葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ あらすじ
「まって! 違う! 話を聞いて! 俺じゃな――ふげっ」
旅を終えたシュタルクとフェルンの長子シュタアル。彼は春からオイサースト高等魔法学校へと編入したが……
登校初日、突然降り掛かった合成獣(キメラ)の巻き起こした下着泥棒事件の犯人として女生徒たちに取り押さえられてしまった。
■ 独自キャラクター
葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に混ぜられてしまっている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。15歳。姉のヘリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋で、ちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。
■追加試験報告書
北側諸国 オイサースト 大陸魔法協会
一級魔法使いに支給された正装のスーツを着こなし、折り目正しく、規律正しく、仕事に励む男ゲナウ。
彼は先日報告されたオイサースト近郊の森で見つかったというドレイク型の竜の報告書を確認していた。
クレ地方から高等魔法学校へと編入した生徒。かつての恩人であり知己である戦士シュタルクと一級魔法使いのフェルン。二人の長男であるシュタアル。
そんなシュタアルを招集したのはゲナウ自身。そんな彼に到着直後に課された追試試験。特待生権限を与えるかどうかという最終関門だった。
「彼自身、幼少からそういう訓練を課されてきたのだろうな」
魔物の多い森を一人で切り抜けオイサーストに到着すれば合格。
一般的な、ごく普通の魔法使いであればすぐに音を上げる可能性のある危険な山道だ。
当人は、『こんな試験駄目でしょ、死人が出ますよ!大型の竜種なんて聞いてない!!』とかなり不満を漏らしていたそうだが、
想定タイムより1時間以上短縮してゴールした。
「フリーレンめ……いったいどういう教育をした」
魔法使いと戦士の双方の素質……彼の場合はかなり戦士に寄っている……あるのはわかっていたが。
それだけでは説明がつかない。驚異的な生存能力。
しかし、一級魔法使いクラスになると非常に重要視される能力でもある。失敗も許されず、軽々しく死ぬことも許されない。それ故の一級。
もちろん求められる素養の一つでしかないが。
そんなことで、彼の追試記録に保存されている情報を整理中。近隣の森の魔物の実地調査でもある。
メインは彼の訴えていた大型の竜の件。これは実際色々と頭が痛い。
そんな時、―― トントン ―― と小気味よくノック音が鳴る。「どうぞ」と答えると入ってきたのは、彼の妻であり同じく一級魔法使いのメトーデ。
長いブロンドの髪を揺らしながら部屋の中へと入ってきた。
「観測班からの報告も上がりました。シュタアル君の証言、マーカーの記録と相違はありませんでした……が、目視での観測は失敗しているようですね」
「どういうことだ」
「個体としての強さ……ということと、恐らくかなり利口で慎重、すぐには出てこないようですね。痕跡は残っていますが。
今まで観測されていなかったのは巧妙に他の魔物被害の中に紛れていることと……
被害者が跡形もなく消えて……喰われてしまっているため観測がままならなかった、というところでしょうか」
メトーデは仕事モードで淡々と話すが……実際由々しき事態だ。早々に駆除しなければ、オイサーストへの流通に影響が出る。
「そんな慎重な竜がなぜシュタアル一人に、ここまで姿を表して暴れ出した?」
「それなんですが……シュタアルくん。変わった痣を持っていますね」
ゲナウは手渡された書類を受け取る。それは彼を一時的に預かったラヴィーネから出された報告書。
「契約……?」
「はい。事情は随分複雑ですが、フェルンさんのもとにいる件の、竜の因子を宿した少女と契約をしてしまったようです」
「は? なんだそれは?」
「……要約しますと」
件の少女は、昨年の襲撃事件により片腕を喪失しており、これを内包する竜の力で再生したことで体質に変化が起こってしまった。
これにより、最も近しい、理想的な雄……と認識してしまったシュタアルをつがいとして選別し……紆余曲折の末に相互所持契約という形で落ち着いた。
という話を聞いてゲナウは頭を抱える。
「何だその斜め上の事態は」
「ふふ……シュタアルくんはイケない子ですね。本当に女泣かせ」
メトーデの顔は笑顔だが、ゲナウには分かる。ちょっと怒っている。が、ゲナウにも気持ちはわかる。
愛娘であるエイルはいったいどんな顔をしてその事実を聞けばいい。いや、娘はシュタアルの記憶を喪失している。
しかし、再会して絆を結び直したら、既に他人と所持契約が結ばれていたという状況になる。
これは、どうなんだ?女性として、どう思う?
メトーデの目が笑っておらず、聞きづらい。
「ま……まあ、その懸念は私達のプライベートな話だ。今は、竜の件だ」
「恐らく……彼を餌ではなく、他竜の侵略者と認識したのでしょうね。竜というのはお互いを見た目以上に匂いや魔力で判断していると思われます」
メトーデの見解はゲナウも予測したものと一致する。
『そういうことなのだろう』とゲナウはため息をついた。
「どうして、こうも斜め上の事態が起こる。とにかく討伐を行う。レルネンにも連絡をしてくれ」
「わかりました」
そこまで事務的な話をして、メトーデはふっと笑みを漏らす。
「どうした」
「いえ、ゲナウさんが仕事でこうも楽しそうにするのは珍しいなと」
「そう見えるか?」
表情も変えずにそう答えると、
「そうですね……」
とメトーデは考え込むような姿勢を取る。
「ゲナウさんが私のことを好きだと言ってくれた時やエイルが我儘を素直に言ってくれた時に似た、世界の変革の訪れを感じます」
……妻がまた意味のわからないことを言い出す。
「何だそれは……」
「エイルを含めた、私達の家族を造る世界ですよ。きっとまた変わります」
メトーデは……ゲナウの論理思考を理解した上で包み込むように詩的に答える。それは妻の小癪な挑戦状だ。
流石に長い付き合い、言いたいことは分からなくもない。しかし、父親として心情は複雑だ。
「私としては、平和であればいいと願うのだが」
「どうでしょうね……」
頬に手を当てながら笑顔で答えるメトーデの空気は揺るがない。
そういうお前も楽しそうだな、と言い返そうとも思ったが……
無粋なことだとゲナウは苦笑して口を閉じた。
■編入生はトラブル体質
「ラヴィーネ先生ぇ~」
あまりの中庭の大騒ぎで2限目の講義どころではなくなり、外に出た高等教官のラヴィーネ。
彼女がそこで目撃したのはつい先刻まで面倒を見ていたシュタアル。
彼は現在憤慨している女生徒達に捕縛され、木の上に逆さ吊りにされている。
当人が言うには「妙な魔物を斬ったらああなって、こうなった」とのこと。
ああなったというのは現在彼の側に山積みとなっている女生徒の下着のことだろう。
