オールマイトは悪の象徴である!
一方でAFOは正義の帝王であった。

ここは善悪逆転アカデミアァアアアア!


出オチが勝負の短編作品であるッ!!

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善悪逆転アカデミア

 夕焼けが国立徒叛高校の白い校舎を赤く染め上げていた。

 

 東の雄英、西の士傑と過去名だたるヒーローを送り出してきた学校がある。

 だがヒーロー科があるのはこの二つの高校だけではない。

 

 いわゆる裏日本、北陸の地にも徒叛高校と呼ばれるヒーロー科が存在する。

 

 ──およそ、ヒーローに向かない個性。

 

 強力な個性であってもその個性の行使に人々が眉を顰めるもの。もしくはおよそ有用とは程遠い個性をその身に宿し、それでいて尚心にヒーローの心が燃え盛っているもの。

 そう言うものたちを受け入れる日本でも特異なヒーロー科。

 

 それこそが国立徒叛高校なのである。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 1年A組 救助実習。

 

「トガちゃん、止血帯の巻き方に不備があるわ。この状況だと必要なのは早さよりも丁寧さなの。要救助者が一番怖いのはね? 助けてくれる人の手が震えることよ」

 

 要救助者役の徒叛高校教師のマグネがトガヒミコを厳しく指導する。

 

 長い黒髪が端正で美しい顔に良く似合っていた。

 教え子であるトガヒミコへの真剣な思いが彼女の声に籠っている。

 

「はぁい、マグ姉!」

 

 トガヒミコが巻いた包帯を手早く解き、さっきとは違って丁寧に巻きなおしていく。

 

「ん、それでいいのよ」

 

 巻きなおした包帯をチェックしてマグネが合格を言い渡す。

 元々トガヒミコの手際は十分なレベルにある。

 

「演習なのは分かってるけど……助けたい気持ちが強くなると、ついもっと早くって思っちゃって」

 

 トガヒミコは応急措置用の鞄に自己融着する最新型のハイテク包帯を仕舞っていく。

 

 彼女の個性は「変身」。

 一見、非常に汎用性の高い個性でヒーロー向きと思われるが、変身には他者の血液を必要とする癖の強いものだった。

 

 しかもこの個性は吸血衝動を伴うもので、この国では、そしてこの社会ではヒーローとしてやっていくことは大きな困難を伴うことが予想された。

 

 だからこそ、彼女はこの徒叛高校に進学を決めたのだ。

 幼いころ、彼女は吸血衝動に突き動かされて吸血事件を起こしてしまった。

 

 決して許されないことなのに、彼女の両親は必死にトガヒミコをサポートし、彼女の味方になって周りの人に理解を求めたのだ。

 

 

 ヒーローになりたい。

 

 これがきっかけになって彼女はヒーローを志した。

 そして今、この学校で夢を叶えつつあるのだった。

 

 

 ドォォォォォン!! 

 

 徒叛高校の校門が突如吹き飛んだ。

 セキュリティ対策で、ヒーロー科の学校は校舎も門も普通ではあり得ない堅牢さが求められる。

 

 並みのヴィランの攻撃では門を破ることさえできない。

 

 だが徒叛高校の誇る鋼鉄製の校門が、まるで紙細工のように吹き飛んだ。

 吹き飛んだ鋼鉄の門がグラウンドを跳ねながら横滑りし、土煙をもうもうと上げる。

 

 教師であるマグネを始め生徒が教室の窓に張り付いた。

 

「なんだ!?」

「何が起こった?」

「襲撃か!?」

 

 スピーカーから校内放送が流れ始めた。

 生徒たちに避難を告げるものだった。

 

 ゆっくりと土煙が収まっていく。

 人影が次第にはっきりとしていき、その巨体で正体を察した一部の生徒たちから悲鳴が上がる。

 

 砂塵が晴れた先に立つ影は、絶望的なまでに大きかった。

 

「ハッハッハッハッハ!!」

 

 腹の底まで揺さぶるような快活な哄笑がその人物から発せられた。

 砂煙の向こうから姿を現したのは、この世界の悪の象徴オールマイトだった。

 

 盛り上がった筋肉。

 歯が太陽光を反射し白く光る。

 

 鋭いその目に生まれた時から慈悲の色はなく、全てを蹂躙する捕食者の眼光がぎらついていた。

 

