葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション


■ あらすじ

シュタルクとフェルンの長子シュタアル。彼がオイサーストの高等魔法学校へと進学直後に学園内で巻き起こった合成獣(キメラ)の下着盗難騒動。
そしてその裏で進められたドレイク討伐作戦。シュタアルとエイルは苦戦の末、これの討伐に成功する。

一方、その二人の戦いを学園の屋上で見ていた見ていた姉弟がいた。
挑発的な瞳で深緑の髪を揺らす少女は同行していた弟のヴィダルに告げる。

「すごいわ!いつも彼は……シュタアルは、想像だにしないことをやる。
 今でもそんなに大した魔力を持たないのに、どうしてかしら。あの日と変わらない」
「で、どうなのさ? 久しぶりに見た姉さんのことを忘れた薄情なあいつは、お眼鏡にかなったの?」

ヴィダルの質問に、ヘリヤは顎先に人差し指を立てながら「んー」と考え込み……

「そうね、こう言えば満足かしら?」

最近は母のユーベルにもよく似てきた彼女は蠱惑的な笑みを浮かべて答える。

「7年前のあの日から、ずっと大好き――」

シュタアルの訪れに沈黙を保ち続けた少女がついに動き出す。

■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に混ぜられてしまっている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。15歳。姉のヘリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋で、ちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。




学園と灰燼と白翼の戦乙女 04~The Academy, the Ashes, and the White-Winged Valkyrie~【第3部】

■待ち望んだ再来


 

北側諸国 帝国近領の村

 

帝国の国境沿いにあるのどかな村。

ここは帝国領地ではないものの魔導特務隊や帝国の兵士が強力な魔物を駆除している。そのため、比較的平和が保たれている。

そんな村に長らく帝国事情の監視と潜伏……を口実に居ついている魔法使いが二人。

 

「へえ……あの子。やっと来たんだ」

「協会の報告書からするとそうみたいだね」

 

一級魔法使いユーベルとラント。1級魔法使い試験をきっかけに出会った二人。

その後も、突き放すラントと付きまとうユーベルという構造でずっと二人でいた結果……

 

いつの間にか2児の親となり……いわゆる一般的世間体で言うと夫婦という体裁となっていた。

新婚感覚というのはもうずいぶん前に捨て去った言葉。今更とやかく言うことはない程度には二人でいるのが当たり前の関係。

 

そんな二人に2年ほど前、大きな変化が訪れた。

子供たちがオイサーストの学校へと編入した。これはかねてから長女のヘリヤが決めていたこと。

 

娘のヘリヤは……ラントからすると妻のユーベルの影響を多大というべきか、そのまんまというべきか。

愛おしくはあるのだが、とにかく、一言で筆舌しがたい少女へと成長した。

 

それには7年前、オイサーストで出会った少年と少女たちの悲劇と喪失が大きく関与している。

唯一、その事実を覚えているヘリヤは初めて親の前に号泣というべき禊を乗り越えた。

 

―― 『もっと強くなるの。強くなった私はもう二度とあんなヘマはしない』

 

それは、「失ったものを絶対に取り返す」という彼女の人生に揺るぎようのない覚悟と方向性を与えた。

それゆえに高等魔法学校へと飛び込んだ。そんな姉の進学で暴走しないように弟のヴィダルは中等部へ編入してくれた。

 

年頃の子供たちをこんな田舎に閉じ込めておくのもよろしくはないため、ある種の渡りに船だったが……

実際親元から離れてしまうとこうも心もとないものなのか……

 

余談だが、夜になるとユーベルに襲われる回数が無茶苦茶増えた。もう一人作る気かというぐらいに。

妻なりに母としてさみしさを紛らわしたい……のだろうと思っておくことにした。

……まあ、襲ってくるときの目つきはエサを前にした雌豹のそれを想起させるが、考えないでおく。

 

「ふーん。事情があるとはいえ、ずいぶんとうちの娘を待たせてくれたみたいだけど。いい男の子になってるかな?」

 

にやにやした目で見つめてくるユーベルに眼鏡の位置を直しながらラントは答える。

 

「さあね……彼の身辺事情を考えると、何の成長もなく育ったのならよほどに見どころのない凡骨だろうね」

「あら、厳しい。あなた……ラント君はそう言えば、あの子のことあんまり好きじゃないんだっけ?」

 

流石に今の関係性で「メガネ君」とは言わないユーベルが二人の時の呼び名は「ラント君」。

そういわれたラントは眉を寄せながら答える。

 

「嫌いなんて言ったことないでしょ」

 

そう言って目をそらすラントにユーベルは苦笑しながら「さみしがり」とぼやいた。

 

「うるさいな……」

「さて、私たちも準備しなくちゃ……」

「なんの?」

「オイサーストに行きましょ。子供たちの顔を見に。授業参観?

 あれぇ、ラント君は家で休む?

 娘と息子を放っておいて、旅立つ妻を放置して……父親という立ち位置にありながら?」

 

妙に挑発的な言い方をするときは大体何かを要求するとき。

 

「分かったよ、監視は分身体を置いておく」

「よかった。断ったら体のどの部位を持っていこうかと思った……」

「そんな些細なことで猟奇的なことやらないでほしいんだけど」

 

どうやらついてくることは明確に決まっていたようだが、わずかな安堵の色が見えた。

 

「さあ、いったい今頃どんな顔をして過ごしているかしらね――

 ウチの子たちと、お婿様候補君」

「そういう言い方止めてもらえる?」

「ヘリヤが他の選択肢を選ぶ可能性はどれぐらい?」

 

そう言われると、ラントにはつらい。あのヘリヤが7年もの期間にわたり執着した。

おそらく納得する結末を手に入れるか、何もかも破壊するか、どちらかしか思いつかない。

 

「私たちの娘よねー」

「僕そんな性格してるかな?」

「実は束縛欲強めの癖に……」

 

ユーベルの言葉に半眼となったラント。

それを尻目にからかうような笑顔でユーベルは立ち上がり準備を開始した。

 

■ドレイク討伐後のあれこれ


 

北側諸国 オイサースト近隣の森の深奥

 

「シュタアル。もういいぞ。交代の要員が来たからお前らは帰れ」

「分かりました」

 

そう声をかけたのはオイサーストの高等魔法学校の教官であるラヴィーネ。

そして返事をしたのは青紫で外ハネしたくせ毛と三白眼が特徴の青年のシュタアル。

彼はクレ地方で暮らすシュタルクとフェルンの長子で先日オイサーストに進学してきたばかりだ。

 

「この後はどうされるんですか?」

「後は局のメンバーで何とかする。ドレイクの解体自体は……シュタアルが何とかしちまったしな。まじで野生児かあいつは」

 

確認をとったのは、ブロンドの長い髪と白が基調のローブを着たエイル。

ゲナウとメトーデの長女でありオイサースト高等魔法学校で同学年の首席生徒。

 

この二人が一緒にいるのは学内で起きた合成獣(キメラ)の逃亡に伴う女生徒のちょっとした下着盗難騒動のせい。

合成獣の追跡からまさかの森の頂点生物であった獣型の竜のドレイクと遭遇し、激戦の末これを撃破したのだ。

 

シュタアルとエイルが討伐した雷竜のドレイク。どうやら希少な原種の竜だったらしく通常の魔物のように灰化せず、そのまま死骸が残ってしまった。

死霊の魔物による弊害が懸念され、放置もできず。解体して有効な素材は有効活用するしかないという運びとなった。

元々、竜種ゆえに希少素材だらけにはなるのだが……

 

