葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■ あらすじ
中央諸国に存在する女神教会の総本山である聖都シュトラール。
才覚のあるものにしか使えない女神の魔法を行使する神官や僧侶を数多く内包する古き都市。

シュタルクとフェルンの長子のシュタアルはオイサーストに編入早々、短期の留学生としてシュトラールを訪れることになった。

聖都シュトラールで高位司祭の暗殺事件が発生し、現場に駆けつけたシュタアルは魔剣ダインスレイヴを操る凶手「ヴァルグ」と激突する。
エイルとヘリヤの加勢によって窮地を脱するも、翌日にはアーデルの護衛対象である急進派のファルブレント枢機卿から詰問を受けることに。
見え隠れする教会の思惑に翻弄される中、シュタアルの部屋には一級魔法使いメトーデが密かに潜伏していた。

彼女の口から、聖都の暗闘の背景にある「魔王信仰の村」を巡る悲劇ときな臭い陰謀が語られ始める――。

■ 独自キャラクター

葬送のフリーレン原作登場のフリーレン・フェルン・シュタルクといった原作基準以外のキャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。17歳。まっすぐな性格で、青紫の髪と三白眼が特徴の少年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。クレ地方に残したルーエと家族以上恋人未満な状態。
- ルーエ(Ruhe): 過去にシュタルクとフェルンに救われ、現在はフェルンの教え子兼仕事上の秘書。21歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。幼少の頃に魔族の呪いで神代の竜の因子を身体に埋め込まれている。勢い余って進学直前のシュタアルに相互所持の契約を交わしてしまう。
- エイル(Eir):ゲナウとメトーデの娘。16歳(もうすぐ17歳)。生真面目な性格。高等魔法学校同学年内では総合成績第1位であり模範生とされている。7年前に、シュタアルと出会い、彼に勇気をもらった少女。しかし、事故の中で相互に存在の記憶を失っている。
- ヘリヤ(Herja): ユーベルとラントの娘。17歳。挑戦的な性格。エイルに次ぐ第2位の成績。彼女の場合は学内公式戦を繰り返しており戦闘成績無敗の序列1位を誇る。エイルとともに7年前にシュタアルと出会っている。ただ一人その時の記憶を残している。
- アーデル(Adel): 聖都シュトラールから来た留学生。聖騎士見習いという形で女神の魔法と剣技を修めている青年。整った顔立ちと落ち着いた紳士的な態度から学内でも女生徒から絶大な人気を誇るイケメンだが……魔剣ダインスレイヴの所持者と言われる。
- マグノリア(Magnolia): 聖都の女神教会の聖母である年老いた女性……のフリをしたハーフエルフの女性。見た目上の年齢を偽装する魔法を使って何度も女神教の神官としてやり直し、その都度に聖母の地位に登り、政(まつりごと)を行って来た存在。
- フェリクス(Felix): マグノリアを母と呼び、シュトラールに近年設営された聖騎士団の現団長。アーデルの養父でもある。やや奔放なマグノリアの行動のフォローをする人物。
- ヒルデ(Hildr): シュトラールの高等学園の教師。そして、アーデルをフェリクスの政敵の下に配属させた人物。シュタアルをみて「シグルド」と呼んだ。




聖都の夜に魔剣は吠える 第3話 ~The Cursed Sword Roars in the Holy City's Night ~

■ある日ある村の終わりの始まり


 

遠い記憶にある母は――優しい人だった記憶と、怖い人だった記憶が入り混じる。

 

最期の姿は、怖く、悲しい、記憶だったが……優しい母であったと思っている。

 

「ヴァルグ、アーデル、早く! この先の通路から外に出れるから!」

「母さんっ、いったいあの人達は何なの!?」

 

突如現れた教会の騎士団。村は騒めいた。『時間の問題だ』と……『救済』という名の粛清であると……

頭を抱えた神父の瞳は狂気に満ちていたことを覚えている。

 

『あいつら、我々を皆殺しに……アレを見られたら、私達を皆殺しにするぞ……だったら……』

 

今にして思えば、教会の底から這い出た巨人は、神父が呼び出した何かだったのかもしれない。

教会の神父が何故あんなものを隠し持っていたのか今でもわからない。

 

「母さん、それは……?」

 

教会の奥の隠し扉から入った地下室の祭壇、突き刺さっていたのは、一振りの黒い大剣だった。

子供心に母が持てるのかという疑問も覚えたが、そんなことはお構いなしに母はそれを引き抜いた。

 

「村に封印されていた……魔剣。あなた……達が……逃……げる……時間は稼ぐ……から……ぐっ!」

 

剣を握った母は、顔を手で抑えながら何かに耐えていた。

 

「母さん! 母さん! 大丈夫!? 母さんも逃げよう!?」

「お母さんは、後で……行くから。先に行って……!」

 

その当時でも、それは嘘だと判った。だから。

 

「やだよ、お母さんと一緒に……」

「アーデル!わがまま言うな!」

 

腕を引いたのは兄のヴァルグだった。兄は、泣いていた。

 

「行くんだよ!アーデル。母さんの言う事聞けよ!」

「ヴァルグ兄さん……」

 

兄に手を引かれ、小さな隠し通路に入り込んだ時、後ろからドアを蹴破る音が聞こえ、神父の声がした。

 

「お前、その剣を抜いたのか!!子供たちはどうした!?表の連中を蹴散らすからそれを渡せ」

「……嫌です。お断りします」

 

神父の狂った叫び声が聞こえる。それと共に地響きが鳴った。

 

「私の子は……渡せません」

 

それが、最期に聞いた母の声だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

中央諸国 聖都シュトラール 魔法協会宿舎

 

学園を訪問した『急進派』と呼ばれる、魔族や邪教の存在を許さない派閥のトップであるファルブレント枢機卿から話を聞いた日の夜。

魔法協会の宿舎にやってきたエイルの母でもある一級魔法使いメトーデ。彼女はゆっくりと語りだす。

 

「聖都シュトラールの一部の動きがきな臭くなったのは、ちょうど『魔王信仰の村』と呼ばれる集落に関して干渉を始めた時から――

 オイサースト側の調査ではそのような結論が出ています」

 

青紫の外ハネした髪と三白眼が特徴の青年、シュタアルはメトーデの言葉に疑問を覚えた。

『魔王信仰』というのは初めて聞く言葉だった。魔王とは勇者ヒンメル一行が打倒した人類の仇敵の魔族である。人の身でなぜ信仰するのか、というのが理解できない。

 

「魔王信仰……どうして、そんな、世界を滅ぼそうとしたんだろ。そんなものを信仰って」

 

その疑問に対するメトーデの解答は明確だった。

 

「人は追い詰められると信じたいものだけを信じ、本来あるべきものを恨みだす。そういう生き方が存在してしまう」

 

それは人の心の闇であり弱さだという事だ。

シュタアルはかつて故郷の街を襲ってきた狂人ヴェノムの事を思い出す。

彼は歪んでいた。英雄の救済を信じ切れず、ありもしない怨念をまき散らそうとしていた男。

 

「それが宗教というものです。正しくもあれるし、間違う事もまた容易。これはそれが生み出した悲劇」

 

そうしてメトーデはゆっくりと語りだす。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「最初は本当に何もない普通の村に、一人の傷だらけの女性が逃げ込んだことから始まります。

 その女性は一振りの大剣と経典を持っていたそうですが、経典というより、魔族について書かれた書籍だったと聞いています。

 傷だらけだったその女性は、村人によって保護されたのですが、懸命な治療も甲斐なく数日後に亡くなってしまったそうです。

 結果的にその経典と剣は村の教会で預かることになりました」

「持ち込まれた経典ってまだあるの?」

 

メトーデの語った内容に少し興味がわいたらしい、深緑の髪と挑戦的な瞳の少女ヘリヤは身を乗り出して質問した。

 

「残念ながら燃えて消えたと聞いています。持っていたという情報すら確かではないそうですが」

「へぇー残念」

 

メトーデと同じブロンドの髪――母娘だから当たり前だが、そんな少女のエイルも便乗して質問する。

 

「その女性が持っていた剣ってもしかして……」

「魔剣です。とある遺跡に封じられていた物が何者かにより奪い去られ、魔王信仰の村の歪みの発生の触媒に使われていた……というのが我々の仮説ですが」

 

魔剣と言われるとシュタアルはどうしても、思い出すものがある。

 

満月を背に襲い掛かって来た黒い大剣を携えた男――

 

『そうだ。魔剣士ヴァルグ。そんな感じにしておこう』

『こいつの周りで付いた傷は女神だろうが何だろうが関与不可能だ』

 

「メトーデさん、その剣って?」

「伝承によれば、他者を斬り、生き血を吸うまで決して止まらぬ呪われた剣……」

 

あの夜、まさにシュタアルを切りつけ、その血を吸ったであろう剣。

 

「魔剣ダインスレイヴ」

 

それは、アーデルがその力に呪われ、ヴァルグが振るっていた剣の名前だった。

 

■魔王信仰の村


 

「……ダインスレイヴって、シュタアル?」

「多分、ヴァルグが振り回していた黒い剣だ」

 

エイルが視線を向けてきたので、シュタアルは頷いて答えた。

どうにもいろんなことがつながっている。そして、ヴァルグと無関係ではないアーデルも、何らかの関連があるのだろうか?

