葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ あらすじ
『オイサーストから戻った時に、お互いの気持ちがまだそうあり続けているか、改めて確認しませんか』
竜の本能が呼び起こす「求愛期」によるルーエの暴走により、姉弟子と弟弟子というぬるま湯のような関係性を破壊してしまったシュタアルとルーエ。
春からオイサーストへの進学を前に、告白するシュタアルだったが、ルーエからは保留を告げられる。相変わらずの自己評価の低さから振られたと勘違いするシュタアルだったが……
「……これでフラれたと確信する兄様も兄様ですが、ルーエもルーエです。
ほとんど『愛してます』と『私のものです』という激重タグを貼って出荷するようなものではありませんか」
というティアフォートのおかげでなんとなく「まだ恋人関係ではないが両片思い」程度の自覚をして軟着陸をする。
そして竜の本能に包まれた状態のルーエにつけられた咬み痕というマーキングを残したまま。
シュタアルはオイサーストの高等魔法学校の特別編入試験を受けるのだった。
■ 独自キャラクター
葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に混ぜられてしまっている。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。16歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- エアフォルク(Erfolg):ルーエと共にシュタルクとフェルンに救われ、現在はシュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。26歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。シュタルクから斧技を学んでいる。
学園と灰燼と白翼の戦乙女 01~The Academy, the Ashes, and the White-Winged Valkyrie~【第3部】
■特別編入生、試験結果報告書
北側諸国 オイサースト 大陸魔法協会
「……ある種の規格外とは聞いていましたが、これは……」
そんな一言を漏らしたのは、ブロンドの長い髪が特徴の美しい女性、一級魔法使いのメトーデだった。
彼女は目の前の人物である夫、同じく一級魔法使いのゲナウから受け取った報告書に目を通したばかりだった。
「ラヴィーネさん、カンネさん、ラオフェンさん。この3名は一級魔法使いではありませんが……」
メトーデが挙げた3名は現在、オイサースト高等魔法学校で教鞭を執る魔法使いだ。
この学校は、一級魔法使いの長を務めていたレルネンが第一線を引退し、後進育成のために立ち上げたものだ。
しかし、曾孫もいい年になる彼は、そろそろ故郷で隠居生活をしていてもおかしくないのだが……
彼は命尽き果てるまでゼーリエの役に立ちたいらしい。奥方の苦労が思いやられる。
「彼女ら3名曰く……『あり得ないぐらい疲れるからもう二度とやりたくない』『魔法が下手でも別に構わないだろう、教育機関なんだし』だそうだ」
「ラヴィーネさんたちらしいですね。早く通わせろ……と言ったところでしょうか。座学は中の上という成績です。よく努力していますね」
先日、クレ地方で燻っている一人の青年の編入試験を実施した。
一級魔法使いゲナウが7年間待ち続け、数年前から編入させるために様々な手を尽くしてきた結果、ようやく出てきたのだ。
ちなみに彼の上司であるゼーリエ曰く、『一度当人の意思で私の誘いを断っている。そのうえで手のひらを返すのは相応の道だと思え』と言われた。
いつの間にか個別にこっそり断っていたことにうんざりしつつも……ゲナウは本当に頑張ったのだ。
すべては彼らの娘エイルが失ったものを取り戻すため。
今年でもうすぐ17歳になる娘、エイルは日に日に妻のメトーデに似てきている。
自分に似なくてよかったと心底思っているのだが、メトーデには「父娘と言うにふさわしいほど似ていますよ。融通が利かない可愛いところとか」と笑われた。
七年前の出来事――それは、内気だった少女が確かな勇気を持って前に進むために得た確信だ。内気で物が言えなかったエイルは変わった。
だが、エイル本人はその変化の理由を自分で自覚できずにいる。普段は表に出さないが……
靄がかかり、懐かしく、愛おしく、手を伸ばしても届かない何かが見え、強く思い出そうとするとなぜか涙が出てしまう。そんな状況を心に抱えている。
エイルは普段そのことについて何も言わない。可憐な笑顔で、優秀な魔法使いの娘。
だからこそ……取り戻してやりたい。
「しかし、出会った頃の彼から考えても……冗談のような成長ですね。3名の高等教官による連携攻勢です。
これは、戦闘特化の一級魔法使いでなければ普通に苦戦するでしょう。ラヴィーネさんとカンネさんの水と氷の連携は言うに及ばず、ラオフェンさんの加速魔法は戦士職にも通じます」
「戦士であり、魔法使いである……か。生まれの素質を考えればそうなるのかもしれないな」
「まあ、彼は一般魔法使いの資格に当たる5級魔法使いの試験には落ちていますけどね」
そう、これが大きな苦労の種だ。協会に伝わる彼の記録は常に足を引っ張る。
全く持って一般の魔法使いとしては力不足で、遠距離射撃もできなければ飛行魔法もろくに使えない。
「……全力の飛行魔法に自走の疾走と跳躍で追撃してきたとか書いてありますが、これは?」
「書いてあるままだ。跳躍時に魔力弾を足場にして、あり得ない距離を飛んでいる」
「そうですか……」
そして……
「機剣レーヴァテイン。登録上は杖となっていますけど……これは?」
「剣を杖にしている仕込みの武器だ。さすがに刃は封じて使っていたが……彼はそれで何度か魔法を『斬って』いる」
不意にメトーデはくすくすと笑い出した。こちらは真面目に話しているのだが、随分と面白そうに笑うので怪訝な表情で「なんだ?」と問いかけると、
「いえ……ゲナウさんがこんなに楽しそうにしているのも珍しいなと。試験監督中の表情が目に浮かびまして」
大きなお世話だと思いつつ、「ふん」と顔を背ける。
それはそうだ……隣で『刮目して見なよ……うちの愛弟子の活躍ってやつをよ!』という顔でニヤニヤしているフリーレンが鬱陶しかったのだ。
「昨年のクレ地方で起きた合成体と魔族の襲撃事件で、裏で彼が戦っていたという噂がある。頑なに情報は伏せられていますが……どうやら」
「まあ、そうだろうな……」
そのうえで、こちらに彼を送ってくるのだ。シュタルクやフェルン、フリーレンにも思うところはあるだろう……
「――託されたのだ。私たちで守らなければならない」
「そうですね」
そう言ってメトーデは報告書に承認の印鑑を押し、その書類をゲナウへと返した。
✧ ✧ ✧ ✧
中央諸国 クレ地方
「フェルン先生。大陸魔法協会からです」
領主館で仕事中のフェルンのもとに一通の手紙が届いた。
「ありがとう、ルーエ」
「いえ。きっと結果の件だと思います。シュタアル様をお呼びしますか?」
「不要です」
フェルンとシュタルクの間に生まれた長子、シュタアル。
彼は現在、魔法使いの最高峰とされる都オイサーストの高等学校への編入試験を受けている。
先日試験を受け、その結果を待っている。自己評価の低い彼はここ数日ソワソワしている。
そしてフェルンは大陸魔法協会の一級魔法使いの一人だ。当然、ちょっとした特異な連絡は届く。
今回は身内のことゆえ、承認権は特に持ち合わせていないが……
「受験した当人より先に結果を知ることになるのは皮肉ですね」
「私は……外したほうが良いですか?」
