葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ 独自キャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格の青紫の髪のと三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- エリシア(Elyssia):シュタルクとフェルンの間に生まれた次女でシュタアルの妹。フェルンそっくりの女の子。回想シーンでは3~4歳ぐらい。
- ヴェノム(Venom): 第1部におけるヴィラン。年齢不詳。背が高く、後ろ髪を縛った地味な見た目で露悪的な発言と行動が目立つ男。洗練された体術と非常に計画的かつ狡猾な手段で攻めてくる。
- エンダム(Andern):ヴェノムたちに捕まっていた母子の幼い少年。ヴェノムの策略により母を失う。
■ 前回までのあらすじ
かつてオレオールへと旅をしたフリーレン一行は長い旅の末にシュタルクの故郷であるクレ地方に根をおろした。シュタルクの不在中に盗賊被害が急増し、息子のシュタアルはフリーレンとルーエと共に盗賊討伐を志願する。
アジト内に潜入したシュタアルとルーエが人質を解放しようとする中、襲撃警報が鳴り響いた。シュタアルは人質達の先頭に立ち、ルーエは後方を守りながら脱出を試みる。しかし、出口へと向かう道中、ヴェノムの手下やその元達の連れたオルトロスと呼ばれる魔物がが立ちはだかる。
人質を守るためにシュタアルは単身オルトロスと対峙する。
シュタアルは持ち前の技能を発揮し、ルーエすら驚かせる力でオルトロスを打ち倒す。
だが、ヴェノムは部下たちが敗北することを織り込んで特殊な薬を投与しており、彼らを半人半魔物の姿へと変えてしまう。
人間だった者を斬ることに迷いを見せるシュタアルだったが、救うべき人々を守るため、そして魔物と化した者たちを解放するために剣を振るう決意をする。苦悩を乗り越え、魔物化した手下たちを次々と倒し、人質の脱出を手助けする。
出口を目の前にして、ついにヴェノムと名乗る男が姿を現す。
彼らの推察正しく、ヴェノムは過去に幼いシュタアルが傷つけ、腕を失ったはずのギフティ名前の変えた姿だった。
復讐心に燃えるヴェノムと、幼い頃のトラウマと対峙するシュタアル。
激しい戦いの中、追い詰められるシュタアルの前に、上空から監視していたフリーレンが介入する。
アジト解体も視野に入れたフリーレンの魔法の前に、ヴェノムの運命は ――
■大切なものをもらった日
――もう何年前のことになるだろうか。
助けられてから病室生活が2ヶ月ほどが過ぎた。
自身の身体の状態に問題があったのか、封印式というものがよほど複雑だったのか、あるいは両方か。
ルーエには判らなかったが、思ったよりままならない日々は長かった。
そうして、ようやく封印式が徐々に体に馴染みはじめ、起き上がり、たどたどしくも歩くことが出来るようになった日。
ベッドから起き上がる事ができたため、久しぶりに鏡を見る。
兄やフェルン様、ライニ様が身の回りの世話をしていてくれたためなんだかんだと身綺麗な状態だったが。
昔は髪を肩ぐらいまでで揃えていたのに随分と伸びた。
「フェル……ン様……み……たい……」
髪色は異なるが……長さとしてはそんなものだ。
ベッドで寝ていたためサラサラな状態とは言い難いが……
時折兄が髪を解いてくれていたのでこの部屋にはブラシがあったはず。
せめて少し梳かしておこう。
ヨロヨロとルーエはベッドに付属された棚の上に在ったブラシを取ってから鏡の前に移動した。
不意にドアのほうからノックの音がする。
髪を整えてから……応対したいが、待たせすぎるため渋々と返事をした
「どう……ぞ……」
まだうまく声が出ない。
「こんにちわ……あの……母さんから挨拶をしなさいって……」
「兄様、返事があったのですからさっさと入ってください」
「ちょ、押すなよ」
ドアを開けたのは二人の子供だった。
青紫の髪の少年と紅い髪の少女。
「こん………に……ち……わ」
「………」
「兄様……間抜けな顔でほおけないでください。さあ早く!」
「えっ、いや、呆けてない。
あの。母さんはもうすぐ妹を連れて来るって……
で、あの、まだ体調が万全じゃないから無理させるなって」
「兄様、自己紹介」
何やらたどたどしく事情を説明していた男の子の足を女の子が踏んだ。
「痛った……、いや……えーと。シュタアルって言います」
「私は、妹のティアフォートです。よろしくお願いしますルーエ様」
自分の名前は聞いていたのだろう。
「よろ……し……く……」
そんな最中、ティアフォートと名乗った少女はルーエのブラシを見て状況を察したらしく。
「申し訳ありません、身支度をされている最中だったのですね。
突然来てしまったので……私が梳いて差し上げます」
随分と利発な少女だ。
「あの、ぼ……俺も……手伝います!」
✧ ✧ ✧ ✧
「ほら、エリシア……ご挨拶」
二人の兄弟から髪を梳かれている最中にやってきたフェルンはその様子を見て少し笑ってから
足元に隠れていた少女の背中を優しく押す。
「え……エリシア……です」
怖がっているというより、真っ赤な顔で恥ずかしがっているようだ。
そのまま母のスカートの後ろに隠れた。
「もう……、初めての人に緊張しているみたい。ごめんなさい」
「い……え……」
「シュタアルとティアフォートは失礼をしませんでしたか?」
「は……い……、髪……を……整……えて……くれ……て……いま……す」
兄と自分だけになってしまった今、随分久しぶりに感じる。親子、家族という情景。
こちらをチラチラ覗いている少女に微笑みかけると小さな少女はさらに真っ赤になってフェルンの足にしがみついてしまった。
「どうでしょうか?」
そう言って手鏡を渡してきたのは紅い髪の少女のティアフォート。
(これが……今の私……)
