黄前久美子には同い年の妹がいる。ただし、不貞で生まれた腹違いの   作:小林優

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拝読してくた方ありがとうございます。
誤字修正もしてくださり、本当に助かります、しかし公開してなんと言いますか……今更ながらこんな駄作をネットに公開して書いて恥ずかしいです。

今まで書いた話も含めて闇が深いし重い、なんでこんな話を書いたわからず続きが書けない。


第7話

放課後の音楽室。

新入生も交えた部員全員が集まる中、私たちがそれぞれの立ち位置についた頃、新しい顧問の先生が教室に入ってきた。

 

先生から見て左側から、葉月ちゃん、久美子お姉ちゃん、みどりちゃん、そして私という順番で並んでいる。

 

教壇に立ったのは、滝昇(たきのぼる)先生。

優しそうな眼鏡をかけた、とても柔らかい物腰の男性だ。

 

(……初対面で優しそうな先生って、実は厳しい人が多い気がするんだよね)

 

私は今までの経験則から、内心警戒レベルを一つあげた。

 

「では部活を始めるに当たって、最初に私から話があります。私は生徒の自主性を重んじるというのをモットーにしています」

 

滝先生は、穏やかな声で話し始めた。

 

「ですので、今年一年指導していくにあたって――」

 

キーーッ。

「おおっと、失礼」

 

チョークを走らせる甲高い音が響く。

 

黒板の隅に『全国大会出場』と書き込まれた。

 

「まず皆さんで、今年の目標を決めてほしいのです。これが昨年度の皆さんの目標でしたよね」

 

その問いかけに、皆の前に立つ小笠原部長が、戸惑いながら口を開いた。

 

「あの、先生。それは目標と言うか、スローガンみたいなもので……」

 

「なるほど。では、これは無かったことにしましょう」

 

そう言うと、滝先生はたった今書き込んだ『全国大会出場』の文字の上に、チョークで躊躇なく大きくバツを書き込んだ。

 

その容赦のない異質な行動に、部員たちの間をざわめきが走る。

 

「では決めてください。私はそれに従います」

 

「決めるって言うのは?」

 

「そのままの意味ですよ。皆さんが全国を目指したいと決めたら、練習も厳しくなります。反対に、楽しい思い出を作るだけで十分というなら、ハードな練習は必要ありません」

 

滝先生は淡々と、極めてフラットな声で告げた。

 

「私自身はどちらでもいいと考えていますので、自分達の意思で決めてください」

「私たちで決めるんですか?」

 

小笠原部長が、にわかには信じられないというように念を押す。

 

「そういったつもりですが」

 

「あ、うぅ……」

皆の前に立つ小笠原部長が、ひどく居心地の悪そうに小さく呻き声を上げた。

 

これだけの大人数をまとめる部長という立場からすれば、急にこんな重い選択を丸投げされるのは一番避けたい事態だろう。

 

数十人の部員が顔を見合わせ、重苦しい沈黙が音楽室を支配しかけた、その時だった。

 

「分かった。私、書記やるから多数決で決めよ」

 

空気を切り裂くように、パーンと明るい声が響いた。

 

田中あすか先輩だ。彼女は立ち上がると、スッと黒板の前に歩み出た。

 

「多数決?」

 

小笠原部長が目を丸くする。

 

「こんだけ人数が居て、他に決めようないじゃない? いいですよね、先生」

 

「どうぞ、皆さんの納得の行くようにしていただければ」

 

滝先生は、まるで他人事のようにあっさりと頷いた。

 

その言葉を合図に、黒板に向かう。

 

小笠原部長が一度深呼吸をしてから、覚悟を決めたように皆に向き直った。

 

「えっと……まず、全国大会出場を今回の目標にしたい人」

 

その言葉に、ぱらぱらと、けれど予想していたよりずっと多くの手が挙がった。

二年生、三年生はもちろん、新入生の中からも何人もが真っ直ぐに腕を伸ばしている。

 

