葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション

■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ。過去回想では10歳ぐらい。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- エアフォルク(Erfolg): シュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。25歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。斧技を学んでいる。過去回想では15歳ぐらい。
- ソーマ(soma): エアフォルクの従者。叔父に当たる人物。襲撃のあった日。エアフォルクを連れて共に逃げ延びる。

■ あらすじ

―― 覚めない夜と血の祝宴の始まりです!! ――
その宣言と共にフランメの結界の中に入ったナハトは魔法を発動させ始める。

一方、治療の道具を教会へ取りに行ったソーマの帰りが遅いことが気がかりなエアフォルクは、ソーマの行方を追うことにした。

「嫌な感じがします。お気をつけて」

傷を負い、疲れ果てて眠るシュタルクを介抱するフェルンはエアフォルクに伝える。
彼女の予感が意味していたもの。それは魔族に襲われ、魔物に変えられてしまった叔父のソーマの姿だった。

「あなたの未来が……幸せでありますように……、末永く健やかで……暮らせます……ように」

人を襲い、喰らいはじめたソーマを止めざる得なく、その手にかけたエアフォルク。息を引き取る寸前、ソーマはエアフォルクへと無償の愛を伝え、灰となって消えてしまった。

異変を感じ取ったフェルンはシュタルクを結界につつみ、外に出ると彼女を待っていたのは翼の魔族フレーダだった。フェルンは眉一つ動かさず対処するも、数に物を言わせるフレーダに時間を取られてしまう。

そして、眠るシュタルクの息の根を止めるために遣わされた力の魔族シュレガ。彼はそのままシュタルクにとどめを刺そうとするが、心のどこかで呼びかける声があり、本能と戦士の矜持が偽りを押しのけて、戦士シュタルクは目を覚まし反撃を始める。





鮮血の月と廃城の夢 ~Crimson Moon over Ruins Nightmare~ 04【第2部完】

■燃え落ちる街


 

大きな爆風が過ぎ去り、天井も、床の大半も爆破の威力で粉々になったあたり一面。

崩れかけた建造物のかけらがパラパラと音を立てて地面へと落ちる。

 

球体状の防御魔法が解かれ、中から現れたのは赤い戦士と紫の魔法使い。

今は大陸屈指の戦士シュタルクと一級魔法使いフェルン。

 

「……2度も同じ手で。本当に神経を逆撫でるのが好きな様子ですね」

「フェルン……今さっき爆発したのは」

「見知った人が……数名いましたね」

 

魔族に乗っ取られ、半分異形化していた人たち。

この街に来た時に世話になった魔法使いギルド長のプルデンスらしき姿が見えた。

 

この部屋にいた人物たちは爆破の魔法を全身に仕込まれており――先の爆発はそれが原因だ。

あとに残るものは欠片も残っていない。

 

「くそっ!!」

「すみません、止めることが出来ませんでした」

「それを言ったら俺も寝ていた。――街は……なんとか出来るのか――?」

 

シュタルクは眼下に広がる燃え上がる街を前に呟く。

 

「わかりません……捕らえられたエアフォルク様を追う前に生存者を……探しましょう」

「生存者か……わかった」

 

フェルンの言葉が意味するものはシュタルクにもわかる。

こんな惨状にも関わらず、悲鳴も、叫び声一つ聞こえない。

 

だが……探さずにはいられない。

シュタルクとフェルンは、人を救うために、この街に来たのだから――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

生存者……生存者はどこだとひた歩いた二人を迎えたもの。

 

―― がああああああ!! ――

 

人と魔物が混ざったかのような異形の姿の者を斬り伏せたシュタルクは、ため息をついた。

東門の戦いに来ていたルーエは……どことなく人間としての感覚が残っていた。

体や顔が人のそれだったというのもあるが、直感的なものだ。

二人の長年の勘が「あれは人だ」と訴えていた。

 

だが――

 

―― ぐるるるるる……

―― シャァァァァァ

 

街に降り立った二人を取り囲むように感じる気配。

両足と両腕があり、人の形をしている。それがあるにもかかわらず、異形だ。

顔も、体も、腕も、足も。その瞳から見える精神も。何もかもが魔物と感じさせる。

 

「……フェルン。送ってやろう――俺達が……負うべきなんだろう」

「……はい」

 

覇気のない声でフェルンは応えた。無論、声をかけたシュタルクにも覇気はなかった。

こんな事、かけらも望んでいない。でももう手遅れだった。

 

――『本当の話なら……酷いことになっているかもしれないな』

 

最悪のケースは覚悟したつもりだった。だが、間に合っていたはずだったのに……

そう思うたびに手にした戦斧は重くなる。

 

「シュタルク様!」

 

曇りそうになる心に、聞き慣れた声がかかる。

 

「エアフォルク様とルーエ様。二人を救い、帰るのです。私達の街に」

「フェルン……」

 

見上げると、上空で魔力を高める妻の姿。

 

「家では、子供たちが待っています。私達は、何があっても絶対に帰らなければなりません。

 ですから……わかっているはずです。シュタルク様」

 

そう、クレ地方に構えた我が家、ついてきてくれる領民達。

そして―― フリーレン、シュタアル、ティアフォート、エリシア。家族が家で待っている。

 

「そうだな……そうだ……ここで折れたら。子供たちが泣いちまう」

 

そしてシュタルクは戦斧を強く握り、振りかぶって駆け出した――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― にい……さん……

 

最後に聞こえたそんな声。我が妹……最後の家族。最愛の妹ルーエ。

気を失ってしまった。

 

「ここは……」

 

そう、あまりにも憎くて――

 

「目が覚めましたか?」

 

悔しくて――

 

「あなたが起きていないと始まらない」

 

何もかもが許せない――

 

「―― ナハトぉぉ……」

 

母を食い殺された、父をなぶられ眼の前で惨殺された。

妹は異形の力を与えられ我々と敵対させられた。

叔父ソーマは……異形に変えられて……エアフォルク自ら手を下す他なかった。

 

「――ルーエは……どこだ……あの娘は……妹は……俺の家族だ。返してもらうぞ」

「おやおや。あれはもう私の肉体の一部ですよ?それを返上しろと?」

「嘘を付くな……お前は……取り込んだものをあんな運用をしないだろう」

 

エアフォルクの言葉にナハトは眉を動かした。

 

「それなりの期間、お前を追いかけた。少しぐらいは知っているぞ、鮮血公、混ざり物の異形の王……」

「……そうですか。まあ答えは変わりません。

 ですが会話するチャンスをあげましょう」

 

嘲笑うかのようにナハトはエアフォルクを見下ろす。

指を鳴らした彼は天井を見上げる。

 

「何を……ッッ!!」

 

ナハトの視線の先。そこにいたのは……

 

『――かしこまりました』

 

背から8本の蟲の脚を生やした妹の姿――

 

「ルーエ……ッッ!!

 

音もなく地面に降り立つ少女はいつかの巨大な形状ではない。

 

(あの時もそうだが、一体化しているわけではない……背中に……何かを付加されているのか……)

 

「痛めつけてあげなさい。屈強な心が折れ、何も救いがないことを知った時……人は極上の味を示します」

「はい……」

 

剣も鎧も外されていない。つまりは、眼の前の魔族は十分に戦える状態だろうと言っている。

舐められている。この程度で状況は覆らないだろうと。

 

――『魂の籠もったいい剣筋だ。積み上げられた確かな研鑽を感じる』

 

不意に、掛けられた言葉を思い出す。差し伸べられ、大きくみえた掌を思い出す。

 

(かならず来る)

 

――『エアフォルク。俺は英雄なんかじゃ無いよ……』

 

彼らは自身を英雄だとは名乗らない。だが ――

 

(きっと来る。救済の英雄は居る)

 

――『この手を取れ、エアフォルク!』

 

(そう……信じることにしたんだ。シュタルクさんとフェルンさんを信じ抜く!)

 

あの時、自身へと手を差し伸べてくれた。

ルーエを斬るでもなく、止めてくれた。エアフォルクにとっての救世主。

 

「ナハト……いいだろう。踊ってやる。だが、お前のその慢心は……必ずお前を滅ぼすぞ」

「何も出来なかったあのお二人に期待しているのですか?

 手駒は討たれましたが……私は健在です。いつでも潰せる力が、今の私にはあるのですよ」

 

無言で笑うエアフォルクが気に入らなかったらしいナハトは小さく舌打ちをした。

 

「手足の一本程度は奪っても構いません。やりなさい」

 

ナハトの言葉にルーエは背中から生えた脚を地面に突き刺し、低く構える。

その状態で勢いをつけてエアフォルクへと駆け出してきた。

 

■月下の廃城


 

『兄さん!お帰りなさい』

『ただいま、ルーエ。いい子にしていたかい?』

『はい、お母様と一緒にお料理を習っていました!』

『そうか。コゲコゲの卵焼きは流石にもう懲りたから……ちょっとは上達しないと貰い手に困っちゃうからな』

『もう!兄さん!意地悪言わないでください』

 

―― 兄はいつも優しく……

 

『うッ……グスッ……』

『で、少しはしゃいでいたら……父上のお気に入りのティーカップを割ってしまったと』

『ごめんなさい……』

『……お手伝いしようとしていたんだろう?使用人の皆からも聞いた』

『でも、これ、お母様がお父様に送ったって……』

『……はあ。わかった、俺に任せろ』

――

『で、エアフォルク……騎士ごっこを室内でしていたら熱が入って振り回した木刀で割ってしまったと……本当か?』

『はい。父上!申し訳ありません!』

『……はあ、わかった。お前がそこまで言うならそうなんだろう。

 ルーエ、隠れてないで出てきなさい。怒っていないから』

『……』

『……だが、悪いことを申告したのだ。何か……何がいい?』

『父上!今日の午後、父上直々にキツめの訓練をいただけると幸いです!』

『お前……それ、お父さんが一番しんどいやつだな』

『お願いします!!』

 

―― 無償の愛で、守ってくれる存在だった。

 

だが……

 

「ルゥゥゥゥエェェェェェ!!」

「―― 死ね ――」

 

硬質で重い金属音が部屋に鳴り響く。

今は体の一部と化した蟲の脚の爪先が、兄の剣によって弾かれた。

 

―― どうして……そんな兄と戦っているのか?

 

「シュタルクさんも、フェルンさんもじきにここに来て共にナハトを撃つ!