 

「続けますね。

 元々、小さな集落だったのですが、その村は少し発展します。

 徐々に訳アリの人間、とりわけ女性が次々と集まるようになりました」

「訳アリって……?」

 

と、シュタアルが首を傾げながら質問する。

メトーデはわずかに言葉に詰まった様子だったが、説明を続けてくれた。

 

「例えば、貴族に奉公していた最中に身ごもってしまい、やむを得ぬ事情で身を隠す必要があった女性や、異能の力に目覚めて村を追われた女性といったところでしょうか。一例ですが」

「お母さん、その……貴族に奉公して身ごもったって?」

「エイルが考えている通りよ……」

 

メトーデの返答にエイルは何かを言い返そうとしたが言葉が見つからずにやめた様だ。

 

「ここまでであれば、よくある話だったのかもしれません。

 不運な人間が逃げ込んだ訳アリ村だっただけ、それだけの話で済んでいました」

 

「結果論ありきだけど、魔王崇拝の村とされたんだから、水面下ではずいぶんなことがあったんでしょうね」

 

ヘリヤのコメントにメトーデは苦笑いして応えた。

 

「そうですね。これは結論ありきの話ではあります。きっと水面下では様々あったのでしょう。

 きっかけは、一人の冒険者の男がその村に迷い込み、しばらく滞在したのち、一人の女性を連れ出そうとして、逃亡の道半ばで死んでしまったことに端を発します」

 

「どうして、逃亡しようと?」

「不明です。ただ、連れ出そうとしていた女性は、その事件の後に一人の娘を出産しています。

 おそらくは恋に落ちていたのでしょうね。そして、助けたかったのでしょう」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

メトーデの言葉を端的にまとめるとこうだ。

村娘の一人と恋に落ちた冒険者はしばらく村に滞在していたが、村の何かに気付きその娘と共に逃げ出した。

だが、逃亡の途中。その男は背中を刺されて死んだ。共に逃げようとした村娘の手で。

 

刺した村娘は、その後放心状態となり、子を産んでまもなく精神を病んで衰弱死したらしい。

まるで、その時だけ別人の何かに操られていたかのように旅人を襲ったとしか思えない状況。

 

これは後々に発見した遺骸から女神の魔法のトレースでわかったことだ。

 

ではなぜ、そんなことが分かったのか。

 

数年後に、その男が書いた教会宛ての救援の手紙が届いたらしい。

その手紙には教会の奥にある魔王を司る像の存在、そして巨大な魔物と思しきものに生贄を与えていたという訴え。要するに邪教のタレコミである。

 

「結果。聖騎士団が派遣され、二人の子供が保護されました」

「メトーデさん、それって……」

「一人は……アーデルさんです。彼は聖騎士フェリクスさんに保護されました」

 

話の流れからは推察はしていた。

マグノリアとフェリクスが救いを求めた青年、アーデル。その過去は魔王信仰の村の子供だったということだ。

 

(あのババア……重要なことを隠していたわけか……)

 

いずれにしてもこの件に関係していたらたどり着きそうな結論ではある。だがなぜ黙っていたのか。

 

「メトーデさん、一つ聞きたい。保護されたアーデルに、兄弟とか双子って話は?」

「シュタアル君の質問の回答となっているか、不明ですが。

 聖騎士団が保護をした際、一人の少年を救えなかったとされていますね……」

「救えなかった?」

「記録上の話です」

 

結局のところ、ヴァルグとは何者なのだろう。なぜあのような振る舞いを。

どうして魔剣を持っている?どうしてあの場に現れた?

 

「お母さん、保護されたもう一人は?」

「もう一人は、教会の奥の牢屋の中で隔離されていた少女です。その少女は現在、ファルブレント枢機卿の養女となっていると聞きます」

 

その瞬間。昼の出来事が思い出される。

 

『お義父様……いえ、ファルブレント枢機卿は若者の育成にも力を入れておられます。

 女神の魔法を使う僧侶、神官、神職だけではなく、近年は騎士団を設立し剣技と女神の魔法を組み合わせた聖騎士という制度も発案されているのですよ』

『ふむ、ヒルデ。それを若者の前で自慢げに語るのはやめたまえ……私はただの歳経た神官ですよ』

 

「……あの人か」

 

どうやら、本格的に様々な出来事が絡み合っているようだ。

そんな折、ヘリヤが口を開いた。

 

「メトーデ様、まどろっこしい言い方をしますね」

「……」

「言ってくれたらいいじゃないですか。魔王崇拝の村の出身者が、聖都の混乱を呼んでるって。どうして回りくどい言い方するんですか?」

 

ヘリヤの言い様にメトーデは苦笑する。

 

「まだ見えていないことがあるうちから結論ありきで行動をとると、危険ですよ、という話です。

 推論には検証が必要ですよ、ヘリヤさん」

「ふうん、そう……」

 

メトーデの解答にヘリヤは珍しく、何も言わずに引き下がった。

まるで、それが当然という風な様子で――一瞬シュタアルと目が合った。

 

「今日はもう遅いですから、この辺にしましょう。いずれにしろ、私やカンネさんはあなた達を保護しなければなりません。くれぐれも軽率な行動に出ないように」

「……」

 

今度はシュタアルの表情が引きつる。

 

先の言葉はどう考えてもシュタアル向けのコメントだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

聖都シュトラールの夜、比較的賑わう露店街の近くの路地裏。

一人の血まみれの司祭が壁に吊るされていた。

 

黒髪に黒い巨大な剣を携えた魔剣士ヴァルグは、その様子を眺めている。

 

「はん。間抜けなツラだなぁおい」

 

ヴァルグは魔力で編んだ刃を放ち、吊るされた男を地面におろした。

 

――ドシャ――

 

という音を立てて力なく地面に落ちた司祭は体中に無数の切り傷を付けられ失血により既に事切れている。

ヴァルグはその姿を冷ややかな瞳で見下ろし、「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「気に入らねぇな……」

 

一言、そう漏らして夜に溶け込むようにヴァルグは姿を消した。

 

■静かなる開戦の狼煙


 

「そうですか。また一人、犠牲者が……」

 

報告を聞いたファルブレント枢機卿はテーブルに肘をつき、こめかみを押さえて深くため息をついた。

 

「犯人は?」

「いまだ不明です。凶器も刃物ぐらいであろうという事しか」

「女神の魔法で記録を見ましたか?」

 

部下は首を横に振る。見たうえで分からないという事だ。

 

「何度も刃で切り付けられた記憶で、それを行った者は常にぼやけて輪郭すらつかめません。

 認識を改変……されていたように思えます。それ以上は……」

「分かりました……再度、記憶のトレースを」

 

死者の記憶をたどるというのは殺される体験を覗き見るということである。

これは非常に危険なことだ。念が強すぎるとフィードバックで術者の意識が持っていかれてしまう。

 

「しかし! 危険です!」

「やりなさい」

 

再調査を命じ、部下が部屋を出たのちにファルブレントは爪を噛んで立ち上がる。

 

「……クソ。何者だか……ようやくマグノリアが弱体化し、教皇への道が開けてきた矢先に」

 

同派閥の司祭とはいわば教皇選定の投票者だ。その数を減らされるのはまずい。

いや、同派閥の者が殺されているという状況で、恐怖の蔓延も問題だ。

更に言うと自身へその凶刃が及ばないとも限らない。

 

「長年の宿願を前にして……」

 

壁に手を叩きつけたところで、背後から声がした。

 

「誰だ!」

「お困りの様ですね。お義父様。女神はその善行を見て救いの手を差し伸べてくれます。

 死したものは、その信仰が足りなかったのですよ」

「ヒルデ。いつの間に……?だが……」

 

音もなく背後にいた、養女の姿に驚愕するファルブレント。しかし、徐々に表情は平静に戻っていく。

 

「問題ありません、お義父様、まったく問題ないのです。そのまま突き進んでくださいまし。私が居りますとも」

「そうか、そうだったね、ヒルデ。君がいれば……君のために……」

「……そう。私のために」

 

何かに納得したような様子でファルブレントは自席に座って公務を黙々と再開する。

そんな義父の部屋を出たヒルデは外で薄い微笑を浮かべる。

 

「そう。まったく問題になりませんよ。これからの事に比べたら」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

