葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション


■ あらすじ
父シュタルク、母フェルンの暮らすクレ地方を後にし、オイサーストの高等魔法学校へと進学したシュタアル。
彼を待っていたのは7年前に出会ったという二人の魔法使いの少女との再会だった。

シュタアルの登校初日の大惨事の末、お互いに過去の思い出を失っていたエイルとは再度、友人関係を結び直すことに成功する。
しかし、その翌週。学内屈指の問題女生徒のヘリヤはシュタアルの行動に介入を始める。

彼女の行動に身に覚えのないシュタアルはうろたえるが、ヘリヤは笑みを崩さずに彼に告げる。

「私はあなたを知っている。ただそれだけ。シュタアルは今の私を知ってほしい。エイルと一緒に。また始めよう」
「―― だからさ―― 死合おう?」

そんな鮮烈な少女のヘリヤ、彼女の訴える7年の執着を前に、「試合をする」という要求をのむことを決めたシュタアルだったが……
エイルとヘリヤ、彼女らの両親であるメトーデとゲナウ、そしてユーベルとラントの親の想い、シュタアルの観測する魔族の思惑。
そして――

「これ。シュタアルの誓約書に上書きしてきて」

シュタアルの知る由もないところで張り巡らされるヘリヤの罠。学生同士の個人決闘の裏で物語は激しく揺れ動き始める。

■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に埋め込まれている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。15歳。姉のヘリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋で、ちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。


学園と灰燼と白翼の戦乙女 06 ~The Academy, the Ashes, and the White-Winged Valkyrie~【第3部】

■決戦前夜


 

北側諸国 オイサースト 高等魔法学校男子寮

 

「ヘリヤとの決闘、明日か……」

 

外ハネした青紫の髪、三白眼の瞳の青年は今年で17歳になったシュタルクとフェルンの長男。

机の上で講義の復習を終えたシュタアルは背もたれにもたれかかって伸びをする。

 

「今日は……平和だったなぁ」

 

父と母に追いつくため、魔族の呪いに苦しむ姉弟子ルーエの運命を救うため、故郷の外に出て学び、成長するためにオイサーストの高等魔法学校へと進学した。

登校初日から下着泥棒に間違えられたり、特異種のドレイクと戦ったり……

 

そして、7年前に出会ったという女の子、エイルと再会したり……

もう一人、7年前の記憶があるという女の子ヘリヤにパンツをポケットに突っ込まれたり、それをエイルに見られてひっぱたかれたりしたわけだが。

 

故郷の日々が平穏平和だった……訳でもないけど、こっちに来てから毎日が激動で……その最たる事象が明日の午後の学内公式試合だ。

 

――「私はあなたを知っている。ただそれだけ。シュタアルは今の私を知ってほしい。エイルと一緒に。また始めよう」

――「だから――死合おう」

 

死合いと呼び、命懸けのせめぎ合いの果てにある真剣勝負を望むヘリヤ。彼女が試合を申し込んだ。

ご両親が一級魔法使いのユーベルとラント。諸般の事情で拉致……いやご挨拶したのだが、本物だ……血筋と性格が色んな意味でガチだ。

彼女そっくりのお母さんなのか、母親そっくりなヘリヤというべきなのか……蠱惑的な笑みで迫ってくる母娘に逆らうことができない。

決して下心なんてない。ほだされてなんてない。押し当ててくる柔らかさに負けてなんてない。時々見える太もものラインなんて全然気にならない。

ふとした瞬間に見せる笑顔が可愛くてNOと言えない訳じゃない。ちょっと弱みを握られただけ……

 

それを言うと、エイルも相当なサラブレッドだ。彼女の父親はシュタアルの進学を推薦してくれた人物と聞いている。

挨拶に行かなければならないのだが……なんか今のエイルに「君のお父さんに挨拶をしたいんだ」というと何かが拙い気がしてならない。

彼女は初日の騒動で仲良くなれた……と思いたい。ことあるごとに迷惑をかけてしまっている。いろんなことでフォローしてくれて、正直助かっている。

しかし、毅然とした中に時々可憐さを見せてくるのもまあまあ困る。なんか目が離せない。

あと、ルーエ姉さんに負けないボリュームがすごく困る。これも、視線の回避(?)が難しい。

あれ、何の話だっけ? そう、推薦してくれたという彼女のお父さんだ……ラヴィーネさんから聞いた限り「堅物が服着て歩いているタイプ」だそうだ。怖い。

 

「でもそのうちお礼はしないとなぁ……」

 

そんなこと考えても答えは出ないので、ひとまず明日の対策を考えることにした。

 

✧✧✧✧

 

「シュタアル、ティアフォート。今日はちょっと特殊なお話だ」

 

彼らにとっての大師父であるフリーレンは彼女の部屋の黒板に『心象の魔法』という文字を書いた。

 

「さて、意味は分かるかな?」

「魔法はイメージが重要って話?」

 

シュタアルが首をかしげながら答えるとフリーレンは「はずれ」と淡泊に反応する。

 

「深層心理にある強烈なイメージに触れる魔法……ですか?」

 

と答えたのは妹のティアフォート。

 

「流石ティアフォート勉強しているね。そう、深層心理に深く根付いた魔法だ。

魔法は解析されて体系化されたものとそうでないものがある。大半は前者だ。一般攻撃魔法や防御魔法はそうだね」

 

フリーレンはそう言いながら防御魔法の六角形を掌に出した。

 

「この限りではない魔法とは何か?という問いには実際のところ、答えがない」

「どういうこと?」

「千差万別の人の心の在り様の中で最も強烈なイメージに魔力が乗ったとき。その魔法は理屈を凌駕することがある。

それが心象の魔法の理屈だよ。もちろん体系化された魔法でも起こりうる。

自分の心がどんな形でどんな色をしているのか?その個々人の中にある強烈なイメージにぴたりとあてはまる魔法があるならそれだ」

 

気になったシュタアルは挙手をしてフリーレンに確認する。

 

「フリーレンは何が使えるの?」

「私? 残念ながら答えてあげられないかな……秘密だ」

「えー!」

 

ふふんという感じで笑うフリーレンは、「大事なのはここから」と付け加えた。

 

「この魔法は……正直、教えたから出来るという訳じゃない。自己と世界そして魔法をどうとらえているかの話になる。

どちらかといえば、これをメインにする魔法使いにどう抗うか……という点の話をしよう――」

 

✧✧✧✧

 

フリーレンは結局彼女の心象にある魔法を教えてくれはしなかったが、原理は分かった。

一級魔法使いで言えば、ユーベルのだいたいなんでも切り裂く魔法(レイルザイデン)やラントの使う分身魔法などがそうだという。

オイサーストに旅立つ前の母のフェルンが使った魔法もそれに近い。

母が後天的に身に着けたそれは「家族を守りたい」という母フェルンの信念と絶大な努力の結果だとフリーレンは言っていた。

 

「自己と世界、魔法……信念か……」

 

ヘリヤの口ぶりからするとおそらくは、だいたいなんでも切り裂く魔法(レイルザイデン)を使うのであろう。

両親ともに特異な魔法を少女ヘリヤ。なんとなくそれだけで済まないとは思ってる。おそらくそういう魔法使い。

いまだ未熟ながらも、シュタアルの直感はそう告げている。

 

どんなに跳ねのけようとしても、心の隙間を無理やり開くように入ってくる彼女は、いったい何を使ってくるのだろうか。

 

――『私の信念は ”目の前の閉ざされて隠されたものを、こじ開けてでも真理を見る” こと』

 

一瞬何かが頭をよぎった。と共にかすかな頭痛が走る。

何か大切なことを……彼女から聞いたような気もするが思い出せない。

 

✧✧✧✧

 

「はあ、やれやれ」

 

教員室の壁からずぶずぶと透き通る様に投下して現れたのはヘリヤの弟ヴィダル。

夜の教室。今夜は両親の帰りも遅いのでちょうどいいと教師たちも帰った後の学園に乗り込んだ。

 

「まったく、こんなこと僕にさせるなんて」

 

姉のヘリヤの依頼。シュタアルの出した誓約書。これを姉が偽造した内容に置き換えるというもの。

『書いてある内容は見ないでね』と言っていたのでろくでもないことが書いてあったんだろう。

 

「……」

 

手元にあるのは、あの男の書いたという誓約書……見るべきではないだろう。

だが、これはあの男が勝ったときに姉のヘリヤが守るべき内容が書いてあるはずだ。

 

「破廉恥な事書いてないだろうな……」

 

入れ替えてしまったが、もしそんなことを書いていたならば……

と思いつつゆっくりと書類を開いた。

 

「……『預かり物を返却させてください』……はあ?あの男は何を言って……」

 

というあたりで思い出した。そういえば。姉は初日の騒動のどさくさに紛れにあの男のポケットに自身の下着を入れていたのだ。

つまり預かり物とは……姉のパンツだ……

 

ばかばかしさのあまり頭を抑える。あの男、試合に勝ってパンツを返したい……だと……なんという無駄で回りくどい……

 

「いや……」

 

実にばかばかしいことだが、こうするのがある意味合理的かもしれない。普通には返却を受け付けないだろう。

まあ、今こうして封じられたわけだが……姉はそんな確信のもとにこれをさせたのか。

馬鹿正直に姉の掘った落とし穴に丁寧にはまっていく様子に、若干の同情も感じてしまう。

 

「姉さんは……なんて書いたのかね」

 

ため息をついたヴィダルは手元の書類を焼却してその場を後にした。

 

■試合の朝の場外試合


 

オイサースト 魔法協会執務室

 

「メトーデ。学園側からの報告だが……この試合申請」

 

メトーデの執務室にやって来たのは夫のゲナウ。

折り目正しく、協会の正装を着こなす彼は書類を手に、つかつかとメトーデの元にやって来る。

ちなみに、今朝その折り目正しい正装の襟を綺麗に整えたのはメトーデなのだが。

 

「はい。どうやらシュタアル君。ヘリヤさんと戦うようですね」

「……聞いていないぞ」

 

何やらむすっとした様子で答える夫。

 

「気になりますか?

