葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション


■ あらすじ

シュタルクとフェルンの長子シュタアル。彼がオイサーストの高等魔法学校へと進学直後に学園内で巻き起こった合成獣の下着盗難騒動。
その、騒動の中心人物となってしまったシュタアルとエイルは逃亡した合成獣の捕獲を命じられる。
信頼できない即席コンビの追跡の中エイルは先行し、合成獣を追い詰めるが、そこに現れたのはシュタアルの追試の最中に彼を襲った雷鱗のドレイク(地走竜)。
強大な竜を相手に訪れた危機。

「助けて!! シュタアル――ッッ!!」

危機を感じたエイルが無心で叫んだのは、心のどこかでずっと呼び続けていた少年の名前だった。

■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に混ぜられてしまっている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。15歳。姉のヘリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋で、ちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。




学園と灰燼と白翼の戦乙女 03~The Academy, the Ashes, and the White-Winged Valkyrie~【第3部】

■努力の痕跡と信頼と


 

「高等魔法学校の推薦を受けます」

 

大陸魔法協会の頂点、ゼーリエから告げられた話を受け、両親にそのように告げたことは覚えている。

両親である父ゲナウと母メトーデがともに一級魔法使いであり、大陸魔法協会では非常に強い権限を持つ。

 

その娘。この推薦権の譲渡が『親の七光り』と言われてもおかしくない状況。

関係者なら、絶対的実力と実績主義のゼーリエが親の贔屓で選ぶほど甘い人間ではないことぐらいはわかっている。

しかし、そうではない他者から見れば、そんな事情は分かるはずもない。

 

なめられてはいけない。恥じ入るわけにはいかない。

父と母が超一流であり、自身の実力も一流であることを証明せねばならない。

 

生れついての天才、そんなものには興味がない。

両親から受け継いだ高い魔力。女神の魔法への適性。そのほかもろもろの資質。

あったのだろう。そういう差は。でも、そんなことは関係ない。運がよかった。その程度の話だ。

 

そんなハンデすら、ものともせず、己の成せる最大限で挑むことを示してくれた人がいた。

 

奢ることなく、下を向くことなく、ねじ伏せるのでもなく、ただ正道を突き進み、証明する。

 

そうあらねば――

 

―― 『でも、顔を見たら分かるんだ。我慢しているなって……店の前で見たエイルもそんな顔をしていた。だから行こう』

 

あらねば――

 

―― 『言いにくいなら、俺も一緒に……お願いに行けるかわからないけど……まあ、とにかく、さっさとこんな所を出てお願いしに行こう』

 

そうしないと、助けてくれた……背中を押してくれた彼に申し訳が――

 

―― 彼……? 彼って、誰だったっけ?

 

この問答で頭をよぎる何かはいつも血のような紅い花が脳裏に浮かび、頭痛と共に消え去ってしまう。

 

それでも、その想いを抱いた日から、一度たりとも――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

(研鑽を怠った日はない……そうだったはずなのに……)

 

「ごめん、ちょっと我慢して!」

 

親譲りのブロンドの美しい髪の少女エイル。彼女を守るように覆いかぶさるのは青紫色のくせ毛と三白眼の青年シュタアル。

 

―― オオオオォォォォン!!――

 

遠くで聞こえる。魔物の鳴き声。全身を雷の鱗で覆われた翼のない竜、ドレイク。

シュタアルとの一騎打ちの末、膠着した状況に広範囲の雷撃魔法を放ってきた。

 

ドーム状に広がる魔物の魔法。その範囲外には出られたが、雷撃の余波と飛び散る破片の爆風は二人に押し寄せてきている。

 

「ぐっ!!」

 

先ほどから致命傷になり得る雷撃の余波だけはエイルの防御魔法で防いでいるが

細かい破片がどうしてもカバーできない。それを今背中で受けているのがシュタアルだった。

 

「ごめんなさい!」

「いい……これぐらいなら……魔法で治せる」

 

逃げ出した合成獣を捕らえて終わるはずだった。簡単な仕事で助けなどいらない。そう割り切って一人先行した。

しかし、突如現れた巨大なドレイクを前にそんな計画はもろくも崩れ去った。

 

巨大な成竜、特殊個体。魔法使い一人で戦えるただの魔物ではない。

 

最初から協力し、対象を捕縛して、退避していればこんなことにはならなかった……のかもしれない。

状況ここに至っては仮定の話に意味はない。

 

どうして信じなかったのだろう?

 

―― 『俺、クレ地方から来たシュタアルっていうんだけど……あの、この状況なのでもう少し友好的に……友達になってくれると嬉しい……かなって』

 

彼はずっと、その手を伸ばしていたはずなのに……

 

不審者だったから?―― 違う。

下着泥棒の容疑者だったから? ―― 違う。

お気に入りの下着を見られたから? ―― ちょっと、あるけど……違う。

 

そう、彼の手を払いのける理由なんて本当は何もない。

 

ただ、その手を掴む勇気がまだ出なかった。

激変する何かが押し寄せてくる気がして。

今まで、ずっと頑張ってきたその理由を――

 

―― 今この場で見せつけられてしまう気がして

 

■第2ラウンド


 

「シュタアル。ティアフォート。今日は竜種についてだ」

「はーい」

 

黒板の前でカツカツと文字を書きながら二人の子供に指示を出しているのは伝説の魔法使いであるフリーレン。

指導対象であるシュタルクとフェルンの子供である二人の兄妹たちは席に座りながら彼女の座学を興味深げに聞いている。

 

「竜は、この世界の中でも特異な生物だ。

 巨大な肉体、鱗に覆われた強固な外皮、翼を使った飛行能力、場合によっては魔法を使う知性。

 まあ、特徴を上げると様々だ」

「強いんだね」

 

シュタアルがそう答えるとフリーレンはうなずいて説明を続けた。

 

「そう、強い。強い生物だ。その生物の強さって何だと思う?」

「え、力があるとか……他の生物に負けないとか」

 

シュタアルが首をかしげながら答えるがフリーレンは楽しげな表情を崩さない。

 

「あらゆる環境に適合する力がある、ということですか?

 調べる限り、竜とは訳が分からないほど多種に及びます」

「シュタアルはちょっとだけ当たりで、ティアフォートの答えが正解に近いかな」

 

シュタアルが首をかしげるとフリーレンは苦笑した。

 

「竜っていうのはあらゆる環境にすさまじい勢いで適合する。そしてそのうえで強い。

 土地を替えれば、その場所で最適な姿に、種によってはその世代の中だけで進化する。

 そして、生態系最強の座を塗り替えてしまう」

「例えば?」

 

そうだなぁ、という仕草でフリーレンは思い出したように人差し指を立てた。

 

「例えば、森に住む翼のない獣のような竜。あれはドレイクと呼ぶ種なんだけど……どう思う?」

「一見、退化のように思えますけど……フリーレン様の言葉からすると、そうではないということですね?」

 

ティアフォートの言葉に満足そうにフリーレンは彼女の頭をなでる。

 

「ティアフォートは察しがいいね。そういうことだ。彼らは翼の代わりに強靭な四肢を得た。

 肥大化して後ろ足より太くなった前足、巨大な爪と牙、翼があると入れないような場所でも入り込む柔軟性。

 彼らはそうすることで強くなれるからそうなった。他の竜の侵略も良しとしない強さは何も失っていない。

 飛べなくなった竜と侮ってはいけないよ」

 

