【完結予定】転生って人の心とかないんか?―有象無象のヒーローごっこ、三歩下がってついといで。 作:まだら模様
デクくんが教師になった。
正直、あのアホみたいに真っ直ぐな男が「教壇」に立つ姿なんて、空写でも読み切れんほど想像の外やった。けど、いざ足を運んでみれば、廊下に響く声も、生徒に向ける眼差しも、驚くほど「本物」の教師の気配を纏っとる。
相澤先生には「上を目指せ」と相変わらずの言葉をもらい、知らない生徒には握手を求められる。
8年前、ここを去る時に描いた設計図が、今こうして「街の景色」として形になっとるんやな。
今日は、あの夜に交わした「全部終わってから話す」という約束の、その続き。
俺の今の燃料と、8年間隠しとった「射程」の話を、少しだけデクくんに打ち明けてきたわ。
翌週。直哉は雄英高校の正門を通った。
8年ぶりではない。毎年一度はこの季節に来ているが、今年は理由が少し違った。
デクが教師になった。
「赴任した記念に、同窓生に来てもらいたい」という連絡に、直哉は「ええで」と即座に返した。
正門を潜った瞬間、空写が自動的に起動する。
1000メートルの輪郭。懐かしい気配が複数あった。職員室にいる相澤。廊下を急ぐ飯田。それ以外は——知らない、新しい生徒たちの気配。
「——また新しい設計の積み重ねが始まっとるな」
独り言を漏らしながら、直哉は校舎を見上げた。
職員棟へ向かう廊下で、相澤に遭遇した。
目の端に皺こそ増えたが、「核心だけを見る」という気配の質は8年分さらに磨き抜かれている。
「——禪院か」
「はい。お久しぶりですわ」
「チャート3位、見たぞ。……毎年3位だな。上を目指す気はないのか?」
直哉は少し考えた。
「設計として、今の俺の場所は3位ですわ。ミリオくんを1位から下ろす設計が、今の俺にはまだない。正直な話や」
「……お前が『まだ答えが出ていない』と言えるようになったのは、いつ頃からだ?」
直哉はふと、足を止めた。
「……最終決戦があった後くらいからですかね?」
相澤は目を細め、短く「そうか」とだけ返した。
「相澤先生は、今も『続けろ』と言いますか?」
「ああ」
「——ええ。そう返してくると。分かっとりましたわ」
その一言で十分だった。直哉は再び歩き出した。
デクが担当するクラスの教室前を通りかかる。
「個性が『強い』かどうかじゃない。何のために使うかが大事なんです」
ドア越しに聞こえるデクの声。8年前と同じ質だが、明らかに「伝える」ための設計が組み込まれた教師の声だ。
「えっ?…まさかっ!」
後ろから声をかけられた。見知らぬ生徒だ。
「最速ヒーロー・ナオヤですか!? 本物だ! 握手してもらえますか!」
一瞬、逡巡した。前世の家格に縛られた価値観なら「触れさせない」のが作法だった。
「ええで」
直哉は右手を差し出した。今世の自分に、そんな儀式は必要ない。
「ありがとうございます!!」
喜んで去っていく背中を見送り、直哉はその光景を見て他のクラスメイトを想起していた。
(まあ俺以外のクラスメイトやったら、こう対応するやろしな…母校やし、これくらいはええやろ)
放課後、中庭のベンチ。
「来てくれてよかった、禪院くん」
「呼んでもらったさかいな」
「『先生』って呼ばれるたびに、なんだか変な感じがしてさ」
照れ笑いするデクに、直哉は淡々と言った。
「オールマイトに『先生』と呼ばれたらどう思う? 呼ぶ側の設計が変わっただけで、呼ばれる側が慣れへんのは当然の話や」
「あはは、確かに。禪院くんは先生になろうと思わなかったの?」
「ないな。俺は前線で動く設計や。教えるんは砂藤くんみたいな『それでいい』と言える奴の仕事やろ」
「褒め方に『らしさ』があるよね、禪院くんは」
「一つ聞いていいかな。……前世の話、何か話せることが増えたりした?」
デクが真剣な瞳を向ける。直哉は少し間を置いた。
「前世の俺は、名門の設計が嫌いやった。景色扱いされたくない、自分を証明したい……そんな反動で動いとった」
「今は?」
直哉は空写を広げ、目の前のデクを、そして学校にいる全員の気配を捉えた。
「——全員が生きとる景色を、見続けることや。それが今の俺の燃料や」
(いまだにこういうやり取りに拒否反応が出とるのだけは、まさしく俺ってことを示しとるな…)
デクは絶句し、それから泣き笑いのような顔をした。
「……ドブカスじゃないよ、それ。凄く、禪院くんらしいよ」
「デクくんに言っとかなあかんことがある。……8年前から続けとる『緑谷追跡記録』、まだ書いとるで」
「えっ、まだ書いてるの!?」
「生存確認や。俺の設計の一部として、デクくんが今日どこで何をしているかを記録しとる。ただそれだけや」
「……ありがとう」
「礼はいらんけど……」
「今日は受け取ってよ」
直哉は不承不承ながら「……そうやな。受け取っておくわ」と返した。
「禪院くん、昔より『受け取る』のが増えたね」
「成長やな」
「また来てくれる?」
「呼んでくれたらな」
「毎月来てほしいくらいだけど」
直哉は鼻で笑った。
「毎月は多すぎるやろ。事務所からここ、空写の射程内やさかい。毎日生存確認しとるで」
「……え、ここ、入ってるの?」
「1000メートルやさかいな。言う必要がなかっただけや」
デクは呆れたように、けれど嬉しそうに笑った。
直哉は正門を出て、空写を畳んだ。
——俺は前線で動き続けとる。
——「全員が生きとる景色を見続けること」。その中に、今日もデクくんが生きとった。
——それだけで十分や。
帰宅後、いつものノートを開く。
緑谷追跡記録——今日、直接確認。雄英にて。先生初年度。
今日の整理:
* 相澤先生に「続けろ」と言われた。一番の確認。
* デクくんに今の燃料を話した。受け取ってもらえた。
* 事務所から雄英が射程内であることを明かした。適切なタイミングやった。
* 新しい生徒と握手。前世の価値観を捨てた設計が、今日も機能した。
扇子を仰ぎ、夜風を感じる。
「良い設計を持て」。甚爾の言葉が、今日も直哉を導いていた。
(明日に備えて、今日は寝とくか…『最速』の異名だけは誰にも譲る気はせえへんからな)
内心で改めて想起し、明日のヒーロー活動に向けて直哉は眠った。
雄英の帰り道。
空写を畳んだ後の静寂が、いつもより温かく感じましたわ。
デクくんに「ありがとう」と言われて、それを拒まずに受け取れたこと。
1000メートルの射程の中に、アイツがいることを認めたこと。
かつての俺なら、他人の感謝なんて「格下の戯言」として切り捨てとったやろう。
けど、今の俺は知っとる。
誰かの感謝を受け取れることも、誰かの生存を喜びとして記録できることも、設計を支える立派な強度になるんや。
(いまだに拒否反応が出とるのが、ある意味で俺の本質を表しとるな…)
「全員が生き残っている景色」
その設計を維持するためには、俺一人の力だけやなく、景色の中にいる奴らとの繋がりも必要なんやな。
……まあ、こんな殊勝なことノートに書くのは、今夜だけや。
明日からはまた、現場で「ドブカス」な速さを見せつけたるわ。
次はどんな設計が待っとるか。楽しみにしとき。