦戦しながらも、二人の連携で彼女の無力化に成功する。
だが、それこそが敵の巧妙な罠だった。一行が安堵したその一瞬の隙を突き、別の魔族が東門を破壊。
街への侵攻路を確保すると、敵はルーエを回収し、悠々と撤退してしまう。

敗北の中、一行はエアフォルクのルーエの奪還に希望を見出しつつも再起を誓う。

その裏で、街に潜入した魔族は、街全体を魔物の同胞に変える「眷属化の魔法」を発動させようとしていた。
血のように紅い満月が照らす街で、覚めない夜と血の祝宴が始まろうとしている――。




鮮血の月と廃城の夢 ~Crimson Moon over Ruins Nightmare~ 03【第2部】

■復讐鬼のプロローグ


 

―― シュタアルがエアフォルクに過去の話を聞いているおよそ同時刻。

 

どこともしれない薄暗い空間。

有機的な柱の中に透明な球体。その中に浮かぶのは

 

―― 鱗に覆われ、硬質な剛腕……とも見える、切り取られた右腕

 

それを眺めるのは青白い髪を揺らす一人の魔族。

「遺骸の回収は出来なかったものの、悪くはない拾い物でした」

 

10年ほど前、目覚めた同胞……というほど見知った仲ではなかったが

強大で頭の回る魔族ということで接触した、鮮血公のナハト。

 

「重要なものだというのに、渡してみればまさかこんな結論になるとは」

 

神代の時代に世界を焼いた強大な魔獣の内の1体。

黒極竜アートルムの遺骸、見た途端にナハトはそれの譲渡を強く要求してきた。

彼の魔法の研究の継続とその結果の譲渡を対価に貸し与えた。

 

「人と同化させてしまうとはね……しかし、高度に混じっている」

「――レヴナント様」

 

背後からすっと現れたのは全身を包帯で巻き、ローブを着ている別の魔族。

 

「ヴィゾール。探し物は見つかりましたか?」

「見つかってはいません。しかし、蛇も狼、鷲、其々に痕跡を遺しています。

 時間はかかりますが、いずれ」

「そうですか――」

 

千里眼のヴィゾールは球体の中の腕を眺める。

 

「融合体の女の右腕……切り離してそれなりに時間が経ちますが。

 生きているのですね」

「ええ。実に面白いサンプルです」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「レヴナントといったか、これを寄越こせ――」

「目覚めたばかりで大した力も出せない割に随分と吹っかけますね」

 

目を爛々と赤くして、アートルムの遺骸を見るナハト。

たしかにこれは遺骸でありながら、強い力を持つアーティファクトと言って良いものになっている。

 

「これは貴様らが持っていても、所詮魔力の塊としてしか扱えまい

 私ならばコレを、更に有効活用が出来る!」

「ふむ――」

 

ある存在の召喚に必要となる触媒とする予定だったが……

方法に行き詰まっているのも事実。

 

「良いでしょう。では交換条件としましょう。

 あなたが研究していたという 眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)

 それの魔法の成果の譲渡。どうせそれを活用するのでしょう?」

 

レヴナントの言葉に口角を上げて笑うナハト。

 

「よかろう。成果はくれてやろう――」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

約束した後、まさか件の英雄に討たれるという不始末。

その後、譲渡したアートルムの遺骸も喪失。随分と損をさせられたが。

 

「成果をくれてやろうとはよく言ったものです」

 

ナハト消滅に際して、 眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト) の知識の一部を回収した。

完全ではないが、部分的に再現が可能だ。

 

魔物の力を使い、人知を超えた力を得る。甘美な餌に釣られた愚かな者たちも徐々に集まっている。

しかし――

 

「眼の前のサンプルの如く高度な融合体の再現はできない」

「暫くは、適合性の高い人間探して試すしかないか。

 ナハトは自身に融合させていたと聞きましたが……随分とリスクのあることを」

 

ヴィゾールは呆れ気味に……外見ではわからないが嘆息のようなものをつく。

ナハトは自身すら魔法に浸し、曖昧な存在となり様々な物を取り込み存在を強化していた。

これは、魔族が人を食うのとは意味が異なる。

 

「取り込み、自身に他の意味を加え……侵食した上で乗っ取る」

 

人間に比べて、物理世界ではなく魔法の世界に身体を寄せる魔族。

 

「我々は精神の有り様が歪むのは人間以上に危険です。

 そのリスクを犯す執念こそが、魔法の進歩を加速させたのかもしれません」

 

「それで、当面の計画は?」

「他の遺骸を探しましょう。これの本体の回収は……現状不可能でしょう。

 葬送のフリーレンに目をつけられました。ですが――」

 

レヴナントが視線を向けた先、結晶化された鉱石の中に閉じ込められたもの

 

それはそこには英雄たちが見つけられなかったナハトの研究素材

 

―― 薄灰色のドレス姿の ―― 黒髪の人間の女 ――

 

「同型の因子を持つ遺体のサンプル。いずれ面白い物が作れるでしょう」

 

幽鬼なる復讐者と名乗る魔族レヴナントは静かに笑った。

 

■夜の幕開け


 

「あの、エアフォルク様」

「なんだい、ティア」

 

ふいに手を上げたのはティアフォート。

 

「……その続きを。私達が聞いても良いのですか?

 お辛くはないのですか?

 ……そして、それを兄様に聞かせるのですか?」

 

彼女はチラリと隣に座るシュタアルに視線を向ける。

 

「ティアはよく気が回るね」

 

小さく嘆息……いや、感嘆というべきだろうか。

そんな息遣いが聞こえた。

 

「けれど、君が一番良く知っているはずだ。ここで止めたところで。

 投げられたサイは、必ず何らかの結論を必要とする……なあシュタアル」

 

一斉に向けられた視線。シュタアルは息を飲んでから答える。

 

「……聞くよ。兄さんと姉さんのことも、父さんと母さんのことも。きっと俺は知るべきだ」

「……そうですか。わかりました。もう止めません。ですが……私も聞きます」

 

シュタアルの決意を聞いたティアフォートは、そこで言葉を止めた。

 

「シュタアルは優しい妹を持ったな。羨ましい限りだ」

 

というと、後ろから若干の怒気を感じる。ルーエは静かに微笑みながら瞳を光らせている。

 

「……兄さん?どういう意味ですか?」

「……ははは。言葉のとおりさ。シュタアル。君も将来気をつけ給えよ」

「兄さん!!」

 

妙な兄妹喧嘩のようなものを尻目に半眼となるシュタアルは。

 

「調子と情緒が狂うから続けてよ、エアフォルク兄さん……」

 

と心の底から呟いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その日の月は血のように紅く染まっていた。

 

――「覚めない夜と血の祝宴の始まりです!!」――

 

この街の最も高い尖塔の上から響いた声は誰にも届かぬまま霞と消える。

 

「ここからどうするのだ?」

 

声の主に問いかけるのは翼の生えた魔族のフレーダ。

 

「私は街全体を覆う魔法の準備を始めます。貴方はこれを」

 

声の主、鮮血公のナハトは掌から肉片のようなものをいくつか取り出しフレーダへと手渡す。

 

「埋め込むことで直接侵蝕できます。人間数人に直接埋め込んでください」

「魔法で侵すんじゃないのか?」

「時間がかかります。そして、この魔法の作用は精神的な恐怖が鍵となります」

 

なるほど、と言った顔でフレーダはそれを受け取った。

 

「埋め込んだ瞬間に侵食するのか?」

「私の一部です。任意で発動します」

 

それを聞いたフレーダは翼をはためかせ「わかった」と言いながらその場から消える。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「どうぞ、こちらになります。

 申し訳ございません。こちらも怪我人で手いっぱいになっており……」

 

