この作品ですが、書いた以上は最後まで書き切りたいと思っていますので、何年かかるかはわかりませんが、完結はさせたいと思ってます。
末長くよろしくお願いします。
「手配書のグーラ人の娘と、そのブレイド一匹の身柄は確保いたしましたが……件のラキア・アマルガ、ならびに『天の聖杯』には逃げられてしまいまして……」
トリゴの街にある領事室は、絵画が飾られ、広々としていた。
その一室に訪れたパスク警備長は、恐る恐る先の出来事の全てを隅々まで、自らの前に立つ立つモーフ領事へ報告していた。
「ねえ……パスク君。ボクがなんて言ったか、覚えてる……?」
パスクの報告を聞いたモーフ領事は、静かに、しかし全身から溢れ出るような苛立ちを隠しもせずに問いかけた。
「ボクは……『長身で金髪の男』と『“翠玉色”のコアクリスタルを持ったブレイド』を連れてこいって、君に言ったよねぇ?」
「は、はい……っ」
「だーれも、手配書の、それも、賞金15000程度の小娘のグーラ人を捕えろなんて、言ってないよねぇ!?」
モーフは自己主張の激しい、着飾ったような派手かつ、独特な多動な動きをしながら、パスクを口で攻め立てる。
「で、ですが……! かの者は我が帝国に仇をなす反逆集団『イーラ』の手の者で……」
「大事なことだからもう一回言おうか!? ボクは! “長身で金髪の男”と“翠玉色のコアクリスタルを持ったブレイド”を捕まえてきなさいと言ったの! それをあんな……小娘とネコ型のブレイド一匹捕まえてきて……!」
「あ、あの……モーフ様……」
「なにっ?」
「ネコ型ではなく、トラ型です……」
「どっちでもいいでしょ、そんなことぉぉっ! いいからさっさと連れてきなさい!」
「は、はいぃぃっ! 失礼しましたっ!」
キーキーと甲高い声で怒鳴り散らすモーフに気圧され、パスクは脱兎のごとく領事室を駆け出していった。
「まったく、使えないわね……!」
モーフが忌々しそうに唾を吐き捨てた直後、逃げ出したパスクと入れ違いになるようにして、今度は別の兵士が慌ただしく領事室へ飛び込んできた。
「モ、モーフ様っ!」
「今度は何事なの!?」
「はっ! ただいま本国より、メレフ特別執権監が軍港へご到着されました!」
「なんですってぇぇ〜〜っ!?」
報告を聞いた瞬間、モーフの顔が恐怖と狼狽で激しく歪んだ。
(な、なぜこのタイミングで……! なんて間の悪い……っ! 『天の聖杯』がこのトリゴの街にいる今、あの特別執権監なんかに出しゃばられたら……!)
『天の聖杯』を己の手中に収め、本国での功績と手柄にしようとしていた計画が、ガラガラと崩れ去りかねない。
───そして、兵士の報告通り。
トリゴの街に併設されたスペルビア軍港へ、一隻の重厚な船が入港していた。
黒と金の重厚な装甲で覆われた、スペルビア帝国の威信を示す巨大なアルス船。
タラップが下ろされ、軍港の地にゆっくりと足を踏み入れた人物こそ、帝国最強のブレイド『カグツチ』を従えるドライバー。
帝国一と名高いメレフ特別執権監であった。
♢♢♢
「お願いするも! トラをオトモにしてほしいも!」
トラの自宅にて、ラキアはトラからの激しい懇願に頭を悩ませていた。
普段のラキアであれば「だるい」の一言で一蹴するところだが、先程、スペルビア兵士の追撃から助けられた手前、そう無下に足蹴にもできない。
「俺たちは追われている身だ。それがわかって言っているのか?」
「もちろんだも! トラは、すんごいドライバーと仲良くなりたいんだも!」
「それが目的なら他の奴を当たれ。わざわざ危ない橋をこれ以上渡る必要はない」
ラキアがやんわりと断るも、トラはついて行くという意思を少しも曲げようとはしない。
「さっきの“アニキ”の戦いっぷりを見たも! ブレイドと一心同体になってすんごい力を発揮できるドライバーは、めちゃくちゃカッコいいんだも! アニキの強さに惚れ惚れしたも!」
