葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション


■ あらすじ
父シュタルク、母フェルンの暮らすクレ地方を後にし、オイサーストの高等魔法学校へと進学したシュタアル。
彼を待っていたのは7年前に出会ったというエイルとヘリヤ、二人の魔法使いの少女との再会だった。

当人の希望であったヘリヤとの決闘を通し、発生した異常事態。ヘリヤは何者かの手により暴走する。
その様子を見ていたエイルはヘリヤを止めるために介入するが、二人の少女は秘めた想い故に激しく激突する。

二人の様子に戸惑うシュタアルだったが、教師であるラヴィーネに背を押され、
ユーベルとラントの協力の元、上空で戦う二人の少女の元へと駆け付けたシュタアル。
彼はそこで、『大切な人を守りたい』という我儘をありったけの想いでぶつけるのだった。

■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルク既存以外のレギュラーキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に埋め込まれている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- ヴィダル(Vidar):ユーベルとラントの息子。15歳。姉のヘリヤに振り回されつつも常にフォローをする少年。父と同様に理屈屋で、ちょっと皮肉な口調が目立つ。隠匿系の魔法が得意。




【幕間】竜姫と戦乙女
街の営みと彼の日常 in オイサースト【幕間3】 ~ His Gentle Days and the Town's Rhythm in Ausserst~


■クレ地方から愛をこめて


 

前略 シュタアル様へ

 

お元気に過ごされていますか?ルーエです。

北側諸国は中央諸国と比べると寒冷な土地です。風邪などはひかれていないでしょうか?

中央諸国は暖かくなってきており、花が咲きつつも、さまざまな植物の新芽が芽吹く季節となりました。

 

ご両親のシュタルク様とフェルン先生はシュタアル様が出て行ってからは時々寂しそうな表情をしておりました。

それでも、お二人とも日々忙しくする中でシュタアル様を信じ、日々の仕事と残ったご家族へと愛を注ぐことに懸命な毎日を過ごしておられます。

 

ティア様やエリシア様も日に日に成長し、ここ最近はお二人に驚かされてばかりです。

それにティア様は、フェルン先生のお仕事を手伝い始めました。

街の貢献にその能力を全力で使うと宣言し、しばらくは私の下で勉強しながら少しずつ仕事に慣れていってもらっています。

 

シュタアル様はオイサーストでの勉強はいかがですか?

私は諸般の事情で学校という場での勉強をしたことがありません。

大勢の学友に囲まれ、高度な教育というもので得られる日々がうらやましくもあります。

貴重な機会だと思いますので、是非どのようなものだったかをお聞かせください。

 

シュタアル様はすぐに無理をされると思うので体にくれぐれもお気をつけて、無理はなされぬよう。

 

追伸

先日、数時間ではありますが、アートルムのつないでしまったリンクが一時的に切断された……ように思いました。

これは、確かに私の本意で付けた契約ではありません。

シュタアル様が受け入れてくれたことはとても嬉しかったのですが……重荷であったのであればと心苦しく思っております。

しかし、一時的にですがシュタアル様とのつながりが完全遮断されたことがあまりに気がかりであり、筆を執らせていただきました。

そちらで何もなければいいのですが、私の預かり知らぬところで一時的に契約のリンクを切らざるを得ないようなことが何か起きたのでしょうか?

いったいどのような事態でそんなことになってしまったのでしょう?遠方の地でシュタアル様の帰りを待つ私に理由を推察することしか出来ません。

次の帰省時にはどのようなことが起きたのかを、明確に、詳細に、真実を、シュタアル様の口から、お伺いしたく――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

北側諸国 オイサースト 男子寮

 

突然、休日の朝方跳んできたフリーレンの使いの鳥。一番速い奴。

その鳥の足にくくられていたのは姉弟子ルーエからの手紙だった。

 

それに目を通し、自らの心を鎮めるために、コップに注いだ水を飲み干したのは外はねした青紫の髪と三白眼の瞳の少年、シュタアル。

彼は現在、両親のシュタルクとフェルンの管理する故郷であるクレ地方を旅立ち、オイサーストに身を寄せ、そこに設立された高等学校に通っている。

 

今日は休日、震える手でコップを置いたシュタアルは、手紙を丁寧に折りたたみながら地面に膝をついた。

 

―― 全部ばれとるぅぅぅぅぅぅ!

 

故郷でシュタアルのことを待ち続ける姉弟子、ルーエ。彼女が幼い頃に受けた魔族からの無慈悲な呪い。

その体には黒極竜アートルムという神代の時代を焼いた強大な竜の因子が混ぜられており、人と竜の間で苦しんでいる。

彼女を救うために、強くなること、知識を得ること、彼女の運命を救うこと、そのためならどんな苦難だって乗り越えて見せるつもり――だった。

 

だが、オイサーストで待っていたのは二人の少女との再会(?)だった。

どうにもシュタアルには記憶がないのだが……事故で失った記憶の先、二人の少女を救った縁で……

いろいろあって友達になった。

 

――『二人とも俺がオイサーストにきて、出会った大切で……大好きになった友達なんだ』

――『ね、シュタアル……一緒に楽しもう――? 一番最初は口づけがいいかしら?私も初めてだから……』

――『でも、シュタアルがまだ踏み出せないのなら”今日は”引いてあげる。友達でいましょう。』

――『私も!……私も……シュタアルの事……その……大好き!……友達として!!友達として大好き……なんだけど。”友達として”も……だめなの?』

 

いや、友達だよ、当人たちも友達って言ってるし!

 

―― だから姉さん!

 

「ちがうんだよ、これはぁぁぁぁぁ!」

 

試合と騒動の明けた翌日。

休日の朝、ルーエからの届いた本分より数倍ある膨大な追伸に書かれた愛に押しつぶされそうなシュタアルはコンパクトに折り畳まれたスタイルで救いを叫んだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

オイサーストに来て早々、実験用に取り寄せられた合成中(キメラ)が引き起こした下着盗難騒動に巻き込まれた。

まあ、それはさておき……その後のどさくさで雷鱗のドレイクと遭遇し、これを新しく友達になった少女エイルと共闘して撃破した。死ぬかと思った。

 

その後、下着騒動のどさくさでシュタアルのポケットに下着を突っ込んできていたという少女ヘリヤと出会った。

彼女は「死合おう?」とあの手この手で迫ってきて、結局ご両親に紹介されたうえで勝負を受けざるを得なくなり……

試合をしたら、なんだか妙な仕掛けが発動して彼女が暴走した。それを……ごり押しで何とかした。試合も合わせて死ぬかと思った。

 

結果、ヘリヤに医務室に閉じ込められて、危うくえっちなことになりそうになった……がエイルに助けられた。

 

自分はクレ地方の故郷で待たせているルーエ姉さんが大事だと宣言したところ「じゃあ、とりあえず友達から始めましょう」ということになった。

 

「……やっぱなんか、変だよな?

