葬送のフリーレン ~ 鋼の英雄の物語 - Path to Stahl - ~   作:rvr75_raiden

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■イントロダクション(不要な場合は飛ばしてください)

■ 独自キャラクター

- シュタアル(Stahl) : 主人公。シュタルクとフェルンの間に生まれた長男。16歳。まっすぐな性格の青紫の髪のと三白眼が特徴の青年。出力不足で魔法はいまいちだが剣技と努力で補う。
- ルーエ(Ruhe): フェルンの教え子兼仕事上の秘書。20歳。黒髪ロングヘアと黒い瞳を持ち、師匠ゆずりの冷静な性格のようで内面は激情家。魔族の呪いを受けておりシュタルクとフェルンに救われた過去を持つ
- エアフォルク(Erfolg): シュタルクの教え子兼参謀。ルーエの兄。25歳。黒髪の青年。シュタアルの兄弟子にあたり弟妹達を見守る。斧技を学んでいる。
- ティアフォート(Tiefrot):シュタルクとフェルンの間に生まれた長女でシュタアルの妹。15歳。赤い髪と真紅の瞳を持つ。魔法の才能は母譲りの天才。
- ヴェノム(Venom): 第1部におけるヴィラン。年齢不詳。背が高く、後ろ髪を縛った地味な見た目で露悪的な発言と行動が目立つ男。洗練された体術と非常に計画的かつ狡猾な手段で攻めてくる。

■ 前回までのあらすじ

フリーレン、フェルン、シュタルクの3人が旅の末に根を下ろした地、クレ地方の元戦士の村。
立て直した村が街へと発展する中、頻発する賊の襲撃にシュタルクとフェルンの子であるシュタアルはフリーレンと姉弟子のルーエと共に盗賊討伐を志願する。

様々な策略と罠を乗り越えシュタアルは賊の頭目のヴェノムになんとか勝利する。しかし、ヴェノムは切り札としていた「ヘカトンケイル」と呼ばれる巨大な魔物を起動した。

魔法も効かない巨大な魔物に対抗するためフリーレンは奥の手としていたシュタアルの剣の力を解放する。
仲間との連携によりシュタアルはヘカトンケイルの撃破に成功したが……峡谷の向こう、先ほど倒したヘカトンケイルと同型の魔物3体が街へと襲撃を開始する二重の罠が待っていた。

圧倒的な危機に膝から崩れ落ちたシュタアルだったがフリーレンは表情を崩さずに彼に告げる

「どうやら間に合ったみたいだ」

彼女が指し示した先、街の防壁の上には二人の人影があった。赤い髪の戦士と紫の長い髪をたなびかせた魔法使い――シュタルクとフェルンの姿があった。



報復の猛毒は英雄詩を謳う 〜Revengence of Venom〜 6 【第1部完】

■支える者たち


 

中央諸国 聖都シュトラール

 

「会議終わった……疲れた……」

 

執務室の椅子に深く腰掛けたのは現在、クレ地方の一帯の領主という立場になっている戦士シュタルク。

現在の職業からすると、戦士業は ”元” というただし書きがつくかもしれないが本人はやめたつもりもなく今でも心意気は戦士だ。

 

知っている人から英雄だと言われるようになってもそこは譲れない。

とは言え、その偉名の力を借りることも多々ある。通りが良いと言えば良いのだ。

今回のこともその限りである。

 

「お疲れさまでした」

と言いながら紅茶を差し出してきたのはシュタルクの教え子であり、秘書兼参謀のエアフォルク。

彼はルーエの兄でもあり、アイゼンの斧技の直系継承者である。

 

現状、息子のシュタアルが戦斧を使った戦い方をしてくれないので、エアフォルクが担うことになる。

お父さんとしては寂しいが、それでも伝える相手がいるのはありがたいことだ。

 

エアフォルクはシュタルクの隣で佇まいを直す。

 

「議案、通ってよかったですね。保守的な老人達には苦労させられましたが……」

「ひとまず、これで近隣の街で協力し会えるようになる」

 

平和になってきた裏で近年は妙な連中が増えてきた。

魔物の力を使ってくる様なものが報告として上がって来ている。

 

シュタルクとエアフォルクはとある事情でこの様な魔法が存在する事を把握はしていた。

元凶であった魔族は何年も前に討伐をしたのだが、それを引き継いだ者がいるらしい。

 

近隣の野盗被害でその様な報告が出始めた。

 

「妹の名を出さずに済んだのは僥倖でした。今の所協会も沈黙を保ってくれている様です」

「なんだかんだ、ゼーリエ様はフリーレンが本気で嫌がる事やりたがらないからな。

 あの人はあの人で守るべきものがあって、それに相応しい振る舞いってあるから。決して敵じゃない」

 

件のエアフォルクの妹、ルーエは過去にシュタルクとフェルンの討った魔族の呪いで体に強大な魔物を混ぜられてしまっている。

呪い自体はすでに発動した後であり、もはや綺麗にそれを引き剥がす事が難しい。

そして、野盗達が使っている厄介な魔法や技術の先にある究極形がルーエの抱えた状況でもある。

それ故に近代の高度な魔法や女神の魔法、古代エルフの知識など集結してこれを封印している状況だ。

更に協会が不干渉とするための条件は幾つかもらっている。

 

ここに加えて、どういう態度を取るかがわからない不特定多数の領主や貴族達に彼女を衆目の的にするのは本意ではない。

これに関してはグラナト伯爵をはじめとする協力者達のおかげで回避することに成功した。

 

「身内の娘一人のために隠し事なんて本当に俺は指導者失格だな……」

「……私はそうは思いません。シュタルク様はそれでも民衆を救うための采配をしています」

「そう言ってもらえると気が楽になるよ、ありがとう」

「いえ、礼を言うべきは我々兄妹の方です。お二人のご助力がなければ生きてはいけないのですから」

 

相変わらず生真面目な態度にシュタルクは苦笑いと小さな溜息をつきつつ

 

「少なくとも、俺はお前がいないとこの仕事やれる自信がない。もうちょっと胸張ってくれ」

 

シュタルクがそう伝えるとエアフォルクは静かに「そうですか」と言って笑った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

そんな二人が峡谷の地に巨大な魔物が出現したという報告を受けたのはそのすぐ後のことだ。

エアフォルクは早々に決定事項に従い兵士を募り、シュタルクは急ぎクレ地方へと戻っていった。

 

 

■襲撃戦へ向けて


 

中央諸国 クレ地方 戦士の村の跡地の里

 

全速力で街に戻ったシュタルクは、今この場にいないシュタアル以外の子供たちに顔を見せてからフェルンの元へ向かおうとした。

その途中。

 

「父様!」

「ティア、ライニさんといっしょにエリシア達を頼むな……」

 

シュタルクにそう声をかけてきたのは紅い髪と真紅の瞳の少女ティアフォート。

シュタルクとフェルンの間に生まれた長女。現在、件の場所で戦っているであろうシュタアルの妹。

 

シュタルクは愛娘の頭を撫でるが、彼女の顔は晴れない。

 

「とてつもない魔力がひしめいています……兄様は、ルーエは……フリーレン様はご無事なのですか?

 エリシアもとても不安がっています」

 

いつも気丈で強気な娘が不安な顔をしている。

シュタルクは少しかがんで娘の視線に顔の高さを合わせた。

 

「大丈夫だよ。フリーレンとルーエは無茶苦茶強いし……シュタアルは、どんな事があっても信じられるって、お前が一番分かってるだろ?」

「それは……そうですけど……でも……」

「心配するなティアフォート。そのためにお父さんが帰ってきたんだ。これでもお前たちを安心させたくて結構急いで帰ってきたんだぞ」

 

そうだ。この子達の笑顔と明日を守り続けると。

フェルンと一緒に誓ったのだ。

 

ティアフォートは、年齢以上に聡明な子だ。自分の言いたい事、伏せている事、だいたい理解してしまっているだろう。

それでも問いかけてくるのは……きっと言葉と態度で示してほしいのだ。

 

信じて良いのだと――

祈ったとて救われるかわからない概念ではなく信じられるものが、確かにそこにあるのだと――

 

シュタルクは腕をまくり力こぶを作るようなポーズをティアフォートに見せる。

 

「任せろ! お前たちが信じて応援してくれるなら、お父さんは無敵なんだ」

「……はい! ……父様。兄様を……みんなをお願いします。私は……必ずエリシア達を守ります」

 

様々なものを飲み込んで、そう返してくれたティアフォートの頭を再度撫でた。

 

自分の血を引いているってのが信じられないぐらいに利口で物わかりが良く、強い子だ……

思わず抱きしめたくなるが、今はそれを我慢する。それは、全部終わってから……家族全員揃ってからが良い。

 

シュタルクは震える腕を握り締めて、立ち上がった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

こうして、今に至る。

 

外壁の上から見ても、峡谷側のほうから巨大な魔物が3体この街に進行しており、小さな魔物……といっても人間より大きいが……先行してきている。

 

「報告によると、あのでかいやつ……の2倍ぐらいのサイズのをシュタアルたちが撃破したって?すごいな……」

「はい、フリーレン様から使いの鳥で飛ばされたメッセージによると……ヘカトンケイルと呼ぶそうです。

 かつて私達と戦ったギフティとかいう盗賊……。今はヴェノムと名乗っているそうですが……それが用意したものだと」

 

シュタルクの問に答えたのは、彼の妻であり万事の相方とも言えるフェルン。

 

「ヘカトンケイル?」

「古い、神話に出てくる巨人の名前……だそうです。そういう種族ではなく、あれを仕組んだものの趣味……と言ったところでしょうか?」

「なるほどねぇ……。ギ……ヴェノムか、そっちの方は?」

 

かなり厄介な使い手だった記憶がある、あれがシュタアルの前に立ちふさがるというのに10年程前の出来事が頭をよぎった。

しかし、フェルンはそれを聞いてフッと笑った。

 

「??」

「フリーレン様のメッセージには『シュタアルが勝ったよ』とだけ」

 

その言葉を聞いた時、シュタルクは思わず目を見開いた。

 

「そうか……あいつ……本当に強いな……俺とは大違いだ」

 

自分は同じ年代の時、奇しくも同じ場所でフリーレンとフェルンに出会うまで3年間もくすぶっていた……

だがあの子は、自分の足で、自分の意志で、進み、立ち上がり戦って強敵に打ち勝ったのだ。

 

「いつもシュタルク様に勝てないと悩んでいるようですけど」

「まだ……負けてはやれないさ……そうじゃないとあいつが安心して前に進めない」

「……そうですね」

 

交易街の外壁の正面ではエアフォルクが隊列を組んだ部隊に指示を向けている。

これから進軍し、雑魚を蹴散らすらしい。頼もしい……本当にありがたい。

 

しかし、彼の頼もしい指示の内容は「あの巨大な魔物はシュタルク様とフェルン様が撃破してくださる」という大前提が常にある。

なんとなーく下から「お前の仕事しろ」というプレッシャーをかけてきているのも感じる。

 

シュタルクは苦笑しながらフェルンに向き直った。

 

「なんにしても、そんなお父さんとお母さんが、あの3体ぶっ倒さないと威厳保てないから頑張ろうぜ」

そう伝えるとフェルンは口元を抑えてクスクスと笑いながら「はい」と答えた。

 

✧ ✧ ✧ ✧ 

 

「おーい」と声をかけられ振り向くと街の中からドワーフ4人が肩に担いだ荷物を持ってきた。

先頭にいるのは、村の立て直しに際してアイゼンからの紹介でずっと世話になっている職人ドワーフのティシュレーだ。

 

「シュタルク、持ってきたが……本当に使うのか?」

「ああ、今にして思えば、こういう時に使うべきだったんだ。頼む」

 

ティシュレーは荷物を下ろし、シュタルクの目の前に置く。

掛けられた布を外すと、そこには巨大な斧の柄が現れた。

刃となる箇所が存在しない。

 

「対極竜兵装フェルダムシュトライタクト、こいつの名前だ」

 

それに手を置きながらティシュレーは説明する。

 

「……名前なげぇな」

「大きいですね……」

「ほっとけ!かっこいい名前は男のロマンじゃろが!

