葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション(不要な場合は飛ばしてください)

■ 独自キャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格の青紫の髪のと三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- ヴェノム(Venom): 第1部におけるヴィラン。年齢不詳。背が高く、後ろ髪を縛った地味な見た目で露悪的な発言と行動が目立つ男。洗練された体術と非常に計画的かつ狡猾な手段で攻めてくる。
- エンダム(Andern):ヴェノムたちに捕まっていた母子の幼い少年。ヴェノムの策略により母を失う。

■ 前回までのあらすじ


かつてオレオールへと旅をしたフリーレン一行は長い旅の末にシュタルクの故郷であるクレ地方の戦士の村の跡地に根をおろした。
その後、十数年が経ち、シュタルクとフェルンが領主として治める平穏な地となったが、シュタルクの不在を境に盗賊による被害が急増していた。

盗賊討伐の作戦が始まり、シュタアルとルーエは商人の姉弟に扮して盗賊に捕らえられる計画を実行した。フリーレンは上空から支援する役割を担う。

聖都シュトラールでは、シュタルクが会議に出席する中、ルーエの兄でもあるエアフォルクが彼に妹からの手紙を渡し、シュタアルたちの状況を知らせた。二人は若いシュタアルを心配しながらも彼の成長に期待を寄せる。

一方、盗賊団の首謀者はヴェノムと名乗る両腕を包帯で巻いた不気味な男ああった。
彼はシュタルクやシュタアルの事を知っており、強い憎しみも抱いていた。

計画通り潜入に成功したが、我慢できなくなったシュタアルは牢の見張りを倒して人質の救出を始めた。
彼はエンダムという少年から母親を助けて欲しいと頼まれる。しかし探し当てた先で見たのは、薬物によって魔物化した母親の姿だった。

一方ルーエも自分を襲った男たちを倒し、シュタアルのもとへ急行。魔物化した女性に対して、彼女はシュタアルを守りながら慈悲の一撃を与えた。

打ちのめされるシュタアルに対し、ルーエは「この場で膝を折っている時間はない」と奮起を促す。
エンダムに真実を告げ、少年が強く受け止める姿にシュタアルも立ち上がる決意をする。

二人は他の人質の解放に向かうが、その時アジト内に警報が鳴り響き、新たな局面を迎えることになった。




報復の猛毒は英雄詩を謳う 〜Revengence of Venom 〜 2 【第1部】

■救われたあの日


 

―― 必ず朝日が登るように、決して覚めない悪夢はない。

 

そう思うようになったのは、大切な人達に救われ、多くのものをもらった日からだ。

 

「よかった……目が覚めたのですね」

 

眼の前にいたのは自分を救い出してくれた二人の内、長い紫色の髪が鮮やかで美しい女性。

「ここはどこですか?」と聞こうとしたが声が出ない。

 

「今君に、かなり複雑な封印式を掛けたばかりなんだ。

 身体に定着するまで喋ったり、体を動かすのは難しいかもしれない」

 

その隣にいた輝く銀髪と長い耳を持つ女性は……見たことがないがひと目で分かる。エルフだ。

 

(封印とは……?)とそんな疑問がよぎったのが顔に出たのだろう。

 

「勘違いしないで欲しいけど、君を害したり捕縛するためのものじゃない。

 君がこれからも人として生きるために必要なものだよ」

 

そこまで聞いてここに至るまでに自分の境遇を思い出した。

本当に自分は助かったのか?そんな奇跡があったのか?

 

「私はフェルンといいます。

 ルーエ……ああ、名前はあなたのお兄様に伺いました。

 私達はあなたを迎え入れます。ここは夫と私が管理する土地です。

 あなたを害するものは何もいません。だから……安心して」

 

優しく頭を撫でてくれるその手のぬくもりは、この世にはもういない母を思い起こさせ、涙がでてきた。

「ありがとうございます……」その言葉を懸命に伝えたくても今は言葉が出ない。

 

「私も少し休むので、落ち着いたらお話をしましょう。

 会わせてあげたい子達も居るのです」

 

そう言って立ち上がったフェルンは、「おやすみなさい」と言って部屋を後にした。

その姿を確認したあと、あとに残ったエルフの女性が話しかけてきた。

 

「ルーエ。はじめましてというべきだね。私はフリーレンという、見ての通りのエルフだ。

 フェルンの……お母さんじゃないけど、保護者兼師匠って感じかな?」

 

今はもう元保護者って感じだけどねと苦笑しながらフリーレンと名乗ったエルフは笑った。

 

「きっと言うと思うけど、落ち着いたらフェルンにお礼を言ってあげて。

 ここに運びこまれてから、君が目覚めずの間本当に頑張ったんだ。

 君にかけてある術式もそうだけど……そこに至るまでも本当に……

 それこそ、魔法協会の面々と敵対しかねないぐらいの一触即発状態でね……」

 

ルーエにはその状況が一体どういうことなのかはわからない。

しかし、先程の優しさの裏にあった疲労の様子と、フリーレンの真剣な表情からいかに深刻だったかは判る。

そして、ここに連れ込まれる前の自分の境遇も含めて……どれほどの苦労だったのだろう。

 

―― やっと救うことが出来た ――

 

自分を見つめていた瞳は、まるでそう訴えるかのように……

慈愛の裏に後悔と謝罪、憐憫、様々な感情が渦巻いている……ルーエにはそう見えた。

 

そんな折、突然ドアが開く。

 

「ルーエッ!目が覚めたんだな!」

 

息を荒らして部屋に入ってきたのは黒髪の青年。今やもう2人だけになってしまった血のつながった家族の兄だ。

どうやら一緒に連れてきてくれたことに安堵を覚えるが声が出ない。

 

「エアフォルク、身内とは言え女性の眠っていた部屋だよ」

「す、すいません。フリーレン様……

 でも、良かったルーエ……目覚めてくれた……それだけで」

 