翌朝。学園の講堂の席についたシュタアルを待っていたのは。

 

「やあ、おはよう。聞いたかい?また、犠牲者が出た様だよ。アーデルも大変だね」

「シグルス……か」

 

シュタアルの隣に世間話に……と、座ってきたのは銀髪の青年のシグルス。

 

「また、誰かがって……?」

「司祭が一人、全身に傷をつけられて、宙吊りにされて失血死だってさ」

 

(ヴァルグ……お前なのか、違うのか……)

 

黒の魔剣士の姿を思い出す。最も話を聞きたいアーデルはおそらく枢機卿の強化された警護体制から抜け出せないだろう。

 

「酷いことにならないといいね」

 

シグルスはまるで、他所のクラスで起きた色恋沙汰のトラブルでも話すかのように軽く言う。

不思議と、その程度のことであるかのように思えてしまう気が――

 

その瞬間、背後でパシッという音を立てて白い羽根が光の粒子となって消えた。

 

「―― シグルスさん。授業が始まります。席に戻ってはどうですか?」

「エイル?」

「あー、そうだね。逢瀬の時間に邪魔をしたね」

 

という言葉に更に背後から舌打ちの音が響く。少し席を外していたヘリヤだ。

 

「私の席なんだけど、どいてくれる」

 

その言葉に目を閉じて肩をすくめたシグルスは、立ち上がり恭しく頭を下げて謝罪した。

 

「申し訳ない、”君たちの” 逢瀬の時間だったね。間違えたよ」

 

エイルとヘリヤの瞳はどことなく警戒の色が乗っていてぶれることすらない。

そんな二人に、シグルスは「おや怖い」と両手を上げて席を離れていった。

 

「二人とも……」

「シュタアル。かなり弱く、巧妙な魔法でしたが、何かの認識を書き換えられようとしていました」

 

というのはエイルの言葉。先の羽根はそれを防いだという事だったのだろうか。

 

「あいつ。本当に何なんだろうね、ずっと気持ち悪いのだけど」

 

ヘリヤはかなり辛辣な言葉で、シグルスのことを評してくる。

 

「顔と人当りはよくて、女生徒にも評判……って感じみたいだけど」

「顔……そうなんだ?よく分からないわね。不気味な呪いの人形みたいな感じに見えるもの」

「どういう、感覚……?いや、見た目は普通の男子生徒然としてるって……」

 

シュタアルが半眼になってヘリヤに聞くとまるで興味がないという様子で椅子に座る。

「どういう意味?」とばかりにエイルを見ると彼女も苦笑していた。

本当にどういう意味だろうか?

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『だっさいんだぁ~、失敗するなんて』

『うるさいな』

 

対角に存在する、クスルーンからの秘匿の通話。表情こそ見えないが声の調子から笑いをかみ殺しているのは明らかだ。

 

『どれだけ気に入らないの?あの青臭いガキの事が』

 

クスルーンは、いわば兄妹のような存在だ。いや、姉弟なのだろうか?

どちらでもいいとシグルスはおもう。ヒルデが言えばそうなる。その存在は彼女の言葉こそがすべてだ。

だからこそ気に入らない。

 

――『くれぐれも、シグルスが手を出してはいけませんよ』

 

全ては計画通りに進める必要がある。

 

『許しが出れば、今からでも八つ裂きにしたい――』

『ウフフ……すごく、粗雑で暴力的ね』

 

自身はヒルデの理想を叶えるためにいる。彼女の願いは自身の願い。

ヒルデは笑っていなければならない。

 

(だから、彼女の前に現れる英雄という存在など……)

 

クスルーンとの会話を遮断し、シグルスは目を細めて件の青年へと視線を向けた。

決して、殺気など飛ばぬよう、意識も魔力も漏れぬよう。

 

そうできるように、この身は作られている。

 

■英雄(ヒーロー)の資格


 

一通りの講義が終わり、学園での時間を終える終業の鐘がなる。ここから先はそれぞれの課外活動の時間。

聖職者が多いため、たいていは奉仕活動を行うのが習慣だ。聖騎士を目指す者は武術訓練に励んでいる。

シュタアルとしても一度見てみたくはあったのだが。

 

「あの、エイルさん、ヘリヤさん……」

 

連行される犯人スタイルで現在は両サイドの乙女に腕をとられて引き摺られている。

理由は話してくれない。

 

『体育準備室』と書かれた部屋に連れ込まれ、マットの上に放り投げられた。

 

振り返るとヘリヤが扉を魔法で閉じて、そのまま入り口を封鎖する。

 

「え、ちょっと!ヘリヤ何をする気!?」

 

いつぞやの医務室で襲われた一件を思い出して、身構えながら座った姿勢で後ずさる。

その様子を見たヘリヤは少し目を細めて、口角を少し上へ上げた。

 

と、同時に、エイルが翼を広げ部屋の端々に羽根を展開した。

 

「―― 何人モ穢スベカラザル聖域 ――」

 

という彼女の詠唱と共に部屋の内部に一瞬光が走る。

 

「これで、この部屋は外部からの観測も干渉を受けません」

「ついでに私が満足するまで出られないわ」

「何する気!?」

 

体育準備室に連れ込まれ、マットの上に放り投げられ、突然完全閉鎖空間を形成された。

前回ヘリヤに閉じ込められたとき外からエイルが助けてくれたが、今回は彼女も共犯である。

 

「シュタアル……いい加減、お願いよ……」

「部屋から出たかったら、私たちを満足させてよ」

 

マットの上で四つん這いの姿勢でシュタアルに目線を合わせた二人は二方向から迫ってくる。

訳も分からず後ずさりすると背後の壁にぶつかり、逃げ場がない事に気づいた。

 

「まって、二人とも……待ってくれ」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「要するに、俺が、二人に話していない目的を洗いざらいちゃんと説明しろと」

 

正座スタイルのシュタアルは向かい合うエイルとヘリヤに聞き直すと二人の少女は首を縦に振る。

 

「こんな厳重な閉鎖空間にしなくても……いや、いるか……いるかも」

「気づいているでしょ。何かが私達を監視しているわ。

 シュタアルの行動もそろそろ理由を知らないと私たちがやりにくいの」

 

うぐっと息を飲む。目の前の二人は冗談を言っている目つきではない。

どうにも、話せないことがあることを見通されていた、というのが実態らしい。

 

ある程度は許してくれていたところを、メトーデさんからの話、先の情報を踏まえて看過はできないと。

 

(ですよねぇ!!)

 

この二人がそんな大人しいなら、留学も一人で来ていた。

というより、『話せない秘密がある』事実を知って飲み込んでいたという状態が怖い。

男として怖い。本当に何なのだと言いたい。そんなにわかりやすいのかと。

 

「シュトラールへ突然行くって言ったとき、薄々可能性としては考えていた。

 でもシュタアルが決めたなら、そこには触れないようにしていた。だけどもう、そういう段階じゃない」

「さっきの魔法、本当に気を付けた方がいいよ。ほら、なんだっけあの地味な男」

「シグ……あれ、なんだっけ?あいつ誰だ……」

「やっぱり……」

 

嫌な予感が当たった、という様子でエイルはため息を吐いた。

 

「聖都に来て、アーデルや聖騎士の数名であれば分かりますが。

 だけど、今朝の彼は私の記憶の中でもシュタアルと交友があった覚えがありません」

「息子の交友関係チェックするお母さんかなっ!?」

「違います!」

 

というエイルの反応を見てヘリヤはにやりと笑う。

 

「束縛系よね、エイルは。親しくなればなるほど」

「ヘリヤぁ!!話が逸れるからやめて!」

「それに比べて、私は寛容よ。どう、シュタアル?」

「何の話ぃ!?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

何やらわちゃわちゃがあったが、結局押し切られて話してしまった。どこからか?

それこそ、オイサーストでゲナウと二人でおしゃれ喫茶店でお昼を食べたところからである。

 

「ううっ、もうやめて……これ以上出ないよぉ」

 

壁に張り付き助けを請うシュタアルを見るヘリヤの目の色が嗜虐色に変わる。

とても楽しそうな表情が怖い。

 

『エイルとヘリヤに対してシュトラールからの干渉がどうなるか分からなかったから、招致を受けた』

 

という話を聞いた後、エイルはずっと顔が真っ赤だし、ヘリヤは瞳の奥の狩猟色がやけに怖い。

咳払いをしたエイルは「とにかく」と先程までの話を整理する。

 

「シュトラールから受けた脅迫まがいの招致でこちらに来た結果、聖母マグノリアから聖騎士アーデルを助けて欲しいという依頼を受けた。

 そして、その帰りにヴァルグという、魔剣士に襲われた。

 さらにその一方で、クラスには二人ほど妙な気配の生徒が混じって私達に何かを仕掛けている。あってる?」

「はい……その通りです」

 

渋々、エイルの言葉に頷くと「あとはぁ」とヘリヤが付け足す。

 

「メトーデ様の話からすると、魔王信仰の村の粛清を命じた枢機卿、粛清に巻き込まれたアーデル。

 聖騎士に保護されたという名目とはいえ……その心たるやどうなんでしょうね?

