「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう   作:ますかるぽーね

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コーヒーブレイクと用心棒の決意

「お疲れ様、ノエル。コーヒーを淹れてきたんだ、冷めないうちに少し休憩にしないか?」

 

 工房の扉を叩いて中に籠もる家主に声をかけると、すぐに「入ってちょうだい」と声が返ってきた。

 

「ありがとう、さすが皇女様の側仕えは気が利くわね」

 

 積み上がった分厚い書籍の山から銀色の髪が微かに覗く。

 ヒューガは書物の山で手狭になったテーブルの隅にそっとノエル愛用のマグカップを置くと、自身も淹れたての湯気が立つカップに口を付けた。

 

「白霜苔の代用になりそうな植物は見つかりそうかい?」

 

「なかなか難しいわね。ただ痛みを和らげるだけなら使える薬草もあるにはあるけど、常用するとだんだん皮膚が弱くなって今度は感染症になりやすくなるし……」

 

「やはり、そう都合よく万能薬の新しい材料は見つからないか」

 

「一応、クレマンさんにも確保できたら今度あるだけ持ってきてってお願いはしたけど、帝都での需要なんてこの村の比じゃないでしょうし、そもそもが貴重な植物だから正直望み薄ね……」

 

 帝都に帰るクレマンの商隊を見送ってから、早くも一週間が過ぎようとしていた。

 ノエルは、賊の根城となり採取できなくなった白霜苔の代用となる植物を求めて、日々こうして膨大な書物を漁り、実際に試薬を作っては村の人々にも試してもらっているのだが、残念ながら思わしい成果は得られていない。

 

 彼女はお手上げとばかりに思いきり伸びをすると、助手の持ってきたマグカップを両手で持ってコーヒーを啜った。

 

「ん……コーヒーの淹れ方、だいぶ上手になったじゃない。ちゃんとわたし好みの苦味にしてくれたのね」

 

「フフ、先生の教えの賜物だ。まさか、淹れ方ひとつでコーヒーという飲み物がこんなにおいしくなるなんて思わなかったよ」

 

 ヒューガは照れくさそうに鼻を掻いた。

 

 大陸南方の征服地で古くから愛飲されていたということで、サングロリアでもここ数年の間にコーヒー豆が流通するようになっていた。

 だが、甘い紅茶をこよなく愛する帝都マグナマーレの人々にとっては、黒く濁った色と独特の苦味にクセのある酸味が混ざり合ったような風味はお世辞にも受け入れられたとは言い難く、「泥水」と揶揄され敬遠されることもしばしば。

 かく言うヒューガ自身も、正直なところ好き好んで口にするような代物ではないという認識だったのだが……。

 

「まぁ、これを仕入れてきてくれたクレマンさんが言うには、豆の煎り方と何より鮮度が一番肝心らしいけど。きっと、あなたの国で出回ってた豆は輸送に時間がかかりすぎて酸化が進んでしまってたんじゃないかしら?」

 

「なるほど……本物を知ったからには、もう口が裂けても『泥水』などとは呼べなくなったよ」

 

 ヒューガは「現地の人間は、よくこんなものを好き好んで飲んでいるな……」と顔を顰めた過去の自分を戒めながら、口の中に広がる心地よい苦味を堪能した。

 

「ふふっ、じゃあ近いうちにブラックも挑戦できそうね」

 

「……しばらくは、このミルクたっぷりに甘えさせてもらうよ」

 

 王宮で提供される甘いミルクティーに慣れ親しんだ近衛騎士の口には、ストレートの深煎りコーヒーはまだ刺激が強すぎるようだ。

 

「そういえば神さまは? 今日も本の虫?」

 

「相変わらず、帝国史や勇者と魔王について記述のある本がないかしらみ潰しに読み漁っているよ」

 

 セラは勇者と魔王の謎を解き明かすべく、まずはこの世界の歴史を紐解くことから取りかかり始めたようだ。

 この小さな村にある書物をヒューガたちに頼んで片っ端から借りてきてもらい、ここ数日寝る間を惜しむように普段見せないような真剣な眼差しで読み耽っている。

 おかげで毎朝ノエルを起こすという重要任務を果たせず、二人して太陽が昇りきるまで布団から出てこられなくなってしまったのだが……。

 

「ここのところずっとね。そろそろ何か手掛かりは見つかったのかしら?」

 

「残念ながら、今のところそれらしい記述には当たっていないらしい。そもそも、勇者が魔王を倒したというのが15年前と最近では、自ずと文献も限られてしまうだろうからな……」

 

「帝都の大図書館ならともかく、この村では尚更お目当ての資料を見つけるなんて難しいかもしれないわね」

 

 ノエルはコーヒーを一口啜って、ふぅと息をついた。

 

「それで言うと、この工房の蔵書は圧巻だな。全部君が持ち込んだものなのか?」

 

 ヒューガは床とテーブルに積み上げられた書籍の塔たちを眺めて尋ねた。

 

「まさか。この工房も、たくさんの図鑑や研究書も全部、元々ここに住んでたお医者様が遺していったものよ」

 

「とても研究熱心な御仁だったんだな」

 