フリーレンは……そう言っていた――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ようやく、終わったか……」

 

ドレイクの広範囲魔法による攻撃。射程範囲内にいたら本当にまずかった。

シュタアルは体の各所の状態を確かめながら立ち上がる。

 

よかった、特に動きに支障はない。肩や腰や腕に細かい破片が突き刺さっているが……

 

「大丈夫? えっと……エイル……さん」

 

まだ、座り込んでいるエイルに手を差し伸べる。

極限状態からの切り替えなためか、ぼうっとした状態で応答がない。

はっと気づいたように我に返った瞬間、慌てて手を両手で握ってきた。

 

「あの……?」

 

ギュッと握るんじゃなくて……と苦笑しながら声をかけるとエイルは真っ赤になって片手を放した。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

顔が赤いまま、シュタアルの手を引いて立ち上がる。

なんか、お堅いイメージだったけど、ちょいちょい仕草が小動物的に可愛いな……

 

と、思ったら姉弟子ルーエの咬み痕がピリピリ痛む。ルーエ的にはそういうのもNGらしい……

遠い故郷で今頃ぷりぷりしているのだろうか……? そこまでリンクしているのかわからないけど。

 

「さてと……」

 

シュタアルが背後を振り向くと、地を揺るがすようにゆっくりと歩いてくる襲撃者。

環境の頂点生物。雷鱗のドレイク。

 

「逆鱗解放の第2ラウンドって感じか……顎下、ぶっ叩いたっけ?」

 

先の広範囲魔法。攻撃かと思ったら単純にそうではないようだ。

全身のタテガミが逆立ち、体中の鱗が開き、全身がバチバチと帯電している。

 

纏っている覇気に全身から汗が噴き出て、腕が震える……

 

「シュタアル……くん。私の事、エイルでいい」

 

震える手のひらを誰かに握られる。いや、誰かなんて他にいない。握ったのはエイルだ。

 

「私も……戦う!」

 

不思議と手の震えが止まった。握られた掌から熱を感じる。暖かい……

振り向くと、頬に手を添えられた。手から感じる魔力の流れ。女神の魔法による治癒だ。

顔についていた傷が治ると同時に、体中に付いた細かな傷が癒されていく。シュタアルにはできない芸当だ。

 

「……俺もシュタアルでいい」

「シュタアル……が、前に出るなら、私が支える。私が癒す。だから……」

 

シュタアルは小さくうなずき握られた手を、軽く握り返してからその手を放した。

ドレイクに向き直り、低く構える。すると、背後からまた別の魔法を感じる。体が……少し軽い。

 

「防護の加護と風裂の加護の魔法をあなたに。これで雷の影響や動く時の抵抗が軽減されるはず」

 

エイルが協力してくれる。二人で戦えば、霞んでいた勝機は何倍にも広がる。

そう思った瞬間 ――

 

――『えっ……すごい!こんな事出来るの?』

――『うん……錬金魔法だけど。あと強化もしたから簡単には壊れないと思う……』

――『うん、十分だ!』

――『よかった』

 

脳裏に何かがよぎった。同じようなこと、前にあったような無かったような……

よくわからない感情が心に湧いてきてシュタアルは苦笑する。

 

「ありがとう――」

 

前かがみに倒れこむように大地に一歩目を踏み出す。

 

「百人力だ!!」

 

地を割るように踏みしめた一歩から、一気に加速してシュタアルはドレイクへと向かって飛び出した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

いつもよりスピードが出る。女神の魔法による加護の効果だろうか?

トップスピードになったときに風の抵抗を感じない。むしろ背中から押される感じがする。

 

目前に迫るドレイクは近寄るだけで帯電する電撃がシュタアルを襲ってくる。

加護があるにしても、ダメージを減らすに越したことはない。レーヴァテインを構えながら雷撃を吸収しつつ――

 

―― ガアァァ!

 

前足の爪で襲い掛かってくるドレイク。それを紙一重で回避しつつ、通り過ぎる際に一撃を入れる。

相変わらず固い。鱗もあるうえに、中の肉と皮も分厚く、決定打となる傷にならない。

 

それでも、血が出るならノーダメージではないはずだ。

シュタアルは胴に向かって死角から斬りかかる。

 

――が、ドレイクがその場で全身からの放電を放つ。

 

「うわ、熱っち!!」

 

レーヴァテインの瞬間的な吸収キャパを超え、一気に剣が熱くなった。ひるんだところを巨体による体当たりが襲う。

 

「ぐっ!!」

 

その瞬間バックステップで勢いを殺そうとしたが飛んでいる最中にぶつかり、後ろに吹き飛ばされた。

 

「シュタアル!!」

 

吹き飛んだシュタアルが木にぶつかる前にエイルが受け止めてくれたようだ。

 

「ありがとう」

「いいから、前を見て!」

 

確認するとドレイクがこちらに走ってくるのが見える。

二人まとめて爪で引き裂くのか、牙で噛みつくつもりなのか

 

「エイル、防御障壁を張りながら上空へ!」

「はい」

 

シュタアルは迫りくるドレイクに構える。押しつぶされたり、つかまれたらヤバイ。電撃で焼かれてその場で終わる。

正面には牙をむき出し、襲い掛かってくるドレイクーー

 

ならば――

 

―― グルアアア

 

牙の攻撃を寸でかわし、ドレイクの股の下をスライディングで通り抜ける。この巨体だ。突然いなくなったように見えるだろう。

 

「がら空きだ!」

 

通り過ぎる最中。ドレイクの腹の真下。スライディング体勢で上を向きながら――

 

「―― 一般攻撃魔法(ゾルトラーク)――」

 

―― 魔法を打ち込む!

 

貫くことはできなかったが、明らかに反応があった。

潜り抜け、ドレイクの方向へと向き直ったシュタアルが見たもの。

 

それは、悲鳴のような鳴き声を上げて怯んだ雷鱗のドレイク。

 

ダメージが通った。基本的な生物としての造りは同型の生物と変わらない。

腹の鱗は背甲の外角に比べるとダメージが通りやすい。だが――

 

「本当は腹をえぐるぐらいの気持ちだったんだけどな……」

 

やはり、外皮は固い。いいところ、強力なボディブローを喰らった感じだろう。

魔法の威力があったならばあるいは……だが、さすがにそんな無茶をエイルにお願いはできない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

致命の一撃にはならなかったが、ダメージは通った。畳みかけるなら今だ。

シュタアルは上空から降りてきたエイルへと声をかける。

 

「エイル!合わせて攻撃魔法を!」

「わかりました」

 

シュタアルが愛剣を構えて駆け出すと同時に背後で魔法が放たれ――

 

――その瞬間、えも知れぬ悪寒が体を駆け巡る。

 

伏せたドレイクと目が合った。その瞳には壮絶な怒りの色が見える――

そして、その巨体を跳ね上がらせ、体勢を整える瞬間の出来事だった。

 

―― 避けるな!弾き流せ!――

 

脳裏に響く声が語ったのは回避ではない。

ただ、聞こえたと同時に、タァン!という何かが破裂するような音が鳴り響いた。

 

「――こはぁっ……」

「シュタアル!!」

 

何が起きたのかわからない。わかったのはすさまじい衝撃を腹部に受けて地面を転がり、今血を流していること。

痛みは不思議と……感じなかった。

 

「……なん……だ……」

 

