来訪者
干支試験も終わり、長かったクルージングも今日で終わる。
思い出を残すためにも、僕は健たちと一緒にプールで遊んだりして夏休みを満喫していた。
しかし、とある来訪者によってその状況は一変する。
「ん? なんだあれ?」
山内が上空に飛んでいるヘリコプターを指しながらそう言う。どうやらこちらに向かってきているようだ。
「おいあれ、こっちに近づいてきてるよな? まさか、新たな特別試験とかか!?」
「いや、それは流石にないと思うが……」
今日の夜には学校に到着する予定だ。短時間で特別試験をやるとは考えづらい。いや、その逆でありえるのか?
「おい! 船首のところに着陸したぞ!」
「どうすんだ、若代?」
「……ちょっと行ってくる。健たちはこの場で遊んでていいぞ。大人数で行っても迷惑だろうからな」
「そうだな。分かった」
健たちをこの場に置いて、僕はプールから出る。そして、マッハ20の速度で自室に戻り制服に着替え、船首へ向かうことにした。
〜〜〜
船首に到着すると、ヘリコプターの周りには多くの人がいた。
うちのクラスからは清隆や鈴音、桔梗ちゃんや千秋がいて、他クラスからは一之瀬や神崎、葛城や龍園もいた。あと真嶋先生や佐枝ちゃん先生もいる。
「あ! 若代君も……何でそんな疲れてるの?」
「プールで、泳いでて……着替えて来たから、な」
「……なるほどね。だから髪が濡れてるんだね」
失笑しながら、そう言ってくる千秋。全力を出した男を笑うな。
「それより、あのヘリに乗ってるのは誰なんだ?」
「私たちもまだ確認できてないんだよね。もうすぐ出てくるんじゃないかな?」
そうして数分待ったあと、ついに来訪者が姿を現す。
「空の旅は快適だったか、堀北?」
「悪くなかったですね」
「お疲れ様です、真嶋先生」
ヘリコプターから降りてきたのは生徒会長である堀北学と書記の橘茜だった。
「それにしても……大袈裟ですね。こんな大人数で迎えられるとは」
「生徒会長が来るのだ。流石に無視はできないだろう。我々教師も、生徒もな」
「ご冗談を。こちらは要請に応じただけです」
要請、か。誰かが生徒会長をこの船に誘ったってことか。まぁそれが誰かは別にどうでもいい。そんなことより……
「いいのか鈴音? 兄貴に話しかけなくて」
「私は……」
僕は鈴音の近くに行き声をかけるが、いつもの鈴音らしさを感じない。兄貴の前だと萎縮してしまうのだろう。
その間にも、生徒会長と真嶋先生の会話は続いている。
「堀北、例の無人島はどうだった?」
「ええ、何も問題はありませんでした」
例の無人島? 僕らが先日降りた無人島とは違う島ってことか?
「茶柱先生、例の無人島とは?」
「お前たちには関係ないことだ、今はな」
清隆も気になったのか、佐枝ちゃん先生とそんな会話をしているのが聞こえてくる。どうやら『今』は関係ないようだ。
「空の旅で疲れただろう。船内に休憩室がある、そこに案内しよう」
そう言って、真嶋先生は生徒会長と橘書記を連れて船内の中へ入っていく。当然、僕を含めたここにいる生徒たちもその後を追う。
程なくして、会長たちが二階にある休憩室に入室し僕たちもその中にお邪魔する。
「それで? 生徒会長がいきなり現れるなんざ、次はどんな面白いことをやるつもりなんだ?」
入室して早々、龍園がそのような質問をする。これに関してはみんなも気になっていることだろう。
「なに、今年の一年生とは交流する機会が無かったのでな。少し場を設けようと思った」
