「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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勇者の宿命

「結論! ……ぜーんぜんわかんなーいっ!!」

 

 セラは食後のテーブルをクロスで拭き終わると、お手上げとばかりに大げさに言って天を仰いだ。

 

「例の勇者の話か? そういえば、食事中は話題にも出さなかったな」

 

 ヒューガはノエルの洗った食器を隣で受け取り、剣の手入れするように1枚1枚入念に拭き上げていく。

 脳裏に浮かぶのは、終始ご満悦の表情で鶏肉のハーブ焼きを堪能していた相棒の顔だ。

 

「おいしいごはん食べてるときに無粋なお話は持ち込まない主義なのっ! せっかく作ってくれたノエルにもご馳走にも失礼だもん」

 

「それはどうも。酒場のマスターから教えてもらったレシピなんだけど、あんまりおいしそうに食べてくれるから、作り甲斐があって何よりよ」

 

 ノエルは最後の皿をヒューガに渡すと、ちょうど湧いた薬缶(やかん)の湯をティーポットに注いだ。

 

「それで……わからないっていうのは勇者のこと? それとも魔王のこと?」

 

「……厳密にはどっちもなんだけど、強いて言えば勇者の方だね。たぶん、状況証拠的に《魔王》はホンモノだ。結界に守られて傷つけられないなんてのは、神から与えられた《奇跡(ギフト)》の力の典型だからね。おまけに、そんな世界中を相手に大立ち回りしたヤツが、20年経って研究だって進んでるはずなのに今もまったく出自不明のままなんてのは、まずありえない話だもん」

 

「そうか! その《魔王》はこの世界で生まれたのではなく、異界から連れてこられたのだな?」

 

「たぶんね。他の神から譲り受けた邪悪な魂を《魔王》として覚醒させたと考えるのが妥当だ」

 

「はぁ……そりゃあ、いくら調べたって出自も何も出てこないわけね。わたしたちの世界にしてみれば、本当に突然よそから降って湧いてきた災厄そのものなんだもの」

 

 ノエルは3つのティーカップにハーブティーを注ぎ終えると、《魔王》の謎の理不尽な種明かしに深くため息をついた。

 

「そこで問題になるのは――《魔王》がホンモノなら、倒せるのも当然ホンモノの《勇者》じゃなければならないってこと」

 

「……《奇跡》は《奇跡》でしか打ち破れない、だったな」

 

 傷ひとつなく塞がったはずの胸に、己の剣で斬り裂いた時の鋭い痛みが蘇る。

 《奇跡》の理不尽なまでの絶対性は、ヒューガ自身が身をもって理解していた。

 

「うん。つまり、ホンモノの《魔王》を倒したウィルってヤツも必然的に《奇跡》を持ったホンモノの《勇者》ってことになるはずなんだけど……」

 

 そう言って、セラは歯切れ悪く言葉を濁した。

 

「だけど?」

 

 ノエルはティーカップを息で冷ましながら尋ねた。

 

「その勇者ウィルって、この世界の生まれなんでしょ?」

 

「ええ、隣のエルネスト共和国のヴァンノールっていう村の出身ね。元々寒さの厳しい小さな漁村だったけど、今では勇者出生の地としてかなり有名よ」

 

「そこなんだよなぁ……」

 

 セラは腕を組んで再び天井を仰いだ。

 

「この世界出身だと、いったい何が困ると言うんだ?」

 

「好き放題世界を蹂躙して、みんなを恐怖に陥れればそれでいい《魔王》と違って、《勇者》っていうのは、たとえ後始末役の予定調和な駒だとしても、《箱庭》に住むみんなから見たら世界を救う大英雄以外の何物でもないんだ。ヒューガ……あんまり思い出したくもないだろうけど、サラちゃんの行動原理ってなんだった?」

 

「……信心の獲得、だろうな」

 