ベッドの隣で手を握り、膝をつき、涙を堪えるように「良かった……良かった……」と繰り返す兄のエアフォルク。

 

「さて、二人共揃ったところで聞いて欲しい。君たちの今の状況とこれからの事……

 今すぐどうしろという話ではないけど、呑気に出来る話でもない。それをこれから話そう」

 

そうして、フリーレンはこの二人の兄妹のこれからの待ち受けるであろう運命について語り始めた。

 

「まずは、ルーエ……

 君の身体にかけられた呪い……いや、もう呪いと言って良いのかわからないけれど。

君の体に混ぜられた強大な魔物の因子達についてだ……」

 

■警報


 

中央諸国 リーゲル峡谷

 

その峡谷の中にある廃ダンジョンに作られた盗賊達のアジト。

全て部屋の空気を揺らすように角笛による警告音が鳴り響く。これはどう聞いても侵入者を警告するものだ。

 

「気づかれたッ!」

 

侵入者の襲来を告げる音に警戒を強めるのは、青紫の髪と三白眼の瞳を持つ少年シュタアル。

父シュタルクと母フェルンが動けない状況の中、自分たちの暮らす街の近くで活発になり始めた盗賊達の捕縛に手を上げて、姉弟子のルーエと師匠のひとりでもあるフリーレンと共にアジトに乗り込んでいる。

 

「やはり……踊らされていましたか……

 シュタアル様、いずれにしろやることは変わりません。保護した皆さんを外に連れ出し、フリーレン様と合流します。

 少々強行軍になりますが……前方はあなたにお任せします」

 

ここに来て、姉弟子がようやく自分を頼ってくれた。

先に起きた悲劇で塞ぎ込んでいた気持ちを切り替え、その期待に全力で答えなければならない。

 

「わかった!」

 

ここに来るまでに回収した装備品と愛剣……まだ名前をつけていないが、手に馴染んで来たそれを握りしめてシュタアルは構える。

 

 

「これだけ人数が居るといかほどの効果が得られるかは分かりませんが、認識阻害魔法を私とシュタアル様以外にかけます」

「……ど、どう言うことですか?」

 

捕まっていた中年の男が質問する。

 

「追手は私達を強く認識します。迎撃の間は極力息を潜めて部屋の隅へ。認識されないから被害が出ないわけではありません。決して近づかぬよう」

「わ……わかりました」

 

エンダムを始めとする救出した人達は一箇所に集まった。ルーエはそれを確認すると認識阻害の魔法をかける。

通路の先の門を叩き開けて追手が数人押しかけてきたのはそれと同時だった。

 

「お前らが侵入者か!」

 

入ってきた男達は4足の獣形の魔物を数匹連れている。

 

「噂の魔物を連れた奴らか……」

 

報告にあった魔物連れの兵。

魔物とは本能的に人の肉と魔力を食う、魔力により身体を変異させている生物達だ。

魔力を帯びた高位の生物において、古代の源種は現在だと獄竜などの一部がそうだと言われているが、野生化し派生し、世界中に散ったそれらは通常の生物とは異なり、他者から魔力を接種することを必要とする。

 

つまり、人間を襲わず従う状態が既に異常。

 

「シュタアル様……、いえシュタアル」

 

背後からルーエの声がかかる。

 

「領主代行補佐として許可します」

「……」

 

シュタアルにかけられた透き通る彼女の声は

 

「あなたが守るべきものを守るため、立ちはだかる敵に一切の躊躇なく、あなたの全力を持って排除しなさい。

 足りない分は、私が補います!」

 

開戦を告げると同時に……少年の心の中にある罪悪と慈悲と言う名の枷を外す言葉だった。

 

「………」

 

――『本当に大事なものは何なのかを決めろ。

  恐怖を知れ、お前は一体何を恐れる?

  お前のいちばん大切なものは何だ?

  それを守るために取るべき最善の行動はなんだ?

  考えてお前が決めろ』

 

幼い頃に祖父から聞いた言葉を思い出す。

恐れを知り、守りたいものを守るために決断し、行動するそれこそが勇気だと。

 

「―― 了解だ。姉さん!」

 

―― 今こそ、勇気を振り絞るときなのだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルは扉から入って来た集団に向かって一気に駆け出す。

それと同時に魔物を連れていた兵も魔物たちに命じる。

 

「いけ、生死は問わねぇ!」

 

放たれた魔物が4匹、シュタアルへと飛びかかってきた。

 

爪と牙を紙一重でかわしつつ通り過ぎるその一瞬身体を翻し、剣を回す。

戦い慣れないものには何もわからないであろう刹那の斬撃。

 

シュタアルは勢いを落とすこと無く魔物の横を駆け抜けた。

あとに残った魔物は……『ギャン』という悲鳴とも鳴き声ともつかない叫びを上げつつ胴体に大きな斬撃痕を残して地面に落ちた。

 

『―― 魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)――』

 

間髪入れずに後方からルーエが叩き落された魔物を撃ち抜き絶命させる。

 

「おい、なんだ! 話が違うぞッ!?」

「もっと上等なやつを連れてこい!!」

 

虎の子……と言うにはあっさりとしたものだが、連れていた魔物は一瞬で片付けられた。

魔物を放てばたいていの奴らは屈する。そう思っていた兵士たちは慌てふためいた。

 

「遅せぇ!」

 

一気に距離を詰められて、眼下に潜りこまれた状態で兵士はシュタアルの声とともに意識を失った。

剣を格納し、両腕に装備した手甲、それを利用してで勢いよく顎を殴りつけたのだ。

 

そのまま2メートル程上空に吹き飛んだ男は地面に叩きつけられた。

 

「全員逃さねえぞ」

 

後ろで見ているルーエはやれやれとその様子を見つめる。

最悪、討ち取ることになっても仕方ないと思っていたが、この弟弟子はそれでも不殺で戦うつもりのようだ。

実力差は明確。野良の兵士が野盗落ちしたような者たちで彼を止める術はないだろう。たとえ素手だとしても……

 

