葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション


■ あらすじ
エイルと拙いながらも絆を結んだシュタアルに接触してくるヘリヤ。
彼女はシュタアルへと告げる。

「ねえ、友達になろうよ。そうだ、私だけ一方的に知っててはフェアじゃないよね。
 これからゆっくりと分かり合おう。学園生活だってまだ2年ある」

ヘリヤはそんな言葉に魅了の魔法(チャーム)を乗せてシュタアルの精神を揺さぶる。
更に、その場にエイルも参戦し、現場は愛憎入り乱れる修羅場と化す。
最終的に教師たちの介入により現場は強制的に抑えられるも、少女たちの心の炎は静かに回り、燃え続ける。

そして、放課後、オイサーストにはヘリヤの両親であるユーベルとラントまで加わり、事態は混迷を極めるのだった。


■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に混ぜられてしまっている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。15歳。姉のヘリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋で、ちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。




学園と灰燼と白翼の戦乙女 05 ~The Academy, the Ashes, and the White-Winged Valkyrie~【第3部】

■悪辣の残滓


 

北側諸国 オイサースト 高等魔法学校 研究棟

 

「なぜぇだ!」

 

ダンッと机を叩く男は昨年からオイサーストの研究施設で席を得たばかりの魔導研究者のモルティス。

彼は数週に及ぶ出張から自ら研究室に帰ったばかり。

 

「申し訳ありません。運搬者の作業の不手際で……」

 

長らく探し続けた研究材料を手にしたため、意気揚々と研究室の扉を開けたところで耳にした不祥事。

 

「あれを調達するのにどれほど苦労したと、くそっ!」

 

昨日発生したという、学内の合成獣(キメラ)騒動。

それだけを見れば女生徒の下着盗難という間抜けな事件だ。

 

だが、あれは……

 

「せっかく、代償を払ってまで……取り寄せたのだぞ!

 それが、下着盗難事故の末に討伐されただと!!ばかばかしい!」

「申し訳ありません」

 

そこに居合わせたという学内の生徒。

報告によると忌々しい一級魔法使いを親に持つ特待生の小娘と妙な編入生。

それが追跡の末、討ったという。

 

「物の価値の分からん愚か者どもめ……合成獣(キメラ)は突然変異種ではないぞ。

 失われし眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)の痕跡だ。あれがあれば……世界は一変する。

 人が人を超える栄光の道をだなぁ――!」

 

―― 眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)

 

12年程前、突如目覚めた魔族が使い、多数の被害者を出した禁忌の魔法。

高位精神を持つ生物の肉体と精神の境界をあいまいにし、ある種の魔力状態とする。

結果、何が可能かというと……魔物などの魔力特性が高いものと混ぜることができるのだ。禁忌ではあるがモルティスにとっては進化の可能性の魔法。

 

しかし、使い手の魔族が英雄に打ち滅ぼされ現存しない。だが、なぜかそれでしか作りえない合成獣が観測された。

またとない可能性を広げるチャンスだったのだ。それを……

 

モルティスが、部下の研究員をしかりつけようとしたとき――

 

「なんだそれは?」

「いえ、合成獣(キメラ)を調達した業者から別途送付されてきた、封印型のレリックのようです」

 

黒の水晶。中身は何かが揺れているのだがよく見えない。

 

「フン……まあいい。下がれ」

「はい……」

 

何故かそれに魅入られた。妙な興味がわいた。うっとおしい部下を外に出し、気晴らしに解析しよう。

部屋に一人になったことを確認してそのレリックに魔力を通す。妙な感触だ。

この手のものは中に往々にして特殊な魔法が格納されている。

 

「人間の魔法ではない……?なんだ?」

 

俄然興味がわいた。意地でも中身を見通したい。

魔力を通して障りがある経路を整え、魔力の紐を通すように最奥へと――。慎重に……繊細に……そして確実に……

 

「良し!通った!」

 

モルティスは満足げにそのレリックを開放する。

 

「さて、これは何の魔法だ?」

 

レリックが開き、中にある魔法が輝きだす。

それは空中に像を描き……人のような形に収束していく。

 

「なん……だ……?」

『ほう……発動させたものがいるのか。ちょうどいい』

 

宙に浮いた像は、ここではないどこかを映しているようだった。

男の鼓動は跳ね上がる。素晴らしい!なんという事だろう!

 

「まぞ……く……」

 

そこに映ったのは体中を包帯で巻いた妙な姿の……おそらくは魔族。

そう判断した理由は、額に当たるであろう箇所から生えている角。

包帯の隙間から見える眼球は……人であるならば異常な位置に複数ついている。

 

『ごきげんよう、鍵を開けた人間。ちょうど観測点を探していたところでした』

「私は!! ―― 魔導の研究のため、あなた達魔族の魔法を!!」

『ふむ……人の話を聞かない男だ』

 

その魔族は額の包帯を取り外した。あらわになった額の中央には閉じられた巨大な瞳が一つ。

 

『私は千里眼のヴィゾール。レヴナントと共に、時代の終わりに種の再生を願う魔族だよ』

 

そう答えた魔族の瞳が大きく開く。その瞳は深く……その奥には男には理解のできない魔法が見え――。

 

『ふむ……堕ちたか……ようやく、オイサーストにも端末を得たか、いくつか仕掛けさせてもらおう』

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

北側諸国 名も知らぬ場所

 

「レヴナント、終わったぞ」

 

魔法による通信を切ったヴィゾールは部屋の奥で培養器の中の女の右腕を眺める別の魔族。

青白い燃えるように揺れる髪を携えた魔族。レヴナントに声をかけた。

 

「そうですか。餌をバラまいた甲斐がありましたね」

「ここから、どうするつもりだ? 7年前、オイサーストに探し物はないと確認したばかりだ。

 再度調査するメリットはないぞ。端末がつかまり、駆除されるだけだ」

 

7年前、彼らの探すアーティファクトを求めて、ヴィゾールの魔力を極限まで制限して命がけの調査をさせた。

その時に探していたものはなかったため、オイサーストに価値はなかったのだが。

 

「件の女神の寵愛の候補者の少年、どうやらオイサーストにいるそうです」

「あの子供か。レヴナント……私は正直懐疑的だ。女神の剣は我々が生まれるはるか前から発動した試しがない。

 人の勇者らしき者は歴史上何人も現れたのにだ。わずかな反応を見せたからと言って本当に発動するのか?

 本当に、神をおびき寄せる贄……いや勇者が生まれるのか?」

 

ヴィゾールの疑問にレヴナントは笑う。

彼は自身の腹部に残るわずかな傷をなぞるように触れた。

 

「いまだに彼に斬られた傷跡が、なぜか完治しません」

「……なんだと?」

 

初めて会った少年はレヴナントの目的であったアーティファクト黒極竜の遺骸と同化した人間を庇い、レヴナントへと斬りかかって来た。

その時、胸を大きく切り裂かれた。人であれば致命傷に近い傷だったであろう。だが、心臓が無事であるなら基本どうとでもなるのが魔族。

その時はレヴナントの反撃により少年は倒れた。まだ力不足なのだろうと思っていたが。

 

「あれは……おそらく剣を抜くでしょう。いずれ至り、贄の祭壇に上る。成長していただきましょう……」

「あれが育ったところで、条件そろわんぞ。神が認める脅威が必要だ。魔王様ですらかなわなかったのだ。

 勇者ヒンメルは女神の剣を抜いていない」

 

レヴナントは培養器に手を当てた。中に浮かぶ女性の右腕がわずかに動き、徐々に人の腕から鱗が生え、異形の形に転じていく。

手を放すと、それは再び人の形状へと戻った。

 

「他の遺骸を探しましょう。竜はもう手に入りません。葬送のフリーレンに目を付けられました。

 狼と大鷲、蛇。いまだ神代の世界を破壊した者たちの痕跡はあります」

「……」

「我々で、演出しましょう。世界の救済を必要とする終焉というものを」

 

レヴナントの演説のような仕草にヴィゾールはため息をついた。

 

「英雄の器を育て、穢すか……悠長な話だな。たかが人の子だぞ」

「仕方ありません。魔族では英雄は作れないのですから」

 