 お前の目も覚まさせる!だからッッ!!」

 

―― 何を言われても、エアフォルクを討てという意思は変わらない。だけど……

 

「―― がはっ!!」

「……」

 

一本目が防がれても、複数ある足で次々に斬りかかり、打ちかかる。

エアフォルクは剣一本で巧みに弾くが……衝撃が剣に伝わり、体に響いた。

 

「まだだ……妹に家族殺しなどさせはしない――」

 

―― どうしてこの身に、言葉は重くのしかかるのか。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

壮絶な戦闘の跡、町の広場だったその一帯はもう何も残っていない。

戦士はその場で片膝をつき、名も知らぬ誰かを祈るように見送っている。その瞳に宿すのは悲しみか、憐憫か……それとも――

 

「埋葬することすらも……許されないのか……」

 

両断され、絶命した魔物化した人々は、魔族や魔物と同様に灰となって、空気中の魔力と混ざり虚空へ消える。

 

「シュタルク様……今は……」

「わかってる。ナハトの元へ向かおう。エアフォルクもそこに居る」

「狡猾な魔族です。おそらく私達に拮抗する力をまだ隠し持っているのでしょう」

 

かつてフリーレンの語る大魔族の中に名を連ねていなかったが、現状、被害レベルで言えば大魔族のそれに近い。

黄金郷のマハトが街一つを金に変えたように。鮮血公のナハトは街一つを地獄に変えた。

 

「絶対に……ここで討たねばなりません」

 

爆破前に見えたナハトの所持する妙なアーティファクト。

あれは莫大な魔力を秘めていた。街一つを 眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト) という魔法で覆い尽くす無理を押し通すのも。

何も恐れずにこのような振る舞いをするのも……おそらく拠り所の力がある。

 

その時――がッという音が聞こえた。音のする方向を見るとシュタルクが額に自身の拳をぶつけていた。

戦士なりのけじめ……だろうか。彼は勢いよく立ち上がる。

 

「そうだな……あんなのがうろちょろしてたら、誰も夜に眠ることが出来ない。行こうぜ、フェルン」

 

少し苦笑いしながら声をかけてきたシュタルクの様子にフェルンは安堵した。

決して楽観視出来ない。討ってしまった命は戻らない。だが……

 

「はい。行きましょう、シュタルク様」

 

ここで、膝をつくわけにはいかないのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

眼の前では二人の兄妹が殺し合っている。

 

もちろん、殺されてしまっては困る。生きたまま食うのだから。

それが良い。ずっとそうしてきた。人が生きる意思を失ったその瞬間――その時が格別なのだ。

心が強ければ強いほどいい。未来に希望を抱いているほどに。あるいは復讐の炎に身を焼くほどに燃え上がってるほどに。

 

「――それが格別の味をしめる……どれほどの労力とリスクを重ねてもいい……」

 

他の同族は、食えればいい。自身の生存に問題がないなら構わないという。

偏食家とも揶揄してくる始末。

 

「だからお前たちは弱いのだ。力も。魔法も……」

 

執拗なまでの、究極を追い求める拘り。そのために如何なる労力と工夫も厭わない。

それこそが、生と魔法の究極への到達点と近づく最も近道であると知らず。

 

人の生み出す絶望が甘美であることはたまたまだ。ナハトにとって甘美であった。

だが追い求める価値がある。

 

「さて……件の戦士と魔法使いを迎える準備をしなくては。

 フレーダとシュレガ。通常の魔法使いや戦士であれば束になっても勝てない設計のはずですが……あれを下したのは流石です」

 

ナハトが体から取り出したのは黒極竜アートルムの遺骸。

魔法で同化させる方法を考えていたのだろうが、直前に自分が食らった人間に最も強く反応する神代の竜が絡んでいるとは。

偶然にしては出来すぎだが、手の内にそれがあるのなら是非もない。

 

「神代の竜の力を引き出すことに成功した今、私を討てる存在などいません」

 

かつてはこの地を収めた者。彼らの父親が座っていたであろう謁見の玉座。

その椅子に満足気に座りながら魔族は笑う。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

2年前に滅んだという隣領地。

脇目も振らず全速力で移動して中央の街の麓の村に到着した。

人間は誰ひとりおらず……奇妙な形状の魔物が点在する廃墟。そして街の中央にそびえる廃城が遠くに見える。

 

「資料によると、人望のある領主の運営する豊かな領地だったと」

「エアフォルクの両親か……」

 

奪った相手の居城に住み込み、家族を人質に、その場に当人を連れ去った。

何もかもが醜悪で悪趣味な行為。

 

「フリーレンが魔族を見たら問答無用で攻撃するの……ちょっとやりすぎかなって思ってたんだ」

「シュタルク様……」

「俺だってもうわかってるよ。価値観が違いすぎて言葉じゃわかり会えないってこと。

 あいつらは、放置すれば人間の子供だって食べる。相容れない。でも……」

 

シュタルクは、民家の近くに転がっていた焼け焦げた騎士のおもちゃの人形を手に取った。

小さな男の子が好みそうなもの……シュタアルが欲しがっていたものによく似ていた。

 

おもちゃの人形は……炭のように黒ずんでいて動かしたことで足が崩れ落ちた……

 

「こんなにも許せない気持ちって……まだ、あったんだな――」

 

かつて対峙した血塗られし軍神リヴァーレ。奴はシュタルクの一族の敵だった。

父や兄をその手にかけた魔族。だが、それでもそこには戦う矜持があった。

 

だが今回はなにもない。醜悪なまでの絶望と死をばらまいている。

 

無意識に人形を握りつぶしてしまいそうになった瞬間。柔らかな感触が背中を包む。

 

「シュタルク様……落ち着いてください」

「フェルン……」

「はい……一片たりとも許す必要もありません。

 あれは人類の敵です。生かしておけば私達の生存に関わります。けれど……

 ―― だからこそ、私達は負けられません。そして、心を飲まれては……勝てはしません。そういう敵です」

 

フェルンの言葉に改めて手の中のおもちゃの人形がきしみをあげていたことに気づいた。

 

「そうだな……」

 

崩れかけた窓の桟、シュタルクは壊れないようにゆっくりと騎士の人形を座らせる。

 

「ありがとう、フェルン。やっぱりフェルンがいないと俺駄目だな」

「……そうですね。私がいないとシュタルク様は駄目戦士です」

「返す言葉もないよ。行こう。エアフォルクが待っている」

「はい」

 

そうして、二人の戦士と魔法使いは滅びた町の中央、赤い月の下に見える廃城へと歩みを向ける。

 

■想いの証明


 

「はぁっ!!」

「……邪魔」

 

どれほどの時間撃ち合ったのだろう?

何度斬り結んだのだろう?もう数えることすらバカバカしい。

 

普通の人間なら、鎧を着て剣を振り続けるなど30分も持てば良いほうだ。

1時間……2時間……わからない。

 

エアフォルクは無心で……ただひたすらに、攻撃を受け流し、チャンスがあれば脚へと攻撃を加える。

それは斬られるたびに再生を繰り返す。

もちろんこちらも無傷ではない。もはやどうして立っているのか自分でも理屈がわからない。

 

だが、体は叫んでいる。今が限界を超えるときだと。

心が叫んでいる。決して諦めてはならないと。

エアフォルクが背負う全ては「今目の前にいる存在を決して見放してはならない」と己に誓っている。

 

「――わかっている!」

「ッッ!!」

 

一声と共にルーエの脚の一撃を紙一重で躱して反撃を行った。

 

「――俺には英雄のような力はない。ただの一兵卒だ!」

 

重量をかけた脚の一撃は、正面から受け止めることなく剣の刃を伝わせて受け流され、地面へ滑り落ちた。

 

「それでも退けないときはある」

「――何を」

 

その脚を引き抜く前に、節目を狙い、切り落とす。

 

「あぐっ!!」

「帰ろうルーエ。一緒に。失ったものを一つでも取り戻すんだ――」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

くだらない。

 

眼の前で行われている死闘を眺めて鮮血公のナハトはそう断じた。

茶番だ。もっと早く折れるかと思っていた。だが、思ったよりしぶとい。

 

件の二人の英雄が到着した頃に、噛み砕く姿を見せてやろうと思っていたのだが……

これでは食うに値しない。

 

「少し難易度をあげましょう。死なないでくださいよ」

 

ナハトは手のひらに出したアーティファクトに魔力を込めた。

 

「ああああああああああああっ!!」

「ルーエッッ!!」

 

ダンスホールで戦うルーエは苦しみだし、エアフォルクがそれを心配そうに声を掛ける。

 

「うあ”あ”あ”あ”ッッ!!」

エアフォルクが差し伸べようとした手を、頭を抑えながら振り払うルーエ。

 

「いったい何が……」

「融合を強めました。せっかくです。此処から先はこれの力の一端をお見せします」

 

ナハトが取り出したのは奇妙な形のアーティファクトだった。

 

「とある、太古の竜の骨ですよ。ただ……莫大な力を秘めている」

 

彼女の背部についていた蟲の脚のようなものが付け根から崩れ落ちた。

異形の足が取り払われ、残ったのは普通の人の姿。

背中が破け、煤けたドレスをまとった、まだ歳幼い妹。

 

「ルーエ!!」

思わず駆け寄ろうとしたが、真近くで足が止まった。

彼女からピタリと止んだ唸り声……ルーエから異様な気配を感じる。

 

顔を上げて目を開いた瞬間、不気味な圧力を感じて、エアフォルクは立ちすくんだ。

 

「くっ!!」

 

ルーエの足元から光の柱が上がり、姿が見えなくなる。

 

「ナハト!!貴様!何を!」

「言ったでしょう。力の一端だと。ほんの少しだけあなたにも見せてあげますよ」

 

強力な魔力によるものか、より強く輝いた後、徐々に消えていく光の柱。

その隙間から白い掌が出てきた。

 

「死んで……ください……にい……さん……」

 

掌が開いてエアフォルクに向けられた瞬間。

 

「うあッッ!!」

 

正面からハンマーで殴りつけられたような衝撃が走った。

あまりの圧力に体が吹き飛び、後ろの壁に叩きつけられる。

 

それでもなお、その掌は壁に張り付いたエアフォルクを潰そうとこちらを向いている。

 

光が収束する中、出てきたのは黒い竜の翼を背中に生やした妹の姿。

首筋からは黒い鱗が生え始め、少しずつ広がっている。

 

