壊れた仮面は壊れた運命を治したい   作:ヒナまつり

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4話

 

 「ほら、祥子…あなたの妹よ。挨拶してあげて?」

 

 「わたくしの、妹…」

 

 幼い頃、お母様の腕で寝ているわたくしよりも小さく儚い命から流れた涙に目を奪われて、伸ばした手に触れた冷たくも確かにあるあの子の熱を離したくないと、そう思いましたわ。

 

 わたくしと同じ瞳、同じ髪を持っているのに…あの子だけにしかないその儚さは時を重ねても変わることなくふと目を離したら消えてしまいそうで…わたくしの後を追うあの子をわたくしもずっと目で追い続けていました。

 

 きっとそれが当たり前でずっとこれからもそうなのだと思い続けていたのです。

 

 けれど、それだけ時を共にしても見えなかった一面がありましたの。

 

 それを実感したのは、ギターを弾きながら叫ぶあの子の姿でしたわ。

 

 あの瞬間、まるで翔子はわたくしの鳥籠から飛び出して何処までも飛んで行くようでした。

 

 そして、その後に残ったその叫びに音に…わたくしの胸が飛び上がって、何処からともなく溢れる熱が心臓を駆け抜けましたの。

 

 叫ぶあの子の表情は何時もと変わらず華やかなもので、ただ奏でる音だけは泣き叫んでいて、今の揺れている心が目に見えてわたくしはその震える手を取りましたわ。

 

 だって、その時の翔子はどんなものよりも美しく輝いていてそしてパッと消えてしまいそうな花火のようでしたから。

 

 けれど、きっとその選択が間違っていましたの。

 

 わたくしの選択があの子を傷つけてしまったのですわ…。

 

 そうでなければ泣きそうに儚く、それでも楽しそうに笑いながらわたくし達の春日陰とは違う春日陰を一人で叫ぶように歌うことなんてない筈ですの。

 

 ─きっと共にいるのにわたくし達はとても離れているのですわ、だってわたくしはあの子のことをずっと見ていたのに傷に気が付くことも異変に気が付くことも出来なかったのですから。

 

 ですから─わたくしはその儚い命から何があろうと二度と目を、手を離さないとここに決めましたの。

 

 そうでないと…あの子はわたくしの前から消えて二度と心地のよい冷たさも鈴のような声も失くして、いつの日か音に溶けてお母様のように死んでしまうと…そう感じてしまったのですから。

 

 


 

 あの日、お姉ちゃんの顔をちゃんと見れた日からボクは皆との春日陰の練習を再開したんだけど…。

 

 「翔、また感情出過ぎ!それじゃ燈の声が消えるから抑えて!」

 

 楽しい筈の練習は、かなり難航していた…ボクのせいで。

 

 でもアニメではないこの苦難がボクがここにいる証拠のように感じて…だからこそボクの胸は酷く傷んだ。

 

 「う、ごめん立希ねぇ、燈ねぇ…」

 

 「僕のせい…だよ。もっと、大きく…伝えないと」

 

 「ううん…ボクのせいだよ。燈ねぇのせいじゃない…ごめんなさい、もう一回…やろう?」

 

 けれど春日陰を弾けば弾くほど、響かせるボクの音は感情を溢れだして集まった音を掻き消してしまう。

 

 その度にやっぱりボクは要らないんじゃ…とそう思ってまた感情が漏れてしまう。

 

 それは足掻いても足掻いても深い沼に沈んでいくようで、ボクの心は擦りきれそうになっていた。

 

 そんなボクを見てお姉ちゃんは弾き方を変えてくれるけれど僕の中で燻る思いは変わらなくて…散々な練習を繰り返している。

 

 きっと仮面を被れれば問題ないのに、もう壊れてきった仮面は被ることもできなくて…どうすればいいか分からない。

 

 だから、皆がスタジオから先に出ると伝えられた時にボクは少しだけ自己練すると言って…一人で心を漏らすことにした。

 

 だって、貯まりきった水を全て吐き出せば痛くなることも溢れてしまうこともないと思ったから…。

 

 燈ねぇを真似するように、けれどこの痛みのままに叫んだ。

 

 今のボクだけにしか表せないギターの響きと共に。

 

 きっとこれも何かの真似だ。けれどそんなノイズを掻き消して、ボクの好きな音だけを走らせ想いのまま音を、春日陰であって春日陰ではないその曲を奏でる。

 

 その瞬間、ボクはボクであれて…初ねぇに繋がれた鎖の限界まで飛び立てるような気がしたんだ。

 

 それが、どうしようもなく嬉しくて…けれど痛くて悲しくて揺れる想いの中で叫び続けた。

 

 垂れる汗も、途切れそうになる息も千切れそうな腕もその全てを無視しながら全力で…ボクを出し尽くす。

 

 ─だから、気が付けなかった。防音扉の前に映る影も、落ちていった雫達も…感嘆する声も。

 

 


 

 その次の日の朝は雲一つもない晴天で、悩んでいたことが馬鹿みたいに感じれる程、綺麗な青に染まっていた。

 

 だから、引きずる黒い影を振り払ってボクはお姉ちゃんの手を取って歩きだそうとした。

 

 けれど、お姉ちゃんの綺麗な月の瞳に一瞬写った黒い影を見てしまって…立ち止まる。

 

 「…お姉ちゃん、大丈夫…?」

 

 「…?ほら、翔子止まってないで行きましょう?今日も忙しい1日になりますから」

 

 だけどお姉ちゃんは何事もなくボクの手を引いて歩いていく。

 

 けれど、一瞬写ったあの影が気になって横からお姉ちゃんの顔を覗き込んだ時には何時ものお姉ちゃんしか写っていなかった。

 

 ─気のせい、なのかな?