髪が伸びただけ……かどうかももはや判らないが……それでも随分印象が変わるものだ。
故郷にいた頃は、もっと垢抜けない幼さの目立つような容姿だった気がしていたのだが。
「あり……が……とう……」
「私クセが強い髪なので、サラサラの長い髪、綺麗で羨ましいです。
………兄様!」
「……すごく……きれいだと思います」
そんな風に言う少年の脇腹を少女が肘鉄で付くと少年は「うぐっ、お前……!」と言いながらくの字に曲がる。
よほど仲が良いのだろうと笑っているとフェルンは椅子に座り姿勢を正した。
「ルーエ、あなたには二つの道があります。
これはあなたのお兄様にも夫のシュタルク様から確認している所です。
1つは幾つかの制約は付きますがこの街の住人として、普通に過ごし、街の住人として平和な日々を望むこと。
私達はあなたが独り立ちするまでそのバックアップを惜しみません。
その庇護下にある限り我々が護ります」
そう告げるフェルンの表情は真剣そのものだ。
「は……い……」
「そして、もう一つの道。
これはフリーレン様がその選択肢をあなた達には得る権利があると訴えたものです」
―― 『君の身体にかけられた呪い……いや、もう呪いと言って良いのかわからないけれど。
君の体に混ぜられた強大な魔物の因子達についてだ……』
少し前に、フリーレンから告げられた自分たちの背負っているものの話だろう。
「……あなたの運命に、試練に立ち向かえる力を……望む道――」
✧ ✧ ✧ ✧
その日、大切なものを2つ得た。
温かい家族達、可愛い年下の兄妹達。笑顔をくれたもの。私が護りたい物。その情景。
そして……
―― それを守るだけの力……それを掴み取る権利 ――
私はこの日の事を決して、生涯、忘れることはないだろう。
■挟撃
中央諸国 リーゲル峡谷 廃ダンジョン跡地
シュタルクとフェルンの第1子である長男シュタアル、フェルンの教え子であるルーエ、そしてフェルンの魔法の師であるフリーレンが街を脅かそうとしている賊のアジトに潜入して、攫われた人質の救出作戦開始から3時間程度の時間が経過した。
『おおよそ、ルーエの指定した時間が経過した』
潜入組であるシュタアルとルーエは内部に、フリーレンは外で待機していた。しかし…
順調とは言い難い事態が起きていると判断したフリーレンが入口に降り立ったのだが……
気配を極力消して入り込んだ入口でフリーレンが見たのはシュタアルとルーエが対峙する背の高い不気味な男だった。
(どうやら、ぎりぎり間に合ったみたいだ……)
彼らの顔色を見る限り優位とは言い難い戦況だったらしい。
「動くな。頭、撃ち抜くよ」
気配を消していたフリーレンは躊躇なく、そのまま男の背後を取って警告した。
「あはぁぁぁぁ、やっと来たぁぁぁ」
その言葉に嬉しそうに応えるのは彼女に杖で後頭部を狙い定められているヴェノムと名乗る、背の高い……一見すると平凡な盗賊の様な雰囲気の男。
「そうかそうか、やっぱりでてきたか。伝説のエルフ。葬送のフリーレン」
「知っててくれてどうも」
その男の言葉にフリーレンはどういうことの無いように応える。
「フリーレン様、その男は危険です!お気をつけください!」
魔法使いが構えた状態で背後を取ればそれは絶対的な優位的な状況。しかし、一定以上の使い手はそもそも近寄ることが非常に危険なケースも有る。
この男はそれに当たる。短い時間の戦闘だったが、この男が師であるフェルンの攻撃を見切りで躱したのはどうやらまぐれでもなんでもない。
「知っているよ。来しなに話していた男だ」
「おやおや、俺ってそんなに有名だったか?嬉しいなぁ――」
瞬間、フリーレンは杖から魔法を解き放った。
「動くなって言ったよね」
「あはあ!」
男は首をそらして躱すと同時に長い手をナイフとともに回した。
「隙あり!」
「無いよ」
男のナイフはフリーレンの顔近くの防壁に弾かれた。
弾かれた衝撃で構えが崩れた男の顔に再度杖を突きつけるフリーレン
「この手の攻防がお好みなら付き合うけど」
「なるほどなるほど……さすが伝説の魔法使いは手強い」
そんな魔法使いと男との攻防をみて声を上げたのはシュタアル
「フリーレン、離れろ!いくらなんでも危険だ!俺が前に出るから援護に切り替えてくれ」
「シュタアル。君が割り込んだところで、恐らくこいつは君を盾に魔法の射線をそらす。いっそこの状態のほうがやりやすい」
「くそっ!!」
3対1。当然ながら人数が多いほうが強い。
圧倒的優位だ。しかし、冷静にもし自分がその立場に立たされたならどうするか?
覆すために何をするか?
状況を利用する。環境を利用する。足りない火力は相手から借りる……
そういうことを遠慮なくやってくるやつだし、悔しいがそれをやるだけの技量を持っている。
……いや、そもそもなぜこいつはこんな状況になることを理解して一人出てきた?
(きっとなにか狙いが有るからだ……)
そのための不安要素である挟撃者を炙り出したかったのか。
まんまと載せられたにしても、状況としてフリーレンが出てきたのは間違っていたとは言い辛い。
何かが良くない……全てに置いて先手を打たれている。
戦力が不足しているとも思えないのに上手く立ち回れない。
そんな最中、フリーレンは魔法を放ちだす。
シュタアルは見たことがない、射程が短く、速射性のある魔法を連射している。
「おおっと、そんなものもあるのか」
「随分と余裕だね」
素早い動きで半身になりつつ体の軸をずらしながらヴェノムはそれを躱す。
(フリーレンは……手を出すなと言っていない……)
剣を握り締めてシュタアルは構える。
そう、フリーレンは手を出すなと言ってない。
どんなときでも仲間と協調することを重視するフリーレンが今この場にいる自分の事を考慮しないわけがない。
慎重に距離を測っているとフリーレンの連射魔法が止まった。
「一時的な弾切れかなぁ……?」
そう言って2本のナイフを振りかぶりフリーレンの首をめがけて――
「シュタアルッ!!」
(隙を作ってくれていたんだ!)