『こう』というのは逆さ吊るしのこと。
何があったら、ものの15分でこんな愉快なことになれるのか?一種の才能ではなかろうかと思ってしまう。
週末、息子たちの面倒を見てくれるという条件を出して助けを求めてきたシュタアル。
(まあ、教師としちゃ仕方ねぇな……)
そんなわけで、この捕縛劇の中心人物だ。
学内総合成績1位の模範生、ゲナウとメトーデの娘。折り目正しく、立ち振る舞いは華のように美しい少女エイルに声を掛ける。
「取り敢えずおろしてやれ。お前が怒る理由もわかる。だけどこいつは犯人じゃないし、そういうことするやつじゃねーよ」
ラヴィーネの言葉に少し安堵のような瞳の揺れを見せたようにも見えたが、
周囲の女生徒達をちらっと見たエイルは深呼吸をしてから言葉を返す。
「そうは行きません、学園内で起きたこととして由々しき事態です。
少なくとも学園に侵入した不審者兼重要参考人として捕らえるべきです」
背筋を伸ばし、凛とした態度で答える姿はまさに彼女の母メトーデから受け継いだ姿。
「まあ、そう言うな……こいつはクレ地方から来た編入生のシュタアルだ。だから不審者じゃない。お前も学園首席の模範生なら寛大な態度を見せろ、エイル」
という言葉を伝えた瞬間、彼女の目の色が変わった。
「クレ地方、の、編入生の……シュタアル……?」
✧ ✧ ✧ ✧
『クレ地方から来たシュタアル君。私の知人の息子です。
特別視しろとはいいません、彼は編入したばかりで色々大変でしょうからエイルさんに気にかけていただきたいのです』
そうだ。レルネン学長からそのように伝えられていた……青紫の髪、三白眼の瞳、先に見せてもらった写真の人物。
どうして今の今まで思い出せずにいたのか……頭に血が上っていたとしても、なんという不始末。
「……わかりました」
もともと過剰に怒り、魔法を打ちまくっていた女生徒達を落ち着かせるために、あえて捕縛しておいたところもある。
落ち着いたのなら一度降ろしたほうがいいだろう。
「ラヴィーネ先生がおっしゃるように編入生であるなら、少なくとも侵入した部外者……というわけではないのでしょう」
周囲の女生徒達を見ると、いったん落ち着きを取り戻し、頷いてくれた。
もちろん、怒りが収まった訳ではなさそうだ。
魔法を解除し、捕縛を解くとそのまま落下し……地面に激突するかと思ったら彼はそのまま反転して着地した。
「頭に血が上って死ぬかと思った……」
「お前その程度で死なないだろ……まあいいや。この事件の真相はなんだ?」
ラヴィーネが聞くと、周りの女生徒はシュタアルを指さしながら
「その男が私達の下着を!」
「いや、違うって!これは俺が集めたんじゃなくて、変な魔物が!!そうだ、腕斬ったからそこに……」
と彼は地面を指して叫ぶが
「そこに?」
「ああああ、灰化して消えるーー!」
叫ぶシュタアルは、なにかがあったらしい場所の地面に手をつき、うなだれた。
「なにもないじゃない!」
「言い逃れは見苦しいわ!!」
次々と飛び交う罵倒の言葉に、彼はメソメソと泣き出した。
「そんな……あんまりだ……信じてすらもらえないなんて……」
流石にいたたまれなくなったエイルは彼が手をついた辺りの地面に手をつき、かすかに残った魔力を読み取る。
―― 僅かに残る魔物の気配と攻撃の意思。
「まだ、検討の余地はあるかもしれない――」
どうやら、完全に嘘で言い逃れをしているわけではないようだ。
都合上、彼の真正面にかがんだため、キョトンとした表情で顔を上げたときに視線が合った。
―― 『私と……お友達に……なってくれませんか?』
一瞬フラッシュバックしそうになった何かの記憶。曖昧ゆえに自分でもわからない。
「なんですか?」
ずっとこっちを見ているその青年の視線に気恥ずかしくなり、聞き返す。
「あの、俺、どこかで君に会ったこと……ある?」
「……」
軟派な男が女性を誘う時の常套句。聞けば手を払って追い払うべき言葉。ベタすぎて半眼になってしまう。
―― ある!!
「……編入生のあなたを知っているわけがないでしょう」
「え……うん。ごめん」
―― 勇気をくれた、大切な……大切なお友達!!
「俺の言葉を信じてくれるのかなって」
「一考の余地はあるかもしれない。このまま流されて処罰するのはフェアじゃありません」
―― 守りたかったけど、守れなかった……
先程から心の奥底で何かがくすぶる。何かが心の奥底で叫んでいても、それを表に出すことができない。
ただ、一方的に疑うことはフェアじゃないと考えた彼は、落ち着いたのか表情を変えて立ち上がった。
それに合わせてエイルも立ち上がる。
―― ようやく会えた……
「俺、クレ地方から来たシュタアルっていうんだけど……あの、この状況なのでもう少し友好的に……友達になってくれると嬉しい……かなって」
「…… 私は……学年の模範生として代表に選抜されているエイルといいます――」
―― また、お友達に――
ふと、彼の差し出してきた友好を示すための左手、その親指と袖に引っかかった白い布地。
見覚えがあるレースの飾りと、子供っぽくない程度のリボンと子猫の飾りが付いた生地……
「……それ」
「え……うん……なんだこれ?」
そうして彼が両手でその布地をペロンと広げると、独特の曲線の入った可愛らしい逆二等辺三角形の布地は
「あ……あ……あ……」
「あれ?」
その瞬間、絹を裂くような悲鳴の声と、スナップの効いた破裂音が中庭にこだましたという。
✧ ✧ ✧ ✧
校舎屋上
「ヘリヤ姉さん。いいの?」
中庭でひっぱたかれたシュタアルを指差しながら聞いてくるのは弟のヴィダル。
「なにがー?」
「あいつ。エイルさんにひっぱたかれているけど?」
「いいんじゃない?多分、悪いことにはならないわ」
異様にこだわる割に、こういうときは座して傍観する姿勢だ。よくわからない。
「姉さん、どさくさに紛れてあいつのポケットに入れた自分の下着どうするの?」
「そのままでいいよ。家に帰った時に気付いて、のたうち回るほど悩んでくれると最高かな」
「……」
やっぱり、姉のやることはよくわからない。
■真犯人の追跡指令
「大変、申し訳ございませんでした」
学長室で頭を下げているのは生物棟責任者と搬送を受け持った者たち。
そしてレルネン学長と中庭で色々あったシュタアルとエイル。
「わかりました。捕獲した実験生物が逃げ出した、つまりはそういうことですね」
「はい」
レルネンは再発防止に関しては別途報告するようにと注意した後
「さて、シュタアル君の証言によると逃げ出した実験生物の特徴に間違いありませんか?」
「はい……今朝搬入して、逃げられた個体だと思います」
ここまでくるとシュタアルも疑いが晴れたかと胸を撫で下ろしながら、エイルを覗き見る。
が……恨めしい目でこちらを見ている。その目は「破廉恥野郎許すまじ」と書いてあるかのよう。
(不可抗力じゃん……許してよぉー)
としょんぼりフェイスをするとぷいっと顔を背けられた。
とはいえ、致し方ない気もする。当人の目の前でパンツを広げたのだ……
あと「猫ちゃん? あ、妹(エリシア)が履いているやつと似ている」とぼそっと呟いたのも聞かれた可能性がある。