主の無茶な注文はいつものことだ。まずは端末を通して状況の調査を始めるため、ヴィゾールは額の瞳を再び開いた。

 

■前略お元気ですか


 

前略。クレ地方で過ごすみんな

 

お元気ですか。シュタアルです。

オイサーストの学校に進学して、クレ地方の地を旅立ってから1週間も経っていませんがいかがお過ごしですか。

 

そちらは春めいてきた頃でしょう。花もきっとたくさん咲いている頃だと思います。

え?そんなことはいいから、俺の状況ですか……

 

そうですね……今、俺は――

 

「へえ、シュタアル君。妹と弟が3人もいるんだ。フェルンも頑張るねー」

 

―― なぜか、初登校初日に一緒にいた女の子のご両親に拉致……家に招かれてテーブルを囲んでいます……助けて、母さん。

 

前のめりに聞いてくる女性は現在シュタアルの学友(?)となった女の子の母親で、一級魔法使いのユーベル。

 

「フリーレンや他の支援者も傍にいるから。子供も育てやすいんだろうね。中央諸国は治政も比較的安定している」

 

眼鏡を中指で押しながら整えた男性はその旦那さんである一級魔法使いのラント。

そして――

 

「ねえ、シュタアル。今度紹介してよ。その子達と仲良くなりたいな」

 

にっこにこでシュタアルの隣に座る同級生の女生徒、深緑の髪と挑戦的で蠱惑的な瞳の少女ヘリヤ。

 

「外堀埋めに行くとかやめなよ、姉さん」とつぶやいたのはラントそっくりな男の子。

先ほど「私の弟よ」と紹介された。なんでかめちゃくちゃ睨んできて怖い。

 

「よかったねヘリヤ。シュタアル君と仲良くなれて。ずっと待ち続けてたものね」

「やめてよママ、恥ずかしいから」

 

彼女の母であるユーベルにそう言われ、頬に手を当てて体を振るのは……実に可愛らしい女の子らしい仕草だ。

親と久々に会ったからだろうか、昼間の捕食者然としたキャラとは様子が異なる……が、一家全体から油断もならない空気は感じる。

 

ヘリヤと出会ったのは実は数日前だが、お互い名前を名乗ったのは今日が初めて……

――と、思っていたのは実はシュタアルだけ。本当はもっと前から知り合いだったと彼女は言う。

今この場にはいないもう一人の少女と共に。

 

「ヘリヤは7年も頑張ったものね」

 

ほほえましい親子の会話の様で重い首切り鎌が二つ、首筋にズンッとかけられるような感じがした。

あとはなんだか首筋の痕がチリチリと痛み、シュタアルは焦る。どうやら……故郷で帰りを待つ姉弟子的にNGに近い状況らしい。

 

シュタアルの首筋に残る姉弟子ルーエの咬み痕。これは、魔族の呪いで竜の因子を持ってしまった彼女が本能的にシュタアルにかけた相互所持の契約……

要するに、シュタアルが気移りな様子を見せると様々な反応を起こしてくれる。主に痛みとして。

 

―― そんな烙印が、チリチリするので本当に焦る。

 

いや、チリチリしなくても焦るだろう。同級生の女の子のご両親にいきなり囲まれるのは17歳のシュタアルには大変厳しい。

 

特に父親のラントはシュタアルを値踏みするような視線を向けている。とても怖い。

いや、母親のユーベルも値踏みとは違う視線で観察してきているようで、すごく怖い。

 

なぜこんなことになったのかというと。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

つい30分ほど前の事。

 

「だから。私はあなたを知っている。ただそれだけ。シュタアルは今の私を知ってほしい。エイルと一緒に。また始めよう」

「俺は――」

 

彼女はシュタアルが喪失した7年前に訪れたオイサーストでの出来事を知るという。

幼い頃、欠落した記憶。シュタアルは何かをして二人の少女を救うためにその前後の記憶を失った……らしい。

 

「だからさ――」

 

まったく思い出せない、呼び起こされそうになるデジャヴが脳裏に残らないのはその代償だという。

そして、そんな彼女から――

 

「―― 死合おう?」

「ええっ、なんでぇ!?」

 

―― 死合いの申し込みを受けた。どうしてそんな唐突デスマッチ。

どうやら、学内には一応、魔法による個人決闘の仕組みがあるらしい。

 

慌てて、そんな個人戦を申し込まれた理由を聞いている最中。彼女の様子をはるばる見に来たというご両親が現れた。

 

「こんにちはシュタアル君。やっぱり前に見た時より随分大きくなったね。

 それに――想像の倍、いい男になったね。君のお父さんとお母さんにそっくりだ」

 

謎の圧力を感じガタガタ奥歯を震わせながら振り返った先。

目の前のヘリヤとよく似た蠱惑的な笑みを浮かべる女性。

 

「せっかくだし、ウチに上がっていきなよ。オイサースト用の臨時の社宅だけど」

「やった、ママ!大好き!」

 

一級魔法使いユーベルそして一級魔法使いラント。大陸魔法協会でも屈指で敵対するべきではない魔法使いに名前の挙がる夫婦だ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そして現在、差し出されたお茶。失礼とは思いつつもティーカップとソーサーが震える。

カチャカチャと音を鳴らしながら飲む紅茶。さぞかし情けなく映るだろうが隣のヘリヤは物凄くうれしそうだ。

 

「あの……お茶もいただいたので……そろそろ、お暇させていただいたり、なんかしちゃったり……」

「さてと、夕飯は私が作ろうか。シュタアル君は苦手な食材ある?」

 

―― なんかいま、露骨に言葉を封殺された気がする。

 

「……ありま……せんッッ!」

 

涙をこらえ、歯を食いしばりながら答える。どうやっても、逃げられない。

 

「よかった。まあ、時間もないから……簡単なシチューと、お肉とブレッドの付け合わせになっちゃうけど」

「……僕も手伝うよ」

 

そう言って立ち上がった夫のラント。

彼は、何とも言えない顔をしていたシュタアルの肩をポンと叩いてからキッチンへと向かった。

案外……いい人なのかもしれない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ここに来る前に食材は買いそろえていたらしく二人は阿吽の呼吸で調理を進める。

シュタアルからはキッチンにいるユーベルの手元が見えないのだが……

 

――すたたたたたたたん

 

という、小気味がいい……というべきかすさまじいスピードで何かを切る音が聞こえる。

なんとなく、空気の振動とかもろもろで伝わってくるのは野菜がありえない細かさに刻まれていることぐらい。

……確か、シチューを作ると言っていた。

 

「母さん。無茶苦茶野菜を細かく切るんだよね。姉さんが小さい頃に野菜食べようとしなかったから」

 

シュタアルに目を合わさずに、弟のヴィダルが説明をしてくれた。

気を使ってくれた……というより一風変わった一家と思われるのにちょっとだけ抵抗があるらしい。

気持ちは、分からないでもない……

 

「ええ、今はちゃんと食べてるでしょ」

「昔は無茶苦茶わがまま放題だったでしょ姉さん……って言うか姉さんも母さんのマネするじゃん」

「母の味っていいと思わない?」

 

まあ、仲のいい姉弟なのだろう。と、ぼんやり眺めていると。

ヘリヤは隙の無い動きでするっとシュタアルの隣に戻ってくる。

彼女はそのまま有無を言わさずにその腕をぐっとつかんで体を寄せてきた。

すごく柔らか―― と思いそうになってめちゃくちゃ首筋が痛む。リアルに嚙まれているように痛い。

顔に出さずに脂汗をかいていると……ヘリヤは一瞬だけ首筋の痕を見てからシュタアルに向き直る。

 

「――今晩泊まっていく?」

 

(あががががががががが!)

かつてない痛みがシュタアルを襲う。肩口から電撃が走るかのようだ。

声に出しそうになったがそうもいかない。涙目になりながらぶんぶんと首を振った。

 

「えー。いいじゃない。折角だし」

「姉さん、やめなよ、かわいそうでしょ」

 

あんなに怖い顔をしていたヴィダルが助け舟を出してくれてシュタアルははっと顔を上げる。

もしかして、怖い感じは勘違いで優しい子?