「ほう? 生徒会長が直々にか? どんな交流会をしてくれるんだ?」
「その前に、不公平にならないように各クラスの人数を調整したい。この場にいる全員は参加する、と言うことでいいか?」
その問いかけは僕たちDクラスに向けられている。今この場にいる生徒の中ではDクラスが多いからな。それに合わせるつもりなのだろう。
鈴音は答えられそうにないので、僕が答えるか。
「もちのロンだ。異論はないよな、みんな?」
僕の問いかけに、鈴音以外は頷く。
「そういうわけだ。Dクラスは5人で参加させてもらう」
「いいだろう。では各クラス、足りない人数を呼んでもらう。話はそれからだ」
そうして、各クラスのリーダーは携帯を使い、この休憩室に来てもらうように連絡を取る。
程なくして、呼ばれた生徒たちがこの部屋に入室してくる。Aクラスは戸塚や橋本、森下など。
Bクラスは網倉と柴田、渡辺。Cクラスは石崎や小宮など、龍園に従順な駒がやってくる。
B、Cクラスはまぁ分かる。不思議なのはAクラスだ。橋本は坂柳派だろうに……
「どういうことだ弥彦。俺は橋本や森下を呼んだ覚えはないぞ」
「すみません葛城さん。実は……」
「みんな、お前の下につくのは嫌だってさ」
橋本が葛城の肩に手を置いてそう言う。
「悪いな葛城。葛城派のやつは、あとは戸塚だけだ。そんで戸塚からどうしても人員を確保しなきゃならないって聞いたんでな。暇だった俺や森下、そして真田が来たってわけだ」
なるほど。どうやらAクラスは坂柳の一党体制になってしまったのか。まぁ特別試験の結果を見れば仕方のないことと言えるだろう。
そんなことより、見たことない生徒が来たなと思ったが、真田というのか。雰囲気は洋介に似ていて穏やかな性格をしてそうだ。
「各クラス、5人揃ったようだな。では橘、頼む」
「承知しました」
そう言って、橘書記は一歩前に出る。そして……
「ではこれより、皆さんにはちょっとした宝探しをしてもらいます」
……という宣言がされる。正直、特別試験のようなものが始まると思っていたので、拍子抜けしている自分がいる。周りも似たような感じだ。
「えっと、宝探し……ですか?」
「はい。宝探しです」
「はっ。話にならねぇな。俺は帰らせてもらう」
龍園はそう言って、子分を連れてこの場から立ち去ろうとするが……
「この宝を一番最初に見つけ出し、そして私たちの元へ持ってきた生徒には10万プライベートポイントを差し上げます」
今の発言により、龍園は足を止め振り返る。
「生徒会長になったら、そこまで好き勝手できるのか?」
「勘違いするな龍園。このポイントは学校から出されるものではない。俺の懐から出すものだ。皆も分かっているだろうが、これは特別試験ではない。言うなれば、『レクリエーション』みたいなものだ」
生徒会長からそのような説明がされる。干支試験の後なので、10万が少ないように感じてしまうが、立派な大金だ。遊びとはいえ、これは本気で取り組んだ方が良さそうだな。
「……なるほどなぁ。ま、いいぜ。ポイントが貰えんなら付き合ってやるよ。で? 続きを話せ」
「先輩に対する態度ではありませんね龍園君」
「俺より2年早く生まれただけだろ? そんな奴に敬意を払う理由はねぇな」
……あれ? なんか前に似たようなことを僕も言った気がするな。客観的に見るとダサく感じてしまう……いや、これは龍園が言ったからだ! うん、きっとそうだ!
