葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ あらすじ
中央諸国に存在する女神教会の総本山である聖都シュトラール。
才覚のあるものにしか使えない女神の魔法を行使する神官や僧侶を数多く内包する古き都市。
シュタルクとフェルンの長子のシュタアルはオイサーストに編入早々、短期の留学生としてシュトラールを訪れることになった。
そして、彼はその原因を作ったと思しき人物と出会うことになった。
聖母マグノリア。寝たきりの老人でありながら、シュトラールでも絶大な権限を持つ人物。
「簡単な話です。その調子で、アーデルちゃんともお友達になってあげて欲しいのです」
そんな人物から依頼されたのは、一人の聖騎士見習いの救済。
「性格の悪いクソババアめ、受けてやるよ、その依頼!」
「お願いしますね、クレ地方の可愛くないクソガキ」
そして、シュタアルはこの地でなす事を決めたのだった。
■ 独自キャラクター
葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルクといった原作基準以外のキャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に埋め込まれている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- アーデル(Adel): 聖都シュトラールから来た留学生。聖騎士見習いという形で女神の魔法と剣技を修めている青年。整った顔立ちと落ち着いた紳士的な態度から学内でも女生徒から絶大な人気を誇るイケメンだが……魔剣ダインスレイヴの所持者と言われる。
- マグノリア(Magnolia): 聖都の女神教会の聖母である年老いた女性……のフリをしたハーフエルフの女性。見た目上の年齢を偽装する魔法を使って何度も女神教の神官としてやり直し、その都度に聖母の地位に登り、政(まつりごと)を行って来た存在。
- フェリクス(Felix): マグノリアを母と呼び、シュトラールに近年設営された聖騎士団の現団長。アーデルの養父でもある。やや奔放なマグノリアの行動のフォローをする人物。
- ヒルデ(Hildr): シュトラールの高等学園の教師。そして、アーデルをフェリクスの政敵の下に配属させた人物。シュタアルをみて「シグルド」と呼んだ。
■ある日ある村の惨劇
―― 強くなりたい。
「何故だ、こんな子供が……」
「死ね! お前のせいで母さんが死んだ! 」
剣を振りかざし襲い掛かってくる村の神父。ナイフで応戦する黒髪の少年ヴァルグはどう考えても勝てるわけがないはずだった
―― 強くなれば……失わずに済む。だから強くなりたい。
だが、ヴァルグは天賦の才なのか、野性の勘なのか……その悉くを避け、神父の脚や腕に確実にダメージを与えている。
「うぐ……このっ!大人しく、魂を捧げろ……お前らにどれほどの……」
「ふざけんな!何が器だ!関係ねえ!俺は、アーデルと一緒に、母さんの分まで!生きる!!」
―― 強ければ、兄にこんなことをさせずに済んだのかもしれない。
兄のナイフを太ももに刺され、神父は片膝をついた。
だが神父は足を刺したヴァルグを剣で斬ろうとする。
「死ねぇぇぇ」
「死んでたまるか!!」
身を反転してヴァルグは剣を掴んだ神父の腕を蹴り上げる。
その反動で神父は剣を手放してそれを背後に落としてしまった。
「がぁ……このぉ!!」
そう言ってお互いの首を掴みあう。
「兄さん!!」
「アー……デル……まって……ろ。こいつを終わらせて……一緒に……生きよう!!」
神父の力が抜けていき、徐々にヴァルグに押される。年端もいかない少年であるヴァルグにどこからそんな力が出てくるのか。
だが、アーデルには……それがいい事とは思えない。
「兄さん、もういい……!! もういいよ! 逃げよう!!」
「まだ……だ……、こいつらは……ここで。俺たちの平穏のためには……!」
―― 力があれば……
「やめてよ、兄さん……怖いよ……」
―― 兄に、そんな顔をさせることもなく
抵抗していた神父が白目をむき、ヴァルグの首から手を離す。
「死ねぇぇぇ」
―― 平和に過ごすだけの権利が……
「そこまでだ少年。もう勝負はついた。お前が血に濡れる必要はない」
そんな声と共にアーデルの目のまえに現れ、兄ヴァルグの手を取ったのは――
「私は、女神教会の聖騎士フェリクスだ。教会の騎士団の思惑がどうあれ、お前達のような存在を救うためにここに来た」
―― だから。アーデルは強くなりたいと思うのだ。
✧ ✧ ✧ ✧
中央諸国 聖都シュトラール
その夜、男の悲鳴を聞いたシュタアルが駆け付けた先で目撃したのは一人の神父の死体。
その服装からそれなりの高位の司祭だと読み取れる。
「これをやった奴は……どこかに潜伏しているのか」
意識を集中して、魔力の痕跡をたどれば何か見つけられる。そう思った瞬間――
漂っていた霧が、夜風もないのに不自然に渦巻いた。
「―― そんなことをしても、多分見つからねぇぞ」
少々聞き覚えのある声色で、聞いたことのない粗暴な声がかけられた。
「誰だ……」
「誰だと思う?」
黒髪の青年。目元はよく見えない。だが、笑っているのは分かる。
「お前が……やったのか?」
「どう思う?ちなみに、そいつは……俺が嫌いな奴だ。ざまぁねぇな。それより、お前かなり強ぇな」
黒い、身の丈からすると大きな剣を持つ存在と出会った。
―― 『その調子で、アーデルちゃんともお友達になってあげて欲しいのです』
何故だか、先ほど聖母マグノリアから掛けられた言葉が頭をよぎる。
「いい夜だ。俺を満足させてくれよ。そうだ、戦いの前には名乗るべきだな。俺はヴァルグ」
「ヴァルグ?」
黒髪の青年は、少し悩むようなポーズをしてから悪戯を思いついた子供の様に笑う。
「そうだ。魔剣士ヴァルグ。そんな感じにしておこう」
魔剣士……と言われると魔法を使う剣士だという意味だろうか?それとも……
―― シュタアル。気を付けろ。魔剣ダインスレイヴだ。
魔剣を操るのか、魔剣に魅入られた剣士という事なのだろうか?
「クレ地方の……シュタアルだ」
「シュタアル……お前がそうか!そうか!じゃあ、やろうぜ!!」
そうして魔剣士ヴァルグは背後に輝く満月と共にシュタアルへと襲い掛かって来た。
■月夜と聖都の死闘
相手の獲物は巨大な剣、いわゆる大剣。レーヴァテインは大剣ではなく片刃のロングソード、いわゆるバランス型。
どちらが有利などはない。戦い方のスタンスの問題だ。手の膂力がこちらの想定を上回れば、一方的に押し込まれ、切り込まれる。
逆にその剣戟の威力とスピードが足りなければこちらのペースに持ち込める。
「見せろよ鋼のぉ!!」
ヴァルグと名乗ったその男の攻撃はまるで蛮族の戦闘そのもの――
「ッッ!!」
―― ギィン ―― という金属の衝突音が闇夜に響く。
剣同士のぶつかる音と共に分かったことがある。想像より鋭い。正しい剣技の理屈に基づいている。
野良戦士のなせる一撃ではない。剣の重さ、スピード、体裁きを計算に入れた鋭い一撃だ。蛮族のようで騎士のような剣戟。
「オラ!オラ!オラ! どうした口だけか。鋼の英雄!!」
「だから……名乗ってねぇ!!」
一瞬訪れた甘い一撃、それを見つけてレーヴァテインを使って大きく弾く。
体勢を整える隙を与える前に、シュタアルは体を反転させて蹴りを放ち追撃する。
「ははっ!いい反応だ!」
絶対に当たると思ったが、ダインスレイヴの柄で受け止められていた。
「やっぱ強いな、一撃も当てれるイメージが湧かねぇ。あまつさえ反撃してきやがる」
「何なんだお前!あの神父はお前がやったのか?」
「どうだろうなぁ……俺がやったんだとするならお前はもっと強くなるのか?」
戦闘狂。直近で言えばヘリヤがそれに近いと思っていたがそうではない。
もっと危険なものだと本能が理解する。
命の所在すら問わない剣戟。
(魔剣ダインスレイヴってのはそれぐらいあぶねぇのか?)