ルーエは、今現在シュタアルに最も近しい人間……となってしまった。
先日、彼女の肉体に起こった変化だ。幼少の頃に魔族に呪われた結果、彼女は神代の竜の因子を宿している。
さらに、戦闘で片腕が竜鱗の腕になってからは、少し体調にも影響が出るようになった。
そんな彼女に表面化した事象が起きた。
シュタアルをつがいとして竜の本能が訴えかけた結果、擬似的な求愛期となり……暴走してしまった。
最終的には、シュタアルがルーエの魔力切れまで暴走に付き合い事なきを得たが……
最後の力で、ルーエの中の竜は相互所持という契約を結んでしまった。
現状、その契約の詳細は不明だが……契約に反すれば罰則があることは分かっている。
竜の意思による求愛期の兆候が収まり、それにより本能的な溜飲は下ったのだろう。
とはいえ、二人は晴れて……恋人同士にはならなかった――
これにはシュタアルの実母であり、ルーエの養母であるフェルンとしては色々言いたいこともある。
あるのだが、自分とシュタルクも大概なので強くは言えない。
晴れて『家族以上、恋人未満』という関係で、一緒にお昼を食べたり手を繋いで歩く程度の関係にはなった。
まさかの、今まで子供の作り方を知らなかった我が子が相手なら、そういうものかもしれない……
別の部屋で働いている夫のことを思うと、本当に血は争えない。
おもむろに書状を開け、ざっと目を通したフェルン。
「……」
「……どう、ですか?」
そんな中、シュタアルとはしばらく離れ離れになるが、それでも応援してきたのはルーエ。
やはり、結果は心配になるものだろう。
フェルンは微笑みながら、その結果を彼女に伝えた。
■花芽吹く
「「合格おめでとー」」
お誕生日パーティーの様相で祝われているのは、珍しく年相応にテレテレとしているシュタアル。
決断してから3ヶ月に及ぶ猛勉強の末、もぎ取った合格。実技はもうハチャメチャだったが……座学よりはやりやすかったような気もする。
だって、座学試験は何一つ誤魔化しが効かないんだもの……
「みんな、ありがとう……本当に勉強とか、修行とか……」
「なーに言ってんだ。一番頑張ったのはお前だろ。胸を張れ!」
ドンと背を叩いたのは父のシュタルク。
「良かった……本当に、頑張りましたね、シュタアル……」
その後ろでフェルンが深く頷いている。なんだかんだ一番喜んでくれたのは母かもしれない。
「シュタアル兄さま凄いです!!」
ぴょんと飛びついて来たのはエリシア。
シュタアルはそんな無邪気な妹を受け止めて抱き上げる。
「おっと、ありがとうな」
気がつけばエリシアも随分大きくなった。
何かちょっと、柔らかい物が当た――というところまで想像しかけ、首に電撃のような痛みが走る。
「いてっ」
「どうかしましたか?」
「いや、最近持病の肩こりがね……」
よく見ると後ろでルーエがぷいっと顔をそらした
(後で……話をしに行かないと駄目だよな)
とか考えていると、腕の中のエリシアが少し声のトーンを落とした。
「でも、もうすぐお家から居なくなるんですね……淋しいです……」
「できるだけ、帰れるときは帰るから」
「はい……でも……」
そんな様子を見て、小さくため息をついたティアフォート。
彼女はエリシアを杖もなくヒョイと魔法で持ち上げた。
「はいはい、これからエリシアのテーブルゲーム相手は私がしますから。兄様を困らせないで」
「でもぉ……」
そのままエリシアを抱きとめたティアフォートはよしよしとエリシアの頭を撫でる。
「兄様」
「何?」
若干不機嫌そうに睨んでくるティアフォート。
ルーエのことでフォローしてくれてから、ティアフォートは割と常時ご機嫌斜めで、シュタアルもちょっと身構える。
「月に……二回……いえ、一回。必ず帰ってきてください」
「え……出来るの?」
フリーレンの方を見ると
「まあ……転移用の魔力があれば、操作は送り元を含めて私がやってあげても良いし」
「出来るんだ……」
毎月帰るとなるとなんか……旅立ちって感じもちょっと薄れそうな気もする。
「兄様は!帰ってきたら、その月の分、私とエリシアをチヤホヤすること!それが妥協点です!」
「ええっ……って良いの、父さん、母さん?」
シュタアルの様子に苦笑したシュタルクは、シュタアルとティアフォートの頭を撫でる。
「いつでも帰ってこい」
「ここはあなたの家です。遠慮など何一ついりません」
「わ、かった……休日のタイミング見て帰るようにするよ……」
「おう」
その後、仕事を終えたらしいライニやティシュレー、エアフォルクも合流し
ささやかながらのパーティが行われた。
皆笑顔だったが……ルーエとはあまり話せなかったことだけは気になった。
✧ ✧ ✧ ✧
「姉さん……」
そろそろお開きの様相になってきた頃、テラスに出ていたルーエに声を掛ける。
「……駄目ですね。もっと喜ぶべきなのに。約束したはずなのに」
「その、ごめん……」
「シュタルク様の影響でしょうけど……悪くもない時に謝らないよう、フェルン先生はよく怒っていませんでしたか?」
ふと父と母のやり取りを思い出すと、そういえば……と思い出す。
「そうだね、ごめん……」
「ほらまた」
「あっ、ごめ……ぐ……」
喉元までうっかり出そうになった三回目をギリギリで飲み込んだ。
その様子を見たルーエは口元に手を当てて笑っていた。
「真剣なんだ!笑わないでよ」
「はい、ごめんなさい」
「姉さんだって……」
「……謝ってばかりですね、私たち」
そう言ってルーエは星を見上げる。今日は満天の星空が見える。
彼女が大きく深呼吸したのは言うべきことを言う覚悟をしたのだろう。
「年上として、姉弟子として言うべきではないと理解しています。でも、私はシュタアル様と対等であるために伝えます」
「うん……」
「やっぱり。淋しいです」
「そうだね……」
「毎日お側に居たいです」
「う、うん……」
その気持が嬉しい。胸が高鳴るほどに……だが、素直に喜べず言葉に詰まる。
微妙にシュタアルが言葉に詰まったのは……部屋の中から全員がこっちを見ているから。
そりゃ、二人でテラスに出たら見るよね……と、だんだん気まずくなってくる。
「姉さん……ちょっと今は――」
まずいと思って、声をかけようとしたが、割と気持ちが高揚しているルーエは止まらない。
「だけど……私は約束しました!!
シュタアル様が成長して帰ってくる時に必ず――あの……日の……」
感極まってシュタアルの方を見たルーエだったが、途中で現状に気づき固まった様子だった。
なんせ、テラスの窓際に椅子を持ってきて、特等席とばかりにフリーレンが紅茶を飲みながら見ていたからだ。
「うん。ルーエ、続けて。興味がある」
「流石に無理だよ、フリーレン……」
結局その日は、癇癪の魔法を暴発させたルーエの影響でシュタアルが勢いよくぶっ飛んで幕を閉じた。
✧ ✧ ✧ ✧
そしてまた、旅立ちの日まで時間は過ぎる。
街中の人たちに声をかけ、それぞれに餞別をもらい、旅立ちの準備も整った。
「転送の準備が整ったよ。向こうではラヴィーネ達が待っていると思う」
ゲートの調整をしたフリーレンはシュタアルに声をかけた。
「わかった。ありがとう、フリーレン。父さん母さん、行ってくるよ」
「行って来い」
「身体には気をつけて」
少し寂しさもあるのか、母のフェルンは腕に末っ子のアストルを抱いたままシュタルクに寄り添っている。
人は寂しさを感じると、温かいものに触れていたくなるものなのかもしれない。
こういう時、自然に腰を引き寄せる父シュタルクにちょっと見習うべきものを感じる。
そう、こういう時なのだ。別れ際なのだ……男らしく……決めたいのだが――
「なんで姉さんがメイド服を着ているの?」
無理だ……情緒が……別れ際を想像していた脳内シミュレーションと全然違う!!