街の教会に到着したソーマは事情を説明し、いくつかの治療薬や包帯などを受け取っていた。

 

「いえ、別けていただけるだけでもありがたい」

「この程度であれば。さまよえる子に女神様の導きがありますように――」

 

ソーマは頭を下げてからその場をあとにする。

夜の街はまだいくつかの露店が開いている。

状況が状況であるため明るい様子……とは行かないが。

 

ソーマは首からかけているペンダント取り出した。

中身を見て僅かに微笑む。

 

「ルーエ様がまだ生きていらっしゃるかもしれない。本当に……ようございました」

 

ようやく見えた僅かな希望。

小さな祝勝会のようなものがあっても良いのかもしれない。こんな状況だからこそ。

 

「明日の朝食の材料、何か買って帰りましょうか。

 通りの角のパン屋、エアフォルク様が気に入っておられたな。まだ開いているだろうか?」

 

そう言って、脚を露店の通りに向けた瞬間。

 

―― お前達に、明日など来ない ――

 

背後からそんな声が聞こえた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ソーマ様遅いですね」

 

フェルンは眠るシュタルクの頭を膝の上に乗せ、愛おしげにその頭を撫でている。

強襲を仕掛けてきた東門の攻防。シュタルクはナハトの仕掛けた自爆攻撃からフェルンを庇うためダメージを負ってしまった。

 

背中には爆風で散ったさまざまな破片が突き刺さり、常人では無事に済むはずもない状況だったが……

シュタルクは破片を筋肉の流動で弾き出すという人間離れ技を披露した。

現在は包帯を巻いて寝ている。ダメージと失った体力をそれで回復する……

 

(英雄と名のしれた戦士とはここまで違うのか……)

 

故郷を失ってから必死に自身を鍛えてきたつもりでいた。

しかし、到底届くものではない。一騎打ちで完封されたときから判っていたはずだが……

エアフォルクは先の戦いを思い出し痛感する。

 

―― この身に足りないのはなんなのだろう?

―― ルーエを救うために……出来ることはなんだ?

 

そんなことに想いを馳せながらもフェルンの言葉に答えた。

 

「明日の朝食の食材も買いに出ているのかもしれません。

 しかし……たしかに遅いですね。迎えに行ってきます。フェルンさんはそのままで」

「一人で大丈夫ですか……?」

「子供ではありません、大丈夫です。フェルンさんも眠る旦那様を置いてはいけないでしょう?」

 

フェルンは膝の上で眠るシュタルクを一瞥してから、エアフォルクに向き直る。

 

「少し嫌な予感がします。くれぐれも気をつけて」

「わかりました。行ってきます」

 

エアフォルクはドアを開けて外に出る。

 

―― 行ってきます。母上!――

 

思わず出そうになった言葉を飲み込み、自嘲気味に笑う。

2年前に失い、もう二度と言う必要のない言葉だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

夜の街灯に照らされる道を走りながらソーマを探し、結局教会にたどり着いてしまった。

 

「そうですか、既に受け取っていたと……」

「はい。包帯と薬剤を受け取られて」

「わかりました。ありがとうございます」

 

頭を下げてから、そのまま逆方向へ駆け出す。

 

―― 月が紅い……

 

不気味なほどに紅く紅く……まるで月に血が滴ってしまったかのように。

 

「ソーマ……どこに居るんだ?

 何故帰ってこない?」

 

東門の戦闘の影響で街に怪我人の対応と不安で溢れかえっている。

破壊された門は夜にも関わらず不休で修復作業が行われている。

 

ルーエの生存という希望が見えたはずなのに――

状況は好転していない――

 

エアフォルクが空と月を見上げていたその時

 

「うあああああああああああ」

 

つんざくような悲鳴が、夜の街にこだました。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ッッ!!」

 

シュタルクを休めた状態のフェルンは瞬間的に感じた魔力に周囲を見渡す。

嫌な感じがする。他者を害するような魔力を感じた。

 

それは薄く、微かで、静かに、ゆっくりと周囲に溶け込むようだった。

 

昔から、気配を殺すのが得意で、師のフリーレンからも魔力を抑える訓練を受けてきた。

そんなフェルンだからこそ判る。見えない害意。

侵食してくる何か。

 

意識が弱まれば持っていかれる。

 

「シュタルク様!申し訳ありません!」

 

フェルンは彼を膝枕状態から枕で寝かせた状態へと変えた。

 

「意識がない状態でこれは……いけない」

 

シュタルクの周辺に結界を展開した。

 

「……これは、疑いようがありません。

 やはり、フランメの結界を通り町に入られている。攻撃を仕掛けてきている」

 

それもあまりに陰湿で、残酷な方法……

 

「一般人に対してすら……毒を撒くような悪質な!!」

 

結界内のシュタルクにシーツを掛け、夫の頬に小さく口づけを落とす。

 

「すぐに戻ります」

 

そう言ったフェルンは紅い月の輝く夜へと駆け出した。

 

■黒い犬


 

叫び声があったのは人通りのあるマーケットの一角。

 

「なっ……!!」

 

口に手を当てたエアフォルクは目を疑う。

露店の一部は破壊されており、一面には何かが争ったかのようにあたりで一面に血が飛び散っている。

 

「あああ……あああああ……」

 

絶望的な表情の女性は唖然とした様子で腰を落としてしまっている。

 

「何があった?」

「あああ……黒い、化け物が………突然降ってきて。

 ここにいた人を咥えて……あっちへ!!」

 

その人物が指さしたのは暗い路地裏。

人を連れ込むには向いている構造になっている。

魔物のようなものが街の中に……やはり、東門の破壊は影響を受けているようだと判断する。

 

「わかった!俺が調べてくる。お前は憲兵に知らせるんだ!」

「は……はい……」

 

助け起こした女性を置いてエアフォルクは暗がりへと走る。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― クチャ…… ピチャ……

 

粘性のある物音が聞こえる。

背中を駆け巡る嫌な予感が拭えず……剣を構えながら音のする方向へと向かった。

 

(いる……)

 

路地の角、曲がったところにいる。

物音はそこから聞こえてくる。

 

角に張り付き、足元に転がっていたガラスの破片を角から出して様子を確認した。

 

「ッッ!?」

 

大きな黒い獣がいる。横たわる男は……知らない人間だが既に絶命している。

どういう状況か……言わずとも判ってしまう

 

「クソっ!!」

 

意を決してすこしずつと近づいていく。

黒の獣は絶命した男の腹部を貪っている。

 

そして――

 

「オヤ――カタ――マ――リ――ルー――サマ――モ――シ――ケ――リマ――セン」

 

人語のような言葉をブツブツと言いながら肉を咀嚼している。

しかし、かまっていられない。まちなかに魔物などあってはならない。

 

声を上げず、ゆっくりと息を吸い、剣を構える。

 

(一撃で――)

 

「シィ――!!」

 

一気に踏み込み剣を振り下ろした――が!

 

「ッ!!」

 

瞬間的に気づいた黒の獣は横移動して一撃を躱した。

エアフォルクは剣が地面につく前に止めて、返す刃で移動先の横へ薙いだ。

 

しかし黒の獣は、凄まじい勢いで壁を蹴り、上空へと移動する。

見上げる黒の獣は狼のような脚と顔。上半身の肩と腕は人のような骨格の魔物。

 

「魔物特有の形状……やはり入り込んでいたのか」

 

喉の奥から唸り声を上げるそれはまだ人語のようにも聞こえる音を発している

 

「エ――ア――ォル――サ――ドウ――カゴ――ブ――ジデ」

 

それはメキメキと腕の筋肉を肥大化させてエアフォルクに狙いを定めている。

 

(やれるか……!?)