ちなみに、撃破したシュタアルには、戦って……追いつめて……コアをエイルと一緒に撃ち抜いてからのその後の記憶がない。

気が付いたら協会の人たちが慌ただしく働いている最中、馬車の中で毛布にくるまれてるところで目覚めた。

起き上がったら、服の裾を握り込んだエイルがいてびっくりした。

 

あと、起き上がるときなんか柔らかいものを触っちゃった……気がする。

柔らかい感触と共に「うぅん……」という、妙に艶めかしい声が聞こえて目が覚めた。

 

その瞬間、首筋に激痛が走り「あうぁ!」と叫んだところでエイルも起きたらしい。

目を覚ました瞬間、目前にシュタアルを見つけたエイルは驚いて毛布の中に隠れてしまった。

 

首筋の激痛はシュタアルの故郷のクレ地方で彼の卒業を待つ、姉弟子で家族以上恋人未満(?)のルーエが残した咬み痕のマーキング。

神代の竜の呪いを持つ彼女はちょっとした本能の暴走で彼に相互所持契約の印を残してしまった。

これが……シュタアルの下心に反応して痛み出すのだ。

 

「いたたたたたたた、姉さん違う違う違う!」

「……どうしたのシュタアル?」

 

口だけ隠した状態で顔の半分だけ出したエイルが問いかけてくる。

若干、今の状況を思い出したらしい。

 

「何でもない……気にしないでいいよ」

「そう? 前にも聞いたけど首筋に……妙な魔力が――」

「いや、本当に何も気にしなくてもいいから!」

 

「よぉ、起きたかお前ら」

 

そんなやり取りをしていると、顔をのぞかせたラヴィーネによって現在の状況が説明されたのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

戦闘と、解体作業の手伝いでべちょべちょに汚れたシュタアルと……わずかながら汚れのついたエイル。

 

流石に血の匂いはまずかろうとカンネの水を操る魔法(リームシュトローア) で水洗いと乾燥をしてもらった。

なお、シュタアルの母フェルンの使うお洗濯の魔法、あれは伝説の魔法(?)らしくそうそう簡単に利用できるものではないが……

二人とも性能の高い装備だったため、水洗いで済んだ。

 

「カンネ先生、すごい。水の魔法で乾燥まで出来るんだ」

「すごいでしょー。水の操作ってのは、ここまで出来て一流ってやつだよ」

 

そう言っていると、隣でエイルは「なるほど……」と言いながら、服の裾などを確認していた。

曲芸に近い魔法に相応に驚いているようだ。

 

「じゃあ、馬車のほうまで来てね。もう遅いし、協会側で二人を送る準備しているから」

「分かりました」

 

じゃあ、行こうぜと言おうとしたシュタアルだったがエイルの顔を見てふと気づいた。

 

「エイルの髪がまだちょっと濡れている」

「え、あ、そう……かな?」

 

エイルの母のメトーデ譲りである美しいブロンドの長い髪。彼女の髪はかなりボリュームがある。

服は乾いていたのだが、どうやら髪の水分が飛びきっていなかったようだ。

 

「カンネ先生の魔法……水分を飛ばすのは、思ったより繊細なイメージでやってるのかもですね……」

 

彼女が濡れた髪の水気を手で払おうとしていたので、シュタアルは軽く制止する。

 

「ちょっと待って。確かハンカチは入れていたと……あった、はい」

 

そうしてシュタアルが手渡したのは……黒のレースのついた布地。

折りたたんだそれはハンカチというには妙な形状をしていた。

 

「え……?」

「あれ……こんなの持ってたっけ……?」

 

生地の両端を持ちペロンと広げる。

それはいわゆる二等辺三角形……というにはなかなかカーブのラインの急な……黒のシルクレース生地。

 

「パン……ツ……? まって、エイル違う! そうじゃない!違うんだ」

 

確かに、合成獣(キメラ) による下着騒動はあった。けれどシュタアルは決してそんなものに加担はしていない。

何なら奪い返したぐらいだ! そんなことは、目の前にいるエイルがきっとわかってくれている。

ドレイクとの戦闘で友人になれて、和解したし、信頼してくれたし……こうしてさっきまで親しく話してくれて――

 

と、いろいろ「大丈夫だよね」と考えを巡らせたシュタアルだったが……

 

森の奥で響いたのは ―― 乾いた平手打ちの音だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

オイサースト 協会員用 個人用宿舎

 

そこそこ日も暮れて、学園も閉鎖の時間となったため、帰宅していたヘリヤとヴィダルの姉弟。

 

「ふふっ」

「どうしたの?」

 

夕食の準備中、突然笑みを落とした姉のヘリヤに弟のヴィダルは問いかける。

 

「んー。直感だけど。ちょっと面白いことがあったかなって」

「なんの話?」

「シュタアルのポケットに詰め込んだ私の下着の話」

 

姉の意味不明な発言にヴィダルは眉を寄せる。

顔はまさに「何言ってんのこの人」という表情を落とした。

 

「分からないならいいよ」

「姉さん。あの件、いまだに僕には意味不明なんだけど。本当にいいの?」

「いいの。多分面白いことになってるし、これからのちょっとした楔代わりにはなるかな。

 シュタアルがその気なら、私は何に使ってくれてもいいけど」

「なんに使うんだよ……」

 

うれしそうに説明する姉にうんざりした調子で答えるヴィダル。

姉の意味不明な奇行はこの後起こる騒動のきっかけでしかなかったとこの時は知る由もなかった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その夜。

ようやく用意されたというシュタアルの男子学生寮の部屋。

身近な家族もいない場所で一人部屋の主となったシュタアルはというと……

 

「あぐぁぁぁ……」

 

部屋で両膝と両肘をついた状態でうなだれていた。

 

「持って帰ってきちゃったぁぁぁ……。これ、誰のぉぉ?」

 

件の黒のレースの入ったきわどい下着。持ち主がわからない。持って帰るのが正解だとは到底思えない。

それは分かってる。とは言え……

 

「森にパンツをポイ捨てなんてできないじゃん……、どうすればよかったの、父さん!?」

 

窓から覗く星空には父シュタルクが「わかんない、頑張れ」と言いたげにサムズアップする姿が見える。

 

「くぅぅぅぅ」

 

ぴらっと広げると……こう、隠れる部分が少ない。

せっかく友達になれたと思ったエイルにはひっぱたかれてしまった。

やっぱり、こう……えっちなんだろう。えっちなことをしてしまったのだろう、と反省しつつも……

 

「うっすらと魔力を感じる……よくよく解析すれば持ち主が分かるのか……いや、阿呆か、調べてどうする!」

 

『これ、拾ったんだ。君のだろう?』と言って返すのか。無理に決まってるだろ!

