葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ あらすじ
父シュタルク、母フェルンの暮らすクレ地方を後にし、オイサーストの高等魔法学校へと進学したシュタアル。
彼を待っていたのは7年前に出会ったという二人の魔法使いの少女との再会だった。
生と死のギリギリにある戦いの中でこそ互いの全てを曝け出しあえるというヘリヤ。
彼女の7年間の焦がれた想いを全て受け止めるヘリヤとの学内公式試合が始まる。
一方で、暗躍する魔族の手が二人の真剣勝負へと介入してくる。
シュタアルとヘリヤの勝負が決着する一瞬。その隙をついた罠が発動し、ヘリヤは魔族の魔法の傀儡となってしまう。
そんなヘリヤへと攻撃もできないシュタアルの危機に、白翼の魔法を展開して降り立つ少女が一人。
「ヘリヤぁぁ!!貴女という人はっ!!」
「エイル……あなたは、邪魔、よ」
そして、白と黒の戦乙女は想いと信念の下に相対し、激突しようとしていた。
■ 独自キャラクター
葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に埋め込まれている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。15歳。姉のヘリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋で、ちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。
■白と黒の戦乙女
北側諸国 オイサースト 魔法使い協会最奥の間
今より7年前のとある日。
協会の頂点、神代の時代から生きているとされる偉大なる魔法使い「ゼーリエ」。
やや幼くみえる姿からその悠久の時間を感じさせないが、長い耳、絶大な魔力は見たものにそれをうなづかせるだけの説得力を持つ。
そんな彼女の前にたたずむのは、生真面目が制服を着て歩くと揶揄される男。一級魔法使いのゲナウ。
そして、一級魔法使いとして彼の相方を務め、今では人生の伴侶となった、白いローブと美しいブロンドの髪のメトーデ。
「おおよその事態は把握した。そうか。お前たちの娘のエイルが――」
「この度は、我々の失態でオイサーストの中で誘拐事件などという不祥事を……」
一級魔法使いの招集に応じて、集められた彼らの子供たち。
フェルンとシュタルクの子のシュタアル。ラントとユーベルの娘のヘリヤ、そしてゲナウとメトーデの娘のエイル。
何者かの傀儡となった男たちに誘拐され、その救出に至る過程で……彼らの娘のエイルは二つの事象を引き起こした。
まず一つ、彼女は10歳を前にして、ゲナウの使う高位魔法である
そしてもう一つ、彼女は、想い人であった少年の絆と記憶を犠牲に……神殿を要するような高位の女神の魔法を単独でやり遂げた。
「お前たちの娘がやったこと……その真意はわかっているか?」
「……私の任されていた『
娘は……自分の行ったことも、誰を救ったのかも。何一つ覚えていません」
『
勇者ヒンメルが仲間を信頼し、協力した結果、人類の仇敵であった魔王を討ったその事実を逆説的に分析した仮説の力。
本来は、誰かを想う心が、想い合うことが相互に作用し、連鎖し一人で出来ることの限界を拡張する現象。
それを、強烈に呼び起こす少年が現れ、娘のエイルはそれに強烈に惹かれてしまった。
メトーデの言葉にゼーリエは肘をついたままにやりと笑う。
「半分だ。メトーデ」
「半分……とは?」
「それでは回答に半分しか届いていない。ということだ。お前の娘の魔法と実現したことは一つの神域にたどり着く鍵となる――」
玉座に座ったまま、意味深に、告げるゼーリエは、珍しく嬉しそうに笑っていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「エイル……」
オイサーストの高等魔法学園の設備である特別会場。現在は結界に呑まれて中に入れない。周辺を走るゲナウは口惜し気につぶやいた。
現在、オイサースト魔法学校で起きた事態。ユーベルとラントの娘のヘリヤの仕掛けたシュタアルとの学内公式試合。
この会場に起きた異常事態。娘のエイルも中にいる。不安で仕方ない。それで、一級魔法使いのゲナウが何も動けぬのでは協会の権威は揺らぐ。
心配を振り払い、ゲナウは介入者の魔力の痕跡を探す。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタアルとヘリヤの戦っていた試合会場。リングはヘリヤによって粉砕され、監視役であったラヴィーネは倒れている。
いや、現在は観客席にいた誰もかれもが倒れたままになっている。
そして、試合相手だったヘリヤは……
「エイル……、あなた、の、その力、が、私には」
突然、ヘリヤの杖から生えてきた魔力のムカデ。彼女はそれに絡めとられた。そして、金色に光った瞳は彼女の意思を感じない。
攻撃的で、つかみどころもない彼女だが、その瞳には宿っていた彼女の心の叫びのようなもの……それが抜け落ちている。
「ヘリヤ……何もかも台無しにして。何がしたいのですか!」
エイルは雷鱗のドレイクと戦った時よりも白翼とを強く輝かせている。だが、彼女はそれに反して酷く悔しそうに叫んでいた。
目の前で起きた事に怒っているのか、今のヘリヤの状況の事なのか。シュタアルには分からなかった。
「――
「――『無駄』です――」
ヘリヤの放った魔法は到達前にエイルのかざした翼によって防がれた。
それが開戦の合図だったのか二人の少女は上空へと飛び上がる。
「エイルっ!ヘリヤっ!!なんで……いや、先生!!」
出現したムカデがシュタアルを襲うとした瞬間、シュタアルは割って入ったラヴィーネによって救われた。
だが、ラヴィーネはそれ故に傷を負い、ヘリヤからの攻撃を受けてしまった。
駆け寄り、脈をとり、魔力の流れを確認する。
「よかった……生きている。先生」
エイルの光の白い羽根を下ろした空間。そこには黒い霧がやってこない。魔法を使っても魔力を奪われないはずだ。
ラヴィーネをそこに運び、シュタアルは機剣レーヴァテインに刻んだ聖典の一節を使い、女神の魔法を行使する。解毒とライトヒーリング。
幼い頃から、魔力出力が弱いが何故か使える女神の魔法。
両親にはその才はないのにシュタアルに宿ったその力。
フリーレンがシュタアルのその特性を知ったとき『ハイターめ……本当に心配症だな……』と小さく苦笑していた。
(使えるなら、なんだって……)
ムカデの牙に当たり紫色になっていた腕の傷が徐々に正常色に戻っていく。
自分の魔法でも毒素が中和されていることにシュタアルは胸をなでおろした。
「先生。ごめん。俺が……油断していた。甘かった。
あんな程度でヘリヤの気持ちを受け止めれていたなんて……奢ってた」
瞳の奥から込み上げてくる何かを左腕で拭う。まだ。ここで吐き出せはしない。
何も終わっていない。
✧ ✧ ✧ ✧
上空を白と黒の光の線がお互いを縫い合い結び合い、絡め取ろうと追いあう糸の様に、止まることなく動いている。
それは時々ぶつかり、跳ね飛ばされるように弾き合い。それを何度も繰り返している。
「――いけ――」
「――弾いて!――」
ヘリヤが正面にある空間を歪め。砕く。砕かれた先にはエイルの身体が見えた。
『
閉じられた扉と認識したものを強引にこじ開ける魔法。扉とは彼女の目の前にある目的への道をふさいだ何か。
それを今は空間に対してまで作用させている。本来は不可能な使い方。
ヘリヤのその魔法の発動共に咳き込み、口から頬に1滴の血を垂らした。
一方でエイルも正面に開いたゲートを潜り現れたムカデの口に羽根を舞い散し浴びせる
それはムカデの進行に激しく干渉して火花を散らしている。『何人モ穢スベカラザル聖域』――脳裏に浮かんだ名前のない現象。
背中の白翼から放出される羽根はエイルの感じる害意を寄せ付けない。
しかし、それでもエイルは苦悶の表情を浮かべる。羽根を通じて流れ込んでくる物がどうしても心に入ってくるのだ。
そして相変わらず魔力の消費が大きい。そう長くは戦っていられない。
「ヘリヤ!どうしてこんなやり方でしか。貴女は……何故!!」
流れ込んでくる感情は『寂しい』という感情と『触れたい』という感情。
その奥底に見える青紫の髪の少年の情けなくて、ぎこちなくて、でも温かい笑顔。
「ぐっ!!」
でも、その映像はエイルの中に入ってきた瞬間に頭痛と共に消える。
エイルにとっても……何か大切だった気がしたのに、脳裏に入った瞬間に何かに奪われてしまう。
ただ、それがヘリヤの根底にある感情に対する、救いであり願いなのだと本能的に理解した。
「……エイル。返して、それは、私の――」
「こんな方法で、何かを、得るだなんて……そんな愚かなことを――!!」
互いの魔法が弾けて、そしてまた離れる。
それは二人の少女の大切にしていた物をぶつけあい、削り合うような……そんな戦いに思えた。
■鋼の決意
試合会場の観客席裏に出来た隔離空間。
会場に来ていたユーベルとラントはその空間の中に隔絶されていた。
突破が難しい。息子のヴィダルは自身を万象に透過させて移動する能力があり、地に潜って外に逃がした。
うまく……外の魔法使いと合流され、保護されることを願うしかない。
「まずいなぁ……どんどん魔力が持っていかれるね……外でものすごく何かが消費している」
特にまずそうな、感情の見えない顔でそうつぶやいたのはユーベル。
それに対してラントは壁に手を当てたまま返す。
「ユーベル、愚痴ってないで解析して。力技で解除できないなら魔力的に解き砕くしかないから」
「えー。いっぱい頑張ったら、サービスしてくれる?」
「何の?」
口に指を当て考えるしぐさは、昔からの癖なのか。
ラントも可愛いとは……不覚にも思ってしまうが今はそんな場合ではない。
「頑張った奥様を全力でドロドロに甘やかすのって旦那様の役割でしょ」
「今そんなこと考えてる場合じゃないでしょ」
「えー、いつも私がやってあげてるじゃん、寝る前にいい子いい子って」
ユーベルは眠るときにラントにしがみついて撫でまわしてくる。
それで終わらない時もあるのだが……その話を今するのかと半眼でユーベルを睨んだ。
「夫婦で頑張るモチベーションってそういう感じでしょ?」
と悪びれもせずに答えるユーベルにラントはため息をついた。
「分かったから。手伝って。このままだと僕たちの魔力が外で悪用される魔力源で終わっちゃう」
「はーい」
「壊すのは……得意でしょ」
ラントの言葉に、ユーベルは肉食の獣のような目つきで……
「そうだね……これを仕掛けたやつに――
子供たちに何かしようとしたやつを、そのまま野放しなんて……
私の主義じゃないかな」
追いつめられている状況を感じさせない表情で笑った。
✧ ✧ ✧ ✧
ラヴィーネの傷を癒すシュタアルの下に、上空から落ちてくるもの。
黒ずんだ魔力の羽根は地面に落ち、少しずつ黒い霧を霧散させては消えていく。
その時に流れ出る魔力。それは少しだけシュタアルの中に入ってくるように思った。
『寂しい』『会いたい』『触れたい』『抱きしめたい』『悔しい』『悲しい』『妬ましい』『許せない』
それは多層的で、複雑で、一言で表すことが出来ない慟哭のような想い。
「―― エイルと、ヘリヤ……なのか?」
上空で戦っている二人の余波。それが巻き起こした白と黒の半々が混ざり合った魔法の羽根。
これはおそらく、エイルの出す魔法がヘリヤの魔法を吸って落ちてきたのだろう。
だから、半々。混ざって。混濁して。反発して、どこか不安定なようで不思議と安定している。
ただ、言葉にされない感情に、そのベクトルに、絡み合う想いに――不思議と分かることがある。
「俺の……せい……なのか?