 

エアフォルクは剣を強く握り、襲撃に対応すべく構えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

魔法の気配がどんどんと強くなってきている。

フェルンは魔力を強く感じる方向へと駆けて行く。

 

(毒気が――、精神に呼びかけてくる)

 

暗い方向へ、いざなうようになにかの方向へと。

強い精神力の物や女神の魔術に守られているようなものであれば絶えられるだろうが……

常人は一つ背を押されれば堕ちてしまう――そんな感覚がある。

 

フェルンは杖を出し魔力を集中して空中へと飛行した。

 

「魔族が――既に街に入っている?」

 

こんな醜悪な魔法。もう疑いようもない。

結界限界の上空まで上がり精神を集中し始めたフェルン。

 

ここから発見次第狙撃する。討てればそれでよし。少なくとも魔法完成を止めなければ。

 

「油断ならんものだ。協会の魔法使い――」

 

その声を聞いた瞬間フェルンは迷いなく防御障壁を展開した。

 

―― ガンッ ――

 

と、硬質な何か障壁にぶつかった。

 

「羽?」

「現在儀式の最中でな。中断させるわけには行かない。

 言われていた仕事はちょうど終わったところだ。踊ってもらうぞ――」

 

フェルンは言葉もなく相手を睨む。

 

「邪魔です」

「ッ!?」

 

言葉終わらぬ一瞬。フェルンは 魔族を殺す魔法(ゾルトラーク) を放っていた。

 

「ぐっ、この――!!」

 

魔族は身を反らしたが片側の翼に大穴が開いていた。

 

「かわしましたか。意外と素早いですね」

「名前すら聞かずに……貴様……」

「今ので滅ぶなら、名前を覚える必要もないでしょう」

 

フェルンは表情一つすら変えない。師の教えの通り、黙々と目の前に現れた魔族を滅ぼすのみ。

 

「人を襲うのでしょう? 害するのでしょう? 喰らうのでしょう? であればここで駆除するまでです」

「言わせておけば……眷属よ!!」

 

魔族の周辺が歪み、そこから翼の生えた異形の魔物たちが現れる。

鳥や蝙蝠のようなものから、ガーゴイルのようなものまで。

 

フェルンはため息をついてから、再度杖を構えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

鮮血公のナハトは現在、いわゆる人の形状をしている。

人の姿のまま。最も大きな屋敷の玉座というべき謁見の間の椅子に座っている。

 

「さてさて、領主殿。名前は……なんと言いましたか?

 いえ、もうどうでもいいですね」

 

右の片腕がないのは、切り離した右腕は現在尖塔の上で魔法の展開を進行させているから。

 

「あ……が……あ……あ………」

「私の一部を直接埋め込まれたら、そうそう抵抗もできないのですが……

 さすが街の領主の器ということですか。ですがもう限界でしょう?」

 

フレーダにはこの地の有力者と数名に芽を埋め込ませた。

領主、貴族の、ギルドのトップと言った人種。

 

「さぁ、フランメの結界を解除してください。私一人で内部から――という手もありますが。

 結界がなくなったほうが――劇的でしょう?」

 

ナハトは白目を向いてしまっている領主の顔をその手に掴み笑いながら命じる。

 

「フランメの結界。解除しなさい――」

 

魔族は愉悦の表情を浮かべて意識の薄れていく領主の男へと命じた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― ぐるぁあああああ!

 

唸り声をあげて襲いかかってくる黒の獣の攻撃をエアフォルクは剣で弾く。

手強い。街の外で遭遇する通常の魔物の個体とは異なる。

 

「ぐッ!!」

 

何より。スピードが早い。

 

「混じり物……なのか……?」

 

人のパーツはない。だが骨格そのものは人間のそれに近い。

獣のような速度で、人の腕を使って爪で襲いかかるように素早く斬り掛かってくる。

 

それを紙一重で回避しながら、剣で弾きつつ対処していった。

 

(だが、対処不能ではない……)

 

大ぶりな一撃。それを回避した瞬間に見えた。首筋に光るなにか。

……いや、体勢が崩れて次のアクションがワンテンポ遅れていた。

 

「そこだ!!」

 

エアフォルクの攻撃が黒の獣の首筋を薙いだ――

 

――カラン――

 

という音を立てて地面に何かが堕ちた。一瞬視線を向けたらそれは金色のアクセサリ。

 

「ぐうううう――」

 

……だが、黒の獣は自分の首筋から落ちたそれを見て狼狽している。

 

「待て!!」

 

建物の壁の間を飛びながら、それは夜の空へと駆け出していった。

 

「逃げられたか……これは……」

 

―― 地面に転がるそれを見た時ゾッとした。見たことがあるものだ。

―― ソーマが……肌身離さず持っていたアクセサリに似ている。

 

そう、中には……開いた中に……身も知らぬ写真が入っていれば……

 

ペンダント状のアクセサリの中身を開いたエアフォルクは……

 

「なんでだ!なんでなんだよ!!」

 

ただ静かに、壁を殴り付けた。

 

■貴方が健やかに暮らせますように


 

どうしてだ!どうして!

 

何故……両親と自分とルーエの写真が、見えてしまったのだろうか。

頭の中はそんな事がぐるぐると渦巻きながらも、黒の獣を追いかけるエアフォルク。

 

様々な可能性を検証した。だけど、どんな理屈の元でも望む結論には至らない。

 

(ソーマ……いったいどこに)

 

闇夜を飛び回る黒の獣は人外の速度で移動している。

エアフォルクは見失わないようにと、それを追い続ける以外ない。

見失えば……手がかりを失う。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

上空では灰になった魔物が数体ハラハラと塵となり舞い落ちる。

 

「ぐッ……」

「存外に……舐められたものですね」

 

先程から、言葉を発することも、杖を振り回すこともない。

最小の動きで、最小の魔力で。細く、鋭い魔力で。眷属は撃ち抜かれるばかりだ。

 

「魔族の支配下に落ちる魔物で……対処できると思われたのでしょうか?

 誇る気はありませんが。私とシュタルク様がどのようなものを相手取って戦ってきたと」

 

「おのれおのれおのれおのれおのれ……」

 

自身の眷属を両手の指どころか100を超える数を駆逐された。

眼の前の魔法使いは毛先ほども汚れていない髪を揺らし

 

「あと何百体駆逐すれば……あなたは黒幕のことを吐いてくれますか?

 それとも、直に、滅ばぬ程度に――痛みつけられることをお望みですか」

 

予想を遥かに上回っていた。葬送のフリーレンと呼ばれるエルフにつきまとっていた大仰な話だと。

 

その弟子、一級魔法使いフェルン――しょせんは人間の魔法使いだと。

 

「人ごときが……魔族を舐めてくれるなよ!!」

 

フレーダは自らの魔力を高め、自身の分身体を数体作り出した。

 

「数で押し切りたいのは、相変わらずということですか」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

エアフォルクが追う黒の獣が地面に降り立った。そこは自分たちの拠点となる家へとつながる広場。

 

「なんだ……?」

 

足元には霧のようなものが立ち込めており、周囲には人が倒れている。

黒の獣に襲われた……というより皆眠るように倒れた……という様相だった。

 

「エア――フ――ルク――サマ、イ――マカ――エ――マス、ワタ――タチ――ノ――イエ――ニ」

 

黒の獣は一瞬立ち止まり、顔を見上げて何かを言っている。

 

「待て……それ以上は……行かせるわけにはいかない」

 

家にはいまだ目覚めぬ英雄シュタルクがいる。フェルンも待っている。

魔物を近づけてはならない。

 

「カ――エ――ル――、エア――ォル――クサ――マ――モ――ト――ヘ――ジャ――マヲ――シ――ナイ――デ」

「ッッ!!」

 

