「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
(ふあぁ~……ホントに行くの?)
ヒューガの左腕、バングルに輝く太陽石からあくび混じりに幼い声が問う。
まだ夜も明けきらない頃合い。暖炉の火もとうに消え、静まり返ったリビングは肌寒さすら感じる。
(当然だ。……相棒よ、我々の本懐はなんだ?)
近衛の制服を着込み、腰にミストルティンを差しながらヒューガは答えた。
(もちろん、ボクの神核探しとお姫様の捜索だけど……)
(そうだ、私たちはいつまでもここで足止めを食っている場合ではない。新たな情報を求めるならば、すぐにでも帝都を目指すべき……なのだが――)
(一度お世話になったノエルや村の人たちに恩返しせずに出て行くこともできないから、せめてゴロツキの問題だけでも綺麗に片付けて義理を果たしてから胸を張って出発したい、と)
(……私は、そんなにもわかりやすい人間なのか?)
(だって顔に書いてあるんだもん。それにヒューガが焦ってる理由、他にもあるんじゃないの?)
――元女神にはお見通しか……。
(……ああ。情けない話だが、私が何より恐れているのは、村への愛着が強くなり己の置かれたこの環境を失いがたいと感じてしまうことだ)
アシュリーゼの所在や安否も掴めないまま、この小さな村の弱みに付け込むような形で都合よくノエルや村の人々の信頼を勝ち得て浸る安寧という名の泥濘。
ヒューガの忠誠心はその心地よさを甘美な毒と認識し、平穏な日常に安らぎを覚えれば覚えるほど、ぬかるみに沈む前に這い出ろと焦燥感を煽り立てる。
(情けなくなんかないよ。突然国を滅ぼされて、お姫様とも離ればなれになって、挙げ句の果てには信じてた女神にまで裏切られたんだ。無意識に安らぎを得られる居場所を求めちゃうのも無理ない話さ。張り詰めっぱなしじゃ糸が切れちゃうもん……)
(ならば、安らぎはお前が与えてくれればいい。私にはそれで十二分だ)
(んんん~? 今、なーんか「ノエルには及ばないだろうが、まぁお前で妥協してやる」って聞こえた気がするんですけどー?)
(……気のせいだ、他意はない。私は旅の相棒がお前でよかったと常々思っているぞ)
(まったく調子いいんだから……。ま、それはともかくヒューガの考えは理解したよ。ボクとしても、この村にある本だけじゃ正直得られる情報が少なすぎるし、新しい手掛かりを探すために帝都を目指すのは賛成だからね。――それで、肝心のゴロツキの問題だけど、具体的にこれからどうするつもりなのさ?)
(簡単な話だ。城攻めにおいて最上の勝利とは何だと思う?)
(そりゃあ無血開城に決まってんじゃん。お互い消耗しなくて済むし、殺した殺されたのわだかまりも生まれないからね)
(……すまない、愚問だった。つまりそういうことだ)
これで相棒の口から「皆殺し」などと出てこようものならどうしたものかと若干不安だったが、幸いにしてそこは腐っても元女神。戦の鉄則は心得ているらしい。
(要は、あの廃教会からの立ち退きを〝おねがい〟しに行くってことね。断られちゃったらどうするの?)
(親玉か、もしくは一番骨のありそうな奴の腕を斬って私が本気であることを知らしめ、連中の戦意を完全に折る。彼我の実力差をはっきりと認識させ、次は我が身という恐怖を植え付ければ、さすがに蜘蛛の子を散らして逃げ出すはずだ。ゴロツキ風情が命を投げ出してまであの場所にしがみつく理由もないだろうかなら)
ヒューガの使命はあくまで村から賊の脅威を取り除くこと。殺すことが目的ではない。
ゴロツキと村の間に必要以上の遺恨を残さず、最小の労力で望む成果を上げてこそプロフェッショナル。騎士としての腕の見せ所だ。
(できるの? ……って、それこそお姫様の
「失敬失敬」とセラは冗談めかして笑った。
(賊ごときに遅れを取るようでは、到底この先の旅などやってはいけないだろうからな……。あとは連中がのこのこ戻ってこないようにしばらく周辺の警戒に当たり、次に来る商隊に同行させてもらう形で帝都を目指そうと思うのだが、何か意見はあるか?)
次の商隊が来るまで、また半月以上足止めを食うことになるが、そこは甘んじて受け入れるしかない。
その間に目を光らせていればゴロツキたちも諦めて去っていくはずだ。
(意見ってわけじゃないんだけど……そもそも、なんであの賊たちはコソコソ作物荒らしなんてセコい真似してたんだろ?)
(む……たしかに、それは私も少し引っかかっていたところだ)
(用心棒のヒューガがいる今ならともかく、その前だったら……こう言っちゃなんだけど、腕っ節の強いヤツが数人いれば、こんな小さな村襲って乗っ取っちゃうくらい簡単なワケじゃん? なんでずっと廃教会なんて住みづらそうなところを根城にしてるのかなぁ? って、単純にちょっと疑問なんだよね)
おまけにプリュイは事実上国に見捨てられた最果ての村。賊の手に落ちようとも公式に討伐隊が組織される可能性は極めて低い。
(つくづく同感だが、幸い村の人々に直接危害が及んでいない今ならば私も手心を加えてやれる。いずれにせよ、連中を締め上げて直接吐かせれば全て判ることだ。異論がないならそろそろ出るぞ)
(それはまぁ、そうなんだけど……ホントにノエルに黙って行っちゃうの?)
(人一倍責任感の強い彼女のことだ、賊と事を構えるなどと伝えれば、必ず自分も付いていくと言うだろう)
(まぁ、間違いなく「行ってらっしゃい」とはならないよねぇ……)
(事と次第によっては血を見ることになる。わざわざ血生臭い荒事の一部始終を民間人にひけらかす趣味は私にない。そんなものに立ち会うのは私ひとり――ああいや、『私とお前』のふたりだけでいい)
「ボクもいるんですけどー?」とへそを曲げられる前に、慌てて言い直す。
(はい、よくできました。巻き込まないで済むならそれに越したことないってのはボクも完全に同意。……ま、理由はどうあれ、独断専行する以上はカワイイ雇用主様からのお小言は覚悟しとかなきゃだけどね)
(苦言ならば後でいくらでも受けるさ。それに、たとえ独断専行で不興を買い彼女からの信用を落とそうとも、それで彼女や村の人々の安寧が守られるのであれば、私の選ぶべき道は自ずと決まっている)
自分の信用ひとつで、彼女たち村の人々の不安が取り除かれるのであれば安いものだ。迷う理由などどこにもない。
恩義を受けた身として、日々を精一杯生きている彼女たちには心から幸せになってほしいと願う。
(やれやれ、君ってヤツは……。ま、他ならぬ相棒がそう決めたって言うんなら、ボクは信じて見守るだけさ。大人しく、この特等席でお手並み拝見と洒落込ませてもらっちゃおっかなっ♪)
(ああ、安心して見ていろ。我らが聡明な雇い主のお目覚めになる前に片を付けてみせるさ)
背中を押してくれる姿なき小さな相棒に心の中で礼を言いつつ、ヒューガは決心を固めた。
純白のマントを広げるようにして羽織ってからブローチで留める。心を研ぎ澄ますためのささやかな儀式。
家主が起きないように静かに扉を開け、戦装束を纏った騎士は戦地へと出発した。