「……まぁいいでしょう、続きを話します。船内に隠す宝物は会長のハンカチです。このハンカチを今から私が隠してきます。隠してきた後、隠し場所を示すヒントを各クラスに与えますので、それらを駆使して皆さんには宝を探していただきます」
橘書記は会長から白いハンカチを受け取り、皆に見えるようにする。鈴音が興奮しているように見えるが多分気のせいだろう。
「それでは行ってきます会長」
「ああ、頼んだ」
「ちょっと待った」
僕はそう言い、橘書記のもとへ向かう。
「な、何でしょうか?」
「……」
僕は無言で橘書記に顔を近づけ、数十秒ほどその状態でいる。恥ずかしいのか、目を逸らしたりしているがそんなことは関係ない。そして目的を終えたので、僕は彼女から顔を離す。
「……よし。じゃあ行っていいぞ」
「は、はぁ……」
困惑しながらも、橘書記は休憩室から退室しハンカチを隠しに行った。
退室したのと同時に、真嶋先生が口を開く。
「レクリエーションをやることは構わない。だが、ルールを一つ付け加えたい。今回の件は、ここにいる生徒以外への公言を禁ずるものとする。構わないな、堀北?」
「ええ、それで構いません」
というか、生徒会長はもとよりそのつもりだっただろうけどな。じゃなきゃ人数を合わせたりはしない。しかし、龍園のような生徒は納得しないだろう。
「あ? 勝手にルールを付け足してんじゃねぇよ。そんなもの、守る義理はねぇな」
「それならば龍園、お前がこのルールを破って俺のハンカチを見つけた場合、プライベートポイントは支給しない。つまり、正々堂々とやれということだ」
「チッ……」
「他の生徒も同様だ。努々忘れないようにしろ」
そこまで強く言われたら、このルールを破る馬鹿はいないだろう。僕もそのつもりだ。
「……橘が戻ってくるまでまだ時間があるな。必要なら、改めて質疑応答の時間を作ろう」
「それでは、なぜ生徒会長はこの船に来られたのでしょうか?」
葛城がそう質問する。
「当然の疑問だな。さっきも言ったが、今年の一年とは交流する機会がなかったからな。知りたいのだ、今年の一年にどういう生徒がいるのか。『見極める』と言った方が正しいかもしれない」
「見極める、ねぇ」
僕はニヤニヤしながら、そう発言する。
「何だ?」
「いやぁ、確かにそういう目的もあるのかもしれないけど……ホントは妹に会いたかったとか、お兄ちゃんとして心配して来ちゃっただけなんじゃないの~?」
そう言って、僕は生徒会長の肩を指でツンツンする。何だか星之宮みたいだな。
「そう思うのはお前の勝手だが、俺にそのような考えはない」
眼鏡をクイッとして、淡々とそう言う。その言葉を聞いて鈴音は落ち込んでいるが、安心しろ鈴音。会長はお前のこと大事に思ってるぞ。僕の直感がそう言ってる。
「……お待たせしました皆さん。この船内のどこかにハンカチを隠してきました。それと……これが考えてきた隠し場所のヒントです」
生徒会長の目的を聞き終えたタイミングで、橘書記がこの部屋に戻ってくる。そして、各クラスに二枚ずつ紙を渡してくる。おそらくヒントが書かれているのだろう。
「計8枚のヒントを今皆さんに配りました。中にはヒント同士が上手く絡み合ってるモノもあります。それでは皆さん、後はご自由にお宝を探してみてください」
「自由、か。つまり、全クラスで協力して宝を探すということもできるわけか」
「その通りだ葛城。そうすればすぐに宝の
僕たち全員を鋭い眼光で見ながら、そう発言する生徒会長。まさに見極めているようだ。
「ふむ。協力することは悪くないと感じるが……他のクラスはどうだ?」
「笑わせんな。そんなのありえねぇに決まってんだろ」
「葛城君の言うことも一理あるけど、まずは自分たちだけで探してみようかな」
葛城の提案に龍園、一之瀬はそれぞれの考えをぶつける。僕も似たようなものだ、協力するつもりは毛頭ない。
「ではこれで解散だ。宝探しの終了は午後7時とする」