 私もあの爺さん気持ち悪かったし」

「気持ち悪いって……なんか立派そうだったじゃん」

 

シュタアルの言葉に、笑みを深めるヘリヤ。

 

「シュタアルはあの人の言葉を何でも信じられると思った?」

「いや……」

「言葉と主張だけは綺麗……よくパパとママの敵対相手にいたわ、ああいうの」

 

ラントとユーベルは一体任務で何をやっているのだろうか。そして、なぜヘリヤがそれを知っているのだろうか。

突っ込みだすととんでもない話が出そうなので一旦黙る。

 

「お母さんが、わざわざ来た。きっと私達に話してないこともある。シュタアルは……どうしたいの?」

 

エイルの視線はあくまで真っ直ぐだ。

「危ないことをしないで」と性格的に本当は言いたいのかもしれない。でも彼女はそうしようとはしない。

 

『私のいないところで戦わないで……』

 

ヴァルグとの戦闘で、エイルから告げられた言葉。それがきっと彼女の覚悟なのだろう。

 

「俺は……俺の目的もあるし、やっぱり捨て置けない」

 

だから、こちらも覚悟を決めるべきだ。

 

「マグノリアから言われたからだけじゃない」

 

そして、差し伸べられた手は握るべきだ。

 

「俺は。アーデルを助けたい。あいつはきっといい奴だと思う。だから……」

 

そうしないと、この身は未熟で、頼りなくて、届かないことも多い。

 

「――だから、手伝ってくれ!エイル、ヘリヤ!」

 

真剣な顔でそう伝えると、気付かないうちに二人の手を握っていた。

あっけにとられた二人は、やがて少しだけ頬を染めて。

 

「分かりました」

「当たり前でしょ」

 

微笑み返してくれるのだった。本当に借りばかり積み上がっていく人生である。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

聖都シュトラールとは教会の総本山である。つまり、世界で最も死者が安らかに眠れる聖なる地という触れ込みの広大な墓地が存在する。

 

「……土葬は助かるわ。素材にちょうどいい」

 

しずしずと聖女の様に墓地を歩くのはシスター・ヒルデ。

彼女がぱちんと指を鳴らすと、墓地に真っ赤な花の束が現れてそれが次々と墓石の上に供えられていく。

 

「”ご奉仕”としてはこれでいいかしら……」

 

静かにそうつぶやくと、くすくすという笑い声と共に、ヒルデの陰から少女が現れた。

 

「『ドラウグル』ですか?お姉さま」

「もう少し、素敵になると思うわ。いざというときしっかりと追いつめてくれないと」

「楽しみですねぇ」

 

腰に抱きついてくるクスルーン。ヒルデはその頭を撫でながら彼女に問いかける。

 

「シグルスはしっかりしている?」

「やる気あり過ぎですわ。グラウベ大司教が今夜施設巡礼をされるそうなので。準備しております」

 

それを聞いたヒルデは深く息を吐く。

 

「あらあら、同派閥の2位まで居なくなったらお義父様どんな顔なさるかしら」

 

ヒルデは花の観察でもするように述べる。その笑顔はまるで氷の微笑とも言うべきものだった。

 

■夜は訪れる


 

「ごめんな……ソラス」

 

護衛の当番時間が終わり、宿舎に戻ったばかりのアーデルはドアを閉めた瞬間に膝をついた。

目が回り、吐き気がする。立っていられない。

 

「ぐっ……せめてベッドぐらいには……」

 

日に日に、頭痛は酷くなる。目がくらむ。夜に意識が遠くなる。

理由は分かっている。分かっているが、それを認めれば……聖騎士ではいられない。

 

『僕は、強くなりたい……』

『アーデル。君に、与えられるもの。私にはそう多くない。だが騎士である私に出来る事は……』

『それでもいい、僕は……兄さんの為に』

 

あの日、生き残り、助かったことを理解した時に誓った。

『正しく誰かを救える存在になる』ということ。

 

―― ……嫌です。お断りします。私の子は……渡せません。

 

母はそう言って守ってくれた。

 

―― 関係ねえ!俺は、アーデルと一緒に、母さんの分まで!生きる!!

 

兄はそう言って願ってくれた。

 

―― 教会の騎士団の思惑がどうあれ、お前達のような存在を救うためにここに来た

 

養父はそう言って救ってくれた。

 

―― 君は君自身を救える力を求めるべきだ、それまで彼女が君の本当の剣だ。挨拶しなさいソラス。

 

聖女はそう言って与えてくれた。

 

「僕に出来る事は……僕が今すべきことは……誰か……教えて……」

 

宿舎に帰りついたと同時にめまいを覚え倒れ込んだアーデル。

ソラスは彼の周りを心配そうに飛び回っている。

 

だが、うめき声を上げるアーデルの髪色は徐々に変化していく。

 

「は、はは……待たせたな……ソラス」

 

床に手をつき体を起こしたヴァルグは、不安そうな表情で右手に止まったソラスへと声をかける。

 

「今日こそ、アーデルの禍根を斬るぞ……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

宿舎についたシュタアル達はカンネ教師とメトーデに本日の報告をしなければならない。

これは、留学中の学生の義務である。

 

「先生、これ」

「はい、受領しました。シュタアル君。一応、先生としては君にこの宿舎で大人しくしていなさいと言うしかありません」

 

カンネ先生は、ちょっと困った顔をして説明してくる。

 

「でも、君のやってきたこと。記録に残っている君の選択は知っています」

「先生?」

「ごめんね……」

 

昨晩、カンネもメトーデからの説明は聞いている。その裏にある何かも感づいてはいるのかもしれない。

 

「本当は大人が何とかしないといけないのに……君が背負っちゃったこと」

「……何のことでしょうか?」

「本当はレルネン学長から言われているんだよ。君がやろうとする行動を阻害しないように、ね」

 

シュタアルはその言葉に目を見開く。思い返せば、このシュトラール行もゲナウからの依頼だ。

そして、その事情を確実に知っているであろうメトーデもここに来ている。

 

「……そうですか」

「シュタアル君に押し付けたい訳じゃない……でもね。好きなようにしていい。君がそれで行き詰まったら先生たちが何とかするから」

 

カンネはシュタアルの頭を撫でてくれる。

 

「だから、どうにもならなくなったら先生を頼ってよ。頑張るから」

 

その場は上手く返せず「ありがとうございます」とだけ伝えてシュタアルは部屋を出た。

 

「そんなに顔に出ていたのかな?」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

カンネに報告する少し前のことだ。宿舎に戻ったシュタアルを待っていたのはメトーデだった。

 

「少し、お話よろしいですか?」

 

神妙な表情の彼女に促されるまま、ついていくとおそらく使っていないであろう部屋にたどり着いた。

そこは複数名用の部屋だった。おそらくメトーデが借りている広めの部屋なのだろう。

彼女はノックもなく部屋に入っていくため、後に続く――が、

 

「え、ちょっと、お母さんっ!?」

「――あら、ごめんなさい、着替え中だったのね。あらあら、ごめんなさい、ごめんなさいねシュタアル君」

 

部屋の中にいたのは着替えている最中のエイル。メトーデが来たので家族部屋に移動したのだろうか?

