葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション(不要な場合は飛ばしてください)

■ 独自キャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格の青紫の髪のと三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ
- エアフォルク(Erfolg): シュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。25歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。斧技を学んでいる。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- ヴェノム(Venom): 第1部におけるヴィラン。年齢不詳。背が高く、後ろ髪を縛った地味な見た目で露悪的な発言と行動が目立つ男。洗練された体術と非常に計画的かつ狡猾な手段で攻めてくる。
- エンダム(Andern):ヴェノムたちに捕まっていた母子の幼い少年。

■ 前回までのあらすじ


かつてオレオールへと旅をしたフリーレン一行は長い旅の末にシュタルクの故郷であるクレ地方の戦士の村の跡地に根をおろした。
その後、十数年が経ち、シュタルクとフェルンが領主として治める平穏な地となったが、シュタルクの不在を境に盗賊による被害が急増していた。

フェルンが対応に頭を悩ませる中、息子のシュタアルは盗賊討伐を志願する。母としては反対するフェルンだったが、フリーレンとその教え子ルーエの後押しもあり、渋々許可を出すことになった。

馬車での移動中、シュタアルは幼い頃に妹のティアフォートと共に両親の盗賊討伐に密かに同行した思い出を語る。
当時、ギフティと名乗る危険な男が率いる盗賊団に襲われ、シュタルクが一時的に動きを封じられた時、シュタアルは母と妹を守るために立ち向かった。
激しい戦いの末、シュタルクは盗賊を倒したものの、ギフティだけは腕を失いながらも逃亡。彼は復讐を誓い姿を消した。

そして現在、シュタアル、フリーレン、ルーエの三人はクレ地方を脅かす盗賊団の討伐に向かっている。
ルーエの周到な計画のもと、シュタアルとルーエは盗賊に捕らえられる振りをして内部に潜入し、フリーレンは上空から支援する敵で行動を開始した。。




報復の猛毒は英雄詩を謳う 〜Revengence of Venom 〜 1 【第1部】

■鋼の兄弟子


 

中央諸国 聖都シュトラール

 

ここは聖都シュトラールの中央議会所。シュタルクはその中のクレ地方の領主として参加しており、今回は執務室も与えられている。

そして、議題の一つは彼の持ち込みによるものだ。とはいえ、今回はあまり明るい話ではない。だが、看過していては大陸中の安寧に関わる。

 

「本当は……こんな話、出したくはないんだけどな」

 

この話は彼の身内の一人の立ち位置を危ういものとする。

実際今でもギリギリの状況だ。自分やフェルン、フリーレンの監視責任の元で許されている。

 

陰鬱とした気持ちで書類を整えていると入口のドアからノックが鳴った。

 

「どうぞ」というと、ドアを開けたのはシュタルクの業務上の右腕であり、そして彼の戦斧を使った戦士としての直系の教え子に当たる青年、エアフォルク。

彼はフェルンの秘書をやっているルーエの兄に当たる人物。

二人共東国の島国から流れてきた親から生まれ、この地では珍しい黒髪と黒い瞳が特徴的だ。

 

「シュタルク様……妹から手紙が有りました」

「そうか」

「こちらを」

 

エアフォルクから受け取った手紙を開いたシュタルクはため息を付いた。

シュタアルとルーエ、フリーレンで賊の討伐に出たことの経緯が書かれている。

 

フェルンからの連絡はない。彼女なりにシュタルクに余計な心配を掛けさせないためであろう。

ルーエはこうなることもある程度は見越しつつ連絡を取ってきたようだ。

 

「実際問題、他に選択肢がないよな」

 

腕に覚えのある領民がいないわけではないだろう。

しかし、領主から領民に「賊と戦えなどと」言うわけにはいかない。

となると、領内の然るべき組織に依頼するしかないが、現在シュタルクとフェルンの街にそんな強力な機関がない。

 

そうするなら自ずと知己の中で実力者を募るしかない。

 

「これを解決するための……会議な訳だしな……」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタルクの教え子であり、現在は彼の右腕であるエアフォルク。

ルーエの実兄である彼は妹から受け取った手紙を何度も読み返す。

 

妹と弟弟子が、族の討伐に出るという。

妹のルーエは……心配だがなんだかんだと大丈夫だろう。

自分と妹は、もっと酷い地獄を味わった。それでも立ち上がった強さと覚悟は軽々しく揺らぐものではない。

 

問題はシュタアルだ。

彼は……強い。己が師の尋常ではない強さを心身共に強く引き継いでいる。

正直、そのセンスとポテンシャルには嫉妬すら覚えるほどに。

 

だが、その反面精神はまだ少年のそれだ。

強く英雄に憧れ、自身にできることを……何かなせるはずと足掻く彼は大きな志を持ちつつも、持て余すほどの困難に、人の悪意に、誰かの殺意に……

相対した時に乗り越えられるのか……まだわからない。

きっと大丈夫だと信じたいが、まだ誰かが支えてあげるべき迷える少年なのだ。

 

彼の地にいる子供達に心を救われたからこそ守ると誓った。

だから今師と共にここにいる。 だが、もどかしい。

弟弟子であるシュタアルは守りたいものを救うために剣を振るうというのに自分は今ここで出来ることは……

 

そんな拍子、エアフォルクはふと彼が振るう剣を思い出した。

そう言えば彼は何故剣を振るうのだ?

 

「シュタルク様、前から疑問だったのですが……シュタアルは何故剣技を使うのでしょう?」

「ん? シュタアルの剣技か?」

 

そう、彼の父親であるシュタルク、大師父にあたるアイゼン、兄弟子である自分がいわばアイゼン流と言える戦斧を扱った戦士だ。

だが彼は、戦斧を使わない。 戦斧の技をうまく剣技に取り込んだりとはしているが、それでも源流は別にする。

自分も剣技の基本的なことは幼い頃に学んだのでそれは伝えた。また、オルデン家からも剣技は習っている。

当人も勇者ヒンメルの剣技も再現したいと言っているが……こればっかりはフリーレンとアイゼンの記憶にしかないもので今はどのようなものかはわからない。

 

だが、彼の剣技は何故か目指す完成形があるかのような……そんな風にも見える。

 

考え込んでいると、シュタルクは「そうだな……」と呟いてから言葉を続けた。

 

「シュタアルの剣技は……あれは、戦士の村に伝わってきた剣技の最終形になる……兄貴の……シュトルツの剣技と同質の物だ」

「……どういうことですか?」

 