「大人たちを相手に……お兄ちゃんは大丈夫?」

 

気配を極力消すようにと依頼していたからか、ルーエに近づきすぎないぐらいの距離で保護したなかで最も幼かった少年は心配そうに小さく声をかけてきた。

 

(この子は……先の母親の……)

 

シュタアルが気をかけていた少年だ。

そして、ルーエ自身が討ってしまった半分魔物化された母親の子供。

 

「ええ、心配いりません。

 誰かを守ると覚悟を決めたシュタアル様は……決して誰にも負けません」

 

目指すもの、たどり着きたい場所、大切なもの、それらを原動力に突き進む彼は……たとえ勝てぬ敵にも、届かぬ相手にも、誰かを背後に退くことはしない。

 

『倒れなければ負けない』

 

親子3代で貫き通す、むちゃくちゃで子供のような理屈だ。後衛で控える者たちの心配を考えているのかといつも思う。

だがその根源にある想いは愛おしいほどに純然たる護りたいという願いだ。

 

『シュタルク様はいつもそうでした。だから後ろに私が居るのです』

 

そう断言したのは師であるフェルンの言葉。

 

「―― 何かあっても、私が支えます。

 だから声を出さずとも……、あなた達を救いたいと言ったシュタアル様を信じてあげてください」

「うん……うん!信じるよ、お姉ちゃん」

 

少年の言葉を確認したルーエはシュタアルが次々と昏倒させていく兵を糸を使って拘束していく。

 

シュタアルを見れば追手の第一波としてやって来た最後の兵士のみぞおちに拳を差し込んだところだった。

打たれた男はくの字に曲がりながら、うめきつつ倒れ伏せた。

 

「これで最後ですね、ですが……」

 

ルーエが右手をかざして出現させた球体からシュルシュルと糸が兵士に巻き付き締め上げる。

今の捕縛用の糸はここに来る前に男たちを締め上げたものに使ったものと違い、殺傷性より切断に対して強く粘性があり、周囲のもとに張り付いてしまう特性を持っている。

そもそも昏倒しているので殺傷性に意味がない。

 

「……すぐに次が来るようです」

 

■魔物を狩る少年


 

第一波の兵士たちの応答がなくなったことで、本格的な討伐隊が編成されたらしい。

すぐ近くまで大きな魔物の気配が近づいている。大きいといっても中型と言ったところか……

 

大型小型などに細かい取り決めはないが、魔物の中で大型となると成竜クラスのことを言う。故に中型とされる魔物でも実際はかなり大きい。

小型と言われても人とそう大差ない大きさのものが多いし、直立して3,4mぐらいでも中型と呼ばれている。

 

「結構でかいやつを連れてきている。みんな姉さんの指示に従って部屋の隅に逃げて」

 

隠蔽の魔法を維持したまま全員を部屋の隅に退避すると同時に門の扉が開く。

予想通り中型の魔物とそれを自慢気に連れた兵士、後は取り巻き数人。

 

魔物は巨大な犬の形状をしており、頭が2つついている。

 

双頭の犬(オルトロス)……

 田舎盗賊にしては随分と大掛かりなもの持ってきてくれたな」

 

双頭の犬(オルトロス)は名前の通り頭が2つある犬だ。

もちろん犬というほど可愛げはない。サイズも何もかもが魔物然とした化け物だ。

 

「捕まえに行った連中を全員ヤッたらしいな」

「全員生きてて捕縛しているよ。トリモチみたいな糸で包んでるから助けるのはおすすめしねーぞ」

 

そう伝えると兵士は「はん!」と言いながら鎖を引くと繋げられたオルトロスは唸り声を上げた。

 

連れている魔物を我が事のように振る舞う男にうんざりする。

ルーエの話によると投薬という形で得た力で服従させたのだろう。

 

無条件で得た妙な力など使えば痛いしっぺ返しが来るというのに……

恐らく、騎士団などを数度撃退していることから力に酔っているのは容易にわかる。

 

「噛み砕け!」

 

男が命じるとオルトロスはシュタアルの方に飛びかかってきた。

 

「オルトロスね……」

 

そう言いながら、シュタアルは姿勢を低く屈むように構えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「いいかい、シュタアル、ティアフォート。今回のターゲットはあれだよ」

「フリーレン様……いくらなんでも冗談が過ぎます。でかいんですけど。群れなんですけど」

 

フリーレンの指さしたほうをみてティアフォートが不満を漏らした。

 

父と母とフリーレンを師事し、本格的な訓練を始めて2年程経った日。

フリーレンに商業ギルドからの依頼があるから行くよと言われて向かった岩山の頂上。

 

そこに鎮座していたのは双頭の犬(オルトロス)の群れ。

 

「そう、アイツらがターゲットだ。頭が2つあるだろ?

 そのうち、片方の頭が子どもの落書きかってぐらい顔が崩れてるのが判るかい?」

「うん……なんか変な顔だね」

 

オルトロスの頭は片方はまるで球体から目と口をくり抜いただけのような崩れた造形をしている。

もう一方は、犬というか獣然とした顔。こちらは一言で言えば手ごわそうだ。

 

「気をつけるべきは崩れた方の顔だ。あっちの頭は呪文を唱える」

「魔物なのに?」

「そう、魔物も魔法を使う。魔法は原始的で拙くてもイメージと魔力と出力ベクトルがあれば何らかの反応をする。

 だから火を吹く、雷撃を飛ばす、かまいたちをとばすとか……複雑なことは出来ないけど」

 

魔法を使うのはわかりましたが、と口を挟んだティアフォート。

 

「近距離戦は?」

「どう思う?」

「みた目のままではないでしょうか?頭が2つあっても牙の生えた巨大な獣です」

「正解」

 

