葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ あらすじ
中央諸国に存在する女神教会の総本山である聖都シュトラール。
才覚のあるものにしか使えない女神の魔法を行使する神官や僧侶を数多く内包する古き都市。
そんな聖都シュトラールと魔法都市オイサーストの高等学校間で学生間の短期の交換留学はしばしば行われる。
本来希望者を募るものだったのだが……
「君だ、シュタアル。聖都シュトラールの学園側から来訪を指名されている」
オイサーストに進学したばかりであった、シュタルクとフェルンの長子のシュタアルは「鋼の英雄」としてひそかに指名を受けてしまう。
そして、彼に伝えられた事実。それはシュタアルがオイサーストで得た二人の友人の事。
エイルの使う女神を模したような姿を取る「白翼の魔法」と魔族の仕掛けた魔法を受けてしまったことにより精神支配を疑われたヘリヤ。
これらの事実をシュトラールが秘密裏に把握しているという情報。
「俺が行けばいい話だよな――」
それを聞いたシュタアルはシュトラールへの訪問を決めたのだったが……
■ 独自キャラクター
葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルクといった原作基準以外のキャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に埋め込まれている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- アーデル(Adel): 聖都シュトラールから来た留学生。聖騎士見習いという形で女神の魔法と剣技を収めている青年。整った顔立ちと落ち着いた紳士的な態度から学内でも女生徒から絶大な人気を誇るイケメンだが……魔剣ダインスレイヴの所持者と言われる。
- マグノリア(Magnolia): 聖都の女神教会の聖母である年老いた女性……のフリをしたハーフエルフの女性。見た目上の年齢を偽装する魔法を使って何度も女神教の神官としてやり直し、その都度に聖母の地位に登り、政(まつりごと)を行って来た存在。
- フェリクス(Felix): マグノリアを母と呼び、シュトラールに近年設営された聖騎士団の現団長。アーデルの養父でもある。やや奔放なマグノリアの行動のフォローをする人物。
聖都の夜に魔剣は吠える 第1話 ~The Cursed Sword Roars in the Holy City's Night ~
■ある日ある村での出来事
「こっちだアーデル!急げ!!」
「待って兄さん!」
アーデルと呼ばれた金髪の少年の手を引くのは、東国出身者の血を感じさせる黒髪の少年。
年頃はほぼ同じで、違いは髪色くらいで、他は双子のようにそっくりな顔立ち。
「この騒ぎに乗じて……逃げよう!あそこにいたらだめだ。俺たちはどちらかが死ななければいけない」
「でも……逃げても」
極秘の隠し通路から出て外を見ると、村の周りの木々が燃えている。
背後に見える村の中央の神殿からは巨人のような何かが這い出ようとしている。
「あんなのが……あんな物のために、母さんは……」
「兄さんやめよう。殺される……」
何でもない夕暮れ時、突如、村の神殿にシュトラールからの騎士団が訪れた。
そこから何かが終わった。いや、結果的には始まったのかもしれないが――
「身綺麗な兵士たちが来ていた!誰かが言ったんだ!この村の事。隠してたアレの事も」
街の中央の神殿は、女神教会としての表向きの顔と、隠し通路の裏にある8体の像を祀る裏の顔を持っていた。
中央に鎮座するのは、巨大な角の生えた男の像と、それを守るように取り囲む7体の角の生えた者たちの像だった。
この世界において、角の生えた人の形をとる存在。それは――
――魔族と呼ばれた、人の形を取り、人の言葉を喋る人食いの魔物だ。
そして……その魔族の王を、魔王と呼び、7人の側近を七崩賢と呼んでいた時代があった。
それは、80年程前から謳われる勇者ヒンメルの冒険譚の中に出てくる存在だった。
周囲の森の火災は誰が放ったのだろう?やってきた騎士たちか、怒りに狂った信徒たちか、それとも――
「――待ちなさい!!」
「誰が待つかよ!生贄だぁ?!まっぴらごめんだ。俺はこんな村からは逃げる!自由に生きてやる」
神官に扮したその男はまるで病魔でも患ったかのような表情を見せて、ナイフを取り出した。
「お前たちのどちらかが、魂を捧げれば、アレは完成します。
目ざわりなシュトラールの騎士どもを蹂躙出来るのです。何が聖騎士だ!全員道連れにしてやる」
「まっぴらごめんだ!」
そう言った黒髪の少年は、弟のアーデルを庇うように構える。道の途中で拾ったナイフだ。
こんなこともあるかと拾っておいてよかった。
大人と子供の膂力の差、簡単に抗えるわけではない。だが、一方的にやられるわけじゃない。
「こい!!」
✧ ✧ ✧ ✧
「待って、ヴァルグ兄さん!!」
ベッドから飛び起きたアーデルは手を伸ばし、かつて自身の手を引いてくれた大切な人の名を呼ぶ。
そして気づいたのは部屋に自分ひとりであったこと。必要最低限な物しかないこの部屋は――
「ここは……そうか、先日シュトラールに帰って来たのか……」
嫌な、夢を見た。忌むべき出来事。今の人生を決定づけた瞬間。
あの日の自分には抗う力もなく――
「兄さん……」
アーデルは両手を握り、祈りをささげる。尊ぶべき、誇らしい命が、安らかに眠っていられますようにと。
そんな時、隣からタオルが差し出された。
「ありがとう、ソラス」
ソラスと呼ばれたのは、まるで童話から飛び出した青白い妖精のような姿をした存在だった。
可愛らしく少女のように笑うソラスは汗を拭くための濡れタオルをアーデルに手渡し、テーブルの方へと飛んでいく。
おそらくは朝食の準備をしてくれているのだろう。
―― 人工精霊ソラス
万象に精霊は宿るという基本理念をもとに、聖遺物と呼べる触媒に女神の魔法による人工的な生命力と魔力を込めた結果生まれた近代魔法。
それが『人工精霊』である。基本理念で言えば、テーブルの上にあるコップでも魔力を与えれば精霊になる――はずだが実現はできない。
これは、物質に込められた情報量の問題か、魔力の問題か、あるいは別の何かか?現状では不明である。
女神教の聖騎士の候補という立場故に与えられた、遺跡より発掘された壊れた聖剣の一部で、それが彼女の触媒。
存在を維持するだけの魔力を提供できる聖騎士にだけ許されたのが『人工精霊』という女神の魔法である。
シュトラールの秘術故に、オイサーストではあまり外に出せなかった。今は自由に動けるゆえにうれしそうだ。
そして、彼はゆっくりと今日という日を始める。聖騎士見習い。次期筆頭と目されるだけの身分。
救ってくれた人達に恥じ入ることがないように。救ってよかったと思ってもらえるように立ち振る舞わなければならない。
「さて、久しぶりの朝礼の時間が来てしまうな……準備をしなくては」
先日まで、オイサーストで普通の学生生活をしてきた。とても新鮮な出来事ばかりで楽しくはあったのだが……少々騒がしすぎたようにも思う。