エアフォルクの疑問にシュタルクは苦笑いで答える。

 

「俺も何を言ってるかわからないんだけど……でもそうとしか言い様がない。

 あれは兄貴の使っていた剣技だ。まるで目標が……完成形見えているように……あの子はそれを目指して強くなってきている」

「シュタルク様の兄上は随分昔に故人になっていると伺っています。一体そんな知識をどこから?」

「さぁ……、どういうことなんだろうな……」

 

フェルンとシュタルクはオレオールを通して死後の縁者とは会話をしたことがある。

人とのつながりと縁と紡がれる絆は様々な事象を起こすことをシュタルクは知っている。

会わずとも、流れるその血と縁があの子自身と兄とのつながりを生み出しているのかもしれない。

 

願わくばそれがあの子にとって幸を招くことであることを祈らずには居られない。

 

「もしも兄貴が、あの子と縁と運命でつながっているのであれば……

 頼む兄貴……シュタアルを守ってやってくれ……」

 

■潜入


 

『これがシュタアル様の役柄です』

 

これから賊に襲撃してもらって、アジトの中に潜入するための作戦を遂行する。

姉弟子に言い渡された作戦と今後の方針を思い出す。

 

要するに無害な商人の姉弟としてつかまり、人質の人たちにコンタクトを取って外で待っているフリーレンに引き渡すのが最優先だ。

その後、できる限り隠密で制圧していく。これらのために外部の見張りのマッピングを行ってきた。

 

まあ、それは良いんだけど……

 

(この弟役の解像度高すぎない?)

 

ルーエのやる姉役に対して、姉弟という間柄と男女の間柄で揺れる想いを抱えて苦悩しているとか妙な設定がいっぱい書いてある。

とはいえ、襲撃してもらって捕まるところまでの話なので、正直「怖いよお姉ちゃん!」ぐらい言えば終わるんじゃないのかと思ったりはする。

 

「シュタアル様、そろそろ襲撃予定地です。数名がこちらに向かってきているようですね」

 

ルーエに言われて気配を確認する。

たしかに、数人いる。こちらに向けられたら視線を感じる。

 

いちおう前衛職を名乗っている自分より先に気配を感じたルーエに戦慄しつつもこの後の事を思い出す。

とにかく、アジトに運ばれてからが本番なのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

それから程なく進んでから案の定、道を塞ぐ連中が現れた。

あとは、フェルンとシュタルクが過去に受けた襲撃のときとほぼ同じ流れだ。

「通行料として荷物をおいていけ」という話。

芸がないことだ。この事態を仕組んだ人物は意図してやらせているのか、下っ端連中が金の欲しさに勝手にやっているのか。

 

「荷を……置いていけば……私達を見逃してもらえますか……?」

 

か細い声で、まるで怯えているかのように演出しながらルーエは盗賊たちに許しを請う。

 

「女かぁ……姉ちゃんの態度次第だなぁ……おい。そっちのやつは?」

 

ダガーを向けられたシュタアルは「俺の番かー」と内心うんざりする。

とはいえ、仕方ないので段取り通りに行こう。

 

「こわいよ……お姉ちゃん!!」

 

そう言ってルーエの腰にしがみついた。細っそ……というか靭やかすぎる。

無駄な肉がまったくない。これが魔法使いの体かよと母親と妹をなんとなく思い出す。

 

「大丈夫、大丈夫だから!!」

 

不意にルーエはそう言ってシュタアルを抱きしめる。

 

(えええ、いきなりアドリブ!あと、胸ぇぇぇぇぇ!)

 

「二人共顔を見せろ。拒むなら無理やり剥ぐが」

 

そんな事をしているうちに賊が顔の確認を申し出てきた。

要するに売り物と出来るかという確認であろう。

 

「判りました……」と言ってフードを脱いだルーエは盗賊たちに顔を曝す。

それと同時に囲んだ賊達は色めき立った。

 

下っ端連中はなかなか下品な言葉を口にするので聞いているシュタアルとしてはかなり腹が立つ。

ルーエもかなりむかっ腹に来たのか賊達に見えない角度で舌打ちをしていた。

 

「へえ……気が変わったぜ。ここを通すのはやめだ。お前らはこちらに来てもらおう。

弟の方も年齢が未成年の好きなおっさんに売ればいい金になる。連れて行け」

 

おおよその予想のシナリオ通りの展開だ。まあ、しかしこの手の売り手の連中がいるという事は買うような連中がこの様な時代にもいるということだ。領主連盟や各国にも声をかけるべきなのかもしれない。

 

(俺みたいなのをおっさんに……? って、どういう事……? )

 

ルーエの様な女性を……という話はまあそういう悪い奴らもいるんだとわかるが、シュタアルにはいまいちこの自分の様な男に……という需要がわからない。

そこはかとない悪寒だけはするので、駆除していただきたいのは確かだ。

 

「よし、荷物を運びだせ」

 

盗賊連中は積み荷を運び出そうとしている。

 

「商品を……やめてください!!」

「うるせぇ!お前もこっち来い」

「お姉ちゃん!!」

 

とりあえず流れに乗って行くしかあるまい。

そのまま乱暴に腕枷と縄をかけられた。

 

いくつかの荷物となっている樽は2重底になっており、表向きには簡易の資材が入っているが、その下にはシュタアルとルーエの装備が入っている。

持っていかれる先も重要なのだが……これに関してはルーエが「場所はすぐに分かります」と言っていたのでいったん後で任せることにした。

 

「ガキはこっちだ」

「!!」

 

荷を運ばれるのを見ていると別の大柄の男がシュタアルの腕に巻かれた縄を掴んできた。

 

「ん? こいつ……」

(あぶなッッ!! 反射で反撃するところだった……)

 

こういう事態になるとつい身体が自然に動きそうになる。

大柄な大人でも、踏み込みの勢いと体重のかけ方、相手のバランス軸崩しなどを駆使するとある程度は対応できる。

日々の修行の賜物だが今やると全部が水の泡だ。

 

「まあ、いい。来い!」

 

視界の向こうではルーエが連れて行かれる姿が見える。彼女は一瞬こちらに向かって目配せをしてくる。

 

『迎えに行くまで大人しくしていろ』

 

雰囲気的にはそんな感じか。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「入れ!」

 