 

「……本宅じゃないから、寝具がギリギリなんだ。

 シュタアルさんは……床で寝てもらわないといけなくなるでしょ」

 

前言撤回。やっぱり嫌われてる。

 

「えー、そんなの私と一緒のベッドで寝ればいい――」

 

もうルーエ姉さんが竜になって背中から齧り付いてくる幻覚が見えそうになったあたりで

 

「―― やめなさい」

 

と、ヘリヤとヴィダルの頭に手刀が落ちてきた。ラントだ。

キッチンにもいる。目の前にもいる。魔力と気配で判別もつかないが二人いる。

 

「これが、分身体の魔法……」

「さすがに、学生寮の最終門限まで間に合うようには帰らせるよ」

 

という大人の救いの手。ヘリヤは頬を膨らませ抗議体制をとったが……

どうやら従ってはくれるようだった。

 

■運命の死合い相手


 

「悪かったね」

「……いえ」

 

あれから―― 二人が作ってくれた夕食にご相伴させていただいた。

料理は、なんというか。おいしかった。我が家とは違う家庭の味……という感じはした。

 

『育ち盛りの男の子の食事って作り甲斐あるわね』というのはユーベルの言葉。

どうやら、ヴィダルは食が細いらしい。「ふん」と言いながら顔を背けるあたりそういう事だったようだ。

 

そして、嫌がるヘリヤを尻目にようやく帰ることになって……

寮まで送ってくれると分身体として一緒に外に出たのが先のラントの一言。

 

――いったい何に対する謝罪なのだろう?

 

というのが顔に出ていたのか、シュタアルの顔を見たラントは苦笑して話を続ける。

 

「娘が……ずいぶん楽しそうにしていた。正直少し嫉妬するよ。

 あの子はユーベルにそっくりで本当に父親使いが荒いから」

「あの……俺、今日、ヘリヤ……さんとまともに知り合ったばっかりなんですけど……」

 

なんだか外堀がどんどん浅くなっていく気がしていったん、補足を加えるシュタアル。

 

「”君は”ね……」

 

どうやら、7年前のことを目の前の人物も見ているようだ。

だが、話してはくれないのであろうなとは表情を見てわかる。

 

「あの日。君が命を失わなくてよかったと……純粋に思っているよ。

 そうなったら……きっとヘリヤはあの歳で狂っていただろう」

「……」

 

父親を前に「え、狂ってなかったんですね」とは口が裂けても言えない。

が、シュタアルとエイルを前にしたヘリヤの執着のような感情はちょっと異常だったようにも思う。

『私たちの物語を始めよう』という彼女の願いは親にも見せないものなのだろうか。

命を失うかもしれなかったという、その時の自分は彼女に何を刻んだのか……

 

なんだか歯がゆくて、奥歯をかみしめてしまう。

そんな様子を知ってか知らずか、ラントは言葉をつづけた。

 

「誓って言うが……君が責任に思う必要はない。あれは大人たちの責任だ……君は犠牲者だ!」

 

唐突にラントの語気が荒くなり、胸ぐらをつかまれた。

驚きはしなかったが……娘を想う父親とはそんな感じなのだろうと推察はできる。

シュタアルの父シュタルクも妹のティアとエリシアに対してはすさまじい心配性の顔を見せることがある。

 

「勝手に、娘の人生の責任を取ろうだなんて、高慢な考えは捨てろ。

 君は君の人生を必死に駆け抜けろ。世界に奪われないように、見失わないように!

 娘は……ヘリヤは、それを見て自分で結論を出す子だ」

「あの……ラントさん……いったい何の話を?

 俺は、今日ヘリヤ……さんと出会ったばかりで、彼女のことを理解できたなんて思っては……」

 

シュタアルが両手を上げて声をかけたことで、過熱だったことを自覚したらしい。

咳払いをしたラントは「申し訳ない」とつかんでできた服の皺を魔法で元に戻してくれた。

 

「……娘が君に試合を申し込んだだろう」

「……はい」

 

今度は、落ち着いた様子でゆっくりと話してくれる。

 

「君には理由もないかもしれないが……それだけは受け止めてやってはくれないか?」

 

寮の正門前まで来て、彼女の父のラントがシュタアルへ告げたのはそんな言葉だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ようやく自室にたどり着いてベッドに倒れこんだ。

 

「今日も……疲れた」

 

濃厚すぎてもはやどこからどこまでが今日の出来事か訳が分からん。

手続きの日に比べたら、まだましだが……今日は体力より精神力が死ぬほど削がれた。

 

立ち上がり、なんとなく小箱を手に取り、鍵を開ける。

パカッと開けて出てきたのはシルク製で黒のレースのきわどい下着……

 

「ふふっ……」

 

自嘲気味に笑みが漏れる。

 

―― 持ち主に返しそびれたぁぁぁぁぁぁ

 

そんな心の叫びを胸に膝から崩れ落ちるシュタアル。

 

いや、あの状態で返したら更なる地獄が待ってた気もするのだけれど。

結局のところ、ややこしいステータスはさらに混迷を極めた気がする。

 

ヘリヤのパンツは家にあるし、死合いは申し込まれるし。エイルの機嫌も完全に治ったとは言い難い。

そして、オイサーストに来たもう一つの目的。

 

ルーエ姉さんの受けた魔族の呪いをどうにかし、彼女を開放する手掛かりを探す行動を全く取れていない。

 

「なんでこんな余裕ないんだよぉ……」

 

うなだれながらも、夜は更けていく。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「好きになれた?」

 

シュタアルを見送ったあと、分身体を霧散させたラントに妻のユーベルが声をかけてきた。

相変わらず、抜け目のない妻の様子にため息をつく。

 

「なんの話?」

「シュタアル君にいろいろ聞いたでしょ」

「そんな大したことは話していないよ」

 

眼鏡を人差し指で押さえながら答えるラントにユーベルは「そう……」とだけ答えた。

 

「ヘリヤの事、よろしく頼むとか言ったのかと思った」

「彼からすると出会って初日の友人の親にそんなこと言われたら恐怖以外なんでもなくない?」

 

実はそれに近いこと言ってしまった……ような気もしてちょっと冷や汗をかく。

ラントのそんな様子が見て取れるのかユーベルがニヤニヤとしている。

 

「何?」

「楽しみだわ。ヘリヤが言ったことにあの子がどう答えるのか。ヘリヤがどんな答えを出すのか」

 

心底楽しそうに目を細める妻に、いろいろ思う所もあるのだが……

まあ、そんな瞳に魅入られたから今子供が二人もいる。

 

あの不器用なまでにまっすぐな少年が、そうなるべきなのかはラントには分からなかった。

なにせ、妻と娘と息子の世話で彼の愛は常にキャパシティの限界なのだから――

 

■戦慄の登校二日目


 

「どうしたー、シュタアル?