なんか気持ち的には廃棄もできない。でも自分のクローゼットに入れるのもなんかおかしい。

 

「仕方ない……」

 

とりあえず、貴重品入れ用に用意していた鍵付きの小箱を開けたシュタアル。

 

「ごめんな……

 いつか、持ち主をみつけてやるからな……」

 

致し方なく、丁寧に折りたたみ、持ち主の分からない黒のレースの下着を小箱に入れて鍵をかける。

 

「……つかれた。もうだめ……」

 

それにしても、初日にいろいろありすぎた。

果たして、この件は母にどう報告が飛んでしまうのか、それを聞いた姉弟子は何と思うのか。

そして、都会の学園生活というものは何と騒がしいのか。クレ地方の町は何と平和だったろう……

 

そんなことを思いながらベッドに前向きに倒れこむ。

 

「荷物整理とかは……あした……早起きして頑張る……」

 

そうぼやきながらもシュタアルの意識は深い眠りへといざなわれ行くのだった。

 

■ようやく始まる日常


 

休日を挟んだ翌週の第1日目。

どたばたの経緯での編入となったシュタアルはようやく同級生への紹介の場を持つことになった。

 

「あー、お前らに紹介……こらこら、女生徒は睨むな。あれは冤罪だって。

 クレ地方から編入してきた生徒だ。ほれ、シュタアル」

 

オイサースト魔法高等学校は専攻別でクラスが分かれている。

総合魔法、錬金、魔導工学、精神、強化、女神の魔法、etc……期ごとに選択し、掛け持ちや変更もできるし専属でもよい。

なので人の入れ替わりはちょくちょくあるが、たいていの人間は総合魔法に所属する。今回、シュタアルもそうだ。

 

そんなクラスで紹介を促されたシュタアルは頭を掻きつつ

 

「えっと、クレ地方から来た。シュタアルです……その、よろしくお願いします」

 

いろいろ思案の末、無難なあいさつで済ますことになった。本当はもっとインパクトのあるあいさつかましてやれと言われてたのだが。

一昨日、インパクトのありすぎる晒し上げに遭っている。もう下手なキャラクターの上塗りはできない。

 

シュタアルは現在『女生徒の下着泥棒の騒動で宙吊りに遭った生徒』なのだ。

なお、ドレイク騒動に関してだが、一般生徒には公開されていない。

逃げた合成獣(キメラ)をエイルと”討伐した”という話になっている。

だから冤罪だ……という話なのだが、なんだか大半の女生徒には嫌われている。どうして……

 

教壇から見上げるとエイルの姿が目に映った。

愛想笑いしつつ手を振ると、ビクンと跳ね上がってからプイっとそっぽを向かれた。

隣にいる友人と思わしき人物が「エイルちゃんどうしたの?顔赤いよ?」などと言っている。

 

どうにも、昨日の下着のことが尾を引いているのだろうか……?

 

それともう一つ、シュタアルとしては気になる視線が一つ。

何やら、瞬間的に殺気のような、好奇心のような変わった気配を飛ばしてくる人物。

深緑の髪の女性……初日、事務棟の道を教えてくれた娘だった。

肘をついて顎を手に乗せつつ、嬉しそうにこちらを見ている。

 

「あの娘、本当になんなんだろ?」

 

視線を背けると、彼女が殺気のような気配を飛ばしてきて、反射的に視線を向けると止められる。

どことなく遊ばれている感じがする。

 

「あー、まだいろいろ分からんこともあるだろうから……エイルの隣の席にして。エイル、いいか?」

「……はい」

 

間を開けないで。言い詰まるとなんか意味が出ちゃう。

いや、何もないのはウソなんだけど、違うんだ!とシュタアルは訴えたい。

 

それを見た一部の女生徒は「あいつやっぱエイルさんに何かしたんだ」という反応を見せる。

案外否定しにくいシュタアルはシュンとするしかない。しぶしぶ階段を上がり、エイルの隣の席に座った。

 

「あの……この前はその。ごめん。そういうつもりじゃなかったんだ」

 

相変わらずこっちを見てくれないエイルだったが、彼女から小さな紙屑が投げられてきたことに気づいた。

 

『その件は後で話す』とだけ書いてある。どうやら完全に怒っているわけではないらしい。

シュタアルは胸をなでおろして席に座った。

 

ファーストインプレッションは最悪。唯一、友達になってくれたと思ったエイルもこの調子。

途方に暮れた折、前方の生徒が振り向いて声をかけてきた。

 

「よぉー。お前が女生徒の下着に手を出した噂の編入生か」

 

嫌味ではなく単純に興味本位で聞いている様子の男子生徒。

 

「違うって!あれは合成獣(キメラ)が起こした事故で、俺じゃないから!」

 

甘んじて同意はできないので、一応小声で返すと彼はにっこり笑った。

 

「ああ、悪い悪い。男子の間じゃ変態という名の英雄が現れたってまあまあ話題だったんだ。俺はヴィッツ。よろしくな!」

 

どんな英雄だよ……眉を寄せるが、話せる人物は多いに越したことはない。

「シュタアルだ。よろしく」と答えると「さっき自己紹介してたじゃねーか」とヴィッツは苦笑した。

 

「ついでに、こいつはライゼだ。大人しいけどいいやつだぜ」

 

ヴィッツは隣にいた男子生徒のライゼの首に手を回して紹介してくる。

 

「うわ、え、僕? あの……よろしく」

「あー、よろしく。シュタアルだ」

「ははは……有名人になっちゃったね。でもまあ、人の噂も七十五日っていうし

 普通にしていれば、そのうち収まると思うよ」

 

そうだよね、ちょっと勘違いされるようなことをしないでおとなしく学んでいれば……きっと大丈夫。

そう思いながら、ライゼに「ありがとう、そうするよ」と返したあたりで。

「そこ、うるせーぞ!休み時間にやれ!」とラヴィーネから怒られた。

 

―― 中庭の騒動の後で女生徒からの印象は最悪だが……男子からの印象はそこまで変なことになっていない……のかもしれない。

 

珍獣扱いされているかもしれないが、嫌われて無視されるよりはよさそうだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

午前の講義終了の鐘が鳴った。これは地方の学舎とそう変わらないようだった。

 

「――時間か。というわけで、午前の講義はここまでだ。よく復習しておけよー」

 

と、テキストを畳んで部屋から出ていくラヴィーネ。それを見送った生徒たちは伸びをする者や、お弁当を取り出す者など様々だ。

ちなみに隣のエイルは小声で「おべ……おべん……とう……作り……過ぎた……って言うだけ――」という感じの独り言をぼやいていた。

 

(なんか、考え込んでるな……)

 

後で話はあるとは言っていたが、そっとしておこうと席を立つと正面のヴィッツが声をかけてくる。

 

「シュタアル。まだ来たばかりでよくわかんねぇだろ。一緒に食堂行こうぜ!」

「え、いいの?」

 

昼食をどうしようか考えてあぐねていたところ、渡りに船だ。

 

「おーし、行こうぜ!!ちょっと聞きたいこともあるんだわー。よっしゃライゼ!行くぞ!」

「ちょ、勝手に決めないでよ!僕はお弁当が……まあ、食堂で食べるか。ごめんねシュタアル君。ああいう性格だから迷惑だったら言ってね」

「いいや、助かるよ。なんせこっちの友達少ないから」

 

一応ゼロではない……と思っていいよね?と、背後のエイルをちらっと見た。

なんかまだ、手元の巾着袋を膝の上に載せてかなり真剣に思案している。

祈るように両手を握り、重大な考え事のようだ。

 

「あんまり、持ち合わせないから。安いおすすめメニューを教えてくれると嬉しいかな」

 

差し出された厚意を無下にする理由を持ち合わせていない。席を立ったシュタアルは二人に続いた。

 

「……」

 

その背後で静かに立ち上がった深緑色の髪の少女の存在を若干気にしつつ――

 

■あなたはやっぱり常軌を逸してる


 

「お、やっぱり今期もやるんだなー」

 

食堂の道の途中、ヴィッツがつぶやいたのは学生用の掲示板を見た時のこと。

何だろうと、シュタアルが確認したそこに張り出されていたのは――

 

「学年別ペアを組みたい生徒投票? なにこれ?」

「今後の実技によっては他の生徒とペアを組んだり、チームを組んだりすることがあるんだよ。

 同専攻の中からランダムだけど、そういう時に誰と組みたい人が多いのかな?という生徒主導の調査アンケート」

 

と、説明してくれたのはライゼ。

 

「へえ、そんな――」

「―― っていう建前の生徒人気投票イベントだよな。なんせ、男子生徒向けには女生徒、女生徒向けには男子生徒が投票するから」

 

そうなんだ、と答える前にかぶせてきたのはヴィッツ。

その解答にシュタアルは半眼になる。

 

「何それ……」

「まあ、年頃の男女が集まる場なんだから気になるじゃん。

 学校側も微妙な顔はするんだけど……一応放任はしてくれてる」

 

どうやら、そういう俗っぽいのはどこでも変わらないらしい。

流石に人気投票まではしていなかったが……。何にしろ、そこまで学舎で女の子の友達が多いわけではないので縁がなかった。

一つ下の妹曰く「誰に相手にされなくても私がいます。兄様の学舎生活にこれ以上の華が必要ですか?」だそうだ。

いくら血を分けた兄妹でも、もうちょっと傷つかない言い方を心掛けてほしい。

結果論的に、ルーエとの関係性を加味するとそれ自体は正解だったと……思っている、はず……決して後悔なんてない。

 

「まあ、気にすんな!こういうのは8割の生徒がゼロ票だ!