「青春の真っ只中の徒叛高校生徒諸君!」

 

 オールマイトがポーズを取る。

 

「絶望したまえ! 私が──来たッ!!」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 誰も動けなかった。

 

 当然だろう。

 オールマイトの存在自体が放つ波動が学校の敷地内で猛威を振るっているのだ。

 

 北陸最高の徒叛高校ヒーロー科といえど学生が即座に対応しろなどという方が無理な話なのだ。

 オールマイトであれば尚更に。

 

 世界ヴィランランキング第一位。

 

 この地球上に存在するありとあらゆる武力をもって当たっても、人類はオールマイトを止めることができない。

 そう言われるだけの存在なのだ。

 

 だがそれでも。

 

「……全員、速やかに第三校舎のシェルターへ避難。走りなさい!!」

 

 マグネの声が硬直していた生徒たちの耳を叩いた。

 

「マグ姉、でも」

 

「トガちゃん」

 

 マグネがトガヒミコの言葉を遮った。

 

「あなたは学生であってもヒーローの卵よ。まずは自分を守りなさい」

 

 トガヒミコは何かを言いかけて口を噤んだ。

 

 そうだ。ヒーローは要救助者を守らねばならない。

 自分が無茶をして、守られる側へ回るのはヒーローのすることではない。

 

「……分かりました」

 

 トガヒミコを筆頭に生徒たちが第三校舎のシェルターに向かって駆け出した。

 

 マグネは教室の窓から飛び降りてグラウンドに降り立った。

 

 オールマイトと一人で対峙する。

 彼女の長い黒髪が砂塵交じりの風になびいた。

 

「生徒の盾になるつもりかね?」

 

 オールマイトがどこか愉しそうに言う。

 笑みも浮かべている。

 これから玩具を壊そうとする質の悪い子供の顔のようだった。

 

「そのつもりよ」

 

 彼女の個性は「磁力」。

 

 徒叛高校の教師はプロヒーローでもある。

 鍛えに鍛えた磁力の個性をもってしてもオールマイトを止めることは叶わないだろう。

 

 だがここで退くわけにはいかなかった。

 グラウンドの端に小さな影が一つ、縮こまっているのをマグネは視界の端に捉えていた。

 避難できなかった一年生だろう。

 恐怖で足が竦み、動けなくなっているのだ。

 

「アタシはヒーローだからね」

 

 マグネはオールマイトに向かって一歩前に出た。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「相変わらずオールマイトは豪快だね」

 

 仁王立ちしていたオールマイトの足元からブドウの房みたいな髪型をした男が現れた。

 

 峰田実。

 

 オールマイトのヴィラン活動にコバンザメのようについて回り、逃げ惑う女性たちにセクハラをして回る悪名高い男だった。

 性欲に極めて忠実で自制心の欠片も無い男だった。

 

「それにしても」

 

 峰田が品定めするようにマグネを見た。

 

「良い女だなぁ。おっぱい揉みてぇ」

 

「峰田」

 

「なに?」

 

 オールマイトが峰田を蹴った。

 

「邪魔をするな」

 

 蹴られた峰田が校舎の方に吹き飛んでいく。

 

「おああああああッ!?」

 

 ガッシャーン!! 

 

 窓が割れて教室にの中に消えていった。

 

 

「さて、始めようか」

 

 オールマイトが片足を持ち上げ、地面をドンと踏みしめた。

 ただそれだけで、地面が波打つ。

 

「教師は大変だな、守る者が多くて」

 

 オールマイトがゆっくりとマグネへ向かって歩き始める。

 

「覚悟は決めているようだが、私の前では覚悟など何の意味も持たない」

 

「そうかもね」

 

 マグネは両腕を広げ、個性を解放した。

 グラウンドに放置されていた鋼鉄製の校門の残骸が、轟音を立てて宙に舞い上がる。

 

「でも覚悟なしで立てるほど、アタシは軽くもないわよ」

 

 磁力で操る鉄塊がオールマイトへと殺到した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 鋼鉄の塊がオールマイトへと殺到する。

 オールマイトは避けなかった。

 右腕を一振り。それだけで、宙を舞う鉄塊が衝撃波で全て粉砕され、鉄片となってグラウンドに降り注いだ。

 

