葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~ 作:rvr75_raiden
■ 独自キャラクター
- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格の青紫の髪のと三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ
- エアフォルク(Erfolg): シュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。25歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。斧技を学んでいる。
- ヴェノム(Venom): 第1部におけるヴィラン。年齢不詳。背が高く、後ろ髪を縛った地味な見た目で露悪的な発言と行動が目立つ男。洗練された体術と非常に計画的かつ狡猾な手段で攻めてくる。
■ 前回までのあらすじ
かつてオレオールへと旅をしたフリーレン一行は長い旅の末にシュタルクの故郷であるクレ地方に根をおろした。
立て直した村が街へと発展する中、シュタルクの不在中に盗賊被害が急増し、息子のシュタアルはフリーレンとルーエと共に盗賊討伐を志願する。
アジト内に潜入したシュタアルたちだったが、それは仕組まれた罠だった。盗賊の頭目ヴェノムは、部下だけでなく救出しようとした人質たちまでも魔物化させ、シュタアルたちを追い詰める。人質の中で最年少の荘園であったエンダムは最後の理性で「悪いやつをやっつけて」と告げて自ら命を絶ち、他の人質たちも同様に身を滅ぼした。
誰一人救えなかった絶望と怒りに駆られてヴェノムに挑むシュタアルだったが、相手の予想外の反撃により腹部に毒針を打ち込まれて意識を失う。絶体絶命の状況で、彼の体に宿る別の意識が目覚める——それは戦士の村で命を落とした「戦士のシュトルツ」の魂だった。
一方、意識を失ったシュタアルは夢の中で戦士の村を襲った大魔族リヴァーレとの戦いの記憶を目撃する。身を犠牲にして弟シュタルクを守ったシュトルツの壮絶な戦いと覚悟の美しさに心打たれる。その後に彼を待っていたのは、命を落としたエンダムの魂だった。誰もがその背中に希望の光を見ていたのだという言葉と「格好いい所、見せてよ。お兄ちゃん!」というエンダムの最後の励ましを胸に、シュタアルは現実の世界へと意識を戻す。
目覚めたシュタアルは、シュトルツに代わって自らの体を取り戻し、感情に任せず冷静に戦う姿勢へと変化する。ヴェノムの挑発にも乗らず、かつての戦士たちのように淀みなく剣を振るい、ついにヴェノムを撃破に成功した。
ルーエとフリーレンと合流。心配のあまり彼を強く抱きしめるルーエと、「よく頑張った」と頭を撫でるフリーレンの温かさに迎えられる。
「ちゃんと、帰ってから、エンダムたちの弔いをしてあげないと……」
そう決意したシュタアルだったが、まだ彼らの戦いは終わっていなかった——
■ヴェノム
男は南側諸国の小さな村で生まれた。
何のことはない、普通の……農作をするただの村だ。
幼い頃の名前はもう忘れてしまった。親の付けた誰にでも愛されるとかいう戦場では舐められそうな名前。
まあ、それでもそのときは普通に名乗っていたように思う。それが普通だと思っていたのだ。
程なくして南側諸国は大きな戦火が上がる。どこぞの大逆の魔女ミーヌスとか言う魔法使いが火種を起こしたとかいう。
それ自体はどうでもいい……
結果、生家も親も焼かれ、農具しか持ったことないガキは戦地に出ることになった。
戦場は……地獄だった。
地元の領主の土地を守るためとかいう理由で命を捨てる覚悟で出ろと言われた戦場。
魔族が人を襲って食うと言う話より悲惨なものがあるのだと知った。
死にたくはなかった。必死に戦った。どんな手段も使った。
味方を襲って敵のフリすらした。生きるために戦うのか、戦うために生きているのか曖昧になる日々の中で
ある日 ―― 勇者の話を聞いた
随分昔にはなるが、ここより北の地域では勇者が魔王を滅ぼしてからは随分平和になったそうだ。
その勇者は道行く旅の中で人を救い、救われた人も彼に感謝し、幸せに過ごしたと言うくだらない伝承。
しかし、魔王が打たれたのは事実であり北側諸国の北端はまだ情勢が安定せずとも、中央諸国は今は随分平和そのものという話だ。
本当に、くだらない……どこか遠い場所の話だ
そしてまた、しばらくは地獄のような日々を過ごした。
何かを殺し、何かを犠牲にして生きるための技術ばかりが身に付いていく。
そんなまたある日 ―― もう一つの英雄の話を聞いた。
かつての勇者パーティーに残ったエルフの魔法使いと、その教え子の魔法使いと戦士の話。
そいつらは、勇者が倒していなかった大魔族を屠り、北側諸国や帝国近辺に至るまで随分と情勢は落ち着きそうだと
―― 英雄とは何だ?
―― 一体どこの誰が救い、誰が救われている?
―― 俺達は何だ? 何故日々を争い、奪い合わなければ生きていけない?
英雄はいつ俺達を救ってくれるのか……そんな事を考えながらただ日々を糧を得るために戦っていた。
✧ ✧ ✧ ✧
「ようやく死ねる………のか」
ちょっとした判断ミスだった。信じてしまったのが仇となった。後方の連中が裏切ったのだ。陣形は崩れズタボロになった。
だが終れる。どうだ……女神よ。英雄などいない。救いなど来ない。
一体世界のどこに平和があったのだ?