 1割の人気男子生徒が票をかっさらい、1割の生徒が1~2票をもらって、残りはゼロ。これが社会の悲しい縮図!

 欲しいよなぁ……1票」

「また、そういうことを言う」

 

シュタアルの肩をたたき、しみじみと語るヴィッツと、彼の言葉に呆れるライゼ。

そして、そんな言葉に疑問を持ったシュタアル。

 

「なんで欲しいのは1票だけなのさ?」

「なんでって、お前……頂点1割はガチな連中だ。顔もいい、実力もある、家柄もいいやつもいる。

 そういうやつを差し置いて入れる一票だ。少数票にはミーハーにはない意味がある!」

 

力説するヴィッツを尻目にシュタアルは問いかけるようにライゼに目を向ける。

ライゼはやれやれというポーズをとって首を振った。

 

「あ~、一番人気のあるやつってどんな?」

 

いまいち、実感がなく、盛り上がる話題も提供できそうにないのでシュタアルは当たり障りのないことを聞いてみた。

 

「ん~、多分あいつじゃないかな? 聖都シュトラールから交換学生で来た……聖騎士見習いのアーデル。ほれ、あそこ」

 

そういって、ヴィッツがさした指の先、中庭の椅子に座り、本を開いている金髪の男子生徒が見えた。

木漏れ日のさす中庭で背筋を伸ばし、お昼のサンドイッチを食べながら本を読む姿は……なるほど、絵になるのであろう。

 

「聖騎士って……女神の魔法と騎士職を兼任している?」

「あー、そうそう。僧侶より戦闘職でもあるから、こっちには実践的な魔法がどういうものかを学びに来ているってことだぜ?」

「そうなんだ……、あ、誰か声掛けに行った」

 

そんな彼に、数名の女生徒が声をかけている。おそらく昼食を一緒にしないかということだ。

お弁当と、屋外用のシートを持ってきているので昼食の輪に入れようというのだろう。

 

「まあ……聖人君子様だから、ああいうの受けないところがまたな……」

 

その様子をちょっと腹立たしいものを見るかのようにヴィッツのコメント通り。彼はそれを断ったようだ。

 

「女神の魔法が使える近接職ねぇ……」

 

シュタアルも心得がないわけでもない。がこうも扱いが違うと泣けてくる。

現在蛇蝎のごとく変態扱いされているので自分も基本的にゼロ票だろうとため息をついた。

 

「まー、気にすんなって!!」

 

バシバシと背中をたたくヴィッツに「わかったわかった」と返しつつ……

 

「―― ヴィッツ、ライゼ。先に行っててくれるか?ちょっと、トイレに行ってから駆け付けるよ」

「ん、わかった。絶対に、絶対に手を洗って来いよ!」

「なんで洗ってこない前提なのさ……ごめんね、シュタアル君。先に行って席取ってるよ」

 

二人を見送ったシュタアルは「さてと」とつぶやき、トイレのある方向の曲がり角を曲がり、少し進んでその場で立ち止まった。

 

(どうにも……ものすごい巧妙に気配を消しているな)

 

まずは迎え撃つつもりでシュタアルも気配を消した。

 

相手はおそらく、魔力はほぼ完全に消している。魔法使いではわからないだろう。

そのうえで、隠密術としても大したものだと思う。

だが、こちらに対する妙な意識というか……得も言われぬ、シュタアルに対する執着のようなものの向け方が尋常ではない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

10歳の少女の受けた原始体験は甘く、切なく、そして極めて苦い味だった。

それが今なお自身の心を燃やし、駆動させ続ける。

 

生まれてはじめて、自身の想像の範疇から逸脱する、自分の手で手に入れたいと思う存在と出会い――

抗うこともできない暴力により、完膚なきまでに破壊されそうになり――

今まで、つまらないモノだと侮っていた存在に救われ、自身は見ていることしか出来なかった――

 

あれから何度も自問自答した。

『どうすればよかったのか?』『自分に救うことができたのか?』『己の打てる最善の1手は?』

きっと、ああなればもう自分ではどうにもできないだろうというのはすぐに結論を出した。

自身の魔法の深層に或る者は到底他者の救済に向くものではない。女神の魔法も使えない。

そうであるならば――

 

―― 大切なものを破壊する存在を、自身の手で灰燼と帰す。それが最善手。

 

己のこの身は、こじ開けた先の心理に触れ、突破する存在。

盾など持たぬ、鉾である存在。そう結論付けて磨き続けた。

 

その理由が――7年の時間を経て、今目の前にいる――

焦がれ続けた日々はようやく終わる。午前の講義。

隔離した思考で内容を淡々とノートに模写しながらずっと彼の背中を見ていた。

 

―― 先日のファーストコンタクト。やはり、あの時のことを覚えていなかった。

―― 森に出たというドレイクとの戦い。彼は変わらず無謀だった。

―― エイルとの共闘の末の撃破。何も思わないといえばうそになる。だが、ヘリヤの期待を彼は飛び越えた。

 

昼休み、こうして魔力を消し、気配を断ちながら追跡する今でも心は踊る。

彼は気づいている。なんでもない会話をしながら、魔法使いの中では定義できない気配を感じ取っている。

 

「……素敵だわ」

 

思わず声に出したヘリヤは、たった今まかり角を曲がったシュタアルの後をゆっくりとした足取りで追う。

きっと曲がった先で待っている。ヘリヤを誘い込み、鉢合わせるのだろう。

彼も魔力を殺したようだ。気配が一気に薄くなる。でも無駄だ。空間には隠しようもない彼の匂いのようなものが漂っている。

そういうのが分かってしまう。さて、どうしてくれようか?

飛びついて抱き着くのが良いか、母から学んだ大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)をぶっ放すか……

 

―― 反応がとても楽しみだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「いない?」

 

隠れる場所の無い曲がり角の先の廊下。

杖を出しながら回り込んだ角の先。

 

おそらく待ち構えているだろうと思ったシュタアルは影も形もない。

魔力も気配も感じさせない。だが、匂いはする。確実にいる。ヘリヤの本能はそう訴えている。

 

では何処へ?