クルッと振り向いたメトーデに頭を掴まれ、そのまま顔を部屋の中央に向けられる。

「ぐきっ」と変な音が鳴りかけた首に「ふげぇ」と声が出てしまった。

 

「いやぁぁ!シュタアル見ないで!!」

という悲鳴と共に、背後から突風のような勢いで迫る殺気を感じる。

しかし、メトーデが束縛魔法のようなものをかけているのか全然動けない。

 

「シュタアル!!」

 

視界に棚引いたのは深緑の髪とヘリヤの声。その直後に、脳天に叩き込まれたバチィという衝撃で意識が飛んだ。

 

「―― あがっ!!……純……白の……猫さん……パ……ンツ……」

「しっかり見てるじゃないの……」

「―― 流石の動体視力ですね」

「―― もう、お母さん!これは一体何なの!?」

 

そんな、女性陣の声の中、訳の分からないことで一瞬意識を飛ばしたわけだが――

 

――しばらくしてから、シュタアルが目覚めたときには、エイルとヘリヤが両サイドに座るソファーの上だった。

 

正面には何故かベッドの上で正座するメトーデさん。

 

「シュタアル君が目覚めたようなので。お話をしましょうか」

 

真剣な表情で瞳を開いたメトーデ。それに対して少々不満げなのはヘリヤ。

 

「さっきの一幕って必要だったの?」

「緊張をほぐそうと思いまして。何か覚悟の決まった顔をしていましたし」

 

いろいろ台無しにされた感じはある。

が、隣で「見られた……見られた……」とぼやいているエイルが怖くて黙っていることにした。

 

「本日、夜に急進派の第2位であるグラウベ大司教が施設巡礼をされることになりました」

 

メトーデの言葉に、シュタアルの表情が再び険しくなる。

 

「……メトーデさん。また、事件が起こると言いたいのですか?」

「おそらく、厳戒態勢の警備の上で行われるでしょう。普通に考えたら犯行は不可能です。

 しかし、件の魔剣士の青年が現れるかもしれません……」

 

目の前の人物はいったいどこまで把握しているのだろうか。

 

「分かったよ、ありがとうメトーデさん」

「いえ、私は教会の近況をお伝えしただけですから。

 あと、外で怪我をしたら必ず帰ってくること。一級魔法使いメトーデの誇りをもって完治を約束します」

「……わかりました。とにかく、カンネ先生に報告出してくるので」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

時間は戻って、カンネ教師への報告後。

準備を終えてロビーで考え事をしていると後ろから近づいてくる気配を感じる。

確認するまでもなく分かるのは慣れたからだろうか。

 

「どうしたの?」

 

深緑の髪を揺らしひょっこりと覗き込むようにヘリヤは笑顔を向けてくる。

 

「いや、なんか、気を遣わせちゃってるなって……」

 

つい先ほどのメトーデやカンネの様子を見るとなんとなくそう思ってしまう。

 

「良いじゃない。みんな、信じてくれているんだよ」

「……そうかな。そっか――」

 

背中を押してもらっていると思う。こんなガキの我儘なのに、いつも応援してくれる。

哀れな人々を救済するべきだとか、そんな大義がある訳じゃない。誰かを見て同情した訳じゃない。

アーデルは良い奴だと思った。少し辛そうな顔をしているのを見て心配になった。

たったそれだけの無茶なのに。

 

もちろん、マグノリアに依頼されたこともある。対価に出された条件は喉から手が出るほど欲しいものだ。

 

「やるだけ、やってみるしかない。止めて目が覚めるなら止めてやりたい」

 

なぜ、ヴァルグという名で彼は暴れているのかも知らなければならない。

 

「いいじゃん。そういうの私好きよ」

「……好きって」

「そう、好き……」

 

ヘリヤはシュタアルの腕をとって肩に頭を乗せようとする――が。

白い羽根がひらひらと降りてヘリヤに当たると、バチィッと小さな電撃を走らせて消滅した。

 

「痛っ!やめてよ、いい雰囲気だったのに」

「今からやること考えたらそういう場合じゃないでしょ!」

 

背後からツカツカとエイルがやってきてシュタアルの襟首を掴み、ヘリヤから引き離した。

何やら喧々諤々とし始めたので、シュタアルはそっとその場から一歩下がりつつ――

 

「ねえ、二人とも一応、気配を殺していくから……」

「「シュタアルは黙ってて!」」

「……はい」

 

本当に、大丈夫だろうか。二人に協力をお願いしてよかったのだろうか?

空を見上げて涙がこぼれそうになった。

 

■魔剣の降り立つ夜


 

「まったく、こんな夜にお勤めとはな……」

「護衛は我々にお任せください」

 

グラウベ大司教のボヤキに返したのは教会騎士団の隊長。

ここ最近立て続けに起きている司祭の暗殺だが、教会としての仕事を完全停止はできない。

基本的には護衛を強化し、お勤め自体は並行して続けられていた。

 

「聖騎士職の者も2名つけております。ご安心ください」

「頼んだぞ……」

 

急進派である司祭が連続で狙われたという事実。かつて教会が粛清した組織の残党であろうか。

もしくはそれに類するものが凄腕の暗殺者でも雇ったのか。

 

「あるいは、マグノリアか……」

「大司祭、滅多なことは……」

「そうだな、迂闊だったな」

 

一か所目の公務が終わったあとの移動中。

比較的人通りの少ない裏通り、護衛の騎士団の緊張感も高まる。

 

そんな最中、道の突き当りの塀の上に座っていたのは銀髪の青年だった。

 

「こんばんは、グラウベさん。お勤めご苦労様です。遅かったですね」

「誰だ、お前は……!? お前は……? そうだ、シグルス。なぜ忘れていたんだ、シグルスじゃないか」

 

一気に警護状態に移行していた騎士たちは安堵して、警戒を解いた。

誰もが知っている。知っているはずの青年。信頼できる青年。シグルスだ。

 

「グラウベさん。ずいぶんと大勢引き連れていますね。異端者の粛清でもなさるんですか?」

「いや、公務だ。最近、我々を狙う不届き者がいてな」

 

シグルスは塀から降りてすたすたと一団の方へと向かってくる。

本当に、何事もないかのように笑顔を崩さずに――

 

―― その腕を振りかざし

 

「――虚ろなる刃の魔法(ゲフェルシュトグラム) ――」

 

シグルスの言葉と共に薙ぐように振るわれた光の線。

彼が通り過ぎた瞬間、兵士の首から上が切断されていた ――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「血生ぐせぇ……嫌な臭いがしやがる」

 

魔剣を構え、施設や家屋の屋根の上を走り、飛び移りながら移動するヴァルグ。

この状況を生み出している暗殺者――その犯人を、まずは八つ裂きにする。

 

「アーデル。待ってろ。まず、このムカつく状況を終わらせてやる」

 

それから、あいつの事だ。鋼の英雄。ヴァルグとしては気に入っている。

だが、アーデルの心はあいつの事でざわついている。だから、まずは暗殺者を片付けた後、どうにかする。

 

「鋼の英雄ねえ……」

 

英雄と謳うにはまだ力不足。だが、そこら辺の連中よりはよほど強い。

願わくはずっと打ち合っていたいような気もする。だが、ダメだろう……

 

そんなことを考えている最中。上空を飛ばせていたソラスがヴァルグの下に帰って来た。

ソラスのささやき声を確認したヴァルグは笑みを浮かべる。

 

「なるほど……あっちか」

 

やはり、すでに襲撃は始まっているようだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「エイル。その大司祭の行く場所は?」

「この時間だと2箇所目に回るはず――お母さんのくれたタイムテーブルによると、だけど」

「十分だ!」

 

相手は兵士を大勢連れている。

おおよその場所が分かれば捕捉は可能である。

 

「飛び込み方間違えると騎士団とも戦うことになるよ」

「そうならないように気を付けよう。特に教会内部で不審者として捕まると厄介だ」

「どうやって……?」

 

まさか、ヘリヤにそんなことを言われるとは思わなかった。

が、どうするべきかと頭をひねる。

 

「……とりあえず、攻撃じゃなくて、救援という形で入れば」

「そういうの苦手~、襲撃したい」

「やめてぇ……」

 

ヘリヤが物騒なことを言い出すので反対していると、

隣を飛んでいたエイルが「なら私が……」と手を挙げる。

 

確かに、彼女の魔法はそういう意味では最適なのだが。

 

「エイルは白翼の魔法使わないようにして」

純白の翼を広げる魔法(ヴァイスディフェイダ)……」

 

忠告をするとぷくっとした表情で名前を訂正された。

 

「え、なんて……?」

純白の翼を広げる魔法(ヴァイスディフェイダ)!」

 

彼女なりに、こだわりがあるらしい。なんとなく頑ななので「あ、うん。それ」と返す。

 

「使ってはいけないのは、どうして?」

「……急進派の人達って異端に厳しいらしいんだよ。で、そんな中で白い翼を広げて女神様みたいな姿のエイルが入ると――」

「女神……?!」

 

シュタアルの言葉を聞いたエイルは目を見開き、次の瞬間、顔が真っ赤になる。

 

「そう、『信仰もなく神を模すのは冒涜だ』とかそういう――」

 

説明しようとしていると、エイルは飛行しつつも両手の人差し指同士を合わせながら、上目遣いで聞いてくる。

 

「シュタアルも……そう思ってるの?その……女神様みたいって」

「え、何……?」

「私の事、そんな風に思ってたの?」

 

たどたどしく聞いてくるので、エイルにとっても繊細な問題だったのだろうか。回答に詰まる。

 

「えー、あー……まあ、綺麗だし、翼生えているし、普通に見て女神様の衣装みたいな……?」

「……そうなんだ……分かった……いざというときか、シュタアルの前でしか使わないでおく……」

「俺が……なんて……?」

 

最後の方は声が尻すぼみに小さくなって聞こえなかった。

 

「いてぇ!何!?」

 

そうしていると、逆サイドを走るヘリヤが脇腹を杖で突いてくる。

 

「私には?」

「むやみに攻撃力の高い魔法使わないで!!」

「シュタアルの態度次第かなぁ」

「やめてよぉ……!」

 

本当に、このまま行って大丈夫なのだろうか?