声をかけられる前、連射魔法が途切れそうなことを察知したときからシュタアルは駆け出していた。
「心得た!!」
疾走の勢いに乗せて剣を振るう。
狙うは包帯にまみれた不気味な腕。仕掛けがある。切り落とさなければ。
ナイフを振りフリーレンを狙っていたヴェノムはこれに対応が間に合わない。
腕の皮……いや包帯一枚のスレスレの一瞬シュタアルは「獲った」とした瞬間。
「―― ざああんねん!」
男は嗤った。
■逆襲と罠
「がッ!!」
シュタアルの剣戟がヴェノムの腕を切り裂く……その瞬間、ガンという硬質な異音が響いた。
想像以上の硬度の何かに剣は弾かれ、体重をかけた攻撃は反発して背後に弾かれる結果となった。
もちろん相手も相応の衝撃が通ったのか後ろに飛んでいたが……
「あはぁ……もちろん対策しているよぉ。硬かったろう?」
「その腕……やはり人外の魔物を混ぜ込んでいますね……」
その様子を見ていたルーエは言う。
魔物の構成素材の腕をつけた……という簡単な話ではない。
適合している。つまり、本体もある程度はそういうものを混ぜている。
「もはや……あなたは人ですら無い……」
「おやおや、それは差別発言じゃない?女神の教えに反しない?あまり信じてないのかな? 」
「黙れ!」
そう言って、ルーエは魔法を解き放つ。視界に収めることの出来ない衝撃。恐らく風刃の刃。
「おっと……」
しかし、男はルーエの放つ不可視の風刃も難なくかわす。
「さて、君たちの戦力もわかったところで……そこの少年とふたりきりでお話したいんだ。
葬送のフリーレン様には来てもらって早速で恐縮なんだけど……お姉ちゃんといっしょに退場願えるかな?」
ヴェノムはそう言ってポケットから小さな笛を取り出し勢いよく吹いた。
シュタアルやフリーレン、救助者の耳には何も聞こえない。空吹したような音。
ただ、ルーエには異音として聞こえたらしい。
「あなたは……何を?」
「これで抑え込めるとは思えないけど……特別性だ。紹介しよう」
その言葉と同時に破壊された壁からと部屋に入ってきた何かと、天井が崩れて落ちてきたもう一つの何か。
巨大なフォルムと灰色がかった筋肉質な肌は明らかに人のそれではない。
「魔物!?」
「ご挨拶しようね。ハヌマン!」
―― ゴアアあああぁぁぁぁぁ!!
「君もだよ、ガネーシャ!」
―― プォォォォォォォォォォ!!
肥大化した筋肉質な腕を振るハヌマンと呼ばれた魔物と、顔から生えた牙と触手のような器官を携えたガネーシャと呼ばれた魔物。
「随分と、見たことのない奇妙な魔物を……」
フリーレンの様子に満足そうに笑ったヴェノムは2体に「やれ!」と命じると同時に一気にフリーレンとルーエに襲いかかった。
「なっ!!」
「……まずいな、分断される」
2体のままのはそれぞれに防御障壁を展開した二人の魔法使いを外に連れ出した。
「シュタアル様ぁぁぁぁぁ!!」
「ルーエ!フリーレン!!」
やられた……分断された。残されたのは救助者と自分だけ。
救助者達は今見せられた光景に震え、人によっては地面に腰を就いて怯えている。
無理もない。
「オーディエンスを除けば……ふたりきりだねぇ……小さな英雄君」
「……何だ今のは。普通じゃない」
「普通さって大事かい?」
明らかに見たことのない魔物。
もちろんシュタアルが世界中の全ての魔物を知っているわけではない。
だが明らかに異質な感じがした。
「こんなものを、一盗賊団が用意している事がだ!
お前がいくら強かろうが、こんな事ありえない」
「なるほどぉ……いい顔だ。だけどそういうのはもうちょっと優位になってから質問しようね。説明してもらえる理由が無いでしょ」
この男に後ろ盾がある。こんな異常なものを用意した誰かが居る。
「さて、先程のが特別性なのは確かなんだけど……あのくらいで葬送のフリーレンを始末できる訳がないんだ。
君のお姉ちゃんも、見た感じ……ちょっと普通じゃないよね。
やりたいことは手早くやっていこうか」
シュタアルは剣の柄を握りながら低く構える。
「決着をつけようってのか?」
「若い子は結論を急いでいけないねぇ……エレガントに行こうよ」
「どの口がっ!!」
一気に飛び込み一撃を放つ。
体重差を埋めるために回転による遠心力も乗せた渾身の一撃。
しかし、完全に読まれていたように芯を外されナイフでその攻撃をいなされた。
「悪くない。お父さんに鍛えてもらったのかな?」
「ッッ!?」
着地しながらシュタアルは冷静に今の一撃を分析する。
認めざるを得ない。単純な技量で格上だ。
あの日から懸命にやってきた。それでもまだ届かないのか。
「いやいやいや、そんな顔しないでくれよ。君と僕の実力差なんてそんな大したことはないよ。経験の差だ。
君の身体能力と戦闘センスは異常だ。化け物じみている。その年齢で到達しうるものじゃない。
一体どんな精神構造で、どれほど自身を研磨し続けてきたんだい?」
「………」
「そんな君に特別プレゼントだ。喜ぶ顔が目に浮かぶよ」
そう言って男が取り出したのは1本の鈴だった。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタアル様!シュタアル様!シュタアル様ぁぁぁぁ!」
シュタアルとヴェノムを二人で対峙させてはならない。
危険すぎる。単純な強さだけではない。嫌な予感が拭えない。
ルーエの思惑とは裏腹にガネーシャと呼ばれた魔物は彼女を魔法障壁ごと凄まじい力で押し出そうとする。
「ルーエ!落ち着いて!君は適切な魔法を持っているはずだ」
同様にハヌマンの腕で押されているフリーレンはルーエに声を掛ける。
「ッ!これで!!」
障壁を維持したまま糸を展開する。
防御障壁のキャパシティが大きいため大規模なものは作れない。
ハヌマンとガネーシャの足に糸をくくりつけ、そのまま周囲の木にもくくりつける。
それでも数本の根本をバキバキと砕きながら突き進むが……勢いが落ちる。
「――
止まらぬ2体の魔物にフリーレンが高等な火炎魔法をぶち当てる。
移動中の状態で対象に的確に当てるのは神業の類。
―― ガアアアア!
顔の真正面に爆炎が破裂し2体の魔物は同時に目を回し転倒した。
フリーレンとルーエはそのまま地面に着地する。
「随分離されててしまったね……」
「シュタアル様……ッッ!!