「なあ……だれか……教えてくれよ……」
そんな疑問を口にした時。
「貴方……いい目をしていますね」
命尽き果てる男の前でそんな言葉を口にしたのは……
青白い髪に2本の角の生えた、魔族の男だった ――
■ヘカトンケイル
中央諸国 リーゲル峡谷 谷の間の森の中
異常な戦力を持つという盗賊団の討伐作戦に向かったシュタルクとフェルンの子のシュタアル、フェルンの教え子のルーエ、そして彼女らの魔法の師である伝説の魔法使いフリーレンの3人。
一度は敗れたものの、その後、彼を見守ってきていた戦士の魂や散っていった犠牲者たちに背中を押されたシュタアルはようやくヴェノムを討ち果たした。
引き離されていたルーエとフリーレンとも無事合流し、二人へと経緯を説明したシュタアル。
「まずは、ヴェノムを念入りに拘束して……あとは父さんやエアフォルク兄さん達に任せよう」
と二人に提案をした直後だった。
「はは、あははははは」
人の声ではないように甲高い、妙な声が聞こえた。
声の元を見ると……切り落としたヴェノムの腕に、人の口が形成され笑い声を上げている。
「本当に……君たちは甘いな……気を失っている間に……殺してしまえばこんな事にもならず済んだのにね」
ヴェノムの腕がそんなことを言い終えた瞬間、膨れ上がりその場で破裂した。その肉片があたりに飛び散る。
地面が揺れ始めたのはそれと同時だった。
「フリーレン様!!」
「まだ、何かあるみたいだね」
「二人共下がって!!」
シュタアルは警戒しつつ二人をかばうように構える。
視線の先にいるフリーレンの魔法により縛られた状態のヴェノムは静かに笑い始めた。
「殺さずに置いておくからこんなことになる。捕まえて、どこかに投獄して、それで終わると思ったのか……? 甘いなぁ……」
「何をする気? その束縛は簡単には破れないよ」
フリーレンはヴェノムに問いかける。
「魔法の拘束がどうにも出来ないなら、縛り付けている岩ごと破壊すればいいじゃないか」
「今のお前にそんな事が出来るのか?」
シュタアルの言葉に、ヴェノムはにやりと笑う。
「出来るさ。言ったろ?最期の花火も用意しているって」
地面の揺れはどんどん大きくなり、周囲の岩が崩れ落ちていく。
「魔物の消滅後の魔力の流れが妙だと思ったら、地中の何かに吸わせていたのか」
「ご明察。さぁ起きろ。ヘカトンケイル。餌はもう十分だろう? もう死んだふりはしなくていいぞ」
その言葉と同時に、ヴェノムの背後から巨大な腕が地面から出てきて拘束魔法をかけていた岩場ごと掴み上げた。
✧ ✧ ✧ ✧
山が崩れる……
それは形容ではなく、起きた現象をそのまま説明したらそういう事態となっているとしか言いようがない。
「な……んだ、あれは……」
「ヘカトンケイルね……魔物に伝説級の名前つけたがる辺り、つくづく趣味の悪い連中だ。 古い神話だと百本の腕を持つ巨神の名前だ」
上半身から生えた腕は2対の4本の巨大な腕。
それを周囲の山に手をかけながら立ち上がろうとしている。
「実際問題、流石に百本だとバランス取れなかったんだろうね。所詮は神話だし」
「フリーレン様、あまり冗談を言っている場合ではなさそうです」
「分かっている」
腕が地面から生えたと同時に飛行魔法で上空に退避していたフリーレンとルーエ。
シュタアルは飛行魔法が使えないため、ルーエに背中越しに抱きかかえられている形だ。
「あの、姉さん、ぶら下げるぐらいでいいんだけど?」
「……シュタアル様、緊急時に我儘を言わないでください」
「いまの我儘かなッ?!」
背中にめちゃくちゃ柔らかい感触が当たっていて落ち着かない!!
「にしたって、でかい……何なんだ、あれ
どうやって自立しているんだ」
例えば極龍達は巨大ではあるが、そのほとんどは魔力で構成された肉体で物理的な重さは見た目より軽い。
しかし、それでも大きさには上限がある。
「さぁ……、私も初めて見るからね。
ただ、あの大きさで自立しているのはおそらく膨大な魔力で支えているからだろうね。
……本当に無粋な方法を使って集めたようだ」
生物は死ぬと魔力が大気中に霧散していく。そうして様々なものに溶け込んで環境へと循環していくのだが……
「魔物を倒した時、大地の魔力吸収が早いのは土地の特性ではなかったのですね。
私達に倒させた、魔物達も全部このためだったと……」
忌々しそうにルーエは呟く。
「十中八九、そういうことだろう」
上空で観察していると、ヘカトンケイルが顔を上げてこちらを見て口を開けた。
その中に、魔力のような何かが1点に集中し収束して輝き始めている。
―― シュタアル!あれは駄目だ!防げ!
声が、頭に響く。いつもの危機感を伝える声。
「ッッ!?
姉さん、今すぐ離して、あいつに向かって俺を放り投げて!早く!!」
「でもっ!?」
「いいから!!」
叫ぶようにそういうと、ルーエは渋々ながらもシュタアルを放り投げた。
「二人共、防御魔法を全開で展開して!」
シュタアルは上空から落下しながらも、剣を構え、魔力を込める。
今の状態で、自分の出せる防御障壁は普段なら5枚、調子が良くて6枚程度。
「ぬああああああああ」
気合で増えるのかは諸説あるが、気持ちはこもるはず。そうして、剣の正面に2枚ずつ3重の障壁を作った。
「出た!これでッ!!」
―― カァ!! ――
という、空気を切り裂くような音と共に、ヘカトンケイルの口から放たれた光がこちらに向かって飛んできた。
空中で姿勢をなんとか整えていたシュタアルは振りかぶりその光を剣で真正面から捕らえる。
「このぉぉぉぉぉ!!」
熱い。
光が剣に当たった瞬間、全身を包み込むような熱気が襲ってくる。
パキパキという音と共に、障壁の1層目が砕けた。
「シュタアル様っ!!」
「なんて無茶を」
「まっがっれえええええええ!!」
全力で振りかぶり、打ち出された光をそらそうと剣に力を込めると同時に2層目の障壁も砕けた。
あと一枚、これが砕かれると剣ごと焼き尽くされる……!
「るあああああああ!!」
全力を込めて剣を振るうと同時に光は横にそれて上空彼方へと飛んでいった。
それと同時に最期の障壁も砕けてしまった。
「なんて威力だよ……」
いつもの声の警告に流されるまま行動したが、今の攻撃はフリーレンやルーエの障壁を抜きかねない。
手がヒリヒリするのは熱による火傷だ。障壁と剣越しでもこうなってしまった。
あの熱量と威力で撃たれる二人の姿は想像もしたくない。
ヴェノムは最期の最期にとんでもない物を出してきた。
こんなものを一体どうすれば止められるのか……
そう考えていると、フリーレンがこちらに向かって飛んできてシュタアルの首根っこを掴み落下を止めた。
「シュタアル、そういうことをする場合はちゃんと言ってからやって。心臓に悪い。寿命が縮む」
「エルフがなに言ってんだ……」
苦笑いしながらそう応えると、フリーレンは「ルーエのだよ」と言ってきた。
「それは……気をつけます」
多分、このまま地面についたら……緊急時だから怒りはしないだろうけど……機嫌悪くするだろうな。
そんなことを考えながら、シュタアルはルーエの方を見た。
睨んでる……あとで言いたいことがありますと言いたげだ。
すいません……という仕草を返したが、顔を背けられた……
「……でも、ありがとう。シュタアル。助かったよ」
「一応、この中だと前衛だからな」
「説教はあとでまとめてだ、一旦おりて対策を考えよう」
✧ ✧ ✧ ✧
―― がああああああ !!