聖都に戻った現在の自分は学生と言うよりかは聖騎士見習いの立ち位置に近い。だが今回は何の計らいなのかシュトラールの高等学校の通学許可も出ている。
現在、養父のフェリクスのいる勤め先とは完全に別の場所にいるため後ろ盾など全くないと考えていたのだが、誰の取り計らいなのか分からない。
「そういえば、シュタアル君たちが来るのは今日の午後からか」
聖都シュトラールから西方に進んだ先にあるクレ地方。
そこには伝説の勇者パーティの魔法使いフリーレンとその弟子フェルン、そして伝説の戦士アイゼンの魂を継いだ英雄シュタルクが治める土地がある。
その地に生まれた同い年の青年。シュトラールの一部から聞こえる『鋼の英雄』という声。
どのような存在かは気になってはいた。そして先だってオイサーストに現れた彼はと言うと――
「朝食を終えたら一緒に行こうか、ソラス。彼らを出迎えに」
そう呼びかけると、ソラスは肯定するように嬉しそうに輝いた。
✧ ✧ ✧ ✧
「姉さん!ルーエ姉さん!!出てきて!もう出発しちゃうよ!」
英雄シュタルクと一級魔法使いフェルンの子シュタアルはと言うと……
「あれは姉さんのせいじゃないから……首筋になんか痣出来たけど……もう治したから、ね!」
なんだか涙目で部屋に引きこもった姉弟子を呼んでいた。
というのも、昨晩の出来事だ。
『随分と、冷たいではないか……あの日あれほど焦がれ”愛し合った”というのに』
『……黒極竜アートルム』
ルーエは……ルーエの意思ではない姿でシュタアルの下に現れた。
まあ、色々と得た情報はあった気もする。だが、わかったことは解決とは程遠い事実。
神獣とも言うべき古の強大な竜の力を魂に混ぜられた姉弟子ルーエの人としての生を守るにはいったいどうすればいいのだろうか。
分からないけど、結局その日、竜の姫と称する人格から元の人格に戻った際、彼女はかなり寝ぼけていた。
『ん……シュタアル……様?……来てくれた……のですね……嬉しい』
『え、ちょ、あふ、あ、だめ……首筋に吸い付かないで。夢じゃないよ!現実だから!起きて姉さん!』
寝ぼけた意識の中で、欲望が滲み出てしまったわけなのだが……
いやもう今の関係値で言うまい。男シュタアルは大切なルーエのやることを全て受け止めると決めたのだ。
決めたけど恋人関係にも慣れていないし……
「シュタアルー。ルーエさん出てきた?」
「まだ……」
と背後から声をかけてくる、深緑の髪と挑戦的な瞳の少女ヘリヤからはしょっちゅう絡まれているし。
「シュトラール行の馬車、あと15分待ってくれるって」
「ありがとぉ……」
長いブロンドの髪と碧眼の少女のエイルにはずっとお世話になりっぱなしで……
「シュタアル……まさか、二人も女の子を連れてうちの妹の逆出迎えとは……俺も恐れ入ったよ。君は本当に英雄かもしれない」
「エアフォルク兄さんも変なこと言ってないで説得して!こんな間抜けな感じでシュトラールに行けないから」
―― いろいろあって、5分ほどして出てきてくれたわけだが、ずっと顔を赤くして膨れていた。
「……痣ぐらい……残してても」
出てきたルーエはそんなことをぼやいていた。理由が理由だけに割とかわいいと思ってしまったのは秘密だ。
でも、エイルとヘリヤに見られたらなんか危険な気がしたので……それはできない。
■再出発の朝
「申し訳ございません」
とその場の全員に頭を下げるルーエ。一番困ったのは予定を狂わされた馬車の業者だが……
「構いません。事情は把握しています。気持ちの整理が必要だったのですね」
「前から思ってたけど、フェルンはルーエに甘くない?俺が遅刻したらブリザードの如く怒る――」
「――何か言いましたか?」
「いえ……なんでもございません」
領主夫婦の相変わらずのやり取りだったが、ルーエは頭を下げっぱなしだ。
「……」
そんな様子を何とも言えない表情で眺めるシュタアル。
理由を言えば状況は悪化する。フォローも難しい。
「シュタアル……隠してるけど、なんかあったでしょ」
「どうして隠すの。私たち『お友達』だから。そういうのは良くないと思うの」
「いや、なんか、寝癖が治らなくて……大変だったらしいとか、姉さん髪が長いから」
会心の言い訳。理屈も通る。間違いない。と思って言ったものの、二人の顔には「嘘つくんだー。へー」と書いてある。
「……ルーエさん。髪が長いものね。大変そうよねー、私達も割と長いけどねー、毎朝セットしてるけどねー」
「シュタアル……昨日の夜。すごく魔力が……」
鋭すぎて涙が出てくる。どうすればこの二人をどうにか出来るんだろうか?
とはいえ、昨晩の竜姫モードのルーエの言葉はシュタアルとしてはいろいろまだ咀嚼しきれていない。
『言うと思ったぞ、婿殿。不可能だ。この者を想うなら妾ごと愛せ』
『少々、契約の優位性をお前に移した『お前のためにこの身がある』……が、罰則の痛みはまだ残るがな。双方向故に許せ』
どうしてシュタアルの前に現れて、契約を書き換えたのか。何がしたかったのか。
契約の更新って何があったのか。今朝もヘリヤに飛びつかれて咬み痕がビリビリしたので、実質何か変わったのか分からない。
ちなみに、ヘリヤを引っぺがした後のエイルは、ずっと服の裾を掴みっぱなしで、ルーエ姉さんが部屋に引きこもる劇に遭遇した。
まだ、起きてから2時間も経ってないのに尋常じゃなく疲れた。
「シュタアル。シュトラールは飛ばせば1日もかからない場所だ。俺がすぐに行く……とは言えないけどバックアップはする。
まあ、だから……気張りすぎるな。お前に出来る事を頑張ればいいよ。お父さん的にはまた笑ってるお前に会いたいしな」
「シュタルクさま……お父さんの言う通りです。シュタアルの納得できるようにやりなさい。だけど、貴方の帰りを待っている人がここにいる事だけは決して忘れないように」
「シュタアル。いつも言っているけど。私は君の生き方を見ていてあげるから、やれる限りで頑張っておいで」
父、母、フリーレンが思い思いにシュタアルに声をかける。
「分かったよ。頑張ってくる。行ってきます」
フェルンにしがみ付いていたエリシアがシュタアルに飛びついてきた。後ろからティアフォートも来ている。
「シュタアル兄さまぁ……また帰ってきてください。いっぱい遊んでほしいです」
「ああ、ちゃんと帰ってくるから安心しろ」
「兄様。何かあった場合は……おそらく私が支援に向かいます。あまり……妹だからと舐め……いえ、遠慮なさらぬよう」
「お、おう……頼りにしてるよ?」
「なんですかその顔は……?」
残っているルーエは兄弟子のエアフォルクにトンと背中を押されていた。
「姉さん……」
「シュタアル様……あの、昨晩は違うんです。あれは私ではなく。いえ、私なんですけど……」
「あ、いや、分かってるから。それは……気にしてないから!」
二人でわちゃわちゃしながら応対していると周りの目が生ぬるい。あと2名ほどの視線が刺すように鋭い。
だめだ、なんか。格好良く決めたいけど。うまく言葉が出てこない。とガックシする。