会長からそう言われた後、僕たちは各クラスごとに行動してこの部屋から解散することになった。
部屋から出てしばらく歩いた後、一度立ち止まりヒントを確認することにした。
「まず一枚目、私が渡されたヒントは……『蜂F2』と書いてあるわね」
鈴音が貰った紙にはそう書かれている。さすがに、この情報だけでは何を示しているか分からない。
「……若代君はこの情報を見てどう思う?」
「全く分からん。それより千秋、お前が貰ったヒントも見せてくれ」
橘書記はヒント同士が上手く絡み合ってるモノもあると言っていた。もしかしたらもう一枚のヒントで何か分かるかもしれない。
「えーと……『伊吹澪さんの見ていたもの』って書いてあるね」
「なら、伊吹を探して何か聞いた方がいいかもしれないな。そういうわけだ清隆、頼んだぞ」
「ちょっと待て、まさかオレ1人で行かせる気か?」
「5人で行くより、二手に別れた方が効率もいいだろ? だよな鈴音」
「若代君の言うことも一理あるわね。頼んだわよ綾小路君」
「……」
僕と鈴音の考えが一致したことにより、この決定は覆せない。それを悟ったのか、清隆も何も言わない。
しかし、ここで清隆に救いの手が差し出される。
「それなら、私も一緒に行ってもいいかな?」
「いいのか、櫛田?」
「もちろんだよ。1人じゃ可哀想だもん」
「……ありがとう。じゃ、オレたちは2人で行くことにするが構わないよな?」
清隆の視線は僕と鈴音に向いている。
「ええ、私は構わないわ」
「僕もだ。ただ、女の子と二人きりだからといって、変なことはするなよ」
「するわけないだろ、直経じゃないんだからなオレは」
そう言い残し、二人は伊吹を探し出しに行った。
「そうなると、私たちはこの『蜂F2』の謎を解き明かさないとね」
「そうね。それじゃ……」
「っ! あー!腹が痛い! そういうわけで悪いが二人とも! このヒントに関してはお前たちに任せた! 僕はトイレに行ってくるっ!」
鈴音の話を遮り、僕は大袈裟にお腹を抑えて苦悶の表情を二人に見せる。そして強引にこの場から立ち去ることにした。
「……多分嘘だよね、アレ」
「……ええ。けど、邪魔者がいなくなってちょうどいいわ。松下さん、二人でこのヒントについて考えましょう」
「うん、頑張ろうね!」
〜〜〜
トイレに行くと嘘をついてあの場から離れた後、僕は船の地下二階へ赴いていた。
僕があの二人から強引に距離をとった理由、それは大きく分けて二つある。
一つは、僕が一人で行動したかったからだ。10万ポイントを誰にも渡すつもりはない。
そしてもう一つは、僕たちを見張っている生徒がいたからだ。清隆たちが移動した後、それに続いて動いた生徒もいた。その生徒がCクラスの小宮だったため、もう一人いた生徒もおそらくCクラスの生徒だろう。それなら、さらに別れて行動した方がいいと考えた。
そして狙い通り、トイレに行くと宣言した僕をCクラスの生徒は追いかけて来なかった。おかげで動きやすくなったな。
「……さて、探し出すとしますか」
僕が地下二階に来た理由、それはここに生徒会長のハンカチがあると確信してるからだ。
というのも、橘書記がハンカチを隠しに行く前に、僕は彼女に近づき匂いをインプットさせてもらった。普段は嗅覚をフル活用することなど無いが、今だけは本気だ。使えるものは使っていく。
微かに残っている彼女の匂いを辿り、僕は地下二階を探索していく。
そしてついに、ハンカチがあると思われるところまでたどり着く。だが……
「ロッカーの中か……」
そのロッカーには『64』という数字が書かれており、鍵がかけられている。
さて、どうしようか? やろうと思えばロッカーを思いっきり殴り、歪ませて鍵穴を壊すという手もあるが、弁償させられそうだ。そのせいで、せっかく得たポイントを使うことになったら意味がない。真面目に鍵を探した方が良さそうだ。
だが、このロッカーは一体誰が使うものなのだろうか? 生徒ではないよな……てことは、スタッフが使うものか?
