葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■ あらすじ
オイサーストから初のクレ地方帰省を目の前にしたシュタアル。
そんな彼にゲナウが告げた事実は聖都シュトラールから名指しの短期交換学生の召喚状だった。

それに了承し、一人クレ地方を経由してから現地に向かう予定だったシュタアルに
エイルとヘリヤが成績優秀者特権で残りの枠をもぎ取り同行することとなる。

だがそれは、別の事実を意味していた。

「ご学友として、私のシュタアル様がお世話になっていると伺っております。
 姉弟子として深くお礼申し上げます」

「お姉さん、ですね……私、学園では一度、シュタアル君とお手合わせをさせていただいてから深い”お付き合い”をさせていただいています。
 ヘリヤです。握手しませんか?私たち仲良くなれると思うんですよね」

「あの、私も……学園ではシュタアルさんといい”お付き合い”をさせていただいています。趣味でお料理もしていて……
 シュタアルさんにはお弁当を食べてもらって、料理の感想を参考にさせていただいているんです」

姉弟子ルーエ、ユーベルとラントの娘のヘリヤ、ゲナウとメトーデの娘のエイル。
3人の正面衝突がクレ地方のシュタアルの実家にて巻き起こるのだった。

■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルクといった原作基準以外のキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に埋め込まれている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- エリシア(Elyssia):シュタルクとフェルンの間に生まれた次女でシュタアルの妹。11歳。感情豊かで素直な幼い頃のフェルンそっくりな女の子。まだ制御出来ないが予知の異能を持っている。
- エアフォルク(Erfolg): シュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。25歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。斧技を学んでいる。



帰還と歓迎の狂騒曲(後編)【幕間3】~Homecoming and the Welcome Rhapsody 02~

■見送った者達


 

北側諸国 オイサースト

 

朝のひととき、ソファーに腰掛け、妻の淹れてくれた紅茶を口にしていたゲナウ。表情はいつも通り。

 

「お父さん!」

 

そう言って膝の上に上半身を乗せてきたのは、彼の娘であり次女のリーンだ。

 

「どうした?」

 

紅茶をサイドテーブルに置き、娘の頭を撫でながら問いかける。金髪でサラサラの髪は……

寝室で触れる妻メトーデの髪質とほぼ同質のそれ。長女のエイルといい、メトーデの遺伝子が強すぎる。どれほど優性遺伝するんだ。

美少女ばかり生まれるのか? と思ってしまうのは、親馬鹿なうえに贔屓目というものだろう。

 

「それはこちらのセリフです。お姉ちゃんがいないの寂しいですか?ちょっと怖かったです」

「……リーンは優しい子だな」

「お姉ちゃんはもっと優しいです。お姉ちゃんみたいになりたい」

 

そんなリーンを撫で続けていると、メトーデがゲナウの紅茶にお代わりを注ぎながら

 

「要するに、しばらくエイルがいないと寂しいから、かまってほしいし、かまってほしそう……という話です」

「……そんな顔をしていたか」

「ええ。事情も察しますが」

 

単純に「娘がいないから寂しい」という話だけではない。

 

現在ゲナウの娘のエイルは、ラントとユーベルの娘のヘリヤ、シュタルクとフェルンの息子のシュタアルと共にクレ地方に立ち寄った後

聖都シュトラールで短期の交換学生として数週間過ごす。

 

それ自体に本質的な問題はない。本来は高等教育機関の健全なシステムだ。

だが、聖都シュトラールは何故か別口で指名と脅しをかけてきた。

 

――クレ地方から来た学生“シュタアル”を、学生としてシュトラールに通わせろ。

――白翼を魔法として顕現させる少女と魔族の魔法に関係した少女が要ることは把握済み

 

調べによるとシュトラールの高等学校機関からの要請ではない。一枚岩ではない教会の中のどこかの組織から送られてきたもの。

それ以上の調べはまだついてない。周到なものが糸を引いている。

 

『負担になるかもしれないが、君に頼みたいことがある。

 断ってくれても構わない、学園と協会で協力し、責任をもって私が何とかしよう――』

 

娘が、教会の何らかの組織から目を付けられている。

高度な女神の魔法を行使するにもかかわらず神官職と無縁なエイル。

さらに、彼女が独自に発現させた「白翼の魔法」は、まるで女神を思わせるフォルムだ。

彼に、シュタアルに無理を承知で頼んでしまった。

 

その答えは一切の迷いもなくまっすぐな言葉。

 

『わかりました』

 

「娘の相手としては申し分なかった……が、納得はできない。そんなところですか?」

 

突然、ゲナウの心を読むように語り掛けてきたメトーデは隣に座る。

ゲナウの肩に頭を乗せてさらに膝の上に乗るリーンの頭を彼女も撫で始めた。

 

「何も言ってないぞ」

「顔に書いてあります。何年その顔を見ていると思うんですか?」

 

ゲナウは何も答えない。こういう時に何か口答えをして正解だった試しがない。

 

「7年前のあの日から、親が願う単純な幸せとは無縁になるのは分かっていたじゃないですか。

 間違っていません。私とゲナウさんの娘です。選んだ選択は信じてあげてください」

「……他の女にうつつを抜かすような男でもか?」

 

ゲナウが仏頂面でそう答えるとメトーデは苦笑いを返す。

 

「本当にダメならあの子もすぐさま諦めてます。

 諦めきれない何かがつかみたいから、ああして食い下がっている。

 私たちがするべきは、後始末だけですよ」

 

メトーデの言葉に納得をしたのかは分からないが、ゲナウは「フン」と言いながらそっぽを向く。

 

「私も手続きが済み次第、数日向こうの様子を見に行きます。

 教会の事情であれば、オイサースト内では私が適任でしょう。何かが起こるのであれば、今度こそ守れるように」

「……わかった。それはこちらでも何とかしよう」

 

そんな会話を交わしつつ、ゲナウも結局メトーデと共にリーンを撫で続けるのだった。

 

■朝の風景と半裸の戦士


 

中央諸国クレ地方

 

かつて戦士の村があったとされる場所。そこにはシュタルクとフェルンの住居のほか、数名の知己が住む家が並んでいる。

クレ地方の一帯は、戦士の村の生き残りであるシュタルクに譲渡され、現在は彼とその妻フェルンと共同で管理運営する地となっている。

 

戦士の村から、穀倉地となった畑を挟み、街道沿いには彼らの作った交易街があり領民はそこを中心に生活をしている。

 

「んっ……」

 

昨晩、いろいろあって帰ったのは夜遅く。ちょっとした心労もあって宿に戻ってからすぐに眠りについてしまった。

母譲りの青い瞳とブロンドの長い髪が特徴の……と言っても眠るときはまとめているのだが……そんな少女、エイルは目を覚ます。

 

「えぇ……」

「やわらかい……」

 

何かが自分の身体をまさぐっている――が、犯人はすぐに目星がついた。というか他にいない。

深緑の髪と、挑発的な瞳……は、現在閉じているが、不倶戴天のクラスメイトだったはずの、ヘリヤだ。

 

「ちょっと、ヘリヤ。何を……離して。自分のベッドで、やんっ!」

 

まだ少し寝ぼけているのか、エイルのベッドに潜り込んでいたヘリヤの顔を押しのけて引っぺがそうとすると……

「ん~」とか言いながら巧みに躱し、腕を取りエイルを組み伏せる。

 

同い年の女生徒。だが彼女は、先日のシュタアルとの一騎打ちを除けば学内で無敗の実戦派魔法使いだ。

魔法の力ももちろんの事だが、それ以上に戦闘能力がおかしいタイプの娘だ。エイルの様な純粋な魔法使いはこうなると力では抗えない。

 

「やめ……やめなさいヘリヤ!変なところ触らないで!っていうか起きているでしょ、もう」

「やぁ~」

 

口で言っても、変な体術でエイルを組み伏せながら、体の柔らかいところをまさぐってくるヘリヤ。

流石に、勘弁という言葉も売り切れたエイルは……

 

「この……」

 

魔力を集中し――

 

「――離しなさい!年中発情女ぁ!」

「おっと――」

 

掛け声とともに彼女の有り余る魔力を解放した結果、宿の一室が魔法で形成された羽根で埋もれるという珍事へとつながった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――カコーン

 

朝焼けの庭に鳴り響いたのは、斧で木材が割られ、薪となる音だ。

 

「鍛錬は怠ってないみたいだな」

 

というのは、薄手のシャツで後ろに立っているシュタルク。

 

「いや、帰省した翌日早々に何個割ればいいのさ……そろそろ100個ぐらい割ったよ」

「あー、シュタアルが帰ってくるって言ったら、ティシュレー爺さんがこれ頼むって渡してくれた燃料用の木材がね」

 

にこやかに指さした先に山盛りになっている丸太。

彼らの炉はメインは石炭などになるが相応に木材も必要とする。

 