 ……見ての通り、柄そのものは人が持つサイズじゃないが、そこに手を入れて持つ取っ手はある」

 

ティシュレーが指さした位置を確認すると確かに腕をいれる場所があり、その中に取っ手がある。

 

「なるほど」

 

「こいつは……お前が持ち、フェルンの嬢ちゃんが魔法で補助することを前提で作っている。

 そして刃も、嬢ちゃんの攻撃魔法をこいつに込めることで現れる。大きさは魔力次第だ」

「つまり、私の出力次第でどんな大きさのものでも切れるようになるということですね」

 

先んじて説明されたことでティシュレーは眉を上げてフェルンの方を見たがそのまま続ける。

 

「そういうことだ。とにかくお前ら夫婦が一心同体とならんと使えん。

 本来の作成理由を考えると皮肉なもんだがな」

 

自分達の作品を語るティシュレーにしては暗い……が理由はわかる。

これは、協会からルーエに対する不干渉を勝ち取るために作ったものだ。

協会から下された条件は、最悪の場合……シュタルクとフェルンが斬れということだった。

 

「そうだな、そういうオーダーで依頼した。ありがとう爺さん。無茶を頼んじまった。

 本来の目的で使わずに済むなら、それはそれで良いんだ……使えばきっと子供達は泣くだろうし、エアフォルクもこの地を去るだろう」

「ふん……、全く無茶苦茶なもの作らせよって。メンテナンスする側の気持ちにもなれ!」

 

強がりを言っているが、それでもティシュレーの言動には少し安堵の色が見える。

頑固な人だから決して口にしないが、本来の目的で使うことがなくて良かったと……そう態度に現れている。

 

「細かい動作テストはしたが、全部まとめてとなるとぶっつけ本番になるからの。失敗したら次はないと思え!」

「わかってる。ありがとう爺さん」

 

礼を言いながらもシュタルクは取っ手に手をかけた。

 

「お、おい、待てお前!!」

「あん?」

 

シュタルクは「よっと」という感じで、まるで作物の入った麻袋を担ぐのかというぐらいの勢いでそれを持ち上げた。

 

「は……人間やめたのかお前? ドワーフ4人で運んだんだぞ……」

「言い方酷くない?」

 

呆然とするティシュレーにフェルンが割り込む。

「ティシュレー様、もう長い付き合いですし、あまりシュタルク様とアイゼン様に常識を求めない方が良いかと思います。

 あの二人は『なんとなく行けるな』というイメージを持ったものに対しては無限の腕力を引き出す人たちです、非力な私からするとですが……」

「いや、ドワーフだから言うんじゃけどな……

 まあいい。意外というほどじゃないが結構精密品だから慎重に扱えよ」

 

という、声をかけようとするとシュタルクは「わかった」という軽い返事を残してそのまま外壁の下に飛び降りた。

 

「だぁーーーー、慎重に扱えといっとろーが!!」

 

外壁の下を覗き込むように顔を乗り出してシュタルクを確認したティシュレーだったが……どうやらフェルンが物質操作魔法でシュタルクが着地する寸前で持ち上げていたようだ。

「ふぅ……」と安堵のため息をつくティシュレー。

 

そして、シュタルクのすぐ後に続き地面に降りるフェルン。

 

「シュタルク様、説明を聞いて下さい。慎重に扱えと。着地時の衝撃で本番時に発動しなかったら笑い話にもなりません」

「え、ゴメン。大丈夫かなって……」

「見てくださいティシュレー様の顔を……10年分ぐらい老け込みましたよ」

「いや、表情は分かるけど変化わかんないし……」

 

ともあれ、準備は整った。

 

「爺さん、ありがとなー」と手を振るとティシュレーはさっさと言ってこいとばかりに手の振り返した。

「相変わらずこういうときは素直じゃねーなー」

「いまのはシュタルク様が悪いと思いますよ」

「ゴメンて」

 

前方ではエアフォルクの指揮する歩兵隊が前進し、後方では魔法使い達が射撃魔法と支援魔法の準備をしている。

 

「じゃあ、行くか」

「はい、一緒に頑張りましょう」

 

そうして夫婦はなんの気もないような短い会話を交わし、戦場の真ん中ヘと向かっていった。

 

■薙ぎ払いし戦斧


 

「全軍!進めぇぇぇ!」

 

というエアフォルクの号令が響く。

兵士たちの応答の掛け声と共に一斉に進軍を開始した。

前方からやってくる魔物の群れ。いずれも形状は様々だが、毛皮のようなものをまとわず、全身が白い。

 

合図があるまでその場で待機だ……ということで後ろで大人しくしているシュタルク。

出れるなら出たいが、後方からゆっくりと進行してくるヘカトンケイル3体を相手にするにはフェルダムシュトライタクトを持って無傷で到達が望まれる。

 

「信じていいと思いますよ」

 

シュタルクの焦りが伝わったのかフェルンが後から声をかけてきた。

 

「分かってる。分かってるけどもどかしいな……」

「それは私も同じです。ですが私達がそれを破れば総崩れになります。それこそ本末転倒です」

 

背後から迫ってくるヘカトンケイルと呼ばれる巨大生物は、最初に現れてフリーレン達が撃破したものと比べるとサイズが小さい。

だが現在此方に向かってきているものでも街に突撃されたら大変なことになる。

 

「頼むぞ、エアフォルク」

 

✧ ✧ ✧ ✧ 

 

エアフォルク自身も、戦斧を抜いて戦うために馬から降りる。

「戻っていいぞ、よく頑張った」と馬の鼻先を軽く撫でてから街の方へ走らせた。

 

「中央の通路をこじ開ける!! 」

 

叫んだエアフォルクは戦斧を掲げて前方へと跳ぶ。

そのまま、全体重を掛けて前方の魔物と地面を一刀両断した。

アイゼンからシュタルクに受け継がれ、そしてエアフォルクにも注がれた閃天撃。

振り下ろした際に発生する衝撃波が前方の魔物達を一気に吹き飛ばした。

 

中央が切り崩されたことで、後方の兵士達は一斉に前進を開始する。

後方の魔法使いの部隊たちも、それに合わせて進行した。

 

「魔法中隊!一斉掃射だ!!」

 

エアフォルクの合図に応じて、魔法使い達は一斉に魔力を集中する。

 

「―― 一般攻撃魔法(ゾルトラーク) ―― 撃てぇ!!」

魔法使いの部隊の先頭の者が叫ぶと、同時にゾルトラークが一斉照射されて魔物たちが一気に数を減らした。

 

そのまま中央を一直線に駆け出したエアフォルクの前には身長の3倍ほどの高さのある中型の魔物。

その背後には、ゆっくりと追いかけてくるヘカトンケイルがいる。

 

「お前が最期だ!」

 

爪が振り下ろされるが、エアフォルクはそれにも動じず腕ごと切り落とした。

 

「押し通らせてもらおう」

 

怯んだ魔物の肩口に乗り、頭に向けて一気に戦斧を振り下ろす。

中型の魔物はズウンという音を立てて前方に倒れ込んだ。

 

「シュタルク様ぁぁぁぁ!!」

 

ヘカトンケイルまでの一直線の道をこじ開けたエアフォルクは大声で叫ぶ。

 

「 ―― 流石だ、エアフォルク。 任された!―― 」

 

その一言と共に、刃のない巨大な戦斧の柄を持ったシュタルクが駆け出す。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「フェルン大丈夫か?」

 

息も乱さず、土煙をあげて戦場をまるで一刀両断するように進んでいくシュタルク。

その背後の上空にはフェルンが飛行魔法で並走している。

 

「それを持って爆走しているシュタルク様の方が心配です。逆に大丈夫ですか?」

 

もちろん、操作系の魔法でフェルンが持ち上げているため全重量はかかっていない。

だが、かといって、ある程度の重量はあるため、それを持って疾走するなど本来は人間のできることではない。

 

ついでに言えばシュタルクは背中にいつもの戦斧を持っている。

 

「フェルンが、軽量化してくれてるから軽いもんだ」

「……そうですか」

 

ちょっと前に、自分でティシュレーに言ったことを思い出して深く考えないことにした。

夫が逞しいのだ。特に問題はないはず。

 

兵士たちが中央の道を開けるように周囲で戦っている。

その姿を横目に……この場に駆けつけてくれたことに深く感謝をしながら突き進む。

 

正面にエアフォルクを捉え、そのままの勢いで、彼の上を飛び越えた。

 

「シュタルク様!お任せしました」

「ああ!任せろ」

 

弟子と師匠のかわした言葉はそんな簡単なもの。

だがそれで十分伝わる。

 

「フェルン!!」

「承知しました」

 

彼女は杖を掲げ、フェルダムシュトライタクトの刃の部分に魔力を込める。

 

バチバチと、音を立てて魔力が戦斧の刃を生成していく。そのまま巨大な斧が形成された。

 

「一気に薙ぐ!タイミングをあわせて更に巨大化してくれ」

「判ってます」

 

今のサイズでも巨大だが、3体とも一気に切るのであればもっとサイズが欲しい。

ここに出る前のティシュレートの言葉を思い出してフェルンに声をかけたら、彼女も同様に考えていたらしい

 

「よし!!」

 

無傷で、無駄な体力も消費せず、無駄な魔力もつかわず、目的の場所まで到着した。

あとは真正面のヘカトンケイルのみ!!

 

✧ ✧ ✧ ✧ 

 

フェルダムシュトライタクトを掲げたシュタルクとそれを操作するフェルン、そして3体のヘカトンケイルが対峙する。

ヘカトンケイルはそれぞれに違う行動を取り始めたがいずれも怒っている用に見えた。

目の部分が赤く光っている。

 

「フェルン、フリーレンの報告によると弱点っていう心臓部は?」

「はい、普通の人体の心臓と同じと考えて良いということです」

 

ヘカトンケイルの内一体が地面に腕をついて、姿勢を低くした。

 

「……」

 

ガタガタ震えだした口を開けた瞬間……フェルンの反応は早かった。

フェルンは間髪入れずに魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を撃ち放つ。

 

「遅い」

 

―― がああ!!