俺が……昔、何かをしたから。思い出せないから……今が届かないから……こうなっちまうのか?」
二人の少女が、己を削り合い、争い合っている。
仲の良い二人だとお世辞に思ってはいない。でも……命懸けでぶつかる様な……そんな関係じゃなかったはずだ。
自分と相手は少し違う。方向性が違う。なんでも分かり合えるわけじゃない。でもそんな人間がいてもいい。
互いに一歩譲り合えば分かり合えるかもしれない。そういう距離感でいたように思っていたのに……
「どうして……こんな……」
なぜ、自身は見ているだけなのか。
友達になれたと思っていた二人が。このままでは……取り返しがつかないことになりそうな……背筋の凍るような感情が湧き上がってくる。
このままでは、失ってしまう。
ヴェノムとの戦いの後、父シュタルクとの会話が頭をよぎる。
――『でも、たくさんの人が死んだ……』
――『お前のせいで死んだわけじゃない』
――『助けられなかった……』
――『その場には責任者としてフリーレンもいた、ルーエだってついてた、お前のせいじゃない』
大切だったはずなのに。今度はもう間違えないと誓ったのに。
ラヴィーネの回復をするためにかざした手が震えだし、もう一方の手で必死にそれを抑える。
「なんでだよ……取りこぼしたくないよ……消したくないよ……
失いたくない……大事なんだ。大切なんだ……」
今は頭を撫でてくれる、父も、母も、フリーレンもいない。上空では二人の少女が命を削って戦っている。
喉の奥が震え嗚咽が漏れそうになった時。震える手を温かいものが覆った。
「……泣くな……馬鹿野郎……」
「先生!」
それは、目覚めたラヴィーネの掌であり。どこか子供の頃に自分を抱きしめてくれた
母フェルンの掌の感触に似ている。そんな気がした。
✧ ✧ ✧ ✧
気が付いたら、必死で魔法をこちらにかけながら情けない顔の男の子がいることに気づいた。
シュタアルだ。上空では、白と黒の魔力がぶつかっている。その余波で落ちてくる白黒の雑じった羽根は幻想的ですらあると思えた。
だが……きっと目の前のシュタアルはその光景を見て嘆いている。分からないでもない。この光景は……どこか儚さと、消え入りそうな脆さを感じさせる。
彼が必死にラヴィーネにかけているのは回復魔法だろう。
シュタアルを庇って、攻撃の直撃を喰らった。レイルザイデンの斬撃は防御魔法でかろうじて防げたが、毒と余波で倒れてしまったのだ。
(体が……動く……シュタアルがやったのか?)
必死に回復魔法をかける姿はラヴィーネを助けようとしているのに、助けを求める子供のようにも見えた。
「なんでだよ……取りこぼしたくないよ……消したくないよ……
失いたくない……大事なんだ。大切なんだ……」
そうつぶやいた彼の言葉に内心苦笑する。
(情けねえ顔……)
なるほど。あの少女たちが喰らったのはこれかと。まるで毒。純粋故に猛毒。
心に、ほころびがあるほどに隙間に入り込んでくるような、そんな感覚。
(悪いけど、うちはもう旦那と子供たちで満席だし……そんな歳じゃねえんだよな……)
「……泣くな……馬鹿野郎……」
「先生!」
シュタアルの震える手を握ってそれを止める。どれだけビビっているんだこいつは。
ビビりながらも、ただ前に突き進む。何かを守るために。
(それじゃぁ手を貸さないと……大人の名折れじゃないか……)
ようやく動くようになった体を持ち上げ、ラヴィーネは起き上がった。
見守る大人として、教師の矜持として。
✧ ✧ ✧ ✧
「先生……よかった」
「エイルと、ヘリヤは……上のあれか。悪いな、また学園側の不手際だ。そしてありがとう。シュタアル。助けてくれたんだな」
「そんなことは……」
目を伏せる彼にラヴィーネは苦笑して頭をくしゃくしゃ撫でた。しつこくすると彼は複雑な顔でそこから抜け出す。
「しけた顔するな。そういう時は、どういたしましたって、どや顔で言っとけ」
「だけど……俺は……」
上空から落ちてきた羽根。それに気づいたラヴィーネは白と黒の混ざった羽根に触れる。
上で戦っている二人の若い感情が流れ込む。それと同時に苦笑した。
「……なるほど……な。お前のふさぎ込んでる理由も、これか。相変わらずくだらねーことでナイーブになる奴だなお前は」
「……そんな言い方。でも俺せいで二人は……いてっ!」
目を伏せるシュタアルがあまりに無防備だったので額にデコピンをするといい音を出して直撃した。
「なにを……」
「ばぁーか! 他人の気持ちを勝手に分かった気になるな。自分が悪いだなんて勝手に思い込むな。
こんなもん。お前が気にしても仕方ねえんだよ。これはあいつらの気持ちで。あいつらだけのもんだ。
自分で飲み込んで、自分で消化する気持ちだ。だから……お前が気にするべきはそこじゃねぇ」
「でも、このままじゃ……二人とも……
「ああ、だから止めろ。お前が止めろ。シュタアルこそがその権利を持つ。あの二人の目を覚まさせろ。お前にしかできない」
「でも……俺にそんな権利は……だって俺が原因で」
情けない顔をするシュタアルの頭を腕で絡め取りヘッドロックする。
「ちょっと、ラヴィーネ先生」
「うっせぇ!ガキが調子に乗るな。17歳程度の人生で何を知ったかぶってんだ」
「でも、エイルの羽根の魔法から伝わってくる……感情の波は――」
本当に、見た目と普段の行動以上に生真面目な馬鹿だなと苦笑する。だから愛おしくもあるのかもしれないが。
「そんな表層の情報に惑わされるな。これは本当は単純な一言で片付くんだよ。だからお前がいけ」
「一言でってどういう意味?」
「分からんかったら後で二人に聞け、総天然青春野郎が」
ヘッドロックを解いたラヴィーネはシュタアルに向き合って彼に語り掛ける。
「いいか。前にも言ったがもう一回言う。
17歳ってのは子供でいていい最後の歳だ。お前が何かを成してきて、親に認められて送り出されていようが。関係ねえ。
お前は学生で。大人になる準備をするガキなんだよ。子供は夢を広げていいんだよ。小さくまとまってんじゃねえよ」
「先生……」
「お前はどうしたい?あの二人にどうあってほしい。すれ違ってぶつかっても衝突してもいい。今それでいいんだよ。
お互いガキ同士なんだ。お前のわがままをぶつけろ。シュタアル。お前はそれぐらいでいい。失敗したらケツぐらい拭いてやる」
ラヴィーネの言葉を聞いて黙り込んでいるが、それは彼が頭で彼女の言葉を咀嚼しようとする懸命な姿に見えた。
「シュタアル。二人への責任とか、そんなもん。今のお前からすりゃ10年先の話だ。何ならうちの旦那はもっと時間かけやがったぞあのボケナス」
「え、旦那さん?なんの……話ですか?」
「こっちの話だ。良いかシュタアル。あの二人にこんなバカな戦いをやめてほしいならお前が言ってそう伝えろ。
脇目もふらず、恥も外聞もなく、お前がそうして欲しいことを全部ぶつけろ。目が覚めないならひっぱたくぐらいやっていい。
ここで膝をついて、見てるだけよりよっぽどましだ。お前の全部を……あの二人にぶつけてやれ」
そう言ってラヴィーネは機剣レーヴァテインの拘束具の封印を解いた。
あらわになった刀身にシュタアルの不安そうな顔が映る。シュタアルの手を柄に置かせ、その上からラヴィーネが握る。
「私がやってやれるのは今はここまでだ。だから行け。お前の望む未来を私に見せろ」
彼女は最後の魔力を振り絞り、レーヴァテインへと注ぎ込む。剣はバチバチと魔力の光を帯びて輝きだした。
「臨界現象……剣の魔力が……」
「どうだ。教師の実力……恐れ入ったか?」
そういったラヴィーネは疲れ切ったようにあお向けになった。
かろうじて動く右手だけ上げてしっしと追い払うようなジェスチャーを見せた。
「……先生。俺、やれるだけ……やってみます。だから見ててください」
「どうせ、今動かねーから上空の様子は見ざるをえねーよ」
その言葉を聞いたシュタアルは上空にいる二人に少しでも近づこうと高台を目指して移動を始めた。
「全く、両親そっくりで面倒くせーやつ!」
という口ぶりに反してラヴィーネは嬉しそうに笑っていた。
■わがままな私の英雄様
「ねぇ、疲れた。前借りでなでなでして」
「わがまま言わないでくれる?」
という口ぶりに反して、ユーベルの解析はすさまじい。
理屈抜きの感性で魔法を読み解き部分的に封印結界を解呪している。
相変わらず真似ができる気がしないのだが。
当人曰く、『こういう嫌がらせをしたい奴の気持ちになって考えるんだよ』ということだ。
しかし、いくら何でも魔力を消費しないようにとはいえ、押さえ続けるのも疲れる。
ただでさえ、解呪で手一杯なのに。
ぼやきつつ片手をユーベルの肩に回して抱き寄せると身体だけは嬉しそうにすり寄ってくる。
「これでいい?」
「足りない。もうちょっと充填」