こういう時、どうすればいいのかと父の顔を見ると、良い顔でサムズアップしていた。アドバイスにならない。
およそ、女性に対する対応力を母フェルンに全部任せているため、全くあてにならない。
父に代わり、社交界の場でご婦人を手玉に取る兄弟子のほうを見たらピクリとも反応しない。
「自分で考えなさい」と言わんばかりだ。
「あの、あと、あれです。聖都から戻るときにまた、ここに戻ってくるから、その……」
「……はい。ご無事を祈っています。行ってらっしゃい、シュタアル様」
「……うん。行ってきます」
と言ったところで、両側の腕をエイルとヘリヤに掴まれた。
「はい。そろそろ行くよー。時間ギリギリ」
「シュタアル。昨日の事って何?」
何かの犯人の様にずるずると馬車の中に引きずり込まれる。
後ろで控えていたティシュレーが「件の装備品、完成したら送るからなー」と言っている。
その話、詳しく!!と思う暇もなく馬車のドアはバタンと閉じられた。
✧ ✧ ✧ ✧
馬車の中。デジャブを感じる光景にシュタアルは肩口に残るルーエの咬み痕にピリピリとした痛みを感じていた。
前より痛みはマイルドな気はするけれど、さりとて痛いものは痛い。
「あの……エイルさん、ヘリヤさん……?」
シュタアルの顔の右側にはエイルの左手が、左側にはヘリヤの右手があった。
身を乗り出した二人の腕が、頬をかすめるような勢いで背後の壁に手を付けている。
「ねえ。シュタアル。昨晩、何がルーエさんと、何が違ったの?何が間違ったの?」
「シュタアル……分かっているって、気にしていないって、首筋の痣って」
どうやら、ちょっと小声で言ったつもりでも、痣のこともしっかり聞かれていた様子。
「昨晩」「間違い」「首筋に痣」「回復済み」「気にしていない」
不穏なキーワードだけが二人の戦乙女にインプットされている。
「説明……」
「……してくれるよね」
「はい……」
馬車での移動時間は……体感でとても長く感じることになった。
■聖都シュトラールへ降り立つ
中央諸国 聖都シュトラール
聖都シュトラールは女神教の総本山である女神教会の本殿が中央の王城のように鎮座し、それを囲うように施設や民家が並ぶ大都市である。
中央諸国の東海岸寄りで、比較的開けた平野があり、海岸も近く、物資にも事欠かない場所となっている。
王国ではないが、大陸に対して非常に強い権限を持つ組織でもある。
これは、女神の魔法という僧侶独特の力がこの世界においていかに重要かを示している。
何せ、治癒、解毒、浄化、防御といった、命の維持に直結する魔法の多くは女神の魔法だ。
更には能力強化、探索、遠隔への意思伝達などもあり、攻撃性はなくとも使い方次第で戦局を覆すような魔法も多い。
つまり、女神の魔法を行使する僧侶の有無で戦いの形が大きく変わる。
これらの資質のある者は女神への感謝とともに神職につく文化があり、その集大成として古くから存在するのがシュトラールという都市だ。
また、美しい城や整った街並みがあり、観光地としても有名だ。
「アーデル、帰って来たのですね。お客人のお出迎えですか?」
オイサーストの学生の到着予定日。一足先にシュトラールに到着していたアーデルは馬車の停留所に来ていた。
無論、学友となる留学生を迎えるためだ。彼らにとっては慣れぬ地であり、一応同じ立場の自分がいる方が何かと安心できるだろうという配慮だ。
だが、どうやら学園側からも出迎えが来ていたようだ。
「シスター・ヒルデ。貴方も出迎えですか」
「はい。短期とはいえ、学生を受け入れるのです。学校側で担当を付けなければ。
とはいえ初見となります。パラディン・アーデルの紹介があると助かるのですが」
シスター・ヒルデ。白銀の髪色の美しい修道女。シュトラールにある高等学校の教師を務めている。
教師職というより、聖女の階級に名乗りを上げれば当選はほぼ確実だろうという実力と立ち振る舞いを備えた女性だ。
もし、聖女の認定を受ければ次期聖母の可能性すら出てくる。
「聖騎士ではありません。見習いです」
「そうですか……そうでしたね。今年来る方はお知り合いだとか」
「いえ……そこまで知り合いという程ではありません。”僕が”一方的に知っているだけです」
「そうですか……では、仲良くなれると良いですね」
「はい、しかしお互い名前と顔は知るので、照会の取次ぐらいはやりますよ」
という形でシスター・ヒルデとの会話は途絶える。彼女は修道女らしく穏やかな笑顔を崩さない。
(シスター・ヒルデか……)
魔族の撲滅や、女神教の政敵となる組織への外圧を是とする急進派。彼女はこれに加担してはいない。
そもそも急進派というのは内々の思想によるものである。穏健派と名乗る対立組織があるわけではない。
だが、アーデルが学生の身分で得た仮聖騎士見習いの配属先は、急進派の枢機卿が抱える騎士団の内部となってしまった。
養父であるフェリクスの組織配下になると思っていたのだが……
当初の希望制度による配属で生じる実力不均一に反対の声を上げたのは彼女だ。
高等学校の高位教師の発言権というのは特殊だ。政治的な権力を持たないが、監査者的な発言権を持っている。
結果的に養父の政敵の下に配属となってしまった。
(まさかな……)
「あら、どうやらあの馬車の様です。高い魔力を感じますね。二名と……もう一人は不思議な感じですね。三名乗っています」
おそらく、高い魔力はオイサーストの2トップのエイルとヘリヤの事であろう。オイサーストの学園の同年代でしらない人間はいない程度には2大才女。
そして、もう一名の不思議な感じの人物。
(鋼の英雄シュタアルか……もう少し会話ができるか?)
西北にあるクレ地方の交易街と元戦士の村に生まれた彼は、その滅びかけた戦士の血筋と優秀な魔法使いの血筋を直系で継ぐ存在だ。
彼の実績は奇妙なものとなっている。英雄というには成績は平凡で、中の上に過ぎない。魔法使いとしては平均以下だ。
だというのに、その戦闘経験はやや異常の領域。平和な地に生まれて何故戦う?血がそうさせるのか、それとも別の何かが突き動かすのか。
ようやくじっくり話せる……のかもしれない。だが、それに意味などないのかもしれない。
「ようこそ、聖都シュトラール高等学校の教師。シスター・ヒルデと申します」
考え事をしている間に馬車が止まり扉が開いていた。
開いたドアから2名の女性が下りてくる。学年模範生のエイルと、戦闘成績1位のヘリヤだ。
「ご丁寧にありがとうございます。オイサースト高等学校から参りましたエイルと申します」
「同じくヘリヤよ、よろしくー」
ヘリヤの挨拶を横目で見たエイルは、彼女を肘で突いていた。礼節をわきまえろという事だろう。
「気にされず。あなた達は神官や僧侶ではなく、交換学生の魔法使いですから」
「いえ、短期とはいえ学びに来たので。この地の礼儀は守るのが常識というものです」
「まあ、しっかりしていらっしゃるのね。ご両親がとてもしっかりなさっているのですね」
エイルは両親であるゲナウとメトーデが認められたようで顔を赤くする。一方でヘリヤの方は顔を背け見えない位置で舌を出していた。
「それで、もう一名いらっしゃるはずですよね?」
というヒルデの問い掛けに若干困った顔をするエイル。