 

「動かないで。さっきから追跡しているのは……お前だな」

 

背中にとがったものが当てられる。これは――いわゆる背後をとられたということだ。

なんという事だろう。あまりに興奮していたせいか、何が起きたか感知できなかった。

 

そして、この状況で背後をとってきた。杖を格納し、両手を上げたヘリヤはシュタアルに答える。

 

「どうやったの? 分からなかった」

「……天井に張り付いていただけだよ」

 

ちょっとむすっとした表情で答えたのが分かる。まあ、後をつけられていたのだから当然か。

 

「やっぱり、素敵……」

「何?」

「シュタアル、あなたは常軌を逸している」

 

自分でもわかる。口角が上がる。表情に出して笑ってしまう。

これが歓喜というべき感情だろう。

 

「何を……?」

「魔法使いは普通そんなことしないわ。多分だけど、戦士でもしない。

 あなたはおかしいわ。本当に素敵……」

 

これで、もし彼が撃つならそれもまた良し。

動いていいとも指示されないままにヘリヤは手を下ろしてシュタアルのほうへと向き直った。

 

■私はあなたを知っている


 

振り返ったヘリヤが見たもの。それは背中に突き付けていたと思われる『ペン』だ。

学園内で支給されている筆記具だ。さらに言えば、突き付けていたのは持ち手側で、尖ったペン先は彼の手の中にあった。

 

ヘリヤは感極まり抱きしめそうになる衝動を感じたが、ギリギリの一線で堪えた。

 

「危なそうな凶器ね」

 

平静を保ちながらそう言うと、シュタアルは納得できなさそうに答える。

 

「学校内では一応、武器を出すと罰則があるでしょ……君はさっき杖を出してたけど」

「本気になったらペン先の一本でも刺突武器にするくせに……」

 

そう言って目を見るとシュタアルは視線をそらした。

 

「……そんな物騒なことはしないよ?」

 

―― 嘘つき。できるくせに。おそらく彼はやる。本当に危うい状況ならやる。そういう訓練すら受けている。目がそう語っている。

 

でも、ごまかしきれないウソも、彼らしいともヘリヤは思う。

 

「大体、本気になったらって……こないだ事務棟の場所を教えてくれた時ぐらいだよね。俺たちが会話したのはそれだけだ」

「覚えててくれたんだ」

 

下から覗き込むように上目遣いで聞いてみると、慌ててシュタアルは二歩ほど下がる。

こういう攻められ方に免疫が薄いことも昔と変わらない。

 

もちろん、シュタアルの印象に残るであろうポイントをいくつか残しておいたのは意図的だ。

戦闘に身を置く者は、たいてい身の危険を感じた前後のことを強烈な印象として残す。これはもう生存本能によるものだ。

一種のトラウマ。思い出のような記憶としてではなく、本能に覚えさせればよい。

待ち続けたのだ、彼女への譲歩も義理立ても果たした。ここからは最大火力で焼き尽くし続ける。

 

たとえ、シュタアルの気持ちがどこにあろうと構わない。

 

「まずは、お友達にならない?」

「はい?」

 

シュタアルからすると、ちょいちょい殺気を投げつけてきて、杖を持って突然尾行をしてきた妙な女。

突然のお友達宣言に混乱気味の反応を見せる。

 

「えっと……いいけど……なんで?いや、いいのか?」

「いいじゃない? 私たち、とっても気が合うと思うけど……?」

 

シュタアルはたじろぎ、また一歩下がる。それと同時にヘリヤは二歩前に出てくる。

 

「俺、なんか、女生徒からは変態扱いだから近寄らないほうがいいって……」

「冤罪でしょ? 私には関係ないわ」

「いや、女の子同士の友人関係でややこしいことにならない?」

 

シュタアルはまるで猛禽類に狙われたことを察知し、逃げる穴を探すウサギのよう。

 

「今、この数分のやり取りで、シュタアルから見て……

 私が、ああいう手ぬるいお嬢様がたと一緒にいるタイプに見える?」

「見え……ません……」

 

ヘリヤはよくできました、とばかりに笑顔を見せる。

 

「それに――」

 

そんな彼女は薄く目を開き、畳みかける。

 

「合成獣を追った先のこと――あなたの成したことは、学園の生徒の域を超えている」

「何を……」

「一級魔法使いが片付けるような仕事だわ……」

「言って……」

 

シュタアルが焦っているのが分かる。今この瞬間の独占に支配欲が満たされ、高揚を感じる。

 

「――犠牲も出さずに特異個体のドレイクを討つなんて」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

まだ自己紹介もしていない目の前の女生徒。彼女がうっすらと目を開いた瞬間に感じたのは攻撃の合図にも似た感覚だった。

 

―― 攻撃され、捕縛され、捕らわれる

 

シュタアルの中にある逃走本能がそう訴えている。ここから逃げるべきだ……と。

 

母のフェルン、大師父のフリーレン、姉弟子のルーエ、生存技術の師であるライニなど、様々な女性陣から言われてきたこと。

『男児たるもの誠実なる紳士たれ』という教え。

 

そして父シュタルクからこっそり伝えられた『生き残りたいなら女の子に逆らわないこと』という口伝。

様々なことを加味すると、今の状況ではシュタアルからは決して手が出せない。何せ彼女は攻撃自体はしてこないのだ。

 

どうにもならない膠着状態に思わずレーヴァテインを顕現させ、一歩引いて構えていた。

 

「あー、ごめんね。そんなに追いつめる気はなかったんだけど……」

 

そう言いながらカツカツと詰め寄ってくる彼女は左手を差し出してくる。

 

「ねえ、友達になろうよ。そうだ、私だけ一方的に知っててはフェアじゃないよね。

 これからゆっくりと分かり合おう。学園生活だってまだ2年ある」

 

先の教室で名前は知ってるのであろうが、そういうレベルの言葉じゃない。

 

――『あなた、おかしいわ。常軌を逸している』

――『昨日、私から言いそびれちゃった。ねえ、お友達になろうよ。私はヘリヤ』

――『だから今度死合おうね――』

 

その瞬間、シュタアルの脳裏にフラッシュバックして何かを思い出しそうになるが……

それは記憶を素通りして何も残らない。ただ、昔、目の前の少女と何か会話したことがある気がする。

 

「私の名前はヘリヤ。”改めて” よろしくね。

 あなたが私を知らなくても。私はあなたを知っている。ずっと。

 だからこれからは、シュタアルに私を知ってもらう番」

 

気圧されていると、彼女が指を鳴らすしぐさに一瞬反応が遅れる。

 

―― しまった。自己紹介にもイメージを乗せた……これは―― 魔法だ……

 

「正解。ちょっとした魅了の魔法(チャーム)と、人払いの結界」

 

シュタアルの考えを見越したように笑顔で結界を展開したヘリヤ。

目の前の少女の笑顔から目が離せない。一方で意識が保てているのはルーエ姉さんの咬み痕が現在進行形でガジガジと痛みをにじませているから。

 

「こうされると、さすがに即応できないでしょ」

 

肉食動物のようなしなやかさで距離を詰めてくる彼女。変な空間と魅了の効果で動きづらい。

 

「私が思うに、シュタアルの常人離れした精神力は過酷な状況ほどに、異常な耐久性と弾力を見せるけど……

 心には致命的な隙もある。そういうところ、人間らしくて好きよ」

 

―― ダメだ、避けられない!

