NieR:Automata JUSTICE   作:うぇいかた

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Phase17 「渇望」

 

バンカーの心臓部“ブリーフィングルーム”へと続くメイン回廊。

アスランとメイリンは、案内役を務める16Dの後ろ姿を追いながら静かにしつつ確かな緊張感を持って歩を進めていた。

 

「……司令官や他の隊員たちが、情動モジュールのオーバーヒートから回復しました。なので、気を取り直して“歓迎の式典”で正式にお迎えしたいとの事です」

 

16Dの声は、先ほど11Bに胸ぐらを掴まれて、罵声を浴びせられていた時とは打って変わって凛としていた。その歩調には、まるで不純物を削ぎ落とした刃のような鋭さと、迷いのない熱情が宿っている。

 

 

「……そうか。ならばいいんだが」

 

アスランは彼女の背中を見つめながら、先ほどの11Bとの惨憺たるやり取りを反芻していた。あの下卑た罵声、ヨルハという組織の底に溜まっていた「感情」の膿。

 

今の16Dからは、かつて憧れの先輩と呼んでいたはずの11Bに対する未練や、傷ついた乙女の面影は微塵も感じられない。

 

 

(……もはや、眼中にすらないのか)

 

彼の直感は正しかった。16Dにとって、11Bという存在はすでに「フォーマット済みのジャンクデータ」に等しい。あのような汚い言葉で「人間様(かみさま)」を侮辱した存在は、彼女のニューラルネットワークにおいて「敵」ですらなく、ただの「ノイズ」として処理されたのだ。

 

「あの、16Dさん。さっきの、その……11Bさんのことなんですけど」

 

メイリンが、おずおずと問いかける。16Dにとって、11Bは「恋人」と称するほど親密な間柄だったはずだ。あのような凄惨な一方的な罵詈雑言の嵐を経て、彼女の精神状態が正常であるはずがないと直感で案じていた。

 

しかし、16Dは足を止めることなく、ふっと穏やかに微笑んだ。

 

「11Bですか? ……ああ、あの『不良個体』のことなら、もう気になさらないでください」

 

その言葉には、悲しみも、怒りも、ましてや未練の欠片すら含まれていなかった。あるのは、使い古してボロボロになった消耗品を、ようやくゴミ箱に捨て終えた後のような、清々しいまでの「無」だ。

 

「……不良個体?」

 

「はい。“アスラン様”と言う、この宇宙で最も尊く純粋な『光』を前にして、あのような下劣なバグを露呈させた……。それはヨルハ機体としての存在意義を自ら放棄したも同然です。正直に言えば、あんな“クソゴミ最低ビッチ腐れマ⚫︎コ女”が私のパートナーだったなんて、今の私には理解不能な論理エラーにしか思えません」

 

 

16Dは振り返らず、透明感のある声で答えた。彼女の瞳には、かつての恋人への情愛の代わりにアスランへの病的なまでの「崇拝」が高熱のレーザーのように宿っていた。

 

「……今の私は本物の人類であるアスラン様のお側に立てる。その誉れだけで全回路が幸福な熱量で満たされています。……あ、メイリン様もですよ? アスラン様を支える慈悲深き乙女として私たちヨルハの指針になってくださいね」

 

「あ、はは……。どうも、ありがとうございます……」

 

メイリンは引きつった笑いを浮かべ、アスランの袖をぎゅっと握った。

 

(アスランさん……この子、11Bさんよりはマシだけど、方向性が違うだけでやっぱりヤバいよ……!)

 

(……ああ……。妄執が別の妄執に塗り替えられただけだ。この基地の連中は全員が『極端』すぎる)

 

二人は小声で囁き合うが、16Dの聴覚センサーはそれを「神々の睦まじき密談」としてポジティブにフィルタリングしていた。

 

回廊を進むにつれ、2人は空気の密度が変わっていくのを感じた。

 

整列した隊員たちの放つ「期待」と「緊張」が、物理的な圧力となって肌を刺す。かつてザフトの赤服として持ち上げられた時、オーブの式典に臨んだ時とも、プラントで議長の隣に立った時とも違う、異様な感覚を覚えていた。

 

ここにあるのは、政治的な駆け引きでも、軍事的な儀礼でもない。

それは数千年の絶望を煮詰め、たった2人の「人間」という偶像に注ぎ込もうとする狂気の宗教儀式に近い何かだ。

 