レーヴァテインが全力で警戒し、心の声が呼びかけてきた魔剣。それを振るう魔剣士と名乗る青年。
腕や肩についた小さな傷を大怪我になる前に自身の治癒魔法で解決しようとするが……
「……ッッ!?」
「あーん?女神の魔法の治癒術か?そんなもの効かねぇぞ。こいつの周りで付いた傷は女神だろうが何だろうが関与不可能だ」
魔法は発動したが、治癒が一切体に作用しない。
「お前、何なんだ!?」
「言っただろ。魔剣士ヴァルグだ」
「知らねーよ!そもそも魔剣士って何だ!?」
シュタアルの疑問に突然止まったヴァルグ。考える仕草の後ににやりと笑う。
「こう言う奴だよ!」
ヴァルグは再び黒い大剣を振りかぶり斬りかかってくる。そして――
「―― 女神の四宝刀 ――」
その詠唱と共に、彼の背後に魔力を感じた。しかし、抑え気味なのか肉眼ではよく見えない。
聞いたことのない魔法の分析でシュタアルの反応がワンテンポ遅れた。
斬りかかってきたヴァルグの攻撃。先の連撃からそれほど変わらないように見えるそれを、レーヴァテインで弾く。
「喰らうか!」
何せ傷がつくと回復がままならないらしい。
「――甘いな」
―― 気を付けろ。まだ来る!!
脳裏に響く、危機を告げる誰かの声。
『ザンッ!!』という音と共に弾いたはずの斬撃が、シュタアルの肩口を切り裂いた。
深い傷ではない。だが、明らかに斬りかかられた痛撃と、目に見えた血が飛び散ったのを感じた。
「ぐっ!!」
「ちょっと弾くぐらいじゃ防げねぇぞ」
斬りかかられた肩口。あふれ出た血を冷静に観察しつつ、ダメ元で回復魔法をかけてみると――
(回復できる……?)
表情を変えずにバックステップで距離を取り状況を観察する。ダインスレイヴの攻撃は防いだ。
剣の近くでついた傷は回復不能と言っていたが……おそらく違う。
(手元の剣を弾いた。なのに肩を切られた……魔法が独立して動いている?
剣と魔法剣、二方向を同時に見ないといけないのか)
「冷静じゃねぇか」
ダインスレイヴとは異なる斬撃を生み出したのが『女神の四宝刀』と呼ばれた魔法。シュタアルはそう分析した。
「どうだろうな……」
「次行くぞ、簡単に死ぬなよぉ!!」
ヴァルグの斬撃。続く斬撃を見極めるため、剣の初撃は紙一重で回避した。次の瞬間
―― ガガガガッ!
直感だけで剣ではじいて回避したのは不可視の4連撃。
「なんだ!?」
「甘ぇぞ、鋼の!」
防御姿勢の状態で追撃を防いだ後、シュタアルが感じたのは首を掴まれた感覚。
「うごぁっ……」
「捕まえたぜぇ……」
そのまますさまじい力で背後の壁にたたきつけられ一瞬気を失いかける。
ありえない力に、土壁は砕けシュタアルの身体がめり込んだ。
「があああっ!!」
「捕まえた後に何もせずに離れてもらえるなんて舐めたこと考えてねえよな。実力で抜けだして見せろ!!」
すさまじい力で押さえつけられた状態で抵抗が難しい。ヴァルグはシュタアルを壁に押し付けたまま走り出す。
「オラオラオラッッ!!すり減って挽肉になるぞ!」
「がっ……ああああああああぁ……」
ガガガッ!と岩を砕くような音が響く。顔を壁に叩きつけられ、認識があいまいだが、壁にめり込んだ状態で横走りで引き摺られているのだ。
とっさに壁と自身の間に防御魔法を展開していたが、ダメージが尋常ではない。気を抜けば意識が飛んでしまう。
―― 負けてしまう!!
「どうしたぁ!?鋼のぉ……俺を楽しませろ」
――だが……どうしても
――『簡単な話です。その調子で、アーデルちゃんともお友達になってあげて欲しいのです』
折れたくない心がある――
「ざ…っ……」
「あぁん!?」
壁にめり込ませすぎたのか、立ち止まったヴァルグは不思議そうな顔でシュタアルを覗き込む。
「ざっ――けんなぁ!! ――
ヴァルグの腕を押しのけてゼロ距離の魔法で襲いかかる。その行動に出た瞬間を見たヴァルグの瞳は歓喜の色に染まっていた。
「やっぱりそうじゃねぇとな、鋼の英雄!?」
魔法を込めたシュタアルの右手に、ダインスレイヴを叩きつけようとしたその瞬間――
「――
鈴の音のように透き通る声が耳に届く。
シュタアルの攻撃魔法とヴァルグの一撃がぶつかる刹那、視界に入ったのは魔力で編まれた純白の羽根だった。
■混戦の戦乙女
少し時間は遡る。
「「いない……」」
『カンネ先生が見張っている中で部屋に乗り込んでくることはないだろう』と言いながら、一人宿舎を飛び出したシュタアル。
当然二人の乙女が黙って待っているはずもなく。
各々に状況を察知していた。
シュタアルの部屋にこっそり忍ばせた羽根のレスポンスを見たエイルと、彼の上着に生体反応探索魔法を仕掛けていたヘリヤ。
「シュタアル……どうして。初日からそういうことするの……?」
「へぇ……私たちに黙ってそういう行動に出るんだ……」
時を同じくして二人の乙女は窓を開けて同時に飛び出す。
「ヘリヤっ!?どうして」
「ふーん。エイルちゃん、こんな夜中に悪いんだー」
だが、お互い理解してしまう。別の方法で感知した。これは確実に黒である。
『あの
二人は視線を合わせることなく突き進む。
「―― 彼の者の魂を辿る白の羽根 ――」
「へぇ……便利ぃ~」
エイルの出した羽根は、確信を持ったかのように先へと飛び始める。
✧ ✧ ✧ ✧
ヘリヤの正面に見えるシュタアルの方向に向かってゆらゆらと飛ぶ白い羽根。
人の心理の深層のイメージを基にする魔法も大概だが、女神の魔法も無茶苦茶である。
そもそもエイルの魔法とは女神の魔法なのだろうか?本人も無意識なままに発動する魂の根源に触れる魔法。
「あの羽根って何?」
「分かりません――とっさに……出ました」
「へぇー。とっさに、ね……」
無意識とは恐ろしいものである。ヘリヤの正面を駆けるエイルは、10歳そこいらで単独の
あの日、命を失う寸前だったシュタアルはそれで救われている。無論、その反動は今も彼女の心に深い傷を残している。
二人ともその事実を知ることすらできない。
(思い出すことも許されない『縁』ね……結局魔法って何なんだろ?)