「それでその……女生徒の下着を……盗んだ理由というのは」
「わかりません。匂いや魔力などに惹かれて集めた……可能性でしょうか。」
そこにいた女性陣、エイルとラヴィーネは露骨に嫌そうな顔をした。魔力はさておき、匂いはちょっと……
「……いいでしょう。シュタアル君。片手を斬ったあと、それは?」
「え、あ、逃げられました」
しかし、学長の初顔合わせが下着泥棒騒動の学長お裁きとは……変な形で母やルーエに伝わらないように祈るばかりだ。
「シュタアル君が取り戻したという下着は全員分ではなかったそうですね」
なんか微妙な言われ方で複雑な心境だが事実なので頷くとラヴィーネが補足してくれた。
「どうやら2割ぐらいの生徒が自分の分がなかったと……」
「持ち去ったと考えるべきでしょうね……わかりました。学内で研究予定だった合成獣です。調査隊を派遣しましょう、ラヴィーネ先生」
レルネンが視線を向けるとラヴィーネは頷いた。
「あー。それなんですけど」
いったん学校預かりにするというレルネンの意見に手を上げたラヴィーネの発案は――
「その追撃は、シュタアルにやらせましょう」
「は?」
「エイル。お前はその補佐だ」
「え?」
また斜め上の話になっていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「エイルさんはその魔物のトレースが可能」
「……はい」
なんとなく納得出来なさそうな表情のエイルが肯定する。
「そして、シュタアル君は先日、件の森を古代遺跡から地道でオイサーストまで半日で駆け抜ける能力があると聞いています」
「あ、はい……」
二度とやりたくないという顔で肯定すると、ラヴィーネとレルネンを除く全員が「え?」という顔をした。
「え?あれ?」
「シュタアル。お前、しれっとやったけどな。野生児と言われてもおかしくないことをやったんだ」
シュタアルの肩に手をおいてしみじみと説明するラヴィーネ。
「言い方、酷くない? クレ地方近辺では割とメジャーになりつつある街で育ったシティボーイだよ?」
「は……!」
「鼻で笑われた!?」
とかやっていると、レルネンが咳払いする。
「わかりました。では、エイルさん、あなたは対象の魔物を追ってください。
シュタアル君、あなたはエイルさんの護衛をお願いします」
「「……わかりました」」
二人同時に挨拶をしてから、お互いを見合う。
エイルはぷいっと顔をそらし、シュタアルはその反応にショックを受けてしょんぼり頭を下げる。
本当に大丈夫なのだろうかと一抹の不安はあるが……仕方あるまい。
✧ ✧ ✧ ✧
教師以外全員が去った後の学長室。レルネンは窓の外を見ながらため息をつく。
「あまり後味の良いものではないですね……都合が良かったと考えるのも」
合成獣の件は……別の問題も孕んでいるが、実際には大きな問題ではない。
下着を盗まれた生徒には大変申し訳ないのだが、比較する問題が異なる。
おびき寄せるための材料にするという考えは、一級魔法使い時代の連携と合理性ゆえの結論か……
いや、彼らはまだ未成年で保護すべき存在だ。それでも利用する自分は教育者としては失格であろう。
「ラヴィーネ、カンネ、ラオフェン。最悪の事態になった場合は介入を。
緊急ゴーレムを利用して二人の確保を最優先してください。件の対象の竜とやらは私が駆除しましょう」
レルネンの言葉に
「わかりました」
と口々に返事をした3名はその場を後にした。
「我々が出てもおそらくは逃げられる。これでいいかな、ゲナウ?」
レルネンのつぶやきに反応して1羽の鳥が飛び立った。ゲナウの使い魔だ。恐らくは聞いていただろう。
全く不器用な男だ。
「久方ぶりに彼と挟撃することになるかな。あるいは……」
―― 万に一つの可能性として、あの二人が……
■女神のローブと淋しさと
シュタアルもエイルもそれぞれ更衣室で外に出られる装備へと着替えることになった。
前回、装備品もままならなかったシュタアルも今回は万全の体制。
あとは、協会側から支給されたいくつかの道具。緊急用の閃光弾などが入っている。
「ガラス瓶に小さなゴーレムみたいなの入ってるけどなんだこれ?」
何らかの意味はあると思うけど、術式が高度すぎて読み取り切れない。
多分、凄い魔道具なんだろう。と、納得するしかない。
元々着ていたインナーがそうなので外装やジャケットを替えて、装備品を装着するだけの着替え。
「エイル、さん……だっけ? 俺が護衛する必要っているのかな?」
少なくとも、自分を捕縛した魔法はかなりの精度だったように思う。
受けた時の状況も状況だったが、そうでなくても不意打ちだったら危なかった。
しかし……あの状況でシュタアルを信じてくれようとしたことには報いたい。
報いたい……報いたいのだが……
「嫌われたかなぁ……流石にあれはないよなぁ」
目の前で、当人の下着を、男が触って可愛い猫の装飾をご開帳してしまったのだ。
いったいどうすれば許してもらえるのだろう……
✧ ✧ ✧ ✧
エイルは制服からローブへと着替えていた。
女性更衣室は件の妙な魔物に荒らされてしまったため、教員用の更衣室とロッカーを借りている。
目の前の下着――先程奪い返したものだが――を見てため息をつく。
―― 流石にひっぱたいたのは悪かったかもしれない
―― 妹のはいていた物とデザインが似ているとはどういうコメントだ
―― いや、もう少し大人っぽいデザインの物だって、あるには……あるけど……
―― 先程まで男の子の手にしていた下着を今から身につけるのはちょっと……
悶々として、いまいち考えがまとまらない。どうしてこんなにモヤモヤしてしまうのか。
編入生の顔を思い出すたびに何かが浮かびそうで浮かんでこない。苛立たしい訳では無い。
敢えて、言葉で感情を選ぶのなら……淋しい。そう、「淋しい」そういう感情かもしれない。
……かと言っていつまでもこうしてはいられない。覚悟を決めて部屋を出ることにした。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタアルが部屋を出て集合場所に向かおうとするとエイルもちょうど着替え終わったのか、ドアを開けたところに鉢合わせた。
純白の生地に青が基調の装飾の装衣。魔法使いというより、清楚な天使を模したローブ……といったところだろうか。
長くてサラサラしたブロンドの髪に相まってとても良く似合っている。
「なんですか……?」
「い、いや、なんでもない。その服は、学校指定のもの?」
ちょっと不審そうに応対されると心に刺さってしまう……彼女以外はもはや信頼ゼロの状態なので、できれば仲良くしたいのだが。
「……お母さんが、進学した時に、プレゼントをしてくれました。
サイズも私に合わせてくれたもので、規定のものより性能は高いものだし、フィールドに出る際は使うようにって」
「サイズ……い、いや、性能ね。大事だよね性能」
確かに、エイルの体の一部は自己主張が……なんというか大きいので、学校指定のものだと苦しいとか……あるのだろうか?