廃遺跡をリフォームでもしたのかダンジョンと思しき洞窟の中に規則正しい石造りの部屋がありその中に放り込まれた。

鉄柵門が設えられており、元から牢屋として使われていたようだ。

ガチャガチャと取り付けた鍵をしめている事から、その辺は外部持ち込みのようだが。

 

他の牢屋を見渡すと自分より幼い子供や老人、中年の女性などが捕まっている。

見張りは、とりあえず一人しかいない。

ルーエと別の場所に連れて行かれたということからすると恐らく商品価値が高いものとそうではないもので分けているのか……

 

(まあ、そうなるか……)

 

何にしても無事潜入できた。ルーエには待っていろと言われたが……ひどく落ち着かない。

正直なところこんな場所でくすぶっている連中があの姉を害するのはまあ、無理だろう。

だが……ルーエは妙齢の女性だ。そして血は繋がらずとも大切な家族の一員とも言える人物だ。

そんな女性が妙な男たちに連れて行かれている状況に落ち着けと言うのは無理がある。

 

(ぬああああああ……)

 

そう思うと胃の奥がきゅ~と閉まる感情でなんとも言えない気持ちになる。

 

そうだ。あの男、ギフティといったか。あいつレベルの使い手が関与していた場合は流石にまずい。そうに違いない!

そういうやつが……いたならばルーエと挟撃で対処するべきだ!

ならもうこんなところで待っていられない。さっさと合流して、見張りも全滅させて人質を開放してしまえ。

 

よし、そうしよう!!

 

状況と感情のダブルパンチで少々落ち着きをなくしてしまったシュタアルは……

 

「いたたたたたた、お腹が痛いー」

「うるせぇぞ、大人しくしてろ」

「お腹が痛い、水と薬をおくれよ!!」

「ああんっ、あんまり騒ぐと殴って黙らせるぞ!お前らは売れなきゃ売れないでも別にいいんだ!使いようはある」

 

(よし。かかりそうだな)

 

結局そのまま駄々をこねつづけ、殴り込みに来た見張りを締め上げたのだった。

 

■猛毒の前奏曲


 

「君等さぁ~、ホント芸がないよね……通りかかる商人襲って荷物奪ったり、金がありそうな村や街を襲ったりしかしなくて。

 もっとクリエイティブでさぁ、生産的なぁ……商材を生み出す仕事できない?

 あー、身売りとかの話じゃないよ?」

 

眼の前にいる男は少し前まで行き当たりばったりだった山賊や盗賊、兵士崩れたちを力でねじ伏せて併合して盗賊団という形にした男だ。

 

見た目はただ少し背が高い、細身の男……無論ほっそりしていると言うより無駄な肉がなく背が高いから細く見えるだけで……

近寄って、相対せば判る。こいつには勝てない。

 

ただ、意欲と野望を持って盗賊団を率いている様子もない。

まるで何かのついでに体の良い使いっ走りの手下が欲しかった……

そんなふうな印象もうける。

 

手下の男は、この不気味な男が嫌いだ。

だが、従っているうちは明日を楽に迎えられる。

先ほどの収穫物の一覧を不気味な男……偽名の様だがヴェノムと名乗っている男に渡した。

 

「へー、衣類に食べ物、特産品……は随分と土地がバラバラだねぇ……これ、本当に商人?纏まりがない。どこに売るつもりだよ」

「本人たちが……そう言ってました」

「どんな奴ら?」

「若い女と、ガキです。捕まえて牢に入れたはずですが。

 ああ、若い女は随分と顔がいい……のと、多分東の島からの流民の血を引いてますね。

 黒髪と黒目はこのへんだと珍しい。高く売れそうだってことで隔離部屋に突っ込みました」

 

そこまで聞いたヴェノムは「へ~、そう……」と言って楽しげに笑った。

 

「いいよ、いいよ、もう行って。

 ああ、あと、とりあえず今から警備の数を倍に増やして。今から3日間。

 休んでるやつも叩き起こして。文句言ったら例の薬打っていいよ。好きなだけ。元気になるからね」

 

不気味な男は朗らかに笑うとこと更に不気味だ。

手下の男は1秒でも早くこの場を去りたい気持ちで「判りました」と答えて部屋を出た。

 

「失礼だなぁ……取って食いはしないのに。今腹減ってないし」

 

不気味な男、ヴェノムは立ち上がって伸びをする。

 

「ああ! ああ!! 多分来たんだよねこれは!! 楽しみだなぁ!!

 両腕の分、きっちりお返ししないと! 今回の準備は前回の比じゃないよぉ!!」

 

包帯に包まれた両腕の表面は、何に触るでもなく脈動し、流動する。

まるで蟲の塊のような、蠢く鱗のような、パキパキと妙な音を立てながら元の形に戻った。

 

「――絶対に許さないからね……クソガキ」

 

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

なにもない薄暗い、寒い静かで空虚な空間にいるとどうしても昔のことを思い出してしまう。

 

幼い頃、何もかもを奪われた。

優しい母、誇らしい父、仲の良い友達、慣れ親しんだ故郷の街と風景、そして人間としての自分自身――

何もかもを食われ、壊され、奪われた。

 

そんな絶望からと兄とともにある英雄に助けられた。本当にそんな奇跡はあるのだと思った。

 

――あれから随分経ったものだ……

 

 

今は作戦通り盗賊に捕まり、拘束されてからポタポタと雫が落ちる静かな部屋に通された。手を縛られ目隠しをされたまま部屋に放り込まれている。

さて……と、ルーエは冷静に状況を分析する。

 

(手を縛り、目隠しをした程度で……)

 

いや、普通の商人の娘ならこれでもう手詰まりではあるのだろう。

空気の音、振動、匂い、魔力……これだけあれば視覚がなくともルーエには大量の情報が手に入る。

 

黙って座ったまま、見張りの数を数える。

 

(ドアの前に2人、近くの廊下を歩いているのは3人、こちらに向かってきている人間が1人……)

 

覚えがある気配だ。 恐らく襲撃時に指揮していた男。

何用で来ているのか……いや、 このタイミングで来るのはまあ想像に難くない。

虫唾の走る話ではある。

 

ドアの前まで来た男は鍵を取り出し扉を開けた。それと同時に見張りの男達を何処かへ行かせた。

 

「どなたですか?」

「いいねぇ、こんな状況で毅然としているなんていいお嬢さんだ」

「何をしに来たのですか?」

「あんたみたいな上物のお嬢様は……”無傷”かどうかを確認しなくちゃいけなくてさ……傷があったり……初めてじゃなかったりとか……

 ちょっとだけ値が落ちちまう。

 でも、この綺麗な黒髪と顔立ち、おまけに身体も出てるところは随分出ているときた。

 だから、多少値が落ちても大丈夫だ、だけどチェックしないとなぁ!!