エイルが先日からずっとソワソワしていますし、その理由が分かってしまったという感じですか?」

「ぐッ……」

 

ズバッと伝えると、相変わらずよく響く夫。

 

「なぜ、お前は知っている?」

「言っていませんでしたか? 私が救護と会場の封印結界の監督をしているのです」

「おい……聞いていないぞ」

 

本日2回目の「聞いてない」を頂いてご満悦の顔を見せるメトーデ。

拗ねた顔を見られたくないのか、若干顔を横に向けるゲナウの様子に笑みが漏れる。

 

「いずれはこうなることが分かっていたはずです。

ヘリヤさんの研鑽は決着を望むでしょう。その研鑽が相応しい相手なのかを知るために」

「……他人の子のことだ」

 

表面上はいたって真面目で冷静な表情のゲナウは、切り捨てるように言う。

しかし、気持ちの中では頬を膨らませて拗ねているのだろう。

 

「いずれも等しく、魔法使いの未来ですよ。私たちのエイルとリーンの未来でもあります。

ゲナウさんが一番気にしていたはずです。仲間外れにされたからと子供みたいなことを言わないでください」

「……詭弁だ」

 

ため息をついたのは、一時的な白旗の証だ。

 

「午後の仕事が終わったらすぐに行く」

 

娘をたぶらかしている怪しい少年のことが気になって仕方ない様子の夫。

 

「私も現場のことは現地メンバーに任せていますが……一緒に行きましょうか。

協会前で待ち合わせましょう」

 

と言っていたあたりで。

 

「あっれー?ゲナウも居るじゃん。業務時間中に夫婦で密会?」

 

部屋に入って来たのは一級魔法使いのユーベル。

突然オイサーストに戻ってきた彼女とラントには帝国近郊の近代魔法史の編纂を依頼している。

 

「馬鹿なことを言うな」

「ついさっきの会話はデートの約束に聞こえたけど?」

 

半眼……といっても彼女の目つきはいつもそんな感じだが、ユーベルはじーっとした目つきでゲナウを見つめる。

『脆弱性みーつけた』と言わんばかりの顔つきだ。

 

「メトーデ……」

「ユーベルさん。やめてください。ゲナウさんは繊細な男性なのでせっかくのデートの申し込みに失敗してしまいます」

「おいっ!まて」

 

「そうなんだー、ごめんねー」と言いながら、持ってきた書類を渡してくるユーベル。

メトーデも「はい、承りました」とそれを受け取った。

 

「じゃ、確認よろしくね。残りももうすぐ仕上がるから。今うちの真面目なダーリンが頑張ってる」

「……不真面目なお前は何をしているんだ」

「肩揉みとか?」

「仕事をしろ」

「してるじゃない。こうして言われたレポートも出してる」

 

ユーベルの人を食ったような言い方に、ゲナウは額を抑えてため息をつく。

 

「ユーベルさん。そろそろ本題を教えてくれませんか?」

 

もちろん仕事上は仕事のレポートを渡しに来たのだろうが、完成後に全部持ってきても構わない。

ゲナウが部屋にいる状態でわざわざやって来たことに意味を感じる。

 

メトーデの言葉に、ユーベルが口角を引いて笑う。

彼女独特の獲物を前にした肉食の獣を想起させる笑みだ。夫のゲナウはさぞかし苦手なタイプであろう。

 

「そう……おしゃべりしに来たんだ。私、お話好きだから」

「聞きましょう……」

 

そう言ってメトーデは魔法で部屋の端にあった椅子をユーベルのほうに引き寄せた。

 

✧✧✧✧

 

「シュタアル君。私たちがもらうね」

 

椅子に座り、足を組んで、右手を差し出すように前に突き出したユーベル。

微笑う彼女の開口一番はそんな言葉。

 

これにはゲナウの表情は変わらなかったが、目線は動いた。

少し、苛立っているときの反応だとメトーデは解釈する。彼は怒ったときほど表情に出さない。

 

「……どういう意味ですか?」

「ヘリヤが欲しがっている。私達もこっちに来る前の経歴を調べた上で彼の事を実際に見てみたんだけど……

面白い子ね。さすがフェルンが育てただけはあるなあ。内心にとんでもない怪物を飼っている。

怯えながらも、目に映るすべてを救済したいと願う、エゴまみれの男の子。あんなのヘリヤが欲しがるに決まってる」

「……よくわからない理由だな」

 

ゲナウがつぶやく様に返したが、おそらく肌感覚では似た感じを受けている。

かつて娘たちを、その命を捨てるような行動で救った少年は、大きく成長し……そしてその真は何も変わっていない。

失ったはずなのに、ただまっすぐに、愚かで、高慢なほどに、純粋な――

それゆえに、迷っていたエイルの魂も引き寄せられるように動き出した。

 

「一つ聞きたいんだけど、1年前のクレ地方の魔族の襲撃事故……私たちに詳しい情報をくれなかったのはなんで?」

 

ユーベルの言葉にゲナウは隣のメトーデが気付く程度の小さい舌打ちをした。『目ざとい奴め』という意図であろう。

 

「表向きにはフェルンたちが片付けてるけど、隠匿されているフェルンとフリーレンの報告書。

あれを見れば分かる。あの子はおかしい。目の前で助けたかった無辜の人たちを魔物に堕とされ、自ら手を下すしかない状況だ。

一人で戦い、毒を受け、それでもなお立ち上がり剣を振るった。今なおああしている。アレは何なの?」

「……一人で戦った……わけではないと思いますよ」

「変わらないよ。あの子は一人でも歩き出してしまう。そういう子だ。放っておくと本当に危ない。だから私たちがもらうね」

 

よくもここまで勝手な言い分を……と言いたいところだが、メトーデとゲナウの危惧とは180度異なる見解とも言い難い。

 

「……考えすぎだ。一学生だぞ」

「ゲナウは、あの子のこと、気に入らないんでしょ。じゃあちょうどいいよね。私たちでもらうよ?」

「ラント一級魔法使いもいい顔はしないだろう」

「ラント君は私が甘えたら『うん』って言うし」

「……」

 

今の言葉に露骨に顔をしかめたゲナウ。まあ、思うところがありすぎるのだろう。

流石にその反応にはメトーデも苦笑した。だが……

 

「ユーベルさん。言いたいことは概ね理解しました」

「そう……」

 

試すような視線でメトーデを見つめるユーベルはどこまでも挑発的。

彼女の本意はきっと表向きの言葉の裏にあるもの。

 

「私から言えることは一つだけです」

 

瞳を見開きメトーデが正面のユーベルに返す言葉。それは。

 

「私たちのエイルを……侮らないでいただけますか?」

 

メトーデの言葉にユーベルは瞳孔を大きく開いた。

ターゲットを見つけた獣のような瞳の輝き。

 

「それが聞きたかった。今日の試合の結果楽しみにしてる。

あと、彼の首筋の魔法の主……その子とフェルンにも言わないとね……」

 

ユーベルは椅子からゆっくりと立ち上がり、手を振りながら部屋の扉へと向かう。

 

「ご挨拶周りとはご丁寧なことですね」

「フェアに行こうよ。彼は一人しかないし……

まあ、あの純朴な子が3人とも選ぶって気概を見せてくれても私はいいかな。じゃあね」

 

閉じられた扉の先をゲナウが睨んでいる。

おそらくユーベルの最期の選択肢が夫的にはちょっと許せない部分はあるのだろう。真面目な人だから。

 

「私も……当人たちが納得するのであれば、血が流れるよりよほどいいと思ってますよ」

「……お前までそんなことを言うのか」

「……それぐらい、譲れないことは人生において稀にしかない。

ただそれが3つ……で済むのかは知りませんが。偶然にも重なり合ってしまっただけ」

 

先ほどまでユーベルの座っていた椅子に今度はゲナウが腰かけ大きなため息をついた。

 

「もういい。とりあえず、午後の試合に間に合うように仕事を急ぐ」

「そうですね、会場まで腕を組んでいきましょう。夫婦ですし」

 

ゲナウはそれには返事をせずに手を振って部屋を出て行った。

こういう時の彼の無反応は大体こうだ。

 

『お前のやりたいことに合わせる』

 

自分も含めて、魔法使いとは難儀な生き物たちだ。

 

■試合準備の謀事


 

北側諸国 人知れぬ場所

 

「レヴナント、大体の準備はそろった」

「そうですか」

 

全身が包帯に包まれた魔族、千里眼のヴィゾールは青白い燃えるような髪を携えた魔族レヴナントへと報告する。

 

「所有者がある程度追いつめられると発動する。これでいいのか?」

「はい。十分です」

「良いのか?死亡率が高いのは術者と至近距離で被害を受けた相手だ。件の子供を育てるんじゃないのか?」

 

椅子に座り、手すりに肘をついていたレヴナントは口元をゆがめて苦笑したようだ。

 

「はい。育ってくれれば頂上。濁ってくれればさらに上等。死ねばまた探せばいい」

「そうか……まあ、我々の価値観で行けばそうだな。しかし計画の近道ではなかったのか?

