が、エタりはさせない……!
彩南花火大会。それはこの街最大にして唯一の夏イベント。つまり──
「乗るしかない。このビッグウェーブに……」
「なにを言っているんですか?はやく準備してください」
女性の準備は長いという言葉があるが、〈
〈反重力ウイング〉を制服から甚平に付け替え、手早く服の紐を締める。財布をポケットに入れ、忘れ物がないかを確認する。よし、大丈夫そうだ。
ぼくの準備をルナティーク号の乗降口でそわそわしながら待っていた彼女はいつもの黒い髪留めを服の柄に合わせて花を模したものに変え、下駄まで履いている。ぼくは毎年のことだったのでそれほどだが、彼女にとってはかなり楽しみだったらしい。
すでに日は落ちかけ、薄暗くなっている道をヤミとともに歩き始める。こういう日は騒がしい方へ歩けばいいので、なんとなく歩けるのがいい。
たいやきの屋台を見つけたヤミがおごってくれるというのでありがたくいただき、どこから食べるのが正解か話しながら歩き続ける。
「頭からに決まっているでしょう。頭が前で尻尾が後ろなのですから、前から食べるのが作法です」
「たいやきを正しく鯛に見立てるなら、ぼくたちは捕食者です。逃げる魚を前から食べることはおかしい。尻尾から食べるのが正しいはずです」
「たいやきは普通の魚とは違うんです。これは食べるために生まれてきたもの。つまりこれが生きていたとして、私たちの口に向かって食べられにくる生き物に決まっているでしょう」
お互い妙に頑なだったので議論が白熱してきたころ、反対方向からモモさんとリト先輩が小走りで近づいてきているのに気がついた。
「こんばんは。モモさんも浴衣ですか。似合っていますよ」
髪の色に合わせた薄いピンクの浴衣に黄色い花の髪飾りがアクセントとなり、視線が美しい顔へ誘導される。普段は下ろしているボブの髪を高い位置で結び、いつもとは違った魅力を引き出している。
「あ、環さんですか。……どうも、ありがとうございます」
「走っていたようですが、なにかあったんですか?」
「中島さんたち……ファンクラブの人たちから逃げてきたんです」
誰だってそうだろうが、プライベートまで関与されるのはさすがに不快なはずだった。おおかたリト先輩と一緒にいることに対して苦言を呈すなりされたのだろうと予想がつく。
「あいつら、オレが野獣になるとかなんとか言って、失礼なやつだったよ」
……別にそれはいつも通りの“ケダモノ”ムーブだと思うが、あえて言うことでもないので黙っておく。
「でも、リトさんには計画のためにも野獣になってもらわないと困りますよ?……ハーレムを束ねる王になるんですから!」
彼女は僅かに逡巡しながらそう宣言する。が、むしろリト先輩は納得しなかったようで疑問を口にする。
「モモ……色んな問題を丸く収めるのに〈
「それはもちろん……みんなを幸せにするためですよ!いつまでも行き詰まっているリトさんやお姉さまを放っておけませんからねっ!」
……どう考えても気持ちを告白するチャンスだっただろうに、照れて日和ってしまったようだった。
「そ、そうか……って!た、環、いまの聞いてた⋯⋯?聞いてたよな?」
リト先輩が焦った様子で聞いてくる。ふむ、そういえばぼくが計画の協力者だということを彼は知らないんだった。
「がっつり聞こえていましたよ。先輩も結構な野望を持っているようで……」
「いや、それはモモが勝手に言っているだけで!」
「へえ?それじゃあ、リト先輩はハーレムを作る気はないと?そんな不誠実な選択を嫌悪していて、モモさんの計画はやめて欲しいと思っているということですか?」
「……あ!ちょ、待ってください!環さん!!」
さすがの頭の回転でぼくの狙いに気が付いたモモさんが焦って止めに入るがもう遅い。これまでは流されて計画に参加していたが、ぼくは言質を取っておく必要があった。ぼくに人の嫌がることをする趣味はないのだ。
「そ、そうだ!オレが望んでいるわけじゃない!」
「そうですか。ぼくは協力者だったので計画については知っていましたが、これからは手伝う必要はないようですね」
「え」
騙したような形になったが、もともとぼくはハーレム反対側だ。これで彼女のために働く正当性はなくなったし、むしろ止めることすらできる立場になった。モモさんの方を向くと、苦虫を噛み潰したようなしかめっ面をしていた。
「やってくれましたね、環さん⋯⋯」
「ぼくはなにもしていませんよ。ただ、本人が嫌がっていることをするのはぼくの道理に反するというだけです。リト先輩からお願いされるなら参謀続投しても構いませんが……」
「く⋯⋯」
そうしてモモさんと睨み合っていると、蜜柑さんが走ってきた。
「リトー!ティアーユ先生がっ!た、大変なのっ!!」
うまく呂律が回らないほど焦った様子でリト先輩の手を引く。
「事情は後回しにしましょう。とにかくそれほど緊急の事態なら向かうのが先です」
「そ、そうだな!どっちだ!?蜜柑!」
「こっち!」
蜜柑さんの先導で走ると、どんどんと人気のない方へ向かっていくような気がした。⋯⋯なぜティアーユ先生はこんなところにいるんだ?なにかがおかしくないか?