 傷物だったらその値段で売るしかないよなぁ」

 

男はそんな事を長々と喋りながらルーエに上着に手を伸ばしてくる。

掴んで剥ぎ取ろうとでも言うのだろうか。

 

「―――汚らわしい。下賤で下品な俗物」

 

ふとそんな言葉が出た。

それと同時に男の眼の前を細いものが通り過ぎる。

 

構わず勢いよくルーエを掴もうと伸ばした男の腕は……その場で一ミリも動かなくなってしまった。

 

「え? 何だ? 動かねえぞ? 力が入らねえ」

 

空中でピタリと止められた状態で何も動かなくなった事に男は焦りを覚える。

 

「健を絶ちました。もう二度と動きませんよ。よほど腕の良い医者か僧侶ならつなげてくれるでしょう。

 あと、無理に動くとバラバラになりますよ。一応生きて捕らえるつもりなのでできればそのままで」

 

彼女がそう言った瞬間、男には暗くて見えなかったが、生き物のような長い何かがルーエの背後にものすごい勢いで収納される様に戻っていった。

全く痛みを感じることすらなかったが関節の数カ所から突然血が吹き出した。そして、その血の吹き出した先に何も力が入らない。

 

「何を……何をした? お前何者だ? いや、まて助けてくれ、殺さないで!」

「先程まで随分な言い様だった口で何を言っているのですか?」

 

なんということもなく立ち上がった彼女からは最初から無意味だったかのように切れた目隠しのバンドと真っ二つに割れた手枷が地面へと落ちた。

 

「あなたが動けないのは、細い糸で体中を縛られているからですよ。

 少しでも動けば摩擦で肉が切れますのでご注意を」

「まて、何だそれ……何だお前……何なんだ……本当に人間か?」

 

その言葉を聞いた瞬間部屋の外に立ち去ろうとしていたルーエの眼つきが変わった。

糸に絡まれ、身体のいくつかの健を斬られて動けない男の顔を掴む。

 

「本当に……無粋な男。師からは全員捕縛を命じられていますが……一名数え損なっても私は構わないのですよ?」

 

細身の女性とは思えない握力で男の顔からはミシミシと骨の軋む音が聞こえる。

そしてその力で押さえつけられると糸が男の体に食い込み、血が吹き出してきた。

 

「いでえ、やめて!! 助けて!!」

 

『――黙れ(言葉を奪う魔法)――』

 

サイレンスの魔法掛けて男から言葉を奪う。

 

「今から、外にいる見張りを全員無力化します。それまで生きていたら糸は外しましょう。

切ってしまった健は……私では直せませんので……今後のあなたの人生の幸運にかけてください」

 

そう言ってルーエは外で控えている見張りを倒しに部屋の外へ出た

 

(シュタアル様……どうかご無事で……)

 

■動き出すモノ


 

「さて、こいつから鍵を……」

 

部屋に呼び込んで絞め落とした男を部屋の隅に縛り付け、鍵はないかと持ち物を漁る。

直近は閉じ込められた人質を助けることが第一目標になる。となると、ここにいる人達も助ける必要がある。

 

とはいえ、いきなり開放するのはまずい。まずはルーエと合流して装備を回収して万全の状態で連れて行かなければ。

 

「うげっ、いっぱいあるな……」

 

どうやら施錠の錠前ごとに違う鍵のようだ……

もう力技で錠前壊すか? いちいち探していては時間がかかり厄介だ。

少々派手な音は鳴るが壊したほうが早いかも知れない。

 

「方法はルーエ姉さんと相談だな……」

 

気配を消しつつ廊下の外に出る。一応、他に見張りはいない様子だったのでそれほど警戒する必要はないはずだが念には念を。

 

そんな折、膝を抱えて泣いている少年が捉えられているのを見つけた。

年齢的には妹のエリシアとそう変わらない年頃……

 

(こんな子供を……)

 

手元あった石ころを少年のほうに転がす。

石ころに気づいた少年は泣き腫らした状態ではあるが少し顔を上げ、石が投げ込まれた方向を確認した。

 

少年はこちらに気づいた様子だったので人差し指を立てて静かにしてくれよとゼスチャーで伝えると手を口に当てた状態でこくこくと頷いた。

 

少年の近くに寄り、小声で話す。

「助けに来た。だから泣くな……準備ができたらここ開けて出してやるからな」

 

少年は未だに先程のポーズのまま口に手を当ててこくこくと頷いている。

 

「よし、名前はなんていうんだ?」

「エンダム……」

「エンダム、悪い奴らに捕まえられた人ここにいる人達以外に知ってるか?」

「お母さんが一緒に捕まって……この部屋じゃないところに連れて行かれて……」

「わかった、じゃあお母さんも探してくる。それまで我慢できるか?」

 

母親を助けてくれるという言葉を聞いた少年は落ち着いたのか少し笑顔を見せてくれた。

 

「うん……、お兄ちゃんは誰?」

「兄ちゃんはシュタアルっていうんだ。戦士兼魔法使いって感じかな?

 魔法苦手だけど」

「凄い!戦士様で魔法使いなんだね」

「両方中途半端だけどね……でもまあ、エンダムをここから連れ出して助けるぐらいはやれるさ」

「うん……うん!」

「エンダム、お母さんが連れて行かれた場所はどっちか判るか?」

 

まずは、おおよその人質の場所を把握してこうと情報を聞き出してみる。

 

「あっちだよ」と少年が指さした先は投獄様のエリアと別の区画につながる通路になっていた。

別枠の隔離対象だとするなら、その先にルーエもいるかもしれない。

 

「じゃあ、探しに行ってくる。兄ちゃんがいたこと誰にも言ったら駄目だぞ!」

「お兄ちゃん!お母さんを……きっと助けてね!!」

 

少年の言葉に「任せろ」とばかりに腕でポーズをつけてから手を降ってその場を去った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

エンダムの指差した通路の先を物陰に隠れつつ様子を窺う。

 

いざとなれば剣は取り出せるが防具が心もとない。

いま着ている服は、防刃性もないので多人数で来られると要らぬ怪我をするだろう。

 