手足の如く身近にあるそれは、当たり前のように使える概念であり、誰もその最奥の真理にたどり着けない。
「シュタアルのところに行くってことね。エイルの執念で」
「……知らない」
ぷくーっと膨れた顔のまま走っている理由は、推して知るべし。
ヘリヤ的にも言いたいことはいろいろあるが
「理由はとっ捕まえてから聞きましょう」
まずは、容疑者確保である。
だが……気配が近づくにつれて血の匂いが濃くなる。それはヘリヤにも理解できた。
✧ ✧ ✧ ✧
『魔法に名前を付けてやるといい。名前とはイメージを直結させる概念だ』
これは父ゲナウの言葉。
『エイルの想いを言葉に乗せるの。伝わらなくてもエイルの中に確かにあるならそれは花開く』
そしてこれは、母メトーデの言葉。
要するに、魔法には名前が必要だという事だ。
体系立った概念のない『白翼の魔法』も、名前を得ることでエイルの生み出した体系立った魔法となる。 ―― そう聞いた。
眼下に映ったのは、追いつめられたシュタアルと知らない黒髪の青年、そして……知らない男の死体。
また、妙なことになっている。どうして、留学して1日でこんなことになるのか?
(私が居なかったらどうするつもりだったの!?)
ふつふつとした怒りが沸き立ち、ふいに声に出して叫んでいた。
「――
展開されたエイルの白翼の魔法。翼から降り注ぐ純縛の羽根は二人の戦士を包み込む。
エイルの魔力の込められたそれらは、二人の剣士の攻撃の理力を無効化する。
「ああぁ!?何だこいつは!」
エイルの羽根は物理攻撃に干渉しない。相手の害意、意思、意図、そして攻撃の意味を根こそぎ奪い去る。それと同時に ――
―― 『兄さん!! 嫌だ、死なないで!! 嫌だ!!一人にしないで!!』
「うくっ……!」
どうしても、害意の根底にある思念のフィードバックを受けてしまう。
「エ……イル?どうして」
「くそっ、横やりか」
ヴァルグがシュタアルを手放し、後ろに飛び退く。その着地の瞬間を狙ったようなタイミングで。
――「そう、横やり。返してよ。それ、私のなんだけど」
その言葉と同時に、ヴァルグを斬撃の魔法が襲う。
「ぐ、お、お、お、お、おおおおおお、くあ!!」
ヘリヤの放った魔法をダインスレイヴで受けたヴァルグは、力を込めて剣の振りと共に魔法を霧散させた。
「へえ……すごい。そんな防ぎ方あるんだ。魔剣ってやつ?」
ヘリヤに瞳を向けたヴァルグはにやりと笑う。
「――行けよ」
彼女に向けて手をかざしたヴァルグが、そう一言漏らした瞬間、彼の背後から微かな魔力光と風を斬る様な音が響いた。
✧ ✧ ✧ ✧
――『俺が行けばいいだけだよな』
この編入。裏があることもわかって来たのに、来たのは何故だっけ?
ヴァルグに掴まれていた状態から解放され、血を含んだ咳を吐き出しながらシュタアルは思考する。
マグノリアが、姉弟子ルーエを呪いから解放する手掛かりを提示してくれるかもしれない……
その為に、アーデルが置かれている状況を何とかしなければならない。
目の前に死んだ司祭が転がり、魔剣を持ったヴァルグが暴れている。
どれも捨て置けないけど……でもここに来た理由は……
――『体のいい脅迫だ。何の関係もない。乗るべきではない。だが、私は君に願うしかない』
そう、約束したのだ。目の前でシュタアルを助けるために介入してくれた二人の乙女。
エイルとヘリヤ。彼女たちの平穏を脅かすかもしれない危険から、自分の出来る方法で守ると。
「――行けよ」
そう、呪文の様に唱えたヴァルグの言葉はただのつぶやきではない。
意志と魔力がこもっている。彼の背中に刃の様な魔力光が見えた。
―― シュタアル。危険だ。あの少女はおそらく避けられない
分かっている。
―― 僅かながらだが……力を貸そう。走れ。全力で。君なら救える……!!
分かってる。
「ヘリヤ!魔法よ、躱して!」
状況を察したエイルが叫び、羽根で彼女を守ろうと白翼の魔法を飛ばそうとする。
だが、それじゃ間に合わない―― 戦士としての直感が告げている。
ヴァルグの背から飛んだ不可視の刃は今にもヘリヤの正面へと迫るのが見えた。
「――ッッ!?」
「さ………せるかぁぁぁぁぁぁ」
何かが体を持ち上げてくれる感覚を覚えた。脚に自然と力が流れ込む。ならば――走ることが出来る。
■人工精霊の光
何かが――、正面から迫る。それは鋭く。切り裂くような気配を感じる。
昔、母のユーベルの訓練で受けた寸止めの『
だがこれは実戦だ。おそらく切り裂かれるだろう。
(顔、怪我したら、シュタアル怒るかな?泣くかな?そんな顔でも……可愛いって言ってくれるかな?)
切り裂かれる事で受ける痛みより、そんなことの方が気になった。
(ダメだ……これは、喰らう……)
覚悟を決めて瞳を閉じた瞬間 ―― ガァンッ―― という硬質な刃物が乱暴にぶつかる音が目の前で響いた。
同時に力強く熱い何かが彼女の肩を掴み……抱き寄せられたことに気付く。
「へぇ……やるじゃねぇか」
遠くで、体勢を立て直しているヴァルグが笑っているのが見える。
「な……に……?」
「ヘリヤッ!!怪我はないか!?」
「シュタ……アル……!?」
いつも、からかうとふにゃふにゃと表情を緩めるシュタアルが、あまりに真剣な表情を見せつけてくる。
その衝撃にヘリヤは目が離す事が出来ない。
「馬鹿野郎、戦士職に魔法使いが真正面から突っ込むな!」
「え……あ、うん。ごめん……」
咄嗟の事でいつもの様に上手く返す事も出来ない。
ヘリヤを抱えていた腕をするっと離したシュタアルは、ヴァルグに向かって構えなおした。
このままヘリヤを抱えて戦う事は出来ない。そんな当たり前の事を理解しつつも、離れてしまった温もりを残念に思ってしまう。
「……だけど。ありがとう。ヘリヤもエイルも。助けに来てくれたんだよな。本当に危なかったから……助かった」
なんだか、言いづらそうにしているのは、彼特有のプライドと照れによるものだろう。
後ろから飛びつきたくなるが、今は……怒るだろうなと思ってヘリヤは伸ばしそうになった手を引いて収めた。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタアルの隣に降り立ち翼を広げるエイル。
体勢を立て直して、鎌のような杖を構えなおしたヘリヤ。
そして、身体の各所から血を流しながらも、その瞳は全く死んでいないシュタアル。
「面白れぇなぁ」
くつくつと笑いながら現状を分析する様子で笑うヴァルグ。
「こっちは、情報が不足しているんだ。大人しく洗いざらい話してくれると助かるんだけどな」
「……それは私達がシュタアルに言いたいのだけれど」
「うぐ……」
隣から、ため息をついたエイルの声が聞こえてちょっと姿勢を崩す。
そう言われると確かに二人には何も説明していない。
「まあ、ちょっと……落ち着いてもらえますか?きっと、話せばわかる……」
「洗いざらい話してくれるんですか?」
何故こんな状況で、浮気の言い訳みたいなことをしているんだろう。凄く真剣なのに……
「力づくで……吐かせてみろよ」
対するヴァルグは大剣を肩に乗せて半身で構える。近寄れば叩き切る。纏う気配はそう訴えている。
そして、彼の背後には女神の四宝刀の刃が浮かぶ。魔力を注ぎ込んだのか、わずかながらに光が見える。
魔力で形成された刃はダガーより少し大きいサイズに見える。
だが、大きさは注ぎ込んだ魔力量に依存する可能性もある。過信は出来ない。
「エイル、ヘリヤ、フォローは任せるけど……慎重に頼む。俺が前に出るから」
声もなく、頷く気配を感じた。少し安堵する。
一流の前衛職は、真正面から魔法で防御する――そんな理屈が通じない速度で斬りかかるのだ。
相手を捕らえ、魔法を発動し、作用する。魔法使いのその一瞬のプロセスの間に、戦士は相手を両断するに足りる。
――戦士の領域
ありとあらゆる戦士がそこに至るわけではないが、目の前のヴァルグは危険だ。強い。
「こいよ」
「3対1だぞ」
「単に逃げても、そっちの女は……トレースするだろ。女神の魔法の気配を感じる」
思ったより、冷静で強かな様子にシュタアルは苦笑する。
「じゃあひっ捕らえさせてもらうぞ!」
姿勢を低く、シュタアルはその場から消えるかのような速度で駆けだした。
✧ ✧ ✧ ✧
「はぁあ!!」
「うらぁぁぁ!」
ぶつかり合うダインスレイヴとレーヴァテイン。剣戟の音と共に、軋むような感覚をレーヴァテインから感じる。
(魔剣ってのは……剣にもダメージを?)