「勘弁してよ……」
しかし、意に反して魔力の解呪がより進んだのでコメントしづらい。
褒めると調子に乗るからだ。
「もう少しで終わりそうなんだけど……」
そうつぶやいた瞬間だった。
―― パキィィィン ―― というガラスの割れるような音と共に結界が割れた。
同時に腰のあたりに感じる何かがぶつかる感触を感じた。
「父さん!!母さん!!」
「無事ですか?ユーベルさん……あら」
「メトーデ。間に合ったんだ。偉いねヴィダル」
二人にしがみついたままはなれようとしないヴィダル。
普段皮肉屋で強がりなこの子にしては珍しい反応。ユーベルが頭を撫でるとより強く抱き着いてきた。
「……お邪魔ですか?」
「いや、そういうの良いから。状況を教えて。閉じ込められたから外の状況が分からない」
「私も、今しがた外結界に穴をあけて入ってきたばかりなので……ヴィダル君。優秀な子ですね。私を見つけて適切にサポートしてくれました」
「そうか……」
ラントはユーベルが撫でる上から、ヴィダルの頭を重ねて撫でる。
「わかる範囲の、状況をご説明します。迅速に収束させなければなりません」
メトーデはラントとユーベルに現状分かる情報の説明を始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
協会のスタジアムの観客席の中でも一番硬度の高い特別来賓席。その屋根の上が最もつくりとして高い位置になる。
シュタアルはその上に登ったはいいものの。さらに上空で戦う少女たちに追いつくには……ありったけの魔力を足場に飛ぶしかないが……果たして間に合うのか。
届かずに落ちて間に合わないのはシャレにならない。
「二個使って、ジャンプして飛んで、空中でもう一回ジャンプとか行けるかな?なんか絵本でやってる英雄いたよね……」
考え始めても答えは出ない。一か八かでやってみるしか!シュタアルは両手に魔力を集中させてというあたりで――
「そんなやり方で2段ジャンプしたら、同じ理屈でジャンプだけで延々空飛べるでしょうが」
という手刀が落ちてきた。
「いて……」
「メトーデの話にあった通り、凄いことになってるね……ヘリヤにあんな事したやつ。八つ裂きにしなきゃ」
「……そうだね、それは賛成しよう」
シュタアルの背後から声をかけてきたのは――
「ラントさん、ユーベルさん、何故!?」
「まあ、諸般の理由で閉じ込められてついさっき出たばっかりでね。急いだほうがよさそうだ」
ラントが魔法の準備を始めようとした所で「まった」と声をかけたのはユーベルだった。
「何?娘の一大事なんだけど……」
「うーん。一大事だから大事な事なんだけどね」
「大事がかぶってるけど……」
ユーベルはシュタアルの様子を値踏みするようにじっくりと観察する。
「シュタアルくんは、今ここで何をしようとしているのかなぁ?」
彼女が口にしたのは試すような言葉だった。
✧ ✧ ✧ ✧
「俺は……二人を助けるためにあそこへ……行く方法を……」
「ふーん。なんで?」
状況のわりにユーベルは少し愉快そうにシュタアルに問いかけてくる。
「俺が、行かないと……止まらないから……」
「どうして?私たちが強制的に止めてもいいけど?」
言外に、お前はどうする?どうしたい?という意思が読める瞳でユーベルはシュタアルへと問いかけてくる。
ラントはその後ろで腕を組んで眼鏡の位置を直している。早く決めろと言わんばかりのプレッシャーを感じる。
「それは……二人が、俺が原因の……」
「へぇ……」
――『そんな表層の情報に惑わされるな。これは本当は単純な一言で片付くんだよ。だからお前がいけ』
いや、違うな。ラヴィーネの言葉を思い出してシュタアルは横に首を振った。
「俺が……行って止めたいんです。俺が止めないと……俺が嫌なんです。誰かにこの状況を任せたら……二度と取り戻せなくなる。
だから俺が行きたい」
「それで?」
本当に、厳しくて……優しい人なのか……真意はシュタアルには分からない。
表情には嗜虐的な色も乗っていて思考が全く計り知れない。
「お願いです。俺があそこへ行く手伝いをしてください。俺は……あそこに行きたい。俺だけじゃできない――」
シュタアルの答えを聞いた瞬間、意外なものを見たという表情を一瞬見せたユーベルだったがすぐに元に戻った。
その後ろではラントのため息が聞こえた。
「だってさ、どうするの?お義母さん的には助けてあげたいなって思うんだけど。
お義父さんはいかが?」
ユーベルの言葉にラントは露骨に嫌そうな表情をしたのだが。
「そういう言い方止めてくれる? まあ、大人の責任は果たすよ……」
夫の白旗宣言にユーベルは満足したような表情を見せた。
✧ ✧ ✧ ✧
上空でぶつかる白と黒の戦乙女。
もうどれだけ攻撃し合っただろう?よくわからない。なんでこんなにも腹が立つのだろう。エイルにもわかる様で分からない。
ただ、どんな時も自由に振る舞うヘリヤの生き方がうらやましかった。何にも縛られず、自分のしたいことを、最速の最短距離で、決断する彼女がうらやましい。
――「読むぞ……『敗者はいついかなる時も勝者に側付き、あらゆる命令に傅き、どんな時でもこれを拒むことなく実行すること』」
――「望むところよ」
――「ちょっ!! 望むなぁァァァァ!」
彼を手に入れるためなら、どんな手でも打てる彼女の在り方が……とても妬ましい――
一方でエイルに何度も攻撃を仕掛け、それを防がれ続け、それでも金色に輝く瞳に変化を起こさないヘリヤの内心も揺れていた。
身体に限界を超える負荷をかけて攻撃しても彼女は追いすがってくる。その背中にある白い翼は幼い頃見たそれより大きく……
清廉な彼女によく似合っている。まるで女神の様。その翼は……きっと彼に届くのであろう。彼を守るのだろう。彼を癒せるのであろう。
「……」
自らの掌を一瞥してから彼女を見て、ただ思う。眼下にある、灰燼となった試合会場。まるでヘリヤ自身をよく表している。
――「……嫌だよ、シュタアル……嫌だ……嫌だよ…忘れたくない……」
7年前、目の前のエイルが下した決断。
――「私が……どうしてシュタアルのことを、大好きだったのか……理由もわからない……こんなの……こんな……あんまりよ……」
自らの想いを何かに捧げて、命果てようとしていた少年を救う事。
――「どんな顔で笑っていたのかも……分からないよ……でも……死なないで……」
その、悲劇に嘆きながらも、救おうとする姿を……
――「―― シュタアル!! 生きて!! ―― 」
どうして、そんなに美しく在れるのかと。どうして……『うらやましい』と思ってしまったのか。
その瞬間ヘリヤの表情が砕けた。今まで無反応だったヘリヤの感情が一気にあふれ出す。
「エイルぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「ヘリヤぁぁァァァァ」
彼女たちが両手に魔力の塊を携え互いにぶつけようとした瞬間――
「もう、やめろよ!! エイル!ヘリヤ!!」
二人の間に割り込んできたのは青紫の髪を揺らすシュタアルの姿だった。
✧ ✧ ✧ ✧
『残った魔力で、飛行魔法を君にかけてあげる。少しの間だけ跳べるよ。ただ、多分、そんなに長くないから気を付けてね』
そう言って譲渡された魔力と飛行魔法。シュタアルの思うように今だけ空を飛ぶことが出来る。
他人に発動済みの魔法を一時譲渡なんて芸当、ちょっと意味が分からないが、二人に感謝するしかない。
「もうこんなバカなこと止めろ!」
魔法をぶつけようとしたエイルとヘリヤの腕をそれぞれ右手と左手で絡め取り、逆方向へと放り投げた。
ものすごい勢いで回転運動を喰らって二人とも一瞬目を回す。
訳が分からないままぐるっと回り、何かに抱き止められエイル。
ゆっくりと目を開けた彼女が見たのは……自分をお姫様抱っこして、ヘリヤと対峙しているシュタアルだった。
「え、シュタアル……?」
反応したエイルに気が付いたようにシュタアルがエイルの方を見た。
突然シュタアルの顔が自分の方向に寄ってくる……ような気がした。
――なんだかよくわからないが目を瞑ったほうがいいのだろうか?呼吸は止めた方がいいのだろうか?いや待ってほしい、今顔は煤だらけで……
といったところで、感じたのは『ゴチ』という鈍い音と額の痛みだった。
「痛い!」
「エイルの馬鹿野郎!試合に割り込んでもう無茶苦茶じゃねーか!」
「えっ―― だって、私は―― ヘリヤが――」
「関係ない!!俺が嫌なんだ!女の子が、顔に治らない怪我したらどうするつもりだったんだ!」
「え、と?ごめん……なさい?」
「自分で飛べるな?」
「はい……」
お姫様抱っこを解除され、しぶしぶ自立飛行に切り替える。
あまりの突然のことに訳が分からない。何を怒られたんだろう?