 いや、変じゃない。学生だし。友達でいいし。俺には姉さんがいるし……いるよね?」

 

出発の日に誓ったのだ……頑張るって。

 

―― 『「頑張って来てください、シュタアル様。続きはまた、帰ってきた時に――』

―― 『待って、ちゅーの続きって――』

 

なんでか姉さんメイド服着てたけど……

 

―― 『その……こういう時になにか特別なことを、と思って私なりに、過去に着た衣装の中でシュタアル様が最も反応が良かったものと言うとこのエプロンドレスで』

 

まあ、そういう人だ。

 

さて、現在目下の問題は……

 

まずは、装備品の疲労とメンテナンスもあり、金欠だ。早くバイトを探さないと……

そして、オイサーストでゼーリエから神代の事実を聞きたい。これは姉弟子の問題の解決になるかは分からないけどヒントになるかもしれない。

あとは、姉さんの怒りをどうにか沈めないといけない……これは長引かせるとヤバい気がする。存在が禁忌の姉さんは魔法協会に関われない。

故にオイサーストには来れない。だからこそ不味い。ちゃんと、言い訳……いや事情を説明しないと。

 

最も問題は……とシュタアルが見上げた戸棚の上の小箱。

立ち上がり、これを開けて中身を確認する。うん……無くなっていない。ですよね……

 

そこに入っているのは黒の美しいレースの布地。

 

「フフ……」

 

―― ヘリヤのパンツ返せねぇぇぇぇ

 

どさくさに紛れて持たされたヘリヤのパンツ。これはまずいものだ。これをフックにどんどん浸食される。

先日の試合の勝者特権を利用して返そうとしたら妙な罠を仕掛けられていた。

 

―― 『読むぞ……”敗者はいついかなる時も勝者に側付き、あらゆる命令に傅き、どんな時でもこれを拒むことなく実行すること”』

―― 『望むところよ』

―― 『ちょっ!! 望むなぁァァァァ!』

 

シュタアルのお願いが隷属命令に差し替えられていたのだ。

事故で試合は無効となったため、勝者なし。勝利者特権もなし。首の皮一枚で助かった。

 

とりあえず、小箱を閉めてため息をついた。

「なんか……エイルにも毎日お弁当をお願いしたみたいになっちゃってたんだよなぁ……」

 

―― 『エイルが作ってくれたお弁当。うまかったから……面倒じゃなければ、また一緒に食べたいな』

―― 『私も、今はまだ『友達』として傍にいていい?シュタアルは試合前にお弁当また食べたいって……言ってたし……』

 

これは、整理するとどう考えても自分が悪い。面倒ならそんなに頑張らなくていいんだけど……

先日の彼女の目がなんかそんな雰囲気じゃ……いや、思い上がりか?

 

「…… よし、明日考えよう!」

 

だめだ……悩んでも解決しない。ひとまずルーエに返事を書いて、今日の用事のために外へ出よう。

 

■休日の戦乙女たち


 

「ううう……」

 

母譲りの美しいブロンドの髪と青い瞳。普段は制服をきっちり着こなすか、白の清楚なローブを着ている彼女だが、自宅ではゆったりした服で過ごしている。

休日の朝、まだ眠いのか隣で妹のリーンはエイルにもたれかかり、うとうとしている。

 

無心で可愛い妹を撫でながら、幼い頃からお気に入りの翼の生えた熊のようなぬいぐるみを抱きしめる。

思い出すのは昨日の出来事……

 

―― 『俺は……故郷のクレ地方に、助けたい人がいる。俺の助けを……待たせてる、大切な女性がいるんだ!』

―― 『俺の人生を捧げたって良いって思ってる……それぐらい、大事な人で……その……』

 

いろいろあった。いろいろあったけどとにかくこの言葉が脳裏から離れない。

 

「誰の……事?」

 

自分とヘリヤに告げられた表面的な拒絶の言葉。

結局ヘリヤが口車でなんだかグダグダになったのだが。エイル自身も「友達として大好き」という妙な立ち位置となった。

 

「彼の実家に、フェルン一級魔法使いの教え子。『常闇夜の黒令嬢』、『黒の鉄血姫』とまあ……いろいろ呼び名はあるけれど」

 

トンとソファーの傍に置かれたテーブルに、紅茶とソーサーが魔法でふわっとやって来た。

 

「お母さん……!?」

「シュタアル君の大事な人の話でしょ?」

「ッッ!?」

 

特に何か言ったわけでもないが、キッチンカウンターから顔を出したメトーデはにこにこした顔でエイルを眺めていた。

自分の分の紅茶を手にゆっくりと部屋のほうに入って来くる。

テーブルの椅子に上品に座った母のメトーデはゆっくりと語りだす。

 

「今から10年と少し前、北部高原の北東である魔族が復活して、街の二つをほぼ滅亡させたわ。

 当時、その魔族の使う厄介な魔法へと対処するため、二人の英雄が送り込まれた。その際、その惨劇からたった二人助け出された。

 15歳の少年と10歳の少女と……その少女は魔族の呪いを受けていて、魔法協会からは体裁上は殺害指令が出ました」

「お母さん、いったい何の……?」

「シュタアル君の大切な人の話……」

 

母の言葉にエイルは黙り込む。

 

「その少女の呪いは、大陸を半壊させる可能性すらある厄介なもの。彼は、その運命を……救いたいのでしょうね。どうするエイル?」

「私は……」

 

母の言葉に言葉を選ぶエイル。10年前。件の7年前のオイサーストの事件より前の話だ。

その時からシュタアルの傍にいる、『人生を捧げたって良い』と言える人。

 

(いったいどんな人なんだろう?)

 

ふと、ピンと何かに気づいたような反応をしたメトーデは「あら」と声を出す。

 

「エイル。あまり悩んでいても解決しないことだわ。いずれ……出会うことがあるでしょう。

 気分を晴らすために外に出てはどうかしら?」

「外に?」

「そう……リーンと一緒にお散歩してきてはどう?」

 

悪くはない。最近忙しくて妹にはかまってあげられていない。

「んー?」と目をこすりながらエイルを見上げてくるリーン。

 

「お散歩行く?」と微笑みかけると彼女はカッと瞳を開いて「行く!!」と声をあげた。

 

まあ……気分転換としてはよいか。しかし、母はさっき何に気づいたのだろう?

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ママ―。お出かけしてきていい?」

「休日の過ごし方は当人の自由がうちのモットーだし、好きにしていいよ。でもどうしたの?」

 

深緑の髪と、少しけだるげな笑顔と、挑戦的な瞳の少女ヘリヤ。彼女は現在オイサーストに戻ってきている母ユーベルに問いかけた。

 

「なんか、街に出ると良いことがある気がしたの。女の直感?」

「それは大事なことだわ」

 

「いや、大事なのそれ?」と言いながら目を通していた本から顔をあげたのは、彼女の父のラント。

 

「パパには分からないかもね。だって女の勘だもの……」

 

何を言われているんだという顔のラントは息子のヴィダルに視線を向ける。ヴィダルも眼鏡を抑えながら首を振った。

 

「要するに?」

「街に出たらシュタアルに会える気がする。昨日のお礼とお詫びしなきゃ。

 あと、私の泣き顔みたから責任取らせないと」

 

ラントは露骨に嫌な顔をしたが、ユーベルはその表情が気に入ったのか頬杖を突きながらジーと見つめている。

 

「……日が沈む前には帰ってくること」

と言うと「はーい」と言って扉を閉めた。

 

「許してあげたら?頑張ってると思うよー。シュタアル君」

「いや、許すとか許さないの話じゃなくて……昨日の話だと、彼は実家に許嫁みたいなのがいるんでしょ?」

「そうね、略奪愛って素敵だわ。古今東西色んな書物の物語でも見るもの」

「……やめてよ。そういうの大抵ろくでもないエンディングでしょ」

 

なんで可愛い愛娘にそんな過酷な生き方強いるんだ……と言おうと思ったが……

当人が楽しそうに飛び込んでいくから父としては本当に手に負えない。

 

「そういうセオリーを全部なぎ倒すのが我が家のスタイルじゃない?」

「聞いたことない……」

 

そんな両親の会話を聞いたヴィダルは読んでいた本をパタンと閉じて魔法で地面に沈み移動を始める。

 

「ヴィダルもお姉ちゃん子だなぁ……」と横目で見ていたユーベルはつぶやく。

 

■クレ地方の人々


 

中央諸国 クレ地方 戦士の村跡地のドワーフの工房

 

「おい、シュタルク、フェルン、なんじゃこりゃ?」

 

という言葉はドワーフ工房の長であるティシュレーのもの。彼はこれを運んできた領主夫婦に問いかける。

 

「あー、なんというか……送られてきたものの、どうしていいかわかんなくて」

「シュタアルが狩った、竜の素材だそうです。ゲナウ様から、サンプルに送るから好きに使えと」

 

何とも言い難そうな夫婦の言葉にティシュレーはその箱の中に入っていた物を手に取る。

……妙な気配がしたので厚手のグローブ越しに掴んだ。

 

「竜の……鱗か? かなり強固で、デカいな……成竜だ。つまり相当強い竜だ」

 