打ち合うたびに剣が悲鳴を上げている。何故かそんな風に感じる。
躊躇った刹那に背後にあった魔法の剣がシュタアルに襲いいかかってくる。その1撃目を紙一重で回避した瞬間。
「甘いな」
ヴァルグの斬撃と残り3本が同時に襲い掛かってくる。
「甘いのは貴方です!」
3本の魔法の刃に白い羽根が降り立ち相殺されて霧散する。そして――
「さっきはありがとぉ!これはお礼よ。お釣りはいらない」
シュタアルの背後から右に出たヘリヤの魔法がヴァルグへと放たれる。
「クソがっ!」
流石に、それにはヴァルグも魔剣を構えなおして防御姿勢へと転じた。
―― 二人が作り出した隙、見逃すわけがない。
「ヴァルグ!いったん倒れてもらうぞ!」
一刀両断する訳にも行かず、レーヴァテインに防御障壁を纏わせながら斬りかかる。
下方から腹部を伝い、体の自由を奪う形で終わらせるように一撃を放とうとした瞬間。
「――!!」
ヴァルグの腰にあったカバンから光る何かが飛び出した。
✧ ✧ ✧ ✧
「―――うあぁ!!」
訳が分からない閃光と共に視界を奪われた。とっさの事で防御姿勢を取り、後ろに飛ぶしかなかった。
ヘリヤとエイルも緊急で上空へと退避したようだ。
視界だけじゃなく、気配も分からない。消えたというより、目の前のもやもやの存在が強すぎて正確に認知ができないのだ。
「くっ……やられました。ジャミングです。トレースも切られたようです」
エイルが口惜し気にシュタアルのとなりに降り立つ。
ようやく戻って来た視界でとらえた正面には誰もいない。3対1になった時点でこれを狙っていたのか。
「いまのは……」
見覚えがある……というより一つしか心当たりがない。
―― 人工精霊……
「アーデル。なんでだよ……」
小さくつぶやいたシュタアルにエイルが駆け寄り体の各所を確認し始める。
「シュタアル!どうして?こんなに傷だらけで……呪い?もぉ……私が居なかったらどうするつもりだったの?」
「え、あ、うん。なんか……ごめん」
「謝るなら勝手に無茶しないで!」
眉を寄せて苦情を言いつつもエイルは背中の羽根でシュタアルの周囲を包む。
「何これ?」
「黙ってて……」
周囲から落ちてくる羽根はシュタアルに当たっては、黒ずみ消滅する。
「呪いね。あの剣なに?ものすごい執念?みたいなものを感じたわ」
同じく上空から降りてきたヘリヤがこちらにやってくる。
「ダインスレイヴって言ってた」
「あいつが?」
「いや、あれ?誰だっけ?」
何故か知っていた剣の名前。魔剣ダインスレイヴ。なぜ自分はそれを知っていたのだろう?
誰かがそう教えてくれたのだが、誰なのかが分からない。
たしか、ヘリヤが危なかった時にも何か――
「シュタアル、こっちを見て!」
「ふげっ」
顔を掴まれ、ぐきっと曲げられた。正面にはきめ細やかなブロンドの髪と心配そうなエイルの顔。
「また……傷だらけで」
彼女の手から暖かい何かが流れ込んでくるのは治癒の魔法であろう。
シュタアルの使えるそれとはレベルの違う精度の魔法はみるみるシュタアルの傷を回復していく。
「呪いで回復も出来なくしているなんて」
「えっと……ありがとうエイル」
「私のいないところで戦わないで……」
顔を掴まれた状態で、うるんだ瞳で、上目遣いで、そんなこと言われると。
思考力を根こそぎ奪われ、思わず了承したくなってしまう。が、肩口の咬み痕はピリピリ痛むので思わず我に返る。
「――可能な範囲で、善処し、気を付けます」
「……本当に善処するつもりある?」
「前向きな気持ちで、心がけます」
シュタアルの言葉にため息をついたエイルは「もういい……」と呟いて治癒を終えたらしい。
諦めたというより、こっちを睨む瞳はアプローチを変更するという意思を感じる。
「で、シュタアルぅ~?」
瞬間、首筋に妙な感覚を覚える。殺気は感じないのに『捕食される』という感覚が全身を襲った。
「なんでしょう……ヘリヤさん……」
「まず、夜中街中で、どうして命懸けバトルしてたの? あと、あの死んでるおっさん誰?」
「説明してシュタアル。どうして私たちに何も言わなかったの? どうして一人で出て行っちゃったの?」
二人の少女がじりじりと寄ってくる。
「あの……これは違うんだ。話せばわかると思う」
「じゃあ、話して」
「……はい」
守ろうとした二人に、助けられ、正座をさせられる。
(クレ地方で待っている父さん。母さんにこうして責められたとき、父さんはどうしていましたか?)