シュタアルはどうしてだが素質はあったらしく、ごく初級の女神の魔法も使える。

聖典は持ってないが、ティシュレーの作ってくれた剣の柄と刀身の芯の部分にはシュタアルの使える初級のヒールとアンチドートに関する一節の記述が刻印されている。

そのため多少の刀傷を治す程度なら可能だが、だからといって無理はできない。

 

というか、魔力出力が足りなさすぎて初級のものしか使えない。

 

「凄いんだか凄くないんだか判らない辺りが兄様らしくて素敵です」というのは幼い頃から大人顔負けの魔力出力と魔力量を誇る妹の言葉だ。

そんな嫌味を表情ひとつ変えずに言うのでいつか見返してやりたいが方法が思いつかない。

 

とにかく魔法は使えるけど、出力不足で凄いことは何一つ出来ない。

というのが少年が戦士業に重きを置く理由だ。

 

あと、せっかくティシュレーから渡されたのに手甲も手元にない。

こういう場所で、ああいう新しいガジェットを使いたかった……

 

小音でワイヤーを射出できるのでうまく使えば役に立ちそうだ。

 

(仕方ない……戦闘は回避するか……)

 

そうぼやいたシュタアルは通路の回廊を見張りの巡回を避けながら進んでいく。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

やけに多い見張りの巡回をかいくぐり進んだ先にあった部屋。

 

(通路はここで行き止まりか……)

 

場合によっては、エンダムの母親が捕らえられている可能性はある。

無事を確認するぐらいは出来るだろう。

 

ルーエに関しては部屋に捕まったままという可能性はないだろう。

恐らく、自分の気配を追って……そう考えるとやっぱり牢にいたほうが良かっただろうか……?

 

(と言っても、エンダムのお母さんは助けないとだしな)

 

ゆっくりとドアを開ける。罠や警報の鳴る仕組みの類はなにもない。

部屋の中は窓もなく明かりもない。もとは廃ダンジョンなのでそういう部屋なのだろう。

念の為、手近な場所で拾った少し大きめの石ころを部屋の中に放り投げた。

 

(閉じ込められる類の罠もなし……)

 

慎重に部屋の中に入り、小さな明かりの魔法を展開する。

シュタアルの出力で使える明かりの魔法だとカンテラと大差ない。

 

「思ったより広いな……

 こんな空間、暗所のまま閉じ込められたらまともでいられるのか?」

 

少しだけ部屋の奥に進むと明かりの範囲に一つだけ椅子があった。

 

――― 嫌 な 感 じ が す る ―――

 

椅子は血に汚れ……一帯は少し腐臭がする……

 

(やめてくれ……、助けるって約束したんだよ……)

 

ふと牢の見張りの言葉を思い出した。

『お前らは売れなきゃ売れないでも別にいいんだ!使いようはある』

流してしまったが……あれはどういう意図だったのだ?

 

最悪のケースを想像してしまって、動悸がする……

 

(落ち着け、まだ確定したわけじゃない。怪我をして、部屋の何処かで苦しんでいるかも知れない)

 

「誰か! 誰かいないか! 助けに来た。もし、まだ息があるなら答えてくれ。少しなら治癒にも心得がある」

 

シュタアルは祈るような気持ちで返事を待った。

牢の中に閉じ込められた少年は己の救いに希望を見たのだ……

それならば……救いたい……救わせてくれ……!!

 

そんなシュタアルの祈りに答えたのは……

 

――― シャァァァァァア!!

 

明かりの中にわずかに写った緑色の鱗の様な肌……

ペタペタと地面の上を這いずる様に動く様な足音……

 

そして先程から聞こえるトカゲやヘビの類の唸り声―――

 

―― 正面から来る

 

不意に脳裏に響く声が聞こえた次の瞬間。

 

シュタアルの視界に映ったのは眼前に迫る4本の長い爪だった

 

■見つけ出すモノ


 

ルーエは近くを回っていた見張りを数名締め上げて、自分の捕まっていた部屋に放り込む。

自分を襲いに来た男は恐怖に耐えられなかったのか自失呆然としていた。

お陰で命は助かったようだが。

 

ルーエが指を鳴らすと糸が切れて男はそのまま地面に倒れ伏せた。

「さてと」と言って捕まえてきた5人の男たちに向き直る。

 

全身を細い、強固な糸でがんじがらめにされた5名の見張りの兵士たちは全員言葉も封じられている。

口をパクパクと動かしながら何かを叫ぼうとしているのは判る。

表情からすると悪態よりは助けを媚びる様な叫びだろうか?

 

まあ、捕まえるにあたって少々痛めつけたことと、今身体に巻き付いている糸も相当に痛いだろう。なんせじわじわ肉に食い込みつつあるのだから。

 

「さて……皆さん……私は急いでいるのでここの情報をさっさと洗いざらい話して頂けると助かります」

 

出現させた杖の先で手近にいた男のふくらはぎを思い切り杖の先端で打ち付ける。

針でも刃物でもない、ただ杖。しかし然るべき打ち方をすればそれは鈍器。

 

筋肉の隙間を縫うように打ち付けられた痛みに男の顔は苦悶に歪む。

それと同時に動いたことで糸が体をこすり血が吹き出た。

 

「痛いでしょう? 動けば糸で肌が切れてしまいますよ。……さて、知っていることを話してくれる人はいますか?

 ああ、返事は不要です。目で見て勝手に判断します」

 

捕まえてきた若い女。あわよくば自分たちも後で味わえればと思っていた収穫物。

そんな甘い考えで呑気に構えていた男たちは数刻前の自分たちの愚かしさに嘆くしかない。

なんて化け物を、招き入れてしまったのか。

 

どんな武器でどんなに力に訴えようと、眉一つ動かさず、息一つ乱さずに5人の見張りの男を瞬く間に制圧した女。

 

黒髪のなびく美しい容姿で、表情一つ揺らすこと無く、自分たちを痛めつけるその姿。

一切の容赦もないその姿は……あまりに美しく、そして恐ろしい怪物の姿の様に男たちの目には映った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

失敗だった。見通しが甘かった。事前の情報から推察を立てるべきだった。

 

ルーエは全神経を済ましてシュタアルの居場所を探す。

 

あの子は、まだ……こんな悪意にさらされて平気な訳が無い。

 

先の部屋で締め上げた男たちは、そいつら自身はそれほど多くの情報を持ち合わせてはいなかった。

だが……判ることはあった。

 