「ヘリヤ……やっぱりだめだ。こんなのだめだ。エイルとヘリヤが何でこんなにぶつかり合ってるのか俺に全部は分からない。
聞いたって多分わからないと思う。でもやっぱりだめだ。二人とも俺がオイサーストにきて、出会った大切で……大好きになった友達なんだ。
こんなの認められない!こんなことで生まれる結果なんて俺は受け入れられない」
「シュタ、アル、私は、あなた、を」
目の前にいるヘリヤは、何故かすぐに攻撃する様子を見せず、ひどく悲しそうに見えた。
「―― だから、俺に言ってくれ。助けられるかどうか分からないけど。でも頑張るよ。ヘリヤが苦しみから抜け出せるように頑張る。
エイルもヘリヤも二人とも笑って明日を迎えられる結果を、俺が望んでる。そうじゃないとダメなんだ」
「あ、あ、あ、あ、あ……」
その言葉にヘリヤは頭を抱えて苦しみだした。
「ヘリヤ!!」
「しゅた、ある……私を……一人に……しない……で」
その言葉を彼女がつぶやいた瞬間、ムカデは甲高い鳴き声を上げて巨大化し始める。
「いやああああああああああ」
無理やり体から魔力を引き出されているのか
巨大化するムカデに巻きつかれて体内に閉じ込められていく。
それと同時にムカデの周辺の空間が一気に割れる。シュタアル達の周囲も同時に穴が開いたような空間が出来上がった。
「エイル!頼む!!」
「え!?ちょっとシュタアル!?」
突然任されたエイルは翼を広げてシュタアルと自分を覆う防御空間を作り出した。
ムカデの魔法は全身から針を出して割れた空間にそれを射した。
その針はエイルの包んだ防御空間を次々に攻撃してくる。
「まだ、こんな手が……」
「――万象に
そのシュタアルの言葉と共に彼の機剣レーヴァテインはその刀身を強く輝かせる。
■孤独を救う願いとエゴ
「行ったか。頑張れ男の子」
シュタアルを見送ったユーベルは言葉だけを残してその場を後にする。
「見届けないの?」
「ん-。任せて大丈夫かな。彼の全てを見るのはヘリヤに任せていい」
眼下では、会場に向かったメトーデがラヴィーネの下に駆け付け、
ヴィダルと数名のスタッフが倒れた学生たちの保護を始めたようだ。
「そう……じゃあ行こうか」
「そうだね……これを仕掛けた、ヤツ。腕の2本か3本は覚悟してもらおうか」
「腕は2本しかない」
そんな会話を交わした夫婦は、その場を後にする。
✧ ✧ ✧ ✧
昔、救うことが出来なかった少年は魂に呼びかけてきた。
たとえ届かなくても、想いは救われていた、その意思は心を救っていたと。
昔、祖父のアイゼンは落ち込む孫に言った。
勇気とは、大切なものを見極め、それを守るための最善を選択して行動する心だと。
昔、父のシュタルクはふさぎ込んだ我が子に言った。
悔しさとは、あきらめていない心の証だと、悔しがっている間は、勝利を諦めていない証拠だと。
昔、母のフェルンは対峙する一人の戦士へと言った。
願いを掴むために、何を守り、何を斬るのか真実が見えているのかと。
そして、師のフリーレンは愛弟子に伝えた。
これからシュタアルが成すことを、選ぶ選択を、これから先に待っている戦いを。ずっと見ていてくれると――
――だから
「格好悪いことは、何一つできない!!」
臨界状態となっていたレーヴァテインを開放したシュタアルは構え、ヘリヤを纏うムカデの魔法を分析する。
この魔法は大地を軸にする陰気を纏った魔法であり、おそらくは土気を纏った化け物であり、ヘリヤをその毒に冒している存在と読める。
「土気を纏う魔性を、木気を持って打ち払う!」
レーヴァテインへと命じた魔法は……エイルの翼から舞い散る羽の吸収を始めた。
「シュタアル……なにを……!?」
エイルにとっては、シュタアルのレーヴァテインの概念は意味不明である。
属性をぶつける魔法と読めるが大陸の協会にはない概念だ。
「待ってろヘリヤ! 今そこから出してやる。それで一緒に帰ろう
ユーベルさんもラントさんも待ってる」
輝きだしたレーヴァテインに対して、巨大化したムカデは目を攻撃色に光らせシュタアルに向かって牙を向ける。
「エイル。多分。斬ったら俺とヘリヤは落ちると思うからよろしく!」
「はい!?ちょっと待――」
という彼女の制止も聞かぬままにシュタアルは飛び出した。
✧ ✧ ✧ ✧
飛び出したシュタアルに向かってムカデは体中から針をとがらせながら牙をむき出して襲い掛かってくる。
「おせぇ!!」
それを紙一重で回避したシュタアルはムカデの表面を覆う針を横に薙いで切り落とした。
――ぎぃぃぃぃ!――と苦し気なうめき声をあげるムカデ。
首筋に剣を差し込んだシュタアルはムカデの身体に沿って剣を刺したまま飛翔する。
ヘリヤの身体が取り込まれたムカデ本体でできた眉のような塊をレーヴァテインで切り裂くと……
ヘリヤは、繭の中で膝を抱えてうずくまっていた。彼女は――
「ヘリヤ……泣いて……」
あんなに強気だった、退くこともなく、どんなことも逆手に取り相手を圧倒する彼女が――泣いていた。
意外なものを見た……そんな気になったのだが。そうじゃないことに気づく。
多分、彼女はずっと泣いて叫んでいたのだ。7年の「自分だけが覚えている執着」に泣いてたんだ。
失われていくしかない悲しみに耐えて。それは彼女の強さであるのだけれど……
随分待たせてしまった……のかもしれない。でもきっとその悲しみを全部わかってやることはできない。
今できることは……
「ヘリヤ!来い!帰ろう!」
全力で手を伸ばす。
「……シュタアルは……いなくならない?」
泣いている彼女は小さな声でそうつぶやいた。
「ここにいるだろ!俺は居なくならない!!」
「……シュタアルは、私の事を忘れない?」
「こんな無茶苦茶なヤツ、どうやって忘れるんだよ!」
それでも彼女は手を伸ばすか迷っているように見えた。
「……シュタアルは、私の事……一人にしない?」
まるで、子供の様な……その瞳に宿る訴えは……
―― そうか、これが7年前に置き去りにした物なのだろう。
まるで本性と本音を見せない彼女の心の欠片。
「これでも我が家では賑やかし要員らしくてな!
寂しそうにしてるやつ、ほっとけねぇんだよ!」
おずおずと、手を伸ばすか迷っている少女の腕を強引につかんだ。
まるでヘリヤらしくない、可憐な少女のような仕草で……いろいろ目を奪われているとルーエの咬み痕がピリッと痛む。
(姉さん。悪い。今度死ぬほど怒られたって良い。俺は俺の行動にウソがつけない!!)
