葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■前回までのあらすじ


かつてオレオールへと旅をしたフリーレン一行は長い旅の末にシュタルクの故郷であるクレ地方の戦士の村の跡地に根をおろした。
クレ地方では度重なる盗賊被害が発生しており、不在のシュタルクに代わり領主代行を務めるフェルンは対応に頭を悩ませていた。

彼らの息子シュタアルは盗賊討伐に志願するが、フェルンはこれに反対する。
しかし、師の一人のフリーレンと姉弟子ルーエの助力により、シュタアルの参加が許可される。
盗賊の襲撃がある場所への馬車での移動中、シュタアルはかつて幼い頃に自分とティアフォートが両親の盗賊討伐に密かに同行した思い出を語り始める。

そこでは、シュタルクとフェルンが盗賊討伐へと向かう馬車に子供たちが隠れていた。
襲撃を受けたシュタルクたちは計画通り応戦するが、子供たちの存在が発覚。
フェルンの魔法により何とか切り抜けるものの、ギフティと名乗る危険な男が現れる。
リーダー格のその男は巧妙な戦略でシュタルクの動きを一時封じ、フェルンと子供たちに狙いを定めるのだった。




追憶の英雄譚と鋼 (3) 【第1部】

■弱虫シュタアル


 

大陸最強の戦士であるはずの父シュタルクが、膝をついた……

 

目を疑った、決して負けたわけではない。だが、相手の男はその一瞬、父をその戦場において退けたのだ。

そんな……男が、母フェルンと自分とティアに狙いを定めて……こちらに向かって走り出した。

 

「シュタアル、ティア、私から離れないで!!」

 

母の声色が、いつもと異なる。

 

怖い……

 

―― シュタアル……

 

怖い…… 怖い…… 怖い……

 

―― 恐怖を感じる時こそ、目を逸らしては駄目だ……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「うっ……、ぐすっ……」

 

ある日の夕暮れ、戦士たちが眠るという石碑の隣に小さく塞ぎ込み、少年は目に涙をためながら必死に泣き叫びたくなる気持ちを堪えていた。

 

『弱虫シュタアル!』

『やーい弱虫!!』

『お前からきたのに、やり返せもしないのかよ!弱っちぃやつー』

 

何のことはない、学舎の中の小さな子どもの喧嘩。

同級生のおとなしい子が持っていた愛用の筆箱をからかいついでに取り上げていた、少し悪戯好きの少年グループと真正面からぶつかった。

それはやってはいけないことだと、正しくないと心が訴えるままに抵抗した。英雄シュタルクが戦ってきたように、勇者ヒンメルならそうしたであろうように……

しかし、いざ喧嘩となった時シュタアルは身動きが取れなかった。怖かったのだ……何が怖かったのか、わからない。だけど怖かった。

何もできなかった。馬乗りになられボカボカと叩かれた。そんなシュタアルの姿を見て、助けたかった子は泣いていた……

 

――ごめん、そんなはずじゃなかったのに……

 

『兄様は、優しすぎます……』

 

その場を収めたのは、一つ年下の妹のティアフォートだった。

一体何故歳幼い妹にそんなものが使えるのか判らないが、重力制御魔法のようなものでその場にいたいじめっ子グループを謝るまで地に伏せさせたのだ。

 

『妹の後ろにコソコソ隠れやがって』

 

そんなつもりはなかったが……結果的にはそう見えたのだろう。

遅れてやって来た教師も結局ティアフォートが言葉巧みに丸め込み、その場の騒動は有耶無耶になってしまった。

 

「シュタアル……ここにいたのか。随分探したぞ。さあ、帰ろう」

 

正面に立ってシュタアルに手を差し伸べるのは彼の義理の祖父であり、彼に鉄を超える鋼(シュタアル)という名をくれたアイゼン。

 

「………」

「ふむ……」

 

動こうとしない孫に、アイゼンは何を思ったのかゆっくりと隣に座る。

 

「喧嘩に、負けたらしいな……悔しいのか?」

「……」

「いろいろ、聞いた話によるとお前は学舎の悪ガキどもから友達を助けようとしてくれたと、お前はそれでも暴力に訴えることすらしなかった。立派だったと……そう聞いたぞ」

「僕は……弱虫だ……ティアに助けてもらえるまで、怖くて何もできなかった……喧嘩をする勇気が出なかった……」

 