エアフォルクは拾ったペンダントを握る。

追いかける間ずっと考えていた。そんな訳はないと。

 

だが、状況も、行動も、何もかもが最悪の事実を示している。

 

「――俺はここにいるよ……。だから……」

 

エアフォルクは剣を構える。

 

「すまない……すまない……」

 

ルーエはシュタルクとフェルンが無力化させた。まだ望みがあるのではと希望を込めて。

今のエアフォルクには、そのような芸当はおそらくできない。

 

「もういい……父と母の元へ俺が送るから」

 

黒の獣は、エアフォルクを見つめる。犬か狼のような形状故か空気中のニオイを嗅いでいる様子だった。

「エ――アフ――ルク――サ――マ――」

 

エアフォルクは瞳を閉じて、ゆっくりと息を吐く。ざわめき立つ心を……抑え込むために。

 

「ソーマ……帰ろう」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ぐるああああああ!!」

 

唸り声をあげて爪を立てて襲いかかってくる黒の獣。

 

――落ち着け。見失うな。

 

シュタルクと決闘をした時、判ったことがある。

怒りは一時的な力を引き出すが、戦いの流れを捨ててしまう。

 

剣を使い、黒の獣の爪をエアフォルクは弾き飛ばす。

 

討つしかないのだろうか……斬るしかないのだろうか……いまだ決心がつかない。

だが、人を襲い、ハラワタを食らっていた彼をこのまま街で放置するわけにはいかない。

 

いずれ何かの機構に駆除されてしまうだろう。

多くの犠牲を払いながら――

 

「そんな事は――させられない――」

 

頬を伝い、顎から滴る液体。それは顔と頬を伝う汗だと思っていたが

 

「があああああ!」

「るあああああああ!」

 

返す爪でこちらに切りかかってくる攻撃を何度も防ぎながら、

顔を伝う液体は汗などではなく、瞳から流れ落ちているものだと感覚的に気付いた。

 

「ソーマ!もう止めろ!お願いだ!!」

「……チカ――ラナ――クト――モ――マモル――トキ――メ――タ」

 

こちらに斬りかかりながらも人語のような言葉を喋る獣。

 

「力なんて――」

「オ――ヤカ――タサ――ト――ルリ――ヲ――マモ――レ――ナカ――ッタ、ワタ――シノ――キ――ボ――ウヲ――」

 

一瞬の隙を感じた瞬間、エアフォルクは剣を翻し獣の腕へと一撃を放つ。

 

「ぐうううるるる!!」

 

どさっと、背後に落ちたのは獣の片腕。すぐさまそれは灰化と崩壊が始まる。

獣は失った腕を抑えながら、後ろに一歩下がった。

 

逃亡してからの日々が頭をよぎる。一日たりとて楽しいと思ったことはない。

辛いと……思う余裕すらなかった。

 

復讐すると、ただひたすらにそれだけを――

 

たかが、貴族の家の子どもとして育ったそんな小僧が、何故生きていられたのか。

考えないようにしていたことだ。いや、考えなくても判る――

 

「ずっと守られてきた。ようやく強さが何なのか、判ってきたのに――」

 

残った腕を使って獣はまたエアフォルクへと飛びかかってきた。

片腕が落ちた影響でバランスを失ったのか、キレがない。

 

「――はッ!!」

 

硬質な爪を弾く独特の音が響いた。

 

―― わからない。どうすればよかったのだろう。

―― 家族を、父を、母を、妹を、叔父を、領民を

―― 犠牲にして良い命があるなんて一瞬たりとも思ったことがない。

 

爪を弾かれた獣は、がら空きな胴をエアフォルクに晒す。

 

「アナ――タ――ノ――ミ――チヲ――ススミ――ナサイ――、エア――フォル――ク――サマ――」

「ッッ!!」

 

その瞬間、構えを解いたように、全ての殺気のような感覚が消えた。

 

―― 大切な人を守るためにどれほどの強さが必要なのだろう。

―― どれだけ強ければ、喪わずに済んだのだろう。

 

まるで、ここを指すのだと指し示したように心臓のある位置を獣は暗に示す。

 

「ああああッッ!!」

 

突きつけた剣から、肉を刺し貫く独特の感触を感じる。

街の防衛の兵士として戦い始めた頃から手に馴染んだ、命を奪うという感触。

 

「ぎゃんっ!!」

 

響いた獣の叫び声とともに肩口を相手の体にぶつける。

その反動で刺し込んだ剣を相手の身体から引き抜いた。

 

「がはっ」

 

人のような声を出して獣の口から血が吹き出る。

黒の魔物はよろよろと後ろに二歩下がり――そのまま崩れ落ちるように――

 

「ソーマ!!」

 

剣から手を放したエアフォルクは崩れ落ちる魔物を抱きかかえた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「……ソーマ!ソーマ!」

「ぐ……う……うう……」

 

黒の獣の身体は、切り落とした腕の付け根から徐々に灰へと変わっていく。

それは人ではないなにかに身体を作り変えられてしまった証拠なのか。

 

――だが

 

「エア……フォルク様……」

 

獣だった肉体は人のそれに戻っていく。ただ、灰となるのは止まらない。

 

「申し訳……ございません……何者かに襲われ……気付けば、目につく者を襲い……喰らうことしか……」

「言うな……!」

「――背負わせる結果となってしまいました」

「………ちくしょうっ!!」

 

掛けるべき言葉が見つからない。あの魔族に与する何かがこの街に攻撃を仕掛けている。

それが家族を襲った。

 

……心の奥底にある――消えかかっていた黒い炎のような何かに、薪をくべるように。

エアフォルクの身の回りを少しずつ削り取り、大切なものを奪っていった。

 

血が滲みそうになるほどに手を握りしめ、口を噛み締めていると

冷ややかな感触が頬にあたった。

 

「エアフォルク様……妹があなたを産んだ日のことを昨日のように思い出します……ッ、カフ」

 

ソーマから吐いた血は黒く、空気にあたった瞬間に消滅した。

崩壊が内部的にも進んでいるのか喋ることでも痛みを感じるのが見て判る。

 

「ソーマ、もう……喋るな」

 

「……逃げ出した先で、静かに終わることすら……覚悟していた私達兄妹に……幸せな出会いを与えてくれた……世界に感謝したい」

「……なにを」

 

世界は残酷だ……自分たちから父と母を奪っただけでなくこんな仕打ちまで。

でも、今にも消えてしまいそうなソーマの瞳にそんな濁った色はない。

 

「エア……フォルク……様……、貴方には必ず……明日が来ます。

 だから、今日を見捨てることなく。何一つ諦めず……ルーエ様のことも……」

 

「ソーマ……わかった……もういいんだ……」

「あなたの未来が……幸せでありますように……、末永く健やかで……暮らせます……ように」

 

彼が言葉を口にするたびに体はボロボロと崩れていく。頬に当てた手のひらは既になく、もう肘のあたりまでしか残っていない。

 

「くッ……ああ!」

 

「先に、行って……女神様に……お願いしておりますゆえ……。ああ、御館様……ルリ……今……そちらへ……」

 

ソーマが目を閉じた瞬間、こらえていた何もかもが限界を迎えたように、全てが真っ白になった。

 

――パサ―― と、そんな軽い音と共に、全てが灰になり、崩れ落ちた。

 

「ッッ!!」

 

掌に残ったわずかな灰と写真の入ったペンダント。

それを握りしめ、エアフォルクは暗闇の街の中で一人顔を伏せた。

 

■何一つ悔いることなく


 

そこまで話し終えて、エアフォルクはふう……とため息をついた。

シュタアルはじっと彼の顔を観察していたが、その表情から具体的な感情は読み取れない。

 

平常で、正常で、真剣で、いつも通りの兄弟子。

 

―― 平気なの? 大丈夫なの? 悲しくないの?