ムカデの繭からヘリヤを強引に引っ張りだした。左腕にヘリヤを抱きとめる。
本当にらしくなく、震える少女の様にヘリヤはシュタアルへとしがみついた。
強くしがみつく彼女はいったい何におびえているのだろう。
「レーヴァテイン!全開だ!ぶった斬れぇ!!」
右手に握る愛剣に全力を命じるとため込んでいたすべての魔力を開放してその刃を魔力で伸長させる。
「これで終わりだムカデ野郎!!」
そうしてムカデの魔法でできた繭は両断され、魔法ごと消失していき――ようやく二人の戦いに決着がついたのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
力を失ったように落下していく
シュタアルと、何も言わずに彼にしがみついたままのヘリヤ。
なんとなく納得がいかないものも心に抱えながら、エイルは魔法で二人を受け止めた。
「もう……」
「ありがとぉ……毎回ごめんね」
「魔法で飛べるんじゃなかったの?」
「あれは借り物……魔力が尽きたらやっぱり飛べないの」
しぶしぶ二人と一緒に地上へと降下を始めたエイル。
「ヘリヤは……?」
「わかんないけど、ずっと泣いてる」
「泣いて……?」
無理やり引っぺがしてやろうかと思ったのだが……
「……もういい」
そういう訳にもいかない。結局、エイルは地上に降りてからもしばらく頬を膨らませていた。
■舞台裏の決着
「ラヴィーネさん。大丈夫ですか?」
「おせぇーよ。死ぬかと思った」
手を差し伸べるメトーデは、ラヴィーネの体中の傷を癒す。
相変わらず、手際がいい。
「軽い外傷だけでよかった。これぐらいなら簡単に治せますから」
「まあ、シュタアルにある程度治してもらってた。他の連中は?」
「救援のスタッフに運ばれています。急な魔力枯渇による気絶ですね。
意識を保っていた生徒もいますけれど」
そうか、と言いながら、ラヴィーネは立ち上がった。
上空からはゆっくりと3人が下りてくる。
安堵のため息を吐いて、ラヴィーネは手をパンと叩いた。すると、会場の端にあった誓約書の写しの書類一式が燃えて灰となって消えていく。
「良いのですか?」
「もう野暮だろ……シュタアルも可哀想だ。らしくねぇとは思ったがどうやら嵌められていたみたいだしな」
なるほどと言ってメトーデは苦笑したが……
「まあ、勝敗の結果で約束をどうするかは、当人たちの気分次第なところがありますね。
試合記録上はどうされるのですか?」
「もう無効試合にするしかないだろ。ヘリヤはリングを壊すし、これを片付ける側の身にもなれっつーの」
苦笑いで流すメトーデはラヴィーネの言葉に「予算回しておきます」と答えた。
そんなメトーデは研究棟のほうを眺めた。
依頼されたアーティファクトの分析により、持ち主が特定された。
ただ、追跡をすることになった彼女がどう出るのかちょっと予想がつかない。
できれば、取り調べができる程度の報復で済んでくれればよいのだが……
✧ ✧ ✧ ✧
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ひぃぃぃ、くるなぁぁぁぁ」
研究室の隣の部屋に必死に逃げるのは研究員のモルティス。
それをゆっくり追いかけてくるのは……
「どこへ行こうっての?」
「私が何をしたというのだ……何の証拠が……」
逃げながら無実を訴えるモルティスだったが追跡者は一切容赦する気がない。
「巧妙に隠してたみたいだけどさ……女神の魔法も使える人いるんだよね一級魔法使いって」
「なにを……」
「現場に落ちていたこれ。魔法で発動させたでしょ。そういうのがあると、持ち主がトレースできちゃうんだなぁ」
ユーベル、一級魔法使い。協会でも屈指の、危険な女だ。
彼女が持っていたのは会場に仕掛けていたアーティファクトの破片。
何者かが仕掛けた女神の魔法により、それは魔法の主であるモルティスを指し示した。
「私はただ、魔法の発展のために……」
「発展のために何?私の娘ってその発展のために犠牲になる必要があったの?」
その言葉と同時にモルティスの背後にあった机が真っ二つに斬れた。
モルティスは腰を抜かしたようにその場に倒れ込む。恐怖のあまり立ち上がれないらしい。
「逃げないでよ、手元が狂ったら胴から真っ二つになるかもよ」
「違うんだ。これは命じられて――」
バタバタ音を立て、物陰に隠れようとしたのだが
「うご……か……」
「――
ユーベルの魔法で拘束されたモルティスは指一つ動かせない。一応、魔法使いでありながらも何も行使できない。
「私の視界に入っている限り、なんもできないと思うよー。例えば、口と鼻に物を突っ込まれても指一つ動かせない」
視線だけで恐怖を訴えているモルティスが泣きそうになっている姿を見て、ユーベルは屈みこんだ。
「口だけ動くだろうからもう一回言ってよ。あなたの魔法のために私の娘が危険な目にあったの。どうして?」
「……
モルティスの目にゆっくりと蠢く文様が徐々に浮かび上がり、それは正面にいるユーベルの瞳に映る。
―― わが意に従え……その意思を捨て……我らが使命に殉じろ……
その瞳に映る文様に刻み込まれた命令はユーベルの瞳を通じてその意識を――
モルティスを通じて様子を見ていた魔族のヴィゾールは、正面に座ったユーベルの意識を掴む。
それと同時に全身を脱力したようにぐったりするユーベル。
『一級魔法使いを、手に入れられるのなら戦果は上々』
だが――
「残念ながら、妻はやれないな。男の先にいるのは、7年前に僕の前から逃げた魔族だな」
『……ユーベルその男を殺せ』
「はい……」
杖を出現させて、ユーベルは一閃を解き放ったのは
「ぐあああああああああああ、目が、目がぁぁぁぁ!」
モルティスの顔、正面を薙いだ攻撃は研究者の眼球の正面を削った。
目から血を流し、のたうち回るモルティス。
「これは、僕が作ったユーベルの分身体を僕を通じてユーベルに操作させていたんだよ」
『なん……だと……』
「こう見えて、私より私の体の隅々の事把握しているからね。夫婦一心同体ラブラブ魔法」
「印象の悪い言い方はやめてもらえる?普段使いには向かないでしょ。効率が悪いし。」
改めてドアから入って来たユーベルとラント。先ほどまで部屋にいた二人は霧散して消えた。
『クソ……』
「さて、逃がすと思うか?しぶとい男がお前が力を使うのを待っているぞ」
✧ ✧ ✧ ✧
「何を言って……」
とつぶやいたのはヴィゾールの分体である目玉の魔物。研究所の外からモルティスの様子をうかがうように視線を向けていた。
そこに上空から降り立ったのは
「やはり中継点を置いていたな」
「いつの間に!?」
「悪いが、張らせてもらった。束縛された男を通じて通信すれば何らかの動きがあると踏んでいたのでな。
とはいえ、さすがに本体は来ていないか……通信元を探らせてもらうぞ」
ゲナウの黒の翼が腕のように伸びてその魔物を拘束する。
「本体の場所を吐いてもらうぞ」
「探られる程度ならっ!!」
「ッッ!!」
掴んだ瞬間、その目玉の魔物は自分の瞳から血を吹き出した。
「しまった自滅か……」
「少しは、痛みを味わってもらおうか」
――そして、その魔物は周囲を巻き込むように爆発を巻き起こした。
パラパラと破片が落ちる中、全身を
「次は、初手から封印をするか……通信が切れてしまうかもしれんが。メトーデ。トレース結果は?」
そう言ってゲナウは今この場にいない妻の名を呼ぶ。
『申し訳ありません。先に切られてしまいました……』
「そうか……周到な奴だ。次に活かそう」
ゲナウは袖についた土ぼこりを手で払う。
念のために魔族の気配を探ったが、どうやら完全に逃げられたらしい。
「子供たちに手を出した罪は重いぞ……」
小さくつぶやいたゲナウはオイサーストの協会へ戻るように歩き出した。
■医務室と絶対開かない扉
「あの、ヘリヤさん……
そろそろ、復活してもらえませんか?」
というのはどうしたらいいのか分からないシュタアル。
何故なら地上に降りてからもヘリヤが無言のままシュタアルから離れようとしないため。
多分もう泣き止んでいると思うんだが……
凄く困る。なぜなら地上に降りて落ち着いてから改めて感じるヘリヤの女の子特有の良い匂いと柔らかさ。
これを認識した瞬間、滅茶苦茶、ルーエ姉さんの咬み痕が痛い。
そして、現在進行形で背後からジーと睨んでいるエイルの視線も痛い。
厳戒態勢は解かれたらしく帰っていいという事にも成ったのだが、突っぱねてずっとこっちを見ている。
地上に降りてから頬はずっと膨らんでいる。
あと、この状態で彼女のお母さんである一級魔法使いのメトーデさんと挨拶をした。
終始優し気に笑う姿は……母のフェルンやユーベルさんとは異なる得体のしれない恐怖を感じた。
「違うんです……」
と、つい言葉にしてしまった結果「分かっていますよ。くれぐれもエイルの事もお願いしますね」と言われた。
いったい何をお願いされたのか分からない。
どうすればいいのかさっぱり分からない中で、声をかけてきたのは復活してあくせく働いているラヴィーネ先生。
一度死ぬような目にあったのにどうして平然と働いているのだろう……
「シュタアル。いったんそのお姫様を医務室に連れて行ってやれ。ラントとユーベルはまだ手が離せない」