そう考えていた時、一人の男性スタッフがちょうど通りかかってくれたので、声をかける。
「あの、すみません。このロッカーってスタッフの方が使うものですか?」
「うん? そうだよ。けど、僕は全然使ってないけどね」
「そうなんですか?」
「そりゃ、スタッフ専用の部屋は五階にあるからね。わざわざ地下二階のロッカーなんて使わないよ」
ちなみに他のロッカーを確認すると、鍵はかかっておらず中は何も入っていない。どうやらこのスタッフの言ってることは正しいようだ。
「なるほど……それじゃ、スタッフの皆さんは一応ここのロッカーの鍵は持ってるということですね?」
「そうだね。ほら、僕も持ってるよ」
男性スタッフはポケットから鍵を取り出す。鍵には『24』と記されている。
「そのようですね。ちなみにこの番号って、適当に振り分けられたものですか?」
「いや、僕の振り分けられた部屋番号と同じになってるよ」
ということは、64番の部屋を与えられたスタッフを探し出せばいいというわけか。
「ありがとうございます。丁寧に教えてくださり」
「大丈夫だよ。……そういえば、このクルージングももう終わりだね。楽しい思い出はできたかい?」
「はい、おかげさまで」
「そうかい、それなら良かったよ。それじゃ、僕はこれで」
そう言って、スタッフの方は立ち去っていく。いい人やなぁ、ぶつかったスタッフとは大違いだ。
さて、貴重な情報も手に入った。まずはスタッフの部屋がある五階に行ってみるか。
そうして、僕は地下二階から階段を使って五階へ赴く。ちなみにエレベーターもあるのだが、運動のために階段を使っている。
よし、さっそく64号室へ押しかけるとしますか。僕は廊下を歩き、目当ての番号を探し出す。
程なくして、64号室を見つけ出し部屋のチャイムを押す。できればいて欲しいのだが……。
そう思っていると、扉の奥からゴソゴソと音が聞こえてくる。良かった、ちゃんと中にいるようだ。
しばらく扉の前で待っていると、その扉が開いて黒髪の妖艶な女性が姿を現す。
「ごめんなさいっ。色々準備をしてまして、出るのに時間がかかってしまいました」
「こちらこそ急に訪ねてすみません。少し確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「単刀直入に言いますが、64番のロッカーの鍵を持ってますよね? 貸していただけませんか?」
「え? いいけど……君、宝探しをしてる生徒だよね?」
「はい、その宝を見つけるためにロッカーの鍵が必要なんです」
「……おかしいな。私の聞いた話だと、もっと後で渡すことになるって聞いてたけど」
「それって、紫色の髪をした女子生徒から聞いた話ですか?」.
「はい、そうですけど……」
来た! ビンゴだぜ! さっさと鍵を貰うことにしよう。
「計画なんて、上手く運べることの方が少ないですよ。さ、僕に渡してもらえますか? ポイント欲しいんです」
「……確かに、君の言う通りだね。分かりました、少し待っててください」
女性スタッフは部屋の中に戻っていく。そして、ロッカーの鍵を手に持ってこちらにやってくる。
「はい。これがロッカーの鍵です」
「……64番、ですね。ありがとうございます」
「いえいえ。それでは私はこれで……」
「ちょっと待ってください」
扉を閉めようとする彼女を僕は呼び止める。確認したいことがもう一つあるからだ。
「はい? まだ何か?」
「……もしかして、一週間前くらいに脱臼していた女子生徒を治してくれたのは、あなたですか?」
「え? そうだけど……どうして分かったの?」
やはりそうだったか。『妖艶』な女性だからな、姿を現した時にすぐにピンときた。
「実は、怪我した女の子とは仲が良くて……その子から聞いたんですよ。治してくれたスタッフさんがすごく妖艶な方だったと」
「あら、そうだったの? 妖艶だなんて……そんなことないですよ」
謙遜しているが、顔は赤くなっている。満更でもないようだ。
「まぁとにかく、治療してくれたお礼を言いたかったんですよ。改めて、ありがとうございました」
「いいのよ。私も過去に脱臼したことがあってね。それで放っておけなかっただけだから。それにしても……律儀なのね。ただの友達のためにそこまでするかしら? もしかして、彼女さんだったり?」
「まさか。あいつはそういうのじゃないですよ」
「ふーん。ま、そういうことにしておきますね」
なんかニヤニヤして見てくるな……本当にそういう気持ちはないぞ。
「あ、ごめんなさい。そろそろ時間なので……」
「ああ、すみません。鍵、渡してくれてありがとうございます」
「いえいえ。鍵に関しては、鍵穴に入れた状態のままにしてもらって大丈夫ですよ。後で私が回収しに行きますので」
「そうですか? それなら、お言葉に甘えさせていただきます」
「うん。それじゃ、