ティシュレーから受け取った戦闘服は体の急所となりうるところにはプロテクターが入っている。

もちろん、腹部も例外ではない。過信できるというわけではないにしても、父も認める一級品のもの。

 

そこに深々と突き刺さっていたのは――

 

「うろ……こ……ぐっ……」

「シュタアル、無理に抜いたらダメ。血が噴き出る!私が魔法で」

「わ……るい」

 

「ごめんなさい……かなり痛いと思う」

 

駆け付けてきたエイルが治癒の魔法を右手にシュタアルの腹部へとかざす。

腹部に突き刺さった鱗をゆっくりと引き抜くと同時に傷をふさいでいる。相当な高等技術だ。

 

「あぐあああああ!!」

 

部分的に食い込んでいた鱗を引き抜かれる痛みに声を上げてしまう。

治療が終わった後も肩で息をするシュタアルをエイルが申し訳なさげに支えてくれている。

 

「……ありがとう。エイル」

 

引き抜いたうえで、傷が綺麗に消えている。まだ……戦える。

だが、一体、何だったのか。ドレイクのほうを見ると――

 

バキバキと音を立てながら体から鱗をはがしている。

竜にとっては自らの肌を無理やり引きちぎる行為。はがれた個所から血が噴き出ていた。

はがした鱗は魔法で操っているのか、いくつかがドレイクの周りに浮いている。

 

そのうちの一つが雷竜の顔の正面に位置を取った。

 

「何を……?」

 

エイルをかばうようにシュタアルは構える。おそらくは、先の攻撃の2射目……

宙に浮いた鱗を前に雷竜は息を吸い込み

 

―― ゴォォォォン

 

吠えた。それと同時に電撃の渦が筒状になって鱗を覆う。

 

「砲……台?」

 

それと同時に先と同じ音が――

 

「ッッ!!」

 

見て弾く……なんてことができない。感覚だけで抜刀し、それを打ち弾いた。

一瞬遅れてやってくる衝撃波と共に、金属がぶつかるようなすさまじい音を立てて、かろうじて逸れた。

それは、シュタアルとエイルの右斜め後ろにあった大木に大穴を開けてしまった。

 

「なん……て。隠し玉持ってやがる……」

「自分の鱗を、魔法で撃ってきたの?」

 

電撃の渦の筒で自身の硬質な鱗をすさまじい速度で射出したのだ。

人間の放つ大半の魔法より早い。しかも、防御魔法を貫通しかねない威力。

 

ドレイクの目に歓喜の色が見えた気がした。

先ほどの電撃の筒を体の正面にいくつも形成している。

 

「連射を……する、つもり?」

 

ドレイクの様子に息をのんだエイルがつぶやく。シュタアルは彼女をかばうように構えた。

 

「エイル。無理を言うかもしれないけど、俺が……全力で防ぐ。

 後ろで、即時の治癒を頼む……俺が倒れないように」

 

そう。倒れられない。ここで、倒れれば――

 

「……無茶です、そんな……」

 

今も、シュタアルの細かい傷を治療してくれるように魔法を使い続けている少女がいる。

泣きそうな顔をしているのは、おそらく怖いからではない……シュタアル自身が傷だらけだからなのだろう。

確証はなくても、治療を通して流れてくる魔力がそう感じさせる。

 

だからこそ、己の無様でも、失うわけにはいかないのだ。

 

■幼い自分と白翼の約束


 

幼いころ、兄弟子のエアフォルクに教わった剣の振り抜き方。

力むのではなく、自然の流れを作り出し、一切の無駄なく、刃で風を斬る。

彼は木刀で舞い落ちる枯れ葉を2等分した。シュタルクは……これを巨大な戦斧でやるらしい。

シュタルクのそれはもう達人の領域ですらないと苦笑していたエアフォルクがシュタアルへと伝えること。

 

『斬撃の真の威力は、力みの先にある全身の制御にこそある。力を必要とするのは――』

 

不規則に舞い落ちる枯れ葉を一刀両断する。これを成し遂げるために何年木刀を握り振り続けた?

もう忘れてしまった……必死に、ただがむしゃらに失敗を繰り返す中でいつの間にかこの手に合った力と業……

 

「―― 斬り結ぶその一瞬だけッッ!」

 

雷鱗のドレイクが試しとばかりに打ち出してきた鱗の一射目を防御魔法で包んだ剣で打ち払い、弾く。

 

今も実践できているのか、その領域に達しているのか?これまでの研鑽と、かつて生死の狭間の夢で見た白の外套の剣士が繰り出した一撃のイメージ。

今シュタアルの中にある全てを無心で繰り出した。

 

鱗は硬すぎて両断もできないし、弾き返せるほどの運動エネルギーではない。逸らすのが限界。

 

肌をかすめていく衝撃波はシュタアルに細かい傷をつけた。

 

そのあとから傷が修復されていくのは後ろで杖を構えるエイルが癒しているからだ。

彼女は防御魔法とは異なる女神の魔法による防護の加護をシュタアルへと展開しながら治癒を行っている。

 

「……ッッ!」

 

叫びそうになって飲み込んだその言葉は、シュタアルの無茶を咎める言葉か、それとも別の何かなのか。

 

―― 来る

 

タタタタンと爆発するでもない、射出の瞬間の風切り音だけが鳴った。

何発撃たれたのか脳で処理する時間もなく、ただシュタアルの中にある戦闘本能の赴くまま肌が感じる危機に向かって剣を振るう――

 

「あ、ぐッ……」

「シュタアル!!」

 

一撃を払い損じ、二の腕を掠り抉られて血が噴き出た。

 

「構うな、エイル!!」

「……!! ごめんなさい」

 

ドレイクもほぼ捨て身に近い攻撃、鱗をはぎ取った場所からは血が流れ出ている。

これは、双方が生死をかけた持久戦。

 

一瞬たりとも油断も無駄な動きも許されない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― ガギギギン! という、鼓膜を震わせるほどの硬質な衝突音。

 

目の前で行われる絶技ともいえる芸当にエイルは目を疑う。

こんなことが人にできるのか。鍛えられた剣士とはここまでのことをやるのか。

生来魔法使いとして生きてきたエイルには理解の範疇外の光景だ。

 

複数発を連射してきたドレイクの鱗の射撃。シュタアルはこれを剣ではじいている。

彼を中心に弾かれた鱗は周囲の森を破壊しながらあたりに散り、木や岩を破壊する。

もちろん、正面で受けているシュタアルはみるみる傷だらけになっていく。

逸らしきれず、体を掠るものや衝撃波が呼び起こす風の刃、これらが容赦なく彼を傷つける。

 

―― 背中に咲いた紅い薔薇のような花……

 

昔から、エイルの記憶の奥底にある恐怖のイメージだ。

薄々、わかってはいた。あれはきっと誰が貫かれた光景なのだろう。

自分はそれを見て……どうしてか忘れてしまっている。

 

誰だったのか、何をしようとしたのか。どうしても思い出すことができない。

 

だが……わかることはある。

 

「―― そんなこと、二度と!!」

 

一言も発することなく、切払い続けているシュタアルへと手をかざしエイルは必死に治癒へと集中する。

目の前で、何かを失う光景は、”もう二度と”見たくはない。そう心に誓いながら。

 

だが――

 

「があッ……!」

「シュタアル!!」

 

拮抗は崩れつつある。シュタアルの左肩口に鱗の破片が深々と突き刺さった。

急ぎ治療を試みるが、この状態で片腕は剣を振れない。

 