それに……お前の仇敵であろう。あれの親はリヴァーレを――」

 

その瞬間、レヴナントは瞳の形をゆがめた瞬間、目に見えない速さで動く。

 

「ぐっあ……レヴナント、止めろ。得のない行動だ……」

「今の……言葉を取り消せ」

「愚かしい。我々に感傷は無意味だ」

 

レヴナントは「ふん」と言いながらヴィゾールを手放す。

 

「個人の復讐か。目的と切り離せよレヴナント」

「言われるまでもありません」

 

再びレヴナントは椅子に座り足を組んだ。

 

「我々の目的は……シュラハト様の計画を引き継ぎ、魔族の未来を救済することです」

「分かった。傀儡にとらえた男も、動けるように準備しておこう。現場には目くらましもいるだろう」

 

✧✧✧✧

 

再びオイサースト

 

「ふふ。これで私は。世界の真意に迫る魔法を。素晴らしい」

 

研究室の責任者であるモルティスは自身に割り当てられた部屋の椅子に座りぶつぶつと言っている。

かつて失われた魔法『眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)』。あれがあれば様々なものが変わる。

人は肉体というくびきから解放され、力を得ることが可能となる。獣も、魔物も、魔族も、あるいは……

 

「フフ……ははは……エルフの様な人類に生じた奇跡のような存在を……

悠久の時を生きる規格外をこの手で生み出すことすら……可能になる。私の名が歴史に残るぞ……」

 

男は研究室の片隅で不気味に笑い続ける。

そんな彼のテーブルの上のアーティファクトが反応し、像が浮かび上がり、声が響く。

 

『―― モルティス。次の命令だ―― 』

 

✧✧✧✧

 

「姉さん。一応、昨日入れ替えたけど……結局どうするの?」

「んー、ありがと。ヴィダル。今夜いっぱい撫でてあげるね」

「いや、それはいいから……」

「膝枕でだよ?」

「……」

 

ヘリヤは黙り込んだヴィダルの頭を撫でる。

 

「よしよし。素直なヴィダルは可愛いね」

「そういう、舐めた言われ方癪なんだけど」

「舐めてないよー。ヴィダルの魔法はすごいんだから良いじゃない。ママがヴィダルの魔法が真似できないって言ってたよ」

 

頭から抱き込んでなでなでしてくるヘリヤの腕をほどいて距離をとるヴィダル。

 

「父さんの魔法も真似できないでしょ。母さんは感覚でやってるから、高度な魔法は真似できない」

「んー。そうでもないと思うんだけど……まあ、パパもヴィダルもなかなか難しい性格してるしね。

ちょっと、分からないぐらいが丁度いいのかもね。ママがパパの傍にいるのも。なんだかんだ溺愛しているのも」

 

姉の言葉の真意がわかる様でわからなかったヴィダルはうんざりした顔で姉の手を振り払う。

 

「で、差し替えた内容は結局何なのさあれ?」

「秘密ー。聞いたらたぶんヴィダル怒るからいわなーい」

 

結局、言うつもりは微塵もないだろう。

ヴィダルはため息をついてから思い出した事を口にする。

腹立たしいが、どう思っていたのかぐらいは……伝わってもいいだろう。

 

「……あいつの書いてた内容だけど『預かり物を返却させてください』だってさ」

 

その言葉にヘリヤは一瞬瞳を見開き、すぐにいつもの表情に戻る。

 

「シュタアルらしいね……。真面目で。無欲で。ちょっと残酷」

 

パンツ返されるのって残酷なんだろうか?

ヴィダルには姉の言ってることは少々……いや、かなり分からない。

 

「どうするの?」

 

だから真意を聞いてみる。

「そうだなぁ」と口元に指をあてて思案する姉は――

 

「――全部手に入れるまで止めないわ」

 

―― 捕食者のような笑みでそう告げたのだった。

 

✧✧✧✧

 

「おし!やるか!」

 

控室で返してもらったレーヴァテインを撫でてからシュタアルは立ち上がった。

 

「本当に、ヘリヤの魔法の事教えなくていいの?」

 

控室にはエイルが来ていた。魔法的なやり取りや物理的な授受がないなら、特に制約は受けていない。

 

「エイルは心配性だな。いいよ。ちゃんと戦うから。負けないように頑張るよ」

「……敗者は勝者の要求事項を飲むんだよ?一応条件の受諾は試合前にするけど……

出すのヘリヤだし……その……」

 

確かに、ヘリヤがそんなに生易しいことで納めてくれるとは思えないが、それを言っても仕方ない。

それに、彼女はこの命令権自体にはそんなに興味がないのではないかな……というのがシュタアルの予想。

先日の夕暮れに「死合おう」と言ってきた彼女の真意は、そういう下心を抜きにした言葉のように思えた。

 

「きっと、こうしないと収まらない気持ちがあって。

ちゃんと受けとめないと友達としても前には進めない。

そういうことも、あると思うんだ。きっとそんな変なことにはならないよ」

「……」

 

なんとなく不服そうなエイル。ブーツのひもを締めたシュタアルは改めて彼女に向き直った。

 

「ありがとう」

「えっ?」

「心配してくれたんだろ?ヘリヤの戦績を見ると、結構物騒な結果が多いから……初試合で腕をぶった切った以上のことはやってないけど」

 

おそらくだいぶ加減を覚えたらしい。

加減をして無敗。どれほど力を持て余しているのだろうか。

そう考えるとエイルの心配も当然に思える。

 

「ウチにヤバい魔法使いが何人かいてさ。ここに来る前にも何度もぼこぼこにされたよ」

「……ご家族の人?」

「ご家族の人……母さんとか師匠とか、いろいろ。まあ、だから大丈夫だよ。生存力だけは父さんに負けてないらしいから」

 

なんとなく……まだ信じてもらえてない感じがあるのか……何か不安そうだ、いや不満なのか。

 

「……私だって――」

 

視線を外した瞬間、エイルから小さな声が聞こえた。

向き直ると、プイっと顔を背ける。

 

「弁当……」

「?」

「エイルが作ってくれたお弁当。うまかったから……面倒じゃなければ、また一緒に食べたいな」

 

シュタアルの言葉にエイルは息をのんで「シュタアル……」とつぶやく。

 

「来週からもまたみんなで食堂行こう。またそういう感じに戻れるさ」

「……えっ」

 

ヴィッツやライゼ、ヘリヤも。突然始まった昼食会だったけどシュタアルはうれしかった。楽しかった――

という所まで来て、ふくれっ面になったエイルが女の子握り拳でポカポカ叩いてくる。

 

「あれ?なんで……?」

「もう、早く試合にいけぇ、馬鹿シュタアル!」

「え……はい……。どうして怒ったの?」

 

そう聞くとエイルは「怒ってない!」と怒ったようだった。

 

結局、控室から出るまでポカポカされて続けるしかなかった。

 

■これは彼女の謀事


 

学園の隅にあったスタジアムっぽい場所は、講演や演劇、合奏などの様々な催し物用だと聞いていたのだが。

 

「試合会場にもなるんだ……」

 

シュタアルの故郷のクレ地方ではあまり見かけない規模のもの。

こういうことが出来るのはオイサーストや魔法協会という組織の規模や権威の象徴なのかもしれない。

あと、魔法使いも多ければ建設もはかどるのだろう。うらやましい限り。

 

正面には見届け役として出てきたラヴィーネ先生とその隣にヘリヤが待っている。

 

今日の講義は午前までということで結構な生徒も見に来ているようだ。観客の喧騒が耳に入る。

シュタアルは学園に来て以来、下着騒動で顔が変態として微妙に知れてしまった……冤罪だがどこまで伝わったかわからない。

ラヴィーネ先生とカンネ先生からは学内の連絡でちゃんと伝えているということだ。

 

(学園長までは見に来ていない……?)