「うへぇ……」

 

さすがに暑くなってきて上着を脱いだシュタアル。どうせ父と自分しか居ない。

シュタルクの謎の遺伝子は、爆発的な筋力を生む細かい筋繊維を多重化させ、コンパクトに収納している。

結果として、比較的着痩せする体質で、服を着ているとパッと見は普通なのだが、一度脱いで露わになると――

 

「ずいぶん仕上がってきてるな。向こうで何をしていたんだ?」

「聞いているでしょ、竜と戦わされたり、同級生と戦わされたり……」

 

苦笑いをしたシュタルクは「いやそうじゃなくて、普段から」と突っ込んでくる。

 

「ん-、朝起きたら、オイサーストの湖畔の周りを一周して……周りにちょいちょい魔物もうろついてるから襲ってきたら討伐してってぐらい」

「……お前あれ一周何キロあると」

「さぁ……計ってないからわかんない。でもちょうどいい距離なんだよね」

 

毎朝魔物も出てくるエクストリームトレイルランしている我が子に呆れつつも、

「まあ、お前がいいって言うならいいよ」と、シュタルクは両手を小さく上げて降参のポーズをとる。

筋力トレーニングとは異なる、純然たる走という全身運動による持久力と、戦闘特化したヒッティングマッスルの発達。

17歳にして、どれほどの膂力と瞬発力、そして柔軟性を身につけているのか。シュタルクとしても気になるところではある。

 

「そういえば、あの子達、朝食もこっちに食べに来るんだっけ?」

「エリシアが随分と二人を気に入ったらしくて、ものすごいお願いしてた」

 

そういえば、そんな感じのお願いしてたなぁとシュタルクは考え込む。

 

「お前はいいのか?」

「何が?ダメとは言わないでしょ、母さんもOKしてたし普通に」

「いや、そうじゃなくてな――」

 

シュタルクの言葉に首を傾げていた刹那――

 

「おはようございま……すぅ!?」

 

という、聞き覚えのあるエイルの声と

 

「わぁお」

 

ヘリヤの楽し気な歓声と

 

「お前、同級生の女の子を半裸で迎えるの?」

 

と、彼女たちの来訪を指さし遅すぎる忠告をする父。

 

そして――

 

「いやぁぁぁぁ!!」

 

と悲鳴を上げたのはシュタアル当人だった。

 

■にぎやかな朝餉と姉弟子の叱責と


 

「どうぞ……」

 

むすっとした顔で着替えとタオルを渡してくれるのは、悲鳴を聞いてやってきた姉弟子のルーエ。

フェルンの朝食の準備を手伝っていた彼女は、メイド姿……は流石にやめたらしいが、普段着のローブの代わりにエプロンを付けた姿だった。

自己主張が強めに出っ張ったエプロンの胸には「Herz der Drachenprinzessin(竜姫の心臓)」と書いてある。

姉なりのシュールなジョークだろうか?と首を傾げた。

 

「ありがとうございます」

「客人が来ているときの身だしなみには気を付けてください」

「はい。ごめんなさい。姉さんも来てたのね……」

 

薪割りを頑張っていたためか、ルーエが来たことに全く気付かなかった。これは戦士としては不覚。

 

「私は良いのです」

「何が?」

「良いのです。気にしなくて」

 

何故かこの場を去ろうとしないエイルとヘリヤ。さっきから胸部と腹部に強烈な視線を感じる。

 

「あの、姉さんも、エイルもヘリヤも。先に行っててもらえる?水で汗流して、着替えてから行くんで」

「どうぞ。そのまま続けて」

「なんで?」

 

井戸から水をくみ上げているシュタアルをよそに一歩動こうとしない。

後ろで、瞳を大きく見開いたエイルとヘリヤもコクコクと頷いている。

 

とりあえず、ざばーッっと水を浴びたシュタアルは、髪についた水気を払い体をタオルで拭く。

そんな中さっと発動した温風の魔法はルーエのものだ。

ズボンも、もともと水はけのよい素材だったので、すぐに乾いた。

 

「ありがとうルーエ姉さん」

「では、上着を着て向かいましょう」

「分かった」

 

そう言って、渡されたシャツを着てからシュタルクとルーエの後に続いていく。

 

「エイル、ヘリヤ、二人とも行こうか」

 

というとヘリヤは鼻歌を歌いつつ、エイルははっと何かに気付いて慌てている様子で後に続く。

 

「ねえ、シュタアル。後でもう一回脱いでよ」

「え、嫌だけど」

 

ヘリヤには医務室でひん剥かれた記憶があるので、あまり下手なことはしたくない。

怯える様に距離を取ると彼女は「うふふふふ」と言いながら両手をかざして近づいてくる。

 

「やめなさい」と、エイルがヘリヤの後ろ髪を掴んで止め。その場は事なきを得た。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「では、今日の朝餉も大地と女神の恵みに感謝を」

 

というフェルンの声でテーブルについた全員が祈りを捧げて朝食が始まる。

 

朝食にちょうどいい程度のスープやサラダ、肉料理が並んでいる。

テーブル中央には誰でも食べやすいように葉野菜と卵と肉を挟んだサンドイッチが置かれていた。

 

それを取って口にしたエイルは、美味しさに目を丸くする。

『これがシュタアルの家庭の味なのか、味の決め手は?下味のつけ方か、後で調理方法聞くべきか?』などと脳裏で分析を始める。

 

そんな難しい顔をしているエイルをさておいたヘリヤは笑顔で

 

「義母様、これ美味しいですね。毎日でも食べたいぐらい」

「ありがとうございます。この地域でとれた食材が良いのですよ、それほど手の込んだ料理でもないですから」

「でも、朝からこの人数の料理は大変じゃありませんか?」

 

突然、ほほえましい母娘の様な会話をヘリヤがやり始めた。

 

「ヘリヤ、あなた……義母様って!」

「あらー、何か礼を失したかしら?」

「――っっ!! あの、フェルン様!」

 

ヘリヤの挑発に姿勢を直したエイルがフェルンへと向き直る。

 

「はい?」

「あの、私、お料理も、趣味でやっていて。後学のために、あ、あ、味付けとか教えていただきたいなと!」

 

きょとんとした表情をしたフェルンは、一瞬止まってから、笑顔になり「いいですよ」と返した。

 

そんなやり取りの中、ルーエがシュタアルに無言の笑顔を向け続けている。

なんだか怖くて、何もできない。竜に睨まれた小動物の様に縮こまっている。

 

「ね、姉さん……どうしたの?」

「何でもありません。久しぶりに大勢いる食卓にお邪魔しているのです。笑顔にもなりますよ」

「本当にそういう笑顔?」

「――はい。もちろん」

 

一瞬、回答までのタイムラグがあったのだが何だろう。と、聞くのは藪蛇な気がしてそこで黙ることにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

エイルとヘリヤが何故かフェルンにいろんなことを熱く語り始めた。

母フェルンの「小さい頃のシュタアルですか?」という言葉が聞こえてくるのが若干気になる。

介入するべきか。介入したところで逆にヘリヤにつかまって文字通りの藪蛇かと悩んでいると――

 

「兄様。この後ティシュレー様が呼んでいました。直接工房に来いと」

 

と、朝の状況を珍しくも大人しく見ていたティアフォートが紅茶を片手に語り掛けてきた。

 

「ん、いいけど?どうして?」

「さぁ。私は言伝だけ。フリーレン様が実は知っているだろうと聞きましたが」

 

と、話を振られてフリーレンがポンと手を叩く。

 

「ああ、そういえば、オイサーストから届いた素材で実験的な物を作ったんだけどね。

 試作品の第1号が出来たし、サイズ合わせと試運転もかねてね。シュタアルの帰省時に調整しようって」

「オイサーストから届いた素材って?」

 

聞き覚えのない話にシュタアルは首をかしげながらフリーレンに問いかける。

すると、フリーレンは何という事もない表情で返答した。

 

「シュタアルが狩った魔物だってさ」

「何それ?」

 

魔物と言えば大体は魔力として気化してしまう。そんな、素材が残る魔物は……

 

「もしかして、雷鱗のドレイク?」

「そう、それ。ちなみに討伐後だけど、超特化型の固有個体なので命名権があったりするんだけど……名付ける?」

「俺が?」

 

と、返すとフリーレンは苦笑する。

 

「複雑な事情があって、権利はレルネン側にある。ただ、実際はシュタアル達が狩ったから代行でレルネンが申請してくれるって」

「それなら、考えてた名前が……ジンオ――」

「――却下」

「なんで?!」

 

聞かれたから答えたのに秒で却下され、眉を歪めるがフリーレンは有名な竜の名前と重複しそうだった以上は答えてくれない。

 

「兄様。それより、ティシュレー様の用事を」

「あ、そうだった。結局なに?」

「まあ、行けば分かるよ。シュタアル向けの物だよ。見た感じ面白めに仕上がってたよ」

 

にんまり笑うフリーレンに。

 

「せめていい感じに仕上がったと言ってよ……」と一言ぼやいて天井を見上げる。

 

ちなみに、エイルとヘリヤに関しては、シュタルクが発した――

 

「小さい頃の記録? その話なら、フリーレンが記録した映像の魔法が」

 

――という言葉がきっかけで、ルーエを巻き込んだ謎の論争になっていた。

 

「見ます!」

「見る見る!」

「シュタルク様、あまりの仕打ちです!私も把握しておりません!」

 

何やらルーエ姉さんも知らない写真が公開されるらしい。不安しかない。

 

でも、多分、シュタアルには止めることは出来ないだろう……

 

■実験場と秒速25m


 

シュタアルの家の近くのドワーフの工房。

装備品から防具や道具まで。幼い頃からお世話になっている。

 

そういえば、レーヴァテインを作ってもらってからずっと壁には、

布に包まれた刀身のようなものを飾っている。何なのだろう?