「当たり。サラちゃんに限らず、創造神はみんな力の源泉となる信仰心集めに余念がない。だから、そのために使えるものはなんだって使う。たとえば、そう――『勇者降臨』とかね」

 

「はぁ……ええと、つまり? 土着の誰かを《勇者》に仕立て上げるより、よその世界から連れてきた縁もゆかりもない誰かさんを仰々しく降臨させて『勇者様が降臨なさった! これぞ奇跡、神の御業!』って白々しく演出した方が、それがそのまま創造神の存在証明にもなって効率よく信仰を稼げるってこと?」

 

 ノエルは「自作自演もここまで来ると感心してきちゃうわね」と、頬杖をついて一蹴した。

 聡明なエルフの中で、神々に対する感情は怒りを通り越して呆れの境地にまで達しているようだ。

 

「そう、だから《勇者》は必ず他の神から譲り受けた異世界由来の魂を用いる。……まぁ、それだけで済めばちょっと小賢しいってレベルで済んだかもしれないんだけどね」

 

 セラはハーブティーを一口飲むと、ノエルにつられるように大仰にため息をついた。

 

「まだ、何かあるというのか?」

 

「《勇者》はね、決して子孫を残せないんだ。過去からも未来からも切り離されて、見知らぬ世界で一代限りの《魔王》を狩るためだけの駒として使い捨てにされる。……なんでだと思う?」

 

「用が済んだ駒は邪魔なだけ、余計は事はするな……か」

 

「……うん。もし勇者一族みたいな神の意図しないカリスマの血統が生まれて、うっかり神格化されでもしたら、いずれ信仰を喰い合う脅威にだってなりかねない。創造神たちは《箱庭》の人々を見下してはいるけど、決してその潜在能力(ポテンシャル)を侮っているわけではないってことさ……現に《超越種》で散々痛い目見てるわけだしね」

 

 「情けないお話だよねぇ……」と苦笑して、セラは両手で持ったティーカップを傾けた。

 

「無理矢理連れてきて《魔王》の後始末なんて押し付けておいて、過去も奪われて未来に希望を残すことすら許されないなんて……あなたが悪魔と思い込んで斬ってしまったのも、あながち無理のない話かもしれないって思えてきたわ」

 

 ノエルは心なしか強めにカップを置くと、蒼い瞳でヒューガを真っ直ぐに見つめた。

 

「ノエル……」

 

 自分がまさに背負わされようとしていた《勇者》という存在の残酷な宿命に息の詰まる思いだったが、彼女の寄り添うような眼差しに少しだけ救われたような気がした。

 

「……というわけで、結論。この世界の勇者が地に足ついた『現地人』だっていうなら、それは神々の定義するところのホンモノの《勇者》じゃないってことになっちゃう」

 

「だが、異界生まれの本物でなくては、本物の《魔王》は倒せない……か」

 

 これでは堂々巡りだ。前提と結果がまるで矛盾を取り囲んで互いを食い合うように円環を閉じてしまっている。

 

「そこなんだよ……ただの人に《奇跡》なんて絶対打ち破れないはずなんだけどなぁ……。ボク、なーんか見落としてるのかなぁ??」

 

 元女神は折れそうなほど首を傾げて唸った。

 

「ま、今すぐ答えの出ないことに悩んでいてもしかたないじゃない。それより、一旦気分転換にもっと身近に解決できそうな話でもしましょう? たとえば……」

 

「はいはーいっ! どうしたらノエルのお寝坊さんを治せるかについてー! ――あ、そうだ! 夜グッスリ眠れるように、これから毎晩ボクが枕元でヒツジ数えてあげよっか♪」

 

 家主はスッ……と露骨に視線を逸らしてティーカップを傾けた。

 

 結局、勇者の死についての結論を見出せないままこの議題は棚上げとなり、ノエルは強引な元女神によって、なぜか自室のベッドに金色の抱き枕を招き入れる羽目になっていた。

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