「磁力か」

 

 オールマイトが感心したように言った。

 もちろんその目は笑っていない。

 

「いい個性だ。だがな」

 

 地面が、再び波打つ。

 

「私には通用しない」

 

 オールマイトが腰を落とし、一歩踏み込んだ。

 

 パンチを放つ前の圧力だけで空気が軋んでいる。

 

 一瞬後にはマグネがバラバラになりながら吹き飛ぶ光景が展開されるはずだった。

 

 だが二つの影がオールマイトとマグネの間に割り込んだ。

 

「マグ姉、下がって」

 

 一人は炎を両手に纏わせた皮膚の焼け爛れた男だった。

 もう一人は乾いたボロボロの手を前に突き出しながら、オールマイトとマグネの間に滑り込んだ。

 

 荼毘と死柄木弔。

 

 1年A組の生徒でマグネの教え子たちだ。

 

「あなたたち!」

 

 マグネの声に珍しく動揺が混じる。

 

「なぜ戻ってきたの。避難しろって言ったでしょう」

 

「聞こえてたよ」

 

 荼毘が炎を揺らしながら、振り返りもせずに言った。

 両手の炎が赤から蒼へと染まっていく。

 

 完全な臨戦態勢だ。

 荼毘はその見た目からまともな方法ではヒーローにはなれないと思われていた。

 

 受け入れてくれたのは徒叛高校ヒーロー科だけだった。

 

「聞こえてたけど、戻ってきた。それだけの話だろ」

 

「理屈じゃないんですよ、マグ姉」

 

 死柄木が手をわずかに開閉しながら、ぼそりと続ける。

 

「マグ姉が一人で残ってるのに、俺たちだけ逃げるとか。そういう選択肢、最初からなかったんで」

 

 その言葉でマグネの美しい顔が歪む。

 

「あなたたちはまだ学生よ。下がってなさい」

 

 しばしの沈黙。

 

 荼毘がマグネの方へ僅かに視線を流す。

 

「マグ姉」

 

「なに」

 

「俺たち、もう仮免持ってるからよ?」

 

 一拍置いて、死柄木が続けた。

 

「もうヒーローなんだよ、マグ姉」

 

 マグネは何も言えなかった。

 言葉を探したが、見つからなかった。

 教え子に言い返せない日が来るとはと彼女は内心で苦く笑った。

 

 それと同時に、胸の奥が熱くなるのを止められなかった。

 

「……全く」

 

 絞り出した言葉は、それだけだった。

 

「手を焼かせる子たちね」

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「ほほう」

 

 オールマイトが、愉快そうに三人を眺めた。

 

「教師を庇って出てくるか。いい心がけだ。壊し甲斐がある」

 

 荼毘の蒼炎が膨れ上がる。

 死柄木の指が、地面の砂を僅かに崩壊させる。

 

 三人が、横に並んだ。

 

「先生」

 

 死柄木が前を向いたまま言った。

 

「後ろのあいつ、まだいますよね」

 

 マグネは息を呑んだ。

 そうだ。避難しきれなかった生徒が、まだグラウンドの端に残っている。

 

「……ええ」

 

「なら、その子だけ頼みます」

 

 荼毘が炎の出力を上げ始めた。

 

「俺たちのことは、心配しなくていい」

 

 マグネは沈黙した。

 三秒後、静かに踵を返した。

 

 オールマイトはその様子を楽し気に見つめている。

 追撃する気は無いようだった。

 

 悪の象徴と言われる男なのだ。

 この状況で追い打ちなど沽券にかかわるのだろう。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

「さて……もういいかね?」

 

 オールマイトの周りの空気が再び軋み始めた。

 

「少しは楽しめそうだ」

 

「楽しんでる場合かよ」

 

 ドオォッ!! 