シュタアルのその言葉を聞いたアイゼンはゆっくりと夕焼け空を眺めながら呟いた。

「勇気か……。シュタアル……お前にとっての勇気とは何だ? いじめた悪ガキとは言え、学舎の友達を拳で殴ることか? 」

「それは……うん……。僕は怖くてできなかった」

「本当にそうなのか? そんなことが勇気なのか? お前の父や、勇者ヒンメルがそういうと思うのか? 」

 

両者をよく知るアイゼンは、シュタアルの方を向いてそう問いかけてくる。

 

「わか……らない、でも、何もできなかった僕は弱虫だし……」

「……たとえ話をしよう、シュタアル。

 お前がもし大きな魔物に襲われてどうにもならない事態になった時、助かる訳がないと判っていても棒切を握って戦いを挑むことは勇気か……?」

「そう……じゃないの……?」

 

シュタアルがおずおずと祖父の目を見てそう返した時、まっすぐに見返してくる瞳には確信があるように思えた。

 

「違う……」

「え……?」

「違うぞシュタアル、それは勇気ではない。蛮勇だ。命を捨てる行為だ。

 結果的に、敵とされるモノに勝てば勇気ある行動と称賛されるかもしれんが、違うんだシュタアル」

「……わからないよ」

「俺の友は、……そうやって大勢死んだ。俺の世代のドワーフの戦士は俺しか残らんかった。

 勇気とはそんな結果を呼ぶものなのか? そんなはずがない。そうであって良い訳がないんだシュタアル」

 

そう語るアイゼンは、いつになく寂しげだったように思う。

 

「これは俺が生きてきた結果から得た持論だ。

 勇気とはな、お前の持つ怖い気持ち……恐怖を知ることだ。恐怖をコントロールすることだ。

 恐怖とは……己の大切なものを守りたい気持ちから生まれてくる心の警告だ」

「守りたい……気持ち……」

「お前の前に立ちふさがるものが、大切なものを、壊そうとするその事実が……根源的な恐怖を生み出す。

 お前はきっと、喧嘩をして、他の誰かが傷つくことを恐れた」

「……」

「ティアフォートの言う通り、お前は優しい子だ、そして強い子だ。

 お前は恐怖をコントロールできなかったかもしれんが……

 それでもお前の恐れる事態は免れた。お前は誰も傷つけなかった」

 

「……でもそれじゃあ、僕はこれからもずっとアイツラに殴られっぱなしだ。

 結局弱虫って言われ続ける」

 

戦わないこともまた一つの勇気なのだと、

そう訴えるアイゼンの言葉にまだ納得ができない少年は問う。

 

「そうだな。だから次からはもっと上手くやれ。

 本当に大事なものは何なのかを決めろ。

 恐怖を知れ、お前は一体何を恐れる?

 お前のいちばん大切なものは何だ?

 それを守るために取るべき最善の行動はなんだ?

 考えてお前が決めろ。

 その決断と行動を起こせる心こそが、真の勇気だと、俺は思う……」

 

アイゼンは、その言葉を伝えた後、シュタアルの頭をくしゃくしゃと撫でてから、家の方に向かっていった。

 

「真の……勇気……」

 

その日の夜シュタアルは祖父アイゼンに向かって宣言した

「祖父ちゃん! ぼ……俺やってみるよ。考えてみる。

 本当に守りたかったのは何だったのか、そのために何ができたのか……考えてみる。だから……見ててよ!」

 

そう伝えるとアイゼンはゆっくりと目をつむり「ああ、それでこそ俺の孫だ」 そう頷いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― シュタアルッ!!

 

心の中で声が聞こえる……危機が訪れていると、そう訴えている。

 

怖いのは……何かを失うことが嫌だからだ、何かを守りたいからだ。

いま最優先するべきは何だ? 考えろ! 考えろ! 考えろ!

 

迫りくる盗賊の男はフェルンが放つゾルトラークを紙一重で避けながらこちらに接近してくる。

 

両手に持つその刃で……母に斬りかかり、妹を刺し貫こうというのだ……

そんなことが、許されていいのか? 許せるのか?

 

否、否、嫌だ!