地面に降り立つとヘカトンケイルはこちらに向かって咆哮をあげて来た。
こいつに掴まれて逃げ出したヴェノムの行方も気になるが、これを放置すれば被害は周辺の街に広がる。
「この大きさだと、周辺の村にも見えちゃってるだろうね……
パニックになっていなければいいけど」
ヘカトンケイルは2対の内、2本の腕で周囲の岩山を掴みながらもこちらへの攻撃へと転じてきた。
おおきく振りかぶって拳を振り下ろすモーションを取って来ている。
フリーレンは正面に杖をかざして防御障壁を展開した。
先ほどシュタアルがやった多重展開。もちろん枚数と精度はその比ではないのだが。
「ルーエ、障壁で阻んだ後、退く前に全力のゾルトラークを叩き込んで」
「わかりました」
フリーレンの言葉に頷くと、ルーエは杖を構えた。
「フリーレン、俺は!?」
「シュタアルは、私の後ろにいて見てて」
「はい……」
確かに、この大きさだと斬るのは無理だし、魔法も威力がない自分じゃどうにもならないけど。
「ちょっとぐらい……頼ってくれても……」
「シュタアル、君を軽んじているわけじゃない。これ以上無理をさせられないだけだ
ルーエの魔法が通じるなら私達の魔法で対処ができる。だけど表層が対魔法の効果のある外殻をしているなら、少し君に無理をしてもらうことになる」
「わ、わかった……」
フリーレンはシュタアルの顔を見ること無くそう告げた。
正面から迫ってくる拳に集中するためだ。
巨大な拳だ。このサイズで狙われると単純に回避が難しい。
散解して逃げればあるいはだが、誰かが犠牲になる可能性も捨てきれない。
ズウン という重い音と共に、拳が障壁に叩きつけられた。
拳と障壁の間にピシピシと擦れ合う何かが光と音を発している。
「ルーエ、今だ!」
「はい!」
拳が叩きつけられたインパクトが終わった瞬間、障壁を解いたフリーレン。
ルーエはそれと同時に
「―― 貫きなさい!! ――」
一本だけではなく多重の連射魔法。高い魔力量と出力と制御する精神力がなせる母が良く使う方法。
以前、地面一帯を削り取るほどの威力を見たことがある。
最後の一撃を放ったルーエは、油断することなく状況を観察する。
当たった箇所や舞い上がった砂煙が散った後の様子を見たルーエは告げる。
「どうやら、かなり強力な対魔法防御を持っているようです。手応えがありません」
「やっぱりか……ルーエ、シュタアルを捕まえて飛んで。
距離を取るよ。少し準備する時間が欲しい」
「わかりました!」
ルーエもフリーレンがどう出るのか分かっていたような阿吽の呼吸でその場から飛び去る。
真正面から来たので今度はシュタアルを正面から抱きしめつつの姿勢。
「姉さん!運んでくれるのありがたいけど! さっきも言ったけど、襟首掴むぐらいでいいから!」
「これが一番安全かつ確実です」
「そぉ…かなぁ……」
理屈が通った話を耳元で言われるとシュタアルには何も言えなくなってしまう。
言えなくなるが、さっきと違って正面から抱きかかえられている状態であるため
当たっている柔らかさといい匂いに、男の子としての緊急事態がアラートを上げている。
全力で心を無にするしかない。
「フリーレン様、どうされるおつもりですか? 最悪の場合は……私が」
「何度も言ってるでしょ。もうしばらくは駄目。
用意している別の奥の手がある。それを使う」
ルーエの奥の手という話はシュタアルは知らないため、何をするのかは分からない。
だが、フリーレンの口ぶりからは何かリスクのある行為なのだというのは分かる。
ルーエの身に問題があるならそれはシュタアルにとっても賛成できる話ではない。
では別の奥の手と言うと…… その視線を感じたのかフリーレンはこちらに向かって少し笑った。
「シュタアル。君に渡すものがある。
ここに来る前はやめておくべきだと思ったけど……今の君なら大丈夫だ。エルフの勘だけどね」
「それは、アテになりそうな予感だな……」
フリーレンは、勘だという。だがそれは、今のシュタアルの顔を見てフリーレンは信じてくれたのだ。
ならば……期待には答えなければならないだろう。
■鋼と真名
距離を離して、降り立った峡谷の岩場の高台。
巨大なヘカトンケイルは4本の腕と両足を駆使して足場の悪い岩場を突き進んでくる。
その動作は見た目に緩慢だが巨大さ故に進行速度はそれなりに早い。
時間がたっぷりあるわけでもない。
ヴェノムが起動したヘカトンケイルという巨大な魔物。一体どうやってこんなものを用意したのか。
「多分、ガネーシャやハヌマンの延長線上だろうね。奴らは人工的な魔物の創造方法を知っている。
こんな所に運び込んだというより、幼体のようなものから育てたって感じでしょ」
ヴェノムは餌は十分に用意したと言っていた。
そして、フリーレンは口にはしないが、シュタアルたちが出てくる前にも盗賊団の襲撃に関して多数の犠牲者が出ている。
つまりは、そういうことなのだろう。
「止めて、全部吐かせて……終わらせよう。もうあんなのはゴメンだ」
シュタアルのその表情を見て、ルーエは何かを言いたげだったが口を噤んだ。
一方でフリーレンはフリーレンで思うところがあった様子で。
「そうだね。街からも少し距離があるとはいえ、こんなモノを用意させてしまったのは私にも落ち度がある。