男子のシュタアルにはわからない。わからないのだが……
ついつい目が吸い寄せられて……というところで首筋の痕にピリッと電流のような痛みが走り、小さく声を上げて肩を掴んだ。
「どうしたの?」
「えっと、持病の肩こりが酷くて……」
「……?」
シュタアルが肩を抑えている辺りをエイルは怪訝な視線で見ている。
「そこ……なにか変な魔法の気配がするけど、どうしたの?」
「いや、本当になにもないよ。ちょっとした特異体質で。よし、集合場所に急ごう」
「あ、ちょっと――」
勘ぐられても説明しようがない。とりあえず小走りで急ぐことでその場は誤魔化すことにした。
✧ ✧ ✧ ✧
正門前に到着すると待っていたのはラヴィーネ先生とカンネ先生。
カンネ先生は「やっほー」と朗らかに手を振って来るので愛想笑いで合わせる。
「あんまり大人数でぞろぞろ行くと逃げられるからな、麓までは私達二人が引率する。
エイルは、そこから先のトレースはできるな?」
「はい」
「あの」
ふと気になったので一応聞いてみるかと挙手したのはシュタアル。
「なんだ?」
「なんでエイル……さん、なんですか? 先生たちでは追跡出来ないのでしょうか?」
というシュタアルの質問にラヴィーネは「あー」と言いにくそうに言葉を濁す。変わりにという感じでカンネが補足した。
「広域の追跡って女神の魔法なんだよ、一応。なので実はわたしたちは使えないの。
その分エイルちゃんは凄いからね。メトーデさん顔負けの女神の魔法と通常の魔法の両方が使えるんだから」
「へえー」
実はシュタアルも女神の魔法の適性はあって……ちょっとした切り傷なら治せる程度は出来るのだが。
いかんせん魔力出力不足で高度なことは出来ない。もう。いっそ言わないほうが良さそうだと口を閉じた。
「……なに? ジロジロと」
「あ、いや、なんか魔法使いというより、女神とか天使みたいな感じだなって」
使うのも女神の魔法だし、制作意図としては、そういうイメージ強化が目的なのかな?
というのがシュタアルにとっての他意のない意見。が、しかし……
「――ッッ!?」
ローブがと言いそびれているために微妙な言い方になっているが当人つゆ知らず。
真正面から笑顔で「天使」とか「女神」とか言ってくるシュタアルにエイルもたじろぐ。
いつもならこれぐらいで動揺はしない……筈なのだが。何故か懐かしい感覚と共に心拍数は跳ね上がる。
そして、シュタアルの脳天に落ちるラヴィーネの杖。
「痛ぁっ!」
「お前は……阿呆なこと言ってないでさっさと行くぞ」
「いたたたた、引っ張らないで下さいよ」
ラヴィーネ先生に耳を引っ張られながらその後ろを興味深げにしているカンネがついてくる。
「真顔で言うなんてシュタアル君、さてはジゴロ気質だね」
「なんですか、ジゴロって……」
「ん? 年頃の男性が女性の収入に――」
「カンネもいらねーこと教えるな!」
そんな様子をエイルは半眼で見つめ、「仲がよろしいのですね」とぼやいた。
「ん、こいつの親とは旧知の仲でな」
「お知り合いなのですか?」
「言っただろ、こいつはクレ地方から来た。そこで有名な協会の魔法使いと言えば?」
ラヴィーネの言葉にはっと気づいたようにエイルは反応する。
「一級魔法使いフェルン様……?」
「一瞬こっち見てから残念そうにしないで……結構傷つく」
エイルの反応をみたラヴィーネは苦笑しながら答える。
「ま、何度か遊びに行ったりしてたわけだ。その時におしめを替えた事もある」
いきなり出てきたおむつ交換経験発言に嫌な予感を覚えたシュタアルは「ちょっ!!」と焦る。
カンネが横から指で小さくデコピンするようなジェスチャーをしながらも追撃する。
「あの頃はちっちゃくて可愛かったよねー。いまのは見てないけど」
「やめてよ、そういう暴露!!」
最後のカンネ先生の発言の意図は測りかねるエイルだったが……
情けない顔で先生二人におちょくられているシュタアルを見て、少なからず分かることはある。
本当に下心を持って悪事を働くような人物ではないのだろう。
――『下がって!! 俺の――から前に出ないで!』
――『――なぬいぐるみだ……――そうで格好良いね。――欲しいの?』
――『そっか、じゃあ、早く、お父さんと―― お願いしに行かないとだね ――ヤ。開けよう。
一刻も早く出るため――しよう。きっと、その方が良い』
そう思うたびに、とても暖かく大切な何かが頭をよぎり、そして消えていく。
その後のエイルの心に残るのは……やはり、小さな淋しさだった。
■わからない心
『私達はここで待機している。まずいと思ったら引き返してこい』
『シュタアル君は汚名返上だね!』
『汚名じゃなくて冤罪です……』
という、簡単な会話の後にエイルとシュタアルは森の中に入った。
エイルが魔法で探知し、シュタアルが足で追跡をするというフォーメーション……というのが学長の指示。
「……」
「うおーい、そんな速度でその高度で飛ばれると――」
概ね、合成獣の位置はわかっている。そこへ行き捕まえるだけ。
正直、一人でもできる作業であろう。……と自分に言い聞かせながらなんとなく距離を取ってしまう。
近くにいると感情がかき乱される。悪い人間ではない。だが信じられる人間か判断ができない。
だと言うのに……心がざわつく。
―― やっと会えた ――
理性の制御が効かない。
―― 傍にいたい ――
一流を目指す人間にふさわしくない動揺。
―― お友達に ――
こんな心持ちでは作業に差し支える。もらった合成獣の情報からも問題なく対処可能だ。
彼がいないほうが恐らく早い。
「さっさと終わらせてしまおう」
呟いたエイルは飛行スピードをあげる。
「待って―― 足場悪いからスピードがそんなに出せない!」
先程から高低差のある岩場や、茂み、ちょっとした崖、そんなものを無視して飛んでいるにも関わらず声は割と追いついてくる。
飛行魔法なしでいったいどうやって。後ろを向くと、岩の上や木幹をアスレチックのように飛び移りながら移動している。
少々驚いて目を見開いたが、慌てて正面を向く。そう言えばラヴィーネが野性児などと揶揄していたことを思い出す。
なるほど、言いえて妙……なんかワイヤーも使っているから野生というのも変なのだが……
ため息をついたエイルは対象が休んでいる目標地点まで一気にスピードをあげた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ええっ、ちょっと……マジか」
同級生のエイルはシュタアルを置いて先に行ってしまった。
「なんか……ローブの話とか気に触ったのかな?分かんない……父さん、女の子わかんないよ……」
父のシュタルクも多分わからないであろうが……
シュタアルの場合どうしても年頃の女の子シミュレートが姉弟子ルーエと妹のティアフォートとエリシアになる。
エイルは……ルーエと系統は近いようで結構違う気もする。やっぱりなんでこうなったのかわからない。
「いや、もう理由気にしても仕方ない。一人じゃ危ないし合流しよう」
拳を握りながら呟いたシュタアルはそのまま手甲のワイヤーを射出し、正面の茂み向こうへと飛び出した。
✧ ✧ ✧ ✧
そいつは、少し後悔をしていた。焦って攻撃をしてしまったら手痛いダメージを追った。今は片腕がない。
これの再生は時間がかかる。せっかく集めた寝床の材料もほとんどなくなってしまった。
あんなに純度の高い魔力はなかなか出会えない物だったのに。
現在は木の幹に空いた大きな穴の中。
ここいら辺を住処にしていた巨大なやつが、空けた穴だろう。自分にはちょうどいいと隠れ家にした。
とにかく回復するまで――大人しく――
――ッ!!