 

―― 君は……英雄(シュタルク)の血を引く君は……出来るはずだ

 

心の中に響く声は、シュタアルに訴えてくる。

 

―― 力が、技術が足りないなら……今この一時、一瞬を、俺が……君を支えよう……

 

出来る……はずだと。倒すこと叶わなくても……

母を、脅威から守ることは自分にも出来るはずだと……

 

「――討ったぞぉぉ、一級魔法使いぃぃ!」

 

フェルンの撃った至近距離の一般攻撃魔法(ゾルトラーク)も紙一重で躱した男は長い腕でナイフを振りかざす。

 

「ッッ!!」

 

おおよそ5m程度。この手の使い手はほぼ一瞬で詰める距離。

 

「フェルンーーーッ!!」

 

遠くで襲いかかった盗賊たちを押しのけようとするシュタルクの声が聞こえる。

 

(奪われることだけは……傷つけられることだけは……許せない!)

 

シュタアルは事前に持たされていた短剣を手に姿勢を低くして駆け出す。

 

「駄目!シュタアル!」

「兄様ッ!!」

 

「母さんに!手を出すなぁぁぁぁぁぁ!!」

 

■勇気あるものと蛮族と


 

地面を踏みしめる脚が……足を動かす身体が……身体に勢いを乗せる腕が……少年を構成する全身が――――――

今までに感じたことのないほどの力を引き出してくる。

 

その体と心は訴えている。

 

母も妹も、何一つ奪わせはしないと。

 

「なん……このガキっ!」

 

突然自分とターゲットの間に割って入ったシュタアルの姿に一瞬怯んだ男は、そのまま手持ちの得物で眼の前相手を引き裂こうと上下から無慈悲な一撃を加える。

下手をすると真っ二つになるほどの一撃……

 

「シュタアルッッ!!」

 

背後の母の悲痛な声とは裏腹に、その一撃は空を切っていた。

 

「なにッ!」

 

見える……まるで世界の時間が遅くなったような……そんな錯覚すら覚える。 男の一撃は頭上からの振り下ろす一撃と、股下からの切り上げる一撃の双撃による物。

両方の剣の一撃を横にずらして躱した。

 

男の顔に初めて焦りの色が見えた。

 

「うあああああああ」

 

全身のバネで跳ね上がり男の顔に手に持ったナイフを突きつけ、切り上げた瞬間、何かを切り裂くような感触があった。

 

「ぐあッ!! 」

 

右頬からそのまま切り上がり右目を切りつけたようだ。男は引き下がり、勢い良く飛び上がったシュタアルはそのまま落下して地面を転がった。

 

「うっぐ……ッッ」

地面に背中を打ったことで苦しんでいる暇もなく男はシュタアルに飛びかかってきた。

もちろんフェルンが追撃の魔法を放っているが至近距離では男は見切りで躱してくる。

 

「邪魔をするな、ガキぃ!!」

「がぁッッ!!」

 

男は地面に倒れていたシュタアルに拳を叩き込んで来た。鈍い音が聞こえた気がした……だが……

 

「痛いのは……怖くなんてないぞ……お前なんて……怖くなんてない!」

 

シュタアルは男の腕に逆にそのまましがみついて噛みつく。

 

「上等だ!クソガキ!!」

 

だが、捕まってしまってはもはや逃れる術すらないように……思えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ティアは一歩も動けずにいた。

優しい兄が人に向かって刃を向けている。それはとても恐ろしいことに思えた。

 

母への一撃に割って入った兄は……相手に一撃を入れた。それは子供がなし得る技ではない。

しかし、それでも相手はそれを耐えて、兄は取り押さえられた……

自分も母も、おそらく至近距離でこの男には叶わない。父も今集団に取り押さえられている状況では間に合わない。

 

(このままじゃ、兄様が……殺される………ッ!?)

 

大切なものが、訳のわからないものに奪われる、壊される……

 

――― 不敬なる……

 

動機がする。

 

――― 不遜なる……

 

目眩がする。

 

――― 蛮族が刃を向けること……

 

体の奥から熱を感じる。

 

――― 万死に値するッッ

 

「うううぅぅぅぅぅぅ」

 

瞳が……燃えるように熱い……

 

「ティア!それは、駄目!!」母のフェルンが後ろから抱きしめてきたのを感じた。

それでも、構っては居られない。

 

――― 愚かなる者に

 

そして、紅い髪が、漏れ出る魔力光により燃えるように揺れる……

自身の魔力と、魔法のコントロールが効かない……

 

心と、本能は……眼の前の敵を……

 

――― 神罰をッッ

 

燃やし尽くせ訴えていた。

 

「兄様と、母様からはなれろぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ!!」

 

