「あなたはやりすぎた」と危険視され女神に排除された異能の騎士、取って付けた詫び転生の勧誘を拒否して女神を斬り殺してしまう 作:ますかるぽーね
「……勇者は勇者だよ。世界が君を勇者と呼んで称えるなら、紛れもなく君は――」
つまらない方便はいらない、自分はただ真実が知りたい――勇者の瞳は、間違いなくそう言っていた。
迂遠な言い回しで煙に巻こうとするセラの気持ちがヒューガには痛いほど理解できた。おそらくは、勘のいいノエルもそれを察していることだろう。
命懸けで世界を救った英雄に向かって「お前は《勇者》ではない」などと、果たしてこのお人好しの元女神が面と向かって宣告できるだろうか。
「……わかった、ちゃんと話すよ。でもその前に、なんで君はボクたちの言うことを信じようとしてくれるんだい?」
セラは観念したようにうな垂れると、気を入れ替えるようにグッと勇者の顔を見上げて問いかけた。
「なんで……か。――嬢ちゃん、そういやお前さんはなんでこの2人の話を信じてみようと思ったんだ? ぶっ飛びすぎてて、普通だったら眉唾もいいとこだろ?」
「まぁ、さっきみたいに太陽石から女の子が飛び出してくるのを見せつけられたっていうのが一番大きいけど。話を聞いて疑問に思ったこと更問いしても神さまが即答してくれたから信憑性はそれなりにあったし、何より――」
ヒューガたち一瞥して、ノエルはため息交じりの少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「信じて騙される分には『自分がバカだった』で済むけど、最初から全部嘘って決めつけて追い出したりして、後になって『そういえば、あの2人あの後どうしたんだろう?』ってこの先何百年もずっと頭の隅っこにこびり付いたままになるのはさすがに気分よくなさそうだったから」
――ノエル……。
「何百年もか……ハッ、エルフの血族らしい発想だぜ! そりゃ、たしかに堪んねーわ。……ま、俺らも似たようなもんで、どうにも人様を疑って安全な道歩くより信じてバカ見る方が性に合ってんのよ。――それに、理由ならもうひとつあるぜ」
勇者の目が、再びヒューガとセラへと向けられた。
「ずっと引っかかってたんだよ。ゼナリオ……あの魔王野郎が消滅する間際に俺に吐き捨てた言葉がな」
「……魔王は何と?」
「『この我が《勇者》でもない若造に斃されるとは』……だとよ」
「――なんですって!? おい、セラ!」
「うん、今ので確信したよ。間違いない……そいつは本物の《魔王》だ! なんで神々の《勇者》の定義まで把握してるのかはわかんないけど……」
「……やっぱり、そういうことかよ」
勇者はようやく腑に落ちたという顔で大仰に息を吐いた。
「てっきり苦し紛れの負け惜しみかと思って聞いてりゃ、あの野郎仕舞いには妙に愉しそうな薄ら笑い浮かべて『こんな幕切れも悪くはない』とかほざくだけほざいて消滅しやがった。……魔王なら魔王らしく、断末魔の叫びでも上げて気持ちよく勇者に倒されやがれってんだ」
そう吐き捨てると、勇者はわざとらしく砂を蹴った。
「――つまるところ、俺は魔王ゼナリオの言うとおり本物の勇者じゃねぇってことで間違いないんだろ?」
「ウィル……君の想像のとおり、ボクの知ってる《勇者》の定義から君は外れている。そういう意味で断言するよ――君は《勇者》じゃない」
セラの言葉からいつもの軽さは完全に消えた。その眼差しは創造神であった頃を偲ばせるように深い色合いをしていた。
「これから話すことは、神々――創造神たちの定義する《勇者》の話だ。真実を知って、君が絶望することになるのか、それとも逆に安堵の気持ちでホッと胸を撫で下ろすことになるのか……ボクにはそれはわからない。それでも、君は《勇者》を知りたいんだね?」
最後に念を押すように、セラは静かに人差し指を立てて言った。