 

会場にはレルネン学長やさらに上位の魔法使いは見に来ていない。

流石にそこまで注目されるわけではないだろう……とシュタアルは安堵する。

これは、いわばヘリヤが時折やらかす対戦沙汰の1カード。田舎から来た変な少年との戦い。

 

(まあ、そうなるよな……)

 

ゼーリエに謁見する機会があるならとちょっと期待はしたのだが。シュタアルとしては聞きたいことが山ほどある。

ちなみに、シュタアルは把握していないが……実は結構な数の一級魔法使いがこの試合を遠隔で見ている。

単純に忙しくて来れないのだ。

 

「シュタアル、そのラインのところで待機だ」

 

ラヴィーネ先生の指示通りの位置で立ち止まると、正面のヘリヤはニッと笑って手を振ってきた。

これから試合するんだよね、俺たちという顔で返すと、彼女は口角を深く上げる。

 

「これより、誇りある魔法使いとしての決闘を執り行う。

ルールは事前に説明した通り、魔法による攻撃のみを許可する。体術、杖は道具による『攻撃』は一切禁止だ」

 

ラヴィーネからの説明。一応試合を申し込んだ後の誓約提出に聞かされた内容。

 

「未来ある、魔法使いの教育機関として相手の人生を左右する致命の攻撃も禁止とする。

この上で、戦闘不能状態への移行、場外を持って試合終了とする。いいな!」

「分かった」

「はーい」

 

二人の返事にうなずいたラヴィーネ先生。

彼女は中央の祭壇にあった誓約書類を2枚、魔法で手元に寄せる。

 

「これより、勝者による敗者への要求を開示する。対戦者の了承をもってこの契約の受諾とする」

 

遂にこの時が来た。これで無事、家にある黒のレースの際どいあれの返却が叶う。

女の子のああいう感じのものが部屋にある状況だ。

それだけで微妙に落ち着かないし、心が乱れると首筋のルーエ姉さんの咬み痕がじりじりする日々だった。

ようやく解放される。

 

「挑戦者……なんで1位のお前が挑戦者なんだ……まあいい。ヘリヤの要求を開示する」

「どうぞ」

 

ラヴィーネの前にヘリヤの誓約書が開かれた。

目を通したラヴィーネが若干頭を痛そうにしているのが分かる。

 

「あー、『敗者は、在学中。学内では常に勝者の傍にいること。特異な事情を除き、傍を離れることを禁ずる』

お前なぁ……試合で要求すんなこんなもん……」

「いいじゃん。可愛い乙女のお願いよ。どう、シュタアル?」

 

案の定、束縛強めの要求が来た。敗北は非常に厄介なことになる。

そして観客席から圧強めの気配を感じる。ちらっと眼を向けるとエイルがそこに座っていた。

両手を祈るように重ね、協会の女神像のようなポーズだ。ただ、うっすら笑いながらちょっと目に生気がない感じが怖い。

 

「……了承する」

 

そう答えると会場がわいた。滅茶苦茶ざわざわしている。

『従属契約だ……』『ドMだ……』『変態だ……』という心無い声がちらほら聞こえる。

 

そんなんじゃないよ!!と叫びたいがひとまず飲み込んだ。

誓約書は青い魔法の炎で焼かれて魔力の球体となり、シュタアルの胸の前で止まる。いわゆる契約成立待ちの状態。

 

「階位がないので、防衛にはならんから、受諾者のシュタアルの要求を開示する」

 

そう言ってラヴィーネはもう一枚の誓約書を開いた。――と同時に彼女は噴き出した。

爆笑という感じではなく、驚きのあまり唖然としながらこちらに視線を向ける。

『おまえ、正気か?』という意図が読み取れる。

 

どういう事だろう?「預かり物を返却させてほしい」という願いはそんなに唖然とするものなのか?

首をかしげるシュタアルだったが……

 

会場には響かないように拡散魔法を閉じたラヴィーネがこっちに来て耳打ちしてきた。

 

「おまえ……これ、本気か?いいんだな、読むぞ?どうなっても知らんぞ」

「え、そんな変な事書いたかな? 誰も傷つかない平和的に収まる方法を考えたんだけど……」

「まあ、ある意味あいつが平和になる可能性は否めないが……こんなものを教師に声高に読ませようとするお前の感性を疑う……」

 

諦めたような顔をしたラヴィーネ先生はため息をついて再度元の位置に戻った。

滅茶苦茶嫌そう……どうしてだ?預かり物の返却ってそんなに禁忌に触れることなの?パンツのことって隠しているのがダメ?

でもそれ書くの恥ずかしいんだもん……などシュタアルが頭をひねっている最中。

 

正面のヘリヤが凄絶な笑みでこちらを見ているのに気づいた。

 

―― あ、これ―― 彼女を舐めていた……いや信頼の方向を間違えた……

―― 先の彼女の要求すら罠だ

 

「読むぞ……『敗者はいついかなる時も勝者に側付き、あらゆる命令に傅き、どんな時でもこれを拒むことなく実行すること』」

 

読み上げられた要求内容にシュタアルの目の前が真っ白になる。

 

―― 嵌められた……

 

✧✧✧✧

 

「あいつマジか……そんなのお願いしちゃうのか?」

「なんか……すごいことになっちゃったね……あんまりシュタアル君らしくないけど。ヘリヤさん滅茶苦茶笑ってるし」

「んー?まあ確かに」

 

というのヴィッツとライゼ。編入したてで、変態のレッテルを張られたシュタアルに手を差し伸べてくれた同級生の男友達だ。

事の経緯を知っている彼らとしては聞いた情報をそのまま受け取るにはちょっと疑問が残る。

 

「痛っ!?なんだ?」

 

とピリッとした感覚を覚えたヴィッツは背後を振り返ると、魔法で光る羽が降ってきていることに気づいた。

エイルだ。その隣にいる友人が必死に呼びかけている。

 

「エイルちゃん!エイルちゃん!?どうしたの……? 目に光がない。滅茶苦茶怖いよ!」

 

ツーテールで髪を結び眼鏡をかけた少女はドワーフのクォーターで錬金系の魔法を学ぶ。

比較的おとなしめの性格でエイルと気が合うため入学時から仲が良いのだが、専攻を錬金としているので普段の教室が異なる。

 

「ふふ……シュタアル……私……貴方を信じて……お弁当おいしかったって……ふふふ……どうしよう」

「エイルちゃん!?なんか落ちてきてる!?羽?なにこれ……?笑顔が怖い!!」

 

呼びかけても心ここにあらずのエイル……

エイルの様子をずっと見てきた少女にもわかる。ここ数日すごくうれしそうだった原因は編入生の彼だ。

なんかあったんだ!でもさっきの要求はどう聞いても酷い。酷いが……いろいろエイルから聞いた話とちょっと一致しない違和感がある。

 

「……シュタアル……勝ちたいの?……負けたいの?……来週から元通りってどういう事?……私を信じさせて」

 

そんな学年代表で才女の美少女の様子がおかしいのを見ていたヴィッツとライゼ

 

「やっぱ地獄に落ちると思うわ、シュタアル」

「うーん。否定要素がないかもしれない」

 

彼の人間性を疑ってはない。数日一緒にいただけで、いいやつだって知ってる。

でも、やっぱりそこの線引きは男としては退けないのだ。

 

✧✧✧✧

 

嵌められたが、宣言されてしまった。ヘリヤは滅茶苦茶嬉しそうに笑っている。

ラヴィーネからヘリヤに受諾の有無を視線で問う。

 

「望むところよ」

「ちょっ!! 望むなぁァァァァ!」

 

シュタアルの叫びもむなしく、誓約書は燃え上がり――

 

「いやあああああ!だめぇぇぇ!」

 

情けない声もむなしく誓約の魔法は二人の胸の中に入り、受諾された。

これで勝者と敗者が決まった段階で契約が成立する。

 

「勝っても、負けても……負ける……!?」

「―― 私の7年分。全部受け止めてね。シュタアル」

 

✧✧✧✧

 

「隷属宣言……」「変態だ……」「王様かよ……」「クイーンが受け入れたぞ……どうなるんだ?」などとざわつく会場。

観客席で遠回しに見ていたヴィダルは膝をついていた。

 

「姉さんは……阿呆かぁぁぁぁぁ! 父さんが知ったら……いや、もう見ている可能性があるけど」

 

命じられた段階で変なことをするのは分かってはいたのだ。何故受け入れてしまったのか。

想像の斜め上を行く状況に共犯してしまったことをひどく後悔する。これなら差し替え前の要求のほうが随分マシだ。

 

「ぐううううう!」

 

このままでは姉が、あいつのものに。何か邪魔する手立ては!?