「あ、ええ……います。もう一名……」
「シュタアルー。もういいよ。いつまで正座しているの?」
「ちょっと、待って。さすがに……しびれて……何時間正座で座り続けてたんだ俺」
馬車の中から情けない声が響いた。よろよろしながら出てきたのは、青紫の髪で三白眼の、若干顔色の悪い足元のふらついた男子生徒だった。
「あ、ぐ……」
どういう理屈かよく分からないが、何故か揺れる馬車の中でずっと、東国式の正座をしていたらしい。
長時間その姿勢を続けると、鍛えていたとしても、血流が滞ると足先がしびれてしまう。
「あうあ……!」
馬車の階段からすっころんだシュタアル。ギリギリのところで受け身を取って転がった。
「す、すいません!!」
「あら……」
「「っっ!!」」
シュタアルの受け身はシスター・ヒルデの足元にぶつかり止まる。
「大丈夫ですか……?」
「黒……い、いえ……ありがとうございます。申し訳ありません!とんでもない失態でした!」
「問題ありませ……ん――シグ……ルド……?」
「はい?」
シュタアルの手を取り、彼を見た瞬間にヒルデが一瞬固まった。
聞き慣れない名が出て、つい素っ頓狂な返しをしてしまった。
「あ、あの……オイサーストの学生のシュタアルです。今回はお招きいただき……」
「……ごめんなさい、ぼうっとして。教師のヒルデです。よろしくね。”シュタアル”さん」
とりあえず、素っ転んだことはお咎めなかったようで安堵するシュタアル。後ろのエイルとヘリヤの視線は妙に鋭い。
「私が案内する予定でしたが、ご学友のアーデルさんが来ています。積もる話もあるでしょうから、ゆっくり見物しながらいらしてください。
学校の教員室にてお待ちしております。では、後はよろしくお願いしますね」
そう残したシスター・ヒルデはアーデルの肩を叩いてからその場を立ち去って行った。
シュタアルの両サイドに陣取ったエイルとヘリヤは彼の腕を掴み「黒って何?」と尋問している。
そんな様子を苦笑いで見ていたアーデルはため息を漏らしてから笑顔で声をかける。
「やあ、3人とも。積もる話と言われても……お互いさほど交流がない物だから特にという感じだと思うけど。歓迎するよ
ソラスも、出ておいで、一緒に挨拶をしよう。彼らはきっと信頼できる」
アーデルは青白い妖精のような存在を肩に乗せ、背後に控える巨大な教会を指した。
「ようこそ、女神教の信徒の聖地、聖都シュトラールへ」
そう言って笑った。
■挨拶と人工精霊
アーデルに案内を任せたシスター・ヒルデは学園に向かう途中の通路で小さな裏路地に入り込む。
「シグルス、クスルーン、いますか?」
「はい、ここに。ヒルデ様」
物陰から現れたのは、学生の姿をした少年と、ヒルデの陰から飛び出てきた少女だった。
「どちらかが監視を……もう一方は。そうね、当初の予定通りに」
「わかりましたわ、お姉さま」
クスルーンと呼ばれた少女はスカートの裾を掴み、優雅に一礼して陰に沈んだ。
「では、僕が当初通りに、ヒルデ様」
「お願いね」
そして、シグルスと呼ばれた少年も霞んで消えた。
二人を見送ったヒルデは頬に手を当てて、薄く目を開けて微笑んだ。
「運命とは不思議だわ。ねえ、シグルド……」
そうして、ヒルデはまたカツカツと学園へと歩みを進める。
✧ ✧ ✧ ✧
「あ、アーデルさん……その、蒼く光ってる妖精みたいなの何?」
「アーデルで良いよ。同級生なんだ。遠慮しなくていい。人工精霊と呼ばれる存在だよ。ソラス、挨拶を」
アーデルはさわやかに笑い、胸元に掌を広げる。
肩から掌に移動したソラスはペコリと頭を下げて挨拶する。
「人工精霊って何?聞いたことない……」
シュタアルが目を丸くしてソラスを覗き込む。するとソラスはムッとした表情でシュタアルの額に小さな電撃を走らせた。
「あちっ!!」
「おや、申し訳ない。恥ずかしがり屋なんだよ。許してあげて欲しい」
「あ、いや、俺も挨拶もなくちょっと失礼だった。ごめん。えっと、よろしくソラス」
そう言って手を小さく出してみると、ソラスはシュタアルの手元まで飛んで人差し指を両手でつかんだ。
握手……という事だろうか。
「……すごいですね、女神の魔法ですか?私も知らない魔法です」
「シュトラール独自の秘術だからね。この魔法自体の発動は聖母マグノリアにしかできない。移譲されて維持をしているだけだ」
聖母と言えば、シュトラールでも相当高位の存在と聞いている。であれば、魔法自体は特異な物であろう。
説明をされたエイルは、思案するポーズをとっているとソラスが目の前に飛んできたことに気付く。
「……か、かわいい」
つい、ぽろっと漏れ出た言葉にソラスは嬉しそうに輝いた。
考え込むように思案していたのは、どうすればそんな魔法が再現できるのか真剣に考えていたからかもしれない。
「……ものすごい情報量。方向性は全然違うけどパパの分身体みたい。だから維持されているのね……面白いわ」
というのはヘリヤ。彼女は「よろしくね」と言いながら人差し指を差し出すと、ちょっと怯えながらもソラスはその指を握った。
「捕って食べたりしないよー」
悪戯っぽく笑っているヘリヤが言うと皮肉が効いているなと、以前危うく別の意味で食べられかけたシュタアルは思った。
「さて、お腹はすいているかい?食事をしてから学園へ行こうと思うのだけれど――」
という、アーデルの呼びかけが終わらぬうちに、『ぐぅ』という音が鳴った。
それと同時にエイルが恥ずかし気に首を振り、ヘリヤはにやりと笑う。申し訳なさそうに手を挙げたのはシュタアル。
「はい、俺です……飯食う余裕なかったんだもん……」
「じゃあ、騎士団おすすめの店に行こう。お二人もそれでいいかな?」
肯定の意を示したエイルとヘリヤ。なおもお腹を押さえるシュタアルに苦笑いしたアーデルは、3人を先導して歩き始めた。
どこか苦手意識があったシュタアルは、アーデルの態度に感嘆の息を漏らした。端的に言えば、彼は凄くいい奴だ。
そんな顔で後ろを歩くシュタアルに、背中からトンと肩がぶつけられた。
「ねえ、シュタアル。ああいう所だよ。シュタアルは……まあ、別に今のままでもいいんだけど。エスコートをしてくれるのなら私は喜ぶわ」
「……何が言いたいの?」
「シュタアルは変にモテなくても私は一向にかまわないって話」
「どういう悪口……?」
半眼になって見返すと、逆側から二の腕当たりの袖をエイルに掴まれた。
「え、何……?」
「シュタアルは今でも私の大事なお友達だから良いんです」
「マジで何なの?」
ぷく―と膨れるエイルの訴えの意図はよく分からない。ヘリヤも逆サイドからエイルのマネをして二の腕の袖を掴んで来た。
そう言えば、クレ地方ではドタバタし過ぎてろくに案内もできていなかった気がする。ちょっと反省はしてしまう。
「君たちは本当に面白いね」
後ろを振り返って笑うアーデル。オイサーストでも女生徒に囲まれていた理由がわかる気がした。
男性のシュタアルから見てもおよそ、嫌悪する要素が見つからないのだ。
――『彼は、魔剣ダインスレイヴに魅入られている』
結局、心の声が訴えていた警告は何だったのだろうか……?