ざっと視界に入っただけでも、半数以上はいる。

 

(……同調圧力、というやつだ)

 

私は内心で冷たく分析しながらも、少しだけ迷ってから、控えめに手を挙げた。

肩のあたりまでそっと上げるくらいの、目立たない小さな挙手。

 

隣では、みどりちゃんが迷いのない動作できちんと手を挙げている。

先生から見て左側から『久美子お姉ちゃん、みどりちゃん、私』という立ち位置のせいで、みどりちゃんの向こう側にいるお姉ちゃんの様子は少し見えにくい。

けれど、音楽室全体の空気は、もうかなり「全国」という正解の方向へ傾いているように思えた。

 

「では次に、全国まで目指さなくて良い人」

 

今度は、しん、とした重い沈黙が落ちた。

ほとんど誰も動かない。圧倒的な多数派が形成された直後に、それに逆らう意思表示をするのは至難の業だ。

 

そんな息苦しい空間の中で、すっと手を挙げた人が一人だけいた。

 

昨日、久美子お姉ちゃんと塚本くんに親しげに話しかけていた三年生の先輩。

たしか……葵先輩、だった気がする。

 

その孤立した姿が視界の端に入った瞬間、私も反射的に、少しだけ手を挙げていた。

さっきの「全国」の時よりも、さらに控えめに。

半分だけ意思表示をするような、手首を少し返す程度の曖昧な挙げ方だったと思う。

 

前に立つ小笠原部長やあすか先輩は、葵先輩の真っ直ぐな手を見たあと、私の曖昧な挙手をチラリと見た。けれど、何も言わなかった。

 

黙殺されたのだ。

 

小笠原部長が、少し緊張した、硬い声で結果を告げる。

 

「多数決の結果、全国大会出場を目標として活動していく、となります」

 

「反対の人もいましたが、今決めた目標は皆さん自身が決めたものです」

 

小笠原部長の言葉が終わるや否や、滝先生がそのまま割り込むように口を開いた。

 

静かな声だった。

 

けれど、妙に鼓膜にへばりつくような、異質な静けさだった。

 

「努力するのは皆さん自身。わかりましたか?」

 

「はい」

 

誰か一人が、答えた。

 

滝先生の表情は、能面のようにまったく変わらない。

 

「なにをボーッとしてるんです。返事は?」

 

「はい」

 

今度は、周囲の空気を察した数人が、さっきより少し大きな声を返す。

それでも、滝先生は満足しなかった。

 

パンッ、と。

鋭い破裂音が響いた。滝先生が、両手を強く打ち合わせたのだ。

 

音楽室の空気が、びくっと大きく跳ねた。

 

「もう一度言います。返事は?」

 

さっきまでの柔らかい声色が、一段低く、底冷えのするようなトーンに変わる。

 

「はいっ!!」

 

今度は、音楽室全体が弾かれたように揃って返事をした。

 

その切羽詰まった声の大きさに、私は反射的に肩をすくめそうになるのを必死でこらえた。

 

(……とんでもない教師が来てしまった)

 

自主性を重んじる、なんて柔らかいことを言っていたくせに、やっていることは全然柔らかくない。

しかも、そんな人が顧問をしている部活に、ついさっき自分から入部届を出してしまったのだ。

 

私はまっすぐ前を向いたまま、ほんの少しだけ後悔した。

 

◇ ◇ ◇

 

吹奏楽部が終わった後の、下校途中。

四人で駅に向かって歩いている最中、みどりちゃんが不意に口を開いた。

 

「久美子ちゃん、さっきどっちにも手を挙げませんでしたね? 逆に白理ちゃんは、両方に手を挙げてましたね?」

 

「えっ、そうだったの?」

 

葉月ちゃんが驚いてこちらを見る。

 

「どうしてです?」

 

純粋な疑問を向けてくるみどりちゃんに、私は誤魔化すことなく自分の真意を口にした。

 