そう言って、女性スタッフは扉を閉める。僕もここにいる理由は無くなったので、地下二階へ戻ることにしよう。……それにしても、本当に妖艶な女性だったなぁ。会えて本当に良かった。
ただ、疑問に思ったことが一つだけある。本当はそのことについて質問しようと思っていたのだが、彼女に時間がなかったためそれは叶わなかった。その疑問とは……
「……なんであの人も、カツラ被ってたんだ?」
謎を解明できないことに悶々としながら、僕は階段を使って地下二階へ降りることにした。
階段を使い、一階まで降りた時にとある人物たちと鉢合う。
「あ、出ましたね裏切り者2号」
「……なんで僕が裏切り者扱いなんだ、森下?」
出会った人物はAクラスの森下、それに橋本と真田と呼ばれていた生徒も一緒にいる。どうやらこの3人で行動しているようだ。
「よう若代〜。お前もなんかやらかしたのか?」
「そんな覚えはないぞ」
「往生際が悪いですね。干支試験の結果を見れば明らかです。猫グループは結果3、誰かが優待者を当てたと言うことです。そして、裏切り者2号は優待者が渡辺紀仁だと気づいてました。つまり、犯人はあなたと言うことです。名探偵の私がそう言うのですから間違いありません」
両手を腰に当て、胸を張る森下。しかしその推理は間違っている。名探偵ではなく『迷』探偵なのかもしれない。
「……まぁ、そう疑われるのは仕方ない。けど、僕は本当に何もしてない」
「なら、証明してください。あなたがやってないということを」
それができるなら既にやってる。干支試験で得るポイントがすぐに振り込まれる仕組みだったのであれば良かったのだが、残念なことに振り込まれるのは9月の頭だ。
つまり、50万が振り込まれているかどうかが分かるまでまだ時間がかかる。僕が裏切り者でないという証明はすぐにはできない。
「……それは今はまだできない。その代わり、この宝探しのヒントを教える。もちろん、そちらのヒントは言わなくていい。これで許してもらえないか?」
「……森下さんと若代君に何があったのかは分からないけど、ヒントを無償で教えてもらえるのはいいんじゃないかな? 橋本君はどうかな?」
今まで黙ってこの状況を見ていた真田が、僕の提案を肯定してくれる。正直ありがたい。
「そうだな。今は時間を無駄にしたくないからな。それでいいか森下?」
「……まぁ納得してませんが、いいでしょう。それでは裏切り者2号、さっさとヒントを言ってください」
「はいはい。一つは『蜂F2』、もう一つは『伊吹澪が見ていたもの』だ」
「伊吹? それってCクラスの伊吹か? それに蜂F2か……面倒くさそうなヒントを与えられたなDクラスは」
「全くだ。多分同じクラスの奴らも頑張って解読してるはずだ」
「ふーん。で、お前はどうなんだ若代? 既に解いてるからこの情報を渡したってことはないよな?」
ニヤニヤしながら僕を見てくる橋本。相変わらず、痛いところを突いてくるな。
「どうだろうな。それより、早く宝を探して出した方がいいんじゃないか?」
「おっと、そうだな。じゃあ俺たちはこれで失礼させてもらうぜ。行くぞ真田、森下」
「二人は先に行っててください。私は裏切り者2号と話したいことがあります」
「そうか? なら、先に行ってるぞ」
森下だけこの場に残り、二人は先は歩いていく。
「……で? なんだ話って?」
「松下千秋。あの人が優待者を当てた、ですよね?」
……どうやら、本当に名探偵のようだな。
「どうして分かったんだ?」
「簡単なことです。試験が終わる直前、彼女の顔を見たら笑ってましたから」
僕と美雨しか気づいていないと思っていたが、もう一人いたらしい。それにしても、よく見ていたな。
「その通りだ。だから僕は優待者を当ててない。契約違反はしてないと言うことだ。……というか、分かってるなら裏切り者とか言うなよ」
「裏切り者と呼んでみたかったのでつい。てへっ」
目の当たりで左手をピースしながらそのようなことを言う森下。可愛かったので許してやるとしよう。
「まぁいいか。これからは名前で呼んでくれよな。そういえば橋本と行動してるんだな。意外だ」
「裏切り者ですからね。私がそばで見張っておかなくてはいけないと思いました」
「さすが名探偵だな。そういえば真田だったか。あいつは穏やかでいい奴そうだな」
「私はあまり話したことがありませんので、真田なにがしのことはよく分かりません」
……こいつ、同じクラスなのにフルネームで覚えてないのか。あと覚えてない奴のことは『なにがし』って言うんだな。
「……そうか。じゃ、僕はそろそろ行くよ」
「そうですね。では」
そうして、僕たちはこの場で解散する……と思っていた。
「……なんで、僕の後ろをついてくるんだ?」
「私のことは気にしないでください。早く見つけないと横取りされてしまいますよ」
こいつまさか……僕が既に宝の在り方に気付いてることを悟って? なんて汚い野郎だ、こんな奴に横取りされたくない!