 

握っていたペンを落としたシュタアルを包んだのは女の子特有の柔らかな感触と甘い香りだった――

 

■戦乙女と戦乙女の狂騒曲


 

ドレイク騒動のあった翌日。エイルは10歳の誕生日にゲナウが買ってくれた大きなぬいぐるみを抱いて……悩んでいた。

まあ、どう考えても命の恩人に等しい人物が、どんなことをやろうとも平手打ちはまずい。

確かに、ハンカチとして際どい黒レースの下着を出してきたのはアウトだ。自分のリボン付き猫ちゃん下着と対比しても……まあアウトだ。

 

アウトと言ったらアウトだ。

 

だが、命の恩人に平手打ちはおかしい。自分でもわかってる。

どれほど相手が失礼であろうとも、えっちであろうとも、甘んじて許すべきことはあるかもしれない。

 

そんな話を母のメトーデに相談したところ、とても嬉しそうに語ってくれた。

 

『許したいなら、相手の事を知りなさい。許してほしければ、自分の事を知ってもらいなさい』

 

そんな言葉だった。曖昧で不確かなアドバイス。 だが、あの難物な父ゲナウとメトーデが子を成すに至る過程でメトーデが至った結論だ。

学ぶべきことはあるだろう。

 

その結果は目の前のサンドイッチが多めに入ったランチボックスと、それを包む巾着袋。

 

考えてみてほしい。自分はシュタアルと友人という契約を交わしたのだ。

つまりそれは作りすぎたお弁当を分け合うのに問題ない関係性といえる。そう、ちょっと作り過ぎただけだ。

 

例えば、ちょっと彼の手が汚れていたので自分が手渡しで食べさせても問題ない。

口元にマスタードが付いていたところで自分が口元をハンカチで拭いても問題ない。

ついでに好きな食材や嫌いな食材の話をしても問題ない。

さらに次の機会について聞いてもいいだろう。

 

なぜなら”友人”なのだから!

 

そんなことを自分に言い聞かせたあたりでエイルが覚悟を込めて顔を上げた段階で……

 

シュタアルは教室にいなかった。そして……

 

「いつも、教室にいるヘリヤがいない……」

 

彼女は自分でお弁当を作ってくる。悔しいことに料理がそれなりに上手いのだ。

一人で食べているシーンをよく見かけるので違和感がある。

 

シュタアルがいない。ヘリヤもいない。本来関係のない事象。

だが、エイルの中にある何かは真っ赤な警告を鳴らしていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

布越しにもわかるヘリヤの胸元の柔らかさ。そして女の子特有の甘い香り。

匂いが甘く感じるというのは、何かの相性が良いらしいとフリーレンが言っていた。

そんなこと言われてもルーエ姉さんもエイルもヘリヤも甘いにおいがするのでサンプリングがおかしいのか俗説がおかしいのか。

 

何故そんなどうでもいいことを考えてしまうのかというと……

 

「あんなに抵抗したのにどうしたの?ずいぶん大人しい」

「……」

 

頭から掴まれて抱き寄せられたから、顔は柔らかい何かに挟まれている。

サイズや柔らかさは圧倒的に姉弟子に軍配が上がる。だがそういうのは理屈じゃない。

悲しいかな、男は理屈関係なく駄目になっちゃう……本当にダメになりそうと思うと――咬み痕が――痛い痛い痛い姉さんごめん!

 

「シュタアル。やっぱりこういうの弱いんだね。

 案外悪くないかも。このまま、抱き枕に持って帰ろうかしら?」

 

抗えなくはない……かもしれない。かつての姉弟子の竜の力でホールドされているわけではない。

同年代の女の子の力だ。これは”本来であれば”力づくで振りほどけなくもない。

 

だが、待ってほしい。今は魅了の魔法(チャーム)で身動きがちょっとだけ取りづらい。

ものすごく、ルーエ姉さんの咬み痕が痛いが……ああ、残念だ、魔法の効果がなかったら振りほどけたのに……

 

―― いや待て、おかしい。こんなの良くない。

 

シュタアルはそこまで考えて、途中で自分の思考がおかしくなっていることに気づく。

どんどん甘い方向に考えが寄っていく。シュタアルでは全く抗えない。

 

……という状態で固まること数分。

瞬間的に感じる不思議な悪寒。それと同時に、空間は……

 

―― ドンッ ――

 

という音が鳴り響いた。

それを聞いたヘリヤは動じることなく胸元でへにゃッとしているシュタアルを撫でながらつぶやく。

 

「あれ、もう気づかれちゃった。さすが優等生……案外早かったな」

 

その言葉と共に、ヘリヤの展開していた人払いの結界にヒビが入り、はらはらと崩れ落ちる……

その向こう側には長く輝くブロンドの髪が揺れているのが見えた。

 

「ようこそ、優等生さん――」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

数分ほど時間は遡る。

 

おそらく、昼時なので学食の方向へ向かった可能性が高い。

シュタアルのテーブルに残る魔力の痕跡をトレースし、方向を確認したエイルは教室を出た。

 

教室棟から食堂のある施設棟につながる通路。ここには掲示板があり、学生主催のイベントなどの告知が張ってある。

研究の支援や魔力の提供、研究生物の捕獲や薬草の採取などなど。

 

「やっぱり、やるんですね……」

 

そして目についた、俗っぽいイベント「パートナー投票」という名の人気投票。

当人はばかばかしいとスルーしていても、生徒の中で盛り上がりやすいイベント。

エントリーしている訳でもないのにエイルは立場上、女性側では非常に票を集めやすい。

 

「パートナー……」

 

ふと、先日の戦いに思いを馳せてしまう。

 

――『――俺、まだ誰も知り合いがいないからさ。友達になってくれないかな?』

 

そう声をかけてくれた末の共闘は恐ろしかったけど、それでも魂は震えていた。高揚していたと思う。

最終的に自身が成しえないことに届いて今五体満足でいる。これがそういうものなのか……

 

「投票の期限はまだ先か……」

 

というあたりで、はっと我に返りぶんぶんと首を振って先に進む。

そんな最中、曲がり角の先。違和感を覚えた。

 

何もないはずの空間。だが……人の気配と魔力を感じる。そこにカラカラと転がる一本のペン。

学園支給のもの。持ち主の魔力を感じる。これは……覚えがある。

 

「シュタアルの魔力だ……それとかすかにこれは――」

 

うっすらと持ち手の先に感じる気配。そして今の状況。

 

「ヘリヤぁ……」

 

そんなに日々会話する訳でもない。だがなぜわかってしまう。

悪い人間ではない、だが、彼女はそういう人種だ。

 

――『……そうそう。そういうの出してよ。じゃないとろくに会話もできないじゃない』

 

純粋に自分の欲望にまっすぐで、一切のウソがない。

極端な色ゆえのある種の純真 ―― だから彼女は油断ならぬぐらいに強い。

 

――『何が気に入らないの?言ってよ』

 

本当に相いれない。気に入らない。きっとあっちもそう想っている。

想い合っている。そういう両想い。想いをぶつけ合う事でしかわかり合えない。

 

「あなたの、そういう所……本当に……大嫌い!!」

 

そんな、彼女の強さにあこがれてしまう自分も。

あの日から何度試しても出なかった白い羽が一枚、舞い上がった――

 

■ヴァルハラ前の戦乙女達


 

「なあ……」

「なに?」

「シュタアル遅くね?」

 

食堂で席をとった。ヴィッツとライゼ。

流石に何もせずに席だけ占有はできないので一応先に注文を取って待っているのだが。

 

「チキン冷めちゃうぜ……」

「さすがに食べようか。何かあったのかもしれない。帰りに様子を見に行こう」

 

そう言って二人はしぶしぶ昼食をとることにした。まあ、午後の講義もあるわけなので仕方ない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

魔力をぶつけられて人払いの結界に空いた穴。

そこから入ってくるエイル。

 

「あははは……やっと。そろった。本当に長かった。また、始めましょう。私たちの物語を」

「何を言っているの……シュタアルに魅了の魔法をかけているのね。放してあげて!」

 

いい子いい子スタイルでヘリヤに抱きしめられているシュタアルは完全に脱力している。

自身の胸元に顔をうずめるシュタアルを見たヘリヤはフフフと笑いだす。

 