すると蜜柑さんがパタリと止まり、ゆっくりとこちらを振り向く。
「どうした?蜜柑?ティアーユ先生は⋯⋯?」
「ああ言えばリトたちは無視できないと思って。狙い通りうまくおびき出せたぞ……」
口調の雰囲気は残したままどこか違和感のある喋り方に変わり、声の質も全くの別人のものになる。
蜜柑さんの肌が浅黒く変色していき、オレンジ色の浴衣が闇の粒子となって崩壊していく。髪はほどかれ、極細の粒子が再び集まって薄く艶のあるキャミソールを形作る。
「なるほど⋯⋯ようやくお出ましというわけですか。マスター・ネメシス」
ヤミがそう言ったのを聞いた瞬間、ぼくは腰を落とし踵を浮かべる。翼を展開し、自分の体を覆うように動かして視線を遮る。モニターになっている翼の内側には向こう側にいるネメシスが投影されているので、一方的に情報を得ることができる。
ザスティン師匠が考えてくれた構えだ。
「⋯⋯フッ。そう警戒するな久慈環、メアから聞いているだろう?もうお前をどうこうするつもりはないと」
「それで説得される人がいるなら、その人は残機が余っているに違いないと思うな」
彼女の黒く闇い髪が街灯の光に照らされて紅い艶を返す。蜜柑さんくらいの幼い体だが、つり上がった捕食者の目が金に光り、自信に満ちた表情が警戒を誘う。
彼女はぼくの気の利いた返事を無視して続ける。
「こういうとき⋯⋯はじめまして。と、言うのか?人との接触はメアに任せているのでな。そういうことには疎いのだ」
「ぼくとしてはここで会ったが百年目。と言いたいところだけど⋯⋯とにかく、なぜ心変わりしたのかを教えて欲しいな?」
ここで納得のいく理由が説明できなければ、モモさんが言っていた『ヤミと仲良くなった頃にぼくを殺すことで彼女の心を壊し、兵器であることを選ばせる戦略』が現実味を帯びてくるわけだ。
「⋯⋯興味が湧いたからだ。ヤミを懐柔し、メアの人間性を引き出そうとする、お前にな」
まだ具体的なことはなにも言っていない。初めてネメシスと会話したときも、ヤミの本性について曖昧なことを言って脅かそうとしていたし、これが彼女のやり口なのだと思う。
「知っているか?久慈環。破壊には種類が二つ存在する。一つは
⋯⋯?突然なにを⋯⋯
「わたしはどちらも好きだが─特に好きなのは後者でな。お前を
その定義から考えるなら、モモさんのした予想は両方の破壊を行える手のはずで、彼女の好みなはずだった。口では警戒をするなと言いながら、警戒せざるを得ない態度を取る彼女の心理が読めなかった。
そこまで思考したところで突然わずかな不快感とともに体が泡立ち、ボコボコと音を立てながらぼくの腹の辺りからランドが顔を出す。
「─ヘェ、イイ趣味してんじゃネーカ。ネメシスとか言ったカ?初めて会ったが気に入ったゼ」
普段おとなしくしているランドがわざわざ出てきたということはそれだけ気に入ったということだろうが、なにか琴線に触れるものがあったのだろうか?