するわけにもいかないらしい。
なにか、魔法的な方法でこちらを見ている者がいる。パスを切らないと見つけられる。
そう思い合成獣が穴ぐらから顔を出した瞬間。
「見つけました。大人しく捕まっていただけますか」
―― ギィィィ
顔に突きつけられる杖。本能的に危機を悟る。
仕方がない。痛みは避けられないが……命が重要だ。
尾の先端に魔力を集中し、穴ぐらの中で隠しながらゆっくりとそれを膨張させていく。
「捕縛させてもらいま――」
人間の手に魔力が集約され、何かが解き放たれるその寸前――膨張した尾の先端を自身と人間の杖の間に割り込ませた。
「何を――」
人間が魔法を使おうとた刹那――
辺り一帯は破裂音と共に光に包まれた
✧ ✧ ✧ ✧
「しまった!」
捕縛しようとした瞬間に差し込まれた膨らんだ尾。恐らく魔力や血を集中して膨らませている。
反射的に防御魔法を展開した。現代魔法使いにおいて防御魔法の習得は絶対条件。幼い頃から叩き込まれた技術。
光により視界が遮られた中、何かが防御魔法の障壁に当たる音が聞こえる。
恐らく、血肉を弾にした攻撃。障壁に遮られて威力はわからないが――
「くっ……油断を」
油断の隙をついた襲撃に備えるため全身に女神の魔法で『反射』の加護を付与する。
魔力消費は大きく、持続時間は短いが、背に腹は代えられない。
―― ギィィ!
目が見えなかったが、エイルの身体に衝撃が響き、それと同時に魔物の声が聞こえた。
恐らく、何かを撃ってきたのだろう。反射の加護が発動とともに掻き消えた。
「――今なら」
恐らく向こうは動けない状態だろう。目がくらんだ状態を魔法で回復した。
ようやく見える。そう思った時、尾から流れる血を引きずり、岩の上に立った合成獣。
それはこちらを見下ろし、一瞥した後。
―― ゴォォォォォォォォ!!
高らかに吠えた。恐らく、擬似音声。声真似。何かだろう。
その合成獣の体の大きさからは考えられないほどの咆哮。
脳裏に鳴り響いた音に耳を塞いでいたエイルが見たものは――
―― 怯んだエイルを見て、今のうちにと逃げ出した合成獣
―― 逃げた先に、バチバチと光り始める稲光
―― どこかへ逃げ込もうとした合成獣に打ち込まれた雷撃
「こ、れは……」
稲光に打ち込まれた合成獣はその場で全身至る所を焦がして倒れ込む。
そして、彼方から流星のごとくその魔物の上に勢いで襲いかかった巨大な猛獣。いや――
「獣……型の竜――ドレイク……!?」
かなりの大物が現れたと思ったのか。それは自らが仕留めた合成獣の亡骸を見て不思議そうにしている。
まあ、いい――
そんな風な仕草をしたドレイクは口で合成獣をつまみ上げ空中に放り投げた後、落ちてきた所を
―― グシャァァ
そんな音とともに噛み潰し、喰らってしまった。それと同時に雷の鱗に覆われたドレイクの瞳はエイルを捉える。
「な………ッッ!!さっきの鳴き声は、竜の咆哮……?縄張りから排除しに……」
―― 魔力の源は……お前か?
まるで、そう言っているかのような瞳は……赤く燃える攻撃色で輝いていた。
■緊急事態
「ラオフェン! そっち行った!」
「了解。対処する」
本部で待機中のラヴィーネに対して監視役を負っていたカンネとラオフェンは森の中で魔物の群れに襲われ、立ち往生をしていた。
森の様子が騒がしい。そう思ったとたんにいろいろな魔物が湧いて出てきた。すべての魔物が警戒の色を示しており、近寄る者に攻撃的。
「もしかして……本命もう出てきた!?」
「合流もしてないのに。早くいかないと」
小型や中型の魔物とはいえ、魔物は魔物。その爪は人間を簡単に引き裂くし、その牙は人の骨など簡単にかみ砕く。
一級魔法使いに及ばずとも二人とも上位の魔法使い。こんなところで負けるわけがないのだが……
「前衛、わたしがやるからカンネは援護を」
「わかった。気を付けてね」
魔法使い二人で戦うのだ。自身の身を守ることも最重要。慎重にやらざるを得ない。
✧ ✧ ✧ ✧
――ヤバい感じがする。
森に漂った、空気が揺れた。その瞬間から妙に魔物が騒いでいる。
襲い掛かる魔物を斬り結びながら突き進むシュタアルは先行したエイルの魔力を追いながらも胸騒ぎを覚える。
(――今度こそ、守り切れ )
脳裏の無意識下、何かがシュタアルにそう訴えている。
倒れ伏せた自分と流れ落ちる血を、目前に泣いていた女の子がいた……いた気がする。
(――もう、泣かないで)
悲しい顔をしないで欲しい。笑っていてほしい。
ただ、シュタアル自身がそうしたいと願っている。
今日出会ったばかりの、彼女が、傷ついて泣いてしまう光景が――
なぜか酷く心に引っ掛かりを覚える。
(それだけは、すごく嫌だ……)
―― シャァァァァ
という警戒のうなりとともに目の前に躍り出た蛇の魔物。
人を飲み込むほどの大きさのそれは口を開きシュタアルへととびかかってくる。
「――邪魔だ」
急ぐときこそ、危機の時こそ、一番冷静になれ――
これまでの戦いで嫌というほどに思い知ってきたこと。
体の動きは自然の流れに身を任せつつ、行動は最善を見つけるために常に思考と判断を続ける。
戦士の鉄則。今すべき最善は
「エイル!今行く――」
いつの間にか抜刀されていたレーヴァテインを右手に、シュタアルが通った後。
蛇の魔物は首から下を分断される形で地面へと崩れ落ちた。
✧ ✧ ✧ ✧
目の前から迫りくる雷のドレイク。
喉の奥で「グルルルル」と低い音でうなりながらこちらの力量を見計らっているのだろう。
エイルは身構えを解かずに対峙する。
(逃げたら……背中から撃ち抜かれる……)
ドレイクとは翼のない竜ではない。飛ばないことを選択した竜だ。
飛行能力に割いていたリソースを四肢と爪と牙に集約したものだ。決して油断のできるものではない。
更に目の前の竜は雷の鱗を持つ特異種。皮膚の上に敷き詰められた鱗は細かく流動しながら電撃をタテガミへと収束させていく。
「来る?!」
魔法の発動を必要としない、外皮と内燃器官だけで放つ上級雷撃。
エイルの周囲が青白く輝き、地面が帯電し始める。
(だめ、動けない!!)
