白髪美少女の財布だったはずの俺、なぜか通い妻みたいに尽くされている。   作:おもちまるまる

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第1話

 

 夢を失った。

 大切な人に見捨てられた。

 

 俺はただ無気力に、項垂れていた。

 適当なベンチに重く腰を下ろし、コンビニの安酒を煽る。

 喉を焼く刺激も、胃に落ちる熱も、心の穴を埋めてはくれない。

 

 どうでもいい。

 何もかも。

 

 消えてしまいたい——。

 

「お久しぶりです、おにいさん」

 

 思考を打ち消すように、その声は降りてきた。自然と懐かしさを覚える透き通った音色。

 

 視界の端で特徴的な白い髪が揺れていた。

 

「ところで兎姫(とき)ちゃん、あま〜いパフェが食べたいなぁ♪」

 

 知らない笑み。

 

「奢ってくれませんかぁ?」

 

 甘えるような猫撫で声だった。

 

 時間が彼女を変えたのだろうか。

 

 それでも、よかった。

 

 金づるでも。 

 暇つぶしでも。

 

 彼女にとって俺はまだ——利用価値があるらしい。

 

 ◇

 

 あれからおよそ2年。

 俺、久住周太(くずみしゅうた)は幼馴染の財布である。

 

「ごちそうさまでした」

 

 向かいの席で、少女が手を合わせる。
 

 さらりと揺れた白い髪が、店内の照明を反射して淡く光った。

 

「今日も、年下の女の子に貢いじゃうんですねぇ」

 

 くすりと、いたずらっぽく笑う少女。
 

 俺の右手には、当然のように財布が握られている。

 

「やましい言い方するなよ」

「パ〜パ♡」


「それはほんとにやめて!? 言い逃れできなくなっちゃうから!?」

 

 思わず声を荒げると、周囲の客がちらりとこちらを見る。顔が一気に熱くなった。

 当の本人はというと、まるで他人事のように、けらけらと笑っていた。

 

「冗談ですよ、おにいさん。いつもいつでも、経済難なわたくしめに奢っていただき、誠に感謝しております♪」

 

「言い方が妙に丁寧なのが腹立つが……」

 

 だが、もはや慣れた光景でもある。

 彼女、白雪兎姫(しらゆきとき)は幼馴染だ。とはいえ、年の差がある。

 昔、近所に引っ越してきた幼い彼女と出会った頃、俺はすでに小学生だった。

 

 そして今では、俺はくたびれたアラサー社会人。兎姫は女子大学生である。

 

「まぁ、こちとら立派な大人ですからね」

 

 胸を張って言ってみる。

 

 独身。彼女なし。
 

 貯金だけはそれなり。

 金しかない男である。

 

 せがまれるままに年下の幼馴染にご飯を奢り、服を買い、化粧品を買い、バッグを買い、ときには小遣いまで渡してしまう。

 

 どうせすぐ終わると思っていたこの関係は、なぜか未だに続いていた。

 

「わー。オトナなおにいさん、かっこいー。すってきー」


「棒読みやめようか」


「えー。本気なのにぃ」


「嘘つけ」


「ぶーぶー」

 

 兎姫は不満そうに口を尖らせた。

 

 さらさらで煌めく白銀の髪に、宝石のような真紅の瞳。


 客観的に見ても、かなり整った顔立ちをしている。大学ではさぞ注目の的だろう。

 俺に対しては遠慮というものがなく、かなり生意気ではあるけれど。 

 

「会計してくるから、先に出てろ」


「はーい」

 

 伝票を見る。

 まあ、安いもんだった。

 

 ◇

 

 店を出ると、12月の冷たい風が頬を撫でる。

 

「噂通りの絶品ハンバーグでしたねぇ」

 

 外で待っていた兎姫が、満足そうにお腹を撫でながら言った。

 

「たしかに美味かったな」

「でも、ソースがお洋服に飛んじゃいました」

「え、まじ?」

「うん、ここ。シミになってます」

 

 兎姫は服の一点を指差すが、すでに夜だ。暗くてよく見えなかった。

 

「新しいの買わなきゃですね」

 

 しかし勝手に話は進んでいく。

 

「ということで、おにいさん。よろしくお願いしま〜す♪」

 

 兎姫は可愛らしくスマホを掲げた。

 

「……へいへい。どれくらいいる?」

 

 俺もスマホを取り出しながら尋ねる。

 兎姫はすかさず細い指を3本立てた。

 

 ほい、送金っと。

 

「ありがとうございます」

 

 兎姫は入金された画面を見て、満足そうに笑みを浮かべる。

 

 もはや、日常的なやり取りだった。

 

「じゃあ、帰りましょうか」

「そうだな」

 