ほろりと涙を流しながら思い起こしてみると。母フェルンの正面で正座して言い訳している父シュタルクの背中しか思い出せなかった。
■衛兵と非行少年と先生の苦労
所変わり、宿泊施設のロビー。怒っているといった表情で腰に手を当てているのは、オイサースト高等魔法学校から監督役でやってきたカンネ教師。
「本当に、どうしてこうなったの?」
「すいませんでした」
結局また正座のシュタアル。どのタイミングで土下座をするのが最も効果的なのか。
そんなことを考えていそうな背中は背後にいるエイルとヘリヤからも良く感じる。
ちなみに、二人も正座状態である。何せ勝手に部屋を飛び出たという意味では同罪である。
ヴァルグの逃亡。その後、とんでもなくいろいろあった。
✧ ✧ ✧ ✧
数時間前の話。
これだけの騒ぎ、気付かれない訳もなく。駆け付けた衛兵につかまったのだ。
逃亡すると、もっと大変なことになる。というか、殺人犯にされかねない。
大人しく捕縛され『殺人現場の重要参考人』という形で……カンネ教師が呼び出された。
「うちの子達はそんなことしません!!」
うがー!と衛兵に噛みつくカンネは真剣そのもの。だが、しかし………若干生来の童顔さ故になんだか妙な絵面となる。
「しかし……司祭の遺体の近くで武器を抜いており……」
「その方には、お悔やみ申し上げますが!私の生徒達が襲った証拠は!?」
「いえ……それはありませんが。しかし、状況証拠として無関係という訳にも行きません」
「ああ、もう!責任者でてきなさーい!!」
そんなノリで、トラブルが巻き起こっていた。
事態の収拾がつかない。そう思われた瞬間に救ってくれたのは――
「この件、聖母マグノリアの権限を代理して聖騎士フェリクスが責任を預かろう」
マグノリアの命を帯びたフェリクスだった。
「フェリクス様、しかし!?」
「彼らは学生だ。魔法や武器は使うがね。何者かの襲撃により自己防衛に当たった。
実際現場の戦場痕も発言内容と一致している。アレは司祭と争った跡ではない」
「まあ……たしかに……ですが!」
担当の衛兵も事態が事態故に簡単に引き下がれない。
「司祭は……急進派の――!」
「それ以上は口にしない方がいい。君の立ち位置も危うくなる」
思わず発した言葉に衛兵は慌てて口を閉ざす。教会の者達の政治競争。あるのはあるのだが……
存在するものとして言葉にしてはならない。神の前では本来皆平等な信仰のはずなのだ。
指示するだけの階位にあるのはそれだけの善行と導きをできる指導者の証……というのが表向き。
だが、それほど何もかもが綺麗ではないのも事実。
「被害者の立場は……わかっている。ただでは済まないだろうな。
だが、現実的に遺体の状態から、小型の鋭い刃で喉を切り裂かれている。暗殺の類だ。
彼らの発言からすると……どうにも不可解な点は多い。犯人である可能性は低い」
「はい……」
フェリクスは若い衛兵の肩を叩いた。
「君の正義感は正しいものだ。それは私が保証しよう。だが、この場は私を信じて彼らを解放してくれないか?」
「分かりました……」
背後で、口をパクパクしたカンネは、怒涛の勢いで衛兵を説得してしまった聖騎士をぼんやり眺める。
しかし、瞬時に我に返り頭を下げる。
「あの、ありがとうございます!!」
「いえ、未来ある若者を犯罪者にはできないからね。今日はもう遅い、帰って休むと良い」
✧ ✧ ✧ ✧
というのが顛末ではあるのだが。
「本当に、呼び出されたときはベッドから転がり落ちたから!先生、もう辞任退職しないとダメじゃないかなと思っちゃったんだから!」
「はい、申し訳ありません」
「いいですか。夜中に勝手に街に出たらだめだからね!ペナルティの反省文書いてもらうからね!」
「はい……次は気を付けます」
なんとなくのらりくらりと躱されている気がしたカンネは、ため息をついた
「もう、分かってるの?シュタアル君の行動、包み隠さずにフェルンに報告しちゃうよ?」
「―― それだけは勘弁してください!!」
母に直通でいろいろ伝わる。その言葉を聞いた瞬間シュタアルは音速で土下座をする。
「ッッ!既に謝罪している?!」
「カンネ先生、これだけは、退くわけにいきません」
その場にいた全員、シュタアルがいつ頭を下げたのか認識も出来なかった。
((行動が速い……))
退けないけど謝罪はいいんだ……という素朴な疑問をエイルとヘリヤは抱かずにはいられない。しかし、シュタアルの中では理屈が通るらしい。
「分かりました……もう3人とも部屋で寝てください……」
あまりに疲れた様子でカンネ教師は部屋に戻っていく。若干後ろ暗いものを感じつつも。
「あの……じゃあ、解散になったから二人とも、お休み――」
振り返りながら二人の戦乙女に夜の別れを告げて、部屋に逃げ込もうとした瞬間。
「逃げられると思ったの?」
エイルとヘリヤに首根っこを掴まれてしまった。
✧ ✧ ✧ ✧
教会の鐘のある塔の上。
「フフ……うふふふふふ……やっぱり。そこにいたのねシグルド。
一瞬だけど。あの子の中に、確かにいた……当人じゃないのかしら?でも似ている。魂の転生体かしら」
ヒルデは何を見ていたのか、小さくつぶやきながら薄く笑う。
美しいようで、冷たい笑顔。
「ヒルデ様……」
ヒルデの背後の陰から浮き出る様に現れた青年は跪いた姿勢でヒルデに声をかける。
「あらシグルス。戻ったのね。ご苦労様」
「はい。つつがなく」
「クスルーン。貴方の方は?」
ヒルデの言葉と共に鐘の中から影が降りてきて人の形へと変じる。
「はい、お姉さま。生徒二人分の席は用意しましたので明日から紛れ込めます」
「そう……痕は残してないかしら?」
「関係者につながらないものを綺麗に消化したので大丈夫でしょう。まるで最初からいなかったかのように」
クスルーンの言葉にヒルデは彼女の頭を撫でた。
「いい子ね。あら、ついでに何か悪戯でもしたの?」
「流石お姉さま。折角なので件の宝物を探しておりました」
クスルーンの言葉に、考え込むような仕草で口元に手を当てたヒルデは聞き返す」
「結果はどうだったのかしら?」
「はい。どうやら教会内の通常の宝物庫はブラフの様です。神鳥の遺骸もそこにはおいていませんでした」
「マグノリアね……あの女狐。余計な仕掛けを」
「普通の空間にはないのかもしれませんね」
報告を聞いたヒルデは月を見上げる。今日は満月でとても美しい。
「やはり全てを台無しにして。作り変えないとだめね」
それは、本当に妬ましいほどに――
■枢機卿
昨晩、司祭が一人殺されている。それにもかかわらず、シュトラールの学園は通常通りの様相でも門戸を開いていた。
ちょっとした疑問を感じたが、開かれるのであれば行かねばなるまい。
「で、『一人にしないでくれ』って?」
「うん……」
昨晩、フィードバックで返って来た感情。エイルはそれをシュタアルへと伝えていた。
「どういう事だろう?」
「分かりません。かなり慟哭に近い感情でした」
エイルの言葉に、ヘリヤが付け加える。
「近しい人が、傍を離れるような事があったのかもね……」
「そう言えば、ヘリヤが試合の時に似たような――」
「ねえ、シュタアル。その話をこれ以上続けるなら私の唇であなたの口をふさぐわ」
「やめて!!」
朝からヘリヤの危険な発言にエイルが警戒気味にシュタアルの前に立つ。
「ヘリヤさん……朝からはしたないのではないかしら?」
「あら、愛し合う二人、口づけ程度は問題ありませんこと?」
「はあ、誰と誰が愛し合っていると……?」
ピリピリした感情と共に漏れ出た魔力で空間が歪む。
「ねえ、止めよう……普通にね!他の人も見てるから」というシュタアルの言葉は二人の空気にかき消されてしまう。
そんなシュタアルが困惑した状態に声をかける人物が一人
「やあ、シュタアル君。君たちは相変わらず賑やかだね。でももうすぐ時間だよ。あまりこんなところで立ち止まっていると迷惑だよ」
と声をかけて来たのは、中肉中背、銀髪の髪以外は特に目立ったところのない青年。
誰だ?と思って瞳を見た瞬間に何故か名前が思い浮かんだ。
(そうだ。”シグルス”だ。昨日、転入の後、挨拶して……知り合った……んだっけ?)
「ああ、悪い!すぐに行くよ。二人とも目立ってるから!行くぞ」
”見知った友人”と挨拶を交わし、エイルとヘリヤの臨戦状態を解除して教室へと進む。
「本当に賑やかだね。愚かしいほどに……」
そんな銀髪の少年の言葉も耳に届くこともなく。
✧ ✧ ✧ ✧
教室の机が並ぶ中、アーデルの姿が見えなかった。
『シュタアルはあのヴァルグはアーデルだっていうの?』
『多分……だけど』
『ま……いろいろあるよね。人間生きてたら魔族に乗っ取られることも』
学園を巻き込む大騒動を起こしたヘリヤが言うと説得力がある。
が、あまり笑える話でもない。
授業が始まる前に聞いた言葉によると。
「昨晩起きた事故に伴い、アーデル君はファルブレント枢機卿の騎士団の仕事があるため欠席と聞いています。
とても重要な仕事となります。皆さまも普段の努力を怠ることなく、神に仕えることを目指し――」
要するに警護の仕事がある……という事だ。
昨晩1名が死んでいる。その事情を考えると当然の様に思えた。
昨晩、フェリクスから少しだけ聞いた話。死んでいたのはアンゼルム大司祭。
事実上、急進派の第3位の神父……という事だ。ずいぶんと大物が死んでいるので騒ぎは大きくなるだろうという事だった。
「臨時の留学って普通こんなことある……?」
そんなボヤキで窓際を見ると暗い色をした髪とドレスの生徒が目に映った。シュトラールは一応、神職希望者が多いため比較的教会標準の正装の生徒が多い。
だがツーテールでややゴシックよりのドレス。浮いているはずなのに……どうしてそこにいるのが普通に感じるのだろう。
シュタアルの視線に気づいた少女は、二っとわらって正面に向き直った。
「シュタアルー。どこ見ているのー?」
「いて……なんも悪いことしてないでしょ!」
とがった棒のようなもので隣からわき腹を突かれた。これは、ヘリヤだ。
「なあ、ヘリヤ。あの隅にいる黒い女生徒……あれ?」
「……さっきまで妙なのがいた。認知できない。隠ぺいされているわ……」
どうしても気になって彼女にも確認をとってみる。「何言っているの?」と返される可能性もあったが。
どうやら……ヘリヤも感づいていたらしい。
妙な生徒が紛れ込んでいる。今朝、声をかけてきた男子生徒うっすらと事象は覚えているのにもう顔も名前も思い出せない。
(精神操作魔法……? いや、女神の魔法に近いのか?)