 

 荼毘が全力で蒼炎を解き放った。

 

 鋼鉄すら溶かしきる超高温の蒼い炎がオールマイトのいた場所を薙ぎ払った。

 だがオールマイトは当然その場所にはもういなかった。

 

「熱いな」

 

 荼毘の真横に移動したオールマイトが右腕を振りかぶった。

 

「オオオオオッ!!」

 

 死柄木が地面を触れながら、片腕を振り切った。

 触れるものすべてを塵へと変える崩壊の個性が死柄木の足元からオールマイトに向かって伝搬していく。

 制御を誤れば荼毘も巻き込むが、死柄木は既に崩壊の厄介な伝搬を訓練でものにしていたのだ。

 

 触れさえすればオールマイトとて塵へと変わる必殺の一撃を放った死柄木がすぐに上を見上げた。

 

 オールマイトは空中に跳躍していた。

 重力など、この男には関係がないかのように。

 

「流石に君の個性は危険だね」

 

 オールマイトが空中から二人を見下ろした。

 

「だが、当たらねばどうということはない」

 

 空中でオールマイトが振りかぶった。

 その動作だけで空気が圧縮されている。

 

 荼毘と死柄木はそれでも退かなかった。

 まだマグ姉が逃げ遅れた生徒を確保できていないのだ。

 

 

 その時、空間に光の粒が現れた。

 

 

 一点から光の粒が滲み出るように周囲に広がっていく。

 白い霧の中から二人の男が姿を現した。

 

 蒼炎も崩壊も、腕を振りかぶったオールマイトも──全員が動きを止めた。

 

 純白のスーツを品よく着こなした壮年の男が静かにグランドに降り立った。

 

「……間に合ったか。久しぶりだね八木くん」

 

 声は穏やかだった。

 

 穏やかで、低く、それでいてグラウンド全体に染み渡るような声だった。

 オールマイトの振り上げた拳が止まっている。

 止められている。

 

 いつの間にか鞭のようなものがオールマイトの腕に絡みついていた。

 

「その子たちはまだ学生なんだ。加えて言うと前途有望でもある」

 

 この静かな男はオール・フォー・ワン。

 

 国立徒叛高校理事長にして、この世界における正義の帝王。

 彼はオールマイトの拳を受け止めたまま、振り返って荼毘と死柄木を見た。

 

「二人とも、怪我はないかね?」

 

「……ッ、先生」

 

 死柄木の声が珍しく掠れた。

 

「すみません、俺たちでは」

 

「もう大丈夫。僕がいる」

 

 AFOはそれだけ言って、再びオールマイトへと向き直った。

 

「君たちは十分やった。あとは僕に任せなさい」

 

「……来たか、オール・フォー・ワン」

 

「5年ぶりだね、八木くん」

 

 AFOは校舎の割れた窓ガラスを見て顔を僅かに顰めた。

 

「人の学校に無断で入るのは感心しないな」

 

「貴様に感心されたくはないわ!」

 

 オールマイトの拳に力が込もる。

 AFOはそれを受け止めたまま、一歩も退かなかった。

 

「そうかい」

 

 白いスーツの裾が風に揺れた。

 

「では実力で分からせてあげよう」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 二つの頂点が激突した。

 

 AFOが両手に衝撃波を展開した。

 AFOが最も得意とする「守護の盾」だ。

 

 衝撃波が物理的な盾となって、オールマイトの拳が放たれる度に受け止めた。

 漏れ出る余波だけで校舎の窓ガラスがひび割れていく。

 

 荼毘が死柄木の腕を掴んで引いた。

 

「下がるぞ」

 

「分かってる」

 

 二人は後退しながらも、目だけはその戦いから離せなかった。

 

 AFOはオールマイトの拳を受け、流し、いなし、そして押し返した。

 攻撃らしい攻撃を一切せずに、ただ防御に徹するだけで世界最強の(ヴィラン)を手こずらせていた。

 

「どういう戦い方だよ、あれ」

 

 荼毘が低く呟いた。

 

「……強いってこういうことなんだな」

 

 死柄木が、珍しく素直な声で言った。

 AFOの顔面を狙ったオールマイトの拳がまたしても盾で防がれる。

 音速を超える拳が生み出すソニックブームがグラウンドを切り刻んでいる。

 

 ソニックブームはただの余波なのだ。

 拳を受け止めるAFOの不可視の守護の盾にオールマイトの顔が歪む。

 

 オールマイトの拳が、また盾に叩きつけられる。

 だがAFOは退かない。

 

「チィッ!」

 

 オールマイトが初めて舌打ちをした。

 

 その顔から、余裕の色が消えていた。

 何度打っても、何度踏み込んでもAFOは一歩も引かないのだ。

 まるで嵐を受け止める巨大な山脈のように小揺るぎもしない。

 