ティアフォートにとって生まれてからずっと、魔法はすぐ隣にあった。

物心がついた頃から、母とフリーレンの身体と手の平、言葉が生み出す魔法と魔力の流れ……それは、彼女にとってごく自然に有り触れたものだった。

何もかも彼女の想像の範囲で手のひらの上だった。

 

少女は今日始めて、自分の理解し得ない事象が起こり得る事実を自身の身体で知ることになる。

 

■昇華


 

盗賊の男、ギフティはその飄々とした表向きとは裏腹に、焦っていた。

想定通りだったはずだった。英雄シュタルクを集中して襲うと見せかけて……本命は魔法使い。

こいつであれば、状況さえ作れば打倒が可能。魔法使いというのはそういうものだ。

 

だが、想定外の事象がおきた。

この夫婦の血を引いているという理由があれども、年端もいかないただの子供……だと言うのに……

 

「離せこのガキッ!」

「ひやらッッ」

 

直前顔面を殴ったためその額からは血を流しながらも、爪を立て、刃を立て腕にしがみついてきている。

空いた手でナイフで斬りかかるも、同じくナイフで迎撃してくる。

 

一体何がどうなっている!? 子供のなせる業ではない。

 

もう一度勢いよくナイフを振りかざす。もはや自分の腕ごと切っても構わない。それぐらいの勢いで斬りかかろうとしたその瞬間。

 

「シュタアル!! 今すぐ離すんだ! 死ぬぞ!!」

 

背後で抑えていた英雄シュタルクの声がしたと同時にしがみついていた感触が離れた。

ようやくか、と……自身の腕を見た時にギフティが見たのは煌々と燃える自分の腕だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なんだぁぁこれは!!」

 

全くわからない。ギフティは少なからず魔法を使えるため、魔力も感知できる。

近くでおきた魔力の発動する事象ぐらいは判るはずだ。だが目の前で燃える腕からは魔力を感じない。

魔法と認識できない。わかるのは指の先から灰になり感覚が消えていくことだけ

 

「おいおいおいおいおいおいおい!」

 

わけが分からない。痛みすら無く指の先からゆっくりと灰になる。

 

周囲を見渡すと発動原因はわかった。

「女の方のガキッ」

 

「ふうううううううううううう」

「ティア、もういい、やめなさい!! このままでは貴方が持たない!」

 

もはや手段を気にしている場合ではない。手が燃え尽き得物が握れなくなる前に!!

 

「先に終わりにしてやる……メイガスども!!」

 

一気に距離を詰めナイフで、親子の魔法使いを二人とも切り裂く。

 

そのつもりで大きく踏み込み、長い腕を振りかぶった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「終わったのはお前だ」

 

決着は……そんなシンプルな言葉だった。

ギフティは時間を掛けすぎた。背後にいたはずの手下たちは全て叩き伏せられている。

 

そしてもう、こちらへの一撃は解き放った後。魔法使いに気を取られて認知すらできなかったようだ。

この戦場に来て初めて……英雄の戦斧は血に濡れていた。

 

「あん……? あーーーーー、だめかぁ……」

 

ギフティはやる気もなくそうぼやいた。

肘から先が……ない。

 

ドサッと地面に落ちたそれは、人としての魔力抵抗がなくなったからか、謎の炎によってあっという間に灰となって消えた。

その瞬間、紅い少女の魔力光は消えて、母親の腕の中で気を失った。

 

そして、ギフティの腕からは遅れて血が吹き出す。

 

「フェルン!」

「はい……」

 

冷めた瞳で睨む魔法使いはコチラに向けて魔法を放った。

これは、判る。本当にただの焼夷魔法……。血を止めるために傷口を燃やしたその魔法により、傷口を燃やされる痛みでギフティは気を失った。

 

■手を伸ばしても届かない物


 

「シュタアルッッ!!無事かっ!?」

「シュタアル! シュタアル!! 返事をして!」

 

男を倒したことを確認した父と母がこちらにやってくる声が聞こえる。

 

(ああ、終わった…… 最後はティアと父さんがやってくれたのか……)

 

つい先程まで自分の背中を押してくれた声が今はもう聞こえない。

それと同時に全身から湧き出ていた力が抜けていく。男にしこたま殴られた体の各所が痛い……

 

妹は魔法であの男が母を襲うのを止めてくれた……父はあの状態から全員を叩き伏せて、凶行に走る男にとどめを刺してくれた。

 