「シュタアルが放して、って言ったら解放してあげてもいいかな」

「ヘリヤ!」

「うらやましい? その巾着袋、お弁当よね?二人分ぐらいありそうな」

「そんな……ことは……!!」

 

するとヘリヤは目を細めてエイルを見る。

 

「私は……貴女がうらやましかったわ。ずっと、何年も前から……本当に。私にできなかったことに手の届く貴女が」

「何を言っているの? シュタアルを放して」

 

すれ違っていた二人の少女は再び真正面から対峙する。

そんな二人に挟まれた……いや、ヘリヤの柔らかさに挟まれたまんまのシュタアルを巻き込んで。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『―― シュタアル様!!』

 

という姉弟子の声が聞こえたわけではないのだが……咬み痕から感じる強い痛みがそんな声を響かせた気がする。

はい!ごめんなさい!!と反射的に思ってしまうのは幼いころからの刷り込み。

 

だが、おかげで意識が戻ってきた。

 

「あんっ」

 

シュタアルは現在、ヘリヤに抱き込まれている状態。突然の呼吸と共に動き出したシュタアルにヘリヤが反応した。

耳元で聞かされたそんな声に背筋がびりっとして、得も言われぬ感情が込み上げそうになった、が何とか耐える。

 

「ぷはっ。くっ!いまなら!!」

「あら、目が覚めちゃったか。残念」

 

魅了の魔法(チャーム)が弱まったせいか体が動く。意識が保てる。

とにかくヘリヤから離れなければならない。密着していると本気でまずい。また気持ちが堕とされる。

だからこそ、ヘリヤの柔らかさから強い気持ちで離れ、バックステップで距離を――

 

「きゃ」

「おわっ」

 

―― 勢いよく飛んだ結果、真後ろにいた別の柔らかい感触にぶつかり倒れこむ。

なんだか後頭部が、まるで母に抱かれるが如くの柔らかさに包まれた。

 

「シュタアル!もう、あなたという人は!!」

「エイル!?なんで?」

「良いから起きて!」

 

状況の意味が分からず起き上がろうと後頭部付近を手で触るとやっぱりすごく柔らかい。

 

「やんっ!もう!どこを触っているんですか!」

「え、ごめん!くっ」

 

ものすごく怒られ、慌てて身体を反転して分かった。

後頭部の柔らかい感触はエイルの二つの大きなふくらみ。これは絶対にダメなヤツだ。

 

「うわぁ!!ごめん!!」

 

全身の筋肉をひねるようにしてエビのようにびよーんと飛び起きた。

あとからエイルは胸元を恥ずかしげに抑えたまま起き上がる。

 

「くくっ、あはははっ、シュタアルはやっぱりそうじゃないと。懐かしい!!」

 

ヘリヤはお腹を抱えて笑っている。

 

「結局何なのさ、これ!なんで魔法使ってまで……こんな……誘惑みたいな……」

「言ったじゃない。お友達になりましょうって。あの日、私が失ったものを取り戻したいの」

 

シュタアルには、ヘリヤの言葉の意図は分からない。

だが、彼女の瞳には強い渇望が見える。

 

「ヘリヤ!魔法を使ってまで、こんな……えっと……なんていうか……えっちよ!」

「エイルはもっと、目を背けているものにも向き合ったほうがいいと思うけど。

 持っている武器はきっちり使わないと損よ。あなたのは凄いのに」

 

そういわれてエイルはより強く胸元を隠した。

ヘリヤは、口元だけニッと笑い、小さく舌なめずりをしてから言葉を続ける。

 

「ね、シュタアル。多分だけど、ドレイクとの戦いの後、エイルとちょっと揉めたでしょ」

「……」

 

ヘリヤの言葉への回答に詰まる。だが、それは「沈黙は時として」という形で如実に伝わる。

というか二人で赤くなって顔を背けると、その答えは推して知るべし。

 

「エイルが、何らかの形で、黒のレースの下着をシュタアルが持っているのを、見た……どう?」

「ッッ!!」

 

エイルが表情を変えたのを見てヘリヤはより強く笑う。

シュタアルは、なんだか嫌な予感をびりびり感じて脂汗が出始める。

なんだかよくない。すごくよくない流れだ。

 

「あれ、さ。私がシュタアルにあげたものなの。疑うなら、作成したお店の刺繍に書いてあることを当ててあげようか?」

「はあ!?」

 

とシュタアルが素っ頓狂な声を上げたと同時に背後にものすごい魔力の高まりを感じる。

恐る恐る振り返ると目を見開いたエイルがじっとこちらを見ていた。その瞳には生気がない。

 

「シュタアル?いつ?」

「受け取ってない!!」

「でも、持ってたよね?」

「持ってたけど!わかんないよ!信じて」

 

エイルの周りに、小さな光の羽根がはらはらと舞い降りてはさらさらと崩れて消える。

感情の高ぶりで、先日の白翼の魔法のような現象が生じているのだろうか。

 

「ねえ、シュタアル。あの日私は……私を助けてくれようとした、貴方を信じようって思ったの。あなたを信じたい。

 だから、シュタアル教えて、私は何を信じたらいい?

 ねえ、突然ヘリヤの下着を私に渡してきたシュタアルの気持ちを信じさせて」

「わかんないよぉ……でも、もらったって話だけは違うって信じて!」

「そう……」

 

光のない目のままにっこり笑うエイル。すごく怖い。

そして、時計を見るとそろそろお昼休みも終わる。食堂から戻る人の声が向こうから聞こえてくる。

 

「エイルもヘリヤも!やめようよ、こんなこと、お昼休みも終わるって!」

「……そうね、こないだのお詫びに、シュタアルと一緒に食べようと思って作ったこれ。無駄になっちゃった。本当に私馬鹿みたいね」

「なにそれ、聞いてない!……作ってくれたのならもらうから!……食べさせてください」

 

というと、エイルはプイっと顔を背けてしまった。

 

「シュタアルがそんなこと言っちゃうんだ。本当に変わらず天性の女泣かせよね」

「そんなことした覚えないって!」

「撃っていい?」

「やめて!」

 

いよいよ事態も状況もカオスになってきた。

エイルとヘリヤでにらみ合っていた状態だったようで……何故かわからないがその両者がシュタアルに向いている。

 

どうしてこうなった?

 

「ねえ、シュタアル?」

「シュタアル……」

 

こうなれば、父から一族で連綿と受け継いだ、といっても1世代だけだが――

あの奥義を、ここで出すしかないか。と覚悟を決めて膝をつく。

 

手をつき、頭を地面にこすりつけようとした瞬間。

 

「派手に魔力が放出されていると思えば、何やってんだお前らは……」

「成績上位二人が騒いでるとさすがに目立つから気を付けてねー」

 

と、様子を見に来たラヴィーネとカンネの二人の教師の介入により一時的にこの場を収めるに至った。

 

くすぶり始めた火を、鎮火させないまま。

 

■運命と魂は廻り萌える


 

結局、お小言をもらったうえで教室に戻ることになった。

ヴィッツとライゼに謝ると「気にすんな!」と言ってもらえたが……ヴィッツには微妙に便秘と勘違いされている節を感じる。

 

そして、そろそろ講義も終わり、放課後になる。ここから様々な活動をする人もいれば帰る人もいる。

ヴィッツやライゼもそれぞれに放課後の活動を始めるため教室を出て行った。

模範生であるエイルはこの後、生徒会の手伝いに参加するらしい。

 

「あの……エイルさん……お弁当の話なんですけど……」

 

と、隣に声をかけると顔を合わせてくれない。

口からは「もういいの……」と覇気のない声が出てくる。

いったいどうすればいいんだ?このまま行かせて大丈夫だろうか?