「障壁よ!」

 

3重の防御魔法をシュタアルの前方に展開しながら、物理操作魔法で肩の破片を引き抜きつつ、同時に治療を試みる。

 

「エ、イル……無茶をするな」

「嫌!」

「奴は直に打ち止めになる、そうなったら時間を稼ぐ……から……逃げろ。先生を探せ」

「嫌よ!」

 

継続的なトリプルキャスティングの使用。3並列のイメージを同時に処理する負荷で頭痛がする……

 

「絶対に嫌! もう見捨てないの! 目の前で失いたくないの!」

 

自分でも何を言っているのかわからない。だがとにかく嫌だった。

逃げることで起きてしまう事実が……どうしても認められない。

 

「強くなって、絶対に、あきらめず、見逃さず……助けになるって……あの日……確かに……」

 

思い出せない。何も。ただ泣きじゃくった自分が……いただけなのに

 

「もう……少し……」

 

破片を引きずり出し、血が噴き出ないように治療を終えた瞬間だった。

 

―― パキィィィン

 

そんな音を鳴らし、砕け散ったのはエイルの出した多重防御障壁。

 

「まずい!だめだ!エイル!!」

 

―― 背後に振り向き、エイルをかばうように覆いかぶさってくるシュタアル。

―― そんな彼に押し出されるように背部に倒れかけるエイル。

―― シュタアルが向けた背中を狙うように電撃の砲台を向けるドレイク。

 

(このままじゃ、あの日と同じ―― )

そう思った瞬間。

 

―― 時が止まったような感覚を覚えた――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― 私を置いて行かないで

 

そんな言葉が頭に浮かんだ。しかし、それは言葉に出す事が叶わず、聞き慣れたような声が響く。

 

「間に合ったみたい」

 

声を発したのは何も無い白銀の空間に浮かぶ少女。

何者……なんて考えるまでも無い程に見慣れた顔。

 

「小さい頃の……私……どうして?」

 

漠然とした疑問。すると目の前の少女はにっこりと笑った。

 

「ご機嫌よう。今の私―― ようやく、誓いを……あの日のお返しを彼に返せる日が来た……」

「何……を……?ここは――シュタアルは!?」

 

状況を確かめるように周囲を見渡せども何も無い。

すると幼いエイルは今のエイルに近づき、頬に手を当てて来た。

 

「ここは、私の……いや、あなたの……いえ、私たちの心の中……かな?

 時間の事はあまり気にしなくていいよ。いまは、切り離された時間の中で会話をしているから」

「何を……言っているの……?」

 

幼いエイルは空いた手を上空にかざすと映像が投影される。

シュタアルがエイルをかばうように彼女を抱きかかえようとした瞬間。

背後からは複数の鱗が襲い掛かろうとしている。

 

「シュタアルッッ!」

「救いたい?」

 

表情も変えずに問いかけてくる幼いエイル。

 

「そんなの決まって――」

「――どうして?」

 

見透かすような一目の幼い自分。どうしてだろう。共闘する仲間で、同級生で。人として当然の――

 

「ねえ、どうして?」

「それは……彼は私の仲間で……」

「本当に?それだけの理由?それじゃきっと届かないよ。あの日失ったもの。私にはもう思い出せない事。

 とても大切だったのに、自ら、”何か”に捧げてしまった想いと繋がり、それは私が生きていた魂そのもの――」

 

抽象的で、何を言っているのか理解できない。

でも、エイルの瞳に映る幼い自身の顔は……憐憫と慈愛と……複数の感情が混ざり、深い想いの底が見えない。

 

「ここにいる私は、あの日、忘れる直前に切り離したあなたの感情とわずかな魂。

 大好きで、大切だったのに、それでも消えることしかできなかった心の残滓」

「誰の……こと……?」

 

自分が告白した訳ではない、聞かされたことだ。だがその心は内側にある感覚。まざまざと見せつけられて、赤面する。

父と母でもない誰かをこんなにも焦がれてしまう感情があったのだと。

 

だがそれは……

ぶんぶんと首を振るエイルに幼いエイルはため息をついた。

 

「もうわかっているんじゃない? どうして懐かしいと思うのか。どうして言葉が胸に響くのか。

 そしていつも、目の前に広がる真っ赤な花がノイズとなり、想いが闇に沈んでしまうのか。

 それはあなたの心の中の警告。また失う事への恐怖。

 でもそれじゃあ、きっと届かない。この局面は越えられない。

 だから、あなた自身の心で超えて」

 

「私は……」

 

どうして強くなりたかったのか?

 

―― どんなに突き放しても、助けに来てくれた。

 

何が欲しかったのか?

 

―― 友達になろうと言ってくれた。

 

自分は何を恐れているのか?

 

―― どんな恐怖からも、救い出そうと手を差し伸べてくれた……

 

そうだ、そんな男の子が確か幼いころにいた。彼が……

 

―― 『これからやることをやり遂げたエイルに……足りない勇気なんてないよ。伝えられるさ。きっとエイルは大丈夫だ』

 

前に進む勇気を――

 

そう、彼だ……思い出せないけど、確かにいた。

彼がそうするのが当たり前だと思えるぐらいの気持ちが何故か今の自分の中にあるのは――

 

「私は……」

 

――『私が……どうしてシュタアルのことを、大好きだったのか……理由もわからない……こんなの……こんな……あんまりよ……』

 

「私は……そう……彼を失いそうになって、代償に思い出を全て……」

 

――『どんな顔で笑っていたのかも……分からないよ……でも……死なないで……』

 

「だけど、二度と……失いたくなくて」

 

―― 『―― シュタアル!! 生きて!! ―― 』

 

「何よりもッッ、大好きだったから――誰よりも強く……」

 

傷だらけになりながら、満身創痍でも、立ち止まることがない彼を ――

手を伸ばし、追いつき……手を掴むための……

 

「―― 大切な人に……シュタアルへと手が届く、翼が、欲しいっ !!」

 

そうだった……

そんな、単純な想いが。単純故に純粋で強い想いが ――私自身の魔法の根源に触れると誰かが ――

 

「ようやく気付いたみたい。例え思い出せなくても、そこにある想い……

 それが、あなたの物語の始まり――これから突き進まなければならない物語」

 

幼いエイルは両手を突き出し、暖かい何かをエイルに手渡そうとする

 

「これは?」

 

それは光る1枚の羽根。純白で大きな羽だった。

彼女は瞳を閉じながら告げる。

 

「これが私。私の全て。あの日生まれた幼い魔法。

 受け取れば私は魔法の概念と共にあなたに溶けて消える。

 あの日の私はまだ幼く、使いきれなかった。でも、今の貴女ならこれを使える。

 きっとここでの会話も残らない。けど――」

 

瞳を開いた少女には強い覚悟が秘められている。

 

「―― 想いと、信念はきっと残る ――」

 

彼女に言われる通り、光る羽に手を伸ばした。

それと同時に感じる。背中が……熱い。

 

「彼を、シュタアルを信じてあげて。支えてあげて。

 彼はいつも傷だらけで、それでも止まろうとしない。誰かが癒してあげないと、きっと道の途中で倒れてしまう」

 

羽を受け取ったと同時に、幼いエイルは光の粒子として消えながらエイルの中へと入っていく。

 

―― あなたなら出来るわ。そのために7年も我慢して、頑張って来たんだもの ――

 