……邪魔をするなら……八つ裂きにしてやる……ッッ!!」
―― ピシィ ――
「ルーエ……おさえて……」
相当に頭にきているようだ。ルーエの長い黒い髪がゆらゆらと揺れている。
漏れ出た魔力は空間を歪め、臨界を超えた力は電撃のような破裂音を鳴らす。
フリーレンがフランメから、フェルンがフリーレンから、ルーエがフェルンから連綿と受け継いできたように彼女たちは力を普段おさえている。
冷静に、相手に力を悟らせぬように……それすらも忘れるほどの怒り。
「気持ちはわかるよ。失いたくないものだ。奪われたくないものだ」
ルーエの黒の瞳は青白く光っている。
頬の端からパキパキと硬質な、鱗のような肌が徐々に広がって……
―― ゴアアああ!!
雄叫びを上げたハヌマンがルーエの方向に襲いかかってきたのでフリーレンは防御障壁を展開して彼女をかばう。
「……ふぅぅうぅぅぅ……」
「ルーエ、もう一度いうよ。おさえて。シュタアルに……あの子に見せるつもりかい?」
その言葉を聞いた瞬間、ルーエの動作が止まった。
「シュタ……アル……様……!! うぐッ!」
横から轟音を鳴らしつつガネーシャの触手が伸びてくる。
「ルーエ!!」
フリーレンが叫ぶと同時にゴウッという音を鳴らし触手は端から炎で焼かれ引き下がった。
「申し訳ございません……無様をさらしました。フリーレン様……」
ルーエの瞳の光が消えて、硬質な鱗のような肌は割れて霧散する。
「良いよ……我を見失うぐらいにシュタアルのこと大事なんでしょ」
「……」
少し耳が赤くなったようだがルーエは答えない。
「家族も同然なんだ、当然だよね」
「……はい」
「歯切れ悪いね」
無言で杖を出現させたルーエは2体の魔物に向き直った。
「ハヌマンとガネーシャ……異国の神の名だ、魔物に付けるなんて罰当たりで趣味が悪い」
「早々に、排除しましょう……」
「そうだね」
✧ ✧ ✧ ✧
「また何かを呼び出すのか?」
鈴を取り出したヴェノムに剣を構えたシュタアルは問いかける。
「いやいや、同じ事を2回もやらないよ。さてお立会」
ヴェノムは両手を広げて大仰に語り始める。
「一個仕掛けをしてたんだけど
君は、この洞窟の中で俺の手下以外のものと戦ったよね?」
――『シュタアル様……駄目です。あの様に姿形と共に精神を変異させたら、もう。
それはもう人ではない。魂が書き換えられると共に元に戻ることはないのです……』
ギィンと金属のぶつかる音が響き、弾かれた投擲ナイフがヴェノムの足元に落ちた。
「おっと、危ない」
「……黙れ」
「いい反応だ。あれは十分に機能を果たしてくれたんだね」
「……黙れと言っている」
怒気に満ちたシュタアルの様子にヴェノムは満足げに笑った。
「うん、英雄の跡継ぎにふさわしい。人の犠牲に嘆き、悪魔のような所業に怒る。
素敵な構造じゃないか。感動的な話じゃないか!」
「何が感動的だ……」
「彩りを加えてあげるよ」
そう言ってヴェノムは隅で震えていた人質たちの方を向いた。
―― 背筋が凍った。嫌な予感が全身を駆け巡った。胃の奥底から気持ち悪いものがせり上がる感覚がある。
「……お兄ちゃん!?」
―― エンダムの声が聞こえる。救いを求める声だ。助けないと……そのためにこの身はここにあるのだから。
「どうして、あれだけが化け物になって……それで終わるっておもったんだい?」
―― 守ると決めたのだ。
「………ねえ、そんな安易な話」
反射的にシュタアルはヴェノムに切りかかったが紙一重でかわされてしまった。
ヴェノムは回避した後そのまま一回転してシュタアルの横腹を蹴り飛ばす。
「ぐはぁっ!!」と胃の中の空気を全て吐き出しながらシュタアルは背部に飛ばされた
―― 救うと決めたのに……
「――そんなの、あるわけ無いじゃないか……」
ヴェノムの言葉と同時に『りぃぃぃん……』 という独特の鈴の音が聞こえた。
「あああ………」
鈴の音と同時に助けた人達は頭をおさえながら苦しみだした。
■反転
―― やめろ
「あああああ、頭が痛いぃぃぃ」
―― やめてくれ……
「いやあああああ」
全員が頭を抱えてのたうち回り、苦しみの声を上げている。
「お兄ちゃん……身体が……痛いよ……」
「エンダムっ!!」
痛みを訴える少年を見たシュタアルはヴェノムに斬りかかる。
「ソレを!止めろぉぉぉぉお」
「そんなものを振り回されるとついつい避けるときに鳴らしちゃうなぁ」
言葉の通り避けるたびに鈴を大きく鳴らすヴェノム。
「貴様ぁぁぁぁ!!」
「まあ、正直な所一回鳴らせばあとは同じさ。早いか遅いかぐらいのことだ」
大きくバックステップをしてシュタアルから遠のいたヴェノムは表情を変える。
急に冷めた顔になったヴェノムはシュタアルを見ながらこう告げた。
「君が斬ると良い。そうしないと君が喰い殺されるよ」
その瞬間背後から殺気を感じた。
「―― ゔぁああああ!!」
「な……」
ひるかえして攻撃を躱したが、その瞬間通り過ぎたのは中年の女性だった。
言葉通り噛みついてきた。
躱したことでベチャっという音と共に地面に崩れ落ちた。
中年の女性はぼんやりと身体の境界が曖昧になりつつありながらも
唸り声を出しながらゆっくりと立ち上がろうとしている。
「ッッ!?」
「お兄ちゃん……苦しい……苦しいよ……ああああああああ」
苦しげに首をかきむしる少年を見てシュタアルは叫ぶ
「なんで……なんでだよ……どうして……こんなことを!!」
ヴェノムはその言葉を待っていたかのように口角を上げる。
「君のためだよ、英雄君。
これは君の行く先の花道だ。君が歩もうとする先には躯が山積みの坂道が待っている。
そうでなくては……俺達が味わってきた地獄が嘘になってしまう」
シュタアルの問いかけへ応えるように両手を広げるヴェノム。
「何を……」
「北側諸国の北部戦線もそうだろう。南部の戦争もそうだった。
人と人が血で血を洗う争いをしている。魔族や魔物なんて関係ない」
彼はそう言いながらもくつくつと笑う。
「人の希望を救う勇者や英雄たちはいつ来る?いつ救ってくれる?