「竜……だと……」

「そう、大昔、世界を震撼させた太古の神獣の一柱。その力を人間に混ぜる。

 不敬なことですが。面白いでしょう? いびつでしょう?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

エアフォルクは正面のルーエの姿を見る。ルーエは……妹は……年齢にすれば十歳の少女だ。

今の姿は、どう見ても大人と言って差し支えない姿となっている。

ナハトの魔法の影響なのか、アーティファクトの効果なのかわからない。

 

だが……

 

注がれた力に……軋む体に、痛みを覚え、瞳からは涙が流れ出ている。

今のルーエには、それでも痛みを訴えることすら出来ない。

 

「ふざ……ける……な……」

 

戦うことすら知らぬ少女が、こんな力を与えられ……己が身を痛みにさらし……

殺意を持って……家族を手に掛けようとするようなことなど……

 

「死ん……で……」

 

―― 『兄さん。怪我をしないか心配です。お気をつけて』

 

あって良いはずがない。

 

―― 『兄さん、怪我を……待っていてください! すぐにお薬と包帯を……』

 

「全て……消えて……」

「そんな事が……あって良いはずがないだろ……」

 

壁に押さえつけられた体。それでも全身の残った力を振り絞り、一歩前に踏み出した。

 

「やれやれ、……未だ折れないのか。

 構いません。腕か脚でも吹き飛ばしてあげなさい」

 

ナハトの命令にルーエはもう片方の手をエアフォルクへとかざす。

 

「ルーエ……

 痛いときは……『痛い』って言って良いんだ……」

「撃ちなさい」

 

掌から放たれた魔法は……エアフォルクの肩をかすめた。

かろうじて、直撃はしていない。

 

「……辛いときは『辛い』って言って良いんだ……」

「……」

 

無言のルーエの表情が僅かに歪んだ。

しかし、その瞳の奥に……命の灯火のような光が見えた。

 

(まだ……伝わる。伝えられる!)

 

エアフォルクは圧力がかかる中、また一歩、脚を踏みしめる。

 

「……お前は未だ子供で。明日を夢見る権利がある……」

「……この期に及んで、抵抗する力がどこから……? 足を撃ちなさい」

 

徐々にエアフォルクの歩みを進める強さと速さが増していく。

それを遮るための攻撃魔法。ルーエは掌から何度も放出する。

 

「……いつか誰かと出会い、愛しあって、子を育む。冒険者になったって良い……」

 

複数の魔法による攻撃はどれもエアフォルクをかするだけ。

外れた魔法の余波で背後にある石造の、床や壁は次々に崩れゆく。

命中していれば、肉体は消し飛んでいただろう威力。

 

「だから……黙っていないで、言って良いんだ。嫌なことも、して欲しい事も……」

「いったい何をしているのです……!?」

 

いい加減、ナハトもじれてきた様子で声に怒りが混じり込んでいる。

 

だが、今エアフォルクにとってはどうでもいい事だ。

そう、取るに足らない事。

 

(今目の前で……妹が泣いている……!!)

 

「く……る……な……、こないで……」

 

そうしている間にもルーエの掌からは見たこともない魔法が次々に打ち出されている。

黒い衝撃をまとったそれはエアフォルクの鎧や肌をかすめ、小さな傷をつけながらも直撃することがない。

 

「どう……し……て……」

 

―― 『この手を取れ!エアフォルク』

 

自分がそうして救われたように。そうされて嬉しかったからこそ。伝えるべきだ。

 

「くる……な……」

 

必死に歩みを進めたエアフォルクと彼女との間の距離はもう五メートルもない。

近づく程に強くなる魔法の威力。それでも、エアフォルクはルーエに手を伸ばす。

 

(気を抜けば……指から砕けてしまう……)

 

「この手を……」

「……もう良い。中断です!」

玉座から立ち上がったナハトは忌々しげに声を上げる。

だが、そんなものにかまっていられない。

 

「にい……さん……た……すけ……」

 

(ソーマ、父上、母上!! 今この時、この一瞬で良い。俺に力を貸してくれ!!)

 

その瞬間、自然と、不思議な感覚が背中を押すように伝わってきた。

益々強まる拒絶の圧力の中、声が出せる。そんな気がして。

 

「――この手を……この手を取れ!ルーエ!! 帰ろう! 一緒に帰るんだ!!――」

 

エアフォルクの掌は、ついにルーエの掌を掴んだ ――

 

■いつもその掌の中に


 

―― 声が聞こえる。一身なる叫びで私を呼ぶ。

 

(助けて……)

 

―― ノイズが多い……『一つになれ』という声。『下り、従え』という声。

 

(何も見えない……怖い……)

 

―― 『戦と……終焉を……炎にその身を焚べよ』という呼び声……

 

(お父様、お母様、ソーマ……だれか……)

 

必死に手を伸ばしても……何も掴むことが出来ない。

そんな中、確かに聞こえる。兄の声。

 

(兄さん……)

 

――「ルーエ……痛いときは……『痛い』って言って良いんだ……」

 

(痛い……!!)

 

――「……辛いときは『辛い』って言って良いんだ……」

 

(辛い……!!)

 

 

徐々に……近づいてくる。遠くだったその懐かしい声は……

とても力強く。確信に満ちて……温かい……

 

――「だから……黙っていないで、言って良いんだ。嫌なことも、して欲しい事も……」

 

(兄さん!助けて……助けて兄さん!!)

 

必死に声を掛ける中、光が見える。ルーエは……そこに向かって必死に手を伸ばした。

遠くにあるように見えた光は、強く願うほどルーエへと近づいてくる。

 

(あと……少し……お父様!お母様!お願い!!)

 

長らく……あっていないそんな気がする父と母を呼び求めると不思議と光はより強く輝き――

 

―― 眼の前に映った兄の姿。

―― 何度も見たようで、初めてじっくり見た気がする。

―― 記憶の中の優雅さと幼さの残る姿とは異なる、険しい顔の――まるで流浪の戦士

 

(兄さん……、ボロボロで、傷だらけで……ごめんなさい……でも……)

 

「にい……さん……た……すけ……」

 

腹の底から声を出したがそれはかすれて呼び声にもならない。だが――

 

「――この手を……この手を取れ!ルーエ!! 帰ろう! 一緒に帰るんだ!!――」

 

懐かしいその声は……その顔は……ルーエのその腕を握りしめた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「にい……さん……ごめん……な……さい」

「いいんだルーエ。すぐに終わるから休んでいろ」

 

エアフォルクが腕を掴んだ瞬間、黒い翼と首筋から徐々に広がっていた黒い鱗にヒビが入る。

 

「馬鹿な……リンクが切れただと……!自力で連結を振り払ったか!」

 

立ち上がったナハトが叫ぶ。ナハトは手にしたアーティファクトを魔力を込めようとしつつも何かを難儀している。

 

「……やってくれましたね……人間ごときが……私の魔法を汚すなど!!」

 

石の破片がパキパキと音を立てて宙を舞い始めたのはおそらく怒りで魔力が漏れ出ているから。

どうやらこれは、やつのシナリオの外の出来事らしい。

 

エアフォルクの腕の中でルーエは十歳程度の元の姿に戻りつつある。

 

「知ったことか! ルーエは返してもらうぞ!この子は俺の妹だ」

「……うるさい。それは私の触媒だ、再度……つなぐには……

 ええい、直接取り込む!!もう貴様の調理などどうでもいい!それを返せ!!」

 

ナハトは体を巨大な四脚の怪物に変えつつ、その腕を大蛇の頭に変えた。

 

「――ふざけるな……」

 

勝手な言い分だ。かつて、そうして母も父も奪われてしまった。

 

「貴様ごと取り込んでくれる!!」

 

大蛇の頭がこちらに向かってくる。

エアフォルクはルーエを抱きかかえたまま剣を構えた。

 

―― 背を向けても意味がない。絶望するな! 家族を守れ!!誇りを持ってあらがえ!!

 

「俺はもうあの日の俺じゃない! 無謀でも! 孤独でもない! お前にくれてやれるものなど一つも持ち合わせていない!!」

 

迫りくる大蛇は恐怖により相手から視線を外させるように襲いかかってくる。

だが、エアフォルクは剣を振りかぶり、これに構えた。

 

―― もう決して奪われてなるものかと。彼らが来るその一瞬まで守り抜いてみせると。

―― 無策ではなく、勝利の目は必ずこの先にあると確信を持って

 

「丸呑みにしてくれる!」

 

ナハトの怒号が響く中。聞き覚えのある声が響く。

 

「――よく言った、エアフォルク!!――」

 

天井が砕ける音と共に――

 

「ッッ!!」

 

目に見えぬ速度で落ちてきた、赤い落雷。

それは大蛇の首を両断し地面に叩き落とす。

その衝撃でナハトの持っていたアーティファクトも地面に落ちて、エアフォルクの足元へと転がった。

 

「これは……ルーエの肉体を変えていた……」

「遅れて申し訳ありません」

 

落ちた蛇の頭の上とナハト本体の上から光の柱が降り注ぐ。

ナハトは緊急退避の体制を取りながらこれを躱したが、蛇の頭は撃ち抜かれ灰となっていく。

 

エアフォルクの前に降り立った赤と紫の人影。

 

「……遅かったでは……ありませんか。何度も、死ぬかと思いましたよ……シュタルクさん……フェルンさん……」

「毎回タイミングが良すぎて悪いな。いや、本当にわざとじゃないんだ。

 でも、遅れた分はちゃんとやるよ」

 

持ち上げた戦斧を構えた戦士は、ついに目的の魔族の前に立った。

 

「こう見えて、隣町から全速力で走ってきたのです。許してあげてください。

 ――そして……ルーエ様の奪還……お見事です。正直。驚嘆しました」

「それはこちらのセリフです……馬車で半日の道ですよ…」

 

傷だらけではあるが、その心は折れず、まっすぐな視線のエアフォルクにフェルンは胸を撫で下ろす。

 

「終わらせましょう。あれは放置できません」

「はい……」

 

忌々しげに「人間ごときが」と呻く魔族を前に……

 

―― ようやく、全てのピースが揃ったのだ。

 

■覆い尽くすもの


 

「おのれ……」

 

どこからだ。どこから崩れた。何が間違っていた。

贄の少年を喰らうに及ばず、触媒の少女は連結を絶たれ、奪い返す直前に英雄はこの地に降り立った。

 

ナハトは考えを巡らせる。

 

――『ナハト……いいだろう。踊ってやる。だが、お前のその慢心は……必ずお前を滅ぼすぞ』

 

くだらない!!