レーヴァテインの剣の刀身と大体同じ大きさのもの。

 

と、考えていたら工房の奥から、ドワーフの店主のティシュレーがやって来た。

 

「おお、帰って来たかシュタアル。フリーレンとティアフォートも来たのか」

「爺さん、ただいま。昨日は行けなくてごめん」

「様子を見に来たよ。一応。術式は私の発案だしね」

 

工房で待っていたのは一人のドワーフ。工房の主ティシュレーはシュタアルの来訪を不愛想に歓迎する。

 

「件の試作品は出来とるぞ。理論重視でまだ調整余地があるからな、ちょうどいい時に帰って来た」

「ティシュレー様。兄様のためだと言われて何とか予算の工面をしていますが……青天井じゃないのでちゃんと他の仕事の補填もしてください」

「ティアフォートはうるさくなったのー。仕事はきっちりやっとるじゃろう」

「ギリギリじゃ困るんです!」

 

妹がものすごくきっちりしている。姉弟子のルーエを見ているようだ。

顎に手を当てて見ていると、横目でシュタアルを覗き見たティアフォートは眉を寄せた。

 

「兄様、まあまあ失礼なことを考えていませんか」

「いや、全然そんなことないよ!」

「まあ、いいです……うちのギリギリ具合知ったらこうなりますよ、あと何年借金あると思いますか?」

「知らない……」

「その方がいいと思います。本当にグラナト伯爵とオルデン家の皆さんには足を向けて寝られません」

 

ティアフォートは頬に手を当て、ため息交じりにぼやいた。

父シュタルクに不満を述べる母フェルンの仕草にそっくりすぎて遺伝が怖い。

 

そんなやり取りをやっている裏でティシュレーは「試作品」なるものが入った箱を持ってきた。

 

「よし、外に出ろ。そこで準備する」

「……何を?」

 

結局、何のことなのか知らされないシュタアルの疑問に回答は与えられず。

 

「良いものだ」

「すごく面白いものだよ」

 

にやりと笑う二人の笑顔があまりにも凄く良い顔だったので――

 

「わかった」

 

とりあえず信じることにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

工房の裏の広場は、試作品のテストなどを行うための実験場になっている。

木偶や、的、計測用のラインが引いてあったりなど様々だ。

 

ティシュレーに促されたシュタアルは現在軽装備に着替えて外に出るとティシュレーとフリーレンが待っていた。

持ってきた箱には試作品というものが入っているのであろう。

 

「雷鱗のドレイクの何使ったの?」

「そりゃ、雷鱗だ」

「鱗……あれか」

 

思い出すのは音もなく射出された超硬質の鱗。必死にレーヴァテインの斬撃で防ぎ続けた。

エイルに全力回復をお願いしていたものの……人生の中でも5本の指に入る生きた心地がしない時間だったように思う。

あれ以外に4本もあるのかよと言われると割とあるから困る。一番は何だっただろう?と考えても、全部死にそうだったのでわからない。

 

「まあ、何を作ったのかを見せるよりも先にだな」

「うん」

 

ティシュレーが移動して指で示したのは一本のラインが引いてある場所。

 

「お前ここから、あそこまで走って時間はどれぐらいだ?」

「それは、魔物とか障害物なしで?」

「なんで、走るスピードを聞くのに魔物の有無を気にするんだ。頭のネジが飛んでいるのか?」

「いや、爺さんのことだから、何かそういう条件があるのかなって」

 

半眼で呆れた顔をするティシュレーは「いいからどれぐらいだ」と促す。

 

「うーん、直感だけど。トップスピードで駆け抜けたら5秒ぐらいかな?」

「……」

 

腕を組んで、ふんふんという感じで聞いていたティシュレーはその場で固まる。

数秒後動き出したと思ったら移動してフリーレンに耳打ちを始めた。

 

(聞いたか。100メートルを五秒とか言いおったぞ。頭と体がおかしいんじゃねえのか?)

(だって、シュタルクの血を引いているし……)

(要らねえんじゃねーのこれ?あいつそのうち自力の脚力で空飛ぶぞ)

(流石に無理だよ)

 

「ねえ、ひそひそしないで。なんか変かな?ちゃんと計ってもいいんだけど」

「変じゃないと思ってるのはお前と、お前の親父とアイゼンぐらいだ」

「なんで?」

 

と疑問を口にすると、ティアフォートがぼやくように「兄様と父様の常識がおかしいからです」と言っていた。

 

ぼりぼりと頭をかいたティシュレーは「分かった計ってやる」と言ってスタート地点にティアフォート、ゴール地点にフリーレンを立たせた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタルクが書斎から取り出してきたのは一冊の魔導書。

 

「実は俺じゃ見れないんだけど、君らなら出来るでしょ」

「記録投影の魔法ですね。ここ十年で普及し始めたと聞きましたけど……もっと古い……これは?」

「ああ、その魔法フリーレンが作ったんだよ」

「え?」

 

クレ地方に越してきた頃、フリーレンが開発した記憶を魔法陣に記録する魔法と、記憶を再生投影する魔法。

この魔法の試作第1号はシュタルクがフェルンにプロポーズした映像となっており、フェルンの権限で封印してある。

 

一時、ちょっとした漏洩騒動が起きたのだ。

当時は花畑の魔法で花びら舞う月夜にプロポーズすると幸せになれるというジンクスまで飛び交った。

 

閑話休題。

 

「えええっ!?」

「知らなかった?」

「近年の魔導図書では、かなり先鋭的な魔法ですよ……そんな基礎技術をフリーレン様が?」

 

唖然としているエイルと物珍しそうに眺めているヘリヤ。

 

「ってことは、権利抑えていればすごい利益では?」

「フリーレン様は、フランメ様の教えに従い魔法は自由であるべきと、権利を放棄されています。なのでそういう財の築き方はしませんよ」

「そうなんだ。もったいない」

 

ヘリヤの意見にフェルンは苦笑しながら「そうですね」と答えた。

 

「魔力を流します」

 

魔導書を開いたページ。そこにはフリーレンの字で

『シュタアルが初めて歩いた日』と書いてある。エイルが魔力を流し込むと、空中にその映像が投影され始めた。

 

『お、お、お、立てるか?大丈夫か?』

『シュタルク様、邪魔をしたらダメですよ』

『がんばれ!頑張れ!頑張れぇぇぇ』

 

という、どこか暑苦しい父親の声を背景に、映像に映る青紫の髪をした小さな男の子は、一生懸命立ち上がろうとぐらぐら揺れている。

 

「これが、小さい頃の、シュタアル……」

「かわいい~」

 

というエイルとヘリヤの後ろで、呼吸を止めてガン視しているのはルーエ。

やれやれというよ素でシュタルクが声をかけた。

 

「ルーエ……そんなに気に入ったなら貸すぞ?」

「いえ、止めておきます……休暇に何もしなくなりそうなので」

「そうなんだ……」

「はい、そうです」

 

その後、しばらくは、どのページを再生するかで喧々囂々としていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ティシュレー工房裏の試験場。フリーレンの位置までたどり着いたシュタアルは振り返って問いかける。

 

「どう?」

 

フリーレンは、ティアフォートの位置からの時間を魔法で刻んでいた。

 

「……どうやら、伸びているね」

「どういう意味?」

「4秒だ」

 

計ったのはトップスピードで走り切った時間の測定。

 

ティシュレーが見たのは時間を計るために加速する助走距離のスタート地点。踏み切った瞬間に出来た割れた地面。

父親のシュタルクも、よく踏みしめた地面を砕いていたものだ。いったいどんな力をかけているのか当人たちが分かっていない行為。

 

「親子そろって怪物め。まあいい。ある意味……これの効果が最大限発揮できるだろうよ」

 