竜とは、そもそも成体になることすら珍しい。当然だ。生まれた頂点生物がすべて成体になれば世界が滅びる。

結果的に……非常に優れた個体のみが成体となり、子孫を残す。

 

ルーエがシュタアルに異常にこだわるのもそのせいだ。完全にあれが最適と認めてしまったがゆえの執着。

目の前の夫婦の狂った資質を見ると、さもありなんというところだ。

 

それはさておき……

 

「あの阿呆。竜を斬ったのか? 血は争えんな。初めて戦った相手が紅鏡竜の馬鹿の息子は阿呆だな」

「ティシュレー様。失礼ですよ……シュタルク様は馬鹿ではありません。勝てるのに足踏みしてた、ただの根性なしです」

「うん、フェルン。それはただの悪口だね……」

 

妻の辛辣な言い方にしょんぼりした様子で答えるシュタルク。

 

「いやティシュレーさん、そんな話をしたいんじゃなくて……まあ、シュタアルが狩ったものなのでなんか役に立たないかなと」

「これ……希少素材過ぎて……マーケットにも流せそうにないんですよ……」

 

フェルンが頬に手を当てて「困りました」という様子で答えたので「どういう意味だ」とティシュレーは聞き返す。

 

「見ていてください」

 

そう言ってフェルンは箱の中に入っていた鱗の一つに魔力を注入する――

 

「おおおおおおっ!?」

 

ティシュレーが声をあげて驚くのは仕方ない。その鱗は魔力を流したことで、すさまじい勢いで帯電し、輝き、光を放つ。

 

「これは……」

「雷鱗だね……珍しい……」

「うお、フリーレンか。どこから出てきた?」

 

フェルンが魔力を流した鱗を手に取ったフリーレン。どうやら妙な魔力を感じてやってきたようだ。

 

「フリーレン。つまり何だこれは」

「竜の鱗ってのは、天然の魔力回路にもなっている。これはそういう塊だ。

 魔力を流すと帯電し、雷を纏う。竜にも時々いた。ただ、こんな状態の良い大型のものは初めて見たな」

 

フリーレンは顎を手で押さえながら観測する。

それはそれとして、構造上の形状に見覚えがあるティシュレーは頭をひねる。

 

「んー?しかしこの形状どこかで……いや、これか!」

 

ティシュレーが出したのはシュタアルから送り返されてきた破損した腹部用のプロテクター。

大穴が開いており、シュタアルの腹部に突き刺さったものがあったらしい。当人は何とか回復できたそうだが……

この形状だと、えげつない傷だったはずだ。回復させた人間は相当な使い手と言える。

 

ティシュレーはそのプロテクターに鱗を当てる。

 

「やはりな……、この鱗に撃ち抜かれたという事だな。

 硬質繊維を多重に束ねた多層繊維型のプロテクターだぞ……どんな速度で打ち込まれたんだ」

 

その言葉に、フェルンは眉を寄せて説明を加える。

 

「報告によると……雷の魔法で砲身を形成し、それを打ち出したそうです……人智の及ばぬ速度の投射物として」

「それを、剣で斬って、真っ二つにしたってことだが……シュタアルらしいな……あいつ自分で何をしたか理解してないだろ」

 

シュタルクは鱗の一枚を取って拳でコンコンとたたく。

その話の中で、腕を組んでいたティシュレーは「ん?」と反応した。

 

「フェルンの嬢ちゃん。今雷の魔法の砲身でこれを打ち出したといったな。さらにこれは魔力で帯電すると」

「はい……言いましたが……」

 

ティシュレーはにやりと笑った。

「なるほど、これは面白い素材だ。フリーレン!手伝え!これは……面白いものができるぞ」

「良いけど、何を作るの?」

 

雷鱗と呼ばれたその鱗を手に取ったティシュレーはにやりと笑う。

 

「そうさな……ブーツがいい。今のあいつにちょうどいい」

 

その様子にシュタルクとフェルンの夫婦は顔を見合わせる。

 

「爺さん。それは好きに使っていい。頼んだぜ」

「シュタアルの事……いろいろ苦心されていると思いますが……お願いします」

 

二人は頭を下げてその場を後にした。

 

■世話焼き教師の事情


 

「おはようございます。ラヴィーネ先生」

 

オイサーストの中でもかなり大きな屋敷。入って案内された先にいたのは、休日スタイルではなく何やらいそいそと用意しているラヴィーネだった。

お出かけ……というか、割と華やかな出で立ちだ。

 

「今日は……ずいぶんと美人ですね」

「お前、遠回しにいつもはそうでもないつったな!」

「言ってないですよ……旦那さんのところに行くんですか?」

 

なんでか嘆息したラヴィーネは「ああそうだよ!甲斐性なしが今日やっと帰ってくるってよ」とぼやいた。

 

先日のヘリヤの試合のトラブルでラヴィーネは結構なダメージを負った。

一応、当日中にメトーデさんが来て全快したのだが……流石に状態の確認で戻ってくるようだ。

 

「ふん……当日に帰ってこいっつーの!」

 

夫婦生活にはいろいろあるらしい。もちろん旦那さんの魔法商の商売もいろいろあると思うのだが……

まあ、ちょっとソワソワしている様子から察するに、無事でも飛んで帰ってきてくれるのが嬉しいようだ。

 

そんなラヴィーネがパンパンと手を叩いた。

階段の方向に向かってラヴィーネが呼びかけたのは彼女の子供たち。

 

「お前らー。シュタアルが来たぞー!」

 

その合図と共に、上層階からドタバタした音が聞こえる。

 

「やったぁ、シュタアルだーー!」

「シュタアルー!」

「お兄ちゃんきたぁぁぁ!」

 

勢いよく階段を下りてくる少年たち。どの子も薄灰色の髪で、整った綺麗な顔立ちの美少年ぞろい……

さすが名家、ラヴィーネ先生の一家の血が強い……。多分ところどころ旦那さんに似ているところはあるんだろうけど。

父譲りの整わない髪と三白眼で目つきが悪いと時々言われるシュタアルとしてはうらやましい限りである。

 

そんな感じで構えていたら長男のグラシア君が体当たりをかましてきた。

 

「ぐふぅ……」

「討ち取ったぞぉ」

「討ち取らないで……これから出かけるんでしょ……」

 

下の弟たちも兄に負けじと「わぁい!」と声をあげながらぴょんと飛びついてきた。

 

「お前……本当に子供の相手得意だな」

「先生のお子さんでしょう?」

「そうだ。手がかかって大変だぞ、なあ」

 

ラヴィーネがグラシアにそう笑いかけると彼は「うん!」と良い笑顔で返事をする。

分かって言ってるのだろうか?

 

「グラシア!グレイシス!ニヴェス!」

 

ラヴィーネが手を鳴らして3人の子供を呼ぶと全員が立って並ぶ。

母の声に背筋を伸ばし、直立する様子に「軍隊かな?」と苦笑いする。

 

「今日はシュタアルがお前らの兄ちゃんだ。困らせず、言うことを聞いて、賢くしているんだ」

「「「はーい」」」

 

3人とも手をあげて高らかに肯定の意を宣言していた。

 

そう。今日は約束をしていた子供たちの面倒を見る日である。

その間、帰ってくる旦那さんとラヴィーネ先生は会ってくるそうだ。

グラシアたちは今晩の夕食を一緒にってことになっている。

 

(まあ、そういう日はあっていいよなぁ、先生頑張ってたし)

 

むしろ、シュタアルから見ても働き過ぎに見えた。

あの後、家に帰ってこの子たちの世話もしているなんてパワフルすぎる。

シュタアルは家に帰った瞬間に倒れた。心身の疲労が……朝もダメージを負ったけど。

 

「シュタアルからなんか言うことあるか?グラシアにいくらか持たせたけど、諸経費は後で教えてくれたらちゃんと出す」

「あー、じゃあこれを願い出来ますか?一番速い奴で」

 

シュタアルがそう言って差し出したのはルーエへの返事の手紙。

急ぎ、書きしたためた。溜飲が下りることを祈るしかない。

というか、空白の数時間の出来事は到底説明ができない。

 

