俺たちはついにファリエールに入った。
ああ、石畳を踏むと人里に出たんだと安心する。
街に入るのにまた税金を取られたのは痛いけど、この安堵感には代えがたいぜ。
街中には、リンツ辺境伯の使いらしい人が待ち構えていた。
「初めまして、ムコーダ様ですね? 私は辺境伯の使いで、エドモンと申します。さっそくですが、辺境伯様が貴方様とお会いしたいと」
愛想笑いを浮かべたエドモンさんが手を揉み合わせながら打診してくる。
あー、ヴェルナーさんが懸念してた通りになったな。
ここは丁重にお断りしておこう。
「いえいえ、私のような一介の旅人がそんな恐れ多い」
「いえいえ…… 是非に! と」
「い、いえ……」
「いえいえいえ、是非ともご一緒……う、うぐ?」
押し問答になりかけていた時、デオがすっと進み出た。
その触手の先端が光ると、エドモンさんが変な顔をして呻く。
「ど、どうしました?」
「意識が、遠く…… てょわわぁぁ~ん」
「うわっ?!」
エドモンさんが輝きながら浮いた!
そのままスゥー…と、元来た道をスライドしていく。
角を曲がって姿が見えなくなったタイミングで、デオは触手を下ろす。
「デオ、お前がやったのか?」と聞くとコクンと頷かれる。
『やるではないか、お主。おかげで厄介者を追い払えたぞ』
上機嫌にフェルは言うが、俺は心臓バクバクだ。
「デオ~…嬉しいけどそういうのは急にやるものじゃないっての……」
『よいではないか、馬鹿者はきつめに仕置きしておかねばわからんのだ』
魔獣の常識を語られましてもですね。
「辺境伯の使者にあんな真似をして大丈夫なのか? メンツを大事にする貴族の事だ。実力行使に出るかも……」
『案ずるな。そうなれば我が受けて立つまでのこと』
いや、解決策になってないから。
逃げるならまだしも戦うのはヤバいからね? 最悪俺たち国に出入りできなくなるし。
ヴェルナーさんは俺を見て死にそうな顔をしてるし、はぁ……早速暗雲が立ち込めてきたよ。
「…まぁ貴族の私兵でフェル様やデオに太刀打ちできるかと言われたら……」
「疑問が出てくるよねー…」
「フェル様は言うまでもねえけど、デオの場合魔力も使わないのにモノを動かしたりできるのがズルすぎるよな」
「確かに……」
上からフランカさん、リタさん、ヴィンセントさん、ラモンさん。
ちくしょー、会話についていけないぜ。真面目に政治の勉強をしておけばよかった。
ファンタジーの定番、ドラゴンはやっぱり存在するんですね。
是非とも、絶対、会いたくないけど。
『む? 古竜となら400年ほど前に出会ったことがあるぞ』「マジで!? すっげえー!」「あたい見てみたかったなー」『フ、その時が来たらかぶりつきで見せてやろう』という微笑ましいんだかなんだかわからない会話を聞きながら、俺は依頼完了の報告書にサインした。
そしてレッドボアの肉を返そうとしたら、ロックバードの素材があるからもらってくれと言われた。
「フェル様に食べさせていくには少しでも食料があるほうがいいだろう。ロックバードと比べれば些細なものだが持っててくれ」
「ほんとですか! ありがとうございます。みなさんにはお世話になりました」
「こちらこそ良い依頼だったよ。また会えるといいな」
グッと握手を交わし、改めて頭を下げる。
初めて出会った冒険者たちがいい人だらけでよかった。この世界、普通にストリートチルドレンとかいるしかなり優しくないんだよ。もしも運が悪かったら搾り取られるだけ搾られてポイされることだっておかしくなかっただろうしな。
「ムコーダさん、また会おう!」
口々に再会の約束を告げながら、アイアンウィルが去っていく。
くそう、なんだか目頭が熱くなってくるぜ。たった数日の関わりだったけど、優しくしてくれた人たちとのお別れはやっぱり辛いな。
みんなが見えなくなるまで手を振り続けた俺は、心機一転して商人ギルドへ向かい歩き出した。
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それからしばらく。
「あー、疲れた」
すんなりと商人ギルドの手続きを終えた俺は、従魔も泊まれる宿屋『跳ね馬亭』でようやく人心地つけて、うーんと体をほぐしていた。
凝り固まった肩や背中の筋肉がばきばきと伸びて血が通るのが気持ちいい。
さすがは商人ギルド。初心者の俺にも説明が丁寧だったな。
曰くこの世界の商人も冒険者も、レストランの星みたいにランクがあってそれによって営業形態が異なるそうなので、俺は一番低いアイアン*1…つまり行商人の道を選んだ。旅をするのなら行商人が一番ちょうどいい。
「登録金に銀貨5枚、宿泊料金に銀貨7枚、かぁ……」
どんどん懐が寂しくなっていくのを憂いて空を見上げていると、デオがそっと服の裾を引っ張って、自分の腹を撫でた。
『腹が減ったから飯をよこせ、だそうだぞ。我も空腹だ、飯を作れ』
お、悪い悪い。
獣舎はフェルたちしかいないから、ここで作るか。