*
小さな元女神の口から語られた神々の真実。
人々から信仰の祈りを絞り出すために世界に混沌をもたらす《魔王》。そして、信心の対価として仰々しく遣わされ
すべては創造神が喉の渇きを潤すための道具に過ぎない、千年に一度の予定調和な
既に一度聞かされているヒューガでさえ再び怒りが込み上げてくるのだ。顔にこそ出さず目を閉じて静かに聞き入っているが、仮にも同じ勇者の肩書きを持つウィルの胸中は計り知れない。
「元々『勇者』っていうのは《箱庭》の人々の中で生まれた言葉なんだ。世界全体を揺るがすような未曾有の脅威に勇敢に立ち向かう英雄、その中でも特に人々の心の支えにさえなるような象徴的な人物への畏敬を込めた称号としてね。不思議なことに、どの神の司る《箱庭》でも人々はそんな存在を決まって『勇者』と呼んだんだよ」
「てっきり神々が創り出した概念だとばかり思っていたが……」
「むしろ、どこの《箱庭》でも共通言語のように自然に生まれた『勇者』という概念を神々が横取りして都合のいいように再定義したのが、切り札としての……創造神にとっての本当の《勇者》という存在だ。そうやって、本来人々にとって真の勇者であったはずの土着の英雄たちは、いつの間にか自分たちの決めた定義から外れているというだけで紛い物扱いされるようになっていったのさ」
「横から掠め取っておいて勝手なこと言ってくれやがんな、創造神ってヤツは。教会の連中が聞いたら泡吹いて倒れるだけじゃ済まねーぞ」
「泡吹かせる前に、そんなこと口走ったら異端審問にかけられそうだけど……」
甘えるように鼻先を擦りつけてきた幼竜の顎を撫でながら、ノエルがため息交じりに口を挟む。
「違いねぇ……だが、これでいろいろとスッキリしたぜ。ありがとよ、元女神様。おかげさまで、あの野郎の意味深な言葉の意味がようやく理解できた。正直、創造神ってヤツらには言いてぇことが山ほどあるが、今はそれだけで十分だ」
勇者はそう言ってセラに感謝を伝えると、おもむろに空を見上げて中指を突き立てた。
「おい! 聞いてっか、神公! てめぇの差し向けやがった大事な大事な《魔王》様は、この偽勇者様が勝手にぶっ倒してやったぜ? 千年そこで指咥えて大人しくしてやがれってんだ、ざまぁ見ろ!!」
勇者は天に向かって思いきり叫び、姿の見えないこの世界の神に啖呵を切った。
「ウィル……君は強いね。真実を知っても芯がぜんぜんブレないみたいだ」
「ハッ、絶望も安堵もしなくて拍子抜けだったか?」
勇者はわざとらしくニッと笑ってみせる。
「まさか、逆にビックリしちゃったよ。とても放蕩三昧の『堕ちた勇者』だなんて思えないくらいにね」
「お、おい――」
「さすがに失礼だぞ」と諫めようとするヒューガを首を横に振って制したのは、当の勇者ウィルだった。
「まるで、最初から堕ちてなんかいないみたいだ」
幼い容貌と相まって無邪気にも取れる率直な疑問。
その言葉に勇者の仲間の男たちは一斉にざわついた。
「へぇ……どうしてそう思う?」
「……散々、この目で見てきたからさ。魔王を倒した後の勇者が〝道化〟を演じるなんてのはね」
「道化を……演じる? なぜ、世界を救った英雄がそんなことをしなければならない?」
「それが勇者にとって、魔王亡き世界で平穏に余生を過ごすための生存戦略だからだよ」
ヒューガは余計にわからなくなった。
定義から外れたウィルならばともかく、他の大多数を占めるであろう神の《奇跡》を持つ《勇者》は事実上無敵のはず。
生命の危機に晒されるようなことなどないのだから、生存戦略も何もないのではないかと。
「勇者に対して残酷なのは、何も神々だけじゃないってことさ」
「それはホンモノでもニセモノでも、きっと変わらない……でしょ?」と視線を向けられた先の勇者は、「お見それしました」とばかりにかぶりを振った。