「手紙か……実家に手紙って、おまえ2週間後に帰省の申請してなかったか?」

「ちょっと……どうしても急いで返事したほうがいい案件でして。お願いします」

 

封書の裏表を眺めたラヴィーネは「しゃーねぇ。やってやるか」といいながら鞄の中に入れた。

 

「じゃあ、そいつらのこと、頼んだぜ。まあ、バイト代もちゃんと出してやるよ」

「分かりました……バイト代は助かります」

 

シュタアルの返事を聞いたラヴィーネは手を振ってヒールのある靴を履いてツカツカと歩いていく。

しゃべるとアレだが……ああいう立ち振る舞いは本当に優雅で変な感じだ。

 

「今日はすごい機嫌よかった」

「まあ、そうだろうね……行こうか」

「うん!! いっぱい買い食いしよう!」

「いいけど、グラシア達は夕食をお父さんと食べるんでしょ?ほどほどにね……」

 

という感じで、市場のほうへと子供たちに手を引かれながら歩いていく。

オイサーストは結構広い街なので、子供たちによる案内もかねて……なんだけど行く場所はこの子たちが知っている範囲内の場所になる。

 

「ちなみに、どこに行きたいの?」

「んー。街の外に出て魔物退治しようぜ!」

「ダメに決まってるでしょ……」

 

そんなのしたら、言わずもがなの大惨事になるやつだ。

 

■運命はグルグル回る


 

「お姉ちゃん、これ可愛い!」

「そうだね……小さいものなら買ってあげられるよ?」

「本当!?」

 

というのはぬいぐるみ屋さんに入ったエイルとリーンの会話。

メトーデに勧められてぶらぶらしている。途中でいつものぬいぐるみ屋さんを見つけて入ることにした。

 

可愛いものは良い。心が洗われる。穏やかな気持ちになる。

そう普段のややこしいことを忘れて……

 

と言っていると、翼の生えた女神をデフォルメした可愛いぬいぐるみが目に付いた。

 

―― 『あ、いや、なんか魔法使いというより、女神とか天使みたいな感じだなって』

 

それを手に取りながらふと、少し前の出来事が頭をよぎる。

人のローブを見ると……女神とか、天使って……どうして下心も一切感じさせずに言えるのか。

自分たちは事実上、おおむね初対面だった。そういう間柄で言ってきた。

 

真顔で言われて、悲しいかな心拍数は跳ね上がってしまったが……

アレはたぶんそう思ったら誰にでもいうのだろう。

 

「お姉ちゃん?どうしたの?女神さま苦しそう」

「ハっ……ごめんね、何でもないの。欲しいもの決まった?」

「はい、この猫さんのぬいぐるみ、蒼の毛並みの子と白の毛並みの子はお付き合いしていて、組み合わせで可愛いです」

「へぇ~」

 

確かに、今の予算内でも買って問題なさそうなお値段。

しかし、蒼と白の毛並みのカップルの猫のぬいぐるみ……とは、とちょっとうろたえるエイル。

ちがう。これは……リーンが欲しいのであって他意はないと受付へと向かおうとしたとき――

 

「え? ぬいぐるみ屋でいいの?」

「実はとーちゃんが、結構好きなんだぜ! 魔道具の”よりしろ”になるとかなんとか」

「いや、もっと穏便に好きでいようよ……」

 

滅茶苦茶聞き覚えのある声が聞こえる。

 

「ッッ!!」

 

慌ててリーンを抱えて戸棚の陰に隠れた。

 

(お姉ちゃんどうしたんですか?)

(ごめんね、少しだけ静かにしてて!!)

(あれ、グラシア君ですね……隣のお兄ちゃんは、私は知らない人ですね)

 

そう。そのリーンの知らないお兄ちゃんが問題なのである。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

グラシアに案内されたのは商店街の隅にあったぬいぐるみ屋さん。

なんとなく懐かしい感じがするが、ちょっと思い出せない場所だ。

 

お父さんが、魔道具の依り代にぬいぐるみを用意することがあるらしい。

それはぬいぐるみ好きとは言わない。

ラヴィーネさんの子供たちは全員男の子なのでぬいぐるみで遊ぶタイプではないが……

 

上の二人は竜のぬいぐるみを掴んで「がおー」と吠え合っている。

一番下のニヴェス君は普通に興味があるらしい。興味深げに眺めている。

 

「実家の妹もエリシアがこういうの買うと喜ぶんだけどな……お、この女神のぬいぐるみ可愛いな」

 

と言ったところで、背後でガタッと音が鳴った。

 

「ん?」

 

なんとなーく覚えのある魔力の気配を一瞬感じたが、判別する前に消えてしまった。

物音がするという事は、誰かがいる。居るが……敵意や殺気のようなものを感じない。

 

ラヴィーネ家の子供たちはこう見えて良いところの子だ。

オイサーストという最強の魔法使い達を内包する都市で、人さらいなどが起きるとは思えないが、一応気を使っている。

 

「シュタアルー。次行こうぜー」

「おお。っていうか何も買わんの?」

「今はいいやー、市場行こう!肉串うまいんだよ」

「はいはい」

 

とりあえず、子供たちの要望に応えるしかない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

騒がしい4人が去った後でエイルは胸をなでおろしながら立ち上がる。

 

「今から市場に……」

 

自分が市場へ行く用事は……そう、魔導書の古書店が……あったような気がする。

そう、魔導書が……買うお金はないけど……見ておきたい気がするのだ。エイルの今の気持ち的に。

 

「お姉ちゃん……顔真っ赤ですよ?」

「そんな……そんなことはありません……さあ、その猫のぬいぐるみ買いましょうか」

 

するとリーンは先程までシュタアルがいたところにまでタカタカと駆けていく。

一つのぬいぐるみを掴んでうなづいてからエイルのところに戻って来た。

 

「お姉ちゃん、こっちにしませんか?」

 

と言って差し出してきたのは、エイルが取った後にシュタアルも取っていた女神のぬいぐるみだった。

 

「……いや、それは……」

「お兄ちゃん、可愛いって言ってたの、お姉ちゃん気にしてませんでしたか?」

「そんな……ことは……」

 

純真な瞳で姉を見るリーンにエイルは圧倒されつつあった。

可愛いは……最強なのである。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

一方でこちらは住宅街の屋根の上で街を見渡しているヘリヤ。

 

「シュタアルみーつけた。でも忙しそうだねー」

 

声に出して言ったのは、彼女の陰からヴィダルが現れたからだ。

 

「どうするのさ?」

「うーん、子供の面倒見る姿も新鮮だからもうちょっと見てようかな?」

「どういう意味?」

「えー、大事なことだよ。小さな子の面倒見が良いって、私にとってはすごくいいことだ」

 

今のは言いたいことはわかるが、少々同意はしたくないヴィダル。

先日、医務室に運び込まれた姉がしでかしたことは後で聞かされて、父のラントと共に頭を抱えた。

母のユーベルはヘリヤの行動を称賛していたが、到底賛同はできない。

 

「まあ、眺めているだけならいいけど……」

 

果たしてこの姉がそれで気を済ませるのか……はなはだ疑問ではある。

 

「じゃあ、追いかけようか」

「せっかくの休日に何やってんの?」

「外にお出かけして、お友達と出会う。最高の休日じゃない?」

 

姿を捕捉したシュタアルを追いかけるために建物から飛び降りるヘリヤ。

 

「これって、俗にいうストーカーってやつじゃない?」

 

そんな姉のストッパーとなるべくついていくヴィダル。

なぜ気に食わない男の跡を自分も追わなければならないのか。

自問自答しながらも答えは出なかった。

 

■市場にはすべてがそろっている


 

「シュタアルー。あそこだよ!」

「おー。って良い匂いするなぁ……肉の焼ける香ばしい匂いと、香辛料の刺激的な香りが鼻をくすぐる」

 

若干金欠気味のシュタアル。最近は出費を抑え気味なので肉をガッツリ食うということはない。

 