ティアフォートの当たり前の感想にあっさりと答えるフリーレン

 

「そんなの無敵じゃん」

 

各種協会からも睨まれたら命がないと思えという魔物の一角にこいつは載っている。

 

「そうでもないさ……コイツラが厄介なのは集団戦だ。後は実地で教えよう。さあ覚悟して」

 

そういって笑ったフリーレンは有無を言わさず、オルトロスの群れのいた岩場の地面を砕いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

迫ってくる双頭の犬(オルトロス)を前にフリーレンから言われた言葉を一つずつ思い出す。

 

「1つ、こいつは巨大な犬や狼の形をした危険な魔物だ。だが動きはその範疇に収まる」

 

巨体で踏みつけてくるなどの攻撃はあるが、構造上こいつは足を使って攻撃はできない。攻撃の要は獣の頭だ。

それを理解していれば後は攻撃をかわし反撃を繰り返すだけ。

無論、それとて簡単な話ではないからこそ危険視されている訳だが

 

「2つ、魔法を放つ頭は早い、だが魔法を使うが頭が良い訳では無い」

 

攻撃を回避した後、反撃ついでに距離を取ると魔法の頭の口と目が光りだす。

 

―― ■■■■■■■っ!!

 

人語では解釈できない何かを唱えている。口元に感じる魔力から察するに火球を放つようだ。

 

―― ■■■ッッ!!

 

矢継ぎ早に打ち続けてくる火球を走りながら回避する。

 

「ちょこまかと逃げやがって、だが! 手も足も出ないだろ!」

 

外野がうるさい。通りすがりに投擲ナイフの一本でも投げてやろうか……と考えたが正直無駄弾になりそうだったのでやめた。

 

そんな事を考える余裕すらある。そう……こいつは魔法を使うだけで狙いは単調なのだ。

相手が見えた方向にしか撃たない。自動砲台付きの獣。

 

『魔法を使って複数体で波状攻撃を仕掛けてくるけれど、こと一匹となれば、二重詠唱(ダブルキャスティング)以上が出来るティアフォートと単調な狙いなら見切りでかわせるシュタアル、君たちがこの魔物1匹に苦戦するはずがない』

 

「フリーレンの言うとおりだ……」

 

仕込みのある手甲を魔物の首に向けてかざし、ありったけの魔力を込める。

 

―― バシュ

 

と小さい音を鳴らし、音速に近い速度でフックが射出されてオルトロスの魔法を放つ方の首に刺さった。

 

―― ■■■!!

 

魔法もわからなれば叫び声も妙な声で言葉で表現出来ない。

オルトロスの攻撃をかわしながらフック少し巻き取りつつ刺さった方向から逆方向に飛びこんだ。そのままワイヤーで双頭の首を一周してから背に乗る。

 

「3つ、イメージではなく呪文の定型文を唱える魔法は口を封じればそれまでだ」

 

シュタアルはこちらの方を向いた魔法の頭の口に手甲ごと手を突っ込で魔法を放った。

 

「――一般攻撃魔法(ゾルトラーク)――」

 

―― ■■■ ■■■ ■■■ ■■■ ■■■ッッ!!!

 

シュタアルの威力では撃ち抜くことは叶わないがゼロ距離射撃は随分痛いらしい。

その様子を見ていた、オルトロスを操っていた兵士は苦しそうに喉をおさえながら叫び出した。

 

「が……お、おい、お前一体何をっ!」

 

なぜか魔物に攻撃した箇所を痛がっている。

 

「どういう魔法でコイツラ操ってるのかしらねーけど、感覚共有しているならさっさと解いたほうがいいぞ」

 

その様子を見てなんとなく察したシュタアルは兵士に向かって一応警告しておく。

 

「クソ、くたばれ!!」

 

しかし、そのままシュタアルを振り下ろし、もう一方の首に噛みつかせようとでもしているのかまだ足掻く様子に

「痛いとかいうレベルで済むかしらねーぞ」

と言ったシュタアルは手甲に魔力を流し込む。

 

―― ザシュ!!

 

そんな短い音の後、シュルシュルとフックとワイヤーは手甲の中に戻りつつ、

オルトロスの2つの頭は宙を舞った。

細い硬質ワイヤーによる肉の切断。

 

「あが……が………ば………は……」

 

兵士を男は首もとを掻きながらながら泡を吹いて倒れた。

どんな感覚を味わったのかは仕掛けたシュタアルすらも想像はしたくない。

 

「解けって言ったのに……」

 

首のなくなった胴体から飛び降りると、ズシンと巨体を横たえて魔物らしく魔力の灰化と気化が始まった。

 

「さて、取り巻き連中。投降してくれると助かるんだけど」

 

睨みを効かせると残りの兵士全員がジリジリと後ろに下がりだした。

投降が一番楽、かかってきてくれたらそれはそれで構わない、蜘蛛の子を散らすように全力逃亡が一番困る。

 

が、どうも一番最後の選択肢を取りそうな雰囲気だ。

 

「姉さん、お願い」

「――まったく――」

 

短い依頼の言葉に、凛とした声だが呆れたような返答が帰る。

取り巻きたちの背後にふわっと降り立った黒髪の美しい女性は

 

「――捕縛――」

 

手元に構成していた球体から発射される糸によりそこにいた全員を絡め取った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「ルーエ姉さん、その魔法メチャクチャ便利だよね……今度教えてよ」

 

縛り上げられた男たちを魔法で眠らせながらシュタアルはルーエに聞いてみる。

姉がよく使う魔法の中でも中々応用範囲の多い魔法だ。

 

あと、多数の鋼糸の様な物を使って攻撃するやつはなんか

こう……心に響く感じで凄く格好いいので是非やってみたい。

 

「駄目です」

「え、なんで……?」

 

が、しかし秒で断られた。

 

「正確には、魔法として教えることが出来ません。という意味です。

 これはフリーレン様やフェルン先生にも使えません」

「そ、そうなんだ……」

 

体系的学問の元に開発された魔法とは異なる異能のようなものだろうか?