僕は森下を振り切るために、全速力で走ってその場を立ち去ることにした。
「なっ! ずるいですよ若代直経っ!」
僕を追いかけるために森下も走ってくるが、流石に僕の運動神経には勝てないようだ。よし、このまま走り続けて振り切ることにしよう。
数分ほど走り続けて、彼女を置いてけぼりにすることに成功した。そして僕は今、地下二階のフロアにいて64番のロッカーの前にいる。
ポケットから鍵を取り出し、鍵穴に挿して回す。そしてロッカーを開けるとそこには会長のハンカチが確かに入っていた。
「ふっ。10万ポイントは頂いたぜ」
僕はロッカーからハンカチを取り出し、ポケットの中に入れる。さて、生徒会長の元へ行くとしますか。そう意気込んだ瞬間、僕の携帯から音が鳴る。確認してみると、千秋からの電話だった。
「もしもし? どうした?」
『今どこにいる?』
「地下二階だけど……」
『実はブルーオーシャンまで来て欲しくってさ。今すぐ来れる?』
「構わんが、何かあったのか?」
『今、若代君以外の全クラスの生徒がそこに集まっててね。皆んなでヒントを教え合って、10万ポイントを山分けすることになったの。だから、若代君にも来て欲しいんだ』
なるほど。もし僕がその場にいないでヒントが共有されてた場合、Dクラスの誰かが僕にその情報を伝えて宝を真っ先に見つけることが出来てしまう可能性がある。その考えを無くすために全員を集めたいのだろう。
しかし、それは無理な相談だ。僕は千秋と電話しながら船内を移動しており、既に生徒会長がいる休憩室の前に来ているからだ。
「なるほどな。だったらお前から伝えといてくれ。レクリエーションはもう終わったとな」
『え? それってどういう……』
千秋の言葉を最後まで聞かずに僕は通話を切る。そして休憩室の扉を開き、中に入る。
「……若代か。宝は見つかったか?」
「ああ、ほらよ」
僕はポケットからハンカチを取り出し、生徒会長に渡す。
まさか本当に見つけているとは思わなかったのか、会長と橘書記は目を見開く。
「……一応聞きますが、どうやって見つけたのですか?」
「ん? あんたの匂いを辿って地下二階に行くだろ? で、64番のロッカーの中にあるのが分かったから、あとはそのロッカーの鍵を持ってる人を探して貰い受けただけだ」
「……ヒントは、一切活用してないと?」
「まぁ、そういうことになるな」
「……生徒会長、私この子嫌いです」
「ふっ、そうか」
……なぜだ? 今のやりとりで嫌われるようなことがあるか? あと会長、笑ってんじゃねぇぞ。
「想定していた結果とは違ったが、どうやら不正などはせずに俺のハンカチを見つけたようだな。いいだろう、10万ポイントを振り込ませてもらう。若代、連絡先を交換しよう」
僕は携帯を取り出し、会長と連絡先を交換する。そして直後に10万ポイントも支払われる。
「ん、確かに受け取った。それより悪いな、来たのが鈴音じゃなく僕で」
「お前より先に来れなかったあいつの実力不足だ。それより若代、生徒会に興味はないか?」
「か、会長! 本気ですか?!」
「不服か、橘?」
「い、いえ。会長がそう言うのであれば、私に異論はありませんが……」
「一応聞くが、空いてる席は?」
「副会長の席が空いてる。お前なら文句はない」
副会長だと? 確か、南雲もそうだよな?