ライニさんが「私が用意しました」とばかりにドヤ顔をしている。違うよ、そうじゃない!
ティアフォートがドン引きした顔をしている。
「その……こういう時になにか特別なことを、と思って私なりに、過去に着た衣装の中でシュタアル様が最も反応が良かったものと言うとこのエプロンドレスで」
ごめんなさい……全部自分のせいでした――
「ね、姉さん。確かに、エプロンドレスって昨今使用人じゃなくてお洒落で着るケースもあるって聞くんだけど、でもね……」
この服を見たのは、確か二年ほど前のことだ。
そう、うっかりむちゃくちゃ狼狽えてしまった。その反応を見たルーエはそれを良好な反応と見たのだ。正解過ぎて何も言い返せない。
「似合ってなかったでしょうか? 確かに少しサイズが……」
そうだね!胸の部分が……ボタンを留めるのが大変だったせいで生地が引っ張られて、めっちゃ視線がそこに吸われるよ!色んな意味で目が離せない。
「に、似合って……似合ってる……と、思うよ」
辛うじて答えたことでルーエが華やいだ笑顔を見せた。……と同時に、紅い髪が見える辺りから舌打ちのような音が聞こえた。
ごめんね、お兄ちゃんのせいだね。旅立ちの雰囲気がよく判んなくなったよ。
油断した瞬間、ルーエのいい匂いを近くに感じる。
視線を向けるとものすごい勢いで胸が迫って――違う。これは――頬に感じる柔らかな感触と――
『ちゅっ』という独特の物音。
「えっ」
疑問に思った瞬間、ルーエはくるっと回り、少し距離を取った。
エプロンドレスはそういう動きにスカートがふわっと舞う感じが本当に素晴らし――まてまて、そうじゃない。
「頑張って来てください、シュタアル様。続きはまた、帰ってきた時に――」
「待って、ちゅーの続きって――」
少し前にエアフォルクから聞いた、<<おしべとめしべの受粉の話(人間版)>>をふと思い出しつつ……思わず口走りそうになった瞬間。
「ずるいです、ルーエ姉さま、私もやりたいです!」
「エリシアがするなら私もやらないとですね。ほら、フリーレン様も」
「私は遠慮しとくよ……ちょっとルーエが怖いし……」
と、妹2人が押し寄せてくる。
そんな感じで、やっぱりピッとは締まらなくて――温かな場所であることだけは……魂はいつまでもここにあるということだけは
―― 確信できる。
そんな旅立ちの朝。
■追試と山道と二人の乙女
ゲートを潜った先。ここはオイサーストの筈……?
「来たかシュタアル。
何だ、ほっぺたベチョベチョだな。ハンカチ持ってないのか?」
「……いえ、ちょっと家族の見送りの愛が……
ハンカチは持ってます。ところでラヴィーネさん……ここはどこ?」
シュタアルがそんな疑問を呈した理由は見渡す限り街とか建物内とかそんな感じの場所じゃないせい。
「ここは、オイサーストから40km ほどの場所にある研究遺跡だ。
距離の離れた研究基地ってことでゲートを建設したんだけど……結構前に閉じられてな、魔法の回路も風化して最期になりそうだから今回使わせてもらった」
「なぜ……、ここってオイサーストからゲートを通って来るような僻地なんすよね?」
シュタアルは唖然とした表情でラヴィーネに問い掛けるが彼女は特に意に介すこともなく答える。
「まー飛行魔法で飛べばちょっと時間がかかるけど、山道だから歩きは辛い。」
「それじゃあ、飛行魔法で連れて行ってもらえる――」
「お前は徒歩移動な」
「酷すぎません!?」
ツッコミに対して悪びれた様子もなく「わりーな」と答えるラヴィーネ。
「ちょっとな、頭の硬い連中がまだ、お前の成績を認めていなくてな。
ゲナウが黙らせたんだが……最終妥協ラインだ」
「どういう意味……」
ゲナウと言うと試験時にこっちを睨んでいた試験官の人。得体の知れない強い視線と母にも負けない強烈な魔力を感じた人物だった。
『ゲナウは随分シュタアルのことを気に入っていたよ』というのはフリーレンの説明。
でもなんか……妙な威圧感もあって怖かったんだが。あの謎の怖さ、シュタアルには言葉にできない。
そんな事を考えているうちにラヴィーネの説明が始まる。
「ここからの山道、結構魔物も出る。無事オイサーストにたどり着いてみせろ。
お硬い連中のオーダーだ。連絡もできてなかったのは済まなかったな。代わりに荷物は私が持っていってやる」
そう言いながら、ラヴィーネはシュタアルが持っていたバッグを杖で指して魔法でひょいと持ち上げる。
「え、ちょっと……装備とか、食料とかは……」
「飯はオイサーストで奢ってやるから今日中にたどり着けー」
「え、駄目だったら……入学停止とかになるの? なんか今から帰ったら色々妙な感じになっちゃうんだけど!!」
「あー、それはないから安心しろ。入学は保証済みだ。試験にはクリアしてる。ただ……レルネンの立ち上げた特待生制度の授与の可否だ」
特待生、昔、何処かで聞いたような聞いてないような。思い出せない。
思い出せないので謎の制度の適用有無の判定にこれから地獄のトレイルランが始まるらしい。
「え……待って、なにそれ?」
「じゃ、がんばれよ」
そいつは記録と観測用マーカーだ。と言われてラヴィーネにクリスタルのようなもの渡された。
割れば試験失格となり中からゴーレムが出てきて運んでくれる優れものらしい。
徐々に空中に登っていく彼女の姿を見ながら唖然としていると結構な速度でオイサースト方面に飛び去っていった。
「ウソでしょ……」
突然始まったエクストリームトレイルラン。襲いかかる魔物を回避してオイサーストに到着する必要があるらしい。
✧ ✧ ✧ ✧
北側諸国 オイサースト 高等魔法学校 学長室
学長の机に佇んでいるのは年老いた魔法使いレルネン。
彼が目を通しているのは一枚の編入手続き証。様々紆余曲折があり受け入れることになった生徒。
魔法協会の制度からすると……かの一級魔法使いの子としては異常なぐらいに魔法使いとしての才に乏しい。
なんなら、彼の妹の方には何度も推薦の連絡をしたにも関わらず無視されている。
しかし、ゲナウの報告からすると特異な生徒である。
報告の上がっている昨年の事件は1級魔法使いが当たるような事態。それに関わっている少年。