 

 「翔子、どうなさいました?もしかして、また体調が…?」

 

 「…ううん、体調は大丈夫だよ。ねぇ、お姉ちゃん…わっ!」

 

 「それなら良かったですわ!…翔子?このままでは遅れてしまいますわ!ほら、行きましょう?」

 

 でも、そう言いながらまたボクを引っ張るその手は何時もより暖かくなくて…引っ張る力は少し痛い。

 

 それはまるで、初ねぇの鎖みたいにボクを閉じ込めようとしているようで…でも繋ぎ止めるみたいでもあって。

 

 けれどそのボクだけを照らす光を何処か心地よく感じていた。

 

 だから、お姉ちゃんの変化に気付いているのに気付かない振りをした。

 

 ボクなんかが深く踏み込んでしまっては行けないと…そう思ったから。

 

 でも、きっと踏み込むべきだったんだ。お姉ちゃんの心の中に。そして気持ちをちゃんと理解して…話し合うべきだった。

 

 そうすれば、まだすれ違うことも…お姉ちゃんがボクのことを閉じ込めようとすることもなかったんだ。

 

 だからまた、知らない内にボクの罪が重なって…歯車は空回りをしていった。

 

 けれど、それに気がつかずにボクは何時ものようにお姉ちゃん達と燈ねぇを向かいに行って、歩道橋の手すりに寄りかかった立希ねぇに気がついた。

 

 「…あれ、立希ちゃん?」

 

 「あ、ほんとだ!立希ねぇー!」

 

 「…翔。その、昨日はごめん。言い過ぎたから、それだけ…じゃ、また後で…」

 

 けれど弱々しく呟くように放った立希ねぇの言葉は、ボクの心には届かなくて…でも困惑する頭でボクは離れていく立希ねぇの手を取った。

 

 「うん…?昨日のはボクが悪かったもん。立希ねぇは悪くないよ?それに、どうせなら一緒に行こ?燈ねぇも来るんだし!」

 

 「ちょっ、翔…!」

 

 「翔、ちょうど燈…来た…」

 

 「ええ。燈、良いタイミングですわ!ほら行きましょう?」

 

 「…?…??」

 

 「ほら、不思議そうな顔をしてないで燈ちゃんも行くよ~♪」

 

 歩道橋を、僕達は駆け抜ける。すり抜けそうな立希ねぇの手をしっかりと握りながら…皆と一緒に。

 

 その後スタジオにたどり着いてボク達は練習の準備をしていた。

 

 その間、ボクは今日は泥に足を取られることも、沼に嵌まることもないと思えた。それはきっと昨日、全てを吐き出したお陰なんだろう。

 

 だから、ウキウキでシールドをギターに差したのに…その瞬間酷いノイズが走った。

 

 それは、鈍感なボクにも嫌な予感をさせるには十分で…その時、急に触れられた袖に振り替えってその予感が当たってしまった。

 

 「…翔ちゃん、一緒に…歌おう…?昨日の…翔ちゃんの歌…叫んでた。僕の知らない…翔ちゃんで…だから、一緒に…叫びたい」

 

 「…えっ?昨日の…聞いてた…」

 

 それは予想もしなかったことで…皆の仮面を外したことで余計に聞こえるようになってしまった小さなでも力強いその燈ねぇの言葉にボクの頭は真っ白になった。

 

 ─見られた、見られた…!?ダメだ、それは…ダメなんだ!弱いボクは隠さないと…じゃないと…っ!…嫌われちゃうのに…っ!

 

 思考に締め付けられる心臓と、上がっていく息とカチカチと鳴り響く歯の音だけが耳に響いて目の前も薄暗くなった。

 

 初ねぇは、良いって言ってくれた。あの人は優しくて、ボクなんかでも好きだって言ってくれたから。でも、これは本来…醜くて隠さないといけないところで…ほら、嗤ってる…!