■シュトラール高等学園
アーデルが案内してくれたのは、彼の養父の顔なじみの喫茶店だった。
養父については分からなかったが、喫茶店の店主の言葉からも、彼の人柄が悪い人ではないことがよく分かった。
(女生徒に人気ってだけで、変な先入観を抱きすぎたかな……)
そう、アーデルはオイサーストの魔法学校では女生徒から絶大な人気の男子生徒である。
エイルとヘリヤの琴線に全然触れないのが分からないけど……いや、何なのこの娘たち。
それはさておき、とにかくアーデルは悪い奴じゃないという話である。
持たざる男の妙な被害者意識だったのかもしれない。
「アーデル君、シュトラールに戻ってたんだね。あの……良ければ最近おすすめのお店が……」
と、おずおずと修道女見習いの女の子がアーデルに声をかけてきた。
いや、違うな……何かアレだ。いい奴だけど納得は出来ねぇ。そういう感じは確実にある。
そう思った瞬間、両腕を左右からガシッと掴まれた。
「シュタアル……どうしてそうなるの?」
「今考えたことは、私たちに酷く失礼だわ」
「何も言ってませんが……」
そんな修道女見習いの女の子は高等学校の学生だったらしい。
「さて、そろそろ学園の受付に行くけど……シュタアル君は大丈夫かな?」
「はい……とりあえず、受付に行こうか」
二人の少女に掴まれたまま答えるシュタアル。一般的に「大丈夫」と定義していい状態かどうかは、人によって解釈が異なる。
✧ ✧ ✧ ✧
「きゃ!!」
「おっと、すいません!!」
書類を抱えた状態でシュタアルにぶつかって転びかけたポニーテールの女性。
細かい部分の色が違うものの、先ほど出会ったヒルデとよく似た服装なので、学園の関係者だろう。
転びかけたところで腰を支えたシュタアルは、反対の手で彼女の抱えていた書類の束を持った。
「まったく……」
嘆息混じりに魔法でシュタアルが抱えていた書類の束を固定しつつ、宙を舞った紙を回収したのはエイルだった。
「ありがとう……」
「私にお礼を言う前に、その方を開放してください……」
ジト目で見られて慌てて腰の手を離したらポニーテールの女性はクスッと笑った。
「失礼しました。慌てていたので。書類ありがとうございますぅ」
「シスター・マリア。気を付けてください!」
「はぁい!!」
マリアと呼ばれた、おそらく教師と思われる女性はペコリと頭を下げてその場を去っていく。
「申し訳ありません……」
マリアに続いて、年配の人物も頭を下げてくれた。
「あら……、あなた達はオイサーストの……」
「はい。交換留学で来ました」
「そうですか。私はこの学園の代表をしておりますアルテアと申します。おそらく受付ですよね?」
受付の方向を指しながら学園の代表者を名乗るアルテアという女性。
おそらく学園長という事だと思うが、思わぬところで偉い人との遭遇してしまった。
あっけにとられるシュタアルをさておき、アーデルが前に出てきた。
「マザー・アルテア、こちらの書類ですが……受付の司書官に渡したほうがいいですよね」
「そうですね……ここで私が受け取るよりかは。パラディン・アーデルは道理をわきまえていますね」
「……まだ聖騎士ではありませんよ」
「そうでしたね。案内は?」
「不要です」
アーデルとの会話に「そうですか」と答えたその女性は先のシスター・マリアを追って行ってしまった。
「行こうか。書類を出しに行こう」
「あ、うん……」
なんとなくまだペースがつかめないままだが、こうしてシュトラールでの短期の学生生活が始まった。
✧ ✧ ✧ ✧
「なあ、アーデル」
「なんだい?」
受付の道すがら、シュタアルはアーデルに問いかける。なんとなく気になったのだ。
「さっきぶつかったマリアって人、知ってるのか?」
「いや……最近新任になった人物としか。何故だい?」
何故、と言われると困る。シュタアルは腕組みで思案しながらも答える。
「なんか……なんか知っている人に似ている気がして……いや、気のせいかもしれん」
「そうかい、アルテア様を前に若手の女性を気にする君は大物だね」
そう言われた瞬間、後ろで二名の視線が何故かギラッとした気がした。
「……あの人凄い人なの?」
「アルテアはすごい人だよ。聖母マグノリアが居なければ学園の園長などはしていなかったろう」
「そうなんだ……」
そんなこと言われても、教会の階級がシュタアルにはさっぱり分からない。
(マグノリアって誰?)
昔フリーレンに簡単な構造を聞いた気がするけれど、なんせ彼女もこの十数年の有力者まで知っているわけではない。
「とにかく、一度教室に向かおうか。なんせ僕たちは学生なのだから」
「分かった。やっぱりここで学ぶことって女神の魔法なの?」
「そうなるね」
一応、シュタアルも女神の魔法の資質を持っている。何故かはさっぱり分からない。
昔フリーレンに聞いたら「さぁ。多分ハイターの気まぐれな悪戯かな」と言っていた。
と言われてもその祖父とは直接血縁がないのでやっぱり理由は分からない。
(小さい怪我とかちょっとした毒に対抗できるからありがたいけど)
魔法自体は大したことはなくても、戦士としてのシュタアルにとって女神の魔法は重宝する。
なにせ、かすり傷などはサクッと治せるからだ。
「勉強するに越したことはないね」
「それには同意するよ」
ちなみに、目の前のアーデルは一般的な神官並みの女神の魔法を使うらしい。
通常魔法に関してはそこまで得意ではないらしいが……シュタアルも大したことはない。
あとは剣技次第だが……場合によっては完全に自分の上位互換な人間って怖すぎる。
「……頑張ろう」
ちなみに、この場で最も女神の魔法からは縁遠いのはヘリヤだが……
「何?」
「いや、退屈じゃないのかなって」
「新しいことを学ぶのは悪い事じゃないわ。
あわよくば神官連中が普段何を考えているか想像の手が及ぶ。それって大事なことだと思わない?」
ヘリヤの言葉にエイルとシュタアルは眉を寄せる。どう考えても、『性格は悪いがヘリヤらしい』ということだ。
「オイサーストの外で流血沙汰だけはしないでよ」
というのはエイルの言葉。
✧ ✧ ✧ ✧
受付で書類を出した後、案内された教室に入ったシュタアル達を待っていたのはなぜか見知った顔だった。
「おっそーい!!」
教壇に立って喋っているので間違いなく教師だ。だが、黒板に書かれているのは水の魔法の基礎技術だ。
母と同じ年ごろのはずなのに、ツーサイドアップが似合う、少々童顔の水の魔法を得意とする高等教師だった。
「カンネ先生?何故ここに?」
「言質では引率の教師も同行するって連絡してたはずだけど?」
「そう言えば……」
ラヴィーネ先生がそんなことを言っていた気がする。
「君たちの学生としての責任は私が取ります。現地で何かあったら私に連絡すること!