「判断が、難しいものですね……」
ひとまず、学園出資者側から要望された追加試験を許可したので、その結果を持ってして扱いが変わる。
「この歳の普通の魔法使いなら、恐らく道半ばで諦めるような危険な森ですが」
考え込んでいるとノックが鳴った。ちょうど呼び出していた生徒が来たようだ。
「入りなさい」
「レルネン学長。何か私に御用があると伺いましたが。お仕事のお手伝いでしょうか?」
いつ見ても折り目正しく。美しく。佇むように咲く一輪の華のような少女。
「よく来ましたエイル」
ブロンドの髪を揺らし、背筋を伸ばし歩く姿は美しい。現在2年目の学年では総合成績トップの優等生であり、かつての部下の娘。
既に2級魔法使いの資格も持っており、学園を卒業したらすぐさま1級魔法使いへの道を歩むとされている。
レルネンは立ち上がり、杖をかざした。すると隣の部屋から椅子と、供えの小テーブルがやってくる。
同時にティーカップに紅茶を注いでテーブルの上においた。
「立ったままでも問題ありませんでしたが……なにか重いお話ですか?」
「いえ、あなたの意見をお伺いしたい事案でして。後でヘリヤさんにも個別で伺おうと思っていました」
という言葉にエイルは眉を歪める。「彼女ですか」とぼそっと呟いたことをレルネンは見逃さない。
彼女からすると、方向性は違うのに常に自分の真後ろから虎視眈々と睨みつけてくる生徒……という感じだろうか。
「はい――一人の生徒をこの春から学園に迎え入れます」
「2年目の時期に……?しかし、その事が何か私に関係するのですか?」
「そうですね……こちらの書類に目を通して忌憚ない意見を」
エイルは受け取った書類には『クレ地方 シュタアル』と書いてある書類。
―― これから ――エイルに ―― 足りない勇気なんて―― きっと――大丈夫 ――
青紫色の髪を目にした時に僅かな頭痛を感じて、何かを思い出しそうになったが……わからない。
「……魔力出力の結果が著しく低いですけれど、本当に合格したのですか?」
どうやら、ゲナウもメトーデも何も話していないようだ。
律儀な男だ。ではこちらも要件を伝えておこう。
「――合格していますよ。理由は――いずれ分かるでしょう。
お願いというのは彼のことですよ」
穏やかな笑みを浮かべるレルネン。不思議そうにするエイルに当たり障りのないことから説明を始めた。
―― 聞く限り強い運命だ。突然の再会で歪まないように。誰もが正しく前に進めるように、大人は配慮するべきなのだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
北側諸国 オイサースト 近郊の山道
かろうじて装備していた左手のティシュレー謹製の魔操式の手甲。
魔力を込めることでワイヤーを射出し、巻き取る事ができる。
獣道を疾走し、樹木にワイヤーを掛けながら山道をひた走る。が――
―― ガウッ!ワウッ!――
というお約束の鳴き声や唸り声を出し、追跡してくるのは狼型の魔物の群れ。
どうら、通り道に彼らのテリトリーがあったらしい……
「しつこいな……。何匹か間引くか?」
何が気に入らないのか、異様にしつこく追いすがってくる。このまま人里に近づけるわけにもいかない。
致し方なく、立ち止まり対峙をする。襲いかかった所を数匹落とせば逃げていくだろう。
――と、思ったのだが案外詰めてこない。遠巻きに必死に吠えるだけだ。いつもなら人の肉を求めて襲いかかってくるのだが。
必死にあっちへ行けという様子だ。
「……ビビられている?」
愛剣を構えて――一気に飛びかかり彼らの足元の地面を叩き割る。
そうすると蜘蛛の子を散らすように悲鳴を上げて帰っていった。
「なんだったんだ?
なんか……ついに魔物に恐れられるぐらいのオーラでも纏った? まさかな……」
なんにしても、群れと戦闘にならなくてラッキーと思いながら踵を返す。
しかし森の魔力の密度に対して妙に、中型や小型の魔物に出会わない。
『人間って格好の餌だからね』。あんまりそういう森に単独で入ったら駄目だよ。
というのは幼い頃のフリーレンの言いつけ。弱者ならばすぐに襲われるのが魔物の住む森。
「大型だったら襲ってくるのか?」
という、ちょっとしたジョークでいったつもりだったのだが……
そういうフリのフラグとはすぐに回収されるのが世の常。
再度、走ろうとした彼のすぐとなりの木に電流のようなものが走った。
―― シュタアル。離れろ。本命の一撃が来る ――
命の危機に関わる時、昔から脳裏に響いてくる警告の声。瞬間的に危機回避モードへと切り替えて飛び退いた。
1秒も経たないその刹那、激しい落雷音と稲光が周囲を包む。
周囲数本の大木が一瞬で黒焦げとなった。
「おい……おいおい……
詠唱特有の魔力の揺れを感じさせずに発動された魔法……それはつまり体内器官としてそれが出来る構造となっている魔物。
そして、そんな者が備わっている魔物といえば……
「ウソだろ……クレ地方の周りの森にこんなやばいの普通にいないぞ!! なんで放置されてるんだよ!」
体中の鱗に雷をまとい、巨大な狼のような体躯の竜、強靭な四肢で歩く地面には焦げ跡が残る。
「ドレイク型の……成竜がうろついているとか、聞いてないよラヴィーネさん!用意もなしに戦えねぇ!!」
ドワーフのティシュレー爺さん印の戦闘服だけでも返してもらえばよかった……。あれには対雷効果もついている。
今の状態だと恐らく、斬りかかるだけでも黒焦げになる。
―― グルルルル
と興奮気味なドレイクはこちらを視界に捉えている。まるで別種の竜が縄張りを荒らしに来たかのような怒り方 ―― 別種の竜?
「まさか……これ?」
ルーエの咬み痕に触れる。たしかにこれは姉の魔力をほんのり匂わせる……シュタアル的にはなんとなく彼女を感じて安心もするのだが。
彼女の魔力には神代の竜の魔力が混ざっている。これは……本当にやばい……かもしれない。
もう取れる手段はたった一つ。
「―― 燃えろ!!」
故人曰く、三十六計――
「俺の逃走本能!!」
逃げるに如かず!!