「え、どういう事?」
「大人の事情だ」
「えっちな話?」
「阿呆か。ちょっと血なまぐさい話だ、良いから連れて行ってやれ。疲れただろうからベッドで寝かせてやれ」
確かに一理あると思って医務室に行こうと立ち上がる。一切反応しないけど。
しがみついた腕だけは離そうとしないため、しぶしぶ本日二回目のお姫様抱っこで立ち上がった。
エイルの視線が刺すように痛い。
「私も行きます」
「いや、先生としてはエイルは瓦礫の片づけ手伝ってほしいなぁ~」
「私も行きます!」
「いいよ。ベッドで寝かせてからすぐ戻ってくる」
とエイルに制止を呼びかけるように手をかざしてシュタアルは医務室に移動した。
「シュタアル!まって!まだ話が!」
と、背後でエイルが叫んでいる。
「エイルは心配性だなぁ……」
と……言いながら、苦笑いして医務室に向かったシュタアルだったがーー
―― その考えは至極甘かったと思い知ることになる。ヘリヤという女の子を舐め切っていた。
「アレっ!?」
気が付いた時には、運命に絡めとられ医務室のベッドに寝かされているのは自分。
寝ている姿をベッドの片隅で眺めているのは先程までふさぎ込んでいたヘリヤ。
「どう……して?」
突然魔術拘束がシュタアルを襲い、ベッドの上に縛り付けられたのだ。
両手と両足がベッドに魔法で括り付けられていて動けない。
「……うふふ、つ~か~ま~えたぁ」
ヘリヤはゆっくりと艶めかしい動きで、足元から這い寄ってくる。
その手つきは鮮やかというべきなのか。見事というべきか。
理解できたのは、医務室のベッドに近づいた時点で罠にかかっていたという事。
つまり、彼女は途中で我に返っており……
おそらく……試合とは別計画で彼女が事前に仕掛けていた罠……
鼻歌交じりにアリジゴクの巣にわざわざ入り込んだ蟻のような単純さ……
「嵌められた……!?」
「……そう、私たちだけの最終ラウンド」
「そんなの要らないよ!?」
✧ ✧ ✧ ✧
姉弟子ルーエの咬み痕とは彼女の中に眠る黒極竜アートルムの契約である。
竜の本能がつがいと認めた相手に相互所持を付与する竜種独自の刻印の魔術……とフリーレンから聞いた。
現状、かけた本人(竜)じゃないと解除できない。強引にやればどういう影響が出るか分からない。
わかっている主な効果は……ルーエ以外の女性に反応したらペナルティがあること。
相互性はあるかもしれないけれど、現状ルーエの精神構造的にほぼ影響がないだろう。
そしてこれはシュタアル本人に伝わっていないが、小さな下心程度で近寄る女性の感情が反転する効果もある。
だが、それもあくまで小さい下心であればの話……
「シュタアル……あなたが私の事を受け入れてくれたのが……すごくうれしい……」
「ヘリヤ!待って、これ外して!俺戻らないと!ほら、瓦礫掃除とか手伝いたいし」
「だーめぇ」
さっきまでの10歳の少女の様に泣いていた態度が嘘のように……
蠱惑的な笑顔で彼女はシュタアルの下腹部にお尻を乗せて座り込む。いわゆる馬乗り状態。
「やめ、やめ……やめて……ダメだって」
下腹部が抗いがたく熱くなって、込み上げる情動が膨張する。同時にルーエの咬み痕が痛い。
ヘリヤは自分の真下で突き上げてくる感触を察したらしく、目を細め、口角を上げる。
「こんなに反応してくれるんだ、うれしい……」
そんなの無反応のほうが無理だ。
父シュタルクぐらい、母フェルン一筋なら大丈夫なのか?
本当にそんなこと可能なのか?経験がないシュタアルには何も分からない。
「やめてよヘリヤ……こんなの良くない」
「どうして? シュタアルは約束してくれたよね?」
彼女は嬉しそうに覆いかぶさってくる。
お互い着衣のままだからまだ分かるのは間接的な柔らかさぐらいだが……
それも邪魔だと、シュタアルの上着に手をかけて脱がそうとしてくる。
「シュタアルはこれからずっと私と一緒に生きてくれて……」
「不用意に死んだり、いきなり居なくならないって話だよね!?」
ドワーフ印のプロテクター部分が上着から外され、シャツ状のインナーがあらわになる。
布越しの腹筋の感触が気に入ったのかヘリヤは何度も腹筋を撫でまわしてくる。
「やめてぇぇぇ」
「今後、私の事をずっと考えていてくれて……」
「記憶飛ばして忘れないとかいう話だよね?」
布越しの感触に満足したのか今度はインナーに手をかけてきた。シャツがまくり上げられ地肌があらわになる。
ヘリヤは一度上体を起こしてその筋を指でなぞり始めた。こそばゆい。
「そして、シュタアルはこれから私の傍から離れないでいてくれる」
「激しい拡大解釈!?」
上着を全てはぎ取られた。ヘリヤは脱がせたインナーを嬉しそうにほおずりしてから綺麗に畳んで片隅に置いた。
妙なところが几帳面だ……脱ぎ捨てたら投げ捨てるタイプかと思っていた。
「ねえ、シュタアル。シュタアルのズボンと、私の服、どっちを先に脱がせた方がいいと思う?」
「どっちもだめぇぇぇぇぇ!!」
既に咬み痕のペナルティがリアルに咬まれる感触になっている。すごく痛い。
✧ ✧ ✧ ✧
「まて、ヘリヤ!話せばわかる」
「そういうセリフって特に中身なくって会話の無駄なのよ、知ってた?」
確かにノープランだ。だが、それでも流されるわけにはいかない。
「いや、ドア開けて誰かが入ってきたら大変なことになる。まだ作業者は多いんだから」
「それなら大丈夫」
「なんで?」
シュタアルの胸に手を置いたヘリヤは嬉しそうに説明する。
「『命懸けで宝物庫の扉を閉める魔法』って知ってる?」
「噂ぐらいは……フリーレンから」
「扉を開かせないという概念も、意外と私の魔法特性にもあっててね。だから今ここは私の宝物庫の中」
「はい?」
そう言ってヘリヤが指さした先。それは医務室の扉だった。
「医務室は宝物庫じゃないぃぃぃ!」
シュタアルの叫び声もむなしく外には漏れない。医務室の扉は封印されてしまっていた。
ここはヘリヤが納得するまで出れない部屋。
そしてヘリヤは自身の服を脱ぐのが先と決めたらしい。
髪留めを外し、彼女の三つ編みが解かれてロングヘアーがあらわになる。
そんな印象の変化だけでもシュタアルにはそこそこの威力がある。
「あうあうあうあうあ……」
「こういうのも好き?パパの遺伝でちょっと癖毛だからいつもまとめてるの。ストレートヘアなママがうらやましい」
鼻歌を歌いながらぱちぱちと自分の服についた装具を外し始めたヘリヤ。
そんな折、彼女はふと目についたルーエの咬み痕が気になったらしい。
「ねえ、シュタアルのそれすごく痛そう」
「ま、まあ……こういう傷痕だから、普段はそんなに痛くないよ」
今すごく痛いというのはひとまず伏せておく。
「……それ、やっぱり気に入らないなぁ……」
彼女はルーエの咬み痕に手を伸ばす。
一通り撫でまわして確認を始める。
「すごい情念……私が触れただけでビリビリしびれる。どんな人がこれを付けたのかしら」
「それは……」
思い起こせばあの時もルーエが馬乗り状態だった。
こんな状況ばっかりだ。
ふいに彼女の眼の色が変わり、笑みが深くなる。何かを仕掛けてくるときの目――
「ちょっと、ヘリヤ、待っ――」
「――
間髪もなく、彼女は自分の得意魔法を唱えた。
✧ ✧ ✧ ✧
想像以上に強い光が部屋中に走った。何かに強い抵抗があったのか。
ヘリヤは笑っている。それと同時にシュタアルの首の痛さが抜けていく。
「そうなんだ。やっぱりそうなんだ。視えちゃった!
酷い話だけど嫌いじゃない。こんなのシュタアルが普通に外せるわけがない」
「ど、どういう……?」
ヘリヤは楽し気に右手についた小さな火傷痕を自身で舐めた。
「その魔法は傷痕そのものじゃない、魂に近いところに上乗せされている。
傷痕が媒体になっているけど、きっとシュタアルが生きてる限り元通りになる」
「そう……なの?」
予想外に深い状態で、シュタアル自身も驚く。
愛の重さと思えば嫌なわけじゃないけど……ルーエ姉さん……とは思ってしまう。
「多分、3時間ぐらいは……リンクが切れた。ね、シュタアル……」
ヘリヤが上着を脱ぐと、彼女の上半身の下着姿があらわになる。
女性としての魅惑を損なわぬ柔らかさの中に、あの体術もこなすしなやかさを感じる肢体。
シュタアルは目を丸くしたまま、音を立ててつばを飲み込んだ。
動かすことができない掌にヘリヤが指を差し込んでくる。
絡め取られた指を介して言葉にできない感情が背筋を走る。
「ふえっ!?」
当然、体を駆け巡る血液は本格的に集まるところに集まってしまう。
ヘリヤは変化を感触で察したようだ。嬉しそうに体を寄せてきた。
「……一緒に楽しもう――?
――一番最初は口づけがいいかしら?私も初めてだから……」
もう―― だめだ。ヘリヤに抗えない―― 何もかも奪われる―― いや、何を?分からない。分からないけどこのままでは負ける……
この状況を覆す方法を必死に考えようとするが、シュタアルの身体は目の前の女の受け入れを訴えている。
打つ手が……と、思った瞬間
「――はああああっ!」
という怒気と情念のこもった声が、窓側から聞こえた。
――この声は、エイルの声だ。
■貴方の想い通りにはならないもの
ヘリヤの顔がどんどん近づいてくる。いったいどうすればいい?