もっと色んな事に気を配るべきだった」
フリーレンが顔を伏せている中でルーエが割り込んできた。
「フリーレン様。合流する前に各所に巻いた網ですが……引掛かる気配がありません。
ヴェノムはおそらく、あの中にいるのではないかと思います」
「……あれだけ饒舌なやつが静かだと思ったら……シュタアルが切り落とした腕を再生させているかもしれない」
あれか……とシュタアルは嘆息する。だが――
「いいさ、また、俺が切り落とす」
「次は私も援護に出ます。決して負けません」
「そうだね……ありがとう」
そう言ったフリーレンは安堵した表情に変わったように見えた。
「さて、作戦を伝えるよ」
✧ ✧ ✧ ✧
フリーレンに伝えられた作戦の通り、ルーエは一人ヘカトンケイルの進路上に立ちふさがる。
『ルーエ、封印を解く以外なら何をしても良い。あいつの足止めをして。ゾルトラークのように魔力を直接ぶつける魔法はおそらく効果が薄い。
君はダメージを与える必要はない』
ダメージは不要。足止めに徹する事が求められる。
「承知しましたフリーレン様……」
ヘカトンケイルは自分たちを追いかけている一方で、やはりと言うべきか街の方へと進んでいる。
おそらく、そういう命令に従って動いているのだろう。
「―― 行く手を阻む底のない奈落よ ――」
底なし沼を作る魔法。飲み込むのは無理でも足を取る事は可能だろう。
そして……
「―― 来るものを捕らえよ蜘蛛の糸 ――」
ルーエの手元に現れた大きな球体は周囲に多数の糸を撒き散らしていく。
一見すると細く見えにくい糸だが、非常に丈夫で粘性もある。しかし、木に括り付けるだけではおそらく駄目だろう。
経路上の岩山の間を広範囲に敷き詰めていく。
「くっ……」
流石に量が多いと負担が大きい。
「フリーレン様、シュタアル様……必ず、止めてみせます。だから……」
フリーレンの奥の手が必ずヘカトンケイルを打ち砕いてくれる。そう信じるほかない。
✧ ✧ ✧ ✧
「これが奥の手?」
「そう、奥の手。ティシュレーから渡されたものだ。再利用性あるから無くしちゃ駄目だよ。それ一個で屋敷が一棟建つから」
「は……?」
いや待ってほしい。ここに来る前に手甲の制作費もまだ借金になっていてこれからバイトをしないといけないのに……
屋敷が一棟分の借金ってどういうこと?
と、そんな顔をしているとフリーレンが苦笑した。
「シュタアルに払えって話じゃないよ。原価はそれぐらいするものだって話。実際そのコストを払って作ったわけじゃない」
「心臓に悪すぎるからやめて……」
フリーレンに渡されたのはカートリッジ状のもの。内部にはなにか水晶のようなものが入っている。
「これ……なに?」
「封魔鉱」
「へぇ~……えっ?!いや、待って、封魔鉱ってあの封魔鉱?!
これがあったら周りで魔法発動しないじゃん」
「それは表向きの特性だね。封魔鉱の近くで魔力を使い続けると発光するのは知っている?」
「一応は……」
実際に見たことはないが学舎で教わったことはある。
魔法使いとしては非常に厄介な代物だという知識だけにはなるが……
「あれは、吸収した魔力を発散しているから。だけどその中にあるものは魔力で満たされた状態で安定している」
「たしかに光ってない」
「吸収現象が起きないのもそのせいだよ。吸収した魔力で満たされた状態で安定させればそれは魔力の籠もった石となる」
なんとなく分かった。
これは魔力を潤沢に出力できないシュタアルに代わって魔力を調達するものだ。では何に?
「これを投げつけて爆発させるとか?」
「屋敷が一棟建つって言ったでしょ。払わせるよ。
君の剣の柄だ。不自然なスロットがあるでしょ」
「??」
あったっけか?と思いながら剣を呼び出し柄を眺める。
「あ……ある」
不自然というより、飾りではなく設計されたようにきれいに整えられた差込口のようなものが剣の鍔の部分にある。
「それの制作者のティシュレーがいつか必要になるだろうって用意してくれたものだ」
「こんなの、何も説明してくれなかったのに……なんでフリーレンが?」
「私が説明されたからだよ。私が伝えていいという時まで黙ってろって」
「あのジジイ……」
昔からなんだかんだわがままを聞いて色々作ってくれる優しい人だと思うし感謝も尊敬も山のようにしているが……
変な遊び心は絶対に入れてくるな……
『こんなこともあろうかとぉ!』
と言いながらいい顔で笑っている姿が目に浮かぶ。
「君のためだよ。こんな事態がおきた時のためだ。
工房にいるドワーフたちは、君のことを想い、君に出来る最大限ことを必死に研究して作ってくれた。
そして、ここに来るまでにシュタアルは変わった。私が信じて託して良いと思える成長をした。だから渡すんだ」
言い様は少しこそばゆいが、フリーレンのその言葉を信じて納得することにした。
要するに、彼女はシュタアルの成長を高く評価してくれているのだ。
そして、この剣を作ってくれたティシュレー達の工房のメンバーにどれほど支えられているか痛感する。
「……分かった。これはもうはめ込んでもいいの?」
「使う直前でね。ここからは移動しながら話そう。ルーエが足止めをしている間にすべての条件を揃える必要がある。
あと、上空へ飛ぶよ。もう一度落下してもらう」
「えっ……」
どうやら、もう一度命綱なしジャンプをすることになるようだ……