これの効果は魔力を使った加速で、あらゆる方向への初速を発動させるのが目的。

こんな無理をしなくてもおそらく可能に出来るだろう。

 

ティシュレーはその箱の封印を解いて蓋を開ける。

 

「試作型だ。まあ、少々……扱いに難はあるが。シュタアルはうまくやれるかの?」

 

不敵に笑うティシュレーが取り出したのは螺旋状の装飾が空気中の魔力に触れ、稲光を走らせる黒いブーツだった。

 

■水浴びと珍入者と


 

フリーレンの残した記憶の映像の閲覧会。『この辺にしておきましょうか』と言い出したのは意外にもヘリヤだった。

シュタアルの年齢が上がるにつれて、10歳ぐらいの姿に近づくにつれて、エイルが頭痛を訴え始めたためだ。

 

不調を訴えるエイルを支えるヘリヤは――

 

「やっぱり、ダメなのね。こんな記憶すら許してくれないんだ。本当に酷いペナルティ」

 

7年前。瀕死の少年を救うために幼いエイルが起こした奇跡。それはエイルと少年との想い出と絆を何かに捧げた結果。

エイルはその日の出来事を忘れたのではない。契約により、捧げられた。そして少年の命は対価としてこの世界に帰って来た。

だからこそ代償。もう帰ってはこない。呪いとも言うべき世界との契約。

 

ヘリヤはエイルの肩を軽く叩いて立ち上がる。

 

「シュタルク義父様、この辺で気分転換できる場所はありますか?」

「お……義父さ……あー、まあいいか、それで」

 

ちょっと赤くなりながら頭を掻いているとフェルンがシュタルクのお尻をつねって来た。

頬をヒクつかせながらも無言を貫き通すシュタルクの姿を見たヘリヤは、くすくすと笑う。

 

「外に、静かな湖畔の森がある。十数年前から魔物はほぼ出ないから散歩や修行にちょうどいい場所だよ」

「要するに、狩りつくしたんですね、わかりました」

「……住居の近所だしね」

 

ヘリヤはエイルの手を取って彼女を立ち上がらせる。

 

「歩ける?」

「うん……」

 

フェルンはルーエに目配せをするとルーエは静かにうなずいた。

 

「案内しましょう。こちらです」

 

と言って二人を先導してルーエは歩き出した。

そんな3人を見送ったシュタルクはその姿を不思議そうに眺める。

 

「不思議な関係だなぁ……張り合っているようで助け合っているような」

「そうですね……報告によると、数か月前は危うく一方が命を落としかねない戦いをした……とありますが。

 シュタアルは、どう応えるのでしょうね」

 

そんなフェルンのあまりに難しい質問にシュタルクは両手をあげて降参ポーズをとる。

 

「俺はフェルン一人で十分すぎたなぁ」

「……どういう意味ですか?」

 

フェルンがむすっとした顔でシュタルクを見上げる。そんな妻を見たシュタルクは苦笑して腕を回し、腰を引き寄せた。

 

「まあ、二人三脚ぐらいが俺には丁度いいよ」

「脚結びましょうか?硬めに」

「やめて。転げちゃう」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

再び、工房裏の試験場。

 

「どうだ、シュタアル。サイズは。お前の成長に合わせて少し大きめにしたが」

「うーん。ちょっとだけ大きい気もするけど」

 

シュタアルはティシュレーから渡されたブーツを履きながら答える。

サイズはちょっと大きめにしてあるのは、これからの成長を見越しているからかもしれない。

紐を締めればそれほど問題はなさそうだ。

 

「ブーツってのは履いているうちに足の形になって行く。

 ただ、そいつは試作品だからな……本命用に調整だ。見せろ」

 

履いた後のブーツを触りながらサイズや履いた時の感触を様々な箇所から確認するティシュレー。

 

「ふむ、微妙に足の形も変わって来とるな。いいだろう。次のでは完全にフィットした奴をくれてやる」

 

ティシュレーが何かを書き起こす姿を眺めつつ、シュタアルは問いかける。

 

「で、これってどう使うの?」

「その雷鱗はどう使われとった?」

「えーっと、雷の魔法を纏わせて撃って来たから。つまり、ブーツをキックで吹っ飛ばすってこと?」

「阿呆か全然違うわ」

 

呆れ気味のティシュレーの後ろから、フリーレンとティアフォートがやってくる。

そして彼女はシュタアルの疑問に答えてくれる。

 

「打ち出すのはシュタアル自身だよ」

「俺?打ち出されちゃうの?」

「そう。シュタアルが、打ち出される」

 

意味が分からないという顔のシュタアルにフリーレンは笑う。

 

「まあ、使い方を教えないとだね」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ルーエに連れられたエイルとヘリヤは森の方向へ向かって歩いている。

シュタルクとフェルンの家から十分程度、歩くか歩かないかというような場所。現在歩いている地点からも、湖畔に周りの山々が映り込んでいて美しい。

 

「綺麗な場所ね。エイルも気分はどう?」

「……だいぶ良くなってきた」

 

何気に、途中までエイルの手を握っていてくれたヘリヤ。

いつも生真面目なエイルに対して挑発のような行動を繰り返す彼女の態度が優しい。

 

「……なんなのよ」

「お礼は~?それとももっと抱きしめてよしよしする家庭で育っちゃったのかな、エイルちゃんは」

 

よしよしは……正直、母のメトーデからはよくされていた気もするが。

 

「……」

「ほらほらぁ」

 

エイルのお礼は?という顔にむすっとした顔を返してしまう。

 

「……ありがと」

 

小さく礼を述べるとヘリヤは小さく笑い、「どういたしまして」と返してきた。

 

「あのあたりが、シュタルク様やシュタアル様が良く修行で使っていた広場です。

 近くの湖畔の水辺もきれいですよ」

 

目的地に着いたらしいルーエが指さしながら場所を説明する。

 

「良いところね。空気も澄んでる。あと、ものすごい濃い魔力」

「この地は、様々な命が眠っていますからね。

 もちろん、シュタルク様とフェルン先生が相当数の魔物を駆逐した影響もあるでしょうけど」

 

ルーエの言葉にヘリヤは「そうなんだ」と返しながら、空気を大きく吸っている。

 

「……もう少し水辺によっても?」

「どうぞ、行きましょう」

 

ヘリヤはエイルの手を握ったまま、水辺へと向かう。

エイルも拒む理由は無いのでそのままついていった。

 

「魔力と生命力に満ちた、良い湖ですね」

「そうだねー。ルーエさん。ここって入っても大丈夫?聖域だから怒られるってない?」

「ヘリヤ?」

 

ヘリヤの問いに苦笑いで答えるルーエ。問題ないという事であろう。

 

「訓練でシュタルク様に負けたシュタアル様がしょっちゅうダイブしていた湖なのでお気になさらず」

「そうなんだ。シュタルクの出汁が染みた湖ね」

 

妙な事を言い出すヘリヤにエイルは半眼になってしまう。

そんなこと言っている間にヘリヤは靴と靴下を脱いでしまった。

 

「そんなわけないでしょう……ってヘリヤ」

「エイルも」

 

ルーエのほうを振り返ると彼女は小さくうなずく。

 

「もうっ……」

「良い気分転換にはなると思いますよ」

 

なんだか断るのも不自然に思え、エイルはおずおずとヘリヤと同じように靴を脱ぎ、美しい素足を晒した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルが現在いるのは工房裏の実験場……とは言えない場所。

何故なら現在空を飛んでいるから。

 

ああ、本当にどうしてこんなことになってしまったのだろう。

調子のいいドワーフとエルフの悪だくみに乗ってしまったから?

幼い頃から恩義のある二人の言葉を、あまりに信じすぎてしまったから?

 

ルーエ姉さんのことを前にしても、エイルとヘリヤを拒み切れなかったから?