しかし、状況が分からなさ過ぎてため息をつく。
焦る気持ちはなくもないが、ひとまず授業は真面目に聞くべきなのだろう。
✧ ✧ ✧ ✧
講義が終わった休憩時間。休憩のためにお手洗い。危うくエイルとヘリヤがついてくるところだったが……
当然止めた。何故ついてくるんだ。とは思っていたが……
通りすがり色んな人の視線が妙な感じだ。珍獣でも見ているかのような観察眼でこちらを見ている。
(俺そんな変な感じかなぁ……)
ふと、教室のドアを開けて中に入ろうとした瞬間。誰かとすれ違った。黒い少女。
「ファルブレント枢機卿が学園に来るそうですわ。編入生の男の子に、昨晩の事件について質問に――」
「――っっ!?」
すれ違いざまにかけられた声。だが、目で追おうとしてもすでにそんな少女はいない。
(魔法か……?)
しかし。枢機卿……という言葉には聞き覚えがあった。そう、アーデルの護衛対象の人物の名前である。
それが学園に来て、シュタアルに用事がある……という噂。
頭を掻きながら納得した。先ほどまでの妙な視線はそれが原因か。
「厄介な事にならなきゃいいけど」
休憩時間エイルとヘリヤの周りには初日ほどではないが女生徒が集まってきている。
ちょっと居心地の悪さも感じつつ。気配を最大限に殺してシュタアルは席に着いた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ファルブレント枢機卿。ようこそいらっしゃいました。未来ある学徒の園へ」
深々と頭を下げるのはアルテア学長。その後ろに控えているのはシスター・ヒルデとシスター・マリア。
馬車から降りたファルブレント枢機卿は柔らかな笑顔で彼女たちに語り掛ける。
「ご苦労様です。アルテア。出迎えありがとう。ヒルデも、しっかりとお勤め果たしているようだね」
「はい。お義父様。学生達を導き、そして同時に彼らから学びを得る。これほど素晴らしい役割はございません」
「そうか。推薦してよかった。励みなさい」
うっすらと笑うヒルデに、満足したのかファルブレントはマリアの方を見た。
「君は……どこかで見たような……いやそんな訳がないな。新しく配属になったのかな」
「はいー。シスター・マリアと申します。以後お見知りおきをー」
「はは、元気があってよろしい。それでは行こうか」
そうして、ファルブレントはアルテア学長に案内されるように学内へと入っていく。
シスター・ヒルデはその背後に控えてきた聖騎士の一人の青年に声をかける。
「パラディン・アーデル。大丈夫ですか?顔色が優れません」
「いえ……昨晩は稽古を深い時間までやってしまっていたため、少し疲れがたまっていたのです」
「それはよくありません。私の扱う女神の魔法には活力を取り戻すものもありますよ。まあ、夜の夫婦がよく使う類のものですが。
普通の疲れによく効きます。いかがです?あちらで」
ヒルデの言葉に、人工精霊のソラスがアーデルの懐から出てしきりに彼の周りをくるくると回る。
「ごめんなソラス。大丈夫だよ。シスター・ヒルデ。お気持ちだけ受け取ります」
「そうですか。まあ護衛があまり対象から離れるのもいけません。お義父様の事をお願いしますね」
「かしこまりました」
早歩きでファルブレントを追うアーデルの後ろからヒルデも続く。その場ににこにことした表情のシスター・マリアを残して。
「悪辣ジジイめ……」
そんな小さなつぶやきが風に流れて消えていく
■詰問の時
ファルブレント枢機卿が案内されたのは応接間。
身内だという事で、シスター・ヒルデがその相手をしている。
ファルブレント枢機卿は世界で様々な身寄りなき子供たちを引き取り……養子として育てる聖人としての活動の顔がある。
子供たちは何故身寄りがないのか? 魔族に襲われた子と……邪教信仰とされた村の子供たちである。
(邪教か……)
背後で護衛のために待ち構えているアーデルはため息をついた。
たしかに、邪教だった。だがそこに生きていた人達は?と思うとアーデルには何が正しいのか分からない。
しかし、自身もいずれ……その力とならなければならないのかもしれない。
今の彼の養父である本当の聖騎士フェリクスがそうであったように。
目の前で紅茶を飲んでいるファルブレントはどうやら美しく育った養女のヒルデとの会話を楽しんでいるようだった。
そんな折の会話――
「そういえば、オイサーストから来ているそうだね。クレ地方の……件の子が。一部の物が女神の剣を抜くや抜かぬやと」
「はい。お義父様。愉快な子ですよ、不思議と……聖騎士の訓練兵たちとは仲良くしています」
そう、初日シュタアルを囲んだ屈強な候補生たち。なんやかんやとシュタアルと仲良くなってしまった。
たった1日なのに。不思議な男だ。同行する少女二人に振り回され、他の女生徒には不思議と袖にされ、情けない顔を晒すことも度々。
なのになぜか安心する。その手を掴んでみたくなる青年。
(まるで逆だな――僕と、彼は)
「そうですか。役目は本来は競合するというのに、不思議な子ですね。
そう言えば、アーデル。貴方も向こうでは学友だったとか」
アーデルが思考を巡らせていると、ファルブレントが声をかけてきたので慌てて居住まいを正して回答する。
「同じ学年ですが、それほど交友があったわけでは……学内で数度話した程度です」
「そうですか、この度は相手をよく知るきっかけになるかもしれませんね」
ふと、思いついた様にヒルデが「そう言えば」と切り出す。
「生徒の間で話題になっていますよ。お義父様が、件の青年に詰問すると」
「おや、そんなことになっているんだね。遠方からの来客者と話したかっただけなんですけれど」
「聖騎士も連れた厳戒態勢で警戒させたのかもですね」
頬に手を当てながらフフフとヒルデとファルブレントは談笑する。
高貴な義理の親娘の和やかなやり取り……のはずだが、アーデルは全く笑えなかった。
✧ ✧ ✧ ✧
講義の合間に唐突に呼び出された。メンバーはシュタアル・エイル・ヘリヤ。
呼び出したのは……件のアーデルの護衛対象である、ファルブレント枢機卿という人物。
いわゆるマグノリアの政敵となる急進派の人物だ。
「……やっぱ、昨日の件かな?」
「そうなんじゃない?」
若干震える声で誰ということなくぼやいた疑問にヘリヤが呑気に返してきた。
「私達が犯人であるという証拠はないから、今更罪を問われることはないと思う。
でも、何か聞かれたりはするかも」
エイルの言葉には正論だ。重要参考人としてはフェリクス持ちで釈放された。
今更どうこう言われることはない。であればこのタイミングで何なんだ?