と、必死に思考を巡らせるヴィダルをよそに残酷にも事態は進む。

 

―― ドォォォン ――

 

と、魔法の銅鑼が鳴り、試合は開始された。

 

■貴方の死線(デッドライン)


 

「始めぇ!」

 

よく通るラヴィーネの声と共に試合は始まった。

だがシュタアルとしては今さっきの事実がどうしてもまだ消化が終わっていない。

 

「だぁぁぁぁ!もうどうすりゃいいんだ!」

 

勝っても負けても負けるじゃん!!……という迷いは――

 

「―― 大体なんでも切る魔法(レイルザイデン) ―― 」

 

つぶやくように放たれた少女の魔法に切り裂かれた。

一撃ではない。多重の魔法。気を抜けば……怪我では済まない。

 

「ぬあぁぁぁぁ!!」

 

反射的に防御魔法で障壁を張りながら、バックステップで距離をとり、更には――

 

「私はママ程の切断に対する執念がない。だからそれは大した魔法じゃない。でも多重ならどう?」

「……魔力ごと喰らえレーヴァテイン!!」

 

シュタアルの魔力出力の低さを逆手に取った手法。本来シュタアルの魔力を吸って充電するカートリッジ。

これにカートリッジの臨界まで周囲の魔力を強制的に充填し、魔法を斬る。

制作者のティシュレーからは『仕様外の使い方すんな!』と怒られたが出来るんだから仕方ない。

 

レーヴァテインで部分的に吸収され分断されたレイルザイデンの余波は周囲に切断をまき散らす。

ズガガガガと地面に突き刺さる切断の効果が石造りのリングに傷をつけ、小さな破片が飛び散る。

 

「物騒な魔法じゃんか」

「魔法を”斬る”だなんて……どうやったの?」

 

試合早々、初見殺し甚だしい魔法を放ったヘリヤは至極うれしそうだ。

会場はその一瞬の攻防に息をのんだように静まり返ってからざわめきだした。

今まで初手で派手に終わる試合も多かったのかもしれない。

 

「企業秘密だ!」

「じゃあ、もっと行こうか! シュタアルの格好良いところもっと見せてよ!」

 

ヘリヤは後ろに飛んでシュタアルから20m程度の距離をとった。

魔法で試合のリングを削るように横に薙いで強制的に土煙を上げる。

彼女の姿が煙に隠れて一瞬視界から消える。だが魔力の流れを見れば――

 

その瞬間、その魔力の影が多数に増えた。

 

「―― 一般攻撃魔法(ゾルトラーク) ――」

 

煙の舞うあらゆる範囲から一般攻撃魔法が打ち出される。

飽和攻撃。煙で隠したのは、おそらく分身の概念を胡麻化すため。

 

粗雑な分身体は「粗雑である分身」という概念を認識された段階で瓦解する。

で、あるならば自ら見なければいい。見せなければいい。完璧な分身体を用意できない場合の逆転の発想。

 

「実践仕込みな使い方だな! 高位の魔法使いが嫌いそうな方法だ!」

 

広範囲から打ち出される一般攻撃魔法。それを紙一重で避けながら煙のある方向へと近寄る。

まるで舞いながら移動する姿とも、見る人によってはそう思うかもしれない。

 

「理屈。分かっちゃうんだ! さすがシュタアル。こっち寄りだと思ったぁ!」

 

殺気。相手に対する攻撃……命に干渉する意思は空間の線となって感じる感覚。理屈では説明が難しい。

未来予知ではない。だが、たいていはその線に沿って攻撃が飛ぶ。おそらくそれが魔法使いにはない戦士の領域。

 

「―― 切り裂く風刃の魔法(ザムト) ――」

 

舞い上がった煙から5m程度の距離で地面に剣を突き立て、烈風を呼び起こす。

姉弟子ルーエの使う上位の風刃魔法と比べると、そよ風程度だが……

 

「ッッ!?」

 

煙は散り、薄い分身体はボロボロと崩れ去った。

 

「ヘリヤ、見つけたぞ!」

 

掌に魔力の弾丸を作り、それを掌底に乗せて突き出す。

正直、魔法戦におけるシュタアルの攻撃手段なんてこれしかない。

他はもう大抵威力がなさすぎて実体のない攻撃ばかりになる。先ほどの風の魔法もそうだ。

 

―― 勝っていいんだっけ?

 

そんな迷いが、一瞬の判断を鈍らせた。

捕らえかけたヘリヤの腹部を彼女が素早く構えた杖が遮り、掌底の軌道がそれる。

そのまま杖の先端を地面に突き、棒術のように軸として体を跳ね上げる。シュタアルへと蹴りを放ってきた。

 

(物理攻撃反則じゃねえの!?)

 

と思ったが、足先にシュタアル同様、何らかの魔法を帯びてそれをぶつけてくる気のようだ。

 

―― 紙一重でこれを躱し

―― 軸となった杖を払い

―― 拘束して

―― とどめの一撃で

 

危機的な状況で瞬間的に組みあがる戦術ロジック。

『戦闘とは旋律でございます。己のリズムを相手に刻み込み、その中に巻き込み、シュタアル様の闘争を叩きこむのです』

シュタアルに戦闘の基本を教えてくれた、ライニさん。オルデン家の元ベテランメイド……という名のお庭番の守護者の語る戦闘術。

彼女の言葉がその体を動かす。が……

 

ピピラっとめくれたスリットの隙間。

戦闘時に加速するシュタアルの視野と脳はどうしても見てしまう。

スカートの奥に見える、ちょっと紫色のレース編みの精巧な模様……そこからすらりと生えるヘリヤの美しい太もものライン。

 

―― しまった!!

 

回避の体勢が崩れ、彼女の蹴りに込められた魔法が頬を掠った。

 

「ぐっ」

 

折角詰めた間合いだったが急いで距離をとり、体勢を立て直す。

掠った部分がズキズキと痛む……あと、さっきの油断が故郷で待つルーエ姉さん的にNGだったらしく、首筋もついでにジンジンする。

 

「どうしたの?シュタアルなら避けて、組み伏せて、公衆の面前で色んな事されるかと思って焦ったのに」

「そんなことしないよぉ!!」

 

レーヴァテインの刀身に刻み込んだ簡易の治癒魔法でかすり傷を治した。

 

シュタアルが間合いを詰めた理由。それを若干分かっている節のあるヘリヤは嬉しそうに声をかけてくる。

心底今さっきの攻防が楽しかったのだろうか?わかってはいたが、根っからの戦闘狂だ。

 

いや、見ず知らずの人の色仕掛けならスルーできるけど無理だ……それなりに親しい知り合いなんだもん。

顔だって、掛け値なしに可愛いんだもん、なんも考えないとか無理だよ、許して姉さん!と考えた瞬間に首筋の痛みはより強くなる。判定が厳しい。

 

「シュタアル。素敵だわ。やっぱりあなたは常軌を逸している。普通じゃない。愛しいほどに狂ってる」

「人のこと言えんのかよ」

 

ヘリヤは彼女のサイズのような杖をくるくる回してから改めて構え直す。

 

「顔の真正面に迫る大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)による人体切断の恐怖は絶対よ。

瞳を閉じずにギリギリで距離を測りながらバックステップし、あまつさえ切り返してそれを切断する。常人の精神ではできないわ。

その恐怖から防御魔法で全力で防ぐもの」

「そんなに大きな防御魔法を出せないんだよ……」

 

そう返すとヘリヤはより笑みを深くする。

 

「全く、いったい、どんな、凄絶な、絶望的な、狂った死線を見てきたの? ねえ、私に見せてよシュタアル!」

(ヴェノムとはまた違った方向でヤバいな……)

 

クレ地方を恐怖に落とし、シュタアルを殺意の海に落とそうとした狂人ヴェノムを思い出す。あの男の所業を思い出すだけでも吐き気がする。

だが――

 

あの戦いを乗り越えたからこそ。乗り越えられることもある。踏み出せた勇気と、勝ち取った覚悟がある。

 

「ヘリヤ。やっぱり負けられないよ。変な事にもなれない。何考えてるのかわかんないけど、全部何とかさせてもらうぞ」

 

機剣レーヴァテインを両手で握り直し構えた姿を見たヘリヤは一瞬大きく瞳を開いて――

 

「そう……頑張ってよね。期待してる」

 

一歩も退かずにシュタアルへと対峙する。

 

■試合は廻る


 

シュタアルとヘリヤの攻防を前に……その前までの喧騒が嘘のように静まり返っていた。

過去、ヘリヤの試合は何度も見てきた人たちですら唖然としている。普段、一方的に、蹂躙するように戦う彼女が接戦を余儀なくされている。

 

静まり返る中でエイルも流石に目を覚ました。

 

「シュタアル……ヘリヤ……」

「エイルちゃん?目を覚ました?」

 

とはいえ、未だにシュタアルの誓約が飲み込み切れず、隣から聞こえた呼びかけに生返事をしてしまう。

 

「あ、うん……」

「この羽根……なんか張り付いて消えないから消してくれるとありがたいかな……」

 

隣に座っていた少女は何だか魔法の羽根が体中に張り付いている。

 

「どうしたのそれ?」

「多分……出したのはエイルちゃんだよぉ……張り付く度に何か映像が頭に流れてくるんだけど……ちょっと……勘弁してほしいです」

「え……?どういう……?」

「お弁当食べてるシュタアル君とか……お弁当作ってるエイルちゃんの家の様子とか……」

「ご、ごめんなさい……!!」

 

エイルは赤くなりながらも魔法の羽根を霧散させる。

ドワーフの血が混ざっているせいか少し身長の低い彼女は眼鏡の位置を直しながらため息をついた。

 

「エイルちゃん……多分あれ、シュタアル君の書いた内容じゃないじゃないかな?