空間が消えていく。元の場所に戻るのだと直感的に理解した。

 

―― 彼は、鈍感で、朴念仁で、ちょっとえっちで……誰にでも優しいから……信じて、頑張ってみて……

 

そう、言葉を残して―― 現実へと――

 

■白翼の戦乙女(ヴァルキュリア)


 

剣を両手で振るうにはもう少しだけ時間がかかる。

エイルの魔法に加えて自分でも治癒の魔法は拙いながらも掛けている。

 

「まずい!だめだ!エイル!!」

 

しかし、最後のとどめとばかりに打ち出された一撃はもはや体で止めるしかない。

ティシュレー特製の仕込みのスーツと自分の身体で止めれば1度程度の貫通は防げる可能性はある。

 

エイルをかばい、身を低くし、打ち出された掃射を耐えれば、彼女が逃げ出す時間の捻出ぐらいは……

 

――そう、思っていたのだが。

 

エイルを抱きしめ痛みに耐えるために強く瞳を閉じていたのに何の衝撃も感じない。

 

「なんだ……?」

 

ゆっくりと瞳を開いたシュタアルの視界に広がったのは舞い落ちる光る羽……

抱きしめたエイルの背中からうっすらと伸びる光の筋……それはやがて大きな白い光の翼となり、シュタアルとエイルを包んでいる。

 

「何が……おきた?」

 

背後を見ると、バチバチと鳴る鱗が徐々に翼の中へと浸透していく。

やがてそれは力を失い、乾いた音を立てて地面へと落ちた。

 

「力を……奪った……? いったい何が? そうだ、エイル!!大丈夫!?」

 

我に返ったシュタアルは、強く抱きしめていた少女の存在に気づく。

背に回していた手を解いて、肩に手を置いて彼女の顔を確認する。

 

「……えっち――」

「えぇぇっ……」

 

耳まで紅いエイルは上目遣いでこちらを見ている。

 

「違うよ!助けようとして!あの場はああするしかないって……なんか胸に当たる感触が柔らかいなって――

 ……痛たたたたたたた!ルーエ姉さんごめん。今は勘弁して!」

 

首筋の咬み痕がガジガジとかじられるように痛み、思わず叫ぶ。

ゴロゴロところがるシュタアルにすっと手が差し伸べられた。

 

「私は大丈夫だから。まだ頑張れる。貴方を支えられる」

「……」

 

シュタアルの瞳に映るエイルの顔が、今までと違って見えた。

こんな理屈も道理も無視する訳が分からない魔法……母のフェルンが出した青い蝶、ルーエが全身にまとった竜の魔法――それに感じた訳の分からなさに近い。

―― おそらくは心の深層に触れる他者には理解できないエイル固有の魔法。

 

差し伸べられた手を取りシュタアルは立ち上がる。

 

「そうだな。まだ終わってない。あっちも……決着を望んでいる」

 

エイルと共に相手へと視線を向けた先。

雷鱗のドレイクは、鱗を引きはがした個所から血をだらだらと流しながら疲弊した様子を見せている。

しかし、燃えるようなその瞳と食いしばるように、むき出しの牙は、戦意を失うどころか、高揚しているようにも見えた。

 

ドレイクは高く吠えたと同時に体の半分程度の鱗を引きはがし一本の槍状にそれをつなげる。

それを複数本作り出している。それと共に現れた巨大で長い電撃の砲身。

 

「本気、みたいだな……」

 

愛剣である機剣レーヴァテイン……その手に取ると、今まで吸ってきた電撃の魔力で満たされているのか

刀身はバチバチと火花を上げ、小刻みに震えている。

 

「ごめんな、何度も耐えさせて。お前もそろそろ我慢の限界だよな……」

 

決着の条件は十分にそろった。彼女の魔法が本物ならそれを信じて自身も出し尽くそう。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― 少しだけ、時間を稼いでくれ。

 

シュタアルから伝えられた言葉。

ドレイクの攻撃を防げるのであれば、一撃を与えるための時間が欲しい。

そんな彼の、無茶苦茶で、エイルの力を一片たりとも疑わない、とんでもないお願いだった。

 

―― 無茶なお願いだって分かっている。でも、信じてほしい。斬ってみせる。

 

シュタアルの瞳には曇りも、陰りもなく、まっすぐにエイルを見つめてくる。

その表情に言葉の中には表れない「絶対に守り抜く」という、そんな意思が宿っている。

 

「分かった。やってみる」

 

エイルは今一度背中の翼を広げ、舞い落ちる羽を辺り一面に散らす。

展開しているからこそわかる。魔力の消費が尋常ではない。そう長くは持たない。

 

けれど、今このひと時、シュタアルが一閃を解き放つまでのひと時。

彼を支えよう。突然、自分の中に宿った翼に、誓えるたった一つの真実と約束。

 

羽の落ちた辺りからは結界のような領域が地面へと広がっている。

 

―― 何人モ穢スベカラザル聖域 ――

 

こちらを狙い撃つための鱗の槍を形成していくドレイクに対して出力を上げた翼で周囲を包む。

感覚でわかる。これは来るものを拒絶するのではない、害意を包み浄化するものだ。

 

正面では剣を構えたシュタアルが準備を始めている。

 

「万象に希う(こいねがう)!」

 

シュタアルが叫んだ呪文のような言葉。おそらく何かのキーになる言霊なのだろう。

強い魔力を示した彼の剣。根本の柄が開き、放出された魔力は刀身を覆っていく。

 

「木気を宿せし雷の獣を、金気を持って打ち破る!」

 

剣から一気に放出された魔力は、周囲から特定の属性を集め再度収束していく。

おそらくこれが彼の奥の手。時間がかかるという理由。

見たこともない、美しい魔法だと思った。穢れも混じりもない純然たる魔力。

 

そして、正面では完成した5本の雷鱗の槍のうち1本を魔法の砲身へと装填する雷鱗のドレイク。

その全身はいよいよ自らの血で赤く染まっている。おそらくは向こうも最後の一手。

 

―― オォォォォォォォン!

 

遠吠えのような咆哮と共に強い光を放った砲身は形状を崩しながら一本の槍を解き放った――

 

■悪夢を切り裂くモノ


 

エイルの正面に構えるシュタアル。彼を包むように交差した2枚の翼。

 

―― ザンッッ

 

そこへ雷鱗のドレイクが射出した1本目の槍が音速を超えた速度で打ち込まれた。

ワンテンポ遅れてやってくる風音と共に衝撃が押し寄せてくる。

 

「くぅっ!!」

 

痛み……ではないが大きな衝撃が干渉したことが翼を通してわかる。

とてつもない加速度で打ち出された槍はバチバチと言いながらエイルの翼に取り込まれていく。

 

「ふうううううう!」

 

害意を取り込み、先端からずるりと落ちていく一本目の鱗の槍。

 

―― ゴオオオオオオン!

 

先ほどより喉の奥からくる震えを咆哮に乗せた2射目と3射目が撃ち込まれた。

1本目の槍がばらばらと崩れ落ちたと同時に2本目と3本目が翼へと突き刺さる。

 

「ああああああああああ!!」

 

翼を通して伝わってくる。ドレイクの闘争心という名の怒りと全力を尽くすという歓喜。

他の強者を圧倒してこその竜の矜持なのだろう。屠り喰らうという生物として純粋な修羅道。

目の前にいるシュタアルと……そして自分を超えるべき強者と見ている。

 

あまりに一本ごとの浄化負荷が高い。残る魔力ではせいぜいあと一本が限界。

だが、残りの槍は2本。それでも、シュタアルの魔法の完成までには……

 

―― ガアアアアア!!