✧ ✧ ✧ ✧
「……」
「随分悩んでいるね」
フリーレンにぶら下げられたまま上空への移動途中。
使い方は聞いた。練習する方法がないのでぶっつけ本番でやるしかない。
悩んでいるのは別のこと。
――『シュタアル、その剣に名前を付けてあげて。君が決めるんだ。
その剣は、君そのものだよ。まだ名前がない。不完全な存在。だけどいつも君の隣で戦ってきた。これからも戦ってくれる。
だから……名前をあげて、剣は真名を得た時に本当の魂を得て君の体の一部となるはずだ』
――『フリーレン……』
――『って、ティシュレーとかアイゼンとかシュタルクが言ってた』
――『伝聞系かよ! ……いや、でも言い分はわかるよ』
ずっと一緒に戦ってきた。作ってもらってから少しずつ手を加えてもらって。その時に合う刀身へと変えてずっと一緒に成長してきた。
これからもずっと一緒にいるであろう愛剣に名前がないのは確かに変だ。
そんなふうに考えていると、剣は小さく震える。
―― レーヴァ……テ………ン…… ――
「ん? フリーレン、なにか言った?」
「ん? 何も言ってないよ」
―― ……ヴァ……テ……イン…… ――
頭に響いてくるのは直接持ち主に呼びかけてくる何かの声。
本当に剣の声なのか、いつもの危機を告げる声なのかはわからない。
でも、剣に宿っている何かが求めている呼び名があるのは伝わってきた。
それは、起源に関しているのか、在り様を示しているのか、その未来を望んでいるのか。
そして、今日ほど、自分の知らない何かが自身を守り導いてくれていると実感したことはない。
シュタアルは苦笑しつつもフリーレンに語りかける。
「フリーレン決めたよ」
「決心がついた? 君はこういう時昔から格好つけだからなぁ……」
フリーレンの茶々に少し眉を寄せつつも、シュタアルは続ける。
「うるさいなぁ、いいだろ」
シュタアルはこれまでずっと自分の無茶に寄り添ってくれている愛剣を高らかに掲げながらその名を告げる。
「……こいつの名前は、レーヴァテインだ。
”レーヴァテイン” それがこの剣の名前だ!」
その言葉を聞いたフリーレンはしばらく黙り込んだ。
「え……なんか駄目?」
「シュタアル。それは君が考えたのかい?」
「えっと……なんかそういう感じの名前が良いって……こいつが言ってる気がして」
そう応えるとフリーレンは苦笑しながら「そっか」と言った。
「さすが名工ドワーフの作った剣だ。そこら辺の剣とは心構えが違う」
「どういう意味?」
「レーヴァテインは、古い神話に出てくる伝説の剣の名前だ。剣でありながら杖の意味の名を持つモノ」
「……そ、そうなんだ、伝説の剣って大げさだな……勇者ヒンメルが使った勇者の剣じゃあるまいし」
「いや、ヒンメルが魔王を討ったときの剣はレプリカだよ? 本物はずっと塚に刺さったままだ」
「はい? え、ちょっと……衝撃の事実だけど?」
「あ、これ一応、超極秘事項ね。まあ、武器なんてのは良くも悪くもそういう物だ。
剣でもなんでも、道具に価値を与えるのは使う人間だから」
シュタアルは、「そうなのか……?」とつぶやきながら自らレーヴァテインと名付けた愛剣をまじまじと見つめる。
「って、ヒンメルが言ってた」
「また伝聞系かよ!いや、勇者ヒンメルが言ってたのなら……そうなのか?」
「ちなみに、レーヴァテインという名前の意味で有名な解釈では『厄災の杖』っていうんだけど」
「ええっ、意図せず物騒ぉ!!」
「幾分古い神話の古代語だから、意味は色々取れて……私はこっちのほうが好きかな」
―― ”運命を切り開くモノ”
「”運命を切り開くモノ” か……」
「そう、神の御業で作られた神剣じゃなく、人の作った ”機剣レーヴァテイン” は人の運命を切り開く剣だ。
今の君にぴったりだろう?」
そう言ってフリーレンは笑う。
「そっか、そうだな……そんな大それた事、出来るかわからないけど……頑張ってみるよ」
そう言って苦笑いしつつもシュタアルは剣を握りしめる。
握り慣れた柄は、すこし暖かく、心地よい感触と、そして僅かに、思いに呼応して震えているような気がした。
■ルード・ルーズ・ダンス
ルーエの正面には巨大なヘカトンケイルがゆっくりと進行している。
先に仕掛けた罠にハマってもらうためには、少し方向の修正が必要になるだろう。
「致し方ありませんか……」
そう言いながらルーエは杖を取り出し、ヘカトンケイルへと向ける。
「中央諸国最強の一級魔法使いフェルンの教え子ルーエ。師の名に恥じぬ力を刮目していただきましょう!」
自分以外に誰もいないこの場での名乗りは、己の覚悟を促すことと同時に己への鼓舞でもある。
杖の先端に魔力を集め、周囲の岩を巻き込んで持ち上げる。
「――
この魔法は対人戦……というより常識的なサイズの戦いであればもっと細かいサイズの石や岩を使うのだが、今回はそれでは本当に何の意味もない。
魔力出力を上げて、周囲の岩を一気に射出した。
ゾルトラークではダメージを与えられなかったが、物理の攻撃であれば……
ルーエではなく街の方向を向いていたヘカトンケイルの横顔に投射した岩が勢いよくぶつかった。
人のサイズで言えば、小石サイズの石が投げつけられたようなものだろうが、それでも気づいたのであればそれでいい。
―― がああ!