「お肉!お肉!お肉!」

グレイシスとニヴェスは後ろで嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。

 

「おっちゃん!串4本ください」

「おう、1本銅貨3枚ね」

「……やっぱ3本で」

 

価格を聞いて思い直して本数を減らした。

うまそうなだけあってまあまあするぞこれ。

 

「どうしたのシュタアル?かーちゃんからもらってるお小遣い使おうか?」

「それは君らのお昼ご飯でね」

 

という訳で串屋のおっちゃんから肉串を受け取る。

 

「はいよ。脂ののった牛の肉だから旨いぞ!」

「だよね……はい、みんな、これ」

 

三人は最初は嬉しそうに受け取ったが、お互いに見合わせて全員が

「はい」とシュタアルに串を向けた。

 

「え、どうした?」

「シュタアル兄ちゃん、一切れ食って。兄ちゃんだけ食べられないの寂しい」

「あれ、そうかな?気にしなくていいぞ……」

 

と遠慮がちにそれを両手で遮っていると

 

―― グぅぅぅぅぅ ―― と体と胃が正直さと誠実さを発揮してしまう。

 

「ぐっ……」

 

格好悪いところを見せてしまったと思ったら、後ろの店のおっちゃんが大笑いをした。

 

「ははは、いいな、兄ちゃん!学生か。無理すんな。ほれ、俺の奢りだ。もっていけ」

 

と言っておっちゃんが一本串を差し出してくれる。

 

「え、良いのおっちゃん?」

「まぁ、ちょっと時間が経って、痛む手前だったやつだ。もらってやってくれ、しっかり焼いたから物には問題はない」

 

おっちゃんの、親切心が身に染みる。シュタアルはそれを涙ながらに受け取った。

 

「シュタアル兄ちゃんよかったな!」

「あっちの噴水の広場に行こう!椅子があるから!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

向こうで、シュタアルとラヴィーネ先生の子供たちが露店で買った肉の串を笑顔でおいしそうに食べている。

 

「おいしーね!」

「ああ……栄養が身に染みる……って、こらこら口にいっぱいソースついてるぞ。

 ほら拭いてやるからこっち見て」

 

そんな様子を貫くが如く凝視していたエイルは、ふうと息をはいて物陰に隠れた。

 

「お姉ちゃん……どうして口を押さえてちょっと肩が震えているんですか?」

 

猫と女神のぬいぐるみを大事そうに抱いたリーンは問いかけてくる。

 

「何でもない、何でもないのリーン」

「そうですか……」

 

向こうでは、シュタアルとグラシア達が会話をしている。

聞いた限り分かったことはここ最近がっつりしたお肉を食べれていなくてつらいという話。

 

その情報を聞いたエイルは小さく拳を握った。

 

一方でどうしても気になることがある。来ている。あいつが来ている。

なんとなくわかる……自分とは別の気配を感じる。これは魔力とか、そういうものではない。

 

直感が告げている……絶対に来ている。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そして、そんな様子を別の角度から見ていたあいつ。

 

「かっわいぃぃぃぃ」

「姉さん、遮蔽魔法かけてても叫ぶとバレるからやめてくれる?繊細な魔法なんだ」

「見て見て、ヴィダル。お口を拭いている」

「拭いている側が可愛いの?姉さんのセンスは理解できない」

 

目を輝かせて見ているヘリヤにヴィダルはうんざりした視線を向ける。

なんでだろう。なんで自分はこんなことをしているのだろう?それだけしか感じない。

 

「ヴィダルはわかってないなぁ、なんでママはパパの事あんなに大好きなんだと思う?」

「知らないよ……」

 

するとヘリヤはシュタアルから視線を外すことなく笑う。

 

「天性の世話焼きなんだよ、パパは……自分と関わった人が、自分の見ていないところで、ママみたいに大切になっちゃった人が苦しんでいることに耐えられない。

 だから他人に関わるのが苦手。一人で居たがる。ママはそれが分かってパパにひたすらこだわった。執念だよねぇ」

「何それ……」

「ヴィダルそっくり」

「……」

 

そういわれるとコメントに困るが……目の前の男を見ながら言わないで欲しい。

 

「シュタアルがパパそっくりだとは言わないけどさ……でもいいよね。そういう関係。私大好きよ」

「あの男は……姉さんを助けたって母さんが言ってた。父さんと母さんを遮ってでも、助けたがったって」

 

そういうと、姉のヘリヤは一瞬言葉を止めたが……

 

「知ってる。7年前と変わらない。目の前で誰かを失うぐらいなら命だって投げ出しかねない」

「危なっかしい男だ……」

「……そう、だからその在り方が大好き」

 

姉の感情は……わかる様でわからない。命を救われたから……恩義に感じて、好き。

そんな単純な感情で推し量れるなら……きっともっと普通に生きているだろう。母も姉も。

 

「……その狂い方が何より愛おしい」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「お姉ちゃん……羽根が散ってるけどこれ何?」

「ちょっとだけ我慢してね……」

 

―― もっと細く、もっと細かく、どんな隙間にも入り込み、どんな隠蔽も見破り

 

最近、少し自分の出す翼と羽根の意味が分かって来た。羽根は……想いの断片だ。本質は心に反応する魔法だ。

悪意に反応して中和すればその毒性と攻撃性を排除できるっぽい。

そうであるならば ―― 癪だが ―― 想いにシンクロするものを ――

 

「―― 舞い踊れ ――」

 

魔法で形成した羽根を細かい羽毛の様に細分化して一気に散らせる。

 

(ヘリヤは……おそらく、隠ぺい魔法で隠れている。シュタアルに何かするかもしれない。それは――なんとなくが――)

 

―― 気に入らない!!

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

(やっぱ来ているなこれ……)

 

魔力は巧妙に隠蔽しているけど、なんかさっきから変な気配が舞っている。

敵意はない。ないけど……こっちに向いている感情を感じる。

 

頬をかいたシュタアルは腕を組んで考える。

 

「よし」

「シュタアル、どうした?」

「グラシア、そろそろ移動しようか、次はどこ行こうか」

「おー、じゃあ公園行って遊ぼう!!」

「おっけー、かくれんぼでも追いかけっこでも何でも付き合うぞ」

「やった。じゃあ行こう!」

 

妙な感じがする場所からは撤退するに限る。

もっといろいろ、生活雑貨を眺めたかったんだが……まあグラシア達を伴ってできることではないか……

と、あきらめた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「―― だいたいの扉をこじ開ける魔法(トーアガヴァルト) ――」

 

姉の詠唱と同時に空間に火花が散った。

突然鳴った大きな音にヴィダルは慌てて隠ぺい空間の強度を高めた。

 

「姉さん!!突然変なことしないで!!なんなの」

「エイルぅ……巧妙に隠れているけど……そういうことするんだ……」

 

さっきまで、にこやかにシュタアルの観察をしていた姉が……割とやばい表情をしている。

いわゆる……戦闘者の目つきだ。

 

■戦乙女達は静かに舞い踊る


 

「兄ちゃん!何やってんの?」

「いや、この武器屋の……ナイフがね……」

 

ついつい、気になってしまう機能多めの武器。折りたたんだりできるらしい。

強度が落ちるが……ギミックが面白い。気になる。

 

「えー、公園で遊んでくれるって言った―!」

「言った言ったー!!」

 

と口々に抗議の声を上げる子供たち。

そんな中、服のすそをクイクイと引っ張られる感覚に背後を見ると――

 

ブロンドの髪の少女がぬいぐるみを抱いた状態で立っていた。

 

「誰……」

「お兄さんも、どなたですか?」

 

どういう状況?とグラシアを見ると「リーンちゃん?」と首をかしげると

少女は笑顔で「こんにちは」と返事をした。

 

「いや、どういうこと?」

「お兄さんは、お姉ちゃんのお友達ですか?お願いがあります」

 

誰の妹?と思ったが……この透き通るようなブロンドの長い髪……見覚えが……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ヘリヤ、やっぱり来ていたんですね……」

「なーに?街にいたらなんか悪いの?」

 