 

すべての言葉は失礼な気がした。

 

「―― シュタアル。なにか言いたいことがあるのかい?」

「えっ、いや……続きを……」

 

というと、エアフォルクは苦笑しながら「一度休憩にしようか。喉も乾いたしね」と言って立ち上がる。

隣にいたティアフォートはやれやれという様子で一緒に立ち上がる。

 

「お茶は私が入れてきましょう。兄様はルーエと待っていてください」

 

―― という感じで、部屋にはルーエとシュタアルが二人。

 

「姉さん、本当にこんなことが……」

「本当のことです。私は……この時、ナハトに意識を取り込まれていて傀儡でした。

 その時の意識は混濁していて、後に兄さんとの話を聞いてある程度の情報を統合した……と言ったところでしょうか」

 

本来知り得ない魔族側の事情はルーエの記憶からの話なのかもしれない。

うっすらとそんな事を思った。

 

「ルーエ姉さん……エアフォルク兄さんは、平気だと思う?」

 

どう聞いて良いのか判らず、微妙な質問になってしまった。

それを聞いたルーエは口元を抑えてクスクスと笑い始めた。

 

「ずっともじもじしていると思ったらそんなことだったんですね」

「えっ……俺そんな風に見えてたの?」

「可愛らしいとは思いますよ」

 

馬鹿にされてはいないと思うが……さすがにそう言われると沽券が悲しい事になっている。

「さすがに、可愛いと言われて喜ぶ歳じゃないんだけどな」

「であれば、凛としてください。せっかく、シュタルク様とフェルン様由来の精悍なお顔をしているのですから」

「目つき悪い顔ってよく言われるけど……」

「私はそう思うから、そう答えただけです。

 話をし始めた時に言ったでしょう?」

 

ルーエは少し表情を引き締めて口にする。

 

「―― 私達は過去の出来事を忘れはしません。行った者たちを許しはしません。

 ですが明日を笑って過ごすため、何一つ悔いることなく生きると決めました。

 だから、大丈夫です」

 

大切な人を手に掛けた記憶……現在のシュタアルにわからない訳ではない……

ヴェノムとの戦いの中で、魔物化したエンダムを切ってしまった。今でも平気なわけではない。

けれど彼からもらった約束に恥じ入ることなく生きると決めたのだ。

 

「――そうだね。ありがとう姉さん」

「はい。どういたしまして」

 

という会話を交わしたあたりで、エアフォルクと、紅茶を淹れてきたティアフォートが戻ってきた。

 

――「さて、話を続けようか」

 

というエアフォルクの言葉で、話は再開される。

 

■崩壊の序曲


 

後悔の念がないといえば嘘になる。救うことができるならば……とも思う。

地面に叩きつけた拳は音だけが無情に響く。

 

声もなく泣き続ける彼の耳に届いたのは醜悪な笑い声。

 

―― ははははは……生きている人間はいるか?

―― 精神の脆弱なものから。既に立つことも叶わない状態となっていよう。

―― 喜び給え。君たちはこれから脆弱な身体から解放される。

 

空を見上げると、領主館上空に像が映し出されている。

 

「――ッ!! ナハトぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

もはや状況から疑いようもなく。全ての主犯はあの魔族だ。

母を喰い、父を殺し、妹を魔に堕とした魔族。鮮血公のナハト。

 

―― さぁ!領主殿。この街を幾星霜守り続けたフランメの結界。解除していただこう。

 

そう、伝えられるメッセージの裏で聞こえるのは領主の「かしこまりました」という肯定の声

 

―― これから!! 結界は解かれ! 周囲を取り囲んでいた者達がなだれ込んでくる。

―― 実に爽快なことになるぞ!!ふはははははあぁぁぁ

 

高笑いとともに、上空に映し出された魔法は解除された。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「どうやら場所が割れましたね。どいていただきましょう」

「……そうは……いかぬぞ……メイガス!」

 

局所的な戦況で言うなら不利ではない。だがフェルンは汗をかく。

存外にフレーダという魔族がしぶとい。

 

力量差で言えば、こちらが負ける要素がない。

しかし、ギリギリのラインで邪魔をしてくる。物量戦、実に厄介な。

 

(状況を膠着させるのが目的か……)

 

家で寝かせている夫、先行したエアフォルク、解かれそうな結界。

状況は……有利とは言い難い。

 

「今暫く!付き合ってもらうぞ!!」

 

フレーダはその見た目の形状を禍々しい異形へと変貌させながら、分身体を生み出してきた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

空が割れる……。それは鮮やかな夜空に入った上空のヒビ。

ピキピキという音が鳴っている。

 

「結界が……」

 

エアフォルクは絶望的な表情で。

 

「……割れる」

 

フェルンは忌々しいものを見るような目で。

 

「さぁ、滅びの始まりだ」

 

魔族のナハトは歓喜の瞳で。

 

「ようやく出番だ!!」

 

結界の外から状況を眺めていた巨大な魔族、シュレガは高笑いを上げる。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

結界の崩壊は大きな音を立てて割れるかと思ったが……

しかし、事実はあっけないものだ。

 

空の全体にヒビが入った瞬間、結界は強く光り――

 

―― そして、跡形もなく消えていった。

 

「街の………結界が」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「野郎ども、街に乗り込め。人に取り付け、そうすれば力を得るぞ」

 

魔族の声と共に街の外側の地面から、続々と小さな魔物が湧き出てくる。

 

眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト) が発動した今、倒れているやつは既に準備完了だ。

 あとは生きているやつも襲え。そうすりゃ魔法に浸っていく」

 

シュレガは金属の塊の棍棒を腕に取り出す。

 

「さて、お仕事だ。ぶっ倒れた英雄のとどめを刺しに行くか!!」

 

そう言って、その魔族は、少し屈んでから高く飛び上がった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「街の様子が……」

 

エアフォルクは街の中央へと走り出した。

 

(あそこに、ヤツがいる!)

 

結界は解除され、再起動もおそらく中央でしか不能。もちろん知っている人間がいればの話。

 

「助けて……だれか……身体が……うごか……」

 

途中、倒れて動けない住人を見つけエアフォルクは駆け寄る。

 

「大丈夫かっ!!」

「助けて……身体の……感覚が……足が動かない……立てない」

「足が?……ッッ!?」

 

その人物の足の先は黒い靄がかかったように形状がぼやけている。

 

「いやだぁ……」

「こっちだ!!」

 

地面に敷き詰められている怪しい煙、これが原因だろうかと踏む。

周囲の煙がこの人物の足の靄に絡んでいるように見えたからだ。

不思議と今のところエアフォルクには影響がないように見える。

 

家屋の階段のある場所で煙が当たらない位置へと移動したが、足の靄は消える様子がなかった。

 

(むしろ……どんどん広がって……)

 

「いやだ……たすけて……感覚……が……いしき……」

 

その瞬間、その人物の全身が黒の靄で覆われた。

 

「なんだ!?」

「ゔゔ……あ”あ”あ”……」

 

声にならない声を上げそれはゆっくりと立ち上がる。

ゆらゆらと幽鬼の様にエアフォルクへと近づいて……

 

「!!」

 

あまりの嫌な予感にエアフォルクは腹部を剣の柄で弾いた。

 

「あ”ああ!!」

 

それは壁にぶつかり力なく倒れるが、また起きあがる。

 

「これは……何なんだ!?」

 

ゆっくりと後ろに下がるエアフォルクの耳元に、人の悲鳴が聞こえた。

通りの向こうに見える教会のほうからだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

先の靄となった人物から逃げ出すように教会に向かうと、そこはさらなる地獄が待っていた。

教会の中に籠城する人と外で襲撃を掛ける……人だったと思われるもの。

 

「これは……」

「……そこにいるのは、エアフォルクか? お前は平気なのか!?」

 

籠城しているのは、神父達と数名の兵士たちのようだった。

 

「一体何があった!?」

「わからない! 神父たちが違和感を感じると言った瞬間、重症の患者達が……結界も消えて……何が」

 

続いて神父が声をかけてきた。

 

「エアフォルク!貴方も教会の中へ!」

 

おそらく助けてくれる……という意図だろう。ありがたいが……今すべきことではない。

 

「俺は……中央の領主の砦へ向かう。そこに元凶の魔族が――」

 

―― 諸君。私のプレゼントを楽しんでいただいているだろうか?