「副会長は南雲だろ?」
「この学校では、副会長を二人置くことができる。一年の生徒はまだいないからな、できればお前に入って欲しい」
「ふーん。悪いけど興味ないかな。つか、僕より適任者はいると思うけどな。一之瀬とかそうだろ?」
「一之瀬、それと葛城も一学期の時に、生徒会に入りたいと言ってきたが俺が断った」
「……へぇ。そりゃまた、どうして?」
「ポテンシャルは申し分ない。だがあの二人では南雲に上手い具合に利用される。それを危惧してあの二人は入れなかった。その点、お前は南雲に利用されることは無いと確信している。それに、南雲もお前のことを気にしている様子だからな」
やはり、そうだったか。近いうちに何らかの接触があるかもしれないな。
「随分南雲を警戒しているな。あいつのどこを敵視しているんだ?」
「……あいつはこの学校のシステムを大きく変えようとしている。今よりさらに実力主義へとな」
堀北学は今の学校のシステムを気に入っているが、南雲はそうじゃないと言うわけか。あいつが生徒会長になったら退学者も増えそうだな。
「……話は分かった。だが、やはり入る気はない」
「……そうか、お前もか。まぁいい、考えが変わったらいつでも言ってくれ。だが用心しろ、南雲は間違いなくお前を狙っている」
「忠告ありがとうな。まぁ安心しろ、タイマンで負けることはない。……さて、じゃあそろそろ行くわ」
そう言って、僕は部屋から出ようとするが……
「待て若代」
「ん? まだ何かあるのか?」
「ああ、少しだけな。橘、お前も若代と連絡先を交換しておけ」
「ええ!? 嫌です!」
本人目の前にいるんだぞ……傷つくなぁ。
「そう言うな。
「……できれば一之瀬さんのような生徒が良かったですが。会長がそこまで言うのであればそうします。若代君、携帯を出してください」
渋々の様子だが、交換はしてくれるようだ。僕としても先輩の連絡先は欲しいからな、断る理由はない。
携帯を取り出し、橘書記とも連絡先を交換する。
「……よし、じゃあ僕は帰るぞ。楽しかったぜ宝探し」
そう言い残して、僕は休憩室を後にした。
そして、この時の彼はまだ知らなかった。学校へ帰った数日後に、孤独の戦いが始まることを……。
若代が部屋を出た後、橘は俺に愚痴をこぼしていた。
「何なんですか彼! 綾小路君といい若代君といい! 今年の一年は生意気な子が多いです!」
「ふっ。確かに、そうかもしれないな」
「もう! 笑い事じゃないですよ会長! 私たち先輩なのに、タメ口ですよタメ口! 舐められてるんですよー!」
俺としてはそちらの方が気兼ねなく話せるので有難いが、橘は違うようだ。
「ふふっ、すまない橘。だが先輩なのであれば、後輩にしっかり指導するのも務めと言えるのではないか?」
「確かに……さすが会長! 良いことを仰いますね!」
「それでは橘、若代の件のことは頼んだぞ」
「はい、任せてください! 先輩として、きっちりシゴきますので!」
「頼もしいな。それと橘、今回の宝探しに参加した生徒にレクリエーションが終了したということを伝達しておいてくれ」
「承知しました!」
こうして、若代の一人勝ちでレクリエーションは無事終了した。
しかし、この時の橘は知らなかった。若代のせいで大金が吹っ飛ぶことになるのを……。
『伊吹澪が見ていたもの』は高円寺六助。
高円寺は英語と日本語をごちゃ混ぜで話すと言うことから、『蜂F2』の蜂を『bee』と読む。つまり『BF2』となり、地下二階にハンカチがあるという事に気付きます。ドラマCD内ではこのように説明されていました。