あと、中央のあそこにある空き席が3人の座席だから座ってね」
「カンネ先生にはせっかくなので魔法の基本技術の講義をしていただいていました」
カンネの後ろから、神父姿の教師が補足の説明をしてくれる。シュトラールだと通常の魔法は逆に珍しいのかもしれない。
「では、カンネ先生のご講義はここまでにして、皆様の良き隣人となる3名の生徒たちを紹介します」
「ほらほら、3人とも並んで並んで~」
オイサーストの自己紹介の時は、合成獣による下着盗難事件の後でシュタアルもいろいろ巻き込まれていたせいもあり酷いものだった。
ここはガツンと一発、いい感じに決めて……たくさん友達を作り、せめて明るい学園生活を送りたい。
「あの、エイル、ヘリヤ……もうちょい離れて。肩当たってるんだけど」
「気のせいです」
「私はいつもこれぐらいだし」
自己紹介しづらい……神父さんやシスター候補の皆さんもキョトンとしている。
「あの……オイサースト魔法学校から短期の交換留学生として来ました。シュタアルと……言います。出身はここから西北にあるクレ地方です」
だめだ。なんだか普通な感じになってしまっている。挟んでいる二人の方が何ならインパクトがある。
こんなことで友達は増えるのだろうか?と涙が出そうになる。
「何か得意な魔法はあるのでしょうか?」
流石に、何の興味もないと申し訳が立たなさそうだったためだろうか。気を利かせて手を挙げて質問してくれた聖都の人がいた。
内容もオイサーストの魔法使いには万能の質問である……シュタアルを除いては。
「え、あ……俺は魔法出力がちょっと弱くて……こう、小手先の技で何とかするのが得意……です。ちょっとだけ女神の魔法も使えます」
折角質問してくれたのに微妙な空気が流れた。そんなところで神父の教師が若干空気を読んで次を促す。
「あの、では次にエイルさんかヘリヤさん、どうぞ~」
「では、私が」
胸元に手を当て、優雅にブロンドの髪をたなびかせて前に出たのはエイルだった。お手並み拝見といきたい。
■戦士と騎士と密会と
講義の後の休憩時間の喧騒の中、シュタアルは机で頬杖を突く。
結果論から言おう。エイルとヘリヤは、人前に出てパフォーマンスをするということに場慣れしている。
まあ、成績が良いから代表挨拶とかずっとやって来たんでしょうね!!
「まあ、エイルさんは5大元素系統の魔法全て扱えるのですね!それに女神の魔法も私たちに引けを取らないだなんて」
「はい、幼い頃から母に教わっていたので。資質も親譲りでお恥ずかしい限りですわ」
でしょうね!ぱっと見がまるで貴族の令嬢が如しですものね!!あらゆる生徒から囲まれるよね。
ぱっと見から田舎戦士の風体のシュタアルとは違う。
一方のヘリヤだが……こちらは、なんだか大人しそうな女子生徒に囲まれている。
「あの、お姉さま……と呼んでも?」
「私は女神教の信徒ではないからシスターにはなれないけれど、良いのかしら?」
「いえ、あの……そうではなく、凛々しくて……素敵です」
どういう世界観だろう?まあ、人気そうでうらやましい限りだ。
「二人とも、見た目もさることながら。魔法使いとしての実力が確かだからかな。生徒たちの興味を引いて仕方がないようだね」
気配を殺していたシュタアルの下にやって来たのは、アーデルと数名の聖騎士候補らしい聖都の者たちだった。
神職の候補生に比べると……まあちょっと見慣れた雰囲気がある。なんというか、ギルドとか酒場でよく見る雰囲気をちょっと上品にした感じだ。
「俺が、魔法使いとしてへっぽこってこと?」
「そんなことは言っていない。君はあのエイル女史を雷鱗のドレイクから救い、実力でヘリヤ女史を試合で下した。
わずかながら知っているよ、『小手先の技』がいかなるものか」
公開されていたヘリヤの試合はともかく、公表をしていないドレイク討伐に関しても情報を握っているらしい。
とはいえ―――
「……」
そんなに持ち上げられるとちょっと照れる。照れるけど、これは一体何だろう、この男の園みたいな状態は。
オイサーストと比較してもシュトラールの学校は、割合的に女生徒が多い。
神父よりシスターが多いのだろうか。よく分からないけれども。だというのに、アーデルは……優雅寄りだが他3名はやや屈強寄りで圧がある。
「シュタアル殿。これを……師からの伝言です」
「おや、義父上からか……さみしいね。僕から渡せないなんて」
「何これ?」
囲んできていた1名から書状を渡された。
「読んでください。所定の位置に来ていただきたいと。出来ればおひとりでお願いします」
ちなみにアーデルは正面の椅子に腰かけているが、他の3名は直立不動の姿勢。ちょっと怖い。
この差は何だろう?とアーデルを見ると。
「ああ、僕はオイサーストの学生も兼任しているから、所属はしているけれど騎士団からは一時的に解任されているんだよ。
本来は所属している騎士団の行動規範に従わなけれならないから」
「なるほど?いや、いいのか?」
「流石にオイサーストでこの状態は変だからね」
なんだかいろいろ事情はあるらしいので深くは追及しないことにした。
実はもっと流麗で優美な感じだと思っていたのだが、目の前で直立不動に並ぶ3名を見ると違うらしい。
ただ、酒場で日の高いうちからエールを飲んでいるフリーの戦士に比べると、礼儀は正しい。
「ちなみに、この書状は何で……いや……」
――『君だ、シュタアル。聖都シュトラールの学園側から来訪を指名されている』
どうやら、何故呼び出したのか。一端の理由は分かるのかもしれない。
✧ ✧ ✧ ✧
放課後、一通りの講義が終わった後に滞在設備へ案内された。
大陸魔法協会所持の建物がシュトラール内に存在している。
本来、男子寮と女子寮は完全に分離されるべきだが……そのために複数の宿泊施設を用意するということはなかった。
「ここがみんなの宿泊設備だよー。一人一室!
シュタアル君は2階の部屋、エイルちゃんとヘリヤちゃんは私と一緒に3階の部屋ね」
「まあ、そうだよね」
鍵を受け取りながらうなずくシュタアルに対し、二人の戦乙女はちょっと不満げな雰囲気を纏っていた。
「え、不満?」
不思議そうなカンネにエイルとヘリヤは口々に答える。
「……いえ、当然の配慮と理解しています」
「カンネ先生、ダブルベッドの部屋はありますか?私とシュタアルはそこにします」
「ヘリヤぁ!?」
とんでもない発言にシュタアルはむせ、ズキズキする肩口の咬み痕を抑えつつ叫んだ。
「しないよ!なんでだよ!」
「毎朝、耳元で囁くように起こしてあげる」
「自分で起きるからね!」
「わ、わ、私もやります!!」
「エイルは参加する前に止めて!?」
そんなやり取りを見たカンネは額に手を当てる。
と同時に水の紐が3人の間を縫うように入り込む。
「君たち未成年だから私の目の黒いうちは不順異性交遊ダメだよ」
「ですよね!」
「そういうのは18歳こえてから!来年から自己責任で自由にやって!」
「来年もまだ生徒だから、もっと守って!!」
ドタバタしたが、2階の一人部屋は死守できた。おかげで……二人に感づかれず外に出られそうだ。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタアル達と別れ、自身の寄宿舎に戻ったアーデルは玄関にたどり着いた瞬間に壁にもたれかかる。
日が落ちかけた夕暮れになってから、少しずつ兆候は出ていたのだが……
「ソラス……大丈夫……大丈夫……」
ソラスは心配そうにアーデルの回りを飛び回る。