(頑張ったんだけどな……)

 

自分の持てる限りを尽くして相手と対峙した。けど届かなかった。

意地で腕にしがみついても結局決め手は自分には成し得ないことだった。

 

(悔しいな……)

 

子供だから仕方ない……そんな言い訳が自分の中で通せない。

妹は自分より年下なのに相手に食い下がり状況を覆した。

 

自分にできたのはせいぜい数刻の足止めぐらいで、後はしこたま殴られた。

おかげで今は動けない。

 

自分の力不足を嘆く以外に、この感情を発露する方法が見当たらない……

体が動かせず、仰向けに倒れたまま少年は瞳に涙を浮かべる。

 

「強くなりたい……強くなりたいよ……」

 

大切なものを守るためには、父と母ほど強くても、それでもまだ難しいのだ。

遠い……途方も無く遠い。

 

それでも、だとしても……どうしても、たどり着きたい。

望む明日を、望む世界を守り抜く強さが欲しい……

 

「シュタアル!シュタアル!!」

 

コチラに駆けつけてくる足音と、自身の名を必死に呼びかける父と母の声が聞こえる。

 

「父さん……ごめん、俺じゃ倒せなかった……」

「そんな事……!! くそっ!!俺がついていながら!!

 頭から血が出てる、額を切っただけか? シュタアル、これは何本に見える?」

 

3本の指を立てた父は普段見ないぐらいに青い顔をしている。

そんなにひどい状況なのかな……ごめんね、父さん……そんな事を思いながら

 

「さん……ぼん……」

 

シュタアルは意識を失った。

 

■過去の顛末と少年の思い出


 

それまで黙って話を聞いていたルーエはシュタアルの話がそこで終わったものと判断して感想を述べる。

 

「なるほど……そんなことが……

 シュタルク様やフェルン先生と対峙してそこまでやる者がいるというのが少し衝撃ですね」

「シュタルクもフェルンも言ってしまえば強い個人だからね。

 私も例外ではないけど相応の集団と戦略が揃えばそういう展開はあり得るんだよ」

 

そう答えたのはフリーレン。

 

「今こうして話しているシュタアル様を前にして言うのもなんですが、シュタアル様は大丈夫だったのですか?」

「う……結局、軽い脳震とうぐらいだったって。

 打撲は、まあ体中に……」

「……話を聞くだけでも痛々しいです。あまり無理をなさらないでください」

「……ちょっ、ルーエ姉顔、近い……」

 

ずずいと顔を寄せて注意を促してくるルーエにシュタアルはたじろぐ。

近寄ると胸元が見えるし、すごくいい匂いがするので困る。

 

姉のように慕っているとは言え、実姉ではないので言ってしまえば超美人の一人の女性。

この人は母のフェルンと妹のティアフォートとは訳が違うのだ。

 

「シュタアル様……?」

「シュタアルも隅に置けないね……ちょっと前に私をお嫁さんにするって豪語してたのに」

「ちょっ!! やめてよ10年以上前の話だろ!! ついでに言えば、心の傷になるかどうかも気にせずぶった斬った当人がどんな口でそれを言うんだ!」

「そんな事もあったっけか……何言ったっけ?」

「人のトラウマを薄っすらとした思い出にするなぁぁぁぁぁ」

 

ちょっとキョトンとしながらそのやり取りを見てるルーエは

「シュタアル様は……私を女性として見ていてくれたのですか?」

「ねえ、やめようよ、その話……」

 

どうあってもこの中で立場が悪くなる事態しか想像できないし、母や妹の耳に入るとろくでもない事態になる未来しか想像できない。

想像できない事象は実現できないが、容易に想像できるろくでもない事態は割と起こるのだ……

 

「まあ、落ち着きなよ、シュタアル」

 

漏えい経路は確実にこのエルフだが。

 

落ち着かない様子のシュタアルを見たルーエは少し嬉しげに「そうですか……」と呟いた。

普段表情の薄いルーエの笑顔に一瞬言葉に詰まるが咳払いをしたシュタアルは話を続ける。

 

「と、とにかくその後の話は、父さんと母さんから最近聞かされた話になるんだけど……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルが気を失った後、命の別状がないことを確認したシュタルクとフェルンは騎士団を呼び出して盗賊団の身柄を確保させた。