「何故だ!」

 

 オールマイトが低く言った。

 

「何故貴様は攻撃してこない。守るだけでは、いずれ」

 

「いずれ?」

 

 AFOが穏やかに遮った。

 

「いずれ私が疲弊する、と言いたいのかい」

 

「……そうだ」

 

「なるほど」

 

 AFOは少し考えるように間を置いた。

 

「では聞くけれど、八木くん」

 

「なんだ」

 

「君は今、疲れていないかい」

 

 沈黙。

 

 オールマイトの表情が僅かに変わる。

 打っても打っても手応えがない、という状況は肉体よりも精神を削る。

 

「……」

 

「攻撃とはね、エネルギーを外に向けて放出する行為だ」

 

 AFOは静かに続けた。

 

「対して守ることは、相手のエネルギーを受けて、逃がして、無効化する。どちらが消耗するか——考えれば分かるだろう?」

 

「屁理屈を!」

 

「理屈だよ、オールマイト」

 

 AFOが一歩、前に出た。

 初めて、前に出た。

 

「そろそろ終わりにしようか、八木くん。私の生徒たちが心配している頃だろうし」

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 何が起きたのか、荼毘にも死柄木にも正確には分からなかった。

 

 AFOが動いた。

 それだけは見えた。

 

 次の瞬間にはオールマイトが吹き飛んでいて、グラウンドの向こうの塀に背中から激突していた。

 

 塀にひびが入る。土煙が上がった。

 しばらく誰もしゃべらない状況が続き、土煙の中からオールマイトがゆっくりと立ち上がった。

 

「……ッ」

 

 オールマイトがAFOを見た。

 

「……今日はここまでにしておく」

 

 絞り出すような声だった。

 

「だが覚えておけ、オール・フォー・ワン。次は街ごと更地にしてやる」

 

「いつでも」

 

 AFOは穏やかに答えた。

 

「ただし、次は学校の外でやってくれると助かる。修繕費が馬鹿にならないんだ」

 

 オールマイトが舌打ちをして、空へと跳躍した。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 静寂が、グラウンドに戻ってきた。

 最初に動いたのは、トガヒミコだった。

 いつの間にか校舎の入り口に戻ってきていた彼女が、小走りでグラウンドに飛び出してきた。

 

「死柄木くん! 荼毘くん! 怪我ない!?」

 

「ない」

 

「ちょっとはある」

 

 荼毘が右腕を見ながら言った。

 オールマイトの衝撃波をまともに受けた部分の皮膚が剥がれていた。

 

「ちょっとってレベルじゃないわよそれ!」

 

 トガヒミコが応急処置の鞄を取り出しながら叫んだ。鞄を開く手つきは、さっきの演習より余程手際が良かった。

 マグネはその様子を少し離れたところから見ていた。

 

 AFOが隣に並んだ。

 

「お疲れ様、マグネさん」

 

「……理事長こそ」

 

 マグネは少し間を置いた。

 

「遅くなかったかしら?」

 

「すまないね。白霧を連れて関西に出張中だったし」

 

 AFOが苦笑する。

 マグネは死柄木と荼毘の方を向いた。

 

「あの二人、退かなかったわ。私がどれだけ言っても」

 

「そうか」

 

「仮免を盾にしてね」

 

「なるほど」

 

 AFOは小さく笑った。

 

「それは言い返せないな」

 

「全くよ」

 

 マグネも、ため息とも苦笑ともつかない息を吐いた。

 

「……でも、正直に言うと」

 

 彼女はそこで言葉を切った。

 AFOは何も言わずに続きを待った。

 

「嬉しかったわ。少しだけね」

 

 それだけ言って、マグネはトガヒミコたちの方へと歩いていった。

 AFOはその背中を見送ってから、壊れた校門の残骸を眺めた。

 修繕費の計算が、頭の中で始まった。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「荼毘くん、ちゃんと消毒しないとダメだからね!」

 

「痛い、トガ、痛いって」

 

「我慢して」

 

「弔くんもケガしてるとこ見せなさい」

 

「俺はいい」

 

「良くない」

 

 トガヒミコの容赦のない処置が続く中、マグネが二人の前に立った。

 

 死柄木と荼毘が、揃って顔を上げる。

 マグネは腕を組んで、二人を見下ろした。

 