『ヴェノムって男が……俺達の実質的な頭だ……アイツのことはよく判らねぇ……

 馬鹿みたいに強くて……従わないと……何されるか判らなくて……』

 

都合の良い解釈だとその時は思った。自分たちは黒幕にそそのかされた被害者だ。だから罪はない……

黒幕がどうあろうが甘い汁を吸っていたのは当人たちの選択だろうに。

『そうですか』と冷めた瞳で見ていると、何かをされると思ったのか男は他に思い当たることを喋り始めた。

 

『そ、そうだ、そいつが持ってきた薬ってのがあるんだ……

 それを使うと体の具合が良くなって……人によっては魔物に言うことを聞かせられたり、とか効果はいろいろだがよ……それを使って、討伐隊を追い払ったりとか……』

『薬……そんな得体のしれないものを使ってるんですか?』

『不安なら……人質で試して大丈夫だったやつでも使えって……あ……が……が……あああああ!!』

 

突然苦しみ出した男に、嫌な予感を覚えて距離を取る。

 

『ごはぁあああ』

『!?』

 

嘔吐するかのよう苦しみ出した男の口からは、蛇のような、蟲の様な、不気味なものが生えてきた。

頭と思しき先端には口だけがついている。

 

こちらに牙を向いて襲っくるかと構えたが……そのヘビのようなものは口を開けた状態で静止した。

口の中には、拡声の魔法陣が仕込んである。

 

『こんにちは~あなたは誰かなー?

 まだ、あいにく不完全でね、こちらからは細かい情報を見ることが出来なくて……

 でも何となく状況は分かるよ~、今目の前にいるのは若いお姉ちゃんの方かな? クソガキの方かな?』

 

拡声魔法陣を通して聞き慣れない男の声が聞こえる。

『これは……』

 

こちらの発言はおそらく聞こえないのか男はそのまま言葉を続けた。

 

『コイツら弱いでしょ?ちょっとつまんないでしょ?

 まあ、仕方ないよ、君たちほど強くあれないからこんな事をやってるんだ。

 でも大丈夫、安心して!たくさん歓迎の準備をしたんだ!

 これからいい具合になっていくから!

 ハードモードも用意したんだ!

 いっしょに積み上げよう。嘆きも、叫びも、怨嗟も、血も、山のような残骸と共に!

 あああああ、いつかのクソガキ……早く逢いたいなぁ、たくさん遊ぼう!たくさん死合――』

 

『ッッ!!』

 

あまりの不快感にルーエはヘビのようななにかの首を切断した。

効力を失ったのかそれはボトリと地面に落下する。

 

「うあ"あ"ああああああ」

「なっ?!」

 

それを口から出していた男は叫び声と共に苦悶の表情を浮かべて絶命してしまった。

 

(秘密と思っていることを喋ると……何か発動するようなものを投与したのか……おぞましい)

 

他の男達はその様子を絶望的な表情で見ていた。

 

『……見ての通りです。死にたくなければ、全てが終わるまでここでじっとして救いを祈っていてください。

 そのヴェノムとか言う黒幕がこれ以上何も仕掛けてこなければ……助かるかもしれません』

 

男たちは目に涙を浮かべつつ絶望的な表情で頷く。

だが、ルーエはこうも思う。

 

何も仕掛けていないはずがない……これを仕掛けた人間が無事に済ませるはずがないだろう。

そしてシュタアルに対する妙な執着心。彼から聞いた過去に恩師夫婦に立ちふさがったという男の再来の可能性が高まってきた。

 

『くっ!』

 

誰も殺さず、全て捕獲しろといった師の指示の達成はもはや不可能。

いや、もっと最悪な何かが起きる可能性すらある。

ここに来たこと、潜入したこと、あるいは人質を救おうとしている事。それすらも読まれて敵の手の平の上で踊らされている。

 

(シュタアル様、私が行くまで………どうか!どうか……早まらないで!!)

 

大切な弟弟子の魔力を感じる方向へ、ルーエは全力で走る。

 

■崩壊の序曲


 

―― 正面から来る!

 

そんな声が聞こえたと思った瞬間、暗闇から眼前に迫る4本の爪を知覚した。

今まで積み重ねた経験と研鑽が体を動かす。父や兄弟子の音速に近い一撃を紙一重で躱してきたのだ。

無意識の間に、爪の切り裂く線上からわずかに体をずらした。

 

通り過ぎた爪とその爪を持った本体は瞬く間に暗闇を横切り闇の中に消えた。

 

(魔物……?じゃあ、この部屋にいたはずのエンダムのお母さんは……もう……)

 

シュタアルは明かりの魔法を空中に投げ上げ、両手に剣を顕現させる。

柄には杖、刀身には聖典の複写刻印をもつ、工房のドワーフ謹製である愛用の剣。

 

―― 右手だ

 

時折……身の危険が及ぶ時、どこからともなく声が聞こえる時がある。

理屈はわからない。コントロールも出来ない。過去に聞こえたのも数度程度だ。

いずれも一歩間違えば命すら危うい事態の時に聞こえた。フリーレンの実践修行中が多いが……

ただ、これが聞こえるということは相応に危険だという警鐘なのだと考えておく。

 

右側から襲いかかってきた爪を剣で弾いた。

 

同じ様なテンポで四方から飛びかかってくる。

姿が見えず厄介だが……音と、テンポ……暗闇に紛れて襲いかかってくる相手の思考……

 

「――そこだ!!」

 

背後に聞こえた足音、そして今までの軌道を頼りに恐らく本体があるであろう位置を一閃に薙ぐ。

 

――― ギィィィぃぃぃ!

 

耳を劈くような、叫び声を上げながら襲ってきていた魔物……のようなものは後に下がった

 

(暗くてよく見えなかったけど……人形をしていた?

 二本足で立つような魔物なのか?)

 

以前視界に捕らえるにはスピードが早くそして暗闇が邪魔をする。

 

――― ギ……ギィ……キィィィ!!

 

一撃を入れられたことで警戒か興奮をしているのかなりお怒りのようだ……

さっきまでみたいな安易な行動は取ってくれないか?

 

―― 来るぞ!

 

「!?」

 

今までのような爪で斬りかかるような攻撃ではない。

地面を不規則に揺れながら凄まじいスピードで近づいてくる。

 

防御でやり過ごすしかない……

 

シュタアルの魔法出力では魔法防御の障壁は出せて5枚のヘキサだ。

正直防御手段として有効なものではないが……

 

武器を格納して両手に2枚ずつの防御障壁を貼る

 

「来い!!」

 

――― ガァ!!