✧ ✧ ✧ ✧
再び、学長室
「どうぞ」
エイルが部屋から出たあとに再び鳴ったノックの後に入ってきたのは、学内の制服を着崩した少女。
深緑の髪を背後で三つ編みにしているのは恐らく癖っ毛を抑えるためであろう。髪型はいいのだが……
学内指定の制服のスカートの片方にざっくりとスリットを入れている。
歩幅を開けて歩くたびにチラチラと健康的な太ももが見える。
若い男性陣はさぞかし目のやり場に困るだろう。
と思いながらもレルネンもちょっと目を逸らした。
(そう言えば彼女の母親も若い頃は随分薄手の格好でウロウロしていた)
「なんか用? がくちょー先生」
挑発的なのか、気安いのか……と言われると彼女としては後者のつもりなのであろう。
それは両親を知るレルネンであるから分かるのだが……
「ヘリヤさん、私は怒りませんが、ゼーリエ様や他の目上の方と会話するときは……もう少し態度を改めてください」
「はーい。それでどうして私が呼ばれたの?」
素直なのか、全く我を曲げる気はないのか……
彼女のブレない我の主張こそ、彼女の魔法そのものなので、頭も痛い。
下手に矯正すれば恐らく彼女は魔法使いとしての弾力と強度を失うのだ……何と扱いの難しい生徒。
しかも、現在同年代の公式戦では全戦全勝の彼女。先のエイルは魔法試合を好まないためそちらの成績を持たないが……
ヘリヤは事あるごとに生徒の間で魔法の公式戦闘を申し込む。
なんというか、申請手続きの詳しさはもう彼女の右に出るものはいないだろう。
さておき。要件を伝える。これは彼女の母ユーベルからの依頼。
『彼が訪れることがあったら、娘に教えてあげて。ずっと待ってるみたいだから』というもの。
「要件は……こちらの書類です」
証書を駄目にされても困るので写しの紙を渡す。
「なに?……へえ……」
目を通した彼女は動きが止まった。
「あなたには見せておいてほしいという上申がありましたので、特別連絡です」
「あの子には?エイルには?」
「伝えてあります。意図を測りかねていましたが」
「そう……」
表情を変えずに目を伏せた彼女の感情は読みづらい。
過去に起きた事件の顛末からすると、複雑な感情を持つであろうとは推察するが。
「嬉しくは、ないのですか?」
「どうしてそんなこと聞くの?」
「私はもう老いぼれですが、元一級魔法使いの直感で、妙な偶然の引き合わせに興味が湧きました――」
レルネンがそう伝えると、ヘリヤの表情は変わる。これは可愛らしい少女の笑顔というべきなのであろう。
だが、直感的に感じたのは肉食の獣が極上の肉を目の前にしたような歓喜の表情。そう例えるほうが正しい。
少なくとも、レルネンにはそう見えた――
■魔法都市オイサースト
「死ぬかと思った……」
時刻は夕暮れ時……40km の魔物だらけの山道。あまつさえ、ドレイク型の雷竜に襲われた。
どう考えてもあの一帯の生態系の頂点だが、危険すぎる。早く討伐しないとまずいと思うが……
必死に逃げ回って見つけた脆くなった崖上。レーヴァテインにより土気を解放して影崩れを起こすことでなんとか逃げ延びた。
たぶん、まだピンピンしているだろう……
「おつかれさん!」
と言って濡れたタオルを掛けてくれたラヴィーネ。
「マジで規定時間内にやり切るなんてな。流石だ。上申しておく。よくやった!」
まるで父のシュタルクのように頭をガシガシ撫でてくる。
「ちょっ、やめてくださいよ……」
「まだガキなんだから、先生が褒めたら喜んどけ!お前は気張りすぎだ。
17歳は子供の顔ができる最後の歳なんだよ。だから良いんだよまだ大人に甘えて」
そういうことを言われると……ついつい何も言えなくなってしまう。
先生に『お母さん』とか言ってしまいそうになる。
「よし、あとは家で風呂入れ! あとは覚悟しておけ!おふくろと兄貴たちが歓迎会の準備しているからな。
若者らしく山程食えよ。作りたがりのおふくろを満足させるのがお前の仕事だ」
「俺、ラヴィーネさんの家にお邪魔するんですか?寮とかは?」
「寮は準備中だよ、今日はうちの実家の屋敷で部屋を用意している。宿泊費はうちが出すから、その分うちの子たちの面倒を見ろよ」
怒涛の勢いで仕切られるが……全く悪い気はしない。そういう所がラヴィーネの良いところなんだろう。
「わかりました……」
「よろしくな」
母のフェルンとは方向性が違うが勝てる気がしない。
✧ ✧ ✧ ✧
その日の夜。エイルは翌日の座学の復習の後、居間に降りてきて思いにふける。
「……クレ地方……シュタ……アル……痛っ!!」
本日レルネンから聞かされた書類の話。何かを思い出しそうになるのにどうしても出来ない。
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「リーン、ごめんね」
膝の上で寝ていた妹リーンがエイルの様子に気づいて心配そうに起き上がった。
ゲナウとメトーデの間の次女。エイルとは10歳差で年の離れた可愛い妹。
「なんでもない。でもそろそろ眠いならお風呂に入って寝ましょう」
「えー、もうちょっとこうしてたい」
この年の子は遊ぶでもなく眠るのは嫌がる。誰かと一緒にいたいのだろうと思うと可愛いのだけれど
「お風呂、お姉ちゃんも一緒に入ってあげるから」
「本当?」
「ええ、お背中流してあげる。準備してきて」
「はい!」
パタパタとお風呂に向かっていくリーンの姿を見送ったあと。
「例の件、聞いたのね」
と、声をかけてきたのは母のメトーデ。どうやら独り言を聞いていたらしい。
「この時期に編入生が来て、レルネン学長からお話された……お母さんも関わってるの?」
「本命はお父さんですけどね」
と言って頬に手を当てて微笑んだ。
「必ず対面の場を持って挨拶するように言われた。困っていたら助けてあげるようにとも」
当然といえば当然の範疇の話だったが、どうしてそこまで強調したのか。
「これもお父さんが手を回したこと?」
「さぁ、どうかしら……」
と言いつつメトーデは立ち上がり、キッチンへと移動した。
「お父さんとお母さんの知り合いの家の男の子なの。ちょうどあなたと同じ年なの。
とても、優しくていい子。本当に……優しすぎて、危なっかしいぐらいに……」
「お母さんは、会ったことがあるの?」
と聞くとメトーデは一瞬寂しそうな顔をしてから
「お風呂に入っていらっしゃい、その間に、ホットミルクコーヒーを作ってあげるわ」
いったい、なんなのだろうか?
✧ ✧ ✧ ✧
「姉さん、今日レルネン学長に招集受けてたけどどうしたの?
先週破壊した中庭のゼーリエ像のことでもバレた?」
ちゃんと直したつもりだけどな……と加えながらメガネを中指で抑り、聞いてきたのはヘリヤの弟のヴィダル。
父親似の世話焼きで理屈屋の弟。何をしでかすかわからないヘリヤのお目付け役として、ヘリヤと共にオイサーストに訪れ、現在中等部に所属している。
成績も申し分なく、来年高等学部に進学する予定だという。
「んー、そうでもない感じかな」
「なにそれ……というか、今日妙に機嫌がいいね」
「そう見える?」
そりゃ……鼻歌交じり夕食準備なんてどんな心境!?と言いたくもなる。
ヘリヤとヴィダルは現在兄妹二人暮らしでユーベルとラントが用意した協会の個人用の宿舎を借りている。
『いや、ヘリヤを寮に入れるとか危険すぎて絶対駄目でしょ』
『えー、パパったら心配性~』
というやり取りは、ヴィダルにはわかる。危ないのは同僚生という意味だ。
そんなこんなで家事分担で姉弟で暮らしている。時々ラントやユーベルが様子を見に来るが、概ね二人暮らし。
一応料理も自分たちでやっている。姉は野菜を粉微塵にするシチューが得意だ。
もう少しゴロッとしたサイズの野菜があってもいい気はするが……
「お皿出して」
「わかった」
出来上がったらしいシチューの鍋をテーブルの中央に置き、バゲットとローストした肉を並べた。
そして、お皿にシチューをついでいる最中。
「――もうすぐ……シュタアルが来るわ」
「……。は?」
先度の鼻歌がウソのよう。
獣が笑うというアリもしない概念はこういう感じか?という顔で笑う姉のヘリヤ。
そんな彼女を見て、ヴィダルは唖然とする
(あの男……本当に来たのか、高等魔法学校に……また、姉さんに……)
7年前の姉の様子を思い出し、微妙な気持ちになり――
集中力を欠いた彼の手の上に熱々のシチューがダバーっとかかった。
「ヴィダル大丈夫?そういう遊び?」
その夜は、冷静な少年が珍しく大声を上げて叫んだという。
✧ ✧ ✧ ✧
一方、追試を終えたシュタアルの方はというと――
ラヴィーネの実家にて招かれた夕食のあとに、3人の子供たちと遊んであげていた。その子供たちも程なくして燃料切れになったらしい。
3人並んで眠ってしまった所を、「あらあら」という感じで長男を抱き上げたのは、ラヴィーネのお母さん。
この人に孫がいるって本当なのかと思うほどの容姿にびっくりする。使用人たちと彼らを寝室へと運んでいった。
と、そんな和やかな団らんの後の会話。
「――つまり、その魔力を帯びた痕ってのは」
「はい……姉さんに……首筋に咬みつかれて」
この話題は、森の中で竜に襲われた話を伝え、この傷が原因かもしれないと見せた結果の話。
「おまえ、その傷……どうしたんだ?」という質問から始まった。
明らかに妙な魔力と情念みたいなものを感じたから気になったということだ。
「うーん」
そして、先日の求愛期騒動の顛末を説明するに至る。
「――普通に酷い気もするんだが……?