ここで下手な回避行動へ出れば雷を中断してでも爪で襲い掛かってくる。
竜の鱗はそもそも魔法の一撃を簡単に通さない。その上で、こいつは雷撃と爪の2択を仕掛けてくる。
―― ゴオオオオォォォォン
遠吠えにも聞こえる咆哮とともに雷のドレイクの全身から雷撃が打ち出され、その稲光はエイルへと打ち出される――
「くっ、あああああ!!」
一瞬でも気を抜けば、雷撃に撃ち抜かれ命はない。
ただ全力で、防御魔法を展開する。もはや、部分展開など器用なことはできない。
全身を包むしか防御手段がない――
―― 青白い光に包まれ、空気と空間を引き裂く様な音が鳴り響き続ける
(持たないっ!早く終わって!!)
一瞬たりとも解除できない防御魔法を必死に維持し続けている中、ようやく雷撃の音が止まる。
「終わ……った?」
必死に防御魔法を展開していたため、目を閉じて堪えていた。
次の事態に備えるため、薄く目を開いた彼女が視界にとらえたもの――
―― グルァァァァ
「ッッ!?」
視界を覆うドレイクの巨体―― 爪を出し、振り下ろされる巨大で強靭な前足――
反射的に防御魔法を再展開し、振り下ろされた一撃を防ぐが
――パキ――
そんな軽い、卵の殻でも割れるような音が響き――
「あああッッ!!」
障壁が砕かれるより先に、攻撃の方向へと合わせて飛退く。
しかし、振りぬかれた攻撃の勢いでエイルが吹き飛ばされる結果となった。
数メートル先にあった大木に打ち据えられ、衝撃が体を駆け巡る。
「かはッ!」
背を打ち、肺の中の空気が抜けてしまい、咳き込んでしまう。
そんな中ドレイクはうなり声をあげて顎を開き、牙をむき出しにエイルに襲いかかろうとする。
―― やられる。なすすべもなく。
―― これまで、一度だって研鑽に妥協などした覚えはない。
―― でも、一人では勝てない。
―― こんな無様、父と母になんて顔向けをすれば……
もう、助からない。勝てない。父も母も、今はいない。
「―― 助けて……」
思わず言葉が漏れ、様々な思考が頭の中を駆け巡る。
―― 『下がって!! 俺の後ろから前に出ないで!』
―― 『ヘリヤ、エイルを抱えて背後にとべぇぇぇ!!』
―― 『……そんなの、許せるはずがっ――』
どうしてか、懐かしい少年の声が脳裏をよぎった。
(そういえば、声――)
その声と思い出は、とても暖かくて、懐かしくて、熾烈で、悲しくて、寂しくて――
「助けて!! シュタアル――ッッ!!」
(似てる気がする)
聞いたことがある気がする名前を、ただ。無心で……叫んでいた。
✧ ✧ ✧ ✧
刹那――
「―― 任せろ」
突撃してくるドレイクの目のまえに放り投げられた二つの球体。
それは一気に膨らみ、強い閃光となって光り輝いた。
―― グルォア!!
叫び声と共に大型生物が転倒したかのような振動と音が聞こえる。
竜が目を回すほどの閃光。
しかしエイルの視界にはその強い光は届くことがなかった。
ただ周囲が強く光っていることだけが分かったのは――
目の前にいる背中がそれをさえぎってくれていたから――
「ごめん。ようやく追いついた」
剣と鞘で光から自身も防御している彼から聞こえたのは謝罪の言葉だった。
「……どう……して」
「中庭で、助けてくれたろ……。
あの時、俺を捕まえたの、他の生徒の攻撃を止めるためだろ?」
「あれは……」
「みんな俺を疑う中で、俺を信じてくれようとした事とかさ。
凄く……うれしかったんだ」
あんなに酷いことをしてしまったのに――
「だからさ」
ここに来るまで、突き放してしまったのに――
「こいつを何とかして、一緒に帰ろう」
彼の背は救いでありたいと告げている――
「せっかく、新しい学園生活始まったんだ」
どうして私の心は、こんなにも――
「――俺、まだ誰も知り合いがいないからさ。友達になってくれないかな?」
こんなにも……高まる鼓動を止めることができないのか ――
■命運の胎動の
ラヴィーネとは異なる場所で待機していたゲナウとレルネンのもとに駆け付けたのは――
「ゲナウさん!!」
「メトーデか」
「この森全体の魔力の揺らぎ……魔物が騒いでいます」
メトーデは夫のゲナウのもとに駆け寄る。
ゲナウは森の中でひときわ大きな魔力を発する方向を見て、噛みしめるように告げる。
「本命が出た」
「客観的に……子供たちの手に余ります。我々が撃って出るべきではありませんか」
正直、この裏の意図を聞いたとき、メトーデは心底腹を立てていた。
当然だ。母親なのだから。しかし、娘の力を信じることも親の務めであり――
一級魔法使いの使命でもある。
娘のエイルはもうすぐ17歳になる。もう親の加護から巣立つ日は近い。
そして、シュタアルと共にエイルが行動する。その1点の希望を胸にその案に了承した。
「ゼーリエ様の指示です……」
メトーデの疑問に答えたのはレルネンだった。ゲナウのほうを見ると眉を歪め、拳は震えているが、ゆっくりと頷く。
「ゼーリエ様が……」
「『ギリギリまで手を出すな、あいつ等にやらせろ。困難だが、我々の未来に影響しうる。
一級魔法使いのお前たちの使命は絶対に死なせないことだ』
―― それがあの方の意思です」
―― 酷い、母親でごめんなさい。
確証のない、本当にろくでもない試練だと思う。まっとうな親なら止めるのが正しい。
しかし、それでも一級魔法使いである以上、ゼーリエの予見を信じるべきなのだろう。
「教員たちにも持たせていますが、更に最悪の事態に対して、二人の装備品に私の緊急離脱ゴーレムを仕込んでいます。
気を失い、魔力の駆動が止まれば強制的に起動します」
協会最高峰と呼ばれるレルネンのゴーレム。おそらくは退避策としてこれ以上のものは無いだろう。
「メトーデ。それとて完璧ではない。お前の魔法で状況をトレースしてくれ。私とレルネンはお前の指示で介入を開始する」