隠ぺい空間を検知したエイルはその中に入ってきた。

 

「ちょっ……維持できなくなる!!」

 

ヴィダルがそう叫ぶと空間にピキピキとひびが入り始めた。

外乱が多すぎて隠ぺいが維持できなくなっている。エイルがはヒビの入った場所に手をかざすと羽根が空間の日々に張り付いた。

 

「へえ、使いこなしてるじゃん」

「おかげさまで……強制的に使い方を理解したので」

「誰のせいかしら~」

 

明後日の方向を眺めたヘリヤがわざとらしくぼやいた。

思わず舌打ちが出そうになったが……はしたないことだと首を振る。

 

「隠ぺい魔法を使って追跡なんて、どういうつもり?」

「そっちこそ、こんな高度なトレース魔法を街中で、何を考えているの?」

 

滅茶苦茶ピリピリした女性二人のにらみ合い。

全く関係ないのに生きた心地がしないヴィダル。

 

「お友達なんだから、ちょっとサプライズで、街中で後ろから抱きついても良くない?」

「良いわけないでしょう!昨日何をしようとしたのか忘れたとは言わせない!」

「なんだっけ~? 疲れたシュタアルにマッサージしようとしただけなんだけど~」

 

二人は静かに杖を取り出す。

ヤバい……姉さんがやる気だ。やる気モードだと直感で感じとるヴィダル。

昨日、姉は何者かの魔力の傀儡状態で、目の前の人物とぶつかり合っている。

途中、シュタアルの介入によりこの勝負は半端に終わった。それはそれでいいのだが……

 

「良いわ。ちょうどいい。エイル。あなたが私に喧嘩売ってくれるなんてすごくいい」

「そんな野蛮な行為するつもりなんてないけど」

「じゃあ、どうして杖出しているの」

「ヘリヤこそ……」

 

きっと決着を望む――ヤバい。止められない。

そんな時、なんとなく感じ覚えのある魔力の接近を感じた。

 

(くそっ、また任せないとだめなのかよ……)

 

毒づきながらヴィダルは隠ぺい空間に穴をあけた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

エイルとヘリヤは杖を出したまま少しだけ空中に浮遊し、速度を上げてぶつかる。

お互いの防御魔法が軋み合うように干渉して、そして消えた。

 

その場でエイルの顔の正面に、ヘリヤが打ち出した衝撃魔法が放たれた。

当たれば吹き飛び、気絶は免れないものだが……エイルはそれを紙一重でよけた。

 

「やっぱり。昨日、なんとなくうっすらとした感覚の中で、そうじゃないかと思った。

 エイル、やっぱりあなた。戦えるわね。相当に……昔はあんなに憶病だったのに」

「何年前の話?」

 

そんな言葉を交わしながら魔法を手足に纏いながら掌打を打ち込んでは腕や杖で防ぎ合う。

 

「7年前から昨日まで。虫も殺せない顔しながら……ゲナウ様?それともメトーデ様?」

「答える義務は、ない!」

 

ぱーんとはじける音と共に二人は距離を取った。

 

互いに射撃魔法を使わないのは町中だから。外でやり合えばもっと派手になったろうか。

不思議と感じる高揚にエイルは衝撃を受ける。

 

―― このまま、もっと、相手と斬り結び

―― 心のままに、撃ち合い

―― 討ち合い

―― わかり合い ―― たい?

 

まるで、自分が自分でないような ―― これは

 

(しまった、これは羽根を通して、ヘリヤの気持ちに共感してしまって……)

 

「―― 捕まえた」

 

迷いを覚えた瞬間、ヘリヤの腕が目の前に……躱せない!!そう思って思わず目を閉じる。

だめだ……これは当たる。痛いのだろうか……?でも私の癇癪で始めてしまったこと。

 

流入してくる、幼い、あどけない、情けない、青紫の髪の少年の可愛い笑顔は、やっぱりエイルの脳裏には残せない。

ヘリヤにとっては大事らしいそれは自分にとっても何かあったはずなのに覚えていられない。

 

(それでも、嫌だった……嫌なの……嫌なんだもん!)

 

そんな風に思いながら、いつまでたっても来ない衝撃に疑問に思っていると聞こえたのは

 

「―― 喧嘩やめろっつったろ!!」

 

その聞き覚えのある声と、あの日のように腕を掴まれた。天地がひっくり返るような感覚だった。

 

■オイサーストの憩いの庭にて


 

『私たちは魔法使いを目指す立場でありながら町中で大暴れしました、今日は一日大人しくします』

 

プレートを胸元にぶら下げられた二人の少女。彼女たちがいるのは公園のベンチだ。

二人で並んで座っている。

 

目の前ではグラシアとリーンが楽しそうに駆け回り、息も絶え絶えのヴィダルが「まてー」とやる気のない声をあげながら追いかけている。

いわゆる鬼ごっこというやつだ。

 

「なんであんなことになってたんだよ」

 

二人の喧嘩がやばい感じになってたのをシュタアルが無理やり止めた。さすがに昨日の試合中の事件ほどのことはなかったが……

 

「乙女の秘密ー。シュタアルには教えられませーん」

 

ヘリヤの言い分に半眼になって諦めたシュタアルはエイルのほうへと向き直った。

 

「どうしたんだよ。喧嘩するタイプじゃなかったじゃん」

 

エイルは頬をぷくーと膨らませる。可愛いのだが、少し涙目なのでシュタアルも焦る。

何なら泣きそうなのはこっちだ。

 

結局駆けつけてきたエイルの妹であるリーンが教えてくれた。

「お姉ちゃん達が喧嘩するかも」という話。なんとなくそんな気配も薄々していた。ため息をついて現地に行けばというありさまだった。

 

「なんでそんなに仲悪いのさ……昨日穏便に終わったじゃん……友達ってことで」

 

と詰めてもヘリヤはそっぽを向くし、エイルは上目遣いのまま頬をより膨らませる。

どうにも話が終わらない……と頭をかいたシュタアルは時計を見る。昼過ぎで、お昼ご飯を食べている場合じゃなかったが、お腹はすいた。

 

「わかった。喧嘩しないなら、飯奢るから昼めし食いに行こう。それで手打ち。良いか?」

「いいわ。それで矛を収めてあげる」

「なんで上から目線なの?」

「私は……わかった……」

 

二人の反応にとりあえず頷いたシュタアルは手を叩いてグラシアを呼んだ。

「とりあえず、お昼食いに行こうか」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

全員がおすすめっていうから来てみた場所……

確かに人気のお店らしい。そういえばフリーレンからも聞かされた気がするレストランだ。

高級店でもないから庶民でも入れるし、そして美味しい……ということだが

 

「おおう……」

 

結構するじゃん……どのランチメニューも銅貨5枚から10枚……要するに銀貨1枚分。

夜はもうちょい高いらしい。

 

リーンやグラシア達は子供用メニューを頼んでいた。お値段もややリーズナブル。

エイルとヘリヤは、サラダボウルとかパスタとかそんな感じのメニューを選んでいた。

 

そんなウェイターさんに真剣に頼み込む。

 

「あの……この、お代わり自由のサラダとスープのセットを単品で頼めますか?」

「お客様……それはセットメニューで……他の料理と付け合わせなので単品では提供しておりません」

 

ですよね、だけどそこをなんとかお願いしたい!

 

「……お願い……できませんか……」

「……わ、わかりました……団体のお客様なので……うまく処理しておきます」

「ありがとうございます!」

 

セーフ!これで間に合う。

 

隅で小さくガッツポーズをとっていると、袖をクイクイとひいているのは……

可愛い猫ちゃん印の財布を持ったエイルが立っている。

 

「あの……私も、出せるけど」

「いや……いいよ……今日のこれ、ラヴィーネ先生持ちになるから……立て替えだから……変に貸し借りはややこしくなるから」

 

本当は、エイルとヘリヤ達の分が経費として出るかは不明だ。

しかし、そこは……ねえ……男に二言はない方向で。

 

「貸し借り……なし……」

 

と、そんなこんなで昼食をとったわけだが、取り放題のサラダとコーンスープを注いでいる最中……

「ハンバーグ……食いたかったな……とりあえず豆で……」

と言葉を漏らしたときに、真後ろにエイルがやっぱり立っていてびっくりした。

 

一方のヘリヤは窓の外を見て嘆息していた。機嫌が悪いわけでないようだが。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「バイト中に、財布軽くなっちゃったなぁ……」

 

食事が終わり、再度公園へと向かう最中に、遠くを流れる雲を眺めながらしみじみつぶやく。

どうしてだろう?何故、いつもお金に困っているんだろう?