なんとなくだけど不自然だよ……本人もなんか呆然としてたし」

「そう……かな?」

「あの……なんていうか……エイルちゃんが……信じたいならもっと信じたほうが……あのごめんね!そんなの視る気なかったの!でも視えちゃったの!」

 

ワタワタと手を振る彼女に首をかしげてから……エイルはさらにボンと赤くなった。

顔が熱い。見られたのか。知られたのか?理解されてしまったのか?

 

「ご、ご、ご、ごめんね! でもたぶん、そうじゃないよ」

 

じゃあ、この状態は……何かの隠蔽か工作が……そんなことが出来る魔法は……

はっと思いつき、会場中を見渡したエイルは一人の魔法使いを見つけた。

 

―― いたッ!!――

 

眼鏡をかけた――中等部の――ヘリヤの弟……彼は確か!?

視界を強化し、魔力を捕捉すると、少年はエイルに見つかったことを認識したらしく、一気に表情を変えた。

中等部でも有名な、隠ぺい潜伏を得意とする少年だ。彼なら教員室に潜入し、審査済みの誓約書の内容をすり替えることは不可能じゃない……

 

(会場裏から一気に飛んで行けば捕まえられる!)

 

そう思って駆け出そうとした瞬間、その少年は黒い靄に飲まれて魔力ごと消えてしまった。

 

「しまった。魔力の拡散……逃げられた……!」

 

視線の先の会場では、第2ラウンドを始めようと構えるヘリヤが楽しげに笑っている。

 

「ヘリヤぁぁァァァァ!貴女という人はいつもいつもぉ!!」

 

✧✧✧✧

 

「ヴィダル……帰ったら仕置きだ」

「父さん……」

 

ヴィダルを小脇に抱えて会場裏に移動したのは父のラントだった。

 

「ヘリヤも面白いこと考えたねー」

 

右手を額にかざし覗き込むように試合の様子を見ているのは母のユーベル。

 

「何が面白いんだ。娘が男に……側付き、傅くなんて……あってたまるか」

「えー、私はお嫁さんになってからずっとそのつもりだけど?」

「違うでしょ」

 

強く否定するラントを前に、ユーベルは面白そうに笑う。

 

「えー、私、お願いされたらどんなプレイでもしてあげてるじゃない」

「子供の前で何言ってんの君は……」

「あの……」

 

よくわからん惚気か痴話喧嘩を始めそうだったので、一応割って入るヴィダル。

とはいえ、多分怒られモードなので申し訳ない程度で。

 

だがユーベルはそんなヴィダルの顔をギュッと抱きしめてほおずりしてくる。

 

「ヴィダルは、レルネンの学園内の教員室に隠密で入って改ざんをやってのけるなんて……すごく誇らしいわ」

「褒めるなユーベル。知れたら事だぞ!」

「……あの。多分バレた。エイルさんに……」

「知ってるよ……よりにもよって一番厄介な手合いだ……ゲナウになんて言うか……」

 

隣で我が子をいい子いい子と撫で続けるユーベル。

 

「えー、だってあの契約だってレルネンの魔法だし。

その気になれば簡単に破棄できちゃうし。教育上良くないとかいう理由で。体裁悪いけどね」

「それはそうだが……」

 

ユーベルもラントが言いよどむ理由は察しがつく。

魔法としての契約の強制力はそれほど大したものではない。

ちょっとそういう風にしないといけないなーと、感覚に訴えかける程度の弱い魔法だ。

 

しかし、その願いを出し、了承するというプロセス自体が重要なのだろう。

 

「あの子としては……ただ伝えたかっただけなんでしょうね……

7年前から、それぐらい大好きって―― 伝わるといいんだけど。きっと頑なだろうなぁ」

「はたから見るとジレンマを忘れたヤマアラシみたいな求愛行動になってるんだけど……

そういえば、ユーベル! 先日、ゲナウとメトーデに啖呵斬りに行った話は許していないぞ!

後で僕がどれほど、フォローしたと……というか刺さりすぎてもう微妙に空気にしかならなかったぞ!」

「しょうがないじゃん。バチバチしているのは私たちじゃなくてあっちだし」

 

件のブロンドの美しい髪の少女エイルは周りをきょろきょろしている。

現在はラントの魔法で隠ぺいしているので見つかってはいないが……

 

「これ以上の騒ぎは手に負えないんだけど……」

 

眼下の試合会場では、今まさにヘリヤがシュタアルに飛び掛かろうとしていた。

 

■だいたいの扉をこじ開ける魔法


 

母娘で性質の似ているユーベルとヘリヤは同系統の魔法を使う。なんとなくそう思っていた。

だが彼女は言った。『切断に対する執念がない』と――

 

「やっぱりシュタアルと遠距離線で撃ち合うなんてつまらないよね」

 

そう言って襲い掛かってくるヘリヤは距離を詰めながらだいたいなんでも切り裂く魔法(レイルザイデン)を放ってくる。

本来防御魔法で防ぐのが定石だが……シュタアルには6枚ぐらいしか出せない。

線の斬撃を丁寧にふさぐのは正直厳しい。というか避けたほうが圧倒的に早い。

 

杖を振りながらレイルザイデンを放ってくるヘリヤ。当たったらちょっと怪我したで済まないのだが……

視線だけラヴィーネに向けるとあきらめたように首を振る。ルールの範疇の様だ。

もしかすると、試合会場自体が致命傷を避ける結界で守られているのかもしれない。ヘリヤの暴挙の再発防止のために。

 

「躊躇いすらしないんだね!――石を弾丸に変える魔法(ドラガーテ)――!」

 

シュタアルへと距離を詰めながら地面に杖を突いて唱えた魔法。

それはさっきまでヘリヤが魔法で切りつけたリングの破片を巻き上げる。

 

「んなろ!!」

 

次々と打ち出される石礫の弾丸を、機剣レーヴァテインで撃ち落す。

だが――

 

「――捕まえたぁ」

 

意識がそれた一瞬でヘリヤの真正面に迫っていた。

撃ち落す間に加速して距離を詰めてきたのだ。そのまま彼女は杖でシュタアルの胴体を横に薙ぐ。

もちろんレイルザイデンなのだが。

 

「捕まって、ない!」

 

シュタアルはその斬撃を体勢をそらして回避し、そのまま後方へ一回転して体勢を直す。

ついでに、回転する足で彼女の杖を上方へと打ち上げた。

 

「あら……」

 

彼女は杖を放すことはなかったが、弾かれた勢いで胴が空いた。

反動を体幹で中和し、一気に踏み込む。体重を乗せた掌に添えた魔力球をぶつけ――

 

――ようとしたところで、ヘリヤは高く飛んでこれを躱した。早い。魔法使いでありながら、体術も一級品だ。

混ぜられる魔法も凶悪で対処しづらい。

 

(物理が封じられるとどうしても1手遅れる……)

 

想像より、遥かに強い。なるほど彼女が無敗のクイーンであるのは事実であろう。

物理攻撃禁止なのに物理攻撃のように魔法を放ってきて厄介極まりない。

こっちは剣で攻撃できないのに……いや、許されても女の子を剣で切れないけど……

ヘリヤのような綺麗な女の子の顔や体に痕が残る刀傷がついたら大変なことだ。

 

「今すごく失礼なことを……考えてる、よねっっ!!

――だいたいなんでも切り裂く魔法(レイルザイデン)――!!」

「ッッ!!」

 

上空にいたヘリヤが放ってきたのは、格子状に敷き詰めたレイルザイデンの網。

 

――避けようがない!!