 疲れた顔しているなー。まだ二日目だぜ?」

「体調悪いなら健康管理室行く? 環境が変わると体調も狂うっていうし」

 

と声をかけてくれたのは正面、階段状になっている教室なので正面下方の席にいるヴィッツとライゼだ。

先日から、なんだかんだと声をかけてくれる。なんだろう……男友達ってなんか安心する。変な意味じゃなくて。

 

「大丈夫。ありがとう。本当に……大丈夫だから」

 

ほろりと涙が出てきたのを見て理由を知らない二人は若干唖然としている。

 

「え、泣くほど……?」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫。これは涙じゃない。目汁だから……」

 

そんなやり取りをしているとラヴィーネ教師が入って来たので、二人ともしぶしぶ前を向いた。

「無理すんなよ」という心遣いが胸にしみる。

 

なお、隣のエイルから刺すような視線を感じたので顔を向けると。

「――ッッ!!」

 

エイルは跳ね上がる様に驚いて前を向いた。なんなんだいったい。

あと、ちらっと見えた彼女のカバンに一緒についてきた見覚えのある巾着袋。

 

(なんか、昨日ほどじゃないけど、微妙に大きいな……)

 

――『明日も……要る?』

――『あ、明日は……今日ヴィッツたちと行きそびれた食堂にも行きたいんだ……』

――『そう……なんだ……わかった』

 

昨日交わした会話を振り返りながら、まさかな……と首を振ったシュタアル。

顔を背けるエイルを見ながらそんなことをぼんやり考えていると1限の講義が始まったようだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

学年内の総合で最優秀成績のエイルは模範生であり、彼女には特権と一部の義務が生じる。

義務が生徒会活動への学年代表としての支援だ。

 

そんなわけで昨日の放課後、帰宅するシュタアルとヘリヤを見送り生徒会室で史料編纂の作業に追われていた。

”シュタアル”と”ヘリヤ”が一緒に帰っていく姿を窓から眺めながら。

 

まあ、学友なのだ。誰と一緒に帰宅しても良い。問題ない。

シュタアルはオイサーストに来たばかりで道にも明るくないだろう。

仕方ない。

 

だが、なぜヘリヤなのか。昨日あんな目に合っておいて……シュタアルは彼女がどう出るか考えなかったのか。

道の途中で襲われ(?)たら、いったいどうするつもりだったのか!

あの後どうしたのか。家にそのまま帰ったのか。まさか不順異性交遊など学生にあるまじき――

 

学生の本分とは!?えっちな事など言語道断!!

 

―― 等と、エイルの頭ではどうしてもぐるぐる思考は廻る。

 

シュタアルは今日のお昼は休みを学食で食べると言っていた。

彼は何かと不穏な事件を犯しがちである。学年代表の身として、しっかり守らねばならぬ。

 

そう、レルネン学長からも「編入生が困っているようなら”私に”助けてほしい」と依頼されていたのだ。

そして私たちは友人になった。つまりはお昼に一緒に行くことに何も問題ない。

 

今日も、”念のために”作って来たお弁当を、左手でギュッと握りしめながら……

授業の内容を淡々とノートに書き写すエイルだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なあ……」

「なに?」

 

掌をぴんと立てて、口元を隠しながら隣を歩くシュタアルに声をかけてくるのはヴィッツ。

2限も終わり、お昼休み。「今日こそ学食へ行こうぜー」となったのだが。

 

後ろにぴったりとついてくるのは二人の女生徒。

 

可愛い女の子が一緒に来るなら大歓迎!と言いたいところだが……さすがに同学年の2トップが並ぶと何とも言い難い。

片や総合成績ダントツ1位のエイル。もう一方は学園内の個人戦無敗のヘリヤ。

 

「あの……お二人はどうして?」

 

とライゼが聞くと

 

「今日は食堂へ行こうと思いまして」

「奇遇ね、私も同じこと考えてた」

 

と二人は口々に応え、にらみ合ったまま今に至る。

 

「……むっちゃ怖いんだけど、なんなん?俺らに何の用?もしかして俺のこと好き?」

「一番あり得ないケースだと思うけど」

 

ヴィッツとライゼのさりげない会話にシュタアルは黙り込む。

自惚れたくはない……自惚れたくはないけれど自分が原因の可能性が極めて高い。

 

少なくともヘリヤには昨日の「死合い」の答えを返していない。

言わないとダメなんだろう。というか、少なくとも、黒のシルクレースのあれを返却しないと彼女の要求には抗うこともできない。

エイルは……やっぱり先日のお弁当の件を気にしているのだろうか。無理をしなくていいと伝えたのだが……

 

などと考えているうちに、食堂についた。

6人かけのテーブルが空いていたためヴィッツが駆け付けて、「捕ったどー」と手を振った。

そして、「変な言い方したら恥ずかしいから!」とヴィッツの隣にライゼが座る。

 

なるほど。では、自分はその対面の端の席だな、と――

 

椅子に手をかけようとすると……右からエイルが、左からヘリヤがやってきてシュタアルは真ん中となる。

 

「……なんで?」

「「……」」

 

二人は何事もないようにシュタアルの両サイドへと座った。

もちろん、ライゼとヴィッツはポカーンと口を開けたまま。

 

「私が席取ってるからとりあえずなんか買ってきたら?」

「そうですね、せっかくの学食ですし」

 

という二人に促され、男性3名は「お、おう」と答えつつ

「なんでこんな状態?」と首をひねりつつ注文窓口へと向かうのだった。

 

■嵐のランチタイム


 

「マジでどう思う?」

 

と、食堂の受付前で並ぶヴィッツはテーブルに座るエイルとヘリヤのほうを眺めつつ、シュタアルに語り掛けてきた。

 

「まあ、僕たち二人に絡んだことない二人だし……さっきの光景を見て。ねえ……」

「うっ……」

 

ライゼの突っ込みにシュタアルはたじろぐ。

 

「ほれほれ、どうなんだよ」とビシビシ小突いてくるヴィッツ。

「なんか……小さい頃に親の仕事の都合で、会ったらしいんだよ。で……改めて友達になろうって……」

 

子供の頃、事件に巻き込まれなんかあった……という説明する訳にもいかない。

というより覚えてないから全然説明もできない。

 

「そんな空気だったか?あれ」

「そんな空気……だよ……友達なんだよ……間違いなく……多分」

「間違いないのか、多分かどっちだ。まあいいけど」

 

それ以上深く聞いてこないヴィッツ。軽い態度の裏に彼の優しさはある気がする。

きっと世渡り上手なのだろう。実にうらやましい。

 

と思いながら食堂のメニューを眺める。AからC定食、個別のメニューなど様々あり、銅貨が数枚あれば満足に食べられる学生向けには手ごろな価格だ。

「フフ……ありがたいことじゃないか」

「シュタアル君?なんで悔しそうに言うの?」

 

うん。銅貨1枚が血の一滴。今のシュタアルには金がない。

母のフェルンがケチ……というわけではない……と思う。多分。普段の生活には十分な金額をもらっているのだが

 

(借金が――)

 

シュタアルの装備品。機剣レーヴァテイン、ワイヤー付き手甲、防具とスーツetc。

まだ返却が終わってない。防具に至っては一着まるごとドレイクにダメにされた。竜の鱗を電撃の魔法で超加速して打ち出してきたのだ。

ものの見事にボロボロになり実家へと送り返した。修繕費はいったいどうなるのかわからない。

 

「どうした、金ねえのか?」

「おばちゃん……ライスと、サラダで!」

 

歯を食いしばりながら注文すると「ほんとにそれでいいの?」とおばちゃんに聞かれた。

 

「……金額変わらない範囲で、大盛で」

 

と答えたら食堂のおばちゃんは苦笑いしながら多めに入れてくれた。涙……いや目汁が出そうだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ライスと、サラダだけのトレーを持って帰って来た時。エイルとヘリヤの目の色が変わった。

 

「ダイエット?」

 

と聞いてきたのはヘリヤ。無言で返答すると歓喜の表情を浮かべて「ふーん」という反応だった。

エイルはそわそわし始めた。挙動不審と言って良い。何があった?