 

「街の連中はどうした。お前たちを殺すように命じていたはずだ」

「……やっぱりか……全員とは行かないけど、送れる限りは……送ったよ」

 

シュタルクの眼光には、炎のような光が宿る。

 

「……過去に私達の好む魔族などはいませんでしたが。少なくとも今までの中で最も不愉快ですね」

 

不快を訴えるフェルンの紫の髪はゆらゆらと揺れている。

 

二人の英雄がこちらに向かって襲いかかってくる。それを座して待つつもりはナハトにはない。

 

眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト) は既に空間一帯に満たされている。

それでも影響がない。つまりは……直接手を下すしかない。そうであるならば

 

切断されたヘビの首から下たる血を地面に撒き散らし、魔力を通す。

 

「―― 鮮血を獣へ変える魔法(ブルートベスティエ) ――!!」

 

血の海から、かつてナハトが取り込んだ魔物たちが赤い血をまとった姿で現れる。

見た目に恐怖を誘う姿に対して、怯むことのなかった二人。

 

シュタルクは戦斧で先頭の数体の魔物を息をする間もなく叩き伏せ……

 

「―― 魔族を殺す魔法(ゾルトラーク) ――」

 

後方に控えていた者達はフェルンが間髪淹れずに叩き落とした。

爪も、牙も、何も出す隙すら与えない。

 

だが ――

 

「―― 獣を血肉へと変える魔法(ベスティエンアウフレーズング) ――!!」

 

巨大な熊の脚と腕、蛇の頭の尾、ヤギと鳥、狼の複数の頭……様々なものが混ざった異形の形。

 

「貴様らごとき……アートルムの力なしでも!!」

 

その巨大な肉体でナハトはシュタルクとフェルンへと襲いかかった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「これが、本気のシュタルクさんとフェルンさん……」

 

ルーエを抱えたエアフォルクはその速度に目を丸くする。

エアフォルクと戦った時、ルーエを殺さないように戦った時、今目の前の二人の力はその比ではない。

 

ナハトの巨体は爪を伸ばしシュタルクへと斬りかかり、同時に蛇の頭でフェルンを狙い。

複数の首は伸びてその牙を二人に向ける。

 

しかし、どれも決定打とはならない。

 

斬りかかった瞬間、逆に斬り落とされ、襲いかかった瞬間に撃ち落とされる。

その都度に再生し、隙間なくナハトは攻撃を繰り返している。

 

「強い……」

 

どれほどの再生力と命を持っているのかわからないナハトの攻撃。

それを物ともせずに反撃をするシュタルクとフェルン。

再生して、反撃をしてくるナハトを討つには届かない……というよりナハトが必死の防戦を繰り返しているのだ。

やめれば……負ける。滅ぼされる。それが本能的にわかるからこそ。

 

「おのれ……!おのれ……!!おのれ……!!こんなはずでは!!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― 予想以上に強い。配下の傀儡の魔族だったフレーダとシュレガを討った情報からある程度の想定はしていた。

 

『問題ない。強力だが個々の戦闘力は予想の範疇だ』

 

そのはずだったのに……

 

「どうしてだ!なぜだ!」

 

切断された肉はそのまま鮮血を獣へ変える魔法(ブルートベスティエ) で小型の眷属へと変化させ、

ナハト本体だけではなく、多角的な攻撃にしている。だと言うのに……

 

「フレーダでしたか……あれの出してきた数より少ないですね」

 

隙をついた贄の少年への攻撃すらも、一瞥することなく迎撃されている。

範囲制圧をする魔法使いへ集中攻撃は眼の前の戦士が徹底的に防いでくる。

 

「随分と単調だな。そんなんじゃ一撃加えるどころか、反撃につながっちまう……っぞ!」

 

戦士の一言と共に切りかかった腕は衝撃で消し飛ばされた。

飛び散った返り血は切断の魔法が乗っている。掛かった瞬間に八つ裂きにする。そういう魔法。

 

だがそれも、魔法使いの防御魔法で防がれた。

 

「何なんだ……お前たちは……何なのだ!!」

 

二人の戦士と魔法使いはまるで一人の人間の様に有機的で立体的な戦闘を行う。

どんな手も、どちらかが臨機応変に防いでくる……双方が凄まじい火力をもちながら、相互に守り合い一切の隙を見せない。

 

「この程度であるならば、ここでこのまま滅びていただきましょう」

 

魔法使いの冷暖な声は……ナハトに、生まれて初めて、生存を脅かす存在に根源的な恐怖を感じさせた。

 

✧ ✧ ✧ ✧ 

 

「か……あ……が……ああ」

 

ついには再生が間に合わなくなり。腕も、尾も、途中から脇目を振らず出した触手すらも何もでてこない……

獣の首が詣でてこないため、ナハト本体の顔が露出している。

 

「シュタルク様……止めを。件のアーティファクトを使われる前に終わらせましょう」

「おう」

 

戦士が戦斧を構え一歩前に踏み出してくる。

 

「止めろ……良いのか……私を滅ぼせば街の人間は元に戻らないぞ」

「元から……戻す気もないだろ……魔法を解いたら戻る……あれはそんな変化の仕方じゃなかった」

 

シュタルクは戦斧を強く握りしめた。

 

「待て、わかった。その小僧からも手を引く。私が滅べば魔法が一つ永久に失われるぞ」

「言ったでしょう。不愉快で不快だと。そのような魔法は二度と使われるべきではありません」

 

フェルンもその杖に魔力を蓄積する。

 

「まて……まて……待て……!!」

 

無様にも必死に二人に制止を呼びかけるナハトだったが……

 

「―― 閃天撃!!――」

「―― 魔族を殺す魔法(ゾルトラーク) ――」

 

二人の英雄の攻撃を前に……最後の叫びを上げる間もなく……消し飛んだのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「終わった……のか……」

 

エアフォルクは膝から力が抜けたように地面に腰を落とした。

 

「エアフォルク……おわったよ」

「全部……これで……俺も妹も助かった……?」

 

振り返るシュタルクとフェルンは、ゆっくりと笑う。

2年間。エアフォルク達を追い詰め、苦しませ続けた日々が終わった――? 本当に?

 

―― こんなにもあっけなく?

 

嬉しい。……はずが何故か腑に落ちない。致命的な何かの見落としが。

そもそも、何故ナハトはこれほどの災害級の被害を出せた?

 

「……本当に……ナハトは……滅んだ……のか?」

 

相手の強さが想定外だったとしても、どうして英雄に喧嘩を売るような真似を……

エアフォルクの逡巡の中。隣に転がっていたアーティファクトがカタカタと震えだした。

 

「―― なかなか。鋭い観察眼ですね――」

 

―― そんな、不快な声が聞こえたのはアーティファクトの影から。

 

「ッッ!! エアフォルク、そこから離れろ!」

「――ふはははははは!!遅い!!その娘がいれば、私は何度でも!!」

 

その言葉と共にアーティファクトの中から黒い影が広がってくる。

 

「しまった。分体を別けて圧縮していた!?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― 油断していた……

 

広がっていくその黒い影はエアフォルクを吹き飛ばし……ルーエとアーティファクトを包みこんだ。

 

「―― もう、最善は問わぬ!! その小娘とアートルムも全て取り込み!

 丸ごと一体化して北側諸国全て焼き尽くしてくれる!!」

「まて!!ルーエを返せ!!」

 

エアフォルクが叫ぶ中、黒い球体へとフェルンは追撃を加える

 

「―― 魔族を殺す魔法(ゾルトラーク) ――」

『無駄です……

 ああ!力を感じる』

 

しかし、フェルンの魔法は影の球体を囲む障壁によってかき消された。

 

『これがあれば……魔王も七崩賢も不要!全てを魔法に沈め、私が喰らい、私で世界を埋め尽くせばいい!

 何もかもが目障りです!』

 

黒の影から飛び出たのは鱗に覆われた鋭い爪のある腕。その腕からフェルンに向かって衝撃は打ち出された。

バランスを崩し、背後にとばされたフェルンをシュタルクが抱きとめ、受け止める。

だが、衝撃の大きさに地面を削りながらも後ずさることになった。

 

「大丈夫か、フェルン」

「はい……なんとか……」

 

『ふふふっ―― 申し訳ございません。私も愚かでした……触媒と完全に同化して、私自身で制御するつもりでしたが、そうも言ってられません』

 

「ルーエ!ルーエ!ルーエ!」

ナハトによって取り込まれた妹の名を呼ぶエアフォルクは顔が青くなっていく。

黒の球体は膨らみ、巨大な卵のような形状を表した。

 

『最初から、このようにして迎えていれば何も苦労しなかったのに……』

 

「今度は何だ!?」

 

球体にヒビが入りそこから生えてきたのは1対の黒い翼。

先の戦闘で、ルーエの背に生えていたものとよく似ている。

続いて、腕が尻尾が顔が……ゆっくりと姿を表す。

 

――それは……まるで……

 

『おまたせしました。はじめましょう』

 

「巨大な……黒い……竜……」

「ここからが……第2セットかよ」

 

黒い鱗、黒い羽、強靭な四肢。いわゆる極竜と類される強力な竜の姿……

胸の中央にはクリスタルのような物があり

 

「ルーエ!!」

 

取り込まれた少女が浮かんでいた。

 

■反逆


 

「素晴らしい……素晴らしいぞ……これか、このような力が」

 

ナハトは一人歓喜していた。魔族だった時の状態が嘘のような万能感。

眼の前に居る人間数名がまるで羽虫のように感じられる全能感。

 

「これが神代の世界を焼いた邪竜の力……神にも抗ったという力の断片……」

 

残された遺骸に全ての力が宿っているわけではない。当然、生前程の力はないだろう。

しかし、今の大陸の人間や他の魔族を全て潰すのには十分な力。

 

だというのに、眼下に捉えた件の英雄たちは一歩も退く気配がない。

むしろ……どうにかすれば勝てると思っているのか?