この後、彼らの扱いがどうなるかは……あまり想像はしたくないがまあ、明るい人生を歩めることはないだろう。

 

「シュタルク様、フェルン様、報告にあった人数から1名……足りないようです」

「え……? 数え間違いは……?」

「複数名で数えていますので、おそらく間違いは……」

 

嫌な予感がする……

 

「腕を切り落とされた、髪を後ろでまとめた男は……いるか?」

「いえ……、全員五体満足です。これだけの人数を昏倒させるだけで制圧したのかと全員驚いていたのですが……」

 

やられた……まさか、逃げたのか。あの状態で……

 

「くそ!!」

 

その瞬間

 

『誉れ高き我らが英雄様と……今更のこのこ出てきた腰抜け騎士団のみなさーん。

 残念でしたー。君たちは一人とり逃してしまいましたー』

 

構えるシュタルクだったが

 

「シュタルク様……これは魔法の言霊です。おそらく本体は既に……」

「やられた!! あんなやつを見逃しちまったのか!!」

 

地面を拳で打ち付けて悔しがるシュタルクだったが

 

「落ち着いてくださいシュタルク様、おそらくあの傷ではもう表には出てこないでしょう……」

 

両腕を失った男が裏社会でどれほどやっていけるのかといえば確かに再起は難しいだろう。

だが、撃ち合ったからこそ判る。おそらく、あの男は放置はできない……危険だ。

 

『こんなことになるなんて誰も思いもしなかったなぁ……条件満たして報酬もらって万々歳だったはずなんだがなぁ……

 なあ……絶対に許せねぇよ……特に邪魔したガキども!! 英雄様共々絶対血祭りにあげてやる!必ずだ!待っていろ! 何年掛かってでも! 必ずだ!』

 

途中から怨嗟の声で随分と声を荒げていた。ターゲットを自分たちだけにしてくれれば楽だったのだが……

 

「フェルン……」

「はい。わかっています……」

 

守るだけではだめなのだろう、この子達もいつかは自分の足で立ち上がれるほど強くならないといけない……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

事の顛末を聞いたルーエは手綱を握りつつも熟考するような仕草をした。

 

「つまり、原因となっていた最も厄介だった男は逃げてしまった。そういう訳ですね」

「まあ、そういうことだって聞いた……」

 

そんな男が、自分たちをも狙っている。

その事があってもなくても、シュタアル自身は強くなることを決意している。

だからこそ、自身があの時対峙したあの男は……

 

「なるほど……発見次第に最優先で殲滅するべき相手ですね。承知しました」

「………。 待って、姉さん……落ち着いて……」

 

ある種の姉の最優先ターゲットとなってしまった。

いや、確かにそうするべきだが待って。こっちの覚悟とか情緒とかいろいろあるから!!と、思っていると

 

「ルーエ、実際あの当時のシュタルクとフェルンの実力からしてもあまり舐めてはいけないよ。

 実力と力技の間を縫ってくる手合は足元をすくう事を全力で狙ってくるから」

「わかりました。

 油断も慢心もなく、一切合切の躊躇なく、発見次第にあらゆる手段を尽くして焼き尽くします」

 

一切の表情も変えずにそう答えるルーエ。ちょっと……いや、かなり怖い。

 

「ルーエ姉、今回そいつ関わってるかわかんないからね?」

「はい。わかっていますよ。 万事、いつ何時襲ってきても消し炭にします」

 

だめだ……話を聞いただけでちょっとキレてる。

こういうところティアフォートと割と似ているというか……

妹の火力至上主義ってルーエ姉のせいでは?と思わなくもない。

 

「あなた達に害をなす者を、絶対に許さないと……必ず守ると、私は決めているので……」

 

その言葉にシュタアルは少し認識を改める。ルーエの覚悟は……おそらく本物だ。

彼女は何一つ冗談を言っていない。

 

そう呟くルーエにフリーレンは肩に手を乗せて彼女に語りかける。

 

「ルーエ。それはルーエだけで背負うものじゃない。

 今この場にも私がいる。思い詰めないでね」

 

フリーレンの言葉に

 

「わかっています……」

 

そう答える、姉弟子の姿は……それでもどこか『守る』という想いに揺らぐこと無い確信めいた覚悟をはらんでいるように、シュタアルにはそう見えた。

 

■行動開始


 

それから少しの時間が経った頃。

 

「報告と調査内容からすると、この辺りからです」

 