―― 今まさに、生への喜びを実感していただいていることだろう。

 

「チッ!!」

 

―― そこで諸君に新たなゲームをプレゼントだ。コレを。

 

上空に浮かんだ像。そこに映ったのはエアフォルクの顔

 

―― この人物を私の元へ送り届けてくれた人間を、生きてこの街の外に出してやろう

 

「「!!」」

 

その場にいた全員が、息を呑んだ。

 

「エアフォルク……お前……いったい……いや……」

「貴方は……いずれにしろ中央へいくと……であれば、我々が……」

 

嫌な予感がする。嫌な感情が……

エアフォルクは一歩後ろへと下がった。

 

「お前を……連れていけば……助かる……」

「落ち着け!甘言だ!生きて街の外に出てどうする!! 今以上の地獄しかないのだぞ!」

「だが……この場にいれば俺達もあの靄に包まれて……!!」

 

なんとなく判ってしまう。こちらを視る瞳が……みるみると曇っていく。

 

「エアフォルク……たのむ……お前を差し出せば……たすか――あ”あ”あ”あ”――」

 

瞳から光が消えていく中で――みるみるうちに黒い靄が人を包んでいく。

 

「いったい、何なんだこれは……ナハトぉぉぉっ!!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

上空への転写の魔法を切ったナハトは笑みをこらえる。

 

眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)は街を満たした。

あとは時間とともに人が飲み込まれていくだけ。

 

「精神の敗北は魔力的な服従と言える。

 言葉を聞き入れ、誇りを捨て、自身の行動の舵を相手に委ねる。その時こそ魔法は完成する――」

 

ナハトは自らの腹部に手を入れ、中にあった遺物を取り出し空に掲げた。

 

「素晴らしい力だ……街一つ飲み込む魔法。もうすぐに完成します。

 極上の食事と、英雄の首。いい手土産が出来ました」

 

いずれ、破れた結界の外から小さな魔物たちがやってくる。

それらは存在の境界があやふやになった人間達を取り込み強力な眷属となる。

 

「レヴナントと言いましたか……小生意気な小僧にもいずれ平伏していただきましょう」

 

紅い月の下、勝利を確信した魔族は高らかに笑う。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― ズンっ

 

と音を立てて地面に降り立った大柄な魔族シュレガ。

人の街はナハトの放った魔法の霧に包まれて、上空ではフレーダが戦っているのか魔法の光が飛び散っている。

 

「あいつ、口の割に苦戦してやがるな。まあ良い……英雄ってのはあっちか」

 

魔法を使わない人間はどれも同じようなものに感じるので面倒だ。

見た目の違いは適当にわかるが魔族にとっては魔力の形こそが力であり個性だ。

 

ゆえに人間の純戦士職というのは一定実力以下になると魔族から視ると村人と変わらない。

 

だが……英雄シュタルク―― 力を振るう魔族の頂点だった血塗られし軍神リヴァーレを討った戦士。

人間の中に僅かにいる、膂力と業を持って魔物も魔族すらもねじ伏せる領域の存在。

 

これは、魔力を感じずとも脅威である。

 

「俺が討っちまえば名が上がるなぁ」

 

情報によるとこの先の小さな建物の中で眠っているらしい。

直接実力で斃すのが一番良いが、この際仕方ない。

討って食ってしまえば結果は同じだ。

 

「ここか」

 

平屋になっている建物の入口を棍棒で叩き壊した。

 

その奥では魔力の結界の膜で覆われた中で眠る一人の男。

間違いない、先の襲撃で見た戦士だ。

 

「よぉ……戦士シュタルク。悪いが、その命、俺がもらっていくぜぇ」

 

眠るシュタルクの元へとシュレガは近づき、棍棒を叩きつけるように構える――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

街の上空 ――

 

「ぐ……くそ……」

「……」

 

魔法使いフェルンと戦うフレーダ。だが、人間の魔法使いをこの場に縛り付けるのがやっとという状況。

少なくとも、食い下がり続けていることに苛立ちを覚えているようだ。

 

(気を抜けば……滅ぼされる……)

 

―― 背を向けて逃げてナハトとシュレガと合流?

 

いや悪手だろう。その一瞬を撃ち抜かれる。

下で計画通り、戦士シュタルクを打てばシュレガが挟撃を掛けてくれる。

 

(早くしろシュレガ!!)

 

更に複数の分身体を生み出したフレーダは決死の覚悟でフェルンへ向かった。

 

■眠れる獅子の尾


 

一瞬見えたのは東門の戦闘で介入してきた魔族。

 

(あっちは……シュタルク様の居る)

 

眠るシュタルクに襲撃をかけようというのだ。

眼前の魔族は思いの外食い下がってくる。

 

「……」

 

魔法使いと魔族。前衛の居ない状況ではどんなに有利でも油断はできない。

油断をしないからこその有利。

 

魔法使いとして圧倒できても、魔法を除けばフェルン自身は普通の人間。

シュタルクのような特異体質でも、アイゼンのような屈強なドワーフでもない。

魔族と比べて脆弱な存在なことをいつだって忘れてはならない。

 

「いい加減、決着を付けましょう」

 

この後に控える本命のターゲット。鮮血公のナハトとの戦いを考えなければならない……

それでもこの膠着状態から抜け出すため、フェルンは魔力を高める。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― シュタルク様!!

 

声が聞こえた気がした。

相手の罠にかかって爆発に巻き込まれ、フェルンを危険にさらしてしまった。

 

こういうと彼女は頬を膨らませるだろうけど……

傷一つ付けさせたくない。必ず守り抜きたい。それが戦士の矜持。

 

―― 俺はッ!!……俺は、あなた達を信じます。

 

判ってる。未来ある少年だ。こんなところで失われてはならない。

彼の覚悟と信頼にも答えなければならない。大人としての責任。

 

( フェルン…… エアフォルク……!! )

 

うっすらと、感じる周囲の空気。

嫌な感じだ。敵意と害意に満ちている。

 

―― 俺が立たなきゃ、こんなところで倒れている場合じゃ ――

 

頭を砕こうと、一撃が振り下ろされる……まさにその瞬間。

戦士シュタルクは、その精神力と本能と矜持と覚悟のもとに、ゆっくりと目を開く。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

一撃を振り下ろしたシュレガがシュタルクの頭蓋を砕いた――

 

と思った瞬間。聞こえたのは-――ミシっ――という音。

それと同時に金属製の棍棒は全く動かなくなる。

 

「なん――」

 

判ったのは、倒れていたはずのシュタルクの姿は既に叩きつけようとしていた床になく――

打ち下ろした棍棒を片手で掴み止める人間が眼前に一人。

掴み止める掌の指はめり込み、金属棍はピクリとも動かせない。

 

「馬鹿な!いつのま――」

 

言い終わる寸前、シュレガの胴の中心に凄まじい衝撃が走った――

 

「ごっ!!」

 