メトーデはレルネンとゲナウの言葉にうなずく。
もとより、一級魔法使いとは不可能を可能にする絶対的な魔法使いであることが求められる存在。
無理難題は日常茶飯事。完璧にこなすことこそ自らの価値。
未来の希望のともし火を絶対に消させない。それが己が使命。
「シュタアル君、エイルの事をお願いします……
魔法使いは、たとえ優秀であってもやはりその真髄は魔法使いです。それでも、あなた達ならきっと……」
祈るように空を仰ぎ、瞳を閉じ、魔力を集中した時。男性特有の力強い手が腰に添えられ背中を支えられた。
普段、なかなか攻めてこないのに、こういう時は外さない。憎らしくもかわいらしい夫。
「メトーデ。何度も言うが、あまり思いつめるな。これは私とレルネンで決めたことだ」
「……わかっています。エイルの魔力はいまだ健全です。おそらくはまだ戦況は佳境にすらなっていないでしょう」
願わくば、二人の若者が、失った過去を超えて臨む未来を掴み、絆の再生を願ってはやまない――
✧ ✧ ✧ ✧
――『私と……お友達に……なってくれませんか?』
ずっと前、おぼろげな記憶の果て、顔もわからない誰かに、差し出したエイルの手―――
今はもう思い出せないその相手は、確かに笑ってその手をつかんでくれて――
――『もちろんだ!』
私たちは、お友達に――なった、はずだった――
「返事は後でいいよ。やっぱり許せないなら断ってくれたっていい」
呆然と見つめるエイルの目の前でシュタアルは剣を構える。
その向こうでは雷のドレイクが復帰して立ち上がる姿が見えた。
「今は、あれを何とかしないと」
剣士特有の隙のない構え。姿勢を僅かに低くし、切っ先を真っ直ぐドレイクに向けている。
自分と歳も変わらない彼が、あの巨大な竜と真正面から戦うというのだろうか?
ドレイクは……すぐに飛びかかろうとせず、ゆっくりと横歩きをしながら、こちらの様子をうかがっている。
シュタアルも、横移動するドレイクに向かってエイルを中心に回るように追従する。
時折、帯電したタテガミが「バチィッ」という破裂音を鳴らしている。
そうだ、あれは爪や牙だけでなく、上位雷撃魔法クラスの攻撃を魔法も使わずに放ってくるのだ。
(そんなドレイクが……警戒している)
エイルの背後でミシっという音が鳴ったのはドレイクの雷撃で黒焦げになった巨木の枝が崩れ落ちる音。
折れた枝は、木の幹から離れ地面へと落下する。
―― バキィ ――
荒い音を立てて焦げた枝が地面に落ちて砕け散るのと、ドレイクが雷を放つのはほぼ同時だった。
「レーヴァテイン!!」
シュタアルの叫びと同時に剣を突き出す。避雷針のように雷は剣へと集約していく。
数秒続いた雷撃を剣で受けきったシュタアルは、刃に付いた血を飛ばすように剣を払って構えなおす。
「あっちぃ……めちゃくちゃな威力だ。耐雷装備なかったら間接でも、ショックで死んでたな……
でも、やっぱり魔法じゃなくても、現象は魔力循環に還る。思った通りだ」
「何を……したの?」
エイルの言葉と同様に目の前のドレイクも目にした現象を意外そうに観察している。
どうやらかなり頭もいいようだ。
「後で説明するよ。エイル……さん、立てるか?」
「エイルで、いい。ごめんなさい。足をくじいて……すぐに治すから」
「わかった。それまで何とかする」
彼の視線の先では低く構えたドレイクがいる。
獣特有の飛びかかる前の準備姿勢。
おそらく、全力で襲いかかって来る。
シュタアルもそれを見て額から汗を流している。額からの汗がそのまま顔を伝い、顎から落ちた。
―― 巨大な竜との対峙に汗を拭う余裕すらない。そんな風に見えた。
✧ ✧ ✧ ✧
森に来た理由は忘れてしまった。わかったことはここにいると食事に困らないことだ。
森は魔力に満ちており、通りがかる生き物も高い魔力を持つことが多い。
生きることは他の生き物を狩り、屠り、その肉と命を喰らうこと。
喰らい強くなるという絶対的な生存本能。強くなり続けることで、この地にいる絶対的な魔力を持つ何かにもいつかは届く。
その竜は今までそう考え続けてきた。だが――
目の前にいる小さな人間は奇妙な存在だ。
大きな魔力を持っていない。だが――強敵だ。本能がそう訴えかけてくる。
こちらに向けた刃と眼光。それは――
『これ以上、近寄れば叩き切る』
そう言っている。
人間の武器など歯牙にもかけないはずの身体が……
あれは鱗を通し、肉を断ち切る力がある。
そして、不思議と漂ってくる濃厚な別種の竜の匂い。
『汝我宝物ヲ侵スベカラズ』
匂いと魔力はそう告げてくる。縄張りにずけずけと入って来たにもかかわらずだ。
竜はこれを挑戦状と受け取った。
――必ず討ち取り、その肉と魂を喰らう。
――それこそが魂に刻まれた強者の絶対則。
理由は生まれ持っている闘争本能と誇りに従い、目の前の「敵」を葬るために、全身に力を貯め。低く構えた。
■竜と剣と翼の戦乙女
雷撃のドレイクがその全身を使って繰り出してきた一撃。
繰り出してきた爪と前足は、たてがみから漏れ出た稲妻をまとって音を立てながらシュタアルへと迫る。
シュタアルは一瞬後ろの気配を確認する。
エイルはまだ治療を始めたばかり。20秒程度は持たせる必要があるだろう。
レーヴァテインの正面に防御魔法を展開してこれに構える。
どうせ、大した量の障壁数は出せない。ならば剣に一極集中して薙ぎ払う以外の選択肢を持ち合わせていない。
「頼むぜレーヴァテイン!」
相手の纏うマナを喰らいながら斬撃の理力へと変える剣。受けられるはずだ。
こんな相手だからこそ、やれるはずだ。
使い手のシュタアルの技と、機剣レーヴァテインのマナイーターの特性。かけ合わせれば――
―― 竜にだって拮抗できる!!