 

絶望に沈まないその眼にいらだちを感じながら、ナハトはこの体で使える魔法を探し始めた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『さて、どうしてくれましょうか』

 

ナハトがそう言うと、胸元のクリスタルが強く光りだした。

『いやあああああ!!』

 

中に取り込まれているルーエが苦しみ始めている。

「ルーエ!!」

 

『やはり、基本的なことから行きましょうか。竜の力を使うのですから』

 

黒い竜の口が開き、魔力が集中し始める。

 

「シュタルク様!!」

「分かってる!!」

 

『さて……最初は……』

 

ナハトは口の中に蓄積した魔力を一人の人物に向ける。

 

『貴様だ小僧ぉ!!』

 

ナハトの声とともに、黒竜のブレスが放射される。

耳鳴りがするような高音とともに、光の筋がエアフォルクの立っていた周辺を撃ち抜いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「一体……何が……」

光に包まれる一瞬手前、エアフォルクは首筋を掴まれ、凄まじい勢いで引っ張られた。

「悪いが、丁寧に運ぶ余裕がない」とシュタルクの声とともに、意識が失いそうな速度で屋敷の外へと連れ出されていた。

 

「フェルン……どう思う?」

「見ての通りです」

 

廃城の謁見の間を中心に、街が放射状に空間ごと削り取られた状態になっている。

 

「世界を焼いたって売り文句は伊達じゃなさそうだな。フェルンの防御魔法で防げるか?」

「3秒も持たないでしょう。避けたほうが楽です」

「不幸中の幸いは、撃つのにそこそこ時間がかかりそうなことくらいか?」

 

シュタルクとフェルンが見上げた上空には巨大な竜の影が月を背景に浮かんでいる。

そして口内には2発目が蓄積されようとしている。上空から撃ってくるつもりのようだ。

 

『どうですか? 黒極竜アートルムと呼ばれる、神代の世界を焼いた神獣の力は?』

 

「驚いたよ。まさかそんな隠し玉だったなんてな。ゼーリエ様も黙ってるなんて人が悪い、なっ!」

『ッッ!?』

 

シュタルクは言い終わるまでもなく、高く跳躍した。

 

『馬鹿な!見失うなど』

「ここだよ!」

 

一瞬でナハトの顔のすぐ隣まで飛んだシュタルクは、戦斧で顎を切り上げる。

闇夜に響いた金属音が、街の外に広がる草木を揺らした。

音の中心地となる一撃の威力は、見ていたエアフォルクには想像もつかないほどだった。

 

『ぐううううう!?』

 

口内にためていた魔力は、シュタルクが放った一撃の勢いで行き場を失った。

ナハトの口内で暴発したそれは、強い光を放って上空へと霧散した。

 

『羽虫ごときが、くだらない真似を……』

 

さすがにダメージを受けたのか、ナハトは地上に降り立つ。

 

「結構痛かっただろ」

「シュタルク様……やるなら言ってください」

「分かってたでしょ。こうして落ちる途中で捕まえてるんだから」

「もう……それで、どうですか?」

「鱗が硬い……これでは質量が足りず、切れない。もっと大きい武器でないと……」

 

フェルンは地上に降り立ったナハトを見下ろす。

「物理的には通っていそうですが……」

シュタルクは切れないと言いながら、結局殴る形で攻撃を防いだわけだ。

どちらが化け物なのだろう……。ふと、出会った時にシュタルクが巨大な紅鏡竜を一人で叩き伏せた事を思い出す。

 

『私を見下ろすな!!』

怒りをあらわにしたナハトは、再度口にためた魔力を上空へと放ってくる。

少々ダメージが残っているのか、それとも速射するためか。威力が先ほどより弱く、照射される範囲も狭い。

 

「これならば」と、フェルンは多重に展開した防御魔法で防いだ。

 

「どうやら……竜の中身の方は完全無欠というわけではなさそうだ。力に慣れていないのか、振り回されているのか」

「そのようですね……ですが……」

 

フェルンは胸元で光っているクリスタルのようなものを確認する。

中ではルーエが苦しそうにしているのが見える。

 

「しかし、あまり分析に時間をかけると……何に対しても良いことはなさそうです」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

(どうしてだ……何故倒しきれない。これだけの力を持ってして)

 

黒竜の鱗はとてつもなく硬質であり、戦士の戦斧の刃を通さない。

おそらく伝説の勇者の剣ですら弾くであろう鱗。

しかし……質量差を埋める加速度をもった一撃の物理衝撃は今の身体にも通ってしまう。

 

そう。速度だ。連中の……特に戦士の速度はナハトの知覚感覚を超えている。

そして魔法使いの女の魔法もナハトの魔法と攻撃の発動速度に比べても早過ぎる。

こちらの攻撃より先に反撃なり回避で対処されてしまう……

 

(ならば……)

 

触媒の少女を通してアートルムの遺骸から取り出した記憶の中に適した魔法を見つけた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

降りる最中に、フェルンから推察を聞いたシュタルクは頷く。

 

「なるほど……ルーエを通して力を得ている可能性か」

「単に、人質……なのかと思いましたが、どうもそれだけではなさそうです」

 

フェルンが先程見た様子をシュタルクに語っていると

駆けつけてきたエアフォルクが大声でシュタルクに呼びかけた。

 

「シュタルクさん、ルーエです!奴は!あの力を本来使えないのです。

 お二人が来る前に、『リンクが切れた』と言っていました。だからああして!」

 

シュタルクはエアフォルクの言葉に手を上げて答える。

 

「なるほど。じゃあ引っ剥がすしかなさそうだ」

「そのようですね……」

 

二人は同時に頷いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

遠距離射撃をしてこないナハトはなにかを待っている様子だったが、ルーエを奪還するためには近づかなければならない。

シュタルクとフェルンは一気にナハトとの距離を詰める。

 

(外鱗ではなく、腹側ならば!)

 

わずかにでも刃が入ればそこから手を差し込み、ルーエが入ったクリスタルごと引き剥がす。

 

ナハトは翼をはためかせ、風圧を巻き起こして接近を遮ろうとする。

周辺の瓦礫を巻き込みながら押し寄せてくる暴風にフェルンは前に出て防御障壁を展開した。

 

(足を止められた……)

 

スピードが落ちたシュタルクに竜の前足が叩き落される。

それを戦斧の柄で受け止めたシュタルクはその重さに呻く。流石に質量が大きい。

 

シュタルクを助けようとしたフェルンだったがナハトが吐き出し炎に再度防御障壁を展開せざる得ない。

 

(まずい、流れを止められた!)

 

この状況に良くないものを感じたシュタルクはフェルンだけでも退くように声をかけようとしたが……

 

「シュタルクさん、フェルンさん!」

「来るな!エアフォルク!罠だ!!」

 

だが……ナハトの反応は早かった。

 

『辺り一帯を潰す重圧に耐えられますか?』

 

その声とともにあたり一面が建造物は真っ平らにひしゃげた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

一度は開放され、掴まれていた何かを断ち切ったはずだったが、今度は全身が闇に包まれてしまった。

何も見えない。何も聞こえない。何故こんな場所にいるのかすらわからない。

そんな中で声が聞こえる。

 

―― 女……人……女……聞こ……るか?

 

ただ声が断片的で内容が読み取れない。

 

(あなたは……誰?)

 

姿は闇の中で全く見えないが……何かがズルズルと近づいてきた。

今度は、少し聞きやすい。

 

―― 我……神喰らう……為、産み……とされ……黒竜……人は……アートルムと……呼ぶ

―― 母は……我を……ニドヘグ……と……呼んだ

 

(黒竜……アートルム……ニドヘグ……知りません……)

 

―― 女……我……受け入れ……べし……

―― 不敬……愚者……鉄槌……を……

 

(愚者とは……何なのですか?わかりません……)

 

―― 我が……力を……弄ぶ……愚者……

―― 急……が……良……ろう……

 

部分的な情報からわかるのは、声をかけてくる者はなにかに操られており

そのものに鉄槌を下したいということ。

 

(急ぐというのは……いったい何が……私には状況が)

 

―― 見……よ

 

その言葉と同時にルーエの眼の前には周囲の様子が広がった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ぐ……あ……」

「く……シュタルク……様……エアフォルク様……」

 

ナハトの展開したのは周囲の重力を超強化する魔法……

おそらくは黒竜の記憶の中にあったであろう能力。

 

動くことが出来ない。

 

『ふはははは。どうです。動けないでしょう……?』

 

「フェルン……抜け出せるか……?」

「難しい……です。魔法で……潰されないようにするのが、やっとです……」

「エア……フォルク……」

「なん……とか……指一つ……動かせません……」

 

二人の様子を確認したシュタルクは

「おおおおおお!」

全身の力を開放して、ゆっくりと立ち上がる。

 

『動けるのですか……あなた……本当に人間ですか?』

 

ナハトは立ち上がったシュタルク一瞥した後、嘲笑うかの様に地面を砕き破片を飛ばす。

シュタルクは遮るものの無いエアフォルクの射線へと庇う様に動く。

しかし、戦斧で受けることも出来ず、シュタルクもその攻撃をまともに受けることになった。

 

「シュタルクさん!……どうして……俺は……何の役にも……」

『役に立ちたいですか? なら、本格的にあなたから始めましょう……お二人の精神的成長か、失望の薬になっていただきましょう』

 

竜の姿ゆえに傍目にはわからないが、愉快気な様子でナハトはエアフォルクへと首を向ける。

 

「止めろ!俺が……先だろ!!」

『煩い』

 

シュタルク一帯の重力はさらに強化され、再び膝を地につけた。

「ぐっ!!、待て……」

『そこで大人しく見ていてください』

 

ナハトは口を開き魔力の塊をエアフォルクへと向ける

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

眼にした情報と共に、今までの出来事が一気に頭に流れ込んでくる。

 

「あ……あ……あ……お父様ッッ……お母様ッッ……ソーマ様ッッ……」

 

そして、今まさに襲われようとしている者は

 

「にい……さん……!!くっ!!出して!出してください!!ここから!」

 

何が出来るのかわからない。それでもこんなところで見ているだけなど。

 

―― 憎い……か……?

 

憎い。この状況を生み出した者も、何も出来ない自分も。

 

―― 悔し……い……か?

