「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
「くぅ~っ! やっぱポーションっていやぁコイツに限るな! 五臓六腑に染み渡るぜ。一度こいつの味を知っちまったら、もう帝都のマズいやつになんか金払う気も起きんよ……」
商人クレマンは、ヒューガから手渡された薬瓶を一息に煽ると、心の底からといった様子で絶賛の声を上げた。
「クレマンさんはポーションなんてたまにしか飲まないからまだいいっすよ。オレら傭兵にとっちゃあ、マズいってわかってても旅のお供はアレしかないんすから……」
この商隊の傭兵隊長という頬に傷のある強面の男が、顔に似合わず大げさに肩をすくめて愚痴をこぼすと、周囲のテーブルからも「そうだそうだ!」と同意を示す野太い声が飛んだ。
ヒューガは、ポーションのマズさは世界を超えて共通なのだと安心するとともに、ノエル特製のおいしいポーションがいかに貴重なものなのかを実感させられた。
ここは村の中心にある宿酒場。
普段は村人たちの憩いの場という店内も、今日に限っては帝都からやってきた商隊の男たちの熱気と酒と鶏のハーブ焼きの香ばしい匂いで大変な賑わいを見せていた。
「これが商材として仕入れられりゃあ、みんな幸せになれるってのになぁ……」
クレマンは、ヒューガの隣に立つノエルに空の薬瓶をかざして心底残念そうな顔をした。
「前にも言ったでしょう? これは保存が利かないの。市販のポーションはたしかにおいしくはない……いえ、はっきり言ってマズいけど、あれはあれで保存性とか即効性とかいろいろ考えて作られてるの。あんまり普及品を悪く言うものじゃないわ」
ノエルはいかにも薬師らしい知見から、窘めるように意見を述べる。
「たしか、レシピはエルフ族の秘伝で門外不出って話だったんだよな……?」
ノエルは無情にも首肯した。
ライセンス契約を結んでレシピを譲り受け、帝都で製造販売する線も潰えた形だ。
「カーッ! やっぱ諦めるしかねぇのかぁ……」
クレマンはガシガシと大げさに頭を掻いた。
それほどまでに、やり手の商人の目から見てこのポーションは魅力的な商材なのだろう。
「意地悪してるわけじゃないんだけど……ごめんなさい、ポーションだけは諦めてちょうだい。その代わり、他の薬なら大抵は相談に乗れると思うから」
「いや、こちらこそしつこく無理言ってすまんね。帝都にはない貴重な品が手に入るってだけで、俺たちにすりゃあ願ってもない話だ。とくに、こないだ試しに仕入れさせてもらった月花香なんかは、心安らぐ香りで夢見がよくなると貴婦人たちからも大変好評でね。今回は多めに注文かけさせてもらうよ」
「はぁ……あれ、本来は夏に虫よけとして焚くお香なのに。まぁ、意外なとこに需要があるようでよかったわ。ストックはあるし、ちゃんと用意しておくから明日にでも工房に寄ってちょうだい」
ノエルは小さくため息を漏らしつつも、自身の作った品が人気を博していることには満更でもない様子だった。
(ほえぇ~……カワイイ顔してしっかりビジネスしてるねぇ)
(ベテランの商人相手に対等の関係を築くとは……さすが、若くして先生と呼ばれるだけのことはある)
ヒューガは雇い主のさらなる意外な一面に舌を巻いた。
「そういや、先生。最近村の近くに賊がたむろするようになっちまったって、さっきロジーヌさんから聞いたんだが……大丈夫なのかい?」
傭兵の1人はジョッキを一杯煽ると心配そうな声で聞いた。
「幸い、こちらから干渉しない限りは直接危害を加えてくることもないみたいだし、今のところは大丈夫よ。――それに、昨日偶然森で頼れる用心棒も拾ったことだし」
ノエルはそう言ってヒューガを横目で見上げた。
「ほぉ? お利口そうな顔してやがるが、赤髪の
傭兵の男は、チキンを口に運んだフォークで腰のミストルティンを指した。
「……ゴロツキには後れを取らないつもりです。私のできる範囲で、この村に恩義を返させてもらいますよ」
「若いってのに真面目だねぇ! 俺たちとしても、この村とはビジネスパートナーとして末永くお付き合いさせてもらいたいからな。しっかりみんなを守ってやってくれ、レイベルの兄さんよぉ!」
早速酒が入って気分がよくなったのか、クレマンはヒューガの肩をバシバシと叩いて景気よく笑う。
「しかし、最近また世の中物騒になってきやがりましたねぇ……仕事の増えるオレら傭兵が言う話じゃないっすけど」
強面の隊長は、やはり顔に似合わぬ物言いでぼやいた。
「物騒といやぁ、帝都の火事は残念な話だったよなぁ。あいつ、たしかまだ35とかだったろ? 俺より7つも若いじゃねぇかよ」
「ああ、勇者が屋敷の火事で焼け死んだってやつでしょ? オレも実際に屋敷の前通りかかったんすけど、柱1つ残ってねぇ……ホントにひでぇもんでしたよ」
「今じゃ放蕩三昧の『堕ちた勇者』とか散々言われちゃいるが、それでも一度は俺らの世界を救ってくれた英雄にゃ違いない。そんなヤツの死に様があんなのかと思うと、なんか……やるせないぜ」
――勇者だと!?