せっかくだしレッドボアの肉でポークステーキにしよう。
フェルとデオの分は厚切りステーキを用意してやればいいだろうが、俺はいい加減あれ……米が食べたい。
旅をしていて思ったけどやっぱり米が欲しい。日本人のDNAには「米」の一文字が刻まれているんだ。米食いたいよ米。懐は寂しいけど、明日の買取りに期待してちょっとした贅沢だ。
というわけで、追加の米に土鍋、カセットコンロと買取り用の塩胡椒を買った。
『おい、まだか?』
「ブータレないの。ちゃんと作ってるんだから待ってろよ」
米を研いで水に浸し、水分を吸わせている間に塩胡椒を振ってステーキを焼く。
デオは興味津々に俺の手さばきを見ていた。
皿に盛ったらステーキ醤油を回しかけて。
「ほら、二人とも出来たぞ」
『むおお!』
『……!』
湯気を立てるステーキを見るや、二人とも目を輝かせて飛びついた。
けっこうな厚切りだったはずなんだが、あっという間に平らげる。
『ううむ! この黒い液体が肉に香ばしく絡んで噛めば噛むほど味がする! うまいぞ! お代わりをよこせ!』
『………(皿を突き付ける)』
「あーあー、はいはい。もっと作るから待ってろな」
そんなに好評ならステーキ醤油を買っておいて正解だったぜ。
おろし風味、タマネギ、バターと次々ステーキ醤油をかけて二人に渡していく。
フェルとデオの分のステーキを焼く傍ら充分水を吸った米を火にかけ、自分の分のステーキを焼く。
火が通ったら一口大にカットして、ご飯に盛り付け、タマネギ風味の醤油をかけて……と。
レッドボアのステーキ丼の出来上がりだ。
もうね、腹が減りすぎて何も感じないレベルにまでなっていた俺はいそいそと箸を出し……ばくり。
「う、うめええッ!」
美味い! ステーキの肉汁が醤油と絡んでえもいえない味わいだし、ほくほくの米が肉のしおっけと脂を吸い込んでふくよかな味だ。
やっぱり日本人は米だよ。米サイコー!
『………』
ステーキ丼を堪能していると、デオがまた俺を覗き込んでいる。
「お? なんだ、欲しいのか?」
コクンと首を振られる。フェルもデオの見つめる先に気づいて、尻尾をタシンタシンと叩いた。
『美味いのかそれは』
「えー、フェルも欲しいのか~? お前の分までよそったら俺の分無くなっちゃうだろー」
『たわけもの、手下が欲しがってる手前欲張りなどせぬわ』
しょうがないなぁ、それじゃ一杯ずつな。
▼
「あー、美味かった」
いっぱいになった腹を撫でながら、俺は宿屋のベッドに寝転んでいた。
ステーキ丼を食べるフェンリルとデオキシスなんてちょっと見たことのない光景だったから少し張り切ってしまった。おかげであれだけあった米がもうほんの少ししかない。
あんにゃろー、手下が欲しがってるときに欲張りなんかしないって嘘じゃねえか。皿に山盛りを三回も欲しがりやがって。
でもま、デオが満足してくれたのならいいか。
コンコン。
「ん?」
その時、デオが窓を叩いているのに気づいた。
窓を開けて招き入れると、デオは部屋の中に滑り込んで俺を見てくる。
「どうしたんだよデオ」
『………』
「うーん、こういう時に会話が出来たらいいんだけどな──っておわあああ!?!?」
俺の体が輝きながら浮いた!
そのままデオに付き従って、俺の体は窓の外へ飛び出していく。
「でででデオさん!? あの、どこへ行くんですか?!」
『………』
「ひぃっ! 高い! お、降ろしてぇえ~!!」
必死に呼びかける俺に対し、デオは何も返事せず空を縫うようにして俺を連れ回す。
ち、地上が遠いぃ……!! こんなとこから落ちたら全身骨折どころじゃ済まねえよ!
昔は空を飛ぶの夢見てたけど墜落事故の再現ドラマを見てからおっかなくてそんなこと考えられなくなったんだぞ!? 降ろしてください何でもしますから!!
空を飛びまわりながら何とか着陸しようともがいていた俺は、やがて気づいた。
「もしかして、お前……お礼のつもりでやってるのか?」
『………』
その時ようやくデオは振り向いて、胸を発光させた。
そこから現れた光の塊が空に映し出され、息を呑むほど美しい光の天幕が現れる。
星が瞬く夜空に映える、紫色のオーロラ。
誰よりも間近でそれを見る権利を得ている俺は、もう一度デオに聞いた。
「デオお前、これを見せたいから俺を連れ出したのか?」
デオは静かにうなずいた。
そうか……お前の中じゃあのステーキ丼はそんなに価値がある食べ物だったのか。
心の中に温もりが広がっていくような気分になって、俺は思わずデオに笑いかける。
心臓はまだ早鐘を打っていたけど、悪意がないことを悟ったことで恐怖心は無くなっていた。
空中であぐらを組んで、オーロラを見上げる程度の余裕が生まれているくらいだ。
「綺麗だな」
デオは俺にすりよって、また触手を向けてくる。
そっとそれを撫でおろしてやり、俺は再び空を見上げた。
そして眠くなるまで、美しいオーロラを眺めていた。