 

更に後方に控えるヘリヤからは好奇の視線が寄せられる。

『シュタアルはいったいどうするつもり?』と視線で訴えているようだ。

 

机の上に乗っているのは、お弁当として作って来たらしい巾着袋。

先日のお詫び……と言われてもシュタアル側がやらねばならないと思ってたんだが、エイルのお詫び……という。

 

「ごめん!エイル!だめだったら止めてくれ!」

「!?」

 

机の上の巾着袋を開けて中にあった箱を取り出し、蓋を開いた。

中にはサンドイッチが敷き詰められている。丁寧なつくりだ。

具材も手が込んでいる。調理をした人の気持ちがよく伝わってくる。

 

「シュタアル……もう時間も経って傷んでるから……」

「お昼も抜いててお腹もすいたからもらうぞ!」

 

2枚重ねで取り出し、かぶりついて食べる。

 

「旨い。卵焼きの味付け、ウチとは違うな」

「……」

「野菜もおいしいよ。痛んでなんかないよ」

「……本当に?」

 

おずおずと聞いてくるエイルの瞳にはちょっとだけ生気が戻ってきている気がした。

 

「ホントホント!これなら毎日だって食べたいぐらいだ」

 

シュタアルの言葉にエイルの息をのむ音が聞こえた。

ちなみに、後方ではヘリヤが興味深気にじーっと見ている。正直怖い。

 

「明日も……要る?」

「あ、明日は……今日ヴィッツたちと行きそびれた食堂にも行きたいんだ……」

 

お弁当のお代わりは必要かという質問。

ここでお願いすると、なんだか引くに引けない状況に陥りそうなのでそれとなく回避した。

まだ発動していないが肩口もなんだかチリチリしている。

 

「そう……なんだ……わかった」

 

と納得した当たりで他の生徒会のメンバーに呼び出しがかかったらしい。

エイルはちらちらとこちらに視線を向けながらも教室から去っていった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「やっさしいんだー」

 

というのは椅子の上に片膝を抱えるような姿勢でこちらを眺めていたヘリヤの言葉。

 

「……誰のせいだよ」

「あはははっ」

 

本当に面白そうに笑うヘリヤ。その様子から昼の襲撃に対して思う所は微塵もない様子が分かる。

ちょうどいい、この際、気になったことを聞いておこう。

 

「ヘリヤ。君は、俺の事を知っていると言っていた」

「言ったね」

「俺は……7年前オイサーストに来て、大怪我をしたことがある。その時のことが不思議なぐらいに記憶が曖昧だ」

 

シュタアルの言葉にヘリヤは「へえ」と言いながら目を細める。

 

「エイルやヘリヤと話していると不思議なフラッシュバックを覚える時がある。

 ヘリヤが俺のことを知っているって、もしかして――」

 

シュタアルが振り返ると、ヘリヤの顔がものすごい至近距離に来ていた。

 

「うわぁ!」

「うれしい……そこまで自覚があるんだ」

「どういうこと?!」

 

タジタジとしているとヘリヤは魔法で自分のカバンを手元に寄せた。

 

「とりあえず帰りながら話そっか」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタアルは……何を思い出したの?」

「思い出せたわけじゃなくて……フラッシュバックみたいな……声が聞こえたらすぐに消えちゃう」

 

「そう……」と答えるヘリヤの声のトーンは少し寂しげに聞こえた。

 

「ただ、今でも脳裏に響くということは、本当に大切なことだったんだろうと思うけど……」

「……」

 

あんなに饒舌だったヘリヤがあまり口を開こうとしないのは言葉を選んでいるのだろう。

 

「私なりに、あの後調べたのだけれど。エイルとシュタアルは一種の喪失の呪いを受けている状態みたいよ」

「呪い!?」

「ああ、いわゆる普通の呪いと違って……別に今困ることが起こるわけじゃない。ただ……」

「??」

 

シュタアルが首をかしげるがヘリヤはそれを見て苦笑いをする。

 

「あれは別の何かに捧げる契約となった。その分の見返りは受領している。

 それは達せられ、返却することもできない。出来てもやってはならない。今が消えるだけだもの。

 だからもう帰ってこない」

「ヘリヤ、君は、俺は……もしかして――」

 

その先の言葉はヘリヤが首を振ることで中断された。

 

「だから。私はあなたを知っている。ただそれだけ。シュタアルは今の私を知ってほしい。エイルと一緒に。また始めよう」

「俺は――」

 

もしかしたら、彼女たちに何か取り返しのつかない楔を打ち込んでいたのかもしれない。

だけど、何に苦しんでいるのかもわからない。何をしてあげられるのかもわからない。

 

「だからさ――」

 

ヘリヤは正面にある協会員の社宅の一棟に住んでいるらしい。

階段を2段上り、シュタアルを狙い撃つように指をさし、彼女は告げる。

 

「―― 死合おう?」

「ええっ、なんでぇ!?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

どういう事!?とシュタアルは焦る。

友達になるとかではなかったのか? 死合うとは?

 

シュタアルが言葉も繰り出せずアワアワしているとヘリヤはくすくすと笑いだした。

 

「言い過ぎか。まあ、実際に殺しあわないよ。学内ルールじゃ殺害は負け判定だからね」

「え、そういう問題!?」

「うそうそ。死んじゃったら物語始まらないし」

 

胸をなでおろすが、シュタアルにはヘリヤという少女の願いが全く読めない。

意味の分からなさで言うと、妹のティアフォートも相当だが……ヘリヤはその比ではない。

 

「たださ――」

 

その瞬間、彼女の目が……肉食獣のような鋭さを見せる。

 

「闘争って、死地の境界と隣り合わせで挑む……その神聖さが必要だと思うんだ」

 

その姿はしなやかで美しく、表情に映る覚悟にウソがない。目を奪われてしまう。

 

「―― シュタアル。あなたなら――わかるでしょう?」

 

不敵なその笑みは確信に満ちている。いや、執着と言って良いのかもしれない。

彼女の中にいる、忘れ去った自分の見せた生き様は何だったのだろう?

 

いったい自分は彼女に何を見せてしまったのだ?

 

呆然と、そんなことを考えながら彼女の姿に見入っていると背後から別の人物の気配を感じた。

いや、ものすごい近くにいる。今まで気づかなかった。気付けなかった?そんなバカな!と衝撃を覚えると共に――

 

「ヘリヤ――」

 

という、目の前の少女を呼ぶ声。

 

「わぁ!ママッ!」

 

そしてヘリヤの反応。

先ほどまでの肉食獣の様な瞳はどこへやらという様子で、シュタアルの背後に来た人物へと飛びついた。

 

シュタアルは……なぜか振り返れない。

汗が吹き出し、手が震える。ヘリヤの母親という人物がものすごくこちらを見ているからだ。

 

(とんでもなく強い……ヤバい魔法使いだ……)

 

強さで言えば母やフリーレンは人類でもかなり突出しているはずだが、背後から感じるのは別種のもの。

 

「こんにちはシュタアル君。やっぱり前に見た時より随分大きくなったね。それに――」

 

ガタガタ震えながらシュタアルは振り向く。

 

「――想像の倍、いい男になったね。君のお父さんとお母さんにそっくりだ」

 

予感はしていた。2トップであるエイルとヘリヤの両親は一級魔法使いだとラヴィーネからは聞いていた。

そこにいたのは母のフェルンの持つ資料で見たことのある顔だった。

 

一級魔法使いのユーベルと、その少し後ろに控える一級魔法使いのラントだ。

 

~ 学園と灰燼と白翼の戦乙女 04 to be continued ~




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