「……その話、詳しく聞かせてちょうだい」
思わず身を乗り出しそうになったヒューガを静止して、ノエルが先んじて切り出した。
ここは自分に任せてほしい――蒼い瞳がそう言っていた。
クレマンたちの話では、彼ら商隊が帝都を立つ少し前に勇者と呼ばれる男の屋敷が火事に遭い、中から彼の焼死体が発見されたらしい。
男の名はウィリアム・ベルモント――通称『勇者ウィル』。小さな漁村の生まれながら我流の剣技を達人の領域まで極め、15年前、3人の仲間とともに当時世界を大混乱に陥れていた魔王の討伐を果たした、正真正銘の英雄なのだという。
ノエルが、当時はうんと幼くて自分も逸話としてしか勇者の話を知らないという体で、「実際の勇者ってどうだったの?」と当時を知る彼らに質問を投げかけ巧みに話を誘導してくれたおかげで、この世界の歴史を何も知らないヒューガにもどうにか事の経緯を理解することができた。
勇者という言葉を聞いて真っ先にあの
何よりも、この世界の住人である彼ら自身が勇者や英雄と呼ぶからには、少なくともその異名に違わぬ存在だったことは確かなのだろう。
女神サラによって、自分が押し付けられていたかもしれない役回り。その成れの果ての姿を聞かされているようで、複雑な思いはあった。
だがしかし、それでも人々のために命懸けで戦った戦士の死を想うと、自然と哀悼の意を表さずにはにはいられなくなり、ヒューガは胸に手を当て暫しの間だけ目蓋を伏せた。
「それじゃ、私たちはそろそろお
ノエルはクレマンから受け取った注文リストに目を通し終わると席を立って言った。
「おう! よろしく頼むぜ、先生」
すっかり酒が回ったのか、商人の顔からただの飲んだくれオヤジに変貌したクレマンは、真っ赤になった顔で無駄によく通る大きな声を返してきた。
ノエルはひらひらと軽く手を振り、ヒューガは姿勢を正し一礼して、ふたりは大賑わいの宿酒場を後にすることにした。
「商人にも様々なタイプがいるが、あのクレマン殿は信頼できそうな御仁だったな」
騎士団という実力とともに礼節を重んじる組織に身を置いてきたヒューガとしては、何より雇っている傭兵が腕だけではなく人格面まで考慮して選りすぐられているように見えたことに一番の好感を覚えた。
そういった高い実力と気風の良さを兼ね備えた傭兵は、体面を重んじる貴族や大商人からも何かと重宝されるため依頼内容を問わず報酬が高額になりがちだが、クレマンはそこに資金を投じることを惜しんでいない。無用なトラブルを避けて取引相手と良好な関係を築き上げ、より長期的で安定した利益を見越した商売人としての真摯な姿勢の表れだと感じたからだ。
「目利きはシビアだけど変に足元見られるようなこともないし、あの人が商談を取り仕切ってくれるおかげで円滑に話が進んで、村としても本当に助かってるわ」
ノエルの目から見ても、やはりあの商人は信頼に足る人物のようだ。
(んー……?)
そんな中でセラだけは、何やら引っ掛かりを覚えるところがあるのか、太陽石の中で終始頭を捻ってはうんうんと唸り続けている様子だった。