 

「まあ、昼休みの時間ももったいないし、とりあえず食べようよ」

「よーし食うか!いただきまーす」

 

という男子のノリでそそくさと食事を始めるヴィッツとライゼ。

 

「そうだ、シュタアル、エビフライやるぞ!俺のおごりだ!」

 

と、ヴィッツがフォークに刺したエビフライを差し出そうとした瞬間――

悪寒がするような二人の少女の視線にさらされ、「……ごめん、ウソです……」とその手を引っ込めた。

ありがたい申し出の撤回に露骨に表情を暗くしたシュタアルだったが……

 

「シュタアル……これ……主食がないのは、栄養バランスよくないわ」

「え?」

 

彼女のお弁当袋から出てきたお弁当箱は2つ。一人分の通常の箱と付け合わせ用の小型のもの。

彼女は小型のものを開きながら差し出してくれた。中身は彼女のお弁当の具と同じものだ。ライスが入ってないぐらい。

 

エイルは上目づかいでそれを差し出してくる。

 

「えっと……これは?」

「たまたま、ちょっと作り過ぎて。お弁当箱に入らなかったから。もったいなかったから」

「……そうなんだ」

 

そんなのある?という言葉を出さずに受け取る。

なんにしてもありがたい話ではある。

育ち盛りな年ごろの男子であるシュタアルの気持ちとして、お昼なんて無限に食べられる。

 

「シュタアル」

 

と、ふいに左のヘリヤから声をかけられた。

エイルのおかずだけお弁当を受け取りながらそっちを向くと、口元に何かが差し出され

 

「はい、あーん」

「――ッ!?」

「おいしい?」

 

油断が過ぎた……口の中に何か入れられた。多分卵焼き。

絶妙な塩加減と、ふわっとした歯ざわり。おいしい。素直にコクコクと頷くと彼女は満足げに笑った。

 

「うちの味。覚えておいて」

「ヘリヤぁ!!あなた、何を!」

「良いでしょ。私たち友達なんだから。お弁当のシェアだって普通の事よね。エイルも上げるんでしょ、それ」

「それは!!シュタアル……」

 

訴えるようにこちらを見てくるエイル。なぜか白い羽が1枚落ちてきてシュタアルの頭に乗り、霧散して身体に入ってくる。

その瞬間。なぜか脳裏に流れてくるお弁当作成の風景。

 

『お母さん、こんな感じで味付け大丈夫かな?』

『ええ、おいしいと思うわ。でも男の子向けにはもう少し濃い味付けがいいと思うわ』

『男の子向けじゃなくて、私のお弁当だから!!』

『そうね……そうだったわ。あ、でもお肉は多いほうが、喜んでもらえるわよ』

『そうなんだ……じゃなくて違うから!』

 

これは魔法か……? いつかけられたのかすらわからない。だが見てしまった。

確かに、お弁当には小型のハンバーグが入っている。

 

「はい……食べます」

 

これは食べるしかない。控えめに見ても美味しそうだし、お願いされているし、食べるしかないだろう。

何故かそんな気持ちになって、サラダと一緒にお弁当を一心不乱に食べることになった。

 

目を見開いて、嬉しそうにするエイル。何が面白いのかニヤニヤしているヘリヤ。

そして、ピリビリする姉弟子ルーエの咬み痕。

 

そして、何とも言い難く苦笑いをしている男子二人。

 

「何見せられているの、これ?」

「幼馴染ってやつか……フッ。シュタアル、お前、きっと地獄に落ちるぜ」

 

そんなこと言わないで助けて欲しい。

 

■私からあなたへの挑戦状(ラブレター)


 

「と、ところでエイルさんと、ヘリヤさんはなんで今日一緒に来たの?」

 

恐る恐る理由を聞いてみるライゼ。その言葉にちょっと眉を寄せたエイルはもごもごと小さい声で答える。

 

「それは……レルネン学長に……シュタアルの面倒を――」

「シュタアルに公式試合を申し込んだんだけどねー。まだ返事もらってないから、返事もらうまで付きまとおうかなって」

 

そんなエイルの言葉にヘリヤがかぶせてきた。

 

「へぇーそうなんだー……え!?」

 

返事を聞いたライゼが目を丸くする。

 

「え……シュタアル……まじで?」

 

隣で青い顔でドン引きするヴィッツ。

 

「え、何?何事?」

「ねーシュタアル。学内公式戦、死合ってくれるよねー?

 

 ”汝、誇りと信念の下にこの決闘を戦い抜くと誓うか?”」

 

昨日から問われた彼女の要望。いい加減受けるべきではあるだろう。

ラントさんからもお願いされた。どうしてそんなにまでして死合いたいのか。

シュタアルには未だ分からないけれど……戦士が分かりあうために戦うことはある。戦うことで分かり合うこともある。

かつてシュタアルが戦った狂人ヴェノム。彼とは限界まで戦った。

戦い抜いて……己の絶望を他者に擦り付ける彼とは、分かり合えないことで分かり合った気がする。

 

シュタアルの肩に手をかけて顔を寄せようとしてくるヘリヤを手で制しつつ

 

「あー。うん……」

 

と、了承の旨を答える。

 

「「!!」」

 

テーブル全員が凍り付くがヘリヤは一人笑みを浮かべている。

 

「言質取ったぁ。みんな聞いたよね?」

「ぐ、すまん。シュタアル……聞いちまった……俺が説明すべきだった」

「え、なになになに?」

 

隣で空になったお弁当箱を片付けるエイルがため息をついた。

 

「シュタアル。今さっきのヘリヤへの回答。公式試合の了承とみなされるわ……」

「あ、うん。なんか魔法使った試合だよね?」

 

隣で凄絶な笑みを浮かべているヘリヤがちょっと怖い。

 

「二つ。言いたいことがあります。もう……シュタアルがOKをしたことで成立してしまいました。引き返せません。

 ヘリヤ。このことは生徒会に報告します。悪質です」

「どうぞぉー。私はこの時のためにずっとやって来たもの、他の事なんてどうでもいいわ」

 

瞳を閉じてため息をついたエイル。本当になんなのだろう。

 

「まず、この学内公式戦でヘリヤの膝に土をつけた人はいない。上級生との試合は認められないけど、男性女性も関係ない。彼女は正真正銘の不敗よ」

「エイルは試合してくれないけどねー」

 

少々不服そうに説明するエイルにヘリヤは補足した。

つまりは学年内最強は現時点でヘリヤということになる。

 

「なるほどー」という程度の反応のシュタアルにエイルは頭を抱えた。

シュタアルは確かに特異種のドレイクと肉弾戦で競り合う人間だ。そこに関してはもう認めよう。

当人の呑気さに対して少々規格がおかしい。少なくともオイサーストにあれができる人間はいないだろう。

一流の戦士があれを当然の様に出来るのなら、びっくり人間コンテスト過ぎてエイルには理解できない領域だ。

 

だが、これは魔法使いの試合。そういう問題ではなくなってしまう。

 

「シュタアル……あのね、魔法学校の試合なの。なんていうか……魔法で攻撃しないと反則なの。だから……」

「武器で直接攻撃はダメ―。どうする?シュタアル」

「え、そうなの……困ったなぁ」

 

頭をかきながら「ちょっと困ったなー」というノリで答えるシュタアル。本当にその程度の感覚で言っている様子に見える。

「じゃあ、相手の魔力切れまで粘るか……?」など腕を組みながら考えている様で頭が痛い。

 

「もう片方の話は?」

「もう一つは……」

 

エイルの言ったもう一つの説明。シュタアルとしてはそちら側に絶句した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その日の放課後

 

「受理した。まったくお前ら早々に……そろって何を言いに来たかと思えば」

 

ヘリヤは手慣れた様子でそそくさと個人戦申し込み申請書を作ってしまった。シュタアルに了承のサインを書かせ、これをラヴィーネへと提出した。

 

「入籍届じゃねえんだぞ。そもそも、ランクを持たないシュタアルにヘリヤから挑戦って……」

「入籍届かぁ……今度それも一緒に出しに行こっか」

 

なんだか、少し後ろで見ているエイルの魔力が揺れたのが分かる。

 

「なんでだよ、出さないよ」

「えー残念!」

「俺ら、試合するんだよね?」

「するよ」

 

話が暖簾に腕押しで頭が痛い。

 

「じゃあ、これを」

 

ラヴィーネがそれぞれ渡してきたものは誓約書と書かれた紙。

 

「ここに勝負に掛ける条件をかけ。勝利者はここにある要求事項を相手に突き付けることができる。

 試合時にそれを了承することで最終合意とする。ただし、物理的な条件、能力限界、命にかかわる事、これに抵触する場合は無効制約となる。いいな」

「はーい」

「分かった……」

 

要するに相手に言うことを聞かせることができる。

ヘリヤに負けたら何を依頼されるんだか……安易に負けるわけにはいかないようだとシュタアルはため息をついた。

 

■制約の願いの夜


 

『試合は3日後の休日前日の午後だ。ここなら比較的私達教師側も手が回せる』

『はぁい』

 

という感じで試合日も決まった。

エイルは何か言いたげだったが、ひとまず本日は……割と素直に帰宅できて胸をなでおろす。

 

疲れたといえば疲れたのだが、講義内容は素直に勉強になるし刺激も多い。

来た価値はあった。よかったとは思うのだ。

 

「さて……」

 

昼間受け取った誓約書を取り出す。

目下、最も問題はこれ。とりあえず、正々堂々試合をやり通すことに了承のサインを書いた。

そして……その下にあること。勝者の要求。これだ……ここに書いたことをヘリヤに飲ませることができるらしい。

 

「うーん、と言われてもなぁ……」

 

他の男子生徒は何書いたの?試合前にお互いに確認されるんだよね?えっちな事書いたやつ居ないよね?