彼らはもっと凄惨な、地獄のような戦いをしているに違いない」
「そんな……ことは……」
「そうじゃなくてはならない。そうでならなくては……僕らが救われないじゃないか」
詭弁だ。無茶苦茶な理屈だ。そうであることは判っている。
だけどシュタアルには何故か反論をすることが出来ない。
「だから僕達がそれをしよう。
僕達を救うはずの英雄は凄惨な戦いをしているから僕達の世界を救ってはくれないのだと!!」
「お……に…い……ちゃん、僕達……を…止め……」
「エンダム!!」
小さな少年はシュタアルの方をみて、最期の言葉のように、彼に訴えかけている
―― 「平和な世界など糞食らえだ」 ――
そのヴェノムの言葉を期に、人質全員を黒いモヤが覆う。
「粗悪品だとこんなものか。形成すらままならないね。
すぐそこで待っていてあげるから、全部片付けな。どうせ放っておいても君に襲いかかるよ」
「お前ええええええ!」
シュタアルはがむしゃらにヴェノムへと突撃していくが、それを軽く回避した男はそのままシュタアルを殴り飛ばした。
「おちついてから、かかってきなよ」
✧ ✧ ✧ ✧
(嘘だ……こんなものは、悪い夢だ)
黒いモヤに覆われたヒトガタの……人だったものは、次々とシュタアルに襲いかかってくる。
――『ごめん、俺には救えない……だから……』
そう言って斬り伏せてきた。今度も斬り捨てるのか?
動悸が止まらない。呼吸がままならない。
黒いヒトガタが次々と襲い掛かり、その攻撃を必死に躱していると上空から小さなヒトガタがシュタアルに飛びついてきた。
振り下ろされた爪のような攻撃を剣で受け止める。
「オ……ニ……イチャ……ン……」
「……エンダム……なのか……」
ヒトガタのぼんやりした目元から一粒の雫が落ちた。
「……ゴメ……ン……ネ、ボク……ヲ…トメ……テ……」
――思考が……真っ白になってしまった……
救いたかった。せめて、母を奪われた、奪ってしまった、その少年だけでも救いたかったはずだった。
だけど、届かなかった。間に合わなかった。救えなかった。
眼の前の少年だったものは、わずかに残った意思は……終わることを願っている。
「どうして……どうしてだよぉ……」
剣の切っ先を掴んだまま地面に降りた、エンダムだったモノは……
「やめろ……」
「マケ……ナ……イ……デ……オニ……イ……チャン」
切っ先を左胸に当ててそのまま前に進んでくる。
「嫌だ……やめてくれ……」
ゆっくりと突き刺さる感覚が腕を走った。取り返しのつかない何かを失う予感が全身をむ。
「ワルイ……ヤツ……ヲ……ヤッツ……ケ……テ……」
エンダムだったヒトガタが頭から、腕の先から、まるで灰のように崩れていく。
風もないのに、その破片が宙を舞う。
その後には何も残っていない。
「あ……ああ……あああああ………」
他の人形はその姿を見て動きを止めてじっと見つめていた。
呻くような声を上げて、その姿を見ていた。
「なんで……どうして……!?」
声にならない叫びが喉の奥で押し留められる。視界が霞む。
呆然としたシュタアルは膝から崩れ落ちる。足の感覚が消え、体が自分のものでなくなったようにすら思えた。
その瞬間。
―― ヴアァァ!
黒いヒトガタは口々に吠える。
「ッッ!?」
顔を上げたシュタアルは目に映る光景に愕然とする。
ヒトガタたちは……いや、彼らは、全員が自分の胸を貫いていた。
「そん……な……」
誰一人残らず。
灰となって。
崩れていく空間で。
虚ろになった瞳で、シュタアルは洞窟の向こうの光を見つめる。
「出口はすぐそこだったのに……みんな、もうすぐ、家に帰れるはずだったのに……俺は……」
全てが灰となって消えていく。
灰はやがて魔力となって空気中へと霧散していく。
骨も、肉も、魔物化した盗賊達同様に何も残らなかった。
何の音もしない静まり返った空間。
その中で、シュタアルはゆっくりと立ち上がりよろよろと出口へ向かって歩き出す。
―― 『凄い!戦士様で魔法使いなんだね』
「ヴェノム……」
――『お父さんが昔言ってたんだ。助けてくれたらお礼を言えって』
「ヴェノム……!」
―― 『お兄ちゃん、すごかったよ! 格好良かった!』
「ヴェノム……ヴェノム!ヴェノム!ヴェノム!ヴェノムッッ!!」
噛みしめる口から血が滴り落ちた。鉄の味が舌に広がる。
悔しくて、憎くて、何一つとして許せるものがない。
腹の中にぐるぐると渦巻く炎は全身を焦がしている。皮膚の下で、焼け付くような怒りが血管を通って全身に行き渡る。
■憤怒の限りを尽くして
「おや、終わったのかい?」
アジトのすぐ外。
まるで遊びに行く友達を待っていたかのような様子で声をかけてくるヴェノム。
「お前が……」
「思ったより早かったねー。全部斬ったのかな」
ナイフをくるくる回しながらヴェノムは気軽に声をかけてくる。
「お前がぁ……」
腹の底から出てくる怒り。全身が焼け焦げそうになるような感覚。
「それとも、自我が残ってて、自決でもしちゃった?」
時間が止まった。
口にされたあまりに軽い言葉に、瞬間的に体が動いた。
「お前があああッ!!」
振り切った剣の切っ先は迷うことなくヴェノムの首に向かったが、鋭い金属音は刃が切り裂くのを許しはしなかった。
「早くなった。いまのはなかなか危なか―― 」
シュタアルは間髪入れずに弾かれた剣を翻し2撃目を、3撃目へとつなげる
「うおはぁぁぁ、待った待った激しいなッ!!」
いずれの攻撃も2本のナイフを使ってギリギリで防いでくる。
「消え失せろぉぉ!」
「はっ!!」
胴を横一閃に切り裂く一撃。
―― ギィィィン ――という刃同士がこすれある音とともにヴェノムはシュタアルの一撃の力を逃がすように側転で身を翻し、一撃を躱した。
「力も。スピードも悪くない。だけど経験不足かな。狙いが単調だ。お父さんに怒られなかった?」
「黙れ」
「おや、冷たい」
ヴェノムが目を細める。
「でもその怒りは十分だ」
腕のナイフをくるりと回し、刃先をシュタアルに向ける。
「そうでなくては。英雄は、そうでなくては!!さあ斬り結ぼう小さな英雄君!!」
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタアル様……!!」
妙な魔力の流れが起きたと思ったら一気に消えたことはフリーレンとルーエからも検知が出来ていた。
嫌な予感が拭い切れない。
どうか無事で……優しい彼が傷つき、折れないでいてほしいと願う。
今すぐにでも駆けつけ抱きとめてあげたい気持ちに駆られるが目の前の敵はそれを許さない。
―― ごああ!