「むかっ腹に来たのであれば、此方に来ていただきましょう。いくらでもお相手いたします」
そう言いながらルーエは第2射のための岩を周囲から持ち上げながら宣言した。
✧ ✧ ✧ ✧
「ルーエから連絡が来たら、君を投射する。落下だけじゃなく勢いよく加速させるから……気絶はしないようにね」
「まあ……気をつけるよ……気をつけてどうにかなるのかわからないけど」
「発動前にレーヴァテインにそれを差し込んでね。そこからはさっき説明したとおりだ。
その中の魔力が空になったらしばらく使えないし、もう一度上空には上がれない。必ず決めて」
フリーレンは軽く言ってくれる。ぶっつけ本番で絶対に成功させろということだ。
失敗したらリカバリープランがない。
「失敗したら?って顔しているね……まあ無理もないか」
「……」
「もちろん失敗したら、私がなんとかするように頑張るけど……そうだね。そもそも心配ないよ」
「……理由聞いて良い?」
どうにも不安で、フリーレンに聞いてみる。
「シュタアル、君は5~6歳のときに私に言ったこと覚えている?」
「え……?いや、色々ありすぎて何の話かすらわからないけど」
「ふふん。君はね『将来フリーレン様をお嫁さまにしてあげる』って言ったんだよ」
「いや、今その話関係ある!?」
フリーレンらしい独特のニンマリした笑いを浮かべている。
「忘れたの?冷たいなぁ、君の人生で初めてのプロポーズの瞬間だからよく覚えているよ。何なら記録してある。あとでルーエと一緒に見よう」
「やめて……本当に……大惨事になりかねない。
というより本当にこんなときに何の話?」
有り体に言えば人生初失恋の話だ……
今考えても成功する余地なんてなかった。だが無邪気な当時はフリーレンが大好きで一緒にいたいという言葉がそういう表現となった。
現在の感情値で言えば恋愛的な意味で好きとか愛しているとかとはまたレベルの違う感覚だ。
とはいえ、「うーん、無理かな」とすっぱり断られたのは今でも忘れられない。
「当時はね、これでも結構嬉しかったんだ。シュタアルが私のことをずっと家族でいて欲しいって願っていることが分かって」
「……」
「でも、まあ、やっぱりお嫁さんは無理かな」
「古傷に香辛料塗りたくるような言い方しないで……、もう1ミリもそんな事思ってないから」
「そうだね、フェルンに育てられたシュタアルは大きな胸が好きらしいし」
「おい、やめろぉ!」
ヴェノムの精神攻撃より効く。
生まれたときからずっと面倒を見てくれている人物とは言え、当たり前のように見透かされている感じが特に辛い。だがそれを母の影響というのは断固やめて欲しい。
「ちょっとは緊張解けたかい?」
「逆に心が痛いわ!」
「じゃあ何よりだ」
「話聞いてる? いや、それよりなんで失敗の心配が必要ないんだよ!」
そう言うと、フリーレンはゆっくりと語りだす。
「シュタアル、私は君のお嫁さんにはなってあげられない。だけど、君達が歩む人生をずっと見ていてあげるよ。
君がこれから成すことを、選ぶ選択を、これから先に待っている戦いを。ずっと見ていてあげる」
「フリーレン、いったい何を……」
フリーレンの顔を振り返ってみると、珍しく彼女は満面の笑みで
「だからさ、シュタアル――
―― 君の格好いい所、私達に見せてよ!
――」
そう告げたのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
ヘカトンケイルが4本の腕を振り回してルーエに攻撃を加えようとしてくる。
それを後退しながら避けるルーエ。
独特のリズムで攻撃してくるので回避が難しいが……
それでもギリギリ躱しながら罠の場所へと飛行しながら誘導している。
現状では牽制にしかなってはいないが、
どうやら生物なりに、原始的な感情があるようだ。
目の色が徐々に赤くなってきている。
「煩わしいとは思っていただいているようで何よりです」
とは言え、攻撃の速度が増している。
あの質量の殴打を一撃でももらえばただでは済まない。
その時、ヘカトンケイルの様子が変わる。口元がガタガタと震え始めている。
「これは――」
上空を撃ち抜いてきたあの攻撃。
ぐばぁと口を開き周囲の魔力を吸収するように、1点に光が収束し始める。
だが――
「待っていましたよ、それを!!」
ルーエはその言葉とともに、横にそびえる岩山に向かって
そうして渓谷にある岩山の山頂部分だけ切り抜き、大きなトゲの岩を作り出す。
「大ぐちを間抜けに開いたままのぉ――!!」
それを操作魔法で持ち上げる。サイズが大きく流石に魔力の負担が大きい。
「そんな攻撃がぁ!!」
だが、これから彼女の弟弟子であるシュタアルがやることに比べたら随分と軽い負担だ。
だったらやり遂げるしかあるまい。
「2度も通じる理由がありません!!」
大岩を一気に口の中に射出した。
―― ごおッ!!
ヘカトンケイルは臨界寸前だった口内に巨大な大岩を詰め込まれたことで流石にのけぞる。
そして、その口に蓄えていた力は制御と行き場を失い……
ドオオオという轟音を鳴らしながら顔の中で爆発したのだった。
もくもくと上がる土煙やらを見て、ルーエは笑みを浮かべる。
「お粗末様でした。どうでしたか?」
その彼女の挑発に呼応するようにヘカトンケイルは勢いよく彼女へ襲いかかる。
「相当気に入っていただいたようですね」
そう言って何度かの攻撃を回避しながらルーエは応える。
もちろん
ヘカトンケイルの口元は先の爆発で焦げてヒビだらけになっており、目元は煌々と赤く光っている。
その巨体さ故に走るのは随分と下手だ。バランスが取りづらいのであろう。
だが、先ほどの攻撃で我を見失い、ドタバタとルーエを追いかけてきている。
「好都合です。どうぞ此方へ――」
そう言って彼女は、拘束の罠を仕掛けたポイントへと誘導するのだった。
✧ ✧ ✧ ✧
フリーレンからの言葉のすぐ後に、ルーエからの信号となるゾルトラークが上空へと撃たれた。
「さすがルーエ。上手くやってくれた。いいかい、シュタアル。あの真下だ」
切り替えの速さは流石というべきか。先の返事も待たずに準備を進めようとするフリーレン。
だけど、彼女に伝えるべき言葉がある。
父シュタルクと、母フェルンの子として生まれてから、この方ずっと見てきてくれていた彼女だからこそ。
「フリーレン!」
「なに?」
先ほど心を揺さぶるようなことを言ったにも関わらずそっけない感じは本当にいつも通りだ。でも。
「さっきの答え」
「さっき? ああ、さっきのか」