―― それは、その巨体がその場に立ち続けることすら出来ない衝撃。

 

あり得ない。自分の巨体を投擲された槍のように、吹き飛ばすほどの一撃。

 

腹の上、胸の中央。胴の中心。心臓を掴みだそうと狙うかのような位置に

拳のようなめり込み跡が激烈な痛みを走らせる。

 

「おあああああああああああああああああああああああっ!」

 

そして与えられた運動エネルギーにより吹き飛ぶ勢いが止まらない。

 

「があっ!!」

 

攻城兵器の金属の砲弾が岩の城壁にぶつかるような激音と共に。

シュレガの肉体は街の端にある外壁の壁に叩きつけられた。

 

「なん……だ……なにが……おきた……。そんな……ばかな……」

 

先ほどまで自分のいた位置を視ると、土煙の上がる中に人影が残る。

 

「戦士……シュタルク……」

 

遠くに見えるその男は拳を突き出した状態からゆっくりと構えを解いた。

 

「くそがぁぁぁぁぁ!!」

 

シュレガはめり込んだ状態から飛び上がり、構えを新たにする。

 

「あああああ!!痛え!!万倍にして返すぞ、クソ人間が!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

距離をおいて向かい合った戦士シュタルクと魔族のシュレガ。

シュレガは再度魔法で構成した金属棍を構えて、シュタルクに向かって飛び出した。

 

「ッ!!」

 

が、捉えていたはずのシュタルクの姿が――

 

「どこにっ!!」

「ここだ。この街の状況はなんだ。やったのはお前か」

 

その言葉と共に、シュレガの眼下から目前に生えてきた戦斧。

それは顔に向かって振り下ろされるように、こちらに向かってくる。

 

「いつの間―― ぬおおおおおおおお」

 

ギリギリでその刃を金属棍で受け止めるが勢いが止められない。

 

「ごあっ!!」

 

振り切った戦斧の勢いでシュレガの巨体が飛ぶ。

 

再度壁に叩きつけられて、魔族でありながらも一瞬意識が遠のいた。

剥がれ落ちるように地面に落ちる瞬間――

 

「じゃあ、さっさと元凶を止めねえとな」

 

真下から聞こえる声。シュタルクの動きが目で追えない。

気がついたら別の場所にいる。

 

「がッ……はっっ」

 

真下にいる戦士シュタルクは一回転してシュレガの体を刺す様に蹴りを放ち上空へと蹴り上げた。

 

「おああああああああああああ」

 

打ち上げられた位置から下を向くと、床に転がっていたらしい戦槍を振りかぶるシュタルクが見えた。

 

「なっ……!!」

「フッ!!」

 

上空めがけて投擲して来た戦槍。

人間の腕で攻城兵器のような勢いの槍が打ち放たれ、シュレガは顔を覆うように防御姿勢を取る。

 

だが、いつまで経ってもそれはシュレガの当たる様子がなかった。

防御の隙間から視界をのぞかせる。

 

「いつまでそうしているんだ?」

 

そこには上空にもかかわらず見えた赤い戦士の姿。

戦士シュタルクは跳躍し、シュレガに追いついていた。既に戦斧を振りかぶっている。

シュレガはその戦斧の一撃により、上空から地面へと叩き落されていった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

上空のフレーダは残っていた眷属も魔力で作れる分身体も、

己の全てを尽くして総攻撃をかける。

 

「ここで……貴様をしのげば戦士を殺したシュレガも来る!その時が最後だぁぁ!!」

「相変わらず……高慢で……愚かですね。あなた達は」

 

拡散する魔法でその大群を撃ち抜いていくフェルン。

 

だが――

 

(私の最高速の一撃なら!!)

 

ほとんどの分身体も撃ち抜かれるだろうが、一撃さえ当たれば状況は覆る。

そう思い、構えたフレーダ

 

「死ね! 協会の魔法使い!!」

 

魔力をため、勢いをつけて斬りかかろうとしたフレーダ。だが――

 

「ごふっ!」

 

フレーダの一撃は魔法使いの体を貫くはずだった

 

「ば……かな……」

「魔力だけでしか、力を測らない。それがあなた達の限界です」

 

フレーダの目に映ったのは己の腹部に深々と突き刺さった戦槍。

 

「いったい……何が!?」

 

槍が飛ばされてきた方向を視ると、その目に映ったのは戦斧で斬り伏せられ、地面に落される魔族シュレガの姿だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

地上に叩きつけられたシュレガは魔力で編まれた身体を幾ばくかを再生する。

まだ心臓を撃ち抜かれていない。魔力さえあれば、復活できる。

人間でもなんでもいい。喰らって――力をつけて――復讐を――

 

シュレガの意識は『逃走』の2文字で埋め尽くされる。

眼の前の人間の強さも、敗北に対する悔しさも考える暇などない。

このままでは存在すらままならない。

 

相手は……力の魔族の頂点であったリヴァーレを討った存在なのだ……

 

「……とりあえず、お前らのボスの場所吐いてもらわないとなんだが。いや――」

 

戦士シュタルクのそんな声が聞こえた瞬間。

上空から降り注ぐ光に包まれた。

 

「がああああああああああああああ」

 

何かに――撃ち抜かれた。

体の中央の感覚がない……

 

「いやだ……滅びたく……ない……」

「容赦ないな……」

 

シュレガの言葉を聞いてか聞かずかのシュタルクの言葉に返事をしたのは女の声。

 

「――シュタルク様に言われたくありません。地面から投げた槍で貫くなんて」

 

それはフレーダが討つはずだった魔法使いの女。

 

「フレー……だ……しくじったな……」

 

その言葉を聞いた女の魔法使い……フェルンは「これですか?フレーダというのですね」

杖とは逆の手に持っていたボロキレのようななにかをドサッと地面に放り投げた。

 

「が……あ……あ……」

 

それは翼と腕をもがれ、下半身も消し飛ばされた哀れな魔族の姿だった。

かろうじて息がある。

 

「妙に丈夫なのは、ナハトの魔法により構成を変えられているからでしょうか?

 弱体化はするものの、灰化する様子がありません」

「こいつらも眷属化しているってことか」

「さあ……しかし、だとするなら同胞すら弄ぶ下衆といえますね」

 

廃棄されたゴミを視るような視線でシュレガとフレーダを視る魔法使い。

その瞳には一片の慈悲の色すらない。

 

「場所聞いたほうがよくない?」

「必要ありません。すでにわかっています」

 

魔法使いの女は表情も変えずシュレガとフレーダへと杖を向ける。

 

■紅い月と廃城


 

「せっかくの力をくれてやっても、この程度か……」

 

目覚めてから拾った魔族。

配下にして力を与えてやったが……どうやら件の二人の英雄を討つには足りなかったようだ。

 

「せめて回収できるものは回収しましょうか」

 

手にした、遺骸のアーティファクトに力を込めて魔法を発動する。

発動し終えたあとは次の準備だ。

 

「さてと」

 

後ろを振り向くと同時に謁見の間のドアが割れて叩き開く。

 

「ナハトぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

剣を構えた待ち人、かつて自分へと抗ってきた少年。

彼が切っ先をナハトへと向けて飛び込んでくる。

 

「歓迎してください」

 

指を鳴らすと、周囲に控えていたギルド長や領主達が顔を上げて動き出す。

ムクムクと服を突き破りさまざまな魔物の肉体があらわになる。

 

「混じり物ごときがぁぁ!!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

飛びかかってくる、人だったそれの攻撃を躱しエアフォルクは突き進む。

もう、容赦も何もいらない。ただ眼の前の魔族を屠り、すべて終わらせる。

 