 

一人生活とはかくも厳しいものなのか……

等と思っているとヘリヤから「ウチで一緒に暮らす?寮費が浮くよ?」と言われ、丁重にお断りした。

火傷する予感しかしない。下手をすると家族の誰かがオイサーストに視察に来る奴だ。

 

そんな中エイルは下を向いて「貸し借りなしか……」とぼやいていた。

お会計のこと……そんなに気になったのだろうかと首をかしげる。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「よっしゃ。とりあえず、遊ぶか。さっきはありがとうなヴィダル。

 お前もそのまま継続か?」

 

と聞くと、彼は一瞬絶望的な顔をしてから「遠慮します」と言ってヘリヤの座るベンチへと向かっていった。

 

「私も……一緒でいいんですか?」

 

不安げにエイルの妹のリーンが聞いてくる。エイルのほうを見ると苦笑いをしながら手を振っている。

 

「良いらしいぞ」

「はい、ありがとうございます!」

「兄ちゃん、かくれんぼしようぜ!兄ちゃん鬼で!魔力探知なしね!」

「へいへい、数えるから全員隠れろー」

 

声をかけると嬉しそうに子供たちは思い思いに隠れ場所を探し始めた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ヘリヤ……ごめんなさい」

 

申し訳なさそうな声に振り向いたヘリヤ。そこにあったのはエイルの小さな謝罪だった。

 

「どういう風の吹き回し?」

「いえ、先ほどの……喧嘩……のようなもの。私が悪かったです。私の我儘でした。貴女は……悪くない」

「私はあんまり気にしてないけど……もう喧嘩はしてくれないのかしら?」

 

ヘリヤの言い分にため息をついたエイルは「もうしません」と言い切り、ヘリヤも「それは残念だわ」とだけ返した。

 

「……私は……やっぱりあなたがうらやましい。ヘリヤしか覚えていない事実、貴女にしか見えてない事。そのつながりがとてもうらやましい」

「あんまり良いものじゃないわ……だって、誰も覚えていないのだもの。そんなのただの虚無よ。だから私は今が欲しい。そういう意味で私はエイルがうらやましい」

 

再び沈黙が訪れて……なんだかやりづらい。

ヘリヤとしてもエイルとの相性がそこまで悪くはないと思っていたのだが、エイルはなかなかに頑なだ。

そう思えもするがヘリヤも他人の事は言えないだろう。どうしても他者を傷つける言い方をしてしまう。

 

「なにか、つながりが欲しいのなら……何かにかこつけて、プレゼントでもしてみたら?ほら、前に見せた可愛い猫のパンツとか」

「……なんで、そんなはしたない!!」

 

顔を真っ赤にして起こるエイルにヘリヤは笑う。

 

「そうそう、そういうの出してよ。良い子にされるとやりにくいわ」

「そんなのえっちよ、破廉恥よ……私たち未成年だもの……」

 

相変わらずの様子にヘリヤは苦笑する。自分と比較しても女性として圧倒的なものを持っていてもこの反応である。

未成年だからダメなんて話は18歳を超えると通じなくなる。しかし、彼女らしいとは思う。

 

「えっちじゃない、ちょうどいいのがあるじゃない」

 

といったヘリヤの視線の先には、今朝方購入した女神のぬいぐるみの姿があった。

 

「理由なんて適当でいい。あげたいからあげる。そうすれば何かがつながる。

 スタートはその程度でもいいんじゃない?」

 

■女神と翼とぬいぐるみ


 

そろそろ空も夕焼けがかかる時間。

シュタアルはついさっき転んでひざを擦りむいた3男のニヴェスを手当てしながらなだめている。

その間はヴィダルが再度、駆り出されていた。すでに息も絶え絶えである。

 

「ヴィダル~隠匿得意なんでしょ?がんばれー」

「うっ……さいな!魔力……使わなかったら普通だよ!」

 

一応、魔力探知は反則ということで自力で探し始めるヴィダル。なんだかんだと律儀な様子をヘリヤはうれしそうに眺める。

 

「これで良し、立てるかニヴェス?」

「うん、ありがとう兄ちゃん」

「よく我慢したな、えらいぞ」

 

ニヴェスの頭を撫でた後立ち上がったシュタアルは背伸びをする。

 

「ヴィダルも代打ありがとうな。グラシア!グレイシス!リーン!そろそろ終わろうか」

 

シュタアルの終了宣言に3人の子供は思い思いの場所から出てくる。

グラシアは魔法の膜を張って水中に潜り、グレイシスは鬼の陣地の真上の木の中にいた。

リーンは藪の中で姿を消して隠れていたようだ。

 

ヴィダルは両手をあげて降参のポーズをとった。

 

「なんで、こんな運動を数時間もやり続けられるの?」

「なぁ、グラシア達はすげぇ元気だよな」

「そういうこっちゃないんだよ」

 

うんざりした様子でヴィダルはヘリヤの元へと向かう。

 

「よし、そろそろラヴィーネさんの屋敷に戻ろうか」

「うん!」

 

グラシアの頭をガシガシ撫でているとグレイシスとニヴェスも後ろからしがみついてきた。

 

「俺も!」

「僕も!!」

「ありがとうな、3人とも。今日は楽しかったよ」

 

と、やっているとグラシアが何かに気づいたようだ。

 

「あれ? ねーちゃんどうしたの?」

 

シュタアルが振り向いた先、そこには、胸元にぬいぐるみを抱いて、睨んでいるエイルが立っていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

少しだけ遡り――

シュタアル達のかくれんぼが終了した直後、リーンはエイルの元に駆け付けていた。

 

「お姉ちゃん!今日は終わりだって。すごく楽しかったよ。お兄ちゃん良い人だね」

「……リーン」

「……どうしたの?」

 

リーンが見上げる姉は今日買った女神のぬいぐるみを思いつめた表情で持っていた。

 

「あの、買ってあげた、ぬいぐるみの一つなんだけど……これ、その……」

「?」

 

たどたどしい姉の雰囲気に、首をかしげる。

夕日が当たって赤いのか、姉の顔が赤いのかはよく分からないが、言葉に詰まっている。

 

「これ、シュタアルに……あげても……良い?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――『みんな俺を疑う中で、俺を信じてくれようとした事とかさ。凄く……うれしかったんだ』

 

シュタアルは三白眼で、見る人によっては目つきの悪い少年。

 

――『関係ない!!俺が嫌なんだ!女の子が、顔に治らない怪我したらどうするつもりだったんだ!』

 

だけど優しい人。どんな時にも手を差し伸べてくれる人。そして、ちょっと放っておけない人。

 

――『理由なんて適当でいい。あげたいからあげる。そうすれば何かがつながる』

 

エイルには7年前のことなんてもうわからない。きっと思い出せない。その代償が今につながっている。

 

――『お姉ちゃんが買ってくれたんだよ。お姉ちゃんが自由にしていいよ』

 

だから、今の私にできることで、一歩ずつでいいから――

 

「シュタアル。その……ドレイクから助けてくれたり……昨日のヘリヤとの……喧嘩?の仲裁とか……」

「お、おう……」

 

今この胸にある気持ちを――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

唐突なエイルの申し出に、向き合わざるを得ないシュタアル。

 

(なにこれ?どういう状況?)