 

今にも枯れそうな咆哮で4射目が放出された、ドレイクの口からは血が噴き出ていた。

 

―― ドゥン!! ―― という音と共にシュタアルの真正面に撃ち込まれた4本目の槍。

彼はどれほどエイルを信じているのか、魔力を蓄積しながらピクリとも動かない。

 

「くっ、あああああああ」

 

バチバチと鳴る槍を翼の光で無効化していく。

 

「もう……これが、限界……」

 

最期の力と共に4本目の槍を無効化し、砕けた槍は複数の鱗となって地面に崩れ落ちた。

しかし――

 

「ごめんなさい、シュタアル、これで……」

 

膝をついたエイルと共に、翼は光の粒子となって消えていく。使用限界。

だが、雷鱗のドレイクは最後の一本を……だめだ……貫かれる…… そう思った瞬間 ――

 

「―― いいや、間に合った。ありがとうエイル」

 

シュタアルは笑っていた。彼の手にする、白銀に輝く魔力を秘めた剣を携えて―― 彼は駆け出す。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― グルオオォォォォォ!

 

口から血を吐きながら、掃射する5本目の槍。それが打ち出される瞬間。

 

「おおおおおおおおお」

 

地を割るように疾走する一陣の矢。それは剣を構えたシュタアル自身。

迫りくるシュタアルを眼前に槍は放たれた!

 

―― シュゴッ ――

 

という微かな音と共に打ち出された槍はシュタアルの眼前へと迫る。

 

極限まで集中した交錯の一瞬。

 

シュタアルにはまるでスローモーションの映像でも見ているような感覚に陥る。

何もかもがゆっくりと動いているように見える。目前に迫る鱗でできたいびつな槍。

それはまるで複数枚で連なった枯れ葉の帯のように見えた。

 

―― 力むのではなく、自然に任せて、刃で風を斬るように ――

 

何もかも遅い時間の中、シュタアルはより低くかがみ、槍の下方に潜り込む。

 

―― 見えた。 斬るべき太刀筋。

 

抵抗を受けるより早く、神速の一閃で宙を舞う枯れ葉も切り落とす。一撃。

 

―― 出来る。いや、やらなければこの槍はエイルを貫いてしまう。外すな。

 

大地に足を踏み込み、体をひねり反転し、真上を通り過ぎようとした槍の中央。

シュタアルはそれをなぞるように斬り結んだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その竜は純粋に驚いていた。今のは正真正銘の全力の一撃だった。

全てを乗せた最後の一本。それは、迫りくる人間の男の、まるで青い稲妻が走るような動きにより、射出直後に砕かれた。

 

そんなバカなことがあるだろうか。おのれの鱗は人間の武器で斬り砕けるような脆弱なものではない。

 

だが――

 

「ぶった切れぇぇぇ!レーヴァテインッッッ!!」

 

槍を砕いた人間は残る力でこちらに斬りかかりに来る。

 

ならばもう、残されたこの肉体で迎撃せねばなるまい。幸い2本の腕にはまだ爪がある。

ドレイクは前足を上げ、斬りかかってくる人間の攻撃を両前足の爪で応じる。

 

双方が交錯し、爪と刃が軋み合い、火花を散らす。

 

「おおおおおおおお!」

 

人間はその爪を払い、次の斬撃を放つがこれもまた逆の手の爪で合わせる。

そうして何度も斬り結びの中で気づいた。

 

―― これは、おそらくだめだ。何かが良くない。あの武器に宿る力は自身と相性が悪い。おそらく爪は砕け散る。

 

だが止まるわけにはいかない。強者の定めとして。散るその一瞬までも己が渾身の一撃であらねばならないのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

状況ここにきて爪で応じてくるドレイク。どこまでも手ごわい。

レーヴァテインに溜めた斬撃の魔力も直に尽きる。早く一撃を決めなくてはならない。

 

鱗がなくなっても竜の外皮は厚く骨も強固だ。頭や背から斬りつけても効果は薄いだろう。

 

―― 腹部から斬りかからなければ、だけどこの状態からどうやって――

 

顎から蹴り上げるにしても巨体すぎる。おそらくはダメだ。

この状況で魔法はこちらの一撃に差支えが出る。すべてのリソースを剣に回したい。

 

「―― 大地を操る魔法(バルグラント)――!!」

 

その矢先、背後から聞こえたエイルの詠唱。

突然、ドレイクの足元の大地が隆起し、ドレイクの上半身がその勢いで叩き上げられた。

 

「ッッ!!」

「―― シュタアル!!斬って!――」

 

一瞬視線を向けた先には、地面に座り込み、大地に手をつくエイルが見えた。

そして、シュタアルの目前には――バランスを崩し立ち上がったドレイクがいた。

 

―― 斬れる ――

 

「さすがエイルだ!!」

 

シュタアルは足元の大地を砕くような勢いで一歩を踏み出し、ドレイクの腹にめがけて飛ぶ。

そこから放たれた一撃は、まるで最初から斬れていたかのように自然に刃が通ったように見えたと、後にエイルは語っていた。

 

■貫き砕くモノ


 

シュタアルがオイサーストへ出発する少し前の事――

 

「なあ、ティシュレー爺さん。俺に見せたいものって?」

「まあいいから来い。なに、良いものだ」

 

複数名の弟子のドワーフに抱えられた状態で運ばれているシュタアル。

日課の素振りを終えたころに突然やってきて確保された。

 

「俺、この後姉さんと約束してて……」

「ああ?乳繰り合う約束か?いいだろそんなの」

「勉強!向こうに行っても困らないようにって!」

「そのあと、乳繰り合うんだろうが」

「やらねーよ!清い距離感だよ!お昼食べに行くけど!」

 

そんなこんなで連れてこられた彼らの工房。

 

「まあ、なんだ。わしらなりにお前への餞別ってやつを考えてな」

「そうなの?いや、凄くありがたいけど……俺そんなにもう持ち合わせないけど」

「餞別で金取らんわ!……まあだが、考えは殊勝だ。これは試験作だ。お前がきっちり使ってテストしろ。そういう意味で渡す」

「??」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― ゴ・ア・ガ・アアアア

 

シュタアルがドレイクの腹部から顎下にかけて放った一閃。それは竜の硬い表皮を切り裂き――

 

「コアが……露出した」

 

竜の心臓ともいえる核。高位生物は肉体を支える絶対的な中央のコアが存在し、これがあれば再生が不可能ではない。

腕の欠損などは魔力と相応の栄養があれば再生可能だ。姉弟子のルーエも奪われた右腕をそう竜の理屈で再生している。

言ってしまえば人間の心臓と同じだが、より存在に対する重みと意味が強い。

 

「お前には悪いが、決着だ!」

 

シュタアルが刺し貫こうとした瞬間。

 

―― ガアアアアアァァァァァァ!!