でも、それは仕方ないじゃないか。断っても止まらないんだもの……

という、どうでもいいことが走馬灯の様に頭を駆け巡る。

 

そんな状態になった理由を端的に説明するのであれば――

限界速度を超えてぶっ飛んで制御が効かなくなり、途中ですっころんで大回転。頭を打った拍子に、そのまま空中に放り投げられたからだ。

 

ああ、時がゆっくりと進んでいるように見える。

向こうでエルフとドワーフが「やっべぇ、やり過ぎちゃったかもぉ?」という顔をしている。

ぜひ、後で母と姉さんに怒られて欲しい。そう願わずにはいられない。

 

「いつもの湖が……見える……」

 

薄れゆく意識の中、地面に激突した勢いで回転し、激しい水柱を上げてダイブする瞬間に脳裏へ映ったもの。

 

「白の布地……リボンのクマさんと……紫のレースの……Tバック……」

 

そんなつぶやきと共に少年は湖に沈んでいく。

 

「シュタアル様ッッ!!」

「シュタアル!?え、ちょっと……大丈夫!?」

「流石に意識飛んでるみたいね。引きあげよっか」

 

ルーエと、エイルと、ヘリヤの声が聞こえた気がした。

 

■膝枕と六つの山脈


 

水辺で、靴を脱いだ二人の乙女がスカートをたくし上げて、小さな水浴びに興じていたところに現れたもの。

 

「うああああああああああ!!」

 

という叫び声と共に、地面に激突し、そのままスピンした状態で湖にダイブ、何度か跳ねて大きな水柱を上げた、その正体は。

 

「「シュタアル!?」」

 

ドワーフの工房へと向かったシュタアルだった。

 

「シュタアル様ッッ!!」

「シュタアル!?え、ちょっと……大丈夫!?」

「流石に意識飛んでるみたいね。引きあげよっか」

 

ルーエまでもが血相を変えて、水辺に入って来た。

そして、ブクブクと泡を立てて沈みゆく彼を慌てて引き上げるに至る。

 

「シュタアル様!シュタアル様!息はありますか!?ああ、頭を打って血が……」

 

慌てて介抱しているルーエにヘリヤは「人工呼吸要る?」と聞くも

 

「「要りません!!」」

 

声を合わせて、返す真面目寄りのルーエとエイル。

 

「冗談だってば。エイルが治療できるでしょ」

「え、あ、うん」

「お願いします」

 

治療であるならば仕方ないと、ルーエは膝枕を渋々ながらもエイルに引き渡した。

 

「―― 女神の癒手よ、彼の者の傷を塞ぎ、今再び命の灯を ――」

 

エイルの回復魔法の効果でみるみる傷がふさがっていく。

その様子を見ながらヘリヤは素朴な疑問を口にした。

 

「さっきのは普通に死ぬと思うんだけど、なんで額の切り傷だけで済んでるんだろ?」

「シュタアル様は、こう見えて幼い頃からシュタルク様やアイゼン様の修行を受けてきていますので」

「こう見えてというか……いや、それでも無理でしょ、今の。」

 

二人とも何が気になるのか膝枕の上でうなされるシュタアルの顔を覗き込む。

 

「まあ、微妙に受け身取ってたね……衝撃殺しきれてないけど」

 

エイルも自分の膝の上にのせているシュタアルをまじまじと見られるのはなんだか照れ臭くなってくる。

 

「二人とも、気が散ります……」

「じゃあ、シュタアルが気が付くまで黙っているね」

 

そういう訳じゃなくて、近くにいられると気になるという話だが……

先程まで親切をされていたため苦情が上げにくい。仕方ないのでそのまま放置することにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「―― アル様!シュタアル様!」

 

(姉、さん――。ああ、なんだか頭が温かくて柔らかい……)

 

微かに聞こえる声は聞き覚えのある姉弟子の心配をする声。

そんなに心配させることをしたっけかなぁ……と記憶を遡る。そもそもなぜ気を失ったのか?

 

『よし!これで、お前の進みたい方向へ螺旋をイメージしろ。魔法が形成され、内蔵した雷鱗が反応する』

 

そう。ティシュレーのアドバイス通りにやったら、すさまじい勢いで射出されたのだった。

途中から転んで、跳ねて飛んでいたのだが。

 

うっすらと瞳を開けると、わずかに陽光が入ってきて眩しい。

光に徐々に慣れてきて――シュタアルの視界に見えたもの。

 

3方向を囲む二つ揃いで6つの山脈の影――いや、そんな物あるはずがない。

そこから覚えのある3人の声が聞こえる。これは――

 

「ぶっ――」

 

視界に入ったものが何なのか分かった瞬間にシュタアルは噴き出してしまった。

 

「シュタアル。気付いた。よかったぁ……」

「シュタアル様、痛いところはありませんか?」

「大丈夫?」

 

大きさの微妙に異なる山脈の陰から顔をのぞかせた3名はシュタアルへと視線を向ける。

そして、ますます迫ってくる。こういう時、最近はルーエの咬み痕が痛んだのだが、当人がいるときはセーフらしい。

 

「あの……なに、これ?」

「それはこっちのセリフです」

「心臓が止まるかと思いました」

「何があったら、あのスピードで飛んでくるの?」

 

声をかけられるたびに、視界に入る山脈が揺れる。

 

「あの……ちょっと……離れて?」

「回復が終わっていません」

「いや……この姿勢じゃなくても」

 

わかったのは位置的にエイルに膝枕されている。

そして、等間隔に隙間を開けてルーエとヘリヤが位置している。

 

「シュタアル様、何か気になることでも?

 防具が苦しいですか?脱がしますか?」

 

ルーエは割と真面目に言っていると思われるが、なかなか危険な言葉をかけてくる。

隣のヘリヤの目が光った気がした。

 

「脱がさないで……立ちたいんだけど」

 

この姿勢じゃなくても、回復はできるし、おそらくもう体は大丈夫だ。

 

「勃たせていいの?ズボン脱がすよ」

「いいわけあるかっ!」

「あら……」

 

とんでもない事を言い始めたヘリヤに思わず全身のばねをねじり跳ね上がって距離を取った。

こんなところで下を脱がされてたまるかという、全力の抵抗。

 

「立ち上がれるぐらい元気じゃん」

 

本気なのか、わざとなのかわからないがヘリヤは悪戯っぽく笑っていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

程なくして、ティシュレーとフリーレン、それにティアフォートが様子を見にやって来たのだが。

 

「「すいませんでした」」

 

二人は現在、ルーエの前で正座させられていた。

数百歳のティシュレーと千歳越えのフリーレンが20代のルーエにこっぴどく叱られる姿はなかなかシュールだ。

 

「お二人が、シュタアル様のために動いていてくれるのは信頼しています。

 ですが、シュタアル様がそれで怪我をしてしまっては本末転倒でしょう」

「けがをさせるという意味だと、ルーエも……」

「何か言いましたか?」

「いえ、何でもありません」

 

とはいえ、本当にシュタアルを想って作ってくれたのは事実である。

ぶっ飛んでいる間は「怒られろ!」と思っていたがシュタアルもちょっと申し訳なくなってきた。

ルーエの肩に手を置いて静止を呼びかけてみる。

 

「あの……姉さん。もう許してやってくれよ。制御失敗したのは俺のミスでもあるんだ」

「シュタアル様……でも……」

 

ルーエは肩に乗ったシュタアルの手に、竜鱗に覆われた手でそっと触れる。

という言葉に、後ろでコクコクと頷いているティシュレーとフリーレン。キッと睨まれて固まった。

 

しかし、この状態では話が進まない。

ひとまず、暴走されても困るのでブーツを脱いで手にもちながらティシュレーに話しかける。

 

「爺さん。これ、完成形じゃないんだよね?」

「まあ、そうじゃのう。試験版だ。本番用はそれのテスト結果をもって正規版を作る」

「俺の習熟度の問題もありそうだけど……もうちょい安定してくると助かるかな。テストってもう良いの?」

 

腕を組んで考え込んでいたティシュレーは、フリーレンへアイコンタクトを送った。

 

「うーん。シュタアル。もう何回かやってもらっていい?」

「えぇ……」

「次は私が魔法で助けるよ」

「本当にお願いね……」

 

フリーレンは訓練を称して時々はしごを外してくるので不安だが……

ルーエが吹雪の様な視線を向けているので多分大丈夫だろう。

 

「あの……怪我の恐れがあるなら私が付き添いに――」

 

やり取りを見ていたエイルはおずおずと手を挙げる。

ここは女神の魔法を使える自分の出番だろうという自己主張。だが――

 

「いた、エイルお姉ちゃん、ヘリヤお姉ちゃん、お母様と一緒にお昼の買い出しに行きませんか?」

「くっ――そうでした」

 

パタパタと走ってくるエリシアが、エイルとヘリヤを呼びにやって来た。

『お料理を教えて欲しい』とフェルンに訴えていたので、材料を買いに行きましょうという話なわけだ。

 

「~~~~っっ!?」

 

これは断るわけにはいかない。絶対に出来ない。しかし……とエイルはシュタアルをチラ見する。

 

「エイルお姉さん?」

 

事情を知らないエリシアは、小首をかしげて不思議そうな顔をした。その姿は、それはそれでとても可愛らしい。

そんな覚悟が決まらないエイルの背中をヘリヤが押しながらエリシアのほうへ歩き出す。

 

「調子も戻ったでしょ。行きましょ。じゃあ、頑張ってねー」

 

ワタワタするエイルはそのままヘリヤとエリシアに連れていかれてしまった。

残されたシュタアルはフリーレンに視線を向ける。

 

「じゃあ、シュタアルも残りのテストしに行こうか」

「分かったけど、もうちょっとまともな感じでね」

「私とティア様で監督します」

 