 

■虚ろな襲撃者


 

目の前に現れた、銀髪の青年シグルスは先頭に構えていた兵士二人の首を跳ねてしまった。

 

「シ、シグルス!! お前、いったいなぜそのような――」

「なぜって、嫌だなぁ……グラウベさん」

 

血に濡れたシグルスは平然とグラウベのいる方向へと歩いてくる。両サイドに居合わせた聖騎士は警戒心を高めて武器を構えた。

 

「―― 今の二人はただの”邪教を称える異教徒”です。教義に従って僕が粛清したんです――」

「そうか、そうだったな……その二人は異教徒だった……仕方ないな」

 

グラウベは胸をなでおろして、聖騎士の武装を下ろさせた。

聖騎士の二人も顔を見合わせ、首をかしげながらも従う。

 

そうしていると、シグルスは笑顔のまま手をパンパンと叩き、彼らの注意を引く。

 

「さて、皆さん。時間もないことでしょう。私もあまり暇ではありません。手早くいきましょう」

「ああ、そうだな。私は――急いでいるのだった」

「そう、グラウベ大司祭。あなたは急いでいる。だから行きましょう」

 

シグルスの言葉にグラウベは一人で歩き出した。

その様子にシグルスは口角を上げる。

 

「さあ、こっちへ ――虚ろなる刃の魔法(ゲフェルシュトグラム) ――」

 

グラウベ大司教が歩む先に設置された薄い光の刃。

そこに踏み込めば、自ら切り裂かれ八つ裂きになる――はずの刹那、空中から風を斬る音と共に何かが落下してくる。

 

「―― 見つけたぞ、クソ野郎!」

 

それは黒い旋風となり、光の刃を砕き、地面を割りながら魔剣士ヴァルグは着地した。

 

「おい、クズ爺!役立たずの兵士ども!」

 

乱暴な口調でヴァルグは真後ろにいたグラウベの胸ぐらを鷲掴みにする。

 

「ぐっ、なんだ……!お前……」

「お前がむごたらしく死のうが俺は一向にかまわねえがアーデルの仕事が増える。引っ込んでろ。

 ダインスレイヴ!筋力上限解除!」

 

ヴァルグの言葉と共に、ダインスレイヴの柄の水晶が光り出す。

周囲に散っていた血を剣が吸い上げると同時に、グラウベを掴んでいたヴァルグの腕の筋肉が隆起し、血管が浮かび上がった。

 

「死なせたくなかったら受け取れ、ボンクラ兵士ども!」

 

ヴァルグが一歩を踏み出し、グラウベを投げ放った。

 

「「!?」」

 

壮絶な表情で固まった騎士団長を巻き込み、グラウベは壁に叩きつけられて、二人は気を失った。

 

「あん?強すぎたか?まあいい、こそこそとやらかしたのはお前か」

「ははは、こんにちは……お強いですね。――ねえ、ヴァルグさん――」

 

声が届く一瞬前、ヴァルグは手にした剣で何かを斬り上げた。

見えはしなかったが、空間に漂っていた空気が何かに断ち切られた気配がする。

 

「お前は誰だ」

「へぇ……その剣、そんなことも出来るんですね。さすが、本物は違う」

 

そうしている間にも、グラウベの護衛をしていた他の騎士団たちが彼らを取り囲む。

 

「貴様ら!何者だ!」

「解けちゃいましたか。仕方ないな。ヴァルグさんも、もう少し先の予定でしたが計画を少し前倒しにしましょう」

 

シグルスの言葉にヴァルグは眉を寄せ、兵士たちは後ずさる。

 

「計画だと!?」

「あなた達は丁度いい触媒になってくれそうだ。沢山の血と怨念が必要で――おっと」

 

―― ギイィィィン ――

 

金属がぶつかったような音が鳴り響く。シグルスの掌の正面、光の刃に魔力の剣が突き刺さっていた。

 

「女神の四宝刀……ずいぶん強引ですね」

「話なげぇよ」

 

ヴァルグの投擲した魔力の剣をシグルスが受け止めていたのだ。

 

「全員、二人の不審者を捕らえろ!」

 

騎士団はその号令と共に二人に襲い掛かろうと踏み出す。

舌打ちをしたヴァルグは魔剣ダインスレイヴを肩に乗せて構える。

 

一方でシグルスは――

 

「まあ、そうなりますよね。クスルーン。出番です」

 

自身の片割れの名前を呼ぶ。

 

「あっはははははは、本当に不器用なことぉ!!」

 

突撃しようとしていた聖騎士の一人の陰から少女が飛び出した。

黒いゴシックドレスに銀髪ツインテールの少女は、聖騎士の頭を掴み、砕いてから飛び上がり、魔法を発動させた。

 

「――簒奪して掴む魔法(グライエントライセン)――」

 

■乱戦と血の狂乱


 

黒の少女、クスルーンの放った魔法は、瞬間的に銀の髪を触手のように伸ばし、騎士たちの手元へと迫る。

 

「も~らった」

 

にやりと笑った少女は地面に着地して腕を引く。それと同時に伸びた触手は彼女の手元に戻ってくる。

 

「剣が……!!」

 

彼女の周りには無数の剣やナイフ、ボウガンが浮いている。

騎士たちは武具という武具を全て彼女に奪われつくして、丸腰の状態となっていた。

 

「じゃあ、皆さん、さようなら」

「まて、貴様いったい何――」

 

騎士の言葉を聞くこともなく、クスルーンは奪った剣を円形に配置して高速で回転させた。

叫び声すら上げる暇もなく、騎士の肉体はバラバラに切り裂かれ、飛び散る血飛沫だけがその場に残る。

 

「ひとり、斬り損ねましたか……流石聖騎士」

 

うっすらとクスルーンが瞳を開けると、兵士の中に2名いたうちの一人がまだ残っていたようだった。

 

「バケモノめ!」

「剣を奪えなかったかー。じゃあしょうがないよね」

 

クスルーンはくすくすと笑いながら、操っている剣を全てその騎士へと向ける。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

一方でヴァルグはシグルスと打ち合っていた。打ち合っているという状況が正しいのかは不明だが。

 

「やる気あるのかてめぇ……」

「ヴァルグさんみたいな人と本気で打ち合ったら斬られちゃうじゃないですか」

 

シグルスは笑顔を崩さずに虚ろなる刃の魔法(ゲフェルシュトグラム)をばら撒きながら逃げ回る。

 

「うっとおしい!」

「そろそろ、頃合いですねー」

 

シグルスの視線の先では一人残った聖騎士がクスルーンの攻撃に防戦一方だ。

防御魔法を習得しているらしく、剣と魔法で猛攻を凌いでいるが時間の問題だろう。

 

舌打ちをしながらシグルスを討とうと追い回すものの、シグルスは罠を撒きながら全力で逃げるという、実に厄介な動きをする。

 

(あの、化け物女に全滅させられる前に決着をつけねえとな……!)

 

発生した襲撃はなくならないにしても、第2位が死ぬとファルブレント枢機卿はうるさいだろう。

 

「化け物どもめが!」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「残念ですが、ここまでのようです」

「ぐっ……!みんなすまん。仇を討つこともできないとは……」

「さようならー。計画の糧になってね」

 

クスルーンが言い放つとすべての剣が一人の騎士に襲い掛かる。

 

が―― その瞬間。

 

「――させるかよ!!」

 

聖騎士の背後から駆け抜けてきた青い疾風が、その背中を掴み上げて飛び上がる。

 

「あら、ようやく来たんだ?」

 

クスルーンが飛び上がったシュタアルに向けて手をかざす。

それと同時に剣の向きが変わり、シュタアルと、抱えられた聖騎士へと狙いを定める。

 

「エイル!ヘリヤ!」

「「―― 重量を操作する魔法(シュヴェーアクラフト)――」」

 

上空で待ち構えていた二人の少女は下方から迫りくる武具に対して重力魔法を叩きつける。

クスルーンが操っていた剣は一斉に地面に落下してその場に縛り付けられた。

 

「ふーん、なるほどねー」

 

クスルーンは口元に手を当てながら地面に着地したシュタアル達を観察する。

シュタアルは抱えていた聖騎士に「大丈夫か?」と声をかけつつ、枢機卿のもとへ駆けつけるよう促した。

 

「ちょっと、助けに来るには遅かったみたいだね。たくさん死んじゃったよ?」

「……なんでこんなことをした。ヴァルグと戦っているのはお前の仲間か?」

 

シュタアルの質問にクスルーンは微笑みながら目を見開き答えてくる。

 