 

ドレイクは最後の力で吠える。魔力の乗ったその方向はシュタアルを後方のエイルがいるあたりまでと吹き飛ばした。

 

「おわっ……って、やっぱりか……」

 

ドレイクの核は周囲の魔力を吸収し始めた。それはミシミシと音を立てて膨張する。

 

「負けて逃げて再生するくらいなら、ここで消滅を望むということか……全部巻き込んで」

 

コアを包むように丸まり中央が赤く光り始める。レーヴァテインの開放はもう無理だ。魔力の貯金をさっき全部使った。

強力な魔法で撃ち抜く……にはエイルがもう限界に近い。

 

魔力の消費を最小限に突破力のある一撃で、コアを1点に撃ち抜く――

心当たりは一つだけあった……

 

「爺さん!初日で悪いがいきなり使わせてもらうぜ!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

目に見える様子で周囲の魔力を吸い上げて、今にも破裂しそうな魔力をコアに収束させているドレイク。

あの規模の魔物が意図的な膨張の自爆を行えば……いったいどれほどの規模の消滅を起こすのか?

 

一級魔法使いやゼーリエを抱えるオイサーストが滅ぶなんてことはないにしても、あたり一帯は砂地になるかもしれない。

 

「シュタアル、コアを破壊して止めないと……くっ」

 

立ち上がろうとしたエイルがよろめいたところを駆け付けてきたシュタアルが支えた。

 

「分かってる。エイル、一つ最後のお願いだ。俺だけだと魔力が足りない。エイルも残り少ないとは思うけど……頼む、手を貸してくれ」

「何……をするの……?」

 

今の相棒であるシュタアル。彼の眼はまだあきらめていない。その眼は死んでいない。

 

「まだ試してないことがある……ぶっつけ本番。出たとこ勝負。テストもしたことがない、だけど……」

 

―― 信じてほしい

 

言外の瞳にその言葉が乗っている。こんな状況で。本当に無茶苦茶な人。

 

―― 失敗すれば、爆発に巻き込まれる状況でこれ以上の無茶を要求する人

―― 限界を超えた治癒を要求しながら、死線を眼前に一歩も引かない人

 

こんな時にそんなお願いだなんて、本当に愚かな人……

 

―― どんな時でも。その手を差し伸べてくる究極のお人好しな人

 

エイルは思わず苦笑する。そんな人を信じるだなんて……

 

『 汝、隣人を信じ抜く覚悟は如何なるか 』

 

思えば、中庭で出会った時からずっと……運命に問われていたのだ。

 

「――そんなシュタアルの馬鹿な話――私が信じなくて……あなたはいったいどうするというの??」

 

彼に向かってそう伝えると、シュタアルは年相応……いや、ちょっと幼く見えるぐらい無邪気な笑顔でニッと笑った。

 

「ありがとう。助かるよ。

 いくぜ。正真正銘、初使用だ!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「――マジでナニコレ? いや、すごい……」

 

ドワーフのティシュレーがニヤニヤしながら見せてきたもの。白いシーツを取り外した先にあったその一本の武器。

 

「とっておきだ。お前の剣とは使い方が違うが……多分役に立つ。

 フリーレンにも礼を言っておけ。駆動術式は伝説の魔法使い謹製のものだ」

「いや、ありがとう……なんだけど。もうレーヴァテインあるから持てないよ?」

「柄に杖としての仕組みを付与してある。魔法使いの端くれなら格納できるだろ?」

「えええ……無茶言わないでよ」

「ああ? ごちゃごちゃうるせーのう。野郎ども、シュタアルを抑えろ!今からこいつをケツに突っ込むぞ!」

 

わきからドワーフの弟子たちがシュタアルをガッツリつかんだ。

 

「ちょっ!やめろぉぉぉ」

「突き刺さる前に気合で格納しろ!そして聞け!こいつの名前はなぁ――」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

受け取った日の事を思い出して微妙な表情になってしまう。が、切り替えて気合を入れる。

 

「使わせてもらうぜ。魔操機式螺旋槍、アウスグラーバ!」

 

ズンと柄を地面にたたきつけるように姿を現したのは、魔力の位相空間に格納していた巨大な槍。

 

「え……?」

 

その妙な形状に見ていたエイルは唖然とする。槍の鉾先、これは三角錐の巨大な棘の形状に螺旋状の刃が付いている。

周囲に3本の牙のような副刃が中央に向かって伸びている。刺突するにもあまりに巨大でいびつな鋒先。

 

「エイル!頼む!」

 

シュタアルは空いた手をエイルに伸ばすと彼女は少しためらってからその手を強く握った。

 

「よくわかんないけど。これで――」

 

彼女から魔力が流れてくるのが分かる。それをバイパスし、自分の残りの魔力も槍に伝えながら叫んだ。

 

「よし!―― 廻れ! アウスグラーバ」

 

シュタアルの声と共に鉾先は回転運動を始める。それは徐々に回転速度を上げて高音を鳴らし始めた。

高速回転する大きな塊。これが暴走しないのは精密な構造と均一で正確な回転駆動をする仕組みゆえ。

職人ティシュレーと伝説の魔法使いフリーレンの魔法工芸的な合作。

 

「まだ、飛べるか?エイル」

 

槍の鋒先をドレイクに向けたシュタアルが構える

 

「……うん、少しだけなら」

「……じゃあ、頼んだ」

 

シュタアルの逆側から槍の柄を恐る恐る握った。柄を通してシュタアルの魔力の流れを感じる。

そこから感じるのは……勇気と暖かさと恐怖、そして複雑な彼の想い。

 

そこに飛翔の魔法のイメージを流し込んだ。

 

僅かに浮いたエイルとアウスグラーバ。それを掴んだシュタアルはいつもと変わらぬ勢いで大地を踏みしめる。

 

「行くぞ!!」

 

空気を切り裂く様に螺旋に回るアウスグラーバを抱えたシュタアルとエイル。

二人は周囲の魔力を吸収するコアを抱えたドレイクへと穿つように駆け出した――

 

■戦場跡にて


 

「メトーデ、どうだ?」

「二人ともよく寝ています」

 

訳の分からない兵器を使って、件の竜を打ち破った二人。バランスを崩して転がる中、エイルに傷をつけまいとかばうように抱えたシュタアル。

止まって、倒れた二人は……結局魔力切れで気を失っていた。

 

ギリギリの第一線の表層を何度も触れた戦い。メトーデを制止しながらも飛び出そうになっていたのは一回だけではないゲナウ。

何度も介入するべきかを迷い続けた結果……娘のエイルは一つの答えを得たらしい。

エイルは、過去に見せたその翼を顕現させた。

 

メトーデの治癒が終わった二人は、現在、毛布にくるまれ、並んで寝ている。

別々に寝かせようとしたのだが……気を失ったエイルがシュタアルを掴んで離さなかったのだ。

 

「まったく、寿命が縮んだぞ」

 

娘の頭をなでて、頬に触れる。

むず痒そうにしていたエイルは寝返りを打ちながら隣のシュタアルにしがみつこうとしたのでさすがに止めた。

 

「良いじゃないですか」

 

隣で見ていたメトーデは苦笑しながら声をかけてきた。

 

「だめだ」

「娘離れできないと嫌われますよ?」

「ぐっ……だが、こいつは……」

 

言い詰まるゲナウの視線の先にあるのはシュタアルの首筋の包帯に包まれた場所。妙な魔力を放つ噂の契約の痕。

 

「思うところがないといえば、私も嘘になりますけれど……

 今、エイルが望んでいることとは切り離すべきです。だめならこの娘自身が結論を出します」

「……ぬう」

「引き合わせたゲナウさんが、今から引き離すような行動をとれば、最悪手なのはご自分でも分かっていますよね?」

「……ふん!」

 