「シスター・マチルダっていって、元々はちょうど今ゴロツキたちが住み着いちゃってる教会の修道女だった方なの。薬草研究の第一人者で、医薬の分野に大きな功績を残した偉大な先生ね」

 

 ノエルは工房を見渡すように眺めて、どこか誇らしそうに言った。

 

「尊敬しているんだな、その方のことを」

 

 そんな引く手数多であろう優れた人物が、国に見捨てられた小さな村で亡くなるまで診療所を切り盛りしていたのだ。

 よほど献身的で高潔な人物であったことは想像に難くない。

 

「ええ、とっても。だからこそ、成り行きとはいえ先生の診療所を受け継いだ身として、村のみんなを支えられるようにならないといけないんだけど……」

 

 その言葉には、強い覚悟が秘められているように感じた。

 

「私に医術の知識はないが、力になれることは何でもするつもりだ。必要とあらば、何なりと遠慮なく申しつけてくれ。これでも君の助手の1人だからね」

 

「ありがとう、助手1号。……それはそうと、ここのところ朝早くから手が空けばずっと村のみんなの仕事引き受けて回ってるでしょう? あなたの方こそ、ほとんど休みなしに働きっぱなしで疲れが溜まってるんじゃないの?」

 

「引き受けると言っても単純な力仕事や屋根の修繕くらいだ。村の皆がやっているような畑作業や家畜の世話の大変さに比べたらどうということはないさ。体力にだけは自信があると言っただろう?」

 

「ならいいんだけど……。まぁ、あなたが働き者なおかげで村のみんなも喜んでくれてるし、拾ってきた身としては嬉しい限りよ」

 

「そのせいかはわからないが、行く先々で貴族らしくないと言われてしまったよ……。怪しまれないためにも、もう少し放蕩貴族らしく尊大に振る舞った方が自然に見えるだろうか……?」

 

 ヒューガは、口ばかり達者で実力の伴わない、いけ好かない帝国の若い貴族騎士たちを思い浮かべながら呟いた。

 

「やめときなさい、せっかくみんなに気に入られてるんだから……。それに、どうせ自分の振る舞いに耐えられなくなって、すぐ元に戻っちゃうのがオチでしょう?」

 

「う、うむ……」

 

 呆れ交じりのジトーっとした視線とともにあまりにも的確な指摘を喰らい、ヒューガは呻いた。

 

「そういえば……今日畑の小屋を直しているときに聞いたのだが、例のゴロツキたちが現れてから作物荒らしに悩まされていたそうじゃないか。本当に大丈夫なのかい?」

 

「直接村を襲ってこないだけ、まだまし……というのが正直なところね。最初は夜中に畑や小屋を荒らされて困ってたんだけど、見かねたロジーヌさんが『そんなに欲しけりゃ持っていきな!』って野菜とか肉を山盛り箱詰めにして村はずれに置くようになってからは、大人しくそっちを持っていくようになったみたいだけど」

 

 ――なんとも豪胆な……。

 

 しかし、自警団すら持たない無力な村の生存戦略としては、それが唯一にして最良の選択だったのだろう。

 

「それでも、連中に献上する作物だって馬鹿にはならないだろう?」

 

「それはもちろん……でもそういう実害より、いつかアイツらが態度を変えて本格的に村を襲ってくるかもしれないっていう恐怖心の方が、村にとってずっと問題」

 

「無理もない話だ」

 

「幸い、放蕩貴族の凄腕用心棒さんが来てくれたおかげで、村の雰囲気も以前に比べて少し明るくなったわ。みんな、安心して目の前の仕事に精を出せるようになってるもの」

 

「あなたを雇った理由、わかってくれた?」と、ノエルは頬杖をついて柔らかい笑顔でヒューガを見上げた。

 

「……ああ、痛いほど理解したよ」

 

 ヒューガはミルクたっぷりのコーヒーを飲み干して答えた。

 村の人々から向けられる好意的な態度と、その中に秘める縋るような悲痛な思いを。

 

「ふぅ……さてと、おかげさまで気分転換もできたし、今夜ももうひと粘りしてみるわ」

 

「手伝えることはあるかな? 表題さえわかれば、資料探しくらいはできそうだが」

 

「今のところは大丈夫よ。それより、わたしにばかり構ってるとリビングで頑張ってるカワイイ神さまが拗ねちゃうわよ? キッチンの棚にハチミツがあるから、甘いハーブティーでも作ってご機嫌とってあげたらどう?」

 

「……お言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 ほったらかしにして、後で相棒に妙な勘繰りをされても困る。

 ヒューガは雇用主の気遣いに感謝して、大人しく引き下がることにした。

 

「気を利かせてくれてありがとう。コーヒー、とってもおいしかったわ」

 

 ノエルはそう言ってお気に入りのマグカップをヒューガに預けると、再び分厚い書物と向き合う研究者の顔つきに戻っていく。

 ヒューガはそんな彼女の真剣な姿を見届けつつ工房を後にした。

 

 そして満天の夜空を見上げ、拳を胸に当ててひとつの決意を胸に抱く。

 

 ――やはり、やるしかないか。

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