女神の魔法の様な……

 

「いつか、お伝えしますが……今は異能の類、そう思っていただいて構いません」

 

何も言ってないが、考えていることは読まれたようだ。

 

「そっかー。俺もそういうなんか特別なこと出来たらいいんだけどな……」

 

シュタアルのそんな様子にルーエは溜息をついた。

 

一体だけとは言え、大人のパーティでも通常は非常に撃破の難しい双頭の犬(オルトロス)を一人で撃破する少年の自己評価の低さにルーエは頭を抱えざるを得ない。

とは言え仕方ない。彼が対比しているのは常に大陸最高峰の使い手であるシュタルクやフェルンやフリーレン、アイゼンといずれもレジェンド揃いだ。

 

「……シュタアル様、魔物を撃破した姿は見事でした。

 新しい道具を使った戦法も見事で……その、格好良かったと……思いますよ」

 

奢ることはせずとも、もう少し自身の能力を誇ってもいい。

姉弟子として、義理の姉の様な存在として常にそう思っている。

なんとかしてそれを伝えてあげたいのだが……

少し幼なさ抜けきらないシュタアルの喜びそうな言葉を選んで掛けてあげるが妙に恥ずかしく、言ってから少し照れてしまった。

 

「……本当!? ……格好いいかぁ……えへへ……」

「お兄ちゃん、すごかったよ! 格好良かった!」

「ありがとうな!」

 

救助した少年もそれに同調して声をかけてくれた。

こうして、年相応の少年らしく振る舞っていてくれれば微笑ましいのだが……彼の目指す道は険しく厳しい。

少し前に遭遇した救いたい人を救えない現実も彼を襲うだろうが……

それでも懸命に誰かを救おうと足掻くこの少年の心もまた救われてほしいとルーエは願わずに入れられない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

仕掛けにリンクした水晶が割れた。

どうやらコマとして用意した魔物が対処されたようだ。

 

ヴェノムと呼ばれた男はそれを確認してとても嬉しそうはしゃぎだした。

 

「いいね!素晴らしい! そうでなくては!!そろそろ僕も準備しないとね」

 

パンと手を叩いたヴェノムは飛び上がるように立ち上がり

いそいそ塗装備品を準備しだした。

 

その時、手に取った笛を見て彼はふと、顎に手を当てて考え始めた。

 

「そうだ、そうだ。せっかくだし、1つ仕掛けを使っちゃおう。

 前フリは大事だよね!びっくりしてくれるといいなぁ」

 

そう言いながら、男は今いるであろう部屋につながるパイプの蓋を開けて

勢いよく手に持った笛を吹いた。

 

■異変と変異


 

「よっと」

 

掛け声を上げて縛った男たちを放り投げ、例によって天井に貼り付ける。

オルトロスを操っていた男は気を失っていただけのようだった。

もちろん精神的にどの様なダメージを負ったのかは判らないが……ひとまずシュタアルは胸を撫で下ろす。

 

「ルーエ姉さん、後はどんな感じ?」

「構造的にはそう出口は遠くありません。

 この通りの先になります」

 

彼女のその言葉に救助者たちからは安堵の声があがった。

 

「ですが……この状況で出口前に何も無いとは考え難いですね」

 

たしかに既に警告が鳴っている。

これはもうフリーレンに出口前で挟撃をお願いするほうが良さそうだ……が連絡手段がない。

 

「派手目の攻撃でフリーレンに気づいてもらう?」

「優雅さに欠けますが、そうせざる得ない可能性が高そうですね」

 

そんな折、妙な音が聞こえた。特にメロディも何も無い笛の音……

 

「ぐっ………!!」

 

音を聞いたルーエが頭をおさえて塞ぎ込んだ。

 

「姉さん!?」

 

ルーエは手の平を駆けつけようとしたシュタアルの方に差し出し制止を促す。

 

「大丈夫です。油断していたところに……これは……」

 

シュタアルには何も感じなかったがルーエにはなにか不快感を呼び起こす音だったらしい。

 

「いったい、今のは……?」

 

そんな折、部屋の中央に魔法陣が展開される。見た感じ拡声の魔法。

 

『こんにちわ~、脱出は順調ですか~?

 いや、わかってますよ。ここに来てるってことは出口までもうすぐですね』

「……戦闘もしてれば場所もバレるか」

 

とはいえ、救助者を放置もできなければ見捨てることも出来ない。進むしか無い。

 

『そろそろ、難易度を上げたいと思ってプレゼント用意しましたよー

 さっきの笛の音、聞こえてましたかー?

 あれはね……魔物の魔力をかき乱して興奮させる波長の魔法を音に乗せてだしたものでーす』

「――どういうことだ……?」

 

妙なことを言い出したヴェノムに疑問を覚える。

『ヒントは君たちの捕縛した兵士たちぃ。じゃあ後よろしくね~。クソガキ君、戦の場で僕と握手だ!ばいばーい』

 

そう言うと魔法陣は霧散して消えた。

 

「いったいなにを……」

 

と考え込むルーエは何かに気づいた

 

「―― ッッ!!