まあ、それは逆に晒上げ処刑である。

 

「一週間お昼ご飯奢ってください……この辺か……?」

 

シュタアルは自宅の机に座り、真剣に考える。この男はマジである。死活問題だ。

だが……今日のお昼の一件を思い出す。

 

――『うちの味。覚えておいて』

――『ヘリヤぁ!!あなた、何を!』

 

なんかダメな気がする。すごくまずいことが起こりそうな気がする。

シュタアルの幼い頃から心に燃える逃走本能がそう訴えている。

 

「金欠は……バイトして何とかしよう……だから」

 

ベッドのそばの机の上に置いている、鍵付きの小箱を見る。

そう、あの中に入っているもの……黒のシルクレースの……ヘリヤの下着。

 

今のところヘリヤとエイルだけしか知らない事実。

こんなもの、彼女のご両親に知れたら確実に処される。

母のフェルンにばれても処される。ルーエ姉さんに至っては何が起こるか全くわからない。

 

「これだ、これしかない」

 

天啓を得たかの様にシュタアルは筆を進めた。

「よし!」と満足げに誓約書に書いたこと。

 

―― 預かり物を返却させてください ――

 

「完璧だ……」

 

これ以上ないお願い事。誰も傷つかない。悲しまない。

きっと後で面倒事も起きない。ヘリヤが何を書いてくるかは少々不安だが、

勝てばいいわけだ。全力で頑張ろう。

 

というわけで、心も落ち着いたところで今日の復習をして就寝についた。

今日はよく眠れそうだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

一方のヘリヤの自宅。

 

「そう、受けてもらえたのね」

「そうなの!ママ、見に来てくれる!?」

「そうね……シュタアル君の戦いも見たいし時間に都合をつけて見に行くわ」

 

一級魔法使いでもフェルンやユーベル、メトーデたちはいわゆる10年以上務める中堅~ベテランの層になる。

オイサーストに来たら来たでやる仕事は山の様にある。

「せっかく協会まで来たのだから今やれる仕事をやっていけ。帝国近郊の魔法史の近代事情編纂などはまだ手つかずだ」

というゲナウにつかまり、なんやかんや夫婦で忙しくしている。

 

「やったぁ。絶対よ!」

「それで、誓約書に勝利者の要求にはなんて書くの?」

 

ユーベルに聞かれてヘリヤはにやりと笑う。

 

「そうだなぁ……お嫁さんにでもしてもらおうかな」

「素敵ね」

 

というヤバいやり取りに、ラントがガタリと音を立てて立ち上がる。

至って平静に眼鏡を中指で押さえるいつもの立ち姿だが、立ち上がり方に軽い焦りが見える。

 

「止めなさい。ヘリヤは未成年でしょ」

「えー、じゃあ予約ってことで婚約は?」

「ダメです。そんなどさくさ認めません」

 

そんな父娘のやり取りにユーベルは苦笑しながらヘリヤを抱き寄せ頭を撫でる。

 

「ちょっとしたジョークなのに本気に考えてくれるお父さんは本当に優しいね」

「ねー」

 

と言われたラントはそのまま黙ってソファーに座り足を組んでそっぽを向いてしまった。

 

「すねちゃった」

「あとでお母さんがあやしておくから心配しないでいいわ。

 せっかくの機会だもの、ヘリヤが納得するようにしなさい」

「はぁい」

 

という可愛い母子のやり取りに見えるのだが、黙ってその様子を見ていた弟のヴィダルには分かっている。

 

「7年間待たされたのだもの……徹底的に、逃げ場なんてないほどに、ヘリヤの満足する結果を……

 全力でもぎ取りに行っていいと思うわ」

「うん、ママ」

 

こういう時の母と姉は、ちょっとブレーキが壊れている。

 

「面倒なことにならなきゃいいけど……」

 

なんか怖い笑みを浮かべる母と姉、拗ねてそっぽを向いた父。

遠巻きにミルクコーヒーを飲んだヴィダルはとりあえず、お風呂の湯を沸かすことにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「公式試合……」

 

本日の講義の復習、明日の予習、生徒会の事務仕事の続きなどなどを手早く終わらせたエイル。

ヘリヤとシュタアルの公式戦に対して思いを馳せる。

 

これに関しては、受けてしまったのでもうエイルには口出しができない。

でも面白くはない。ヘリヤがシュタアルに願う何か。シュタアルがヘリヤに願う何か。

二人の関係。自分の立ち位置。

 

「くぅぅぅぅぅ!」

 

頭を抱えてぶんぶん振るう。どうしてこんなことを悩んでしまうのか。

そもそも、ヘリヤとは突っかかってくる腐れ縁のような仲。シュタアルは……お友達……なはず。

そんなものにいちいちここまで悩む必要がないはずなのに

 

「シュタアル……何をお願いするんだろう……」

 

パンツを返したいと当人が記載している事実は当然知る由もないエイルは思い悩む。

 

ドレイクに襲われるまで突き放し続けても、追いかけてくれたシュタアル。

その背中で、ドレイクからエイルを守ってくれたシュタアル。

エイルの力を信じて、共闘してくれたシュタアル。

 

「あんなに近くに感じたのに――」

「――悩み事?紅茶をいれたのだけど飲むかしら?」

 

背中からかかるメトーデの声にエイルは跳ね上がって反応する。

 

「お母さん!?」

「ドア、開けっ放しよ。あなたにしては珍しい」

 

そう言いながら開いていたドアを軽く握った手で小さくノックするメトーデ。

 

「う……」

「いま、この時間、他者を想って悩むのは若さの特権ね」

 

エイルの部屋のベッド前にあるテーブルにティーカップを置いてポットから注ぎながらメトーデは語る。

 

「関係性があいまいなことも、まだそれを画一的に定義することも怖い……それでいいと思うわ。

 それを決断することができた時、あなたは一つ大人になる」

「お母さん……」

「学生はそうして道に悩むことが許される空間と時間よ。いっぱい悩みなさい。悩んでいいの」

 

メトーデは注ぎ終わったカップとソーサーをエイルのテーブルに差し出した。

それは、良い香りと共にエイルが好む味付けの砂糖とミルクがすでに入っている。

 

「って、お父さんが、居間でものすごくアドバイスしたそうにそわそわしているわ」

「お父さん……」

 

なんだか目に浮かぶ。素直に言ってくれればいいのにと思うが。それが父らしい。

 

「ヘリヤさんは、きっとシュタアル君に猛攻を仕掛けているのでしょうね……」

「……」

 

事情を分かり切ったような仕草でメトーデは微笑む。

 

「でも、あなたが真摯に語り掛ける以上、シュタアル君はあなたのことも無下にする子じゃない。

 それもわかっているのなら……掴みたい手があるのなら、頑張ってみなさい」

「お母さん……」

 

エイルの頭を撫でてからメトーデは居間へと戻る様だった。ただ、その帰り際。

 

「それに、ヘリヤさんよりもっと手強い、最強の強敵が一人……彼の故郷に控えているみたいだし」

「お母さん!それってどういう――」

「――おやすみなさい」

 

行ってしまった。メトーデはアドバイスと何やら不穏な言葉だけを残して。

 

■試合の代償


 

「はい。はい。はい。わかりました……」

 

研究室長であるモルティスは出張から戻ってから少し変だ。

虚空を眺めながら頻繁に何かを語っている。

 

「おい……」

「はい、なんでしょう教授……?」

 

キッと助手の青年を睨んだモルティス。

 