父も母もフリーレンも教えてくれなかったことだ。目を瞑ればいいのか?それはもうなすがままでは?
いや、ダメでしょ。このままじゃダメだ。何がダメなのか分からないところからして良い訳がない。人生の手綱が手元にない!
シュタアルは顔の真正面に刃を突き付けられてもまばたきすらしない。そこから挙動に沿って紙一重で躱すタイプだ。
だが、結局、この状況で思わず目を閉じてしまった。だって女の子の綺麗な顔が近づいてくるんだもの――
そんな状況下、外から聞こえてきたもう一人の少女の声。
声は徐々に近づいてきて――
シュタアルとヘリヤの唇が触れそうになった手前……
――医務室に鳴り響いたのは窓ガラスが砕け、床に飛び散る音だった。
思わず、行為を中断し、顔をあげたヘリヤ。
目を開けたシュタアルの視界に飛び込んだもの。
それは、ガラスの破片の間を抜けてくる白のローブとブロンドの髪のエイルの姿。
彼女は腕を頭の前で交差し、膝で体を守りながら、コンパクトな姿勢で飛び込んできた。
ばらばらとガラスが床に散る中、訓練兵のように地面で一回転したエイルは膝立ちで杖を構える。
「――戻りなさい――」
という声と共に、窓ガラスは逆再生されるように元の形に戻っていく。
「やっぱり来たか。思ったより早かった。
残念。シチュエーションにこだわり過ぎた。口づけぐらいしたかったかな」
エイルの登場にそんな言葉で答えたのはいまだシュタアルにまたがっているヘリヤ。
「ふふふ……ヘリヤぁ……本当に、貴女は、どうして……どうしてくれようかしら……」
よく見ると、エイルの髪の先端やローブが部分的に焦げている。あと、目に光がない。怖い。
「空間的に、どうしても扉の逆側は弱くなるという属性をつけたのね。念のために窓の近辺には罠もたくさん仕掛けたのに」
「ええ、手厚い歓迎にはとても感動したわ。こんな特別待遇受けたの初めて」
「満足してもらえた?」
「それはもう」
そう言って、エイルはヘリヤに向けて杖を構えた。
「ちょ、まてまてまてまて!医務室でぶっ放したらダメ」
「シュタアル。黙ってて」
「……はい」
エイルの光のない瞳の視線はヘリヤから一切逸らさない。
「ヘリヤ、服を着てそこから退いて?」
「服を着る間は、感触堪能していい?」
「今すぐ退いて」
冗談が通じる感じがしなくて、先ほどとは違う意味でシュタアルは喉を鳴らす。
ヘリヤがシュタアルから降りたと同時に手足の拘束の魔法が解けた。
ようやく自由になり、シュタアルは状態を起こした。
「シュタアル。私言いましたよね。私も行きますって。どうして待ってくれなかったの?」
「え――っ?」
杖の先はヘリヤに向けたまま視線だけはこちらを捕らえている。
「ヘリヤがこういうことをする娘だって、わかってたはずなのに」
いや、それは想像を上回られたので分からなかったのだが……
「私も何か……貴方に首輪となるものを用意しようかしら?」
「……やめて」
もうこれ以上は何も背負えない……
「エイル。まずは落ち着きましょう。これは戦闘で疲れ果てたシュタアルへのマッサージをしようとしていたの」
「よくも、あからさまな、ウソを、ぬけぬけと……」
エイルの視線がこちらを向いたので、シュタアルはぶんぶんと首を振る。
なんの解答にもなってないが。こっちに振らないでという意味。
「じゃあ、聞くけど……私はシュタアルにマッサージではなく、何をしようとしていたの?場合によっては謝罪してもいいわ」
「え……?」
「あなたの口で教えて……私がやろうとしていた行為について。具体的に」
少しだけ瞳の色が戻ったエイルの表情に乗ったのは恥じらいと困惑の色だった。
✧ ✧ ✧ ✧
「どう?エイル」
「えっと、その……それは……雄しべと、雌しべが……」
「人間にそんな器官はないわ。もっとちゃんと教えて」
ここにきて、まだ反撃できるヘリヤのしたたかさには閉口するしかない。
ちなみにシュタアルはベッドの上で上半身裸のまま正座をしている。この状況は何なのか。
「あの、二人ともその辺にして、一回、会場整備に戻ろう。ヘリヤは休んでても――」
「「シュタアルは黙ってて」」
「はい……」
なんだか息はあっているんだよなぁと思いながらもすごすごと下がる。
しかし、シュタアルが割って入ったことでエイルも少し落ち着いたらしい
「これは……あれよ!だめなことなのよ!」
「へえ……?」
「すごく……その……えっちよ!えっちな事は!そう、私たちまだ未成年だもの!ダメなの!」
びしぃ……とヘリヤを指さすエイル。具体的な説明をしたくはないらしい。
「えー、未成年ってそう言う事、駄目なんだ。
どう?シュタアル。未成年のシュタアルはそういうことしたくないの?」
「変な聞き方でこっちに振らないで!!」
すがるような瞳で見つめてくるエイル、試すような視線で見るヘリヤ。
どうしてこんなことになっている。何か悪いことをしたのだろうか?
こんな時に思い出すのは……父シュタルクの広い背中。
仁王立ちで構える母のフェルンを正面捕らえ対峙する父の広い背中。
そのコンパクトに折りたたまれた姿、そしてまっすぐ伸びた背筋は地面と水平になっており……あ、ダメなやつだこれ。
―― だが、天啓は得た。
―― 父さん……こういう事だったんだね。日々、父さんは母さんを前にこんなどうしようもない気持ちを抱えていたんだね。
覚悟を決めて、やるしか、ない。
✧ ✧ ✧ ✧
「二人ともごめん!!」
というのは、ベッドに額を付けて折りたたまれたシュタアルの姿。
「……何について?」
「……シュタアル?」
二人はその行動にそれぞれ反応を示す。だが勝負はここからだ。まだ、あきらめない限りは負けてない。負けてないよね?
「俺は……故郷のクレ地方に、助けたい人がいる。俺の助けを……待たせてる、大切な女性がいるんだ!」
二人が息をのんだ音が聞こえる。
「……続けて」
と、一言答えたのはヘリヤ。その隣でエイルは瞳の色がまた薄くなっている。
「俺の人生を捧げたって良いって思ってる……それぐらい、大事な人で……その……
だから、二人の気持ちには。今は――」
あれ?これって二人が自分のことが好きな前提になってない?自惚れ過ぎじゃない。
「からかっただけ」とか「別にそこまで……」みたいな返しされたら耐えられなくない?
ガラスのハート壊れちゃわない?
何も言ってくれない二人に、恐る恐る顔を上げる。
表情の変わらないヘリヤとちょっと蒼くなったエイルの顔が見えた。
「シュタアルの言い分は分かった」
「はい……」
耐えられなくて、再び視線をベッドに埋める。
すると、ヘリヤの口が耳元近くまで寄ってきた。
「……私がシュタアルの事を本気で好きって、――どうして思ったの?」
そんなヘリヤの言葉に数刻前まで破裂しそうだった下腹部の大切な部分がきゅっと収縮するーー
「うああぁぁぁぁぁぁぁ、ごめん、違うんだ、そうなのかなって……もう駄目、殺して!」
ベッドの上で転がりながらもだえ苦しむシュタアルだったが……
「う・そ。ちゃんと気持ち受け止めてくれたんだ。そこはすごく嬉しい」
そんな様子で、一世一代の告白(?)にまったく動じないヘリヤ。
「ねえ、シュタアル。でも肝心なところが分かってもらえてない」
「ど、ど、どういう、事……?」
ヘリヤは肩にかかった髪をかき上げて整えながら姿勢を正して、指先をシュタアルに突き付ける。
「何も関係ないわ」
「はい?」
「私にとって何も関係ないの。私は欲しいものは欲しいの。他人の都合で諦めるという選択肢が嫌いなの」
「いや、でも、おれは……姉さんの……」
「その話で、状況は何一つ変わらない。手に入れるための最短距離を最速で駆け抜ける。それが私のやり方。だからシュタアルの都合は関係ない」
あまりに無茶苦茶で。自分だけの都合で。相手の気持ちの配慮を度外視した。
狂ったほどに純真な欲望。だけど……
(ヘリヤらしい……のか?)
「でも、シュタアルがまだ踏み出せないのなら”今日は”引いてあげる。友達でいましょう。
エイル”も”それでいいでしょ?」
話を振られて、蒼くなっていたエイルが我に返る。少し血の気が戻ってきた様子に見えた。
ヘリヤの顔を少しだけ見てから何かに納得して頷いた。
「私!……私は……その……シュタアルの大切な人って……そんなに大切な人?」
「う……それは……大事だ……けど」
「私も!……私も……シュタアルの事……その……大好き!……友達として!!友達として大好き……なんだけど。
『友達として』も……だめなの?」
「そんな……そんなことはない……けど……」
あっれー?何かおかしい。何かが妙だ。確認される友達として大好き……ってどう受け取れば?
着地点からずるずると何かに引き摺り戻されている不思議な感覚がある。
「私も、今はまだ『友達』として傍にいていい?