叩きつけるような拳をかわすとすぐさまに触手が反撃を許さないと援護を仕掛けてくる。
群れをなす魔物でもないだろうに連携を取ってくる。
「前衛がいないなか、こんなスピードとパワータイプで連携取ってくるってのは本当に厄介だね」
フリーレンの火力を持ってすればあるいは、だが……それを放つ隙を先程から許さない2体の魔物。
あの巨体をどこに隠しているのか、物陰からガネーシャの触手がこちらを追撃してくる。
「――
フリーレンへと伸びてきた触手ごと相手を切り裂こうとするが、逃げられ空振りに終わった。
「ありがとう、ルーエ」
「いえ、仕留めそこねました」
2体の魔物は少し距離を置きこちらの行動を見ている。恐らく魔法を打つ一瞬の隙を狙っている。
「フリーレン様……もう手段を選んでいられません」
「ルーエ……」
「少し、無理をします。少なくとも一体の動きは必ず止めます。その瞬間を撃ち抜いてください」
僅かながらに逡巡の表情を見せたフリーレンだったが「わかった」と頷いてくれた。
その了承を確認したルーエは地面に降り立つ。
「シュタアル様がいない場で……良かったのかもしれません」
―― できれば、あの子には見せたくはない。
ルーエは手をかざし、魔法陣を足元に展開した。
「―― 申請:特例クラスの敵個体の確認に伴う一式封印の限定解除 ――」
✧ ✧ ✧ ✧
峡谷の近くにある森になり響く剣戟の音。
それはシュタアルの攻撃をいなしながら時折反撃を繰り返すヴェノムとの激突。
「うるぁぁぁぁぁぁ!」
剣が風を切る音が森に響く。
「いい気迫だ!」とヴェノムの声には、どこか楽しむような色が混じっている。
時折シュタアルの混ぜて使う魔法により周囲の森の木がメリメリと音を立てて倒れゆく。
「なるほどなるほど。本当に強いね君は。俺から言えることなんてもっと経験を積んで汚い手を覚えなさいってぐらいだよ―― こういうね!」
そう言ってヴェノムは足先で掬った土と砂をシュタアルに向かって飛ばす。
シュタアルはそれを迅速に躱した……が
「ヒント。相手の移動先を誘導しろ。こんなモノぶっかかる程度ならその程度だけど君は避けるよね」
「なっ!?」
土埃を躱した先にいたヴェノムの顔。ヴェノムは向かいのシュタアルへと蹴りを放つ
「ぐぁっ」
腹を蹴り飛ばされそうになったもののぎりぎり防御態勢が間に合ったがそのまま吹き飛ばされた。
体重差も大きい。眼の前の男は一見細身だが、それでも背が高く……その体は骨ばっているわけではない。
必要な筋肉がコンパクトに敷き詰められた身体と……魔物の因子を両腕に秘めている。
「まー、かといって決め手にかけるよね。あまり時間を掛けてるとお姉ちゃんたちが来ちゃう。
それまでに血祭りにあげないと、君のお父さんも逆上させてあげないといけないから」
「思い……上がるなよ……」
父を、逆上させる。つまりはシュタアルの首でも獲ってシュタルクに見せるというのか……
こんな男が……父と母にまた襲いかかろうというのか……
「あああああああああああ」
「うんうん、いいね。叩けば響く。君は僕の理想の英雄だ」
「貴様は絶対にここで俺の手で終わらせる!!」
シュタアルの言葉にヴェノムは「ほう……」と喜んだ。
「それだ!それを聞きたかった!その殺気だ!
今君は、その歳で!明確なる!殺意を覚えた!
おめでとう!他人の命を奪いたいほどの敵意を相手に向けた!!どうだい感想は!?」
ナイフを小脇に挟んだ彼はそのまま手をたたき始めた。
あまりにも……その姿が、身を焼くほどに腹立たしく、憎く、腹の奥底から身体をジリジリと燃やしていた炎は今まさに全身を焼くかのように熱い。
「戯言をほざくなぁぁぁ!」
そう言って駆け出したシュタアルみたヴェノムは
「ステップ2だ。そろそろこいつを使おう……かっ!!」
掛け声とともに腕に巻いていた包帯一気に破りきれた。
露出した腕は赤黒く、肥大化して、指先の爪はまるで一本一本がナイフの刃のようであった。
「さあ小さな英雄君、その殺意でもってレベルアップだ!!」
✧ ✧ ✧ ✧
ルーエの周りを巨大な渦巻く魔力が収束しつつある。
恐ろしく、強い何かが出てくる……
ハヌマンは本能的に悟る。
させてはならない。自分たちでは太刀打ちできない何かが出てくる。
―― があああ!!
振りかぶり渦の中に腕を差込中のものを攻撃しようとした瞬間
―― ごあ!!
魔力の渦の中から伸びてきたのは硬い鱗で覆われた硬質の腕。
抵抗することも叶わず首元を喉元を掴まれた
―― ぐるぅぅぅぅうう!