シュタアルはそう言いながら、フリーレンの体を押して手を振りほどいた。
自由落下をし始めた体を反転させてフリーレンの方に向く。
空いた左手を握りしめて、それを高く掲げながらシュタアルは――
「任せとけ!! だから――
格好いい所!しっかり見届けてくれよ!!」
年相応の……少し子供っぽさの残る笑顔で彼はそう宣言した。
「ああ、自分で行っちゃった……でもまあ、いいか
すごく、あの子らしい……」
そう言いながら腰に手を当ててやれやれという様子のフリーレン。
そんな様子だったが、口元は彼を見て笑っている。
「いってきなよ、シュタアル。私が見ててあげる」
そう言いながら彼女はゆっくりと下降を始めた。
✧ ✧ ✧ ✧
シュタアルは落下の途中でカートリッジをレーヴァテインの差口に挿入した。
―― ドクン!! ――
その瞬間剣からは大きな鼓動が聞こえた気がした。
「頼むぜレーヴァテイン!!」
新しくつけた愛剣の名前を呼びながら、正面に防御障壁を展開し、魔力の球体を足場にして、下方に飛び一気に加速する。
「だあああああ、めちゃくちゃ速ぇええ」
死ぬほど怖い。気を抜けば……言葉通り気を失いそうだ。
ここに来るまでにフリーレンから受けた説明を思い出す。
―― 『その剣に差したカートリッジには呼び水となる魔力が込められている。
それを使うことで、封魔鉱の余剰領域に周囲のマナ……いわゆるエレメンタルに宿る魔力を一気に吸収するんだ』
―― 『中の魔力だけでじゃ駄目なのか?』
―― 『言ったでしょ呼び水だって。中にある魔力も、周囲から吸収したマナの魔力も全部使う、その中の魔力はブースターだよ』
ややこしい……、ややこしいがその手続を剣とカートリッジがやってくれるらしい。ドワーフの技術すごい。
「―― 万象に請い願う!!―― 」
その言葉と同時に、レーヴァテインの刃が光り輝く。
―― 『もう一つ大切なのは何のマナを選ぶかだ。これは東国の考え方だけどエレメンタルは5種類に属していて、お互いに相剋の関係にある』
―― 『つまり?』
―― 『5種類のエレメンタルはそれぞれに得意なものと不得意なものがあるという考え。魔法使い同士の相性でもあるでしょ?そういうのを体系的に考えた概念だよ』
―― 『つまり今回どうすれば……』
―― 『シュタアルは帰ったら補修ね。あのヘカトンケイルは、吸収と成長を強く属性付けられている。木のエレメントだ。これに最も効果のあるエレメントは……君の一番得意な属性だね』
偶然にしては本当によく出来た話だ……たしかにそれはイメージしやすい。
「―― 木気を宿せし我が敵を金気を用いて撃滅する!!―― 」
呪文とはイメージを強化するもの……だ。
本来は強烈なイメージと触媒の魔力さえあれば何も言わずとも発動する。
だがそれがそう簡単ではないからこそ呪文はある。
だから今できるのは集めるべきエレメンタルの魔力のイメージをひたすら高める。
―― 鋼 ――
祖父からもらった名前……ずっとそう呼ばれてきた。
まっすぐに、しなやかに、強く、丈夫で、決して折れることのない一本の剣。
剣に……レーヴァテインに集まる力を感じる。こんな魔力、シュタアルには逆立ちしてもひねり出せない。
―― 近いぞ。構えろ
危機という状況なのかもうわけがわからない。だが、いつもの声が聞こえる。
「ああ、分かってるよ。
フリーレン!ルーエ姉さん! 見ててくれよ!」
一世一代のラストチャンス。それに賭けてくれたフリーレンとルーエに、シュタアルは全力で応える。
✧ ✧ ✧ ✧
「シュタアル様!! お任せしますッ!!」
地上ではルーエが沼に足を取られたヘカトンケイルを糸によって拘束し、全力でそれを抑え込んでいる。
「シュタアル、私に見せてよ。未来を切り開く君の力を」
上空からは魔力を込めながらフリーレンが下降しつつシュタアルの状態を遠くから見守っている。
「見えた!!」
地面の下でルーエの糸に絡まっているヘカトンケイルは懸命にそこから抜け出そうともがいている。
振りかぶり構える。レーヴァテインによる魔力と、過去の戦士からもらった剣戟の業と、落下の勢いを全て込めて。
―― その掌にあるのは君自身の力だ、迷うこと無く、信じて振るえ。君の剣はきっと答えてくれる。
ルーエの信頼、フリーレンの期待、見守ってくれる存在、そして、己の覚悟も全部乗せて。
「行っけえええええええええええええええええええ!!!」
そうしてシュタアルはヘカトンケイルの頭から胴体を真っ二つに割くように斬撃を解き放った。
■英雄の夫婦
「シュタアル様!!」
ヘカトンケイルを頭から斬る中かなりの減速をしているものの、勢いを殺しきれず地面に激突するかと思われたその時
操作系の魔法で勢いを抑えられ、やがてゆっくりと地面に下ろされる……と思ったら抱きとめられた。
地表で待ち構えていたルーエはヘカトンケイルへの拘束を放棄し、一直線へとシュタアルの回収に向かっていたためだ。
フリーレンにああ宣言したので
いい感じに着地するつもりが……格好がつかない。すごく柔らかい。
「いや、違う、姉さん!ヘカトンケイルは!?」
顔を上げ、振り返り、見上げるとヘカトンケイルの巨体の中央に大きな斬撃による切断痕が残っていた。
その中央には球体のようなものが見え、そこからは赤い光が漏れ出ている。
大きさゆえに完全に真っ二つとはならないが、生物としては生き残れるような傷跡じゃない。
その巨体はぐらつき、膝をついた状態となった。
「シュタアル様、あれは!」
しかし……切断された面の奥底が泡立ち、蠢いている。
「再生……している……のか!?」
まだ倒しきれていない事実に衝撃を受けながらも、シュタアルとルーエはヘカトンケイルへと向き直った瞬間
―― 「焦らなくて良い。私がなんとかするから」
という、声が上空から聞こえた。
「フリーレン!?」
それと同時に凄まじい勢いの光の柱が降り注ぎ、ヘカトンケイルの中央にあった球体を貫いた。
―― ごおおおおおおおお
という唸り声とともに、今度こそその巨体は地面へと倒れ、塵へと帰り徐々に消滅する反応を見せた。
✧ ✧ ✧ ✧
「二人共、ご苦労さま。特にシュタアルは頑張ったね。はなまるをあげるよ」
地面に降り立ったフリーレンの第一声は二人へのねぎらいの言葉だった。
フリーレンも疲れているはずだが……しかしそれはさておき。
「あ、ありがとうフリーレン。
……はなまるは遠慮しておく。筆を出してこっちに来ないで」
「え、いらない? 魔力続く限り消えない墨の魔法っていうんだけど」
「仕打ちとしては酷すぎない?