シュタアルは試合前にお弁当また食べたいって……言ってたし……」
みんな友達になる。それで今は勝利のはずだ。でも何かが……致命的におかしい気がするが……
祈るように上目遣いで見られると思考が狂う。
そんな感じで、未だ何を言われたのか、把握できない未熟な戦士は
「……お願いします」
という形で答える以外の手段を持ち得なかった。
■二人の戦乙女と鋼の英雄
ヘリヤの試合から休日を超えて翌週の朝。
「メトーデ……昨日の夜からエイルはどうした?」
休日夕刻に帰宅したエイルは、自宅のキッチンで何かを作り、妹のリーンに味見をしてもらい一喜一憂していた。
奇行とは言い難い。実に年頃の娘としてほほえましいとは思う。だが突然すぎて……いや……可能性に心当たりがないわけではない……
「言わないと分かりませんか?シュタアル君のお弁当ですよ」
「ぐあ……」
ゲナウの様子にメトーデはため息をつく。まだ認められないのかと。
ようやく理不尽な喪失から帰ってきて、一つの覚悟がついた、初恋の再来だ。
成功するのかどうかは分からない。いつかはエイル自身が結論を出す話。
簡単ではない。そういう少年を好きになってしまった。
そういう少年だから惹かれてしまったのかもしれない。
「たとえ、シュタルクの息子であっても……
あの男は……だめだ……エイルを第1に考えていない……許さん……」
等とぼやいている夫を尻目に、高難易度好きは……血は争えないとは思ってしまう。
そんな夫の手元に、トンと置いたのは黒を基調にした上品な色の巾着袋。
「なんだ?」
「これは、私とエイルで作った、誰かさんの今日のお弁当です」
ゲナウが受け取ろうと手を伸ばすのでメトーデはひょいと持ち上げる。
「きっと、拗ねるだろうからと作ったものです。わざわざ別メニューで。
先の言葉からすると……必要ないですよね?彼のおかげで作られたのですから」
ゲナウは空を切ったその手でぐっと握る。そんなに悔しいのだろうか。
「……詭弁だ」
「娘の恋心ぐらい応援してあげてください」
「……断る!」
意地でも許さないらしい。子供かとも思うが、直接会話する日は遠からず来るだろう。
それまで意地を貫き通すのならそれもまた可愛げかもしれない。
「分かりました。では今日のお昼、協会の中庭で私とそのことについて、食事しながら議論しましょう」
そういいながら、ゲナウ用のお弁当の巾着袋を持ったままメトーデは部屋を出る。
「まて、メトーデ!私はまだ認めてない!!」
✧ ✧ ✧ ✧
「パパ、ママ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。シュタアル君によろしくね」
「うん、パパもママも気を付けて。ヴィダルも行くよ」
ユーベルとラントは今日帝国領の近隣の任務地に戻る。
という訳で子供たちは学校へ、両親は任務地へ、全員で表まで一緒にという事。
「孫は3人欲しいかな」とヘリヤに声をかけると「わかったー」と手を振っていた。
「何を言っているんだ……」
「えー、早ければ早い方がいいでしょ?」
「良いわけあるか。まだヘリヤは未成年だ」
相変わらず夫はブレーキ役を買って出てくれる。
それはそれでありがたいことだが。
「大陸規定の成人なんてすぐよ……もう親のいないところでもあんなに育つようになったもの」
「……」
反論しない態度は、『一理はあるかな』とラントなりの意思の表れ。
本当に、良い顔で笑うようになった。7年待った彼女の時間が本当に動き出したのだと親として実感する。
「さみしいなら、向こうでもう一人作ろ?」
「本当に何言ってんの?」
「フェルンも頑張ってたし、私だってまだいけるかなーって」
「僕のキャパオーバーだよ」
眼鏡を抑えて歩き出したラントの隣は、ユーベルの人生の特等席だ。
そんなラントの隣、少し下から覗き込む角度から見るラントの顔が好き。
口うるさいし、無表情。だけど、いつも家族のことを考えているところが大好き。
「腕組んだら歩きにくい……」
「良いじゃん」
そうしてまた任務地の日々が再開する。次に戻って来た時の更なる変化を楽しみにしながら。
✧ ✧ ✧ ✧
お昼休み、食堂へ通じる渡り廊下の張り出しの告知コーナー。様々な掲示物がある。
直近人気なものは学内新聞委員会が書いた先日のシュタアルとヘリヤの試合の顛末だ。
曰く、無効試合になったことで、変態編入生のクイーン隷属計画が失敗に終わったとかなんとか。
「……はあ」
とため息をつくのは、ヴィッツとライゼとともに食堂へ移動中のシュタアル。
「まあ、気にすんなよシュタアル。それよか見ろ」
先日の魔力枯渇からあっという間に回復したヴィッツは別の記事を指さした。
「学年別ペアを組みたい生徒投票……?それがどうしたの?」
相変わらず、頂点はイケメン聖騎士のアーデルがダントツだ。
他にも数名の有名生徒の名前が並んでいるらしいがシュタアルはよく知らない。
「しらばっくれるな……俺は言ったな
『人気を独占するトップ層に意味はねぇ、有象無象に入った一票にこそ意味がある』って!」
「うん……」
そういえば、そんなことを言われた。その時は直後にヘリヤに襲撃されてすっかり忘れていたが。
「それで?」
「こーれーをー見ろー!!」
順位付けされた男子学生コーナーの後半となる有象無象コーナーのトップ。
ヴィッツがビシビシと指をさしている箇所。
―― シュタアル:2
「どういう事だってばよぉ!!」
「シュタアル君……2票って……あ~そうなっちゃったか」
「と、友達票ってやつだよ……」
というと、ヴィッツはゲシゲシと肘で小突いてくる。
「シュタアル何してんのー?食堂行かないのー?」
「うわぁ、気配を殺して後ろからしがみつくなぁ……!」
「あー、人気投票? シュタアル有象無象の頂点おめでとう」
誰のせいだ!と思いながら受け流していると……
魔法の効果かヘリヤがひょいと持ち上げられて引っぺがされた
「シュタアル。お弁当。食べたいって言ってたから。好きそうなもの、妹と一緒に考えてみたの」
「えっ……あ……うん……ありがとう……」
何とも言い難い反応に眉をひそめて「要らなかった?」と上目遣いで聞いてくる。
「いや!すげぇ嬉しい!!昨日もいろいろあってご飯食べ損ねたし!ありがとうエイル!」
慌てて、お礼を言うとエイルは嬉しそうに「先に行ってるね」とヘリヤを引きずり食堂の方へ走っていく。
「一緒に食べること確定なんだね」
「シュタアルは地獄に落ちればいいのに……」
「酷い……あー、二人とも先行ってて。すぐに追いつく」
ちょっと思うこともあり、その場に残ることにしたシュタアルはヴィッツとライゼに先に食堂へ行くように促す。
「なんで?いや……絶対来いよ。あの二人が暴れ出す前に」
「……善処します」
それだけは、発生しないようにしたい。
✧ ✧ ✧ ✧
「また、このパターンか。どちら様?」
なんか、見られている気がして、掲示板で立ち留まったのもカマかけだったのだが……
「ばれていたか……こんにちは。初めましてかな?」
「一方的には、なんか知ってた……と思ったらそうでもなかったってことかな」
戦士の歩き方とは、実は武術の基本が出やすい。足運び、頭の振れ幅、体重移動の滑らかさ、軸の置き方、バランス。
無論そんなもの何も気にしないでも強い人間はいるが……シュタアルの戦闘の基本を教えてくれた人はそこを徹底する人だった。
……強い。冗談抜きだ。真正面からやり合って、制圧できるイメージが持てない。
「聖騎士アーデル……」
「見習い、だよ。まだ正規の聖騎士じゃない。改めてよろしく。
クレ地方からやって来た、英雄シュタルクとフェルンの子、鋼の英雄シュタアル」
それこそ、こちらもそんな二つ名を名乗ったことない。……ないけど格好いいなそれ、と不覚にも思ってしまう。
一応、体裁上出身地は伝えているが、父と母の名前は一部の人間以外に公開していない。レルネン学長の計らいだ。
だが、知っているらしい。
「君は……有名人だよ。聖都シュトラールの老人たちからね。君の故郷にも近い場所だから、将来気を付けた方がいい」
「そんなこと言いに来たのか?」
そういうと、アーデルは首をすくめた。
「いいや。そうだな……あえて言うなら、君と友達になりたかった……のかもしれないな。
あまりお昼休みの時間を奪ってはいけないね。君があと10分遅れると学園が崩壊するかも」
にこやかに笑って言う冗談だが、否定材料がない。特に灰燼のお姫様は何するか分からない。
手を振って去っていく聖騎士見習いのアーデル。彼が去った瞬間――
「うわっ、レーヴァテイン!?」
機剣レーヴァテインが突然顕現した。呼び出してもいないのに。
そして、レーヴァテインはその場で激しく振動を始めた……まるで何かの警告の様に……
「なんだ、何を、どうしたいんだ?」
アーデルに何かあるのか?こちらから去り行く彼を見ていると……なんとなく両手から黒い靄が出ているようにも見える。
その時、久方ぶりに脳裏に声が響いた。子供のころから本当に命の危機になるとささやきかける誰かの声。
―― シュタアル……あれは、魔剣だ。
心に呼びかける声と、震えるレーヴァテインは……危険を告げている。
―― 彼は、魔剣ダインスレイヴに魅入られている……
~ 学園と灰燼と白翼の戦乙女 07 fin ~