 

来た! 爪はなく両腕でこちらを掴みに来た。障壁をまとった両腕を利用し、その腕を弾く。

しかし魔物の本命は掴みに来ることではない。大口を開けてコチの顔面に牙を向けてくる。

 

無論それも読んでいた。姿勢を低くし、牙自体の射線から退きつつ、そのまま身体を反転させて真上に足刀で蹴り上げた ―― 瞬間魔物の顔が見えた。

 

……違う……そんなはずはない……

襲ってきてたそれは……あきらかに魔物の動きで魔物の攻撃だった。

 

―― ヒトなはずがない ――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

べちゃぁ

 

と、液状のなにかが出たような状態の魔物は蹴り上げられた上空から落ちてきた。

あの状態で下から全身のバネを持って蹴り上げたため、下手な武器を上回る威力にはなる。

 

(そんな……そんなはずはない……)

 

この部屋にはエンダムの母が連れ込まれたと言っていた。

だが、その人ははおらず……人のような形状の魔物が一匹いて……今まで戦っていた。

 

どうしても、至ってしまうシンプルで吐き気を催す様な残酷な答え。

 

――『お兄ちゃん!お母さんを……きっと助けてね!!』

 

そう約束したはずなのに。

 

祈るような気持ちで未だダメージで立ち上がりきれぬものに光を灯す。

 

その姿は……少年と同じブラウンの長い髪の……女性の頭を持った……手足の奇妙に長い爬虫類の様な肌を持つ化け物

 

――― ギィィィぃぃぃ!

 

光が苦手なのかその場から去ってしまった。

シュタアル自身も先の光景に体を動かすことが出来ず、逃がしてしまった……

 

……どうやって、何を……どうすれば……あの子は救われる?

……もとに戻す方法……こんな状態聞いたことがない……。討伐……すればもう後には戻れない。

……少年に、あの様な姿になった母親を見せる事もできない……

 

―― シュタアル、正面だ。来るぞ

 

「ッッ!?」

 

剣を出してとっさに防御する。

相手ももう最後の力を振り絞っているのか、最初の頃より更に攻撃がより鋭くなっている。

 

「ヤ……バいっ」

 

だめだ、反撃ができない。

いや、反撃の隙があったところできっと自分には出来ない。

 

そんな一瞬の油断、剣が弾かれた。

 

「しまっ……!!」

 

一撃を……食らってしまう。顔面を切り裂かれるのか、腹を刺されるのか……判らないがこれは当たる。

想像を絶する痛みが来るのであろうと覚悟を決めた瞬間

 

「シュタアル様ッッ!!」

 

聞こえてきたのは、ここに来るまで探し続けていた姉弟子の声だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

間に合った。無事だった。助けられた……そんな安堵をする間もなくルーエはシュタアルの肩を抱き寄せながら障壁を展開する。

 

襲いかかってきていたそれは弾かれ、勢いを失って後に転がる。

 

『人質を使って問題ないかどうか確認を――』

 

ここに来る前に締め上げていた男の発言。これは成れの果てなのか……

 

「ルーエ姉さん!待ってくれ!あれは……あの人は、牢にいた子供の……」

 

必死に訴えるシュタアルの瞳はただ、救いの奇跡にすがる迷い子のよう……

 

「シュタアル様……駄目です。あの様に姿形と共に精神を変異させたら、もう。

 それはもう人ではない。魂が書き換えられると共に元に戻ることはないのです……

 私はそれを……誰よりも知っています」

 

そう伝えるとシュタアルは膝から崩れる。

 

「姉さん頼む……嘘だって言ってくれ。どうしてこんな……こんな酷い……なんでっ……」

 

誰かの笑顔のために……誰かを救いたい……それは彼が目指す道において根源的に持つ願いだ。

 

純粋で尊く、侵されざる大切な想いだ。

 

だが眼の前にあるものは救えない。

祈ろうと、願おうと、泣き叫んでも、失われた命が戻らぬのと同義で不可逆。

世界は不可逆に溢れかえっているからこそ、その道を行くのであれば逃げられない戦いが待っている。

 

かつて自分たちを救ってくれた夫婦がそうであったように。

たった二人の子供を救うために……己が恩師にどれほどの犠牲を背負わせてしまったのだろう……

 

だからこそ、今、この場でその剣が折れる事があってはならない。

 

「シュタアル様……下がっていてください。恐らく、あなたにはもう無理でしょう」

 

――― ギ…… ギ……ギ……

 

かなり弱っているそれは、唸りながらこちらを警戒している。

 

「愚かな者たちに家族だけでなく……尊厳すら奪われたあなたに、出来ることはせめて苦しまずに逝かせてあげることぐらいです……ごめんなさい」

 

杖を出現させて抑えていた魔力を一点に集中する。

 

「切り裂きなさい、―― 切り裂く無数の風刃の魔法(ザムハルト) ――」

 

ルーエの周囲に現れた不可視の風刃は一斉に対象へと襲いかかる。

 

暗闇に響く叫び声の中、『ザシュッ』という短い斬撃音の後、何かがゴトリと落ちて転がる音が暗闇に響いた。

 

――― 『ありがとう……』

 

かすかに響いた気がするそれは、部屋の中に流れる魔力にのった何かの声。

人の死後、少なくとも人の命を支える魔力の根源とも言えるモノは世界に帰るのだとされている。

恐らく……開放されたのだと、そう信じたい。

 

「ああ、ああああああ……」

 

シュタアルは膝をついて拳を地面に叩きつけた。

 

「ごめんなさい、シュタアル様。あなたのせいではない。

 とどめを刺したのは私です。私の意思で、私の判断で行ったことです。だから……」

「判ってる……判ってるんだルーエ姉さん……

 でも、俺がやらないといといけなかった……。あの子を救うと決めた俺が背負うべき事だった。

 ごめん、でもそれが出来なかった。俺が弱いせいだ……愚かなせいだ……。

 こんなことをさせてしまった。ごめんなさい……ごめんなさい……姉さん」

 

拳を地面に叩きつけたままの彼は肩を震わせたまま、そう訴える。

誰が悪いわけではない。誰もが誰かをただ救いたかった。

そうであったはずなのに口から出るのは謝罪の言葉ばかり。

 