立ち上がったゲナウは言葉もなくレルネンたちのほうへ向かっていった。

 

「まったく……何年経っても可愛らしい性格ですね」

 

メトーデはエイルとシュタアルの二人の頬に手を当てる。

 

「せめて、安らかに眠れるように」

 

大昔から寒い北側諸国に伝わる民間魔法、子守歌の魔法。

寝ている子供にひと肌の暖かさと、魂に刻まれた母の鼓動音を脳裏に呼び起こし、深い眠りに誘うという。

疲れはてた未来の英雄には安らぎが必要なのだろう。

 

「ありがとう、シュタアル君。娘は今幸せそうに眠っています」

 

どんな形であれ、彼は一つ、少女を苦しめていた楔をその手で外したのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「「「誠に申し訳ありません」」」

と声を合わせてレルネンに頭を下げているのはラヴィーネ達の教官3名。

彼女らはドレイクが暴れ始めた際、同時に過敏になったほかの大量の魔物の対処に追われてしまったのだ。

放置すれば、非戦闘者も多いオイサーストに影響が出るかもしれなかった。

 

「頭を上げなさい。君たちの行動は間違ってないよ。この指令の全責任は私にある」

「しかし、私たちは二人の指導者です。教師が生徒の命を軽んじるなんて……」

 

ラヴィーネは心底悔しそうな顔をしている。無理もない。大切な生徒たちだ。

罰則を欲するのは自身の戒めのため。表面的に快活な性格に対して、その真はとても清廉な教師だ。

だからこそ彼女は教師として大勢の生徒に好かれるのだろうが。

 

「レルネン学園長。申し訳ありません。私たちがエイルを途中で止めていれば」

「カンネ、ラオフェン。君たちもご苦労様です。二人が水際で支えてくれたからこそ、周辺被害はゼロで済んだ」

「はい……」

 

3人とも表情は浮かない。結果に対して納得がいかないのはまるで奇跡のような結果論に救われたからだ。

それは英雄譚の物語として美しい反面、教師という職にいる彼女らの沽券として認められる話ではない。

 

『生徒が命の危機にさらされた』

 

これを絶対的な指標として身に感じるのは彼女たちが立派な大人である証拠なのだろう。

 

「分かりました。では、3名にこれの対処をお願いしましょう」

 

そう言ってレルネンが見た視線の先には、竜の核を破壊されて力尽きたドレイクの遺体。

驚いたことに、灰化せず、魔力として消滅しない。

 

「原種の類だったか……」

「ゲナウか。そちらはいいのかね?」

「ああいうのはメトーデに任せたほうがいい」

 

ちらりと視線を向けると、二人の生徒を愛おしげに撫でている姿が見えた。

 

「なるほど……」

「稀に存在する、魔物化していない起源種の竜か……貴重な存在だったのだな」

「反自然主義と怒るところかな?」

「いいや、関係ない。等しく人に対する脅威だ。対処せねばならない。我々からすると、死した後に遺体が残るかどうかの違いだ」

 

安全面を最優先する彼らしい回答だと苦笑する。実際それが大きな差ではある。

彼らの骨や肉は、長い年月をかけて自然界における最高素材のオリハルコンに転じるのだから。

 

しかし、いまパッとオリハルコンに代わる魔法があるならそうしたいぐらいだ。

所詮は腐敗する巨大な死骸肉体を持たぬ魔物に乗り移られ、凶悪な屍竜となっても困る。

結局のところ、解体して、対処せざるを得ない。

 

「ラヴィーネ、君は旦那さんと相談して、この素材の流通先を確認してもらえるかな。

 ああ、ブラックマーケットの類は厳禁だ。博物館などが一番いい」

「分かりました」

「手数料として利益はとってもいいけど。資金はあそこの二人に還るようにね」

「キツく言っておきます……」

 

思うところがあるような表情で返すラヴィーネに苦笑し、レルネンは空を見上げる。

本当に危ない橋を渡った。だが、二人の生徒は驚異的な才覚でこれを乗り越えた。

魔法使いの未来を創る立場としては、喜ばしくもあり、そして末恐ろしくもある。

 

「願わくば、誰もが魔法と共に笑って過ごせる世界を……あなたが夢を見る世界に近づけているのでしょうか?」

 

レルネンはそうつぶやき、教師たちと共に巨大なドレイクの解体作業を手伝うのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ヘリヤ姉さん、危ないって……」

 

学園の屋上。本来は施錠されており、飛行魔法でも飛んで入れない結界が張られている場所。

そこにいるのは二人の生徒。挑発的な瞳と濃い深緑の長い髪を三つ編みでまとめた少女ヘリヤと

眼鏡をかけた理屈屋のような表情を崩さない少年ヴィダル。

 

ヴィダルとしてはこんな、ばれたら普通に罰則を言い渡される場所にはいたくないのだが……姉がよく上る。

姉のヘリヤは、自前の魔法で扉をこじ開けたうえで……更にあとから施錠を修復してまでしてはいるのだ。

厄介極まる。

 

そして今日は……件の騒ぎの後の様子をずっと屋上から見続けていた。

 

「あはっ」

 

そんなヘリヤが歓喜の声を上げた。

 

「どうしたの?」

「やっぱり。やっぱりやっぱり、やっぱり!

 すごいわ!いつも彼は……シュタアルは、想像だにしないことをやる。

 今でもそんなに大した魔力を持たないのに、どうしてかしら。あの日と変わらない」

 

まあ、姉ならそう言うだろう。一部始終をヴィダルも隣で見ていた。

ありえない事ばかりだ。竜と殴り合うのも、命がけで倒すのも。死ぬよりは大人を頼る工夫をしたほうが絶対に良い。

 

「ヴィダルは分かってないなぁ」

 

ヘリヤはそんなヴィダルの表情を呼んだのか、にやにやしながら声をかけてきた。

 

「何がさ」

「魔法は、絶対的な法則にのっとり最大限の効率を発揮する学問の一方で

 理屈ではないイメージで現実を覆す奇跡にも届くんだよ?」

「父さんも僕も、そういう無茶苦茶な感覚肌の話が苦手って言ってるでしょ?」

 

苦々しくそう答えると

 

「嘘つき。そういうのの典型なママと私の事大好きなくせに……」

と言って笑う。こうなると、ヴィダルには「うるさいな……」としか返せない。

 

「強大な戦力を持つ相手に、あらゆる手段を講じて、困難を覆す。

 一見、馬鹿気た行動。でも、シュタアルは夢想家であると同時に理論家よ。勝つために道を常に考えている。本当に無茶苦茶」

「で、どうなのさ? 久しぶりに見た姉さんのことを忘れた薄情なあいつは、お眼鏡にかなったの?」

 

ヴィダルの質問に目を見開いた後、ヘリヤは顎先に人差し指を立てながら「んー」と考え込む。

いや、実際は考え込むまでもなく、結論は出ているので彼女なりの可愛らしいポーズ……なのかもしれない。

 

「そうね、こう言えば満足かしら?」

 

そう言っていたずらっぽく笑う姉は、最近母によく似てきた。

蠱惑的な笑みを浮かべて告げた言葉は――

 

「7年前のあの日から、ずっと大好き――」

 

ある種の宣戦布告状だったと、後になれば思える言葉だった。

 

~ 学園と灰燼と白翼の戦乙女 03 to be continued ~




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