 皆さん、そこから離れて私達の後ろに!!」

「わかりました!」

 

ルーエがそう伝えた救助者の向こう側、先程捕らえた男たちが小刻みに震えていた。

 

「あががががががが……」

 

うめき声を上げながら人の出来る動きではない様子で男たちが顔を震わせている。

 

「なんだ!?」

「あの男……なんということを……このために手下たちに薬を飲ませていたの!?」

「姉さん、これは?」

 

その様子を知っていそうなルーエにシュタアルは問いかけると

 

「 変異……です…… 」

 

彼女は苦々しそうに答えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

二人の成功を信じて大人しく上空で待機していたフリーレンだったがそろそろルーエの指定してた時間が近づこうとしている。

もちろん、行動すべきはそれを超えてから、であるべきだ。

 

(魔力の流れが変だ……)

 

洞窟の中には大小様々な人の魔力が流れている。漠然と魔物のようなものも混ざっている。

そこまではわかっていたが、ついさっき魔物が放つ魔力に随分と大きな揺れがあった。

(潜入して無事に抜けているならそんなことは起こり得ない。十中八九、良くないことが起きている)

 

ルーエの指定した時間までもう少し。

もし過ぎて二人が出てこないなら、最悪のケースも踏まえて救出に向かう。

 

フリーレンはそう思いながら、近隣で最も高い位置にある木の上に降り立った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

笛の音を鳴らしたヴェノムはいそいそと出発準備を始めている。

少ししたら現場は地獄絵図になるだろう。是非楽しんでほしい。

そしてもう一つ仕込んであるサプライズもこの際開放しよう。

 

打ち上げ花火の前に気持ちを最高潮に盛り上げてもらわないと。

 

「次の仕込みは反応を間近で見たいよねぇ、やっぱり」

 

となるともう打って出るしか無い。出口付近で待っていると外部の人間と挟撃させる可能性がある。

さあ、どうするべきか……腕を組んでヴェノムは熟考するが……

 

何かを思いついたように ――カッ――と目を見開き……

 

「いいか!別に! 戦うの俺だし!お客様にはすべからく同じ狂乱を味わってもらおうじゃないか!」

 

そう言って楽しそうに笑い出した。

事前情報と消去法で言えば挟撃で待機している可能性があるのは数名。

いずれも強力な魔法使い。高火力で攻められると逃げ場もない。

 

それ故に良い。彼らはダンジョンから外と中の挟撃を仕掛ける限り、大きな魔法で撃ち合うことすら出来ないのだ。

お互いを傷つけてしまうから。

 

「よし決めた。その段階で次の仕込みを使おうか!」

 

腹づもりが決まったヴェノムは自室のドアを開けて現地に向かうことにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「姉さん、変異って?」

 

ワナワナと肩を震わせているルーエにシュタアルは問う。

 

「見ての通りです。もはや彼らを救う術はないでしょう」

 

シュタアルの眼の前では先程捕縛した男たちが顔を震わせながら叫び声を上げている。

 

「皆さん危険ですので、そこから動かないよう。

 外部から押しかけて来る可能性もありますので扉にも近づかないで」

 

そう言われた救助者達は2人の背後、壁の近くに移動した。

 

「お兄ちゃん……」

「心配するな、絶対に助けるから!」

 

心配そうに声をかけてきた少年にシュタアルは応える。

 

ーー ガアアアァァァァァ

 

獣の様な雄叫びのと共に目の前の盗賊の兵士達はバリバリと音を立てながら魔物の姿に変容していく。

拘束していた糸を破って立ち上がったそれらは全員種族の違う別々の魔物。

 

「変異ってのは……こういう……」

 

共通しているのはーー

 

「私達を敵と認識している様ですね」

 

元の人間の時の認識が残っているのかこちらを攻撃する意思だ。

一部始終を見たシュタアルは先に戦ったエンダムの母親の事を思い出す。

 

「こんな、無茶苦茶な事……くそっ!」

 

人を化物に変えて笑っている奴がいる。シュタアルにはただそれが許せない。

徹底的に叩き潰さなければならない。

 

大切な場所、大事な故郷、愛すべき人達、その全てに牙を向く前に……

 

■ヒトのカタチと守るべきモノ


 

ーーァァァァァ!

 

声にならない雄叫びを上げながら魔物となった男が飛びかかってきた。

剣を取り出したシュタアルはその爪を払う。

返す刃で肩から袈裟斬りにしようとした瞬間……

 

『ーーだずげでーー』

「ッ!?」

 

魔物からそんな声が聞こえて手が止まってしまった。

 

「シュタアル様?!」

 

ルーエの声が聞こえる。

彼女も何かを射出してくる魔物達から救助者を守る様に応戦している。

 

「くっ!」

 

シュタアルが手を止めた一瞬の隙にもう一体の魔物が襲いかかってきた。

その攻撃をバックステップでかわしたシュタアルは左手に魔力を集中する。

 

(通常の魔物と違う……)

 

攻撃本能のままに襲いかかってくる感じじゃない。

今もこちらの行動を伺っている。

先の声も意図的なものかもしれない。

 

「シュタアル様! 躊躇わないで! 何をしても肉体も精神も変異した人間はもう助けられません!」

 

判ってる。理解はしている。

だが助けを求める声を……人だったものを切れるのか……?

 

ーーシュタアル……君は何を恐れる……?

 

いつもの頭に響く声が聞こえる。

危機を伝えるものでは無く、問いかけだ。いつか祖父と話した恐れと勇気の話……

 

いま恐れるもの……大切な人達にその爪と牙と悪意が及ぶ事だ。

 

ーー今守るべきものは何だ?君は何を選ぶ?