 駅へ向かう。

 兎姫は俺の数歩前を歩いていた。

 

「月が綺麗ですねぇ」

 

 声につられて夜空に目を向ける。

 冬の満月が輝いていた。

 

「本当に、綺麗」

 

 兎姫は遥か遠くの月へゆっくりと手を伸ばす。何かを掴むように、ギュッと握りしめた指は虚空を掠めただけだった。

 

 それはなぜか、不思議な緊張感のある光景に見えた。

 

「兎姫?」

 

 声をかけると、兎姫はくるりとこちらを振り向く。

 

 一拍の間。そして。

 

「がおー。たーべちゃーうぞー」

 

 両手をあげて、まるで襲いかかるような仕草。

 まったく恐ろしさはなく、むしろお可愛らしい。

 

「……なに?」

「わかりませんか? 美しき月下に白髪の美少女ですよ?」

「……だから?」

「そんなのもう、吸血鬼以外の何者でもないでしょう♪」

「……ごめんまったく意味がわからん」

 

 両手を振って呆れて見せる。

 すると次の瞬間、兎姫はふわりと俺の胸へ飛び込んできた。

 

「かぷっ」

 

 そして首元へ噛みついた。

 

「おい」

「ちゅうちゅう」

 

 本気で歯を立てるわけじゃない。甘噛みだ。ただひたすらに肌を吸われる。

 数十秒後、ようやく兎姫は口を離した。

 首にはヨダレがべっとり。間違いなく跡も残っているだろう。

 

「これでおにいさんは兎姫ちゃんの眷属ですね♪」

「眷属ぅ?」

「私の言うことにはぜったい服従ですよ?」

 

 くすりと、追い討ち。

 

「他の女の子に噛まれたら、困っちゃいますからね」

 

 そりゃあ、大切な財布だからだろう。

 

 思わずため息をつく。

 相変わらず脈絡がなさすぎるが、兎姫はそんなことお構いなしに、妙にご機嫌そうだった。

 

 首元の違和感を気にしながら歩いていると、彼女はふいに、少しだけ声のトーンを落とす。

 

「ねぇ、おにいさん」

「ん?」

「……やっぱりなんでもなーい」

「なんだよ、気になるだろ」

「べっつにー」

 

 さっきから、どうにも兎姫のテンションがおかしい。

 

「こーんな美少女のATMになれるおにいさんは、とっても幸せ者だなぁって思っただけでーす」
 

 

 白い髪を揺らして、楽しそうに笑う。

 

 夜風がサーッと流れた。

 遠くを走る車の音と、街灯の淡い光。

 静かな夜の中で、二人分の足音が並んで響いていた。

 

 笑う彼女の横顔を見ていると、不思議と胸の奥がじんわり温かくなった。

 これはただの、金で繋がれた関係だというのに。

 

「来週、誕生日だよな」

「え」

 

 兎姫の足が止まる。赤い瞳が揺れていた。信じられないものを見る目だった。

 

「……さすがおにいさん。私を推しているだけはありますね」

「べつに推してねーよ」

「そんなこと言って、お誕生日覚えてるくせにぃ」

 

 にやにや笑って脇腹を小突いてくる。

 

「どこ行きたい?」

「うーん、それはおにいさんが考えてくださーい」

「えぇ……わからんから聞いてるんだが」

 

 この反応、単純にプレゼントの方が良いのだろうか。たしかに金一封握らせる方が圧倒的に楽ではある。

 

 それなのに、俺はどうしてどこかへ出かける前提で考えていたのだろう。

 アラサーがキモすぎる件。

 

 そんな俺の内心を見透かしたように、兎姫はにやりと笑う。

 

「ここで兎姫ちゃんヒ〜ント。さて、兎姫ちゃんは今年で何歳になるでしょうか?」

 

「20歳」

 

「その通りぃ」

 

 即答すると、彼女は嬉しそうに目を細めた。

 そして、上目遣いでこちらを見上げてくる。

 

「ぜひぜひ、兎姫ちゃんをオトナの女性にしてあげてくださいね♪」

 

 ……なんだ、その言い方。

 

 結局プレゼントなの?

 おでかけなの?

 

「楽しみですねぇ、おにいさん」

「俺は今から胃が痛いよ……」

 

 冬の夜空、もう2度と目指さない月の下。

 

 胸の奥に宿ったのは、あの小さな幼馴染が20歳を迎えるという感慨深い気持ち。

 

 俺はこの2年で変わったのだろうか。変えられたのだろうか。

 

 でも、けっこう悪くない。

 

 兎姫の半歩を後ろを歩きながら、俺はまだ知らない来週のことをぼんやりと考え始めていた。

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