「お前は……そうか、お前が久慈環に寄生しているとかいう奴か。ふん。わたしはお前が嫌いだがな」
言い終わるとネメシスは突然高速移動で翼の内側まで肉薄し、顔を出したままにしているランドもろともぼくの腹に殴りを入れようとする。
「させませんよ」
ヤミの髪が蛇のようにうねりネメシスの拳を締め上げる。
……まったく見えなかった。芽亜の主というのは伊達ではないようで、あまりにも危険だ。
「ふん。金色の闇……お前は〈変形〉兵器のなんたるかを理解していないようだな?わたしたちにとって外見はなんの意味も持たない」
そう言うと金の鎖に縛られたネメシスの腕が溶け、また新しく作られる。
「こんな風にな。必要に応じて姿を変えて敵を油断させる。それこそがわたしたちの真骨頂だぞ?」
新しく作り直した腕を見せつけるようにしゃらんと動かしながら続ける。
「ところでその衣装……浴衣とか言ったか?なかなかいいデザインだ。戦闘時に手元を隠せるし暗器も仕込みやすそうだ。……足は動きやすい方がいいから、こうか?」
彼女の服が瞬きのうちに再構成され、赤いラインが走るフリルのついた丈の短い黒の浴衣へと変わっていた。髪は無造作に下ろされていたのが一つ結びにされ、遊び心だろうか、お面までつけられている。
「どうだ?似合うか?」
ぼくたちは誰か答えてやれよという目線を送り合う。
「?どうした。答えてくれないのか?……なあ、モモ姫?お前はどう思う?」
目にも止まらぬ速さでモモさんの後ろを取ったネメシスがそう言いながらモモさんの尻尾に触れる。すこし羨ましい。どういう構造になっているのか、手触りはどんな感じなのか興味があったのだがむやみに触らせるようなものでもなかったようでチャンスがなかったからだ。
「ふぁあぁ!?」
モモさんは聞いたことがないような甘い声を上げて崩れ落ちる。
「ん。いい声だな?モモ姫?いじめがいがありそうだ」
「ど、どうして尻尾のことを……」
尻尾の茎をコリコリと転がしながら葉の部分を弄ぶように撫でると、体を震わせ顔を赤く染めながら一層悶える。ヤミから借りた『全宇宙ヒト型星人図鑑』には、デビルーク人のしっぽは神経が通っているという程度にしか触れられていなかったので、こんな反応になるものだとは知らなかった。彼女が特別敏感なのかもしれないが、なんにせよ触らせるように頼む前に知れてよかった。
「私はメアのマスターだぞ?そのくらいの情報は入ってくるさ……」
ところで、こんなことを観察している場合ではなかった。友人が敵に無力化されているのだ。助けようと試みない理由はなかった。
「そこまでだ。ネメシス」
「そこまでです。ネメシス」
ぼくとヤミが同時に〈変形〉で作った刃を向けて動きを止めさせる。
ネメシスの注意がこちらに向いた隙にモモさんの尻尾の先端からバチバチと弾ける音がしたかと思うと極光して、破壊力のあるエネルギー砲が放たれる。ネメシスはそれを回転しながら宙を舞って回避し、電柱の先に着地する。
「危ない危ない、そんな技があったのか……」
これに関してはネメシスと同意見だった。モモさんとはそれなりに親しくしてきたつもりだったが、ここまで宇宙人であることを意識したのは初めてだったかもしれない。どうして生体からあんなものが出せるんだ?射線にあった看板を貫通しているぞ……
「悪かったよ、そんな怖い目で見ないでくれ。どうもわたしは衝動を抑えるのが苦手でね。今日は喧嘩をするために来たのではなく、挨拶のためだったんだ」
たしかに最初、初めましてと言っていたな。……それはなんでもいいのだが、その丈の短い服装で高所に居られると心臓に悪いから降りてもらいたい。
「仲良くしたいんだ。金色の闇、そしてそれを取り巻く者たちとね」
これまで見せることのなかった笑顔を向けてそう言ってのける。
「誰があなたなんかと!」
立ち上がってあからさまな敵意を向けネメシスを拒否するモモさん。話をややこしくするより進めることを選んだヤミが、モモさんの口をふさいで質問を続ける。
「いままで姿を隠しておきながらなぜいまごろになって?」
「大した理由じゃないが、なんせわたしはこんな性格だろう?トラブルを起こさずに人と付き合える自信がなくてね。こんな理由で納得してくれればいいのだが……」
彼女はまた曖昧なことを言ってごまかしているようだった。
「それは隠れていた理由だ。ぼくたちはどうして出てきたかを聞いているんだ」
「いつまでも隠れていては警戒される一方だし、勇気を出して一歩踏み出してみたんだよ」
間髪入れずに返される。よどみのない回答だが、だからこそ疑わしい。