と、氷結の瞳のままシュタアルの隣を陣取るルーエ。

ちなみに、暴走を許してしまったティアフォートは珍しく反省気味だ。

といっても、反応できたかと言われると微妙な事故ではあったのだが。

 

「頑張るかぁ……」

 

試作品が怖いのでさっさと脱ぎたいという気持ちを抑えつつ、シュタアルは空を見上げた。

 

■義母様と妹弟子


 

「体調はどうですか?」

 

フェルンの元に戻ったエイルとヘリヤ。心配をかけてしまった様子にエイルは少し申し訳なくなる。

 

「はい、フェルン様。申し訳ありません」

「エイルさんが、謝る必要はありません。本来は我々が気を付けるべきことでした。さて、行きましょうか」

 

フェルンは鞄を持ったまま街の方へ歩き出す。

 

「夜の分も買ってしまいましょう。お荷物をいくつか持ってもらいますが大丈夫ですか」

「はい、もちろんです」

 

エイルとヘリヤは先を行くフェルンの下に駆け寄った。

背筋を伸ばし美しく歩くフェルンの背を眺めながら、エイルは素朴な疑問を口にする。

 

「フェルン様は……その、7年前の出来事というのをご存じなのですか?」

「……知っていますよ。あの日起きたことを、シュタアルも覚えていません。エイルさんだけではありませんが」

 

その言葉にヘリヤの表情が少しだけ揺れた。彼女はその時のことを鮮明に覚えていて、その時の出会いを誰よりも大切にしている。

エイルもそれは知っている。誰とも共有できない想い出。

 

「あの……私のせいで――」

「――必要ありません。もう7年前の出来事で、エイルさんも背負い、シュタアルも無事に成長しました。

 母の贔屓目かもしれませんが、たくさんの家族に囲まれ、真っ直ぐないい子に育ったと思います。それ故に危うい面も多いですけど」

「……」

 

正面を歩くのでフェルンの表情は読めない。ただ、口調と気配から感じるのは、慈しみと感謝という感情。

 

「……危なっかしいところ。私は可愛いと思いますけどね」

「ヘリヤさんはそう思うのでしょうね」

 

苦笑した様に言うフェルン。彼女は何を言おうとしているのだろうか?

「独り言と思ってください」と言ってからフェルンは言葉を続ける。

 

「―― あまり変な意味で受け取ってほしくはありませんが。ルーエも私からすると実の娘の様な存在です。

 あの娘は、あの娘の意思と決意で。その重い運命に負けないための意志でシュタアルと共に生きる事を選びました」

「……」

 

シュタアルの姉弟子ルーエ。当時、話を聞いたエイルにとって思う所のありすぎる存在。

美しい黒髪と整った顔、高い魔力、フェルンの領主業務を支える高い社会性。

 

そして、10年来の家族関係――劣等感を抱くなと言われると無理がある。

 

「だから、お二人と強い関係性を結んでしまったといわれて、正直焦りのようなものを感じました」

「あの……私は……」

 

生きることを肯定されるために寄り添うルーエ、救済の想いを肯定されるために寄り添うシュタアル。

そんな関係を破壊しかねないエイルとヘリヤ。でも自分たちは……決して、安い想いで着いてきたわけではない。

 

「……でも実際会ってみて、少し安心しました。あなたたちの心と想いには、決して咎めるものなどはない」

「フェルン様……?」

「シュタアルの軽率な行動に関しては、母として怒りますけどね。本当に誰に似たのだか……」

 

正面を歩いていたフェルンは振り向き、儚げなようで、華やかな笑顔を二人へと向ける。

4児の母というのは冗談のような姿と立ち振る舞い。

 

「あの子の事を、よろしくお願いします。どんな結論を出すのもあなた達の自由です。

 私とシュタルク様の良いところも悪いところも全部飲み込んだ不肖の息子ですが。仲良くしてあげてください」

「……はい!もちろんです」

「言われずとも、勝手に関わり続けますよ。フェルン御義母様」

 

二人の返答にフェルンは

「年齢に適した健全な関係性でお願いしますよ。ルーエが心配します」

と小さくつぶやいた。ヘリヤが視線を逸らしたので、エイルがその頬をつまむ。

 

そんな様子にフェルンは苦笑していた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

工房裏の実験場に戻ったシュタアル達は現在上空へとぴょんぴょん跳ねている。

いや、そんなかわいい効果音で済む距離ではないが……シュタアルも慣れてきたのかちょっとずつ安定してきている。

魔術で形成した雷の渦の方向と、雷鱗に込める魔術の出力によって決まるということだ。前者はフリーレン謹製の魔術回路で実現しているという。

とはいえ、時々暴走してしまうため、フリーレン当人がフォローしているが。

 

「流石に試作型は実用には適しませんね」

 

ルーエの隣に立つティアフォートは横目で姉弟子を覗き見た。

 

「ルーエは、良いのですか?」

「何が、でしょう?」

「今とぼける必要がありますか……エイルさん、ヘリヤさんの事です」

 

ため息をついたティアフォートは「なんで私がこんなこと」とぼやいてから言葉を続ける。

 

「エイルさんは、正直ルーエが強く出れば彼女は身を引くと思います。

 ですがヘリヤさんは別です。彼女は退きません。おそらく私より面倒くさいですよ、彼女」

「まるで知ってるかのようですね」

「私と近しい匂いがします……彼女は感性が生来狂っている。そんな人物が初めて見た黎明は、絶対です」

「……そう、かもしれませんね」

「エイルさんも、本質は変わりませんが彼女は常識をわきまえているのでしょう。

 ですが、ヘリヤさんはそれすら破壊して盤上をひっくり返すつもりですよ。

 そうなればエイルさんももう退きません」

 

知っている。分かっている。焦っていないと言えば嘘になる。

ルーエの体の中にある竜の本能は、『絶対の番と宝物を守れ』と訴え続けている。だが――

 

「阿呆の兄様も……いや、こうなることは分かっていた気もしますが……本当に兄様は阿呆だから」

 

そう言って憤慨しているティアフォート。なんとなく、その様子にルーエは毒気を抜かれた。

これが、家族という存在なのだろう。出会ったときから大人びた態度を見せた優秀で生意気で、大切なかわいい妹。

 

思わずその頭に手が伸びる。エリシアと異なり、シュタルクやシュタアルと似た癖のある髪。

触り心地は不思議と良い。

 

「何を……?」

「ありがとうございます。私は大丈夫ですよ」

「本当に?良いんですか?兄様は天然の阿呆なので、いずれは受け入れてしまいますよ」

「シュタアル様を縛り付ける事を私は望みません。きっと私がそうすれば、私の好きなシュタアル様ではなくなってしまう」

 

眉を歪ませて聞くティアフォートはまだ納得がいっていない様子だった。

 

「あんな凶悪な咬み痕の契約を残しておいて……ルーエはいったい何を言っているのですか?」

 

ティアフォートの言葉に思わず跳ね上がりそうになるほど焦る。それに関してはルーエは言い訳ができない。

重すぎる行為だと分かっている。今さっきの言葉との矛盾も致し方ない。でも、それでも――

 

「……だから……私も、絶対に退かないという意思表明は……常にしておきたく」

 

という、ルーエの言葉にティアフォートはため息をついた。

 

「兄様は……本当に阿呆ですよね」

 

本日何度目の言葉なのか。それぐらい彼女が兄を大切に想っているという証拠なのだろう。

 

「ルーエ。私は妹としてルーエが退く事だけは絶対に許しませんからね!」

 

フリーレンたちのほうへと向かっていく素直じゃない妹弟子。

そんな後ろ姿に「ありがとうございます」とだけ告げると、少し振り向いて可愛く頬を膨らませていた。

 

■旅立つ者達


 

その日の昼食と夕食も概ね平和に終わった。

不思議と、エイルとヘリヤ、そしてルーエを含めた団欒はいたって平穏な物だった。

それは彼女たちが何らかの答えを得て、それを壊したくないという思いがあったからなのかもしれない。

母のフェルンの表情を見ると当然の事だという様子だったので……多分買い物途中に何か言ったのであろう。

 

ただ、ティアフォートから見ると……兄のシュタアルは「いつ爆発するんだろう?」焦りの表情を見せていた気もする。

一人だけ、ビビっている姿が面白いからフォローしないでおいた。

 

何にしても、3人の女性は兄の予想を良くも悪くも常に裏切り続けている。

他者の予想で感情は制御できないという事なのだろう。

 

お風呂は……まあ、いろいろとまたトラブルがあったが、ここでは触れないでおこう。

 

シュタアルはまた鼻血を出して倒れてしまう事態となり……その後ルーエが膝枕で介抱していた。

本日は2回目の膝枕介抱だそうだ。何をやっているのだろうかこの兄は……とティアフォートは思わず言いたくなる。

 