 

口の中を撃ち抜かれたヘカトンケイルはそのまま大きくのけぞる。

その様子を見た他のヘカトンケイルは怒ったように目を紅く光らせる。

 

その2体が腕を大きく振り回してシュタルクとフェルンの方向へ駆け出してきた。

先ほど口を開けて来たヘカトンケイルもその後ろに続く。

 

「フェルン、大きさの調整は頼んだ!!」

「わかりました。」

 

シュタルクはフェルダムシュトライタクトを強く握り走ってくるヘカトンケイルの方に駆け出す。

 

似たような姿で前進するヘカトンケイルのコアがあるとされる高さはだいたい同じ。

 

「シュタルク様!これで!!」

フェルンが刃に込めた出力を上げる事でフェルダムシュトライタクトは一気に大型化する。

 

シュタルクは体勢を低くしてから一気に跳躍した。

 

「これで終わりだああああああ」

 

シュタルクのその叫びと共に3体のヘカトンケイルの胸元に横一閃の一撃が解き放たれた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ズゥンという地響きと共に先行していた2体は胴の上半分を切り落としてコアの様な赤い球体を露出させている。

切断面がぶくぶくと泡立っているのは何らかの再生現象の様だった。

 

そして……

 

ーーごああああ

 

最も後ろにいた1体だけは胸に開いた大きな切断痕からコアを露出させていたものの、上半身が残り、まだ動作可能な様子だった。

 

「フェルン!正面の2体のとどめを頼む!」

「わかりました!」

 

頷いたフェルンは物理操作魔法により2体のヘカトンケイルのコアを直接握りとる。

 

「悪いな、爺さん。終わったらこれは長期メンテだ」

 

手元から黒い煙をあげるフェルダムシュトライタクトを地面に置いたシュタルクは背中から握り慣れた戦斧を取り出す。

 

「やっぱり最後はこいつだな」

 

唸り声をあげてシュタルクに巨大な腕を振り下ろしてきたヘカトンケイルだったが……

 

「そんだけの傷でいい根性だ」

 

土煙が上がる中シュタルクはヘカトンケイルの打ち下ろした拳の上。腕を伝い、シュタルクは一気に胸から露出しているコアの球体に向けて駆け上がる。

 

「これが最後だっっ!!」

 

シュタルクの戦斧がその赤いコアに刃を突き立てるのと、フェルンの魔法が正面2体のコアを握りつぶすのはほぼ同時の事だった。

 

■叫びと産声


 

その戦場の出来事をただ夢中で見ていた。

 

多くの戦士達を率いて進軍して中央に通路をこじ開けた兄弟子のエアフォルク。

その開けた場を一直線に駆け抜けて3体のヘカトンケイルを凄まじい勢いで撃退した父と母……

 

その姿はまさに街の領主であり英雄達と言って差し支えない戦い。

 

「終わった……のか……」

 

遠くで見た戦場での最後の一撃によってヘカトンケイルは撃退された。

 

その事実に、シュタアルは地面に膝をついた。

 

街が無事でよかった。誰も犠牲にならなくてよかった。

世話になっている人達、妹達に何も被害がなくてよかった。

父さんと母さんが……無事で良かった……

 

本当にそう思う。

心からそう思う。

しかし、シュタアルの胸に去来する感情はーー

 

 

ーー「ごめん、俺には救えない……だから……」

 

たくさんの者を斬った

 

ーー「ワ……ルイ……ヤツ……ヲ……ヤッツ……ケテ……」

 

救えなかった命もある

 

ーー「私が見ていてあげる。だから

   君の格好いいところ、私達に見せてよ」

 

受け取った想いもある。

 

全てが胸に一斉に押し寄せてきて感情の波は制御が出来ない。

 

ーー俺が……父さんと……母さん、ぐらいに強ければ……

 

ダンッ!とシュタアルは岩場の地面に拳を強く叩きつけた。

 

喉の奥底から漏れる嗚咽は……必死に抑え込み、飲み込もうとしても次から次へと湧き出てくる。

 

そしてーー

 

「ぐっ……うああああぁぁぁぁぁッ!!」

 

押さえ込んでいた全ての感情が決壊した。

痛みも、悲しみも、怒りも、全てを吐き出すように —— ただひたすらに叫び続けることしかできなかった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルのすぐそばでヘカトンケイルの戦闘の光景を見続けていたルーエ。

 

強大な極竜種を一刀に斬り伏せることを目的としたそれ。

シュタルクとフェルンが持ち出した兵器……存在は知っていた。

 

どういう事情があるのかは分かる。

製作者達の心も、恩師夫婦の気持ちも痛いほどに。

だが、心がざわつかないといえば嘘になる。

しかし今はそれを飲み込まざるを得ない。

街の窮地を救ったのは事実なのだ。

 

そんな折、すぐ近くからドンッという岩を打ち付ける音と共に

 

「ぐっ……うああああぁぁぁぁぁッ!!」

 

という声が聞こえた。それは雄叫びとも、嘆きとも、泣き声とも付かぬ叫び声。

 

目の前の大切な青年はその瞳に涙を浮かべて……叫び続けていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

フリーレンは見ていた。

シュタルクとフェルンが街を救ったその姿を見た青年が泣き叫ぶ姿を。

 

街は救われたというのに、危険は去ったというのに、彼は泣き……叫んでいる。

 

「シュタアル……様……」

 

迷う様な仕草で胸元から指先を伸ばし声をかけようとするルーエ。

 

気持ちは判る。心配だ。大切なものだ。

しかしーー

 

「ダメだよ、ルーエ」

 

フリーレンはルーエを手で制すると彼女はそれを中断する。

 

「……何故……シュタアル様は泣いていらっしゃるのですか?」

「さぁ、分からないなぁ。

 ただ……ルーエ、あの叫び声はシュタアルだけの物だ。

 あの子の叫びはあの子のものだ。だから邪魔しちゃいけないよ」

 

そういうと、ルーエは黙り込んだ。

彼女はそれに頷きはしなかったが……シュタアルに声をかけるのを諦めた様子だった。

 

「フリーレン様……」

「なんだい?」

「まるで赤ん坊のよう……」

 

ルーエはポツリとそう漏らした。

 

「どういう意味?」

「生まれたばかりの赤ん坊のようです。

 生誕の喜びと同時に、世界に生まれ落ちた痛みを知って泣いているかのよう……」

「そう……」

 

ルーエのその抽象的な表現にフリーレンはもう一度叫び続けるシュタアルを見る。

ああ、確かにそうなのかもしれない。

 

彼はこの戦いを通して、多くの経験をして急速に成長した。

だが、その体は、その心はまだ16歳という子供のままだ。

 

だから叫ばなければならない。泣かなければならない。

受け止めた想いも、胸に閉じ込めた感情も、全て糧にして明日を歩む自分へと生まれ変わるため。

 

「……そうだね。これはきっと産声だ」

 

時代を切り開く一人の英雄が……産まれ落ちるために必要な禊。

それは、誕生の喜びと同時に、存在の痛みを伴うものなのだろう。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

―― !! ――

 

「ッッ!」

 

シュタアルを見守っていたルーエはある事象に気づいた。

辺り一帯に張っておいた魔法の網を踏んだ者が居る。逃亡しようとしている。

 

この期に及んで……まだ続けるというのか……

だが、むざむざ逃がすつもりもない。許せようはずもない。

 

「……フリーレン様……シュタアル様の事よろしくお願いします」

 

ルーエはそう小さく告げて、魔力を極限まで消してその場を後にした。

 

■黒い翼〜アートルム〜


 

峡谷の森の中、傷だらけの男、ヴェノムは一人、走っていた。

 

「まさか……最後の仕掛けまで被害者も出さずに片付けてくれるとは……」

 

雇い主をも出し抜いて、実験中だった全ての種子を持ち出しての作戦だった。

全てを無茶苦茶にしてやるつもりで放った最後の手は、仮にシュタルクやフェルンが出てきても対処不能な戦力を投じたつもりだったが、それも叶わなかった。

 

「くひっ……くはははははは」

 

その顔には笑いがこみ上げる。

おそらく、処罰は避け得ぬだろう。ならば、また逃げぬき、生き抜く他あるまい。

 

最初のヘカトンケイルの中で再生を行って、ナイフを振るうような状態まで回復した。

まだ、なんとかなる。次だ、次の機会を――

 

「―― 次など、ありえません」

 

不意に、腹の奥底に響く冷たい声が鳴り響く。

 

「ああん?」

 

ヴェノムは直感的に立ち止まった。

見えにくいが……細い糸が周囲を取り囲むように張り巡らされている。

 

「そのまま、無防備に進んでいただければ楽だったのですが……まあ良いでしょう。私も堪え性がありませんでした」

 

背後から迫ってくる気配にヴェノムは眉を寄せながら振り返った。

 

「ガキのお姉ちゃんのほうか……はんっ」

 

ヴェノムは再生した腕の刃でその糸を切断した。

 

「この程度じゃ俺は死なんぜ」

「ええ、その程度で死んでもらっては困ります」

「姉ちゃん……いい眼だ。想いが伝わってくる」

 

その言葉を聞いたルーエは忌々しそうに冷たい視線を向ける。

 

「貴方に想いなど一ミリもありません」

「なんか知らんが袖にされたのか。そりゃ残念だ」

 

やれやれ、という姿勢でヴェノムはルーエに向かって歩き出す。

 

「ところで前衛の英雄君はどうした? 魔法使いが一人で来たのか?」

「……」

 

ヴェノムを睨む姿勢のままルーエは動こうとしない。

 

「―― 無謀すぎだろ」

 

音もなく、ヴェノムはその両腕の刃をルーエの首に向けて降りかかる――

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルの様子を見守っていたフリーレンは、ルーエの姿が見えなくなったことに気づいた。

 

「しまった、ルーエ……!!」

 

いまだ、シュタアルはすぐには動ける状況ではなさそうだが……

このままではルーエの身に何があるかわからない。

 

意を決したフリーレンはシュタアルのもとに駆け寄っていく。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「―― ッ!?」

 

ヴェノムは目を丸くした。己の放った攻撃は……女の両腕に掴まれ、首に突き刺さる前に止まっていた。

 

「なん……だと?」

 

訓練された戦士職であるなら今の攻撃に反応は可能だが、典型的な魔法使いがこれに対応できるはずがない。

そして――ヴェノムは薄く笑い始める。

 

「お前…… お仲間か……?」

 

ヴェノムの腕を掴んだ両腕は女性の腕にして太く、鱗のある甲殻の様な外皮に包まれた大きな手。

それは、眼の前のヴェノムの腕と同様に人間のものではない異形の物。

 

歪で、不自然で、忌まわしい……他者からもたらされたであろう、呪われた力。

 

ヴェノムの言葉を聞いたルーエはいよいよ表情に不快感が乗る。

 

「嬉々として、忌まわしい力を振るう貴方と一緒にしないでいただけますか?」

「変わらねぇだろ」

 

ヴェノムは頭の後ろに隠していたサソリの針の様な触手を正面のルーエに差し込むように伸ばした。

ほぼ必殺の間合い。防御魔法も間に合うまい。

 

「!?」

 

しかし、その針は彼女の腹部に刺さること無く止まった。

止められたのではない。刺さらないのだ。

 

「フリーレン様やフェルン先生には……謝る他ありませんが……ここに来る前に

 第二層の封印を一時解除してきました」

「ああ!?」

「これ以上、あなたがシュタアル様やその家族に害を成すのは到底許容できません」

 

そういってゆっくりと顔を上げると同時に、彼女の首から頬にかけてビキビキと鱗のような黒い外殻が浮き上がってくる。

 

―― そして、背中には竜のような大きな翼が広がり始める。

 

「こうなると……強靭さが人のそれではなくなります」

 

その言葉と同時にルーエは背中の翼をはためかせる。

 

「―― 吹き飛びなさい ――」

 

真正面のヴェノムはそのまま凄まじい圧力に押される。

しかし、腕はルーエに掴まれたままだ。

 

再生直後でまだ完全ではないその腕と肩はミシミシという音を立てている。

 

「が……あ……、てめ……え……」

 

抗えないその圧力にヴェノムは表情を歪める。

 

バツンッという普段聞き慣れない……なにかが引きちぎれる妙な音がなった。

それと同時に、ヴェノムは背後に吹き飛び岩に叩きつけられた。

 

「がっ!はぁぁ!」

 