長期で遠距離になるから無理に交際しないのは教育者視点としてはギリギリ分かるけどな」
正直、当事者にとっては後者のほうが心に来た。
『……まあ、両思いだし!お互い今はごたついているし!色々する(?)のは落ち着いてからでいいし!』
ということで、シュタアル的には溜飲はおりた。いずれにしろまだ男女交際という破壊力に当人が耐えられないかもしれないのは実はある。
あの事件の後、二人きりでの勉強会になると色々悶々としてしまい、人の喧騒がある場所で勉強するようになったぐらいだ。
「ま、まあ、姉さんも理性では解呪しにいったほうがいいと言ってたのを、俺が飲んだから」
そう、了承したのはシュタアルの方。だから姉が酷いのはちょっと違う―――と思う。
「その状況でお前が断るわけがないだろ。多分、言った側も把握しているんじゃないか?」
「いや、そんなことは……あるのかな?」
わからない。ルーエは理知的で優秀な人物だが……そんなあざといことをするのだろうか?
「まあ、お前がいいならいいんだけど」
(あざとい……姉さん……メイド服……はち切れそうな胸……ちゅー……の続き……)
と、あざとさと言われると微妙に心当たりもないわけではない。
「鼻の下が伸びてるぞ。だけど、今のでお前が納得しているのはよくわかった」
指摘されてさっと顔を隠す。物理的に鼻の下が伸びているわけではないので意味はないのだが
「お前の青春だ。残しておくのはお前の勝手だが……
その痕、妙な感じがして、気づくやつは気づく。上手く隠せよ」
「……わかりました」
いったん包帯でも巻いて見た目だけ誤魔化すかと思案する。
変わった魔法が掛かっていて気になってしまうのかな?
―― と、その時のシュタアルも軽く考えている節はあった。
今後この繋がりがどれほど、彼を追い詰め、そして彼の命を救うことになるかは今は知る由はない――
「……ところで今日、旦那さん見かけないんですけど――」
「聞くな! 長期で単身赴任中だよ! あいつ、ちょっと魔法商の取引が大きくなったからって!! 誰のおかげだと!!」
気になったから聞いただけだったが、どうやら地雷だったらしい。
母のフェルンが似たようなことで怒ると非常に面倒だったことを思い出す。こういう時に頼りになるティアフォートもいない。
関わらないのが吉だろう。
「あー、俺そろそろ寝ますね……」
「ああん!!ここからだろ! 愚痴にちょっと付き合え!」
「なんで酒瓶でてくるんですか!俺未成年だから飲めませんよ!」
「私が許可する!」
「おい!教育者!」
結局その後、ラヴィーネのお母さんがやって来て、その場は事なきを得たのだった。
■初通学はトラブルの香り
オイサースト高等魔法学校には研究機関も存在する。
一級魔法使いのような特務や周辺地域の管理、そういった実務をする者の他にも、魔法研究を続ける者も一定数いる。
彼らの研究の足がかりの勉学を行うのが研究院生だ。無論狭き門ではある。
そんな場所で一匹の魔物が搬入されていた。
―― ギイィィィ ――
奇妙な声をあげる、鱗と羽毛に覆われ尾の長い、猿のような珍妙な動物。いや、魔物。
それは、
魔物も大概は珍妙な生物が多いが、合成獣は現状そういう種の観測がされていなかった、近年発見された謎の生物だ。
「おい、慎重に扱え……結構な知能も持っているらしいからな」
「ういーす。生物倉庫に積んでおきます。滅茶苦茶暴れるな、こいつ」
先程から檻を腕で掴みガタガタと揺らしている。
「んなことしても特別仕様だ。檻は開かねーぜ。鍵がないと無理だ」
運搬の男は鍵を魔物にちらつかせてから、笑って去ろうとした瞬間
――シュ――
という空気のかすれる音を感じた。
「ん?なんだ?」
一瞬何かがかすめたような気がしたが……
「気のせいか」
いったんとこは気にせず事務所の方に帰ることにした。
―― ギイ ――
その生き物の尾の先に、先程見せた鍵が引っかかっていたことも知らず。
✧ ✧ ✧ ✧
翌日、ラヴィーネ”教師”に案内されてやって来た学園正門。
「ここだ」
「いや、流石に大きい建物だし普通に分か―― あ、案内ありがとうございます!」
見れば分かる程度の巨大な建築物だったので、普通にまっすぐ行くだけでよかったのだが。
流石に礼儀を逸した発言にラヴィーネから睨まれ、謝罪――というか慌ててお礼を言って返す。
「よし。私はこのまま朝の教員会議に出るからここまでだ。お前は事務棟へ行って編入手続きをしろ。その後、教員室に来い」
「わかりました、じゃあラヴィーネ”先生”会議が頑張ってください」
「お前も迷子になるなよ。おっと遅刻する――」
いったい、何歳だと思ってるんだと苦笑いしながら手を振って見送る。
3人もの小さな子の面倒を見ているので、その延長で見られている節はあるが……
独特のノリではあるが、なんだかんだ、信頼の置けるいい人だ。
「さて、俺も事務棟へ行くかな……」
と、シュタアルも移動すべく案内板を確認した。
なお、ラヴィーネの朝の教員会議に合わせてきたため朝はちょっと早めだ。
一般学生は15分ほど後から登校を始めるらしいが……朝早い生徒はまばらに既に通学済みという感じ。
(チラチラと遠巻きに見られてる……)
まだ、この学校の制服というものを持っておらず、失礼のない程度の私服で来ているのでちょっと目立つ。
部外者と思われても仕方なくもない状況。魔力がイマイチだなぁとか思われてるのだろうかと思うと、若干うんざりする。
(友達もいないもんなぁ……)
「―― ねえ君」
その瞬間――
「ッッ!!」
――背後から真っ二つにされる。
何故かそんな風に思って振り返る。
思わず手には抜刀前のレーヴァテインが顕現してしまっていた。
背筋も凍るような感覚―― 何処かでこんなことがあったような ―― いや、わからないが……
「おはよう。学園内で私服なんて反抗期?」
だが、振り返った先にいたのは自分と同年代の少女
三つ編みでまとめた深緑の長い髪と、挑発的な瞳。
ネクタイをずらし、上着も少しずらして肩を出しつつ、スカートは長いスリットが入っていて――つい視線を奪われる。
ちらっと見えた脚に目が奪われた瞬間、包帯で隠した痕がズキっと痛み、我に返る。