アスランとメイリンが通り過ぎる瞬間、ヨルハたちの視線が追尾レーザーのように2人の背中に突き刺さる。微かなファンノイズすら殺し、彼女らは「神」の存在を網膜に焼き付けていた。

 

「……アスランさん、なんだかさっきより空気が重いよ。みんな怒ってるのかな」

 

メイリンが彼の腕をぎゅっと掴み、小声で囁く。

 

「いや……怒りじゃない。これは……」

 

彼は父“パトリック・ザラ”がプラント最高評議会議長として民衆の前に立った時の熱狂を思い出していたが、これはそれよりも遥かに重く危険な何かだ。

 

「……期待、そして『渇望』だ。俺たちが彼女達の期待に応える『神』である限りこの静寂は保たれる。だが、もし俺たちがその枠を外れたら……」

 

 

「……。」

 

メイリンは生唾を飲み込んだ。

 

16Dはアスランの不安を察したのか、優雅な所作でブリーフィングルームの巨大な重厚扉の前で立ち止まって2人の方へ振り返る。彼女の頬が微かに赤らみ、瞳に狂信的な悦びに満ちた光が宿った。彼女は“11B”という過去を完全に捨て去り、今は“アスラン・ザラ”という新世界の「絶対座標」に自らのブラックボックスを接続しようとしていた。

 

 

「アスラン様、メイリン様……どうぞ中へ。……ここから先は、私たちアンドロイドが数千年夢にまで見た『約束の場所』なのですから」

 

 

「……行くぞ、メイリン」

 

 

重厚な扉が荘厳な音を立てて左右に開かれた。

 

 

 

 

◇ー ブリーフィングルーム ー◇

 

 

扉が開いた先には、現実感を喪失させるほどの巨大な円形ホールが広がっている。冷徹なまでに磨き上げられた床には、立ち並ぶヨルハ隊員たちの影が鏡のように映り込んでいる。

 

正面最奥の壁には、バンカーの支配権を示す巨大なモニターが鎮座していた。

 

そこには青く美しい世界地図が映し出されている。その上部には神への奉納文のごとく、黄金の輝きを放つテキストが常にスクロールし続けていた。

 

Glory for the Mankind(人類に栄光あれ)

 

 

モニターの右側には地上で活動しているはずの全ヨルハ部隊員の顔写真とバイタル、活動状況がリアルタイムで流れている。

 

今この瞬間、そのデータの主たちは全員、この部屋に集結していた。

地上拠点や前線に散っているはずの全個体が2人の人間を迎えるためだけに衛星軌道上のこの一点に集結させられている。

 

その数は100を超える。

整列した彼女たちの軍靴の音一つせず、精密機械の駆動音とファンノイズが微かに混ざり合い、異様な低周波となって空気を震わせている。

 

その中央の終着点に彼女はいた。

 

ヨルハ部隊司令官“ホワイト”

 

先ほどの色情と妄想にまみれた姿は無い。純白の軍服に身を包み、堂々たる体躯でアスランを見据えるその姿は一軍を統べる絶対的な指揮官そのものだった。

 

2人が100を超える無機質な乙女たちの視線の矢を浴びながら歩み寄る。

 

歩を進めるたび、左右の隊員たちが波が引くように頭を垂れていく。それは軍隊の敬礼というよりも宗教儀式における平伏に近かった。

 

「……先ほどは多大なるご無礼と粗相をいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます」

司令官は氷のような冷徹さでありながら深々と頭を下げた。

 

だが、至近距離まで近づいたアスランは気づいてしまう。彼女の伏せられた長い睫毛の下で瞳が細かく激しく痙攣していることに。

 

「公式」という仮面の下で煮詰まった黒い澱のような情愛が今にも溢れ出そうとして沸騰していることに。

 

「……気にするな。……それより、この集まりは何だ。地上にいる部隊まで戻したというのか?」

 

アスランが努めて冷静に問いかけると、司令官は顔を上げ、陶酔を孕んだ微笑を浮かべた。

 

「当然です。私たちの神が帰還されたのです。全ヨルハはその『目』で貴方様を焼き付け、その『耳』で貴方様の御声を聴き、その『命』を貴方様に捧げる為に集結いたしました」