とにかく断ると妙なことになるので行くしかない。覚悟を決めてノックする。
「失礼します。オイサースト魔法学校のシュタアル・エイル・ヘリヤ3名参りました」
声をかけるとすぐさま「どうぞ」と返答が帰って来た。
慎重にドアノブに手をかけて扉を開ける。
テーブルを囲むソファーに座っていたのは優し気な神父と背部に控えたアーデル。
(すこし……顔色が悪い、昨日の影響なのか?それとも別の原因か?)
そして――
「いらっしゃい、シュタアル君。エイルさん、ヘリヤさん」
シスター・ヒルデだ。どことなく妖艶な感じに気を取られると、右足と左脇にそれぞれ衝撃が走る。。
「うぐ……し、シスター・ヒルデ。ご無沙汰しております」
くすっと笑ってヒルデは小さく会釈する。
魔法で何か仕掛けてきたエイルとヘリヤは全く表情を崩さない。酷い……と思いながらもヨロヨロとテーブルの方に向かった。
「どうぞ、おかけください。一度話してみたかったのですよ」
「はい……、失礼します」
テーブル正面のソファーは二人掛け。どうするんだ?と思って枢機卿を見ると、明らかにシュタアルに座れと言っている。
致し方なく座る。ちらっと見るとアーデルが気を利かせて、もう一つ椅子を運ぼうとして来てくれていた。
やっぱりいい奴だ。これで3人座 ―― 「むぎゅっ!!」
シュタアルを挟んで両サイドから二人の乙女が座り込んで来た。
エイルもヘリヤもなんでか知らないが無茶苦茶ヒルデの方を見ている。目に光がなくてすごく怖い。
っていうか狭ぁっ!あと、ルーエ姉さんの咬み痕がピリピリするぅ!
「……話し始めてもいいかね?」
「は……はい……」
致し方なくそう返事をすると背後から噴き出す様な声が聞こえた。アーデルだ。
先程まで、妙に暗い顔をしていたのだが……お腹を抱えて笑いをこらえている。
(ほらぁ、やっぱり恥ずかしいじゃん!!)
と横目で二人を見たが、光のない目で睨み返された。
「まずは、初日に挨拶ができず申し訳なかったね。なかなか時間が取れずで。
何にせよ、ようこそ女神教の総本山、聖都シュトラールへ。主たる魔法の系統は違えど、同じ人類の魔法。
我々は君たちを歓迎するよ」
「え、あ、はい……」
昨晩の事を問い詰められるつもりで来たのだが、どうもそのようなノリではないらしい。
「お義父様……いえ、ファルブレント枢機卿は若者の育成にも力を入れておられます。
女神の魔法を使う僧侶、神官、神職だけではなく、近年は騎士団を設立し剣技と女神の魔法を組み合わせた聖騎士という制度も発案もされているのですよ」
「ふむ、ヒルデ。それを若者の前で自慢げに語るのはやめたまえ……私はただの歳経た神官ですよ」
いい人……なのだろうか?
――『魔族、他宗教、女神の教えに背く物への干渉、場合によっては攻撃を良しとする勢力が……少しずつ力をつけています』
マグノリアとフェリクスはそう言っていた。分からない。マグノリアはさておき……聖騎士フェリクスは信頼に足る人物だと思うのだが。
目の前の人物は……何なのだろうか?
部屋に入った瞬間のアーデルの暗い顔は――考えるべきことは、思ったより多いのかもしれない。
✧ ✧ ✧ ✧
その日の話は想像していたより穏やかに進んだ。安堵は覚えたが、心のどこかに軋む何かを残しながら。
「昨晩、君たちが第一発見者だと聞いている。ああ、安心したまえ。さすがに学生に容疑はかけないし、関係はないこと明かだ」
「はぁ……」
関係がない。そう言われると心苦しい。関係がないとは言い難い全開バトルを繰り広げてしまった。
周りの環境はごまかすためにエイルとヘリヤが治してくれた。近代魔法は複雑なものではない、例えば岩壁ぐらいなら魔法で治せるらしい。
当然、シュタアルにはできない。
とにかくごまかしはしたが……魔剣士ヴァルグと戦ったことは黙ったままだ。
「なにか、見ていないかね。怪しい人物など――」
「――見てません」
シレッと答えたのはヘリヤだった。表情一つ変えない。
「ヘリヤ……?」
「見てません」
「ふむ、そうかね……」
ファルブレント枢機卿は顎に手を当て考え込む。
「失礼ですが、枢機卿。学生の我々も初めて見る人の遺体に気が動転しており、その時の細かい状況を把握するには……今でも夢に見そうなのです」
追撃とばかりにエイルがシレッと説明を加えた。どう考えてもウソだ。
ヘリヤにいたっては表情も変えずに『死んでるおっさん』扱いだったし、エイルも平然としていた。
何なら夜に抜け出したシュタアルの悪行の前には些事とばかりの反応だった。
(なんなの、この娘たち怖い!)
焦って変な事言わない様にビビっているシュタアルを放って平然と嘘をつく。
「分かった。ここまでにしよう教室に戻り給え。学生の本分は勉強だしね。
今は街が騒がしいが、安全になるよう最大限の努力を約束しよう」
という、形でその場の話は終わりとなりシュタアル達は教室へと戻ることにした。
✧ ✧ ✧ ✧
「ヒルデ、君から見てどう思うかね?」
「昨晩の事ですか? あの様子ですと、何かは見たようですわね……」
「なるほど、では噂のクレ地方の”鋼の英雄”という噂に関しては?」
その言葉に、アーデルが少し反応した。彼の反応を横目にヒルデは微笑む。
「お義父様、嫌ですわ。彼らはまだ学生ですよ。それに女神の剣は勇者ヒンメルの旅以降誰一人抜くことが出来ないのです。どんな英雄でも……
我々、教会の聖騎士発足の悲願ではありますが。抜けないのは世界が平和な証でもあります。気にされる必要ありませんとも」
正確には、女神の剣は勇者ヒンメルにも抜けなかった現代史に残る人類未踏の奇跡の神域。
やすやすと抜ける訳がない。
(そう簡単に抜けるなら苦労もしないものを……)
艶やかさと清楚さを両立させる乙女、シスター・ヒルデはそうして養父であるファルブレント枢機卿へと笑いかける。
■一級魔法使いと母の抱擁
「めっちゃ疲れた……」
「宿泊施設に帰ったら、膝枕でなでなでしてあげようか?ヴィダルが疲れた時にいつもしてあげてるのよ」
「……やめときます」
帰り道。ぐったりした様子のシュタアルをヘリヤとエイルが連行するように両サイドを歩く。
「シュタアル、では、あの、女神の魔法ですごく活力を回復する魔法があって……お母さんがお父さんに寝る前によくかけているのですけど。
でも、何で寝る前……? 翌日不思議とお母さんの方が元気な……気もするけど、とにかくすごく元気になるらしくて!」
「それ……よくわかんないけど使ったら駄目なんじゃないかな?!」
結局。まだまだ分からないことは多い。
急進派と呼ばれる人達。マグノリアの言葉通りに悪人という訳ではないのかもしれない。
どちらも、信用できるのか分からない。ただ、アーデルの暗い顔は気になった。
オイサーストの中庭で本を読みながら、女生徒の黄色い声をのらりくらりと躱す姿からは想像もできない。
「なあ……?なんでシュトラールに来たんだっけ?」
それは、当然交換留学のためだ。そんなことは分かっている。でも、想像以上に色んなことが蠢いていて正直混乱しそうだ。
「シュタアルが居るからかな」
「ヘリヤさん?」
「一人にしたら心配な人が居るからです」
「エイルさん?」
ためらいもなくそんなことを言う二人に
「あの~?勉強しに来たんじゃないんですか?」と思わず聞いてしまう。
何故か分からないけれど、ものすごく怖い目で睨まれた。どうして……?