✧ ✧ ✧ ✧
エイルが自身の足を回復しているその正面でシュタアルは竜の一撃を受けるのだという。
これまで見てきた彼の動き。体捌き。それを持ってすれば……おそらく回避が最適解。
だというのに――
固い爪と剣の刃が交錯し、固い金属がぶつかり軋み合う音があたりに響き渡った。
「うおおおおおお!! 重ぉ……」
ドレイクの突進力も相成り、受け止めたシュタアルは足を地面にめり込ませながらも受けきる。
上方から撃ち落された前足の一撃。それを逃がすように斜め方向へと流し、横に落ちたところを払うように前足の筋に一撃を浴びせた。
「来いよ!」
シュタアルの応戦にいら立ったのか、それとも、強者としての満足感を感じたのか。
ドレイクはタテガミに雷を迸らせながらもうなりを上げ顎を開く。
―― ガアアァァ!!
牙を向け、噛みつこうとするドレイク。シュタアルは再び防御姿勢を保ちつつも左手に魔力を貯めている。
ガチィ!という音と共にシュタアルは牙を受け止める。しかし、ドレイクは帯電した体による副次的な電撃を浴びせ、顎を動かしさらに詰めてくる。
攻撃を受ける瞬間、放っていた魔力の球体。それがドレイクの顔の横に浮かぶ。
シュタアルは体をひねり、牙の攻撃を流しながら――
それた瞬間に高速で一回転する。
「いい、加減に……しろぉ!!」
勢いを乗せた回し蹴り。ドレイクの横顔近くに浮いていた魔力球へ放った蹴りは、ドレイクの顔で小さな炸裂を引き起こした。
―― ゴオ!
脳を揺らされ、たまらず引いたドレイク。
だがその瞳はシュタアルをとらえて離さない。
そのまま、目の前の剣を構えたシュタアルと竜は、剣と爪と牙の攻防を繰り返す。
「……すごい――」
感嘆の言葉しか出てこない。およそ人間がぶつかり合う相手ではない。体重差が圧倒的なのだ。
歴史の勉強に聞く、歴戦の戦士たちが強大な竜と張り合っていたと聞いていた。
でも、そんなものはおとぎ話で、自分たちには魔法がある。頭ではどこかでそう思っていた。
今目の前で行われている行為を目にするまで。
けれど、心のどこかで安心もしている。
『彼は……これぐらい出来る人だ』
自分ではない、隔離された心の断片。脳裏で消え入りそうな声がエイルに訴えている。
シュタアルとドレイクの戦闘の余波。漏れ出た雷。衝撃波。魔力波。飛び散る小さな血。
それは徐々に周囲の環境を焼き、破壊し、戦いの色を残す。それぐらいの攻防なのに――
(私の周りだけ……)
シュタアルの背中、エイルの周辺。そこには一切の被害がない。
「かはっ!」
一回転したドレイクの尻尾による一撃。剣で防御しているが、それでもその物理的な威力はどうにもならない。
剣を通して、肉体に打ち付けられた衝撃がシュタアルの身体に響き渡り、体が折れ曲がる。
「シュタアル!!」
思わず、叫んでしまった彼の名前。そんなに知らないはずなのに、不思議と自然な気がした――
シュタアルはドレイクのほうを見たまま、エイルを手で制する。
自分の治療を優先しろという言外の言葉。肩で息をしながらも彼は膝を抱えて立ち上がる。
一方でドレイクも一気に詰めてこない。攻防の中でシュタアルが与えた小さな傷によるダメージと疲労からか……
だが、このままでは……
『――助けてあげて』
小さな声が脳裏に響く――
『―― 今の貴女ならできる。―― 無力だったあの日の私じゃない』
消え入りそうなその声は弱く、小さい。でも強い覚悟が詰まっている。
『―― 二度と失わないように ―― 掴んだその手を離さないように
―― そのために私は ―― 頑張ってきたはず』
そう、がむしゃらに頑張って来た。何かに背を押されるように。
一級魔法使いの両親が誇れる、一流の魔法使いとして――
『―― 本当に欲しかったものを ―― 守るために
―― その足で立ち上がろう ―― きっとできる――』
それだけだったろうか? もっと大切な……
―― 心と頭の痛みの先にある何かに手を伸ばしたくて。
―― それができる勇気と強さが欲しくて。
そのために頑張って来たんだ!
くじいた足の治療を一気に終わらせ、エイルは正面を向く。
そんな彼女の視界に移ったのは、彼女を抱き上げようと真正面に迫るシュタアルだった。
✧ ✧ ✧ ✧
「――なんだ?」
ドレイクの様子がおかしい。攻撃をやめて魔力を貯め始めた。
これまで身体機能で雷をまとっていた雷竜が魔力を使う。これは――
「広範囲魔法!?」
竜が使う魔法は独特で解析ができない。
だが、かつて姉弟子が放った魔法――あれは極位に至るものだと信じたいが……
それを考えると人間の魔法の常識では測れない威力を打ち出す可能性がある。
「やばい、エイル!!」
女の子に突然失礼だと思ったが、魔力を貯める竜に背を向けエイルのもとに駆け付け抱き上げた。
「ッッ!?」
「悪い。距離をとる!!口を閉じていて!」
走りながら、遠くの木にワイヤーを打ち出し巻き取る勢いを乗せて一気に跳ぶ。
急加速をするため、下手をすると鞭打ちになりかねない衝撃が全身に走る。
腕の中のエイルは伝えた通り、口だけじゃなくて目もぎゅっと閉じている。
素直すぎるしぐさに可愛いなと不意に思った――ら、首筋のルーエの咬み痕がピリッとした。
ある程度、距離をとった上空。高い木の太い枝にワイヤーをひっかけて着地する。
左腕で抱えるエイルはいつの間にかシュタアルの首にしがみついていた。
「来る!!」
―― オオオオォォォォン!!――
天高く。遠吠えと共に放たれる魔法と―― 魔力に乗った雷撃と光の渦。
その余波と飛び散る破片からエイルを守るために、シュタアルは彼女を覆いながら防御魔法を――
「あれ?」
こんなに出たっけ?という防御魔法が展開し、シュタアルは首をかしげる。
「……そんなに強く抱きしめなくても……大丈夫だから……」
どうやら、エイルが防御魔法を張ってくれたらしい。
耳まで紅くしながら頬を膨らませているのは無理やり運んだことに怒っているのだろうか……?
腕の中で顔を伏せて視線を合わせてくれない。
「ごめん、ちょっと我慢して!」
いよいよ本流の衝撃が放たれたのか、周囲は――
―― 光と雷に包み込まれた。
~ 学園と灰燼と白翼の戦乙女 02 to be continued ~