「ついてくるって……お前、俺たちが誰で何をしてるのかわかって言ってるのか?」
「知らないも! でも、トラの感にビビッときたも! だからアニキについて行くも! 兵士どもにも、もっと一泡吹かせてやりたいも!」
トラの勢いに押され、ラキアは盛大にため息を吐いた。
「……わかった。勝手にしろ」
「やったも! ありがとだも!」
まさかの許可に、肩に乗っていたセイリュウだけでなく、まだ付き合いの浅いホムラまでもが目を見開いて驚いた。
トラは嬉しそうに部屋の中を飛び跳ね回っている。
「いいんですか?」
ヒソヒソと、ホムラがラキアに小声で尋ねる。
ラキアがつい先ほどドライバースカウトの少年へ見せた厳しさを知っているからこそ、この若く純粋なノポンの少年を安易に巻き込むような真似が意外だったのだ。
「お主のことじゃ、考えなしで許可したわけではないのじゃろ?」
「ああ。あの手の奴は、一度言い出したらどこまでも引っ付いてくる。変に無茶をさせるくらいなら、自分の目の届く範囲に置いておいた方が、面倒ごとにならずに済む」
セイリュウの問いに、ラキアははしゃぐトラを横目で見ながら淡々と答える。
「トリゴの街を出る適当なところで撒く。助けてもらったとはいえ、あいつをこれ以上の危険には巻き込めない」
そう、あいつはきっと無茶をする。かつて、人間界で出会ったあの少年───源浩二のように。
「そう……ですね」
「心苦しいか?」
「はい。だってトラ君、あんなに嬉しそうで……楽しそうにしているから」
「騙すのは気が引ける……俺も同意見だ。だが、俺たちと一緒いればスペルビアの兵士に追われる。それに、メツたちともこれから必ずぶつかる。危険すぎる」
「はい……」
「この街は軍の庇護下にある。手放しで安全とは言えないが……それでも、ここで暮らせるならそれが一番だ」
三人がひそひそと言葉を交わしていると、その間にトラがズイッと割って入ってきた。
「三人で何話してるも? トラにも混ぜてほしいも!」
「なんでもない」
そうだ……今は他事に浸っている暇はない。一刻も早くニアとビャッコを助け出す手立てを考えなければならない。
「トラはこの街について詳しいのか?」
「もも? 長く住んでるからお任せだも!」
「軍に捕まった奴がどこに連れて行かれるのか知っているか?早くニアとビャッコを助けてやらないとな」
「まあ、お前さんならそう動くか。何か考えはあるのか?」
「それを今から考えるところだ」
「それって、アニキと一緒にいたドライバーとブレイドのことかも?」
「ああ、そうだ」
「きっと、この先にある『スペルビア軍基地』の中だも! すっごく厳重に警備が固められているも!」
スペルビア軍基地。そうなると話が一気に厄介になる。文字通り敵の腹の中に飛び込むようなものだ。しかも周囲は敵だらけで、あのカグツチという強力なブレイドも控えている。
(今度は、ドライバーも出てくる……か)
厳重な警備を潜り抜け、ニアとビャッコを救出する。その上、強力なドライバーとブレイドを相手にしなければならない。無論、戦闘を回避できるならそれが一番だが、そんなに都合よく事が運ぶとは思えない。
「だる……」
どう動くべきか、ラキアは鋭く思考を巡らせる。
「それより、早くご飯を食べるも! お腹がグーグー鳴ってるも……」
「そんな場合じゃない。ニアとビャッコの……」
「運動した後はご飯を食べないと、考はまとまらないも!」
「ラキア、ワシも腹が減ったぞ」
「……はあ、仕方ない。食べた後で考えるか」
「あの、よかったら私、何か作りましょうか?」
「ホムラ、料理ができるのか?」
「煮物、焼き物、蒸し物、揚げ物……火を使った料理ならなんでもござれです!」