「納得できません。あなたは私に結城リトを抹殺させ、兵器としての生き方を思い出させるのが目的だったのではないですか?」
「たしかに以前はそう考えていた。が、事情が変わったのだよ。あの頃はまだデータが少なくてお前がどの程度人間に寄っているかがわからなかったのが、最近になってお前の本心が理解できた」
つまり、やはり初めに言っていた『金色の闇の本性を知る者』という名乗りは全くの嘘だったわけだ。彼女の話はまともに聞かないほうがいいようだった。
「私の本心、ですか?」
「そうさ、お前は自分が
先ほどまで浮かべていた微笑が、“捕食者の目”に変わる。
「無意識に気が付いているからだ。人とは決して相容れることのない兵器の本質。〈
いろいろと言いたい文句がすでに二桁個は見つかっていたが、このまま喋らせればまだまだ情報を得られそうだったので静かにしておく。
「それならば問題はない。わたしがなにもしなくともいずれ目覚める。ということで、そのときまでは気長に待つとするよ。それではな」
そう言うと全身が闇の粒子に覆われ、晴れたころに姿は消えていた。
ぼくたちはあっけにとられしばらく無言の空気が続いたが、いい加減動き始めることにした。
「その、ダークネスっていうのに心当たりはありますか?ヤミ?」
「い、いえ……わかりません」
動揺した様子でそう言う。こういうことは本人よりティアーユ先生に聞いたほうが詳しくわかるかもしれなかった。
このあと花火がよく見えるらしいリト先輩おすすめのポジションで合流するはずだったので、そこで聞いてみようと思う。
非常階段を使って五階建ての商業施設の屋上に登ると、前に会ったことのある先輩たちや顔見知りの宇宙人たちが揃っていた。
「という感じで、仲良くしたいからヨロシク。と」
「へーえ、まさかネメシスと会っていたとはね……」
この件について知っている御門先生、ティアーユ先生、お静ちゃんに情報共有を行い、意見を求める。
「めちゃくちゃ胡散臭くないですか!?なにか狙いがあると思います!」
ぼくもお静ちゃんとまったく同意見だったので彼女に両手の人差し指を向けて賛同の意を示す。
「そんな心配ありませんよ~……マスターはわたしの変化をいいことだって言ってくれたもん。きっと自分も人とのふれあいを試したくなったんじゃないかな?」
膝あたりまで伸びた髪をゆるくウェーブさせ碧い浴衣を着た芽亜がそう言って擁護する。
「そうだといいんですけどね」
「あ!疑ってる?環くん。そろそろ私のことも信用してくれてもいいと思うんだけど……」
彼女は眉を下げ、悲しそうな声を出す。
……彼女の主であるネメシスは怪しくはありつつも信用を得ようとしているようだし、以前〈精神侵入〉で繋がったときにぼくに対する敵意がないこともわかった。……あの日から保留にしてきた彼女の扱いを確定してもいいころかもしれない。
「もう環くんからはぺろぺろしてくれたし、いまさら警戒しなくていいでしょ?
「なッ!なに言ってんだ芽亜!?環もなにしてんだよ!?」
芽亜についてきていたナナが反応し、顔を赤くして詰め寄ってくる。
「あれは不可抗力で……あぁ、そうだ。どうやってぼくに〈精神侵入〉をしたのか種明かししてくれたらすこしは警戒を解けるんだけど」
「簡単だよ。環くんがアゼンダと戦っているのを見ていたからね。それで髪を切り離しても能力が使えるのがわかったから試してみて、見事成功したってこと!」
言われてみれば単純なことだったし、ぼくはもっと早く気が付くべきだった。
「ね、言ったからいいでしょ?ほら、環くん。ほっぺにわたあめついちゃったから、ぺろぺろして綺麗にして?」
「どこについているんですか。嘘つかないでください、メア」
芽亜の対応はヤミに任せて、ぼくは最も気になっていたことをティアーユ先生に訪ねる。
「先生、ダークネスってわかりますか?ネメシスが、ヤミの兵器としての本性だと言っていたんですが」
「私も気になっていました、一体どういう意味なのか……」
モモさんも同じだったらしい。
「……ごめんなさい、私にもちょっと……たぶん“金色の闇”としてのヤミちゃんをたとえて言ったんじゃないかしら?気にすることないわ」
本当にそうだろうか。あれもネメシスの、曖昧なことを言って脅かす手口の一つだったのだろうか。ぼくには判断がつかなかったが、専門家であるティアーユ先生の言うことをあえて疑う必要もない。
この日は、ネメシスの与えたインパクトが大きすぎてうまく花火を楽しめずに終わった。
「なに終わろうとしているんですか」
「え?」
ぷんぷんという擬態語が聞こえてきそうな顔をしたモモさんに引き留められる。人の集まっているところから離れて階段に腰掛けたので、ぼくも隣に座る。