 長い沈黙の後。

 

「よくやったわ」

 

 それだけだった。

 それだけだったが、二人は何も言わなかった。

 荼毘が視線を逸らした。死柄木が、珍しく、うつむいた。

 

 トガヒミコだけが「えへへ」と笑った。

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 トガが処置を終え、ようやくオールマイト襲撃の波乱が収まりかけたその時だった。

 

「きゃあああ! 助けてぇぇ!」

 

 静寂を切り裂いたのは、避難誘導中だった女子生徒たちの悲鳴だった。

 一同が振り返ると、第三校舎の割れた窓から先ほどオールマイトに蹴り飛ばされたはずの峰田が這い出していた。

 

「ヒャッハー! 避難所は女子の密集地帯じゃねーか! まさに天国! これぞ怪我の功名だぜぇぇ!」

 

 峰田は個性の粘着球を投げまくりながら、恐怖で動けない女子生徒に向かって突進していった。

 その顔は鼻血とヨダレでぐちゃぐちゃだが、悪の象徴オールマイトを遥かに凌駕するどす黒い執念を放っていた。

 

「ちょっと! あいつまだ生きてたの!?」

 

 トガが鞄をひっつかんで立ち上がるが、距離がある。

 

「アタシが行くわ」

 

 マグネが磁力で足元の鉄片を利用して、凄まじい速さで峰田の背後へ肉薄した。

 

「そこまでよ、このドブネズミ!」

 

 マグネの伸ばした手が、峰田の襟首を掴もうとしたその瞬間。

 峰田が空中で不自然な捻りを加え、獲物を狙う獣のような動きでマグネへと反転ダイブを仕掛けた。

 

「……かかったな、長髪の姉ちゃん! 本当の狙いは、上玉のあんただよぉぉ!!」

 

 峰田は腕を潜り抜け、マグネのふくよかな胸板に顔面から激突した。

 

「おおお! いい匂い! けど、なんか妙に……弾力っていうか、鋼鉄みたいな手応えがあるな?」

 

 だが峰田が戸惑ったのは一瞬だった。

 さらに暴走する。

 欲望のアクセルを床まで踏み込み、その両手をマグネのスカートの中、股間へと力いっぱい滑り込ませた。

 

「いただきだぜ、禁断の果……実……?」

 

 

 

 

 世界から音が消えた。

 

 峰田の表情が、歓喜から困惑、そして戦慄へと変わっていく。

 その手のひらに伝わってくるのは、決して美女から発せられてはならない圧倒的なボリューム感だった。

 熱く、逞しく、そして猛々しく脈打つ雄としての証だった。

 

 マグネが、その可憐な見た目からは想像もつかない、地響きのような野太い低音ボイスで囁いた。

 

「……あら、坊や。アタシ、これでも結構鍛えてるのよ」

 

 峰田は、マグネの胸と股間をしっかりと握りしめたまま、顔面を真っ青にして絶叫した。

 

「ぎゃああああああああああ!! ついてる! むしろ俺のよりデケェもんがパンパンについてるゥゥゥ!!!」

 

「五月蝿いよ。乙女の秘密を大声で叫ぶもんじゃないわ、クソガキ」

 

 マグネの、巨岩をも砕くようなアッパーカットが峰田の顎を打ち抜いた。

 放物線を描いて空の彼方へと消えていく峰田を見送りながら、マグネは漢の顔で拳をポキポキと鳴らした。

 

「アタシはね、心は女の子だけど、身体は誰よりも漢なのよ。アンタみたいな安っぽいオスに、安売りするようなタマじゃないの!」

 

 遠ざかる空から、峰田の魂を削り出すような絶叫が再び響き渡る。

 

「アォオオオオオォォォォォン!!」

 

 静まり返ったグラウンド。

 トガが、呆然と空を見上げながらポツリと呟いた。

 

「……あの、先生。オールマイトは怖かったですけど……あの葡萄みたいな人がもっと怖いっていうか」

 

 死柄木も、荼毘も、そして理事長のAFOも、何も言わずに深く頷いた。

 

 AFOはどこか呆れたように、星となって小さく消えていく峰田を目で追った。

 

「……世界がどれほど逆転しても、彼の(カルマ)だけは変わらないようだね」

 

 

 

<終わり>


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