「冷たいなぁ…… ―― 私達クラスメイトで、襲い掛かって来たあの黒い剣士と戦ってたのに ――」

 

その瞳は赤く輝き、魔力光を感じて――

 

「無駄です!」

 

エイルが手をかざすと、数枚の羽根が舞い踊る。それは何かの影響で黒ずみ、消滅した。

どうやら、翼を出さずに羽根だけを展開して相手の魔法を防御したようだ。

 

「あら、やっぱり効かないのね……まあ、シグルスほど得意でもないのだけど」

「……認識操作魔法」

 

シュタアルの言葉にクスルーンは「当たりぃ」と手を叩く。

 

「私は他人の認識から消えることが得意なの」

「教室で、何度か視界から消えていたな……そういうことか」

「まあ、いいかぁ~、シグルス~いつまで遊んでるの?状況と役者はそろったわ。やっちゃおう」

 

クスルーンは口元に手を当て、愉快そうにニヤニヤと笑う。

 

(嫌な顔だ……)

 

女の子で、見た目は、言ってしまえば美少女なのに、意思がこうだとこんなにも嫌悪を覚えるのか。

ふと、隣にいたヘリヤと目が合った。彼女の視線は「比べないでくれる―?」と言いたげだ。

 

「3対1でどうにかなると思ってるのか?」

「あははは、もうすぐ1対1ぐらいのバランスになるから大丈夫ー」

 

クスルーンは嘲笑を浮かべながら詠唱を唱えた。

 

「さあ、始めましょう。――簒奪して掴む魔法(グライエントライセン)――」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ヴァルグはシグルスに向かってダインスレイヴの一撃に女神の魔法で形成した4本の剣の追撃で追いつめるが――

 

「ちまちまと、うっとおしい!」

 

血を流したのは自分の二の腕。よく見るとそこかしこに光の線が見える。

シグルスの出した設置型の刃の魔法だろう。おそらく、巧妙な認識阻害をかけてきている。

ヴァルグには完全に効きはしないがそれでも認識はし辛い。

 

「―― 女神の四宝刀 ――!! 回れ!!」

 

ヴァルグの声と共に、魔力で形成された4本の剣が輝き、彼の周囲を高速で回転する。

それと共に音を立てて、微かな光の線が砕け散った。

 

「粗野なようで、器用だね」

「うるせぇ。罠を巻きながら逃げ回るならこれですりつぶす!」

「でも、もう時間だ。向こうも準備ができた。踊ってもらうよ。魔剣士――」

 

シグルスが指し示した先はクスルーンと対峙するシュタアル達、地面に転がる兵士の遺体。

 

―― そして

 

「さあ、始めましょう。――簒奪して掴む魔法(グライエントライセン)――」

 

クスルーンの言葉と共に操っていた剣が一斉に、地面に倒れる兵士の遺体を貫き、まるで磔(はりつけ)の刑場のような光景が広がる。

 

「何をしている」

 

ヴァルグが眉を歪ませてシグルスに問うと彼は、顔を歪ませるように笑った。

 

「さぁ、ダインスレイヴ!喰らうがいい!血と怨讐という糧を!お前の真意を表せ」

「っっ!?」

 

シグルスの言葉にヴァルグの握るダインスレイヴが震え出す。

 

「ダインスレイヴ!なんだ!?」

 

次の瞬間、兵士から流れ出た血が、ダインスレイヴの刀身へと引き寄せられていく。

 

「ダインスレイヴは戦場でこそ真価を発揮する剣だよ……君は耐えられるかな?」

 

―― 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い

 

剣から流れ込んでくるイメージは絶え間なくヴァルグの頭に響く。

「てめぇ……うああああ”あ”あ”ア”……」

 

徐々に意識を奪っていく何かの濁流に――

 

「あ”あ”あ”あ”あ”―――――!!」

 

自身の発する絶叫の声と共に、ヴァルグの意識は闇に包まれていった。

 

■魔剣ダインスレイヴ


 

「あら、あの子達、ダインスレイヴを発動させたのね」

 

自室で紅茶を飲みながら、優雅に佇んでいたシスター・ヒルデは薄く微笑む。

少し早いかもしれないがそれも良かろう。どうやら件の少年たちとぶつかっているようだ。

 

「どうかしましたか、ヒルデ?」

「いいえ、お義父様、何でもございませんわ……ところで、グラウベ大司教は大丈夫でしょうか?」

「ふむ、十分な護衛はつけた。過剰なぐらいだ……しかし、ヒルデ、何か懸念はあるかな?」

 

ファルブレント枢機卿はテーブルに肘をついたままヒルデに問いかける。

 

「そうですね、私が襲撃者ならいくつか考え付く方法もございます。お義父様も夜に外を出歩くときは十分にご注意くださいませ……」

「そうか、それは十分に気を付けよう……それにしても君は変わったものの考え方をするね」

 

ヒルデのまるで暗殺者然とした発想にファルブレントは苦笑する。

その様子にヒルデは、口元に手を当てクスッと笑いながら

 

「ふふ、お義父様。どんな状況でも多角的な視点で見ることは重要ですよ。防御をするなら攻撃者の視点を理解することです」

「なるほど、それはその通りかもしれないね」

 

ウフフフと和やかに笑うヒルデの瞳は薄く開き、ファルブレントを見つめる。

まるで、それができないものをあざ笑うかのような瞳で。

 

「それでは、お義父様。そろそろお暇させていただきますわ」

「ああ、もうそんな時間か。ありがとう、ヒルデ。今日もとても参考になったよ」

「お役に立てて光栄です。それではよい夜を」

 

さて、様子を見て、自分も現地に駆け付けなくては。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ようやくか。ずいぶん手間がかかった。事前の周辺隠蔽も次からはもう意味をなさないかもな」

「あらぁ、シグルス、それに関しては私も結構手伝っているのよー」

「クスルーン、君は時々面倒になったら数名喰っているでしょ?辻褄合わせをする僕の身にもなってくれ」

 

シグルスとクスルーンの目の前ではダインスレイヴの魔力に狂うヴァルグが吠えている。

その周辺では小さな人工精霊が飛び回っている。ダインスレイヴから流れ出る狂気を打ち消すかのように、必死に光っている。

 

「クスルーン。アレを捕まえておいて」

「ええー、あれ掴みたくないんだけど……」

「鳥かごにでも入れておきなよ」

 

渋々、クスルーンは同意してヴァルグに向かって手をかざす。

 

「ちょっと、じっとしてなさい――簒奪して掴む魔法(グライエントライセン)――」

 

必死に輝き、ヴァルグの周辺を飛んでいた人工精霊ソラスはクスルーンの魔法にとらえられた。

それと同時にヴァルグの絶叫は勢いを増す。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「エイル。あれって……」

 

正面のヴァルグが魔剣ダインスレイヴから流れ出る魔力に影響されている様子を見てシュタアルはエイルに問う。

女神の魔法にも精通し、更に白翼の力で他者の害意にも敏感な彼女なら何かわかるかと思ったからだ。

 

「人の意思が薄れていっている感じがする」

「あれが平常ですって言うならやんちゃすぎるわよね」

 

エイルに加えてヘリヤの言葉ももっともだ。現象の原因より重要なのは、ヴァルグが発している殺気だ。

シュタアルが注意深く観察しながら、剣を構え直したと同時にヴァルグの絶叫が止まる。

 

これは――と、感じた瞬間、シュタアルの握るレーヴァテインが激しく振動する。

 

「来る!」

 

その声と同時にほぼノーモーションでヴァルグがシュタアルに向かって距離を詰めて剣を振りかぶる。

 

「頼むぜ、レーヴァテイン!」

「シュタアル、援護を!」

 

飛び掛かってくるヴァルグに対してシュタアルは剣を合わせ、エイルとヘリヤは援護に回ろうとしたとき。

 

「―― 言ったでしょぉ、1対1になるってぇ」

「ッッ!!」

 

エイルとヘリヤのサイドからシグルスとクスルーンが襲い掛かってきた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「あ”あ”あ”あ”お!」

「遠慮なしかよ!」

 

ヴァルグのダインスレイヴをレーヴァテインで受け止める。刃がぶつかり火花が散り、その斬撃を弾き飛ばす。が――

 

―― 嫌な感触がした。

 

「ぐっ」

 

レーヴァテインは魔力を斬撃に変える機剣であるため、常に魔力を吸う特性がある。

通常は緩やかにシュタアルの魔力を吸収しているが、最近はこの特性を利用して相手の魔法を斬るという使い方をしていた。

 

しかし、ダインスレイヴから流れ出る魔力に刀身が苦しんでいる。そう感じられた。

 

「我慢してくれ、レーヴァテイン」

 

斬撃を弾いたあと、少し体勢を崩したヴァルグに回し蹴りを放ち追撃する。

ヴァルグはそれを腕で防いだが、その衝撃で僅かに体勢を崩す。

 