そんなことより、ヴェノムを捕縛しないと!」
妙な空気になる前にシュタアルは切り返す。
そうだ、あの男を捕らえなければ本当には終わらない。
洗いざらい吐いてもらわないといけない。
「ルーエ、どう?」
「知覚用の糸はかなり広域に蒔いていますが、まだ見つかりません」
「そうか……ヘカトンケイルの中からは出て行ったみたいだね」
一体どこへ……そんなふうに考えてた瞬間 ……
―― また地響きがなり始めた
「なんだ!?」
慌てて周囲を見渡すが、何かがあったようにも思えない。
「まさか!?」
そう言ったルーエはシュタアルの手を掴んで周囲が見渡せる程度の高さへと飛翔する。
そこから見えた光景は……
「ば……かな……」
シュタアルはありえない光景に目を疑う。
「そんな……」
常に冷静に事を構えるルーエですら、言葉を失った。
街から見て渓谷へ入る岩山の麓……ここから数km 離れた場所。
そこに、先ほどまで戦ったヘカトンケイルと同型の魔物が3体。
立ち上がり、街の方向へと向かおうとしていた。
さらに、小さな魔物も足元から次々に湧き出てきている。
「クッソ!!こんな……姉さん!追いかけよう!街が」
今駆けつけて打てる手は……一体何があるのか。だが止めなければ。街が壊滅する。
「……駄目です。間に合いません……」
「姉さん!でも」
ルーエは力なく、知覚の岩場に着地する。
「クソ!こんなところで!!」
どうにもならない、どうしようもない。そんな折。
「シュタアル様……街を……救いたいですか?」
ルーエがシュタアルに声をかけてきた。
「そんなの、当たり前だ!」
そう強く応えると、ルーエは安心したような……そして少しだけ悲しそうな目をした。
その瞳に乗った感情をシュタアルが推し量っているなかで彼女は答える。
「もし、もし……この場を救える代わりに、私が自我を失ったら……シュタアル様が……私を……」
「姉さん……?」
ルーエの言葉の意図が読み取れない……
いや、とても嫌な感じがする。YESと言ってしまえばもう取り返しの付かない事が起こるような感覚。
そんな折
「―― ルーエ、駄目だよ! 」
二人がいる場所まで追って飛んできたフリーレン がその場に降り立った。
「ルーエ、それは駄目だ。許容できない。さらにその後をシュタアルにやらせようなんて。絶対に許可しない」
表情の変化が薄いのはいつものことだが、だけどいつになくフリーレンは怒っているようにも見えた。
「フリーレン、ルーエ姉さん、二人共一体何を」
「あれを止めるために第4層以上の開放を使うつもりでしょう?」
「……」
ルーエは答えない。
「いつかにも言った通り、それは片道キップだ。
あれの対処は可能だろう。でもその後のシュタアルや……フェルンとシュタルクへの負担は計り知れない。
シュタアルが大切ならなおのことやっちゃいけない。きっとこの子は悲しみに耐えられない」
フリーレン達の会話の内容が分からない。
だけど、自分の知らないことで……彼女が何かを背負い込もうとしているのはわかる。
「フリーレン……?」
だが、街に向かう3体のヘカトンケイルを目にしてフリーレンが全く絶望していない事に気づいた。
フリーレンは今なおヘカトンケイルや魔物たちの危険にさらされようとしている街の方を見て少し笑った。
「それに、二人が心配する必要は何も無い」
「どういう……?」
そう言いながらフリーレンは街の外側を囲む防壁の正面を指さした。
「どうやら、間に合ったみたいだ」
✧ ✧ ✧ ✧
フリーレンが指さした先。街の防壁の上では……
「フェルンとこうして一緒に戦いに出るのは、結構久しぶりだな」
そう言ったのは大きな戦斧を携えた赤い髪の戦士。
「シュタルク様……遅刻寸前な上に緊急事態なんです。あまりのんきに構えているもの不謹慎ですよ」
その言葉に答えたのは、紫の長い髪をたなびかせてその背後に降り立った魔法使い。
「いや、それに関して……ゴメン。誰もが簡単にOKとも言えない事情もあるみたいでさ。
でも、ぎりぎり間に合ったみたいで良かった。
シュタアルとルーエとフリーレンも、本当に頑張ってくれたみたいだ」
そう言いながら戦士は戦斧を取り出し、柄を大地に打ち付ける。
「エアフォルク! 指揮のほう頼めるか!」
門が開き、近隣の地から集まった兵士たちや魔法使いの部隊がそこから隊列を組んで出てくる。
「承りました」
そう言ったエアフォルクは、軽戦士のような鎧とシュタルクと同様の戦斧を構えて、騎馬に乗り、部隊を誘導している。
「全軍!傾聴! これより、我らが英雄、シュタルク様とフェルン様があの巨大生物を討伐される!
我々の役目は! お二人を無傷であの場に送り届けることだ!全力で行動せよ!」
エアフォルクの号令に応じて、兵士たちは地面に武器を打ち付け、一斉に呼応する。
そんな様子を見ていたシュタルクは、しょんぼり顔で焦る。
「あのー、その人達、うちの街に助けに来てくれた人達なんで『我らが英雄』とか本当やめて……」
軍を持たないシュタルクの領地に兵士達がいるのは、シュタルクが街を空けていた理由でもある。
ヴェノムのような者たちが現在、魔物を扱う技術を使って平和を脅かそうとしている。
兵力持たないような街でも相互に協力しこれにあたれるようにと条約をまとめてきたのだ。
「そのほうが、士気が上がるのなら良いではないですか。
端的に言えば、シュタルク様が恥ずかしいだけです。
エアフォルクの仕事がやりやすくなるのであれば、師匠兼上司としては安いものではありませんか?」
「それは、そうだけど、フェルン~」
普段であれば甘えてくる夫を捕まえて撫で回したいところではあるが今は寄ってくるシュタルクの顔を腕を伸ばして遮りつつ、フェルンは冷静にコメントする。
「子供達も見ています。親である私達が無様な姿を見せられないでしょう?
行きましょう。家族を支える一家の英雄シュタルク様」
フェルンがそう言ってから微笑むと、シュタルクは佇み直してから、両頬を叩き自分を鼓舞する。
「だな! 任せろ! 行こうフェルン!」
そうして英雄と呼ばれた二人の人物は全ての決着を付けるために立ち上がった。
~ to be continued...~