ルーエは両手に掴んだ魔物状となっていたヴェノムの両腕を焼いて塵に返す。

そして一気にヴェノムの方向に飛んだ彼女は腕を思い切り振りかぶり

 

「――ッッ!!」

 

ヴェノムの顔を正面から殴りつけ背後の岩ごと砕きながら、そのまま岩肌にめり込ませた。

そのままルーエは表情もなく、ヴェノムを見下ろすように口を開いた。

 

「普通、この攻撃で無事に済むとは思えないのですが……随分と丈夫ですね」」

「この……、クソが……」

 

切断面が脈動して泡立っている。先のヘカトンケイルから再生力を吸収したのか再生現象が起きている。

 

「……」

 

この男を捕まえておくというのはまず、諦めたほうがいいのだろう。

元々無事で返すつもりはなかったが、ルーエは一人決断する。

 

彼女はヴェノムの頭を掴み上げた。

 

「ふざ……ける……な……、終われる……か……、世界に地獄を……、誰もに等しく苦しみを……

 英雄様に……救われて……享受する平和と……幸せなんて……許せるわけねえだろが……

 そうじゃねえと……不公平だろ……」

 

その理屈に心底ルーエは呆れた。確信した。

 

この男は敗北者だ。戦いに負けたのではない。己自身に負けたのだ……

運命に負けたのだ。明日を切り開く覚悟に負けたのだ。

そんな理由を他者に押し付けている――

 

「不愉快です。他者を呪うことで己を許そうとする、腹立たしい思想。

 あなたの理屈を、私達に押し付けないでいただけますか」

「言ってろ……絶対に……俺は……諦め……」

 

徐々に再生を始めた肉体を見ながらルーエはため息を付いてから、上空高くに投げ上げた。

 

彼女はヴェノムに向けて腕を掲げる。

 

「再生不能なまでに、徹底的に、焼き尽くしましょう」

 

その言葉と共にルーエの掌の正面に魔力の球体が現れた。

 

「これはこの状態で使える魔法です。私も知りません。

 体が覚えているもので……フリーレン様もフェルン先生も使えません」

 

足元に展開される魔法陣が青白く光りだす。その輝きはこれから放たれる魔法の威力を物語っているかのようだった。

 

「―― 全てを薙ぎ払う裁きの光(ビクシオマ)―― 」

 

彼女の正面から放たれた魔法は、無数の光の矢となってヴェノムの体を突き刺し、焼き尽くす――

 

「があああああ」

 

撃ちぬかれるたびに体の各所を消し飛ばされるヴェノムはその痛みに叫ぶ。

 

「終わりです」

 

ルーエの声とともに最後の一撃を放とうとしたその時――

 

「―― それは大変困りますね……」

 

聞き覚えのない声と共に……

 

「がっ!!!ああッ!!」

 

襲いかかった凄まじい衝撃の痛みと共に、真横に吹き飛ばされた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

高く上がった光の柱は、おそらくルーエの放った魔法。ただ、見覚えのない感じがするのが少し気がかりだった。

間違いなく何かがあった。

 

「姉さん!姉さんッッ!」

 

ルーエの姿を探し、峡谷の森の中を駆け抜けていく。

 

彼女は強い。本来シュタアルのかなう相手ではない。

だがそれでも嫌な予感は拭えない。

 

先刻、フリーレンから声を掛けられたシュタアルは立ち上がり、一気に駆け出した。

彼女も一度シュタルクとフェルンへと報告した後にすぐに駆けつけるという。

 

―― もうこれ以上失えない。耐えられない。

 

無事に帰るのだ。また、笑顔で迎える明日を勝ち取るのだ……

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

吹き飛ばされた瞬間、何が起こったのか理解できなかった。

少なからず、あの状態で易々と害をなせる存在がいるとは思っていなかった油断。

 

なんという、無様……

 

視界の先には、仕留め損ねたヴェノムがドサッという音を立てて地面に落ちてきた。

様々な部位を欠損して意識は失ってしまっているようだ。しかし、魔物化の影響か絶命すること無く生きている。

 

聞き覚えのない声の主は滔々と語り出した。

 

「黒極龍アートルム……

 神の時代、世界を焼いた魔物のうちの一体。探していましたよ。

 まさかこんなところにいるなんて……」

 

そんな事を言いだした青白い髪と角の生えた男。その姿は紛うこと無く

 

「魔……族……!?ぐっ!!」

 

鈍い痛みにルーエは呻く。

 

「ああ、これ、拝借しましたよ」

 

事も無げにそういう魔族の男の手にあったのはさき程までルーエの右腕だったもの。

 

最初の一撃の際、何らかの攻撃で切断された……ルーエは目を疑いながら自身の腕の痛みに耐える。

 

「戦士シュタルクと魔法使いフェルン、その二人が討伐した愚かなる鮮血公。彼に貸し与えたアートルムの遺骨。

 見つからないと思ったら、まさか人がこれを食ってしまっていたとはなんという予想外。少し驚きましたよ」

 

「な……にを……」

 

鮮血公、かつてルーエとエアフォルクの故郷を焼いた忌々しい魔族。

人の魔力と肉体を触媒に、それを作り変える『眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)』を使った魔族。

 

そして恩師である二人の英雄が討伐した忌まわしい魔族。

 

「実際困ったものです、よこせとうるさいので研究の成果を条件に与えた貴重品だったのですが。

 研究も中途半端なままにアートルムの遺骨を無くしていたのですから。

 これは貴重な召喚の触媒だと言ったのに」

 

「貴様……」

 

あの惨劇を、そして今ここで起きたことの手を引いたもの……

予感はしていたがようやく見つけた。

 

ルーエはよろよろと立ち上がる。

許せない。絶対に許せない。あの日、生き残った自分はこの魔族の男を許してはならない。

 

「しかし、見事ですね……ありえないほど高度に融合している……これは本体から引き剥がすのは無理かもしれません。

 あなたを八つ裂きにしてサンプルにしたほうが早いかもしれない」

 

魔族の男はルーエに手をかざす。

 

「ああっっ!!」

 

強大な鉄槌に殴られるような衝撃に再度吹き飛ばされ、背後の木に叩きつけられてそのままずり落ちる。

 

「手がかかることばかりで困りますね。あの男も狂ってしまいましたがそれなりに貴重なサンプルですので、回収せねばなりません」

 

魔族の男はヴェノムを視線でさしながらルーエにとどめを刺そうと徐々に近寄っていく。

 

だが――

 

「―― 一般攻撃魔法(ゾルトラーク)――っ!!」

 

その男の側面から頭を撃ち抜くような光が横切る。

魔族の男は何ということもなく頭を反らしてそれを避けた。

 

土煙をあげながらルーエの正面に滑り込むように飛び込んできた人影。

 

―― それはまるで矢のような速度で

 

「お前……」

 

―― ルーエを庇うように割って入ったその背中は

 

「姉さんに……」

 

――見覚えのある青紫の髪の青年はルーエが守ろうとした存在

 

「何をしたぁぁぁああぁぁぁ!」

 

守ると決めた青年のその姿は、見たことも無い怒りに打ち震えていた。

 

■幽鬼なる


 

「ほう……報告にあった少年とは……少し様子が違いますね」

 

目の前の相手が何かを言っているが、シュタアルの耳には入らない。

 

―― ルーエが、血まみれで倒れている。

―― 右肩から先がない。正面の魔族は黒い鱗に覆われた右腕らしき物を持っている。

―― ルーエの首筋、腕、衣服の破けた背中から生えた翼……普通の状態ではない。

 

頭がパンクしそうだ。

姿かたちは人のそれではない。だが、痛みに耐えるその顔は、いつも温かく見守ってくれるその瞳は間違いなくルーエの物だと確信させる。

 

「ヴィゾール、居ますか?」

「ここに……」

 

魔族がもう一人……シュタアルは動揺を見せないようにする為に構えを解かない。

 

「念の為、観測を始めなさい。北の彼の地に女神がもたらした剣が反応すれば当たりです」

「かしこまりました」

 

暗くてよく見えなかったそれは気配を消した。

魔力を消すことを良しとする魔族……フリーレンや母のフェルンから聞かされた話からすると……考えがたい存在だ。

 

いや、眼の前の魔族もそうだ。不気味さの割に……強大な魔力を持っているとは言い難い。

昔見たフリーレンに一撃で消滅された一般の魔族と大差ない。

だが、シュタアルだからこそわかる。大した魔力を出せないが故に感覚で理解できる。

 

―― 強い

 

「さて、少年、あまり時間もないので手早く行きましょう。忙しいのです。

 あなたのうしろのそれを渡してください。それは我らの物です」

「退くと思うか?」

「ええ、その人間自体は知りませんが……中にある物は我らの物です。返していただきましょう」

 

ルーエの状況を考えるに、彼女の黒い鱗と外殻を成している何かのことだ。

ここに至るまで、ルーエやフリーレンが言っていたリスクのある行動の話が頭をよぎる。

 

「姉さん……ちゃんと……あとで話してもらうからな」

「……申し訳ありません」

 

シュタアルの言葉に、ルーエは小さく謝罪した。そんな言葉を聞きたかったわけじゃない。

だが今はそれどころじゃない。眼の前にルーエを傷つけた存在が悪びれもせずに立っている。

許せるはずがない。何も考えられないぐらいに怒りがこみ上げる。

 

それでも心によぎる想いがある。

 

――『本当に大事なものは何なのかを決めろ。

  恐怖を知れ、お前は一体何を恐れる?

  お前のいちばん大切なものは何だ?

  それを守るために取るべき最善の行動はなんだ?』

――『格好いい所、見せてよ。お兄ちゃん!』

――『君の格好いい所、私達に見せてよ!』

 

そうだ、落ち着け……我を見失うな。そうやって一度ヴェノムに無様に負けたんだ……

 

―― 大切な人に、格好悪いところは見せられない!!

 

「姉さんは、お前のものじゃない! お前には渡せない、だから一歩だって退きはしない!」

 

覚悟を新たに、剣を構え直す。

もう間違えない。必ず守るのだ。

 

「シュタ……アル……様……っ!!」

 

背後から涙まじりにルーエの声が聞こえる。

 

「手早く行きましょう。私の名はレヴナント。 ”幽鬼なる復讐者レヴナント” です。

 お見知りおきを」

 

青白い髪の男は一気にシュタアルに詰め寄ってきた。

シュタアルもそれに呼応して一歩を踏み出す。

 

「レーヴァテイン!!残ってる魔力をありったけ持っていけ!」

 

そうして二人の影は交錯する。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

レヴナントと名乗った魔族は爪や手に形成した魔力の剣などを駆使して襲いかかってくる。

それを彼の愛剣である機剣レーヴァテインで受けて弾く。

途中腰に引かれた片手の掌が青白く燃えているように見えた。

 

ーー 受けるな!躱せ!

 

「ッッ!」

 

いつもの危機に呼びかけてくる声に反応して後転して躱す。

反り返した瞬間見えたのは青白い炎が一気に燃え上がる様子だった。

 

「……勘はいいようですね」

 

言い方から、今のは防御を無視するような何かだった……という事か……と分析する。

強い。勝てるかどうかわからない。だが……

 

背後で痛みに耐えているルーエを思えばここでは退けない。

 

祖父のアイゼンは言った。

無謀な戦いに挑み、勝てるはずもない戦いに挑むのでは勇気ではなく蛮勇だと。

恐怖を知り、大切なものを知り、守るために選択して行動することこそ勇気だと。

 

ならば今するべき事は明確。

退けない、死ねない、負けられない。絶対にルーエを守る!!