「オイサーストでは随分大人しくしてくれていたんだけど……」
ありえない時間に急激に襲い掛かる眠気。これは合図だ。
「あまり、無茶をしないでくれよ……」
いつからだろう。ある日以降、アーデルを守るように行動してくれる存在がいる。
自身にも扱えない魔剣を持っている理由もそのためだ。
「ヴァルグ兄さん……」
その言葉と共に、アーデルの意識は闇に堕ちていく。
✧ ✧ ✧ ✧
魔力も一切使わず、気配を全力で殺しながら行動すると、割と魔法使いにはバレにくい。
バレるときはばれるけど……少なくとも、カンネ先生がエイルとヘリヤの夜中の突然の突撃を禁じたので、大人しく従ってくれると信じたい。
日も落ちかけたシュトラール。郊外にある記念公園には時間も時間なので人がいない。
指定された場所は公園の森の中。整備された場所とは言い難い足場。周囲の木々は身を隠し、足場にするには使える。
周囲の環境を確認するのはある種の性ではある。何せ防御態勢と退路の確保は常にしなければならない。
「お待たせしたかな?」
ざくざくと踏みしめながらシュタアルに近寄ってくる存在。
「いえ、今来たばかりです」
平静を装いつつも、この空間にある退路の場所を無意識に確認してしまう。何せ……
「初めましてだね、よろしく。私が聖母マグノリア側付き聖騎士長のフェリクスだ」
どう考えても格上だ。感じる戦闘能力は自分よりも父シュタルクや祖父アイゼンに近い。正面から勝てるイメージが湧かない。
「まずは……私は騎士を名乗っているが、戦士としての流儀に従おう」
「そんな流儀ないっすよ……」
フェリクスが背中から取り出した武骨でありながらも美しい剣。
「聖剣ノートゥング。行くぞ少年。少し付き合いたまえ」
「だぁ!もう、嫌な予感がしたんだよ!!レーヴァテイン!!」
聖剣を構える聖騎士フェリクスに、レーヴァテインを顕現させたシュタアルが迫る一撃を放った。
■聖母マグノリア
正面から迫りくる一撃。まるで、覚悟を試すような正直で正確な斬撃だ。
―― ギィィィン
金属の軋む音と共にレーヴァテインの刀身で受け、その側面をなぞらせるようなギリギリのラインを描かせて斬撃を逸らす。重い足が地面にめり込んだ。
だが、その剣が地面につく手前で斬撃を止まり、返す剣で横に一閃へと切り替わる。
「なっ!!」
初手の一撃の威力を考えるとこんな軌道変化は尋常な膂力ではできない。
剣が地面についた段階で足で押さえ、反撃に出るつもりだったシュタアルは左手に魔力を溜めつつ、慌てて横一閃をジャンプで躱した。
「見事だ。さすが、『鋼の英雄』をうたわれた子」
「何なのその二つ名!名乗った覚えないから!」
なんとなくシュタアルの癖に刺さる二つ名……故に自分では名乗りたくない。だって名前負けしたら恥ずかしいもの。
「防御と回避だけでは話にならないぞ」
「ですよね!」
掛け声とともにシュタアルは左手に溜めた魔力を開放する。攻撃魔法でも何でもない。
「これは!?」
局所的に強い光を放つ閃光魔法。それと共に手甲からワイヤーを出してフェリクスの背後にある樹木にフックをかける。
「ぐっ!!」
瞬間的に生じた隙にフェリクスの背後に飛び、低い姿勢から反転してその背後の斬撃を繰り出す。
だが、これはフェリクスも読んでいたのか聖剣ノートゥングを自身の背後に回してレーヴァテインの一撃を防いだ。
「甘いぞ、少年!」
「甘くない!――
そのままギリギリの至近距離に迫った状態からのゾルトラークを放つ。
シュタアルでも威力に極振りすれば、単純ダメージなら母の一撃に肉薄する。ただし、距離が持続しないが……それ故のゼロ距離射撃。
静寂だった公園の森に大きな炸裂音が鳴り響いた。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタアルが気付いた時には何故か星空が真正面に広がっていた。
「あれ?」
「ふむ。そうか、君はそういう戦い方をするのだな。筋がいい」
「え、どういう事?」
なぜ、自分が昏倒しているのか。
「聖剣と聖騎士の鎧というものは魔力を拡散する特性がある。
まあ、すべてを反射するほどのことは出来ないが……君も真正面から魔法を喰らって目を回したのだ。
今後は気を付けると良い」
聖騎士フェリクスはシュタアルに手を差し伸べる。起きるのを手伝ってくれるようだ。
とりあえずその手を取ってシュタアルは立ち上がった。
「俺、自分の魔法で目を回したの……」
愕然とした表情で反省するシュタアル。フェリクスはその様子に苦笑しながらシュタアルの頭に手を乗せた。
「これはフェアではなかったかもしれんな。これは聖騎士の装備の性能頼りの方法だ。戦場ならさておき決闘では使うべきではない」
「でも、負けは負けだし……」
「そうでもない、これらの装備はシュトラール近郊限定の効果だ。君の魔法は本来なら私の鎧を貫き、確かなダメージを与えていた」
快活に笑うフェリクスにシュタアルは安堵の息を漏らした。
どうやら、テストは終わったようだ。勝てたとは到底思えない何故ならフェリクスは聖騎士と呼ばれる所以である女神の魔法を使っていない。
剣技のみで対処したという事だ。
「……一応合格ですか?」
「ふむ。良いだろう。少し話しやすい場所に移動する故、少々遮蔽の魔法をかけた上で移動しよう」
そう言ったフェリクスは聖剣と鎧を魔法使いの杖の様に格納して武装を解除した。
✧ ✧ ✧ ✧
フェリクスには途中から目隠しを命じられた。どうやら……場所は教えられない場所だという事だそうだ。
送り迎えは確実にしてくれるという約束の元、それを受けた。
特殊な目隠しのようで、平衡感覚も狂うため、どういう移動をしているのかすら分からぬまま部屋に通された。
「ようこそ、若き鋼の英雄殿」
「俺は、ただの学生ですよ」
老婆に声をかけられて、背後にいたフェリクスが目隠しを外してくれた。
「こんばんは。私が聖母マグノリアです。お見知りおきを」
「……クレ地方のシュタアルです」
優しげな、老婆……の様に見える得体の知れない何か。目の前の人物がシュタアルにはそう見えた。
「俺を招致したのは、貴女……という事でいいですか?」
「そうですね」
「エイルと、ヘリヤの件で、脅しをかけてきたのは?」
本来礼儀を示す場ではあるのだろう。おそらくはこのシュトラールの重鎮。背後にいるフェリクスが首を垂れるような人物なのだ。
だが、シュタアルは女神教の正規の信徒ではない。母のフェルンは割と女神教の教えに殉じる人なのだが……だからと言ってだ。
(こればかりは、退けないぞ……絶対だ)
「それに関しては謝罪しよう。状況を収めるために、手段も選べなかった」
これにはフェリクスが答えてくれた。
「つまり、彼女たちに危害を加える気はない……約束していただけますか?」
「約束しよう。女神に誓って未来ある若人にどうこうする気はないよ」
マグノリアを見ると彼女も深くうなずいたのを確認した。どうやら……ブラフだったという事にいったんは安堵する。
「ただし、”私たちは”という但し書きが付きます」
「……どういうことですか?」
「聖都シュトラールは、現在の刹那的な平和の訪れに、一つの変化の兆しがあります。現状維持か……」
刹那的な平和か……勇者ヒンメルと魔王が戦った時代。父と母とフリーレンが戦った大魔族が各地で動いていた時代、そして……
(得体の知れない連中が水面下で動いている……平和な時代か……)
明確に危機が定義できない。だからこそ色んなことが動いている。魔族すら、人を魔物と混ぜる『