 

「―― レーヴァテイン!!――」

 

上空から迫りくるレイルザイデンの雨を慎重に中央から叩き切る。自分の立ち位置を確保するためだ。

レーヴァテインの魔力吸収もやりすぎると今はリスクがある。臨界になると一撃を放つ必要が出てくる。

これは普段は必殺の一撃に近いが……普通に反則負けだ。あと、やっぱり女の子を斬るのはどう考えてもダメ。

 

―― そう何度も使えないぞ……

 

すぐに満タンになるわけじゃないが、純度の高いヘリヤの魔法は、シュタアルの自然チャージに対する魔力の密度が濃い。気は抜けない。

 

シュタアルの立っていた場所を除きリングには格子状の傷跡がざっくりとついている。

何を考えてこんな攻撃を同級生にぶっ放してきているんだ、ヘリヤは……と上空を見ると、少し肩で息をしている。

流石に今のは消耗が大きかったのか。だが彼女の顔は笑っている。

 

「今のシュタアルに見せるのはこれが初めてかな……昔見せてあげたんだけどね!」

「何を!?」

 

ヘリヤは手に魔力を集中したまま上空から落下してくる。

 

「私の、信念は、目の前の閉じられたものをこじ開け、曝け出し、それを理解し、共感すること!」

「何を!!」

「だからシュタアルも見せてよ!! 私に!!」

 

シュタアルのいる位置まで落ちてくる彼女をバックステップでかわす。

彼女の手にまとう魔力が拙い感じがした。内容が分からない。

 

「―― だいたいの扉をこじ開ける魔法(トーアガヴァルト) ――!!」

 

解き放たれた魔法は会場のリングに撃ち込まれ……

彼女が格子状に切り裂いた隙間に光の筋となって広がっていく。

 

「――エクストラステージに進みましょう」

「なんだ!?」

 

ヘリヤの言葉と共にリングは砕け散り、崩れ、隆起し――

 

――崩壊した

 

■エクストラバウト


 

ヘリヤの解き放った『だいたいの扉をこじ開ける魔法(トーアガヴァルト)』。

それは彼女のこじ開けるという概念を魔法に乗せたもの。閉じている。これは開くことが出来る。拘束も、原理も、理屈もすべて無視してこじ開ける。

『開く』という概念だけをぶつける単純で純粋。それ故に強力な魔法。

 

つまりは……そう言う事……か?

と、シュタアルは隆起したリングの大きな破片の上に乗りながらも観察する。

 

「なんて魔法だ……」

 

格子状の傷を扉に見立てリングを粉々にした。張本人のヘリヤは飛行魔法で浮かんだままゆっくりと上昇する。

どうやら戦闘継続という形になったことにシュタアルは胸をなでおろした。

リングが壊れて場外勝ちになったらどうしようかと思った……だって勝ってはダメなのだ。

 

(いい感じに、相打ちになるしかない……できるのか!?)

 

「どう? シュタアル見てくれた?私の魔法」

「そりゃもう、嫌という程に……」

 

にっこり笑うとかなり可愛いのだけれど、起きた事象が度を過ぎる。

監督役のラヴィーネ先生が顔を押さえている。ですよね。でも俺のせいじゃないと思う。

 

「とはいえ……これ以上はあんまりな」

「ん……?」

 

ヘリヤはこのルール下においては強い。無敵と良いって言い。彼女にこれ以上まともに付き合っても勝ち目はない。

勝ってもダメだが負けてもダメなのだ。だが、彼女は今勝利にこだわるだろう。

 

――『闘争って、死地の境界と隣り合わせで挑む……その神聖さが必要だと思うんだ』

――『―― シュタアル。あなたなら――わかるでしょう?』

 

これだけは間違えない。きっと勝ちにこだわる。

 

✧✧✧✧

 

「さて……足場の悪い中、飛行魔法が使えないシュタアルは――」

 

杖に込めた魔力を振るいながら放つレイルザイデン。崩れたリングの残骸は斬りやすい。自分でも斬るイメージが持てる。

シュタアルの足場になっているそれを斬撃で崩すとシュタアルは別の岩に飛び移った。

ヘリヤからは死角になる様に移動している。

 

「かくれんぼするの。隠れ場所ごと全部つぶしちゃう――」

 

言い切る前にヘリヤの顔に向かって飛んできたものは、魔力の球体。ゾルトラークに引けを取らない速度。それは危うく顔に当たるかと思ったが、とっさに出した魔法防御と回避によって逸れた。

 

「まだ……そんな方法があったんだ」

 

ちょっとした油断。勝ちは揺るがないと思ってしまった油断。だが……それを覆す可能性を秘めているのが彼だ。

落ち着かなくてはならない。

 

集中して気配を探る。瓦礫の上を器用に、ヘリヤの視界になるべく入らないよう動いているのは分かる。

 

「そこ!」

 

背後から飛んできた球体を防御魔法で遮った。

 

「どうしたの、シュタアル、作戦変更?」

「いや……、ヘリヤの状況対応力ってどんなものかなって。この際試しておこうかと」

「……」

 

おそらく挑発。悪あがきの様な。今ここで魔法で瓦礫を吹き飛ばしてしまえば自分の勝ちだ。

なんせ彼は飛ぶことが出来ない。それぐらい自分は有利に立っている。

 

そう思った瞬間。

 

「ッッ!」

 

横から飛んできた球体をギリギリのタイミングで防御した。

 

「シュタアル……らしくないこと止めてよ。シュタアルは……もっと……違うでしょ……」

 

どうしてだろう。何かがおかしいと思いつつも、言葉が止まらない。

そうじゃない。そんなのは違うと心が叫んでしまう。

 

「ねえ、出てきてよシュタアル。私と対峙して!今この時、この一瞬は……そうじゃないでしょう?」

 

静まり返るリングの瓦礫の中。

「仕方ねえなぁ……」という声が響く。

 

その方向へとヘリヤは腕を振り、レイルザイデンを放った。だが……瓦解した瓦礫には誰もいない。

 

「どこに」

 

集中して辺り一面からシュタアルの気配を探すと――いた。

 

「拡声の民間魔法だ。案外役に立つだろう」

「シュタアル……そこにいたのね」

 

最も遠い瓦礫の上。いつの間に移動したのか。

呆れるようにため息をついたシュタアルは愛剣を虚空へと格納した。

 

「どういう……事?」

「ヘリヤの奥の手は見た。これは要らない。必要ない。素手で十分だ」

 

シュタアルがそう口にした瞬間。ヘリヤの髪は舞い上がり魔力は膨れ上がる。

右手にレイルザイデン左手にトーアガヴァルトその発動を準備しながらシュタアルへと飛翔する。

 

✧✧✧✧

 

チャンスは一回。しくじれば二度とヘリヤはかからないだろう。たった一回のワンチャンス。だが――

 

「シュタアル!あなたにとって私は……!私の……シュタアルはッ!!」

 

彼女の両手にある魔法。同時に喰らったら、下手をすると首が飛ぶ。それぐらいの威力を両手に込めて……

シュタアルにめがけてまっすぐと

 

―― ガっ!――

 

という音と共に

 

「捕まえたぜヘリヤ」

「これは……防御魔法!?」

 

両手でシュタアルに直撃させようとした右手と左手。必ずシュタアルへとぶち当てるために、一直線にやってくる。

あまりに強力な殺気を一身に帯びながら。強力で単純。単純故に。

 

「起動も、タイミングも全部読まれて……」

 

ヘリヤの両腕を上下から二枚の防御魔法、左右で4枚の防御魔法。おそらく、挟み込んだところが痛いとは思うが耐えてほしい。

 

「熱くなったときは……」

「はずれ……ないっ!」

「動きが単調になるんだぜ!」

 

かつて……そんなやり方で狂人ヴェノムに負けた。煽られ、熱くなり、がむしゃらな攻撃は空を切りあえなく負けた。

あいつに教わるだなんて癪だが、今この時は仕方ない。

見た目の通り、まっすぐに、最速で、最大威力で……シュタアルへとぶつけようとした二つの魔法は防御魔法に挟まれた状態で霧散する。

 

「ごめんな、ヘリヤ……ちょっと痛いかも」

 

掌に魔法を乗せたまま彼女の腹部へと手を添える。

トン、と彼女の腹部に触れる直前に――ドンッ!――という鈍い音が響き、シュタアルの足場の瓦礫の岩が割れて一気に亀裂が走った。

 

「こ……ふ……」

「本当にごめん……ヘリヤの事、侮ったわけじゃないんだ」

 

腹部に掌底に乗った魔法に押し上げられただけに見えたそれは、下から上へと走る衝撃となり、ヘリヤの身体を突き抜けた。

崩れ落ちるヘリヤをシュタアルは抱きとめるように受け止める。

 

「私を……一人に……しな……いで……」

 

そんな彼女がシュタアルの耳元で漏らした声は……

シュタアルが7年前から忘れていた期間、彼女が抱き続けていたであろう言葉だった。

 

■灰燼と白翼の戦乙女


 

決着がついた。依頼主のヴィゾールが言っていたように事実上、少年が勝った。

信じられないことだが、魔法ともいえないような方法で、魔法使いとも言い難い戦い方をしていた。

 

「ふふ……ははは……彼らの言う通りだ。これで、私の仕事をすれば。魔法が手に入る」

 

魔族のヴィゾールとの契約

『会場の中に新たに送ったアーティファクトをばら撒き、少年が勝つ瞬間に発動せよ』

 

こんなことをして、ばれたら処罰は免れない。だが、魔法の未来のためだ。

 

仕方ない……仕方ない……仕方ない……

 

研究員のモルティスの瞳には、当人にもわからない刻印が刻まれている。

ここ数日でどこか生気のなくなったその男は――

 

『―― 発動しろ ――』

 