「がぁあああ!」

 

その叫びと共に、ヴァルグはのけぞりながらもシュタアルを指し示す。

背後にあった魔力の刃が一斉にシュタアルの方を向いた。

 

―― 来るぞ

 

脳裏に響く声にシュタアルは構えを直した。女神の四宝刀の追撃が来る。

 

ガギギギギィン ―― という金属音が周囲の空気を揺らす。4本の剣が一斉に斬りかかりシュタアルは神経を研ぎ澄ましてそれを迎え撃つ。

 

「5本だったら死んでたぞっ!」

 

かなり強引に弾き飛ばしたため、レーヴァテインの刀身も悲鳴を上げている。

だが、そんな隙を見逃すほど、ヴァルグは甘くなかった。

 

「おあ”あ”あ”あ”あ”―――!!」

 

たたきつけるようなダインスレイヴの連撃が襲い掛かってくる。

大剣にしては速い斬撃。これだけであればシュタアルでも対処可能だが、その隙間を四宝刀が埋める。

 

(強い……反撃の糸口を――何か作らないと)

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ほらほらぁ」

 

上空ではクスルーンが兵士たちから奪った武器を魔法で振り回し、二人を攻撃してくる。

これに対して、エイルは瞬間的に純白の翼を広げる魔法(ヴァイスディフェイダ)を展開して周囲に羽根をまき散らす。

 

羽根に当たった剣は勢いを失い、地面にぽとりと落ちてゆくがいくつかは抜けてしまう。

 

「世話が焼けるなぁ!!」

 

エイルの正面に回ったヘリヤが防御魔法を展開して剣を防いだ。

その隙間を縫ってエイルはクスルーンを打ち抜こうとするが、背後から嫌な空気を察した。

 

「二人いるから気を付けた方が良いよ」

 

上空から落ちてくる刃の気配にエイルとヘリヤは同時に左右に展開してこれを避けた。

 

「意外に良いコンビネーションだ。観察した限り、反発し合っているように見えて仲がいいね」

「……」

「二人で一人の男を取り合って、愛憎ぶつけ合いながらも、一緒に戦えるなんて歪だね」

 

シグルスの挑発にエイルの眉がピクリと動く。

 

「遠慮なく奪っちゃえばいいのにぃ―― おっと……」

 

クスルーンの言葉が終わる前に彼女の首元に斬撃の筋が走った。

ヘリヤの放った大体なんでも切る魔法(レイルザイデン)だ。

 

「そういうのやめてもらえるぅ?こう見えて、花も恥じらう純真乙女なのよね」

「……ヘリヤ、本気で言ってる?」

 

以前、シュタアルを医務室に閉じ込めて襲ったヘリヤの言葉にエイルが脱力する。

脱力はするが……

 

「言ってるわよ。私、こう見えて恋に夢見る純愛派だもの」

「もうそれでいいわ、返しの言葉は貴女らしい――」

 

シュタアルの状況も芳しいとは言い難い。こんな戦局を抜けてすぐにでも駆けつけることが最優先なのだ。

ヘリヤの言葉にエイルは杖を持ち直して、奇妙な二人の襲撃者に向き直った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

『でも君も想像力が足りなかったね。どうして見えていた部分だけだと思ったんだい?』

 

かつて戦った狂人ヴェノム。彼には一度なすすべもなく敗れた。力は拮抗していたはずだったのに。

いいように弄ばれた。今でもヴェノムのやり方には吐き気を覚える。だが一つ学んだことはある。

 

(戦いは、相手の想定を上回ることだ!)

 

圧倒的な膂力、圧倒的な魔力で相手をねじ伏せる。そんなことは出来ないシュタアルにとっては――

 

シュタアルはバックステップで、足場の砂が緩い場所へと移動する。

当然のようにヴァルグは追撃してくる。

 

「ヴァルグ!!」

「ッッ!!」

 

足元の砂を蹴り上げ、ヴァルグへぶつけた。騎士道とは到底言えない手段だろう。だが――

 

「―― 大地を操る魔法(バルグラント) ――」

 

更に、ヴァルグの足元に潜り込むような体勢で地面に手を付き魔法を発動させる。

シュタアルを覆うように地面が盛り上がり、ヴァルグの正面に土壁が現れた。

 

「がああ!」

 

ヴァルグは叫びながらダインスレイヴを振りかざすが、その土壁を崩す。

 

「甘いっ!」

 

横から抜けて、ヴァルグの側面に回り込んでいたシュタアルはレーヴァテインで四宝刀を打ち消し――

 

「落ちろぉ!!」

 

踵を高く上げて踏み込むように――

 

ガッ ―― という衝撃音と共に、シュタアルは踵をヴァルグの後頭部に叩き落とした。

ヴァルグはそのまま土壁にめり込んだ。

 

(今しかない!)

 

この隙に、一撃必殺で―― ダインスレイヴを砕いてアーデルを解放するしかない。

 

「 ―― 万象に希う(こいねがう)―― 」

 

時間はない。守るものもない。略式、間に合う中でやるしかない。

 

「 ―― 火気をもって金気を砕く ――!」

 

周囲に宿る火気をレーヴァテインに集中させる。この場にはあまり多くはない。十分とは言えない。

そして、レーヴァテインが震えている。吸収していた魔力に刀身が拒絶を示している。

 

(無理させて済まない相棒……だけど耐えてくれ!)

 

「うぐあああああ!」

 

立ち上がったヴァルグは体勢を整えた。ありったけの力で叩きつけたのに、復帰が早い。

 

「ヴァルグ!! その魔剣を手放せぇ!」

「あああああああ!!」

 

レーヴァテインの力を開放して斬りかかるシュタアル、それに対してダインスレイヴで応じるヴァルグ。

 

ぶつかり合う剣は周囲に衝撃波を巻き起こし――

 

―― ビシィッ ――

 

目の前からそんな音が聞こえた。

それは概念ではなく物理的な音で、自身の持つ剣の刀身の芯から聞こえた気がした。

 

「レーヴァ……テイン……?」

「うぐがああああああああ!」

 

剣に宿った火気の力が刀身から漏れ出るように剣から炎が溢れ出した。

 

「くっ、あああああ!!」

 

それでも、今は押し切るしかない。懸命に剣を信じ、全力で斬撃を押し切るシュタアルに――

 

『―― ごめんなさい、(マスター)…… ――』

 

刹那、剣からそんな声が聞こえて――

 

―― パキィィィィン ――

 

周囲に鳴り響いたのは―― 剣が砕け、刀身に込められた魔力が解き放たれた音だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「……ッッ! シュタアル!」

 

エイルは、想像だにしないものを見た。

彼はどんな時でも、どんな苦境でも自らの剣を信じ、あらゆる手段を講じて状況を覆してきた。

 

だが、その瞬間、彼女の目に留まったのは、彼の剣が砕け散る姿だった。

 

「エイル、行って!」

 

ヘリヤはその言葉と共に魔法でクスルーンとシグルスを牽制する。

エイルはその言葉に返事をすることもなく――

 

「――純白の翼を広げる魔法(ヴァイスディフェイダ)――!」

 

翼を広げて、シュタアルの戦う地上へと向かう。だが……

 

「甘いなぁ……」

 

シグルスがくるくると指を回している。

エイルの正面には無数の刃が現れていた。

 

「そんな物――!!」

 

全身を白翼で包み込み回転しながらその場を切り抜けようとするが、それでもスピードは落ちる。

 

(間に合って!間に合って!間に合って!!)

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

――剣が砕けた

――ほかにできることはないのか?

――アウスグラーバがある

――巨大な槍は発動に時間がかかる。それに、対人には向いていない

 

何もしないわけにはいかない。位相空間からアウスグラーバを取り出し、柄だけは掴んだ。

だが、ヴァルグの攻撃に柄ごと弾かれて、顕現に失敗して虚空へと消えた。

 

「があああ!!」

 

叫びを上げながらこちらにダインスレイヴを向けるヴァルグの顔が見えた。

怒り狂っているのかと思ったが……どうしてだろう。不思議とそうは見えなかったように思う。

 

「なんで、泣きそうな顔……してるんだよ……」

 

迫りくるダインスレイヴの刃、だがシュタアルの口から漏れたのはそんな言葉。

 

次の瞬間、ズブッという鈍い音が鳴り、腹部から血が噴き出るような、熱いようでいて冷たい感覚が走る。不思議と痛みはなかった。

 

「シュタアルゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

 

上空から、エイルの悲痛な声が聞こえる。そして同時に――

 

『―― シュタアル様 ――!!』

 

この場にいない、姉弟子のルーエの声が聞こえた気がした。

 

~ 聖都の夜に魔剣は吠える to be continued ~

 




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