 

「レーヴァテイン!!」

 

バックステップで距離を取り叫ぶ。

シュタアルの叫びに呼応する様にレーヴァテインは振動し始める。

 

ヘカトンケイル戦から残った魔力と今までの時間で蓄積した魔力。

前回からすれば微々たるものだがそれでも――

 

「万象に乞い願う!!」

「ほう……?」

 

興味深げにしたレヴナントはその様子を見るように立ち止まった。

 

フリーレンから教えられた属性の相克関係を思い出しながら手札を選択する。

 

「火気を纏いし悪鬼を水気を用いて打ち払う!!」

 

工房のドワーフたちがシュタアルの為だけに作ったという機剣レーヴァテインの持つ機能、対象への対属性を蓄積するための呪文。

フリーレンは『いずれはイメージだけでできるようになる』と言っていたが、今はまだできない。

 

レヴナントから感じる魔力の気配から属性の方向性を定めて蓄積する。

いずれも得意ではない属性。

だが、今分かる情報で打てる手はこれしかない。

 

火気はシュタアルの得意な属性である金気に対して強い。

これに関しては身近な例で実感済みで納得せざるを得ない。

ならば無理を通してやって見せる。

 

川の流れ、静寂な湖の水面…… 水をイメージすることで剣に魔力が集まるのを感じる。

ヘカトンケイルを斬ったほどの力はでない。それでも――

 

「やってみるといい」

 

シュタアルの様子を見たレヴナントは余裕気に両腕を広げた。

 

「後悔するなよ!!」

 

集めた属性の魔力を全身に纏いながら一気に踏み込む。

まだ、生まれたばかりの拙い技。歩を踏み出し、魔力を込めて剣を振り抜くだけ。

 

だが――

 

「押し通す!!」

 

そうでなければ嘗て父を守って散っていったあの戦士の如く守りたいものを守りきれない。

選択を違えず、理想の剣筋を頭に描き、最短距離を最速で駆け抜ける。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

少年は、楔として差し向けたヴェノムを制した。

ヘカトンケイルも撃破したという。奇妙な少年だ。

強力な魔法を使うと思えなかったが、なるほど戦士としての素質は大したものだ。

 

そして目の前で行おうとしている行為には興味がある。

 

「押し通す!!」

 

その一声のもと、予想を上回る速度で切りかかってきた。

魔力で形成した剣でそれを受け、防ごうとしたが――

 

「……押し負けている……?」

「るああああああああああ!」

 

少年の使う剣は、当人から感じるそれとは比較にならないほどの魔力を帯びている。

レヴナントが受け流すために形成した青い炎の魔力剣が力負けして徐々に削られている。

 

そして何より魔力の相性の悪さを感じる。

 

「これは面白い……!」

「ぶった切れェぇぇ、レーヴァテインンンーーー!!」

 

その掛け声とともに、少年の剣はレヴナントの魔力剣を消し飛ばし、体を一閃する。

 

■鋼の心


 

全力の一撃はレヴナントの体へと一撃を加えた。

 

「素晴らしい……」

 

レヴナントは自らの身体についた傷跡を手でなぞる。

その一方で斬りつけたシュタアルは――

 

「が……あ……」

 

ルーエのすぐ隣に倒れ伏せている。

 

「シュタ……アル……様……、ごめ……ん……な……さい」

 

そんなシュタアルにルーエは懸命に左手を伸ばしている。

 

加えた一撃はその魔族を確かに斬った、胴から肩口に大きく開いた傷は人で言えば致命傷。

『驚きました』

ただ、魔族にとっては致命傷ではない。修復が必要なダメージの一種。

『魔族と戦う経験が足りませんでしたね』

という言葉とともに蒼い炎を纏った貫手はシュタアルの腹部を貫いた。

 

「ふむ、炎は瞬間的に展開した防御障壁で防いだ?

 あの状態から見事なものです。ヴィゾール!」

「レヴナント様、ご無事ですか?」

「問題ありません。女神の剣の様子はどうですか?」

 

ヴィゾールと呼ばれた魔族はレヴナントの背後に立った。

その姿は体中に包帯を巻いている。

 

外見からはわからないが、その魔族はシュタアルを一瞥したような仕草をしてから

レヴナントに語りかける。

 

「驚いたことに、反応がありました。

 その子供は……神の寵愛の候補者です」

 

その言葉にレヴナントは一瞬驚いたような表情を見せた。

 

「なんと……驚きました。今日は探し物が2つも見つかりました」

「どうなさるおつもりですか?」

「計画は変更です。アートルムを回収して撤収します。その少年は経過観察としましょう」

 

レヴナントは青い炎を手に宿しながらルーエの方にやってくる。

 

「待て……」

 

シュタアルは膝を震わせながら立ち上がり、よろよろとルーエの前に立ちふさがる。

 

「シュタ……アル……様……、もう……逃げて……ください……フリー……レン……様が……近くに……」

「こと……わる!!」

 

レヴナントは溜息を付きながらも淡々と告げる。

 

「少年、殺すつもりはありませんが、死なない程度に痛めつけても構わないのですよ。

 それの中の遺骸は召喚の触媒に必要なので持ち帰ります」

 

シュタアルはそれでも手を震わせながら立ちふさがる。

 

「ふざ……けるな……」

 

満身創痍の青年はまだ動く右手に剣を構える。

 

「姉さん……に……手を……だすな」

 

それを聞いたレヴナントはやれやれと言った様子で手に魔力を集める。

 

「そうですか。では少し痛い目にあってもらいましょう。

 憎んでいただいたほうが都合も良さそうです」

 

そんな魔族の言葉を無視してシュタアルは息も絶え絶えに叫び続ける。

 

――大事なことだ。間違えるはずがない

 

「お前ら……の……”物”……なんかじゃない!」

「何度も言わせないでいただきたいですね」

 

――そんな理由で奪われていいはずがない。

 

「ルーエ……姉さんは……大切な……人だ……」

「それは我々の所有物です。アートルムの遺骸は回収して帰ります」

 

――そんな理屈が通っていいはずがない

 

だが、レヴナントの手の平に構成された魔法はほぼ完成し、シュタアルに向けられる。

喉の奥に詰まっていた何かを咳と共に吐き出したら、それが血だったことに改めて気づく。

 

「……ルーエ姉さんは」

「今はさようならです。寵愛の候補者の少年」

 

その魔族が魔法を放つ。

 

「姉さんは……姉さんは俺のだ……!!

 お前らごときに……くれてやれるかぁぁぁ!!」

 

叫びとともに剣に力を込める。避けられずとも、受けられずとも、一撃を断ち切り効果を弱める。

そのつもりで剣を振りかぶろうとしたその時。

 

「―― よく耐えたシュタアル」

 

目の前に美しい銀髪がはためき、聞き覚えのある懐かしい……声が聞こえた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

その場に降り立った葬送のフリーレンは魔族の放った攻撃を障壁で防ぎ、シュタアルとルーエをかばうような位置取りで魔族の前に立つ。

 

「フリーレン……姉さんを……たの……む」

 

信頼できる人物の到来に安堵したのか、シュタアルは最後の力が尽きたのかのように膝から崩れ落ちた。

フリーレンが杖で地面をつくと、シュタアルの体は浮き、ルーエと寄り添うように横たえられた。

 

「わかったよシュタアル。君のことも、ルーエのことも全部任せて。

 ルーエ、君も辛いだろうけど、もう少しだから……シュタアルを見ていてあげて」

 

フリーレンは振り返ること無くルーエに言ったが彼女は何も答えなかった。

 

「来てしまいましたか。どうやら時間切れのようですね。

 はじめまして葬送のフリーレン。あなたのお噂はほうぼうからかねがね。

 私は ”幽鬼なる復讐者レヴナント” です。お見知りおきを」

 

紳士めいた立ち振る舞いでレヴナントはフリーレンに向かって一礼する。

 

「自分で二つ名を名乗るなんて随分高慢な魔族だね。そういうのは名乗らずとも知られているものだ。」

「人間流の礼儀というものを私なり模倣したのですが……違いましたか?」

「挑発の効果はあるようだよ」

「それは結構なことです」

 

その瞬間フリーレンはレヴナントに魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)を問答無用で撃ち放った。

それは背後にいたヴィゾールが障壁のようなもので防いだようだった。

 

レヴナントは数発の魔法を返してきたためフリーレンはそれを無言で防御する。

そこからしばらくフリーレンとレヴナントは互いに魔法を撃ち合った。

 

「不毛です。やめにしませんか?」

「逃がすと思ったの?」

「いいえ、お互い退き時というご提案です」

「私が許すと思うの?」

 

なおもフリーレンはレヴナントに強く出る。

 

「二人を痛めつけたんだ……相応の報いを受けさせる」

「素晴らしい、気迫ですね。よほど大事と見える。

 ですが、それ故にあなたは私を見逃さざるを得ない」

「……」

 

フリーレンは答えない。

 

「私達二人掛かりで葬送のフリーレンに勝てるのかどうかは未知数ですが……

 決着を目的に戦うなら……少なくとも、死に物狂いでそこの二人を絶対に道連れにします。

 それは貴方を攻撃することより最優先でやります」

「……」

「どうでしょうか?お互い撤退が素敵な案になりませんか?」

 

レヴナントの言葉にフリーレンは表情を変えない。

しかし、フリーレンの一瞬揺らいだ魔力に交渉の余地を感じた。

 

「”人として” 良識と常識のあるご判断をお任せします」

 

皮肉たっぷりに魔族は不敵に笑う。

 

(腹立たしいが……愚かしいプライドを持たない狡猾なやつだ)

 

合理性の塊。

強い魔族の大半は自分の力の誇示を好む性質にあり、大抵はそこに付け入る隙……一種の弱点のようなものがある。

もちろん、黄金郷のマハトやソリテールのような変わり者が居るため必ず……とは言い難いが。

 

こいつもその類だ。無駄なことはしないし、必要なことはプライドを捨ててでもやる。

幸いなのは、先の二人ほどの強力な魔族ではない様子であることぐらいだ。

 

上級の2体の魔族は厄介だが……おそらく勝てない相手ではない。

しかし、それはなりふり構わず本気で戦った場合の話……

 

倒れたシュタアルとルーエを守りながら本気で戦うことなど出来ない。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタアル! ルーエ!!」

 

フリーレンは二人の元に駆け寄った。

 

「フリーレン……様……申し訳……ございま……せん……私の……短慮が……招いた……事……です」

「良かったルーエ……喋らなくていい。帰ったらすぐに教会へ行こう」

 

傷だらけのルーエとそれを庇うように倒れているシュタアル……

 

よく見るとシュタアルの魔力の流れが妙だと確認する。

 

「シュタアル……、この子は……気を失いながら、ルーエに回復魔法を……」

「その……様です、近くに……横たえた……ときからずっと」

 

ルーエが若干ながらも持ち直している理由がわかった。

もちろん、片腕を落とされた痛みが消える訳がないが……

 

ルーエは……気を失ったシュタアルを胸に寄せて残っている左腕で頭を撫でている。

 

「フリーレン……様……奴らは、どうなりましたか?」

「……すまない、逃がしてしまった。ルーエ……君の右腕も……」

 

『遺骨は他で代用を効かせますが……霊体と高度に融合したこれは非常に良いサンプルなので持ち帰ります』

 

レヴナントはその腕を氷漬けにして持ち帰ってしまった。

どうやらここが妥協点、ということのようだ。

 

「ヴェノム……も……」

「ああ……」

 

その言葉にルーエは目を閉じた。

 