 

 薄暗い視界に写る燈ねぇの顔は、ボクを嗤って…見えない皆もきっと嗤っている。

 

 ケラケラ、ケラケラ…!そんなこと、皆しない筈なのに…ボクには全部が嗤っているように見えて…でも崩れそうになったボクの手を、泣きそうな顔の燈ねぇが掴んだ。

 

 「違う、笑ってなんかない!…翔ちゃんの歌は…!叫びは!カッコ良かった!…僕にはない、唯一無二なもので…!だから、嫌いになんか…ならないよっ!」

 

 熱く、熱く…ボクの幻を焼いて燈ねぇはボクを見て…ボクに燈ねぇの顔を見せた。

 

 泣きながらも、放さないと叫ぶそんな顔を。

 

 ─あぁ、またボクは仮面を着けてしまった。皆の顔に…。

 

 一歩を踏み出した筈なのに、結局ボクは進んでなんかいなくて空回りしていたのに。でも、そんなボクでも燈ねぇは見ていてくれて…引っ張ってくれた。

 

 「…わたくしもですわ。翔子、あなたの叫びは…とても綺麗で…美しいものでしたの。だから、だから…一人だと泣かないで。わたくしの顔をしっかり見てくださいな…」

 

 お姉ちゃんの光はちゃんとボクを見て、そしてそれでも…それで良いんだと教えてくれて。ボクもその光に目を伏せるんじゃなくて、ちゃんと向き直せた。

 

 「…うん。翔のギターは…ずっと歌ってた。…綺麗に、叫んで。…私とは違って。…だから、笑わない。笑うことなんて…出来ない。醜いなんて、思えない。だから…行かないで」

 

 睦姉さんは、苦手な言葉を必死に、ボクを傷つけないように紡いで、ボクを繋ぎ止めてくれて。

 

 「そう、翔の歌は…悔しいけどカッコ良かった。笑うことなんて、しない。だから、また聞かせてほしい。もう、あんな風に言わないから。だから…」

 

 不器用に、でも優しく立希ねぇはボクに手を伸ばす。今度こそはその言葉がボクに届いて…心の傷を埋め立てた。

 

 「皆の言う通り、翔ちゃんは、醜くなんてないよ!私も、私も…きっと同じだったから…。だから、だから…あの叫びは共感できて…!だから、泣かないでほしいの、堂々と胸を張って…また叫んでほしいの…」

 

 そして、そよお姉様…いや、そよねぇはボクと同じところへ立って…ボクの背中を優しく押して皆の場所まで連れていってくれた。

 

 みんな、みんな…ボクを、本物のボクを見て、笑うどころか綺麗だって、美しいって…。

 

 そんなこと、言われたこと無かった。

 

 だから、だから溢れる涙は…何時もよりも大きく流れて…ボクの中にあった劣等感も、異物感も吹き飛ばしていて良いんだって伝えてくれた。

 

 その瞬間、ボクは皆と繋がり合えた気がして…涙でぐちゃぐちゃな声で叫んだ。

 

 「うん…うん!ボクが、ボクであれるように。みんなと、叫びたい。みんなの顔を、ちゃんと見て…一緒に歩きたい。こんな、ボクでも…」

 

 「もう。こんな、ではないでしょう?翔子」

 

 呆れるように、でも暖かく僕を見ながらお姉ちゃんはまだ墜ちている僕の言葉を直して、飛び立てるように彩ってくれた。

 

 だから、溢した。未来も、明日も忘れて今の僕の言葉を。

 

 「…うん、うん!お姉ちゃん、ありがとう。これが、ボクだから…。だから…放さないでほしい。ボクは、一人じゃ歩けないから…皆と一緒に、居たい」

 

 「うん…僕も。ずっと、一生…一緒に居たい。みんなだから…そう思えたから」

 

 「私も、そう。こんなに、自分を漏らすことなんて…皆とじゃないと、出来なかった。だから、もう離れたくない…」

 

 「わたくしも、ですわ。わたくし達は運命共同体…どんな一瞬も取りこぼさず皆で未来を見ていきたいのです」

 

 「…私も。ここだけは私で居られる気がして…これがきっと、運命なんだ…ってそう思えた。だから、一生だよ~?誓うから」

 

 「─私は…いきゃいけない」

 

 でも、ボクの心の底からの声は睦姉さんに否定されたように聞こえた。

 

 …だけど、皆とボクの仮面を外したからボクにはその言葉に含まれた意味が見えて…。

 

 責める皆の声の中で今度はボクが手を伸ばせた。─ふふっ、これも初めてだ…。

 

 「睦姉さん…!大丈夫、歌えてるよ。睦姉さんのギターも!だから、だから…ボクから離れないで?…ボクの、皆のためにまた、歌って?…ボクは睦姉さんとじゃないと歌えないから…!」

 

 「…翔。…本当?私は…歌えてる?翔みたいに…」

 

 「ううん…そうじゃないの。睦姉さんとして、歌えてるんだよ!だから…だからそんな悲しいこと言わないで…?ね…?」

 

 ボクと同じぐらい小さな、人形のようなその手を取ってボクは叫んだ。

 

 だから、弱さを見せ合ったボクたちは強く強く縛り合えた。きっとほどけることなんてなくて、永遠に続くように。

 

 ─でも、強く強く縛られているほど繋がりは切れやすくなることも、切れた後酷く痛むことも…ボクは知らなかった。

 

 未来を─運命を知っているくせに。

 

 

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