「私の場合、座学で学べる範囲ならほとんど母の蔵書で既知の内容ですね。なんなら、生徒達から聞ける話の方がためになるぐらいです」
「私も、学問的なところより、僧侶や神官の思考パターンの方が気になるかなぁ~」
だめだ。参考にならない奴だ。一般人がこれ以上聞いてはならない話だ。劣等感でどうにかなってしまうやつだ。
そんな悲しい想いを抱えながら歩いているとほどなくして宿舎の施設に到着する。
✧ ✧ ✧ ✧
エイルは自室に荷物を置き、カンネ教師の部屋をノックする。
「カンネ先生。エイルです」
「どうぞ~」
軽い返事が聞こえてきたのでドアを開ける。カンネ教師も学内で教師の活動として魔法の教鞭をとっているが、エイル達の管理もあるので夕方は施設に戻っている。
「今日の報告を。あの、まず……先生もご存じかもしれませんが、本日ファルブレント枢機卿が――」
「あれ?ていうか エイルちゃん。まだ会ってないの?」
「え、あ、はい、だから枢機卿は今日……」
いう会話でカンネ教師は「うん?」という表情で首をひねった。
と同時に、エイルも意味が分からず「はい?」と聞き直した。
「う~ん、じゃなくてじゃなくて、そうじゃないの。来ているでしょ。会ってないの?」
「来ているとは?宿舎に戻ってから真っ直ぐこちらに向かいましたが……?」
「あれ?部屋で待って驚かせてあげようとか言ってたけど……」
イマイチ話がかみ合わず、エイルがカンネに「あの、誰の話ですか?」と問いただすと、カンネ教師はきょとんとした顔で答えた。
「エイルちゃんのお母さん。メトーデさん来ているよ?」
「はあ!?お母さんが?」
なぜか、ここにおらずエンカウントしない母。壮絶に嫌な予感がした。
✧ ✧ ✧ ✧
体力が疲れたとは言わない。精神が削られて疲れた。
膝枕でなでなでは……父のシュタルクがよく母にされている。シュタアルも時々母にしてもらったこともある。悪いものではない。
だが、ヘリヤにされるといろいろ拙い。エイルの活力魔法ももっと不味い気がする。
「お風呂入って寝よう……流石に今日は何もしないでおきたい」
次抜け出してなんかやらかしたら、大目玉では済まない。動くにしてももう少し情報が必要だ。
「よし、休む。ただいま~」
一人部屋なので特に返事はないけどただいまと言ってしまうのは癖である。
明かりのついてない部屋に入ろうとした瞬間。
「おかえりなさい!エイル!お母さん、一週間以上も娘成分を摂取できないなんて寂しかった!存分に味わせてください。なでなでさせてください!」
「――ッッ!!」
回避不能な速度で何かに覆われた。一切の殺気も感じなかったため対応が遅れそのまま包まれる。
(すごくやわらかい!!)
真っ先に感じたのは、母フェルンに似てるようで全く違う匂い、そして柔らかさ。
あと、昨今なかなかないぐらいにルーエ姉さんの咬み痕がガシガシと痛い。
「あら、何か、しばらく見ないうちに逞しく……あらあら、肩とか、背中とか、お腹とか、あら、あらあらあらあら……
お父さん子なエイルちゃんが好みそうなこの筋肉質な感触は?」
聞き覚えのある声とエイルにもよく似たブロンドの髪、ここまで近いと否が応にも感じる母に匹敵する桁違いの魔力……これは、間違いない。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「あら、シュタアル君。ごめんなさいね貴方の部屋だったのね」
――とりあえず叫び声をあげる以外の行動ができなかったのは、青少年としては致し方ない事なのだ。
エイルの母メトーデが、シュタアルの部屋になぜか潜伏していた。訳が分からない。あと何故か体をまさぐるのをやめてくれない。
✧ ✧ ✧ ✧
宿舎のサロン。ここにいるのは5人。
憔悴した変な表情でソファーに横たわるシュタアル、少々不機嫌な顔のエイルとヘリヤ。
何とも言えない顔のカンネ。そして、あらあらと頬に手を当てて微笑むメトーデ。
「お母さん……説明して」
「そんな風に怒れるようになったのねエイル。お母さん嬉しい。あと可愛い……」
「メトーデ様。さすがに、ちょっと……私も不満を言いたいのですが」
「ヘリヤさんも、ここ最近急激に可愛らしくなって……」
「会話できてます?」
暖簾に腕押し。そんな空気が漂う中、ようやく復活したシュタアルがよろよろと立ち上がりながら手を上げる。
まだ、ちょっとルーエの咬み痕がビリビリするのだけれど。
「教会の……動きの件ですか?」
「シュタアル君は存外に鋭いですね。お義母さんは嬉しいです」
「微妙に空間がピリつくこと言わないでください……」
シュタアルは半眼で答える。どうにもやりづらい。現在大陸でも屈指の使い手である母が大陸で最も苦手な魔法使いという人物。
それが目の前のメトーデ一級魔法使い。数度会っただけでわかる。シュタアルも苦手だ。
好き嫌いとかそういう話じゃない。対面していて掌で転がされるイメージしか湧かないのだ。
対話と思考と思想のステージがちょっと違う感じがする。
「いくつか事前に注意を。最悪の事態を除き、一級魔法使いの私は聖都シュトラールで一切の攻撃魔法の利用が禁止されています。
これはオイサーストと聖都シュトラールの取り決めですね。上級神官や近年の聖騎士がオイサーストでは様々な制約を受ける事になるのと同様です」
「はあ……つまりは?」
「領土に対する宣戦布告に近い行動と受け取られるため、何らかの戦闘になったときに私は戦闘に参加できません。回復なら可能ですが」
何故メトーデの言葉がそんなことの説明を始めたのか。分かりたくはなかったが……推察はできてしまう。
「つまり……何らかの抗争は避けられない事態が起こりえるってことね」
何故か、嬉しそうに笑うヘリヤが確認する。
「明確な肯定は避けておきましょう。ただ、指し示す状況はどうしてもその可能性を感じさせます」
シュタアルもここで悩む。聖母マグノリアの密談。アレはここで曝け出していい話なのだろうか?
どうしても、世界に散る神獣の遺骸に関する資料はもらい受けたい。マグノリアの思惑はさておき。
その達成条件だけは譲れないのだ。
「メトーデさん。なんでもいい、教えて欲しい。今の聖都シュトラールで起きた状況のヒントを」
メトーデは「そうですね」と言いながらテーブルの上の紅茶とソーサーをその手に取る。
「聖都シュトラールの一部の動きがきな臭くなったのは、ちょうど『魔王信仰の村』と呼ばれる集落に関して干渉を始めた時から……
オイサースト側の調査ではそのような結論が出ています」
そう言って小さく紅茶を飲んだメトーデ。聞き慣れない言葉にシュタアルは目を丸くする。
「魔王信仰……どうして、そんな、世界を滅ぼそうとしたんだろ。そんなものを信仰って」
「人は……追いつめられると信じたいものだけを信じ、本来あるべきものを恨みだす。そういう生き方が存在してしまう」
シュタアルはなぜか、かつて戦ったヴェノムの事を思い出す。彼は……歪んでいた。
英雄の救済を信じ切れず。ありもしない怨念をまき散らそうとしていた男。
「それが宗教というものです。正しくもあれるし、間違う事もまた容易。これはそれが生み出した悲劇」
そして、メトーデはゆっくりとその歴史を語りだすのだった。
~to be continued~