 

悔しい。父も母も、叔父も奪われ、今尚も嗤っているヤツが居る状況に。

 

―― なら……ば……汝……受け……入れ……よ……

 

「あなたを受け入れれば……この状況は……覆るのですね……」

 

―― 是

 

「だったら……だったら私は……」

 

■英雄と竜の王


 

『さて、少年、最後に言いたいことはありますか?』

 

この力を手に入れたナハトに以前ほどの食に対するこだわりが感じられない。

現在、取り込んだ少女と完全に同化し、この力と一体化することこそが至高の喜び。

 

先ほどから使っている魔法もアートルムの竜としての力だ。

それらを研究して現代魔法として昇華する。それもよかろう。

 

「……ソ喰らえ――だ……」

「うん……?」

 

顔を伏せながら拳を握り、徐々に立ち上がろうとしつつ答えるエアフォルク。

 

「無駄ですよ」

「あっぐッッ!」

 

その言葉と共に一層強めた重圧にエアフォルクは再び地面に叩き伏せられる。

しかし、その姿に何故か恐怖や絶望のような感情を感じない。

 

『まったく……しぶといですねあなたは』

 

以前の自分であれば、もう少し粘っていただろう。絶望におちた精神の人間を喰うのが拘りだった。

だがもう良い。なんならこの身は肉を食う必要すらない。好きに食えるし、食わなくてもいい。実に自由。

 

そんな中、エアフォルクは顔だけ少しあげて笑う。

まだそんな力があるのかと呆れる中。彼の言葉が耳に届いた。

 

「……クソ喰らえ……だ、ナハト……お前はもう負けた、生者であることも捨てた……ただの敗北者だ……」

『何を言っているんですか……虫の息ではないですか? さあ、さようならです』

 

腕を上げ、爪で貫こうとしたナハトを前にエアフォルクはくつくつと笑い出した。

 

「俺にかまって、意識の外において……どうにかなると思っている……」

「はあ……?」

「―― そういうのが」

 

その瞬間……背中に衝撃を感じた。

外殻はそれを痛みとして通しはしなかったが、衝撃と緩やかな熱。

 

「―― クソみたいな奢りと油断だ ――」

『なんだ?』

 

振り返るとフェルンが、ガクガクと震えるように重圧に抗って立ち上がり杖を構えている。

 

「―― 地獄の業火を出す魔法(ヴォルザンベル) ――」

 

杖から放出される巨大な火球。一部の魔法使いしか使えないような最上級の焼夷魔法。

 

『無駄なことを!!竜の外殻がその程度の炎で撃ち抜けるはずがない!!』

「……ええ、そうでしょうね……私にはフリーレン様ほどの精度と威力は出せないでしょう……ですが……」

 

なおも焼夷魔法を打ち出してくるフェルンに焦れたナハトはフェルンに向かってドラゴンブレスの放射準備を始める。

 

『そこまで言うなら、あなたから消し飛ばしてあげましょう。もう避けられないでしょう?』

 

撃ち出されそうな、ブレスを前にフェルンなお笑いながらも、焼夷魔法を連射しナハトの体に浴びせかける。

 

「あなたが、どれほど硬い外殻を持っていても……この熱です……その鱗は……硬度を保っていられますか?」

「……ナハト……強者と奢ったものはいつだってそうだ。俺にだってわかる……だからお前はシュタルクさんたちに勝てはしない……!」

 

『何を――?』

 

言っているのだと言おうとした瞬間上空から声が聞こえた。

その声は徐々に大きくなっていく。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

その姿は斧を構えた赤い戦士。戦士はそのまま重力に乗って落ちてくる。

なぜこの状況で上空に? 全身の衣服は赤黒く焼け焦げている。

 

『まさか、この重圧の中魔法の爆風で飛び上がったとでも――』

 

「―― くだっけろぉぉぉぉぉぉおぉ!!」

 

その掛け声とともに音速を超えて落ちてくる戦士のふるった戦斧は――

 

―― 熱により紅く光っていた黒竜の鱗を砕き、ナハトを地面へと叩き伏せた。

 

『―― がはぁぁぁぁぁッッ!! 』

 

叩き伏せられた瞬間、重圧が解かれる。

フェルンは一気に駆け出しシュタルクへと駆け寄る。

 

「シュタルク様!! 無事ですか!?」

「なんとかな……」

「防壁で囲っていたとしても無茶です……爆風で飛ぶなんて……下手をすれば重圧の魔法と挟まれて潰れてしまいます……」

 

少し涙目になりながらも、叱るように言ってくるフェルンの頬にシュタルクは触れる。

 

「フェルンと子供たちを残して一人で逝けねぇな……大丈夫だよ……」

 

そうしてフェルンに手を取られながらシュタルクは立ち上がる。

服は焦げてボロボロになり地肌が出てきたが、多少のやけど程度で済んでいるらしい。

その事実に驚愕しながらも胸を撫で下ろすフェルン。

 

そんな二人の元に片腕を抱えながら、よろよろとエアフォルクがやってくる。

 

「シュタルク……さん……役に立てず……すいません」

「そんなことはないさ。エアフォルクが時間を稼いでくれたからなんとかなった。

 さあ、ルーエをあいつから引き剥がそう」

「――はい」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタルクがナハトに向き直った瞬間。

爆発音のような音とともにナハトの巨体は上空へと飛翔した。

 

「おいおい……」

さすがに何度目だという顔でシュタルクが空を見上げる。

 

『まだです!!まだ!!このまま全て!焼き尽くして!!全て終わらせてやりましょう』

 

ナハトは再び重力魔法を展開する。

先ほどよりは随分弱く、地に伏せられることはないが、おそらく跳んでナハトの場所に行くのは難しい。

おそらくはそれが目的。

 

『そこで、なすすべもなく!滅びるが良い!!』

 

今日何度目かのブレス。竜の口蓋に魔力が蓄積され始める。

 

「フェルン、撃ち落とせるか?」

「やってみます」

「頼んだ!」

 

そう言いながらシュタルクは構える。

 

『もはや何もかも無駄ぁぁぁぁぁ』

 

赤い月夜の下で、黒い竜となったナハトは吠える。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― これより……我は……汝となる……汝は我、我は汝……その運命に……狂わぬ事を……願う……

 

「……はい」

 

―― 灼熱に……焼かれる時も……極寒に……凍てつく時も……黒き翼と……雄々しき角の……その真意は竜の王であれ……

 

暗く広がる暗黒空間の中、ひときわ輝く光が現れ、ルーエの中に入ってくる。

 

「あ……が……ああ……」

 

その瞬間、様々なものがルーエの中に流れ込んでくる。

 

―― 太古から戦い続けてきた竜の記憶。大量の竜と共に巨大な何かに挑み……

―― 仲間が焼かれ落ちていく中、相手の首に噛みつく瞬間――

―― 光景は切り替わり巨大な大木の下、自身と同じ大きさの大鷲と睨みあう光景――

―― また別の場所で大地を揺るがすほどの巨大な蛇と対峙する光景――

 

浮かんでは、消えてルーエの中に入ってくる。

 

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ――」

 

感じたこともない強大な力にルーエは両肩を抱きながら、その衝動に嗚咽をあげる。

 

―― 耐えよ……損じれば……我も汝も……ここで……消滅する

 

「兄……さん……お父……様……お母……様……ソーマ……様……」

 

ルーエは必死に大切な人を名前を呼ぶ。

それは、この場で終わることの恐怖。この想いを抱えたまま終わることへの拒絶の心。

 

―― 私はまだ、死にたくない!! ここで死ねない!!

 

あんなヤツに、奪われて滅んでいくことは……決して認められないッッ!!

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『さぁ、覚悟をしなさい!!』

「フェルン、頼んだ!」

「はい」

 

蓄積した魔法をお互いに打ち出そうとした瞬間。

 

―― パキっ ――

 

『か……』

 

そんな、小さな言葉がナハトから漏れた。

 

「ッッ!! フェルン、ストップ。様子が変だ」

「コアから魔力が漏れて……いますね」

 

自身の身体におきた変化にナハトはうろたえる。

凄まじい勢いで自身の身体から魔力がなくなっていく。

なにかに奪われていく。そして胸のコアのヒビが音を立てて広がっていく。

 

『やめろ、やめろ……ああああああ』

 

いよいよ、蓄積していた魔法を維持できなくなったナハト。

そのまま身体は脱力し、浮かんでいるコアに体ごとぶら下がるような状態となる。

 

『馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!』

「いったい……何が……凄まじい魔力です」

 

いつも冷静なフェルンすらも唖然とした中、そのコアのクリスタルは――

 

―― パキィィィィィン ――

 

と周囲に響く音を鳴らしながら割れる。

その中から出てきたのは黒髪の少女。

 

「ルーエ!!」

 

その姿を見たエアフォルクが叫ぶ。

確かに……見た目は何度も見た少女のもの。だがフェルンはどうしても違和感が拭えない。

魔法使いとして育てられたフェルン。彼女は、目に映る情報と同程度に相手の魔力の色や形を見て判別する。

 

フェルンは、ナハト襲撃前のルーエの様子を知らない。しかし、先程までと全く異質な状態であることは判る。

 

「まさか……力の源となっていた竜を……奪い取ったのですか!?」

「どういうことだ」

 

シュタルクの疑問にフェルンは恐る恐るという様子で考えられる可能性を口にする。

 

「おそらく、ナハトが今まで振るっていた力をルーエ様が……奪い取った……と見るのが正しいでしょう」

「あれを……エアフォルクの妹の女の子が?見た目10歳そこそこだぞ?」

 

少女は、上空から黒い翼を広げてゆっくりと降りてくる。

エアフォルクはその少女の下へ必死に走っていった。

 

「にい……さん……」

 

突然消えた翼とともに少女が落下して、エアフォルクはそれを抱きとめた。

 

「ごめん……なさい……」

「いいんだ!もういい。お前が謝ることなんてなにもない」

「ただ……いま……にい……さん」

「おかえり、ルーエ……」

 

――それは、2年間を魔族に奪われ、弄ばれ続けた少女が人生を取り戻した瞬間であり、

 

「もう……終わったよ。助かったんだ!!」

 

―― それから長きにわたる、彼女自身の戦いの幕開けであった。

 

■朝日は登る


 

「ああ……ああああ……あああ……」

 

こんなはずではなかった。全てうまくいくはずだった。力も何もかも手に入れ。

全てを喰らう権利のある頂点になるはずだった。

 

だと言うのに……

 

「なぜだ……何の魔力も……」

 

ナハトは様々なものを取り込み、侵食し、同化し、己に組み込んで自身を強化してきた。

肩代わりのものを利用し、不要であれば捨て、取り込んだ者を利用して戦ってきた。

 

奪われた―― アートルムの力が失われたとともに全部――

 

「馬鹿な、そんな事が……あって良い訳がない」

 

魔族としての素体。

今まで身につけた魔法の大半を使うだけの魔力もない。

 

―― 滅ぼされる

 

いまあの英雄を前にして、勝てるわけがない。逃げなければ。

逃げて、また他者と食って……力をつけて……逆襲の機会を……

 

「ぐあぁぁぁぁあ!!」

 

その一瞬、脚の感覚が消えた。

それは魔法使いの 魔族を殺す魔法(ゾルトラーク) が貫き、通り過ぎていく光。

 

「―― まさか、逃げおおせると……思ったのですか? ここまでのことをして。本当に」

 

ガン、と硬い金属が地面に降ろされる音。

そこには戦斧を抱えた戦士と背後には空に浮かぶ魔法使いが廃城の跡の上、月を背に立っている。

 

「流石に見過ごせねーな。絶対に滅んでもらうぞ」

 

「来るな……!来るな来るな!!」

「無様ですね」

 

その言葉とともに両腕が魔法使いによって撃ち落とされる。

「があッッ!!」

「言ったろ、見逃せねぇって」

 

一瞬で詰め寄り、切りかかったシュタルクにナハトは下半身と上半身を両断される。その場に残った上半身は殴りつけられて壁に激突した。

 

跳ね上がったナハトは上半身だけになりながらも宙に浮かぶ。

 

「来い!眷属共よ、我が身に戻れ!! 我が脚となれ!!」

 

廃城の近くに隠れていた、ナハトの眷属たちがその声とともに集まってくる。

おそらく、この街にいた人達の成れの果ての異形。

 

「あいつ、まだ奥の手があるのか」

 

ウンザリした様子のシュタルクだったが、その背後から別の声がかかる。

 

―― 否! その命令の破棄を命じます!!

