雄英高校の門をくぐる。あの日、渡我先輩と再会し、その殺意という名の愛を全身に浴びた日から、僕の決意はより一層、強固なものに変わっていた。
僕は最高のヒーローになり、個性の衝動に苦しむ彼らを全て肯定し、社会に認めさせる。そのための第一歩がようやく始まるのだ。
雄英で待っていたブラドキング先生は別のクラスの担任だった。ここまでお膳立てされて?と思ったがブラドキング先生だけが入学生のクラス分けをしているわけではないし、そういうこともあるだろう。
入学早々に行われたのは、A組担任の相澤消太先生による「個性把握テスト」だった。
成績最下位は除籍、というプレッシャーがかけられたテストだったが、僕は各項目で淡々としかし確実にそれなりの記録を残していった。
50メートル走では、足の皮膚を僅かに切り裂き、高圧の血液を噴射することで爆発的な推進力を得た。握力測定では、腕に『血圧ポンプ』を適用し、血管が破裂せんばかりの圧力で筋力を底上げした。持久走に至っては、僕の独壇場だ。新鮮な血液を絶えず供給し、疲労物質を瀉血し続けることで、心拍数すら乱さずに走り続けることができた。苦手なのは反復横跳びだろうか。血圧を高め身体機能を高めているため細かな方向転換は苦手だ。足から血液を噴射するとしても左右に交互に、となるとその繊細な噴射は難しかった。
ただし好成績の代償として、僕の周囲は常に惨劇の跡のような血溜まりが出来上がる。
「血田万利。お前は出した後の血液は操れるのか」
「いえ、僕が出来るのは血を増やすところまでで、体外に出た血液に対して操作したりとかそういうことはできません」
「そうか。……お前は最後だ。」
相澤先生は、僕が準備運動として腕を切り始めた時点で、気怠そうにそう告げた。
「お前に先に走られると競技場が血まみれになって後の奴らが滑る。合理的じゃない」
結局、僕は全項目の最後に行うこととされ、皆が使った後の競技場を真っ赤に塗り潰すことになった。
「すげー……ス◯ラなら圧勝だよこれ」
「グロいわ」
「すみませんわたくし気分が……」
クラスメイトの受けはあまりよろしくなかった。これから仲良くしていきたい。
僕が編入されたヒーロー科1年A組。個性豊かなクラスメイトたちが揃っている。
中でも、僕が即座にシンパシーを感じたのは、峰田実という小柄な少年だった。個性把握テストの後、更衣室では男子の間で女子のビジュアルについて盛り上がっていた。
「……なあ、血田万利。お前、……同志だな?」
「……いや、そんなことはない。峰田くん。僕は彼女に一途だからね」
「彼女持ちだぁ!?ふざけんなオメー!ならあの女子を見るスケベな視線はなんだ!」
彼が女子に対して抱く、異常とも言える執着心。周囲からは軽蔑の対象になりがちなそのエロへの探究心は、僕に同じものを感知しているようだ。
彼の性に対する執着は、もしかしたら個性の影響があるかもしれない。彼は粘着質の玉を頭部から生成する。このプニプニしたものをもぐ、引っ付けるというのが性癖の根幹を成しているのではないか。
だから彼は柔らかい女体と、それを触ることを渇望しているのではという仮説、僕も増血の個性で血の気が多く興奮しやすいこと、僕は先輩に一途であるから興奮はするが興奮するだけだということ。僕がそう語ると、峰田くんは口を大きく開けて驚いていた。
「……お前、いい奴だな。俺のこの情熱を、そんな風に分析してくれた奴は初めてだが彼女持ちはギルティなんだよなぁ!!」
彼のそのオープンスケベが僕のノリに合うというのもあるが、彼の情熱を考えることには理由がある。彼は先輩のモデルケースになるはずだ。彼のエロ行動はギリギリ――ギリギリ、犯罪ではない。もう一歩、踏み込んでいれば、――踏み込んでいる気もするが、社会から排斥される犯罪になるものだ。
個性による衝動が認められる社会。それを目指しているつもりだが、先輩の血への渇望は他者への暴力として制限されうるものだというのはもちろん分かっている。峰田くんも同じである。しかし彼はヒーローを志望した。雄英の生徒にまでなっている。彼が、彼のエロを維持したままヒーローとして大成するならば僕の目標に一歩近づく。また、僕がそうであって欲しいと思うのだ。
「血田万利!見ろよこの穴ショーシャンク!恐らく諸先輩方が頑張ったんだろう!隣はそうさ!女子更衣室!」
峰田くんの興奮した声に男子達に緊張が走る。しかし即座に飯田くんが止めに入った。
「峰田くんやめたまえ!ノゾキは立派なハンザイ行為だ!」
「オイラのリトルミネタはもう立派なバンザイ行為なんだよぉ!!」