「別に、両方に手を挙げちゃいけないとは言われてないし。それに……吹部は楽しくやりたいし……あと、あの空気を切り開いて一人で挙げてた先輩が目立ってたから、なんとなく庇いたいって思ったのもあるかも」

 

私はそこで言葉を切り、隣を歩く久美子お姉ちゃんを見た。

 

「お姉ちゃんはどうして?」

 

「嫌じゃない? ああいうのって」

 

「ああいうのって?」

 

私と葉月ちゃんが声を揃えて聞き返す。

 

「全国大会か、楽しければいいか、なんて極端な選択肢」

 

「それで手を挙げなかったんですか?」

 

みどりちゃんが、ふわりとした声音のまま、鋭いメスを突き立てるように言った。

 

「私、久美子ちゃんが手を挙げなかったの、高坂さんのことがあったからだと思いました。どっちに手を挙げても、高坂さんにどう思われるのか気にしてるのかなぁって」

 

「っ……」

 

久美子お姉ちゃんは息を呑み、何も答えられなくなった。

図星だったのか、それとも痛いところを突かれたのか。

気まずい沈黙が落ちたまま、私たちは駅に到着し、そこでまずみどりちゃんと別れた。

 

電車に乗り込み、途中までは葉月ちゃんと三人で他愛のない雑談をして過ごした。

やがて葉月ちゃんが自分の降りる駅で手を振って去っていくと、車内には私とお姉ちゃんだけが残された。

 

「ねえ、白理。少し話があるから、一緒に来て」

 

そして、私と久美子お姉ちゃんの最寄り駅でもある終点の宇治駅。

改札を抜け、少し歩いたところにある川辺のベンチに座るよう、お姉ちゃんに促された。

私が先に座ると、お姉ちゃんが少し距離を空けて横に腰を下ろした。

 

「話って、なに? お姉ちゃん」

 

「……その、『お姉ちゃん』呼びの話」

 

お姉ちゃんは、やけに真剣な顔で私を見た。

 

「あ……」

 

私は瞬時に事態を察し、わざとらしく身を縮めた。

 

「気に入らなかった……!」

 

「そう。学校でもそれだから、いい加減お姉ちゃん呼び、辞めてほしい」

 

「あー……うん。まあ、確かに久美子ちゃんってお姉ちゃんって感じじゃないし、出会って一ヶ月ぐらいだしね……」

 

「それなら……」

 

「でも! そしたら家族って感じがなくなるから、やだ!」

 

私が食い気味に拒否すると、お姉ちゃんは呆れたように眉を寄せた。

 

「家族?」

 

「……うん」

 

私は少しだけ俯き、神妙な面持ちを作った。

 

「私って、ずっと父親は死んだって言われてて。それで一人っ子だったから、姉とか妹とか、家族がずっと欲しかったの……。京都に来て、何かきっかけがあれば自分を変えられると思ったから」

 

「……」

 

「でも、本当の父親と会ってみても、なんか普通で……。お姉ちゃんがいれば変われるかもって思ってたけど、麻美子さんには拒絶されて……。だから、仕方なしに久美子をお姉ちゃんって呼んでいいかって聞いてみたら、呼んで良いって言ってくれたじゃん」

 

私が上目遣いで訴えかけると、お姉ちゃんはバツが悪そうに視線を泳がせた。

 

「うっ……。そ、それはそうなんだけど……でも、まさか同じ学校に入って、毎日顔を合わせるなんて思って無かったし……うぅ……」

 

「わかった。……けど、一年だけ。一年だけ呼んでいい?」

 

「なんで」

 

「一年あれば、私も少しは変われると思うから。……まさかとは思うけど、クラスのグループも固まったこのタイミングで、私との関係性をリセットしてやり直そうなんて言わないよね?」

 

「……そこまでは言ってないから。友達、兼、妹でいいよ……」

 

押し切られる形で、結局お姉ちゃんが折れた。

その直後だった。

 

「久美子ちゃん?」

 