「魔族、他宗教、女神の教えに背く物への干渉、場合によっては攻撃を良しとする勢力が……少しずつ力をつけています」
それは、とても危険な話だ。ともすれば戦争を呼び起こすかもしれないほどに。だが――
「……それは、俺に、どうにかできる問題じゃないです」
「そうですね……どうにかするのは私の仕事です」
「じゃあ、何故俺たちを?」
結局、マグノリアの言いたいことが良く分からなくなり問い返す。
「私たちにとって、政敵をどうにかする上で一つのアキレス腱があります。
冷酷に切り捨てられれば良かったのですけれど……フェリクスちゃんがどうしても嫌だっていうから……」
「母上!!」
「!?」
いま、マグノリアの口調が妙だったのと、背後の聖騎士フェリクスがとんでもない事を口走った気がした。
「シュタアル君。君は、天性ゆえに孤独だった少女の孤独を救い、その身に神竜を宿す少女の運命を救い、そして、ゆがみ軋みかけていた二人の戦乙女の想いを救い……いえ、一女性としてみたら本当に心を救ったかというと微妙ですけれど」
「あの、何の話で、どういう意味です?」
「特異点となる様な人の心を、誰に言われるでもなく、運命に誘われるように救っているという話です」
何か微妙に含みのある言い方をされたが……そこまで言われるとティアやルーエとエイルとヘリヤの事と理解するが。
なんだか話が盛られている気がする。特異点とは何なのか。
「つまり?」
「簡単な話です。その調子で、アーデルちゃんともお友達になってあげて欲しいのです」
話だけ聞けば脱力するような感じはするけれど……退避に出された名前と聖騎士アーデルという立場と『魔剣ダインスレイヴ』の話全部合わせると
「お友達になれば終わる話なんですか……?」
「ふふふ、勘のいい子は好きよ」
気のせいか、聖母マグノリアの顔が……最初あったときには本当に皺皺の老婆だったはずなのに……
気が付けば、妖艶な魔女のような風体にも見える。謎の幻覚でも見たのかと思って首を振ってマグノリアに再度視線を向けると――
「あの子は、誰かの傀儡で世界から消費されていい子ではない。これは聖母や聖騎士の立場で考えるべきではない依怙贔屓かもしれない。
だけど、それでも救いたい。そんな親心からの依頼。受けてくれるかしら?」
「俺に……どんなメリットがあるんですか?」
もちろん、『いい奴』を見捨てたい訳ではない。だが、シュタアルに無条件に受け入れられるほどの力も余裕もあるわけではない。
他者からの依頼には見返りが必要だ。
「―― 貴方は、太古の神獣に呪われた家族を救うために知識を必要としているそうですね」
「……それが何か?」
突然触れられた確信にシュタアルの鼓動が跳ね上がる。マグノリアはその微かな変化を読み取ったのか口角を上げて笑う。
およそ優し気な聖母には似合わない笑い方だ。
「聖都には、別の神獣の遺骸が古くから封印されています。あるいは……役に立つ文献があるかもしれません。その閲覧権を差し上げると言ったら?」
「……失礼を承知で、意見を申しても?」
「許可します」
シュタアルは大きくため息を吐いてから、前髪をガシガシと掻いた。
「性格の悪いクソババアめ、受けてやるよ、その依頼!」
結局のところ、逃げ道などなかったのだ。相当な失言で下手をすると剣を抜かれる可能性もあると思ったのだが……背後のフェリクスは爆笑をこらえている様子だった。
「お願いしますね、クレ地方の可愛くないクソガキ」
どうにも、トップに立つ人間という人種は一筋縄ではいかないらしい。
■魔剣を振るう狼
話の決着がついた後、マグノリアの部屋から再度目隠しをして、集合場所となった公園まで連れてきてもらった。
そこからうまく家に帰るしかない……果たしてバレずに帰宅できるのか。
『アーデルは……二つの問題を抱えています。そして、それを利用して、シュトラールを割り、混乱を呼ぼうとしている者がいる』
『私たちはその双方を何とかしたい。君には、アーデルを止めて欲しい』
と、言われてもどうすればいいのか。
言われた二つの問題を解決する方法もさっぱり分からないが……
『私たちが典型的な解法を述べたところできっと意味はない。なんせ解決できていないのだから。シュタアル君。だから劇薬の君に期待している』
意味が分からない。劇薬とは何なのか。
と、全然意味が分からない状況にうんうんと悩みながら宿泊施設へと帰宅する途中だった。
「や、やめろ!!ごふっ、がぁぁぁぁっ!!」
―― 悲鳴のような叫び声が聞こえた
見て見ぬふりをして帰る……のが正解なのだとしても、心の警戒音は鳴り続ける。このまま帰って寝られるわけもない。
レーヴァテインを顕現させ、建物の屋上に飛び乗り、声のした方向へ飛び出した。
✧ ✧ ✧ ✧
「おい、大丈夫か……!?」
人通りのない、裏路地の奥。
血まみれで倒れていたのは女神教の神父だった。司祭らしきローブを着ている。
自身で回復魔法を使えなかった理由は……
「喉をやられたのか……」
おそらく呼吸すらままならず、出血で既に事切れている。駆け付けるのが遅すぎた。
もちろん、生きていたとしても回復ができるのかというと難しいとは思う。
不自然なほどに鋭利な、迷いのない一閃。まるで外科手術でも行ったかのような正確な一撃だ。
辺りには、月夜の熱を奪うような、妙に冷たく白い霧が薄っすらと漂っていた。
いずれにしろ、この人物が誰なのか分からない。警備兵を呼んで知らせるべきだろう。
犯人疑惑をかけられたらそれこそややこしい事態になる。
「これをやった奴は……どこかに潜伏しているのか」
意識を集中して、魔力の痕跡をたどれば何か見つけられる。そう思った瞬間――
漂っていた霧が、夜風もないのに不自然に渦巻いた。
「―― そんなことをしても、多分見つからねぇぞ」
少々聞き覚えのある声色で、聞いたことのない粗暴な声がかけられた。
「誰だ……」
「誰だと思う?」
黒髪の青年が、異様に強い魔力を纏った黒い剣を持っていた。
そんな人物が、月を背に建物の上で屈んで此方を眺めている。
(どうして、気が付かなかった……)
―― シュタアル。気を付けろ。魔剣ダインスレイヴだ
「お前が……やったのか?」
「どう思う?ちなみに、そいつは……俺が嫌いな奴だ。ざまねぇな。それより」
シュタアルは、黒髪の青年を正面にとらえ、レーヴァテインを片手にいつでも動けるように半身で構える。
黒髪の青年は、シュタアルの様子を見て満足そうに笑う。
――『アーデルの二つの問題』
「お前、強ぇな……かなり強ぇ……」
――『一つは、彼は解離性同一性障害……要するに過去のトラウマが原因の二重人格だ』
長剣、というより刀身の大きな大剣に近いそれを肩に構えた青年は、舌なめずりをした。
――『もう一つは……その事件が発生した時に強力な魔剣と契約してしまった』
「いい夜だ。俺を満足させてくれよ」
――『そして、この二つは強く連動している。どちらかが解決すれば……あるいは』
「そうだ、戦いの前には名乗るべきだな。俺はヴァルグ」
「ヴァルグ?」
聞き覚えのない名前にシュタアルは眉をひそめて聞き返す。
「そうだ。魔剣士ヴァルグ。そんな感じにしておこう」
この、司祭を男をおそったのか、それとも別の犯人がいるのか……現状ではわかり様もないが。
「クレ地方の……シュタアルだ」
「シュタアル……お前がそうか!そうか!じゃあ、やろうぜ!!」
その言葉を皮切りに、魔剣士ヴァルグと名乗った青年は、聖都の夜にシュタアルへと襲い掛かってきた。
~ to be continued ~