「今度、行われる学生同士の公式試合があるそうだ。情報を集めろ。すぐにだ。」

 

「は、はい。すぐにでも――」

「ちょっと待て。確認だ」

「なんでしょう?」

 

モルティスは何かを聞く様に腕を組んで頷いている。いったい何を聞いているのだ。

助手の男は少し気味の悪さを感じた。

 

「その、対戦のカードだが、一方はクレ地方から来た編入生で……もう一方は一級魔法使いの娘。聞いている限りでわかるか?」

「はい……その程度の話であれば。そう聞いています」

「ふむ、そうか……よし、行って良いぞ」

 

モルティスは再び何かと相談を始めた。ここにいても……気味が悪いだけだ。

男は部屋の外に出る。魔法による物質変質を専攻した結果の研究室。

 

「専攻変えようかなぁ……でも成果がなぁ……」

 

ため息をついて命じられた情報を集めることにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「よし、シュタアル、ヘリヤ。誓約書を提出しろ。あとは、杖の一時預かりだ」

「はあい」

 

ヘリヤはひょいと杖を顕現させてラヴィーネ教師に手渡す。

杖……というより鎌のような先端。

 

「いつ見ても物騒な形状してんな」

「えー、この程度の形では人の首も切れませんよ」

 

いたずらっぽくとんでもないことを言い放つヘリヤ。

 

「いや、お前、入学初日、ナンパしてきた生徒に試合申し込んで片手ぶった切ったの伝説になってるからな……

 おまえ、魔法で自在に刃の付与できるだろう」

「えー、先生、手のうちを相手に話すの規約違反ー」

「阿呆か、それを使うなと言ってんだ」

 

ぷくーッと膨れて可愛い風に言うがエピソードが全く可愛くない。

え、何それ? という顔で見ていたら……ラヴィーネがシュタアルに補足説明してくれる。

 

「まあ、今までそんなことする奴いなかったからな……制度も甘かった。

 杖を刃物にして斬りかかる馬鹿が出てきたせいで物理攻撃はNGになったんだ。

 下手をすると死人が出る……というかこいつがやり兼ねない」

「だってあいつ、私の事触ろうとしてきたんだもん。気持ち悪いわ」

「いや、俺にしがみつかない――いたたたたたた、姉さん違うよ痛い!」

 

と、ヘリヤはシュタアルの腕にしがみつき胸を押し当てる。

当然のようにシュタアルの咬み痕の呪いが発動して悶絶を始めた。

事情を知るラヴィーネが「助平野郎め」と言いつつも引きはがしてくれたが。

 

ぶった切られた腕は緊急で呼び出された一級魔法使いメトーデにより接合されたそうだ。

 

このルールお前のせいかよ!!という顔で睨んだらヘリヤはてへっという感じで舌を出した。

悔しいけど可愛い。シュタアルも視線をそらして「俺の杖です……」と言ってレーヴァテインを渡した。

 

「お前の……いや、編入試験で嫌という程に見せられたけどさ……

 もう、良いか。剣な。凶器な。当日刃は封じるぞ」

「いや、杖ですよ。柄の部分見てください」

「うっせえ。阿呆か。100人に聞いても絶対に100人が剣っていうわ」

 

ごめんな、レーヴァテイン。悔しいけど言い返せないよ。だって剣だし。

 

「分かりました。これ、刃の封印具です」

 

レーヴァテインは峰のある片刃式の剣なので刃にカバーをかけることで刃を封じることができる。

街中で事故らないように常につけているものだ。

 

「おっけ。とりあえず協会で預かるからな。当日まで大人しくしてろよ」

「私はしているけどぉー。シュタアルって剣を手放しただけで大人しくできるかなぁ………剣だけじゃないよねぇ」

「ぐ……」

 

びくっと反応したシュタアルにラヴィーネが半眼でにらんでくる。

どうやら……アウスグラーバの事がヘリヤにはばれていたらしい。あの日の事をどこかで見ていた……可能性はありそうだ。

 

「シュタアル……だせ。護身なら協会側の護衛が付く。まあヘリヤはどう考えても要らんだろうが……」

「パパとママより強い人なら大歓迎よ」

「居ねえよ」

 

しぶしぶ、シュタアルは広めの場所に移動する。

 

「笑わないでくださいよ」

 

そう言って出した巨大な槍。魔操機式螺旋槍アウスグラーバ。レーヴァテインと異なり、魔力を込めると螺旋状の巨大な鉾が高速回転するだけの槍。

 

ヘリヤは案の定お腹を抱えて笑い転げている。ラヴィーネは苦々しい顔で額を抑えながら……

 

「利用禁止な」

「……はい」

 

試合終了まで取り上げられることになった。

いや、許可されたところでこんなもん、竜クラスの魔物相手にしか使えないのだけど。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

部屋から出た後、シュタアルとそそくさと別れたヘリヤ。

 

「ヴィダル。いるでしょ?」

「なに……」

 

そう言って壁からにゅっと出てきたヴィダル。

うまく隠れていたようだが、さすがに移動する揺れでわかる。

 

振り返ったヘリヤは不適に笑う。

 

「これ。シュタアルの誓約書に上書きしてきて」

「はあ?なんで?」

「何でも、お姉ちゃんのお願い。やってくれたら今夜お風呂の後に膝枕で耳掃除してあげる」

 

一瞬固まるヴィダル。何かを真剣に思案している様子にヘリヤは苦笑した。

 

「姉さんの耳掃除は血まみれになるから要らない……」

「えー、今度こそ優しくするから」

「そんな脅迫を何年にわたって繰り返してきたの」

 

プイっとそっぽを向く弟のヴィダル。

 

「じゃあ、膝枕でなでなでも要らないの?」

 

そう言いながら封筒を差し出すとヴィダルは無言でそれを受け取った。

相変わらず素直じゃなくて可愛らしい弟である。

 

まあ、今からやらせるのは共犯行為なのだけれども。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

放課後の仕事がひと段落ついたため、エイルは何となく教室で待っていると――

 

「エイル?」

 

シュタアルが帰って来た。

 

「……誓約書出したの?」

「え?あ、うん」

 

何を書いたのか。それを聞くのは無粋というものだろう。

シュタアルが願うことだ。あのヘリヤに……願う事?いや全然わからないけど。

 

何故だろう、シュタアルは「ふふふ、任せとけ!」という表情をしている。

 

「エイル。頑張ってみるよ。これに勝てれば、なんか下着盗難騒動からの変な状況も終わる!」

「武器で攻撃したらダメなんだよ?」

「いや、どっちにしろ女の子に剣で攻撃しないって。一応、武器で攻撃するだけじゃないんだけどね……俺だって」

 

というシュタアルの言葉に、エイルはふとした疑問を抱いた。

 

「……編入試験で、ラヴィーネ先生たちに――」

「いや、女の子ってそういう意味じゃないからね!っていうか、言わせないでよ、聞かれたら先生にぶっ殺されちゃう!