客観的には、生徒の群衆の中にいても頭一つ飛び抜けた蠱惑的な美少女に見える。
「いや……まだ編入してきたばかりだから、制服がなくて」
今しがた殺気のようなものを飛ばしてきたのは恐らく彼女……なのだろう。
何故そんなことをしたのか?場所が場所なら反撃動作に出てしまうところだった。
だが……問い詰めるわけにもいかず、苦笑いで誤魔化すしかない。レーヴァテインをしまいながら声をかけた。
「事務棟に行きたいんだけど、向こうの建物で合ってる?」
自然に答えたつもりだったが、どう受け取られたのかわからない。
だが、目の前の深緑の髪の女の子は不敵に嗤う。挑発的な笑みだ。しかし何故か――
――その仕草は彼女らしい――
そう思えてしまう……不思議な感覚に襲われる。初対面なはずなのに
「あっちの右手の建物よ。私が案内してあげよっか?」
「いや、すぐだからいいよ。ありがとう!」
「そう……」
彼女の手を振り、差された方向へと歩き出す。
少し急ぎ目に目的の場所に向かうように歩を進めたが。
後ろから感じる威圧感……どうしてか、背中にべったりと張り付いているかのような錯覚に襲われる。
そんな折……
『―― みぃつけたぁ ――』
背後から……いや何故か耳元で、そんな声が、聞こえた気がした。
何故そんなに、初めてあった女の子がこちらに注意を向けてくるのか分からない。
あと、ルーエの咬み痕がずっとピリピリと痺れていた。
✧ ✧ ✧ ✧
時を同じくして。生物棟。
そいつは、自分を閉じ込めていた目障りな檻をようやく抜け出して歓喜する。
ここがどこかは分からないが、とにかく魔力が豊富な場所だ。
濃い魔力を感じるもの、柔らかいもの、温かいものを寝床に置くのが本能的習性……
寝床はない。外の森に入れば恐らく何かあるだろう。
木を掘って作ってもいい。
そいつは魔力の気配がするままに……人間に見つからないように教室棟の中に入っていく。
✧ ✧ ✧ ✧
「お疲れ様でした。これにて手続きは終了です」
メガネを掛けたガタイのいい壮年のおじさん。
その人の指示に従い、ひたすら手続きと書類を書いていたシュタアル。
「終わったぁー」
「この時期に途中編入となると手続きが煩雑になりますな。
学長には改定するように進言しておきますよ」
事務のおじさんはそう言って笑うと学園の俯瞰地図を渡してくれた。
「教室棟の隣りにある教員棟へ向かって下さい。受け入れの教師が対応してくれるはずです」
「わかりました。ありがとうございます!」
渡された地図を受け取り、その場をあとにしたシュタアルは再び中庭へ。
そろそろ1限目の講義が半分に差し掛かる時間。中庭の人はまばら。
「よお。手続きは終わったか」
「ラヴィーネ先生、どうしたんですか?授業は?」
「私は今の時間担当なしだ。事務処理も終わった。強いて言うならお前の面倒を見るのが仕事だ」
ちょっと暇そう……とは口が裂けても言えないが。とりあえず書類を差し出す。
「これ、書類です」
「ほい、受理しました……と。じゃあ、教員棟で保管してから設備案内してやる。ついてこい」
何故か不良生徒が授業のサボタージュに誘ってくる空気も感じつつ。
「方向音痴ってよく言われるので、お願いします」
そう伝えると、ニッと笑ったラヴィーネは
「よし、ついてこい」と握りこぶしで歩き始めた。
■起きるべくして運命は廻る
「……で、ここが体育倉庫裏だ」
どや、という顔で紹介するラヴィーネ。
恐らく大体の設備は紹介してもらった。まー、時期に慣れてくるだろうと思いつつ……
「なんでさっきから、人目につかなさそうな場所は必ず紹介するんですか?」
「え、要らない? お前ぐらいの歳には大事だろ? 人目につかない場所」
「何に?」
本気で何を言われているのか判らず聞き返すとラヴィーネは言いにくそうに顔をそむけながら
「何って……お前、あれだろ……多感な歳だし……いろいろあるだろ。人に見られたくない行為。
男はロッカーの中に閉じこもってでもって聞くぜ」
「先生、まじで何いってんの?」
この人の若い頃、一体何があったのか。
それとも旦那さんから何を聞いたんだ。
「まあ、いいや。お前は午後から参加予定だ、その時に紹介するから同級生に一発かます気合の入った挨拶考えておけ」
「よくわかんないんですけど、一発かます必要ありますか?」
「お前、魔法使いは舐められたら終わりだぞ……」
そんな過酷な社会なんだ……田舎暮らしだからわかんないや。
と想いつつ「はあそうですか」と曖昧に返したら、背中を叩かれた。
「ま、学長も手を打ってるって言ったから大丈夫だろ。私は次の講義があるから、そこら辺フラフラしておけ」
そんな言葉を残したラヴィーネはそろそろ時間だと講義棟の方へ向かっていった。
「とりあえず、中庭で……休むか」
年頃の生徒が人目のつかない場所でなにするのかは最終的に判らずじまいだったが……
ひとまずアドバイス通り舐められない挨拶とやらを考えることにした。
✧ ✧ ✧ ✧
そいつは、歓喜していた。
残った魔力は濃いが、人がいない場所に潜り込んだ場所。
箱のようなものがたくさん並んでおり、その中から美味そうな魔力の匂いがする。
蓋をこじ開けると、白やら桃色の小さな布が特に濃い魔力の気配がする。
日頃から強い魔力を持っているものが肌身につけているかのような魔力。
――これはいいものだ。寝床を作り、これを敷き詰めようと箱を次々と開けていく。
己の魔力でかき集めたその小さい布たちを塊にして持ち出した。
―― 他にもないか?もっと探そう
そんな風に考えながら、そいつは次々と小さな布を集め始めた。
魔物の身には判らないことだったが……その部屋の入口には『女子更衣室』と書いてあった。
✧ ✧ ✧ ✧
1限目の実習訓練が終了し、午後後半の授業のために教室に戻ってきた生徒たちは騒然とした。
「ない!私の着替え……お気に入りだったのに!」
「私も……」
と次々と声が上がる。
「な……」
と、青くなったのはブロンドの髪の美しい生徒エイル。
彼女も自分のロッカーがこじ開けられており被害にあっている状況に愕然とする
「下着……が……ない」
子猫とリボンが自己主張しすぎず、子供っぽくもなく、それでいて可愛くてお気に入りのものだったのに……!!