 

その言葉と共に異形達はピタリと止まる。

声の方向を見ると、エアフォルクに肩を貸された少女。ルーエが手をかざしていた。

 

「逃げるな……逃げるな!!卑怯者!! お父様も!お母様も!ソーマ様もお前に殺された!!

 弄ばれるように!! お前に踏みにじられた!! だから戦え!!逃げるな……!」

「ルーエ……おまえ……」

 

普段は丁寧な言葉遣いの妹が叫んでいる。その言葉には怒りの奥底に生への執着と拘りのようなものを感じた。

 

「……たばれ……そこで不様にくたばれえええええ!クソ魔族っっっっっっ!!」

 

腹の底から響く、絶叫。それは2年間奪われ続けてきた彼女から出てきた言葉。

 

「は、妹さん元気そうで何よりじゃないか!!フェルン!!」

 

シュタルクの呼びかけに頷いたフェルンは準備をしていたイメージを魔力へ込めて魔法を展開する。

魔力が可視化できるほど鮮やかな蒼に染まり、周囲へと広がっていく――

 

「―― 蒼の蝶の舞う庭園を描く魔法(アズールガルデン)――」

 

発動と共に蒼の魔力は無数の蒼い蝶へと収束して舞い踊り始める。

 

「何だこれは……来るな!!」

 

自身の周りに集まりはじめた無数の蝶にナハトはうろたえる。

とてつもなく、嫌な予感がする。

 

「エアフォルク!!こい!!」

 

そして、いつかのように大きな掌を広げエアフォルクを呼ぶシュタルク。

 

「シュタルクさん……何を……?」

「エアフォルク。フェルンが今からあれを止める。俺がお前をあそこへ連れて行く。だから――」

 

シュタルクは蒼の蝶に囲まれはじめたナハトの方を見た。

 

「――お前が討て! この2年の戦いを、お前の手で終わらせるんだ」

 

エアフォルクの眼の前の戦士は。英雄シュタルクは、エアフォルクへと告げたのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

蒼い魔法の蝶はナハトの周囲を取り巻き、退路を防ぐ。

 

「なんだこれは」

「あなた風に言うなら羽虫の魔法です。如何ですか?」

 

フェルンはナハトの言葉に応えて、その手をかざし「行きなさい」と命じる。

魔法で編まれた蒼い無数の蝶たちは次々にナハトの体にとまり始めた。

 

「うご……け……」

「周囲に揺蕩う魔力の流れに方向性の命令を加えています。

 魔法とはイメージの世界。己の領域と意思を魔力にのせ、周囲と同調する事で……」

 

地上でも様々な場所にとまり始めた蝶たち。

フェルンの深層意識の中にあるイメージ。それを魔力で形成し、イメージを外界へと広げる制圧魔法。

自身の根源に触れるゆえに、彼女しか使えないオリジナルの魔法。

 

「やはり僅かに分体を残していましたか。ですがもう終わりです」

「おのれ……おのれ……おのれ……」

 

瞳から血の涙を流しながら、ナハトは唇を噛み締める。

 

「私より強い意志と魔力で争えば、抵抗可能な魔法ですよ。七崩賢クラスの大魔族なら何の障害にもならないでしょう」

「ぐぐ、ぐううう」

「動けないのですか?」

 

全てを手に入れたはずのナハトの世界は音を立てて崩れ始めていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『兄さん……行ってください……終わらせてください』

 

エアフォルクから離れたルーエは膝をつきそうになったが

「大丈夫ですか?」

「フェルン……様?」

 

ナハトを捕獲した状態で戻ってきたフェルンによって抱きかかえられた。

 

「行くぞエアフォルク」

「はい」

 

エアフォルクはシュタルクに渡された戦斧を構えつつ、返事をする。

15歳にして既にシュタルクとそう変わらない身長のエアフォルク。

それほど、体重も変わらないはず……だが彼は我が子を抱きかかえるようにエアフォルクを持ち上げる。

 

この人にとっては子供のようなものなのかと苦笑する。

 

「そいつはお前に預ける。全部やり遂げてからちゃんと返してくれよな」

「わかってます……シュタルク……様……」

「……どうした。フェルンの真似か……」

「いえ……これぐらいの敬意が……必要なのです。俺……にはきっと。あなたは本物の英雄です……」

 

シュタルクは「そっか。エアフォルクの好きにしろ」と言いながら上空で蝶に固められるナハトを見た。

エアフォルクを抱えた状態でシュタルクは駆け出す。

 

「舌噛むなよ!」

その圧倒的な加速度と勢いにエアフォルクは息を飲んで口を閉じる。

返事ができない。

 

「―― シュタルク様。お早めに。それほど長い時間は持ちません」

「任せろ」

 

「……兄を……お願いします。終わらせてください」

「ああ!大丈夫だ!」

 

声をかけられる度にそのスピードはましていく。

 

「――エアフォルク!任せたぞ。全部お前のその手で終わらせろ!」

「……わかりました……任せてくださいッッ!!」

 

ようやく出せた絞り出す声。人間の出せる速度ではない勢いでエアフォルクは打ち出された。

 

「来るな!! 来るななぁあぁぁ!!」

 

逃げることも、分体を残すことも叶わなくなった魔族。

ナハトは眼の前に迫るかつての贄であったエアフォルクを前に怯え、拒絶の意思を示している。

 

―― 「エアフォルク!!お前だけでも逃げてくれ!!」

 

父はエアフォルクを逃がすために食われて殺された。

 

―― 「あなたの未来が……幸せでありますように……、末永く健やかで……暮らせます……ように」

 

叔父ソーマは魔物に変えられ、エアフォルクの手で討ったにかかわらずも幸せを祈っていた。

 

―― 「にい……さん……た……すけ……」

 

妹は……2年間もヤツの魔法に呪われ弄ばれ続けた。

 

「ナハトぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

領地も、領民も、父も母も、叔父ももう戻ってこない。

自分を受け入れてくれた隣領すらも滅ぼされてしまった。

 

ナハトが自分を狙ったのなら自分のせいなのかもしれない。

彼らの犠牲を背負おうべきなのかもしれない。それにもかかわらず、シュタルクとフェルンに手を汚させてしまった。

 

だが――

 

「これで終わりだあああああああああ!!」

 

歩みを止めたら……何もかもが無駄になってしまう――

 

重い……英雄に託された戦斧は。とてつもなく重い。

込められた想いが、重い。覚悟が重い。宿る魂が……この手に収まらないほどに重い……

 

その重量にこの2年の全てを込めてナハトの肩口に叩き込む。

 

「あ、あ、あ、あぐ!あああああああああああああっっ!!」

 

ナハトの本体を斜めに両断しその心臓にまっすぐに刃を突き立てる。

 

「わたしは!こんなっっ!人間ごときにっっ!世界をくらうっっ!最強のっっ!!」

 

ナハトは残された魔力でコアである心臓を必死に防御している。

 

「お前の戯言はもう聞き飽きた!! 決して明けない夜などない!」

 

そう、もう夜も終わる。山の向こうには朝日が昇りつつある。

 

永久とも思えた暗闇はようやく明ける――

 

「朝日の訪れとともに、滅びろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

陽の光を背にエアフォルクは最後の力を振り絞り……その戦斧を振り切った――

 

■君に伝えること


 

ナハトを討ってから3日が経過した。

エアフォルクの故郷である領地の街、滅ぼされた隣領の街。

残っていた眷属たちはシュタルクとフェルンの手により全て送られた。

 

救ってくれた英雄に……そこまでのことをさせてしまった意味。

エアフォルクはその心に重く受け止める。

 

(全て……人だったのに……斬らせてしまった。討たせてしまった)

 

「仕方がないことだ」「大人の責任だ」彼らは苦笑いをしていたが……エアフォルクには判る。

 

―― こんな事が、平気な訳が無い。

 

ルーエはナハトを討ってから目覚めることはなかった。

意識を失う前、フェルンと短い会話をしたらしく。

 

――「家族想いで、聡明な、良い娘ですね」

 

膝上で眠るルーエを撫でながら彼女はそう言っていた。

顔も、声も、髪色も……何もかも違うのに、なぜか母の姿が頭をよぎる。

 

(家族か……)

 

全て失ってしまった。残ったのは妹のルーエだけ。

輿入れするような知己のものもいない。

 

「なあ、エアフォルク……俺たちのところに……来るか?」

 

途方に暮れていた彼に差し伸べられたのは……何度目かになる大きな掌。

 

―― そう、あまりにも大きな掌……長年戦斧を握り、分厚い皮に覆われた……太陽のように温かな掌――

 

「家にさ……今年で7歳になる男の子がいるんだ。シュタアルっていうんだけど。

 誰かに頼るのが下手で、妹たちとか守るために頑張りすぎて、何度も失敗して……お前みたいなやつだよ」

「俺……みたいな……ですか?」

「ビビリなくせに、ちょっと負けん気が強くて、俺やフェルンに甘えるのが下手なんだ。

 エアフォルクみたいなやつが兄貴代わりになってくれると……俺は嬉しいな」

 