「エリシアは楽しかった?」

「はい、シュタアル兄さまもエイルお姉ちゃんもヘリヤお姉ちゃんもたくさん遊んでくれました」

 

そろそろ小等部を卒業するエリシア。その愛らしさに似合わぬテーブルゲームの無敗のクイーン。

彼女の無自覚の異能は盤面の未来を観測してしまうため、ほぼ無敵。シュタアルがいるときは任せていたが最近はティアフォートが煮え湯を飲まされている。

様々な方法を試すが、彼女の観測から逃げられないのでティアフォートですら勝てないゲームが多い。

未来が見えても対策が取れないケースのあるチェスなどではまだ負けていないのだが……

 

「すごく楽しかったです!」

 

シュタアルだけではなく、エイル、ヘリヤに膝をつかせたこの微笑みの天使に対しては時間の問題かもしれない。

 

「明日の朝9時に迎えの馬車が来ます。遅れないように」

「分かりました。それでは皆様おやすみなさい」

 

頭を深々と下げるエイルと

 

「まったねぇ、ティアちゃん、エリシアちゃん」

 

ティアとエリシアに手を振るヘリヤ。

 

「では、シュタアル、また明日」

「窓のカギ開けておくから、また深夜にね~」

「ヘリヤ!」

「冗談だって」

 

苦笑いで手を振るシュタアルの背後にすっと並ぶルーエ。本当は彼女もそろそろ自宅に帰るべきなのだが。

 

「さて、後片付けしましょう。シュタアルは明日の準備を始めなさい」

「俺も手伝うよ」

 

母のフェルンと父のシュタルクは晩餐の片づけへと居間へと帰っていく。

そんな中、シュタアルはまだ空を見上げていた。

 

「兄様?」

「案外、二日なんてすぐに過ぎちゃうな……」

「いろいろやっていましたからね」

 

シュタアルはこの後聖都シュトラールへと向かう。おそらく戻りに再度ここに立ち寄るとは思うが。

 

「そうだな……うかうかしてはいられないなぁ、もっと頑張らないと」

 

今より頑張ってつぶれないだろうかと、ティアフォートが声をかける前に。

 

「シュタアル様は、十分頑張っています。逆にもう少し気を休めてください」

「そうかなぁ?」

 

ルーエがさりげなくフォローに入る。小さくため息をついたティアフォートは逆側からシュタアルの腕を掴む。

 

「うぉ、どうしたティア」

「出発の準備は、私が手伝ってあげましょう。兄様はくだらない忘れ物をしそうです。荷物検査係が必要です」

「そ、そんなことないよ……」

 

これぐらいは妹の特権として良いだろう。隣を歩くルーエも微笑んだまま特には何も言わない。

 

「私たちに見せられない、いかがわしい荷物でも?」

「……な、無いよそんなの!」

「なら、私たちの身につける何かをお守りとして渡しておきましょうか?」

 

というと、明らかにシュタアルは動揺する。

 

「いや……そういうのは、もう、持てないかな」

「あのお二人から何か渡されている……という事ですね。ルーエ、兄様に今日着用していた下着を渡しましょう!」

「ティア様!?」

 

ルーエはこれで「ハイどうぞ」と渡すような人物ではない。だが揺さぶりをかけるのは悪い事ではない。

「やめろぉ!!」というシュタアルの焦りの顔には明かな動揺が見えた。

 

「あたりと見ました!兄様はそれに準ずる何かを持っています。荷物をチェックします!」

「まって!やめて!」

 

駆け出すように部屋に戻っていくティアフォートを追いかけてくるシュタアル。

ルーエもやれやれというようにあとについてくるようだ。

 

ちなみに、ルーエがその日恥ずかし気に手渡してくれたのは彼女が一日持っていたハンカチだった。

明らかに女性用のものだが、それもまた良かろうとティアフォートは生ぬるい目に見つめるのだった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その日の夜、シュタアルはベッドから出て、テラスで星空を見ていた。

 

「どうした、シュタアル?」

「父さん、抜け出してきて大丈夫?」

 

声をかけてきたシュタルク。ここに来たという事は寝室で眠るフェルンの拘束を抜け出してきたという事。

寝ている最中に抱き枕が居なくなると機嫌を損ねるのではと思ったが。

 

「あー。うん。まあ、後でなだめるから……」

 

父は大変だ。でも、変わらないことに安堵も覚える。

 

「少し、離れただけなのに、不思議な感覚がするよ」

「何が?」

「ここって故郷なんだなって」

 

シュタアルの言葉に小さく笑ったシュタルクが「そうか」と呟き頭を撫でてくる。

 

「ちょ、止めてよ」

「いいから撫でさせろって、息子を撫でるのってお父さんの癒しなんだから」

「おれ、まだ父さんに頭撫でられるような子供?」

「お前がたとえ、成人して、親になっても、シュタアルは俺の可愛い子供だよ。それは変わらない」

 

なお頭を撫でてくるシュタルクにある種の諦めでそのまま撫でられることにした。

シュタルクは大柄な男ではないが、シュタアルの身長はまだ少し追いつけない。

 

「もう2,3年したらきっとお前は俺の身長も体格も追い抜くんだろうな。楽しみだ」

「まだわかんないよ」

「そうだな……」

 

撫でるのを止めて、ぽんぽんと軽く頭を叩いたシュタルクはテラスにもたれかかる。

 

「お前がここを故郷だと思ってくれることが何よりうれしい」

「どういう意味?」

 

月を背景に笑う父は本当にうれしそうに笑っている。

 

「ここには戦士の村があったけれど、俺が逃げてからは何も残っていなかった。ただの廃墟だ」

「それは、聞いたけど」

「兄貴や、仲間が俺を生かしてくれた。フェルンとフリーレンが背中を押してくれた。

 そして今はお前たちがいる。お前たちがここを故郷と言ってくれる。だから頑張って良かった」

 

そう言ってシュタルクは肩を軽く叩いてから、テラスの入口へと向かった。

 

「俺とフェルンは、まだ夢の道半ばだ。だからここにいる。ここを守る。お前は安心して飛び立っていい、いつでも帰ってこい」

「わかった……」

「客人が来ているようだ。敵意もないみたいだ。俺やフェルンがいると、多分帰ってしまうから……

 先に寝ているぞ。それに、フェルンをなだめないと……」

 

ドアを開けて部屋に入ろうとする。シュタルクに「お休み」と告げて、手を振って帰っていった。

 

「さて、話をしようか……」

 

夜空に視線を移すと、月の真下に、魔力の竜翼と黒髪をたなびかせる美しい肢体が浮かんでいた。

 

「――姉さん。いや……『初めまして』なのかな?」

 

夜空に浮かぶルーエはにやりと笑う。

 

「随分と、冷たいではないか……あの日あれほど焦がれ”愛し合った”というのに」

「……黒極竜アートルム」

 

姉弟子ルーエはおそらく眠っている。そのタイミングで会いに来たのだろう―――

 

■竜の姫


 

ルーエとは異なる圧倒的な気配。明らかに、異なる意思を持った存在。

 

「あまり構えるな。敵対する気はない。英雄も大人しく寝ているであろう。いや、気配に随分警戒はされておるな。聞き耳を立てている」

「人語……話せたんだな」

「同胞が人語を喋らないのは、その器官を持たぬ故だ。しゃべらずとも意思は疎通できる故な。

 咆哮の震えと同じ方法でしか意思疎通出来ぬのは面倒ではあるが……まあ、使ってみれば悪くない。このものの声は美しいしな」

 

確かに敵意はないが、想像していたよりも随分と饒舌だなと分析する。

 

「……姉さんを、解放しろ」

「言うと思ったぞ、婿殿。不可能だ。このものを想うなら妾ごと愛せ」

 

予想通りの解答にため息をつく。だが、千載一遇のチャンスだ。得られる情報を得ておかないといけない。

 

「知っていることを話せ……と言わんばかりだが、期待しないほうがいい。知識は既に共有している。

 妾は純然たる力と意思だ。宿主のイメージから再生された。かつて世界を焼いた竜王そのものとは、正確には異なる。アレはもう死んだ存在だ。

 本質的に妾は、母体であるルーエがイメージするアートルムの形をした、彼女の中の一つの意思だ。

 それに、妾とて、この者の人としての崩壊を望んでいるわけではない」

「竜の姿に戻りたいわけじゃないのか?」

 

シュタアルの問い掛けに、アートルムの意思は妖艶に笑う。

 

「おかしなことを聞く。この身を竜と成せば、英雄たちは妾を討つのであろう?婿殿は、妾を討つのであろう?」

「それは……」

 

Noとは言い切れない。耐えられるのか分からない。でも……多分そのままにはしておけない。

 