僕は今にも覗こうとしている峰田くんの肩をガシッと掴む。
「おい!お前が止めるのか!この彼女持ちが!この先にお前の彼女もいるのか!ぁあん!?」
「いや、僕の先輩はそこにはいない。そして君のエロへの情熱も否定はしない。だが、ノゾキはダメだ。……残念だが」
僕は彼を導こう。
「僕も女子の着替えは見たい。だから……直接お願いしよう」
僕は穴の向こうに向かって声を張り上げる。
「女子のみんな!僕らはみんなの着替えが見たい!だからこの穴からそちらを覗く!嫌ならそう言ってくれ!だが見せても良いなら……ぜひ見せてくれ……よし、覗こう」
「おい!そんな事言って見せてくれる女子がいるわけねぇだろうがぁ!!!」
「分からない。だが、これで覗けば合法だ。そして、これで女子が居ればそれは……合意だ」
合意。その単語の響きに峰田だけでなく男子達からも生唾を飲む音が聞こえた。
異様な空気が男子更衣室を包み峰田くんが改めて穴の向こうを覗く。
その後すぐ穴の向こうから出てきたイヤホンジャックに峰田くんの目が突き刺さられた。……僕が覗けば良かっ……先輩はいないので僕は覗こうとはしなかった。
放課後、僕は相澤先生に呼び出された。
「血田万利。お前がどうして呼び出されたか分かるか」
当然、覗きの件だろう。しかしあれは合意を取ったものだ。僕はその旨を伝える。
「……はあ。その件については峰田共々後で反省文を提出しろ。今日中だ」
「そうじゃない……血田万利。お前の調査報告書を見た」
相澤先生の鋭い眼光が、僕を射抜く。
「中学時代、二度にわたる『個性事故』。どちらも現場にはお前一人で、他に人はいなかった。警察は自傷癖による暴走と結論づけているが……お前のあの慣れた血の使い方だ。単なる自傷の産物には見えない」
先生は僕の反応を見るように一拍置いた。
「二度目の現場では遠くに切り取られた肉塊……陰茎が落ちていた。自傷するにしてもそこまで思い切ったことが出来るとは俺には思えん。あの場にはお前を傷付けた誰かがいたあと……お前、誰かを庇っているな?」
隠し通すつもりはなかった。プロの、それも合理性を重んじる彼の目を欺けるとは思っていない。
「……例えば先生、被害者がそれをなんの被害だとも思っていないなら、どこからが法に触れる事件になるのでしょうか」
「……喋っているようなものだ、それは。お前の出身中学の一学年上の生徒が行方不明になっている。渡我 被身子だな?」
僕は、正直に話し始めた。個性の影響で自身を抑えられなくなってしまったトガヒミコ先輩。喜んで彼女の愛を受け入れたこと。彼女は僕への攻撃も犯罪だと考え社会から隠れて生きていること。血を啜らなければ生きられない、この社会から「異常」と断じられた彼女を、そのままの姿で受け入れられる世界を作りたいこと。そのために、僕が圧倒的な影響力を持つヒーローになり、社会の認識そのものを塗り替えようとしていること。彼女と僕は結ばれる運命にあること。
僕の話を聞き、相澤先生は長い沈黙の後、小さく溜息をついた。
「……お前が異常な恋愛観を持っていることは心底どうでもいい。好きにしてくれ。だが、お前が人を救おうとして、お前自身の目指したいものの先にヒーローがあるというのなら、今はそれでいい」
相澤先生は背を向け、去り際にこう付け加えた。
「ただし、雄英の生徒になったのならば今後個性事故として処理することは許さん。しっかり話し合って、親元に戻るよう説得するんだな」
「それは……」
僕もそうすべきだとは思うが、彼女が言うことを聞くようには思えなかったし、僕が彼女を何か強制できるかとも思えなかった。心情的にも、能力的にも。まだ雄英で何も学んでいないとはいえ、彼女はなんというか強すぎる。どうやって彼女は僕に気付かせずに奇襲を成功させたんだ?
「……善処します。少なくとも、先生には包み隠さず報告します」
「……。まあいい。話は終わりだ。更衣室の件は終わってないぞ。反省文をきっちり出してから帰れ」
教室に戻ると、峰田くんが恨めしそうにペンを走らせていた。
「……遅ぇよ血田万利。お前も早く書けよ、スケベの代償をさ……」
僕が救いたいのは、彼女だけじゃない。この社会が「異常」と決めつける全ての衝動を、僕の血で包み込み、肯定したい。窓の外、真っ赤に染まる夕闇を見つめながら、静かに先輩を想った。
「……覗きが失敗したのは女子がみんな一緒にいたからだと思うんだ。その中では一人覗きを受け入れる選択は取りづらい。今度は女子を一人一人呼び出してお願いしていこう」
「……!血田万利……!」