腕を掴み、追って引き剥がそうとするがピクリとも動かない。
おかしい、女の体重や大きさからしてもおかしすぎる。
ハヌマンの掴んだ腕は、その掌は徐々にハヌマンの首の肉に食い込んでいく。
「第一階層の限定解除。腕だけですが、無駄です……あなた程度で抗うことは不可能です」
消え行く魔力の渦から現れたのは、腕だけが黒い鱗で覆われた両腕を携えたルーエ。
彼女に混ぜられている内なる力を開放する禁忌の方法。解除できるという事実事態、魔法協会にも女神の正教会にも知らせていない。
彼女が更に首をきつく締めたことで喉を締め付けられて声も出せないハヌマンはジタバタと足掻くが
「ジッとしていてもらいましょう」
その体はルーエの出した鋼糸で拘束される。
その瞬間側面からガネーシャの触手が伸びてくる。
「無駄です」
彼女が何をするでもなく、触手は障壁に阻まれたその場で止まる。
ルーエはソレをはそのまま糸で縛り付けて絡め取ってたどり……
「掴みました!」
その腕で一気に糸を引いて本体を引き寄せた。
「……フリーレン様!!」
2体の魔物の動きを止めたルーエはフリーレンの名を呼ぶ。
「2体ともか……流石だ、ルーエ……
――
フリーレンのはなった雷はハヌマンとガネーシャへと直撃するのだった
■抗えぬ毒
ヴェノムはナイフを捨てて、人外のものとなった腕を振るってシュタアルに襲いかかった。
「ぐっ……」
直線的ではなく、変則的なその動きについていくのが難しい。
愛剣で捌きいなすことで精一杯になってしまう。反撃の余地がない。
「どうした、英雄君。君の覚悟はそんなものかな」
余裕の笑みで両腕を振るうヴェノム。片腕は甲殻で覆われた腕。もう片方は脈打つ不気味な腕。
双方の指先にはナイフの刃のような爪がついている。
「ッッ!!」
「これはどうかな?」
シュタアルがバックステップで距離を取った拍子にヴェノムは脈打つ腕を繰り出した。
文字通り……腕が伸びで追撃してきた
「なッ……!?」
顔を掴むように伸びてきたそれを慌てて剣で払う。
「おや、残念。流石の反応速度だ。今のタイミングはほぼ初見殺しなのに」
シュタアルは肩で息をしつつ、ヴェノムを睨む。
打開策を……格上の相手を討つためにはなにか想像を上回る一撃を……
父シュタルクとの訓練を思い出す。あと一歩だった一撃を思い出す。
(同じ原理なら……!)
もう一度伸びてきた腕を回避し手甲のワイヤーを射出する。
腹部を貫通する様に伸ばしたがヴェノムはそれを簡単に回避した。
(ここまで当然)
狙ったのは背後の木の幹。ワイヤーの先端は木に突き刺さった。
魔力を込めて一気にワイヤーを巻き取りその勢いを足して前にに飛び出した。
「おおっと!」
ヴェノムを通り過ぎるように横切る際の斬撃、ザンという刃が肉を斬る音とともに脇腹を少しかすめた。
「やるじゃん!だけど後向いて良いのかい!!」
通り過ぎるように木に向かったので背面をヴェノムに向けた状態、伸ばした直後の腕が使えないのか硬質な腕のほうで切りかかってくる。
(かかった!!)
木の幹を蹴り上げそのまま縦に一回転して相手の頭上を蹴りで襲撃する
「なんとぉ!!」
ヴェノムはソレをギリギリ腕でカバーした。相手の脳天を蹴りで狙ったシュタアルは天地が逆転した状態。
だが、これを狙っていた。剣の刃とは逆、柄の先端。こちらは魔法の杖の意味する形状を取っている。
本来の杖とは異なるそれは魔法のイメージを高めるための仕組み。もちろん本来の杖ほどの収束機能はないが……
「――
相手の意表を突いたこの距離で超至近距離の一撃ならば!!
✧ ✧ ✧ ✧
ルーエの掴んでいたハヌマンはフリーレンの上級雷撃魔法を直撃して余剰の熱で黒く焦げていた。
炭化したソレをルーエの腕は握りつぶす。
そして、ガネーシャを掴んでいた糸を強く手繰り寄せると先程までこちらを狙っていた触手の突いた頭だけがこちらに転がってきた。
双方とも灰となって消えていく。
「終わりましたか……」
そういうとルーエの腕を包んでいた黒い鱗の腕はパキパキと砕けながらこちらも灰になり、人の肌が露出した。
「ローブの袖、破れちゃったね」
「仕方在りません」
肥大化した際に当然内部から破れた袖はボロボロになってしまった。
「もう、しばらくやっちゃ駄目だよ。
そもそも、二度と使わないぐらいでいいんだけど」
「そうですね……」
フリーレンはため息を付いた。
ずっと言い聞かせているつもりなのだが……なかなか伝わらないものだ。
(ルーエ、君がシュタアル達を護りたいようにフェルンや私も君を大切にしているんだ……
これ以上無理をしないで)
「フリーレン様、一刻の猶予も在りません。早くシュタアル様の元へ向かいましょう。あまりに危険です」
そう言って急かすルーエに頷こうとしたフリーレンだったが……
「ルーエ、まだみたいだ。囲まれた」
「ッッ!! こんなときに!」
「相当私達を合流させたくないみたいだね。
こんなえげつないやり方」
フリーレンとルーエが感じたのはの木の陰からこちらの様子を見ている多数の魔物。
単独ではガネーシャとハヌマンには勝てないと思ったのか大人しくしていたようだが、今はそうではないということだ。
そして、今までいなかった魔物がどうしてこんな大量にいたのか……
簡単なことだ。ここに潜入する前にいた見張の連中。
ヴェノムは洞窟の外にいた連中も全部ためらうこと無く魔物に変えていたのだ。
2体の魔物とルーエがもとに戻ったことで残った二人を襲う気でいるようだ。知性はそこまで残っていないということか。
「……、八つ裂きにしてあげましょう……」
✧ ✧ ✧ ✧
当てられるッ!確実にッ!
そう思った。
―― シュタアル!! 避けろ!