私達は……本当にままならないことばかりだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

恐らく実験のために何らかの薬を投与されて魔物化した女性は、絶命とともに身体の大半が魔力として気化していた。

わずかながらに残ったものはもはや人のそれではない。

 

「こんな場所に残す訳にはいきませんね」

「ああ……」

 

ルーエの光源の魔法で部屋の一帯を明かりで照らすとペンダントが落ちていることに気づいた。

 

「これは……」

 

それを拾ったシュタアルは中を確認すると、見覚えのある笑顔の少年と。

それを優しそうな微笑みで抱き上げるブラウンでウェーブのかかった女性と、父親と思しき家族の写真。

 

「ッッ!!」

 

シュタアルは何かを噛みしめるような表情でそれを握りしめた。

 

「少なくとも、この様なところであの様な姿で良かったとは……私は思いません」

 

ルーエはそう言いながら残っていた女性を焼夷と浄化で弔った。

 

■猛毒の道化師


 

ちょっとした仕掛けがクリアされたようだ。

部屋にリンクさせていた水晶が割れた。

 

「これから始まる祝宴の前菜。楽しんでもらえたかな?」

 

もちろん、こんなものでどうなるとも思ってない。

彼らは人の領域を逸脱している化け物揃いだ。だからこちらも万全の準備をした。

それでも、100%大丈夫とは言い切れない予感がある。

 

…… とても楽しみなことだ

 

「さてさて、次はどうしようかな~?

 俺、自らでちゃう?やっちゃう?」

 

いやいや落ち着け、まだ早い。

メインディッシュを味わってもらうのはもっと色々なメニューを食べてもらってからだ。

……頂くのはこちらだろうか?どっちでもいいな。

 

そんなふうに思いながらヴェノムと呼ばれている男はニヤニヤと笑う。

 

「そうだ、そろそろ隠密させる必要もないか。

 お~い、だれか~」

 

連絡用に敷いた管の先に声を掛ける。

ごろつき連中の控室につながっている。

少なくとも誰かが聞いているだろう。

 

「侵入者が入ったよ~。西の牢屋のエリア。全員フル武装で急ぎでむかって~」

 

管の先に耳を寄せると慌てて立ち上がり準備を始める連中の声と音が聞こえる。

 

「あははは、慌ててる慌ててる。

 さて、次は最高のタイミングでこれ使うと愉快になことになるよね」

 

ヴェノムはテーブルの上に容器の中に入れている小型の蟲の魔物に向かって手に持っていた笛を鳴らしてみる。

音を聞いた蟲は、突然活性化して容器の中でドタバタと暴れだした。

 

「いいね、効果は上々だ」

 

面白がって何度も鳴らしていると、蟲は部分的に膨らみ出し……破裂して絶命した。

 

「体内魔力の暴走による崩壊かな?

 まあいいや。やりすぎると俺も反応しちゃうな」

 

ヴェノムは笛の音に反応して脈動し始めた自分の腕を見て嗤った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ルーエと共に装備を回収し、人質の捕まっていたエリアまで戻った。

牢の鍵をルーエに渡すと「早まって勝手に開けなかったのは偉いですね」と言って彼女はシュタアルの頭を撫でながら微笑んだ。

 

くだらないことだが、少し和まそうとしているのだろう。

普段そういう感情表現の不器用な姉の心遣いをありがたく思いつつも……

 

(エンダムに伝えないと……)

 

気は重い。少年の閉じ込められた部屋の前に行くのにすら脚が抵抗を示す。

それでも伝えなければならないのだと無理矢理に進んだ。

 

「お兄ちゃん。戻ってきたんだね」

「ああ」

「お母さんは?見つかった?

 まだ、見つけられてないかな?」

 

少年の瞳は自分のことを信じてくれている目だ。

 

「とりあえず、扉開けるからな。ちょっと待っててくれ」

 

鍵を開けるとおずおずと立ち上がって少年は牢の外にでてきた。

 

「エンダム、あのさ……」

「なに……?」

 

拳を強く握りしめたシュタアルは……ペンダントを差し出した。

 

「これは……お父さんが、お母さんに渡した……え……?」

「……」

「道に、落ちていた……だけだよね……」

 

少年の目からみるみると光が失われていくのが判った。

そんなことのために……戦ってるわけじゃないのに……ごめん、ごめん……

 

「ちがう、違うんだ。エンダム」

「嘘だよね……? お兄ちゃん……」

「ごめん……」

 

こんな場所に連れ去られ、知らぬ間に母親を奪われた絶望に叩き落される少年に手を差し伸べることすら出来ない……

 

己の不甲斐なさに歯を食いしばる。一度膝を付けばもう立ち上がれない。

だから、今じゃない。

 

この場所からこの少年だけでも助けなければならない。

救いたい……救わせて欲しい……

 

「ありがとう……」

 

何を言われても構わない。そう覚悟を決めた時に聞こえたのはお礼の言葉だった。

 

「え……」

「お父さんが昔言ってたんだ。助けてくれたらお礼を言えって」

「だけど……俺は、約束を……」

「お兄ちゃんは、僕を助けてくれたから……だから……」

 

約束を、母親を助ける事が出来なかったことは、それは関係ないと、目に浮かべた涙をこらえながら少年は訴える。

良くはない。良い訳がない。だがここで誰かに当たり喚いたところで、誰も助からない。

この小さな少年も判っているのだ。ここで膝を折ることは今なすべきことではないと。

 

間に入り、ルーエは二人の肩を叩く。

 

「行きましょう。全員を外に連れ出し、近くの村まで避難していただきます」

「ルーエ姉さん……」

「それが終われば、二度とこんなことが起こらぬよう……徹底的に叩き潰します」

 

姉の瞳はいつになく怒気に満ちてた。そうだね。今は……きっとそうあるべきだ。

嘆きも何もかも、力に変えて立ち向かうべき危機を打倒しなければ……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

牢屋にいた人質を全員牢から外に出し、説明を終えてから外に連れ出す。

この作戦で最も難しい段階だ。先頭はシュタアルが、最後方のしんがりはルーエがすることになった。

無論、シュタアルは逆を提案したのだが、ルーエに却下された。

「お願いですから、一つでも心配事を減らしてください」と懇願されるとNGとは言えない……

 

「みんな、必ず無事に連れ出すから……慎重についてきてくれ」

 

そう伝えて出口へ進もうとした時……洞窟のアジト内に鳴り響いたのは

 

侵入者と緊急事態の警告を告げる角笛の音だった。

 

~ to be continued ~

 




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