「申し……訳……ありません……」

「ルーエのせいじゃない。私の判断だ」

「しかし……」

 

フリーレンはそんな彼女の言葉を遮るように頭に手をおいた。

 

「ルーエ、君は本当によくやってくれたよ。

 でも無茶をしたのは、帰ってフェルンと一緒にお説教するからね。覚悟してね」

 

微笑みながらも頭を撫でると「子供扱いしないでください」と困った顔で彼女は答えた。

 

「さぁ、帰ろう。シュタルクとフェルンもこちらに迎えに向かっているらしい」

 

―― こうして壮絶を極めた峡谷の戦いは幕を閉じた。

 

■不敗の戦士


 

街に戻ってからシュタアルが目を覚ましたのは3日程経ってからだった。

彼に関しては体にある大小の傷はあったものの、自分でこまめに治療でもしているのかその点は問題にならなかったのだが……

 

完全なる魔力枯渇。

 

2度にわたるレーヴァテインの開放。

1回目はもともとチャージしていたものだが……2回目はほぼ自分の魔力を使っていたのだ、無理もない。

元々、長時間の戦いで枯渇気味だった所をほぼ全ての魔力を吸いつくされてしまった。

 

ただ、本来はそれでもある程度は残る。

精神と意識を保つために人は魔法使いに限らずある程度の微量の魔力を生じさせているのだが、それすらも使い果たして完全なる枯渇状態になった。

 

これに耐えるのはなかなか難しい。

 

シュタアルはそもそも大した魔法が使えないので魔力枯渇に慣れていなかったのだ。

拙いながらも女神の魔法にも精通した彼は、わずかに残った意識の維持を捨ててまでルーエの回復をするという離れ業を実現した結果……

結局、意識が戻るまでに魔力が回復するのにまる3日かかってしまった。

 

「シュタアル、目が覚めた?」

「フリーレン……ここは……? ヴェノムは……魔族は……」

 

まだ目覚めたばかりで虚ろんでいた中の状況確認をしていたが……

 

「ッッ!!」

 

シュタアルは目を見開き、急に起き上がった。

 

「姉さんは!?」

「大丈夫、ルーエは無事……とは言わないけど今は女神の教会で治療とフェルンが封印式の再構築中」

「……」

 

シュタアルは思い詰めた様に下を向いている。

 

「ルーエの封印の事だね。ごめんね、あの場で説明する訳にも行かなくて。

 君にはそろそろ伝えたほうが良さそうだ。簡単な事情は教えるけど……細かい話は本人から聞くんだ」

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

ようやく諸々の処理が完了した日、書斎……と言うなの自宅作業部屋でもって帰ってきていた不在の間に溜まった書類をシュタルクは眺めていた。

そんな中、ドアがノックされ、「どうぞ」と答えると……

 

「あなた……」

「父様ぁ……」

 

フェルンと娘のティアフォートが揃って部屋に入ってきた。

 

「どうしたの?」

「あの……兄様が……」

「シュタアルの事、お願いしたいのです」

「シュタアル? どうしたの?」

 

目を覚ました後、その時傍にいたフリーレンがシュタアルに事情を説明した結果、シュタアルは部屋を飛び出した……ということだった。

まずはフェルンや娘たちが先だろうと思い、落ち着いたら顔を見せる予定だったのだが……

 

「なんで?」

「フリーレン様に事情を全部聞いて、気を失う前のこと……全部思い出しちゃったみたいで……

 森の方に走っていっちゃいました」

 

ティアフォートの言葉を聞いた後フェルンの方を向くと、彼女は少し困ったような顔をして頷いた。

 

「うーん……そうか……」

 

シュタアルの話を聞いたシュタルクが考え込む。

 

傷が深かったものの、先に目を覚ましたルーエやフリーレンから経緯はある程度聞いた。

困ったことに、我が子の気持ちが手に取るように分かる。男の子はこういう時一人になりたいのだ。

 

―― 『俺の姉さんは、お前のものじゃない! お前には渡せない、だから一歩だって退きはしない!』

 

本人の前にそんな啖呵を切ったらしい。

それを語るルーエは嬉しげだったので……まあ、なんと言うか父親としては申し訳ない気持ちになってきたのだが……

 

(ごめんな、シュタアル……顛末を聞かざるを得なかったんだ)

 

素直で直情な性格ゆえ、ひねくれて反発はしないが……ああ見えて思春期真っ只中なのだ。

 

「そっとしておいてあげるのも手かと思ったのですが」

 

フェルンの表情は少し困惑気味という感じだ。いつも冷静な彼女が珍しい。

 

「かなり思い詰めている様子だったので、少し心配です」

「……わかった。とりあえず話聞いてみるよ」

 

そういうとフェルンは少し安心した表情を見せて

 

「はい、お願いします」

 

と笑った。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

いつもシュタアルとの訓練へ向かう時に歩いた道。

 

『すぐに、父さんにも追いつくから!!』

 

あの子が正式に訓練を始めたのは10歳になる少し前。ルーエやエアフォルクが来てから3年ほど立ってからだ。

元々、一緒に訓練をしたがっていたのだが、まだ体ができていないからと止めていたのだ。

 

いずれちゃんと教えるからという約束の元、フリーレンやライニに護身術という形で基礎を教えていた。

……まあ、それにしたってあの二人は随分と本格的なことを教えていて、ちょっと様子を覗いたときは唖然としたが。

 

根負けして、正式に教え子として直接指導を始めた日、この森の湖畔へ向かって一緒に歩いた。

専用の木刀を嬉しそうに持っていたことを昨日の事のように思い出す。

 

あの頃はまだ小さくて、シュタルクの腰ぐらいの身長しかなかったが、子供の成長は早いものだ。

 

フリーレンがフェルンの幼い頃を語る気持ちが今ならよく分かる。

愛おしくて仕方ないのだ……思い出の子も、今を歩む子も。

 

「湖畔の広場にはいないか……」

 

こういう時に魔力検知ができないと辛いな、とひとり思う。

戦士として気配を探ることは出来る。……が、流石に魔法使いのように能動的に探知は出来ない。

相手が動いた時、此方に意識を向けてきた時、そういう場合に気づくのだ。

 

おそらく何処かで一人塞ぎ込んでいるであろう子の気配となると視界で探したほうが早い。

 

自然と我が子との修行の最中に思いつく何らかの思い出のある場所を探してしまうのは親バカだろうか?

だが、多分シュタアルはそういう場所に居る気がするのだ。

 

「性格は変な所ばっかり俺に似ているからな……」

 

これはフェルンが聞くと眉をしかめそうなことだが、シュタルクとしては割とそう思っている。

 

『……絶対に追いついてみせるからさ。だからそれまで……みんなが言うように最強の戦士でいてよ』

 

ふと、ちょっとした訓練の合間で交わした会話を思い出す。

 

「ああ、そうだ……釣りをする川辺の岩場だ!!」

 

そう思ったシュタルクは急いで川辺に向かった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

いた。青紫の髪の少年が一人、川辺の岩場に座っていた。

大きな岩場の上、あぐらを組んで座るシュタアルは、空を眺めている。

 

ゆっくりと近づいていくと、シュタアルはピクリとも動かずに

 

「……どうしたの、父さん?」

 

驚いた。気配は十分に消して音も立てずに近づいたのだが。

少し驚かせるのも面白いかなという……くだらない悪戯のつもりが、逆に驚かされた。

 

「気づいてたのか……」

「森から顔出してからずっとこっち見てたじゃん」

「そうか……」

 

男子三日会わざれば何とやらというやつだ。

少し目を離した隙に、シュタアルは随分と成長した。

 

「本当に末恐ろしいわ」

「……何が?」

「いや、なんでもない」

 

本人が、気にしていない辺りが恐ろしい。

 

「普通……あんなに離れてて見てたなんて気づかないぞ」

 

とシュタルクはボソリと呟いた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「なんで飛び出したんだ? 母さんも、ティアも心配していた

 フリーレンは……ほおって置いていいって言ってたけど」

「……フリーレンは、今回のこと色々見てたから。

 でも、まあ……何か……一人になりたかった」

 

普通に、受け答えすることに少し安堵する。もっと深く落ち込んでいるのかと思った。

 

「ちょっと安心したよ。顛末の報告を聞いた時は、母さんと一緒に少し青くなった」

 

ちなみにフェルンはあまりの事態にいつもの表情のまま気を失いかけた。

まあ、ルーエやシュタアルの状態を見た上で、その現場の顛末を聞いたら母親の反応としては致し方ない。

相当心配していたのだろう。

 

「ルーエを守れなかったことか? それとも他のことか?」

「……っ!!」

 

回りくどいのはお互い戦士の流儀じゃない。確信からついていこうと思って問いかけたらシュタアルは憮然とした顔で振り向いた。

 

「……わかってても普通もう少し気を使わない?」

 

そんなふうに答える我が子に苦笑しながら隣に腰を下ろした。

 

「釣りの道具持ってきたら良かったな」

「……なんでだよ」

「まあ、落ち着けって。今日は時間あるからゆっくり話そうぜ」

「……」

 

否定の声を上げないのは了承と見てシュタルクは話しかける。

 

「フリーレンやルーエから色々聞いたよ。あと近隣の村の証言とか諸々」

「姉さん……なんか言ってた?」

 

やっぱり、気にするのはそこなんだな……内心で思う。

表情に出すと多分この子は拗ねるだろうから。

 

「お前は頑張ってたって、一流の戦士でもなし得ないことをやり遂げたって誇らしげに言っていたよ」

「……」

 

一瞬、目を丸くしてからシュタアルはまた俯いた。

 

「結果論から言うと、お前のやったことは本当にその通りだよ。あれほど甚大な被害を出す可能性のあった計画を潰した」

「でも、たくさんの人が死んだ……」

「お前のせいで死んだわけじゃない」

「助けられなかった……」

「その場には責任者としてフリーレンもいた、ルーエだってついてた、お前のせいじゃない」

 

徐々に涙ぐむように、嗚咽が混ざってくる。

 

分かるよ、言いたくないよな、認めたくないよな……

 

「……」

 

シュタアルは一度唇を噛み、震える声を落ち着かせようと努めている。

 

「……ヴェノムを取り逃がした……魔族にも、手も足も出なかった」

「それは仕方ない。本来お前一人で相手するもんじゃない」

 

「街がピンチになったときも何も出来なかった……」

「それぐらいは、父さんと母さんに華を持たせてくれよ……」

 

シュタアルの頭に手を乗せて撫でると……珍しく嫌がらない様子だった。

少しの間撫でていると、シュタアルがしがみついてきた。本当に珍しい。

 

でも痛いほど分かる。泣いている顔を見せたくないのだ。

 

「……だから、せめて、ルーエ姉さんだけでも……大事なものは絶対に守りたかったのに……」

「そうだよな、お前ならそう思うよな……」

 

決壊した感情は止まらず、嗚咽は涙へと変わりシュタアルはしばらく泣いていた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「落ち着いたか?」

「うん……」

 

泣き腫らしたあとが少し赤いが、シュタアルはやっとこちらを向いてくれるようになった。

 

「ルーエ姉さんは……どうなるの?」

「いつも通りだ……回復したら、仕事に戻る」

「でも右手が……」

「本人でどうにかしたよ。まあそのへんは後で当人に聞くといい。お前が心配するよりずっと元気だよ。

 ちなみに、お前なんか言った?」

「???」

 

シュタアルの話をする時のルーエは随分と嬉しそうで、少し照れくさそうだった。

フェルンは若干頭を抱えていたが。最終的には当人の判断に任せると言って納得していた。

父親としては何も言うことはない。特に文句の付け所も無いもの。

 