いつもの声が聞こえた気がした。
そう言えば、先までの戦闘で全く声が聞こえなかったなとぼんやり思う。
そして、衝撃音と共に穿ち抜く閃光と共に血しぶきが上がった。
「……やるねぇ。いまのは判らなかった」
ヴェノムは硬質な方の腕を付け根から吹き飛ばされて片腕が落ちた状態。
「か……はぁ……」
シュタアルは……腹部から血を流し、頭から落ちてその場に倒れ伏せた。
「でも君も想像力が足りなかったね。どうして見えていた部分だけだと思ったんだい?」
ヴェノムの後頭部から伸びた……
ちょうど彼の髪の毛の束からサソリの尾のようなものが伸びている。
「毒……針……」
「神経系の毒だよ。ショックで死ななかったのは流石だね。
でも時間の問題かな?徐々に動けなくなる」
ヴェノムは必殺の一撃を微妙に心臓や腹からずらし、腕と肩で受け止めつつ
後頭部から取り出した毒針でシュタアルの腹部を貫いてきたのだ。
(意識が……クソぉ……)
ヴェノムの残った腕は動けないシュタアルを持ち上げて上空に放り投げた。
「最後の仕上げだ」
残っている腕をありったけ肥大化させたヴェノムは――
「そおれ!!」
落下するシュタアルを強く叩きつけて彼を打ち飛ばしたのだった。
「生身を打った感覚じゃなかったな。ギリギリ残った意識で打たれる瞬間に防御障壁でガードしたのか」
器用なやつだと言いながらヴェノムは落ちた自分の腕を拾い上げて小脇に抱えた。
✧ ✧ ✧ ✧
吹き飛ばされた少年の身体は木々の間を、枝葉をオリながらも吹き飛び続ける。
よほどの強い衝撃を受けたのか、少年の意識は闇の落ちていく。
そんな中、少年のこころに懸命に呼びかける声はいつになく荒げた様子を見せていた。
―― シュタアル! シュタアル! 目を覚ませ……このままでは君の命が危うい
―― この毒を……本能的に魔法で中和しているのか……なんて子だ……だが意識がなくては……!
いつも、危機的な状況に声をかけ続けてきた。
失われないように、壊れないように……生き抜けるように。
しかし、先の戦闘中の彼の心は完全に平静を見失いつながることすら不可能になってしまった。
孤独な地獄を歩む道……覇道と修羅道の堺。そこに至ればもはや誰の声も届かない。
この子は未来への希望だ。
何も残らないかもしれない、その中で一縷の望み託して残った……たった1つの願いが繋いだ一族の希望。
―― 君をこのようなところで失う訳には行かない。
―― 暫くの間、君を助けられなくなる……だが今一度……君の命を支えよう
声はそう告げたのであった。
■眠りにつくもの、起き上がるもの
「結構ぶっ飛んだねー。もう毒で駄目になったかな?それとも衝撃で逝っちゃった?」
ヴェノムは気楽な様子で吹き飛んでしまった少年が落下したあたりまで悠然と歩いている。
シュウシュウと音を立てて煙を出しているのは先程撃ち抜かれた腕が徐々に繋がりだしているため。
「ありがたいね、以前は出血止めのために肌を焼いたのにくっつけてるだけで治るなんて」
ガサガサと茂みを抜けた先、衝撃でなぎ倒された木々が倒れている。
その様子をみたヴェノムは口笛を吹いた。
正面の向こう、少年が座り込んでいる姿が見えた。五体満足な様子だ。
「何らかの方法で衝撃を相殺して不時着したんだね……なーんて精神力だ」
撃ち抜かれ、切断されてしまった腕も大体元に戻った。
チェックメイトだ。楽しいヒトトキだったがこの少年はここまでだ。
負けた英雄は天に帰るのが定めだ。亡骸は……彼の後にいる本当の英雄への手土産にしてあげよう。
「ごめんね、おわりだ」
爪を束ねた腕で少年の首に斬りかかる。
その爪は、彼の首の肉に食い込み、それを切断……
することは叶わなかった ――
「―― すまないが、この子の命はくれてやれないな」
意識のないはずの少年の口が動いた。
「あぁ?!」
爪は彼の右手に止められた。掴むというより親指と他の指で綺麗に挟み斬撃を受け止められた。
「ばっ……かなっ……!?」
「この子は大切な……大切な子なんだ。誰にもやれない」
掴まれた爪を、引き抜くことができない……力で抑えられているわけではない……これは業の領域だ。
ここに来て、初めてヴェノムは表情に同様の色を見せた。
「……なんだ、お前は? ガキはそんな業を持っていなかった……」
「あまり時間もない、手早く行こう」
「ッッ!?」
一瞬のことだった、凄まじい勢いで少年のほうに引き寄せられる。
体格差からするとありえない。
前方につんのめるように引き寄せら得たヴェノムの顔面にぶつけられたのはし少年のはなった起き上がりざまの回し蹴りだった。
「ぐぁっ!」
ヴェノムはそのまま後方に吹き飛ばされる。
「おまえ、おまえ……!クソが!!誰だ」
「……クレ地方の戦士の村出身のしがない剣士だったものだよ。今はどういう因果なのか……」
よろよろと立ち上がったヴェノムのに少年は一瞬で詰め寄る。
「ごはぁ……」
「戦士のシュトルツだ……
今は弟の子……シュタアルの中で彼を見守る、亡霊のようなことをやっている」
ヴェノムの腹には深々と拳が突き刺さっている様にめり込んでいる。
「こ……はぁ……」
胃の中のものをひねり出されるように、ヴェノムは口から血を吐いた。
「未熟であれ、純真な子をここまで追い詰めてくれた事に……
大人としては礼をしなくてはね」
拳は突き刺さった状態にも関わらず、少年……いや、シュトルツとヴェノムの間でドンッという音が鳴る。
その一瞬、少年の足元の地面がめり込み地面にヒビが入った。
ヴェノムはそのまま叫び声を上げながら遠くまで吹き飛んでいった。
「硬い鎧を剣で叩き切る業の応用。体術でやるならこういう感じだ。覚えておくと良い」
ヴェノムの攻撃を放ったついでに叩き折った爪を踏みつけて砕く。
「シュタアルは私が守ろう。この子になにかあっては……弟をまた泣かせてしまう」
シュタアルの姿をしたシュトルツは吹き飛んだヴェノムの方を向いて歩みを進め始めた。
~ to be continued ~