少年のようで、父親のような、温かな笑顔で笑いかけてくれるその姿に……

 

―― 涙が流れた

 

「お、おい……エアフォルク?」

「すみません……少しだけ、少しだけ……すみません」

 

シュタルクの手を握り、止まらなくなった嗚咽。格好が悪くて顔が見れない。

そんなエアフォルクを見たシュタルクは苦笑したように笑った。

 

「いいさ、泣くのは恥ずかしいことじゃねえよ。男だからこそ必要なときもあるって師匠が言ってたよ。

 でも、落ち着いたら返事してくれよな」

 

そう言って頭を撫でてくれる感触は……

 

――『よくやった。偉いぞ、エアフォルク』

 

いつかの父を……思い起こさせた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「―― というのが、俺達がここにいる理由の全てだ」

 

ルーエの病室で、自分たちがクレ地方のこの街にやってきて。

シュタアルとティアフォートの兄弟子、姉弟子として生活をはじめた二人の出来事。

 

それを語り終えたエアフォルクは、ひと仕事終えたように大きく深呼吸をした。

 

「そこから先の事は……君が一番知っているはずだ。シュタアル」

「うん……」

 

姉弟子ルーエ。彼女の身体の呪いの原因究明を発端とする兄妹の事情。

それを聞いたシュタアルは想いを馳せる。

 

「そうか……あの日、帰ってきた父さんと母さんは……そんなものを抱えていたんだ」

 

領民たちに迎えられた父と母は笑顔だったが……酷く憔悴しているように見えた。

あの日のことは忘れられない。シュタアルが今の道を目指したスタート地点の想い。

 

――『強くなって―― 父さんと母さんを助けるよ』

 

「あの日理解していなかったこと。いっぱいあったんだな――」

 

顔を伏せて呟いたシュタアルの頭に乗るエアフォルクの大きな掌。おそらくは父に救われた日から握り続けた戦斧によりボロボロになった厚い皮の掌。

 

「その想いは――お前の気持ちはシュタルク様にもフェルン様にも伝わっている。

 お前は誰かを救い続けている。胸を張れ、シュタアル。あの日、ルーエの前で救いを叫んだお前の事を俺は誇らしく思う」

 

くしゃくしゃと頭を撫でるとシュタアルはいつも「止めてくれ」と拒否するのだが。どうしてかその日は抵抗しなかった。

 

「エアフォルク兄さん、ルーエ姉さん。ごめん。俺はまだ何も足りない。力も覚悟も、やっぱりまだまだだ……」

「シュタアル様……」

 

そんなことはないとルーエは手を伸ばそうとしたが……

シュタアルは自分で顔を上げた。

 

「でも、頑張ってみるよ。もっと頑張ってみる。きっと姉さんをその苦しみから救って見せる。

 だから……少しだけ待っててくれよ」

 

無邪気と言うべきか……純真な、少年らしい笑顔にルーエは耳まで赤くしながら顔をそむけた。

 

「……はい。お待ちしております。シュタアル様……」

「あの……姉さん目も合わないけど、どうし――ぐわっ」

 

ルーエの様子を不自然に思ったシュタアルは彼女に詰め寄ろうとした瞬間。

 

「はい、時間切れです。時間切れですよ兄様。具体的にはそろそろ家に帰るべき時間です。

 さあ、エアフォルク様、案内してください。送ってくださると言う約束です。

 ルーエもお疲れでしょう。さっさと寝てください!!」

 

弾丸のように割って入ってくるティアフォート。

 

「ちょっ、おい。ティア!何だよ!どわっ! あー、おやすみ姉さん!!」

「はい、おやすみなさい、シュタアル様」

 

彼女はそのままシュタアルを部屋から蹴り出した。

 

その様子に「ティアは相変わらずだね」と苦笑するエアフォルク。

 

「エアフォルク様。今日はお話を聞かせていただいたので少し譲歩しましたが……ここまでです。私の目が黒いうちはここまでです。

 いい感じなら、あわよくばルーエと兄様を一晩病室に泊まらせるぐらいのつもりでいたでしょう。駄目です。絶対に!」

 

「どうかな……?」

 

ティアフォートの言葉に微笑んだままの表情で答えるエアフォルク。

 

「兄さんッッ!?」

「おっと、俺達も退散しよう。ルーエ。今日はもう休みなさい」

「兄さんまだ話が!!」

「おやすみルーエ」

 

エアフォルクはティアフォートの背中を押しながらそそくさと部屋を出た。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルとティアフォートを送り届けたエアフォルクはその日、シュタルクに呼び止められた。

現在は居間のテーブルで向かい合って座っている。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

フェルンはエアフォルクにあったかいミルクティーを出してくれる。

 

「家に帰っても誰もいないだろ? お前も泊まっていけよ」

「さて、どうしましょうか……」

 

まあ、悪くない提案だ。もう遅いし。

紅茶を一口飲んだシュタルクは「ところで」と話を切り替える。

 

「あの日のことシュタアルに話してくれたんだな」

「ええ」

 

「いつかは、話さないと駄目だなって思ってたんだけど、助かったよ」

「シュタルク様は説明が下手ですからね」

 

苦笑しながら、フェルンが隣に座る。

 

「うるさいな……うまく説明するよ」

「じゃあ、今夜私が聞いてあげますから説明してくれます?」

 

なんだか妙な会話になってきたので、エアフォルクは「ごほん」と咳払いをした。

 

「ごめん……」

「いえ、お二人の仲が睦まじいことが、あの子たちの今の幸せにつながっている。良いのではないでしょうか?」

「そうかな?」

「そうだと思いますよ」

 

あの日差し伸べられた掌を取ってよかった。

 

「なんせ――」

 

自身と妹の運命を、この人達に託してよかった。

 

「俺が、それで救われたのですから――」

 

大切な人を、信じ抜くことが ―― 人の持つ最大の力なのだと思うから ――

 

「幸せそうなあなた達を信じて良かった」

 

エアフォルクの言葉を聞いたシュタルクはフェルンと顔を見合わせた後

 

「そうか、なら良かった」と笑うのだった。

 

■語られざる終焉


 

これは、誰も知らぬ物語。

ただ一人、幽鬼なる復讐者だけの知る物語。

 

「驚いた……まだその状態でも生きていたのですね」

「……レヴナント……私を……助けろ」

 

ふむという様子で考え込む様子を見せたレヴナントと呼ばれた男。

青白い炎のような髪を揺らす角の生えたその姿は彼自身も魔族の身。

 

「アートルムの魔力とあなたの魔力の消失を感じて見に来てみれば……」

 

森から見える、かつての彼のねぐらの廃城は既に真っ平らになってしまっている。

 

「全くもって……なんという不様。この不始末……どうしてくれるのです?」

 

彼の見下ろした先にいるのは、蟲のような姿の背に顔のようなパーツが散りばめられた奇妙な生物。

 

「ねえ、鮮血公のナハトさん」

「私を……たすけ……ろ……」

 

英雄による撃破の中から辛うじて逃げられた唯一の分体。

ここから様々なものを取り込んでいけばもとに戻るのか?

実に醜く、醜悪で、バカバカしい魔法だ。

 

―― だが役に立つ

 

ナハトは壊れた魔道具のように同じことを繰り返し、先程から回答すらうまく返せないらしい。

致し方ない。身体の大部分を失っているのだ。思考することが困難なのだろう。

 

「さて、触媒すら失い。あまつさえ……言っていたそうですね。魔族を皆殺しにすると」

「待て……私は……私を……」

 

レヴナントの魔力のゆらぎを知ったらしいナハトの残骸。

 

「私、嫌いなんですよ。同族に仇なす者って」

「お前は……何を……」

 

魔族とは本来、個人主義だ。生まれたときから孤独。利害関係で組むことはある。

無論、仕える主として敬意を抱くケースはあるが、大半は己に利がある場合だ。

 

「これでも、博愛主義なんですよ。魔族に対して。ですがあなたは……その限りにするべきではありませんね」

「待て……私を……助けられなければ……魔法は……」

「ああ、魔法であれば他の手段があります」

「なん……だ……と」

 

レヴナントは手近な岩を椅子の形に変えてそこに座った。

 

「少し世間話をしましょうか。ナハト、何故魔族はこんなに醜悪な存在なのですか?」

「なにを……言って……いる……」

「ああ、見た目の話ではありませんよ。

 何もかもが人を喰うためにデザインされた生物としての作り。まるで神の用意した人にとっての必要悪」

 

レヴナントは「今のあなたは見た目も醜悪ですね」と笑いながら付け加える。

 

「我々は、人とも神とも……敵対し、人を食わねばならないと産まれたときから感じている。何故ですか」

「それは……魔族の……誇り……」

 

ナハトの言葉にレヴナントの魔力は一瞬大きく揺れた

 

「何かに滅ぼされるまで、何かを滅ぼすようにしか生きられない……まるで滅びが魂に焼きつけられている。

 魔族はそんな生き物です……そのように、デザインしたものがいる。私はそれが許せない」

 

レヴナントは顔をしかめて天を睨む。

 

「リヴァーレ様……私は……必ずや……」

「貴様は……本当に……何を……」

「さて、喋りすぎました。代償をもらいましょうか」

「何を……」

 

「おや、言いましたよね

 ――『良いでしょう。では交換条件としましょう。

 ―― あなたが研究していたという 眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)

 ―― それの魔法の成果の譲渡。どうせそれを活用するのでしょう?』

 確かにお約束しました。いただけなければ貸し出し損です。なにせ失われてしまったようですし」

 

「なれば……私が……元の……」

「そんなに待てません。言ったでしょう、他の手段があると」

 

レヴナントは立ち上がり、舌なめずりをする。かざした右手に宿る炎は大型の掌となってナハトを掴んだ。

 

「まて……貴様……まさか」

「はい。予想通りですよ。喰えば良いのです。魔族の生きた記憶は脳だけではなく、宿る魔力の中にも刻まれる。

 あなたがその姿から再生できるのも、その応用でしょう」

 

口を開くレヴナントを前にナハトは焦る

 

喰われる―― ここで―― 喰われて――消えてしまう

 

「ま――」

 

そして、一体の魔族の全ての世界はここで完全に暗転した。

 

~ 鮮血の月と廃城の夢 fin ~

 




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