「何の話?」

 

―― 前言撤回。フェルンゴメン、ルーエはいいとしてもシュタアルがダメかもしれない。

 

「いいや、とりあえずそれは後にしよう」

「うん……?」

 

とりあえず、言いたいことは言わせてもらおう。

 

「お前が、色々上手くやれなくて悔しい気持ちはわかるよ。俺も昔から自分の力不足で悔しい思いをしたことがあるからな」

「……」

「父さんが不甲斐なくて、母さんやフリーレンを危険にさらしたことがある。今考えてもゾッとする。二人の機転やめぐり合わせとかいろんなものに助けられて今ここにいる」

「……そうなんだ」

「力及ばないこともある、その時はいつも誰かに助けてもらった」

 

どんな勇者も英雄も一人では戦えない。誰かに支えられている。

一人だけでなせることには限界がある。だから仲間と共に過ごし絆を結ぶ。

 

「お前が頑張ったから、ヘカトンケイルが街を襲う時、俺とフェルンが間に合った。だから街は救われた。そういうの全部ひっくるめなんだよ」

 

もちろん、兵士の皆さんも頑張ってくれたからねと補足するのは協力を要請した領主的な意見だが。

 

「だから、力不足に悔しがってもいいけど……生んだ結果に後悔なんてするな。

 それじゃ、明日を笑顔で歩めなくなる」

「……」

 

シュタルクは納得がいかなさそうな息子の頭をくしゃくしゃと撫でた。

今度はちょっと嫌そうにその腕を取って止めた。どうやらいつもの調子が戻ってきたらしい。

 

「お前は負けてないよ」

「……どういう事?」

「シュタアル、お前が悔しがっているのはお前がまだ負けてない証拠だ。

 お前がまだ、勝利を掴むことを諦めてない証拠だ。だからお前はまだ負けてない。諦めてないからな。戦士は倒れない限り負けてないんだぜ」

 

シュタアルは呆気にとられた表情をした後に小さく吹き出して笑い出した。

 

「なんだよそれ……無茶苦茶だ。それじゃいつまで経っても負けないじゃん」

「いいんだよ、それで。戦士ってのはそういうもんだ」

 

納得したかどうかはさておき、シュタアルは肩の力が抜けたように背後に倒れて岩の上で寝転んだ。

 

「……負けず嫌いの子どもの屁理屈みたいだ」

「そうか?師匠が修行の合間に言うのはいつもそんなもんだったよ。

 言われた時は脳まで筋肉みたいになった理屈だと思ったけど……そうか、子供の屁理屈か……新しいな!!」

 

「……馬鹿みたいだけど、言いたいことは判ったよ」

「そっか、良かった」

 

空を見上げるシュタアルの顔から迷いのようなものが落ちていたような気がした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルク様、シュタアルは?」

 

家に戻った時フェルンからの第一声はそれだった。

 

「ああ、釣りの岩場に居た。少し話したら落ち着いたみたいだ」

「そうですか、良かった。一緒に帰ってこなかったのですか?」

「ルーエのところに行くって。謝ってくるって」

 

というと、「謝るって……」とぼやきながらフェルンは眉間に手を当てる……

 

「気持ちはわかるけど、俺達の子を信じてあげて」

「そういう面でシュタルク様の血を色濃く受け継いでいるので殊更に不安なのです」

「言い方酷くない?」

 

フェルンは両腰に拳を当ててそう言ってくるが、シュタルクが怒られても何も言いようがない。

投げられたサイの目より何が出るか分からないのだ。

 

「あの子……ドサクサに紛れて何を言ったのか理解しているでしょうか……」

 

それに関してはゴメン、フェルン。100%何も理解してないよとシュタルクは窓の外を見ながらしみじみ思う。

 

■君の笑顔と僕の明日と


教会は女神の魔法を使える神官と共に、医学の心得のある者が数名在籍しており医務施設が併設されている。

治療と医療は常に横並びについて回るためだ。特性上、両方できる者もある程度いるが、教会運営もあるため誰でもそうとは言えない。

 

「シュタアル、ついに……来たのですね」

 

教会の神父さんにルーエの病室を聞いたら、なんか微妙な言い方をされた。

 

「え、なんでそんな言い方するの?」

「いえ、特に意味はありませんよ。シーツは……清潔なものを選んでおきました」

「そうですか……? ありがとうございます?」

 

ルーエの入院している病室の前まで来た時、エアフォルクに出会った。

 

「シュタアル。起きたのか。体に問題はないか?」

「うん、大丈夫。このとおりだ」

 

腕をまくり、力こぶを作るとエアフォルクは「そうか」と安堵した表情を見せた。

 

「起きてすぐに何処かへ飛び出していったとフリーレン様から聞いたが?」

「……ああー、ちょっと……考え事があって」

「そうか、考え事か。そういう時もある。まあ、あまり無理はするな」

 

こういう時に深く追求してこないのは実にエアフォルクらしい気遣いだ。

表情から察したのか、すぐに話題を切り替えてくれる。

 

(こういうところが、今の父さんの参謀的にやっていける所以なんだろうな)

 

と、しみじみ思う。

 

「妹は病室にいる。念の為にの入院で実際はそこそこ元気だ。

 今は起きていて退屈そうにしているから話してやるといい」

「うん、ありがとう」

「ああ。新しい着替えと下着も準備しておいて良かった。人払いも任せておけ」

「……兄さん何言ってんの?」

 

必要とも思えない情報を聞かされ困惑していると、エアフォルクはシュタアルの肩に手をおいて

 

「後は任せたぞ」と言いながら親指を立てて去っていった。

 

「……」

 

何かを任された。今日のこの後の姉さんのお世話とかだろうか?

そんなふうに思いながら病室のドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

という返事はいつもの鈴を鳴らしたようなよく通る聞き覚えのある声だった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタアル様、目を覚まされたのですね」

 

華やぐような笑顔でむかえてくれたルーエを見て安堵をしたが……

 

「うん。なんとか。

 いや、寝てただけなんで実感ないんだけど」

「3日間も目覚めること無く寝続けていると流石に周りも不安に思いますよ。

 ティア様やエリシア様はもう起きることないんじゃないかと相談しに来ました」

「それは……あとで、フォローしに行きます」

「甘えさせてあげてください。お兄さんなのですから」

 

ルーエは右手を口元に当ててくすくすと笑う。

 

「……姉さん、その右手……」

「ああ、これですか?」

 

彼女はなんの気なしにしているが、此方としてはどうしても気にせざるを得ない。

レヴナントの1戦で彼女は右腕を奪われた。それは言葉の通り、奪い去られてしまったのだ。

 

「流石にないのは不便ですので」

「……それは、そうだけど」

 

シュタアルが言い淀んでいるのは彼女の右手の形状によるものだ。

彼女の右手は鱗に覆われた人間の腕や手とは異なる外見をしている。

もちろん、形状的には人の腕のそれだが……

 

「私の中にあるものの力を借りて再生しました。形はかなり人に寄せることが出来たので……後は外側を服や手袋などで隠せば問題ないでしょう」

「……触っても大丈夫?」

「どうぞ」

 

ベッドの隣に備え付けられた椅子に座り、差し出された彼女の右手を取った。

少し冷たく、見た目通りすべすべした手触りは、言い方が悪いが……外殻の丈夫な爬虫類の様な手触りだ。

 

「……」

「シュタアル様……一応、見た目以外は普通の腕ですのであまり、二の腕辺りまで触り回られると……」

「ああ、ごめん!!」

 

椅子から飛び退くようにその手を離して立ち上がる。

 

「あっ……」

 

握っていた手を手放した際にルーエは小さな声を漏らした。

 

「ね、姉さん。それより、約束したこと……説明して欲しいんだけど」

 

なんか変な気持ちになりそうになったので佇まいを慌てて直しながらこの場にやって来た目的の1つを聞くことにした。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「フリーレン様からどこまで聞きましたか?」

「姉さんがこの街に来た時、その体が呪われてて……母さん達が構築した封印術式でその力を抑えているって事と……それ自体はものすごい力があって協会に目をつけられかねない状況ってこと」

「フリーレン様らしい実用情報にだけ着目した説明ですね」

 

ルーエは苦笑いをしながら答える。

 

「俺が駆けつけたとき、腕が変わってたり、背中に翼が生えて服が破けていたのは」

「……私は一時的にその力を開放して使うことが出来ます。もちろんリスクがあるので使うべきでないといえばそうですが」

「うん……」

 

ヴェノムを確実に仕留めるためにそれだけの力が必要だった……ということだろうか。

 

「どこからお話しましょうか?聞きたい事はありますか?」

「じゃあ……アートルムって何?」

 

まずは、レヴナントが拘っていたことから聞くことにした。

 

「アートルムは、私の中に混ぜられた魔物の名前です。

 古い原種の竜ですね……正確には魔物ではないそうですが……実態としてはそう変わりありません。

 そういう種族ではなく、たった一匹だけいたそういう名を持つ世界に混沌をもたらす竜だと」

「そんなとんでもないやつが……」

「実際はもう随分昔に死んでいて、実態はわかりません。私に混ぜられたのはその遺骨です」

「遺骨……」

 

竜の遺骨というのは、ある種最高の魔法の材料だ。

鉱石化したものは、一般に言う「オリハルコン」と呼ばれる現存する最高素材とされる。

あらゆる加工素材の鉱石と適合し、合金化することで驚異的な強度や魔力特性をもつ。

 

魔物は骨も残さず、消滅することが多い。

そのため、竜の遺骨は原種の竜により生み出された非常に貴重なものだ。

 

「レヴナントがやけにこだわったのは……」

「伝説級の竜の素材を何らかのアーティファクトとする予定だったようです」

 

そうか……つまりあの魔族はそれを何かの儀式に使う為に姉さんを執拗に狙ったのだ。

 

「姉さんがそもそもなんでそんなものを……?」

「話すと長くなるので……今度説明しますが、私を呪った魔族との戦いの末に致し方なく……という事情です」

「……」

「私はとある事情で細かい部分まで話せないので、今度兄さんが居る時に説明しますね」

「判った」

ルーエは掌にいつもの球体を作り、糸をしゅるしゅると出して花の形を作る。

 

「私はその魔族に魔法の実験台とされました。その魔法が『眷属化の魔法(ヴェアヴァンシャフト)』です。対象の生体の肉体と魔力の結びつきを曖昧にし、術者の望む形に作り変えるもの。」

 

糸で作られた花は、徐々に変形して蜘蛛の様な形状になってから、崩れて消えた。

 

「その中で、分解して魔力となった魔物と人を融合させると……という発想だったんでしょうね」

「……」

 

糸を出す魔法を教えられないと言われた理由は要するにこれが原因だったのか。

シュタアルには使えない理由は魔物の特性を利用した方法だったからだ。

 

「皮肉なことに、それが上手く行き過ぎた事が……その魔族の敗因となりシュタルク様やフェルン先生により魔族は討たれました」

「姉さん……その……」

 

話を聞いて言いづらそうにしているシュタアルの顔を見たルーエは、少し微笑んでから言葉を続けた。

 

「シュタアル様がそんな顔をすることじゃないですよ」

「それはそうだけど、でも姉さんは……」

「大丈夫です」

 

ルーエは薄く微笑んだ。だが……

 

「……嘘だっ!!」

 