 試験中だって刃封じてたし、別に斬りかかってないから!!」

 

そんな様子でシュタアルがワタワタと慌てながら説明してくれる様子に、なんとなく不安が晴れた気がした。

彼らしい。そんなに長い時間を彼と過ごした訳ではない。なのに可愛らしく慌てるシュタアルが何故か懐かしい。

 

「ヘリヤの魔法の特性とか、説明要る?」

「それ聞いたら反則でしょ?」

「学校生活していたら……結構聞く話だけど。全部手の内見せてない気はするけど――」

 

最低限フェアな程度で説明しようとしたとき。

 

「彼女のお母さんの得意な魔法とか使うんでしょ」

「知ってたの?」

 

首をすくめるような仕草でシュタアルは答えた。

 

「ここ数日、ヒントはあったし……いや、なんとなくまだ隠している気はするけどさ。

 まあ、滅茶苦茶な魔法は母さんと、姉さんと、妹と、フリーレンと……なんかいろいろ……酷い目にあっても生きてきたから……死なないよ。

 ……あれ、何だろう……目汁が」

 

魔法で何かされることにトラウマに触れるものがあったのか。

ほろりと涙を流すシュタアル。というか目汁って何だろう。

 

「わかった……じゃあ、頑張って――」

 

エイルの言葉に、シュタアルは拳を上げてエイルの言葉に応える。

 

「―― おう!任せとけ!」

 

そう言って教室を立ち去るシュタアルを見送りつつ。

 

「もう少し、彼の選ぶ答えを……信じてみよう」

 

シュタアルの願う事だ……きっと彼らしい依頼を書いているのだろう。

そうして、エイルは残りの仕事を片付けるのだった。

 

■貴方の格好いいところを証明して


 

試合者の杖の管理庫。研究者のモルティスはゆっくりと鍵を開ける。

局員の権限で鍵を借りたのだ。

 

『送った、アーティファクトを使え……』

 

そう、命じられた。命じられたままにアーティファクトを開放する。

中から魔法で編まれたムカデのようなものがシャカシャカと這い出てきた。

 

凄い魔法だ。モルティスにもまったく中身が分からない。

物理体ではないそれはサーっとあたりを駆け回り、目標物を見つけた。

 

鎌のような杖。杖には様々なタイプがある。

例えばロッドと呼ばれるタイプは高度な霊木により構成されるそれ全体が魔力的意味を持つ。

ワンドは金属など素材は様々だが、先端に魔力結晶となる宝石を核に魔力を集中する。

スタッフなどは棒術でも使うことをメインとしているものだ。

 

目の前にある鎌のような杖はワンドとスタッフの中間型であろう。

ある程度これ自体を振り回すことを目的に作られているが、先端の結晶に魔力を集約する仕組み。

 

ムカデの様な魔法体はその結晶の中にずるずると入っていった。杖は強く光りやがて収束し元の状態へと戻る。

 

「ふふふ。これで……ヴィゾール様、レヴナント様……私に、魔法を!!更なる高みへとっ!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

公式試合までの期間。当然、普通に講義もあるし、学生生活もある。

学生の本分は勉学であり修行だ。そんな間の朝。まだ靄のかかる早朝の時間。

 

「おし!」

 

と、靴ひもを結んだシュタアルは比較的軽装……といっても最低限の防具はつけつつ街の外に走り出す。

オイサーストは周囲が外堀の湖に囲まれたような大型都市であり、外の湖の周りには道が……全体にあるとは言い難い。

森もまた外敵を阻む重要な要素だろう。

 

「一周……走ったらまあまあな運動になりそうだな!」

 

街の入り口となる巨大な橋へと通じる正面門。開くにはまだ時間がある。

さすがに一人で通るために開門させるのは忍びないので外壁の上に上った。

 

「おっちゃん。ジョギング行ってくるから通っていい?」

とシュタアルが指さすのは下方の橋。

 

「え、坊主何言って……一応あと1時間ぐらいしたら開くからそれまで」

「いや、開いてからだとちょっと朝遅刻しちゃうからさ」

「通るってどうやって?」

「飛び降りて、あ……一応魔法使いだから大丈夫だよ」

 

と門番の男に高等魔法学校の紋章を見せた。こういう時に身分の証明になるのは便利だ。

 

「さっきもなんか女の子が了承もなしに飛んで通って行ったが……魔物もいないわけじゃないから気をつけろよ」

「わかった。ありがとう、おっちゃん!」

「おう、がんばって――って、おい!」

 

巨大な正面門の上から飛び降りたシュタアルに門番は焦って落下した方向を見る。

飛行すると思ったのに!!と顔に書いた表情で下方を見ると

 

腕から出したワイヤーのようなものを壁の突起物にひっかけては壁を蹴り、器用に降りていった。

 

「なんなんだあの坊主?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「勝手に飛んで行った女の子ってやっぱそうか……」

「おはよー。シュタアル」

 

橋を出た先の広場、街道沿いの手ごろな岩にヘリヤが座って待っていた。

ちなみに、2匹ほど首の切れた魔物が後ろで灰化している。

 

「何しに来たんだ」

「明日試合だし、今日はもう会えないかなーって」

 

そういえば、先日から学校でヘリヤの顔を見ていない。

 

「試合は成績評価にもつながるから生徒同士で変な談合しないように隔離されちゃうの」

「俺は普通だったけど?」

「それは私が今ダントツトップだから。ちょっとした別課程で勉強してただけー」

 

なるほど、現状学内レートブレイカーな彼女はそういう特例扱いを受けてしまうのかと納得する。

それに引き換えシュタアルには現状、疑惑の変態というレッテル以外が存在しない。

 

「ここ、走るの?一周でも結構あるよー?飛行魔法で飛ばせば30分もかからないけど」

「飛べないから走るよ」

 

シュタアルの回答にヘリヤは歓喜の様な笑みを浮かべる。

 

「森の奥に行かなくても魔物はある程度いるけど。シュタアルは気にしないんだね……いや、相手にすらならないのか」

 

彼女は灰となった首のない魔物を見ながらつぶやいた。

 

「……まあ、なまる訳にはいかないしね」

「そう……やっぱりシュタアルは魔法使いではないんだね。どうしてここに来たの?」

 

どうしてか? 将来のため、親の勧め、外の世界を見るため、姉の呪いの解決策に近づくため……いろいろあるけど。

 

―― 『それでもです。あの人がどれだけの高みにいるか……それを知るためにもシュタアル様は少し外を見たほうが良いでしょう』

 

姉弟子ルーエの言葉をふと思い出す。強くなるために、強い人と一緒にいるだけでは……その背を追うだけでは、本当はダメなのだろう。

強い力だけでは、真に強くはなれない。それは……狂人ヴェノムとの戦いで嫌という程に思い知らされた。

 

たくさんの人と出会い、触れ、他者の願いと想いを理解しなければ……自分の本当の信念の形も、願いの真偽も分からない。

 

だから――

 

「そうだな……ヘリヤとエイル、ヴィッツやライゼ、ラヴィーネ先生、ユーベルさんやラントさん、まだ出会ってない人たち」

「……」

 

ヘリヤは表情を崩さずシュタアルを見つめる。

 

「そんな、みんなに出会うために、ここに来たのかもしれない」

「……やっぱり素敵ね。どうしてそんな私が考えないようなことをシュタアルは考えるのかしら。不思議だわ」

 

シュタアルの解答を聞いた彼女は、岩からゆっくりと立ち上がり、こちらに歩いてきた。

 

「在り方は、似ている気がするのに、シュタアルは私といつも違う。本当に不思議。面白い」

「いや、そりゃ別人だし違うでしょ。俺は血のつながった妹すら理解不能なぐらいに別人と思ってるよ」

「そう……そろそろ私帰るね、試合楽しみにしてる。7年も待ったんだもの。がっかりさせないでよね」

 

そう言って飛行魔法でヘリヤはゆっくりと飛び上がる。

スリットの入ったスカートがはたはたとめくりあがって太ももに目が……行きそうになったが逸らした。

首筋がチリチリし始めたからだ。ルーエ姉さんは厳しい……

 

「シュタアルならパンツ見ても全然許してあげるよ?」

「許してくれない人がいるんだよ」

「その人ともいずれ会いたいな……私見てどんな顔するだろ」

 

そんな彼女の言葉に脳裏に浮かんだのは巨大な竜と鎌を持った死神が対峙するような絵ずら。

血の雨が降りそうな気がしてシュタアルは苦笑いする。

 

「まあ、いいや。多分エイルと私は、その首筋の痕の先にいる人と会うことになるよね。楽しみだわ」

「……真面目なようで熾烈な人だから、ケンカしないでね……」

 

こぼすように返事をしたシュタアルに、ヘリヤは満足げに微笑んだ。

 

「じゃあ、シュタアル。明日。貴方が、今も変わらず、最高に格好いいってことを私に証明してね」

 

ヘリヤはそう残して返事も聞かずに飛んで行ってしまった。

 

「いいなぁ、飛行魔法……」

 

シュタアルもまずは目の前のタスクを一つずつ片付けるために、朝のオイサーストの外周を走り始めたのだった。

 

~ 学園と灰燼と白翼の戦乙女 05 to be continued ~

 




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