白髪美少女の財布だったはずの俺、なぜか通い妻みたいに尽くされている。 作:おもちまるまる
次の週末。
「くそっ……なんでこんな時に……っ」
今週は仕事でクレーム対応やらトラブルやらが立て続けに起きた。
結局、全部を金曜日まで引きずってしまった。
今日は兎姫の誕生日。
勇気を持っておでかけを選択したことが仇となった。約束していた時間より、すでに二時間以上遅れている。
俺は駅前へ向かって、必死に走っていた。
「はぁ……はぁ……っ」
運動不足のせいか、仕事疲れか。
息が異様に上がる。肺が焼けるみたいに苦しい。
冬だというのに、身体はやけに熱い。
頭がぼんやりとしてきた。
どうして俺、こんなに必死になって走っているのだろう。
どうせもうとっくに帰ってしまっているだろうに——。
「兎姫……っ!?」
人混みの向こうに、見慣れた白い髪を見つけてしまう。 思わず、手を挙げた。
なぜ、いるんだ。
寒い中、俺なんかを待っている。
「ごめん、待たせた———あ゛ッ!?」
次の瞬間。
足がもつれた。
勢いそのまま、前のめりに倒れ込む。
「おにいさん!?」
驚いた声。
そして、そのまま兎姫の胸元へ飛び込んでいた。
「わ、わ、っとぉ……!」
兎姫は慌てながらも、なんとか俺を受け止める。
俺は体重が全部かかってしまわないよう、必死に踏ん張った。
「……ごめん」
「いえ。役得ですね、おにいさん。……あれ?」
微笑んでいた兎姫が、ふと首を傾げる。
「……身体、熱いですよ」
「え? ああ、走ってきたから……」
「そうじゃなくて……顔色も悪いし……熱っ」
額に触れた白い手が、異様に冷たく感じた。気持ちいい。
だけどその時、兎姫の表情が変わった。
いやら、まるで仮面が剥がれ落ちたみたいに。あのふざけた笑みが抜け落ちたのだ。
「これ、ぜったい熱ありますよっ」
「はぁ? い、いやいや。ないって。ないない」
慌てて首を振る。
「熱なんて、ほとんど出したことないし」
健康なことくらいが取り柄だ。
こんな日に限って熱が出るはずなどない。
「じゃ、行こう」
兎姫から身体を離し、無理やり歩き出す。
が、視界がぐらりと揺れた。
「あれ?」
足元が定まらない。
「はは……もう酔っ払ってんのか?」
笑って誤魔化しながら、なんとか踏みとどまる。
「……帰りましょう」
低い声。
振り向くと、兎姫がいつになく真剣な目で俺を見ていた。
「いや、今日は——」
「そんなこと、どうでもいいんです」
きっぱりと言い切られる。
強い意志が混じったような視線だった。
「……肩、お貸しましょうか」
「いらんって」
「じゃあ、手を引きます」
返事をする前に、手を掴まれた。
ぎゅっと。
細い指。
冷たいのに、じんわりと温かい。
その感触に、逆らえなくなる。
「……ごめん。ほんと」
気づけば、俺のアパートの前まで来ていた。
手は、ずっと握られたままだった。強く、もう2度と離さないとでも言うかのように。
「いいんですよ。これくらい」
兎姫は、やわらかく微笑む。
「それに……言ったじゃないですか」
ようやく思い出したみたいに、少しだけ、茶目っ気を含ませながら。
「兎姫ちゃんをオトナの女性にしてあげてくださいって」
ドアの前で、俺を見上げる。
「こんな時間に、年上の男性のお部屋に入っちゃうんですよ?」
白い髪が外灯に照らされて淡く煌めいた。
細められた真紅の瞳はまっすぐに俺を射抜いている。
「それって、とっても……オトナです♪」