「例の〈楽園〉計画の話ですよ!本当に抜けるんですか?」
「あれはただの確認のつもりだったんですが、本人が嫌がっていることをしたくありませんよ。モモさんの政治的な目的も理解はできるので妨害したりはしませんが……」
ところでこれが原因で訓練や〈反重力ウイング〉が取り上げられてしまったらどうしようか。そこまで考えが回っていなかった。
「……はぁ、そうですか。これは事前にリトさんに情報を共有していなかった私の失敗ですし、環さんのことは半ば強制的に手伝わせていたところもあったので、それは甘んじて受け入れますけど……」
「ただ、ぼくはモモさんのことを友達だと思っているのでこれのせいで険悪になったりしたくありません」
都合のいいことを言っているような気がした。あとに続く言葉が思いつかなくて黙っていると、モモさんが喋り出す。
「……そういうところ、本当にずるいですよね。環さんって」
彼女は小さくため息をつき、花火の明かりから逃げるように視線を逸らす。
「相手のことを考えているような言い方をしながら、自分はなにも悪くない、どうしようもなかったみたいな顔をして、自分の都合のいいようにことを進めようとしますし」
「そんなつもりは……」
否定しかけたが、心当たりがないわけではなかった。アゼンダと戦ったあとモモさんに怒られたときのこと。芽亜の真実を伝えずにいたことをナナに怒られたときのこと。
「わかってます。環さんはたぶん、本当に正しいと思ったことをしているだけなんでしょうし。……でも、だから困るんです」
モモさんはそう言って、少しだけ眉を下げる。
「環さんって、自分が正しいと思ったことをやるとき、本当に迷いがありませんよね。……それで相手がどういう気持ちになるかより、まず第一に
「……それは、間違っていますか?」
自分でも驚くほど素直にそんな言葉が出た。
モモさんはすぐには答えず、少し考えるように夜空を見上げる。遠くで花火が弾け、赤い光が彼女の横顔を照らした。
「間違ってはいないと思います。むしろ、すごく誠実です」
「なら……」
「でも、人間って理屈だけじゃないんですよ」
その言葉は、責めるというより、諭すような響きだった。
「たとえばさっきの件だって、環さんが私の不手際を利用して自分の利益を通そうとしたじゃないですか。やっていること自体は、至極真っ当です」
そこまで言うと、彼女は苦笑する。
「だから悔しいんですけどね」
「……すみません」
「謝らないでください、そういうところですよ。環さん、そのへん軽率ですから」
「軽率?」
「相手にちゃんと向き合って、正論で叩き潰して、最後に友達でいたいですって言うんですよ?ずるいに決まってるでしょう」
どう返せばいいのかわからず黙っていると、モモさんは肩をすくめた。
「まあ、今回はいいですよ。私が負けてあげます」
一拍置いて、さらに続ける。
「……その代わりと言ってはなんですが、そのこととは関係のないことでひとつ、相談したいことがあるんです」
自分のよくない部分を指摘され、叱られた直後のぼくには頷くしかできなかった。
「……走り出したら止まれないものって、あるじゃないですか」
「ドミノ倒しとか?」
「真面目に聞いているんですか?」
負けっぱなしは嫌だったので軽く反撃してみただけだ。真面目な顔に戻って話を聞く。
「とにかく。そういうものを自分が始めてしまって、そしてそれは自分の手から離れて止められなくなっていて、それでもあとから別の選択をしたくなってしまったら……どうすればいいんでしょうか」
抽象的な話だった。
「難しいですね……自分で決めたことなら自分でケリをつけるべきだと思いますけど、それがどうしてもできないなら他の人の力を借りるとか、いっそ無視して逃げちゃってもいいんじゃないですか?」
「人の助けを……そうですか。そうですね。ありがとうございます、考えてみます」
話はそれで終わり、結局この質問から彼女の真意をはかることはできなかった。
花火が終わって、祭りの余韻で浮ついたままの心と、ネメシスのことやモモさんの質問などに不穏な影を感じてすこし暗くなった心が混ざったまま帰宅した。
寝るときになっても妙な不安は除けなかった。今日の出来事を思い出し、なぜランドはネメシスを気に入ったのか。モモさんに指摘されたぼくの悪いところをどうやって直していくか。ダークネスとはなにか。モモさんの質問の意図は何だったのか。そういう問いを、答えを出せないままぐるぐると考えながら、いつの間にか眠りについていた。
環くんの決定的な弱点は「敗北を受け入れられないこと」です。
ちなみにメアと芽亜はわざと人によって変換を変えています。