他の思考を遮断し、それを邪魔する何かを一切のためらいもなく切り捨てる。

冷静に、冷徹に、一切の躊躇なく、ただ一直線に。

 

そうしなければ届きはしない。

 

「ほう……人間とは面白いものですね。

 何かをきっかけに、常識の域を超えた力を得る」

 

眼の前の化け物が何を言っているのかもわからない。だが――

かつて、魔法ギルドで見た気がする誰かによく似た魔物が進路を遮る。

攻撃をかわし、首を切り落としながらも視界の中央にナハトを捉える。

 

「戦えナハトぉぉぉぉ、いったい何人犠牲にする。これから何人を喰らう!!何がしたい!!」

「変わったことを聞きますね。魔法の極致に至り、己の欲望の向くままに世界を喰らう。それ以外ありますか?」

「戯言を!!」

 

ナハトはニヤニヤと笑いながらエアフォルクの戦う姿を見ている。

その顔に一撃だけでも、一矢報いることができれば――その想いだけで体を動かす。

 

「ぐあ……」

 

今切り捨てたのは……誰だっただろうか。遠巻きに見たことがある気がする。

喉元に突き刺した剣を引き抜くためにその体を蹴り飛ばした。

 

「―― ふむ……味付けは上々」

 

眼の前に立ちふさがるものを排除し、目標の魔族を正面に捉える。

「……」

 

剣を構えてエアフォルクは走り出す。

 

―― これ以上奪われてなるものか

―― これ以上壊されてなるものか

―― あのような行為をしたものが笑う世界があってなるものか

 

剣を突きつけ、斬りつけ、心の臓を刺し貫き、討ち滅ぼす――

 

「出番ですよ」

 

目前までやってきたエアフォルクを前にナハトは指を鳴らした。

構わず剣を突きつけるために振りかぶったエアフォルクの耳に響いた声

 

―― にい……さん……

 

妹の、なつかしい呼び声。

上空から降り立つ魔物の体をまとった妹の姿。振るわれた一撃が頭を殴打し――

エアフォルクの意識は暗転した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタルクとフェルンは街の中央の領主の館へと走る。

そこにナハトがいる。おそらくエアフォルクも向かっているだろう。

 

「がああああ!!」

「フッ!!」

 

フェルンに飛びかかってきた何かをシュタルクは反射的に斬り捨てる。

時折飛びかかってくる人と魔族が混ざったようなもの。

 

眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)……ってのがこれか」

「……止めきれませんでした。申し訳ありません」

「フェルンが謝ることじゃないし……俺も謝られる側の人間じゃない」

 

フェルンもシュタルクも表情を変えることなく走る。

先の2体の魔族。トドメを刺す前に地面から生えてきた黒い靄に包まれ、そのまま2体とも灰となってしまった。

 

『傀儡だったのでしょうね。魔法により作り変えられて』

 

灰になる一瞬、元の姿のようなものを見せた。

2体の魔族は鳥のような外見や硬質な巨体という特徴的な姿だった。滅びる一瞬前に見せたのは平凡な魔族に見えた。

ナハトに踊らされた哀れな傀儡。

 

「ここで、全部終わらせよう。エアフォルクを助けて」

「はい」

 

鮮血公のナハトは領主館でフランメの結界を破壊したまま、居座っているらしい。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

人間の女とアートルムの遺骸。

この2つを近づけ過ぎると危険だ。ナハトはアートルムの遺骸を体内に格納する。

ただ、この人間の女を触媒にアートルムの遺骸から莫大な魔力が引き出せているのも事実。

 

偶然の産物だった。

レヴナントから貰い受けたこのアーティファクトとも言える黒極龍アートルムの遺骸。

神代の世界を焼いた獣の内の一体。唯一残された遺骸の一つ。

当初はなんの反応もしなかった。それが反応したのは襲撃で女を飲み込んだのがきっかけ。

少なくとも、これを触媒とする事で莫大な魔力を引き出せている。

 

「実に便利なものですが……若干の不便さもありますね。時間を駆けて、誤差を生み出さないように同化しなければ」

 

ナハトは倒れた状態のエアフォルクをルーエに持ち上げさせる。

 

「最後の仕上げをしましょう。帰りますよ」

 

その身体をメキメキと鳴らしながら球体へと形状を変えていく。

球体から触手のようなものを伸ばしてルーエとエアフォルクを掴む。

 

最後の味付けと、英雄たちの歓迎の準備をしなくてはね。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ここだ!」

 

もはや主のいない館のドアをシュタルクは戦斧で破壊して進んだ。

 

「ッッ!!」

「東門の戦闘ぶりですか。すっかりお元気なようで」

 

大きな球体とそれから伸びた触手の先にエアフォルクが掴まれている。

もう一方は――

 

「エアフォルク……と、妹のルーエ……か……」

「いただいていきますよ。お二人にも晩餐会の招待状をお送りします」

 

シュタルクの隣から一歩前に出たフェルンは杖をナハトへと向けた。

 

「不要です。この場で討たせていただきます」

 

フェルンが魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を放つのと、シュタルクが戦斧を構えて走り出すのはほぼ同時。

 

「無駄です」

 

しかし、双方の攻撃とも障壁に阻まれた。

 

「硬ぇ!!」

「招待状です。受け取ってください」

 

球体からトゲのようなものが飛び出し、それは周囲に転がっていた魔物の遺体に突き刺さる。

 

「しまった! 灰化していないのはこういう……シュタルク様!!」

 

フェルンの呼び声にシュタルクはフェルンの直ぐ隣にバックステップで駆け寄る。

杖を地面に叩きつけ、球体状に展開した防御障壁。

 

それと同時に首のない魔物化した人たちの体が次々に結界に張り付いた。

 

「では……隣町の廃城……彼らの生家だったお城でお待ちしていますよ。英雄殿」

「逃げるな!ナハト!!」

 

シュタルクの叫びと共に結界に張り付いた魔物たちは爆発した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

魔族の襲撃で街が滅ぶ ―― 世界の何処かでそんな事も起こりえる。

頭では理解していた話だが、こうして語られると身につまされる。

 

「……兄さん……その街は……」

「今は、ノルム商会や帝国の協力で建て直されているよ……10年も経ったんだ」

「そっか……」

 

しかし、居なくなった人達は元通りにはならない。

様々なことはあったのだろう。

 

「元通りにはならないが……結界のある街だ。移住希望者もそれなりにいる」

「……」

 

父と母が命がけで戦った意味が……どんな形でもあったのなら。

全てではなくてもそれは救いなのかもしれない。

 

「結局、ナハトは……?」

「俺とルーエを連れて逃げたんだ――」

「どうして?」

 

エアフォルクは腕を組んで考え込むように答える。

 

「やつが異常なほど力を振るっていた根源のアーティファクト、アートルムの遺骸はルーエに共鳴していた……

 ルーエを媒体に力を使っていたんだ。シュタルク様とフェルン様を討つには、完全な形で取り込む必要があったのだろうね」

 

「姉さんと……どうして?」

 

エアフォルクはその質問に肩をすくめてからルーエの方を見た。

 

「正直なところ……わかりません。私がアートルムの声を聞いたのはあとにも先にも一度だけ。

 やつから支配権を奪い取ったあの時だけです……」

「その時は……なんて?」

 

心配そうに視線を向けてくるシュタアルの様子にルーエは微笑む。

「大したことは言われていませんよ。それは、これから語りましょう」

 

ルーエが話している間、優雅に紅茶を飲んでいたエアフォルクはそっとソーサーにカップを置く。

 

「では語るとしようか。この惨劇の最終章となる反撃と再生の話だ」

 

エアフォルクの言葉に、シュタアルは静かに頷いた。

 

~ Crimson Moon over Ruins Nightmare 03 fin & Continued ~

 




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