背後から声が掛かり、お姉ちゃんがビクッと肩を跳ねさせた。

 

「あっ、葵ちゃん」

 

そこに立っていたのは、音楽室でたった一人、楽しい思い出作りに手を挙げていた三年生、葵先輩だった。

どうやら、私たちの会話の最後の方を聞かれてしまっていたらしい。

 

「久美子ちゃんは昨日ぶりだけど……こっちの子は友達? 昨日、部活に見学に来てたよね。今『妹』って聞こえたし、何か相談してた?」

 

「あ、いや! そんな大した事は話してないから!」

 

お姉ちゃんが慌てて誤魔化す。

葵先輩はふわりと笑って、私の方に向き直った。

 

「そう? ならいいけど。斎藤葵です。吹部でテナーサックス吹いてます。久美子ちゃんとは小学生の頃よく遊んでて、昔馴染みみたいな感じかな」

 

「えーと、初めまして。川治白理と言います。吹部に入ったばかりの1年で、えー……久美子お姉ちゃんの一ヶ月前ぐらいに『生えた』親戚です」

 

「白理っ!」

 

私のおかしな自己紹介に、お姉ちゃんがすかさずツッコミを入れる。

 

「えーと、葵ちゃん。白理の言う通り……一ヶ月前に急に知り合った親戚で、同い年なんだけど、姉がほしいって理由で無理やりお姉ちゃん呼びされてるの……はぁ」

 

「あってるけど、なんか不条理」

 

お姉ちゃんの深い溜息に、私は不満げに口を尖らせた。

葵先輩は私たちのやり取りを見て、おかしそうにくすくすと笑っている。

 

「あの……先輩」

 

私は、ずっと気になっていた疑問を口にした。

 

「先輩って、さっきの多数決の時……なんで『楽しく吹奏楽部をしたい』みたいな感じのほうに手を挙げたんですか? あれ見て、私も少しですけど手を挙げちゃって」

 

「そうねえ」

 

葵先輩は少しだけ遠くを見るような目をして、小さく呟いた。

 

「……アリバイ作り、かな?」

 

「アリバイ?」

 

お姉ちゃんが不思議そうに首を傾げる。

私もその言葉の真意を探ろうとしたが、葵先輩はすぐにいつものふんわりとした笑顔に戻ってしまった。

 

「なんでもない。……ところで、久美子ちゃんと川治ちゃん、よく見ると髪の色とか目のあたりとか似てるね。本当に親戚なんだ」

 

「えっ、そうですか?」

 

「うん。……私、そろそろ行くね。久美子ちゃんも気をつけたほうが良いよ。三年なんて、あっというまだから」

 

そう言い残し、葵先輩は静かに帰っていった。

『アリバイ作り』。そして『あっというまだから』。

彼女の言葉の裏にある意味を、私とお姉ちゃんはただ黙って見送ることしかできなかった。

 

そのすぐ後。

私は隣に座るお姉ちゃんの方を向き、口を開いた。

 

「……なんかさ。目の前でああいう『年上のお姉さんぽさ』を見せつけられちゃうと、久美子にお姉ちゃんって言うの、少し言いづらいかも」

 

「……ほんと、白理って性格悪いよね」

 

ピシッ!

 

「いったぁっ!?」

 

額に鋭い痛みが走り、私は思わず両手で額を押さえた。

見事なデコピンだった。

 

「ちょっと! さっきまで『お姉ちゃんって言うな』って言ってたのに、言わないって言ったら怒るの!? 酷い!」

 

「うるさいっ。……ほら、帰るよ」

 

お姉ちゃんはプイッと顔を背けて立ち上がり、足早に歩き出してしまった。

 

その後ろ姿を見ながら、私は額を擦りつつ、ほんの少しだけ可笑しくなって笑みをこぼした。

 




私事ですが、第7話執筆中になんとなく父親に隠し子とかいない?、と確認したら10歳年下の弟がいることが判明して……なんと表せばいいのやらとなって大変です。
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