ホムラは頼ってくれと言わんばかりに、手のひらに小さな炎を灯して見せた。
「かき氷とかは……ちょっと苦手かもですが。ラキアは、何が食べたいですか?」
「石焼」
ラキアの言葉はホムラに冗談だと捉えられて、ホムラはトラ宅のキッチンへと向かって行った。
トラの家には意外にも豊富な食材が揃っており、ミトーパプリカ、サンプキン、とろピカイモ、ヒートオレンジ、オイルオイスターなどの食材をホムラは手際よく調理し、あっという間に『とろピカカチャータ』を完成させた。
もちろん、石料理が出てくることはなかった。
♢♢♢
昼食を綺麗に平らげた後、食器を洗うホムラの背中に、ラキアはふと歩み寄った。
「ホムラは火を使うブレイドなのか?」
気になっていた疑問を投げかけると、ホムラは皿を洗う手をぴたりと止めた。
「トラが水道管を壊した時、あの状況の中でもお前は問題なく火の力を使えていた。それが気になった」
帝国のブレイドは水に濡れたことで大幅に弱体化していたというのに、ホムラにはその様子が一切なかったからだ。
「セイリュウの爺さんから聞いた……この世界のエーテルの話を────」
アルストに満ちるエーテルという属性の力。それは火、水、風、雷など多岐にわたり、ドライバーもブレイドもそれを源にして戦う。そして属性同士には、相反する対立ペアの関係が存在する。
例えば、火と水、風と雷といった具合に。
そして、ブレイドには固有の属性があり、あの帝国のブレイドの属性は〈火〉の属性故に、水道管が破裂した時の水を被って大幅に弱体化した。
だが、ホムラは弱体化しなかった。だからこそ、ホムラと繋がっているラキアも力を衰えることなく発揮できた。
だからこそ、ラキアは気になっていた。その訳が。
「それは……私の属性が〈火〉ではないからなんです。……複雑な事情があって、ごめんなさい。今はまだ、話せないんです」
「そうか。分かった」
ラキアはそれ以上追求する事はなかった。
「あの自分で言っておいてなんですが……いいんですか?それで……」
「聞かれたくない過去くらい誰にでもある。俺にもある。それに、言いたくも言えないって顔だ」
「ッ……」
「水が効かないってわかっただけで良しにしておく」
ショウマたちと会う前の自分なら、絶対に言わなかった……頭にも浮かばなかった考えだ。他人の意思を尊重し、思いやる。誰かの負った見えない心の傷を考えて、それを思いやるなど。
グラニュート界にいた時の俺は、今日を暮らすための日銭を稼ぐので精一杯だったから、それを言い訳にするつもりはないが。その貧困生活の中で、誰にでも優しかったコメルは俺の誇りだ。
コメルの、弟のように優しくありたいと、心から思う。
不思議なことに、こういう考えに至るときは、コメルの顔と一緒に絆斗の顔がよく頭に浮かぶ。
……影響された?あいつに?
(ふっ……俺にもバカが移ったらしい。だるっ)
自覚なく、ラキアの口角がほんのわずかに上がっていた。
(こういうのも悪くはない……)
経緯はどうであれど、人間界でショウマや絆斗、幸果と出会えたのは本当に良かったと思う。その出会いがあったからこそ、俺は変われた。そして今、アルストにいるのだから。
今度は、俺の番だ。
この思いを次に繋いでいく。同じ悲しみを繰り返さないために。
ホムラの姿を見ながら、ラキアは決意を新たに固めた。
「話せる時がきたら、その時に話してくれればいい。ああ、それと……これからも料理するなら、次からは石焼も頼む」
ラキアはそう言い残してキッチンから離れると、テーブルの脇に置かれた座布団の上にどっかりと腰を下ろすのだった。
そんなラキアの姿を見て、ホムラは優しく微笑んだ。
続く
次回、メレフ本格登場します(予定)
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