 

グラシア達が「にししし……」と笑いならがりょっと距離を置いている。

遠くのベンチではヘリヤが興味深げに見ている。

その隣ではリーンが胸元でこぶしを握って小さな応援ポーズをとっている。

 

「……私たち、その……”友達”だから……これ!!」

 

ばっ、っと差し出された女神のぬいぐるみ。

そういえば、今朝立ち寄った店で見たな……ということろで思い出した。

 

(あの時の……気配……エイルか……)

 

可愛いと言っていたのを聞かれてしまったのだろう。

それは……なんだろう……言葉にしづらい感じで恥ずかしい。他意なんてなかったんだけど……

 

「……ありがとう。なんというか、大事にするよ……」

 

これで、たぶん、言葉に意味は生まれてしまった……のだろう。

覚悟を決めて受け取ると、エイルは大きく目を見開いた。

 

「……いいの?」

「え、あ、うん。くれるん……だよね?」

 

彼女の行動に真意の全てはシュタアルには分かり切らない。でも――

 

「……うん!!」

 

夕日に照らされ、満面の笑顔を見せてくれる彼女の姿はとても美しいと――

 

「ねえ……シュタアル。私が預けたあれ、返却は……一生受け付けないからね」

「うわっヘリヤ!?いきなり抱きつかないで!」

「嫁入り道具としてなら受け取ってあげるー」

「なんでだよ!返させて!!」

 

―― そう、思えてしまったのだ。

 

■それぞれの休日


 

そろそろ日も沈む頃合い、書斎から出てきたゲナウが今見たのは、キッチンで料理をする娘の後ろ姿だった。

 

「メトーデ。今日はエイルが……夕食を作ってくれるのか?何があった?ずいぶん楽しそうだ」

「栄養バランスの取れた肉料理を覚えたいと。そう言われると母親冥利に尽きますね」

 

そうか、エイルが……と思いながら席につくとメトーデが笑った。

 

「なんだ?」

「娘の手料理が食べられるというのははやり嬉しいですか? 毎日私が作ってあげているのに」

 

唐突に思わせぶりなことを言うメトーデに、ゲナウは憮然とした表情で答えた。

 

「何も言ってないだろう」

「何年一緒にいると思っているんですか? 魔力を読まなくても少し浮かれているのがわかりますよ」

「……別にいいだろう。娘が料理を作ってくれる。親として喜ばないわけがない」

 

しょうがない人ですねと言いたげなメトーデの目線がゲナウに突き刺さった。

 

「じゃあ、出てきた料理には大手を振って賞賛し、美味しいと娘を褒めて、頭を撫でてあげてくださいね。

 行動と感情と、言葉が共わないと愛はなかなか伝わりませんよ?」

「……善処しよう」

 

エイルにアドバイスするため、メトーデはテーブルから腰を上げた。

そんな折、彼女は「まあ、本番は明日の朝なんですけど」とぼそっと言っていた……

 

その時ゲナウは何の話か思いつかなかったため、翌朝また妻に弄られることをまだ知らなかった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「姉さん、今日のは良かったの? 敵に全力で塩送ってない?

 何がしたいのか僕にはさっぱりわからないよ」

 

家にたどり着くなりソファーに倒れ込んだヴィダル。

さすがに今日は走り回らされて応えたようだ。

 

「ああしないと収まりつかないかなって。でも悪いことじゃないわ」

「どういうこと?」

 

姿勢を正し、眼鏡の位置を直したヴィダルはヘリヤに聞き返す。

 

「シュタアルは押し倒せば、ある程度までは到達できることを昨日実証済み

 まあ、誰かさんは黙ってないでしょうけど……」

「……」

「でも、シュタアルの根っこに待ち構えているものは、たぶんそれだけでは越えられない。

 きっとあの娘が必要だわ。二人で押し通せば逆に入る」

 

相変わらず……姉は感性で話すので何を言っているのか分からない。

その実、謎プロトコルで論理だって作戦を立てるから始末に負えない。

 

「父さん、姉さんの言っていること、分かる?」

 

無視を決め込もうとした父を引きずり出すと、父は嫌そうに本を閉じて眼鏡の位置を直した。

 

「何を言っているのかわからないけど、とりあえず同年代の男子を押し倒すのはやめなさい」

「えー!」

 

と言っていると、ラントの後ろに気配薄く近寄る母のユーベルがいた。

彼女はそうするのが当然のようにラントの背後に絡みつき、もたれかかる

 

「私は分かるなぁ。押してダメなら、何か利用してもっと押せ。ヘリヤの感覚を信じていいと思うわ」

「ユーベル、娘が男を押したことをもっと叱って……お願いだから」

「良いじゃん。私早く孫の顔が見たーい」

「勘弁してよ……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

エイルやヘリヤを見送ってから、シュタアルはラヴィーネにグラシア達を送り届けた。

どうやら、ラヴィーネの溜飲は下りたらしい。ずいぶんとご機嫌だった。

 

一応、バイト代と経費はラヴィーネさんから受け取って……

 

『お前も飯食っていけ』

 

と言って来たので流石に一家団欒の邪魔はできないと遠慮してしまった。

 

「飯食いそびれた……」

 

と、ベッドに倒れ込む直前、ふと懐のポケットが膨らんでいることに気づいた。

ベッドに倒れ込む直前、ふと懐のポケットが膨らんでいることに気づいた。

 

「なんかもう、こうするしかないな……」

 

エイルとヘリヤか……また学校でまた会うよね…

 

「エイルとヘリヤか……まあした学校でまた会うよね」

 

ベッドに倒れ込むと瞼が落ちそうになる。空腹で腹は鳴るが眠い時は眠い。

 

「風呂と着替えは……明日早起きしてから……」

 

そう言ってシュタアルの意識は女神と小箱が見つめる中で落ちていく。

 

■クレ地方に愛をこめて


 

前略、ルーエ姉さん

 

手紙受け取りました。学校に行き始めて2週間ほどが経ちました。

こっちはクレ地方の日々より慌ただしく、毎日が怒涛のように過ぎていきます。

朝起きたり、夜寝るときに、みんなが近くにいないことにさみしさを覚えることもあるけど……

 

たくさん、友達ができました。みんな、俺のことを助けてくれます。

時々困らせてくれたりもするけど、その時は誰か別の人が手を貸してくれます。

 

姉さんが背中を押してくれてよかった。いろんな人に出会えてよかった。

そう思います。

 

追伸

 

先日のリンク切れは……困った友達の不思議な魔法が起こした事故です。

世界にはすごい魔法がいろいろあるのだなと思い知らされました。

俺自身は大丈夫だし、契約も影響がなかったみたいで良かったです。

全く、何も、やましいことはありません。女神に誓って何も、やっていません。

信じてください――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

届いた手紙をルーエは嬉しそうに眺める。

再来週にはシュタアルも一度帰ってくる。ようやく――気持ちが補充できる。

枯渇状態にリンク切れが重なり、思わず勢いで手紙を書いてしまったのだ。

文通も悪くない。シュタアルの気持ちが文字からにじんで伝わってくるようだ。

 

さて……全く何もやましいことはなく、女神に誓って何もやっていないそうだ――

 

「ふふふ……シュタアル様……今度のお休み、お会いできるのが楽しみです。本当に」

 

若干、瞳の光彩が薄くなるような表情でルーエは微笑む。遠くの夜空を見上げながら。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

一方で母のフェルンはラヴィーネからの報告書に頭を抱えていた。

ユーベルの娘であるヘリヤの試合に関わる顛末の話だった。

 

いろいろ事細かに書いてある事実。息子の血は争えない、父譲りの悪癖。

 

そしてそのあとの医務室で起きた話と、最後のラヴィーネの追伸のコメント。

 

『シュタアル当人にその気はギリギリないつもりらしいけど……うちの学校のツートップは

 落ちたぞ。もう止まらん。そっちで受け入れてやってくれ』

 

よりにもよって、ユーベルとメトーデの娘……なぜあの子はそんな方向に、全く躊躇なく一直線なのか。

 

「ルーエに何と言えば……」

 

そう遠くないうちに来るであろう波乱の日にフェルンは現実逃避気味に思いを馳せるしかなかった。

 

~ 街の営みと彼の日常 in オイサースト【幕間2】 fin ~




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