会場にばらまいたアーティファクトを起動させた。

 

✧✧✧✧

 

ヘリヤがリングを破壊したところまで湧き上がっていた会場は静まり返っていた。

クイーンであるヘリヤが沈んだ。気を失ったようにぐったりと飛行能力を失い……シュタアルがその体を受け止めた様だ。

 

「シュタアル……勝ったんだ」

 

その様子を見ていたエイルは胸をなでおろした。

 

周囲では徐々に「おい、クイーンが……」「負けた……」「ヘリヤさんがこれからあいつの好き放題に……」という声が上がってきていた。

 

確かに……どうするのだろう?このままでは来週から大義名分を得たヘリヤは嬉々としてシュタアルに『ご主人様』と言いながら付きまとう。

何ならエプロンドレスで平然と登校してくる可能性すらある。

 

ムッとした顔で睨んでいると、シュタアルはエイルの視線に気づいたようだ。

ヘリヤを抱えたまま手で違う違うというジェスチャーをとって、シュタアルは地面を指さした。

 

確かに、監視役の先生がヘリヤの状態を確認して判定するまでまだ決着ではない。

一緒にリングアウトしようというのだ。屁理屈に近いが……ラヴィーネ先生ならうまく処理してくれる気もする。

 

ヘリヤの弟を探して、走り回っていたエイルだが、シュタアルが一目で見つけたことに小さな満足感を覚えつつ……

 

「もういいか……」

 

ヘリヤの思惑が敗れそうなら、彼女の弟を問い詰める必要もない。そう思って矛を収めようとした瞬間――

 

―― カシャン ―― という何かが割れるような音と共に、会場に黒い煙が立ちこめ始めた。

 

✧✧✧✧

 

「メトーデ……これは」

「魔族の魔法ですね……かなり巧妙な」

 

仕事を終え、会場の近くにまで来ていたゲナウとメトーデ。

腕を組んで歩きたがるメトーデを渋々エスコートするゲナウだったが、そうもいかなくなった。

 

「オイサースト内で攻撃だと。こんなことはあってはならない。私は外部の干渉を探る。

メトーデは現地で何かあった場合の救助を」

「分かりました。ですが……どうやら中には簡単には入れないようです……」

 

メトーデの指した先には結界の気配がある。

 

「面倒な……中と連絡は?」

「試してみます。だめなら強制的に破っても?」

「任せる」

 

それだけ会話してメトーデとゲナウで二手に分かれた。

 

✧✧✧✧

 

「これは……誰かやらかしたね……」

 

突然隔離された空間。ユーベルとラント、二人の近くにいたヴィダル。

もともとエイルから隠れるように潜伏していたのだが、その空間に閉じ込められた

 

ユーベルが壁をコンコンとノックする。

 

「それっ」

 

気の抜けた掛け声で放たれたのはユーベルのだいたいなんでも切り裂く魔法(レイルザイデン)

飛び散った魔法の余波をラントはヴィダルを抱えたままひょいと避ける。

 

「せめて一言は言って。ぶっ放すって」

「分かってるでしょ」

 

妻の言葉に肩をすくめるラント。

 

「魔力の消費が普通より多い……この結界みたいな空間の維持に私たちの魔力を吸い上げられてる。

マッチポンプ式の檻……?そんな効率もいいものは無いか。多分外の人達も影響しているなぁ……」

「呑気な言い方してる場合じゃないでしょ……この黒い靄。何かの魔法だ。僕たちを隔離して……何かをやるつもりだな」

 

両親が状況を分析するように議論しているのを大人しく見ていたヴィダル。

息苦しい。魔力がちょっとずつ何かに使われている感じがある。

 

「ヴィダル。無茶を言うけどごめんね。貴方の魔法なら地面を通って外に出れる。

この隔離空間は私たちのような1級魔法使いクラスを確保するだけのものっぽい。

多分外にメトーデかゲナウ、レルネンも来るわ。中の状態を伝えて」

 

母であるユーベルがヴィダルを抱きしめて告げる言葉は、わが子を外に出し救援を要請する願いだった。

 

✧✧✧✧

 

「なっ……これは!?」

 

会場全体を黒い靄が覆ったと同時に、一度ざわめいた会場が一気に静まり返った。

会場の中にいる人がバタバタと倒れている。

 

「これは……急激な魔力枯渇?」

 

故郷で母フェルンの戦いで味わった、魔力を奪われる感覚だ。

もともと魔力依存の少ないシュタアルにとっては……という所だが……

 

「シュタアル!気を抜くな!」

 

横から聞こえた聞きなじみのある声はラヴィーネ教師のもの―― その瞬間に感じた悪寒。

それは、腕に抱えたヘリヤの……杖の先端。

 

杖の先端からずるずると這い出てくる蟲……口を開けた大きなムカデの頭……

 

――しまった。ヘリヤを抱きかかえた両手が

――対応が遅れた

――一撃を喰らう

 

「シュタアル!! がぁっ!」

「ラヴィーネさん!!」

 

シュタアルをかばうようにぶつかって来たラヴィーネ。彼女の肩口に紫色になった傷が見えた。

 

ヘリヤの杖から全身を出したムカデ。それは杖を飲み込み、黒い霧を吸いどんどん巨大化していく。

そして、繭状の魔法でヘリヤを包み、彼女の周囲を囲うように魔法のムカデは位置した。

 

「ヘリヤ! なんだ……あれは? 会場の魔力を吸って形成しているのか!?」

 

中央のヘリヤがゆっくりと目を開くと、彼女の深緑の瞳は魔力光で金色に輝く。

 

「邪魔、よ」

 

つまらなさそうに口を開いたヘリヤが手をかざしたのは倒れ伏せたラヴィーネの方向。

 

「やめろ!!ヘリヤ」

 

そんな言葉に耳を貸す様子もなく――

 

「――だいたいなんでも切り裂く魔法(レイルザイデン)――」

「先生ぇぇっ!!」

 

魔法は解き放たれ、衝撃音共にリングの瓦礫が散り、土ぼこりが上がる。

 

✧✧✧✧

 

「先生!先生! 嫌だ!ラヴィーネさんーー!」

 

必死に叫びながらラヴィーネの方向へと駆け寄ろうとした瞬間、目の前に降りてきたのは金色の目をしたヘリヤだった。

 

「どこへーーいくの?」

「ヘリヤ、どけ!」

 

彼女の覆うムカデのような塊へとレーヴァテインを振るうが、硬い甲殻によって防がれる。

 

「くそっ、刃を封じてて……」

「遊んで、よ、7年も、ずっと、一人で、あなたを、想って、待って、いたの」

「今はそんな場合じゃ!」

 

ヘリヤが指をさした瞬間、彼女の回りに渦巻いているムカデは口を開き液体を射出する。

 

―― 毒液!? 防御魔法……だめだ、今使えば黒い霧に魔力ごと持っていかれる!

 

紙一重で躱しながら、ラヴィーネの倒れている方向への移動を試みる。

どうやら……倒れているだけの様だ。取り返しのつかない状態にはなってない。

 

「来る……な、シュタ……アル……」

 

それは、ヘリヤの横を潜り抜け、通り過ぎた瞬間だった。

 

「どこ、にも、行か、ないで――」

「しまっ――」

 

目の前に気を取られた一瞬、真正面の空間が割れ、そこからムカデの顔が現れた。

ヘリヤは右手で自分の正面の空間に手を当て、ガラスのように砕いていた。

 

―― 転移!? 違う!空間接続?扉を開いたということか?そんな無茶苦茶な!?

 

ダメだ。この牙は避けられない。ダメージを覚悟して構えた刹那――

 

「―― シュタアル!!」

 

聞き覚えのある、声。それと同時に落ちてくる一枚の白い羽がムカデの頭部に当たった。

ムカデの頭は奇声をあげながらヘリヤの元へ帰っていく。

 

舞い落ちる白い羽根は、黒い霧とバチバチと音を立てて干渉し、浄化の炎に燃やされるように正常な空間を広げていく。

ぽっかりと開いた浄化空間に空から舞い降りた、魔力で編まれた白い翼の魔法使い。

 

その美しさと反比例するように、表情は怒気を孕んでいた。

いや、怒気だけではない。唇を噛み締め、今にも泣き出しそうなほどの悔しさと、抑えきれない激情が混ざり合っている。

 

「ヘリヤぁぁ!!貴女という人はっ!!」

 

シュタアルの前に降り立った彼女はヘリヤへと向かいながら杖を構える。

それまでシュタアル以外をまるで気にしていなかったヘリヤが、目を細め、彼女を睨む。

 

「エイル……あなたは、邪魔、よ」

 

その姿は、背に白翼を纏う戦乙女と、瞳に灰燼を宿す戦乙女が地に降り立ち、対峙する姿に見えたと……

遠い意識の中、その光景を見ていたラヴィーネ教師は後に語ったという。

 

~ 学園と灰燼と白翼の戦乙女 06 to be continued ~

 




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