「何度も聞いているだろうが、既に魂は同化し、体と固着した今、分離は不可能だ。安寧を欲するなら異なる方法を模索しろ。

 上手く御せ。宿主の心も妾の心も、すでに婿殿と繋がっている。竜の姫はお前を選んでいる」

「結局、何のために俺の前に出てきた?おしゃべりしたかった……なんてことはないだろう?」

 

そう言うと、彼女は右手の指先を口元に当ててなお妖艶に笑う。

 

「体の主の心があまりに揺れるゆえな。ずいぶんと、この先に起こることを不安に思っている。

 聖都へ行くと言っていたな?受け取れ――」

 

気が付いた瞬間、シュタアルはルーエの胸に抱かれていた。

抱きつかれた挙動すら認識できなかった。それに、あまりに柔らかい――真剣にいたいのに、ダメになってしまいそうだ。

 

「婿殿は可愛いのう。宿主が許すのであれば、もう少し遊んでやりたいのだが……当初の目的を果たすとしよう。少し我慢せよ」

 

その言葉と同時に咬み痕が急に熱くなる。

 

「~~~~熱!!」

「完了した。これで、体の主も少しは安心するだろう」

「何をした?」

「少々、契約の優位性をお前に移した『お前のためにこの身がある』……が、罰則の痛みはまだ残るがな。双方向故に許せ」

 

いや、結局何が変わったのか分からない。ちゃんと説明しろと言おうとしたが

 

「……もう眠い。主に返すぞ。しばらくは出てこれぬ」

「え?待って――」

 

というと、いきなり脱力してシュタアルにもたれかかって来た。後に残されたのは、寝間着姿の姉弟子ルーエだった。

 

「何この状況……!?」

「ん……シュタアル……様?……来てくれた……のですね……嬉しい」

「え、ちょ、あふ、あ、だめ……首筋に吸い付かないで。夢じゃないよ!現実だから!起きて姉さん!」

 

物凄くギューッと抱きつきながら首筋に吸い付いてくる。そして柔らかさが不味い。

こう、男の子としては制御不能なものに血流が集中してしまう。抱きつかれているので、それがルーエの下腹部に当たってしまう。

 

「起きて、離れてルーエ姉さん!」

「……?」

 

――結局、輝く夜空の下。絹を引き裂くようなルーエの恥じらいの悲鳴が響き、家族全員がテラスに大集合する結果となってしまった。

 

「まあ、少し得る話もあり前進したので良しとしましょう」

 

というのは、おそらく一部始終をなんだかんだと観測していたであろう、母フェルンの言葉だった。

 

■聖都シュトラールの聖母


 

中央諸国 東端に位置する聖都シュトラール

 

都の中央に位置する女神教会の総本山。城とも言うべき教会の施設が立っている。

その中の一室。聖母の間。

 

「聖母マグノリア。聖騎士騎士団長フェリクスここに」

 

部屋の最奥のベッドに横たわる老婆に膝をつき傅くのは白銀の鎧と赤のマントの騎士。

中年ながらに筋肉質な体つきはいまだ衰えぬ膂力と意思を感じさせる。

 

「フェリクス……よく、きてくれました。顔を見せてください……」

 

弱々しくその騎士を呼ぶのは、教会の中の女性聖職者では最も位の高い聖母の座にあるマグノリア。

 

「……」

「……どうしましたか?」

「母上、人払いの結界は済んでいます。密偵もおりません」

 

フェリクスの言葉に、震える腕もピクリと止まった聖母マグノリア。

彼女は足腰も動かぬ老婆のような仕草から一変する。

 

「なーんだ。じゃ、もういいか」

 

がばっと上半身を起こした老婆はベッドから立ち上がり指をパチンと鳴らした。

 

「母上……はしたないからやめてください」

 

フェリクスから母上と呼ばれた聖母マグノリア。彼女は指を鳴らしたと同時にみるみると姿を変えていく。

歳にして10代のような容姿の……いわゆる少女のような姿。

 

彼女は手近な戸棚からリボンを取り出し髪を結んで、ツーサイドテールにまとめた。

 

「なんで女学生のような容姿にするんですか……」

 

フェリクスはまさに「頭痛が痛い」とでも言いたげな姿勢でマグノリアへと突っ込んだ。

 

「かわいいでしょ。お母さん」

「40代の息子に無茶を聞かんでください」

「そんなことより!!」

 

フェリクスの言葉を無視した彼女は、人差し指を立てて彼にすごむ。

 

「どうして、アーデルちゃんが急進派の人達に取られてるの!元々、貴方の養子でしょ」

「それに関しては、女神の剣の選定筆頭として選ばれているのがあの子だからです……

 私とて、黙って見ている訳ではありません」

 

女神教会は完全に統一の取れた理想の組織……とは言い難い。様々な意思の聖職者が存在する。

現在、最も勢いがあるのは女神の剣の選定者を掲げ、穢れた魔族の一掃を理念として掲げる急進派。

これは、聖騎士という組織を立ち上げたことも遠因となっていて頭が痛い。

 

「100年前、魔王が調子こいてた時はそうでもなかったけど……脅威がなくなると若い子って本当にダメね」

「若い子って……枢機卿や司教たちは年齢にしては60~70歳ぐらいですよ」

「若いじゃない」

 

目の前の人物。まるで10代の女学生のような容姿の聖母は……あろうことかフェリクスの実母である。

しかも、完全に秘密にしている。どうやって秘密にしたのか息子当人にも教えてくれない。

そして彼女は――

 

「ハーフエルフの観点ではそうかもしれませんが、十分に老人です。私もそれなりに歳です」

「つまらないこと言うわねぇ……」

 

ハーフエルフ。不老者(イモータリスト)であるエルフと、人間の間に生まれた存在。

エルフ自体の数が非常に少なく、その上で生殖するための感情が極めて薄いエルフたちと人間が結ばれた結果生まれるという更に稀有な存在。

 

もちろんエルフ程の長命ではない、と言われている。正確な年齢を言わない母の現在の年齢も謎だ。

彼女の母は、ただの村娘であったという。女神の教えを信奉する父がエルフだった。

母の死後、しばらくは父に育てられたという彼女は聖都に入り……そして今の地位にいる。

 

しかも何回目かわからない。彼女は見た目を変質させる魔法を習得し、常に出自を誤魔化しては、何度も入信して聖母の地位にまで上り詰め、教会の組織に介入している。

 

「全く、悪女の魔女みたいなこと言わないでください……」

「聖母マグノリアの権力もそろそろ限界ねぇ。そろそろローテーションしていい?

 新しい名前は何がいいかしら?シンプルにマリアとか?」

「あと数年、持たせてください。最高位の一角が崩御されると今は厄介です」

 

明らかに嫌そうな顔をするマグノリア。

 

「寝たきりはつまんないんだけど……」

「母上が、足腰悪いことにしたら寝たきりで楽と言って始めた設定でしょう。

 92歳という設定なので急に元気にならないでください」

 

深いため息をついたフェリクスと、非常につまらなさそうな表情で同じくため息をついたマグノリア。

 

「いいわ。それで、件の特異点の『鋼の英雄』君は来てくれそう?」

「それに関しては……彼が選出された旨の連絡は来ました。本当にそんな人物が必要なんですか?」

 

フェリクスの疑問に彼女はにやりと笑う。

 

「今のアーデルちゃんに必要なのは同年代の味方よ。まるで願望機の様に素直なあの子の裏にある感情とエゴを呼び覚まさないと……

 いずれ女神の剣どころか、あの子の中に入り込んでしまった魔剣の意識に、呑み込まれてわ。ただでさえ解離性障害を持っているのに」

「……それが、件の英雄の息子だと?」

「私は、そう思うんだけど。ハイターちゃんの義理の孫、良い子だと思うわよ」

 

聖騎士筆頭のフェリクスが、魔王信仰の村から救い出した少年アーデル。

その救出劇の中、たった一人の家族だった兄を失った彼を養い、育てた結果、今世代最強の聖騎士の候補となった。

 

救われるべき子が不穏な思惑の渦中にいる。親としては不徳の極みだ。だが……

 

「結構、腹に据えているのよねぇ……今までうまくやって来たのに。

 裏でかき回し均衡を崩そうとする、質の悪い女狐がいる。あぶり出さなきゃ……」

 

不敵に笑う聖母マグノリア。裏で教会を操るとは誰が巨悪なのだかという気はするものの。

 

「若人たちに、血が流れることなど、あってはならぬと……私は思いますけど」

「ならば力を付けなさい、聖騎士フェリクス。剣だけではなく、守れるだけの力を誰かと協力したって良い。

 件の子は、それを可能にする鍵でもある」

「そうだと、良いのですが」

 

そうして、聖都の夜は更けていく。

 

~ 帰還と歓迎の狂騒曲(後編)-Homecoming and the Welcome Rhapsody 02- fin ~

 




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第4部はもう少しお待ちください。
3部が平和だったのでもう少し殺伐としたいです。
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