 

その問答は更に問いかけてくる。

 

「お兄ちゃんッッ!」

「シュタアル様っ!!」

 

エンダムとルーエの声が聴こえてくる。

救いたい……守りたい人達……

 

そうだ。忘れる所だった。今は立ち止まれない。

 

大切なモノを違えてはならない。選び、決断しなければならない。

 

「ごめん、俺には救えない……だから……」

 

シュタアルは手甲からワイヤーを射出し、刺さると同時に巻き取った。

 

「!!」

 

その勢いで魔物の隣を通り過ぎた彼は大きく剣を払った状態で魔物の背後に着地する。

 

「せめてこんなくだらない事を俺が絶対に終わらせる」

 

シュタアルの通り過ぎた魔物の胴体には腕と頭が無く、彼の言葉が終わると同時に、地面に倒れ伏せた。

 

■Raid


and Exodus

 

シュタアルのその一撃を皮切りに、彼は襲いかかる元は人間だった魔物達を次々と切り伏せた。

 

(強い……)

 

ルーエは彼の研鑽をよく知っている。ずっと近くで見てきた。

何度も彼の父に敗れ、戦略を再考し、訓練を繰返し、そしてまた敗れ……

何度も負けて、少年は一歩ずつ成長する。

 

そこに近道などは無く、ただあるのは狂おしいほどに純粋な理想と願いと覚悟だ。

 

ーーキシャァァァァ

 

空気を裂くような唸りを上げるのは先ほどまでルーエを中心に救助者を襲おうとしていた魔物の一体。

 

相手を貫こうとシュタアルに向けて体の一部を射出するしている。

シュタアルは高速で移動するわけでも無く流れるようなステップでこれをかわした。

 

「オルトロスより遅い」

 

そのまま距離を詰めた彼はその一言と共に魔物の胴体を刺し貫いた。

 

ーーギィぃぃぃ

 

と不気味な声をあげた魔物に他の魔物達も反応し、警戒感を高めてシュタアルの方を向いた。

おそらく厄介な強敵だと認識を改めたのであろう。

 

だが……そんな隙を逃すルーエではない。

 

「……戦闘中によそ見は感心しませんね」

 

その言葉と同時に解き放たれたゾルトラークは魔物達の頭を貫いた

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

バタバタと倒れゆく魔物達は魔力が気化して消滅していく。 

エンダムの母親同様にほぼ何も残らず衣服の破片など人であった時に身につけていたものの残骸がその場に残った。

 

(やはり、肉体が作り替えられてしまっている)

 

これは人の肉体を贄に魔力に変えて魔物の体を再構成したということ。

 

「滅びたはずの魔法を……引き摺り出した者がいる……」

 

ある2人の英雄に討たれた悪辣たる魔族。それが起こした街一つ道連れにしたこの世の地獄。

生きとし生けるものが醜悪な化物と化し、人だった物が人を喰らい、挙げ句の果てには共食いを始め……そして何も残らなかった。

 

その魔族が使った魔法が眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)。生物の尊厳ごと根こそぎ奪い去る不可逆の呪い。

 

ルーエや今はここにいないエアフォルクにとっては許せるはずが無い事実。

ヴェノムという男だけでそれを成したとは到底考えられない。

 

「……絶対に許さない……、引きずり出して……必ず報いを受けさせる」

 

黒い瞳をより深く黒く染めたルーエは、迫りくる魔物たちを打ち払いながら1人その決意を固めていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

どうやら、侵入者は順調に出口に向かって進んでいるようだ。

 

「いいね、いいね、いいねー。素晴らしい。乗り越えたんだね」

 

ヴェノムは足取りも軽く出口の方向へ向かっている。

近道の通路を使っているし一人で移動しているので確実に先回りできる。

 

仕掛けは、言ったところで魔物に毛が生えたようなもの。

ちょっとした実力者であれば対処はできるものだ。

びっくり箱だと思って驚いてくれたら上々。

ショックでくじけたらそこまでだったという話。

 

でも良かった。眼の前で起きたことから彼らは立ち上がったのだ。

それでこそ英雄の血筋の者たち。準備した甲斐があったというもの。

 

「きっと腸煮えくり返ってるだろうから、俺も頑張らなきゃねー」

 

邪悪な笑みを浮かべた男は二本のナイフを取り出し素振りをしながら突き進む。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「この区画の次が出口となっています」

 

ルーエの言葉に人質となっていた面々の顔には安堵の色が見え始めた。

無理もない。先程まで見せられた凄惨な光景は彼らにとっては非日常極まりなかろう。

 

「シュタアル様……、大丈夫ですか?」

「……ああ」

「………」

 

先ほどから息も乱さず戦闘を繰り返している彼は先ほどから表情1つ変えない。

尋常ならざる力と体力。しかし、気持ちを張り詰めさせて限界異常の力を引き出しているようにも見える。

まるでいつ割れるかもしれぬ薄氷の上で舞う舞踏を思わせる。

 

死体もほぼ残らぬ魔物とは言え……人だったものを何人斬らせてしまったのだろう。

それが許されざる盗賊だったとしても……

 

本来、シュタアルという少年の気性は穏やかで人柄も朗らかな方だ。

情けない顔をすることも多いが、それでも基本は年相応に笑顔の似合う少年……

状況が状況とは言え、今はあまり良い傾向ではないかもしれない。

 

それでも力押しだけで解決するわけではない現状は彼の力なくして無事に切り抜けられる事態ではない。

 

「シュタアル様……、あなたが一人で背負うものではありません。

 私がいます。フリーレン様もいます。 今ここにおらずともフェルン先生もシュタルク様も、兄さんも、ティア様たちだって貴方とともに戦っています。

 だから……思い詰めないで」

 

シュタアルが目指す道をひた歩き、大切な人達を護り続けたとしても、大切な人達は誰も彼のその様な顔を見たい訳ではないのだ。

 

「出口だ!!」

 

区画の扉を開けた先の光景を見た瞬間。救助者の一人が声を上げ、次々と色めき立つ。

ようやく終わる。地獄のような状況から抜け出せるという希望に満ちた声。

 

だが……

 

「こーんにちわー」

 

入口の逆光の中から1人、背の高い細い男が1人こちらに向かって歩いてくる。

 

「……お前は……」

 

見覚えがある。幼い頃に見た顔だ。起きている事態から予感もあった。

 

「あーあーあーあーあーあーあーあー!!!

 あぁぁぁぁぁぁぁぁ!! やったぁ! やっぱり! あははははははははははは!!

 あの時のクソガキくん! 英雄の息子! 君につけられた顔の傷まだ残ってるよ!