と、御者台のルーエが声をかけてきた。

盗賊の被害範囲から彼らのテリトリーが……ということだろう。

 

「じゃあ、私は馬車から降りて距離をおいたほうが良いかな?」

 

フリーレンが言いたいのは作戦を早々に開始するか?という話だが、これはルーエが否定した。

 

「いえ、一度周辺情報の調査をしましょう……全員魔力も気配も抑えて、周辺の巡回を。

 やむを得ず敵に発見されてしまった場合は即捕縛を、それでも駄目だった場合は初回から総力戦です。

 そうなると、人質の安否も……何も保証できない状況となってしまうのでご注意を」

 

見つかり、存在が知れてしまった場合は真正面から打ち合うことなる。

これは、シュタアル自身が原因となったとは言え過去の事例とほぼ同様の事態だ。できる限りは避けたい。

 

「わかった」

「了解」

 

地図で周回範囲を決めた3人はそれぞれに散開した。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

実際、この中で最も未熟だという自覚のあるシュタアルもある程度は心得がある。

人より厄介なほどに感覚の鋭い魔物を相手取って、追跡し、巣を特定し、殲滅するということをフリーレン達から叩き込まれてきた。

対象が人となると、相当の使い手を除けばそう気配取られることはない。

 

無論、相当の使い手はどうにもならない……が、そんなものが盗賊団の哨戒任務には出ないだろう。

 

木や茂み、岩陰を移動しながら周辺を確認する。

たしかに、ちらほらと盗賊の下っ端……の様な連中が警戒をしている。

 

一見すると、傭兵くずれのごろつきに見える。

しかし、各領地で編成した討伐隊を尽く撃退しているという事実もまたある。

強力な傭兵が控えているのか、何か厄介な魔法でも隠匿しているのか、巨大な魔物でも飼っているのか……

 

(魔物に騎乗した奴らも居たとか噂で聞いたな)

 

魔物は本来的には人の様な意思と魔力の大きい物ほど好んで食らう化け物だ。

人の言うことを聞くことは基本ない。だが、一部の魔族は魔物を使役・支配するものも存在するため、何らかの支配方法は存在する……と聞いたことはある。

 

何にしても、油断はできないか。

 

とにかく見張りや、兵士らしき者がいる場所を渡された周辺地図に印を入れて行く。

 

(こんなもんかな……)

 

予定範囲に見落としがないか確認をしてからシュタアルは集合ポイントに戻った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「お二人とも、ありがとうございます。おおよその配置は把握できました」

 

シュタアルとフリーレンの差し出した地図と自分のマークした内容、事前に聞いた限りの情報を吟味しつつルーエは頷いた。

 

「フリーレン様。当初の予定通り、上空で待機し拠点から脱出した人質の救出をお願いします。

 今いるこのポイントを経由し、下流に下ると村があります。

 村の方には騎士団に待機をしてもらっていますのでそちらに引き渡してください」

「わかった」

 

続いて、シュタアルに向き直ったルーエ。

「シュタアル様。コチラが、台本と今後の行動指示書です。今からこの設定で潜入します。

 一字一句間違うなとは言いませんが、よく読み込み、しっかりと演じてください。設定はとても大事です。

 捕縛後の行動指針も、ついでに把握してください」

「うん……」

 

それはついでのほうが大事じゃないのか?と訝しみながらもシュタアルは渡され台本?を受け取る。

 

一度つまかるだけなので、その場限りの演技でも良い気はするが……

怪しまれるよりかは良いだろうと渡された台本を開く。

 

===

商人の姉役:ルーエ

姉が大好きな弟役:シュタアル

===

 

……とりえず、無言で台本を閉じた。

 

これ、読まないと駄目?という気持ちで行動指示の内容を見るとコチラは至ってまっとうな内容でシュタアルは胸をなでおろした。

 

「連中は、何度も各領からの遠征の兵力を退けています。決して油断しないようにしましょう。

 おそらくは何らかの隠し玉があります。

 それを把握するまでは最悪大魔族と退治する可能性すら考慮に入れた慎重さでお願いします。」

 

母フェルンが、出る直前まで相当に心配していた。

おそらく何か良くないものは確実に潜んでいる。

それでも無事に帰らなければならない。家で待つ家族や、街のみんなのためにも。

 

「それでは、行動を開始しましょう」

 

ルーエの言葉にフリーレンとシュタアルは頷いた。

 

~ to be continued ~

 




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