 

 

「「「「「「 人類に栄光あれ 」」」」」」

 

 

100を超える美しき乙女たちの声が、一つの咆哮と圧になってホールを揺らした。アスランは圧倒的な「圧」の正体を知っていた。

 

 

これは忠誠ではない。

逃げ場のない、純粋なる「監禁」の宣言だ。

 

 

(メイリン、離れるなよ……。ここからは一歩間違えれば、本当に出られなくなる……)

 

 

アスランはメイリンの手を、人目を忍んで強く握りしめた。

 

 

居並ぶ隊員たちの中に“801S”の姿があった。

彼は先ほどの「過呼吸」から回復したようだが、その黒いゴーグル越しでも分かるほど、アスランと目が合った瞬間に微かに肩を震わせた。

 

彼をこれ以上危険に晒さないよう、極めて自然な動作でわずかに首を振り、視線で合図を送った。

 

 

(……しばらくは俺に意識を向けるな。怪しまれては元も子もない。今は自分の身を守れ)

 

 

801Sは一瞬だけ悲しげな表情をするも、力強く頷き視線を床に落とした。その「共犯者」としての無言のやり取りは、広大なブリーフィングルームの中で、誰にも悟られぬまま完了した。

 

 

アスランは整列している隊員たちの顔ぶれをスキャンするように見渡した。先ほどメイリンに論破され、醜態を晒していたはずの「11B」の姿がどこにもない。

 

「司令官。……先ほど廊下で混乱を招いていた11Bはどうした? 彼女にも改めて俺の意思を伝えておく必要があると思っていたのだが」

 

 

アスランの問いに司令官は一切の迷いなく、華やかな微笑みを浮かべて答えた。

 

「11Bならご安心ください。彼女は先ほど地上の友軍支援のために緊急で地球へ降下いたしました。人間様のために一刻も早く手柄を立てたいと、自ら志願しましてね。実にヨルハの(かがみ)とも言うべき熱意でありました。」

 

「……地上へ? あの短時間にもう出発したのか?」

 

「はい。我々ヨルハ部隊の展開速度は人間様の想像を超えるものですから」

 

 

その言葉を聞いたメイリンの背中に、嫌な汗が伝った。

 

女の勘――いや、元通信士としての直感が告げている。先ほどまであれほど執着と嫉妬に狂っていた女が、わずか数分で「自ら志願して」戦場へ向かうはずがない。

 

(……おかしい。司令官は地上にいるヨルハさん全員が此処に集まってるって言ったのに、11Bさんだけ友軍支援の為に地球へ緊急降下?………“人類歓迎の式典”という特別な式に1人だけ参加しないなんて・・。きっと何かあるはず………。)

 

メイリンは手元の端末を密かに操作しようとしたが、背後からの“無言の圧”と“感情を排した冷たい視線”を感じて指を止めた。

 

〔………怖いよ。アスラさん………。〕

 

 

「さあ、アスラン様、メイリン様。過去の小さな不手際は忘れましょう。今宵は御二方のための『歓迎の儀』を。……全ヨルハに告ぐ! 今日という日を、人類復興の記念日と定め、全リソースをこの聖なる祝祭に注ぐのだ!!」

 

 

「「「「「人類に、栄光あれ!!」」」」」

 

地鳴りのような叫びが部屋を満たす。

アスランとメイリンは熱狂の渦の中心で、自分たちを包囲する「優しき狂気」の檻が強固で不可視に閉じられていくのを感じていた。

 

 

11Bは消された。

だが、この場にいる誰も事実を口にすることはない。

 

「人類様」の視界から不純物を排除し、美しい世界だけを見せる。それが、この狂った要塞における彼女たちの愛の形なのだから。

 

「……メイリン。離れるなよ。……何があってもだ」

 

「……はい、アスランさん。……私、絶対に離れません」

 

 

二人は再び手を取り合い、「偽りの要塞」の奥底へと足を踏み入れた。

 

どのカップリングが面白そうか?②

  • 9S×メイリン
  • 9S×ルナマリア
  • 9S×カガリ
  • 9S×ラクス
  • 9S×ミーア
  • 9S×ステラ
  • 9S×フレイ
  • 9S×アグネス
  • 9S×シン
  • 9S×キラ
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