 おじさんのこと覚えてる?今はヴェノムって名前で活動しているんだけど」

 

シュタアルとルーエ、救助者を前にして大喜びで笑う不気味な男。

 

(この男がヴェノム……、そしてシュタアル様のあの顔からするとやはり話にあった過去に襲撃を企てた男と同一の……)

 

硬い表情のままシュタアル半身で構える。

相手の行動によっては斬りかかる気でいる。

 

「……父さんに腕、ぶった切られたんじゃなかったか?」

「あー、それ? 君のお父さんにぶった切られて、君のお母さんに焼かれて……正気でいられないぐらい痛かったんだよ」

「経緯なんて聞いてねーよ。あんたの両腕は何だって聞いている」

 

ヴェノムにはたしかに両腕がついている。包帯巻きになっており地肌は見えないが……

 

「あー、これ?」

 

右腕を上げてワキワキと指を動かす。義手のような不自然さはなく、明らかに普通の腕のように動くそれは生物の持つそれ。

 

だが、ここまでの騒動を見せられてきたシュタアルにも流石にわかる。

これまで人を魔物に変えた類の外法の術を使っている。脈打つように流動する表面からしても多分普通の腕ではない。

 

「治療していたら……無事に生えたってことで」

 

そう言いながら再びナイフを持って構えるヴェノム。

 

「あの日の復習と……」

 

かがんだその姿は硬いバネが勢いを乗せるため縮こまった状態を思い起こさせる。

 

「――復讐だぁ」

 

そう呟いたヴェノムは一気にシュタアルとルーエのいる方向へと躍り出た。

 

■猛毒の襲撃


 

―― 前に出ろ! 味方へ近づけさせるな!!

 

声が聞こえる。いつもとは異なる。仲間をかばえという声。

今シュタアルとルーエ、救助者達の距離はたしかに近い。

この距離で撃ち合えば被害が出るし……恐らく向こうも狙ってくる。

 

「くそっ!!」

「シュタアル様っ!!」

 

ルーエの制止を促すような呼びかけも聞かず前に出る。

ルーエやエンダム、他の人に手を出させるわけには行かない。

 

かなりの速度と勢いでこちらに向かってくるヴェノムに全力でぶつかるようにシュタアルは駆け出した。

 

―――― ギィィィィィン!! ――――

 

金属同士がぶつかり、瞬間的な摩擦が火花をちらした一撃目。

 

「おはぁぁぁっ!!」

 

男の目には歓喜の色が浮かぶ。試すように放った一撃に理想を上回る反撃が帰ってきた。

もう片手で放ってきた2撃目をかわし、シュタアルはさらなる反撃を返した。

 

「ッ!!!」

 

ヴェノムは顔の正面でナイフを交差させて防いだ。

ナイフをずらしてシュタアルを見るその目は恍惚とした色を見せる。

 

「いいねぇ。いいね、いいね、いいね!! 少し見ない内に立派に育って!

 クソガキ返上だね!期待以上だ。小さな英雄さん!」

「だまれ!!」

 

反転して横に薙いだ一撃は、流れるようなバックステップで回避された。

ほぼ当てるつもりの攻撃は軽くかわしたことに内心でシュタアルは焦る。

 

(強い……群衆と虚を突いたとはいえ、これが、父さんに一度膝をつかせた使い手……)

 

「うーん、今一気に食べてしまうのはとてももったいないな。

 後ろのお姉ちゃんもものすごく怖いしね」

 

その瞬間シュタアルの横を不可視の刃が通り過ぎる。 ルーエの魔法だ。

 

「シュタアル様から離れたその一瞬を逃すと思いましたか!」

「……ざあんねん!」

 

見るものを不快にさせるように頬をゆがめて笑うその男はそのそれをかわそうともしない。

 

『 ―――― 防げ ―――― 』

 

不可視の風の刃が次々と男に襲いかかるその一瞬、紡いだ言葉は文字通り力を成して障壁を作り出す。

 

「なッッ!!」

 

―― イィィィィィィン!!

 

高速で振動する左腕を抱えながら「なかなか役に立つじゃない」 と男は呟いた。

 

防御魔法だ。高度で相応の出力を要するため、本格的な魔法使い職のものしか使わないもの。

 

「俺1人で戦うわけだから最低限の対策はしているに決まってるよね」

「あなたにそんな物を与えた奴がいますね……叩き伏せて……吐いてもらいます」

「おお、怖い……君のお姉ちゃん、ほんとヤバいね。

 いや血がつながってなさそうだから、これかぁ?」

 

そう言ってヴェノムは親指を中指と薬指の間にはさんで握ってみせた。

 

「おっと!」

 

立っていた位置に投擲用のナイフが3本突き刺さる。

投げたのは怒気をはらみつつも無表情のシュタアル。

 

「多芸だねぇ、そんな怒り方するってことは……あ~なんか見た感じまだって感じだね。

 もったいない。若い身空で女を知ることもなく……散ってしまう運命とは悲劇だなぁ」

 

流石にこの言葉に逆上したルーエはゾルトラークを放つ。

 

「黙りなさい!!」

「おっとぉ」

 

それを男は紙一重で回避する。

 

(やはり、単純な魔法だと見切りでかわしてくる。フェルン先生が撃ち漏らしたのは偶然じゃない)

 

「じゃあそろそろ、とっておきの行こうかなー。あー。どうしようかなー。

 ここにいる二人が死んじゃうよー。あー。あー。あー」

 

大仰に上を向きそんな事言いだしたヴェノム。

 

「お前何を……」

 

「早くしないと~、間に合わなくなっちゃうよーー」

 

まるでここにいない何かに挑発するような言い方。それはまるで――

 

「動くな。頭、撃ち抜くよ」

 

男の後頭部を杖で抑えるように指した構えで銀髪のエルフの淡々とした声がした。

まるで、その言葉を待っていたかのように……

 

「フリーレン様っっ!」

 

―― やはり男は嗤っていた。

 

~ to be Continued ~

 




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