ぺたんと座り、肩がわなわなと震えだす。持ち出して、一体何をするつもりだ。お気に入りだったのに!!と、ふつふつとしたものが――
「へえ……大胆なやつが要るもんだね」
隣からは、興味深そうに現場検証をしている生徒。
「ヘリヤ……さんは、大丈夫だったのですか?」
「前から何度も言ってるけど、ヘリヤでいいよ。エイル”ちゃん”」
意趣返しのつもりか、わざとらしく『ちゃん』を強調する辺りは実に彼女らしい。
「……それで、あなたは大丈夫だったのですか」
「んー。取られてるねー、そっちもだろうけど魔法で施錠したけど結構な力で無理やりこじ開けたみたい。まあまあやり手の変態だね」
「へんた……いえ、とにかく犯人を探しましょう」
力のある変態が女生徒の下着を大量に盗んだ。背筋も凍る事態に緊急事態宣言をするエイル。
「どなたか、教員棟へ向かって先生を呼んで下さい」
「はい。わかりました、エイルさんは?」
一人の女生徒が返事して、更衣室の出口へ向かう。
「私は……犯人を追跡します。探知魔法は
―― 得意なので!」
両親にもらった杖を出現させ、瞳を閉じ魔力を集中する。
彼女の強い魔力は周囲に影響を呼び、美しいブロンドの髪がゆらゆらと浮かび、揺れる。
―― 残された魔力の痕跡を追い、意識は廊下を出て……次の教室を通り……窓を出て……
「掴んだ」
瞳を開き、犯人の位置を把握したと宣言したエイル。
「さすが……優等生様のエイル”ちゃん”」
「……」
どうしてこの人は自分にちょいと挑発的に突っかかるのか。
時々勇気を出して聞いてみても、のらりくらりと躱される。だというのに突っかかってくる。
まるで何かに気づいて欲しいのに自分がそれに気づいていないかのように振る舞われる。
「行きますよ、……ヘリヤ!」
「はいはい、追いかけましょうかエイル」
そうして、怒りに燃える乙女たちは己の杖を出し、犯人の追跡を開始する。
✧ ✧ ✧ ✧
何かに捕捉された。掴まれた。そいつは本能的にそう判断する。
固めたふわふわの布。これを持ち去り森で寝床を作る。そのためには逃げぬかなければ…
慌てて、出口から外に出た。
「――あそこに!何かいた!!」
人間に見つかった!! 強い魔力を感じる。複数いる。
一人ぐらいなら力付くで対処も出来るが、大量にいると具合が悪い。
そしてこのふわふわのお宝もだめになってしまう。
今は逃げるのが良い。そいつはできるだけ、人間の目に止まらないようにひたすら逃げ切るためにひた走る。
✧ ✧ ✧ ✧
中庭のベンチで空を見上げているシュタアルは自己紹介方法をぼんやりと考えていた。
『クレ地方から来た、シュタアルと言います。よろしくお願いします』
とてもシンプルで当たり障りもない挨拶だが……
舐められるのか? まあ……田舎だしなぁとも思う。
一発かますのは、いったいどうすれば…という無駄なことをひたすら思案しつづけている。
『俺がシュタアルだ! 得意な魔法は特にねぇ! だが、気合だけは誰にも負けねぇ! 文句あるやつはかかってこい!』
これでは、それこそ田舎の荒くれ。嘲笑は免れない。
「く、いったいどうすれば……父さん!母さん、俺はいったいどうすれば……どうすればたくさん友達できるんだ!」
彼の場合は自然体でいたほうがいいのだが、いかんせんアウェイ感にちょっと焦っている。
ホームタウンにいないというのはなかなかに落ち着かないものなのである。
と、そんな折に気づいた。遠くの方で大勢の足音と喧騒が聞こえた気がする。
「なんか、騒がしいな……」
実は常人が聞き取れる音ではないのだが……
少々、いくつかの死線を経験してから、直感的に空気と魔力の微細な揺れのようなものを無意識で感じてしまう戦士の本能。
遠くの校舎の影からなにか動物のようなものが出てきてこちらに向かって4足で走っている様子が見る。
「何だあれ?猿?……いや違うな……鳥?トカゲ?……の魔物?」
魔力を帯びているので恐らく魔物……と思うが見たことがない。
それが小脇に抱えている塊。白とかピンクとか黒とか紫とか……艶やかな色の布地の何かっぽく見えるが……
どうして魔物がそんなものを後生大事に抱えているのだろう?
「んーーー?」
近寄ってくると、それはこちらに気づいたのか
「ぎぃぃぃぃ!!」と妙な声を上げてこちらに向かってくる。
―― 攻撃してくるぞ ――
脳裏に響いてくる声は警戒を呼んでいる。
小さくても魔物。恐らく、人を殺す力を持っている。
シュタアルは格納していた愛剣レーヴァテインを顕現させる。
「よくわからんけど……」
学内に魔物がうろついて言い訳がない。爪を出してこちらに走ってくるそれに対して神経を集中し――
「ぎいっぃぃぃぃ!!」
―― 一閃を解き放つ
■僕ハ悪イ編入生ジャナイヨ
「こっちです!!」
いつの間にかヘリヤがフラリと消えていたがもう構っていられない。
教室棟が騒然としているのは恐らく凶悪な変態が校舎に入り、狼藉を働いたという報告が入ったからだろう。
廊下を駆け抜け、出た先の中庭を通って走り抜けようとしている。
「逃がしません!!」
そう、犯人は……エイルの下着を持っているのだ……絶対に許せない。
いったい、それをどうするつもりなのだ。想像するだけでおぞましい。
「中庭の先です」
「「はい!」」
あとに続く十数名、全員目が殺気立っている女生徒を引き連れ、
扉を開いた中庭の先――
―― 見えたのは
―― 剣を抜刀し居合斬りを放ったあとのような姿で呆然と固まっている青紫の髪の青年
―― そよぐ風に、ひらひらと舞い散る女生徒たちの……ショーツ
何故、どうして、何があった? まるでそんな迷いのある表情の青年の顔に――
―― 『これからやることをやり遂げたエイルに……足りない勇気なんてないよ。伝えられるさ。きっとエイルは大丈夫だ』
不意によぎるかすかな記憶。とても――大切で――大好きで――大事で――無くしたくなかった――それは――
「痛っ!!」
頭痛が走り頭を抑え、その場に立ち止まってしまった。
「いました!! 見つけました!下着泥棒の変態!!」
「えっ!?違っ!!」
誰かがそう叫んだだと同時に次々と打ち込まれる非殺傷系の衝撃魔法。
「まって! 違う! 話を聞いて! 俺じゃな――ふげっ」
小さい防御魔法を腕に展開し、巧みに弾きながらもまるで曲芸のように回避していたが……
さすがに10数名の魔法使いが躊躇なく連射する衝撃魔法には処理できず、顔にぶち当たった。
あとは野となれ山となれ。次々と打ち込まれた魔法に成すすべもなく背後の木に叩きつけられて
声にならぬ声をあげている。
「くっ――」
とにかく、この場を落ち着かせないと。いくら凶悪な変態だとしても殺傷事故は駄目だ。
「捕縛魔法で――」
よろよろと立ち上がったエイルは、魔法を放つ女性たちを押しのけ、捕縛魔法をシュタアルへと打ち込んだ――
~ 学園と灰燼と白翼の戦乙女 01 to be continued ~