思わず語気強く叫んでしまった。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

それからしばらく、ルーエは黙り込んでしまった

シュタアルも内心壮絶に焦ってしまっている。今のは……失敗した。

わかりきっている話だ。大丈夫な訳が無い……ルーエの精一杯の強がりだ。

それを受け入れて、その上で返すべきだった。

 

「……姉さん、違うんだ……ごめん!!」

「いえ……、シュタアル様、いいんです……」

 

ルーエは手元にあるシーツを強く掴む。

その仕草は彼女の心情を如実に表しているような気がした。

 

「そうですね……嘘です……」

「……姉さん」

「私には5層の封印があります。封印を解くたびに封じられている力を強く呼び出せます。

 その代償として、人ではなく、魔物に近い存在になっています」

「俺が見た時にやったのは……」

「第2層までの開放を行いました。フリーレン様が言いましたよね、4層以上は片道切符だと」

 

ヘカトンケイルが街を襲おうとした時にルーエがやろうとしたこと。フリーレンが強く止めたこと。

 

「うん……」

「そこまで行くと私の精神が魔物側に寄せられもう人の姿に戻れなくなる……と思われます。無論……やったことはありませんが」

 

戦いの中、ルーエは魔物化した兵士たちはもう戻れないと言っていたが……つまりはそういうことなのだと理解した。

精神の在りようと肉体の在りようは強くリンクする。

人が魔物の姿に変わった時、人として正常な意識でいるのはほぼ不可能なのだ。

 

「腕や、翼が生えた程度ではまだ人である認識が保てます。

 しかし、変化している最中。それが当たり前のような感覚にも陥りました。

 それがリスクなのでしょう、そして変化するたびに心理的リスクまで下がってしまっている」

「姉さん……」

 

ルーエはベッドの上においていたシュタアルの手を恐る恐る触ってきた。

鱗で形成されたそれには熱を感じない。少し冷ややかな指先。

 

「私は……それが怖いです……」

 

人でなくなることの恐怖と、それを恐怖として感じられない恐怖……それが如何なることなのかはシュタアルにはわからない。

 

「……でも、1つ嬉しかったことが在りました」

 

沈痛な面持ちの中彼女はそう言って薄く笑う。

 

「嬉しかったこと?」

 

この状況の中、ルーエが嬉しいと思うことはなんだろうか?

無事……とは言えないが、命が助かったこと?なんか違う気がするな……そんな事を考えながらシュタアルは首をひねる。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「はい。窮地にシュタアル様が仰ってくれた事が……

 とても嬉しかったので。その言葉が今の私を支えてくれています」

「うん……」

 

―― やべえ ――

 

優しい笑みを浮かべるルーエを前にシュタアルの心に浮かんだのはその一言だった。

 

先程の激重な告白に対抗する1つの嬉しかった出来事が自分の発言だとルーエは言う。

有体に言って……全然心当たりがない………

 

背中に油汗が滲むのが分かる。

『俺なにか言ったっけ』なんて言おうものなら命の危機に関わる。

そんな気がする。

 

「ね、姉さんが元気になったのなら、言って良かったよ」

「はい……」

 

目線を少し落として顔を赤らめながらルーエは頷く。

 

(めっちゃ嬉しそうでいらっしゃるぅぅぅぅ!)

 

ヤバイヤバイヤバイ、思い出せ。何を言った。

ルーエ姉さんとの会話で記憶があやふやなのは……

 

「レ……レヴナントと戦ってたときのやつだよね」

「はい」

 

ビンゴ!セーフ!あの時!俺!何言った!?

 

そう、ダメージと魔力で意識が朦朧としていた。

なんか、理性が吹っ飛んで本能だけで受け答えしてた気がする。

 

いつもの心の声はこういう時何も答えてくれない!

 

「あの時、レヴナントが身柄を渡せと言っていた時の事です」

「ああ、あれね……」

 

そうだ、なんか無茶苦茶腹が立って、我を忘れて叫んでいたような……何を言った!?

 

――『それは我々の所有物です。アートルムの遺骸は回収して帰ります』

 

あ……れか。

その一瞬。記憶の扉が開いた。

 

――『姉さんは……姉さんは俺のだ……!!

   お前らごときに……くれてやれるかぁぁぁ!!』

 

言った。なんか言ってる。俺言っちゃってる。

 

「シュタアル様が、私のことをそう思ってくれているのが……本当に嬉しかったのです」

 

両手をあわせて、シュタアルに微笑みかけるルーエ。

 

その時、まるで運命の鐘が打ち鳴らされるかのように、教会の鐘が リーン・ゴーン と荘厳に響き渡った。

 

ちょうど昼前に訪れたので、本当にただの偶然の出来事。

その音は福音の鐘のように大気を震わせ、世界が静かに二人だけを包み込み……

 

……己の置かれた状況をようやく完全に理解したシュタアルは息を飲んだ。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルク様……」

「何?」

「本当に行かせて大丈夫だったと思いますか?」

 

というのはフェルンの言葉。

 

「わかんない……」

「わからないのですか……?」

 

ちょっとフェルンが怒ってる風だったので、話題の角度を変えてみる。

 

「仮にさ……仮にだよ。俺がフェルンにそういうこと言って、覚えてませんでしたとか、そんなつもりありませんでしたって後から言ったらフェルンならどうする?」

「それは、その言葉を100%信じた後の話でいいですか?」

 

なんかフェルンの目が笑ってなくて怖い。

 

「そんな感じで……」

「シュタルク様ならそんなことはないと完全に信じていますが」

「うん」

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)一発では気持ちが収まらないかもしれません」

「……うん、そう」

「はい……」

 

表情を変えずにそう述べる妻になんとも言えない顔をしたシュタルクはパンと手を叩く。

 

「……フェルンさん、教会の前に喫茶店あるじゃん。あそこの紅茶がやたら飲みたい」

「……いいですね。行きましょう」

 

そんなことを言いながら夫婦はいそいそと外へ出かけた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

シュタアルは困惑していた。なんならヘカトンケイル3体が街に迫っていたときよりも。

 

自分の無意識で言った言葉で、ルーエ姉さんが喜んでくれている。

それこそ自身の命に関わるリスクを帳消しにするという喜びと言われるとどうすればいいんだ?

 

いや、言ったのは思い出した。言ってないなんて言わない。だけどなんでそんなこと言ったのか自分でもわからないのだ。

 

「あの……姉さん……」

「はい、なんでしょうか?」

 

声は明るい。この期待を裏切るようなことはしたくない、だけど嘘も付きたくない。

 

「あの……あの時、俺、レヴナントに言ったのって……」

 

顔からダラダラと汗が流れ出る。言うしかない……

 

しかし『よし、言おう!』と思った瞬間、先に口を開いたのはルーエだった。

 

「『なんであんなことを言ったのか……自分でもわからない』ですよね?」

 

先回りされたシュタアルは次に言うべき言葉を見失うことになる。

 

「え……?」

 

そんな最中、ルーエは面白そうに微笑みながら言葉を続ける。

 

「先ほどから、たどたどしい仕草だったのでそんな事だと思いました」

「いや……でも姉さんは……すごく嬉しそうだったから。俺は……」

 

そんな、感情を持ってない言葉でいいのか?

あの時どんな意思でその言葉を言ったのか自分でも説明できない。

 

「シュタアル様は、あの瞬間、私を騙すために嘘をついたのですか?」

「え……?そんな事は……」

「あの時、心にもない言葉を出せたのですか?」

「……判んない」

 

ションボリしたシュタアルは、出せる手札がない。ルーエの言われるがままだ。

 

「だったら、やっぱり……私はそれが嬉しいのです」

 

あとは、そうですね……とルーエは付け加える。

 

「思ったことをまっすぐに言ってしまう所も。

 隠し事が下手な所も。可愛いらしくて……私は好きですよ」

「ぬぁッッ!!」

 

そう、楽しげに微笑む彼女の笑顔が美しいと。

それ以外の感想をシュタアルは持てないでいた。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

「シュタルクにフェルンは、なんでこんな所で神妙な面持ちのお茶会しているの?」

 

というのはフリーレンの言葉。

 

「え……いや、休日だから……デート?みたいな? なあフェルン」

「概ね……そんな所です」

「そうなんだ。

 もっと楽しそうにしたら? 店員さんがちょっと可哀想だよ。

 あと、シュタアルはルーエのお見舞いにちゃんと行った?」

 

いきなり核心に迫るフリーレンの言葉にシュタルクは咳き込んだ。

 

「一応……行ったけど……」

「なんで言い淀んでるのさ」

「いや……我が子の行く末と言うか明日が心配というか」

「???」

 

シュタルクの言いようがいまいち判らずフリーレンは首を傾げていると

先程から言葉少なく遠くを見ていたフェルンがフッと笑みを漏らした。

 

「シュタルク様……どうやら丸く収まったようです」

「え?どういう事?」

「ルーエが一枚上手だったようですね」

「いや本当になに?」

 

フェルンの事情を知ったるという言い様にシュタルクが疑問を抱いていると、フリーレンは思い当たるフシがあったのか。

 

「フェルン、病室の覗き見は良くないよ!」

「え、そうなの?」

 

どうやら、何らかの方法でフェルンは病室の状況の覗き見していたようだ。

 

「シュタアルは未成年ですので、親としては監督責任があります」

「フェルン……もしそういう事があったらどうするつもりだったのさ……」

「いやフリーレンそれはないよ、流石に……ないよね?」

「……シュタアルは未成年ですから私が監督してちゃんと見ていますよ」

「ねえ、やめてあげて!そこまで監督されたら可哀想!」

 

そんな騒がしい領主夫婦を喫茶店の店員は紅茶2杯でどんだけテラス席に居座るつもりだ。

と思いながら見ていたという。

 

✧ ✧ ✧ ✧

 

窓の外がやけに騒がしいと思って外を見たらなんか父と母とフリーレンが騒いでいた。

 

「何やってるんだあれ?」

「さあ、何でしょう。今日は休日ですから御夫婦でデートではないですか?」

「フリーレン連れて?」

 

と言うと、ルーエは嬉しそうにクスクス笑う。

いつも涼し気に冷静な顔でいる姉だが今日は重い話をしていた時以外はずっと上機嫌だ。

 

いつもそんな顔をしていれば、きっと辺り一帯でも話題になるぐらいに引く手あまただろうに……

 

と思って顔を見ていたら首を傾げられたので慌てて目を逸らした。

……いや、そんなのいらない。他のやつは判らなくていい。

 

結局、眼の前にいるルーエにはあれやこれやは見抜かれてしまっているようで

 

「どうかしましたか?」

「いやなんでもない……」

 

ついでに言うと、思わず漏らした大泣きの姿すら見られてしまっていて

 

「そうですか……シュタアル様は明日からどうするのですか?」

「そうだな……とりあえず、ティシュレー爺さんに借金しているからしばらくは色んなところで手伝いしてお金貯めながらまた勉強と修行かな?」

 

普通に考えて、敵う訳がないのだ

 

「そうですか、頑張ってください」

「うん、またちょいちょい様子見に来るよ。なにかその時持ってきて欲しいものある?」

 

ただ、1つ判ったことはある……

 

「―― シュタアル様が笑顔で来てくれるなら、それで十分ですよ」

 

未熟なこの身にも、守ることが出来たことがある。

 

「……まあ、なんか心がけてみるよ……」

「ふふっ、お願いしますね」

 

―― 大切な人の笑顔が守れた

―― それは胸を張ってもいいのかもしれない。

 

そうしてまた彼は来る明日に向けて歩き出すのだった。

 

~ 報復の猛毒は英雄詩を謳う <Revengence of Venom> FIN and to be continued ~

 




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